手間暇をかけたものがあります。
一生懸命打ち込んだ仕事、一生懸命作った料理、一生懸命書いた小説。
心血を注ぎ、ミスがないよう何度もチェックして、完璧な仕上がりです。
胸を張れる自信作です。
手間暇をかけたものなら、多くの人に受け入れられ、喜ばれ、高い評価が得られると思うことでしょう。
しかし、実際そうとは限りません。
残念ながら、手間暇をかけたものであっても、否定されることもあります。
一生懸命打ち込んだ仕事を「くだらない」と否定されることもあります。
一生懸命作った料理を「おいしくない」と否定されることもあります。
一生懸命書いた小説を「面白くない」と否定されることもあります。
多大な時間と労力をかけたにもかかわらず、評価されず、見向きされないことがあります。
それどころか、否定されることすらあるのです。
そういうとき「こんなに手間暇をかけたのにどうして?!」と不満の気持ちを持つものです。
自分の努力が理解されないことに納得できません。
「私の努力も知らないくせに否定するなんてひどい」と思うでしょう。
それは「手間暇をかけたものは必ず受け入れられる」という前提で考えているからです。
「手間暇をかければ必ず認められる」というのは誤解です。
評価は主観が入りやすいもの。
主観的な評価は、個人的な感情や考えに影響されるところが少なくありません。
人には好みがあります。
「一生懸命作ったものが否定されることもある」ということを理解しておくことです。
たっぷり手間暇をかけ、自分では胸を張れる自信作だと思っても、それが受け入れられるとは限りません。
むしろ否定されることもあります。
それが現実です。
否定されたときは「ダメだったか」「仕方ないか」「人には好みがあるからね」と考えましょう。
「手間暇をかけたものが否定されることもある」と知っておけば、腹が立つことはないのです。
では、否定されて全部が無駄になったかというと、そうではありません。
否定されたときは、プラスになったことに目を向けてください。
一生懸命打ち込んだことで「知識」が身につき「スキル」も磨かれました。
「頑張った」という過去もできました。
「作品」という成果物もきちんと残り続けます。
今回はスポットライトが当たりませんでしたが、別のタイミングで日の目を見る機会があるかもしれません。
否定されて結果が出なかったとしても、得られたことや成長できたことがあるはずです。
プラスになったことに目を向ければ、「結果は出なかったが、得られたことはある」と思えます。
気持ちが上向き、元気が出てくるのです。