飲食店や公共交通機関で、うるさく騒ぐ子どもを見かけることはありませんか。
大声で騒いでいたり泣きべそをかいていたり手足をばたばたさせたりです。
自分の周りをちょこまか動き回る子どももいるかもしれません。
いらいらしないためにはどうすればいいのでしょうか。
腹を立てないためにはどうすればいいのでしょうか。
「いらいらしない、腹を立てない」という目標を立てましょう。
私たちは、電波のないところに行くことがあります。
地下や建物の奥などは、電波が届かないことが多い。
スマホのアンテナマークが消え、通信ができなくなります。
「頑張らない人にいらいらする」と言う人がいます。
それは、自分の価値観を押し付けているからです。
本人は、さぞ頑張り屋なのでしょう。
いらいらするのは、ミスがあるのを前提にしていないからです。
人間は不完全な生き物です。
どれだけ注意していても、ミスは起こるものです。
ときどき私たちの身の回りには、威張る人がいませんか。
偉そうな物言いだったり威圧的な態度だったりするのが特徴で、やたら自分の強さを見つけようとします。
過去の偉業をひけらかし、自分がいかに立派であるか、聞いてもいないのにアピールすることも少なくありません。
「ああ、寝不足でいらいらする!」
寝不足でいらいらすることはありませんか。
いらいらするときといえば、何か嫌なことがあったときになるものと思われがちです。
手間暇をかけたものがあります。
一生懸命打ち込んだ仕事、一生懸命作った料理、一生懸命書いた小説。
心血を注ぎ、ミスがないよう何度もチェックして、完璧な仕上がりです。
上司から仕事を依頼されることがあります。
上司が見ているのは、仕事の出来栄えだけではありません。
仕事さえきちんとできていれば評価は上がるだろうと思うところですが、その限りではありません。
「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
時間の節約を心がけていると、だんだん「あること」に悩まされ始めるでしょう。
時間を無駄にしている人が目につくようになり、心がざわざわするのです。
「あの人は時間の使い方がなってない。この人は時間の無駄遣いをしている。あっ、あの人も……」
虚言癖とは「日頃からよく嘘を言う性質」をいいます。
あなたの周りに、虚言癖の人はいないでしょうか。
ことあるごとに嘘をつき、周りを振り回す人がいるものです。
本当に強い人とは、自分の弱さを認められる人のことをいいます。
1人の人間の力は知れています。
どれだけパワーがあろうと、どれだけ能力が高かろうと、1人の力には限りがあります。
いらいらしたとき、すぐ心を落ち着かせる方法があります。
甘いものを食べましょう。
甘いものを食べながらいらいらする人はいません。
仕事の遅い人がいると「早くして」とせかしたくなるでしょう。
社会で行う仕事のほとんどは、チームプレーです。
チームプレーで行う仕事は、1人の遅れが全体に影響します。
うっかり食べ物や飲み物をこぼして、服を汚してしまうことがあります。
いらいらしたり落ち込んだりしやすい場面です。
明るい色の衣類だと、余計にしみが目立って見えるものですね。
睡眠中に寝言を言う人がいます。
睡眠中に突然うなり声を出したり、なかには会話のような寝言を言ったりする人もいて驚かされることがあるでしょう。
家族や友人と旅行で同じ部屋で寝るとき、相手の寝言がうるさくて驚かされることがあるものですね。
大切なのは「予想外の出来事を面白がる姿勢を持つこと」です。
予想外の出来事は本来、面白いことだからです。
予想外の出来事は計画できません。
コミュニケーションでは、わかってもらえないことがあります。
わかってほしいことがあって話をするものの、相手から否定的な反応が返ってくる。
「同意できない」
いらいらする人は「電車は座るもの」という考え方になっています。
電車に乗るやいなや、すぐ座れる席を探していませんか。
「どこか空いている席はないかな」ときょろきょろ見回します。
時折動きの遅い人を見かけることがあります。
歩くのが遅い人、話すのが遅い人、仕事をするのが遅い人、すべてのことが遅い人。
動きが遅い人にいらいらすることはありませんか。
いらいらしたとき、簡単に心を静める方法があります。
大空に浮かぶ雲を眺めましょう。
美しい青を背景に、白い雲が浮かんでいるでしょう。
私たちの脳には「厄介な癖」があります。
昔を振り返ったとき、ポジティブな出来事とネガティブな出来事のどちらを、よりたくさん覚えているでしょうか。
たいていの人は「ネガティブな出来事のほうをよく覚えている」と答えるでしょう。
誰でもいらいらすることはあります。
聖人君子でもないかぎり、いらいらするのは当たり前のことです。
現代社会はストレス社会でもあるので、いらいらしている人が増えています。
落ち着きを取り戻したいとき、役立つ一言があります。
「だから何?」です。
トラブルが起こって頭を抱える場面があれば「だから何?」の一言を自分に問いかけてみてください。
嫌いな人がいる。
憎い人がいる。
許せない人がいる。
基本的にネガティブ思考の人とは関わらないのが得策です。
ネガティブ思考の人は、物事を否定的に捉えるのが癖になっています。
一緒にいると、ネガティブなことを聞かされます。
列に並んでいるとき「並んでますか」と聞かれることはありませんか。
「見ればわかるだろう」と思うかもしれませんが、ここでむっとしてはいけません。
「並んでます!」と声を荒らげないことです。
日常で時折、のんびりしている高齢者を見かけることがあるでしょう。
横断歩道をのんびり歩く高齢者。
ゆっくりバスに乗り降りする高齢者。
今日のあなたの目標を申し上げます。
「いらいらしない1日を実現すること」です。
現代社会はストレスに満ちています。
飲食店や公共交通機関で、うるさく騒ぐ子どもを見かけることはありませんか。
大声で騒いでいたり泣きべそをかいていたり手足をばたばたさせたりです。
自分の周りをちょこまか動き回る子どももいるかもしれません。
親がほったらかしにしているわけではありません。
親なりに子どもを静かにさせようとなだめるのですが、なかなか素直に言うことを聞きません。
「静かにしなさい」と言われた直後はおとなしくしていても、しばらくするとまた騒ぎ始めます。
子どもは、なかなかおとなしくできません。
そんな騒がしい子どもがいたとき、ちょっと不快に感じることがあるかもしれません。
「うるさいなあ。気が散るなあ。食事に集中しにくいなあ」
子どもの騒ぎ声がうるさく感じることがあったとき、心の器を広げる考え方があります。
子どもに幼少期の自分を重ねてください。
昔の自分を投影するのです。
あなたも幼少期のころ、うるさく騒いでいたに違いありません。
飲食店や公共交通機関で、にぎやかに騒いでいたことがあるはずです。
時にはぎゃあぎゃあ泣き叫ぶこともあったはずです。
近くにいるお客さんの周りをちょこまか動き回ることもあったに違いありません。
昔の自分を見ていると思えば、急に子どもの感じ方が変わります。
「あの子どもは昔の自分だ!」
昔の自分を見ていると思えば、声は気になりません。
「私も子どものころは騒がしかったね。騒ぐのも仕方ないよね」
子どものうるさい声が何とも思わなくなります。
それどころか、ほほ笑ましく感じるようにすらなるでしょう。
「むしろ元気があって良い!」「いっぱいパワーをもらえるなあ!」と思うことすらあるでしょう。
昔の自分を見ていると思えば、好意的な受け止め方に変わります。
いらいらすることもなくなるのです。
いらいらしないためにはどうすればいいのでしょうか。
腹を立てないためにはどうすればいいのでしょうか。
「いらいらしない、腹を立てない」という目標を立てましょう。
達成できるかどうかはいったん脇に置いて、まず目標を立てるのです。
目標のありなしはまったく違います。
目標を立てることは強く意識することです。
強く意識すると、人は変わります。
感情が高ぶったとき、抑止が働くようになります。
「いらいらしない、腹を立てないと目標を立てたんだから、しっかり感情をコントロールしなければ!」と意識します。
ぎりぎりのところでぐっと踏ん張れます。
以前より感情のコントロールがうまくできるようになり、平常心を保てるようになるのです。
もちろん目標を立てても、必ず達成できるわけではありません。
気持ちに余裕がないときは感情のコントロールがうまくいかなくて、いらいらしたり腹を立てたりすることはあるでしょう。
それでも目標を立てる前に比べれば、頻度はぐっと減っているはずです。
ゼロにできなくても、減らせただけでも十分有効といえます。
できれば、きちんと紙に書いておくといいでしょう。
視覚化させることは大事です。
思うだけでは曖昧になったりすぐ忘れたりするので、目に見える形や消えない形にするのが得策です。
書くときは「鉛筆よりペン」「細字より太字」「小さな字より大きな字」の3つのポイントを心がけるとより効果的になります。
書いた紙は、部屋の壁に貼ったりデスクマットの下に挟んだりしておきます。
人に見られたくないなら、手帳・スマホのメモ帳・鍵付きの日記など、プライバシーが守られたところに書いておくといいでしょう。
私たちは、電波のないところに行くことがあります。
地下や建物の奥などは、電波が届かないことが多い。
スマホのアンテナマークが消え、通信ができなくなります。
田舎の山奥でも近くに基地局がなくて、電波なしが多いもの。
「SNSができない」「動画が見られない」「ニュースをチェックできない」など、インターネット全般に不便が生じます。
つまり、一時的に通信が遮断された状態となるのです。
いつもスマホを使っている人にとって、電波のないところは落ち着かない環境でしょう。
そんなとき「電波がない」といらいらしないことです。
不便かもしれませんが、それはそれで良しとしましょう。
焦る必要はありません。
電波がなくても生きていけます。
昔の人は、電波がなくても普通に生きていました。
こういうときは発想の転換です。
電波がなければないで、不便な環境を受け入れましょう。
それはそれで新鮮に感じるでしょう。
いつもスマホばかりいじっているのはNGです。
私たちはいつの間にかスマホやネットに縛られています。
たまにはスマホやネットから離れる時間をつくることも大切です。
スマホ依存から脱却です。
電波がなくても使えるアプリがあるかもしれませんが、あえて利用しません。
いっそのことスマホから離れてしまいましょう。
せっかく電波のない環境にいるのですから、その環境を生かし、楽しむのです。
スマホや電波がなくても、楽しめることはたくさんあります。
スマホやネットから離れることで、静かな時間が流れます。
自分と向き合う時間をつくれます。
電波が届かないところに来たら、いらいらするのではなく、その環境を楽しみましょう。
どんな不便も、見方を変えれば、チャンスになります。
スマホやネットがなくても、濃密な時間を過ごせるのです。
「頑張らない人にいらいらする」と言う人がいます。
それは、自分の価値観を押し付けているからです。
本人は、さぞ頑張り屋なのでしょう。
頑張る人から見ると、頑張らない人はサボったり怠けたりしているように見えます。
「私はこんなに頑張っている。どうしてあなたは頑張らないの? それでうまくいくと思っているの?」と思ってしまう。
だらだらしている様子が気になって仕方ありません。
その結果、相手に対して否定的な気持ちが生じ、いらいらするのです。
しかし、ここで気づいてほしいのです。
誰もがみんな、頑張ることが好きとは限りません。
頑張りたくない人もいます。
頑張りたくても頑張れない人もいます。
性格も価値観も、人それぞれです。
努力しない人を見ていらいらするのも、自分の価値観を相手に押し付けているからです。
「頑張ること=正義」という価値観でいると、頑張らない人を見たとき、いらいらしてしまいます。
自分が頑張るのは自由ですが、それを人に押し付けないことです。
頑張らない人にいらいらしたら、いつの間にか自分の価値観を押し付けていることに気づきましょう。
自分が好きで頑張るのはいいのですが、それを他人にまで押し付けないことが大切です。
「あなたは頑張らない生き方を選んでいるんですね」と思えばいいのです。
その人なりの価値観があり、生き方があります。
自分には関係ないことです。
その人を変えようとしても、うまくいきません。
反発されて、人間関係がぎくしゃくして、不幸な結果で終わるのは目に見えています。
今の社会では頑張ることが美徳とされていますが、その風潮に流されないことです。
頑張らないことにもメリットがあります。
体力を温存できたり、のんびりとできたり、ストレスのない生き方ができたりします。
頑張ることが正義とは限らないのです。
頑張らない人にいらいらするのは、よそ見をしている証拠です。
自分の人生に集中していれば、人のことを気にする余裕はないはずです。
生き方に文句を言う暇があれば、自分の人生に集中しましょう。
いらいらするのは、ミスがあるのを前提にしていないからです。
人間は不完全な生き物です。
どれだけ注意していても、ミスは起こるものです。
仕事でも何でも、必ずミスはあります。
ミスを前提にしていないから、いざミスがあったとき「大変だ!」「想定外だ!」と取り乱すことになるのです。
大きなミスがあれば、この世の終わりと言わんばかりに動揺して、なかなか現実を受け入れられません。
NASAは、ヒューマンエラーを防ぐために膨大なお金をかけています。
それでもなお、100%防ぐことはできていないのです。
NASAでさえ完璧に防げないのですから、私たちが防げないのも当然です。
いらいらしないためには、ミスがあるのを前提にすればいいのです。
「人間だから必ずミスはある」
そう思えば、心の準備ができます。
家事も仕事も、ミスがあることを前提にしましょう。
遊びや旅行も、ミスがあることを前提にしましょう。
もちろんミスがないように注意はしつつも、心の奥では「ミスは起こるものだ」と整えておくことです。
そのうえで、あらかじめミスが起こったときの対応策も考えておくと安心です。
対応策は、綿密である必要はなく、ざっくりとしたもので十分です。
これができているかどうかで、精神衛生はずいぶん変わります。
いざミスがあっても、すんなり受け止められ、落ち着いて対処できます。
そうすれば、ミスが起こっても、慌てることなく平常心でいられるのです。
ときどき私たちの身の回りには、威張る人がいませんか。
偉そうな物言いだったり威圧的な態度だったりするのが特徴で、やたら自分の強さを見つけようとします。
過去の偉業をひけらかし、自分がいかに立派であるか、聞いてもいないのにアピールすることも少なくありません。
威張る人と接していると、威圧感を覚えるでしょう。
「偉そうだな」「感じが悪いな」と不快に感じるところですが、こういう人には接し方に注意してください。
威張る人に注意すると、逆ギレされるリスクがあります。
面倒なことがますます面倒になって、話がややこしくなります。
余計なトラブルを増やしたくないなら、威張る人とは関わらないことです。
目を付けられたり変に絡まれたりしてストレスしかありません。
心の中ではむっとしていても、表に出さないようにしましょう。
仕事ができない人ほど威張るのが特徴です。
仕事ができないことがばれると困るので、威張ることで隠しているだけです。
威張る人は自分に自信がなく、威張ることで自分の弱さを隠しています。
そのため、威張る人ほど能力が低い傾向があります。
仕事の都合でどうしても関わらなければいけないときがあるでしょう。
直属の上司や職場の同僚の場合、一緒に付き合っていかなければなりません。
そんなときは、挨拶と必要最低限のやりとりで終わらせるようにしてください。
きちんとやるべきことをやっていれば、大きな問題になることはありません。
威張る人には威張らせてあげましょう。
威張る人は、もともと承認欲求が強いので、自分を認めてもらう言葉を欲しています。
「さすがですね」「すごいですね」と相手の自尊心を満たす言葉をかけてあげれば、簡単に機嫌が良くなります。
威圧的な態度も減っていき、お互いに良好な関係を築けるのです。
「ああ、寝不足でいらいらする!」
寝不足でいらいらすることはありませんか。
いらいらするときといえば、何か嫌なことがあったときになるものと思われがちです。
しかし、寝不足のときでも、いらいらします。
これといったトラブルはなくても、寝不足というだけで、いらいらしやすくなります。
たとえば、赤信号になっただけでいらいらしたり、大きな声の人がいるだけでいらいらしたりします。
普段なら気にならないことも気になってしまうのです。
寝不足になると、脳の前頭葉の働きが著しく低下します。
前頭葉は感情をコントロールする部位でもあるため、何でもないときでも、疲れやストレスを感じるようになります。
その結果、普段ならさらっと受け流せることまで気になってしまい、いらいらしやすくなるのです。
十分な睡眠を取ることが大切とわかっていても、思うようにいかないこともあります。
仕事の都合で夜更かしになってしまったり、入眠がスムーズにできなかったりすることもあるでしょう。
やむを得ず睡眠不足になってしまうことがあるものです。
注意したいのは、寝不足のときの振る舞いです。
寝不足のときは、感情が不安定になり、いらいらしがちです。
いつの間にか言葉や態度が雑になり、人に迷惑をかけていることがあるのです。
寝不足のときは、普段以上に言動に注意してください。
自分では普通にしているつもりでも、普段より沸点が低くなっていて、ささいなことでいらいらしやすくなっています。
寝不足のときけんかをしたら、本当につらいです。
後になって「なんであんなことで揉めたんだろう」と悔やむことになるでしょう。
寝不足のときは、普段より落ち着いた行動を取るようにしましょう。
手間暇をかけたものがあります。
一生懸命打ち込んだ仕事、一生懸命作った料理、一生懸命書いた小説。
心血を注ぎ、ミスがないよう何度もチェックして、完璧な仕上がりです。
胸を張れる自信作です。
手間暇をかけたものなら、多くの人に受け入れられ、喜ばれ、高い評価が得られると思うことでしょう。
しかし、実際そうとは限りません。
残念ながら、手間暇をかけたものでも、否定されることもあります。
一生懸命打ち込んだ仕事を「くだらない」と否定されることもあります。
一生懸命作った料理を「おいしくない」と否定されることもあります。
一生懸命書いた小説を「面白くない」と否定されることもあります。
多大な時間と労力をかけたにもかかわらず、評価されず、見向きされないことがあります。
それどころか、否定されることすらあるのです。
そういうとき「こんなに手間暇をかけたのにどうして?!」と不満の気持ちを持つものです。
自分の努力が理解されないことに納得できません。
「私の努力も知らないくせに否定するなんてひどい」と思うでしょう。
それは「手間暇をかけたものは必ず受け入れられる」という前提で考えているからです。
「手間暇をかければ必ず認められる」というのは誤解です。
評価は主観が入りやすいもの。
主観的な評価は、個人的な感情や考えに影響されるところが少なくありません。
人には好みがあります。
「一生懸命作ったものが否定されることもある」ということを理解しておくことです。
たっぷり手間暇をかけ、自分では胸を張れる自信作だと思っても、それが受け入れられるとは限りません。
むしろ否定されることもあります。
それが現実です。
否定されたときは「ダメだったか」「仕方ないか」「人には好みがあるからね」と考えましょう。
「手間暇をかけたものが否定されることもある」と知っておけば、腹が立つことはないのです。
では、否定されて全部が無駄になったかというと、そうではありません。
否定されたときは、プラスになったことに目を向けてください。
一生懸命打ち込んだことで「知識」が身につき「スキル」も磨かれました。
「頑張った」という過去もできました。
「作品」という成果物もきちんと残り続けます。
今回はスポットライトが当たりませんでしたが、別のタイミングで日の目を見る機会があるかもしれません。
否定されて結果が出なかったとしても、得られたことや成長できたことがあるはずです。
プラスになったことに目を向ければ、「結果は出なかったが、得られたことはある」と思えます。
気持ちが上向き、元気が出てくるのです。
上司から仕事を依頼されることがあります。
上司が見ているのは、仕事の出来栄えだけではありません。
仕事さえきちんとできていれば評価は上がるだろうと思うところですが、その限りではありません。
仕事を頼んだときの反応も見ています。
上司から仕事を依頼されたとき、自分がどんな反応を見せているか思い出してください。
目を細めたり、眉間にしわを寄せたり、逃げ腰になったりしていないでしょうか。
「えっ? 私がするの? こんな仕事をしないといけないの?」
「面倒くさいな」と言わんばかりの反応を見せないことです。
一瞬でも曇った表情を見せると「本当はやりたくないのだな」と判断されます。
頼んだときの反応は、その人の本性がかいま見えるところです。
上司は一瞬の反応を見逃しません。
一瞬でも嫌な顔を見せると、大きな減点となります。
たとえ仕事の出来栄えが良くても、頼んだときの反応が悪ければ、減点につながります。
「○○さん、ちょっと頼みたい仕事があるんだけどいいかな」
そんなセリフで声をかけられたら、明るいリアクションの準備をしてください。
どんな仕事なのかまだわからなくても、まずポジティブな反応を見せることが大切です。
上司から雑用を頼まれたときは、明るく引き受けましょう。
にこにこしながら「はい!」と元気な声で返事をすることです。
嬉しそうな表情を見せるくらいでちょうどいい。
そうすれば、上司も仕事を頼みやすくなります。
上司は、雑用を頼んだときの反応も、見ていないようで、しっかり見ているのです。
「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
挨拶は気持ちがいいですね。
挨拶は人間関係の潤滑油です。
「あなたを受け入れます」「よろしくお願いします」「仲良くしましょう」など、歓迎や親しみの意味があります。
挨拶をすることで警戒が解け、仲良くなるスピードが速くなります。
きっとあなたも普段から、挨拶を心がけているでしょう。
ところがときどき、挨拶をしたにもかかわらず返してくれない人がいます。
挨拶をしても無視。
一言も返ってこない。
目を合わせることさえしてくれない人もいます。
そんなとき、どうするかです。
「無視された」
「どうして挨拶を返してくれないの?」
「挨拶を返してくれないなんてひどい!」
いらいらしそうになる場面ですが、ここがポイントです。
むっとするのは良くありません。
無視は、悪口を言われたのと同じくらい、腹が立つものです。
あなたがむっとすると、次から完全に無視し合う関係になります。
相手は挨拶に気づかなかっただけかもしれません。
仕事で疲れていて、挨拶を返す元気がなかったのかもしれません。
もちろん中には、わざと無視する人もいるでしょう。
たとえそうだとしても、むっとしないことです。
まず「きちんと挨拶できた自分」を認めてください。
きちんと礼儀正しく振る舞っただけのことです。
何も悪いことはしておらず、むしろいいことをしています。
礼儀正しいことであり、きちんと挨拶をした自分に誇りを持つことが大切です。
なぜ挨拶を返してくれないとき、むっとするのか。
「無視されたから」というシンプルな理由だけではありません。
自分の中で「挨拶は返してくれるもの」という思い込みがあるからです。
つまり「見返り」を求めているのです。
それは、好意の押し付けです。
「見返りがあって当然」と思っています。
相手が無視するのも問題ですが、見返りを期待しながら挨拶をしている自分も反省することです。
見返りを求めるのは良くありません。
それは「ギブ&テイク」の関係です。
心がけるべきは「ギブ&ギブ」です。
見返りを期待して挨拶をするのではありません。
純粋に好意の表現として挨拶をしましょう。
そうすれば、相手から挨拶が返ってこなくても、むっとしなくなります。
挨拶を返してくれない人は、次から挨拶をしたくなくなりますが、ここが正念場です。
挨拶を返してくれなくても、挨拶を続けていきましょう。
いずれ相手は心を開いて挨拶を返してくれるようになります。
何度挨拶をしても、一向に挨拶を返してくれなくても、心がけは同じです。
あなたはただ、礼儀正しい行いを続けることです。
時間の節約を心がけていると、だんだん「あること」に悩まされ始めるでしょう。
時間を無駄にしている人が目につくようになり、心がざわざわするのです。
「あの人は時間の使い方がなってない。この人は時間の無駄遣いをしている。あっ、あの人も……」
つい心の中で指摘をしてしまう自分がいる。
時間の使い方が下手な人を見ると、妙に落ち着かず、いらいらするのです。
自分はお金を出してまで時間を節約しているというのに、湯水のように時間を無駄遣いしている人がいると、いらいらして仕方ない。
これは時間の節約を頑張っている人によく見られる現象です。
世の中には本当にいろいろな人がいて、時間の節約に燃える人もいれば、無関心な人もいます。
時間は命そのものです。
それがわかっているだけに、時間の無駄遣いをする人がいると、命の無駄遣いをしているように感じて不快感を覚えるのです。
しかし、ここは大切な場面です。
自分は時間の節約が上手だからといって、自分の節約術を押し付けないことです。
そもそも時間の節約は、義務でも強制でもありません。
あくまで本人の自由です。
しなければいけないものではありません。
したい人はすればいいし、したくない人はしなくていいのです。
時短の家電を買うかどうかは本人の自由であって、義務や強制ではないのと同じことです。
気にしたところでいらいらするだけ。
ストレスがたまるばかりで良いことはありません。
「あの人は時間の節約に無関心なんだね」と思えばいいこと。
あるいは、完全にスルーするのもいいでしょう。
当然ですが、時間の使い方が下手な人を見下したり、自分のやり方を押し付けたりしないことです。
自分の節約術を押し付けるのは良くありません。
「こうしたほうがいい」「ああしたほうがいい」と口うるさくアドバイスをするのは、余計なお世話というもの。
相手にむっとされ、トラブルの原因になるのがオチです。
フィットネスクラブでトレーニング中、知らない人から「こうすべきだ」と命令されたら、うっとうしく感じるはずです。
その人は「時間の無駄遣いをする」という選択しているだけです。
本人がそれで納得しているのですから、それでいいのです。
時間を無駄遣いして痛い目に遭うのは、本人です。
共同作業で自分に迷惑がかかっているなら別ですが、そうでないならスルーするのがいちばん。
人は人、自分は自分なのです。
虚言癖とは「日頃からよく嘘を言う性質」をいいます。
あなたの周りに、虚言癖の人はいないでしょうか。
ことあるごとに嘘をつき、周りを振り回す人がいるものです。
もちろん嘘をつく経験は誰にでもあり、特別なことではありません。
人を励ましたり勇気づけたりするために嘘をつくこともあるでしょう。
相手を傷つけないための優しいうそも存在します。
そうした優しいうそのことを「白いうそ」と呼びます。
白い嘘は、誰も傷つけず、誰も不快にさせません。
白い嘘であれば、ばれたとしても、喜ばれたり感動してもらえたりします。
しかし、虚言癖の人はうその質が違います。
うその質が悪いうえに、嘘をつくことが「癖」になっているのが特徴です。
平気で嘘をつき、相手に迷惑をかけます。
嘘が癖になっている人は、自分の発言に責任感がないため、軽い気持ちで嘘をつきます。
あなたの身近に虚言癖の人がいれば、十分注意してください。
本人に悪気があろうとなかろうと関係ありません。
虚言癖の人と付き合っていると、いつか痛い目に遭うでしょう。
面倒なトラブルに巻き込まれたりする可能性もゼロではありません。
虚言癖のある人と信頼関係を結ぶことは不可能です。
嘘をつく癖があるかぎり、相手の発言を信用できないため、仲良くなれても信頼はできないのです。
残念ながら、虚言癖の人が改善されることは十中八九ありません。
「もう二度と嘘はつかない」と約束しても、その発言もうそなのです。
あなたの身近に虚言癖の人がいれば、関わらないのが賢明です。
どれだけ話が合おうと、どれだけルックスが良かろうと、できるだけ距離を置くことをおすすめします。
仕事の都合で付き合わなければいけないときもあるでしょう。
同じ職場であれば逃げようにも逃げられません。
そんなときは、最低限の挨拶とやりとりで済ませて、プライベートでは関わらないことをおすすめします。
本当に強い人とは、自分の弱さを認められる人のことをいいます。
1人の人間の力は知れています。
どれだけパワーがあろうと、どれだけ能力が高かろうと、1人の力には限りがあります。
自分の弱さを認めることは普通なかなかできません。
見栄やプライドを捨てなければいけません。
自分の弱さを認めることができる人は、客観的に自分を見ることができているということです。
自分の弱さに対する自覚があり、謙虚な姿勢があります。
自分の弱さを知っていると、おのずと謙虚な姿勢になります。
無理をすることなく、分相応の振る舞いを心がけるようになります。
これは、自分が弱いことを認めていなければできないことです。
だから強いのです。
自分の弱さを率直に認めれば、それを克服する発想になります。
恥を忍んで、自分の弱さをさらけ出すのは、強い人でないとできません。
恥をかく勇気があるということです。
自分にできないことがあれば、できる人にお願いするという発想も生まれます。
1人でできないことも、人と協力すれば、できるようになります。
自分の弱さを認めることができるから、強くなっていけます。
どんどん人生の駒を前に進められます。
自分の弱さを認められる人が、最終的に勝利や成功をつかむのです。
いらいらしたとき、すぐ心を落ち着かせる方法があります。
甘いものを食べましょう。
甘いものを食べながらいらいらする人はいません。
どんなにいらいらしていても、どれだけ腹が立っていても、甘いものを食べれば必ず落ち着きます。
しかも即効性があります。
糖分には、脳の興奮を落ち着かせる作用があることで知られています。
脳のエネルギー源はブドウ糖です。
ブドウ糖は、神経を沈静化させる働きのある神経伝達物質「セロトニン」の合成を助けます。
そのためいらいらしたときに、甘いものを食べると、瞬く間に興奮が落ち着くのです。
いらいらが落ち着くのを通り越して、リラックスできたり幸福感に包まれたりすることも少なくありません。
いらいらしたときは、甘いものを食べましょう。
アイスクリーム、チョコレート、パンケーキ。
甘いものなら何でもOK。
「これが食べたい!」と思ったものが正解です。
ココア、ミルク、バナナジュースなど、甘い飲み物も素晴らしい。
ぱっと頭に浮かんだものは、あなたが欲している証拠です。
いらいらしているときは普段より甘みを感じる力が高まっています。
体が甘みを欲しているので、普段より甘くおいしく感じられ、感動も倍増します。
普段より甘くおいしく感じられるのですから、このタイミングを逃してはなりません。
頼れるのものには頼りましょう。
いざというとき、うまく活用すれば、これほど心強いものはありません。
とろけるような甘みが、あなたのいらいらを落ち着かせてくれます。
食べすぎには要注意ですが、時には大目に見ることも大切です。
いらいらしたら、甘いものを食べるベストタイミングです。
甘いものは、人類を救う食べ物です。
仕事の遅い人がいると「早くして」とせかしたくなるでしょう。
社会で行う仕事のほとんどは、チームプレーです。
チームプレーで行う仕事は、1人の遅れが全体に影響します。
もたもたしている人を見ていると、いらいらすることもあるかもしれません。
しかし、仕事が遅くても、その人に焦りの様子があるなら「早くして」とせかすのは得策ではありません。
焦っている人に「早くして」とせかすと、逆効果になるでしょう。
その人はすでにいっぱいいっぱいの状態です。
せかすとプレッシャーになり、ますます焦らせてパニック状態にさせるでしょう。
段取りがめちゃくちゃになって、凡ミスや不注意が起こります。
やり直しやリカバリーが必要になり、結果としてますます遅くなるのです。
仕事のスピードが遅くても、その人に焦っている様子が見られるなら「早くして」とせかさないことです。
口から出そうになっても、ぐっとこらえるのが賢明です。
こういうときは「ゆっくり落ち着いて」と声をかけるのがいいでしょう。
せかすのではなく、余裕を与えるのです。
優しい言葉をかけると、相手はほっと安心するでしょう。
落ち着きを取り戻せば、冷静な思考が働くようになります。
段取りが良くなって、一つひとつの手順をスムーズに片付けることができるようになります。
結果としてスピードも速くなります。
せかせばスピードが上がるというのは思い込みです。
せかすことが逆効果になるケースがあることを知っておく必要があります。
焦っている様子があるなら、まず落ち着かせる言葉をかけるのが正解です。
うっかり食べ物や飲み物をこぼして、服を汚してしまうことがあります。
いらいらしたり落ち込んだりしやすい場面です。
明るい色の衣類だと、余計にしみが目立って見えるものですね。
汚れによっては、クリーニングが必要になることもあります。
買ったばかりの衣類だとなおさらです。
なぜか新品の服は、初めて着た日に限って汚れやすいという不思議な法則があります。
こんな場面のとき、ひとつ気づいてほしいことがあります。
服にしみがついて汚れても大丈夫です。
いらいらしないでください。
落ち込まないでください。
「見苦しい」「買ったばかりなのに」「人に見られると恥ずかしい」と思うかもしれませんが、心配には及びません。
よほど大きなしみなら別ですが、小さなしみであれば気にすることはありません。
誰もそんなところを見ていないからです。
顔の吹き出物と同じです。
自分では気になっていても、意外と周りの人は気にしていないものです。
きっとあなたも、友人の顔に吹き出物があっても、何とも思わないでしょう。
人の吹き出物すら何とも思わないのですから、ましてや服のしみなんてもっと気になりません。
完全に無関心です。
そもそも視界に入っていなくて気づかれないことが大半です。
気づいたとしても「おや」と思う程度。
しみの1つや2つくらいでは印象に影響しません。
誰でもいちばん関心があるのは自分です。
人のことなんて無関心。
恋人関係でもないかぎり、間近で相手の顔や服装をまじまじ見ることはありません。
だから、服にしみができても、いらいらしたり落ち込んだりしないでください。
自分が思っている以上に気づかれません。
気づかれたとしても何とも思われないのですから、気にするだけ損です。
人に迷惑をかけるわけでもありません。
しみがついても、堂々としていればいいのです。
睡眠中に寝言を言う人がいます。
睡眠中に突然うなり声を出したり、なかには会話のような寝言を言ったりする人もいて驚かされることがあるでしょう。
家族や友人と旅行で同じ部屋で寝るとき、相手の寝言がうるさくて驚かされることがあるものですね。
夫婦であれば、隣で寝ているパートナーの寝言がうるさくて悩まされることがあるでしょう。
寝言の声が大きかったり頻度が多かったりすると、こちらの睡眠が妨げられます。
「静かに寝てほしい」と思うところですが、ひとつ言えることがあります。
「寝言を言う人に悪意はない」ということです。
わがままや自分勝手な振る舞いというわけではありません。
単に寝言をぶつぶつ言っているだけです。
寝言を聞かされる側はちょっと迷惑に感じるかもしれませんが、本人には迷惑をかけるなどの意図的な悪意はありません。
寝言で睡眠を妨げられるのは困るところですが、まずこの点をきちんと理解しておくことが大切です。
とはいえ、やはり寝言がうるさいと気になってしまい、困ってしまうことがあるでしょう。
こういうとき、一瞬で気持ちを落ち着かせる考え方があります。
寝言がうるさいと思ったときは「自分も人のことは言えない」と考えるようにしましょう。
実はあなたも気づかないうちに、寝言を言っているはずです。
「私は寝言なんて言わない」と思うかもしれませんが、それは気づいていないだけのこと。
寝言を言うときは睡眠中なので自分ではわかりません。
寝言の多くは夢を見ている最中と言われ、夢を見ている人なら誰にでも起こりうることです。
「私も寝言を言っているかもしれない。人のことは言えない」と思えば、寝言を言う人がいても、寛大な気持ちになれます。
どうしても寝言がうるさい人にはどうすればいいでしょうか。
「寝言をやめてください」と注意して直してもらいたいところですが、効果はありません。
寝言は自然と起こることなので、本人の意思でやめようにもなかなか難しいのです。
こういうときは「耳栓を使う」「寝室を別々にする」といった方法があります。
わざわざこちらが手間をかけて対応するのは首をかしげたくなるかもしれませんが、こればかりは仕方ありません。
寝言がうるさい人に、悪意はないからです。
ちょっと面倒かもしれませんが、最も平和的な解決策です。
大切なのは「予想外の出来事を面白がる姿勢を持つこと」です。
予想外の出来事は本来、面白いことだからです。
予想外の出来事は計画できません。
計画した時点で、それは「予想どおり」になってしまいます。
驚きや感動はなくなるのです。
たとえば、街の中で道に迷って、知らない場所に出てしまった。
予定していたお店に行くと、臨時休業で閉まっていた。
旅行先で電車に乗り遅れ、予定が変わってしまった。
その瞬間は困っていたとしても、あとから振り返ると「笑い話」「良い思い出」として語れるものです。
だからこそ、予想外の出来事が起こったら「ラッキー」と思いましょう。
時間のロスが発生するかもしれません。
お金を損することになるかもしれません。
それでもいいのです。
珍しい経験ができるのは、むしろ幸運なことだからです。
仕事でも遊びでも、予想外の出来事が起こったら、楽しむ姿勢を持ちましょう。
「面白いハプニング」と思えばいいのです。
面白がることで明るく前向きに受け止められます。
いらいらすることも落ち込むこともなくなります。
新たな視点が生まれ、理解を深めるきっかけにもなります。
人生は、山あり谷ありです。
山にぶつかったときも「面白いハプニング」と思えば、うまく乗り越えられます。
谷に落ちたときも「面白いハプニング」と思えば、うまく這い上がれます。
そうしたポジティブな姿勢を持てば、山あり谷ありの人生を、楽しく生きていけるのです。
コミュニケーションでは、わかってもらえないことがあります。
わかってほしいことがあって話をするものの、相手から否定的な反応が返ってくる。
「同意できない」
「理解できない」
「意味がわからない」
わかってもらえないとき、がっかりするかもしれません。
頑張って話した自分がむなしく感じるかもしれません。
「どうしてわかってくれないの!」と怒りを覚えることもあるでしょう。
しかし、わかってもらえなくても、じたばた騒がないことです。
わかってもらえなくていらいらするのは「わかってもらえて当然」という考えがあるからです。
それは身勝手で独りよがりの考えです。
わかってもらえて当然と考えているから、わかってもらえないとき、むっとします。
「こんなに一生懸命話しているのに!」「こんなにたくさん話したのに!」と腹が立ちます。
過大な期待をしている自分に気づくことです。
一方的に期待される相手も迷惑です。
きちんとわかってもらうことは簡単なことではありません。
自分と相手とは別々の人間です。
生まれも育ちも違い、別々の人生を歩んできたでしょう。
個体としては別存在ですから、どこかでうまく伝わらないことはあって当然です。
きちんと100%わかってもらうのはなかなか難しいのが現実です。
特に「価値観」の関わることとなると、さらに難易度は高くなります。
価値観は、その人の生き方やアイデンティティーに関わることです。
相手の価値観を塗り替えるのは並大抵のことではありません。
「わかってもらって当然」と考えるのは良くありません。
「わかってもらえなくて当然」と考えるのが正解です。
わかってもらえなくてもいらいらしないでください。
がっかり落ち込むこともありません。
相手を恨んだり憎んだりすることもしません。
わかってもらえなくても、あまり深く気に留めず、さらりと流してしまいましょう。
「わかってもらえなかったか。まあ、当然だよね」でいいのです。
わかってもらえたら、理解してくれた相手に感謝しましょう。
わかってもらえることはありがたいことです。
「なんとなくわかるよ」という半分理解の返事でも、快く受け入れてください。
ちょっとわかってもらえただけでも御の字です。
わかってもらえなくて当然と思えば、ちょっとわかってもらえただけでも喜べます。
万一あっさりわかってもらえるようなことがあれば、奇跡に値します。
「素晴らしいことが起こった!」と感動してください。
相手の理解に頭を下げ、深く感謝しましょう。
いらいらする人は「電車は座るもの」という考え方になっています。
電車に乗るやいなや、すぐ座れる席を探していませんか。
「どこか空いている席はないかな」ときょろきょろ見回します。
席がなければ、残念な気持ちになり、小さなため息をつく。
もちろん座ってゆっくりしたい気持ちはわかります。
へとへとに疲れているときは座って休憩したくなるでしょう。
席が空くやいなや、椅子取りゲームのようにさっと座ろうとしている人も多いのではないでしょうか。
しかし「電車は座るもの」という考え方になっていると、思いどおりにいかなかったとき、ストレスを感じます。
座れる席がなかったり別の人に先を越されたりすると、いらいらしてしまいます。
「ちょうど座ろうとしたいたのに!」と悔しい気持ちになるでしょう。
ぎりぎりアウトがいちばん悔しい。
トラブルがあったわけでもないのに、不快な気分がになってしまいストレスを感じることになる。
いらいらすると自律神経の乱れを引き起こし、体の調子に悪影響を及ぼしたり疲れを感じやすくなったりするのです。
そこで考え方を変えてみましょう。
電車は「座るもの」から「立つもの」という考え方に切り替えるのです。
「電車は立つもの」と思えば、いらいらすることが減ります。
電車に乗って、きょろきょろ見回すことがなくなります。
空席がなくても、がっかりしたりいらいらしたりすることがなくなります。
「席が空かないかなあ」と念じることもなくなります。
席が空いたとき、椅子取りゲームで競走することもなくなります。
立つことは、ちょっとした運動にもなります。
立っているだけでも筋肉を使い、カロリーも消費します。
たとえば、体重60キロの人の場合、30分ほど立っていると60キロカロリーを消費します。
小さなカロリーかもしれませんが、継続は力です。
これを毎日続ければ、消費カロリーの底上げにつながり、筋肉量の維持やダイエットにも効果的です。
もともと私たち人間は、起立姿勢が基本です。
人類は直立二足歩行することで進化を遂げてきました。
長時間の座位姿勢は死亡リスクを高めるという研究結果も報告されています。
できるだけ起立時間を増やしておくほうが健康的です。
最初から「電車は立つもの」という考え方になれば、いらいらすることがなくなるのです。
立っていれば、じっくり外の景色も楽しめます。
窓から外の景色を眺めていると、リフレッシュやストレス解消に効果的でしょう。
ポスターや車内広告に目を向けると「時代の今」を感じることもできます。
何らかのヒントや気づきが得られ、仕事に役立つアイデアにつながるかもしれません。
電車は「座るもの」より「立つもの」と考えたほうが、心にも体にも健康的です。
「電車は立つもの」という考え方を前提にすれば、いらいらいすることも減るのです。
時折動きの遅い人を見かけることがあります。
歩くのが遅い人、話すのが遅い人、仕事をするのが遅い人、すべてのことが遅い人。
動きが遅い人にいらいらすることはありませんか。
「さっさと歩いてほしい」
「話し方をもっと速くしてほしい」
「仕事のスピードをもっと上げてほしい」
動きの遅い人がいると、待たされている感があります。
だんだんいらいらしてくるかもしれません。
待たされているときのストレスは意外と大きいものです。
しかし、ここが要注意です。
動きが遅い人にいらいらしてはいけない。
その人は、あなたを困らせようと、わざと遅く動いているわけではありません。
あなたにとって遅いペースに感じても、その人にとっては普通のペースです。
相手に悪気や悪意はないことを理解してください。
人によって価値観が違います。
生まれも育ちも人それぞれですが、人によって考え方が異なって当然です。
これはペースについても同じです。
人によって普通のペースが違うことを理解してください。
動きの遅い人がいても「その人にとって普通のペースなのだね」と思えばいいことです。
そこでばかにしたり悪口を言ったり無理にせかしたりしないことです。
「速く動いてほしい」「スピードアップしてほしい」と思うかもしれませんが、要注意です。
自分のほうが速いからといって、相手をせかさないことです。
無理にせかすと、事故を招いたりトラブルにつながったりする可能性があります。
いらいらをぶつけたところで仕方ありません。
車のあおり運転と同じです。
ここでひとつ気づいてほしいことがあります。
「なぜ動きが遅い人にいらいらしたのか」です。
「相手の動きが遅いから」と思うかもしれませんが、そうではありません。
動きの遅い人に非があるのではありません。
それだけ自分に余裕がないのです。
動きが遅い人にいらいらするのは、自分に余裕がない証拠です。
これはゆゆしき事態です。
スピード重視の生活もいいですが、だからといって余裕のない生活を送るのは良くありません。
余裕のない生活になるくらいなら、少しスピードを落としたほうが健全です。
余裕は、スピードよりも大切な要素です。
余裕があるから、当たり前の幸せを実感できたり、質の高い生活を実現したりできます。
人に優しくできたり、相手の気持ちに配慮したりできるのも、余裕があるおかげです。
動きが遅い人にいらいらしたら、心に余裕がない状態です。
自分にイエローカードを出して、スケジュールを調整するなり生活スタイルを見直すなりして、余裕をつくってください。
精神的豊かさには余裕が欠かせません。
心に余裕を持てば、動きが遅い人がいても、いらいらすることはありません。
いらいらしたとき、簡単に心を静める方法があります。
大空に浮かぶ雲を眺めましょう。
美しい青を背景に、白い雲が浮かんでいるでしょう。
自然が生み出した感動的な光景です。
ぼんやり眺めているだけでいいのです。
ちらっと見るのではありません。
じっくり眺め、堪能してください。
大空の光景が視界いっぱいに入るように眺めましょう。
眺めているときは、できるだけ頭を空っぽにするのがポイントです。
しばらく眺めていると、心に変化が生まれます。
ぴりぴりしていた気持ちがだんだん静まり、落ち着いてきます。
急に時間の流れ方が穏やかに感じられます。
大空に浮かぶ雲には、心を落ち着かせる効果があります。
心の傷を癒やして、リラックスを促してくれます。
ゆっくり動く雲を眺めていると、心もその動きにつられ、だんだん気持ちが落ち着いてくるのです。
大空は、私たち人類がまだ猿だったころからずっと存在しています。
大空を眺めていると、古いDNAが刺激され、懐かしい気持ちにしてくれます。
太古から存在する光景を、今でも肉眼で見ることができるのは感慨深いものがあります。
私たちの頭の上には、心強い味方がいます。
いつもあなたの上から味方が見守ってくれているのですから、これほど心強いことはありません。
大空に浮かぶ雲そのものが「巨大なお守り」と言ってもいいでしょう。
いらいらしているときに限りません。
怒りや不安、落ち込みや悲しみを感じたときも同じです。
嫌なことがあって心がすさんでいるときも、大空に浮かぶ雲を眺めましょう。
また精神的ストレスを軽減させる効果も抜群です。
ぼんやり眺めているだけでいいのですから、これほど簡単なことはありません。
大空に浮かぶ雲を眺めていると、どんな心も心が落ち着くのです。
私たちの脳には「厄介な癖」があります。
昔を振り返ったとき、ポジティブな出来事とネガティブな出来事のどちらを、よりたくさん覚えているでしょうか。
たいていの人は「ネガティブな出来事のほうをよく覚えている」と答えるでしょう。
別におかしなことではなく、普通のことです。
私たちの脳は、嬉しい出来事や楽しい出来事より、つらい出来事や悲しい出来事をよく覚える傾向があります。
これを心理学の世界では「ネガティビティ・バイアス」といいます。
ネガティブな情報は生存に関わる可能性が高いため、人類が進化する過程で、長く優先的に記憶するよう脳が発達しました。
自分の身を脅かす事柄については深く記憶に残すことで、類似の事象を回避できます。
生ものを食べておなかを壊した経験は、大人になってからも忘れないものですですね。
何十年も前のことでも、当時の様子を鮮明に思い出せるでしょう。
頭にしっかり記憶することで「次からこれを食べるのは避けよう」と注意でき、危険回避に役立ちます。
私たちの脳は、嫌な出来事に関して驚異的な記憶力を発揮するのです。
もちろんこれはこれで生活に役立つのですが、ちょっと困った側面もあります。
しっかり記憶しているがゆえに、ちょっと油断すると、昔あった嫌なことを思い出してしまうのです。
叱られた出来事、騙された出来事、大失敗をした出来事など。
嫌な出来事は、元気やパワーを奪っていきます。
ひとたび心が沈むと、普段の自分を取り戻すのに時間がかかって大変です。
暗い気持ちを引きずってしまうと、日常生活に支障をきたすこともあります。
ネガティビティ・バイアスは進化の過程で脳に備わった仕組みなので、これを今すぐ変えることはできません。
こうしたことにならないためにも、嫌なことを思い出したときの対処を決めておきましょう。
別のことに意識を向けることなら、対処は何でもかまいません。
できれば元気が出たりテンションが上がったりすることがいいでしょう。
嫌なことを思い出したときの対処を決めていれば、いざ嫌なことを思い出しても怖くありません。
あらかじめ決めていた対処を行うことで、暗い気持ちを吹き飛ばせます。
別のことに意識を向けることで、自然と嫌なことを忘れられ、普段の自分を取り戻せます。
「嫌なことを思い出したときの対処を決めている」という安心感があるだけでも、心が楽になるはずです。
誰でもいらいらすることはあります。
聖人君子でもないかぎり、いらいらするのは当たり前のことです。
現代社会はストレス社会でもあるので、いらいらしている人が増えています。
感情が高ぶっているときは、うっかり過ちを犯しがちです。
またいらいらして不機嫌になると、人に強く当たってしまうこともあります。
「人間の最大の罪は不機嫌である」とは、ドイツの文豪ゲーテの言葉です。
自分が苦しいだけならまだしも、他人にも悪影響を与えることがあるのですから、人生最大の罪とは言い得て妙です。
自分がいらいらしたとき、人に迷惑をかけないようにしたいものです。
そのためには、まず「自分がいらいらしていることに気づくこと」が大切です。
いらいらしていることに気づくことさえできれば、対処はできます。
「深呼吸をする」「時間を置く」「飲み物を一口飲む」「いったんその場から離れる」など、できることはいくつもあります。
しかし、いらいらに気づかないと、対処のしようがありません。
そのまま突っ走ってしまいます。
感情が高ぶった状態で、つい人に当たってしまいます。
人間関係に亀裂を生むこともあるでしょう。
気づかないうちに集中力が落ち、仕事に支障を来すこともあります。
大きな評価ダウンにつながることもあるでしょう。
どんどんいらいらが高ぶり続けると、最終的に爆発させることになりかねません。
取り返しのつかないトラブルを引き起こす可能性もあるのです。
日頃から自分の心の状態に意識を向ける習慣を持ちましょう。
なかなか難しいところではありますが、意識するだけでも変わります。
自分の中に「感情メーター」を設けて、感情の把握に努めましょう。
10点満点で「今の自分は何点だろう」と自問します。
「3を超えたら深呼吸を」「5を超えたら、席を立とう」など、ルールを決めておくといいでしょう。
人に迷惑をかけないためには、まずいらいらしている自分に気づくことが大切なのです。
落ち着きを取り戻したいとき、役立つ一言があります。
「だから何?」です。
トラブルが起こって頭を抱える場面があれば「だから何?」の一言を自分に問いかけてみてください。
突き放すような冷たい一言に思えますが、だからこそいいのです。
たいてい悩んでいるときというのは、主観的になりすぎていて、視野狭窄に陥っています。
「だから何?」の一言を唱えると、客観的な視点が生まれ、視野が広がります。
第三者の立場で見ることができるようになるため、冷静になれるのです。
「もう終わりだ!」と思えるようなことがあっても「だから何?」の一言を自分に言い聞かせると、心持ちが変わります。
「よくよく考えてみれば、たしかに何なのだろう。大したことではないね」と思えるようになる。
夢から覚めたような感覚を覚え、はっと我に返ることができます。
心に余裕が生まれ、自然と視線が上向くでしょう。
「また次があるではないか」という希望を見いだせるでしょう。
「だから何?」は、冷静を促す魔法の言葉なのです。
嫌いな人がいる。
憎い人がいる。
許せない人がいる。
あなたには、こうした人はいますか。
世の中には、さまざまな人がいますから自分と合わない人は、1人や2人、いるものです。
中には、ささいなすれ違いから、相手のことを憎んだり恨んだりしている人がいます。
しかし、相手のことが嫌いで憎んだり、恨んだりしたところで、自分にとって何の得にもならないことに、気づくことです。
いつも相手を憎み、敵対心を抱くのは、ひどく疲れるでしょう。
「許せない」と思い続けていることは、いわば、看守の仕事を24時間しているようなものなのです。
「絶対に許せない」と心の中で何度も叫び、最も疲れるのは自分です。
許せないと思うだけで疲れてしまうと、本来集中すべき日常生活に支障を来してしまいます。
いちばん集中すべき勉強や友人関係にまで回すエネルギーが、なくなってしまうのです。
いつの間にか、数多くのチャンスも失っていることでしょう。
許せないと思う人がチャンスをつかめないのは、つかめるほどの元気が残っていないからです。
つまらないことに、精神的エネルギーを使い、元気がなくなっているからです。
だから「許さないぞ」「あいつが憎い」という恨みを持っている人の表情は、いつも元気がなく、暗いのです。
念ずることだけにエネルギーの大半を消費してしまい、自分にはまったく良いことはありません。
まさに「百害あって一利なし」です。
タバコは肉体的に害を及ぼしますが、恨みは精神的に害を及ぼします。
どうしても許せない人がいるとき、大胆ですが、思いきって許してしまうことです。
気にすることをやめてしまうことです。
24時間の看守の仕事から解放されることになります。
大きな仕事を辞めてしまえば、ずいぶん心も体も軽くなるものです。
許してしまうだけで精神的負担がずいぶん軽くなり、本当に大切な日常生活にエネルギーを回すことができるようになります。
チャンスをつかむためのエネルギーも出てくるようになるのです。
基本的にネガティブ思考の人とは関わらないのが得策です。
ネガティブ思考の人は、物事を否定的に捉えるのが癖になっています。
一緒にいると、ネガティブなことを聞かされます。
ネガティブなことを聞かされて、いい気分になる人はいません。
だんだん気分も下がっていき、やる気や元気が奪われます。
いつも否定的な発言ばかりだと、ちょっとうっとうしく感じるときもあるでしょう。
否定的な考え方がこちらにも移ってきそうで悪影響があります。
しかし、都合があってどうしても関わらなければいけないときもあるでしょう。
仕事の都合で距離を置くにも難しい状況があるはずです。
そんなときは、接し方を工夫しましょう。
「ポジティブ思考の練習台」として活用するのです。
相手がネガティブなことを言ってきたら、知恵を絞って、ポジティブな発想で切り返してください。
「あと半分しかない」と言われたら「まだ半分もあるよ」と切り返します。
「あと1時間しかない」と言われたら「まだ1時間もあるよ」と切り返します。
「どうせ失敗するに決まっている」と言われたら「奇跡が起こって成功するかもしれないよ」と切り返します。
「私にできるはずがない」と言われたら「仲間を集めてみんなで協力すればいいね」と切り返します。
「生きていてもいいことがない」と言われたら「いいことがないなら、いいことをつくろう」と切り返します。
「好きな人がいるけど、もう付き合っている人がいるかもしれない」と言われたら「まだいないかもしれないよ」と切り返します。
何事も両面があります。
マイナス面があるということは、プラス面もあるということ。
相手がマイナス面を提示してきたら、あなたはその逆であるプラス面に着目すればいい。
多少強引な切り返しでもかまいません。
可能性がゼロでなければいいのです。
可能性が1%でもあれば良しと考え、肯定的に切り返していきましょう。
なかなか良い発想が浮かばず難しいときがあれば「難易度の高い問題にチャレンジしている」と思えばいい。
難しいからこそ頭の体操になり、ポジティブ思考の練習台になります。
そうすれば、ネガティブ思考の人と接する意義が生まれます。
「ポジティブ思考の練習台」として活用すれば、ネガティブ思考の人ともうまく付き合えるのです。
列に並んでいるとき「並んでますか」と聞かれることはありませんか。
「見ればわかるだろう」と思うかもしれませんが、ここでむっとしてはいけません。
「並んでます!」と声を荒らげないことです。
「並んでますか」と聞かれることがあれば、ちょっと自分を振り返ってみたい。
自分では並んでいるつもりでも、人から見ると、中途半端な並び方になっているのでしょう。
ずれた位置に並んでいるのかもしれません。
前の人と距離が大きく空いているのかもしれません。
並んでいるのかどうかはっきりわからないから「並んでますか」と聞かれました。
もちろん聞いてきた人に非はありません。
むしろわざわざ尋ねてくれたことに感謝することです。
普通に「並んでます」と答えて終わりになるところですが、改善の余地があります。
特に日頃から「並んでますか」と聞かれることが多いなら要改善です。
日頃からよく聞かれるということは、中途半端な並び方が日常化している可能性があります。
「並んでますか」と聞かれたら、むっとするのではありません。
自分の並び方を見直す機会にしましょう。
前の人との距離を詰めたり、一直線の整列になるよう意識をしたりです。
中途半端な並び方になっているはずですから、一目で並んでいるとわかる並び方を心がけます。
これはお互いのためです。
改善できるところは少しでも改善しておきたい。
一目で並んでいるとわかる並び方をすれば「並んでますか」と聞かれることはなくなります。
日常で時折、のんびりしている高齢者を見かけることがあるでしょう。
横断歩道をのんびり歩く高齢者。
ゆっくりバスに乗り降りする高齢者。
階段を一段ずつ上り下りする高齢者。
全体的に動きがスローです。
のんびりしている高齢者が道をふさいでいると、ちょっと困ってしまうかもしれません。
なかなか前に進めず、自分の行動が遅くなってしまうこともしばしば。
特に急いでいるときであれば、いらいらしやすいところでしょう。
しかし「早くしろ」と思ってはいけません。
いずれ自分もそうなるからです。
高齢者に向けた言葉は、いずれ自分に跳ね返ってきます。
いずれ自分が高齢者と呼ばれる年齢になったとき、その高齢者よりさらに動きが遅くなっているかもしれません。
歩くのがやっとという状態になっているかもしれません。
つえがないと歩けなくなっている可能性も十分あり得ることです。
老いから逃れることはできません。
人は誰でも年を取ります。
年齢を重ねるにつれて疲れやすくなったり体力や筋力が衰えたりして、体の動きが鈍くなります。
その高齢者は、わざと遅く動いているわけではありません。
その高齢者にとって精いっぱいのスピードです。
のんびりしている高齢者を見て「早くしろ」と思わないことです。
心を大にして、高齢者のペースを尊重しましょう。
自分の行動がちょっと遅くなったとしても大したことではありません。
遅くなるとはいえ、ほんのわずかなことでしょう。
遅刻しそうなら、そもそもぎりぎりで行動していた自分が悪いのです。
人生では余裕が欠かせません。
次からもっと余裕のある行動を取るよう反省が必要です。
なかなか寛大に受け入れられないなら、その高齢者を「将来の自分」と思うようにしてください。
自然と優しい気持ちになれます。
将来の自分と思えば腹は立ちませんし、優しく受け入れられるでしょう。
「無理をなさらないでください。どうぞマイペースで行きましょう」と思うようになるはずです。
優しい言葉をかけると、いずれ自分が高齢者になったとき、優しい言葉をかけられます。
今日のあなたの目標を申し上げます。
「いらいらしない1日を実現すること」です。
現代社会はストレスに満ちています。
あちこちにストレスの要因が散らばっていて、何かといらいらしがちです。
「しょっちゅういらいらしている」「いらいらしない日はない」という人も多いのではないでしょうか。
だからこそ、目標としてうってつけです。
「いらいらしない1日を実現すること」という目標を掲げ、今日をスタートしましょう。
いらいらしないためにできることがあるはずです。
心を大きくしたり、待ち時間の過ごし方を工夫したり、物事の捉え方をプラスに変えてみたりなど。
部下の仕事が遅いときがあるとします。
「遅いなあ、早くしてほしい!」といらいらするのではありません。
「この人なりに精いっぱいのペースなんだね」と考え、相手への理解を深めてみましょう。
人によってキャパが異なるように、人によってペースも異なります。
「丁寧に仕事をしている」という考え方をしてみると、穏やかな気持ちになれるのではないでしょうか。
駅のホームに到着すると、ちょうど電車が出発して乗れませんでした。
「ぎりぎり間に合わなかった」といらいらするのではありません。
「次の電車までゆっくり過ごせる」と考えましょう。
待ち時間に本を読んだり、メールやSNSの返信をしたり、ニュースをチェックしたりすれば、上手に時間をつぶせることです。
レジの行列で待つ場面があるとします。
「待つのが面倒くさい」といらいらするのではありません。
平然とした心で「普通に待つだけだね」と思えばいいことです。
周りの様子を観察したり、この後の予定を考えたりすれば、待ち時間なんてあっという間です。
上司なら仕事の問題点を指摘されたとします。
「うるさいなあ。いちいち細かいなあ」と思うのではありません。
「ここを改善すれば良くなるね。わざわざ指摘をいただけてありがたい」と考えましょう。
わざわざ気遣ってくれていると思えば、ありがたく思えます。
すでにわかっている指摘なら再確認として役立ちます。
前向きに考えれば、感謝の念も湧いてくるはずです。
渋滞に巻き込まれてもいらいらしません。
なかなかメールの返信がなかなか来なくてもいらいらしません。
約束をすっぽかされてもいらいらしません。
嫌なことがあろうと、不運なことがあろうと、いらいらしないように心がけます。
とにかくいらいらしないのです。
「いらいらしないゲーム」をするような感覚で、あらゆることに立ち向かっていけばいい。
物事は、考え方や心の持ちようで、いかようにも変わります。
難しいかもしれませんが、だからこそチャレンジのしがいがあります。
いらいらしない1日を実現できたら、素晴らしい1日を実現したことになるのです。