あなたに質問です。
最近「ありがとう」と言いましたか。
きっと「ある」と答えるでしょう。
私たちの身の回りには「当たり前」がたくさん存在しています。
当たり前に囲まれて生活しています。
・住む家があること
胸に手を当ててみてください。
リズミカルな鼓動を感じることができるでしょう。
それは心臓です。
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送料にお金をかけたくない人にとっては嬉しいサービスですね。
私たちの身の回りは「感謝」にあふれています。
衣食住があること、勉強ができること、愛情を注いでくれる親がいること、生活を支えてくれる人がいること。
小さなことにも注意を向け、感謝の気持ちを持ち続けることは大切です。
私たちに必要なのは何でしょうか。
「助けてもらったことを思い出すこと」です。
私たちの記憶は面白いもので、助けたことはよく覚えているです。
日常が豊かになるポイントは「お会計の場面」にあります。
お会計のとき、何を考えながら支払っているでしょうか。
おそらく多く人は、特に何も考えず、ぼんやりしながらお金を支払っているでしょう。
学生時代のころ、親から仕送りをしてもらうことがあるでしょう。
社会人になって働き始めたばかりのころも、親からの仕送りに助けられることがあるのではないでしょうか。
生活に苦しいときの仕送りは本当に助かりますね。
あなたの街には、たくさんの橋があるでしょう。
川のあるところには橋があり、大きな橋から小さな橋までさまざまです。
生活圏内に橋がいくつも点在していて、通勤、通学、買い物のときなど、日頃から利用している人も多いことでしょう。
誰かにお世話になったときは、お礼です。
そのときお礼を言うのは当然ですが、後日会ったときもお礼を言うのがマナーです。
「先日はお世話になりました」「この前はありがとうございました」という一言があるだけで、人間関係は向上します。
「そういえば、お礼を言い忘れていたな」
ずいぶん時間がたってから、お礼を言い忘れていることに気づくことがあります。
1週間後かもしれません。
「義務教育」という言葉を聞いたとき、どんなイメージがあるでしょうか。
「義務」という言葉があるためでしょうか。
勉強を強いられるイメージを持つ人もいるかもしれません。
突然ですが、あなたに面白いチャレンジがあります。
最近起こったトラブルを思い出してください。
仕事のトラブル、人間関係のトラブル、お金のトラブルなど、種類は問いません。
本を読むときは、手を合わせてからページを開きましょう。
本の種類は関係ありません。
小説、ビジネス書、実用書でも、まず手を合わせます。
漫画家は、短命になりやすい職業といわれています。
手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄など、平均寿命を大きく下回って亡くなった漫画家がいます。
若くして亡くなった漫画家の話もあるのですから驚かずにはいられません。
人から特別お世話になることがあるでしょう。
特別な協力をしてもらえたり、特別親切な対応をしてもらえたりです。
わざわざ忙しいところを助けてもらったり、自分のために大きな時間や労力を割いてもらったりすることもあるでしょう。
ごみ箱の身になってみてください。
ごみ箱が接するものといえば、ごみばかりです。
掃除で取れたほこり、不要になった紙くず、食べ終わったお菓子の袋、カップめんの容器、台所から出た生ごみ。
人から謝罪の言葉を受けることがあります。
「謝る側」ではなく「謝られる側」になることがあるでしょう。
相手が謝罪の言葉を述べているとき、途中で遮って返事をする人がいます。
いつの時代も、心配されることは幸せなことです。
いちいち心配されると、うっとうしく思うこともあるでしょう。
うるさく感じてたまらないときは「ほうっておいてくれ」と思うこともあるでしょう。
家族のありがたみは普段なかなかわかりません。
家族は空気のような存在です。
生まれたときから存在していて、いつもいるのが当たり前なので、なかなかありがたみを感じる機会がありません。
あなたに薬の効き目を高めるするコツをご紹介します。
方法はとても簡単です。
薬に感謝しながら服用してください。
飲食店から出るとき、お客さんは「ごちそうさまでした。ありがとうございました」と声をかけます。
気持ちのいいお礼の言葉ですね。
店員さんにお礼を言うと、笑顔を返してくれるでしょう。
ホテルや旅館に宿泊することがあるでしょう。
1泊のときもあれば、何泊か泊まることもあるでしょう。
宿泊の最終日、チェックアウトで部屋から出る際、心を豊かにするマナーがあります。
手書きのはがきを受け取ったとき、じっくり見るのはどこでしょうか。
やはり裏面のメッセージではないでしょうか。
裏面にはメッセージが書かれています。
雪が降る極寒の中、ぶるぶる震えながら仕事をしている人がいます。
気温は氷点下。
足元は雪や氷に覆われていて滑りやすそう。
あなたのご両親は、あなたが生まれてきたとき、さぞ誕生を喜んだことでしょう。
「早く会いたかったよ!」
「無事に生まれてきて良かった!」
落ち込んだとき、あなたを元気づけるものは何か。
母子手帳です。
落ち込んだときは、母子手帳を読んでみてください。
仕事が忙しくて、お墓参りをしたくても帰省ができないときがあるでしょう。
仕方ない事情とはいえ、ちょっと心残りになるものですね。
ご先祖様がいるおかげで今の自分が存在しています。
現生人類の直接の先祖であるホモサピエンスは、およそ20万年前、アフリカの地で誕生しました。
6万年前、生まれ故郷のアフリカを離れることになります。
グレートジャーニーを経て世界に広がっていき、地球各地を覆うことになり、それが現在の私たちにつながっています。
今日もあなたは、命を燃やして生きています。
自覚はないかもしれませんが、あなたの中には「命の炎」があるのです。
生まれてから一度も消えることなく燃え続けています。
あなたに質問です。
最近「ありがとう」と言いましたか。
きっと「ある」と答えるでしょう。
コミュニケーションに欠かせない言葉ですから、日頃から口にする機会が多いものです。
今日すでに何度か口にしている人も多いことでしょう。
では、質問を変えます。
最近何かに「ありがたい」と思いましたか。
「ない」あるいは「ほとんどない」という答えになるのではないでしょうか。
私たちは普段「ありがとう」とよく言いますが、その一方で「ありがたい」と思うことは少ないのが現実です。
ここなのです。
私たちに足りない感謝の習慣があります。
「ありがとう」と言う習慣ではありません。
「ありがたい」と思う習慣です。
私たちは「ありがたい」と思うことが圧倒的に不足しています。
「ありがとう」と言う習慣も大切ですが「ありがたい」と思う機会もつくってください。
心の中で小さく念じるだけでいいのです。
感謝の気持ちを持ちながら、心の中で「ありがたい」と唱えてください。
おいしい食事ができるときに「ありがたい」と思いましょう。
勉強や仕事ができることにも「ありがたい」と思いましょう。
お金を払うだけで欲しいものが手に入ることにも「ありがたい」と思いましょう。
乗り物を使えば、簡単に遠い距離を移動できることにも「ありがたい」と思いましょう。
命があって生きていることにも「ありがたい」と思いましょう。
大きなことだけでなく、小さなことにも「ありがたい」と思いましょう。
見るもの・聞くもの・触れるもののすべてに対して「ありがたい」と思ってみてください。
心に幸福感が広がり、満たされた気持ちになれます。
「ありがたい」は「ありがとう」より大切です。
「ありがたい」と思うだけで感謝したことになります。
直接声に出さなくても、心の中で唱えています。
感謝の念を持つことは、心の健康を保つうえで欠かせない要素です。
「ありがたい」と思うことがあれば、落ち込むことはありません。
常に心が感謝と喜びの気持ちで満たされるため、生き生きした人生を送れます。
では、さっそく今日から実践です。
どんどん気兼ねなくトライしていきましょう。
声に出す必要はないので、周りの迷惑になりません。
「ありがとう」という機会は限られますが「ありがたい」と思う機会は無限です。
「ありがとう」という機会は、人から好意や親切をされたときに限られますが「ありがたい」と思う機会は自分しだいです。
自分がありがたいと思うことなら何でもOKです。
人からの好意や親切があったときだけでなく、日常の小さなことに対しても使えます。
対象も頻度もタイミングも自由です。
「ありがとう」と言う回数と同じくらい「ありがたい」と思う機会をつくってみてください。
すぐ心が満たされた気持ちになるでしょう。
自分が幸せ者だと思えてきて、生きるのが素晴らしく思えてくるのです。
私たちの身の回りには「当たり前」がたくさん存在しています。
当たり前に囲まれて生活しています。
どれも当たり前のことですね。
当たり前のことですが、間違いなく素晴らしいことです。
当たり前ほど大切なものはありません。
私たちの身の回りには数え切れないほど無数の当たり前が存在していて、上記に挙げたものはほんの一部にすぎません。
当たり前に感謝すると、自分が恵まれた環境に置かれていることに気づきます。
いつも満たされた気持ちでいられ、世の中が素晴らしく見えてきます。
当たり前の一つひとつに感謝の気持ちを持てば「なんて人生は素晴らしいのだろう!」と感じずにはいられません。
何をするにも楽しくなり、いつも笑顔でいられます。
生きていることが楽しくなり、人生も楽しくなるのです。
あなたの目の前には今、何らかの「当たり前」があるでしょう。
どこにでもある平凡なものかもしれません。
古いものや安いものかもしれません。
それをじっくり見つめて「ありがたい」と感謝してください。
今すぐ満たされた気持ちになり、幸福感が湧き上がってくるでしょう。
これが「精神的豊かさ」です。
当たり前に感謝してもしすぎることはありません。
当たり前に感謝することは、人生を楽しむことになるのです。
胸に手を当ててみてください。
リズミカルな鼓動を感じることができるでしょう。
それは心臓です。
心臓は、人の意思とは関係なく動く臓器です。
ご存じのとおり、人体で最も重要な臓器ですね。
ところが、自然と動いていることもあって、私たちは普段、心臓を意識することは少ないものです。
心臓が止まったら、今すぐ命を落とすことになります。
何の苦労も努力もなく自然と動いている心臓ですが、その役割は極めて大です。
普段なかなか意識することはありませんが、私たちが生きているのは心臓が動いているおかげです。
生きていくうえで必要不可欠な存在です。
握り拳をつくってみてください。
心臓の大きさはだいたい握り拳の大きさです。
それがあなたの胸の中でずっと動き続けていて、全身にくまなく血液を送っています。
心臓の拍動回数は、1日におよそ10万回です。
1年でおよそ3650万回になります。
心臓は、あなたがお母さんのおなかの中にいたときから、ずっと絶え間なく動き続けています。
拍動が速くなったり遅くなったりすることはありますが、死ぬまで止まることはありません。
心臓が動いているおかげで、今日も生きることができています。
心臓は自然と動いていてなかなか意識することはありませんが、だからといって無視は良くありません。
大変働き者の臓器ですから、たまには意識を向けてください。
休むこともなく、弱音を吐くこともなく、あなたの胸の中で静かに動き続けています。
いつも頑張っている心臓ですから、その労をねぎらおうではありませんか。
たまには胸に手を当て、心臓の鼓動を感じてみましょう。
そして敬意を払い、感謝の念を伝えましょう。
「心臓さん、いつも働いてくれてありがとうございます」
心臓に感謝して、しすぎることはありません。
心臓に感謝すると、温かい気持ちが広がり、心も豊かになります。
そして生きる喜びも高まるのです。
ネットショッピングが一般的になった今「送料無料」という表記を目にすることが増えました。
最初から送料が無料に設定されていることもあれば、購入価格が一定額に達すると、送料が無料になることもあります。
送料にお金をかけたくない人にとっては嬉しいサービスですね。
ところが、送料無料にまつわる、よくある誤解があります。
送料無料を「最初からまったく送料がかかっていない」と思う人がいます。
これは違うのです。
「送料無料」は、最初からゼロというわけではありません。
多くの場合、販売者側が送料を負担しています。
ゼロに思えるのは誤解であって、実際はきちんと送料がかかっていて、販売者側が負担しているおかげです。
配送にかかる労働コストについても忘れてはなりません。
「無料」という言葉に軽いイメージがあるためか「配送=小さくて簡単な仕事」と思っている人がいます。
これについても大きな誤解です。
商品の配送は、インターネットの通信とは違い、労働コストが伴います。
物理的な物を運ぶので、大きな手間暇がかかるうえ、連携も必要です。
特に時間指定や壊れやすいものの配送は、神経を使います。
悪天候でも配送を止めるわけにはいきません。
雨の日も雪の日も台風の日も、できるだけ配送に遅れが生じないよう徹底した努力が行われています。
配送は、簡単どころか大変な仕事です。
送料無料だからといって、配送を軽視しないことです。
送料無料は、多くの人の支えによって初めて実現されるサービスです。
買い物で送料が無料になる場面があれば、少しでいいので、そこにかかるコストをイメージしてください。
配送に携わる多くの方々にも感謝しましょう。
玄関のチャイムが鳴ってドアを開けたら、配送員の方に「ありがとうございます」とお礼を伝えましょう。
トラック配送の人や倉庫で運搬を行う人など、直接会うことのない人たちには、心の中で感謝の念を送ることです。
送料が無料になる事情を知れば、配送に携わる人たちには感謝の気持ちで頭が上がらないのです。
私たちの身の回りは「感謝」にあふれています。
衣食住があること、勉強ができること、愛情を注いでくれる親がいること、生活を支えてくれる人がいること。
小さなことにも注意を向け、感謝の気持ちを持ち続けることは大切です。
感謝の気持ちを大切にして生きることは、誰にとっても大事なことですね。
しかし、私たち人間は「忘れる生き物」です。
忘れる生き物である以上、気を抜くと、感謝の気持ちをすぐ忘れてしまいます。
最初は感謝の気持ちがあっても、時間がたつにつれて薄れていき、当たり前と感じるようになる。
ついには何とも思わなくなってしまい、感謝ゼロになってしまうのです。
悪気はないのですが、感謝の気持ちを忘れてしまうことはあるものです。
当たり前と思うようになって意識が向かなくなると、日常の中でスルーすることも多くなります。
少しでも不足すると、感謝どころか文句を言ってしまうことすらあります。
感謝の気持ちを忘れやすいとき、どうすればいいのでしょうか。
シンプルな工夫があります。
「感謝の気持ちを大切にする」という言葉を紙に書いて、目立つ場所に貼ってください。
筆記用具は、太い筆ペンや太字の油性マーカーなど、文字がくっきり見えるものがいいでしょう。
目立つ場所ならどこでもかまいません。
たとえば、壁に貼ったりデスクマットの下に敷いたりするとよく目に付くでしょう。
たったこれだけです。
生活を送る中で自然と言葉が目に飛び込んでくるため、いつも意識できるようになります。
原始的な方法であり「そんなことか」と思うかもしれませんが、これほどシンプルで効果的な方法はありません。
お金も時間もかからず、誰でも簡単にできますね。
忙しいときや余裕がないときでも、言葉が目に飛び込むと、大事なことを思い出せます。
だんだん潜在意識にも刻み込まれていき、無意識の行動にも表れるようになるでしょう。
家族や他人に見られることを避けたいなら、鍵付きの日記やスマホの待ち受け画面を利用するのも1つの方法です。
感謝の気持ちは、豊かな生活と人生を送るうえで欠かせない要素です。
なくて困ることはあっても、あって困ることはないのです。
私たちに必要なのは何でしょうか。
「助けてもらったことを思い出すこと」です。
私たちの記憶は面白いもので、助けたことはよく覚えているです。
覚えようとしても覚えています。
助けるときは能動的になります。
能動的になると、強く意識したり行動が伴ったりするので、記憶に深く刻まれ頭に残りやすくなります。
苦労や責任が伴うことであれば、ますます印象的になって忘れにくくなります。
特にお金が関係していることは忘れようにも忘れられません。
いつどこでどのくらい貸したのか、はっきり覚えているでしょう。
経済的に援助した経験は、昔のことでも鮮明に思い出せるはずです。
ところが、その一方で「助けてもらったこと」はなかなか思い出せません。
助けてもらうときは受動的です。
頑張るのは相手です。
苦労するのも責任を負うのも相手です。
受動的なことは印象に残りにいため忘れやすくなります。
「いつの間にか助けられる」というケースも少なくありません。
往々にして優しい人は気も利きます。
あなたからヘルプサインを出さなくても、優しい人は積極的に、時にはこっそり助けてくれます。
いつの間にか助けられると自覚しにくくなって、なおさら記憶に残りにくくなります。
私たちの脳は「助けたことは忘れにくく、助けてもらったことは忘れやすい」という特徴があるのです。
いま一度、助けてもらったことを思い出してください。
なかなか思い出せないかもしれませんが、そう感じるだけです。
過去の記憶の隅々まで検索をかけてください。
今まで助けてもらったことに集中すれば、必ず思い当たることが見つかります。
落ち込んでいるとき、友人が親身に励ましてくれたこと。
勉強で行き詰まっているとき、先生がわかりやすく教えてくれたこと。
残業で困っているとき、同僚が積極的に仕事を手伝ってくれたこと。
自分に責任があるミスを、上司がうまくフォローしてくれたこと。
「そういればあのとき!」となり、どんどん思い出していけるでしょう。
数え切れないほど助けてもらったことを思い出せるはずです。
特に親からは助けてもらったことの連続になるはずです。
毎日食事をつくってくれたこと。
一人暮らしのとき、仕送りをしてくれたこと。
金銭的援助をしてくれたこと。
塾まで送り迎えをしてもらったこと。
徹夜をしているとき、夜食をつくってくれたこと。
いろいろな相談に乗ってくれたこと。
これまで育ててくれた一つひとつを思い出せば、星の数ほどあって切りがありません。
助けてもらっていないのではありません。
助けてもらっていることを忘れているだけです。
丁寧に過去を振り返れば、多くの人から助けてもらったことを思い出せます。
いかに自分が恵まれているか実感できるでしょう。
「なんてありがたいことなのだろう」と思わずにはいられなくなります。
自然と感謝の念が生まれ、今までより優しくなれるのです。
日常が豊かになるポイントは「お会計の場面」にあります。
お会計のとき、何を考えながら支払っているでしょうか。
おそらく多く人は、特に何も考えず、ぼんやりしながらお金を支払っているでしょう。
「お金を使いすぎた」「買い物袋に詰めよう」「家に帰ったら何をしようか?」など考えることもあるかもしれません。
ここに生活を豊かにするポイントがあります。
ぼんやりお金を使うのではなく、感謝しながらお金を使いましょう。
お会計のときに感謝するポイントは、3つあります。
まずお店の人に感謝しましょう。
「ありがとうございます」
きちんと声に出してお礼を伝えます。
お金を支払う立場でも感謝は大切です。
笑顔と白い歯を見せながらお礼を言えれば、パーフェクトです。
次に買い物ができたことに感謝します。
「良い買い物ができた。欲しいものが手に入ってありがたい」
買い物ができたということは、取引が成立したということです。
大きなトラブルもなく、スムーズな等価交換が完了しました。
そして欲しいものが手に入ったということです。
素晴らしいことですから、買い物ができたことに感謝することが大切です。
3つ目の感謝ポイントは、お金です。
お金は人類が発明した、素晴らしい道具の1つです。
「お金は便利だなあ。お金は素晴らしい!」
心の中で小さくつぶやくだけでいいのです。
これは電子マネーのときでも同じです。
現金とは違って物理的には目に見えませんが、お金のイメージを持つことならできるはずです。
支払い音が聞こえたとき「ありがとうございます」と感謝しましょう。
お金はいつも当たり前にあって感謝の対象として気づきにくいですが、小さなことにも目を向け、きちんと感謝することが大切です。
この3つのポイントを心がけると、1回のお会計につき、3回の感謝ができます。
感謝は、すればするほどいいものです。
お会計をする機会は、1日に何度もあります。
お会計が2回あれば感謝が6回でき、お会計が2回あれば感謝が9回できます。
感謝しながらお金を使うと、生活だけでなく、心も豊かになります。
お会計のたびに感謝すれば、いつも明るい気持ちでいられ、心や生活の豊かさもワンランクアップするのです。
学生時代のころ、親から仕送りをしてもらうことがあるでしょう。
社会人になって働き始めたばかりのころも、親からの仕送りに助けられることがあるのではないでしょうか。
生活に苦しいときの仕送りは本当に助かりますね。
仕送りをいただくのは、お金をもらっているのと同じことです。
仕送りをたくさん送ってもらったときは、大金をもらっているのと同じことになるので、感謝しかありません。
この仕送りで、よく見られる光景があります。
親からの仕送りには、たいてい「余計なもの」が入っています。
お願いしたものが入っているのはいいのですが、お願いしていないものまで入っているでしょう。
食べにくいもの、使いにくいもの、好きではないもの。
まったく必要ないものが入っていると、ちょっと扱いに困ってしまいます。
「親は私を困らせようとしているのかな?」と思うかもしれませんが、そうではありません。
なぜ親からの仕送りには、いつも余計なものが入っているのか。
余計なものを入れたくなるのは、親からの愛情です。
親は仕送りで箱詰めをしているとき、あなたの生活を案じました。
「これも喜んでくれるかな」
「必要になるかもしれない」
「念のため入れておこう」
「少しでも足しになれば」「少しでも喜んでもらえれば」と、詰めるだけ詰め込みました。
親としては子どものためを思えば思うほどいろいろ入れたくなり、つい入れすぎてしまうのです。
いずれ自分が親になり、わが子に仕送りをする立場になれば、わかります。
自分も同じように「少しでも足しになれば」「少しでも喜んでもらえれば」と仕送りの箱にたくさん詰め込みたくなるでしょう。
お礼の電話をするときに「余計なものを入れないで!」と怒鳴るのは要注意です。
言いたくなるところですが、喉のところで止めて、素直にお礼を言うのが得策です。
「○○も入れてくれたんだね。ありがとう!」
親に悪気はないのですから、気持ちだけは丁寧に受け取っておくのがいいでしょう。
どうしても不要なものであれば、友人や近所の人にプレゼントするといいでしょう。
必要としている人にプレゼントすれば、喜んでもらえます。
迷惑になって二度と送ってほしくないものなら、言い方に注意したうえで伝えるようにしましょう。
「○○をありがとう。気持ちは嬉しいけど、ちょっと必要ないかな」
配慮に感謝したうえで不要であることを伝えれば、親も理解してくれるはずです。
自分としては余計に感じるかもしれませんが、そこには親からの純粋な愛情があるのは間違いありません。
仕送りには、余計なものが入っているほうがいいのです。
親からの仕送りに余計なものが入っているのは、ありがたいことです。
あなたの街には、たくさんの橋があるでしょう。
川のあるところには橋があり、大きな橋から小さな橋までさまざまです。
生活圏内に橋がいくつも点在していて、通勤、通学、買い物のときなど、日頃から利用している人も多いことでしょう。
1日に何度も橋を利用する人もいるに違いありません。
橋は、日常に欠かせないインフラの1つですね。
そんな橋について、気づいてほしいことがあります。
どんな橋にも「多額の建設費」がかかっています。
見た目は地味で平凡な橋でも、建設には驚くほど巨額が投じられています。
小さな橋でも、思った以上に多額の建設費がかかっていると考えてください。
橋の建設には最低でも数千万円がかかります
個人がぽんと出せるような金額ではありません。
億を超えることも少なくありません。
一瞬で渡り終える橋でも同じです。
多くの人員、時間、機材が必要になるため、それだけ建設費も大きくなります。
世の中には100億円を超える橋もざらにあります。
建設費は私たちの税金から出ています。
公共事業のため1人あたりの金額負担は微々たるものですが、巨額の建設費は注目に値するでしょう。
とりわけ橋の名前に「大橋」がつくものは超巨額です。
瀬戸大橋や明石海峡大橋の建設には、想像絶する巨額が投入されています。
普段何気なく利用している橋ですが、少しでもいいので実感する機会をつくってみることです。
建設に1億円かかった橋があるとします。
100歩で渡れるとすれば、1歩100万円です。
1000歩で渡れるとしても、1歩10万円です。
普段は実感が湧かないかもしれませんが、そういうことです。
車でささっと渡る橋だとしても、その利便性と巨額の建設費に感謝することです。
「たかが橋」と思ってはいけません。
橋があるおかげで、私たちは回り道をせずに済んでいます。
日常に溶け込んでいる存在ですが、私たちの生活に役立っているインフラであるのは間違いありません。
「あって当たり前」と思いますが、どんな橋も昔はありませんでした。
多額の建設費を使ってつくられたから、今そこに橋が存在しています。
今日も橋をありがたく渡らせていただきましょう。
多額の建設費がかかっていることに感謝しながら、今日も利用させていただきましょう。
橋を渡り終えたころには、元気になっています。
感謝の気持ちがあれば、橋はパワースポットに変わるのです。
誰かにお世話になったときは、お礼です。
そのときお礼を言うのは当然ですが、後日会ったときもお礼を言うのがマナーです。
「先日はお世話になりました」「この前はありがとうございました」という一言があるだけで、人間関係は向上します。
ところが、お礼を言ったかどうか、はっきり覚えていないときはありませんか。
すでにお礼を言ったような気がしつつも、まだ言っていないような気もするときがあるものです。
相手に「私はお礼を言いましたか」と聞くわけにもいきません。
記憶が曖昧で「この前のお礼をきちんと言ったかな」となることがあるものです。
そんなときに心がけるのは1つだけです。
念のためお礼を言っておくのが無難です。
相手から「2回目のお礼ですよ」「この前も聞きましたよ」と突っ込まれたら、それはそれでいいのです。
お礼を言いすぎて失礼になることはありません。
ちょっと笑われるかもしれませんが、悪印象になることはありません。
重ね重ねのお礼になって、感謝の気持ちがいっそう伝わるでしょう。
「丁寧な人だな」「律義だな」と好印象になること少なくありません。
話のきっかけにもなって、そこから話題が広がっていくこともあるはずです。
注意したいのは逆パターンです。
「すでにお礼を言ったような気がする」と油断して、実際はまだお礼を言っていないと悪印象です。
「お礼の一言がない」「社会マナーを知らないのだろうか」となり、失礼に映ることがあります。
悪気はないのに、いつの間にか悪く思われてしまいかねません。
小さな手間をケチって、人間関係にひびが入るのはもったいないことです。
お礼を言うだけですから、手間も労力もほとんどかかりません。
人は、ど忘れをする生き物です。
年齢を重ねるにつれて記憶力が衰えていくのは自然なこと。
お礼には人を結びつける力があります。
お礼を言ったかどうか迷うことがあれば、念のためお礼を言っておくようにしましょう。
年齢を重ねるにつれて意識したい習慣です。
「そういえば、お礼を言い忘れていたな」
ずいぶん時間がたってから、お礼を言い忘れていることに気づくことがあります。
1週間後かもしれません。
1カ月後かもしれません。
1年後かもしれません。
ところがせっかく思い出しても「今さら言っても仕方ないだろう」と思って、放置しがちです。
経過した時間が長ければ長いほど「今さら」という感覚が強くなり、放置しがちです。
しかし、ここが重要です。
時間がたってから伝えるのはおかしな感じがするように思えるのは、勘違いです。
お礼に時効はありません。
1カ月前のことのお礼をするのは、おかしなことではありません。
たとえ1年前の出来事でも、お礼を言えます。
感謝を忘れずに伝えることで、相手はきっとにっこりほほえんでくれるでしょう。
むしろ時間がたっているにもかかわらず、わざわざ丁寧に伝えてくれたことに、相手は感動してくれるはずです。
もし言い忘れているお礼があれば、今すぐにでもお礼を伝えましょう。
「1年前の話なのですが、ありがとうございました」
そんなセリフが言えるのはすてきです。
お礼に時効はないのです。
「義務教育」という言葉を聞いたとき、どんなイメージがあるでしょうか。
「義務」という言葉があるためでしょうか。
勉強を強いられるイメージを持つ人もいるかもしれません。
私たちの国には「義務教育」という制度があります。
小学から中学までの9年間、事情がないかぎり、学校に行って勉強しなければいけないことになっています。
たしかに勉強が好きな人はあまり多くいないでしょう。
「勉強が嫌い」という人は多いですが「勉強が好き」という人は少ないのが現実です。
小学校や中学生の頃、学校に行くのがおっくうだった人もいるはずです。
素直に義務教育を喜べず、抵抗を感じる人もいるかもしれません。
だからといって義務教育を批判するのは安易です。
義務教育は素晴らしい制度です。
現在の義務教育は、明治以降に始まった制度です。
学校教育に関する法律は「学制→学校令→教育勅語→教育基本法」という変遷をたどっています。
明治以前に義務教育はありませんでした。
江戸時代、私塾や寺子屋は存在しましたが、もちろん義務ではなく希望者だけであり、お金も必要でした。
さらに昔にさかのぼると、教育らしい教育はありませんでした。
勉強は一部の特権階級しか受けることができず、庶民には許されませんでした。
勉強しようにも手段がありませんでした。
現代は違います。
すべての人に教育を受ける権利が与えられ、勉強の機会が与えられています。
義務教育では、授業料も教科書代も無償です。
義務教育を通して世の中に必要な最低限の知識をひととおり学べます。
以前は一部の人しか受けることができなかった勉強を、今では誰でも無償で受けることができるようになりました。
これほど恵まれたことはありません。
現代では義務教育を受けることになっているので当たり前に思えますが、これほど素晴らしいことはありません。
一昔前の人から見ると、きっとうらやましく思うことでしょう。
私たちは今、大変恵まれた時代に生きています。
義務教育という素晴らしい制度を喜び、感謝しましょう。
義務教育を提供してくれる国にも感謝しましょう。
義務教育に感謝してもしすぎることはないのです。
突然ですが、あなたに面白いチャレンジがあります。
最近起こったトラブルを思い出してください。
仕事のトラブル、人間関係のトラブル、お金のトラブルなど、種類は問いません。
思い出したら、そのトラブルに感謝してください。
「あのトラブルがあって良かった」と。
「感謝するところはどこにもない」「感謝どころか恨みがある!」など強い抵抗感を覚えるかもしません。
トラブルなので悔やんで当然ですが、ここは頭を柔らかくしようではありませんか。
どんなトラブルにも、必ず感謝できるところがあります。
チャレンジのつもりで取り組んでみてください。
「できない」「不可能」と思うのは思い込みです。
どこに感謝するかは、あとから考えるのです。
そのトラブルが起こったおかげで、気づけたこと・学べたことなど、何か得られたことがあるはずです。
友人から裏切り行為があったとします。
裏切り行為はトラブルだったかもしれませんが、その反面、感謝できることもあります。
偽物の友人だとわかったことで人間関係の整理ができれば「トラブルがあって良かった」と感謝できるでしょう。
詐欺に遭ってお金を騙し取られたとします。
お金を失ったことは残念ですが、悪いことばかりではありません。
痛い目に遭うことでお金に対する意識やリテラシーが高まれば「トラブルがあって良かった」と感謝できるでしょう。
失ったお金は「授業料」と思えばいいことです。
仕事で失敗を犯す失態があったとします。
叱られたり迷惑をかけたり減点につながったりなどマイナスばかりに思うかもしれませんが、プラスもあるはずです。
失敗したおかげで、悪いところが見つかりました。
きちんと悪いところを改善できれば、次からスマートに仕事ができるようになるでしょう。
結果として「トラブルがあって良かった」と感謝できるはずです。
何から何まで悪いことばかりではありません。
いろいろな角度からトラブルを観察してください。
表向きは悪い出来事に見えても、すべてが悪いわけではないはずです。
1ミリでも1%でも良かったところも少しはあるはずです。
物事を正面から見るのではなく、視点を変えて、頭を柔らかくすることが大切です。
私たちの身に起こるトラブルは、視点を変えれば、必ず感謝できるところが見つかります。
徹底的に頭を柔らかくすれば、どんなトラブルも感謝できるようになります。
このことに気づいたら、あなたは最強です。
「どんなトラブルにも感謝できるところがある」とわかれば、不安や恐怖心が消え、一歩踏み出す勇気ができます。
わくわくしながら、どんどんチャレンジしていけるのです。
本を読むときは、手を合わせてからページを開きましょう。
本の種類は関係ありません。
小説、ビジネス書、実用書でも、まず手を合わせます。
漫画や雑誌も、手を合わせて読み始めたい。
字数が多い本はもちろんですが、少ない本でも手を合わせたい。
まだどんな内容かわかっていなくてもいいのです。
アタリかハズレかわからなくてもいいのです。
どんな本も「血と汗の結晶」だからです。
「本は知の宝庫」であるのは周知の事実ですが、その限りではありません。
1冊の本ができるまでには、どんな本でも膨大な時間と苦労がかかっています。
本には著者の魂が宿っています。
数カ月がかかるのは普通のことで、1年以上かかることも珍しくありません。
本によっては数年かかるケースもあります。
著者が医者や経営者であれば、本業の傍らで執筆を行っていたことでしょう。
著者が既婚者であれば、家族との時間を減らしながら執筆したことでしょう。
休日を使ったり友人からの誘いを断ったりなどして、時間を捻出したはずです。
少なからず本業や私生活を削りながら書いていたのは間違いありません。
だから本を読むときは、まず手を合わせるのです。
著者に対する敬意と感謝です。
「本を書いてくださりありがとうございます。これから読ませていただきます」
経緯と感謝の気持ちを持てば、気持ちよく読書をスタートできます。
手を合わせたからといって何か得られるわけではありませんが、敬意と感謝の気持ちは必要です。
本がハズレということもありますが、それは本が悪いのではなく、自分に合わなかっただけのことです。
少なくとも膨大な時間と苦労がかかっているのは間違いありません。
どんな本にも素晴らしい力があります。
ある1冊との出会いで、人生が変わることがあります。
あなたが読もうとしている本は、運命を変える1冊かもしれません。
手を合わせてから読み始めれば、読書のスタートが素晴らしくなります。
読書をするときの儀式です。
漫画家は、短命になりやすい職業といわれています。
手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄など、平均寿命を大きく下回って亡くなった漫画家がいます。
若くして亡くなった漫画家の話もあるのですから驚かずにはいられません。
漫画家は、運動不足・長時間労働・睡眠不足などのストレスの悪条件が重なるうえ、慢性的に続きやすい傾向があります。
しかも売れれば売れるほどストレスも大きくなります。
締め切りに終われる毎日が続いて、常に厳しいタイムプレッシャーもかかります。
特に売れっ子の人気漫画家となると、複数の連載を抱えることになり、さらにハードワークとなります。
運動不足・長時間労働・睡眠不足がますますエスカレートして、命を削るような状況に陥りがちです。
こうしたことから、漫画家の寿命は、他の職業と比べて平均寿命を下回る傾向があるのです。
漫画を読むことがあれば「1ページの重み」に気づいてください。
漫画家が、命を削りながら描いた1ページです。
一瞬で読み終わる1ページかもしれませんが、命を削りながら描いた1ページに違いありません。
漫画家が作品を生み出すことは、自分の命を削ることに相当します。
命を削りながら描いているところを想像してみてください。
命を削って描いた1ページとわかれば、作品を見る目が変わります。
漫画を読むときは、感謝しながら作品に触れたい。
「読む」というより「読ませていただきます」という姿勢になることが大切です。
すでに逝去された漫画家の作品であれば、読む前に手を合わせてからページを開くのも良いでしょう。
命を削りながら生み出した作品に感謝してもしすぎることはありません。
ページをめくるごとに「ありがたい」と感謝したい。
命を削りながら生み出した作品ですから、私たちも、それだけの覚悟と感謝を持って読ませていただきましょう。
1ページ1ページが、命の片鱗なのです。
人から特別お世話になることがあるでしょう。
特別な協力をしてもらえたり、特別親切な対応をしてもらえたりです。
わざわざ忙しいところを助けてもらったり、自分のために大きな時間や労力を割いてもらったりすることもあるでしょう。
とても親切にしてもらえると、嬉しさも感激もひとしお大きくて、感謝せずにはいられないでしょう。
さて、特別お世話になったとき、注意したいことがあります。
「ありがとう」と言ってはいけません。
「感謝の言葉でどこがいけないの?」と思うかもしれません。
もちろん感謝を伝える点ではいいのですが、表現が軽いのです。
正解は「ありがとうございます」です。
「ありがとう」と「ありがとうございます」は、似て非なるものです。
どちらも感謝を表現する言葉ですが「重み」が違います。
特別お世話になったとき「ありがとう」の一言だけでは、軽くてカジュアルな印象を与えてしまいます。
失礼ではありませんが、不十分です。
より深い感謝の表現をするなら「ありがとうございます」という一言がベストです。
別パターンとして「本当にありがとうございます」「心から感謝しています」といった表現もOKです。
特別お世話になったときは、感謝の言葉も特別強調しましょう。
相手が年下であろうと後輩であろうと関係ありません。
語尾を濁さず「ありがとうございます」とはっきり伝えましょう。
どちらの言葉がいいのか迷ったら「ありがとうございます」が無難です。
あなたの特別な感謝の言葉がしっかり伝わって、相手は笑顔になってくれるはずです。
ごみ箱の身になってみてください。
ごみ箱が接するものといえば、ごみばかりです。
掃除で取れたほこり、不要になった紙くず、食べ終わったお菓子の袋、カップめんの容器、台所から出た生ごみ。
部屋の住人から実にさまざまなごみを入れられています。
時には臭いごみや汚いごみを入れられることもあるでしょう。
ごみを入れられてばかりの日々です。
ごみ箱は、ごみしか接することのない一生を送っています。
にもかかわらず、ごみ箱は一言も文句を言わず、真面目に黙々と仕事をしています。
24時間365日、自分の役割を懸命に果たしています。
もちろんそれがごみ箱の仕事ですが、私たちの代わりに不衛生な仕事を引き受けてくれているのは事実です。
それだけの仕事をしていながら、まったく感謝されることはありません。
しかも陰の存在であり、部屋の中心に置かれることはありません。
部屋の隅に置かれるのが定番の位置となっています。
私たちが身につけたいのは「ごみ箱のおかげ」という考え方です。
いつも陰で頑張っているごみ箱に感謝することもあっていいのではないでしょうか。
ごみ箱のおかげで、ごみを1カ所にまとめることができ、スムーズなごみ処理が実現できています。
快適な部屋を保つことができているのもごみ箱のおかげです。
きっと今日もごみ箱は、あなたが入れるごみを受け止めることになるはずです。
一言くらい「ありがとう」の感謝の言葉があってもいいのではないでしょうか。
たまにはごみ箱に目を向け、陰で頑張るごみ箱に感謝してください。
ごみ箱も、陰であなたを支えている存在の1つです。
人から謝罪の言葉を受けることがあります。
「謝る側」ではなく「謝られる側」になることがあるでしょう。
相手が謝罪の言葉を述べているとき、途中で遮って返事をする人がいます。
「このたびはご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。私の不手際が……」
相手が話している途中で、ぴしゃりと遮る人がいます。
「はいはい、もうわかりましたから。いいです、いいです。気にしないでください」
すぐ許しているので一見よさそうに思えるかもしれませんが、あまり気持ちのいいコミュニケーションではありません。
相手は勇気を出して謝罪しています。
相手なりに時間をかけて考えてきた言葉かもしれません。
すぐ許してもらえるのはいいのですが、謝罪の言葉が途中で遮られると、相手はすっきりしない気持ちになるでしょう。
「許してもらえたけど、本当にこれでいいのかな。実はまだ怒っているのではないか?」
どことなく違和感を覚え、気持ちよく納得ができないでしょう。
謝罪の言葉も、最後まで聞いてほしいと思うもの。
きちんと許してもらえた感覚が曖昧になり、もやもやしたものが残ってしまうのです。
相手からの謝罪の言葉は、きちんと最後まで聞くことです。
長々謝罪されると、うっとうしく感じて途中で言葉を遮りたくなるかもしれませんが、きちんと最後まで話を聞きます。
相手が話し終えてから「大丈夫ですよ。気にしないでください」と許しの返事をします。
相手の謝罪を聞き終わってから返事をしたほうが、丁寧な印象を与えます。
相手は「きちんと許してもらえた」と納得ができ、すっきりした気持ちになるのでしょう。
コミュニケーションでは相手の話を最後まで聞くのがマナーですが、これは謝罪をされる場面でも同じです。
謝罪されるときも、相手の話を最後まで聞くのがマナーなのです。
いつの時代も、心配されることは幸せなことです。
いちいち心配されると、うっとうしく思うこともあるでしょう。
うるさく感じてたまらないときは「ほうっておいてくれ」と思うこともあるでしょう。
時には厳しい言葉を吐いて、相手を突き放すこともあるかもしれません。
しかし、世の中には、心配されなくて寂しい思いをしている人もいます。
家庭環境に恵まれず、親からの愛を受けていない人もいます。
多くの兄弟姉妹がいても、末っ子だったため、なかなか親にかまってもらえなかった人もいます。
人間関係が希薄で、孤独孤立に苦しんでいる人もいます。
愛が枯渇していて、心配されたがっている人は少なくありません。
心配されることがあれば、素直に喜んでください。
気にかけてもらえるのはありがたいことです。
本気で心配されることがあれば、何度でも喜んでください。
本気で心配されるのは愛されている証拠です。
あなたに愛する人がいて、その人がつらそうにしていれば、自然と心配の気持ちが湧き、頭から離れないはずです。
愛する人が入院や手術をすることになれば、いても立ってもいられないでしょう。
自分のことのように感じて心配でたまらなくなるはずです。
だから心配されるのは幸せなことです。
本気で心配してくれる人は、なかなかいるものでありません。
心配してくれる人が、1人でもいるのはありがたいことです。
ありがたくて励まされます。
「うるさい」と言う代わりに「ありがとう」と言いましょう。
「うっとうしい」と思う代わりに「ありがたい」と思いましょう。
心配されることがあれば、あなたは幸せです。
家族のありがたみは普段なかなかわかりません。
家族は空気のような存在です。
生まれたときから存在していて、いつもいるのが当たり前なので、なかなかありがたみを感じる機会がありません。
ありがたいどころか、うっとうしく感じることもあるでしょう。
家族のありがたみは、いつわかるのでしょうか。
けがや病気で寝込んだときにわかります。
人生ではあるとき、大きなけがや病気で療養が必要になるときがあるでしょう。
自宅で療養生活を送ることもあれば、病院に入院することもあります。
そんなとき、家族は看病してくれたりお見舞いに来てくれたりします。
献身的な看病であなたを支えてくれるはずです。
肉体的にも精神的にも助けられます。
このとき、本当にありがたく感じて、大きな感謝で胸がいっぱいになるのです。
「ああ、本当に家族がいて良かった。なんて家族は素晴らしいのだろう!」と。
涙が止まりません。
空気のように感じていた家族の存在を実感する機会であり、感謝を再認識する機会です。
本当に家族には頭が上がらないのです。
療養中や入院中、家族のありがたみに再認識できたら、きちんと書き留めてください。
ノートでも日記でもいいのです。
忘れないうちに書き留めることが大切です。
体調が回復してしばらくすると、いつか再び家族のありがたみを忘れるときがやってくるでしょう。
そんなときは書き留めたノートを振り返り、家族のありがたみを思い出してください。
感謝の感情がよみがえり、忘れかけていた家族の大切さを思い出せます。
寝込んだり入院したりするのはつらく苦しいことかもしれませんが、悪いことばかりではありません。
家族のありがたみに気づけたことは、不幸中の幸いです。
寝込んだり入院したりすることも、一概に悪いことばかりではないのです。
あなたに薬の効き目を高めるするコツをご紹介します。
方法はとても簡単です。
薬に感謝しながら服用してください。
感謝すればするほど、薬の効き目が高まります。
薬局や処方箋で手に入る薬があります。
けがや病気など、体調が悪いときには薬に頼ります。
何気なく服用している薬かもしれませんが、実は素晴らしいことです。
人類の歴史をさかのぼれば、薬のない時代がありました。
頭痛薬も胃腸薬も鼻炎薬も、ない時代がありました。
今まで薬の開発に携わってきた人たちを想像してみてください。
先人たちがさまざまな薬草を試して、成功と失敗を繰り返した結果、今あなたの前に薬が存在しています。
見た目は、小さな粒や粉かもしれませんが、その薬ができるまでには膨大な費用・時間・労力がかかっています。
薬の研究開発で命を落とした人も少なくありません。
だから、感謝するのです。
どんな薬も血と汗の結晶です。
医学医療の進歩にも感謝です。
現在でも新薬の開発には膨大な費用・時間・労力がかかっていることに変わりありません。
薬には副作用もありますが、デメリットよりメリットのほうが上回っています。
「治す薬があるのは素晴らしいことだ! 医学の進歩はありがたい!」
薬に感謝すればするほど明るい気持ちになれます。
全身の細胞も活性化され、免疫力も高まります。
効き目がしっかり感じられ、治りも早くなるでしょう。
感謝に勝るものはありません。
感謝の気持ちは、薬の効き目を高める心のサプリメントです。
飲食店から出るとき、お客さんは「ごちそうさまでした。ありがとうございました」と声をかけます。
気持ちのいいお礼の言葉ですね。
店員さんにお礼を言うと、笑顔を返してくれるでしょう。
「またお待ちしております」「またご利用くださいませ」など返してくれるのがお決まりのセリフです。
さて、飲食店では誰もがお礼を伝える一方で、言うのを忘れがちになっている場面があります。
施設から出るときなのです。
こうした施設を楽しんで帰るとき、無言で出て行っていませんか。
せっかく施設を利用させてもらったのなら、やはりこうした場面もお礼を伝えたいものです。
スタッフに「ありがとうございました」と一声かけるだけでいいのです。
笑顔を返してくれるでしょう。
「楽しかったです。また来ます」といった言葉を添えると、さらに喜んでもらえます。
スタッフが喜んでくれるのはもちろん、自分も気持ちのいい余韻を楽しめるのです。
ホテルや旅館に宿泊することがあるでしょう。
1泊のときもあれば、何泊か泊まることもあるでしょう。
宿泊の最終日、チェックアウトで部屋から出る際、心を豊かにするマナーがあります。
「部屋に向かってお辞儀をして感謝を伝える」というマナーです。
部屋の中に忘れ物がないことを確認して、部屋を出る瞬間があるでしょう。
このとき、くるっと振り返り、部屋に向かって軽くお辞儀をしてから立ち去ります。
「人」ではなく「部屋」に対してのお辞儀であり、感謝の表現です。
人とのお別れがあるように、部屋とのお別れもあります。
「ありがとうございました」
「居心地の良い部屋でした」
「短い間でしたが、ありがとうございました」
心の中で唱えても、声に出してもかまいません。
部屋に向かってお辞儀で感謝を伝えると、すがすがしい気持ちが広がります。
宿泊が1泊のみときもあるでしょう。
たった1泊でも、その部屋にはお世話になりました。
狭かったり汚れが目立っていたりなど気になる点もあったかもしれませんが、少なくともその部屋のお世話になったのは事実です。
部屋にお辞儀をして感謝すれば、部屋とのお別れをきれいに締めくくれます。
ほんの5秒程度で済むことですが、感謝によって満たされた気持ちになるのは間違いありません。
きれいなお別れができると、チェックアウトの後スムーズに次の目的地へ向かえます。
誰も見ていないようですが、そういうところはきちんと神様が見えています。
きちんと部屋に感謝をすれば、神様はほほ笑んでくれます。
旅の安全と幸運をお手伝いしてくれるのです。
手書きのはがきを受け取ったとき、じっくり見るのはどこでしょうか。
やはり裏面のメッセージではないでしょうか。
裏面にはメッセージが書かれています。
手書きの字には心が感じられます。
生々しい手書きの文字を見ると、相手の心が伝わってきますね。
短いメッセージでも読み応えがあります。
時には絵が描かれていることもあるでしょう。
なかなか上手に絵が描かれていて、感心することもあるに違いありません。
大切な人からの手紙であれば何度も繰り返し読むでしょう。
もちろん裏面をじっくり見るのもいいですが、ほかにもじっくり見ておきたいところがあります。
ぜひ表面にも目を向けてください。
はがきは裏面に集中する一方で、表面が見過ごされがちです。
はがきの表面は、相手の住所氏名を書くところです。
あなたの住所氏名が手書きで書かれているでしょう。
プリンターによる印字のときもありますが、裏面が手書きなら、表面も手書きというパターンが多いはずです。
こうしたところにも目を向け、ありがたく感じることが大切です。
思い出してください。
あなたがはがきで相手の住所氏名を書くとき、いろいろな思いを巡らせるでしょう。
住所を書くときは「行ったことがないなあ。どんなところなのだろう?」と考えるでしょう。
名前を書くときは、相手の顔を浮かべることでしょう。
字を間違えないよう漢字を確認したり、一字ずつゆっくり丁寧に書いたりするはずです。
あなたがそうであるように、相手もそうです。
相手もあなたの住所を書くとき「行ったことがないなあ。どんなところなのだろう?」と考えたでしょう。
あなたの顔を浮かべながら、あなたの氏名を一字ずつゆっくり丁寧に書いたことでしょう。
字を間違えないよう漢字を確認したり、一字ずつゆっくり丁寧に書いたりしたに違いありません。
だからありがたいのです。
丁寧な字で書かれていれば、なおさらです。
もうひとつ忘れてはならないのは、時間と労力です。
相手の住所氏名を書くだけでも、時間と労力がかかります。
たった1、2分かもしれませんが、住所氏名は間違ってはいけないところなので、慎重な書き方になるはずです。
相手は、神経を使いながら時間と労力をかけてあなたの住所氏名を書きました。
ますますありがたいことです。
手書きのはがきは、裏面だけでなく、表面も味わってください。
「私の住所氏名を丁寧に書いてくれた。ありがたい。時間と労力をかけて書いてくれた。ますますありがたい」
表面にも、相手の心が反映されているのです。
雪が降る極寒の中、ぶるぶる震えながら仕事をしている人がいます。
気温は氷点下。
足元は雪や氷に覆われていて滑りやすそう。
分厚い手袋とコートを身につけていますが、顔だけは冷たい風が容赦なく当たっています。
肩をすくめていて、寒さに耐えながら仕事をしていることがわかります。
夏の猛暑の中、炎天下の灼熱地獄の中で仕事をしている人がいます。
屋根も日陰もないところで立ち仕事です。
さんさん照りつける直射日光を浴びっぱなしです。
肌は真っ黒に焼けていて、全身は汗でびっしょり。
見るからに暑そうで、必死な様子が伝わってきます。
駐車場や工事現場でときどき見かける光景です。
命のリスクにさらされながら仕事をしていると言っても過言ではありません。
そういう人たちに感謝の念を捧げることです。
誰かがやらなければいけない仕事を、引き受けてくださっています。
機械化が進んで便利な世の中になりましたが、何でも機械でできるわけではありません。
デリケートな判断を要したり、不規則なパターンが多かったりする場所では、やはり人間がやるしかありません。
そうした人を見かけたら、感謝の念を送ってください。
「こんなに暑い中を、私たちのために働いてくださってありがとうございます」
「こんなに寒い中を、私たちのために働いてくださってありがとうございます」
直接その人に声をかけることはなくても、心の中で感謝の言葉をかけるだけでいいのです。
世の中には誰かがやらなければいけない仕事があります。
収入の多寡に関係なく、体を張って一生懸命しなければいけない仕事があります。
実際そうした現場では事故が少なくありません。
一瞬の判断が命に直結することがあり、常にストレスと緊張が伴います。
きつい仕事で、なおかつ体力も必要です。
職業に貴賎はありません。
誰かがやらなければいけない仕事を引き受けくださっている方々には、本当に頭が上がらないのです。
あなたのご両親は、あなたが生まれてきたとき、さぞ誕生を喜んだことでしょう。
「早く会いたかったよ!」
「無事に生まれてきて良かった!」
ご両親は生まれたばかりのあなたを優しく抱きかかえ、笑顔の表情を浮かべました。
お母さんは十月十日の長い妊娠期間を経て、命がけの出産をしました。
お父さんも生まれたばかりのあなたを大喜び、出産という大仕事を終えた妻をねぎらったことでしょう。
祖父や祖母もあなたの誕生を祝福し、さっそく子ども用品を買いに行ったことでしょう。
出産に立ち会った病院の方々も「無事に生まれて良かった!」と喜んでいたに違いありません。
あなたは多くの人から歓迎と祝福を受けて誕生してきました。
ところが肝心のあなたはどうでしょうか。
何の苦労も努力もなく、この世に生まれてくることができました。
「気づけばこの世にいる」という状態です。
ゼロから誕生した実感がないためでしょうか。
自分の誕生を喜ぶことは、意外と少ないのではないでしょうか。
あなたもいま一度、自分の誕生を喜んでください。
「生まれてくることができた!」と。
「いつの間にか生まれた」「気づけばこの世にいる」という感覚かもしれませんが、これは紛れもない奇跡です。
人生で最も素晴らしいことであり、これほど幸せなことはありません。
人生で最も素晴らしいことが、生まれた瞬間に起こっています。
すでに生まれてから数十年たっているかもしれませんが、遅すぎることはありません。
自分の誕生を喜んでください。
誕生日を迎えるたびに、これまで無事に生きてこられたことはもちろん、自分の誕生についても喜んでください。
一度だけなく、何度でも喜んでいいのです。
生まれてきたことに感謝しましょう。
「命」という素晴らしい宝を授かったことに感謝しましょう。
自分の誕生を喜ぶことは、生きている実感をもたらします。
あなたの両親は、あなたの誕生を喜びました。
だからあなたも、自分の誕生を喜びましょう。
自分の誕生を喜ぶことは、人生を大切に生きることになるのです。
落ち込んだとき、あなたを元気づけるものは何か。
母子手帳です。
落ち込んだときは、母子手帳を読んでみてください。
母子手帳とは、妊娠の届け出をした女性に地方自治体が交付する手帳です。
「母子手帳?」と思われるかもしれませんが、親に聞けば必ず持っています。
押し入れの奥や鍵のかかった引き出しに保管されているでしょう。
古さが目立ってぼろぼろになっているかもしれませんが、ぜひ中を開いて読んでみてください。
母子手帳には、あなたの成長記録が親の手書きで細かく記載されています。
あなたが生まれる前から記録が始まっているでしょう。
そしてあなたの出産状態は、特に細かく書かれているはずです。
わが子に向けた親の一言にも注目です。
どんな子で育ってほしいか、親の希望や期待の一言が添えられているに違いありません。
身長・体重が定期的に記録されていて、少しずつ大きく育っていることがわかるでしょう。
予防接種、歯の状態、健康診断など、さまざまな記録を確認できるはずです。
いろいろな項目がびっしり書き込まれていて読み応えがあるでしょう。
予備欄にはちょっとした一言が書かれているかもしれません。
忘れてはならないのは、母子手帳のページ側面です。
母子手帳のページ側面には、茶色の汚れが目立っているでしょう。
それは手垢です。
親が何度もめくった証拠です。
記録するたびにページを開き、ことあるごとに母子手帳を手に取りました。
そうした書き込みを眺めながら、親の愛を実感するのです。
「細かい記録されていてすごい!」
「私が生まれる前からこんなに準備されていたのか!」
「私はこんなに大事に育てられていたんだね!」
記録の一つひとつは、あなたの成長記録です。
母子手帳を見れば、どれだけ親に愛されているか、字面からひしひし伝わってきて再確認ができます。
あらためて親の愛を実感できます。
それぞれの記録を見ているうちに、だんだん目頭が熱くなり、うるうる涙ぐんでしまうでしょう。
今まで捨てることなく、母子手帳を大切に保管してくれている親にも感謝しましょう。
母子手帳は単なる記録ではありません。
大切な読みものです。
元気をくれる本です。
親からの愛がいっぱい詰まった本であり、親からの愛を再認識できる本です。
母子手帳ほど、大切な本はないのです。
仕事が忙しくて、お墓参りをしたくても帰省ができないときがあるでしょう。
仕方ない事情とはいえ、ちょっと心残りになるものですね。
ご先祖様がいるおかげで今の自分が存在しています。
せめて盆や正月くらいは帰省してお墓参りをしたいものですが、仕事の都合で難しいことがあるでしょう。
事情があるときは仕方ありません。
そんなときは、心の中で拝んでください。
お墓参りができないときは、心の中で拝みましょう。
目をつぶり、天に向かって手を合わせ、感謝の念を捧げましょう。
お墓参りができない分、時間をかけてしっかり拝むのもグッドです。
余裕があればお線香を買ってきて、本格的に拝むのもいいでしょう。
お墓参りは形式の1つであって、それがすべてではありません。
大切なことは「ご先祖様への感謝の気持ちを忘れないこと」にあります。
感謝の気持ちは、距離を超越します。
天国にいるご先祖様は、あなたの感謝の気持ちを喜び、ほほ笑んでくれます。
現生人類の直接の先祖であるホモサピエンスは、およそ20万年前、アフリカの地で誕生しました。
6万年前、生まれ故郷のアフリカを離れることになります。
グレートジャーニーを経て世界に広がっていき、地球各地を覆うことになり、それが現在の私たちにつながっています。
人は、食物連鎖の頂点に立つ存在です。
誕生したばかりの初期ホモサピエンスの平均寿命は、20歳~30歳といわれています。
乳幼児の死亡率が高く、野生動物に襲われて命を奪われるケースもよくあることでした。
もちろん薬らしい薬もなく、医療も存在していません。
その後人類は、狩猟採集から農耕牧畜へと移行していき、食糧事情が安定するにつれて平均寿命も少しずつ延びていきます。
さらには医療の発達も加わって、ますます平均寿命が延びています。
戦時中は一時的に平均寿命が下がることもありましたが、基本的に平均寿命は時代と共に右肩上がりです。
現在では男性も女性も平均寿命が80代となっていて、90代に到達するのは時間の問題です。
ゆくゆくは平均寿命が100歳を超える日も、現実味を帯びる話になってきています。
なんという医療の進歩なのでしょう。
平均寿命が20歳~30歳だった時代から見ると、2倍も3倍も長生きしていることになります。
30歳を超えたら、追加寿命の始まりです。
与えられた時間を生きていると思ってください。
いい意味で「余分な時間」「余分な人生」です。
以前は生きることができなかった寿命を生きることができています。
長く生きられることは素晴らしいことです。
それだけ多くの時間を獲得することになり、多くの可能性を実現できます。
長く生きられることは、生きているうちにできることが増えるということです。
学ぶことも食べることも遊ぶこともすべて、生きている時間が長ければ、楽しめるチャンスが増えます。
寿命に余裕があれば、いろいろなことができます。
長寿時代に感謝して、長い人生を楽しんでいきましょう。
どこまで寿命を延ばしていけるかはあなたしだいですが、少なくとも努力しだいで伸ばせる余地があるのは間違いありません。
食料や医療に感謝するのはもちろんのこと、天から授かった寿命を大切に使っていきましょう。
30歳を過ぎたら、追加寿命の始まりです。
人生のボーナスタイムという自覚を持ちつつ、素晴らしい追加寿命を謳歌しましょう。
今日もあなたは、命を燃やして生きています。
自覚はないかもしれませんが、あなたの中には「命の炎」があるのです。
生まれてから一度も消えることなく燃え続けています。
もちろん今この瞬間もめらめら燃えています。
今こうやって生きているのは、命の炎が燃えているおかげです。
命の炎は、残念ながら、永遠に燃え続けることはありません。
キャンドルの炎はいつか消えるように、命の炎もいつか消える日がやってきます。
これは、生きとし生けるものの宿命です。
人も、生き物としての宿命は避けられません。
いつか命の炎が燃え尽き、この世から去るときがやってきます。
だからこそ、命が燃えている間は悔いなく一生懸命生きることが欠かせません。
命の炎を大切なことに使ってください。
命の炎が燃えているうちは何でもできますが、その期間は無限ではなく有限であることを自覚することです。
与えられた仕事は、責任を持ってベストを尽くします。
好きなことがあれば、とことん楽しみましょう。
やりたいことがあるなら、先延ばしにせず、今すぐやることです。
仕事も遊びも何でも、一生懸命がいちばんです。
家族や友人を大切にしてください。
愛する人を見つけ、しっかり愛して生きることです。
好きなことや楽しいことをやって、公私ともに充実した日々を送ることです。
できないと思っているのは、できないのではなく、やろうとしていないからです。
命の炎が燃え続けているのは「悔いなく生きろ!」という命からの叫びです。
命の炎が燃えているかぎり、あらゆるチャンスがあり、あらゆる可能性があります。
本気になれば、必ず道が開けます。
人生は一度しかありません。
今日もあなたは、命を燃やして生きています。
そのことを自覚して、今日も命に感謝しながら貴重な人生を生きてください。
1日を大切にするのはもちろん、1分1秒も大切にしましょう。
成功も失敗も関係ありません。
命を燃やして生きていることが重要なのです。
命の炎が燃え続けるかぎり、ひらすら走り続けること。
命に感謝した日々を送れば、おのずと幸せな人生が訪れるのです。