余裕をつくるためにはどうすればいいのでしょうか。
「遊び心」を持ってください。
遊び心は、余裕をつくるために欠かせない要素です。
落ち込んでいる人がいると「励まさなければいけない」と考えがちです。
わが子が落ち込んでいれば、親として励ましたいと思うでしょう。
友人や恋人が落ち込んでいれば、励ましや応援の声をかけてあげたいと思うでしょう。
なぜあなたは不自由なのか。
それは「こう思われたい」に縛られているからです。
「かっこいいと思われたい」
「人生が停滞している」
「何をやってもうまくいかない」
「最近は良いことがなくて、悪いことばかりが続いている」
スマホのホーム画面を見てみてください。
アプリでごちゃごちゃになっていませんか。
物であれば、物理的なスペースを占有します。
出会って早々、名前で呼んでくれる人に出会うことはありませんか。
「○○さん、よろしくお願いします」
「○○さん、いかがですか?」
どんなスポーツにもルーツがあります。
楽しんでいるスポーツがあるなら、ぜひルーツを調べてみてください。
スポーツでは、ルールやマナーを覚えることが重視されます。
自分の趣味を人に押し付ける人がいます。
「私は今こんな趣味にはまっている。楽しいからあなたも絶対やったほうがいい!」
自分の趣味について語るだけでなく、相手にも強く勧めて、仲間に入れようとします。
「疲れやすいなあ」
そう思ったら、自分の服や靴をチェックしてみてください。
窮屈な服や靴を身につけていないでしょうか。
あるところに、モテなくて悩んでいる人がいました。
「全然モテません。恋人ができません。ずっと独り身になるかもしれない」
自分磨きを頑張っているにもかかわらず、なかなか恋人ができないとのこと。
誰しもみんなから好かれたいと思っています。
すべての人から好かれたら、人生は素晴らしいものになるだろうと思う。
多くの人から好かれたい気持ちがある一方、誰からも嫌われたくない気持ちがあります。
真面目な人や頑張り屋さんにありがちな光景があります。
あるとき、家族や職場の人から休むことを勧められます。
「働きすぎですよ。ちょっと休みましょう」
昼間からお酒を飲んでいる人を見かけることはありませんか。
食堂やレストランで見かけることもあるでしょう。
昼間からアルコールを提供しているお店は少なくありません。
道とは、方面です。
自分が専門とする分野です。
自分の才能を発揮するところです。
ことあるごとに「疲れた」とつぶやく人がいます。
「疲れたなあ……」
「ああ、疲れた……」
運動音痴だからといって、ばかにしてはいけません。
運動がまったくダメでも、すこぶる勉強ができるかもしれません。
勉強ができないからといって、ばかにしてはいけません。
「今日は雨が降るかもしれない。念のため傘を持っていこう」
そう思って、傘を持って家を出ました。
降水確率は低くても、雨が降る可能性はあります。
仕事では定期的に休むことが大切です。
人は、機械ではなく、生身の生き物です。
ろくに休まず、がむしゃらに働き続けていると、いつか限界に達してエンストを起こします。
相手と仲を深めたいなら、まず自慢話に注意しましょう。
自慢話で仲は深まりません。
自分を大きく見せたいと、つい自慢話をしがちですが、注意したいところです。
大変な時期が来ても、ずっと続くことはありません。
大雨や大雪が降っていても、いずれやみます。
嵐や台風がやってきても、いずれ去っていきます。
野球で負けたとき、バットに当たる人がいます。
ゴルフでミスをしたとき、クラブを地面に叩きつける人がいます。
テニスで試合に負けたとき、ラケットをコートに叩きつける人がいます。
部下として心配なのは、失敗したとき、誰が責任を負うかです。
どれだけチャレンジをしたくても、失敗したときの責任が怖いと、なかなか一歩踏み出せません。
「責任」という言葉ほど重いものはありません。
矛盾があったときどうするか。
ここが大切な場面です。
日常では、ときどき矛盾に直面することがあります。
超ポジティブになるためには、前向きになることが欠かせません。
ただし「普通のポジティブ思考」では不十分です。
「徹底的なポジティブ思考」であることが大切です
元気がないときは、下を向いてしまいがちです。
なかなか体に力が入らず、魂が抜けたような状態となります。
気力が乏しいときは、顔も視線も下向きになることが多いもの。
あるとき「うらやましい気持ち」になることがあるでしょう。
モテる人、仕事ができる人、英語を流暢に話す人、経済的な成功を収めている人、自分らしい生き方を実現している人。
そんな人を見ると「いいな、うらやましい」と思ってしまうもの。
デパートではバーゲンセールが行われることがあります。
夏や年末は、バーゲンセールの定番時期ですね。
表に看板が出ていたり、垂れ幕が下がっていたりして、お祭りのような雰囲気が広がっています。
逃げるときにいちばん大切なことは何でしょうか。
それは「振り返らないこと」「立ち止まらないこと」です。
全力で逃げるときは、まず振り返らないでください。
重要な判断を下すとき、とにかく時間をかけたがる人がいます。
「即断即決をしてはいけない」
「時間を置いて考える必要がある」
「できて当たり前」というセリフを口にする人がいます。
「仕事ができて当たり前」
「英語はできて当たり前」
余裕をつくるためにはどうすればいいのでしょうか。
「遊び心」を持ってください。
遊び心は、余裕をつくるために欠かせない要素です。
遊び心と聞くと「ふざけること」と捉える人がいますがそうではありません。
実用的な目的ばかりがすべてではありません。
実用性だけでなく、それ自体を楽しむ要素を取り入れることは、心の余裕を持つために大切なことです。
100%の真面目ではなく、遊び心を取り入れていきましょう。
遊び心を持つと、心がわくわくして躍り始めます。
物事が楽しくなったり、面白く感じられるようになったりします。
柔らかい考え方もできるようにもなるので、アイデアも生まれやすくなります。
結果として、心に余白ができ、余裕が生まれてくるのです。
余裕ができるから遊び心を持つのではありません。
遊び心を持つから余裕ができるのです。
何事も楽しむことが大事です。
自然と遊び心が生まれることは少ないので、意識的に持つようにしてください。
たとえば、仕事をするときも遊び心を意識しましょう。
いつも同じ繰り返しをするのではありません。
遊び心を持って、いつもと違うパターンを試してみてください。
「こうすればどうなるだろうか」と思ったら、試しにトライです。
仕事が楽しくなるだけでなく、効率化やスピードアップなど、改善にもつながる可能性があります。
遊び心を持てば、失敗も前向きに捉えることができます。
さまざまな方法を試していくなかで、思わぬ改善や向上が見つかることも少なくありません。
単純作業を行うときは「タイムトライアル形式」はいかがでしょうか。
1分1秒でも早く完了させることを目指し、自己ベストタイムを出せるよう心がけます。
仕事にゲーム感覚が生まれ、楽しさがアップして、仕事のスピードも速くなります。
料理をするとき、レシピ通りにつくるのではなく、遊び心でアレンジを加えてみましょう。
うまくいけば、オリジナルレシピが生まれます。
予想以上においしい料理が生まれるかもしれません。
失敗しても、ご愛嬌です。
ちょっと味がおかしくなっても、自分で作った料理であれば、不思議とおいしく感じるものです。
「忙しくて遊び心を意識するなんて無理」という人もいるかもしれません。
時間に追われているときもあるでしょうが、完全にゼロではないはずです。
ほんの少しでいいので、遊び心を意識しましょう。
遊び心を持つと、日常の見え方が明るく変わります。
物事の感じ方がポジティブになり、生きるのが楽しくなります。
日頃から遊び心を意識して持つようにしていきましょう。
落ち込んでいる人がいると「励まさなければいけない」と考えがちです。
わが子が落ち込んでいれば、親として励ましたいと思うでしょう。
友人や恋人が落ち込んでいれば、励ましや応援の声をかけてあげたいと思うでしょう。
落ち込んでいる人が大切な人であればあるほど、ほうってはおけず、何か声をかけ、励ましたくなるものです。
励ましの声をかけることで、相手は心が救われ、元気を取り戻していけます。
献身的な励ましによって、立ち直りが早くなることも少なくありません。
大切な人のために、親・友人・恋人として、励ましの言葉をかけたいと思うのは自然なことです。
優しいあなたであれば、何か前向きな言葉をかけ、相手の心を救いたいと思うでしょう。
ところが、励ましたくても、ぱっと良い言葉が浮かばないときがあります。
励ましの言葉は、簡単なようで難しい。
気の利いた一言を言いたいが、まったく思い浮かばない。
言葉の選び方によっては、余計に落ち込ませたり傷つかせてしまったりすることがあります。
無理に言葉をひねり出すと、余計なことを言ってしまう恐れがあります。
相手を励ますつもりが、かえって傷つけたり落ち込ませたりするかもしれません。
特に相手の心中を察するのが難しいときは、どう声をかけていいかわからず、言葉に詰まります。
そんなときはどうするか。
「言葉」ではなく「態度」で励ませばいいのです。
声をかけなくていい。
無理に言葉をひねり出さなくていい。
その代わり「優しい態度」で接していきましょう。
励ますとき、言葉はなくても、態度を通してできることがあります。
たとえば、温かい飲み物を差し出したり、手料理を振る舞ったり、聞き役に徹したりです。
ひたすらそばに付き添うだけでもかまいません。
状況によっては、あえて距離を置いたり、そっと1人にさせたりすることも大切です。
無視をしているように思うかもしれませんが、そうではありません。
無視をしているわけでも放置をしているわけでもなく、相手に対する気持ちは持ち続けています。
声をかけていなくても、きちんと遠くから相手を気にかけています。
励ましの言葉が浮かばないときは、優しい態度を見せるのがベストです。
「あなたを大切に思っています」「早く元気を出してください」というメッセージが伝わっていればいい。
理解のある態度や相手を思う気持ちは、言葉を発しなくてもきちんと相手に伝わります。
相手は心の中で「ありがとう」と喜んでくれるでしょう。
優しい態度を見せるだけでも、相手を励まし、応援していることになります。
励ますために、言葉が必要とは限りません。
優しい態度でも、励ましていくことは十分できます。
優しい態度を見せることも、励ましの1つです。
なぜあなたは不自由なのか。
それは「こう思われたい」に縛られているからです。
「かっこいいと思われたい」
「勇気があると思われたい」
「賢いと思われたい」
「仕事ができると思われたい」
「お金持ちだと思われたい」
心の中で「こう思われたい」という気持ちがあって、それにとらわれています。
自分の中に見栄や虚栄心があり「自分を良く見せたい」「多くの人から認められたい」と思っています。
イメージに合った行動は積極的になる一方、イメージに合わない行動は歯を食いしばって我慢する。
そのせいで、自由が失われ、時間が失われ、金銭が失われ、さらには自分らしさを見失ってしまっています。
「こう思われたい」を意識すればするほど、そのイメージにとらわれます。
これでは不自由を感じて当然です。
無理な自分を演じてしまい、息苦しくなってしまいます。
違和感を覚え、大きなストレスに悩まされることも少なくありません。
「こう思われたい」をやめてみませんか。
自分で自分を縛り付けていることに気づいてください。
「こう思われたい」という気持ちは「人目を気にしている」ということです。
人目を気にしたところで仕方ありません。
演じたところで、それが偽りの自分であれば、苦痛とストレスがあるのみです。
自分の人生を生きていることにならないのです。
「こう思われたい」とやめるだけでいいのです。
これだけでずいぶん心が軽くなります。
変だと思われても、ばかだと思われても、気にしなければいいことです。
「こう思われたい」をやめると、羽が生えたかのように、心が軽くなります。
やりたいことができるようになり、より自分らしく生きられるようになります。
自分を押さえつけていたものがなくなって、心が自由になります。
もう自分で自分を縛り付けるのはやめてください。
人からどう思われようと、自分は自分です。
「こう思われたい」をやめるだけでいいのです。
自分を縛り付けていた鎖が解けて、自由になれます。
人生が生きやすくなり「本来の自分らしさ」を取り戻せます。
体から本来のパワーがみなぎってくるようになります。
「自分のありのままの生き方」が実現するのです。
「人生が停滞している」
「何をやってもうまくいかない」
「最近は良いことがなくて、悪いことばかりが続いている」
人生の不調に悩んでいる人がいます。
頑張っても空回りで、悪いことが続いていると、どんどん気持ちも沈んでいきます。
深い谷に転げ落ちるような感覚を覚える。
「このままずっと死ぬまで不調が続くのではないか」という不安に襲われることもあるでしょう。
人生の不調に悩んでいる人は、一度立ち止まって、思い出してほしいことがあります。
人生に浮き沈みがあることを忘れていないでしょうか。
どんな人生にも必ず「浮き沈み」があります。
ずっと調子が良いときばかりではありません。
時には悪いことばかりで、調子の悪い日々が続くこともあります。
呪われているかのように、不運・不幸が続くこともあります。
人生に浮き沈みがあることは仕方ないことです。
右肩上がりが続くことはない。
「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」という言葉があるように、人生では調子の良いときもあれば、悪いときもあります。
悪いことばかりの時期があります。
何をやってもうまくいかないときがあるのも普通です。
人生に浮き沈みをなくすことはできません。
これは人生の法則であり、あらがうことはできません。
人生が不調のときは、人生に浮き沈みがあることを思い出してください。
「今はそういう時期なのだな」と思えばいいのです。
人生に浮き沈みがあることを理解していれば、不調がやってきても怖くありません。
「人生は山あり谷あり。こういうときもある」と思えばいいのです。
人生の谷にいるときは「貴重な時期を過ごしている」と考えてください。
人生の谷を目に焼き付けておきましょう。
人生の谷にいるときでしか見られない景色があります。
人生の谷にいるときでしか味わえない非日常感もあります。
貴重な苦しみをしっかり味わっておきましょう。
どうか希望を捨てず、前を向いてください。
人生の谷に落ちても、自暴自棄になってはいけません。
人生の不調とはいえ、ずっと下がったままということはありません。
下がったものは、いずれ上がります。
「今は大変だけど、しばらくすれば上がっていく」と思えばいいのです。
くよくよするのではなく、もうすぐ訪れる好調に期待しましょう。
人生の不調に陥っているときでも、腐らず焦らず諦めず、できることをやっていきましょう。
大変な時期かもしれませんが、いましばらくの辛抱です。
しばらくすれば、人生が上向いてきます。
スマホのホーム画面を見てみてください。
アプリでごちゃごちゃになっていませんか。
物であれば、物理的なスペースを占有します。
掃除を怠っていると、物が散らっていき、快適性が失われていきます。
どんどん物が増える一方では、いつか物であふれかえってしまうでしょう。
放置したままだとスペースが占有され、いずれ日常生活に支障を来すことになるため「片付ける」「捨てる」という思考になります。
ところが、スマホのアプリはデジタルデータです。
物理的なスペースを占有することがないため、使わなくなっても、放置というケースが多い。
気になるアプリをあれもこれもインストールしていると、どんどんアプリが増えます。
気づくと、スマホのホーム画面がごちゃごちゃになっているのです。
これは良くありません。
ホーム画面がごちゃごちゃしていると見づらくなり、美観を損ねます。
アプリを探しにくくなって苦労することになり、ストレスを感じるようになるのです。
ときどきスマホのアプリを振り返ってみてください。
日頃使わないアプリは、どんどん削除していきましょう。
削除すれば、必要なアプリのアクセスもスムーズです。
削除した分だけストレージの空き容量も確保できます。
ときどき削除しすぎてしまうこともありますが、焦る必要はありません。
削除した後、必要になれば、再インストールすればいいことです。
やり直しができることなので、難しく考える必要はありません。
「迷ったら削除」でいきましょう。
削除が難しいアプリは、フォルダーをつくって移動させておくといいでしょう。
使用頻度に応じて配置を考えると、アクセスがしやすくなります。
ホーム画面1ページにおさめることができれば理想的です。
1ページに収めるのが難しい場合は、よく使うアプリだけを1ページ目に移動させておくと良いでしょう。
アプリを整理整頓すれば、ホーム画面がすっきり見やすくなって快適です。
疲れの原因が減ることで、ストレスも減るのです。
出会って早々、名前で呼んでくれる人に出会うことはありませんか。
「○○さん、よろしくお願いします」
「○○さん、いかがですか?」
「○○さんはどちらのご出身ですか?」
「どちらのご出身ですか」ではなく「○○さんはどちらのご出身ですか」と言われたところがポイントです。
長い付き合いのある相手なら名前で呼ばれるのも普通ですが、出会ってすぐ名前で呼んでくれる人と出会うことがあるでしょう。
「あっ、私の名前を呼んでくれた!」と思い、どきっとする瞬間ですね。
なぜ出会って早々、名前で呼べたのか。
それはあなたが自己紹介をしたとき、しっかり名前を聞き取り、覚えてくれたからです。
私たちは自己紹介のとき、相手の名前を「聞いただけ」になりがちです。
名前を聞いても、注意を払わず、聞き流すことが多いもの。
ところが、その人は違いました。
「○○といいます。どうぞよろしくお願いします」
自己紹介のセリフを聞き逃さず、しっかり名前に注意を向けてくれました。
しかも、一瞬で覚えてくれました。
きちんと関心をもたれている証拠です。
顔と名前を覚えようと意識してくれた証拠です。
覚えるのは少しだけエネルギーを使いますが、そのエネルギーを割いてくれました。
あなたが自己紹介をしたとき、あなたの名前に対して、強い注意力と記憶力を発揮してくれたことになります。
だから出会って早々、あなたを名前で呼べたのです。
これほどありがたいことはありません。
個人としてリスペクトされていることが伝わってきて、好印象ですね。
時折こうしたシチュエーションに恵まれることがあるのではないでしょうか。
さて、相手に名前を呼ばれたら、そこで終わりにするのではありません。
こちらも相手を名前で呼びましょう。
きちんと名前で呼んでくれたのですから、こちらも相手を名前で呼ぶのがマナーです。
会話の際、意識的に相手の名前を呼ぶよう心がけましょう。
「○○さん、こちらこそよろしくお願いします」
「○○さん、いかがですか?」
「○○さんはどちらのご出身ですか?」
さりげなく相手の名前を含めるのがポイントです。
自己紹介のとき、相手の名前を聞き逃したなら、もう一度聞けばいいことです。
「もう一度お名前をうかがってもよろしいですか」の一言でOK。
名前を再確認するのは失礼なことではありません。
相手は喜んで答えてくれるはずです。
初対面で相手の名前を呼ぶことにためらう人もいるかもしれませんが、恥ずかしがる必要はありません。
すでに相手から名前を呼ばれているのですから、こちらも普通に相手の名前を呼べばいいことです。
相手も「私の名前を呼んでくれた!」と喜んでくれるでしょう。
もちろんこちらから先に相手の名前で呼ぶのもOKです。
こちらから先に相手の名前を呼べば、相手もあなたの名前で呼んでくれるようになるでしょう。
お互いが名前を含めながら会話することで、仲良くなるのも早くなります。
信頼関係を築くのも早くなるのです。
どんなスポーツにもルーツがあります。
楽しんでいるスポーツがあるなら、ぜひルーツを調べてみてください。
スポーツでは、ルールやマナーを覚えることが重視されます。
ルールがわかればもっと楽しくなり、マナーがわかればスムーズな試合ができます。
もちろんがルールもマナーも大切ですが、ルーツを知ることも同じくらい大切です。
ルーツのないスポーツは1つもありません。
どんなスポーツにも、必ずルーツがあります。
野球もサッカーもテニスも、ルーツがあります。
ラグビーやクリケットにも、ルーツがあります。
どんなスポーツにもルーツがあり、歴史があります。
「こんなルーツがあったのか! こんな歴史があったのか!」
ルーツを知ると、スポーツに対する愛着が深まります。
今までよりプレイが味わい深く感じられるようになるでしょう。
そして、ますますそのスポーツを好きになれるのです。
たとえば、テニスの起源は、中世のカトリック修道院で行われた遊びとされています。
当時は「ジュ・ドゥ・ポーム(手のひらの遊び)」と呼ばれ、修道士たちが手袋をはめた手でボールの打ち合いを楽しんでいました。
ところが、手のひらで打つのは痛みが伴い、繰り返すうちにだんだん耐えられなくなりました。
そこで代わりにグローブや船のかいなどの道具が使用されます。
さらにスピードを出すため長い柄も加わって、今のテニスへと進化していきました。
イギリスの国技クリケットは、13世紀に羊飼いの遊びとして始まったことがルーツとされています。
羊飼いが、仕事で使う棒状のスティックを使って石を投げて遊んでいたところ、だんだん本格的なゲームへと発展していきました。
最初からゲームとして始まったわけではなく、日常生活の延長から始まったのは面白いですね。
諸説があってはっきりしないものは、有力とされるものに注目してみるといいでしょう。
自分が楽しんでいるスポーツのルーツを調べてみてください。
私たちにはインターネットという文明の利器があります。
スマホを使えばすぐわかり、5分もあれば概要をつかめるでしょう。
ちょっとした手間でスポーツの愛着がぐっと高まるのですから、チェックしない手はありません。
自分の趣味を人に押し付ける人がいます。
「私は今こんな趣味にはまっている。楽しいからあなたも絶対やったほうがいい!」
自分の趣味について語るだけでなく、相手にも強く勧めて、仲間に入れようとします。
「あなたもやりなさい!」と言わんばかりに、有無を言わせず勧めてくる人がいるものです。
時には強引に参加させようとしたり、メンバーに加えようとしたりすることもあるから厄介です。
あなたの身近に、そんな人がいるかもしれません。
これこそ余計なお世話というものです。
たしかにその人にとっては楽しい趣味なのかもしれませんが、相手も同じように楽しく感じるとは限りません。
趣味の好みは人それぞれです。
自分が楽しく感じることでも、相手は逆につまらないと感じることもあるでしょう。
相手の気持ちを考えないで無理に押し付けるのは、嫌がらせと変わりありません。
無理に押し付けると、相手からうっとうしく思われることになります。
人間関係にひびを入れることになり、嫌われてしまうのがオチです。
自分の趣味を、人に押し付けないことです。
「私は今こんな趣味にはまっています」という紹介だけにしておくのが賢明です。
人に勧めるなら「良かったらどうですか」と言うくらいにしておくのがいいでしょう。
押し付ける言い方ではなく、相手に選択肢を与える言い方をします。
やんわりとした声がけなら、相手も好意的に受けて止めてくれるでしょう。
良好な人間関係を築くためには、自分の好みはむやみに人に押し付けないのがマナーです。
「疲れやすいなあ」
そう思ったら、自分の服や靴をチェックしてみてください。
窮屈な服や靴を身につけていないでしょうか。
窮屈な服や靴を身につけると、締め付けによって血行が悪くなります。
血中の乳酸がスムーズに排出されなくなり、疲れが取れにくくなります。
自律神経の働きも悪くなり、体の不調を招くことも少なくありません。
窮屈なら、すぐ締め付け感に気づきそうですが、意外と見落とされるケースが少なくありません。
私たちには「慣れ」があります。
普段からスーツとネクタイを身につけていると、だんだん締め付け感に慣れてきて普通になります。
疲れの原因になっているにもかかわらず、気づけないことがあるのです。
もちろん窮屈な服や靴にもメリットはあります。
細身のスーツやきゅっと締まったネクタイを身につけると、気合が入る人もいるでしょう。
美しいシルエットやスタイリッシュなファッションにこだわりのある人なら、細身のスタイルを好むはずです。
しかし「疲労軽減」という観点で考えるなら、窮屈な服や靴には要注意です。
余計な疲れを感じたくないなら、窮屈な服や靴は避けておくほうがいいでしょう。
余計な疲れを感じたくないなら、できるだけ締め付けのない服や靴を選ぶようにしたい。
クールビズが許される職場なら、ノーネクタイで過ごすと、疲れにくくなります。
自由な服装が許される職場なら、締め付けの少ない、ラフな服装を選ぶといいでしょう。
窮屈な服装は、TPOに応じて必要最低限で済ませます。
顧客や取引先と対面のときだけスーツ・ネクタイを着用する、という方法も悪くありません。
女性であれば、締め付けの少ないスカート、ストッキング、下着などを選ぶと良いでしょう。
靴も要チェックです。
足元からの疲れも軽視できません。
窮屈な靴では足にストレスを感じることが多くなります。
通気性も悪くなるため、蒸れやすくなって、嫌なにおいの原因にもなります。
足の疲れを軽減されるなら、ビジネスシューズやハイヒールよりスニーカーやパンプスです。
歩きやすい靴のほうが、足元が楽で疲れにくくなります。
職場で許されているなら、会社に着いてからスリッパやサンダルに履き替えるのもありでしょう。
通勤のときは、シューズのひもをしっかり締め、会社に着いたらひもを緩める方法もあります。
タイトな服装でびしっと決めなければいけない場面もありますが、許される範囲で窮屈を感じない服や靴を心がけてみてください。
余裕のある服や靴を身につけると、心や体にも余裕が出てくるはずです。
あるところに、モテなくて悩んでいる人がいました。
「全然モテません。恋人ができません。ずっと独り身になるかもしれない」
自分磨きを頑張っているにもかかわらず、なかなか恋人ができないとのこと。
性格が良くて、会話も上手で、容姿も整っています。
悪い感じはないので、接した限りでは、モテない理由が見当たりません。
モテないどころか、むしろモテそうな印象すら受けました。
「どうしてモテないのだろう?」
不思議に思って詳しく話を聞いてみると、すぐ理由がわかりました。
出会いがないのです。
職場は同性ばかりで、異性と接する機会がないとのこと。
仕事が終わっても、寄り道することもなく、自宅に一直線。
遊びに出かけるときは、いつも仲の良い旧友メンバーばかりでした。
これでは恋人ができなくて当然です。
どれだけ自分磨きをしようと、どれだけ魅力的になろうと、出会いがなければ、恋人ができる可能性はゼロです。
「出会いの場を作ったらどうですか。たとえば、こんなところに行ってみるといいかもしれませんよ」
声をかけて、しばらくすると、あっさり恋人ができました。
それだけのことです。
モテないのは「出会いがないから」というシンプルな理由であることが少なくありません。
変わった性格の人もいるかもしれません。
容姿に自信がない人もいるかもしれません。
「私を好きになってくれる人なんていない」と思う人もいるかもしれません。
それは悪い思い込みです。
どんな人でも、自分を好きになってくれる人は必ずいます。
世の中にはたくさんの異性がいます。
人によって好みもさまざまですから、自分を好きになってくれる人がゼロということはありません。
ユニークな個性でも、それを魅力的に感じてくれる人はいるのです。
大切なのは「自分磨き」でも「恋愛テクニック」でもありません。
「出会い」です。
出会いの数を増やしましょう。
自ら出会いの場に足を運んだり、交流イベントに参加したり、昔の友人に連絡を取ってみたりなど。
出会いアプリやマッチングアプリを利用するのも1つの方法です。
誰かに言われてアクションを起こすのではなく、自分からアクションを起こすことが大切です。
出会いの数を増やせば、自分と相性の良い人と出会う確率も上がります。
恋人をつくるための、いちばんの基本なのです。
誰しもみんなから好かれたいと思っています。
すべての人から好かれたら、人生は素晴らしいものになるだろうと思う。
多くの人から好かれたい気持ちがある一方、誰からも嫌われたくない気持ちがあります。
しかし、みんなから好かれるようとなんてしないことです。
それこそ非現実的な目標というもの。
残念ながら、間違いなくうまくいきません。
みんなから好かれるのは不可能だからです。
一見みんなから好かれている人でも、本当に全員から好かれているわけではありません。
少なからず快く思わない人が存在します。
大人気のアイドルやスポーツ選手でも「私はあの人が嫌いだ」と言う人がいます。
人気者になればなるほど、アンチも生まれます。
たとえ国民的英雄と呼ばれる人でも、嫌悪感を示す人がいます。
世の中を見てみると「すべての人から好かれ、誰からも嫌われていない」という人は1人もいません。
世の中にはいろいろな人がいて、好みもそれぞれ違います。
ある人が好意的と感じても、別の人はそう感じないことも当然あります。
みんなから好かれるのは不可能であることに気づくことです。
最初から不可能な目標なのですから、無理に頑張ったところで徒労に終わるだけです。
頑張って八方美人になる必要もありません。
八方美人は、友人はできても、親友はできません。
この事実に気づけば、余計なストレスに悩まなくて済みます。
相手に好かれなくても、気にしないことです。
「へえ、そうなんだ」と思えばいいのです。
どう頑張っても、自分を好きになってくれないことがあります。
悩まない、こだわらない、腹を立てない。
普通のことですから悩むだけ損です。
無理に好かれようとしたところで、変に自分を演じるだけになり、ストレスがたまります。
誰かに嫌われても、それはそれでいいのです。
「仕方ない、そういうこともあるか」でいいのです。
気にしない、悲しまない、落ち込まない。
重く受け止めず、さらっと流しましょう。
自分のことを嫌いな人がいるのは、自然なこと、当たり前のことです。
堂々と胸を張っていればいいのです。
好かれなくてもいいし、嫌われることもあっていいのです。
真面目な人や頑張り屋さんにありがちな光景があります。
あるとき、家族や職場の人から休むことを勧められます。
「働きすぎですよ。ちょっと休みましょう」
「いつも仕事熱心ですね。仕事のしすぎじゃないですか。たまには休暇を取りませんか」
「今日も残業ですか。あまり無理なさらないでください。たまには息抜きも必要ですよ」
そのときは「そうですね」「考えておきます」と一度は口にします。
ところが、実際に休むことはありません。
あいかわらず熱心に働き続けます。
口だけの返事になっているのです。
「休みませんか」と言われても「そうですね」「考えておきます」の返事が条件反射になっていて、馬耳東風になっている。
表向きは素直な返事をしていても、実際は心の中で「休む必要はない」と拒否しています。
OKの返事をしておきながら、実際の行動が伴っていないのです。
これは良くありません。
いつの間にか自分もそうなっていないか、振り返ってみることが大切です。
身近な人からの忠告は大事です。
自分では、なかなか自分のことが見えません。
目の前のことに集中すればするほど、自分を客観視できなくなります。
仕事を頑張っているときは、ストレスがたまっていても気づきにくいことがあります。
ドーパミンやノルアドレナリンの作用によって、疲れを疲れと感じなくなり、体調を把握しにくくなるからです。
いつも頑張っていると、それが当たり前になってきて、だんだん感覚が麻痺してきます。
ブレーキを踏むことを忘れ、アクセルを踏んだままになることが多い。
その結果、実際は心や体が悲鳴を上げているのに、それに気づけないことがあるのです。
自分は「まだ大丈夫」「まだ頑張れる」と思っていても、実際はわかりません。
疲れやストレスは、自分では気づけないことが多いもの。
頑張りすぎているときは、ストレスの影響で、自分の状態を正しく把握できなくなります。
熱心に働くのはいいのですが、働きすぎは体に毒です。
「過労死」という言葉もあるように、働きすぎは命の危険もあります。
無理に頑張っていると、ある日ぱたりと倒れるのです。
「仕事のしすぎ」「休んだほうがいい」と言われることがあるなら、よほど根詰めて頑張っている証拠です。
特に身近な人からの言葉は重要です。
人から「休んだほうがいい」と言われたときは、表面的な返事だけで終わらせるのではありません。
心優しい言葉を素直に受け入れ、きちんと休みを取りましょう。
休憩を入れて、のんびりする時間をつくりましょう。
有給休暇を取って、しっかり休むのも良し。
思いきって長期休暇を取って、たっぷりリフレッシュするのも素晴らしい。
人の忠告を生かすことで、健全な人生を歩めます。
昼間からお酒を飲んでいる人を見かけることはありませんか。
食堂やレストランで見かけることもあるでしょう。
昼間からアルコールを提供しているお店は少なくありません。
昼間からお酒が飲めるカフェやバーも珍しいことではなくなりました。
グラス1杯ではなく、何杯も飲んでいるところを見かけることもあるかもしれません。
大きいグラスやジョッキで、がっつり飲んでいる人を見かけることもあるかもしれません。
あなたの身近でも、時折見かけることがあるのではないでしょうか。
そんな昼間からお酒を飲んでいる人に対して、快く思わない人がいます。
「こんな時間からお酒を飲むなんて」と考えていて「酒飲み」「アルコール依存」といった印象を持つ人もいるかもしれません。
「昼間から飲むのは堕落の象徴」と考える人もいるかもしれません。
たしかにお酒を飲むのは夜というケースが多いといえるでしょう。
だからといって、だらしないと決めつけるのは早計です。
その人は夜間勤務をしていて、ようやく仕事が終わったところかもしれません。
疲れている様子であれば、それだけ夜勤の仕事が大変だったのかもしれません。
仕事が終わった直後であれば、昼間でもお酒を飲みたくなるのは普通のことでしょう。
月曜日の昼間から飲んでいるのは、月曜が休みの仕事をしている人なのかもしれません。
理髪店や美容院、博物館や美術館であれば、月曜が定休日というケースが一般的です。
水曜日の昼間から飲んでいるのは、水曜が休みの仕事をしている人なのかもしれません。
病院や不動産などの仕事であれば、水曜が休みというケースは珍しくありません。
そもそも昼間からお酒を飲んではいけないルールはありません。
もちろん仕事中にお酒を飲むのはNGですが、プライベートであれば、お酒はいつ飲んでも自由です。
相手の事情を知らないのに、見た印象だけで決めつけるのは良くありません。
先入観で物事を見ていると、思わぬ誤解を招きます。
昼間からお酒を飲んでいる人を見かけたら、いろいろな想像を膨らませてみることです。
相手の事情を察すれば、一概に「だらしない」とは言えなくなります。
「お疲れさまです」「安らぎのひとときですね」という一言のほうがぴったりということがあるのです。
道とは、方面です。
自分が専門とする分野です。
自分の才能を発揮するところです。
自分の使命や役割が存在するところです。
向上心の強いあなたであれば、すでに進むべき道が定まっているでしょう。
いちずに人を愛するように、いちずに道を歩んでいることでしょう。
自分の道を信じて、一歩一歩こつこつ進んでいるに違いありません。
しかし、道を進むだけでは芸がありません。
同じ道ばかり進むことは同じことの繰り返しとなり、新しい成長がありません。
進歩も進化もありません。
繰り返しの毎日になってしまい、新鮮味がなくなって、マンネリとなってしまうでしょう。
倦怠感に襲われて、あくびが止まらなくなります。
普通に道を進むだけで満足しないことです。
大切なことは「道を進むこと」ではなく「道を究めること」にあります。
「これだ!」と決めた道があれば、究めてください。
平凡な繰り返しで満足するのではなく、どんどん奥を突き詰め、究めていくことが大切です。
「どうすればもっと良くなるか」
「どうすればもっと楽しくなるか」
「どうすればもっと素晴らしくできるか」
工夫や改善は無限にできるように、道を究めることも無限にできます。
試行錯誤とチャレンジを繰り返し、どんどん道を究めていきましょう。
仕事でも学問でも技芸でも、そうです。
たとえ遊びや趣味でも、道を究めることが大切です。
「もうこれ以上は無理だ」と思ってからが本当のスタートです。
道を究めることに終わりはありません。
永遠に続きます。
道は無限に続いているのですから、終わりと思うのは錯覚です。
いろいろな方法で当たっていけば、いずれ壁が壊れます。
壊れた壁の先に道ができ、まだまだ進めるようになります。
道を究めるには時間も労力もかかりますが、それがいいのです。
「生きがいになる」ということです。
一生かけて取り組む「ライフワーク」になります。
そこから無限の楽しみがもたらされます。
これまで普通に道を進んでいた毎日だったなら、これからは道を究める方向に舵を切ってください。
ただ道を進むのではなく、道を究めることに、人生の醍醐味があります。
ことあるごとに「疲れた」とつぶやく人がいます。
「疲れたなあ……」
「ああ、疲れた……」
本当に疲れたときであれば、まだ口にするのもわかります。
大きな仕事を終えた後や激しい運動をした後など、心身がへとへとになっているときであれば「疲れた」というのも当然です。
しかし、安易に口にしているなら要注意です。
日頃から口癖になっているなら、できるだけ直しておくほうがいいでしょう。
「疲れた」が口癖になっていると、疲れやすくなるからです。
「疲れた」と口にすると、自分が発した言葉を自分の耳で聞くことになります。
疲れの自覚が促されるだけではありません。
悪い自己暗示もかかるようになるため、どっと疲労感が襲ってくるのです。
口に出す言葉は大事です。
たとえそれが軽い気持ちであったとしても、自分の耳で聞くことになります。
疲れていなくても「疲れた」と口にすると、不思議と疲れているような錯覚を覚えます。
ある研究でも「疲れた」という口癖は、脳のパフォーマンスを低下することで知られています。
うそだと思うなら、試してみればわかります。
元気なときでも「疲れた、疲れた」と繰り返していると、次第にだるさを感じるでしょう。
悪い自己暗示がかかったのです。
疲れやすいから「疲れた」という口癖になるのではありません。
「疲れた」という口癖があるから、疲れやすくなるのです。
「疲れた」が口癖になっている人は、疲れやすい体質になるため注意が必要です。
忘れてはならないのは、周囲にいる人への影響です。
ぶつぶつ口にしていると、周囲の人の耳に入ります。
「疲れた」と言われて嬉しい人はいません。
悪気はなくても、相手を不快な気持ちにさせたり元気を奪ってしまったりして、迷惑をかけることがあります。
あまり口癖がひどいと、うっとうしく思われるでしょう。
周囲から距離を置かれ、孤立を促すことにもなりかねません。
「疲れた」という口癖があるなら、注意しましょう。
言葉遣いは心遣いです。
心の中で思うことはあっても、口に出すのは慎むのが得策です。
少なくとも気持ちの良い口癖ではありません。
禁句ではありませんが、口癖になっているなら、直しておくほうがいいでしょう。
「疲れた」という口癖があるなら、自分のためにも周りのためにも、直しておくことをおすすめします。
「口に出すのは本当に疲れたときだけ」というルールにしておくのが賢明です。
運動音痴だからといって、ばかにしてはいけません。
運動がまったくダメでも、すこぶる勉強ができるかもしれません。
勉強ができないからといって、ばかにしてはいけません。
勉強はまったくダメでも、運動神経は抜群かもしれません。
運動も勉強もできないといって、ばかにしてはいけません。
運動も勉強もダメでも、遊びが上手かもしれませんし、コミュニケーション能力に優れているかもしれません。
人間という生き物は実に良くできています。
世の中に欠点しかない人は1人もいません。
長所だけしかない人はいないように、短所だけの人もいないのです。
劣っているところがあっても、そのぶんどこかに「秀でている何か」があります。
容姿は悪くても頭は良かったり、話が下手でも聞くのが上手だったりです。
人によって、強みと弱みが異なっているにすぎません。
谷があれば山があるように、苦手なことがある分、得意なことがあります。
それが「個性」というものです。
「私には欠点しかない」と言う人がいますが、これは誤解です。
まだ良いところを見つけられていないだけです。
見えていても、スルーしているだけです。
劣っているところは目立ちやすいので、気を取られているだけのこと。
探せば、必ず良いところがあります。
大きく劣っているところがあれば、大きく秀でている何かがあるのです。
自分を見るときも、人を見るときも、良いところを見るようにしてください。
悪いところは見なくていい。
悪いところを見ても仕方ありません。
すべての人に何らかの弱みがありますが、何らかの強みも必ずあります。
「自分にはどんな良いところがあるのだろう」と思いながら自分を見つめてみると、自分を好きになれます。
人と接するときは「この人にはどんな良いところがあるのだろうか」と思ってみると、発見しやすくなります。
良いところに着目すれば、自分も他人も魅力的に見えるようになります。
すべての人は魅力的なのです。
「今日は雨が降るかもしれない。念のため傘を持っていこう」
そう思って、傘を持って家を出ました。
降水確率は低くても、雨が降る可能性はあります。
ところが結局その日は雨が降らなかった、ということがあるでしょう。
天気予報が外れるのは日常茶飯事です。
雨どころか、午後はすっかり晴れて、良い天気に恵まれることも少なくありません。
傘の出番がないと、無駄な手間をかけたような気になるかもしれません。
しかし、違うのです。
傘の出番がなかったとしても、無駄な手間をかけたと思う必要はありません。
傘を使うことはありませんでしたが「持参して良かった」と考えましょう。
きちんと備えることができたからです。
大切なのは「いかに余裕を持った行動ができるか」です。
人生では何事も「余裕」が大切です。
傘を持参して、出番がなかったとしてもいいのです。
きちんと雨に備えた行動ができたのは良いことであり、これこそ余裕の表れです。
余裕を持った行動ができた自分を認めてください。
無駄な手間ではなく「余裕を持った行動ができて良かった」と考えましょう。
今後も引き続き、余裕を持った行動を心がけていきましょう。
傘の持参を迷ったら、持参するのが無難です。
降水確率は低くても、雨が降る可能性はあるのですから、念のため持参しておくのが正解です。
出番がなくても良しと考えましょう。
日頃から余裕を持った行動ができているなら、仕事も人生もうまくいきます。
仕事では定期的に休むことが大切です。
人は、機械ではなく、生身の生き物です。
ろくに休まず、がむしゃらに働き続けていると、いつか限界に達してエンストを起こします。
仕事のためにも健康のためにも、定期的な休息・休養が欠かせません。
ところが世の中には「休むことが大の苦手」と言う人がいます。
休んだほうが良いと頭ではわかっていても、なかなかそれを実行できません。
残業や休日出勤を、会社の命令ではなく、自ら好んでする人がいます。
有給休暇が使えるのに使いません。
休もうと思えば休めるのに、休まないのです。
いわゆる「休むことが苦手な頑張り屋さん」です。
真面目な人や仕事熱心な人によくある傾向です。
もしかするとあなたも、休むことが苦手な頑張り屋さんの1人かもしれません。
「仕事を休むことに抵抗がある」
「仕事を休むと、罪悪感に苦しめられる」
休むことが苦手な頑張り屋さんは、どうすればいいのでしょうか。
こんなときは発想の転換です。
「休むという仕事を頑張る」と考えればいいのです。
休むことを1つの仕事として考え、真面目に取り組むのです。
そうすれば、心に折り合いが付きます。
休むことを仕事として考えれば、抵抗感が消えて、罪悪感もなくなるでしょう。
自分の中では仕事を続けることになるので、気兼ねなく休めるようになるのです。
さあ、今すぐ手帳やカレンダーに「休む」という予定を書き込みましょう。
あくまで休むという仕事として考えます。
「休むという仕事を頑張る」と思えばいい。
当日になったら、自分に「休むという仕事に集中しろ」と命令を下してください。
会社の仕事が気になってきたら「休むという仕事をサボるな」と自分を叱りつけてください。
仕事に真面目な人であれば、休むという仕事も真面目に取り組めるはずです。
たったこれだけのことです。
きちんと休むと、エネルギーをチャージできます。
真面目な人は、真面目な性格を生かして、しっかり休めばいいのです。
相手と仲を深めたいなら、まず自慢話に注意しましょう。
自慢話で仲は深まりません。
自分を大きく見せたいと、つい自慢話をしがちですが、注意したいところです。
良かれと思って自慢話を話すと、逆効果です。
自慢話が好きな人はいません。
自慢話を話していると、自然と偉そうな話し方になって威圧感が出てしまい、相手に不快感を与えてしまいます。
承認欲求や自己顕示欲も目立ってしまい、相手はちょっと気疲れするでしょう。
相手はにこにこ楽しんでいるようでも油断はできません。
実際は表向きのスマイルであって、心の中ではストレスを感じていることがあります。
「あの人と会っても、自慢話を聞かされるだけ」
うっとうしく思われ、距離を置かれることになるのがオチです。
仲が深まるどころか、人が去っていくのです。
仲を深めたいなら、失敗談を話しましょう。
失敗談を話すと「自己開示」をすることになります。
失敗談は、興味を持って聞いてもらえるので、相手を引きつけます。
時には笑いを誘うことも少なくありません。
自分の恥ずかしい過去を話すことで、人間味が出て、親しみやすい雰囲気も広がります。
面白いことに、こちらが失敗談を話すと、相手も失敗談を話してくれるようになります。
「そうそう、実は私も似たような失敗があって……」
自分から恥ずかしい失敗を話すことで、相手も恥ずかしい過去を話しやすくなります。
自然とお互いが恥ずかしい話をさらけ出すことになり、結果として仲が深まっていくのです。
相手との仲を深めたいなら、自慢話ではなく、失敗談を話しましょう。
失敗を増やすためにも、日頃から新しいことにチャレンジしておくと良いでしょう。
失敗談には、人間関係を深める力があるのです。
大変な時期が来ても、ずっと続くことはありません。
大雨や大雪が降っていても、いずれやみます。
嵐や台風がやってきても、いずれ去っていきます。
大変な状況でも、ずっと続くことはありません。
長引くことはあっても、辛抱強く耐えていれば、明るい晴れがやってきます。
これには例外がありません。
どんなに大変な時期も、必ず終わりが来るのです。
大変な時期が来たら「今は耐えるとき」と言い聞かせましょう。
何か特別なことをする必要はありません。
じっと耐えるだけでいいのです。
悲観的になることはありません。
永遠に続くことはないのですから、希望を持って、終わるときが来るのを待ちましょう。
「今は耐えるとき」と自分に言い聞かせることで、気持ちが奮い立ち、ストレス耐性がアップします。
じたばた騒がないことです。
じたばたしていると、余計なエネルギーを消耗してしまいます。
冬眠中のクマのように、おとなしくしていることです。
無駄な動きは避け、あまりストレスをためないように過ごしてください。
適当に暇つぶしをして過ごすのも悪くありません。
本を読んだり、映画を見たり、部屋の掃除をしたり。
しばらくすれば、晴れてきます。
明るい光が差し込んで、美しい青空が広がるのです。
野球で負けたとき、バットに当たる人がいます。
ゴルフでミスをしたとき、クラブを地面に叩きつける人がいます。
テニスで試合に負けたとき、ラケットをコートに叩きつける人がいます。
破壊行為に見えてしまうことも少なくありません。
残念ですが、こういう人は「本当のプロ」ではありません。
「実力だけプロ」の人です。
ペナルティーはないかもしれませんが、マナーとしては最悪です。
これはスポーツマンシップに反します。
実力はトップクラスで、大会で輝かしい成績を残しているかもしれませんが、見る人に不快感を与える行為です。
投げたバット・クラブ・ラケットが観客に当たって、けがをさせてしまう可能性もゼロではありません。
プロにはファンとスポンサーがいます。
「自分がどう見られているか」を気にしなければいけない立場であるため、見る人に不快感を与えない振る舞いが求められます。
そして、お手本とも言える振る舞いが求められます。
クラブもバットもラケットも、自分の商売道具であり、大切なパートナーです。
「自分の分身」とも言える存在に八つ当たりするのは、大切だと思う気持ちが弱く、軽視している証拠です。
その人が「道具を愛用している」と言っていても、八つ当たり行為が見受けられるなら、真っ赤なうそということになります。
心の中では「しょせん消耗品」と思っているはずです。
プロは、多くの子どもたちの夢と憧れを背負っています。
道具に八つ当たりする姿を見せると、悪い教育になってしまい、子どもたちは幻滅します。
本当のプロは、結果を出せなくても、道具に八つ当たりしません。
ミスをしても、胸を張ります。
試合に負けても、観客に向かってお辞儀をします。
結果を出せなくても、余計な言い訳はせず、素直に負けを認めます。
どんな状況でも、最後まで冷静を貫き、マナーを忘れることはありません。
本当のプロは、たとえ負けでも、見る人に不快感を与えず、好印象を与えます。
多くの人から注目されていることをよく理解しているので、お手本としての振る舞いを心がけます。
本当のプロは、プレイのコントロールだけでなく、言動や感情のコントロールも一流です。
これが本当のプロなのです。
部下として心配なのは、失敗したとき、誰が責任を負うかです。
どれだけチャレンジをしたくても、失敗したときの責任が怖いと、なかなか一歩踏み出せません。
「責任」という言葉ほど重いものはありません。
どんなにやる気はあっても、失敗したときのことを考えると、全力で当たるのは難しい。
部下は「責任を負う=大きな代償を払う」という考えがあります。
場合によっては会社を辞めなければいけないと考える部下も少なくありません。
いくらリーダーが「チャレンジしろ」とハッパをかけたところで、部下としては失敗したときのことを無視するわけにはいきません。
フォローも何もない状況では、チャレンジをしたくても足がすくみます。
部下が既婚者で子どもがいれば、なおさらです。
そんななか「私が責任を取る」と断言するリーダーがいれば、部下は安心できます。
これほど部下の心を動かす言葉はありません。
「リーダーが責任を取ってくれるなら全力で取り組める!」
失敗したときの不安が取り払われることで奮起するのです。
部下の責任を取ることは、リーダーの仕事の1つです。
大切な勝負所においてリーダーは責任を負うことが欠かせません。
「私が責任を取る」と断言するリーダーに、部下はついていくのです。
矛盾があったときどうするか。
ここが大切な場面です。
日常では、ときどき矛盾に直面することがあります。
矛盾とは、物事の道理が一貫しておらず、つじつまが合わないことをいいます。
「無宗教です」と主張しているのに、クリスマスを祝う人。
「未来は知りたくない」と言いつつ、しっかり天気予報をチェックする人。
「仲間外れは嫌」と言いつつ「みんなと同じファッションは嫌」と主張する人。
よくよく考えると、どれも矛盾していると言えるでしょう。
矛盾があると、いらいらして感情が高ぶり「それはおかしい!」と叫びたくなります。
特に真面目な性格の人は、矛盾を嫌う傾向があります。
しかし、矛盾があっても、いらいらしてはいけません。
世の中は、矛盾があって当然です。
残念ですが「世の中は矛盾だらけ」と言っても過言ではありません。
正義が勝つとは限りません。
努力も報われるとは限りません。
矛盾を許せなくなると、ことあるごとにいらいらすることになるでしょう。
ここで、矛盾に対する大切な姿勢があります。
矛盾があったとき、いらいらするのではなく、にこにこ楽しめるようになりましょう。
矛盾に嘆く必要はなし。
道理に合わないことがあれば「それはおかしい!」といらいらするのではなく「なかなか面白い」とにこにこしましょう。
ポジティブに矛盾を受け止めることが大切です。
「おやおや、矛盾していますね。これは面白い! 斬新でユニークだね!」
ポジティブに考えるようにしたい。
快く矛盾を受け入れ、楽しむようにしましょう。
「矛盾を楽しむことなんてできない」
そう思う人もいるかもしれませんが、そもそも矛盾は悪いことだと思っていないでしょうか。
いいえ、誤解です。
「矛盾=悪いこと」というのは先入観です。
「矛盾」という言葉を辞書で引いてみてください。
「道理に合わないこと」「つじつまが合わないこと」といった意味はあっても「悪いこと」といった意味はないはずです。
いつの間にか私たちは「矛盾=悪いこと」と思い込んでいる自分に気づいてください。
本当に矛盾を許せなくなると、強烈なストレスを感じて、もはやこの世で生きていくことはできなくなります。
常識を覆しましょう。
「矛盾=悪いこと」ではありません。
「矛盾=楽しいこと」です。
非常識な考え方ではありません。
矛盾を楽しいことだと思えば、本当に楽しくなってきます。
もっと心を大きくして、矛盾を楽しめるようになってください。
心に余裕があるから、矛盾を楽しめるのではありません。
矛盾を楽しむから、心に余裕ができるのです。
矛盾を受け入れるには、大きな心が必要になります。
矛盾を受け入れようとすると、心を大きくするよう働きかけることになります。
視野や価値観の広がりを促し、結果として、心に余裕ができるのです。
矛盾があれば「成長のチャンス」と考えましょう。
矛盾だらけの世の中を、にこにこしながら生きられます。
矛盾があったとき、周りの人はしかめ面をしていても、あなただけはにこにこすることです。
もし矛盾を楽しめるようになれば、必ずあなたはモテるようになります。
心が大きくなるだけでなく、性格も優しくなって円くなり、多くの人から慕われるのです。
矛盾を楽しめるようになれば、ストレスが激減して、笑顔が増えます。
矛盾があるから、人生は面白いのです。
矛盾を楽しめるようになると、人生はもっと面白くなります。
超ポジティブになるためには、前向きになることが欠かせません。
ただし「普通のポジティブ思考」では不十分です。
「徹底的なポジティブ思考」であることが大切です
日常ではなかなか前向き考えにくいときがあります。
日頃から前向きを意識していても、落ち込んでいるときや元気のないときは、なかなか前向きに考えにくいでしょう。
どうしてもネガティブに引き寄せられ、悪いほうに考えてしまうことがあります。
しかし、そんなときでも、とにかく前向きに考えることが大切です。
ポジティブ思考の信念を曲げず、徹底的に前向きを貫くのです。
事故に遭って入院しなければいけない状況があるとします。
不自由な生活が強いられると、めげてしまいそうですが、そんなときでも前向きに考えます。
「人生の夏休みになる」
「たまにはこういう生活も面白いね」
とにかく前向きに考えるのです。
手術の必要があるとします。
ところがその手術がうまくいかず、失敗に終わりました。
「人生の夏休みが延長になった。これはこれで悪くない」
「ますます本を読む時間ができるから嬉しい」
「手術に失敗したら、そのときはそのとき!」
普通なら落ち込むところでも、超ポジティブな人は、あくまで前向きを貫き通ります。
前向きに考えるのが難しいときもあるかもしれません。
どう考えても未来に希望が持てない状況があるでしょう。
そんな厳しい状況でも、とにかく前向きに考えることを忘れません。
余命宣告をされて、人生が残り数カ月という状況があるとします。
「楽しい人生だった」と前向きに考えるだけではいけません。
「来世が楽しみ」というくらいにならないといけません。
強引でもいいので、とにかく前向きに解釈することです。
理屈は後付けでもOK。
人生は前向きに考えた人の勝ちです。
人生は一度しかないのですから、暗い気分で生きるより、明るい気分で生きるのがいちばんです。
いかなる状況でも前向きに考えていきましょう。
「これでもか」というくらい、徹底的にポジティブ思考になってください。
前向きに考えることに価値があります。
人生は一度しかないのですから、いつも心のベクトルをプラスに向けることが大切なのです。
元気がないときは、下を向いてしまいがちです。
なかなか体に力が入らず、魂が抜けたような状態となります。
気力が乏しいときは、顔も視線も下向きになることが多いもの。
あまりに元気がないときは、真下を向くような姿勢になることもあるはずです。
しかし、下を向いていると心がふさがったままとなります。
気分の停滞から抜け出せず、なかなか流れを上向きに変えることができません。
ぐっと喉を曲げることにもなるため、スムーズな呼吸を妨げられ、軽い酸欠状態に陥ります。
下を向いたままでは、ネガティブな感情から抜け出せなくなり、出る元気も出なくなります。
だから、まず上を向くのです。
元気がないままでもいいので、上を向いてください。
泣いているなら、涙を流しながら上を向けばいい。
上を向けば、光が飛び込んできます。
屋内であれば明るく光るライトが見え、屋外であれば美しい青空や白い雲が見えるでしょう。
気道がまっすぐになって呼吸がしやすくなり、脳に酸素が行き渡ります。
私たちは上を向くと、ポジティブのスイッチが入るようになっています。
しばらく上を向いて過ごしていると、だんだん元気が出てきて、前向きな気持ちもよみがえってきます。
元気がないときにできることは、まず上を向くことです。
どれだけ元気がなくても、上を向くくらいはできるはずです。
上を向くことで、立ち直っていけるのです。
あるとき「うらやましい気持ち」になることがあるでしょう。
モテる人、仕事ができる人、英語を流暢に話す人、経済的な成功を収めている人、自分らしい生き方を実現している人。
そんな人を見ると「いいな、うらやましい」と思ってしまうもの。
うらやましい気持ちになるのは仕方がありません。
人間ですから、うらやましく思うことはあって当然です。
大切なのは「その後どうするか」です。
うらやましい気持ちは、ストレスに感じられます。
不安や劣等感を覚えたり、嫉妬や悔しさを感じたりなど、どろどろした負の感情が渦巻くこともあるでしょう。
時には相対的に自分がみすぼらしく感じられ、自己嫌悪に陥ることもあるかもしれません。
しかし、ネガティブな感情に包まれて終わりにするのでは芸がありません。
うらやましい気持ちを感じたら、上手に生かしてください。
心の変換機を通して、パワーに変えるのです。
やる気、モチベーション、そして行動力。
「負けていられない。私も頑張ろう!」と思えばいいのです。
うまくいっている人を見習って、自分も頑張ればいい。
モテる人がいれば、うらやましく感じて終わるのではなく、パワーに変えましょう。
「私も自分磨きを頑張ろう!」と前向きな動機付けにすれば、自分の生き方や振る舞い方も洗練されます。
仕事ができる人がいれば、うらやましく感じて終わるのではなく、パワーに変えましょう。
「私も負けていられない。頑張ろう!」と思えば、自分の仕事にもポジティブな作用をもたらされます。
英語を流暢に話す人を見て、うらやましく感じて終わるのではなく、パワーに変えましょう。
勉強のやる気やモチベーションに変えれば、勉強がはかどって効率もアップするはずです。
うらやましい気持ちをバネにすれば、強いパワーを発揮できます。
うらやましい気持ちが強ければ強いほど、そこから生み出されるパワーも大きくなる。
自分でも信じられないような、底力や潜在的な力を発揮できる可能性もゼロではありません。
うらやましい気持ちは、心の変換機でパワーに変えるものです。
やる気・モチベーション・行動力に変えていけば、新しい未来を切り開けます。
うらやましい気持ちを生かせば、人生を飛躍させる起爆剤となるのです。
デパートではバーゲンセールが行われることがあります。
夏や年末は、バーゲンセールの定番時期ですね。
表に看板が出ていたり、垂れ幕が下がっていたりして、お祭りのような雰囲気が広がっています。
バーゲンセールと聞くだけで、わくわくしますね。
バーゲンセールは安く買えるチャンスです。
普段なら買えないものも、バーゲンセールのときなら、チャンスがあるはずです。
「ちょっと行ってみようか」と、足を運んでみることが多いでしょう。
「待ってました!」と言わんばかりに、駆け込む人もいるはずです。
思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれません。
そんなバーゲンセールで買い物をしたとき、よくある失敗があります。
「余計なものを買ってしまった」です。
これは十中八九、起こります。
バーゲンセールは普段より安い分、財布のひもが緩みがちです。
買い物欲に火がつきやすく「安いから買ってしまえ!」となりやすい。
あれもこれも買い物かごに入れてしまいがちです。
買い物かごが1つでは足りず、2つや3つになることもある。
自宅に帰ると、ふとわれに返ります。
「どうしてこんなものを買ってしまったのだろう」と悔やむことになるのです。
これは節約を頑張っている人ほど起こります。
節約には我慢が伴い、ストレスもたまります。
日頃から節約を頑張っている分、バーゲンセールでたがが外れ、ため込んでいたストレスが一気に噴き出すのです。
笑ってしまう話ですが、実に多いのです。
あなたも経験があるのではないでしょうか。
こうした失敗から学べる教訓があります。
バーゲンセールのときほど、慎重になってください。
どれだけ商品が安くなっていても、不要なものを買っては無駄遣いです。
余計な出費が多ければ、かえって高く付くこともあります。
バーゲンセールで安くなっていればいるほど、買い物には慎重になることです。
そうすれば、買い物の失敗を防止できます。
財布のひもが緩みやすい場面だからこそ、一段と堅くしておくのが賢明です。
バーゲンセールであろうと、買い物の鉄則は変わりません。
こうした点に注意して、衝動買いや無駄遣いを避けましょう。
「今しか変えない」と思えるものあるかもしれませんが、1日や2日、時間を置くくらいならできるはずです。
一晩考える余裕をつくるだけでも違います。
お金は有限です。
限りあるお金は、優先順位をつけ、計画的に使うことが大切です。
バーゲンセールに足を運ぶのはいいのですが、くれぐれも財布のひもにもご用心ください。
逃げるときにいちばん大切なことは何でしょうか。
それは「振り返らないこと」「立ち止まらないこと」です。
全力で逃げるときは、まず振り返らないでください。
敵の様子が気になって、後ろを振り返りたくなるかもしれません。
これがいけないのです。
後ろを振り返ると、スピードが落ちてしまいます。
後ろを振り返るぶんだけブレーキがかかってしまい、スピードダウンします。
きょろきょろ後ろを振り返っていると、前方不注意で事故を起こしてしまうことも少なくありません。
立ち止まることもないようにしてください。
ある程度距離ができると、少し安心できて、途中で立ち止まりたくなるかもしれません。
これも余計です。
立ち止まると、余計な考えが浮かんできます。
「戻ったほうがいいかな」「逃げるべきではなかったかな」「相手に申し訳ない」など気の緩みが生じます。
「逃げたのに戻る」という矛盾行動を取ることが少なくありません。
せっかくの逃避計画を自ら取り消すことになるのです。
振り返ったり立ち止まったりしていると、ろくなことになりません。
逃げられることも逃げられなくなってしまいます。
捕まってから「あのとき振り返らなければ……」「あのとき立ち止まらなければ……」と後悔することになるのがオチです。
アクション映画を思い出してください。
振り返った人や立ち止まった人は、逃げるのに失敗するのが定番です。
余計なことをしたせいで、敵に捕まってしまうのです。
逃げるときは、あらゆる油断が命取りです。
振り返ることも立ち止まることもせず、ひたすら逃げることに集中してください。
後ろが気になって振り返りたくなりますが、ぐっとこらえること。
そもそも全力で逃げているなら、振り返る余裕はないはずです。
後ろを振り返る余裕がないほど、逃げることに集中することが大切です。
生活と人生がかかっていることですから、一切の油断は禁物であり、持てる力を振り絞って逃げてください。
前を見続け、ひたすら全力疾走で逃げることです。
逃げて、逃げて、逃げまくる。
そうすれば、逃げ切ることができます。
逃げ切った後には、安心安全の世界が待っています。
後ろを振り返るなら、逃げ切って、安全を確認できてからにしましょう。
重要な判断を下すとき、とにかく時間をかけたがる人がいます。
「即断即決をしてはいけない」
「時間を置いて考える必要がある」
「たっぷり時間をかけないといけない」
慎重なセリフがよく聞かれます。
すぐ結論を出すのは良くないと考え、できるだけ時間をかけようとします。
もちろん時間をかけることが悪いわけではありません。
むしろ適切で賢明なことです。
安易な判断は後悔を生むリスクがあります。
重要なことであればあるほど、労を惜しまず、たっぷり時間をかけることが大切です。
「熱くなった頭を冷やす」「一時的な感情に流されない」という意味もあります。
お金や責任が関わるようなことであれば、考えることが広範囲に及ぶため、判断を下すのに時間がかかります。
それが人生を左右するような判断であればなおさらです。
しかし、時間をかけるのはいいのですが、ここでよく陥りがちな落とし穴があります。
時間をかけることが大切と思うあまり、いつの間にか時間をかけることが目的となっていることがあるのです。
誤解されがちなことですが、時間をかけた判断だからといって正しいとは限りません。
時間をかけても、判断を誤ることもあります。
望んだ結果が出ないこともあります。
時間をかけて考えたことにもかかわらず「こんなはずではなかった」という結果になるのはよくあること。
時間をかけることには、別のリスクも潜んでいます。
時間をかければかけるほど「やっぱりやめておこう」という消極的思考が発生しやすくなります。
時間をかけるにつれて、リスク回避の選択を優先するようになり、新しいアクションの足かせとなるのです。
判断で大切なのは「時間をかけること」ではありません。
あくまで「熟考」です。
時間をかけることではなく、熟考に重点を置いてください。
細部まで考えを巡らせたり、さまざまなパターンを考えたりなど、じっくり突き詰めて考えることが欠かせません。
じっくり考え抜いたことであれば、良い結果がついてくるでしょう。
良い結果が得られなくても、後悔は小さくて済みます。
きちんと熟考ができているなら、さほど時間をかける必要はありません。
単純明快なことや、以前から決意を固めていることであれば、短時間で結論を下せるでしょう。
即断即決だからといって、間違っているとも限らないのです。
場合によっては、失敗したほうが良いケースもあります。
実際に取り組んでみないとわからないこともあります。
失敗をしてわかることもたくさんあります。
すぐ取り組めば、フィードバックが得られ、次のアクションにつながります。
悪い結果が返ってくれば、すぐ軌道修正すればいいこと。
これ以上は無理だと思えば、中断です。
残念ながら、どんなに時間をかけても、100%失敗を避ける方法はありません。
100%失敗を避ける方法はないのですから、ある程度のリスクは許容し、ゴーサインを出すことが賢明なのです。
「できて当たり前」というセリフを口にする人がいます。
「仕事ができて当たり前」
「英語はできて当たり前」
「寝ることはできて当たり前」
世の中を見渡したとき、できる人の割合が多いと「できて当たり前」と言いたくなるのもわかります。
大多数の人ができることなら、できない人を探すほうが難しいでしょう。
しかし「できて当たり前」というセリフには注意が必要です。
世の中にはさまざまな人がいます。
必ずどこかに「できて当たり前ではない人」が存在します。
「仕事ができて当たり前」と言う人がいます。
古株やベテランなら当たり前かもしれませんが、そうでない人もいます。
入社したばかりの新人にとっては、できて当たり前とは言えないでしょう。
初めて受け持つ仕事であれば、最初からスムーズにこなすのは困難です。
たとえ中堅社員でも、初めての仕事には戸惑いが生じるはずです。
「英語はできて当たり前」と言う人がいます。
得意な人にとっては当たり前かもしれませんが、不得意な人も大勢います。
事情があって英語を学ぶ機会がなかった人もいます。
まったく英語を知らない人にとっては、右も左もさっぱりわからないはずです。
「寝ることはできて当たり前」と言う人がいますが、これも当たり前とは言えません。
世の中には睡眠障害を抱えている人は多い。
多くの仕事を抱えているため、どうしても寝るのが遅くなってしまう人もいるでしょう。
事情を抱えている人にとっては、寝ることはできて当たり前ではありません。
自分にとってはできて当たり前でも、そうでない人もいます。
できない人が聞けば、自分が否定されているように感じ、不快感を覚えるでしょう。
「できて当たり前」と言う人に反発を感じ、マイナスの感情が湧いてくるはずです。
「できて当たり前」というセリフは、誰かを傷つけてしまう可能性があります。
軽い気持ちで口にしていると、思わぬトラブルを招きかねません。
「できて当たり前」という一言に、泣く人はいても、喜ぶ人はいません。
言葉は、人を助ける武器にもなりますが、人を傷つける刃物にもなります。
少数の人にも目を向けたい。
余計なトラブルを避けるなら「できて当たり前」というセリフは、使用を避けておくのが無難です。