階段でけがをしやすいのは、上がるときより下りるときです。
「階段の転落事故は、上がるときより下りるときのほうが4倍多い」というデータもあります。
階段を上がるときは、段差でつまずいたり足を滑らせたりしても、意外と大事には至りません。
「準備ができているから安心」
これは半分は正解ですが、半分は誤りです。
本当にそう言い切れるとは限りません。
時間をつくろうとするとき、睡眠時間を削ることから始める人がいます。
これがいけないのです。
まさに元凶の始まりです。
何事も最初から飛ばさないようにしましょう。
勉強でも仕事でもスポーツでも何でもそうです。
そのときは調子が良いように感じて「いける!」と思うときがあります。
キャンセルの電話連絡を、事情もなく他人に代行させる人がいます。
ホテルやレストランの予約をキャンセルするとき、他人に代行してもらいます。
レッスンやクリニックの予約をキャンセルするとき、他人に代行してもらいます。
夢を語るのが大好きな人がいます。
「私にはこんな夢があります!」
「将来は○○になりたいです!」
年に一度の大セールといえば、ブラックフライデーです。
割引率が大きいうえ、日用品・家電・ファッションなど、規模が大きいことも特徴です。
大幅な割引があると、財布のひもも緩くなります。
椅子に座っていてちょっと疲れたとき、足を組むことがあります。
足を組むのはいいのです。
ちょっとくらいならOKです。
話がこじれることがあります。
早く話をつけたいところですが、なかなかまとまりません。
そのまま話を続けると、ますますこじれていくばかりです。
世の中には優しい人がいます。
本当に優しくて、何でも寛大に接してくれる人がいるものですね。
優しい人がいると、自然と気持ちが緩みます。
大きな口を開けてあくびをしている人を見かけます。
あくびが出るのはいいのです。
人間の自然な生理現象の1つです。
「今日、誰からも挨拶されなかった」と言う人がいます。
みんな、自分のことを無視しました。
こちらの存在には気づいてはいるものの、声をかけられることはありませんでした。
「空気を読む」
そう聞いたとき、どんな振る舞いをイメージするでしょうか。
「空気を読むこと=周りに同調すること」と思っている人がいます。
「眠くても大丈夫です。コーヒーを飲めばいいですから」と言う人がいます。
コーヒーには覚醒作用のある「カフェイン」が含まれています。
睡眠不足で眠くても、コーヒーをがぶがぶ飲めば、眠気が吹き飛びます。
勇気とは何か。
恐れないで立ち向かっていく、強い気力のことをいいます。
勇気が必要なことといえば、どんなことが思い浮かぶでしょうか。
「列に割り込む」
「電車内で通話する」
「映画の上映中にスマホをいじる」
社会人になって人付き合いが増えると、贈り物をいただく機会も多くなります。
贈り物をいただいたら、お返しをするのがマナーです。
デパートに足を運び、品物選びに迷うこともあるでしょう。
「責任者を出せ」と言う人がいます。
これは新人さんとのやりとりのときに起こりがちです。
質問をしても「確認します」と奥に引っ込んで戻ってきます。
コインパーキングでは「1日最大○○円」と書かれた看板を目にすることがあります。
たとえば「1日最大1,000円」と書かれたコインパーキングがあり、帰省や旅行の都合で3日間駐車したい状況があるとします。
普通に考えると、3日間駐車すれば「3,000円」という計算です。
ビジネスの場で使えない言葉は、プライベートの場でも使わないほうがいいのです。
うっかり口が滑るときがあるからです。
口癖は怖い。
心を落ち着かせるために、まず大切な前提があります。
それは、怒りを感じている自分を認めることです。
人から「怒ってる?」と聞かれ「怒ってない!」と否定する人がいます。
人生では「ダウンすること」があります。
病気や過労などの原因で、ぱたりと倒れてしまうのです。
ダウンしたときは、どうしますか。
謝る場面で、的外れな返事をする人がいます。
「ご指摘ありがとうございます」です。
たとえば、お客さまからクレームを言われたとき「ご指摘ありがとうございます」と感謝する。
豊かな時代になり、さまざまなものがレンタルできるようになりました。
本やDVDのレンタルは基本ですが、その限りではありません。
車、自転車、洋服、着物、スマホ、パソコン、バッグ、スキー用品、キャンプ用品など。
職場環境の良しあしはどこに表れるのでしょうか。
社員の様子に表れます。
社員がいつも元気のない表情をしている職場は、総じて居心地が悪い証拠です。
コミュニケーションにおいて、ついやりがちなNG行為があります。
それは「病気に優劣をつけること」です。
たとえば、Aさんが病気で苦しんでいるとします。
スキー場には、初心者コースから上級者コースまであります。
初心者にもかかわらず、いきなり上級者コースを滑ろうとする人がいます。
「上級コースの難しさを経験してみたい」「上級コースを滑ったほうが、早く上達するだろう」と思っています。
小さなことにこだわるべきか。
それが問題です。
「小さなことにこだわるべきだ」と言う人がいます。
就職活動のとき、仕事のイメージで決めようとする人がいます。
「ライブスタッフになりたい。音楽があってにぎやかで楽しそうだから」
「アシスタントディレクターになりたい。有名人を間近で見られるから」
行儀の悪い癖は、無意識に出ることがあります。
注意したい1つが「足を使ってしまう癖」です。
手を使うべきところで、足を使ってしまうことはありませんか。
階段でけがをしやすいのは、上がるときより下りるときです。
「階段の転落事故は、上がるときより下りるときのほうが4倍多い」というデータもあります。
階段を上がるときは、段差でつまずいたり足を滑らせたりしても、意外と大事には至りません。
転んだとしても、軽く膝を打つ程度で済む場合が多い。
上がるときは前のめりの姿勢です。
とっさに手をつけば、大きな事故にはつながりません。
一方、階段を下りるときは違います。
下りるときは、上がるときと違って、体が不安定です。
うっかり段差で足を滑らせると、そのまま滑り台のようにごろごろ転げ落ちやすい。
踊り場がなければ、一気に階段下まで転げ落ちます。
あなたも駅やデパートの階段で、ごろごろ転げ落ちている人を見たことがあるのではないでしょうか。
打ち所が悪いと大きなけがにもなりやすく、非常に危険なのです。
階段は、上がるときより下りるときのほうが楽です。
あまり力を入れることなく、すいすい下りられます。
しかし楽だからといって安心はできません。
階段の転倒事故は、上より下に向かっているときに起こることが多いのです。
これは仕事でも同じです。
楽なときほど注意しましょう。
気を抜いているときは「うっかり」が起こりやすいタイミングです。
山場を超えて「もう大丈夫」と油断すると、うっかりミスが起こり、思わぬ事態を招きます。
そういうときのミスに限って、大きなトラブルに発展しやすいもの。
山場を超えたとしても、油断せず、心を引き締めましょう。
最後まで気を抜きません。
大変なときより楽なときのほうが、リスクが大きいのです。
「準備ができているから安心」
これは半分は正解ですが、半分は誤りです。
本当にそう言い切れるとは限りません。
せっかく準備ができていても、詰めが甘いと、無駄になることがあるからです。
たとえば、モバイルバッテリーです。
旅行やテーマパークに行くときは、スマホの充電切れを防ぐため、モバイルバッテリーが必須です。
モバイルバッテリーを持参すれば安心と思いますが、ここでよくある2つの準備ミスがあります。
1つは「ケーブル忘れ」というミスです。
せっかくモバイルバッテリーがあっても、ケーブルがなければ充電できません。
スマホにつなごうとしたとき、ケーブルがないときに気づき「しまった!」となるのです。
2つ目は「充電忘れ」というミスです。
きちんとケーブルを準備できていても、そもそも充電を忘れていては意味がありません。
「さあ、充電しよう」と思ってケーブルをつないでも、無反応で終わります。
モバイルバッテリーが、ただの重りとなってしまうのです。
こうしたケースはほかにもあります。
メモを取るときにはメモ帳が必要ですが、肝心のボールペンがなければ、何も書けません。
カメラを持って山に登っても、SDカードを入れ忘れていては、撮影ができません。
夜間登山するときにはヘッドライトが必須ですが、肝心の乾電池を入れ忘れていては、明かりがつきません。
キャンプにテントを持参しても、固定具がなければ、風で飛ばされます。
頑張って勉強をしても、会場に受験票を忘れたら、試験を受けられません。
料理のとき、食材と調理器具はそろっていても、肝心の塩やしょうゆを切らしていては、味が決まりません。
釣りのとき、釣りざおを用意しても、針やエサを忘れていては、釣りになりません。
笑ってしまいますが、実によくあることです。
本体を持参すれば安心とは限りません。
付属品や充電などにも目を向け、本当にこれで十分か、しっかりチェックしておきましょう。
詰めが甘いと、準備が無駄になります。
電子機器であれば、動作確認を怠りません。
準備をするときは、実際に利用するところまで想定することが大切なのです。
時間をつくろうとするとき、睡眠時間を削ることから始める人がいます。
これがいけないのです。
まさに元凶の始まりです。
睡眠時間を削るのは、最後の手段です。
他の手段をすべて試して、ほかに方法がなくなって「い良いよ」というときになって、ようやく手を付けるものです。
にもかかわらず、多くの人は、時間をつくるための「最初の手段」として安易に睡眠時間を削っているのです。
睡眠時間を削ると、まもなく悪循環が始まります。
睡眠不足でまともに頭が回らなくなり、日中のパフォーマンスが著しく低下します。
思考力が落ちて良いアイデアも出ない……。
集中力できないので仕事は遅くなる……。
仕事の精度も下がってミスも増える……。
ミスが増えると、そのフォローのタスクが増え、タイムロスが生まれます。
ますます時間が足りなくなり、再び「睡眠時間を削る」という手段に走り、事態がエスカレートするという悪循環です。
常時睡眠不足となります。
表情も悪くなり、新陳代謝も低下して、美容にも良くありません。
いつも目の下のくまが取れなくなるのです。
睡眠欲は人の3大欲の1つであり、生きていくうえで欠かせません。
人は、一切眠らない状態が続くと、最終的に生命を維持できなくなることがわかっています。
だから現在、時間無制限の不眠耐久レースは行われていません。
昔行われていた時期はありましたが、健康に対する影響が大きすぎることが判明し、行われなくなりました。
あるとしたら、24時間や48時間など、制限時間付きの不眠耐久レースです。
睡眠時間を削ることは、命を削ることと等しい行為なのです。
睡眠時間を削らなくても、時間をつくる手段はたくさんあります。
気づかないうちに余計なことをたくさんしているので、それらを削っていけば、自然と時間はできます。
「周りに迷惑がかかる」「先方に迷惑がかかる」という考えにとらわれすぎないことです。
睡眠時間を削るのは最後の手段です。
健康と生命に関わる手段ですから、安易に手を出してはいけません。
大事な睡眠時間だけは、死守することが必要なのです。
何事も最初から飛ばさないようにしましょう。
勉強でも仕事でもスポーツでも何でもそうです。
そのときは調子が良いように感じて「いける!」と思うときがあります。
そんなときはアクセル全開のハイペースのまま最後までいけそうに思えます。
無限にパワーが湧き出るような感覚があり、いつまでも超スピードを維持できるような気がするのです。
しかし、現実は違います。
最初から飛ばすと、しばらくして必ず息切れを起こします。
大きな疲労の波がどっと押し寄せ、まともなパフォーマンスを発揮できなくなります。
本来の実力を発揮できず、中途半端な結果となるのです。
マラソンと同じです。
最初から実力を上回るペースで飛ばすと、ろくなことになりません。
有酸素運動ではなく、無酸素運動になります。
途中で息切れを起こし、強烈な疲労に襲われ、パフォーマンスがぐっと下がります。
普段のペースより遅くなってしまい、ぼろぼろの結果となるのです。
人間はロボットではありません。
動いたら疲れるし、飛ばすと息切れを起こします。
実力を無視してぐいぐい飛ばしすぎると、必ずあとから強烈な疲労に襲われ、倒れそうなほどきつくなります。
最悪の場合、途中棄権となる可能性もあるのです。
大切なのはマイペースです。
「今日は調子がいい!」と思っても、油断は禁物です。
飛ばしすぎには注意して、普段と同じペースを死守しましょう。
無限にパワーが湧き出るように感じられるのは、高揚感による錯覚です。
自分をコントロールして、マイペースを死守することが大切です。
普段通りに動くから、普段通りのパフォーマンスを発揮できるのです。
長期的な仕事は、ペース配分がうまくいってこそ、乗り越えられます。
飛ばしたくても飛ばさないことも、自己コントロールの1つです。
キャンセルの電話連絡を、事情もなく他人に代行させる人がいます。
ホテルやレストランの予約をキャンセルするとき、他人に代行してもらいます。
レッスンやクリニックの予約をキャンセルするとき、他人に代行してもらいます。
親や友人など、身近な人にお願いするのです。
キャンセルのお願いで電話するのは心苦しいもの。
「恥ずかしい」「申し訳ない」といった気持ちがあって、電話番号を押す手が震えます。
心理的な抵抗があって、できれば誰かにキャンセルしてもらいたいという人も多いのではないでしょうか。
だからといって、安易に他人に代行させるのは要注意です。
先方からすると、本人以外からのキャンセル連絡は違和感を覚えます。
「本人から連絡できない事情は何だろう?」と思います。
代理人の場合、確認が必要になることもあります。
ところによっては、本人以外からのキャンセルは受付が難しいところもあります。
もちろんどうしても本人からできない事情があります。
事故・入院・体調不良など、やむを得ない事情があるなら別ですが、そうでないなら、できるだけ本人から直接連絡を入れたい。
「申し訳ない」「恥ずかしい」など感じるかもしれませんが、考えすぎです。
キャンセルは日常でよくあることです。
珍しいことでもありません。
お店やクリニックとしても慣れています。
そもそも無断キャンセルに比べれば、はるかに好印象です。
キャンセルの電話連絡をすると空きができ、空きができれば他のお客さんを受け入れられます。
キャンセルするとき「申し訳ございません」と丁寧に謝れば、快く了承してくれます。
叱られることも文句を言われることもないので安心してください。
それどころか「またの機会をお待ちしております」と、優しい言葉をかけてもらえることもあります。
早めに連絡を入れれば、キャンセル料がかかることもありません。
キャンセル料がかかるとしても、きちんと支払えばいいことです。
抵抗があるとしても、勇気を出して連絡するのがいい。
キャンセルの電話連絡は、事情がないかぎり、本人が行うのがマナーです。
夢を語るのが大好きな人がいます。
「私にはこんな夢があります!」
「将来は○○になりたいです!」
「いつか○○を叶えたいです!」
声高に夢を熱く語る人は少なくありません。
夢を語ることには、一種の高揚感と満足感があります。
誰かにたっぷり自分の夢を聞いてもらうと、それだけ嬉しくて舞い上がり、満足してしまいます。
話しているうちに頭の中でどんどんイメージが膨らんでいき、まだ叶えていないのに、すでに叶えたかのような錯覚を覚えるのです。
ここに注意があります。
夢を語ることにも、時間とエネルギーが必要です。
たくさん語れば語るほど、高揚感や満足感が得られて気持ちいいですが、そのぶん時間とエネルギーが使われます。
夢を語りすぎると、貴重な時間とエネルギーが消費されるばかりとなる。
夢を語ることに時間とエネルギーを使い、そこで満足を得ていては、肝心の行動に回す時間とエネルギーがなくなるのです。
夢を語るのはいいのですが、語ることに満足して何もしなくなっては意味がありません。
夢を叶えるために必要なのは、一にも二にも、行動です。
行動しかありません。
実際に具体的なアクションを起こすことが必要です。
極論すると、行動さえできているなら、夢を語る必要もないのです。
夢を語る暇があれば、行動しましょう。
有限で貴重な時間とエネルギーは、夢を語るより、行動に充てるのが得策です。
1つでもいいので、今すぐ夢につながることをしましょう。
やるべきことを前倒しすれば、それだけ早く夢が叶います。
行動だけが、夢を叶える、唯一の方法なのです。
年に一度の大セールといえば、ブラックフライデーです。
割引率が大きいうえ、日用品・家電・ファッションなど、規模が大きいことも特徴です。
大幅な割引があると、財布のひもも緩くなります。
「今がチャンス!」「早い者勝ち!」と言わんばかりに、まとめ買いする人もいるでしょう。
思いきって1年分を買いだめする人もいるかもしれません。
普段より安いのですから、逃さない手はありません。
日常の消耗品や愛飲している缶コーヒーなど、必要とわかっているものなら、この機会にまとめ買いするのも悪くありません。
まとめ買いをすると出費は大きくなりますが、大幅な割引で購入できるため、トータルで見ると安くなります。
「計画的なまとめ買いは賢い買い物」といえるのです。
さて、セールで買い物をするのはいいのですが、ここでよくある落とし穴があります。
必要なものだけ買うつもりが、つい余計なものまで買ってしまうことです。
「3つ買ったら、4つや5つ買うのも同じことだ」
そう思い、一気に財布のひもが緩みます。
一度財布のひもが緩んだら、心理的にほかのものまで買いやすくなるものです。
買い物に勢いがついてしまい、次から次へと購入してしまう。
初めは買うつもりのなかったものまで買ってしまいます。
お目当ての商品はすでに購入済みなのに「せっかくだから」と、余計なものまで買ってしまうのです。
そして後で冷静になったとき「しまった、買いすぎてしまった」「この買い物は余計だったね」と気づきます。
余計な買い物で無駄遣いをしてしまったことを悔やむのです。
こうした「買い物の勢い」には気をつけてください。
仕事で調子に乗るのはいいのですが、買い物で調子に乗るのは要注意です。
いったん財布のひもが緩むと、歯止めが利かなくなります。
特に普段節約を頑張っている人は、我慢の反動も相まって、なおさら買い物欲求が爆発しやすい。
節約の原則は「欲しいものは買わない。必要なものを買う」です。
せっかくセールで安く購入できても、無駄な買い物をしてしまったら、かえって高くつきます。
節約のつもりが、すっかり無駄遣いになっているのです。
こうしたことが起こらないためには、どうすればいいのでしょうか。
おすすめの工夫の1つが「チェックリストの作成」です。
セール前にチェックリストを作成し、リストに載っているものだけを買います。
リスト以外で追加購入したいものが出てきたときは「本当に必要なのか」「勢いに流されていないか」と自問したうえで判断します。
チェックリストに「いつ使うのか」「どのくらい必要なのか」なども書き込みます。
紙に書き出すことで、買い物計画を冷静に捉えられるのです。
椅子に座っていてちょっと疲れたとき、足を組むことがあります。
足を組むのはいいのです。
ちょっとくらいならOKです。
座ったまま、ずっと同じ姿勢でいるのも疲れます。
長時間となると血行を悪くしたり自律神経を圧迫したりなど健康によくありませんが、ほどほどなら問題ありません。
足を組むと、いつもと違った姿勢になります。
筋肉の緊張がほぐれたり体の疲れが和らいだりできて、リフレッシュやリラックスに効果的です。
足を組むと、クールな印象もプラスされ、いつもと違った自分を演出できるでしょう。
ときどき姿勢を変えたくて、足を組むこともあるのではないでしょうか。
しかし、足を組むのはいいのですが、注意したいことがあります。
足の裏を見せるのは良くありません。
ときどき足の裏を見せる姿勢で、足を組んでいる人をみかけます。
本人は楽な姿勢で快適かもしれませんが、足の裏を見せられている側にとっては気持ち良くありません。
靴の裏は本来、汚れていて汚いところです。
砂や泥がついていて不衛生な部分です。
靴を履いてトイレの中を歩くこともあります。
そんな汚れた靴の裏を人に見せるのは、非常に見苦しくてかっこ悪いことです。
汚れているところを人に向けると、不快感を与えます。
自分は良くても、見る人にとってストレスです。
ちょっとした拍子で足の裏が隣の人に触れて、迷惑をかけることも考えられます。
モデルや俳優が、足を組んでいる姿を見かけることがありますが、彼ら彼女らは足の裏を見せることはありません。
足の裏を見せることは、見る人に不快感を与え、自分の品位まで落としてしまうことをよく知っています。
人に見られる仕事をしているプロは、足を組むことはあっても、足の裏だけ絶対見せないのです。
足を組むことがあれば、足の裏を見せる姿勢になっていないか振り返ってみてください。
特に公共の場では厳禁です。
心当たりがあれば注意しましょう。
話がこじれることがあります。
早く話をつけたいところですが、なかなかまとまりません。
そのまま話を続けると、ますますこじれていくばかりです。
話の糸がもつれて仕方ないときがあるものです。
話がこじれたときはどうするか。
原点に返ることです。
話がこじれたときは往々にして原点からそれています。
いつの間にか話がねじれたり、変な方向に進んでいたり、論点がすり替わっていたりしています。
お互いの認識にずれが生じている状態では、どれだけ話し合っても合意には至りません。
話がこじれたときこそ、原点に返ることが大事なのです。
たとえば、進学のことで親と話がこじれたときは、原点に返りましょう。
将来就きたい仕事のために進学するのか、選択肢を増やすために進学をするのか、ただなんとなく進学したいのか。
「何のために進学するのか」という原点に返ると、話がまとまりやすくなります。
交渉で話がこじれたときも、原点に返りましょう。
金額についての交渉なのか、環境改善についての交渉なのか、誰のための交渉なのか。
「何のための交渉だろうか」と思い出すと、霧が晴れて、話がすんなりまとまります。
原点に返れば、たいていはうまくいくものです。
もつれていた糸がほどけ、話がまとまりやすくなるのです。
世の中には優しい人がいます。
本当に優しくて、何でも寛大に接してくれる人がいるものですね。
優しい人がいると、自然と気持ちが緩みます。
「あの人は優しいから、きっと許してくれる。どんな話も快く聞いてくれる。急な仕事も引き受けてくれる」
優しい人には、つい甘えてしまいますね。
無理を言ったり、あれこれお願いしたりしがちです。
しかし、優しい人だからといって、何でもOKしてくれるとは限りません。
優しい人も、やはり人間です。
嫌なことがあればむっとします。
「仏の顔も三度」という言葉があります。
どれだけ温和な人でも、何度も無法なことをされると、怒り出すという意味です。
我慢にも限界があります。
自分の能力を超える仕事は処理できません。
あの人は優しいといって、どんな話も快く聞いてくれるとは限りません。
優しい人でも、疲れていることがあります。
聞きたくない話もあります。
優しい人だからといって、どんな仕事でも引き受けてくれるとは限りません。
快諾してくれるかもしれませんが、心の内はわかりません。
実際は「嫌だなあ」「やりたくないなあ」と思いながら引き受けていることがあります。
快い返事をしてくれたとしても、やはり負担をかけていることに代わりありません。
優しい人は、普通の人より心が広い大きいというだけであって、心が無限に大きいわけではありません。
優しい人だからといって、何でも許してくれる、何でも引き受けてくれると思うのは要注意。
その人との人間関係にひびが入るかもしれません。
優しい人も人間です。
限界があるし、心も無限に大きいわけでもありません。
優しい人は、不快な態度や表情を表に出さないのが上手なだけかもしれません。
迷惑をかけることがあれば、許してもらえて当然と思わず、きちんと頭を下げて謝りましょう。
話を長々聞いてもらったときも、急な仕事をお願いしたときも、あとからしっかりお礼をしましょう。
優しい人だからといって、甘えすぎないことが大切なのです。
大きな口を開けてあくびをしている人を見かけます。
あくびが出るのはいいのです。
人間の自然な生理現象の1つです。
睡眠不足のときや退屈を感じているときは、ついあくびが出てしまうものですね。
誰でもあくびは出るし、あくびをしたことがない人はいません。
あくびをしている人がいれば「寝不足なのかな」「退屈なのかな」と思うものです。
注目なのは「あくびのとき、どんなしぐさを見せているか」です。
のどちんこが見えてしまうほど大きく口を開けているなら、要注意です。
笑うとき白い歯を見せるのと、あくびでのどちんこを見せるのとでは、同じ「口の中」でも、意味も印象もまったく異なります。
「会議中や上司の前であくびを見せるのは良くない」というのは言うまでもありませんが、それだけではありません。
相手から見ると、どんな印象を受けるでしょうか。
やや品位を欠いた印象を与えることもあるでしょう。
表情や口の開け方によっては、ユーモラスに見えることもあります。
友人の前で大きなあくびを見せると「あなたといるのは退屈」「つまらない」「早く帰りたい」という印象を与えるかもしれません。
人によっては、不快な印象を受けることもあるでしょう。
口の中には、食べかすが残っていたり、歯石や歯垢が見えたりすることもあります。
あくびのとき、それらが相手の視界に入ってしまうと、印象をさらに悪くする原因になります。
こうしたことから、あくびをするときは、手で口を覆うのがマナーです。
自然な生理現象とはいえ、せめて隠すしぐさくらいは心がけておくのがいいでしょう。
人を不快にさせないための、小さな気遣いです。
あくびが出るのは仕方ありませんが、少しでも品のあるしぐさを心がけるのが望ましい。
少しでも注意するだけで、余計なイメージダウンを避けられます。
きちんと手で覆うしぐさを見せることで、かえって好印象につながることもあるのです。
「今日、誰からも挨拶されなかった」と言う人がいます。
みんな、自分のことを無視しました。
こちらの存在には気づいてはいるものの、声をかけられることはありませんでした。
すれ違ったものの、挨拶の一言がありませんでした。
周りから挨拶されなかったのは、単純な理由です。
自分から挨拶しなかったからです。
「挨拶されたら挨拶する」という姿勢になっています。
それではいけないのです。
受け身の姿勢では挨拶されなくて当然です。
前々からそういう姿勢をしているので、周りの人は「声をかけられたくないのかな」と察して、挨拶してこないのです。
「まずこちらから挨拶する」という姿勢が正解です。
とにかくこちらからどんどん積極的に挨拶していくのです。
友人や先生にも、会ったら、こちらから率先して挨拶しましょう。
部下・同僚・上司にも、行きつけの店員さんにも、会ったらすぐさまこちらから挨拶しましょう。
相手が視界に入ったら、すぐ声をかけます。
こちらから挨拶すれば、向こうも挨拶を返してくれます。
それだけのことです。
挨拶は、して減るものではないのですから、どんどん声をかけるのがいいのです。
たくさん挨拶されたいなら、たくさん挨拶しましょう。
笑顔で挨拶されたいなら、笑顔で挨拶しましょう。
ときどき挨拶が返ってこないこともあるかもしれません。
気にすることなく、どしどし挨拶を続けましょう。
人間関係には鏡の法則が働いています。
挨拶は人間関係の潤滑油なので、よく挨拶する人は必ず人付き合いに恵まれるのです。
「空気を読む」
そう聞いたとき、どんな振る舞いをイメージするでしょうか。
「空気を読むこと=周りに同調すること」と思っている人がいます。
これは違うのです。
たしかに場の空気を壊さないよう心がけることは大切です。
だからといって「とにかく周りに同調すればいい」という意味ではありません。
空気を読むことを、何も考えず周りに同調することだと誤解していると、思わぬ落とし穴にはまります。
自分の考えが二の次となり「右へならえ」が癖になります。
周りに同調することが正しい生き方のように感じられ、気づくと「周りに流される人」になっているのです。
これは危険です。
「空気を読む」とはどういうことなのか。
主な意味としては、その場の雰囲気から状況を察することをいいます。
しかし、それだけではありません。
状況を察したうえで、その場で自分がすべきことや相手のしてほしいことなどを推測・判断して、行動に移すことをいいます。
そこには、きちんとした「自分軸」があって「自分で考える」というプロセスがあるのです。
空気を読んで状況を察することは大事なことですが、くれぐれも思考停止で周りに同調することだけはないよう注意してください。
同調圧力があったしても、自分の意に反することなら、正直に伝えることも必要です。
「私は結構です」
「それはどうでしょうか」
「私は違った意見があります」
時には同調しない意見が大切になることもあります。
空気を読むのが上手な人は、自分軸を持ちつつも、周りに合わせています。
周りが「イエス」と答える状況だとしても、自分は違うと感じたら、勇気を出して「ノー」を言うことも必要なのです。
「眠くても大丈夫です。コーヒーを飲めばいいですから」と言う人がいます。
コーヒーには覚醒作用のある「カフェイン」が含まれています。
睡眠不足で眠くても、コーヒーをがぶがぶ飲めば、眠気が吹き飛びます。
強い眠気があるときは、1日に何杯もコーヒーを飲む人もいるかもしれません。
睡眠不足でも、カフェインの力を頼れば、眠気が抑えられるのです。
しかし、ここで大切なことに気づいてください。
「カフェインで眠気を解消できても、睡眠不足までは解消されていない」ということです。
たしかにカフェインには覚醒作用がありますが、あくまで「ごまかし」にすぎません。
眠気が消えても、睡眠不足は改善されていないのです。
コーヒーを飲んで眠気が消えれば、睡眠不足も解消されたように感じますが、実際は「眠気を感じなくなっている」だけのこと。
睡眠不足の根本解決にはなっていないのです。
このことに気づかないまま、毎回コーヒーで眠気をごまかしていると、睡眠負債を抱えることになります。
「眠気はなくても、きちんと頭が回らない」という不調に悩まされるでしょう。
慢性的な睡眠不足は、認知症の発症リスクを高めるという研究結果もあります。
脳に悪影響が蓄積され、健康にも良くありません。
睡眠不足を解消するには、結局のところ、寝るしかないのです。
裏技のような方法はなく、十分な睡眠を取ることに尽きます。
健康維持に必要な睡眠時間は「7時間から8時間30分」と言われています。
睡眠不足を解消するのに必要なのは、カフェインではなく、睡眠なのです。
勇気とは何か。
恐れないで立ち向かっていく、強い気力のことをいいます。
勇気が必要なことといえば、どんなことが思い浮かぶでしょうか。
新しいお店に入ること、知らない人に声をかけること、初めての仕事や難しい仕事にチャレンジすること。
どれも勇気が必要ですね。
思いきって髪型を変えたり、今まで着たことのない服を着てみたりすることも、勇気が必要なことの1つといえるでしょう。
勇気が必要なことは、思いきって一歩前に踏み出すイメージがあるのではないでしょうか。
日頃から勇気が必要なことにチャレンジすることで勇気が鍛えられます。
もちろんどれも勇気が必要なアクションですが、ほかにも「勇気がある」と呼べる、意外なアクションがあります。
「助けを求めること」です。
勇気とは真逆のイメージがあるかもしれませんが、誤解です。
助けを求めることも、勇気のある行動です。
助けを求めるには、自分の弱さや力不足をさらけ出す必要があります。
「情けない」「かっこ悪い」と思われ、恥をかいたり批判されたりする可能性もあります。
自分の評価がぐっと下がる可能性を受け入れなければなりません。
これは勇気がないとできないことです。
したがって、助けを求められれば「勇気がある」ということになります。
1人で黙々と頑張っていれば、そのうち誰かが心配して、助けの手を差し伸べてくれると思いがちです。
残念ながら、その望みは薄いでしょう。
みんな見て見ぬふりをするのが現実です。
こちらから声を上げないと、周りから手を差し伸べてくれることはありません。
1人の限界を感じたときは、素直に助けを求めてください。
仕事をたくさん抱え込んでいたり、1人では解決が困難だったりしたときは、助けを求めましょう。
限界になってから助けを求めるのではなく、限界になる前に助けを求めることも、大事なポイントです。
助けを求めるのは、悪いことでも恥ずかしいことでもありません。
困っているときに助けを求めるのは、人として当然のことです。
自分一人ではどうしようもないときは、素直に助けを求めるのがベストです。
勇気のある人になりたいなら、助けを求められるようになりましょう。
助けを求めるのは、弱いことではなく、強いことです。
助けを求めることはネガティブなことと思われがちですが、勇気を鍛えるトレーニングとして有効です。
行き詰まっていた仕事がうまく進みます。
助けを求めることも、勇気の1つであることに気づきましょう。
助けを求められれば、勇気のある行動をしたことになります。
「列に割り込む」
「電車内で通話する」
「映画の上映中にスマホをいじる」
「店内が混んでいるのに長居する」
「高齢者や妊婦がいるにもかかわらず、電車の優先席に座り続ける」
そんなとき「法に触れていないから大丈夫」と主張する人がいます。
こういう人は「法律に違反していない限り、何をやってもかまわない」と考えています。
一見すると正論のように聞こえますが、ここに落とし穴があります。
たしかにそれを規制する法律がなければ、罪に問われることはないでしょう。
注意を受けることはあっても、逮捕されることはありません。
しかし、法に触れていないからといって、何をしてもいいわけではありません。
法的に問題はなくても、やはり人を不快にさせたり迷惑になったりする行為には注意が必要です。
これはマナーやモラルの問題です。
世の中には、法律はなくても、最低限守らなければいけないマナーや、社会人として守るべきモラルがあります。
マナーやモラルに問題があることは、やはり避けておくべきです。
法に触れていないからといって、そのまま続けていると、周囲から「困った人」として見られ、大きな反感を買うことになります。
結果として、トラブルに発展する可能性もあるのです。
私たちの社会は、多くの人で成り立っています。
自分は良くても、人の迷惑になることは、遅かれ早かれトラブルになります。
「自分のしていることは、人の迷惑になっていないか」と、客観的に考える目を持ちましょう。
「自分がそれをされたとき、どう思うか、どう感じるか」と考えると、良しあしの判断がしやすくなります。
マナーやモラルに反することは、たとえ法に触れていなくても、控えておくのが賢明です。
社会人になって人付き合いが増えると、贈り物をいただく機会も多くなります。
贈り物をいただいたら、お返しをするのがマナーです。
デパートに足を運び、品物選びに迷うこともあるでしょう。
魅力的な商品がたくさんあると、どれにしようかなと思うものですね。
ここで注意したいのは「品物のランク」です。
贈り物をいただくと、嬉しい気持ちから奮発したくなるかもしれませんが、注意が必要です。
あまりに高額なものを贈ると、相手に気を遣わせてしまいます。
「こんなに高価なものをもらって申し訳ない」とストレスを感じ、次回から贈りにくくなることもあります。
せっかくの奮発が、裏目に出ることがあるのです。
逆に安く済ませてしまうと「ケチったな」と思われることになりかねません。
悪気はなくても、思わぬ誤解を招くことがあるのです。
こうした誤解を防ぐためにも、お返しの品物は、相手の好みの範囲から同等額のものを選ぶのが基本です。
1,000円のプレゼントをもらったら、1,000円程度のものでお返しをします。
3,000円のプレゼントをもらったら、3,000円程度のものでお返しをします。
金額に多少の差が出ることもありますが、できるだけ同じ程度にすることが大切です。
損も得もないように見えますが、そもそも贈り物は「品物を通して気持ちを伝える」という考え方です。
金額としてはプラスマイナスゼロでも、そこには「気持ちのやりとり」があります。
贈り物のやりとりを通して、相手とのつながりをいっそう深められるのです。
ただし、例外もあります。
立場が異なる相手の場合、金額に少し差をつけて贈るのもかまいません。
たとえば、自分のほうが高い立場であれば、感謝の気持ちを込めて、少し奮発してお返しをするのも良いでしょう。
逆に自分のほうが低い立場であれば、相手を立てる意味で、少し控えめな金額でお返しをするのも悪くありません。
金額に差をつけすぎず、小さな差にとどめておくことが大切です。
「責任者を出せ」と言う人がいます。
これは新人さんとのやりとりのときに起こりがちです。
質問をしても「確認します」と奥に引っ込んで戻ってきます。
もう一度質問すると、再び「確認します」と奥に引っ込んで戻ってきます。
もどかしいやりとりが続くと「この人ではダメだ。話にならない」ということで「責任者を出せ」と言うのです。
これは良くありません。
相手に失礼です。
「責任者を出せ」は「あなたは頼りない、仕事ができない人間だ」と言っているのと同じです。
頼りにされていないと感じた相手はショックを受けます。
言い方によっては心に傷を負うことにもなりかねません。
新人さんでも、きちんとリスペクトして接することが大切です。
もどかしいやりとりが続くかもしれませんが、心を大にして根気よく続けたい。
そして最後まで向き合いたい。
「確認します」と奥に引っ込んで戻ってくるやりとりが何回が続くかもしれませんが、それだけのことです。
時間はかかりますが、きちんと確認してくれます。
別に仕事をサボっているわけでもなく、むしろ一生懸命です。
「新人を育てている」という感覚で接していけばいいのです。
最後まで相手と向き合う姿勢を見せることで、教育にもなり「あなたをリスペクトしています」というメッセージも伝えられます。
新人では対処しきれないケースもあるかもしれません。
そんなときは、こちらからお願いしなくても、責任者が出てきます。
「責任者を出せ」の一言は不要なのです。
コインパーキングでは「1日最大○○円」と書かれた看板を目にすることがあります。
たとえば「1日最大1,000円」と書かれたコインパーキングがあり、帰省や旅行の都合で3日間駐車したい状況があるとします。
普通に考えると、3日間駐車すれば「3,000円」という計算です。
しかし、うのみにするのは要注意です。
実際はもっと高額な駐車料金を請求されるケースが少なくありません。
こういうとき、よく見かけるのが「駐車後24時間まで」「繰り返し適用なし」といった条件です。
「1日最大1,000円」は、あくまで駐車後24時間までの場合であり、繰り返し適用されるわけではないのです。
多くの場合、看板に小さな文字で書かれていて、一目ではわかりにくいものです。
うっかりしていると見落としがちです。
この文言に気づかないまま「1日1,000円」の単純計算で考えると、あとから高額請求され、あたふたすることになるのです。
こうした事態を防ぐためにも、日頃から小さな文字をチェックする癖をつけておくことです。
大きな文字だけを見て判断することほど危険なことはありません。
注意すべき情報ほど、小さな文字で書かれていることが多い。
小さな文字は読みにくいものですが、そこを面倒がってスルーすると、あとから痛い目に遭います。
「小さな文字もしっかりチェックしよう!」と、日頃から強く意識するだけでも変わります。
面倒に感じるときは、ゲーム感覚になってみてください。
「小さな文字をチェックするゲーム」と思えば、楽しい気持ちで取り組めるのではないでしょうか。
小さな文字にもしっかり目を向ける人が、トラブルを防ぐのです。
ビジネスの場で使えない言葉は、プライベートの場でも使わないほうがいいのです。
うっかり口が滑るときがあるからです。
口癖は怖い。
普段の口癖は無意識に出てしまうものです。
「注意すればいいだけ」と思うかもしれませんが、実際はどうでしょうか。
やはり人間です。
ヒューマンエラーは、ゼロに近づけることはできても、ゼロすることはできません。
どれだけ注意しても、人間であるかぎり不注意があり、つい口にしてしまうのです。
たとえば、おいしくない食事を口にしたとき「くそまずい」という口癖があるとします。
もちろんビジネスの場では不適切な言葉です。
身内や友達同士などプライベートの場で使う分には問題なくても、ビジネスの場では完全にアウト。
油断したとき、うっかり口に出るのです。
会社の懇親会や送別会のとき、アルコールが入ると、制御を困難にします。
そんなとき、うっかり口が滑って「くそまずい」と言ってしまう。
同席している上司が顔色を変えるのです。
デリカシーのない言葉にも注意が必要です。
子どものことを「ガキ」と呼ぶのは乱暴です。
男性や女性のことを「オス」「メス」と表現するのもNGです。
これにどきっとしない人は、デリカシーがないのです。
しかし、普段から口癖になっていると、ビジネスの場でもうっかり口にしてしまうことがあります。
気が緩んでいると、うっかり口にして、赤恥をかくことになるでしょう。
デリカシーがないと判断され、思わぬ評価ダウンにつながるのです。
差別的な言葉にも注意したい。
「片親」「知恵遅れ」というのも良くない言葉です。
差別的な言葉であり、もちろんビジネスの場では使えません。
何かの拍子で口にした瞬間、社内の空気が一変します。
該当する人が、社内にいるかもしれません。
「片親」という言葉は「ひとり親」「父子家庭」「母子家庭」と言い換えるのが適切です。
「知恵遅れ」という言葉は「知的障害」「知的発達の遅れた人」と言い換えるのがいいでしょう。
人間ですから、必ずうっかりがあります。
普段口癖になっていることは、いくらビジネスの場で注意しても、何かの拍子でうっかり口に出ます。
たとえば、お酒が入っているとき、ストレスを感じているとき、感情的になっているときは、うっかりが起こりやすい。
同僚相手ならまだしも、上司や取引先の前で口にしてしまうと大変です。
一瞬で評価が落ちてしまいます。
自分では悪気がなくても、暴言や差別として受け止められかねません。
ビジネスに思わぬ影響を及ぼす可能性もゼロではありません。
ビジネスの場で使えないような言葉は、そもそもプライベートの場でも使わないのが賢明です。
普段からできるだけきれいな言葉を使うのがいちばんです。
普段からきれいな言葉を口癖にしておけば、ビジネスの場でうっかりがあっても安心です。
油断があっても、きれいな言葉が出るのです。
心を落ち着かせるために、まず大切な前提があります。
それは、怒りを感じている自分を認めることです。
人から「怒ってる?」と聞かれ「怒ってない!」と否定する人がいます。
その時点ですでに怒っていることがわかります。
お酒でふらふらになっている人に「酔っている?」と聞いたとき「酔ってない」と否定する人がいますが、それと同じです。
なかなか素直に認めない人もいます。
否定することで、ますます怒りが燃え上がります。
少しでも早く落ち着きたいなら、まず怒りを感じている自分を認めることです。
認めさえすれば、落ち着くための対処ができます。
深呼吸をしたり、水を飲んだり、外の空気を吸ったりできるのです。
しかし、怒りを感じている自分を認めないと、対処法があっても着手できません。
怒りを放置することになります。
対処をしないから、なかなか怒りが収まらず、長引いてしまうのです。
思わぬトラブルを起こしてしまう可能性もゼロではありません。
怒りを感じている自分を認めさえできれば、対処もできます。
怒っているなら、素直に認めたほうがいいのです。
人生では「ダウンすること」があります。
病気や過労などの原因で、ぱたりと倒れてしまうのです。
ダウンしたときは、どうしますか。
ダウンしたときは、しっかり休むことが大切です。
少し疲れたり、軽く落ち込んだりしたときなら、小さな休憩でもすく回復します。
しかし、ダウンという状況は、少し疲れたり軽く落ち込んだりするのとはレベルが違います。
ダウンは一大事です。
ダウンは、大きなストレスにつぶされた状況のとき起こります。
すぐ回復したくても、それは無理な注文です。
たっぷり療養することが必要になり、きちんと回復するまでに長い時間がかかります。
足の骨折をイメージしてください。
足を骨折したら、すぐ治りません。
しばらく安静にすることが必要です。
完治まで長い時間がかかり、数週間から数カ月はかかります。
足にギプスをはめて、移動するときは車椅子を使うか、松葉づえを使って歩くことになるでしょう。
回復を急ぐとかえって悪化させてしまい、完治が遠のいてしまう恐れがあります。
足が骨折したときは、無理をせず、しっかり療養することが必要です。
ダウンするのも同じことです。
すぐ回復したいところですが、ダウンするのは一大事のため、なかなか難しいのが現実です。
緊急性も高く、今すぐ療養が必要です。
回復を急ぐと、かえって悪化させてしまい、完治が遠のいてしまう恐れがあります。
ダウンしたときは、しばらく安静にしましょう。
立ち直るまでに長い時間がかかることを受け入れます。
ダウンしたときは、わがままを言ってもOKです。
仕事が止まってしまい気になるかもしれませんが、自分がダウンしているとき考えないことが大切です。
甘えられることは甘えて、自分は療養に専念しましょう。
急がず焦らず、ゆっくり時間をかけて回復させていきましょう。
ダウンしたときは、しっかり休むことが必要なのです。
謝る場面で、的外れな返事をする人がいます。
「ご指摘ありがとうございます」です。
たとえば、お客さまからクレームを言われたとき「ご指摘ありがとうございます」と感謝する。
上司から仕事上のミスを指摘されたとき「ご指摘ありがとうございます」と感謝する。
一見すると良いことのように思えます。
貴重な指摘を重く受け止め、誠実な対応をしているように思えます。
きちんと感謝もしているため問題ないように思えますが、要注意です。
この対応は良くありません。
相手をますます不快にさせる可能性が高いからです。
あらためて考えると、失礼な光景です。
自分の不手際で相手に迷惑をかけているにもかかわらず、素直に謝っていません。
謝るどころか感謝の言葉でごまかしています。
結局のところ、謝罪から逃げているだけです。
相手はこう思っています。
「感謝の言葉なんて聞きたくない。まずきちんと謝ってほしい。話はそれからだ」と。
謝る場面で感謝の言葉を述べるのは、お門違いです。
謝ることから逃げていると感じた相手は、むっとします。
相手は「そこは、お礼を言うところではなくて、謝るところだろ」とますます不快になるのです。
こういう人に限って、同じミスや失敗を何度も繰り返します。
素直に反省していないため改善もされず、しばらく経ってから同じ過ちを繰り返します。
問題が改善されないことにうんざりした相手は「もういいよ」と突き放すことになる。
人間関係に致命的な亀裂を生むのです。
こうした対応に心当たりがあれば、十分注意してください。
感謝は大切ですが、何でも感謝の言葉で済ませないことです。
感謝の言葉は有効範囲が広く、謝罪の場面でも、それなりの体裁で使えてしまうため注意が必要です。
間違いを指摘されたときは、どう対応するのが適切なのか。
まず素直に謝ることです。
謝る場面では、感謝の言葉ではなく、まず謝罪の言葉を述べましょう。
回りくどい表現を使わず、ストレートに謝ることが大切です。
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
「大変失礼いたしました」
そうすれば、相手の興奮が収まるのも早くなります。
素直に謝ると反省できるので、自分の成長にもつながります。
どうしても指摘に対する感謝を言いたいなら、謝った後に述べることです。
「申し訳ございません」と謝った後、最後に「ご指摘ありがとうございます」と締めくくるなら、悪い気はしません。
感謝の言葉が前後するだけで、これほど印象が変わるのです。
豊かな時代になり、さまざまなものがレンタルできるようになりました。
本やDVDのレンタルは基本ですが、その限りではありません。
車、自転車、洋服、着物、スマホ、パソコン、バッグ、スキー用品、キャンプ用品など。
もはやレンタルできないものはないと言っても過言ではありません。
「えっ、こんな商品までレンタルできるの!?」と目を丸くすることがあるでしょう。
無人島やプライベートジェットまでレンタルできるのですから驚かずにはいられません。
レンタル品だからといって雑に扱わないことです。
自分の所有物ではないので、汚れたり傷ついたりしても抵抗がないかもしれません。
「傷がついても私だとばれないだろう」と思いますが、実際はばれています。
レンタル履歴を確認すれば、今まで誰が借りたのか一目でわかります。
返却すると、お店の人は戻ってきたものを入念にチェックします。
以前より傷や汚れが増えていると「雑に扱った」と判断します。
あまりに損傷がひどく修理が不可の場合、弁償や修理費用を請求される可能性もゼロではありません。
レンタル品は、不特定多数の人が借ります。
汚したり傷つけたりして返却すると、持ち主だけでなく次に借りる人にも迷惑がかかります。
想像してみてください。
自分のものを人に貸したとき、汚されたり傷つけられたりして返却されると、不快感を覚えるでしょう。
たとえばれなくても、丁寧に扱うことが欠かせません。
レンタル品とはいえ、お店の商品です。
一時的に使用権を得ているだけであり、自分のものではありません。
自分のものは丁寧に扱うが、他人のものは雑に扱う姿勢は良くありません。
それは自己中心的な考え方になっている証拠です。
本でもDVDも車でも、レンタルしているものは最終的に返却が必要ですから大事に扱うことが欠かせません。
友人から借りた本も、借りたときと同じきれいな状態で返却することです。
自分のものでなくても、自分のもののように丁寧に扱いましょう。
できるだけ借りたときと同じくらいきれいな状態を心がけたい。
使用感が出るのは仕方ありませんが、傷や汚れを減らす努力ならできるはずです。
自分の所有物でないからこそ、迷惑をかけないように注意が必要です。
レンタル品を丁寧に扱う人は、ほかのことにも丁寧です。
自分の持ち物はもちろん、人にも仕事にも丁寧なので、運やチャンスにも恵まれやすくなります。
レンタル品の扱い方が、未来のあなたを決めるのです。
職場環境の良しあしはどこに表れるのでしょうか。
社員の様子に表れます。
社員がいつも元気のない表情をしている職場は、総じて居心地が悪い証拠です。
嫌な空気が漂っていたり、情報の透明性が悪かったり、人間関係がぎすぎすしていたりです。
職場全体が重苦しい雰囲気に包まれています。
職場環境が陰湿だと、自然と社員の様子も元気がなくなります。
エネルギーを奪われる要素が多いので、おのずと社員から覇気が失われるのです。
また過重な仕事や、残業・休日出勤が多いケースも少なくありません。
そうした職場はおのずと社員の定着率も悪く、会社の業績も振るわないものとなります。
自社でも他社でも社員の様子に元気がないなら、注意サインとして考えるのがいいでしょう。
一方、職場環境の良いところは、社員が生き生きしています。
社員同士のやりとりがスムーズで、コミュニケーションも活発です。
明るい挨拶が交わされていて笑顔も多い。
動きがきびきびしていたり、みんな明るい表情をしていたりしています。
花が飾られていて、空気もきれいです。
そういう職場は、情報の透明性が高く、人間関係も良好です。
社員は、職場環境を表す鏡です。
社員が覇気のない目をしていたら、その会社はまもなく危ないと考えていいでしょう。
元気のない社員から、高い生産性は生まれないからです。
この法則は、インターン・会社訪問・転職活動のときに役立ちます。
自分の職場に当てはまるなら、転職を検討したほうがいいかもしれません。
仕事で訪問する職場で当てはまるなら、イエローカードと考えていいでしょう。
コミュニケーションにおいて、ついやりがちなNG行為があります。
それは「病気に優劣をつけること」です。
たとえば、Aさんが病気で苦しんでいるとします。
そんなとき、別の病気を患っているBさんが「Aさんの病気なんてまだましだよ。私なんて○○でもっと大変」と言ったとします。
たしかに痛みや不自由さの程度は異なるのかもしれません。
治療の大変さや費用に差があるのも事実です。
しかしそれを理由に病気に優劣をつけるのは不適切です。
「あなたの病気はまだ軽い」「私のほうがつらい」などと言われたら、相手はどう感じるでしょうか。
自分の病気が軽んじられたような気がして、もやもやした気持ちになるはずです。
大げさに騒いでいるかのように受け取られたようで、居心地の悪さすら感じるでしょう。
病気に「良しあし」はありません。
どんな病気でも、本人にとってはつらく、悩みのタネであるのは同じです。
病気に優劣をつけたところで、誰も救われず、誰の心も癒やされません。
たとえ悪気がなかったとしても、相手がどう受け取るか想像し、言葉を選ぶ配慮が必要なのです。
こんなとき、どんな言葉をかけるのがいいのでしょうか。
「お互い頑張りましょう」の一言でいいのです。
明るく前向きな言葉があれば、それで心が通じます。
病気の種類は違っていても、克服を目指して頑張っていることに変わりありません。
明るく前向きな言葉をかけることで、コミュニケーションがスムーズに進みます。
励まし合える関係になれば「病気と闘う仲間」として支え合え、心の支えにもなるでしょう。
勇気や希望も湧いてくるはずです。
お互い前向きな言葉を掛け合うことで、病気の回復を早めることもあります。
奇跡的な回復を起こす可能性もゼロではないのです。
スキー場には、初心者コースから上級者コースまであります。
初心者にもかかわらず、いきなり上級者コースを滑ろうとする人がいます。
「上級コースの難しさを経験してみたい」「上級コースを滑ったほうが、早く上達するだろう」と思っています。
これは大変危険です。
初心者が上級コースにチャレンジしたところで、ろくなことになりません。
難しいコースでスリルを味わいたいのかもしれませんが、その軽はずみな考えがトラブルを招きます。
急な勾配でまともに滑られません。
転んでばかりになり、スキーらしいスキーができません。
上級者の邪魔にもなります。
うまく滑られないせいで「スキーは面白くない」「私に合っていない」と誤解して、スキーが嫌いになるかもしれません。
まともに滑られないので、慣れることも練習することもできません。
まともに滑られず、ひらすら転んでばかりで、達成感は皆無です。
挫折感を味わうだけになるのです。
上級者コースを滑ったほうが早く上達すると思っているなら、大きな誤解です。
スキーは、きちんとステップアップを踏まなければ、身につかないスポーツです。
基本が身についていない状態で上級コースを滑ったところで、まともな練習になりません。
上達が早くなるどころか、かえって遅くなります。
転ぶだけでは終わればまだいいほうです。
打ち所が悪ければ、大けがにつながることがあります。
場合によっては、命に関わることにもなりかねません。
他のスキーヤーとぶつかって相手にけがをさせてしまうこともあります。
初心者が上級者コースに挑むことほど、危険なことはないのです。
初心者なら、素直に初心者コースを選びましょう。
無理をしないことが大切です。
初心者向けのコースでたくさん滑って、基本をしっかり身につけましょう。
初心者コースに慣れてくれば、次に中級者コースです。
中級者コースに慣れて、ようやく上級者コースという順番です。
スキーに限りません。
登山でもハイキングでも同じことがいえます。
自然を相手にしたアクティビティーを軽く見ると、しっぺ返しを食らいます。
自分の身のため、安全のためです。
初心者は、素直に初心者コースから練習していくのが、上達の近道です。
小さなことにこだわるべきか。
それが問題です。
「小さなことにこだわるべきだ」と言う人がいます。
一方「小さなことにこだわらず、大まかにやればいい」と言う人がいます。
それぞれ相反する意見であり、よく意見がぶつかっているところを目にし、なかなか難しい問題に思えます。
どちらが正解なのでしょうか。
これはケース・バイ・ケースです。
ポイントとなるのは「クオリティーとスピードのバランス」です。
たとえば、クオリティー重視の場面であれば、小さなことにこだわる必要があります。
「神は細部に宿る」という言葉もあります。
大きなことはもちろん小さなことも、クオリティーにつながる重要要素です。
たとえ見えないところだとしても、クオリティーの向上につながるなら、小さなことにも目を向け、徹底することが大切です。
一方で、小さなことにこだわらないほうがいい場面もあります。
一般的にはスピード重視の場面です。
クオリティーよりスピードを重視しなければいけない状況なら、小さなことにこだわってはいられません。
小さなことにこだわっていると、いちいちブレーキがかかり、スピードが落ちてしまいます。
たとえば、第1案の提出という場面なら、スピードが重視されます。
ここでもたもたしてはいけないのです。
取引先としては、早く第1案をチェックしたいと考えています。
最初から完璧を求めているわけではなく、まず大まかな形を知りたいのです。
第1案のコメントを第2案に反映させ、第2案のコメントを第3案に反映させます。
そうして案を重ねながら完成に近づけていくのが理想です。
小さなことにこだわるべきか迷ったときは、クオリティーとスピードのどちらを重視しているのか考えてみるといいでしょう。
スピードよりクオリティーを重視する場面なら、小さなことにもこだわります。
クオリティーよりスピードを重視する場面なら、小さなことにはこだわらず、大まかにいきます。
「小さなことにこだわるべきか」という問題は、クオリティーとスピードのバランスに目を向けると、おのずと答えが見えてきます。
就職活動のとき、仕事のイメージで決めようとする人がいます。
「ライブスタッフになりたい。音楽があってにぎやかで楽しそうだから」
「アシスタントディレクターになりたい。有名人を間近で見られるから」
「ウェディングプランナーになりたい。幸せで華やかそうな仕事だから」
テレビや雑誌では、かっこいい姿があったり、楽しそうな様子があったりします。
仕事それぞれにイメージがあり、なかには「楽しそう」「明るそう」「幸せそう」といったイメージを持つ仕事もあるでしょう。
しかし、これは注意が必要です。
表向きはきらきら輝いて見えても、裏側は違います。
どんな仕事でも過酷な世界が広がっていて、ドタバタ劇が繰り広げられています。
その仕事特有の苦労や困難があり、戦いがあります。
薄給だったり、長時間労働が多かったりすることもしばしば。
表向きのきらきらしたイメージとは裏腹に、裏側は戦争のような現場ということも少なくありません。
これはどの仕事でも同じです。
1つの例外もありません。
むしろ表向きのイメージが良い仕事であればあるほど、舞台裏は過酷な世界が広がっていると考えてください。
テレビや雑誌で見るポジティブなイメージを真に受けると、実際にその職に就いてから痛い目に遭います。
ポジティブなイメージが強かっただけに、大きなギャップにショックを受けます。
「イメージと全然違うじゃないか。こんなに大変だとは知らなかった。もうやめたい!」となるのです。
職業を決めることは、人生で最も大切な決断の1つです。
就職活動は、表向きのイメージだけで判断しないのが鉄則です。
時間の許すかぎり、志望企業の情報を集めます。
仕事の表側はもちろん、裏側についてもじっくりチェックしたい。
余裕があれば、OB・OG訪問です。
現場にいる人の声ほど確実なものはありません。
大変ですが、手間をかけるだけの価値があります。
そして「将来自分は何をしたいのか、どうなりたいのか」といった長期的なビジョンを持って決めることが大切です。
長期的なビジョンと重ね合わせて仕事を決めれば、職に就いてから後悔することはなくなります。
行儀の悪い癖は、無意識に出ることがあります。
注意したい1つが「足を使ってしまう癖」です。
手を使うべきところで、足を使ってしまうことはありませんか。
こうした癖に心当たりがあれば要注意です。
かがんだり手を使ったりするのがおっくうなときがあるもの。
そんなとき、つい足を使いがちです。
足を使えば、わざわざ腰を曲げてかがむ必要がないので楽です。
手より足を使ったほうが、手間がかからず、スピーディーにできることが多いもの。
周りに見ている人がいないと、なおさら気持ちも緩みがちです。
そのため日頃からつい足を使うことが増え、いつの間にか癖になっていることがあります。
しかし、いくら楽とはいえ、違和感を覚えるところです。
手を使うべきところで足を使うのは、行儀が良いと言いがたいことです。
自分にとって楽でも、人が見たとき、品のない印象を受けるでしょう。
知らず知らずのうちに自分の品格を下げてしまうのです。
手を使うべきところは、きちんと手を使いましょう。
床にあるものを拾うときは、きちんとかがんで手を使います。
半開きのドアを閉めるときは、きちんと手を使います。
扇風機のスイッチを押すときも、きちんとかがんで手で操作します。
かがむ必要があって少しおっくうかもしれませんが、ここはきちんとしたい瞬間です。
足を使いたい衝動に駆られても、ぐっと抑え、手を使うべきところは、きちんと手を使いたい。
難しいことではありません。
当たり前のことを当たり前にするだけです。
癖になっているなら、今すぐ直しましょう。
癖を直すためには、意識的な行動で上書きすることが必要です。
意識する必要はありますが、大変なのは最初だけです。
何度も繰り返しているうちに、だんだん体になじんで新しい癖が身につきます。
人前だけ心がけるのではありません。
誰も見ていなくても心がけるようにしたい。
手を使うべきところは、きちんと手を使うのが正しいのです。