あなたは今日、無理をしようとした自分にブレーキをかけました。
「これ以上アクセルを踏むと危ない。無理をすることになるだろう」
不安を感じたので、ほどほどのところで切り上げました。
結果が出なかったからといって、落ち込むことはありません。
ベストを尽くしたのであれば、堂々と胸を張りましょう。
「よくやった!」と自分を褒めましょう。
世の中にはいろいろな人がいます。
みんなを好きになる必要はありません。
相性の悪い人もいます。
漫画では、目にペケマーク(×)がついた人物を見かけることがあります。
「つらい」「苦しい」「疲れた」「もうダメ」など、ネガティブなニュアンスがあります。
見るからにつらそうで、吹き出しがなくても「この人は今つらい状況なのだな」と一目でわかるのです。
なぜ疲れやすいのか。
それは、手抜きをしたと思われたくない気持ちが強いからです。
お母さんが疲れるのは、手抜きをしたと思われるのを恐れているからです。
「中途半端は良くない。最後までしっかりやるべきだ」という声が聞かれます。
それはいかがなものでしょうか。
もちろんお金をいただいている仕事なら別です。
「だらだらするな」と言う人がいます。
それはいかがなものでしょうか。
だらだらすることもあっていいのではないでしょうか。
「会話が苦手」「人と話をするのが苦手」と言う人がいます。
そういう人は「会話を盛り上げなくてはいけない」と思っているのです。
テレビのバラエティー番組では、出演者たちがいつも面白いことを言って笑わせています。
「嘘をついてはいけません」と言う人がいます。
そういう人は、嘘をついたことがないのでしょうか。
いいえ、きっとその人も嘘をついたことがあるはずです。
ストレスを感じる人がいれば、距離を置いていいのです。
むしろ距離を置かなければいけません。
性格が苦手という人がいるでしょう。
世の中にはいろいろな人がいます。
自分と合う人もいれば、そうでない人もいるでしょう。
なかには「どうしても合わない」という人もいるはずです。
突然ですが、拍手をしてみましょう。
ぱちぱち、ぱちぱち。
誰に拍手をするのかというと、自分に対してです。
仕事をしていると、だんだん疲れがたまってパフォーマンスが落ちてきます。
私たちはロボットではありません。
生身の人間です。
日常では嫌なことに遭遇することがあります。
嫌なことがあると、いらいらしたり、不快な気持ちになったりします。
早く忘れたいと思うものですね。
気分が落ち込んだとき、すぐ立ち直る方法があります。
掃除をしましょう。
掃除機のスイッチを入れて、床をきれいにしましょう。
禅の教えの1つに「柔軟心」という言葉があります。
「柔軟性にあふれた心を持つことが大切」ということです。
柔らかくてしなやかな心です。
体調が悪くて、早退することがあります。
みるみるうちに体調が悪化していき、定時までいるのが難しいことがわかります。
そこで先生や上司に事情を話して、許可をもらい、早退します。
昼寝の時間を無駄と思ってはいけません。
たしかに昼寝の時間をすると、その間は何もできません。
生産的な活動ができず、静かな時間を過ごすことになります。
あるとき突然、体に違和感を覚えることがあるでしょう。
微熱があったり、なんとなく体がだるかったり、喉がいがいがしてきたり、手先の冷えが目立ったり。
独特の違和感にぴんときて「もしかして、あれかな」と思う。
「限界になったらギブアップしろ」と言う人がいます。
たしかに限界を超えることはできません。
無理なものは無理。
筋トレをした翌日は、筋肉痛に苦しめられます。
体を動かすたびに「痛い、痛い」となります。
トレーニングをした部位に痛みが走って大変です。
「今日はサボろう」ということはあっていいのです。
たまにはサボることも必要です。
いつも頑張っていては疲れるばかりです。
名前を間違えられることがあります。
「水口」という名字には「みずぐち」「みずくち」「みなくち」といった読み方があります。
「裕子」という名前には「ゆうこ」「ひろこ」があり、どちらにも読めます。
完璧主義者がやるべきことは「これ以上はやらない」というラインを決めておくことです。
完璧主義者は、完璧を求める性格であるがゆえに、ついやりすぎてしまいます。
すでに十分な質や量があって問題ないにもかかわらず「まだ足りない」「もっともっと」となりがちです。
頑張り屋の人は、やりすぎる傾向があります。
「まだまだ」「もっともっと」となりがちです。
納得がいくまで、とことん突き詰めます。
人から「真面目すぎるよ」と言われることはありませんか。
真面目なことはいいことですが、真面目すぎるのは要注意です。
労働時間が長くなったり、ストレス過多になったりします。
画家・山下清は、全国を放浪しながら、滞在先で見た景色や名所を貼り絵で表現したことで有名です。
「放浪の画家」「日本のゴッホ」とも言われています。
彼の生き方はユニークなこともあり、映画やテレビにもなっていて、見たことがある人も多いのではないでしょうか。
あなたには、落ち込んだときに読む本がありますか。
もしなければ、今のうちに決めておくといいでしょう。
偉人の名言集、元気が出る言葉集、自己啓発書。
ある2人組が高級レストランで食事をしていました。
店内は落ち着いていて、大人の雰囲気が漂っています。
楽しく話をしながら食事をしていましたが、相手の声が少し大きくて気になりました。
自分の話に夢中になっていると、長話になりがちです。
自分だけ一方的にしゃべっていて、マシンガントークのようになっているのです。
相手が喜んで聞いているならいいのですが、そうでないこともあります。
あなたは今日、無理をしようとした自分にブレーキをかけました。
「これ以上アクセルを踏むと危ない。無理をすることになるだろう」
不安を感じたので、ほどほどのところで切り上げました。
それは素晴らしいことです。
無理をしなかったら、自分を褒めましょう。
決して手抜きではありません。
ほどほどのところで切り上げ、上手にセーブしたのです。
無理をしようと思えば、できます。
全力を出し切るつもりで取り組めば、なんとかそのときはうまくいきます。
ただし、問題はその後です。
無理をすると、あとからしわ寄せが来ます。
体調を崩して、後の仕事に支障が出ることも少なくありません。
長期的な療養が必要になることもあります。
無理をすると、そのときは良くても、全体的・長期的に見たとき悔やむことが多いのです。
これまでの経験上「無理をすると後が大変」と思ったあなたは、ブレーキをかけてセーブしました。
ほどほどのところで切り上げました。
無理をしなかったとき、誰も褒めてくれません。
仕事が丁寧というわけでも大きな成果を出したわけでもないので、見た目にはわかりません。
ブレーキをかけるので、どちらかというと手を抜いたように誤解されるほうが多いもの。
だから自分を褒めてください。
自分で自分を褒めていいのです。
何事も「ほどほど」が大切です。
調子は、一定に保つことが大切です。
勝負所では特別頑張ることも大切ですが、普段は一定の調子で淡々と行うほうがいいのです。
継続できることが大切です。
継続するためには、アクセルばかりでなくブレーキも大切になり、ときどきセーブが必要になります。
上手にセーブをするから、体調を崩すことなく、仕事を長く続けられます。
無理をしないことも、自己コントロールの1つなのです。
結果が出なかったからといって、落ち込むことはありません。
ベストを尽くしたのであれば、堂々と胸を張りましょう。
「よくやった!」と自分を褒めましょう。
結果が出なかったからといって、悪いことではありません。
手を抜いていたら、後味の悪い終わり方となっていたでしょう。
「あのとき本気になっていれば……」「あのときもっと頑張っていれば……」と悔やんでいたに違いありません。
そうした後悔は長く引きずるものです。
ベストを尽くしているなら「やるだけのことはやった!」と思え、さっぱりした気持ちでいられます。
悔しい気持ちもありません。
結果が出なかったといいますが、本当にそうでしょうか。
大切なことに気づいてください。
「ベストを尽くした」という素晴らしい結果が出ています。
ベストを尽くしたことも、1つの結果です。
結果が出ていないようで、きちんと出ているのです。
結果が出なかったからといって、失敗というわけではありません。
実を結ばなくても、そこから得られたことがあるでしょう。
何らかの気づきがあって「今度はこうしよう」「こんな改善をしてみよう」と、次にやるべきことが見つかっているはずです。
実を結ばなくても、そこで得られたことを次に生かせられればいいのです。
次はきっと結果を出せます。
七転び八起きの精神でいきましょう。
まだまだ先は長いし、むしろこれからが本番です。
ベストを尽くしたのなら、また次のチャンスが巡ってきます。
頑張っている自分を認めてあげることが大切です。
結果が出なかったからといって、落ち込むことはないのです。
世の中にはいろいろな人がいます。
みんなを好きになる必要はありません。
相性の悪い人もいます。
話が合わない人、価値観が異なる人、生理的に受け付けない人もいます。
「この人だけは好きになれない」という人もいるはずです。
みんなを好きになるのはなかなか難しいこと。
もはや不可能と言っても過言ではありません。
しかし、みんなを好きになる必要はありませんが、1人だけ、必ず好きになってほしい人がいます。
自分なのです。
自分だけは嫌いにならないでください。
自分だけは好きになりましょう。
自分の顔も名前も、すべて好きになりましょう。
性格をはじめ、自分のあらゆる特徴を好きになってください。
好きになればなるほどいい。
自分のことが好きになれば、何事も前向きになれます。
自信が持てて自己肯定感も上がります。
自分のことを好きになるから、他の人も好きになれ、もっと人のことを愛せるようになります。
もっと幸せに生きられるようにもなるのです。
自分のことが好きでないなら、好きになる努力をしてください。
「自分のことが好きになれない」という人もいるかもしれません。
自分を好きになるコツは「ありのままの自分を受け入れること」です。
変えたり直したりする必要はありません。
コンプレックスやダメなところがあっても「個性」と思って受け入れましょう。
弱点や不得意なことがあっても「自分らしい」「自分の特徴」と思えばいいことです。
自分は世界で唯一の存在であることに誇りを持ってください。
ありのままの自分を受け入れれば、おのずと自分が好きになれます。
自分のことさえ好きになれば、必ず幸せな人生が歩めます。
漫画では、目にペケマーク(×)がついた人物を見かけることがあります。
「つらい」「苦しい」「疲れた」「もうダメ」など、ネガティブなニュアンスがあります。
見るからにつらそうで、吹き出しがなくても「この人は今つらい状況なのだな」と一目でわかるのです。
漫画世界のユニークな表現ですが、実は現実世界でも見られます。
私たちも「つらい」「苦しい」「疲れた」というとき、目がペケマークになります。
自分の目にもペケマークがついていないか振り返ってみることです。
人から指摘されることはありません。
わざわざ親切に「あなたの目にペケマークがついていますよ」と教えてくれません。
自分で気づくしかないのです。
目も、表情の一部です。
「目は口ほどにものを言う」という言葉があるように、目の様子は言葉と同じくらい、気持ちや印象を伝える力があります。
漫画で目にペケマークがついたキャラクターがいると「大変そう」と思いますが、それは自分も同じこと。
自分の目にもペケマークがついていると、周りから「つらそう」「苦しそう」など、ネガティブなイメージを持たれてしまいます。
近寄りがたい雰囲気が出てしまい、周りの人は「元気がなさそうだから話しかけないでおこう」となります。
いつの間にか人を遠ざけてしまうのです。
ペケマークが出ないよう、いつも元気な目元にしておきましょう。
なぜ疲れやすいのか。
それは、手抜きをしたと思われたくない気持ちが強いからです。
お母さんが疲れるのは、手抜きをしたと思われるのを恐れているからです。
料理のとき、家族に手抜きをしたと思われたくないから、なかなかお弁当やレトルトに頼れません。
何でも手作りで済ませようとしまい、疲れます。
仕事で疲れるのも、手抜きを恐れているからです。
上司や周りから手抜きをしたと思われたくないから、機械化・自動化・システム化になかなか踏み切れません。
アナログな作業にこだわったり、テンプレートに頼らず一からつくろうとしたり、やらなくてもいいことをやったりします。
贈り物で疲れるのも、手抜きを恐れているからです。
相手に手抜きをしたと思われたくないから、なかなかカジュアルにできません。
手書きのお礼状を頑張ったり、ブランドや金額にこだわったり、かしこまった形にこだわって必要以上の手間暇をかけたりします。
もちろん手抜きしたと思われたくない気持ちは誰にでもあるものですが、気にしすぎるのも考えものです。
手抜きをしたと思われたくない気持ちが強いと、効率的なことに抵抗を感じます。
わざわざ非効率なことをするようになり、疲れやすくなります。
手抜きはどんどんしたほうがいいのです。
もちろん質が下がる手抜きはよくありませんが、ほとんど質が変わらない手抜きなら、むしろ推奨です。
料理は、必要な栄養が取れさえすればそれでいい。
仕事は、きちんと結果が出ているならOK。
贈り物は、相手が喜んでくれるものなら、それでいいのです。
手抜きには2種類あって「良い手抜き」と「悪い手抜き」があります。
楽をして質も下がるのは悪い手抜きですが、楽をしても質が変わらないなら良い手抜きです。
悪い手抜きはよくありませんが、良い手抜きならどんどんしたほうがいいのです。
手抜きを覚えなければ、ストレスや非効率から逃れられません。
余計な時間・お金・体力が奪われます。
根性論で頑張ることになり、疲れる一方です。
大切なポイントさえ押さえていれば、手抜きは怖くありません。
時間も体力もお金も有限です。
貴重なリソースを賢く使うためにも「上手な手抜き」を覚えて、効率化させることが大切です。
手抜きをしたと思われることを恐れないことです。
結果さえ出していればいいことです。
仮に少々質が落ちたとしても、求められるラインをクリアしているなら問題ありません。
上手な手抜きを取り入れていけば、驚くほど仕事が楽になります。
余計な疲れを感じることはなくなるのです。
「中途半端は良くない。最後までしっかりやるべきだ」という声が聞かれます。
それはいかがなものでしょうか。
もちろんお金をいただいている仕事なら別です。
金銭が発生しているからには、中途半端は良くありません。
大変であろうと低賃金であろうと、途中で投げ出さず、責任を持ってしっかりやりきることが大切です。
しかし、何でもかんでもしっかりやりきることが正しいとは限りません。
「中途半端=ダメ」と考えないことです。
中途半端は良くないと考えるのは、ストレスがたまります。
世の中には、中途半端でも良いことがあります。
たとえば、趣味でやっていることなら、中途半端でもOKです。
まったく問題ありません。
趣味は自由です。
とことん極めて完璧を目指すのもいいですが、中途半端で終わってもOKです。
責任を求められたり、誰かに叱られたりすることもありません。
趣味で漢字の勉強を始めました。
検定試験の合格を狙って勉強していましたが、途中で別のことが忙しくなりました。
しっかり勉強してマスターするつもりでしたが、中途半端で終わりました。
もちろん合格どころか、そもそも試験を受けることすらできませんでした。
しかし、中途半端でも、きちんと勉強できています。
勉強したことは身につきます。
本を半分しか読めていないなら、半分までは勉強できているのです。
完璧にすることだけがすべてではありません。
趣味でやっていることなら、中途半端でもまったく問題ないことです。
遊びでユーチューブを始めました。
必要な機材を買って、話し方の勉強をしたり、撮影や編集の仕方を学んだりしました。
ところが実際に取り組んでみると、自分に合わなかったり想像以上に難しかったりして、途中で挫折しました。
自分に合わないことがわかっただけでも発見です。
中途半端ながらも、撮影や編集について学べたことがあるでしょう。
1つの動画を仕上げるのがいかに手間暇のかかる作業であるかわかったはずです。
他の人の動画を見るとき、その苦労を理解できるようになったでしょう。
「好きなことで食べていく」は、楽ではないことがわかりました。
買った機材は無駄になりましたが、売ればいいことです。
中途半端を許容してください。
中途半端でも、チャレンジはできているし、発見できたこともあります。
人生の駒が前に進んでいます。
中途半端も、素晴らしいのです。
「だらだらするな」と言う人がいます。
それはいかがなものでしょうか。
だらだらすることもあっていいのではないでしょうか。
だらだらしているときは、のろのろします。
集中力が下がっていて、スピードが遅かったり無駄な動きが多かったりするものです。
もちろんてきぱき動ければベストですが、なかなか難しいこともあります。
疲れているときは、だらだらするものです。
ずっと気を張ったままでは疲れます。
倦怠感は誰にでもあります。
やる気が起きないときは、なかなか集中力できず、だらだらしますね。
しかし、だらだらしていても、前には進んでいるのです。
集中はできないかもしれません。
無駄な動きもあるかもしれません。
やる気がなかったり、スピードは遅かったりするかもしれませんが、遅いなりに仕事が前に進んでいます。
それでいいではありませんか。
仕事が遅かろうと集中できていなかろうと、前に進んでいるなら良しとしましょう。
気力・体力が少なくても、だらだらであれば、動けます。
だらだらしている自分を責めません。
むしろ褒めてください。
「だらだらしていても、きちんとやることをやっている自分は偉い」と。
だらだらすることも大事なことです。
遅かろうと集中不足だろうと、前に進んでいることが大事なのです。
だらだらしている自分も認めましょう。
「会話が苦手」「人と話をするのが苦手」と言う人がいます。
そういう人は「会話を盛り上げなくてはいけない」と思っているのです。
テレビのバラエティー番組では、出演者たちがいつも面白いことを言って笑わせています。
面白いネタを言ったり、会話にオチがあったりして、いつも大爆笑です。
1分に1回くらいは、笑いが起こっています。
絶妙なタイミングで絶妙なセリフを言い、場を盛り上げるのです。
「笑いのネタが豊富だな」「よくそんな面白いセリフが思いつくな」と感心させられます。
そういう様子を見ているので「自分も会話のときは盛り上げないといけない」と思い込んでいるのです。
これは誤解です。
バラエティー番組の影響から「会話は盛り上げるものだ」という刷り込みが発生しています。
会話を盛り上げる必要はありません。
「盛り上げなければいけない」と思うと、会話のハードルが一気に上がります。
「盛り上げる自信がないから話しかけるのはやめておこう」となります。
誤った思い込みで、会話の機会を逃すことほど、惜しいことはありません。
会話を盛り上げなくてもいいのです。
面白いことを言わなくてもいい。
オチがなくても、笑いがなくてもいい。
静かな会話もいいし、淡々とした会話もいい。
普通に話ができればOKです。
もちろん会話が盛り上がればそれでいいのですが、盛り上がらなかったからといって悪いことではありません。
相手に不快な思いをさせることはありません。
ここをきちんと理解しておく必要があります。
普通に会話ができれば十分です。
どんどん人に話しかけ、普通の会話を楽しみましょう。
オチのない会話も、楽しいものです。
「会話を盛り上げなくてもいい」と思えば、肩の荷が下り、話しかけるのも会話するのも楽になります。
気の合う人なら、静かな会話でも違和感はありません。
静かな会話も素晴らしいのです。
「嘘をついてはいけません」と言う人がいます。
そういう人は、嘘をついたことがないのでしょうか。
いいえ、きっとその人も嘘をついたことがあるはずです。
数え切れないほど何度も嘘をついたことがあるに違いありません。
人が嘘をつき始めるのは、3歳ごろからと言われています。
人生で一度も嘘をついたことがない人は、1人もいないのです。
嘘をついていけないのではありません。
「人を傷つける嘘」「自分を守るための嘘」をついてはいけないだけです。
「人を喜ばせる嘘」「人を守るための嘘」であれば、どんどん嘘はついていいのです。
嘘には「白い嘘」と「黒い嘘」の2種類があります。
白い嘘は「人を喜ばせる嘘」「人を守るための嘘」をいいます。
黒い嘘は「人を傷つける嘘」「自分を守るための嘘」をいいます。
一概に嘘をつくのが悪いことだと考えないことです。
黒い嘘はNGですが、白い嘘ならOKです。
人を傷つける嘘、自分を守るための嘘なら、神様も許してくれます。
ストレスを感じる人がいれば、距離を置いていいのです。
むしろ距離を置かなければいけません。
性格が苦手という人がいるでしょう。
どうしても合わないという人もいるでしょう。
嫌なことを言ってくる人や、生理的に受け付けない人もいるかもしれません。
一緒にいるだけでストレスを感じる人がいるものですね。
世の中にはいろいろな人がいて、当然自分と合わない人もいます。
強いストレスを感じているなら、無理に付き合ってもつらいだけです。
心がすり減って、息苦しさを感じます。
いらいらさせられ、ストレスもたまります。
ずっと一緒にいると、肉体的にも精神的にも調子が悪くなります。
だから距離を置くのです。
無理に仲良くなる必要はありません。
「みんなと仲良くするべき」と思い込んでいる人がいますが、大きな誤解です。
コミュニケーションの達人でないかぎり、それは無理な話です。
「相手に申し訳ない」と思う必要はありません。
縁を切るわけではなく、距離を置くだけのことです。
縁を切るのは大げさでも、距離を置くくらいなら取り組みやすいでしょう。
「なんて私はひどい人間なのだろう」と自責の念を覚える必要もなし。
相手に悪いことをしているように感じるかもしれませんが、考えすぎです。
距離を置くことは、マナー違反でも法律違反でも何でもありません。
罪悪感を覚える必要は一切ないのです。
毎日会社で顔を合わさなければいけない人もいるでしょう。
そういう人とは、必要最低限のやりとりで乗り切りましょう。
挨拶や業務連絡など、やるべきことさえやっていれば、何も文句は言われません。
簡単なことですね。
ストレスを感じる人と距離を置けば、それだけストレスがぐっと軽くなります。
自分で自分を大切にしてください。
誰も助けてくれません。
自分のことは自分で守りましょう。
あなたの味方は、あなた自身です。
世の中にはいろいろな人がいます。
自分と合う人もいれば、そうでない人もいるでしょう。
なかには「どうしても合わない」という人もいるはずです。
価値観が合わなかったり、信用できなかったり、生理的に受け付けなかったり。
一緒にいるだけでいらいらさせられる人もいるかもしれません。
距離を置くのも一案ですが、それだけでは不十分ということもあるでしょう。
どうしても合わない人とは、関係を絶ってもいいのです。
どうしても合わない人といやいや付き合ったところで、ストレスがたまって疲れるだけです。
こちらの心がすり減ってしまい、平穏な人生を歩めなくなります。
「相手に悪い」「罪悪感がある」「良心がとがめる」と思うかもしれません。
いいえ、考えすぎです。
人として間違ったことをしているわけでもありません。
世の中には、縁を切っている人は大勢います。
縁を切りたくなる人なら、縁を切ったほうがいいのです。
すべての人との関係を絶つわけではありません。
あくまで、その人との関係を絶つだけです。
1人と関係を絶つくらいは、何でもないことです。
世の中には大勢の人がいます。
仲のいい人とだけ付き合っていけばいいのです。
仕事であれば最低限の付き合いも必要になりますが、私生活であれば、完全に自由です。
自分を許してあげてください。
「どうしても合わない人とは関係を絶ってもいい」と。
大きなストレスから解放されます。
すっと肩の力が抜け、気持ちが楽になります。
合わない人と関係を絶つことで、自分にとって良い環境をつくれるのです。
貴重な時間やエネルギーは、自分と合う人との関係を深めることに使いましょう。
突然ですが、拍手をしてみましょう。
ぱちぱち、ぱちぱち。
誰に拍手をするのかというと、自分に対してです。
他人に拍手することはあっても、自分に拍手することは、少ないのではないでしょうか。
自分で自分に拍手するのは、おかしいことではありません。
本来、自分のことをいちばんよく知っているのは、自分です。
自分の努力や苦労は、自分がいちばんよく知っていますから、拍手も自分がするものです。
自分を褒めるときには、拍手をするだけです。
「ぱちぱち、ぱちぱち」という拍手の音を聞けば、自分が褒められている気分になれます。
恥ずかしいことではありません。
人から褒められると嬉しいように、自分で自分を褒めると、嬉しくなります。
やる気がどんどんみなぎり「もっと頑張ろう」という気力が湧いてくるのです。
あなたに足りないのは、自分に拍手をする習慣です。
何かをやり遂げたときには、自分に拍手を送りましょう。
1つ、いい習慣がわかりましたね。
おめでとうございます。
では、拍手をしましょう。
ぱちぱち、ぱちぱち。
仕事をしていると、だんだん疲れがたまってパフォーマンスが落ちてきます。
私たちはロボットではありません。
生身の人間です。
仕事をしていると疲れてくるし、思考力も集中力も落ちてきます。
そういうときは、早めに休憩を入れたほうがいいのです。
「まだ休憩時間ではない」と思いますが、それが正解とは限りません。
無理に仕事を続けるのはイエローカードです。
低いパフォーマンスで仕事をしたところで、だらだらするし、いらいらします。
元気は出なくて、ため息が出ます。
なによりミスを誘発するリスクが上昇します。
ミスをすると、修正が必要になって余計な手間暇が取られます。
「休憩時間になるまで休憩しない」と頑固一徹で通していると、ぐだぐだした時間が過ぎるばかりです。
職場によって休憩のタイミングを自由に設定できるなら、パフォーマンスが落ちたと感じた時点で早めに休憩を入れましょう。
「休憩を前倒し」という考え方もありますね。
コーヒーブレイクを入れたり、トイレに行ったり、外の空気を吸いに出たり。
これはサボっているのとは違います。
あくまで仕事の質を保つための工夫の1つです。
早めに休憩を入れれば、早めにパフォーマンスも回復するのです。
日常では嫌なことに遭遇することがあります。
嫌なことがあると、いらいらしたり、不快な気持ちになったりします。
早く忘れたいと思うものですね。
ときどき嫌なことが続くこともあって、そういうときはストレスをためてしまうものです。
嫌なことを忘れるにはどうすればいいのでしょうか。
楽しいことをしましょう。
できるだけ心が躍るようなことをするのがポイントです。
イメージとしては「嫌なこと以上に楽しいことをする」です。
嫌な記憶があっても、それ以上に楽しいことがあれば、そちらが優先されます。
ゲームをプレイしたり、大好きな趣味に没頭したり、お笑い動画で笑ったりしましょう。
仲のいい友人とおしゃべりを楽しむのもいいですね。
楽しいことに没頭して夢中になれば、嫌なことを思い出す暇すらなくなります。
そして嫌な記憶が楽しい記憶で上書きされます。
結果として嫌なことを忘れられるのです。
楽しいことをするだけですから簡単ですね。
これが「心の切り替え」です。
心の切り替えは、難しいようで意外と簡単です。
あなたにとって楽しいことは何ですか。
心が躍ることなら何でもかまいません。
たくさん楽しんで、たくさん笑って、たくさんどきどきわくわくしてください。
現実を忘れてしまうくらい楽しいことに没頭しましょう。
嫌なことがあったら、楽しいことをするベストタイミングなのです。
気分が落ち込んだとき、すぐ立ち直る方法があります。
掃除をしましょう。
掃除機のスイッチを入れて、床をきれいにしましょう。
窓をきれいに拭きましょう。
いらないものはどんどん処分しましょう。
本棚や引き出しの整理整頓をするのもおすすめです。
余裕があれば、そのまま範囲を広げて、トイレ掃除や風呂掃除に手を付けるのも良し。
なぜ気分が落ち込んだとき、掃除をするのが良いのか。
掃除をすれば「ポジティブな結果」が得られるからです。
掃除をすればするほど、みるみる部屋がきれいになり、リアルタイムで結果がわかります。
この即効性が大事です。
掃除はすぐ結果が出るし、きれいな様子を目で確認できます。
ポジティブな結果がすぐ得られることで「よし!」という達成感が得られます。
やればやるほどきれいになっていくので、すっきりするし、明るい気持ちにもなるし、さらにはテンションまで上がるのです。
掃除をすると、適度に体を動かすことにもなります。
掃除は「軽い運動」です。
体を動かすことで筋肉が刺激され、心拍数も上がって血流も良くなり、体も温まってきます。
これらの相乗効果によって、気分がぐいぐい上がります。
気づくと、落ち込みから立ち直っているのです。
落ち込みから立ち直っているうえ、部屋もきれいに片付いているのですから、まさに一石二鳥です。
掃除をすることは、運気を高める効果もあるとされています。
ということは、一石三鳥です。
お金もかからず、今すぐできますね。
「気分が落ち込んだら掃除」という習慣は、心の安定に貢献するのです。
禅の教えの1つに「柔軟心」という言葉があります。
「柔軟性にあふれた心を持つことが大切」ということです。
柔らかくてしなやかな心です。
私たちは「○○すべき」「○○でなければいけない」という考え方をすることがあります。
MUSTの考え方にとらわれていると、型にはまった考えから抜け出せず、心の柔軟性が失われます。
緊張やストレスを感じてしまい、疲れやすくもなります。
そんなときこそ柔軟心を思い出しましょう。
ストレスの多い社会では、おおらかな気持ちを持ち「のんびりしこう」「マイペースで行こう」という考え方が大切です。
柔軟心があれば、型にはまらない自由な発想が生まれます。
上手にストレスを対処でき、しなやかに生きられます。
時には「まあいいか」と考えることも大切です。
あまり深くこだわらず、さらりと流すことで、くよくよしなくて済むのです。
素直でいることも大切です。
自分の考えに固執したり、頑固な態度を見せたりしていないでしょうか。
頑固になっていると、成長の妨げになったり、人との壁ができたりします。
柔軟性に富んだ心で素直を意識すれば、人のアドバイスもすっと聞き入れられます。
反省もスムーズにできて、自分の振る舞いを改められるのです。
できるだけさまざまな価値観を受け入れることも大切です。
世の中には同じ人は1人もいません。
100人いれば100通りの人がいて、価値観も人それぞれです。
さまざまな人がいて、価値観があって「ダイバーシティ社会」と言われて久しい昨今です。
さまざまな価値観にあふれる今の世の中こそ、柔軟心が欠かせません。
自分と異なる価値観を持つ人がいても、批判も否定もしません。
お互いの違いを受け入れ、尊重することが大切です。
大きな心で「あなたはそういう考えなんだね」と受け入れることが大切です。
柔軟性に富んだ心を持てば、さまざまな価値観を受け入れられるようになります。
人それぞれであることを認めれば、衝突はなくなり、人付き合いもうまくなるのです。
柔軟性に富んだ心があれば、ストレスにも強くなり、さまざまな価値観も受け入れられます。
柔軟心を意識することで、生き方がうまくなるのです。
体調が悪くて、早退することがあります。
みるみるうちに体調が悪化していき、定時までいるのが難しいことがわかります。
そこで先生や上司に事情を話して、許可をもらい、早退します。
このとき、なんとも言えない後ろめたさがあるものです。
入社して間もない時期のときはなおさらです。
早退に抵抗があって、申し訳なく思うところではないでしょうか。
しかし、こういうときの気持ちは大事です。
罪悪感を引きずりながら早退するのは良くありません。
「病は気から」という言葉があるように、病気は気の持ちようで、回復のスピードが変わります。
「申し訳ない、申し訳ない」と深刻に考え、罪悪感を引きずりながら早退すると、精神的なダメージを受けます。
ますます気分が落ち込んでしまうばかり。
ただでさえ体調が悪いのに、罪悪感まで抱えていると、体に毒です。
回復の妨げになっては、早退の意味がなくなるのです。
体調不良で早退するときは、周りに迷惑をかけて申し訳ないと思うところですが、考えないようにするのがいちばんです。
体調不良は仕方ありません。
誰でも急に体調が悪くなることはあります。
自分が早退することで、誰かに仕事をお願いすることがあるかもしれません。
いつかその人が体調不良で早退することがあれば、お互いさまということで、今度は自分が仕事を引き受ければいいのです。
申し訳ないという考えは捨て、気兼ねなく、さっさと帰りましょう。
それだけ回復も早くなるのです。
昼寝の時間を無駄と思ってはいけません。
たしかに昼寝の時間をすると、その間は何もできません。
生産的な活動ができず、静かな時間を過ごすことになります。
だからといって、昼寝に「だらしない」「時間がもったいない」というイメージを持つのは大きな誤解です。
それはもはや古い常識です。
根性論は良くありません。
昼寝は大事な役割を果たすからです。
昼寝をすると頭がすっきりして、午後の仕事がはかどります。
昼食後は、胃や腸などの消化器系の臓器に血液が集中するため、大なり小なり眠くなります。
気合や根性で乗り越えようとするのは要注意。
昼食後に眠くなるのは人の自然な生理現象です。
カフェイン入りのドリンクで眠気を吹き飛ばすのもいいですが、無理は禁物です。
素直に昼寝をしたほうが手っ取り早いし、お金もかかりません。
なにより頭がすっきりして疲れも取れるのです。
仕事のミスを減らすことにもつながるのですから、昼寝の効果は侮れません。
スペインでは「シエスタ」という伝統的な昼寝習慣があることで有名です。
昼食を取ったら、みんな一斉に昼寝をするのです。
人間はロボットではないのですから、適度な休憩が必要です。
夜の睡眠に影響するのが心配であれば「30分未満」を心がければいいのです。
研究によると、30分未満の昼寝であれば、夜の睡眠に影響しないことがわかっています。
目をつぶるだけでも休息の効果があることもわかっています。
短い時間なので、なおさら昼休憩には好都合といえるでしょう。
仮眠室があるなら、ぜひ利用しましょう。
仮眠室がないなら、机に突っ伏して寝ればOK。
マナーや周りの目を気にする人もいるかもしれませんが、考えすぎです。
突っ伏して寝るだけなら、周りに不快な思いをさせることもありません。
そもそも昼休憩は過ごし方は自由です。
堂々と机に突っ伏して休んでください。
忙しくて時間がないときもあるかもしれませんが、諦めてはいけません。
短くてもいいので、なんとか昼寝の時間を捻出したい。
昼寝ができるなら、それに越したことはありません。
短い時間でもいいので、素直に取っておくのが得策です。
昼食後に眠くなるのは当たり前の生理現象です。
周りの目を気にせず、どしどし昼寝をしましょう。
午後の仕事にもプラスに働くのですから、なおさら昼寝をするのが得策です。
仕事ができる人ほど、きちんと昼寝を取っています。
昼寝も仕事の1つです。
あるとき突然、体に違和感を覚えることがあるでしょう。
微熱があったり、なんとなく体がだるかったり、喉がいがいがしてきたり、手先の冷えが目立ったり。
独特の違和感にぴんときて「もしかして、あれかな」と思う。
そうです、風邪の初期症状です。
ある程度人生を生きていると、これまでの経験から「風邪をひき始めている」とわかるものです。
まだ本格的な風邪にはなっていないものの、少しずつ体調が悪くなっていることが感覚的にわかるのです。
風邪をひき始めたとき、どうするか。
ここが運命の分かれ道です。
すぐ休みましょう。
午前なら、午後休をもらいましょう。
午後なら、早退させてもらいましょう。
自営業でスケジュールの調整が利くなら、今すぐお布団で寝ましょう。
早めに業務を切り上げ、しっかり休養を取ってください。
「気合で乗り切る」「そのうち治る」「風邪なんかで休んでられない」と思うかもしれません。
ここが落とし穴です。
風邪は「引き始めたときの行動」が重要です。
まだ体調不良というほどではないにしても、風邪の初期段階に入っていることに変わりありません。
無理をすると、谷を転げ落ちるように悪化の一途をたどります。
数時間後には、本格的な風邪になっていて、高熱・倦怠感・体の痛みで苦しめられることになるのです。
風邪薬を飲めばいいと思いますが、風邪薬はあくまでつらい症状を緩和しているだけです。
ウイルスを撃退しているわけではありません。
風邪を根本的に治すには、自分の免疫力だけが頼りです。
免疫力を最大に発揮するためにも、休むのがいちばんなのです。
本格的に風邪をひいてから治そうとすると、時間がかかります。
すぐ休んだら、半日の休みで済んだところを、何日も休まなければいけなくなるのです。
「今日の一針、明日の十針」という言葉もあります。
なかなか仕事の都合で難しいかもしれませんが、風邪の影響を最小限に抑えるためにも、引き始めたら、すぐ休みましょう。
引き始めの段階ですぐ休養を取れば、回復も早まります。
風邪をひき始めたら「ここが運命の分かれ道」と自分に言い聞かせ、賢明な行動を取ってください。
素直に休めば、悪化することなく、すぐ回復します。
風邪は、引き始めたときが肝心なのです。
「限界になったらギブアップしろ」と言う人がいます。
たしかに限界を超えることはできません。
無理なものは無理。
気力にも体力にも限界があって、気合でどうにかなるものでもありません。
限界になったら、もうそれ以上どうしようもないので、ギブアップするのが正しいように思えます。
しかし、ここに落とし穴があります。
本当に限界になったら、ギブアップしようにも、できないことが多いのです。
限界は「気力・体力がほとんどない」という状態です。
ガソリンが切れかけた車のようなものです。
動こうにも、ほとんど動けません。
限界のときは、ろくに頭が回らず、正常な思考ができません。
意識がもうろうとしていることも多い。
いっぱいいっぱいのときは、限界になっていることにすら気づけないこともあります。
本当に限界になったら疲労困憊で動けず、そもそも逃げようにもできません。
白旗を上げる力すら残っていないこともある。
限界になってから対処するのは、手遅れになりがちなのです。
ギブアップは、限界になってからするのではありません。
限界の手前でするのが正しいのです。
まだ少し余裕が残っているうちのほうがいい。
つまり「ギブアップするにも一定の余裕がいる」ということです。
少なくとも逃げるだけの体力、白旗を上げるだけ力は必要です。
ギブアップするのは悪いことではありません。
諦めることで、また次のチャンスが得られます。
逃げることで解決できることもあります。
この世に自分は1人しかいません。
代えがないのですから、大切にしてもしすぎることはありません。
いったんダウンすると、長い療養が必要になります。
もっと自分に優しくなりましょう。
「そろそろ危ない」と思ったら、限界になる前が大切です。
限界のラインを見極めたうえでギブアップしましょう。
筋トレをした翌日は、筋肉痛に苦しめられます。
体を動かすたびに「痛い、痛い」となります。
トレーニングをした部位に痛みが走って大変です。
重点的に筋トレをしたところは、特に痛みが激しくてつらい。
ぎこちない動きになったり疲れやすくなったりして苦労させられます。
たいてい筋トレの当日や翌日に痛み始めますが、年齢が高い人の場合、2日後に痛みがやってくることもあります。
筋肉痛の正体は、筋肉繊維の損傷です。
筋トレを行うと、筋肉の繊維の一部が損傷します。
筋肉繊維の損傷が回復する際、以前より太い筋繊維に生まれ変わります。
これを「超回復」といいます。
超回復には48時間~72時間ほどかかり、筋トレと超回復を繰り返していくことで、どんどん筋力が強化されます。
そして、強い筋肉が手に入ります。
筋肉痛が大きいということは、それだけ筋トレも頑張った証拠といえるのです。
痛みを感じたときは「頑張った証拠」として受け止めてください。
筋肉痛がひどいということは、それだけ筋トレも頑張った証拠です。
ポジティブに考えましょう。
ぎこちない動きになるかもしれませんが「頑張った証拠」と思えば、感じ方が変わります。
痛みを感じたら、筋トレを頑張った自分を褒めましょう。
痛ければ痛いほど、それだけ筋トレを頑張ったということ。
筋肉痛を頑張った証拠と思えば、痛みが快感に変わるのです。
「今日はサボろう」ということはあっていいのです。
たまにはサボることも必要です。
いつも頑張っていては疲れるばかりです。
この世にサボったことがない人がいません。
多かれ少なかれ、誰でもサボることがあるのが普通です。
人間は元来、怠け者です。
サボることは、別の見方をすれば「本来の姿に戻ること」。
つまり、人間らしい自然体を回復させる行為です。
だからたまにはサボることも大切です。
「たまにはサボってもいい」と、自分に優しい声をかけてください。
罪悪感は不要です。
たまにサボるのは気持ちがいいもの。
真面目に生きることは大切ですが、息抜きやリフレッシュとして、たまにはサボることを楽しみましょう。
ストレスや緊張から解放されることで、良いリフレッシュになります。
たまにサボると良い充電ができます。
サボった後は、アクセル全開で仕事や勉強を頑張れるのです。
名前を間違えられることがあります。
「水口」という名字には「みずぐち」「みずくち」「みなくち」といった読み方があります。
「裕子」という名前には「ゆうこ」「ひろこ」があり、どちらにも読めます。
シンプルな漢字でも、ふりがながないと、一発で正しく読むのは難しいことが少なくありません。
名前を間違えられたら、どうするか。
不都合がないなら、そのままでいくのもありでしょう。
たとえば、一度しか会わない相手や一度しか呼ばれない状況であれば、訂正せず、そのままでやり過ごすのもありです。
間違えられやすい名前は、毎回訂正するのが手間に感じられ「まあいいか」となりがちです。
名前を呼ばれたとき「とりあえず自分のことだとわかればいい」という状況なら、気にはなっても困ることはありません。
しかし、今後長く関わる相手なら、早めに訂正しておくのが賢明です。
できればその場ですぐ訂正するのがベストです。
「あとから訂正すればいいかな」と思うこともあるかもしれません。
その場で訂正するのはなんとなく気が引け、後回しにすることがあるもの。
ところが、意外とあとから訂正するのは難しいのです。
「実は私の名前は○○ではなく○○と言います」
あとから訂正するのは、唐突な感じがあって抵抗があります。
今さら感もあって、なかなか言い出しにくいのです。
何度も間違った呼び方をされ続けていると、完全に間違ったほうで覚えられます。
結局訂正を言い出せず、間違った呼び方が定着することがあるのです。
あとから訂正するのは、相手にとっても負担となります。
1人が間違った呼び方をすると、それを聞いた周囲にも間違った名前が広まって、5人10人へと増えてしまいます。
あとから訂正すると、相手は覚え直さないといけません。
後になればなるほど、訂正が大変なことになるのです。
名前を訂正するなら、その場ですぐしましょう。
訂正は大切なことです。
少し気が引けるかもしれませんが、早いほうがお互いのためです。
「○○と言います」と一言言うだけです。
気が引けることもあるかもしれませんが、間違っているのですから、やはり訂正しておくほうがいいのです。
今後長く関わる相手だからこそ、最初が肝心です。
名前を間違って呼ばれたのなら、早めに訂正したほうが、今後のやりとりがスムーズになります。
相手もわざと間違えたわけではありません。
名前は、個人のアイデンティティーに関わる大切なもの。
訂正するのは少し手間かもしれませんが、後先のことを考えると、気づいたときすぐ訂正するのがいちばん楽です。
完璧主義者がやるべきことは「これ以上はやらない」というラインを決めておくことです。
完璧主義者は、完璧を求める性格であるがゆえに、ついやりすぎてしまいます。
すでに十分な質や量があって問題ないにもかかわらず「まだ足りない」「もっともっと」となりがちです。
これが失敗の原因です。
欲張って延々とやり続けてしまうことで「努力の暴走」が始まります。
時間・お金・労力が際限なく消費されてしまい、限界ぎりぎりまで頑張ることで疲弊してしまうのです。
仕事のスピードも遅くなってしまいます。
趣味でやる分には完璧主義で打ち込むのもいいですが、スピードが求められる仕事の場合、もたもたしているわけにもいきません。
後になって「やりすぎた」「納期に間に合わなかった」「疲れ切ってもう動けない」となり、悔やむことになるのです。
そこで必要になるのが「これ以上はやらない」というラインを決めておくことです。
必要十分なラインぴったりでもいいし、必要十分なラインを越えたところでもいい。
自分なりに、納得できるラインを決めておけば、余計な労力を使わなくて済みます。
そのラインをクリアできれば、それ以上頑張るのはやめます。
本音ではもっとやりたい気持ちがあっても、自分が決めたルールを重視して、ぐっと抑えます。
たとえば「今日は資料10枚を作成する。それ以上はやらない」と決めたら、資料10枚で終わらせます。
こうしておけば、努力の暴走を防げるのです。
これは事前に決めておくことが大事です。
そのときになって決めるより、あらかじめ決めておくほうがルール化しやすいので、自分をコントロールしやすくなります。
時間もお金も労力も有限です。
貴重なリソースは、賢く利用しましょう。
頑張り屋の人は、やりすぎる傾向があります。
「まだまだ」「もっともっと」となりがちです。
納得がいくまで、とことん突き詰めます。
100点満点を目指して頑張ろうとします。
長時間労働になりがちで、あまり休もうとしないのです。
仕事に対する姿勢は素晴らしいのですが、ここに落とし穴があります。
完璧には終わりがありません。
「まだまだ」「もっともっと」と思っていると、いつまで経っても漏れや不足があるように思え、納得できません。
労力や時間が延々と取られてしまい、終わりが見えません。
必要以上に頑張ることになります。
これは完璧主義者にありがちです。
すでに仕事は十分できているのに、終わろうとしないのです。
そんなときは「もうこの辺でいいんじゃない」と自分に声をかけてみませんか。
完璧を目指すといつまで経っても終わりが見えません。
大切なことは「完璧を目指すこと」ではなく「最善を尽くすこと」です。
最善を尽くしているなら、それでいいではありませんか。
少なくとも合格ラインをクリアしているなら、問題はないはずです。
頑張るのはいいですが、頑張りすぎないことが大切です。
人間には限界があります。
あまり無理が続くと、ダウンします。
「もうこの辺でいいんじゃない」と自分に声をかけると、はっとする感覚を覚え、冷静な思考を取り戻せます。
「たしかにそうだな。もう十分できているよね。これ以上頑張るのは現実ではないよね」と思えるのです。
すでに十分よくやっています。
やるべきことはやって、十分質が保たれているなら、誰も文句は言わないはずです。
仕事を終わらせるには、どこかで区切りをつけなければいけません。
「もうこの辺でいいんじゃない」の一言で自分を説得することも大切です。
上手に区切りをつけることで、次のステップに進めるのです。
人から「真面目すぎるよ」と言われることはありませんか。
真面目なことはいいことですが、真面目すぎるのは要注意です。
労働時間が長くなったり、ストレス過多になったりします。
真面目すぎる人には堅苦しい雰囲気が漂って、接しにくいと思われることしばしば。
冗談が通じなかったり融通が利かなかったりすることもあったりして、相手を困らせることもあるのです。
「真面目すぎるよ」と言われたとき、誤解しがちなことがあります。
「少しは手を抜いたらどう?」という意味として受け止めがちです。
全力ばかりではいけません。
なにごとも「ほどほど」が大切です。
「良い手抜き」をたくさんして、楽ができるところは楽をして、ここぞというときだけ全力になればいいのです。
「そうだね、力を入れすぎていたね。良い手抜きも必要だね」と反省し、仕事への姿勢を改めます。
「真面目すぎるよ」の一言には「少しは手を抜いたらどう?」という意味のアドバイスですが、それだけではありません。
「真面目すぎるよ」という一言には、もっと大事な意味があります。
「もっと遊んだほうがいい」という意味があるのです。
真面目すぎる人は、遊ぶことが少ないのです。
力を入れるのは得意でも、力を抜くのは苦手です。
いつも仕事ばかりで、ほとんど休もうともしません。
「休むこと・遊ぶこと=悪」という考えになっていて、仕事一辺倒になっています。
ぜんぜん遊びが足りないのです。
遊びが足りないと、ストレス解消がうまくできません。
「真面目すぎるよ」と言われたら、もっと遊ぶようにしましょう。
休暇を取って、趣味や好きなことを楽しみましょう。
遊びとは、プライベートの場の話だけではありません。
ビジネスの場でも、遊び心を取り入れたい。
普段やっている仕事でも、手を加えられることがあるでしょう。
規則やルールにとらわれるのではなく、ちょっとした遊び心でアレンジを加えてみましょう。
遊び心を意識してみると、思わぬブレイクスルーが生まれる可能性があります。
「真面目すぎるよ」という言葉の、真の意味に気づく必要があります。
「真面目すぎるよ」というアドバイスには「手を抜こう」だけでなく「もっと遊ぼう」という意味もあるのです。
画家・山下清は、全国を放浪しながら、滞在先で見た景色や名所を貼り絵で表現したことで有名です。
「放浪の画家」「日本のゴッホ」とも言われています。
彼の生き方はユニークなこともあり、映画やテレビにもなっていて、見たことがある人も多いのではないでしょうか。
彼が放浪の旅に出かけたきっかけは、意外なことでした。
住んでいた学園生活が嫌だったのです。
窮屈だったり、先生から叱られたり、単調な毎日だったりなど、ストレスの多い生活でした。
そこで彼は、無断で学園を飛び出ました。
つまり、逃げたのです。
しばらく放浪の旅を続け、諦めて終えるのかと思いきや、そうではありませんでした。
脱走から2年が経過して20歳になった彼は、徴兵年齢が近づいていました。
当時の日本は、太平洋戦争が暗い影を落としていた時代でした。
彼は、徴兵され、戦地に出兵することに恐怖を感じていたため、引き続き放浪の旅を続けたのです。
その後、滞在先の食堂で発見・保護され、学園に連れ戻されることになります。
これで一件落着かと思いきや、違いました。
再び施設を飛び出し、放浪の旅に出かけました。
再び滞在先で見つかっては学園に連れ戻され、また脱走しては連れ戻されるということを繰り返しました。
「学園生活も嫌。徴兵されるのも嫌」ということで、とにかく逃げまくったのです。
そうして全国各地を放浪する波瀾万丈の生活を送ることになりました。
しかしこのことが、彼に思わぬ恩恵をもたらしました。
各地を転々としながら、さまざまな風景を目に焼き付け、それを貼り絵として表現しました。
もともと趣味だった貼り絵が、見事な芸術へと昇華されることになったのです。
世間では「逃げることはいけないこと」とされています。
しかし、それは本当でしょうか。
逃げることが一概にいけないこととは言い切れません。
嫌なことがあれば、逃げたくなって当然です。
逃げれば、苦しみから解放されます。
逃げることで、解決できることもあります。
そして山下清のように、逃げることで才能が開花することもあるのです。
ちなみに山下清は、全国を放浪しながら作品を制作しているイメージを持たれがちですが、実際は違います。
放浪中は景色を見るだけで、作品を制作するのは学園に戻ってからでした。
彼は驚異的な記憶力を持っていました。
放浪中は、素晴らしい景色を脳裏に焼き付けることに専念していたのです。
メモやスケッチを取らずとも、頭の記憶だけで、あの素晴らしい貼り絵作品を作ったことにも驚きです。
あなたには、落ち込んだときに読む本がありますか。
もしなければ、今のうちに決めておくといいでしょう。
偉人の名言集、元気が出る言葉集、自己啓発書。
心を動かす言葉にたくさん出会えます。
1冊だけでなく、何冊もあってOKです。
落ち込んだとき、友人に話を聞いてもらいたいかもしれませんが、うまくいくとは限りません。
友人は忙しくて、電話をかけても、出られないかもしれません。
あまり長話になると、相手の迷惑になることもあるでしょう。
落ち込んだとき、レストランで食事をするという方法もありますが、スムーズにいかないこともあります。
レストランが満席で入れないかもしれません。
食欲がなくて、食事が喉を通らないときもあります。
旅行に行くという方法もありますが、ハードルがあります。
まとまった時間とお金が必要で、今すぐというわけにはいきません。
目的地を決めたり、予約を取ったり、計画を立てたりする必要があります。
しかし、本は違います。
本は、いつも本棚にあります。
逃げたり隠れたりしません。
相手の都合を伺ったり、嫌な顔をされたりすることはありません。
予約が必要だったり、満席で入れなかったりすることもありません。
本は、どんなときも絶対裏切りません。
困ったとき、さっと手に取れます。
計画も不要で、今すぐできます。
ページをめくるたびに、いい言葉と出会えます。
一日中でも一晩中でも付き合ってくれます。
いつでもあなたを励ましてくれ、何でも読み返せます。
本は、安定した存在なのです。
落ち込んだときに読む本を決めておけば、安心です。
何かあっても怖くありません。
「私には落ち込んだときに読む本がある」と思うだけでも、心強くなれますね。
いざというとき頼れる存在があるのは、心の余裕にもつながります。
本は、あなたの心を救ってくれる最高の友なのです。
ある2人組が高級レストランで食事をしていました。
店内は落ち着いていて、大人の雰囲気が漂っています。
楽しく話をしながら食事をしていましたが、相手の声が少し大きくて気になりました。
カジュアルなファミリーレストランならまだしも、フォーマルなレストランでは声のボリュームに注意が必要です。
上品な雰囲気を壊すことがあってはなりません。
高級レストランでは店内の空気づくりに手間とお金をかけています。
大きな声だと他のお客さんの迷惑になることもあります。
相手の声のボリュームが気になったその人は、それとなく遠回しに注意しました。
「○○さん、声がよく通るね。オペラ歌手みたいだね」
すると相手は、褒められたと思ったらしく、ますます声が大きくなりました。
「そうなんですよ、よく言われます。あはは!」
時折こういうことが起こります。
もちろん相手を傷つけないよう表現を工夫するのは良いことです。
人間関係を悪くしないためにも、相手を注意するときは、できるだけ丁寧な言い方を心がけることが求められます。
だからといって、何でもそのまま相手の言葉を受け止めればいいわけではありません。
褒め方に少しでも違和感を覚えたら「これは褒め言葉ではなく注意だな」と気づくことが大切です。
特に日本では、オブラートに包んで表現することが美徳とされているところがあり、遠回しな注意がよく見聞きされます。
相手を傷つけない言い方はいいのですが、一方で遠回しであればあるほどわかりにくい。
ユニークな表現で褒められたときは、それは褒め言葉ではなく、注意であることに気づくことが大切です。
気づきのセンサーを働かせておきましょう。
自分の話に夢中になっていると、長話になりがちです。
自分だけ一方的にしゃべっていて、マシンガントークのようになっているのです。
相手が喜んで聞いているならいいのですが、そうでないこともあります。
相手は楽しく聞いているかと思いきや、内心では「興味なし」ということがあります。
自分は話ができて気持ちいいかもしれませんが、相手はストレスです。
興味のない話を延々と聞かされるのはなかなかつらいものがあります。
「自分は楽しい。まだまだ話したい」と思っていても、相手の立場で考えることが大切です。
こういうとき、相手は「やめてくれ」とはっきり言ってくれません。
「あなたの話はつまらない、面白くない、まったく興味がない」と言ってくれることは、まずありません。
いい人や優しい人の場合、相手を傷つけたくない気持ちが強いので、とりあえずうなずきながら聞いてくれます。
だからこそこちらで気づく必要があります。
相手の「興味なし」のサインに気づきましょう。
はっきり口で言ってくれないぶん、相手の態度や表情から読み取ることが必要です。
うつろな表情を浮かべていたり、手遊びが目立っていたりしているなら、要チェックです。
興味がない可能性が高いと判断できます。
相槌を打っているから興味を持っているとは限りません。
相槌を打っていても、うつろな表情や素っ気ない態度が目立つなら、話に飽きている可能性があると考えられます。
常にセンサーを働かせておくことが大切です。
相手が話に飽きていることに気づいたら、早めに話を切り上げましょう。
会話はキャッチボールが大切です。
自分の話はいったん切り上げ、相手に話を振ってみたり、話のテーマを変えてみたりします。
早く相手に話のバトンを渡すのが良い。
会話のボールがお互いを行き来しているのが理想です。
くれぐれも一方的なマシンガントークだけは注意しましょう。