今日の天気を否定しません。
今日の天気は今日の天気として、ありのまま楽しみましょう。
晴れなら晴れを楽しみましょう。
「今日の降水確率は30%か。微妙な天気だな。でも念のため、傘を持っていこう」
そう思って、あなたは傘を持参しました。
ところが結局雨は降らず、傘も不要でした。
あなたに心を軽くする言葉をお伝えします。
「まあいいか」です。
嫌なことがあってむっとしたときは「まあいいか」と考えましょう。
相手の話を聞いていると「自分にも同じ経験がある」と思うことがあります。
同じ経験があるなら、黙ったままではもったいない。
こんなときは、自分にも同じ経験があることを伝えましょう。
「ひどいことを言われました」と騒ぐ人がいます。
何を言われたのだろうと思って詳しく聞くと「息がくさい」と言われたとのことです。
それは「ひどいこと」ではありません。
あなたは猫と接することができますか。
猫とすぐ仲良くなれるタイプですか。
もしそうなら、おめでとうございます。
富士山に登ったことはありますか。
私は二度あります。
富士山に登頂した瞬間は、言いようのない感動があります。
登山やピクニックで山道を歩いていると、道に迷ってしまうことがあります。
正しい道を進んでいるはずなのですが、途中から怪しい感じになります。
「本当にこの道でいいのだろうか。途中で分かれ道を見落としたかな。間違った道を進んでいるのではないか」
「音楽がないと集中できません」と言う人がいます。
それは大変です。
本番である試験中、集中できないことになるからです。
日常では「いつでもできる」と思われることがあります。
読書、運動、勉強。
そのほかにも、健康診断や歯の定期検診、部屋の片付けやパソコンのデータ整理などもあるでしょう。
どうすれば幸せを感じるのでしょうか。
どうすれば幸せになれるのでしょうか。
それは、目の前のことに感謝し、幸せだと思えばいいのです。
上司から叱られると、誰でもストレスを感じます。
そんなとき、陰で上司のことを「むかつく」と腹を立てる人は少なくありません。
たしかに叱られるのは嫌なものです。
あなたは年に何回くらい、贈り物をしますか。
誕生日をはじめ、父の日、母の日、敬老の日など、贈り物をする機会はよくあるものです。
身近な人なら直接手渡せますが、遠方の人なら「配送」に頼ることが多いのではないでしょうか。
面倒見の良い親がいます。
面倒見の良い親は、子どものためを思ってあれこれ面倒を見ます。
子どもの宿題を見る、子どもが着る服を選ぶ、子ども部屋の掃除や片付けをする。
あるときあなたは、やったことのない遊びを見つけました。
興味があったので、試しにやってみました。
ところが「楽しくなかった」という感想で終わるかもしれません。
出入り禁止になって腹を立てる人がいます。
店員さんに「申し訳ございませんが、今後の利用はお断りします」と言われます。
この一言にカチンと頭にきて、腹を立てるのです。
日本は台風大国です。
台風は毎年経験することなので、私たちは慣れてしまっているところがあります。
温暖化や気候変動の影響で、年々大きな被害をもたらす台風が目立ってきています。
世の中には「すごい人」がいます。
たとえば、能力の高い人、才能の持ち主、お金持ちの人、立派な肩書を持つ人です。
以前はなかなかそういう人が身近にいなかったため、見る機会も出会う機会もあまりありませんでした。
往々にして私たちは「間違えてはいけない」という考え方にとらわれています。
何かを選択・判断するとき「間違えてはいけない」と思っていませんか。
たしかに間違いは、ないに越したことはありません。
落ち込んでいるときには、自分を元気づけましょう。
人に励ましてもらうのを待つのではありません。
自分で自分にポジティブな言葉をかけ、気持ちを立て直すことが大切です。
「趣味を頑張っています!」
「仕事を頑張っています!」
「勉強を頑張っています!」
人生では、別れがつきものです。
知人や友人との別れだけではありません。
上司や同僚との別れもあります。
人を裁くのが口癖になっている人がいます。
「あの人はダメだ」
「あの人はなってない」
恥ずかしがり屋で悩んでいる人がいます。
恥ずかしがり屋は、人前で何かをするのが苦手です。
人見知りをしやすく、知らない人には積極的に話しかけようとしません。
「勢いで旅行しました」
「勢いで結婚しました」
「勢いで起業しました」
ファミリーレストランで注文した料理が届かず、怒っている人がいました。
気になったのは言葉遣いです。
「おい、注文した料理が来ないぞ! どうなってるんだ!」
今日のあなたの課題をお伝えします。
「相手に寄り添い、共感の言葉をかける」です。
すでに忙しい日々を送っていて、そんな余裕はないと思うかもしれません。
「声をかけるのが恥ずかしい」
「声をかけるのに勇気がいる」
「慣れていない人の前では緊張する」
「連絡を取り合っていたのに、いつの間にか連絡が途絶えてしまった」
そんな経験はないでしょうか。
プライベートで知り合って仲良くなったので、連絡先を交換しました。
あなたは人から言われたひどい言葉で、忘れられない一言はありますか。
きっと「ある」と答える人も多いでしょう。
たとえば、自尊心を傷つける言葉や人格を否定する言葉などは、なかなか忘れないものです。
今日の天気を否定しません。
今日の天気は今日の天気として、ありのまま楽しみましょう。
晴れなら晴れを楽しみましょう。
雨なら雨を楽しみましょう。
曇りなら曇りを楽しみ、雪なら雪を楽しみましょう。
微妙な天気なら、微妙な天気を楽しむことが大切です。
「晴れだったら良かったのにな」と思うこともあるかもしれません。
お出かけの日に雨が降っていると「晴れてほしかった」と思うことが多いでしょう。
逆に晴れの日ばかりが続いていると「たまには雨が降ってほしい」と思うはずです。
しかし、そう思ったところで、お天道さまの機嫌はどうすることもできません。
私たちは大自然の中に生きています。
今日の天気は、ありのまま受け入れ、きちんと楽しむのです。
天気は、見方によっては、自然が織りなす壮大なショーです。
私たちは「地上」という名の大きな舞台の上にいて、頭の上には「天」という名の巨大スクリーンが設けられています。
そのスクリーンは、その日によってさまざまな表情を見せてくれます。
青空が広がる日もあれば、時には雨が降る日もあり、雲に覆われる日もあります。
夜になると、今度は夜空が広がります。
星が輝き始め、すてきな星座を見せてくれるのです。
天気の表情に目を向け、今日の天気を楽しみましょう。
「今日はこういう天気なんだね」とありのまま受け入れ、楽しめばいいのです。
晴れはもちろんのこと、雨でも曇りでも雪でもいい。
時には嵐の日もあるでしょうが、そんなときは安全を最優先にしつつ、無理のない範囲で天気と向き合えばいいのです。
人生は有限ですから、天気を楽しむ回数も有限です。
自然が織りなす壮大なショーだと思えば、見る目が変わります。
ありがたい気持ちや嬉しい気持ちも、自然と湧いてくるのです。
今日も、素晴らしい自然のショーを楽しませていただきましょう。
「今日の降水確率は30%か。微妙な天気だな。でも念のため、傘を持っていこう」
そう思って、あなたは傘を持参しました。
ところが結局雨は降らず、傘も不要でした。
雨どころか、青空の広がる、良い天気の1日でした。
そんなとき、どう思うかです。
傘を持参したことを悔やむ必要はありません。
きちんと傘を持参した自分を認めるのです。
傘の出番はありませんでしたが、念のための準備ができたことは良いことです。
傘の出番はなかったとはいえ、完全な無駄ではありません。
余裕のある1日を過ごせたのです。
「備えあれば憂いなし」という言葉もあるように、準備をしておくだけで、余計な心配で神経をすり減らすことがなくなります。
準備の有無で、心の余裕はまったく違います。
準備ができていたおかげで、いつの間にか落ち着いた行動ができていたり、人に優しく接することができていたりしたでしょう。
そうした恩恵は、自分でも気づかないうちに受けているのです。
あくまで「傘の出番はなかった」というだけの話で、きちんと恩恵は受けています。
心の余裕をもたらしてくれていたのです。
傘の出番がなかったとしても、持参した意味はあるのです。
傘に限った話ではありません。
仕事や旅行でも、万一に備えて準備することがあるでしょう。
たとえば、海外旅行に行くなら、事前に保険に入っておくのがおすすめです。
結局何事もなく旅行を終えたとしても、入っておいて良かったのです。
仕事では、万一に備え、データのバックアップを取ることがあるでしょう。
たとえハードディスクが壊れなくても、きちんとバックアップは取っておいて良かったのです。
きちんと準備ができている人は、万一のことがあっても、落ち着いて行動できます。
準備の出番がなくても、したことに意味があるのです。
あなたに心を軽くする言葉をお伝えします。
「まあいいか」です。
嫌なことがあってむっとしたときは「まあいいか」と考えましょう。
人から嫌なことを言われて腹が立ったときは「まあいいか」と考えましょう。
選択を間違えて焦ったときも、うっかり飲み物をこぼして服が汚れても「まあいいか」と考えましょう。
水に流すような感覚が得られ、心がすっと軽くなるはずです。
抱えていたストレスも和らいでいくでしょう。
なんでも真面目に受け止めるのではなく、水に流すことも大切です。
さらりと流せば、すぐ忘れられ、普段の笑顔も戻ります。
「まあいいか」で済まないこともあるかもしれません。
たしかにそういうこともありますが、ごく一部の話です。
ほとんどのことは「まあいいか」で済ませられるはずです。
大きめの出来事であっても「まあいいか」と思えば、意外と何とかなるものです。
会社で大きな失敗をしても「まあいいか」と思ってください。
「そんな簡単な話ではない」と思うかもしれませんが、起こったことは仕方ありません。
くよくよした気持ちが吹き飛び、素直に現実を受け止められるようになります。
気持ちが前を向くことで、やるべきことに意識を向けられるのです。
失恋しても「まあいいか」と思ってください。
終わったことは仕方ありません。
考えようによっては、失恋は新しいスタートです。
未練や執着が薄れ、次に向かう気持ちが生まれます。
「まあいいか」は「いらいら」だけでなく「くよくよ」も吹き飛ばせる言葉です。
気持ちの切り替えにも効果的です。
「まあいいか」と思った瞬間、あなたは前を向いているのです。
相手の話を聞いていると「自分にも同じ経験がある」と思うことがあります。
同じ経験があるなら、黙ったままではもったいない。
こんなときは、自分にも同じ経験があることを伝えましょう。
似たような経験なら「似たような経験があるよ」と伝えましょう。
まったく同じでなくても、似た経験であればかまいません。
あくまで相手の話を折らないよう、さりげなく伝えるのがポイントです。
たとえば、相手が離婚した話をしたとき、自分にも同じ経験があれば「実は私もバツイチだよ」と伝えます。
相手が浪人した話をしたとき、自分にも同じ経験があれば「私も浪人したことがあるよ」と伝えます。
同じ経験があれば、相手は心を開きやすくなります。
「そうか、あなたにも同じ経験があるんだね」となり、親近感を持ってもらえるでしょう。
共通体験があるとわかれば、相手はほっとするものです。
急に距離が縮まったように感じられ、そのときの気持ちを共有できたり、言いにくいことも言いやすくなったりします。
仲間意識にもつながり、お互いの仲もさらに深まっていくのです。
恥ずかしい経験だと黙ったまま隠すことが多いのですが、これはもったいないことです。
共通体験は、話を盛り上げるネタになります。
珍しい経験からよくある経験まで、何でもいいのです。
共通体験は、隠すためではなく、伝えるためにあるのです。
「ひどいことを言われました」と騒ぐ人がいます。
何を言われたのだろうと思って詳しく聞くと「息がくさい」と言われたとのことです。
それは「ひどいこと」ではありません。
貴重な指摘です。
周りが言いにくいことを、その人は勇気を出して言ってくれました。
ありがたいことです。
恨むどころか、むしろ感謝しなければいけません。
言ってもらわなければ、そのまま気づかないままでした。
その指摘を素直に受け止めれば、改善に着手できます。
「怒られました」と落ち込む人がいます。
何を言われたのだろうと詳しく聞くと「マナー違反」と言われたとのことです。
これも同じ誤解です。
怒られたわけではなく、貴重な指摘です。
マナー違反は、なかなか自分で気づけないことがあります。
今まで学ぶ機会がなかったこともあるでしょう。
言われなければ、マナー違反に気づかないまま、周りの人にずっと迷惑をかけ続けていたでしょう。
それが仕事やプライベートに影響する可能性もあります。
マナー違反を指摘するのは、意外と勇気がいるものです。
逆ギレされるのではないかという不安もあります。
その人が指摘してくれたおかげで、マナー違反だと気づけ、改善できるのです。
指摘は改善のヒントです。
どれだけ貴重な指摘も、ひどいことだと誤解していると、そのヒントを生かせません。
改善の機会も逃してしまうことになります。
指摘してくれた人は、ある意味、先生です。
言われた直後はむっとするかもしれませんが、一呼吸置き、いま一度冷静になることが大切です。
貴重な指摘を「ひどいこと」と誤解していないか、振り返ってみましょう。
あなたは猫と接することができますか。
猫とすぐ仲良くなれるタイプですか。
もしそうなら、おめでとうございます。
あなたはきっと、親しみやすい雰囲気が出ていることでしょう。
猫は、警戒心の強い生き物です。
しかもかなりの神経質でもあります。
普通に近づけば、十中八九、逃げられてしまうでしょう。
普段じっとしている猫ですが、逃げるときはすごいスピードです。
そんな猫と仲良くなれているということは、あなたには親しみやすい雰囲気が出ているということです。
声や表情、動きやしぐさが柔らかく優しいのです。
猫と仲良くできていることがその証拠です。
警戒心の強くて神経質な猫ですら、心を開いています。
猫と仲良くなれたなら、そんな自分に自信を持ってください。
きっと普段の人間関係でも、相手に親しみやすさや安心感が伝わっているでしょう。
自分からにじみ出ている雰囲気に気づいてください。
意外と自分の雰囲気は自分ではわからないものですが、猫との関係性を通して知ることができます。
猫と仲良くなれるほどの親しみやすさがあるなら、日常でも人と仲良くなれるはずです。
富士山に登ったことはありますか。
私は二度あります。
富士山に登頂した瞬間は、言いようのない感動があります。
頂上からの景色は別格です。
富士山は日本一高い山なので、周りの山々が目線より低く見えます。
標高の高いはずの山ですら、ずいぶん下に見えるのは不思議な感覚です。
河口湖・山中湖・本栖湖も一望できるのはもちろん、はるか遠くまで見渡せて、まさに絶景です。
天気の良い日は、東京から富士山が見えるように、富士山からも東京が見えます。
「自分は今、日本一高い場所にいる」ということも心にぐっときます。
ご来光の感動も別格です。
朝日は日頃からよく見ているにもかかわらず、富士山からのご来光は輝かしく思えます。
同じ太陽でも、輝きが違うのです。
自分が苦労して登っているぶん、より特別なものに感じられるのです。
そうした感動は、言葉では伝えられません。
写真や動画もありますが、あくまで写真であり、動画です。
富士山の頂上からの写真や動画を見ることはできます。
きれいな写真集もたくさんあるし、高画質の動画もたくさんあります。
しかし、景色は同じでも、味わえる感動はまったく違うのです。
実際に体験した感動にはかないません。
五感に響くものが違います。
自分の足で苦労して登るからこそ得られる、特別な達成感もあります。
努力を重ね、自分の足で何時間もかけて、ようやく登頂してこそ得られる感動は一生忘れられません。
生の感動を味わうには、自分が体験しなければいけないのです。
写真や動画だけで満足せず、どうか実際の体験を大切にしてください。
努力を重ね、五感を通して得られる刺激があります。
時間をかけ、苦労を重ね、身をもって体験した先に、一生忘れられない素晴らしい感動があるのです。
登山やピクニックで山道を歩いていると、道に迷ってしまうことがあります。
正しい道を進んでいるはずなのですが、途中から怪しい感じになります。
「本当にこの道でいいのだろうか。途中で分かれ道を見落としたかな。間違った道を進んでいるのではないか」
だんだん道らしくない雰囲気になり、不安が強くなってきます。
案内があればいいのですが、意外とないところも少なくありません。
案内がないような場所だからこそ、間違った道を進んでいるような気持ちが強くなります。
人に聞けばいいと思いますが、山奥では周りに人がいないことも多いもの。
いろいろな不安が頭をよぎり始めるのです。
さあ、ここでどうするかです。
大きな選択肢は2つあります。
「進み続けるか」「来た道を引き返すか」です。
来た道を引き返すのは、何となく無駄足になったような気がするものです。
「せっかくここまで進んだのに引き返すのはもったいない」と思い、時間と努力を無駄にするような感覚があります。
自分の判断が間違ったことを認めることにもなり、来た道を引き返すのは、小さな葛藤があるものです。
そこで、つい前に進み続けようとしてしまうのです。
ここが運命の分かれ道です。
そのまま進み続けたところで、うまく目的地に着くとは限りません。
「何とかなるかもしれない」は、裏を返せば「何ともならないかもしれない」という意味でもあります。
どんどん間違った方向に進んでしまい、ますます道に迷い込んでしまうことになりかねません。
そのまま前に進み続けると、今度は来た道に引き返すことすらできず、完全な迷子になってしまうのです。
こうなると、もはや命の危険すらあります。
「道に迷ったかな」と思ったら、素直に来た道を引き返すことです。
引き返せるうちに引き返すことが大切だからです。
引き返せなくなってからでは手遅れになることがあります。
自分の間違いを認めることになって抵抗はあるかもしれませんが、やはり安全が最優先です。
引き返した結果「やっぱりこの道で良かった」とわかれば、そのときは自信を持って歩けばいいのです。
「音楽がないと集中できません」と言う人がいます。
それは大変です。
本番である試験中、集中できないことになるからです。
試験中、音楽は流れていません。
試験会場で音楽が流れていることはありません。
音楽を聴きながら勉強することが癖になっていると、試験会場では、普段と違う環境でそわそわするでしょう。
試験になかなか集中できず、実力を発揮できないままで終わってしまうのです。
たしかに世の中には「集中力アップ」をうたう音楽があります。
アルファ波を誘発しやすい音楽は、集中力アップに役立つことで知られています。
たとえば、自然音や環境音、クラシックミュージックやアンビエントミュージックなどは有名です。
リラックス状態を促すことで、雑念を減らし、目の前のことに集中しやすくなります。
日頃から音楽を聴きながら勉強する人も多いのではないでしょうか。
「静かなところだと集中できない」と言う人は、すでに「音楽頼みの勉強習慣」になっているのかもしれません。
音楽を聴きながら勉強するのもいいですが、ほどほどにしておきましょう。
もちろん集中力アップの補助として使うぶんにはいいのですが、頼りすぎないことが大切です。
音楽がなくても集中できるのが理想です。
図書館や学習スペースのように、静かな環境でも集中できます。
試験本番で実力を発揮するためにも、音楽がなくても集中できるようになっておくほうがいいのです。
日常では「いつでもできる」と思われることがあります。
読書、運動、勉強。
そのほかにも、健康診断や歯の定期検診、部屋の片付けやパソコンのデータ整理などもあるでしょう。
その気になれば、いつでもできます。
あなたにもきっと「いつでもできる」と思うことがあるでしょう。
しかし、あらためて振り返ってみてください。
面白いもので「いつでもできる」と思うものに限って、いつまでもしないことが多いものです。
油断するからです。
特に急ぎというわけではないため、具体的な計画がありません。
「また今度でいいか」「時間があるときでいいか」「そのうちやればいいか」となりがちです。
自然と後回しになってしまいます。
頭の中で「いつかやらないといけないな」と思いつつ、思うだけで終わるのです。
そのうち、その存在すら忘れてしまうのです。
「いつでもできる」と思うことほど、実行されず、放置されてしまうのがオチです。
はっきり締め切りが決まっていないものは、なかなか実行されません。
人間は、基本的に怠け者で、忘れっぽい生き物です。
自然に任せていると、怠ける方向や忘れる方向に傾くのです。
たとえば、読書です。
「いつでも読める」と思う本に限って、いつまでも読まれません。
買っただけで満足しがちです。
積ん読になった本が1冊どころか何冊もあって、そのまま本棚でほこりをかぶることになります。
健康診断や歯の定期検診も同じです。
「いつでも受診できる」と思いますが、何だかんだで後回しにされます。
ぐずぐずしているうちに病気が進行したり虫歯ができたりして、痛い思いをすることになるのです。
今一度、きちんと実行するための計画を立ててください。
前からなかなか取りかかれていないことがあれば、今すぐできないでしょうか。
「いつでもできる」と思うなら、その気になれば、今すぐでもできるはずです。
「急だな」と思うかもしれませんが、そう思うことで、また後回しにされるのです。
あまり難しく考えず、勢いでもいいので、取りかかってみてください。
どうしても今はタイミングが悪いなら、着手の予定を立てましょう。
「時間ができたら」と抽象的に考えるのではなく「○○月○○日の○○時に行う」と決めるのです。
「この日なら時間が空いている」「この時間帯ならできそうだ」というタイミングがあるでしょう。
積ん読で放置されている本があれば「このタイミングで読む」と予定を立てます。
歯の定期検診も「いつでもできる」で終わらせるのではなく、きちんと予約を入れます。
具体的に決まったら、カレンダーに書き込んでください。
見える化することで意識しやすくなり、行動しやすくなります。
そのときになって都合が悪くなれば、あらためてスケジュールを変更すればいいことです。
リスケをしても、ペナルティーはありません。
とにかくきちんと予定を立て、具体的にすることが大切です。
やるべきことを一つひとつ消化していくことで、達成感も得られます。
「いつでもできる」と思うものをきちんと実行していけば、ますます毎日が充実するのです。
どうすれば幸せを感じるのでしょうか。
どうすれば幸せになれるのでしょうか。
それは、目の前のことに感謝し、幸せだと思えばいいのです。
私たちは普段、目の前にあることに対して「当たり前」という感覚でいます。
特別な存在ではないので、強く意識することがありません。
空気のような感覚になっています。
しかし、どんなことであれ、目の前にあることは、感謝できることであり、幸せなことです。
それに気づくだけで、今すぐ幸せを感じられます。
今、あなたの目の前には何がありますか。
目の前のことに対して、感謝を意識し、幸せだと思ってみてください。
何気なくある存在かもしれませんが、あらためて考えると、感謝ができることであり、幸せなことでもあります。
それに気づくだけで良いのです。
たとえば、ちょうど今、仕事をしているところだとします。
「仕事があってありがたい。収入も得られるし社会の役にも立てている。幸せだな」と考えましょう。
仕事があるおかげで、収入も得られています。
仕事が何でもあれ、社会の役に立っていることは事実です。
仕事があることに感謝すれば、前向きな気持ちになり「もっと頑張ろう」と思えるでしょう。
幸せも感じることで、モチベーションもアップするはずです。
ちょうど今、友人とおしゃべりをしているところだとします。
「友人がいてくれてありがたい。おしゃべりもできて楽しい。幸せだな」と考えましょう。
どんな友人であれ、大切な人間関係です。
友人がいるおかげで、おしゃべりを楽しめるし、時には相談にも乗ってもらえます。
友人の存在に感謝すれば、心に温かい気持ちが広がり、幸せも感じます。
食事をしているところなら「食べるものがあってありがたい。料理もおいしい。幸せだな」と考えましょう。
勉強をしているところなら「学ぶことができてありがたい。勉強ができることは贅沢。幸せだな」と考えましょう。
趣味を楽しんでいるところなら「趣味に打ち込めてありがたい。夢中になれることは贅沢。幸せだな」と考えましょう。
よくよく考えれば、感謝できることであり、幸せなことです。
なかには苦手や抵抗を感じることもあるかもしれませんが、視点を変えると、感謝できることがあるはずです。
感謝できることが見つかれば、同時に幸せを感じます。
幸せは、気づくだけでいいのです。
上司から叱られると、誰でもストレスを感じます。
そんなとき、陰で上司のことを「むかつく」と腹を立てる人は少なくありません。
たしかに叱られるのは嫌なものです。
上司の言い方にも問題があったのかもしれません。
厳しい言い方をされると、反発を感じるのも当然でしょう。
しかし、腹を立てるだけで終わってしまうと、せっかくの上司の指摘が頭に入らなくなります。
「むかつく」と思うと、ますます上司に対して苦手意識が強くなり、人間関係にもひびが入ります。
スムーズな成長ができず、上司との人間関係も悪くなります。
だんだん職場に行くのが嫌になってしまうのです。
しかし、上司に叱られたとき、すべての人が「むかつく」と思うわけではありません。
なかには「ありがたい」と感謝する人もいます。
上司の指摘のおかげで悪いところがわかりました。
言われないと、気づかないままです。
上司に叱られたおかげで「これは良くないことなのか。こうすればいいのか」とわかり、行動を改善できます。
叱られないまま放置されていたら、大きなトラブルに発展していた可能性があるでしょう。
裏を返せば、上司の指摘がトラブルを未然に防いでくれたともいえます。
さて、あなたはどちらのタイプでしょうか。
それぞれ逆のリアクションですが、どちらのリアクションを取るかで、今後の成長に差が生まれます。
願わくは「ありがたい」と感謝する人になりたい。
もちろん私たちは感情を持った人間なので、上司から厳しく言われたときは、反発を覚えることもあるでしょう。
そんなとき、しばらく時間を置いてからでもいいので「あのときの指摘は意味があったのではないか」と考えてみることが大切です。
暴言や人格否定まで受け入れる必要はありませんが、改善につながる指摘であれば、素直に受け止めたいところです。
成長する人は、厳しい一言すら、ポジティブに受け止めるのです。
あなたは年に何回くらい、贈り物をしますか。
誕生日をはじめ、父の日、母の日、敬老の日など、贈り物をする機会はよくあるものです。
身近な人なら直接手渡せますが、遠方の人なら「配送」に頼ることが多いのではないでしょうか。
配送を利用するとき、意識しておきたいことがあります。
配送ラベルを手書きで書く場合、いい加減な字で書いていませんか。
「読めさえすればいい」と思い、ミミズのような走り書きで書いていないでしょうか。
受け取る立場を想像してみてください。
配送を受け取ったとき、最初に目に入るのは「同封の手紙」ではありません。
配送物に貼ってある「配送ラベル」です。
配送ラベルの字は、第一印象に関係します。
ミミズのような汚い字だと、読みにくく、乱雑な印象を与えることがあります。
あまり余裕が感じられず、急いで書いたような印象を与えることもあるかもしれません。
せっかく同封の手紙はきれいに書かれていても、配送ラベルの字が読みにくい走り書きだと、もったいないのです。
配送ラベルは正しく届けるために必要なものですが、それだけではありません。
配送ラベルも、手紙の一部です。
配送ラベルの字が丁寧に書かれていると、受け取った相手は「きれいな字だな」「丁寧だな」と好印象を受けるでしょう。
一見ただの配送ラベルですが、印象を左右する部分です。
だからこそ、手紙を書くときと同様、配送ラベルも丁寧に書きましょう。
字に自信がない人でも、丁寧に書くことならできるはずです。
配送ラベルから、すでに手紙が始まっているのです。
面倒見の良い親がいます。
面倒見の良い親は、子どものためを思ってあれこれ面倒を見ます。
子どもの宿題を見る、子どもが着る服を選ぶ、子ども部屋の掃除や片付けをする。
もちろん面倒を見るのは良いのですが、面倒を見すぎるのは要注意です。
何でもかんでも子どもの面倒を見ていると、子どもは自分で経験する機会がないまま育ってしまいます。
親が面倒を見れば見るほど、子どもから経験を奪うことになり、さらには成長する機会まで奪うことになります。
良かれと思ってやっていることが、かえって子どもから成長の機会を奪っていることがあるのです。
人は、経験を通して成長します。
成功だけが経験ではありません。
失敗も貴重な経験です。
失敗するからこそ、その痛みがわかります。
親は、子どもが転ばないようサポートしますが、転んだときの傷や痛みは、経験していないとわかりません。
痛いからこそ「二度と同じ目に遭いたくない」と思い、そのための工夫をするようにもなります。
それは座学で学べることではなく、自分の身をもって経験しなければわからないことです。
つまり「自分のことは自分でさせる」という姿勢です。
親だからといって、子どもの面倒を見すぎないことです。
面倒を見るのは必要なサポートにとどめ、できるだけ本人にやらせることが大切です。
時には失敗を経験させることにも意味があります。
もちろん子どもにはまだ年齢や発達段階によってできないこともありますが、その中でもできることがあるはずです。
子どもの宿題も、親がすべてやってあげるのではありません。
自分で答えを導き出せるようヒントだけ与え、あくまでサポートに徹します。
子どもの宿題を見るなら、直接答えを教えるのではなく、必要な手助けの範囲にとどめ、本人に考えさせることが大切です。
子どもが着る服を、親が選ぶのではありません。
自分が着たい服は、自分で選ばせるようにします。
普段は親が洗濯しても、たまには子どもに洗濯をさせてみるのも良い経験になるでしょう。
部分洗いなら、親と一緒にやれば、無理なくできるはずです。
子ども部屋の片付けも、親がすべてやるのではありません。
できるところは、自分でやらせるようにします。
片付けや整理整頓に不十分なところがあるかもしれませんが、試行錯誤させるためにも、あえてそのままにするのも良いでしょう。
何でも親がやるのではなく、子どもができそうなことは、できるだけ本人にやらせるのです。
そして、失敗しても叱りません。
むしろ「よく頑張ったね」「きれいにできたね」「前よりうまくなったね」と褒めることが大切です。
子どもにとって親に褒められることは嬉しいことです。
「また頑張ろう」と思うようになり、自発的な子どもへと育つのです。
あるときあなたは、やったことのない遊びを見つけました。
興味があったので、試しにやってみました。
ところが「楽しくなかった」という感想で終わるかもしれません。
そんなとき「やらなければ良かった」と考えるのではありません。
「楽しくなかったけど、やって良かった」と考えましょう。
楽しくないことがわかったのですから、大切な発見です。
それはそれで一歩前進です。
あるときあなたは、食べたことがないものを見つけました。
「どんな味がするのだろう?」と気になったので、試しに食べてみました。
正直、おいしくありませんでした。
口の中に嫌な味が広がり、食べきるのが大変でした。
そのとき「食べなければ良かった」と思うのではありません。
「おいしくなかったけど、食べて良かった」と考えましょう。
自分の好みではないことがわかったのですから、やはりこれも収穫です。
あるときあなたは、初めて訪れる場所に出かけました。
期待したほどではなく、がっかりしました。
そんなとき「行かなければ良かった」と考えるのではありません。
「イメージと違っていたけど、行って良かった」と考えましょう。
どんなところなのかわかったのですから、それも大切な発見です。
なんでもアタリとは限りません。
試しにやってみた結果、ハズレで終わることもあるでしょう。
むしろハズレを引くことのほうが多いかもしれません。
そんなときこそ、前向きに受け止めてください。
実際に体験してみないとわからないこともあります。
勇気を出してチャレンジした自分を褒めることです。
ハズレを引いても、すべて収穫です。
「楽しくなかったけど、やって良かった」と考えましょう。
「おいしくなかったけど、食べて良かった」「イメージと違っていたけど、行って良かった」と考えましょう。
わからなかったことがわかったのですから「良し」としていいのです。
何かしら得るものがあるのですから、ハズレを恐れず、どんどんチャレンジすればいいのです。
どんなことでも、最後を「良し」で締めくくれば、経験を前向きに受け止められます。
ハズレを恐れず、むしろ楽しみましょう。
ハズレを引きに行くくらいでちょうどいいのです。
引いて悪いハズレは、1つもないのです。
出入り禁止になって腹を立てる人がいます。
店員さんに「申し訳ございませんが、今後の利用はお断りします」と言われます。
この一言にカチンと頭にきて、腹を立てるのです。
「どうしてなんだ? 客なんだぞ!」と店員さんに詰め寄ります。
そういう態度だから出入り禁止になったのです。
出入り禁止になったということは、自分に何か重大なマナー違反があったということです。
お店のルールに従わず、自分勝手な振る舞いがあったのかもしれません。
ほかのお客さんの迷惑になるようなことや、営業妨害になるようなことをしたのかもしれません。
店員さんから何度も注意を受けていたにもかかわらず、無視していたのかもしれません。
ケースはそれぞれですが、少なくとも出入り禁止になるほどの重大な出来事があったのでしょう。
出入り禁止に腹を立て、お店の人に詰め寄ると、出入り禁止で終わらず、警察沙汰に発展する可能性もあるため注意が必要です。
お店だからといって、誰でも歓迎しているわけではありません。
お店にも、お客さんを選ぶ権利があります。
意味もなく出入り禁止になることはありません。
多くの場合、そこには何らかの原因があるものです。
出入り禁止になると、自分が否定されたように感じるところでしょう。
ヒートアップしがちな場面ですが、いま一度、落ち着きましょう。
そして「なぜそうなったのか」を考え、自分の言動を振り返ってみることが大切です。
出入り禁止になったのは仕方ありませんが、自分の振る舞いを改善できるチャンスはまだまだあります。
出入り禁止の一件を、自分の言動を改める機会にしましょう。
日本は台風大国です。
台風は毎年経験することなので、私たちは慣れてしまっているところがあります。
温暖化や気候変動の影響で、年々大きな被害をもたらす台風が目立ってきています。
台風が発生すれば、メディアでは盛んに注意喚起が行われます。
特に勢力の強い台風が接近する場合、強い言葉が使われることも少なくありません。
「100年に一度」
「最強クラス」
「観測史上最大」
「過去に例のないほどの強さ」
「命を守る最善の行動を」
ところが、強い注意喚起があったにもかかわらず、予想していたほどの被害が出ずに済むことがあります。
「大げさに言っていたわりに、大したことはなかった」「必要以上にあおっている」という印象を受けることもあるかもしれません。
こうした「思ったほどではなかった」という経験を重ねていると、だんだん台風慣れしてしまいます。
天気予報士が繰り返す注意の言葉が耳に入らなくなり、台風を甘く見るようになるのです。
「大げさに言っているけど、どうせ今回も大したことないだろう」
こういう受け止め方になったら、イエローカードです。
やはり油断は禁物です。
台風の注意喚起があれば、いま一度耳を傾けて、しっかり用心しましょう。
特に「最強クラス」「観測史上最大」「100年に一度」といった表現が登場すれば、大きな被害が予想されるということです。
言葉どおりの事態になるかどうかは別として、しっかり警戒しておく必要があります。
窓の補強、強風対策、水や食料の確保など、しっかり備えをしてください。
激しい雨や風に備え、最善の行動を取ることです。
もちろん勢力が強くない台風でも、油断はできません。
強風や大雨をもたらし、大きな被害につながるおそれがあります。
実際に命を落とす人もいるのですから、油断は禁物です。
台風は多くの場合、発生してから接近するまで、一定の時間があります。
気象情報をしっかりチェックして、余裕があるうちに十分備えておきましょう。
何も被害がなければ、それはそれで良かったと考えればいいのです。
被害がなくても、備えが無駄だったわけではありません。
毎回「初めて経験する台風」のつもりで対応するのがベストです。
何度経験しても、台風慣れしてはいけないのです。
世の中には「すごい人」がいます。
たとえば、能力の高い人、才能の持ち主、お金持ちの人、立派な肩書を持つ人です。
以前はなかなかそういう人が身近にいなかったため、見る機会も出会う機会もあまりありませんでした。
いたとしても、1人や2人で数える程度だったでしょう。
しかし、ネットの登場によって変わりました。
ネットでは、すごい人を簡単に見つけられます。
SNSや動画サイトを見ていると、そうした「すごい人」が目に飛び込んできます。
見ようとしなくても、勝手に目に入ってくることがあるのです。
すごい人を見たとき、まぶしく感じられることがあるものです。
「なんてすごいのだろう! それに比べて私は大したことないなあ」と、落ち込んでしまいます。
きらきらしているようにも見え、あまりの輝きに直視するのが難しい。
つい自分と比較してしまい、つらくなってしまうのです。
相手が同じ年齢だったり年下だったりすると、ますます落ち込んでしまいます。
懸命に生きているはずの自分がまだ努力不足に感じられ、否定されたような気にもなるのです。
すごい人を見て、やる気やパワーをもらえる人もいるでしょう。
しかし、みんながそうとは限りません。
すごい人を見て、つらくなる人もいるはずです。
どんと落ち込む人もいるかもしれません。
「すごい人」を見るのがつらいときは、わざわざ見なくてもかまいません。
SNSなら、その人を見ないようにしましょう。
テレビに映ったら、チャンネルを変えましょう。
意識的にシャットアウトして、自分を守るのです。
わざわざ落ち込むことを見続ける必要はありません。
気になる気持ちがあっても、自分にストップをかけましょう。
私たちには、見る権利もあれば、見ない権利もあります。
自分の心がざわざわするなら、見ないほうがいいということです。
うっかり目に入ったときは「人は人、自分は自分」という言葉を自分にかけて、気持ちを立て直してください。
それは決して負け惜しみではなく、事実としてそうなのです。
大切なことは「自分のペースを守ること」です。
わざわざ人と同じ道を歩む必要はありません。
人には人の数だけ生き方があります。
100人いれば、100通りの生き方があります。
自分にとってベストを尽くしているなら、それで十分です。
人と比べるのではなく、自分の生き方を大切にしましょう。
自分を大切にできるのは、自分なのです。
往々にして私たちは「間違えてはいけない」という考え方にとらわれています。
何かを選択・判断するとき「間違えてはいけない」と思っていませんか。
たしかに間違いは、ないに越したことはありません。
買い物を間違えれば、損をするでしょう。
仕事で間違えれば、評価が下がるでしょう。
正しいと思って選んだはずが、後になって「しまった!」と悔やむことがあるものです。
間違えたときのダメージが大きければ、それだけ落ち込みも大きくなるでしょう。
「間違えてはいけない」という考えは、一見最もらしく思えます。
しかし、この考え方には「ある落とし穴」があります。
「間違えてはいけない」ということは「絶対正解を選ばなければいけない」ということです。
これは簡単そうに思え、実に難しいことです。
絶対正解を選ぶためには「これでもか」というほど下調べをしなければいけません。
多くのデータや資料を集めたり、人の意見を聞いたり、何度もチェックしたりする必要が出てきます。
なかなか決断できず、スピードが遅くなるでしょう。
大きなストレスを抱え、胃がきりきり痛むことになるでしょう。
正しいという確信を持つまでには、膨大な手間暇を要するのです。
そしてそれだけやったにもかかわらず「間違えた」という結末を迎え、努力が報われないことがあるのです。
そういう経験が何度もあるのではないでしょうか。
そこで考え方を変えましょう。
「間違えてはいけない」と思うのではありません。
「少しくらい間違えてもいい」「間違えたら直せばいい」と考えるのです。
まず自分に間違えることを許可しましょう。
人間ですから間違えることもあって当然です。
小さな間違いなら、小さな痛みで済むでしょう。
ときには笑って済ませられることもあるはずです。
よくよく考えれば、間違えても大したダメージではないこともあるはずです。
命や安全に関わることなら慎重さが求められますが、そうでなければ、もっと楽に考えていいのです。
「間違えたら直せばいい」という考え方も大切です。
間違えたら丁寧に謝って、できる範囲で直していけばいいのです。
致命的なことでないかぎり、たいていのことは後から修正ができるでしょう。
壊れたら修理をすればいいし、買い直すこともできるはずです。
それだけのことです。
「間違えてはいけない」から「少しくらい間違えてもいい」「間違えたら直せばいい」という考えに切り替えましょう。
すっと肩の力が抜け、気軽にチャレンジできるはずです。
決断が早くなり、行動力も高まるのです。
落ち込んでいるときには、自分を元気づけましょう。
人に励ましてもらうのを待つのではありません。
自分で自分にポジティブな言葉をかけ、気持ちを立て直すことが大切です。
「元気を出そう、自分!」
「何とかなるでしょう!」
「次のチャンスがあるよね!」
自分で言うなら、いくらでも声をかけられます。
口に出してもいいし、心の中でつぶやいてもかまいません。
ポジティブな言葉をかけていると、だんだん元気が出てきます。
ポジティブな言葉を言い聞かせていくことで、普段の自分を取り戻していくのです。
では、元気であればあるほどよいかというと、こちらも注意が必要です。
元気を通り越して浮かれている状態になると、黄色信号です。
あまり調子に乗りすぎていると、注意力が低下します。
思わぬ凡ミスをして、痛い目に遭うでしょう。
詐欺に引っかかり、大金を失うこともあるかもしれません。
調子に乗って浮かれていると、大切なことを見落とし、思わぬ失敗につながることがあります。
だからこそ、自分を落ち着かせる言葉をかけるのです。
「少し落ち着こう」
「あまり調子に乗ってはいけない」
「冷静さを取り戻そう」
そんな言葉をかけると、だんだん落ち着きを取り戻していけます。
あえて頭を冷やす言葉をかけることになりますが、余計な興奮は、失敗や大けがの元になります。
興奮状態のときは、感情にブレーキをかけることが必要です。
きちんと頭を冷やすことで、普段の自分を取り戻し、冷静な判断が下せるのです。
自分にかける言葉をコントロールするということです。
人に言われる言葉はコントロールできませんが、自分にかける言葉なら、自分でコントロールできます。
人生を安全運転するなら、まず感情を安定させることが大切です。
落ち込んでいるときには元気づける言葉をかけましょう。
浮かれているときは、自分を落ち着かせる言葉をかけましょう。
感情の波を整えることが、知性です。
「趣味を頑張っています!」
「仕事を頑張っています!」
「勉強を頑張っています!」
いろいろなところで「頑張っています」という声が聞かれます。
頑張るのは良いことだと、家庭でも学校でも教わってきました。
頑張れば成果も上がるし、周りからも褒められるでしょう。
誰かを応援するときも「頑張れ!」というセリフが定番です。
そうしたことから私たちは「まず頑張ることが必要」という意識になっています。
きっとあなたも今、何かを頑張っているのではないでしょうか。
しかし、ここに落とし穴があります。
頑張っているからといって、楽しむことになるとは限りません。
頑張るという言葉には、歯を食いしばっているイメージがあります。
「本当はやりたくないけど仕方なくやっている」という後ろ向きな響きもあり、悲愴感が漂っているのです。
もちろん頑張ることで成果は出せますが「楽しむ」というポジティブ要素が抜け落ちています。
嫌な仕事や勉強を頑張っても、やはり嫌な気持ちが強くなり、楽しむことが後回しになります。
頑張ることが楽しむことにつながるとは限りません。
楽しむことを忘れていると、嫌々やることになります。
それでは面白くなくなり、結果として続かないのです。
ところが面白いのは、逆のパターンです。
仕事をするときに楽しみましょう。
楽しんでいると、おのずと夢中になり、集中にもつながります。
どきどきしたりわくわくしたりするので、笑顔になることも増え、ストレスにも強くなります。
そして楽しんでいるゆえに長続きもします。
長続きするから成長も重なっていき、成果も出やすくなります。
楽しんでいれば、結果として頑張ることにもつながるのです。
何かに取り組むとき、まず大切なのは「頑張ることより楽しむこと」です。
趣味・仕事・勉強などに取り組むときは、頑張ることより、まず楽しむことを大切にしましょう。
「なぜ私は頑張れないの? なぜいつも長続きしないの?」と思ったら、楽しむことを忘れていないか振り返ってみてください。
なかなか楽しめないときは、楽しむ工夫を取り入れてみてください。
たとえば「記録をつける」「タイムアタック形式にする」など、ゲーム感覚を取り入れるのがおすすめです。
しっかり楽しむことは、しっかり頑張ることにもなります。
趣味も仕事も勉強も、楽しんでこそ充実感が生まれ、長く続けられます。
楽しんでいれば、おのずと一生懸命になり、自然と結果も成長もついてくるのです。
頑張ることが、楽しむことにつながるとは限りません。
しかし、楽しむことは、おのずと頑張ることにつながるのです。
人生では、別れがつきものです。
知人や友人との別れだけではありません。
上司や同僚との別れもあります。
恋人との別れもあります。
ペットや家族との別れもあります。
物理的に離れる別れもあれば、死別による別れもあります。
相手が先に亡くなるとは限りません。
自分が先に亡くなることもあります。
遅かれ早かれ、あらゆる存在との別れがあります。
「別れはいつか必ず訪れる」と心に留めておくことです。
「別れはまだまだ先」と思っていても、実際はわかりません。
急な転勤で別れることもあります。
突然の事故で亡くなることもあります。
理由がよくわからないまま、突然連絡が取れなくなることもあるかもしれません。
心の準備ができないまま別れるのはつらいことです。
別れは、いつやってくるのか、誰にもわかりません。
どんな人とも、遅かれ早かれ、必ず別れるのが運命です。
これに例外はありません。
「別れたくない」と思っても、これは人生の法則です。
「会うは別れの始め」という言葉もあるように、誰かと出会ったら、いつかは別れると思ってください。
避けようにも避けられません。
別れはつらく悲しいことではありますが、いつか必ず起こる現実です。
大切なことは「今のうちに別れを意識しておくこと」です。
強く意識する必要はありません。
心の隅で「いつか別れがある」と小さく思うだけでいいのです。
心の準備は、早いに越したことはありません。
悲しいことではありますが、紛れもない事実です。
目を背けず、いつかやってくる現実として、心の準備をしておくことが大切です。
別れがあるということは、会える回数も有限ということです。
「この人と会えるのはあと何回だろう?」と思いながら接してください。
自然と態度が柔らかくなり、少々のことでは腹が立たなくなります。
そして丁寧に接しよう、もっと仲良くなろうと思うでしょう。
たとえ嫌なことを言われても「まあいいか」と許せるようにもなるでしょう。
自然と人間関係が良くなるのです。
あなたの日常では、何人の人と関わりがあるでしょうか。
朝起きてから夜寝るまでの間、関わる人たちの顔を思い浮かべてみてください。
その人たちとも、いつか別れる日がやってきます。
あらためて目の前の人を大切にしてください。
別れを意識することは悲観ではありません。
人生を大切に生きるための準備です。
別れを意識すると、おのずと優しくなれるのです。
人を裁くのが口癖になっている人がいます。
「あの人はダメだ」
「あの人はなってない」
「あの人は趣味が悪い」
実は人を裁きがちな人は、常識やマナーが身についている人が多いのです。
自分に常識やマナーが身についているぶん、そうでない人がいると、目につきます。
人の非常識やマナー違反が気になって仕方ありません。
そして裁きのセリフを口にします。
「あの人の非常識な行動が許せない。そんな常識も知らないのか」
「私はきちんとマナーを守っているのに、あなたはマナーを守らないなんて許せない」
むっとした表情をしながら、強い語気でぶつぶつ文句を言うのです。
しかし、人を裁く癖には要注意です。
一見良いことのように思えますが、その多くは、自分が苦しむだけで終わるでしょう。
「あの人はダメだ。なってない」と裁いたところで、残念ながら、その人は変わりません。
注意をしても、スルーされることも多い。
良かれと思って注意しても、相手の機嫌を損ね、かえってトラブルになってしまうこともあります。
人を裁くと、自分がいらいらしたり、疲れたりするだけで終わります。
人を変えるのは難しいのです。
人を裁く癖があるなら、やめることです。
目につく人がいても、受け流しましょう。
マナーの悪い人がいても、恥をかくのは本人、損をするのも本人です。
人を裁いても、ストレスが増えるだけで、精神衛生上よくありません。
「そういう人なんだね」と思えばいいことです。
自分には関係ないのですから、気にしないのが一番です。
気になってしまうなら、見ないようにしましょう。
視界に入らなければ、気になることもなくなります。
人を裁くのをやめると、いらいらすることが減って、心が軽くなります。
人を裁くのは、裁判官に任せましょう。
恥ずかしがり屋で悩んでいる人がいます。
恥ずかしがり屋は、人前で何かをするのが苦手です。
人見知りをしやすく、知らない人には積極的に話しかけようとしません。
目立つようなことは避け、大胆な行動は控えます。
少しでも失態があれば、すぐ赤面したり汗をかいたりして恐縮するのです。
恥ずかしがり屋は、直すべき性格なのでしょうか。
いいえ、そうとは限りません。
恥ずかしがり屋にも良いところがあります。
それは「マナーが身につきやすい」という点です。
マナーにもさまざまな種類があります。
食事のマナー、ビジネスのマナー、電話のマナー、冠婚葬祭のマナー、言葉遣いのマナー、人付き合いのマナー。
恥ずかしがり屋は、恥ずかしいことをしたくない気持ちが強いため、あらゆるマナーに敏感です。
恥ずかしがり屋だからこそ「恥ずかしいことはできない」という気持ちが人一倍強くあります。
マナーが身についていないと恥をかくことになるので、積極的に正しいマナーを身につけようとします。
わからないマナーがあれば、人に聞いたりネットで調べたりして学ぼうとします。
だから普通の人より早くマナーが身につくのです。
マナーのいい人は、実は恥ずかしがり屋が多いのです。
マナーが身についていれば、堂々と振る舞えます。
恥ずかしがり屋は、マナーを身につけるが早いだけでなく、マナーを守ろうとする意識も強い。
だから年齢を重ねても、きちんとしています。
恥ずかしがり屋は、素晴らしい性格です。
その素晴らしい性格を生かして、どんどんマナーを身につけ、礼儀正しい人になりましょう。
恥じらう気持ちはとても大切なのです。
「勢いで旅行しました」
「勢いで結婚しました」
「勢いで起業しました」
そんな声を聞いたとき、どう感じるでしょうか。
無計画な印象を受けるのではないでしょうか。
「大丈夫なの?」と不安を感じることもあれば「どうせ失敗するに決まっている」と先の未来を予想する人もいるでしょう。
しかし、実際はどうでしょうか。
勢いで行動している人を見ると、うまくいかない人がいる一方、うまくいっている人も多く見られます。
勢いで旅行して、楽しい思い出がたくさんでき、満足している人がいます。
勢いで結婚して、子どもも生まれ、幸せな家庭を築いている人もいます。
勢いで起業して、夢をかなえた人も多くいます。
あなたの周りでも、勢いで何かを始め、何だかんだうまくいっている人がいるのではないでしょうか。
勢いは時に、大きなパワーになります。
あまり考えすぎると、行動できることもできなくなります。
特に臆病な人や慎重すぎる人は、何でも考えすぎる傾向があり、これが大きな壁となります。
なかなか決断に踏み切れず、結局何もできないまま終わることが多いのです。
そういうときこそ「勢い」を味方につけましょう。
勢いが出ているメリットは、集中力アップやスピードアップばかりではありません。
「決断がしやすくなる」というメリットもあるのです。
もし「今、勢いが出ている!」と感じたら、そのまま勢いに乗って大きな決断にも踏み出してみましょう。
大きな決断には、大きな勇気が必要です。
普段ならできないことも、勢いが出ているときなら、できます。
あれこれ悩みすぎることなく、思いきった行動ができるのです。
普段は臆病な人や慎重な人でも、勢いが出ているときなら「えいっ」と一歩前に踏み出せます。
勢いで行動することを、すべて間違いと考えるのではありません。
臆病な人や慎重な人にとって、勢いで何かを始めることは、大きなプラスに働きます。
背中をぐっと押してくれる味方となるのです。
人生の停滞を感じたときは、勢いで行動することも、1つのきっかけにしてみてください。
時にはそういったアクションもありです。
自分の殻を破るチャンスになるだけでなく、人生を大きく変えるチャンスにもなります。
行動しなければゼロですが、行動すれば、何かしら得るものがあります。
何かあったら「そのときはそのとき」の精神で乗り越えましょう。
小さな失敗があっても、あとから修正できます。
行動しないで悔やむくらいなら、少々損や回り道があったとしても、行動したほうがいいのです。
ファミリーレストランで注文した料理が届かず、怒っている人がいました。
気になったのは言葉遣いです。
「おい、注文した料理が来ないぞ! どうなってるんだ!」
怒鳴るような声で言うのです。
声のボリュームも大きく、店内に響き渡るほどでした。
お店の人は「大変申し訳ございません。すぐ確認してお持ちします」と何度も頭を下げています。
怒鳴り声は店内に響き渡っていて、周りにいるお客さんまで不快にさせます。
一瞬で嫌な空気が広がるのです。
たしかに注文した料理が届いていなくて、いらいらしているのでしょう。
待たされて嬉しい人はいません。
約束の時間に遅れそうで、心に余裕がなかったのかもしれません。
そうだとしても、やはり言葉遣いは大切です。
いらいらしているときは、言葉遣いが乱暴になりやすいものです。
自分では普通にしているつもりでも、知らず知らずのうちにとげのある言葉を使ってしまうのです。
乱暴な言葉遣いをすれば、相手に威圧感を与え、萎縮するでしょう。
なかにはむっとする人もいるはずです。
「売り言葉に買い言葉」となり、トラブルに発展する可能性もあります。
いらいらしているときこそ、丁寧な言葉遣いをすることです。
落ち度があるのはお店側だとしても、丁寧な言葉遣いを心がけることはできるはずです。
いらいらしているときは、呼吸が浅くなりがちです。
伝える前に大きく息を吸いましょう。
気持ちが落ち着き、余裕を取り戻せます。
腰を低くしながら「注文した料理がまだ届いていないのですが」と一言伝えるだけです。
丁寧に伝えれば、店員さんもスムーズに対応できます。
周りのお客さんの耳に届いたとしても、不快な感じはありません。
万一お店の不注意で注文が入っていなくて、時間もなければ「キャンセルをお願いします」と伝えることもできます。
伝える内容は同じでも、言葉遣いひとつで、相手に与える印象はまったく違うのです。
今日のあなたの課題をお伝えします。
「相手に寄り添い、共感の言葉をかける」です。
すでに忙しい日々を送っていて、そんな余裕はないと思うかもしれません。
ちょっとしたひと言でいいのです。
忙しい人がいれば「お忙しそうですね。ゆっくり休めてますか?」と言葉をかけてみましょう。
頑張っている人がいれば「頑張ってますね。大変でしょう。ストレス、ためてませんか?」と言葉をかけてみましょう。
病気で苦しんでいる人がいれば「おつらいですね。大変な時期ですね」と言葉をかけてみましょう。
少しでもいいので、相手に寄り添い、気持ちを理解してみてください。
相手は「私のことを理解してくれた。気持ちをわかってくれた」と感じ、ほっとするでしょう。
問題を解決する言葉も大切ですが、いつも必要とは限りません。
ただ相手の気持ちを想像し、共感の言葉をかけるだけでいいのです。
人は誰でも大変なときは自分のことで精いっぱいになり、なかなか人の気持ちまで想像する余裕がありません。
「自分のことをわかってもらえない」と苦しんでいる人は少なくありません。
普段なかなか周りから共感の言葉をかけてもらえないからこそ、いざかけてもらえると、嬉しいのです。
ちょっとしたひと言でも癒やしを感じ、相手の心は軽くなるでしょう。
まずは友人や同僚など、身近な人からでかまいません。
あなたの優しいひと言で、きっとその人は救われるでしょう。
相手に寄り添い、共感の言葉をかけられる人は、優しい人です。
日頃から、共感の言葉をかけられるくらいの余裕を持ちたいものです。
あなたこそ、そういう人になりましょう。
「声をかけるのが恥ずかしい」
「声をかけるのに勇気がいる」
「慣れていない人の前では緊張する」
そう思うことはありませんか。
むしろそう思う人のほうが多いのでしょう。
相手が初めて会う人だと、どんな人かまだわかりません。
どんな人かわからないので、なかなか声をかけにくくなります。
話しかけたとしても、つい壁をつくってしまい、ぎこちない雰囲気が漂うものです。
私たちは普段、初めて会う人に対しては、警戒心を抱きます。
何度か会って会話を交わしていくうちに、だんだん相手のことがわかっていき、警戒心も解かれていきます。
そこに至るまでには、一定の時間とコミュニケーション量が必要になるのです。
「声をかけるのが恥ずかしい」と思ったとき、その抵抗感を小さくする工夫があります。
先に相手のことを、いい人だと思ってみるのです。
会って話してから判断するのではなく、会って話す前からそう思ってみます。
すると、感じ方ががらりと変わります。
いい人だと思ってみると、心理的な抵抗が小さくなり、声をかけやすくなります。
話しているときも、自然な感じでコミュニケーションが取れるようになるのです。
この工夫は、たとえば就職活動のときに役立ちます。
面接の際「面接官はいい人」と先に思って受けてみましょう。
抵抗が小さくなり、自然と笑顔も増え、打ち解けた雰囲気で面接を受けやすくなります。
パーティーに出席するときも、先に相手をいい人だと思ってみると、声をかけやすくなります。
自然と会話も打ち解けた感じになり、コミュニケーションがスムーズになるのです。
世の中にはさまざまな人がいます。
最初から悪い人はめったにいません。
もちろん警戒心を持つことも大切なことですが、あまり壁をつくってしまうと、仲良くなるチャンスまで失うことになります。
実際普通に接すれば、普通に応じてくれる人が多いものです。
そのなかには、親切な人や優しい人もたくさんいるのです。
先に良いイメージを持ってみましょう。
いい人だと思ってみると、声をかけやすくなります。
良い思い込みは、良い人間関係を後押しするのです。
「連絡を取り合っていたのに、いつの間にか連絡が途絶えてしまった」
そんな経験はないでしょうか。
プライベートで知り合って仲良くなったので、連絡先を交換しました。
最初のうちは連絡を取り合っていましたが、だんだん頻度が少なくなっていきます。
気づくと、連絡が途絶えているのです。
トラブルがあって連絡を取らなくなるならわかりますが、そうではありません。
トラブルがあったわけでもないのに、関係が自然消滅するのです。
関係が悪くなったわけでもないのに、不思議と連絡を取らなくなることもあります。
それを悲しいことだと思わないことです。
連絡が途絶えると、もやもやした気持ちになるものです。
「自分に問題があったのかな」と思い、何となく落ち込んだり、自分を責めたりするかもしれませんが、そうとは限りません。
連絡が途絶えることがあるのは、よくあることです。
ずっと連絡を取り合う人もいれば、自然と関係が途切れる人もいます。
相性や価値観の問題で、次第に連絡が減ることもありますが、それに限りません。
気の合う人とでさえ、次第に連絡を取らなくなり、自然と関係が途切れることもあります。
「会うは別れの始め」という言葉もあります。
人との出会いには、いつか必ず別れが訪れるという、人生の無常を表した言葉です。
自然と連絡が途絶えることは珍しいことではありません。
もちろん悪いことでも悲しいことでもありません。
「これもまた人生」と思えばいいのです。
落ち込む必要はないし、自分を責める必要もないのです。
あなたは人から言われたひどい言葉で、忘れられない一言はありますか。
きっと「ある」と答える人も多いでしょう。
たとえば、自尊心を傷つける言葉や人格を否定する言葉などは、なかなか忘れないものです。
ぐさっと心に突き刺さり、大きなショックを受けます。
心に大きなダメージを受けると、しばらく落ち込んでしまい、なかなか暗い気持ちから抜け出せません。
時にはあまりのショックに泣いてしまうこともあるでしょう。
人に言われた暴言は、ひどい内容であればあるほど、長く覚えているものです。
心の傷が癒えるのにも長い時間がかかります。
言った側と言われた側とでは、受け止め方に大きな差があります。
言った側は忘れていても、言われた側はいつまでも覚えているものです。
しかも鮮明に覚えています。
何年も何十年も前の言葉が、深い傷として今でも残っていることもあるのです。
ということは「逆のパターンもある」と気づいてほしいのです。
あなたもまた、誰かにひどいことを言ったら、相手の心に長く残り続けるでしょう。
「時間がたてば忘れるだろう」と軽く考えがちですが、実際はどうでしょうか。
あなたが人から言われたひどい言葉をいつまでも覚えているように、相手もいつまでも覚えている可能性があります。
「一生忘れない」という状態になっていることもあるでしょう。
発言は、撤回できても、発言したという事実は残ります。
心の傷は回復しても、傷跡は残り続けます。
だから、ひどいことは言わないのです。
言いそうになったら「これを言ったら、相手の心に一生残るかもしれない」と思い、喉のところでぐっと飲み込みましょう。
思うことはあっても、口には出しません。
感情のコントロールも必要で、なかなか大変なことですが、意識することが大切です。
言葉は、人を助ける道具にもなりますが、人を傷つける刃物にもなります。
常に冷静な心を持ち「これを言ったら相手はどんな気持ちになるだろうか」を考えるようにしましょう。
そう考えられるだけの心の余裕を日頃から持つことも大切です。
言葉は、大きな力を持ちます。
「人を傷つける刃物」ではなく「人を助ける道具」として活用しましょう。