面倒見の良い親がいます。
面倒見の良い親は、子どものためを思ってあれこれ面倒を見ます。
子どもの宿題を見る、子どもが着る服を選ぶ、子ども部屋の掃除や片付けをする。
もちろん面倒を見るのは良いのですが、面倒を見すぎるのは要注意です。
何でもかんでも子どもの面倒を見ていると、子どもは自分で経験する機会がないまま育ってしまいます。
親が面倒を見れば見るほど、子どもから経験を奪うことになり、さらには成長する機会まで奪うことになります。
良かれと思ってやっていることが、かえって子どもから成長の機会を奪っていることがあるのです。
人は、経験を通して成長します。
成功だけが経験ではありません。
失敗も貴重な経験です。
失敗するからこそ、その痛みがわかります。
親は、子どもが転ばないようサポートしますが、転んだときの傷や痛みは、経験していないとわかりません。
痛いからこそ「二度と同じ目に遭いたくない」と思い、そのための工夫をするようにもなります。
それは座学で学べることではなく、自分の身をもって経験しなければわからないことです。
つまり「自分のことは自分でさせる」という姿勢です。
親だからといって、子どもの面倒を見すぎないことです。
面倒を見るのは必要なサポートにとどめ、できるだけ本人にやらせることが大切です。
時には失敗を経験させることにも意味があります。
もちろん子どもにはまだ年齢や発達段階によってできないこともありますが、その中でもできることがあるはずです。
子どもの宿題も、親がすべてやってあげるのではありません。
自分で答えを導き出せるようヒントだけ与え、あくまでサポートに徹します。
子どもの宿題を見るなら、直接答えを教えるのではなく、必要な手助けの範囲にとどめ、本人に考えさせることが大切です。
子どもが着る服を、親が選ぶのではありません。
自分が着たい服は、自分で選ばせるようにします。
普段は親が洗濯しても、たまには子どもに洗濯をさせてみるのも良い経験になるでしょう。
部分洗いなら、親と一緒にやれば、無理なくできるはずです。
子ども部屋の片付けも、親がすべてやるのではありません。
できるところは、自分でやらせるようにします。
片付けや整理整頓に不十分なところがあるかもしれませんが、試行錯誤させるためにも、あえてそのままにするのも良いでしょう。
何でも親がやるのではなく、子どもができそうなことは、できるだけ本人にやらせるのです。
そして、失敗しても叱りません。
むしろ「よく頑張ったね」「きれいにできたね」「前よりうまくなったね」と褒めることが大切です。
子どもにとって親に褒められることは嬉しいことです。
「また頑張ろう」と思うようになり、自発的な子どもへと育つのです。