あなたは今日、何か新しい発見はありましたか。
「ある」という人は素晴らしい。
きっと日頃から好奇心が強く、アンテナを張っていて、新しいことに目を向けているのでしょう。
自然は、季節に合わせた変化をします。
春になれば桜が咲き、夏になればセミが鳴き、秋になればモミジが色づき、冬になれば雪が降ります。
気温や植物の変化を見たり感じたりすることで「もうそんな季節なんだね」と思うことでしょう。
選択肢に迷ったら、どうするか。
「成長」という観点でいえば、答えはひとつ。
経験したことがないことを選びましょう。
人生に、同じ天気は1つもありません。
「同じ天気なら何度も経験している。晴れも雨も何度も経験している」と思うかもしれません。
たしかに大まかに言えばそのとおりですが、もっと天気の小さな点に目を向けてください。
最近、観光をした場所はどこですか。
休日や連休には、気分転換や気晴らしを兼ねて、国内海外へ旅行しに行きます。
旅行先では、数多くの観光地があるでしょう。
新しい発見はどこにあるのでしょうか。
興味のない展覧会にあります。
興味のない展覧会は普通行くことはありません。
本や映画で、おすすめを聞く人がいます。
「おすすめの本は何ですか」「何かおすすめの映画はありますか」と。
その気持ちはわからなくもありません。
映画館で映画鑑賞するときは、スマホをオフにするのがマナーですね。
映画は「集中力」と「没入感」が大事です。
映画鑑賞中、音が鳴ったり画面が光ったりすると、ほかのお客さんの迷惑となります。
自宅で見る映画と、映画館で見る映画は、同じ作品でもまったく別のものです。
自宅で見る映画は「鑑賞」です。
映画館で見る映画は「体験」です。
映画館で映画鑑賞を楽しむことがあるでしょう。
しっかり映画に集中したいなら、飲食は控えることです。
もちろん自宅でのんびり鑑賞したいなら、飲食しながらもいいのです。
楽しみながら自己肯定感を高める方法があります。
映画鑑賞です。
「素晴らしい映画のおかげで人生が変わった」という声を聞いたことがあるのではないでしょうか。
昔見た映画でも、今見れば、違う印象を受けることがあります。
物語の展開や結末を知っていても、そのときの立場や年齢が変われば、視点も変わるからです。
『火垂るの墓』という映画があります。
忙しい日々を送る中、自宅での映画鑑賞に役立つのは「倍速機能」です。
倍速は時短効果が抜群です。
1.2倍速くらいであれば、難なく視聴できるでしょう。
あなたにとって「人生を変えた映画」は何ですか。
今まで鑑賞した映画で「人生を変えた」と言える映画があるのではないでしょうか。
1本ではなく、何本もあるかもしれません。
会う頻度と親しさは、比例しません。
よく会うからといって親しいとは限りません。
毎日会う友人だとしても、表面的な関係でしかないのはよくあることです。
蚊は、みんなから嫌われている存在です。
「ブーン」という蚊の飛ぶ音は不快感があります。
小さな音にもかかわらず、耳障りでこれほどいらいらさせられる音はありません。
世の中には、科学的に証明されていないことがあります。
たとえば、幽霊の存在、あの世の存在、神様の存在などです。
あなたはこれらの存在を信じますか。
あなたが今日学んだことは何ですか。
好奇心旺盛なあなたであれば、何か新しく学んだことがあるのではないでしょうか。
なるほどと納得して終わりそうですが、そうではありません。
カフェや飲食店では、店内でBGMが流れています。
特におしゃれなお店では、おしゃれな音楽がBGMとして流れていることが多いものです。
普段聴かないような音楽が流れていることも珍しくありません。
「一字の師」という言葉があります。
「鄭谷が斉己の詩の一字を直したところ、見違えるほど立派になり、師として拝された」という故事から生まれた言葉です。
言葉は、たった一字で意味が変わることがあります。
「医者に怒られた」と、落ち込む人がいます。
「医者に怒られるから」と、受診を拒む人がいます。
病院に行くと、医者から健康や食生活のことであれこれ言われることがあるでしょう。
旅行に行って景色を見ても、すぐ忘れてしまう人がいます。
良い音楽を聴いても、心に響かない人がいます。
おいしい料理を食べても、感動しない人がいます。
新しい景色を見るためには、どこに行けばいいのでしょうか。
行ったことがないところに行けばいいと思うかもしれません。
初めてのお店に入ってみたり旅行に出かけたりするのもいいでしょう。
そっくりのものが2つあって、違いがよくわからないときがあります。
そんなとき、ふと「違いは何だろう?」と疑問に思います。
「天気と天候の違いは何だろう?」
おすすめされたレストランに行ってみたところ、いまいちでした。
期待値が高すぎたせいかもしれません。
その人とは、食の好みが違っていたのかもしれません。
「日展」をご存じでしょうか。
「日本美術展覧会」の略であり、年に一度開催される、国内最高峰レベルの美術展覧会です。
日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5つの部門があり、バラエティーに富んでいます。
「あいにくの雨ですね」
そう言われたとき、あなたはどう答えますか。
「そうですね。嫌なお天気ですね。ぬれちゃいますね。困りますねえ」
旅行や観光地に行くと、写真をたくさん撮ります。
誕生日や記念日など、特別なイベントのときも写真を撮りますね。
スマホのカメラは驚くほど高性能になりました。
仲のいい友人から、ある日、突然ひどいことをされることがあります。
裏切りです。
急に仲間外れにされたり、大きな嘘をつかれたり、騙されたりなどです。
有名人が病気で亡くなったニュースを目にします。
そういうときは「病気について学ぶ機会、啓発の機会」と捉えましょう。
私たちは普段、あまり病気のことについて調べることはありません。
あなたは今日、何か新しい発見はありましたか。
「ある」という人は素晴らしい。
きっと日頃から好奇心が強く、アンテナを張っていて、新しいことに目を向けているのでしょう。
向上心もあって、積極的に行動しているに違いありません。
一方「ない」と答えた人でも、残念に思うことはありません。
今すぐ新しい発見をすればいいのです。
日付が変わるまでに、まだ時間があります。
チャンスは十分あるのです。
発見は「偶然あるもの」「ときどきあるもの」と思われがちですが、誤解です。
発見とは「毎日あるもの」「たくさんあるもの」です。
たとえば、あなたが普段歩いている道があるでしょう。
「何か新しいものはないだろうか」と意識しながら歩けば、まもなく「おやっ」と思う何かを見つけるはずです。
道ばたに目を向けると、きれいな花を見つけるでしょう。
建物に目を向けると、面白い看板を見つけるでしょう。
コンビニの棚に目を向けると、新商品を見つけるでしょう。
すれ違う人に目を向けると、おしゃれなファッションを見つけるでしょう。
意識的に観察することで、新しい発見ができるのです。
積極的な行動することで、発見を増やすこともできます。
本を読めば、新しい知識が得られます。
初めてのお店に入れば、新しい雰囲気を楽しめます。
映画を鑑賞すれば、新しい世界を発見できます。
新しい発見は、探さないから、見つかりません。
探せば、見つかります。
受け身になるのではなく、自分から見つけに行くのです。
それはとても楽しいことであり、一種のエンターテインメントでもあります。
「何か新しいことはないだろうか」と思いながらきょろきょろすれば、すぐ新しい発見ができます。
その気になれば、毎日新しい発見をすることも可能です。
人生を楽しむためにも「毎日新しい発見がある」と言える人になりましょう。
アンテナを張り、気づきのセンサーを研ぎ澄まし、観察の目を光らせるのです。
運や偶然に任せて新しい発見を待つのではなく、積極的に新しい発見を見つけに行きましょう。
そうすれば新しい発見が得られる確率はぐっと上がり、人生はもっと面白くなるのです。
自然は、季節に合わせた変化をします。
春になれば桜が咲き、夏になればセミが鳴き、秋になればモミジが色づき、冬になれば雪が降ります。
気温や植物の変化を見たり感じたりすることで「もうそんな季節なんだね」と思うことでしょう。
では、ここでユニークな視点をご紹介します。
季節の先取りは、どこですればいいのでしょうか。
おすすめは「ショーウインドー」です。
ショーウインドーには、季節を先取りしたマネキンがいます。
まだまだ冬の寒さが厳しい時期なのに、春服を着たマネキンが立っています。
桜が満開の時期なのに、夏服を着たマネキンが立っています。
夏の暑さのピークを越えたあたりから、すでに秋服を着たマネキンが立っているはずです。
紅葉シーズンが見頃を迎えたあたりから、すでに冬服を着たマネキンが立っているはずです。
ショーウインドーは、いつも季節を先取りしています。
マネキンを見て「かっこいい服だな」「かわいい服だな」と思うのもいいですが、それだけではもったいない。
アパレルショップの前を歩くことがあれば、ぜひショーウインドーに目を向け「次の季節」を感じてください。
「そろそろ次の季節が近づいているね」と思うことが大切です。
ショーウインドーの内装も季節らしい装飾がされていることが多く、見る価値があります。
意識的に目を向けることで、季節を先取りできるのです。
きっと今もアパレルショップのショーウインドーでは、次の季節の服を着たマネキンがポーズを決めて、立っているはずです。
あなたに見てもらおうと、そこで待っています。
ショーウインドーは、季節を先取りするところなのです。
選択肢に迷ったら、どうするか。
「成長」という観点でいえば、答えはひとつ。
経験したことがないことを選びましょう。
たとえば、メニューに迷ったら、食べたことがない料理を選ぶ。
行き先までのルートに迷ったら、まだ通ったことがない道を選ぶ。
旅行先で迷ったら、まだ行ったことがない場所を選ぶ。
仕事を選べる状況で迷ったら、やったことがないほうを選ぶ。
問題解決に迷ったら、試したことがない方法を選ぶ。
「経験したことがないこと=初めて経験」です。
あなたの知見を広げるのは、初めて経験です。
仕事でも遊びでも同じことが言えます。
もちろん失敗が許されない状況なら、リスクを取った行動は避けるべきですが、余裕のある状況もあるでしょう。
失敗しても良い状況なら、気軽に選んでみればいいのです。
未経験だからといって避けてばかりでは、新しい経験が得られず、成長も限られてしまいます。
宝箱は開けてみないと中身がわからないように、未経験もやってみないと結果がわかりません。
まだ一度も経験したことがないものには、きっと新たな発見があります。
人生を変えるような出会いもあるかもしれません。
それが自分の知見を広げ、結果として成長につながるのです。
「よくわからないから」と避けるのではなく、よくわからないからこそ選んでみましょう。
わくわくする気持ちを大切にしてください。
「どんなものだろう」「飛び込んでみよう」「新しい自分に出会えるチャンス」と思えば、勇気も湧いてきます。
うまくいっても、いかなくても、新しい経験が得られることで成長できるのです。
人生に、同じ天気は1つもありません。
「同じ天気なら何度も経験している。晴れも雨も何度も経験している」と思うかもしれません。
たしかに大まかに言えばそのとおりですが、もっと天気の小さな点に目を向けてください。
マクロで見るのではなく、ミクロで見ましょう。
一言で「天気」といっても、実にさまざまな要素で成り立っています。
気温の変化、雲の動き、雲の形、風の強さ、風向きの変化、気圧の変化。
しかも刻一刻と変化する「動」もあります。
こうした小さな点に着目すれば、人生に一度として同じ天気はありません。
「昨日の晴れ」と「今日の晴れ」は、同じ晴れではありません。
気温の変化、雲の動き、風の強さに違いあります。
雨や曇りでも同じことです。
雨であれば、降雨量や降り方に変化があるでしょう。
曇りであれば、風向きや空模様に変化があるでしょう。
もちろん雪の日や嵐の日も同じことがいえます。
マクロでは同じでも、ミクロでは違います。
五感を研ぎ澄ませて、今日の天気を楽しみましょう。
今日と同じ天気は、二度とありません。
今日の天気は最初で最後と思えば、今日の天気をいとおしく感じるようになります。
この事実に気づけば、どんな天気も貴重に感じられるようになります。
毎日、今日の天気をしっかり楽しみましょう。
目に焼き付けるだけでなく、心にも焼き付けたい。
晴れであれ、雨であれ、日々の天気はすべて貴くて素晴らしい。
天気にも「一期一会」があるのです。
最近、観光をした場所はどこですか。
休日や連休には、気分転換や気晴らしを兼ねて、国内海外へ旅行しに行きます。
旅行先では、数多くの観光地があるでしょう。
観光地を訪れるのは、旅行の楽しみの1つ。
特に歴史的な観光地には、文化と歴史が詰まっていて、気分もリフレッシュできます。
もちろん遠くへ観光に行くのもいいですが、もっと大事な観光地を見落としていませんか。
人生には、もっと基本的な観光地があります。
それは、あなたの自宅からいちばん近い神社仏閣です。
あなたの自宅からいちばん近い神社仏閣はどこでしょうか。
「行き慣れた場所」「特に珍しくない」「特別な場所ではない」と思うかもしれませんが、実際はどうでしょうか。
意外と答えられない人が多いのではないでしょうか。
最も身近な観光地であるにもかかわらず、説明ができないのはもったいない。
「観光」といえば、遠くの場所に行くことだけ考え、すっかり近場を見落としていることがあります。
有名なところだけが観光地ではありません。
歴史と文化が詰まっているところは、すべて観光地です。
自宅からいちばん近い神社仏閣も、立派な観光地です。
どんな神社仏閣も、必ず歴史と文化があります。
神聖な場所を無視するのは、神様にも地域にも失礼です。
人からその神社の説明を求められたとき、詳しく答えられるようになっておくことが大切です。
本やインターネットで調べられないなら、その神社仏閣の責任者に聞いてみるといいでしょう。
そうすれば、その神社仏閣への愛着も湧きます。
その地域に住んでいることが誇らしくなり、今住んでいる地域をもっと好きになれるでしょう。
遠くのほうばかり見ないで、まず近くを見ましょう。
自宅からいちばん近い神社仏閣は、パワースポットでもあります。
落ち込んだときや元気のないときは、その神社仏閣を訪問するといいでしょう。
神秘的な力によって心が癒やされるでしょう。
いちばん身近なところをいちばん愛しましょう。
最も基本的な観光地は、自宅からいちばん近い神社仏閣なのです。
新しい発見はどこにあるのでしょうか。
興味のない展覧会にあります。
興味のない展覧会は普通行くことはありません。
興味のある展覧会に行くことはあっても、わざわざ興味のない展覧会に行くことはないでしょう。
お金も時間もかかるので、できるだけ興味のあるものに注目するはずです。
ここに盲点があります。
ぜひ、興味のない展覧会にも足を運んでみてください。
なるべく1ミリも興味のない展覧会がいいでしょう。
顔も名前も知らないアーティストでもいいのです。
時間とお金の許すかぎり、行ってみる価値はあります。
展覧会が開かれるくらいですから期待できます。
裏を返せば「展覧会が開かれるだけの実力や知名度がある」と言えます。
足を運んだら、ぼうっと見るのではなく、じっくり見てください。
そこにはたいてい何かしら新しい発見があるものです。
素晴らしい作品や今まで見たことのないものがあるでしょう。
「こんな世界が広がっていたのか!」
「こんなに素晴らしいものだったのか!」
「今まで知らなかった。知ってみると、面白いね!」
期待しないで行ってみたら、思いのほか楽しめるのはよくあることです。
実際に作品を見たり詳しい説明を聞いたりしているうちに興味が出てくるでしょう。
「なるほど、こういう世界なのか。こういう魅力があるのか」となるに違いありません。
軽い気持ちで足を運んだことがきっかけで興味に火がつき、はまってしまうこともあるはずです。
今まで興味がなかったのは知らなかったためでした。
知ると興味が出てきます。
これが成長です。
新しい世界を知り、視野が広がるのは素晴らしいことです。
自分の殻を破って、新しい発見と出会うには、今までとは違った行動パターンが有効です。
「興味のないから行かない」ではなく「興味のないから行ってみる」です。
興味のない展覧会だからこそ、わざわざ足を運んでみる価値があります。
あっと驚くような刺激が舞い込んでくるでしょう。
新しい発見は、興味のない展覧会にあるのです。
本や映画で、おすすめを聞く人がいます。
「おすすめの本は何ですか」「何かおすすめの映画はありますか」と。
その気持ちはわからなくもありません。
「選ぶのが面倒くさい」「今すぐ良い作品を楽しみたい」という気持ちがあるのでしょう。
選ぶことに労力をかけたくありません。
「ハズレを引きたくない」という損失回避の心理もあるのかもしれません。
タイパを重視する現代社会では、手っ取り早くアタリを引きたい気持ちを持つ人が増えています。
本・映画は世の中に山ほどあるので、すでに読んだ人や鑑賞した人の意見を頼りにしたいのです。
しかし、これは効果的なことに思えて、実は損なことです。
読書も映画も、自分で選ぶところから始まっているからです。
書店に足を運び「何か面白そうな本はないかな」と思いながら店内をぶらぶらするのがいいのです。
すでに読書が始まっています。
自分が読みたい本を探すのも、読書の一部です。
映画サイトを見て「何か面白そうな映画はないかな」と思いながらチェックするのがいいのです。
すでに映画鑑賞が始まっています。
自分で見たい映画を探すことも、映画鑑賞の一部です。
人のおすすめを聞くと「自分で探す」という行為が省略されます。
楽かもしれませんが、それは貴重な楽しみを削ることになり、読書体験・映画体験の質の低下につながります。
結果として、自分が損をするのです。
だから、人におすすめを聞かないことです。
聞きたくても、あえて聞きません。
読書をしたいなら、書店に足を運び、自分で読みたい本を選びましょう。
映画を鑑賞するなら、映画サイトをチェックして、自分で見たい映画を選びましょう。
手間暇がかかりますが、それこそが読書体験・映画体験の質を高めるエッセンスです。
「ハズレを引いたらどうしよう」と思うかもしれません。
不思議なもので、自分が選んだものは、満足度が高い傾向があります。
仮にハズレを引いたとしても、それも良い経験です。
「面白そうなものがなかったらどうするの?」と思う人がいますが、心配には及びません。
面白そうなものは、必ず見つかります。
過去の作品まで目を向ければ、面白そうなものばかりで選ぶのが大変に感じるはずです。
本も映画も、すでに星の数ほど存在します。
一生かけても楽しみきれないことに気づかされるはずです。
人におすすめを聞かず、自分で探して見つけることで、読書や映画鑑賞がより楽しめます。
読書も映画鑑賞も、選ぶところから始まっているのです。
映画館で映画鑑賞するときは、スマホをオフにするのがマナーですね。
映画は「集中力」と「没入感」が大事です。
映画鑑賞中、音が鳴ったり画面が光ったりすると、ほかのお客さんの迷惑となります。
静かで真っ暗な映画館では、小さな音や光も目立ちます。
映画館での映画鑑賞は周りへの配慮が必要です。
たった1つの着信音・通知音で、雰囲気は台無しです。
どのお客さんも、わざわざ映画館まで足を運び、貴重なお金を支払って映画を鑑賞しています。
できるだけ雰囲気を壊さないよう、協力を心がけることが大切です。
映画館で映画鑑賞するときのマナーですが、映画館に限った話ではありません。
自宅で映画鑑賞するときも、ぜひスマホの電源をオフにしたい。
周りにお客さんはいないので迷惑をかけることはありませんが、油断は禁物です。
周りに迷惑はかからなくても、自分に迷惑がかかるのです。
鑑賞中に通知があると、注意がそがれます。
電話がかかってくれば、一時中断をしなければいけなくなります。
突然現実に引き戻されて、完全に興ざめです。
クライマックスや盛り上がるシーンで通知や電話に邪魔されると最悪です。
集中力・没入感が妨げられるだけではありません。
号泣シーンで泣けなくなったり感動シーンで感動できなくなったりして、貴重な機会を失いかねないのです。
「そこまでしなくてもいいのではないか」と思うかもしれませんが、映画鑑賞はデリケートな行為です。
映画作品には人の価値観や生き方を変える力があるのですから、配慮をしてもしすぎることはありません。
どうしても電源をオフにするのが難しい場合は、せめて機内モードやマナーモードに設定しましょう。
周りにお客さんはいなくても、結局のところ、自分のためです。
自宅で映画鑑賞するときは、集中できる環境を整えましょう。
集中できる環境を整えれば、最高の没入感を体験できます。
映画の魅力を存分に堪能できるのです。
自宅で見る映画と、映画館で見る映画は、同じ作品でもまったく別のものです。
自宅で見る映画は「鑑賞」です。
映画館で見る映画は「体験」です。
似ているようでいて、決定的に異なるのです。
わざわざ映画館に足を運び、巨大なスクリーンと迫力のある音響で映画に没頭します。
周りにはお客さんがいて、どの人も「この映画を見たい!」という気持ちが共通しています。
真っ暗な室内に、眼前にはただ1つ光るスクリーン。
映画館で見る映画は、非日常感があります。
真剣勝負のような緊張感と高揚感もあって独特です。
それは鑑賞を超えた、特別な「体験」なのです。
今や映画は、映画のサブスクリプションで気軽に楽しめる時代です。
自宅に居ながらにして、膨大な作品の中から自由に視聴できるのはとても魅力的です。
レンタルとは違って、借りる手間も返す手間もありません。
手頃な価格なのですから、もはやデメリットがないと言っても過言ではありません。
しかし、それでもまだまだ映画館の役割は大きいものがあります。
「自宅で見られるじゃないか」「サブスクのほうが安いじゃないか」と思う人も多いでしょう。
たしかに新作映画は、公開して数カ月経てば、ネットで配信されるようになります。
気になる映画があっても、少し我慢すればいいことです。
それをわかったうえで、わざわざ映画館に足を運ぶのがいいのです。
映画館で見る映画は格別です。
素晴らしく特別な体験だからです。
私は以前、名作『タイタニック』を映画館で見たことがあります。
1997年の作品なので、上映時期はとっくに終わっていました。
あるとき「午前十時の映画祭」で期間限定のリバイバル上映がされるということで、狂喜乱舞で足を運んだのです。
何度も見ているので、内容は知っているし、もちろん結末も知っています。
それでもやはり映画館で見る映画は、自宅で見るものとはまるで違いました。
深い没入感があり、見たことがあるのにもかかわらず、初めて見るような感覚に包まれたのです。
クライマックスが近づくにつれて、周りからすすり泣く声が聞こえてきました。
それもまた、観客と共に過ごす映画館ならではの醍醐味。
そのときの体験は、今でも鮮明に覚えています。
あなたはきっとこれまで多くの映画を見てきたでしょう。
なかには「この映画、見たことあったかな」という作品もあるかもしれません。
時間がたつにつれて記憶が薄れていき、過去に見たかどうかはっきり思い出せなくなることがあります。
しかし、映画館で見る映画は違います。
自宅で見る映画は、見たかどうか忘れることはあっても、映画館で見る映画は忘れることはありません。
映画館で見る映画は、何年・何十年経っても、覚えているものです。
それは体験だからです。
わざわざ時間をつくり、映画館まで足を運び、チケットを買います。
そして巨大なスクリーンを目の前に、しばし静寂な雰囲気のなか、映画の世界に没入するのです。
そういう経験は、忘れようにも忘れられないのです。
五感を使った体験だからです。
映画の世界に没入するのは、別世界に旅をしているのと同じことです。
映画館の鑑賞料金を「高い」と感じる人もいるかもしれません。
そんなときは視点を変えてください。
「貴重な体験を買う」「一生忘れられない思い出をつくる」と思えば、むしろ安いと感じるのではないでしょうか。
月に1回映画館に行けば、1年で12回の特別な体験が手に入ります。
「一生記憶に残る体験」を月に1回味わえるとすれば、むしろ「贅沢でお得な旅」と言えるのではないでしょうか。
年齢を重ねるにつれて、新鮮な体験が減るといいます。
いいえ、それは誤解です。
上手に映画館を利用すれば、素晴らしい体験ができ、忘れられない思い出をたくさんつくれるのです。
映画館で映画鑑賞を楽しむことがあるでしょう。
しっかり映画に集中したいなら、飲食は控えることです。
もちろん自宅でのんびり鑑賞したいなら、飲食しながらもいいのです。
小腹が空いているなら、何か口に入れたくなるものです。
食べたり飲んだりしながら楽しむ映画も悪くありません。
家族や友人、恋人と食べ物をシェアしながら鑑賞するのも良いでしょう。
しかし、あくまで「映画に集中する」という目的なら、鑑賞中の飲食は控えるのが賢明です。
食べ物があると、食べることに注意が向きます。
ポップコーンの食べる音が響くと、気が散ります。
シリアスなシーンでポップコーンの音があると、雰囲気を壊してしまいます。
食べるとき音が周りの迷惑になっていないか、気になってしまう人もいるでしょう。
飲み物を飲むと、トイレに行きたくなります。
鑑賞中に席を外すと、その数分間のシーンが見られなくなります。
大切なシーンを見逃してしまうかもしれません。
尿意を我慢するにしても、そのストレスが集中力の低下につながります。
「映画があまり面白くなかった」と感じる人の中には、飲食をしながら鑑賞していたことに原因があるのかもしれません。
飲食をしながらでは集中力が下がり、映画の世界に入り込みにくくなるのです。
飲食を控えるとはいえ、せいぜい2時間です。
長くても3時間程度でしょう。
少々の空腹なら、問題なく耐えられるはずです。
私は映画館で映画を楽しむとき、飲食はしません。
しっかり集中して、没頭したいからです。
映画代を払っている以上、いつも真剣勝負の気持ちで臨みます。
膨大な制作費と多くの手間がかかっている作品に対し、飲食しながら鑑賞するのは申し訳ない気持ちもあります。
食事は鑑賞前に済ませるか、鑑賞後にするのが、私のパターンです。
しっかり映画に集中したいなら、鑑賞中の飲食は控えるのがベストです。
食事は、鑑賞前に済ませるか、鑑賞後にしましょう。
楽しみながら自己肯定感を高める方法があります。
映画鑑賞です。
「素晴らしい映画のおかげで人生が変わった」という声を聞いたことがあるのではないでしょうか。
世の中には数多くの映画がありますが、人生にプラスの影響を与える映画も少なくありません。
自己肯定感を高めるためにも、映画鑑賞はおすすめです。
映画なら、見て楽しむだけでいいので、初心者も取り組みやすいでしょう。
では、人生を変える映画とは、どんな内容をいうか。
基本的に明るい内容の映画なら何でもいいですが、特に重要なポイントが3つあります。
「ヒューマンドラマ」「ハッピーエンド」「実話」です。
この3条件を満たしているなら、人生を変える映画になる可能性が高いため、選ぶときの参考にするといいでしょう。
自己肯定感を高めるためには、人の生きざまを描いた内容が適しています。
生々しい生きざまには人間味があり、心を揺さぶる力があります。
人の生きざまを描いた内容としておすすめなのが「ヒューマンドラマ」です。
ヒューマンドラマとは、人間らしさをテーマに描いたドラマのことをいいます。
人の心の交流が描かれていたり、人の半生や一生を描かれていたりします。
ヒューマンドラマを描いた映画は、心に訴えかける力が強いため、感動させる作品が目立ちます。
厳しい境遇から這い上がっていく作品が多いため、勇気や希望をもらい、自己肯定感を高めるきっかけがつかめるでしょう。
ヒューマンドラマとはいえ、バッドエンドでは意味がありません。
不幸な終わり方では、映画の鑑賞の後、自己肯定感を高めてくれる効果は乏しいでしょう。
むしろかえって自己肯定感を下げてしまうことも少なくありません。
自己肯定感を高めるには、ハッピーエンドという条件が欠かせません。
幸せで締めくくるハッピーエンドの映画は、勇気・希望・生きる力をもたらしてくれます。
前向きに生きたい気持ちが強くなり、自己肯定感の向上を後押ししてくれます。
いくらハッピーエンドでも、現実味が乏しい物語では、素直に受け入れられないことがあります。
「どうせつくり話」と思ってしまうと、素直に受け入れにくいでしょう。
クライマックスの感動も半減するでしょう。
そこで大切なポイントが「実話」です。
実際に起こった出来事を題材にしている映画は、生々しく感じられます。
脚色が含まれている場合もありますが、エピソード全体は事実にもとづいています。
「すごい!」「素晴らしい!」「自分も頑張ろう!」というやる気をかき立ててくれます。
「これが実話なのか! こんな素晴らしい出来事が実際にあったのか!」と思うと、強烈な感情と感情が吹き上げるでしょう。
強烈な感動とともに、心が突き動かされるでしょう。
心に火がついて、いてもたってもいられなくなるでしょう。
「自分も頑張ろう」という気持ちにさせてくれます。
注意点があります。
映画による興奮作用は、あくまで一時的です。
大切なのは、あくまで行動です。
映画を楽しんでモチベーションが上がれば、テンションが高いうちに行動を起こしましょう。
映画とはいえ侮れません。
本当に素晴らしい映画は、もはや自己啓発の一種であり、人生観を変える力があります。
映画とは、本当に素晴らしいエンターテインメントです。
「映画なんてくだらない」とばかにせず、ポジティブ思考を学ぶ一環として、ぜひ楽しんでみてください。
「ヒューマンドラマ」「ハッピーエンド」「実話」の3つの条件を満たした映画は、あなたの人生を変えるに違いありません。
昔見た映画でも、今見れば、違う印象を受けることがあります。
物語の展開や結末を知っていても、そのときの立場や年齢が変われば、視点も変わるからです。
『火垂るの墓』という映画があります。
この映画には、14歳の清太と、4歳の節子が登場します。
時代は、太平洋戦争の末期。
2人は、空襲で母親を亡くした後、親戚のおばさんの家に身を寄せて生活をします。
おばさんは、清太や節子に厳しい態度で接します。
小学生のころに鑑賞した私は、おばさんは意地悪だと感じ、清太と節子がかわいそうに思えました。
おばさんの厳しい態度や表情、そして清太と節子の困っている様子から、当時の私はそういう印象を受けたのです。
しかし、年齢を重ねてから再び鑑賞すると、違った印象を受けるようになりました。
「清太は少しわがままじゃないか。プライドが高すぎるのではないか」と思うようになります。
2回目以降の鑑賞で気づいたのですが、清太は家事の手伝いをしません。
洗い物をしなかったり、部屋で漫画を読んだり、のんきにオルガンを弾いたりと、少し自己中心的な振る舞いが目につきます。
周りはお国のために必死で働いていて、生活をぎりぎりまで切り詰めている時代です。
そうした状況なので、清太たちの自分勝手な振る舞いは少し気になりました。
一方、意地悪に見えた親戚のおばさんも「当時の状況を思えば、厳しい態度になるのも無理はない」と思うようになったのです。
おばさんなりに「清太や節子には立派に育ってほしい」という気持ちがあったからこその厳しさだったのかもしれません。
そして5回目以降の鑑賞となると、さらに違った印象を受けるようになりました。
清太も節子もまだ子どもです。
家は焼け、母を亡くし、父は出兵でそばにおらず、すでに心は深く傷ついている状態です。
しっかりしようにも、こんな絶望的な状況ではどうしようもなく、無理があって当然でしょう。
そもそも子どもが子どもらしく振る舞うのは当然のこと。
よくよく考えてみると、清太は14歳で、まさに思春期のど真ん中です。
反抗期を迎えているだろうし、プライドが邪魔して素直な行動ができないのも不思議ではありません。
鑑賞を重ねながらそうした点に気づくうちに、やがて「最終的にいちばん悪いのは戦争だ」と考えに至ったのです。
そもそも戦争さえなければ、あの悲劇は起きませんでした。
戦争経験者たちが口をそろえて言う「戦争をしてはいけない」という真理はここにあるのです。
立場や年齢が変われば、映画の受け止め方も変わります。
部下を持ったり、結婚して子を持ったりすれば、感情移入の仕方も変わります。
そして、そこから学べることも変わるのです。
鑑賞したことがある映画でも、年齢を重ねてから再び鑑賞してみる価値があるのです。
忙しい日々を送る中、自宅での映画鑑賞に役立つのは「倍速機能」です。
倍速は時短効果が抜群です。
1.2倍速くらいであれば、難なく視聴できるでしょう。
集中力のある人であれば、1.5倍速や2倍速で視聴することも可能です。
2倍速であれば2分の1の時間で視聴できることになり、大きな時短効果を発揮します。
せっかちな人や素早く映画を視聴したい人であれば、倍速で映画を鑑賞するのが当たり前となっているに違いありません。
日頃から倍速機能を活用しながら映画を視聴している人も多いのではないでしょうか。
もちろん倍速機能を活用するのはいいのですが、副作用があることも頭に入れておくのがいいでしょう。
映画の世界にどっぷりはまりたいなら、倍速機能はおすすめしません。
感動や緊張感が大きく低下するからです。
何でも速ければいいものではありません。
緊張のシーンも、倍速にすると軽い雰囲気になります。
時にはコミカルに見えることも少なくありません。
感動のシーンを倍速で視聴すると、さらっと流すような感じになって台無しです。
物語が予定調和で進んでいるように見え、平凡な印象に変わるでしょう。
緊張のシーンも感動のシーンも、倍速にすると、軽くあっさり感じられるようになります。
沈黙にもメッセージがあります。
ゆっくりした動きにも味わいがあります。
どれだけ素晴らしいシーンでも、倍速にすると台無しです。
倍速にすればするほど、緊張も感動も薄れていきます。
どんな名作も、倍速で試聴するとつまらなくなるのです。
映画1本につき、初視聴は1回だけです。
2回目以降は、流れや結末がわかっています。
1回目を倍速視聴すると、感動の名シーンが台無しになります。
映画は、人生や価値観を変える力があります。
安易に倍速視聴すると、得られたかもしれないチャンスを逃すことになりかねません。
これは大きな機会損失です。
名作が名作でなくなります。
名作が名作である理由もわからなくなります。
世界に名だたる名作も、倍速視聴をすると、魅力が打ち消されてしまいます。
映画の世界にどっぷりはまりたいなら、倍速視聴は避けておくことです。
特に名作映画を視聴するときは厳禁をおすすめします。
あなたにとって「人生を変えた映画」は何ですか。
今まで鑑賞した映画で「人生を変えた」と言える映画があるのではないでしょうか。
1本ではなく、何本もあるかもしれません。
その映画を何回鑑賞しましたか。
数え切れないほど鑑賞したのなら素晴らしい。
きっとたくさんの影響を受けてきたでしょう。
人生を変えた映画は、得られるものが多いのが特徴です。
素晴らしい映画は、生き方や価値観を変えてくれます。
人生観ががらっと変わることも少なくありません。
しかしまだ一度しか鑑賞していないなら、もったいないことです。
人生を変えた映画は、何度も鑑賞するものです。
人生を変えただけあって、完成度も高く、見応えもあり、心に響くものがあるのでしょう。
素晴らしい物語があって、学べることや気づかされることが多いはずです。
勇気や元気をもらえることもあるはずです。
そんな素晴らしい映画を、まだ一度しか鑑賞していないのは実に惜しい。
1回目の鑑賞で人生を変えたなら、2回目の鑑賞でも何か得られるものがあるでしょう。
映画は、2回目からの鑑賞が面白いのです。
2回目以降は、1回目では気づかなかったことに気づけます。
すでにストーリーが頭に入っているので、1回目とは違った角度から鑑賞できるのです。
特に人生を変えた映画は、得られることがたくさんあるはずなので、見るたびに新しい学びや発見があるはずです。
いくらでも味が出続けるガムのようなもの。
1回目の鑑賞で人生を変えたということは、2回目・3回目の鑑賞でも、ポジティブな影響が得られるに違いありません。
すでに2回鑑賞しているなら、3回目の鑑賞をしましょう。
3回鑑賞しているなら、ぜひ4回目の鑑賞にチャレンジです。
折を見て鑑賞すると、新たな視点から鑑賞できます。
「これでもか」というほど繰り返し鑑賞したい。
人生を変えた映画は、何度でも鑑賞する価値があります。
人生のステージに応じて、得られるものも変わってきます。
いろいろな映画を鑑賞するのもいいですが、人生を変えた映画を繰り返し鑑賞することも大事です。
人生を変えた映画は、何度も鑑賞するのが醍醐味なのです。
会う頻度と親しさは、比例しません。
よく会うからといって親しいとは限りません。
毎日会う友人だとしても、表面的な関係でしかないのはよくあることです。
卒業や引っ越しで離ればなれになると、あっさり縁が切れることが少なくありません。
「近くにいるから話をしている」という関係だからです。
「近くにいるから話をしている」という関係は、お互いが離れる状況になれば、すぐ関係が終わります。
職場に苦手な人がいても、仕事であれば、毎日顔を合わせる必要があります。
毎日会って話をする機会があっても、なかなか抵抗感が消えるものではなく、親しくなるのが難しいものです。
逆にあまり会わないからといって親しくないとも限りません。
親しい友人であれば、物理的に距離が離れていても、心はつながっています。
一緒に青春時代を過ごした腹心の友であれば、普段会うことがなくても、相手のことを思い出したり考えたりするでしょう。
年に1回しか会えなくても、久しぶりに会ったときは、どっと盛り上がるでしょう。
遠距離恋愛であれば、お互いが離ればなれでなかなか会えない状況でも、交際関係は成立します。
愛は物理的距離を超越します。
遠く距離が離れていても、心はひとつです。
会う機会は少なくても、相手を思う気持ちがあれば、愛を深めていくことが可能です。
現代では、電話・メール・ビデオチャットなど、さまざまな通信手段が発達しています。
物理的に距離が離れていても、お互いに連絡を取り合うことが可能です。
コミュニケーションを取ったり仲を深めたりしていくことが可能です。
たとえ地球の裏側でも、連絡を取り合うことができ、素晴らしい時代となりました。
大切なのは「心のつながり」です。
接触回数が少なくても、絆や信頼関係があればいいのです。
よく会うからといって親しいとは限りません。
あまり会わないからといって親しくないとも限りません。
会う頻度と関係の深さは、比例しないのです。
蚊は、みんなから嫌われている存在です。
「ブーン」という蚊の飛ぶ音は不快感があります。
小さな音にもかかわらず、耳障りでこれほどいらいらさせられる音はありません。
蚊に噛まれると、赤く腫れ上がってかゆくなります。
しばらくかゆみが止まらず、ますますいらいらします。
目の前を飛び回っていると気になって仕方ありません。
無視しようにも、刺されてかゆくなるのは嫌なので無視しにくい。
蚊が憎くてたまらない人も多いでしょう。
「この世から蚊がいなくなればいいのに!」と思っている人もいるに違いありません。
そんなみんなから嫌われている蚊にも、すごいと認める点があります。
蚊のすごいところは「命がけで血を吸いに行っている」という点です。
一度でも失敗すると、けがでは済みません。
手でぴしゃりと叩かれたら、一発アウトのご臨終です。
確実な即死が待っています。
私たちには容易に真似できません。
そんな命がけのチャレンジを、毎回行っています。
命がけのチャレンジですから、蚊は緊張感に包まれながらチャレンジしているに違いありません。
蚊は、目障りな存在かもしれませんが、命がけのチャレンジだけは注目の価値があり、称賛に値するのです。
命がけのチャレンジをしていると思えば、蚊に対する見方が変わるでしょう。
「血を吸うために命を張っている! 命がけの行動だ!」
失敗が許されないなか、大きなリスクを負ってあなたに近づいています。
蚊の気持ちになって考えれば、嫌いであることに変わりはなくても、少しは印象が変わるはずです。
ちなみに吸血する蚊は、妊娠しているメスだけです。
妊娠中の蚊が、身重の体で命がけのチャレンジをしていると思えば、複雑な気持ちに駆られ、ますます印象が変わるでしょう。
みんなから嫌われている蚊にも、すごいと認める点はあるのです。
世の中には、科学的に証明されていないことがあります。
たとえば、幽霊の存在、あの世の存在、神様の存在などです。
あなたはこれらの存在を信じますか。
もちろん科学的に証明されていないことですから、信じる・信じないは個人の自由です。
科学的に証明されていなくても、信じている人はいるでしょう。
科学的に証明されていないから、信じていない人もいるでしょう。
中には「なんとも言えない」という中間の意見を持つ人もいるはずです。
「きっとあの世や幽霊は信じていない」と主張する人もいれば「神様はいると信じている」と主張する人もいるでしょう。
科学的に証明されていないせいでしょうか。
重要度が低くて、軽く扱いそうになります。
きちんと証明されていないのだから、けなそうと笑おうと大丈夫だろうと思ってしまう。
しかしここに、私たちが見落としがちな注意ポイントがあります。
科学的に証明されていないとはいえ、話題の取り扱いには十分な注意が必要です。
非科学的なこととはいえ「信仰」「宗教」と同等の重要性があるからです。
幽霊といい、あの世といい、神様といい、あらためて考えると、信仰や宗教が絡む重いテーマです。
非科学的なことは、科学的に証明されていません。
科学的に証明されていないからこそ「信仰」「宗教」と同じ扱い方をされます。
相手の価値観を否定すると、相手の信仰・宗教を汚すことになり、相手は強い不快感を覚えるでしょう。
たとえ軽くけなしたつもりでも、相手はひどくけなされたと感じます。
自分はそんなつもりはなくても、結果としてそういうことになります。
批判がエスカレートすると、ただのけんかで終わらなくなります。
本格的に争うと、宗教戦争になります。
現在、世界で起こっている宗教戦争を見てください。
人同士が殺し合いをしていますが、突き詰めると、科学的に証明されていないことが関わっているはずです。
科学的の証明されていないことは、個人の自由としましょう。
私たちは、信教の自由が保障されています。
科学的に証明されていないことですから、自分の思想として自由に発言できます。
科学的に証明されていないから、軽んじるのではありません。
科学的に証明されていないから、重んじるのです。
自分の価値観を述べるのはいいのですが、自分に一致しない相手を批判しないことです。
自分は信じなくてもいいので、相手の価値観を「認めること」が大切です。
ストレスやもどかしさを感じるかもしれませんが、気にしないことです。
相手の価値観を受け入れられなくても、認めるようにはしたい。
「そういう価値観を持っているのですね」
「なるほど。そういう考え方があるのですね」
認めることができれば、余計な争いに発展することはなくなります。
あなたが今日学んだことは何ですか。
好奇心旺盛なあなたであれば、何か新しく学んだことがあるのではないでしょうか。
なるほどと納得して終わりそうですが、そうではありません。
人は、忘れることが得意な生き物です。
学んだことはすぐ忘れます。
「あれ、なんだっけ?」となります。
ほんの数時間前のことでも、意外と簡単に忘れるものです。
ではどうするか。
人に話すのです。
なるほどと納得して終わりにするのではありません。
学んだことは、ぜひ人に話しましょう。
家族でも友人でも職場の人でもかまいません。
人に話すことは、アウトプットの機会になります。
学んだことを人に話すとき、頭をフル回転させることになります。
内容を思い出したり、情報を整理したり、言葉を選んだりする必要があって、脳に汗をかきます。
人に話すことで、復習の機会にもなります。
記憶にも定着して、結果としてよく身につくのです。
今日学んだことは、誰かに話して聞いてもらいましょう。
今日学んだことは、今日の話ネタとしてうってつけです。
今日が難しいなら、明日でもかまいません。
明日が難しいならあさってでもいい。
とにかく人に話すことを意識してみてください。
学んだことをすべて話す必要はなく、一部でもいいのです。
学んだばかりのことを話すときは自然と気持ちがこもるので、相手も楽しく耳を傾けてくれるでしょう。
人に話すときに、学んだことがよく身につきます。
受け売りに抵抗があるなら「これは受け売りなんだけどね」の一言を添えればいいことです。
話す機会を増やすことで、トーク力も鍛えられます。
話していると、途中で言葉に詰まり、自分の理解不足に気づかされることも少なくありません。
理解不足に気づいたら、あらためてチェックすればいいのです。
これはこれで学びを強化できるチャンスです。
今日学んだことを話す人は、今を生きている人です。
今日の学びは、今日の話ネタなのです。
カフェや飲食店では、店内でBGMが流れています。
特におしゃれなお店では、おしゃれな音楽がBGMとして流れていることが多いものです。
普段聴かないような音楽が流れていることも珍しくありません。
国内のアーティストとは限らず、海外のアーティストということもあります。
自分が好んで聴く音楽には、偏りがあります。
新しい音楽を聴くといっても、同じような雰囲気の音楽を選ぶことが多いでしょう。
性格はそうそう変わらないように、好みもそうそう変わるものではありません。
自分が音楽を選ぶとなると、自然と自分好みとなってしまい、いつも似たり寄ったりになるのです。
一方で、カフェや飲食店では、普段聴かない音楽が流れていることがよくあります。
それを「1つの出会い」として考えてみるのです。
自分好みではないかもしれませんが、それもまた新鮮な刺激です。
「へえ、こういう音楽もあるのか」「聴き慣れない音楽だなあ」と思いながら楽しめばいいのです。
普段聴かない音楽、また自分の好みでは選ばない音楽だからこそ、新しい出会いであり、新鮮な刺激といえます。
曲名が気になるなら、音楽検索アプリを利用すれば簡単にわかります。
スマホをかざすだけで、曲名やアーティストの情報を表示してくれるので便利です。
たまには店内の音楽に耳を傾けてみてください。
「初めて聴く曲だなあ」と思うだけでいいのです。
おいしいコーヒーや食事を楽しみながら音楽を聴くと、いい雰囲気になります。
新しい音楽と出会うために、カフェや飲食店に行くことがあってもいいのです。
「一字の師」という言葉があります。
「鄭谷が斉己の詩の一字を直したところ、見違えるほど立派になり、師として拝された」という故事から生まれた言葉です。
言葉は、たった一字で意味が変わることがあります。
時には劇的に改善されることも少なくありません。
そんな一字の師は、意外と身近なところにいることもあります。
友人とレストランに行き、ウェイターから「コーヒーと紅茶のどちらになさいますか」と聞かれました。
何気なく「コーヒーでいいです」と注文したところ、後で友人から指摘されました。
「そういうときは『コーヒーがいいです』と言ったほうが、丁寧に聞こえるよ?」と。
「コーヒーでいいです」と「コーヒーがいいです」は、たった一字の違いです。
しかし、意味は大きく異なります。
「コーヒーでいいです」は、妥協して選んでいる響きがあり、少々失礼な印象を与えかねません。
「コーヒーがいいです」は、きちんと自分の好みで選んでいる印象を与えます。
たった一字の違いでがらりと意味が変わり、相手に与える印象まで変わるのです。
こうしたことは、なかなか自分では気づけません。
口癖になっていることは、無意識に発せられるため、自分では普通に感じてしまいます。
自分では「問題ない」と思っていても、他人から見ると、違和感を覚えることがあるものです。
悪気はなくても、いつの間にか悪印象につながっていることもあるでしょう。
教わるのは、上司や先生だけではありません。
家族や友人など、身近な人から教わることもあれば、年下や後輩から教わることもあります。
間違いや自分の至らなさを指摘してもらえるのはありがたいことです。
このとき、無視したり反発したりすると、せっかくの指摘が無意味になります。
「たかが一字」と思わないことです。
一字を直すことで、見違えるほど表現が洗練されることがあります。
人から問題を指摘されたら、素直に受け止め、きちんと訂正すれば、言葉遣いは良くなります。
一字の師は、身近なところにいるのです。
「医者に怒られた」と、落ち込む人がいます。
「医者に怒られるから」と、受診を拒む人がいます。
病院に行くと、医者から健康や食生活のことであれこれ言われることがあるでしょう。
しかし「医者に怒られた」と言う人は、たいてい誤解しています。
医者はきっと、こんな言い方をしているはずです。
「お酒の量を少し減らしましょう」
「たばこの量を減らしましょう。できれば禁煙をおすすめします」
「体重が増加気味なので、そろそろ減量を始めてみませんか。小さいお茶碗にすると、自然と食べる量を減らせますよ」
どれも怒っていません。
普通に指導しているだけです。
その人は、医者による指導を「怒られる」と誤解しているだけです。
細かい指導を「がみがみうるさい」と悪いほうに受け止めていることもあります。
これはもったいないことです。
意外とこういう人が多いのです。
「怒る」というのは、感情をぶつけることです。
冷静に思い出してみると、感情をぶつけるような言い方はしていないはずです。
仮に厳しい言い方だとしても、感情的ではなく、諭すような口調でしょう。
医者は毎日多くの患者を診ています。
適当なことを言っているわけではなく、きちんと根拠があります。
「お酒の量を少し減らしましょう」というのは、肝臓に問題があり、休肝日が必要だということです。
「たばこの量を減らしましょう」というのは「このままではよくありませんよ」という意味です。
「減量を始めてみませんか」というのは、健康に影響が出るほどの肥満になっていて、食生活の改善が必要だということです。
落ち着いて聞いてみると「なるほど、たしかにそのとおりだ」と思えるはずです。
安易に無視すると、ますます体調が悪くなるばかり。
どれだけ良いアドバイスも、聞く側が無視しては意味がなくなります。
命令口調で少し気になることもあるかもしれませんが、言っていることにはうなずけるでしょう。
普通の指導を「怒られた」と誤解せず、素直に聞き入れることが大切なのです。
旅行に行って景色を見ても、すぐ忘れてしまう人がいます。
良い音楽を聴いても、心に響かない人がいます。
おいしい料理を食べても、感動しない人がいます。
なぜすぐ忘れるのか、なぜ感動しないか。
そういう人に欠けているのは「味わう」という要素です。
味わうことがなければ、すぐ忘れます。
心に響かないし、感動もないのです。
旅行に行き、観光地をさらっと見るだけでは、記憶に残りません。
きちんと足を止め、じっくり眺め、目に焼き付けるのです。
景色を味わえば、記憶に残るし、感動もするし、良い思い出にもなります。
音楽を聴いて終わりではありません。
耳を研ぎ澄ませ、音の細部まで注意を払い、真剣に聴くのです。
しっかり音楽を味わえば、鳥肌も立つし、心も震えます。
料理を食べるとき、ぱくぱく早食いするのではありません。
一口一口、ゆっくり食べ、時間をかけていただきましょう。
よく噛んで、しっかり味わうのです。
味覚が研ぎ澄まされることで、いつも以上においしく感じられます。
しっかり味わうことで、腹も心も満たされるのです。
豊かな人生を送るために必要なのは「味わうこと」です。
空を見上げたら、美しい青空を味わってください。
見慣れている光景でも、感動できます。
音楽を聴くときも、きちんと味わってください。
どんな音楽でも心に響き、深い感動を覚えます。
食事をするときは、きちんと味わってください。
普通の料理でも、とてもおいしく感じられ、良い時間を過ごせます。
景色・音楽・食事に限ったことではありません。
風情も味わいましょう。
趣味も遊びも、文化や芸術も、映画鑑賞や美術鑑賞も、味わいましょう。
「味わう」を意識しながら生きてください。
味わうことで、感じ方の深みが増します。
人生の感動も、何倍にも増えるのです。
新しい景色を見るためには、どこに行けばいいのでしょうか。
行ったことがないところに行けばいいと思うかもしれません。
初めてのお店に入ってみたり旅行に出かけたりするのもいいでしょう。
もちろんその方法もありますが、もっと意外な場所にあります。
「いつもの場所」にあります。
「いつもの場所なら見慣れている」と思うかもしれませんが、実際は違います。
ポイントは、そこに行くタイミングです。
いつもの場所に、いつもより1時間早く行ってみてください。
同じ場所でも、時間帯によって、景色も雰囲気もがらりと変わります。
いつもより1時間早く、職場に行ってみます。
いつもより1時間早く、学校に行ってみます。
いつもより1時間早く、スーパーに行ってみます。
いつもより1時間早く、塾に行ってみます。
いつもより1時間早く、フィットネスクラブに行ってみます。
いつもの場所にもかかわらず、いつもと違った景色があります。
たった1時間早く行くだけで、人の量、人の顔ぶれ、雰囲気がいつもと違っていて、新鮮な感覚を覚えるはずです。
たった1時間の違いで、場の様子が変わるのですから面白い。
1時間早く行くことで、新しい発見や出会いに恵まれることもあるかもしれません。
日頃から行き慣れた場所でも、新しい景色を楽しめるのです。
1時間早く行くと、暇ができて仕方ないと思うかもしれません。
待ち時間には、自由に暇つぶしをすればいいのです。
仕事の準備をするのも良し。
好きな本を読むのも良し。
ニュースサイトをチェックするのも、賢い時間の使い方です。
上手に暇をつぶせば、1時間なんてあっという間です。
いつもより1時間早く行動することで、新鮮な景色が楽しめるだけでなく、日常が前倒しになって快適です。
そっくりのものが2つあって、違いがよくわからないときがあります。
そんなとき、ふと「違いは何だろう?」と疑問に思います。
「天気と天候の違いは何だろう?」
「レタスとキャベツの違いは何だろう?」
「うどんときしめんの違いは何だろう?」
「石灰石と石灰岩の違いは何だろう?」
「クッキーとビスケットの違いは何だろう?」
「デニムとジーンズの違いは何だろう?」
「しらたきと糸こんにゃくの違いは何だろう?」
見た目がそっくりだったり、意味がほとんど同じに感じられたりして、疑問に思うことがあるものです。
「どちらも言葉は知っているのに、違いを説明できない」ということがあるのではないでしょうか。
違いが気になったら、どうするか。
「まあいいか」で終わらせず、できれば調べてみましょう。
興味の火がついているうちに調べることが大切です。
ネットを使えば、すぐわかることです。
ほんの一瞬のチェックで手間はかかりません。
「なるほど、そういう意味なのか!」と、勉強になります。
「ひとつ賢くなった」といえる瞬間です。
知っている言葉でありながら、新鮮な驚きを体験できます。
手間をかけて調べたことは、よく頭に残るのです。
ここで得た知識は、話のネタにもなります。
人との会話で、ふいに話題が出たとき、さらっと説明できるようになります。
「よく知ってるね」と一目置かれるでしょう。
知的好奇心も満たされて、まさに良いことずくめなのです。
こうした習慣を日頃からこつこつ積み重ねていくことで、知識も積み重なります。
「違いは何だろう?」と思う何気ない瞬間を大切にしましょう。
ひとつ賢くなれるチャンスです。
おすすめされたレストランに行ってみたところ、いまいちでした。
期待値が高すぎたせいかもしれません。
その人とは、食の好みが違っていたのかもしれません。
こんなとき、次のような感想を言う人がいます。
「おいしくなかった」
「大したことなかった」
「期待外れだったよ」
率直な感想を述べるのも悪くありません。
しかし、いくら正直とはいえ、露骨に否定的なことを言うのはいかがなものでしょうか。
せっかく勧めてくれた人を悲しませてしまいます。
お店の悪口を言うことにもなります。
人間関係にひびが入ることにもなりかねません。
では、どうするか。
良いところを見つけて、褒めるようにするのです。
悪いところがあってもスルーして、良いところに目を向ければいいことです。
そこにいかに着目するかです。
そうすれば、どんなことでも肯定的な発言ができます。
たとえば、料理の味がいまいちでも、接客や店内の雰囲気が良いこともあるでしょう。
その場合「接客がスマートだった」「店内の雰囲気が気に入った」といった言い方ができます。
接客や店内の雰囲気もNGだったなら「立地が良かった」「手頃な価格だった」といった魅力もあるかもしれません。
どんな人にも必ず1つは良いところがあるように、どんなお店にも、必ず1つは良いところがあるのです。
「大したことなかった」と言うのは簡単です。
しかし、悪く言ったらおしまいです。
気に入らないところがあっても、そこは目をつぶればいいのです。
悪く言いそうになっても、喉のところでぐっと抑えましょう。
良いところだけに目を向け、褒めるようにする。
これがスマートな対応であり、大人の対応です。
あくまで良いところに目を向けて褒めるのですから、嘘をつくわけでもありません。
おすすめしてくれた人も喜び、お店を褒めることにもなります。
誰も傷付かず、すべての人に喜んでもらえるのです。
「日展」をご存じでしょうか。
「日本美術展覧会」の略であり、年に一度開催される、国内最高峰レベルの美術展覧会です。
日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5つの部門があり、バラエティーに富んでいます。
入選するには、非常に厳しい審査をクリアする必要があります。
もともと1907年、当時の文部省主催の「文展」から始まりました。
その後「帝展→新文展→日展」と名称を変え、現在に至ります。
すでに100年以上の歴史があり、日本美術界では最も権威のある公募展とされています。
「美術界の登竜門」という声も少なくありません。
行ってみるとわかるのですが、見応えのある作品が勢ぞろいしているのです。
「度肝を抜かれる」とは、まさにこのことです。
とにかく力作に圧倒され、そして感動です。
日本最大の公募展ということもあり、規模は大変大きく、作品数は数千点にのぼります。
一つひとつが力作であり、それがおよそ3,000点あるのです。
ゆっくり見て回ろうとすると、半日はかかります。
鑑賞には集中力を使うので、心地よい疲労感とともに、おなかもすいてくるのです。
ほとんどは初めて名前を聞く作家なのですが、それにしては非常に素晴らしい作品ばかりです。
「こんなに素晴らしい作品なのに、初めて耳にする名前だな」と思います。
「どうして有名になっていないのだろう?」と不思議に思うほどです。
私たちがイメージする「芸術家」といえば、名の知れた人を思い浮かべがちです。
辞書や教科書に載っているような著名人を思い浮かべる人もいるでしょう。
もちろんそうした人も才能ある芸術家ですが、無名でも、才能の持ち主は数多くいることを痛感させられます。
日展は毎年秋、国立新美術館で開催されます。
その後、地方巡回展が行われるのが恒例です。
ご興味があれば、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
美術の知識がある方も、そうでない方も、きっと楽しめるはずです。
間違いなく充実した1日となるでしょう。
すてきな作品に心が洗われるのです。
「あいにくの雨ですね」
そう言われたとき、あなたはどう答えますか。
「そうですね。嫌なお天気ですね。ぬれちゃいますね。困りますねえ」
相手に合わせて、そう返すこともあるでしょう。
たしかに雨の日は足元が悪く、傘も差さなければなりません。
青空のほうが過ごしやすいし、気持ちがいいのもわかります。
しかし「あいにくの雨」という言い方は、雨を悪者扱いしているようなものです。
雨は悪くありません。
農家にとっては恵みの雨ですし、ダムや自然の植物にとっても大切な存在です。
後ろ向きな返事をすると、会話の雰囲気がどんよりしてしまいます。
こういうときこそ、前向きな返事をするのです。
「雨も雰囲気があっていいですね」
「雨も雨なりに楽しみたいですね」
「雨でも楽しんでいきましょう」
こんな返事をすれば、明るい雰囲気になるし、会話も弾みます。
雨の日の旅行も悪くありません。
雨の日のテーマパークも、それはそれで楽しめます。
雨も雨なりに楽しむ姿勢でいきましょう。
旅行や観光地に行くと、写真をたくさん撮ります。
誕生日や記念日など、特別なイベントのときも写真を撮りますね。
スマホのカメラは驚くほど高性能になりました。
「大切な瞬間だ」「貴重な景色だ」と思ったら、さっとカメラのシャッターを切る。
写真は大切な思い出になります。
一度撮っておけば、一生残るのが良いところです。
あとから何度でも見返せます。
データとして残せばかさばりません。
あなたのスマホには、たくさんの思い出の写真が詰まっているはずです。
さて、そんな写真の数々ですが、見落としがちな撮影対象があります。
自宅なのです。
自宅の全景写真を撮ったことはあるでしょうか。
「そういえばきちんと撮ったことがない」
そんな人が多いのではないでしょうか。
意外にも私たちは、自宅の写真を撮ることはありません。
あったとしても「たまたま写真に入り込んだ」というものが多い。
玄関前や部屋の中だったりなど、きちんと自宅の全景を写していないものです。
自宅はとても身近で日常的です。
特別感もなく、平々凡々の何でもない建物です。
毎日見ているし、そこに住んでいるし、あって当たり前の存在になっています。
そのため「自宅の写真を撮る」という発想がなかなか浮かびません。
だから見落としがちなのです。
自宅は、人生で最も大切な建物にもかかわらず、私たちは意外と撮り忘れています。
旅行先ではたくさん写真を撮るのに、自宅の写真はほとんど撮りません。
自宅の全景写真が1枚もないというのは、ちょっと寂しいのではないでしょうか。
不謹慎な話ですが、突然自宅がなくなる可能性もあり得るのです。
突然の大地震で自宅が全壊してしまう可能性もあります。
突然の火事で自宅が焼けてしまうかもしれません。
お隣の火事が自宅に燃え移るケースもゼロではありません。
自宅がなくなったとき、ふと自宅を撮った写真がないことに気づかされます。
観光地の写真はたくさんあるのに、自宅の写真が全然なくて「きちんと撮っておくべきだった」と悔やむのです。
いま一度、自宅の全景写真を撮っておきましょう。
実家であれば、実家の全景写真を撮ってください。
アパートで暮らしているなら、アパートの全景を撮るといいでしょう。
いろいろな角度の自宅写真を撮っておくといいでしょう。
別にかさばるものではないのですから、撮れるだけ撮っておけばいいのです。
自宅の写真は歳月を重ねるにつれ、ワインのように味わい深くなります。
平凡に見える写真かもしれませんが、間違いなく大切な1つです。
何でもない写真が、10年後や20年後、特別なものに見えるはずです。
仲のいい友人から、ある日、突然ひどいことをされることがあります。
裏切りです。
急に仲間外れにされたり、大きな嘘をつかれたり、騙されたりなどです。
信用していた友人から裏切られると、本当につらいものです。
ひどいことをされると、人を信じられなくなってしまいそうです。
しかし、裏切られて良かったのです。
裏切られることが、どれだけつらいか、よくわかったからです。
裏切られた苦しみは、裏切られた人しかわかりません。
失恋と同じです。
失恋の苦しみは経験した人しかわからないように、裏切られたときの苦しみも、経験した人しかわかりません。
「貴重な経験ができた。自分はこれで裏切られた話もできるようになったぞ」と思い、前向きに考えましょう。
誰でも経験できることではないからこそ、貴重な経験です。
同時に「本当につらいから、自分は人を裏切るようなことは絶対にしない」と、堅く心に誓うのです。
裏切られることがどれだけつらいか知っているからこそ、人間関係をより大切にしようと思えます。
もちろん裏切った人への仕返しは、良くありません。
裏切った人より、いい人間関係を築こうと思えばいいのです。
仕返しをしようとしないあなたは、優しい人です。
裏切られた経験を生かして、より良い人間関係を築くのが、本当の仕返しです。
有名人が病気で亡くなったニュースを目にします。
そういうときは「病気について学ぶ機会、啓発の機会」と捉えましょう。
私たちは普段、あまり病気のことについて調べることはありません。
医療関係の仕事をしている人でないかぎり、普段積極的に病気を気にすることもないし、知ろうとも思いません。
そもそも病気といっても多くの種類があります。
病気について学ぼうにも、専門用語がたくさん登場して理解しにくいこともあります。
自分が病気になったとき、初めてそれについて調べるケースが多いもの。
しかし「なってからでは遅い」というケースも少なくありません。
痛みや違和感がないまま進行していくタイプの病気もあり、発見されたときはかなり進行していることもあります。
有名人が病気で亡くなると、必ずその病気についての情報特集が組まれます。
たとえば、膀胱がんで亡くなった有名人がいるとします。
テレビでは訃報のニュースとともに、病気についての詳しい情報が併せて放送されます。
「膀胱がんとは何か」「主な原因は何か」「予防するための方法」など。
ネットニュースでも、病気についての詳しい説明記事がアップされます。
そういうときは、どういう病気なのか、きちんと知る機会としましょう。
「自分には関係ない」と思いますが、ゼロではありません。
人ごとではなく、自分事としてい考えることが大切です。
そういうときの番組や記事は、誰にでも理解できるようわかりやすい説明になっているので、すっと頭に入ってきます。
その機会にしっかり学べば、きちんと健康診断を受けようとも思います。
自分の生活にも生かせることもあるかもしれません。
有名人が病気で亡くなるのは悲しいことではあります。
一方、その人が、命を持って全国民に病気の啓発を促したという考え方もできます。
有名人の死を無駄にしないということは、その方が亡くなったことから大切なことを学ぶということです。
病気について理解する、これほどの良い機会はないのです。