どれだけ入念に計画をしても、思いどおりにいかないときがあるものです。
器の大きさの違いが見えるのは、思いどおりにいかなかったときです。
それぞれまったく違った対応をします。
器の小さい人は、いらいらすると、それを隠そうとしません。
怒りを感じたら、そのまま表現します。
表情に出し、言葉に出し、態度に出します。
器の小さい人は、むっとしたとき、すぐ顔に出てしまうのが特徴です。
少しでも気に入らないことがあれば、すぐへそを曲げます。
感情のコントロールが苦手です。
器の小さい人は、自分の意見に固執します。
人の意見はろくに聞こうとしません。
聞いたとしても、受け入れる気はなく、自分の考えを曲げようとしません。
器の小さい人は、成功者がいても「あの人は運がいいだけ」と言います。
「お金持ちの家に生まれたから」
「恵まれた環境にいたから」
初めてのことや難しいことがあったとき、どうするか。
ここは器の大きさの違いが表れる場面の1つです。
「失敗を恐れてばかり」というのは、器の小さな人に見られる特徴です。
器の小さい人は、トラブルが起こったとき、慌てます。
仕事でトラブルが起こったときは「どうしよう、どうしよう」と右往左往します。
恋人に振られたら「寂しい。悲しい。私には価値がない」と泣くばかりです。
器の小さい人は、自分の立場しか見えません。
そもそも見ようとしないのです。
相手は自分に合わせるものだと思っています。
器の小さい人は、自分の価値観を押し付けます。
相手の意見が自分の意見と違うと、非難します。
「それは間違っている」「考え直すべきだ」と厳しい言葉を浴びせます。
器の小さい人は、目先のことに振り回されます。
仕事は、短期的に稼げるようなものを選びます。
早く利益を得たいあまり、将来の大きな利益より、目先の小さな利益を重視して、その場限りの仕事が多くなっています。
器の小さい人は、他人の失敗を責めます。
「どうして失敗をするんだ!」
「こんな簡単なミスするなんて信じられない」
器の小さい人は、他人に厳しく、自分に優しいのが特徴です。
他人に対しては、厳しく接します。
「遅刻するな」
器の小さい人は、小さな発言にいちいち反応します。
少し皮肉を言われただけで「ショック!」と騒ぎます。
少しでも嫌なことを言われようものなら「ひどい」「不愉快だ」と声を荒らげます。
器の小さい人は、自分を大きく見せようとします。
まず自慢です。
聞いてもいないのに、自分がどれだけすごいのか話し始めます。
器の小さい人は、先生から学ぼうとします。
一見すると良いように思えるのですが、実は選別しているのです。
「先生」という肩書があり、なおかつ年上でなければ、学ぶ対象にしないのです。
器の小さい人は、不満や文句ばかり言います。
「仕事の結果が出ないのは、上司のせいだ」
「成績が悪いのは、環境が悪いせいだ」
私たちは、変化が必要な場面に直面することがあります。
環境の変化、人間関係の変化、仕事の変化、ライフスタイルの変化。
変化に対する姿勢は、器の大きい人とそうでない人とで、はっきりした違いが表れます。
器の小さい人は、不満の気持ちが多いのが特徴です。
「食事がおいしくない」
「最近面白いことがない」
器の小さい人は、けなすのが大好きです。
とにかくけなすことに情熱を注ぎます。
性格もひねくれているため、わざわざ相手が落ち込むようなことを言ってきます。
器の小さい人はコンプレックスを「弱点」と捉えています。
自分にとって恥ずかしい部分だと思い込んでいます。
そのため必死に隠そうとします。
器の小さい人は、マニュアルに忠実です。
もちろんマニュアルに忠実なのはいいのですが「絶対」なのです。
融通が利きません。
ミスや失敗があったとき、器の小さい人がまず口にするのは、言い訳です。
遅刻したら「電車が遅れていたんです」と言い訳をします。
約束を果たせなければ「仕事が忙しかったんです」と言い訳をします。
器の小さい人は、勝負に負けたとき、素直に負けを認めません。
現実を見ようとせず、否定しようとします。
素直に負けを認めないどころか、負け惜しみを言います。
器の小さい人は、人を思いどおりに動かそうとします。
部下や同僚を思いどおりに動かそうとします。
家族や友人を思いどおりに動かそうとします。
器の小さい人は「許さない」が口癖です。
過去のトラブルに対し、強い執着があります。
「あの人を許さない」
器の小さい人は、視野も狭いのが特徴です。
そのため一部だけ見て決めつけます。
AさんとBさんともめていたら、Aさんの意見だけ聞いて、決めつけます。
器の小さい人は、周りに流されます。
周りが「Aがいいよ」と言っていれば、自分もAにします。
そのあと「やっぱりBがいいらしいよ」と言っていると、自分もBに変更します。
器の小さい人は、成功を独り占めします。
「この成功は私のものだ」「自分一人でやったことだ」「私が努力したんだから独り占めして当然だ」と思っています。
成功によって得た報酬も、すべて独り占めしようとするのです。
器の小さい人は「広い心を持っている」と思っています。
実際は心の狭い言動が多いのですが、自分ではそれに気づいていません。
うまく感情をコントロールできなくて、よく小さなことにいらいらします。
器の小さい人は、自分の幸せだけを考えます。
「自分だけ楽しめればいい」「自分だけ得すればいい」「自分だけ幸せになればいい」と思っています。
「人のために何かする」という発想も行動もありません。
どれだけ入念に計画をしても、思いどおりにいかないときがあるものです。
器の大きさの違いが見えるのは、思いどおりにいかなかったときです。
それぞれまったく違った対応をします。
器の小さい人は、思いどおりにいかないと、むっとします。
「こんなはずではない」「なぜ計画通りにいかないんだ」「なんて運が悪いんだ」と不機嫌をあらわにします。
想定外が起こったことをしばらく受け入れられません。
時には「こうなったのはあの人のせいだ。どうしてくれるんだ」と、人に責任を取らせようとします。
これほど迷惑なことはありません。
これで周りからの評価をますます落とすのです。
小さなことですぐ腹を立てるのは、器が小さい証拠です。
「あの人は器が小さいね」と、陰でささやかれるのです。
器の大きい人は、思いどおりにいかないときでも、むっとしません。
「こういうこともある」と笑い飛ばします。
そもそも最初から思いどおりにいくとは思っていません。
どれだけ入念に計画を立てたところで、すべてが計画通りにいくことはなかなかないと知っています。
「うまくいってほしい」と願いつつも「意外なことが起こる可能性がある」と、万一の想定外を受け止める準備ができています。
珍しいトラブルが発生したら、むしろ喜び、それを楽しみます。
「仕方ないよ」
「こういうこともある」
「これはこれで楽しんでいこう」
前向きに受け止め、あくまでポジティブ思考です。
急なハプニングをイベントとして楽しみます。
この心の余裕こそが、器の大きさです。
前向きに捉えると、元気も湧いてきます。
もちろん笑って済ませるだけではありません。
解決に向けて、職場の人に協力してもらったり、経験者の力を借りたりして、あくまで前向きに立ち向かいます。
明るく取り組んでいるので、スピードとエネルギーがあります。
思いどおりにいかなかったとき、動揺するどころか、むしろそれを楽しむ様子があると、器の大きさを感じさせるのです。
器の小さい人は、いらいらすると、それを隠そうとしません。
怒りを感じたら、そのまま表現します。
表情に出し、言葉に出し、態度に出します。
湧き上がる感情を抑えることができません。
「いらいらするものは仕方ない」「腹が立つのは仕方ない」と、自分の感情を正当化します。
感情のコントロールができないのは、未熟さの表れです。
理性より感情が先に出てしまいます。
トラブルを起こすことも多く、周りに迷惑をかけることもしばしばです。
そういう態度なので、印象が良くありません。
周りからは「怒りっぽい人」「短気な人」と思われています。
だんだん人が離れていき、助けてくれる人もいなくなります。
そうして孤立無援に陥るのです。
器の大きい人は、感情に流されることはありません。
つねに感情より理性を優先させます。
もちろん器の大きい人にも感情があり、怒りやいら立ちを覚えることはあります。
しかし、それを理性の力でぐっと抑え、表に出さないようにします。
いったん怒りを爆発させると、どれほど後悔するかを知っています。
一度壊した関係は、簡単に元に戻らないことも知っています。
だから、器の大きい人は、常に感情のコントロールを心がけます。
いらいらすることはあっても、感情をぐっと抑え、丁寧な振る舞いを心がけます。
腹が立つ場面があっても、表に出さず、冷静な対応を心がけます。
器の大きい人は、いつも態度や言葉が落ち着いているので、人とのトラブルも少ない。
人が集まって、良好な関係を築け、安定した人生を歩めるのです。
器の小さい人は、むっとしたとき、すぐ顔に出てしまうのが特徴です。
少しでも気に入らないことがあれば、すぐへそを曲げます。
感情のコントロールが苦手です。
感情を抑えられず、しばしば感情に流されます。
眉間にしわが寄り、口角も下がり、不機嫌な表情を見せるのです。
表情だけではなく、言葉や態度も悪くなります。
言葉遣いが乱暴になり、振る舞いも荒っぽくなって、嫌な雰囲気を漂わせます。
不機嫌であることを言葉や態度で露骨に見せるので、接しにくい雰囲気が出ます。
陰で「あの人は怒りっぽいよね。あまり関わらないでおこう」とささやかれ、周囲の人は距離を置くのです。
むっとしたとき、すぐ態度に出すのは器の小さい人の特徴です。
感情をコントロールできないのは、前頭葉の発達が未熟な証拠です。
ちょっとしたことですぐへそを曲げると、周りは「器が小さい」と感じます。
器の大きい人は、きちんと感情のコントロールが身についています。
いらいらしても、態度や表情に出しません。
怒りを感じても、ぐっと抑え、表に出しません。
それどころか、にこにこします。
器の大きい人は、むっとしたときこそ、笑顔を見せます。
内心はむかむかしていますが、表情はあくまで笑顔で、温和な態度を貫きます。
笑顔になることで、意識的に感情を抑えられることを知っているのです。
にこにこすることで、場の雰囲気も明るく保てます。
むっとしたとき、にこにこしている人を見ると、器の大きさを感じます。
感情のコントロールは、前頭葉が発達している大人でなければできません。
しっかり感情のコントロールができる人には、大人の器を感じさせるのです。
日常ではむっとすることがあるものです。
気に入らないことがあったとはいえ、そのまま表情に出すのは良くありません。
場の雰囲気が悪くなるばかりか、自分の醜態までさらしてしまいます。
むっとしたときこそ、むしろ笑顔を見せましょう。
器の小さい人は、自分の意見に固執します。
人の意見はろくに聞こうとしません。
聞いたとしても、受け入れる気はなく、自分の考えを曲げようとしません。
「自分が正しい」「自分の意見が絶対」という前提があるのです。
自分の意見に固執しているため、最初から人の意見をはねのけます。
人の意見を聞くこと自体、時間の無駄だと思っています。
ろくに人の意見を聞かないので、なかなか価値観が広がりません。
そうして自分の殻に閉じこもり、狭い世界で生きることになるのです。
器の大きい人は、他人の意見を受け入れます。
そういう心の柔軟さがあるのです。
「独りよがりになってはいけない。自分一人の考えには限界がある。だから人の意見を受け入れる必要がある」と理解しています。
自分と異なる意見を、恐れずに吸収します。
異なる意見ほど価値を感じ、積極的に吸収します。
もちろんうのみにするのではありません。
あくまで「1つの意見」として受け止め、取捨選択します。
さまざまな意見に触れることで「そういう考え方もあるのか」「そういう見方もあるのか」と思え、考えの幅が広がるからです。
新しい視点や価値に気づくきっかけにもなります。
結果として、より良い選択や、正しい選択につながるのです。
器の小さい人は、成功者がいても「あの人は運がいいだけ」と言います。
「お金持ちの家に生まれたから」
「恵まれた環境にいたから」
「いい人に巡り会えたから」
「親が有名人だから」
「時代の波に乗れたから」
素直に成功者の実力を認めようとしません。
運のせいにして、自分の負けや実力不足を正当化します。
素直にその人の成功を認めると、自分の負けを認めることになって悔しいのです。
器の小さい人は、自分を正当化するために、それらしい言い訳を考えます。
そういうことを続けているから、いつまでたっても成長ができず、実力も身につかず、結果も出ないままになります。
もちろん運が影響することもあります。
偶然のチャンスによって、飛躍することもあります。
しかし「運も実力のうち」という言葉があるように、運をつかむ人は、必ずそれ相応の努力をしています。
礼儀やマナーが身についていたり、小さな口約束を守ったり、スピードのある仕事をしたり、小さな仕事を大切にしたりしています。
運を味方につける人は、行動の積み重ねでチャンスを引き寄せているのです。
成功者は「結果を出している人」です。
たまたま成功することはありません。
成功者には、成功するだけの理由があります。
運をつかんだ人は、偶然ではなく「運を味方につける行動」をしているのです。
器が大きい人は、成功者の実力を素直に認め、手本とします。
嫉妬やひがみの気持ちはなく、憧れや尊敬の気持ちを持っています。
「なぜ結果を出せたのか」という点に着目し、その仕組みやプロセスを学ぼうとします。
自分に足りないところを積極的に学び、どんどん吸収します。
「運はただの偶然ではなく、努力することで、つかめるもの」だと思っているのです。
同じ職場なのに、結果を出す人と出せない人がいます。
その違いは、才能ではなく、日々の小さな行動の積み重ねです。
ほかの人より、スピードがあり、マナーも良く、小さな仕事でも丁寧にこなします。
こうした学びの姿勢と行動力があるから、器の大きい人はどんどん成長していき、結果も出していけます。
運を味方につける人は、偶然を待つのではなく、努力と行動の積み重ねによって必然をつくっているのです。
初めてのことや難しいことがあったとき、どうするか。
ここは器の大きさの違いが表れる場面の1つです。
「失敗を恐れてばかり」というのは、器の小さな人に見られる特徴です。
器の小さい人は「失敗は恥」と捉えています。
「失敗=悪いこと」という考え方があり、自分の評価が落ちると思っています。
たしかに失敗は嫌なものですが、それでは行動範囲が広がりません。
失敗をしないためには「何もしないのがベスト」ということになります。
失敗を恥として捉えると、おのずと保守的になり、行動やチャレンジを控えるようになります。
じっとしているだけでは、何も変わらず、何も得られません。
器の小さい人は、失敗を恐れるあまり、行動やチャレンジを控え、成長も停滞するのです。
器の大きい人は、失敗を恐れません。
「失敗も経験」と捉えているからです。
とにかく実際にやってみないとわからないので、まずチャレンジすることを優先します。
失敗しても「やり直せばいい」「なんとかなる」「倒れても起き上がればいい」と思っています。
痛い目に遭っても「良い経験ができた」と前向きに考えます。
失敗をプラスに捉えているので、どんどんチャレンジできます。
チャレンジを繰り返すことで、学びや経験も増え、大きく成長ができるのです。
失敗を恥と考えるか、経験と捉えるか。
その違いが、人としての成長や、人生の豊かさにつながるのです。
器の小さい人は、トラブルが起こったとき、慌てます。
仕事でトラブルが起こったときは「どうしよう、どうしよう」と右往左往します。
恋人に振られたら「寂しい。悲しい。私には価値がない」と泣くばかりです。
アパートの老朽化で立ち退きを求められたら「ついてないな」と頭を抱えて嘆きます。
会社が倒産したら「最悪だ。人生のどん底だ」と落ち込みます。
人生でつまずいたら「何かに呪われているのかもしれない」と悪いほうに考えます。
トラブルにショックを受け、泣いたり、腹を立てたり、落ち込んだりします。
もたもたして対処も遅くなって、被害を拡大させてしまいます。
トラブルをトラブルとして受け止め、損をして、恥をかいて、不幸になって終わるのです。
トラブルなのだから当然のように思えますが、ここが器の違いが見えるところです。
器の大きい人は、トラブルをチャンスに変えます。
仕事でトラブルが起こったときは「成長のチャンス」と考え、冷静に対応を考えます。
恋人に振られたら「新しい人と付き合えるチャンス」と考え、恋愛のスタートラインとして前に踏み出します。
アパートの老朽化で立ち退きを求められたら「引っ越しのチャンス」と考え、新しい環境に映る機会として生かします。
会社が倒産したら「転職のチャンス」と考え、仕事やキャリアを見直す機会として考え、人生のターニングポイントに変えます。
人生でつまずいたら「生き方を見直すチャンス」と考え、自分や人生を振り返る機会にします。
あらゆるトラブルは、見方を変えれば、チャンスになります。
器が大きい人は、チャンスはトラブルの形として訪れることを知っています。
だからトラブルが起こったとき、ガッツポーズで喜びます。
上手にトラブルを生かしてチャンスに変え、大きく飛躍するのです。
トラブルをトラブルとして受け止めるのは簡単です。
しかし、それでは進歩も成長もないのです。
トラブルをトラブルとして受け止めるのではなく、チャンスに変えましょう。
器の小さい人は、自分の立場しか見えません。
そもそも見ようとしないのです。
相手は自分に合わせるものだと思っています。
自分の都合を優先させ、相手の都合なんてどうでもいいと思っています。
相手から「少しはこちらのことも考えてください」と言われても「なんで?」と言い返し、納得しません。
器の小さい人は自己中心的で、相手のことは頭にありません。
視野も狭いので、相手の立場を考えない行動が多く、よくトラブルを起こします。
そうやって人を振り回し、周りから嫌われるのです。
器の大きい人は、自分の立場だけでなく、きちんと相手の立場も理解します。
人と接するときは、まず一呼吸置いて、相手の状況を想像します。
落ち込んでいそうなら「今はつらいだろう」と思い、優しい言葉をかけます。
仕事で忙しそうなら「きっと疲れているだろう」と思い、ストレスケアのグッズを手渡します。
試験勉強の真っ最中なら「今は勝負の時期だから、そっとしておこう」と思い、あえて連絡を控えます。
仕事上でも、器の大きい人は、相手の立場を理解します。
「良好な人間関係を築くには、相手の都合も考える必要がある」と理解しています。
たとえば、自分が上司の立場で、何人かの部下を抱えているとします。
多くの仕事を抱え込んでいて大変そうな部下がいれば、仕事の振り分け方を考え直します。
子どものいる部下がいれば、家族や子どもの事情を考え、そうした配慮をします。
部下に仕事の依頼をするときも、いきなり依頼しません。
まず部下に都合を聞いたうえで、依頼するかどうか判断します。
スケジュールを調整するときも、自分の都合を押し付けず、お互いの都合を調整しながら日時を決めます。
相手の仕事が遅くても「その人のペース」と理解し、無理をさせることはありません。
器の大きい人は視野が広く、相手の立場を想像できます。
相手の立場を理解しようとする姿勢があるのは、器が大きい証拠なのです。
器の小さい人は、自分の価値観を押し付けます。
相手の意見が自分の意見と違うと、非難します。
「それは間違っている」「考え直すべきだ」と厳しい言葉を浴びせます。
「私の意見が正しい」「この方法にしなさい」と言わんばかりに、自分の考えを押し付けようとします。
挙げ句には「あなたはおかしい」と人格否定までしてくるのです。
夢中になっている趣味があれば、自分が楽しんでいる話だけでは終わりません。
「あなたもしたほうがいい。絶対やるべきだ!」と強く勧めてきます。
しかも勧め方が強引です。
自分が楽しいと考えるものは、相手も楽しいと感じるに違いないと思っているのです。
自分の価値観を押し付ける姿勢は、器の小さい人の特徴です。
好みは人それぞれにもかかわらず、相手の好みを考慮しません。
誰でも自分の価値観を押し付けられるのは嫌なものです。
器の大きい人は、人の価値観を尊重します。
自分と違う意見だからといって、否定も批判もしません。
理解に苦しむことでも「あなたはそういう考えなんだね」と、相手の価値観を尊重します。
器の大きい人は「価値観は人それぞれ」ということを理解しています。
自分の意見を相手に押し付けるようなことはせず、1つの考え方として捉えるのです。
1つの考え方として捉えるおかげで、ますます自分の見識が広がっていくのです。
自分の趣味について話すときも、相手に押し付けるような言い方はしません。
「今こんなことにはまっているよ。充実しているよ」という話だけにして、それ以上余計なことは言いません。
人の好みはそれぞれとわかっているので、無理に勧誘することもありません。
相手から「私もやってみたいな」と言ってきたときに、初めて案内します。
相手の立場を理解し、相手の価値観を尊重できる人こそ、器が大きいのです。
器の小さい人は、目先のことに振り回されます。
仕事は、短期的に稼げるようなものを選びます。
早く利益を得たいあまり、将来の大きな利益より、目先の小さな利益を重視して、その場限りの仕事が多くなっています。
教育でも「今できていればいい」「自分の仕事さえできれば良い」と考え、部下の教育には無関心です。
食事も「安くておいしいものなら何でもいい」という考えになっています。
ジャンクフードやファストフードなど、安くて腹を満たせばいいものばかりを食べ、健康のことはあまり考えていません。
短期的な視点しかなく、目先のことに振り回されているのです。
イソップ寓話『アリとキリギリス』でいう、キリギリスのような生き方をしています。
将来のことを考えず、今の楽しみばかり優先させていると、そのときは良くても、後が大変です。
なかなかお金が貯まらず、後になればなるほど苦しくなります。
器の小さい人は、すべて目先のことにとらわれています。
後になって「あのとききちんとしておくべきだった」と悔やむことになるのです。
器の大きい人は、長期的な視点で考えます。
心がけているのは「目先の小さな利益より将来の大きな利益」です。
仕事を行うとき、その場限りの対応ではなく、自分がいなくなっても回るシステムをつくります。
たとえば、手順書やマニュアルを作成して、初心者でも問題なく進められる仕組みをつくります。
毎回手作業で行うのではなく、自動化のプログラムを作成して、漏れなくスピーディーに行える工夫をします。
仕事のキャリアも、まず理想とする将来像をイメージし、それを実現できるよう逆算して中長期的なプランを考えます。
部下の教育にも力を入れます。
部下の教育に力を入れることは、そのときは大変でも、将来につながります。
部下が育てば、それだけ自分の仕事も楽になり、自分がいなくても回るシステムができるのです。
食事も、腹を満たせばいいものではなく、健康につながるものを口にします。
自分の体は、口にしたものからできています。
健康につながるなら、少々お金がかかっても「健康への投資」という考え方で取り入れます。
長期的な視点で考えることで、自分の人生をコントロールするのです。
器の小さい人は、他人の失敗を責めます。
「どうして失敗をするんだ!」
「こんな簡単なミスするなんて信じられない」
「どうしてそんなところでつまずくの? 誰でもできるだろう」
厳しい言葉で相手を責めます。
器の小さい人は、能力があっても、理解力を欠きがちです。
簡単なことでミスをするというのが納得できず、相手を激しく責め立てるのです。
そのうえばかにする言葉まで言います。
「情けない」
「使えない人だな」
「学習能力がない」
厳しい言葉を浴びせられれば、相手は萎縮し、落ち込んでしまいます。
他人の失敗を責めることしかできないのは、器の小さい人がすることです。
上司がこういう人だと、部下は育ちません。
失敗を責める上司だと、働きにくい環境となります。
部下は「失敗したら怒られる」「無難な行動をしよう」と思うので、チャレンジをしなくなり、行動を控えるようになります。
新しいチャレンジができないから、部下も成長できません。
コミュニケーションが減るので、情報の共有が減り、ますます失敗が増えることになります。
器の大きい人は、他人の失敗を許せます。
「大丈夫だよ。気にしないで」
「私も同じ経験があるよ」
「ここは間違えやすいところなんだよね」
他人の失敗を責めることなく、受け止めます。
責められて嬉しい人はいません。
人間ですから、ミスをすることはあるし、失敗をすることもあります。
世間では「失敗=良くないこと」とされていますが、初めてのことや慣れないことなら誰でも失敗をして当然です。
器の大きい人はそれをよくわかっているので、失敗を責めることはなく、許すのです。
さらに明るく励まします。
相手の心が軽くなるよう、前向きな言葉をかけるのです。
「チャレンジしたことが素晴らしい」
「失敗したけど、得られるものがあったよね」
「対策を打てば、次はきっとうまくいく」
こういう言葉を言われると、救われます。
誰でも優しく許してもらえると、明るい気持ちになれるのです。
こういう上司だと、部下はのびのび仕事ができます。
「理解のある上司だな」「この人についていきたい」と、上司の器の大きさを実感し、尊敬の念を抱くのです。
部下は果敢にチャレンジができるので、成長も早くなります。
人間関係も良くなって、部下とのコミュニケーションも増えるのです。
情報共有も活性化されるので、職場の失敗も減っていくのです。
器の小さい人は、他人に厳しく、自分に優しいのが特徴です。
他人に対しては、厳しく接します。
「遅刻するな」
「ミスをするな」
「怠けてはいけない」
ところが、その割に自分に対しては甘いところがあります。
「遅刻するな」と言う割に、自分は遅刻をします。
その割に「電車が遅れていたから」「渋滞に巻き込まれたから」と言い訳をします。
「ミスをするな」と言う割に、自分は再確認を怠り、よくミスをします。
「たまたまです」「いつもならきちんとできています」と言い訳をします。
「仕事をサボるな」と言う割に、自分は仕事をサボります。
「ちょっと疲れたから」「これくらいサボっているうちに入らない」と、ぐだぐだ言います。
こうした矛盾した態度は、器が小さいと言わざるを得ません。
他人に厳しく自分に優しい人がいると、人間関係もぎすぎすしたものになります。
こういう人が上司だと、部下はたまったものではありません。
尊敬されず、人望もありません。
「うちの上司は部下には厳しいのに、自分には甘いよね」と、部下から嫌われます。
「器の小さい上司」として軽蔑されるのです。
一方、器の大きい人は、その逆です。
他人に優しく、自分に厳しくなります。
人が間違えたときは「気にしないで」と優しい言葉をかけますが、自分は間違えないよう細心の注意を払います。
頑張っている人がいれば「無理しないで」と優しい声をかける一方、自分はしっかり集中して仕事に当たります。
相手の仕事が遅くても「その人のペースがある」と尊重しますが、自分はスピードを意識して、てきぱき仕事をこなします。
他人に優しく、自分に厳しい人がいると、人間関係も良好になります。
こういう人が上司だと、部下も仕事がしやすくなります。
「優しい上司だなあ」と思って、羨望のまなざしを向けるのです。
理解があって仕事もできるので尊敬され、人望も厚くなります。
自分が自分に厳しくなるのはいいのですが、人には優しくなっておくほうがいいのです。
器の小さい人は、小さな発言にいちいち反応します。
少し皮肉を言われただけで「ショック!」と騒ぎます。
少しでも嫌なことを言われようものなら「ひどい」「不愉快だ」と声を荒らげます。
事あるたびに、その言葉を思い出しては、恨みを募らせます。
そして「あのときの一言を忘れない」と、ずっと根に持つのです。
もちろん心を傷つけるような言葉を言われたのなら、まだわかります。
大きなショックを受け、強い怒りや悲しみを覚えるのも自然でしょう。
しかし、問題なのは、小さな発言までいちいち気にすることです。
一言一句を重く受け止めるため、ますます傷口が広がります。
いちいち小さな発言まで気にしていると、ストレスがたまって感情も不安定になります。
周りから「何を言っても傷つきそうだ」「付き合いにくい」と思われることにもなります。
そうして自然と周囲から距離を置かれるようになるのです。
器の大きい人は、ささいな発言を気にしません。
「あっそう」「だから何?」という感じで受け流し、けろっとします。
嫌なことを言われても、さらっと忘れます。
人間なので、つい言いすぎることもあります。
うっかり言葉選びを間違えることもあります。
器の大きい人は、いちいち細かいことまで気にしていると、心が持たないことを知っています。
だから、小さな発言なら、いちいち気にせず、さらっと受け流します。
受け流せば、ダメージはゼロです。
上手に受け流すことも、コミュニケーションの大切なスキルです。
小さな発言をまともに受け止めないことが、器の大きさを物語るのです。
器の小さい人は、自分を大きく見せようとします。
まず自慢です。
聞いてもいないのに、自分がどれだけすごいのか話し始めます。
学歴や年収を誇ります。
大手で働いていることや、肩書やステータスがあることをアピールします。
武勇伝も大好きで、過去の功績の数々を口にします。
「あのプロジェクトを俺が成功させた」「自分の力で成し遂げた」と語ります。
昔やんちゃをやっていた話も、好んで持ち出します。
人や社会に迷惑をかけておきながら反省がなく、勲章であるかのように誇らしげに話します。
時計やファッションなど、高級ブランド品を身につけ、自分を大きく見せようとするのも特徴的です。
高級ブランド品を身につければ、すごい人やお金持ちそうに見えると信じています。
周りから一目置かれ、尊敬されると思っているのです。
しかし、結果は逆です。
自分を大きく見せようとすればするほど、周りは引きます。
自分を大きく見せようとするのは、自信のなさを自ら暴露しているようなものです。
自分に自信がないから、高級ブランドの力を借りて、自分を水増ししようとします。
周りは表向きは「すごいですね」「さすがですね」と合わせてくれますが、内心は「自信がないのですね」と見抜いています。
自分を盛れば盛るほど、一生懸命さが痛々しく映り、かえって滑稽さだけが目立つのです。
器の大きい人は、等身大の自分を見せます。
背伸びをすることはありません。
自慢は語らず、無理に飾ることもありません。
等身大の自分を見せられるのは、自分に自信がある証拠です。
すでに実力を身につけているので、どこから見られても問題がなく、自信を持って堂々と振る舞えます。
人目も気にしません。
「人は人、自分は自分」と思っているので、人からどう見られていようと気にしません。
シンプルで清潔な身なりを好み、それで十分だと思っているので、高級ブランドで身を固める必要を感じていません。
等身大を見せるのが、いちばん楽で、いちばん強いと知っています。
その自然体の姿こそ、言葉より雄弁に、器の大きさを物語るのです。
器の小さい人は、先生から学ぼうとします。
一見すると良いように思えるのですが、実は選別しているのです。
「先生」という肩書があり、なおかつ年上でなければ、学ぶ対象にしないのです。
心の奥では、年下を見下しています。
「年下は未熟に決まっている。経験も浅く、学べることも少ないはずだ」と決めつけています。
若い人から学ぶことに抵抗を感じているのです。
それは勝手な思い込みです。
年齢と実力は、必ずしも比例しません。
年下でも、キャリアと実績が豊富で、教え上手な人もいます。
年齢だけで人を判断すると、学びの扉を閉ざし、貴重な成長のきっかけを失ってしまいます。
その姿勢こそが、器の小ささを露呈しているのです。
器の大きい人は、学ぶ相手を立場や年齢で区別しません。
習い事では、年上の先生はもちろん、年下の先生でも、敬意を払います。
「よろしくお願いします」と頭を下げ、謙虚に学ぶ姿勢を見せるのです。
重視するのは「年齢」ではなく「キャリアと実績」です。
年下の先生でも、キャリアと実績が豊富なら、敬意を払い、素直に頼ります。
部下でも、専門分野に強ければ、ためらうことなく「先生」と見なし、謙虚に教えを請います。
「この分野ではあなたのほうが詳しい。だから教えてください」と思っているのです。
年齢にこだわる人は、学びの対象が限られ、成長が鈍化します。
年齢にこだわらない人は、学びの対象が広がり、成長し続けます。
年齢に関係なく、すべての人から学ぶ姿勢を持つことが、器の大きい人の条件です。
器の小さい人は、不満や文句ばかり言います。
「仕事の結果が出ないのは、上司のせいだ」
「成績が悪いのは、環境が悪いせいだ」
「お金が貯まらないのは、少ない給料のせいだ」
器の小さい人は、他責思考です。
問題があったとき、まず人のせいにしようとします。
自分のせいだとは思おうとせず、責任転嫁をして、自尊心を守るために自分を正当化します。
不満や愚痴ばかりを言い、それで終わっているので、何も改善しません。
不満や文句を言う割に、自分は何も努力をしないのです。
周りから「また同じ失敗をしているね」と、あきれられてしまうのです。
器の大きい人は、不満や文句は言わず、改善策を考えます。
「どうすれば良くなるのか」「どうすればこの状況を打開できるのか」と考えます。
問題があるからには原因があり、原因を取り除けば問題も解決できることを知っています。
仕事で結果が出ないなら、上司のせいにするのではなく、自分の仕事のやり方に問題があると考えます。
自分の取り組み方を振り返り、余計な仕事をなくしたり、効率アップのツールを活用したりして、間に合わせます。
勉強の成績が上がらないときは、環境のせいにするのではなく、勉強法に問題があると考えます。
勉強ができる人から勉強法を学んだり、効果的な勉強法の書籍を読んだりして、改善のヒントを見つけようとします。
お金が貯まらないなら、少ない給料のせいにするのではなく、節約や生活の見直しを図ります。
徹底的に無駄を省き、お金の使い方を改め、貯蓄に努めます。
もちろん改善策を考えるだけで終わらず、きちんと実行に移します。
実行してもうまくいかなければ、さらに改善を加えたうえで、実行に移すのです。
器の大きい人は、問題があっても改善策を考えるため、次からうまくいきます。
大切なことは、改善策です。
愚痴や文句を言うエネルギーがあるなら、改善策を考えることに使ったほうが得策です。
私たちは、変化が必要な場面に直面することがあります。
環境の変化、人間関係の変化、仕事の変化、ライフスタイルの変化。
変化に対する姿勢は、器の大きい人とそうでない人とで、はっきりした違いが表れます。
器が小さい人は、変化を怖がります。
全力で変化を拒み、できるだけ現状にしがみつこうとします。
「ずっと今のままでいたい」
「現状で十分満足している」
「今までうまくいっていたのだから、このままでいいじゃないか」
そう思っています。
しかし、世の中は刻々と変わるものです。
会社の環境も、社会の常識も、世の中のシステムも変わります。
器の小さい人は、変化を拒み続けた結果、成長が止まり、世の中から取り残されていくのです。
仏教に「諸行無常」という言葉があります。
「万物は常に変化し、少しの間も同じ状態にとどまらない」という意味です。
同じ状態が続くことはありません。
だからこそ変化を受け入れるのが正解です。
たしかに変化には抵抗が伴いますが、変わらなければならないときもあります。
器の大きい人は、変化を受け入れます。
それは「世の中は変化するもの」「変化する世の中についていくためには、自分も変わるしかない」と理解しているからです。
変化に抵抗を感じることはあっても、必要なこととして、思いきって飛び込みます。
痛みが伴う変化でも、前向きに受け入れます。
本音では不安を感じていますが「変化を拒んでいると成長も止まり、いずれ大変なことになる」と考えています。
「ここで変わることが成長につながる。次のステップにも進める」と信じているので、世の中の変化を積極的に受け入れるのです。
そして器の大きい人は、変化を受け入れるだけでなく、変化そのものを楽しみます。
初めての仕事を任されれば「新しいことを学べるチャンス」「スキルを磨くチャンス」と考えます。
異動することになっても「新しい環境を知るチャンス」「新しい人と出会うチャンス」と、前向きに捉えて楽しみます。
変化を「新鮮な刺激」として受け入れ、知らないことも貪欲に学びます。
楽しめば、ストレスも快感に変わります。
そうして変化を受け入れるからこそ成長し、移り変わる世の中にもしっかりついていけるのです。
器の小さい人は、不満の気持ちが多いのが特徴です。
「食事がおいしくない」
「最近面白いことがない」
「どうしてこんなに仕事が大変なのか」
「平凡な生活ばかりで、変わったことがない」
「この漫画、面白くない」
「仕事が楽しくなくて不満」
口にすることといえば、不満の言葉ばかりです。
器が小さい人は、他人の支えに気づきません。
気づいたとしても「当たり前のこと」「してもらって当然」と思っているので、感謝することがありません。
少しでも気に入らないことがあると、ぶつぶつ愚痴を漏らします。
いつも不満を口にしているので、周りからの印象が悪く「付き合いにくい人」と思われてしまうのです。
器の大きい人は、感謝の気持ちを持っています。
多くの人に支えられていることに気づいています。
表に見える支えだけでなく、陰で支えられていることにも気づいており「ありがとう」「ありがたい」が口癖になっています。
家族や友人、上司や部下など、身近で支えてくれる人に感謝しています。
仕事に対しても「仕事があってありがたいね」「職場の人に恵まれている」と前向きに捉えています。
お世話になったときには、きちんとお礼を伝えます。
駅員さんや清掃員さんなど、直接話すことはなくても、心の中で感謝の気持ちを持っています。
小さなことにも目を向け、当たり前を当たり前と思わず、感謝を忘れません。
たとえば、日常で当たり前と思いがちなインフラや衣食住にもきちんと目を向け、心の中で「ありがたい」と感じています。
もちろん不満に思うことがまったくないわけではありませんが、それ以上に感謝の気持ちのほうが大きいため、気にならないのです。
器の大きい人は、感謝の気持ちを持っているので、いつも心が満ち足りています。
自然と表情が柔らかくなり、人当たりもいいので、多くの人からも好かれるのです。
器の小さい人は、けなすのが大好きです。
とにかくけなすことに情熱を注ぎます。
性格もひねくれているため、わざわざ相手が落ち込むようなことを言ってきます。
人に対して「気が利かない」「行動が遅い」と、欠点を見つけてはけなします。
部下の仕事に対して「ここができていないね」「また同じところを間違えている」と、粗を見つけてはけなします。
映画を見たときも「俳優の演技が下手だね」「つまらないストーリーだね」と、悪いところを見つけては評価を下げようとします。
器の小さい人は「褒めたら負けだ」と思っています。
良いところには目を向けず、悪いところだけ拾い上げ、けなすのです。
器の小さい人は自分に自信がないので、相手を下げることで、上の立場になろうとしています。
器の小さい人は、けなすことにかけては一流です。
けなすことでしか、自分の立ち位置を保てないのです。
器の大きい人は、褒め上手です。
「いいな」と思うところがあれば、素直に褒めます。
人に対して「笑顔が良いね」「元気があっていいね」と、素直に褒めます。
部下の仕事に対して「仕事が丁寧だね」「ここが前より良くなっているね」と、小さなことにも目を向け、成果を認めます。
映画を見たとき「カメラワークがいい」「物語の設定が面白い」と、良い点に目を向けては、上手に評価します。
器の大きい人は、褒めることを惜しみません。
相手の喜ぶ顔を見るのが、自分の喜びだからです。
「相手に喜んでもらいたい」「相手の笑顔が見たい」「明るい雰囲気にしたい」と思っています。
その思いが、自然と称賛の言葉として口から出るのです。
器の大きい人は、良いところを見つけるのが上手です。
どんな人にも、どんな出来事にも、必ず1つは良いところがあります。
良いところがないように思えるのは、まだ見つけられていないだけです。
じっくり探せば、必ず見つかります。
器の大きい人は、相手が喜んでくれることを自分の喜びとしているので、褒めることが習慣となっているのです。
器の小さい人はコンプレックスを「弱点」と捉えています。
自分にとって恥ずかしい部分だと思い込んでいます。
そのため必死に隠そうとします。
コンプレックスは、自分にとって受け入れがたいことなので、ネガティブな感情を持っています。
「それさえなければ、私は愛される。もっと評価される」と思っています。
たしかに人と変わったところがあるのでしょう。
周りの人は何とも思っていなくても、本人は気になって仕方ありません。
自分の「普通ではないところ」を素直に受け入れられないこともあるものです。
しかし、コンプレックスを隠そうとすればするほど、動きが不自然になり、時には余分なお金がかかってしまいます。
くせ毛にコンプレックスがあって、毎回ストレートパーマをかけるのもいいですが、お金がかかって大変です。
眉毛にコンプレックスがあると、自分の顔を見られることに抵抗が出てしまいます。
目元にコンプレックスがあって、頑張ってメイクで隠そうとすると、不自然なメイクになりがちです。
コンプレックスを隠そうとするのは、まだ自分を受け入れきれていない証拠です。
自分の弱点であり、嫌なところだと思っています。
嫌だと思えば思うほど、コンプレックスが大きくなっていき、人前に出にくくなってしまうのです。
日常生活に支障が出てしまうことすらあるのです。
器の大きい人は、コンプレックスを堂々と表現します。
そもそもコンプレックスだと思っていません。
それどころか、人と違っているところを、自分の個性と捉えています。
自分の大切なアイデンティティーだと思っています。
変わったところがあっても、意外と周りの人は気にしていないことにも気づいています。
くせ毛も、自分の個性と捉えています。
太い眉毛も、特徴のある目元も、自分の個性と捉えています。
ありのままの自分を受け入れられている証拠です。
だからいつもにこにこできるし、明るく振る舞えます。
個性と思えば、自分を受け入れられ、自己肯定感も上がるのです。
器の小さい人は、マニュアルに忠実です。
もちろんマニュアルに忠実なのはいいのですが「絶対」なのです。
融通が利きません。
とにかくマニュアルに従って進めようとします。
少しでもマニュアルにないことが起これば「大変だ! どうしよう」と慌てます。
「なんとかなりませんか」とお願いしても「前例がないことなので」と断ります。
これではただのマニュアル人間です。
一見間違っていないように思えるのですが、形式張った対応しかできません。
マニュアルに書かれていないトラブルが起こると、うまく対応できないのです。
器の小さい人は、想定外に弱いのが特徴です。
想定にあることはうまく対応できますが、想定外のことが起こればパニックになり、どうしていいかわかりません。
「こんなはずじゃなかった」という頭を抱え、あたふたするばかりとなるのです。
器の大きい人も、もちろんマニュアルを大切にしています。
しかしマニュアルに忠実でも、絶対とは考えていません。
マニュアルに対して「絶対守るもの」ではなく「うまく使いこなすもの」と考えています。
マニュアルにないことが起これば、自分の頭で考え、想像力を働かし、その場の状況に合わせて判断をします。
柔らかい頭を持っているので、融通が利き、臨機応変な対応ができるのです。
計画でも、器の大きい人は、臨機応変を大切にしています。
基本的に計画通りに進めますが「変更はあって当然」と考え、とらわれることはありません。
計画にないことが起これば、うまく流れが通るよう、その場で考えて上手に変更します。
想定外が起これば「こういうこともあるだろう。さあ、どうすれば、うまくいくか」と考えます。
想定外が起こることを、最初から想定しています。
そして「正しさ」より「うまくいくか」を重視します。
あくまで冷静に物事を捉え、状況に応じた最善策を考えるのです。
器の大きさとは、正解を知っているかではありません。
想定外にどう向き合うかで決まります。
学校では、正解のある場面ばかりですが、社会では、正解のない場面がたくさんあります。
今まで経験したことのない場面に遭遇したとき、どれだけうまく対応できるかです。
臨機応変な対応ができるところに、器の大きさが表れるのです。
ミスや失敗があったとき、器の小さい人がまず口にするのは、言い訳です。
遅刻したら「電車が遅れていたんです」と言い訳をします。
約束を果たせなければ「仕事が忙しかったんです」と言い訳をします。
仕事でミスをしたら「寝不足だったからです」「今回はたまたまです」と言い訳をします。
「私のせいじゃありません」が口癖です。
言い訳だけでは終わらず、責任転嫁も始めます。
電車が遅れたら「鉄道会社が悪い」と言い、約束を忘れたら「無理な約束をさせたあなたが悪い」と言います。
仕事が失敗したら「サポート体制に問題がある」と言います。
自分に非があることでも、なかなか認めようとしません。
認めた瞬間、責任が発生してしまうからです。
器が小さい人は「解決策」より「逃げ道」を探していて、責任から逃れることばかり考えているのです。
器の大きい人は、言い訳せず、責任を取ります。
遅刻をしても、早めに家を出なかった自分が悪いと考え「申し訳ございません」と素直に頭を下げます。
約束を果たせなかったときや、仕事でミスがあったときも、余計な言い訳はしません。
「申し訳ございませんでした」と誠実に謝り、同じことが起こらないよう再発防止策を立てます。
そのうえできちんと責任を取ります。
器の大きい人は、強い責任感を持っています。
やり直しが必要なら、きちんとやり直します。
中止になれば返金します。
壊したものがあれば、きちんと弁償します。
きちんと責任を取れる行動は、器の大きさを証明しているのです。
器の小さい人は、勝負に負けたとき、素直に負けを認めません。
現実を見ようとせず、否定しようとします。
素直に負けを認めないどころか、負け惜しみを言います。
「タイミングが悪かっただけ」
「ちょっと体調が悪かっただけ」
「本調子なら勝てた」
「普段の自分なら、負けなかった」
「本気を出していなかっただけ」
負け惜しみを言うのはかっこ悪いことです。
器の小さい人は感情のコントロールができないので、負けたときも、いらだちを見せます。
本人はそのことに気づいていません。
周りの人は「負けたのに、なぜ素直に認めないの」と思っています。
素直に負けを認めない態度に、子どもっぽさが感じられます。
負け惜しみのオンパレードが、器の小ささを物語っているのです。
素直に負けを認めないため、弱点の克服もできません。
成長がないので、次もまた負けることになります。
負け惜しみは、負けを二度確定させるのです。
器の大きい人は、素直に負けを認め、相手の勝利をたたえます。
「私の負けです」と、はっきり認めます。
本当は心の中で悔しい気持ちもあるのですが、表には出しません。
そして「おめでとう!」と相手の勝利をたたえます。
こういう人は、かっこいいです。
これが大人の対応です。
大人の対応ができるところに、器の大きさが表れています。
素直に負けを認めるから、弱点の克服もできるようになり、成長につながります。
そうして、次は勝利できるのです。
素直に負けを認められる人だけ、次のステップに進めるのです。
器の小さい人は、人を思いどおりに動かそうとします。
部下や同僚を思いどおりに動かそうとします。
家族や友人を思いどおりに動かそうとします。
「○○すべき」「○○しなさい」という命令口調が目立ちます。
自分より相手を変えようとするのです。
いつも自己中心的で、相手の都合は考えていません。
そのため、しばしば相手から反発されます。
「偉そうだな」「あの人は何様のつもり?」「押し付けないでほしい」と反感を買い、周りから疎まれてしまうのです。
器の大きい人は、人を思いどおりに動かすようなことはしません。
人間関係がうまくいかないときは、相手を変えようとするのではなく、自分が変わろうとします。
「人を変えるのは難しい」ということをよく知っているからです。
たとえ家族でも、別々の人間であることを理解しています。
性格がなかなか変わらないように、人を変えるのも至難の業です。
相手を変えることはできなくても、自分を変えることなら、今すぐできます。
自分を変えるのは、自分しだいです。
自分の思考や行動を変えることで、相手との摩擦も減り、うまく付き合えるようになるのです。
お願いするときは、クッション言葉を使います。
「もしできれば」「お時間あれば」「お忙しいところ申し訳ございませんが」と、角の立たない言い方でお願いします。
クッション言葉で優しくお願いされると、相手は受け入れやすくなります。
人とのトラブルも少なく、良好な人間関係を保てるのです。
器の小さい人は「許さない」が口癖です。
過去のトラブルに対し、強い執着があります。
「あの人を許さない」
「仕打ちを受けた。絶対許さない」
「死ぬまで一生許さない」
眉間にしわを寄せ、にらむような目つきになり、怖い表情を浮かべます。
たしかに人から嫌なことをされたときは、腹が立つし、許せない感情もあります。
相手に非があれば「あの人のせいでこうなった」と思いたくなるものです。
しかし、器の小さい人は、とにかく恨み続けるのです。
昔のことでも、許すことはありません。
これではストレスがたまるばかり。
負の感情は自分をむしばみます。
相手と関係修復ができません。
ずっと眉間にしわが寄ったままで、深いしわが定着します。
周りの人は「もういいじゃないか。許してあげようよ」と諭しますが、器の小さい人は「許さない」の一点張りです。
一生許さないということは、一生恨み続けるということです。
人を恨むのには、エネルギーを使います。
結局のところ、人を恨んでいちばん苦しむのは自分です。
その人のことを思うたびにストレスを感じ、精神的な疲労につながります。
こうしていつまでも苦しみから解放されません。
眉間に力が入るので、しわも増え、老け顔にもなってしまうのです。
器の大きい人は「時効」ということにして許します。
本当は許したくない気持ちもあるのですが、ずっと恨み続けたところで自分にとってマイナスなので、水に流します。
事件でも時効があるように、日常のいざこざも時効ということにしてすっきりします。
許すのは、自分がすることです。
相手が謝ってこないとしても、許すことは可能です。
器の大きさとは、寛大さでもあります。
許す行為は、寛大でなければできず、器が大きいからこそできる行為です。
許せば、楽になります。
心も体も軽くなるのです。
その人との関係も良くなるのです。
過去のトラブルがあっても、時効ということにすれば、自分を苦しみから解放できるのです。
器の小さい人は、視野も狭いのが特徴です。
そのため一部だけ見て決めつけます。
AさんとBさんともめていたら、Aさんの意見だけ聞いて、決めつけます。
ニュースや新聞でも、過激なタイトルを目にしたら、そのままうのみにします。
見出しだけで判断し、記事の中身はろくに読みません。
新しいチャレンジも、一度失敗しただけで「自分には向いてない」と判断し、もう二度とやりません。
「木を見て森を見ず」の状態です。
見ているのは一部だけなので、全体的・総合的な判断ができません。
自分の狭い知識や見識にとらわれてしまい、偏った判断をしてしまうのです。
器の大きい人は、物事を広く捉えます。
一部を見るだけでは、正しく判断できないことを知っています。
AさんとBさんがもめていたら、片方の言い分だけ聞いて決めるのではなく、双方の言い分を聞いたうえで判断します。
ニュースや新聞でも、見出しだけで内容を決めつけず、きちんと記事の内容をチェックして理解に努めます。
一部だけ見て「こうだ」と思ったことでも、全体で見ると、感じ方が変わることがあるものです。
新しいチャレンジも、一度の失敗で「自分に向いてない」と判断するのではなく、何度かやってみます。
最初こそ失敗があっても、繰り返しやっているうちに「意外と自分に向いているかもしれない」と感じ方が変わる可能性があります。
物事を正しく判断するには、全体的・総合的な判断が必要なのです。
器の小さい人は、周りに流されます。
周りが「Aがいいよ」と言っていれば、自分もAにします。
そのあと「やっぱりBがいいらしいよ」と言っていると、自分もBに変更します。
考えがころころ変わり、人の意見に左右されます。
周りの声が判断基準になっているのです。
器の小さい人は、主体性がなく、自分の軸を持っていません。
自分の価値観も曖昧です。
批判されることを恐れているので、自分の好みや考えより、相手や周りの空気を優先させます。
自分の考えを持っているつもりでも、実際は人の意見をなぞっているだけです。
器の小さい人は、行動目標や行動指針もありません。
ふらふらした毎日を送っています。
日常のルールがないので、何かをやったり、やらなかったりしています。
将来のやりたいこともはっきり見えません。
その場の雰囲気でなんとなく決めがちです。
結果として、生き方が不安定になっています。
器の大きい人は、自分の軸を持っています。
「私はこれが好き、これが嫌い」
「私はこれがやりたい、これがやりたくない」
「私はこんな意見を持っている」
「私は、周りが何と言おうと、こんな生き方をしたい」
好き嫌いがはっきりしています。
自分の好みがあり、自分の考えを持っていて、やりたいことを把握しています。
主体性があるため、周りに流されません。
自分の好みや価値観を大切にし、しっかり貫きます。
器が大きい人は、行動目標や行動指針があり、日頃から意識しています。
「これを目指している」「こういう行動を心がけている」「こういうことはしない」という考えがあり、自分を律しています。
そのため、集団の中にいてもぶれません。
自分らしい選択、自分らしい行動を貫けます。
自分の考えを持っている人は、魅力的なのです。
器の小さい人は、成功を独り占めします。
「この成功は私のものだ」「自分一人でやったことだ」「私が努力したんだから独り占めして当然だ」と思っています。
成功によって得た報酬も、すべて独り占めしようとするのです。
助けてくれた人や、協力してくれた人を無視し、感謝の言葉もありません。
成功を独り占めすることで、周りから大きな反感を買い、今後助けてもらえなくなります。
周りから嫌われ、距離を置かれ、人が去っていきます。
孤立無援に陥り、寂しい人生を送ることになるのです。
たしかに、成功したのは事実なのでしょう。
能力が高く、相当の努力も重ねてきたのでしょう。
しかし「自分一人で勝ち取った」というのは誤解です。
1人で成功することはできません。
表向きには自分一人の成功に見えても、陰では多くの人のサポートがあります。
たとえば、スポーツの試合で勝ったときは、自分の実力と思いがちですが、そうではありません。
監督のおかげであり、家族や仲間たちの支えのおかげがあったからこそです。
プロジェクトに成功したときも、自分の実力だと思いがちですが、誤解です。
仲間たちの支えや協力があったからこそ勝ち取ることができた成功です。
それに気づいているかどうかが、器の大きさの違いなのです。
器の大きい人は、成功を分かち合います。
「みなさんのおかげです」というセリフが定番です。
自分の実力というより、周りからの支えによって成功できたと思っています。
お世辞でも社交辞令でもなく、本当にそう思っています。
だから成功しても、独り占めをすることなく、周りの人と分かち合います。
そういうことができる人は、器の大きい人です。
成功によって手に入れた報酬があれば、みんなと分かち合います。
たとえば、プロジェクトで成功したら、本人が喜んで終わりではありません。
サポートしてくれた人のおかげと考え、メンバー全員で打ち上げを行います。
そして「みなさんのおかげでここまで来られた」と貢献者に感謝の言葉を伝え、頭を下げます。
社内ブログでは、感謝の言葉とともにチーム全員の名前を載せるのです。
成功を分かち合える人は好かれます。
「自分一人の力ではない。支えてくれた人のおかげだ」と言葉にして伝えることが大切です。
メンバーは「自分の力が認められた」「あの人はきちんと感謝できる人だ」と思い、信頼を寄せるのです。
器の小さい人は「広い心を持っている」と思っています。
実際は心の狭い言動が多いのですが、自分ではそれに気づいていません。
うまく感情をコントロールできなくて、よく小さなことにいらいらします。
人のミスが許せず、声を荒らげることも多い。
器が小さい人は、自分を正しく客観視できません。
言動の改善が見られず、周りに迷惑をかけることが増えます。
そういう行動を取ること自体、心の狭さの表れなのですが、本人はそれに気づいていません。
「私は広い心を持っている。にもかかわらず、なぜかみんな私のことを認めてくれない」と不満げです。
心が広いかどうかは、自分は判断することではなく、人が判断することです。
自分のことを「心が広い」と勘違いしているので、それ以上の努力をすることがなく、心の成長が停滞します。
自分のことを「心が広い人間」だと思っているうちは、まだまだ器が小さいのです。
器の大きい人は「もっと広い心を持ちたい」と思っています。
ばたばた慌てることがあれば「余裕が足りなかった。もっと余裕をつくろう」と反省します。
腹を立てることがあれば「小さなことでいらいらしてしまった。もっと感情のコントロールができるようになろう」と考えます。
声を荒らげてしまうことがあれば「つい言いすぎてしまった。きちんと謝ろう」と考え、言いすぎてしまったことを謝ります。
「もっと器を大きくしたい」と思っているので、事あるたびに自分の行動を振り返り、改善に努めます。
器の大きい人は「羞恥心」と「客観視」があります。
恥ずかしいことをしたとき「自分は今、恥ずかしいことをした」と気づけます。
いつも自分を客観視しているので、恥ずかしいことをしたときは、きちんと気づけます。
気づけるから、反省もできるのです。
器が大きい人は、なぜ自分に厳しいのか。
それは、向上心があるからです。
「もっと成長したい。もっと人間力をつけたい。もっと大人の対応ができるようになりたい」と思っています。
そうした姿勢があるので、少しずつ日々の行動が改善されていきます。
心が成長するにつれ、器も大きくなっていくのです。
器の小さい人は、自分の幸せだけを考えます。
「自分だけ楽しめればいい」「自分だけ得すればいい」「自分だけ幸せになればいい」と思っています。
「人のために何かする」という発想も行動もありません。
困っている人がいても、協力しようとしません。
「私には関係ない」と思って、スルーします。
視界に入っても、知らないふりをします。
自分の幸せにつながることなら積極的になりますが、他人の幸せには無関心です。
器の小さい人は「利己の精神」なのです。
器の大きい人は、自分の幸せはもちろん、他人の幸せも考えます。
「一緒に楽しもう」「一緒に成長しよう」「一緒に成功しよう」と思っています。
仕事では、自分の利益だけで行動しません。
自分だけプラスでなく、みんなのプラスにつながる方法を考えます。
たとえば、自分が仕事上で得た知識やノウハウは、チーム内で共有して、みんなに活用してもらいます。
友人と旅行に行くときも、自分だけ楽しめる計画は立てません。
「相手も楽しめるものは何か」「お互いに楽しめるものは何か」と考え、旅行の行き先やペースを決めます。
旅行は、一緒に楽しめるからこそ、お互いが笑顔になれ、良い思い出もできるのです。
お祈りをするときも、自分の幸せだけでなく、人の幸せも願います。
「○○さんがうまくいきますように」と、大切な人への祈りを捧げます。
器の大きい人は「人の幸せは自分の幸せ」という考えがあります。
「相手の笑顔を見たい」が原動力です。
器の大きい人には「利他の精神」があるのです。