器の小さい人は「広い心を持っている」と思っています。
実際は心の狭い言動が多いのですが、自分ではそれに気づいていません。
うまく感情をコントロールできなくて、よく小さなことにいらいらします。
人のミスが許せず、声を荒らげることも多い。
器が小さい人は、自分を正しく客観視できません。
言動の改善が見られず、周りに迷惑をかけることが増えます。
そういう行動を取ること自体、心の狭さの表れなのですが、本人はそれに気づいていません。
「私は広い心を持っている。にもかかわらず、なぜかみんな私のことを認めてくれない」と不満げです。
心が広いかどうかは、自分は判断することではなく、人が判断することです。
自分のことを「心が広い」と勘違いしているので、それ以上の努力をすることがなく、心の成長が停滞します。
自分のことを「心が広い人間」だと思っているうちは、まだまだ器が小さいのです。
器の大きい人は「もっと広い心を持ちたい」と思っています。
ばたばた慌てることがあれば「余裕が足りなかった。もっと余裕をつくろう」と反省します。
腹を立てることがあれば「小さなことでいらいらしてしまった。もっと感情のコントロールができるようになろう」と考えます。
声を荒らげてしまうことがあれば「つい言いすぎてしまった。きちんと謝ろう」と考え、言いすぎてしまったことを謝ります。
「もっと器を大きくしたい」と思っているので、事あるたびに自分の行動を振り返り、改善に努めます。
器の大きい人は「羞恥心」と「客観視」があります。
恥ずかしいことをしたとき「自分は今、恥ずかしいことをした」と気づけます。
いつも自分を客観視しているので、恥ずかしいことをしたときは、きちんと気づけます。
気づけるから、反省もできるのです。
器が大きい人は、なぜ自分に厳しいのか。
それは、向上心があるからです。
「もっと成長したい。もっと人間力をつけたい。もっと大人の対応ができるようになりたい」と思っています。
そうした姿勢があるので、少しずつ日々の行動が改善されていきます。
心が成長するにつれ、器も大きくなっていくのです。