飲食店では、時間帯によって店員さんが少ないときがあります。
お店も経営の都合で、十分な人を確保できないのでしょう。
人件費は、経費の中でも大きな割合を占めます。
時には「店員さんが1人だけ」というケースも見かけます。
普段は数人体制でも、急にお休みメンバーが出たためか、1人だけなのです。
大変なのは一目で明らか。
調理から接客まで1人でやっていて、猫の手も借りたいと言わんばかりにどたばたしているのです。
そんなとき優しい人は、同情や励ましの声をかけます。
よく見かけるのは、お会計のときに声をかけるパターンです。
「忙しそうだね。今日は1人だけなの? 大変だね。大丈夫? ほかの人は風邪で休んだの? 猫の手も借りたいねえ。無理しないでね」
少しでも気が楽になればと、善意の気持ちから同情や励ましの声をかけます。
店員さんも、自分の立場を理解してもらえると、ほっとするでしょう。
一言で心が救われることもあるものです。
もちろんそれも優しさです。
しかし、それだけが優しさではありません。
視点を変えると「余計な時間が取られる」ともいえます。
だいたいそういうときは、いろいろなお客さんから声がかかるのです。
何度も繰り返し「忙しそうだね。今日は1人だけなの? 大変だね」と声をかけられるのも、なかなかつらいものがあります。
1人だけならまだしも、5人10人となるとそれだけ時間が取られます。
ただでさえ忙しいのに、ますます忙しくなるのです。
そこで優しい人は、あえて話しかけるのを控えます。
無関心というわけではありません。
本当は同情や励ましの声をかけたいものの、自分のせいで余計な時間を取らせると申し訳ないので、あえて話しかけないのです。
「いろんなお客さんから声をかけられ、それはそれで大変だろうから、自分の場合はあえて話しかけないでおこう」と思う。
相手の立場を察して、見守るだけにするのです。
同情して話しかけたくなるのも優しさですが、その限りではありません。
相手の身になって、あえて話しかけないことも優しさなのです。