年齢を重ねていくにつれて抵抗が強くなるものといえば何でしょうか。
それは「変化」です。
年齢を重ねていくにつれて、変化に対しても抵抗が強くなるものです。
あなたは自分のことを知っているでしょうか。
どのくらい自分のことを理解しているでしょうか。
生まれてから今まで「自分」という人間と付き合い続けてきました。
「昔はこうだった」
そんなセリフを言いそうになったとき、考えてみてほしいことがあります。
「自分がアップデートされていないのではないか」ということです。
新幹線でリクライニングを倒すとき、どうしていますか。
一般的には、後ろの人に「背もたれ、倒してもいいですか」と断りを入れることが多いのではないでしょうか。
リクライニングを倒すときは後ろの人に一声かけるのが、昔からのマナーとされています。
心の動き、体の調子、頭の中。
ばたばたしているときには、自分の状態がよくわかりません。
「自分自身のことだからわかるに決まっている」と思うかもしれません。
利口な人を見て「すごいなあ」と思うことがあるでしょう。
「私はばかだから、あんなにうまくできない」と思うかもしれません。
大丈夫です。
人生では、ふいに不幸な出来事に遭遇することがあるでしょう。
「会社を解雇された」
「詐欺に遭った」
会話では、どんな返事をするか迷うことがあります。
雑談から悩み相談まで、日常ではさまざまな会話をするでしょう。
とっさに良い返事が浮かばず、悩まされることもあるはずです。
日常では「たぶんうまくいかない」と思うことがあるでしょう。
難しい試験に挑戦するとき、企画を提案するとき、大きな仕事に挑戦するとき、異業種に転職するとき、コンテストに応募するとき。
そんなときは「たぶんうまくいかない」と思ってしまうものです。
仕事のアイデアだからといって、仕事中に浮かぶとは限りません。
むしろ逆です。
仕事のアイデアほど「意外な場所」で浮かぶものです。
バスや電車の中で座ろうとしたとき、さっと先に座られることがあります。
わずかな差で先を越されてしまうことがありますね。
そんなとき、むっとしてはいけません。
AppleのAirPodsが登場した当初、不評の声がありました。
よく聞かれたのが「耳うどん」という言葉です。
AirPodsを装着した姿が、耳からうどんが出ているように見えたことから、そう呼ばれました。
「誰も見ていないから」
そう思って、こっそり良くないことをしている人がいます。
マナー違反、ルール違反、不正行為。
誰にでも触れてほしくないことがあるものです。
いわゆる、タブーです。
「トラウマ」「過去のつらい体験」「思い出したくない記憶」といってもいいでしょう。
伝えたいことがたくさんあると、早口になりがちです。
早口になれば、時間当たりに伝えられる量が増えます。
「早く伝えたい、早く言いたい」という思いが強いと、興奮のあまり、話すスピードも上がるのです。
人生ではあるとき突然、ハマることがあります。
読書にハマる、勉強にハマる、映画にハマる、絵にハマる、運動にハマる、旅行にハマる。
ほかにもいろいろな対象にハマることがあるでしょう。
自分に言い聞かせようと、前向きな言葉を口にすることがあるものです。
たとえば、気合を入れたいとき「よし、頑張ろう!」と口に出すことがあるでしょう。
踏ん張りたいとき「まだまだこれから!」と口にすることがあるかもしれません。
勉強ができるかできないか。
ダンスができるかできないか。
ダイエットができるかできないか。
あなたにとって「良い思い出」は何ですか。
あなたがこれまで生きてきたなかで、良い思い出と呼べる出来事がいくつもあるのではないでしょうか。
良い思い出は、何度も思い出しましょう。
プロとアマチュアの違いはどこにあるのでしょうか。
その1つが「見えないところをどうするか」です。
アマチュアは、見えるところだけやります。
人から悪口や噂話を聞かされることがあります。
ふいに相手から話をされて、耳に入ることがあるでしょう。
「知りたくないのに知ってしまう」という状況があるもの。
「忙しくて運動する時間がない」と言う人がいます。
そう言いながら、日常では階段を避けていないでしょうか。
エレベーターやエスカレーターばかりを使って、階段の存在が頭からすっぽり抜け落ちています。
「ロケットの打ち上げに失敗した」
「30億円投じたアプリがサービスを終了することになった」
「起業したものの、赤字が続き、廃業することになった」
服がきれいに洗濯されているかチェックするとき、まず服の表面に目が向きます。
服の表面に汚れがなければ、きれいに洗濯されていて、清潔感にも問題ないと思いがちです。
もちろんそこも大切ですが、見落としがちなのは襟元と袖口です。
人は、周りの人の行動に釣られることがあります。
たとえば、1人が拍手すると、周りの人も釣られて拍手を始めます。
1人が掃除を始めると、それを見た人は釣られて一緒に掃除を始めます。
勉強、スポーツ、仕事、趣味、そして人生。
ジャンルは違えど、あるとき、壁にぶつかることがあるものです。
目標に向かって順調に進んでいましたが、ある難題にぶつかって、それ以上進めなくなります。
親から小言を言われます。
人から注意を受けます。
そんなとき、反射的に「うるさい」と突っぱねる人がいます。
あなたには「前からやってみたかったこと」はあるでしょうか。
・前から読んでみたかった本
・前から見てみたかった映画
人から注意を受けることがあるでしょう。
「それはマナー違反ですよ」
「やめたほうがいいですよ」
会社では評価をされます。
「自分の仕事ぶりを振り返って、どうだったか」です。
一般的には客観的な評価が大切といわれています。
年齢を重ねていくにつれて抵抗が強くなるものといえば何でしょうか。
それは「変化」です。
年齢を重ねていくにつれて、変化に対しても抵抗が強くなるものです。
その結果、かたくなに変化を拒む人が少なくありません。
「今さら習慣を変えられない」
「今さら生き方を変えられない」
「無理」「できない」ときっぱり断言する声が聞かれます。
たしかに変化には、ストレスが伴います。
慣れ親しんだことに対して愛着もあります。
今まで続けてきたことを今さら変えるのに抵抗が生まれるものです。
勉強に対しても「どうせ覚えられない」と拒んだり、新しい機種を前にしても「操作が変わるのは嫌だなあ」で終わったりします。
そして結局、現状維持で終わるのです。
しかし、変われないと断言するのは大げさです。
変われない原因は、年齢だけとは限りません。
「変われない」と思っているからです。
「変われない」と思っているから、変われません。
「無理」「できない」と思い込み、最初から変わることを放棄しているのかもしれません。
わからないのではなく、そもそもわかろうとしていないのかもしれません。
説明が読めないのではなく、読む前から諦めてしまっているのかもしれません。
このように最初から諦めていれば、できることもできなくなります。
年齢を重ねるにつれておっくうな気持ちが強くはなりますが「変化ができない」と断言するのは早計です。
できない、わからないことの中には、そもそもやろうとしていない、わかろうとしていないだけのこともあるのです。
まずは考え方を変えてみましょう。
「変われない」と思うのではありません。
「変われる」と思ってみましょう。
変われると思えば、変われます。
引っ越しも、しようと思えばできます。
新しい操作方法も、頑張って学べば、身につきます。
一気に変化が難しいなら、少しずつ変わっていけばいいのです。
できる、できないは、実際にやってみてから判断することです。
「時間をかけてもいい」「間違えてもいい」と自分を許せば、チャレンジしやすくなります。
「変われる」と思うことで、変化の可能性が開けるのです。
あなたは自分のことを知っているでしょうか。
どのくらい自分のことを理解しているでしょうか。
生まれてから今まで「自分」という人間と付き合い続けてきました。
個性や性格、好きなことや嫌いなこと、得意なことや苦手なことなど、ある程度知っているでしょう。
とっさに質問されても、すぐ答えられるのではないでしょうか。
「自分のことならすでに知っている、よくわかっている」
そう思うかもしれませんが、ちょっと待ってください。
盲点になるのが「年齢や成長による変化」です。
「自分はこんな性格だ。こんな好き嫌いがある」と思っていても、年齢や成長によって変化することがあります。
子どものころは、怒りっぽい性格だったけれど、大人になった今では穏やかな性格に変わっているかもしれません。
子どものころは、トマトが嫌いだったけれど、大人になった今では大好物になっていることもあるでしょう。
子どものころは、地理が不得意だったけれど、大人になった今では得意になっていることもあるものです。
性格・好き嫌い・得意不得意は、子どものころからずっと同じとは限りません。
もちろん昔と変わらないこともあれば、変わっていることもあるはずです。
がらっと真逆に変わっていることもあるものです。
そこでおすすめしたいのが「自分への理解を見直してみること」です。
紙を取り出し、自分の個性や性格、好きなことや嫌いなこと、得意なことや不得意なことなどを書き出してみてください。
「自分はどんな性格なのだろうか」
「今、どんな趣味を持っているだろうか」
「自分の好きなこと・嫌いなことは何だろうか」
「自分の好きな食べ物・嫌いな食べ物は何だろうか」
「自分の得意なこと・苦手なことは何だろうか」
自分の性格や好き嫌いや得意不得意を書き出していくと、自分のことをあらためて確認できます。
「やっぱり私はこういう性格だね。昔から変わらないなあ」と再認識できることもあるでしょう。
一方で「私はこれが好きなのか」と新たな発見をすることもあるかもしれません。
「昔と変わっているな」と気づくこともあるかもしれません。
自分の性格や好き嫌いがわかっていると、場面ごとの選択がしやすくなります。
仕事では、得意なことを生かした取り組みができるようになるでしょう。
レストランで、お店の人から「苦手な食べ物はありますか?」と聞かれたとき、すっと答えられるようになります。
自分のことはすでに知っていると思い込まないことです。
子どものころの自己認識を、ずっと持ち続けていることがあります。
大人になった今こそ、自分への理解をアップデートしましょう。
あらためて自分のことを振り返ってみることで、自分を再発見できるのです。
「昔はこうだった」
そんなセリフを言いそうになったとき、考えてみてほしいことがあります。
「自分がアップデートされていないのではないか」ということです。
昔はこうだったからといって、今も同じだとは限りません。
時代は刻々と変化しています。
仏教には「諸行無常」という教えがあるように、世の中のすべては常に変化しています。
新しい商品やサービスが生まれ、人々の暮らしも変化し、世の中の風景も変わっています。
そのなかで、常識や社会のルールも少しずつ変わっています。
しかも変化は、少しずつ起こることも多いため、なかなか気づけないこともあります。
気づいたとしても「勉強するのが面倒」「慣れるのが大変そう」と思って、見て見ぬふりで済ませることもあるでしょう。
世の中の変化に対応できていないと、いつの間にか時代に取り残され、浮いてしまうのです。
長年同じ考え方に慣れていると、知らず知らずのうちに頭が固くなり、変化を拒んでしまうことがあります。
気づいたときには、すっかり時代遅れになっていることが少なくありません。
古い考え方に固執して「昔はこうだった」「これに慣れている」と言い、自分の都合を押し通すと、トラブルになることもあります。
もちろん自分のこだわりも大切ですが「自分の考えが絶対」と思い込むのは注意したほうがいいでしょう。
昔の常識を絶対視せず、今の常識にも目を向け、柔軟に受け入れる姿勢を持つことが大切です。
いま一度、心をオープンにして、自分を振り返る機会をつくりましょう。
「昔はこうだった」と言いそうになったら「自分がアップデートされていないのではないか」と振り返ってみてください。
心当たりがあれば、今からでも新しい常識や社会のルールを学びましょう。
勉強が必要だったり、慣れなければいけなかったりすることもありますが、チャレンジや頭の体操として楽しむことが大切です。
今からでも遅くはありません。
人はいくつになっても、学ぶことも、変わることもできます。
学ぶ姿勢と素直な心を持てば、いくつになっても新しいことを吸収できるのです。
時代に合わせて、自分をアップデートしましょう。
新幹線でリクライニングを倒すとき、どうしていますか。
一般的には、後ろの人に「背もたれ、倒してもいいですか」と断りを入れることが多いのではないでしょうか。
リクライニングを倒すときは後ろの人に一声かけるのが、昔からのマナーとされています。
実際そういうマナーを心がけるよう、車内でアナウンスもされていました。
ところが現在、このマナーが変化しつつあります。
2024年現在、鉄道各社では、後ろの人への声がけを推奨するアナウンスはなくなりました。
つまり「良いマナー」という位置づけから外れ「賛否両論」という状況となっています。
声をかけられることを不快に思う人が増えました。
映画や音楽を楽しんでいる人は、イヤホンを外して聞き直さなければいけません。
突然声をかけられることに抵抗感を覚える人もいます。
また後ろの人が眠っている場合、声をかけようにも難しい状況があります。
そもそもリクライニングは、後ろに倒れるように設計されているので、普通に倒しても問題はないはずです。
もちろんまだマナーとして存在はしていますが、賛否両論が続いている状態です。
現在は必ずしも良いマナーとは言えなくなっている点に注意が必要です。
言葉や常識は時代とともに変化することは有名な話ですが、これはマナーについても同じです。
マナーも、時代とともに変化します。
以前はグッドマナーとされていたことが、逆にバッドマナーに変化するといった真逆現象もあり得ます。
「昔からマナーとしてこうしている」という考え方には注意です。
昔から続いているマナーだからといって、今も良いマナーとは限りません。
マナーの変化に敏感になっておきましょう。
心の動き、体の調子、頭の中。
ばたばたしているときには、自分の状態がよくわかりません。
「自分自身のことだからわかるに決まっている」と思うかもしれません。
ところが、意外とわからないものです。
忙しいからです。
ばたばた忙しくしているときは、目の前のことで精いっぱいで、自分のことを客観的に振り返る余裕がありません。
疲れていても平気だと思い込んだり、いらいらしていてもそれに気づかなかったりします。
仕事に集中しているのはいいのですが、その分、自分の状態を確かめることが後回しになっています。
ばたばたしているときに、自分の心や体を冷静に見るのが難しいのです。
自分の状態を知るには、ぼうっとすることが大切です。
仕事中、いったん手を止め、ぼうっとする時間をつくってみてください。
時間に余白が生まれると、自分の状態がよくわかるようになります。
「ちょっといらいらしているな」
「少し疲れがたまっているかもしれないな」
「小腹がすいているな」
「頭がごちゃごちゃしているな」
ぼうっとしながら自分を振り返ると、心や体の状態が見えてくるようになります。
自分の状態がわかると、次にやるべきことも見えてきます。
「ちょっといらいらしているな」と思ったら、外の空気を吸いに行くといいでしょう。
「少し疲れがたまっているかもしれないな」と思ったら、休憩を取ってみるといいでしょう。
「小腹がすいているな」と思ったら、軽食を取ってみてはいかがでしょうか。
「頭がごちゃごちゃしているな」と思ったら、考えていることを紙に書き出し、整理してみましょう。
結果として、ミスや失敗を防ぐことにもつながるはずです。
忙しいときには、ぼうっとする時間をつくるのは難しいかもしれません。
ほんの短い時間でいいのです。
数秒や数分でもかまいません。
ぼうっとすることにも意味があります。
忙しいときほど、ぼうっとする時間をつくることが大切なのです。
利口な人を見て「すごいなあ」と思うことがあるでしょう。
「私はばかだから、あんなにうまくできない」と思うかもしれません。
大丈夫です。
わざわざ利口な人のやり方を真似する必要はありません。
ばかなら、ばかなりのやり方でいきましょう。
世の中にはいろいろな方法があり、ばかでもできる方法もあります。
たとえば、専門家の力を借りるやり方があります。
自分にとって難しいことでも、専門家にお願いすれば、あっさり仕事が進むのです。
器用な人を見て「すごいなあ」と思うことがあるでしょう。
「私は不器用だから、あんなにうまくできない」と思うかもしれません。
大丈夫です。
わざわざ器用な人のやり方を真似する必要はありません。
不器用なら、不器用なりのやり方があります。
たとえば、仕事を細かく分けたり、多めに時間を確保したりすれば、不器用な人でも進められるでしょう。
便利なツールを使う方法や、誰かに手伝ってもらう方法もあります。
世の中にはいろいろなやり方があり、不器用であってもうまくいくやり方があるのです。
真面目な人を見て「すごいなあ」と思うことがあるでしょう。
「私は面倒くさがり屋だから、あんなにきちんとできない」と思うかもしれません。
大丈夫です。
面倒くさがり屋には、面倒くさがり屋なりのやり方があります。
たとえば、プログラムをつくって自動化すれば、多くの手間を減らせます。
一度仕組みをつくってしまえば、少ない労力で続けられるので、まさに面倒くさがり屋にはもってこいです。
うまくいっている人を見ると、そのやり方を真似したくなります。
その方法が絶対正しいと思えてしまうかもしれません。
しかし、いま一度立ち止まって考えたいところです。
うまくいっている人のやり方だからといって、自分にとっても正解とは限りません。
その人に合った方法が、自分にも合っているとは限りません。
自分に合っていないやり方だと、思うように進まないことがあります。
むしろ逆効果になることすらあるのです。
わざわざ能力や性格に合わないやり方でいく必要はありません。
大切なのは「自分に合ったやり方」です。
目的を実現する方法は、1つしかないわけではありません。
探してみれば、いろいろな道があるはずです。
自分に合ったやり方を選べばいいのです。
ばかでもいいし、不器用でもいいし、面倒くさがり屋でもいいのです。
自分に合ったやり方を見つけ、自分らしい道を切り開いていきましょう。
人生では、ふいに不幸な出来事に遭遇することがあるでしょう。
「会社を解雇された」
「詐欺に遭った」
「泥棒に入られた」
「大切なものをなくした」
「旅行先でぼったくりに遭った」
「失恋した」
自分に非があることもあれば、避けようのない事情によることもあります。
「不幸」という響きがあるためでしょうか。
重い話題で、口にするのも気が引けるため、安易に話してはいけないと思われがちです。
話すと、どんよりした雰囲気にもなりそうです。
「話したら、相手に迷惑なのではないか。暗くさせてしまうだけではないか」と思って、控える人もいるかもしれません。
いいえ、不幸話はしてもいいのです。
不幸話だからといって、話してはいけないわけではありません。
つらい気持ちを、いつまでも1人で抱え込む必要はありません。
ただし、不幸話をするなら、ひとつ心がけたいポイントがあります。
「できる範囲で明るく話すこと」です。
不幸話は、できる範囲で明るく話してみましょう。
少し笑顔を添えて、軽やかに話してみるのがポイントです。
もちろんどん底まで落ちているときには無理をする必要はありません。
話したくないときには話さなくてもいいのですが、少しでも余力があるなら、明るく話してみてください。
不幸な出来事でも、明るく話せば、聞く側も受け止めやすくなります。
「急に解雇されちゃったんだよね。まさかの失業だよ。これから大変になるなあ。どうしようかなあ」
そんなふうに明るく話せば、相手もすっと受け止めてくれ、リアクションもしやすくなります。
「大変だったね。無理しないでね。何か力になれることがあれば言ってね」と、前向きな流れになっていくでしょう。
「知り合いの会社が人を探しているけど、良かったら紹介しようか」と、思わぬ展開になることもあるかもしれません。
明るく話せば、相手に笑ってもらえることもあるでしょう。
少しでも笑いに変えられれば、つらさもいくらか和らぎます。
明るく話すことには、もうひとつ良いことがあります。
自分自身も元気になってくるのです。
聞いてもらえるだけでも、ほっとするものです。
つらい気持ちを言葉にすると、心が楽になります。
話すうちに気持ちが整理され、くよくよした気持ちも少しずつ軽くなるのです。
さらには、前に進むエネルギーも湧いてくるでしょう。
「よし、ちょっと頑張ってみよう」「大変だけど、乗り越えられそうだ」と思えるようになります。
明るく話すことで、乗り越える力にもつながるのです。
会話では、どんな返事をするか迷うことがあります。
雑談から悩み相談まで、日常ではさまざまな会話をするでしょう。
とっさに良い返事が浮かばず、悩まされることもあるはずです。
「そんなことはない」と言えば、相手の話を否定することになります。
「そのとおり」と言うと、肯定することにはなりますが、それが正しいとは限りません。
ジャッジをすれば、相手は身構えるかもしれません。
アドバイスをすると、相手は「話を聞いてもらいたいだけなのに」と不満に思うこともあるでしょう。
悩み相談のように聞こえる話も、実はただ話を聞いてほしいだけのときがあります。
気の利いたことを言いたくなりますが、ひねり出そうにも、なかなか難しいこともあります。
自分では気の利いたことを言ったつもりでも、相手の心に響かないことはよくあります。
沈黙があると、その間を埋めたくなり、つい余計なことを言ってしまうこともあるでしょう。
そもそもぱっと浮かばないこともあるはずです。
こういうとき、どうすればいいか。
否定も肯定もしません。
ジャッジもアドバイスも気の利いた言葉もいりません。
返事の第一声として、おすすめの一言があります。
「そうなんだね」です。
シンプルな言葉ですが、この一言で相手はほっとするでしょう。
「きちんと話を聞いていますよ」というメッセージになります。
そして相手は安心して話しやすくなります。
返事の第一声に、気の利いた言葉はいりません。
否定もジャッジもアドバイスもせず「そうなんだね」の一言から始めましょう。
相手の話を受け止めるだけでいいのです。
「そうなんだね」という言葉は、自分にとってもプラスがあります。
「なるほど、そんな考え方があるのか」と思うことで、相手への理解が深まり、勉強にもなります。
相手の価値観を理解することで、自分の考えの幅が広がるのです。
「そうなんだね」は、コミュニケーションをスムーズにする一言です。
普段の何気ない雑談から、真面目な悩み相談まで、幅広く使えます。
真面目な悩み相談で、アドバイスが必要な場面であっても、返事の第一声は「そうなんだね」で始めるのがおすすめです。
さっそく今日、誰かに「そうなんだね」と言ってみましょう。
日常では「たぶんうまくいかない」と思うことがあるでしょう。
難しい試験に挑戦するとき、企画を提案するとき、大きな仕事に挑戦するとき、異業種に転職するとき、コンテストに応募するとき。
そんなときは「たぶんうまくいかない」と思ってしまうものです。
自分にとって難しく感じられることには、つい弱気な言葉が出てしまうものです。
「たぶんうまくいかない」と思うと、次に「やめておこう」という言葉が続くでしょう。
そうして行動に移さないまま終わるのです。
さて、ここでひとつご提案です。
「たぶんうまくいかない」を、別の言葉に言い換えてみてください。
「うまくいくかもしれない」です。
たとえば、企画を提案するとき「たぶんうまくいかない」と思ったら「うまくいくかもしれない」と言い換えてみます。
大きな仕事に挑戦するとき「たぶんうまくいかない」と思ったら「うまくいくかもしれない」と言い換えてみます。
意外とすんなり受け入れられるのではないでしょうか。
「たぶんうまくいかない」ということは、考えようによっては「うまくいくかもしれない」ともいえます。
そのため「うまくいくかもしれない」と言い換えても、不思議と違和感がないのです。
言葉を少し言い換えるだけで、感じ方はまったく異なります。
「たぶんうまくいかない」は失敗寄りに聞こえますが「うまくいくかもしれない」は成功寄りに聞こえます。
「うまくいくかもしれない」と口に出してみると、うまくいく可能性が感じられ、前向きな気持ちも湧いてくるでしょう。
想像だけで決めつけるのはよくありません。
実際にやってみないとわからないこともあります。
「たぶんうまくいかない」は「うまくいくかもしれない」と言い換えて、行動のモチベーションにつなげましょう。
行動に移せば、うまくいく可能性が生まれるのです。
仕事のアイデアだからといって、仕事中に浮かぶとは限りません。
むしろ逆です。
仕事のアイデアほど「意外な場所」で浮かぶものです。
職場のデスクではなかなか浮かびません。
むしろ「よりによってこんなところで」という場所で浮かびます。
たとえば、バスや電車、バーや居酒屋、布団やベッド、お風呂場やお手洗い、公園や遊歩道、文化施設や娯楽施設です。
仕事モードがオンのときは浮かばず、仕事モードがオフのときに浮かびます。
ほっと一息ついているときや、リラックスしてぼうっとしているときに限って、ぱっと浮かびます。
緊張から解き放たれたとき、頭の中で点と点が結びつき、アイデアとして形になるのです。
アイデアは、流れ星です。
浮かんだ瞬間に消えてしまいます。
もたもたしていると、すぐ忘れてしまいます。
「さっき何かいいことが浮かんだんだけど、何だっけ?」ということになりかねません。
せっかく優れたアイデアが浮かんでも、逃してしまっては意味がありません。
1つのアイデアが、大きな改善につながることもあれば、大きな利益をもたらすこともあるのです。
アイデアが浮かんだ瞬間、すぐ書き留められるよう、常にメモの準備をしておきましょう。
「まさかこんなところで」という場所でも、油断は禁物です。
準備ができていれば、一瞬のひらめきを逃すことがないのです。
バスや電車の中で座ろうとしたとき、さっと先に座られることがあります。
わずかな差で先を越されてしまうことがありますね。
そんなとき、むっとしてはいけません。
「席を譲った」と考えましょう。
自分が座れなくても、相手は座れたのです。
席を譲ったと思えば、気持ちを前向きに切り替えられます。
「いいことをした」と思えばいいのです。
いいことをしたつもりはなくても、結果として相手に席を譲ったことになります。
「一日一善」を達成できたことにもなります。
電車で立つのはしんどく感じるかもしれませんが、悪いことではありません。
「足腰を鍛える機会になる」と考えましょう。
立っているからこそ、車内を見渡したり、窓から外の景色を眺めたりすることもできるのです。
AppleのAirPodsが登場した当初、不評の声がありました。
よく聞かれたのが「耳うどん」という言葉です。
AirPodsを装着した姿が、耳からうどんが出ているように見えたことから、そう呼ばれました。
「かっこ悪い」「つけるのが恥ずかしい」「見た目に違和感がある」といった声が多かったのです。
ところが今ではほとんど聞かれなくなりました。
いつの間にか「耳うどん」と笑う人もいなくなりました。
多くの人がワイヤレスイヤホンを使うようになり、見慣れていったことで、すっかり当たり前の風景になったのです。
むしろワイヤレスイヤホンが、おしゃれに見えることすらあります。
黒いマスクを街で見かけるようになったころも、最初は不評でした。
マスクといえば白が定番なので、黒いマスクに違和感を覚える人が多かったのです。
「黒は変だ」「見た目が怖い」「清潔感がない」といった声がありました。
しかし、今ではすっかり普通の光景になりました。
特に2020年以降のコロナ禍では、街で黒いマスクをする人が急増したため、違和感がなくなりました。
今では、黒いマスクをシャープでおしゃれだと感じ、ファッションとして活用する人もいるくらいです。
大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」も、登場した当初は不評でした。
「形が変」「見た目が怖い」「目がたくさんあって不気味」など、批判的な声が多かったのです。
ところが、いざ万博が始まると、評価が変わりました。
「かわいい」「愛らしい」という人が増え、ミャクミャクのぬいぐるみやグッズが飛ぶように売れました。
何度も目にするうちに見慣れ、さらには親しみまで感じるようになったのです。
会期終盤にはすっかり人気者となり、閉幕時には別れを惜しむ声も聞かれたほどでした。
世間の声がころっと変わるのは面白いものです。
見た目の印象が「慣れ」によって、これほど大きく変わることにも驚かされます。
今この瞬間にも、新しい商品やキャラクターが登場して、不評の声が上がっているかもしれません。
しかし、今の評判だけで判断するのは早計です。
いずれ見慣れるでしょう。
人間は、慣れる生き物だからです。
今はまだ違和感があるかもしれませんが、しばらくすると、きっと普通に感じてくるはずです。
これまでも、そうした例は何度もありました。
これからも、同じような変化が起こるでしょう。
「見慣れるのは時間の問題だろう」と思うくらいでちょうどいいのです。
「そのうち見慣れるよ」とどっしり構え、長い目で見るのもいいでしょう。
さあ、次はどんな変化が起こるでしょうか。
見た目に対する人々の印象が、慣れによって一変する様子を、これからも見ていきましょう。
あなた自身の感じ方にも、同じ変化が起こるかもしれません。
「誰も見ていないから」
そう思って、こっそり良くないことをしている人がいます。
マナー違反、ルール違反、不正行為。
人目のあるところでは礼儀正しく振る舞いますが、人目のないところでは、本性を現したかのように、良くない行為をするのです。
本人は「誰も見ていないから大丈夫」と思っています。
誰も見ていないなら、叱られることもなければ、罰せられることもないように思えます。
ここに誤解があります。
1人きりの環境でも、実は見ている人がいます。
「自分」なのです。
たとえ人目の届かない個室や密室であっても、自分の行いは自分が見ています。
しかも誰より近くで見ているのです。
誰も見ていないからといって良くないことをすると、自己肯定感が下がります。
「私は誰も見ていないときに良くないことをする人間だ」という思いが残るからです。
自分の中に、嫌な記憶も刻まれます。
その結果、自分に対する信頼も揺らいでくるのです。
「誰も見ていないから大丈夫。何も問題ない」と思っても、実際は自分が見ているし、悪影響もあります。
心の中では自己評価が下がっているのです。
ここに気づくことが大切です。
誰も見ていないときでも、きちんとすることです。
良心に恥じるような行いは避けることが大切です。
そうすることで「私は誰も見ていないときでも、きちんと振る舞える人間だ」という実感が生まれます。
自分の中に良い記憶も刻まれます。
そうした小さな積み重ねが自己肯定感を高め、自分に対する信頼にもつながります。
「私は自分が好きだ」と、心から思えるようになるのです。
誰も見ていないときは、むしろチャンスと思ってください。
自分に対する信頼を高める機会なのです。
誰にでも触れてほしくないことがあるものです。
いわゆる、タブーです。
「トラウマ」「過去のつらい体験」「思い出したくない記憶」といってもいいでしょう。
うっかり相手のタブーに触れてしまうと、嫌な記憶を思い出させ、不快な思いをさせてしまいます。
会話がぎくしゃくして、雰囲気も悪くなってしまうのです。
コミュニケーションでは、あえてその話題を避けながら話をするはずです。
しかし、タブーに触れてはいけないのは、人に対してだけではありません。
自分に対しても、触れてはいけないのです。
人のタブーには気をつける一方で、自分のタブーには無頓着な人がいます。
嫌な記憶を何度も振り返ったり、思い出したくない出来事をわざわざ掘り返したりするのです。
自分で自分のタブーに触れないことです。
自分で自分の心の傷をえぐらないことです。
嫌な記憶を思い出せば、不快な気持ちになります。
ため息が出たり、どっと落ち込んだり、時には涙が出たりするのです。
人のタブーには触れないように、自分のタブーにも触れないようにしましょう。
思い出したところで嫌な気持ちになるだけで、精神衛生上もよくありません。
自分のタブーに触れそうになったら、あえて別のことをして、気を紛らわせましょう。
好きな音楽を聴いたり、おいしいものを食べたり、趣味に打ち込んだりすればいいのです。
嫌なことから意識が離れ、気持ちも前向きになります。
「タブーに触れない」という心がけは、人にも自分にも共通です。
伝えたいことがたくさんあると、早口になりがちです。
早口になれば、時間当たりに伝えられる量が増えます。
「早く伝えたい、早く言いたい」という思いが強いと、興奮のあまり、話すスピードも上がるのです。
特に頭の回転が速い人は、つい早口になりがちです。
しかし、自分は早口でいいかもしれませんが、相手にとってはどうでしょうか。
相手からすると、止めどなく言葉が飛んできて、まさにマシンガントークのような印象を受けます。
ときどき聞き取れない言葉も出てくるでしょう。
疑問点があっても、早口で話している相手には質問しにくくなり、理解しながら聞くのが難しくなります。
早口で話すと、相手に理解されにくいうえ、威圧感やストレスも与えてしまうのです。
相手は途中で話を聞くことに疲れてしまい、集中力も切れてしまいます。
かえって伝えたいことが伝わりにくくなります。
「いかに伝えるか」ではなく「いかに伝わったか」です。
伝える量が多いからといって、相手にすべて伝わっているとは限りません。
伝える量が増えても、相手に伝わっていなければ、意味がないのです。
ゆっくり話すようにするのがいいのです。
話の節目では、適度な間をつくりましょう。
特に伝えたいことがあるときほど、ゆっくり話すのが得策です。
相手は落ち着いて、理解しながら聞けるようになります。
質問もしやすくなり、疑問点をきちんと解消しながら話を聞けるのです。
ゆっくり話すことは、自分にとってもメリットがあります。
言葉を選ぶ余裕が生まれるので、失言や言い間違いが減るのです。
さらには落ち着いた印象も与えられるので、話の内容を信用してもらいやすくなります。
伝えたいことがたくさんあったとしても、一つひとつ丁寧に伝えるのが賢明です。
余計な言葉をそぎ落とし、簡潔に話すほうが、相手も理解しやすくなります。
伝えたいことがあるときほど、ゆっくり話すのがいいのです。
人生ではあるとき突然、ハマることがあります。
読書にハマる、勉強にハマる、映画にハマる、絵にハマる、運動にハマる、旅行にハマる。
ほかにもいろいろな対象にハマることがあるでしょう。
軽い気持ちで触れてみたところ、急にハマることがあります。
見たこともやったこともあり、すでに小さな経験はあるものの、何かのきっかけで急にハマることもあるでしょう。
四六時中、そのことばかり考えてしまい、頭から離れません。
自分の中で火がつく感覚があり「楽しい、面白い、やめられない!」となるのです。
ハマったとき、どうするか。
どんどんのめり込んでいきましょう。
ブレーキを踏まず、むしろアクセルを踏むのです。
もちろん生活を壊してしまうようなものなら別ですが、人生を豊かにしてくれることなら、どんどんのめり込んでいいのです。
「ハマる」という現象は、いつでもどこでも起こせることではありません。
意外と意図的に起こすのが難しい現象です。
人生の中でも、そう何度もあることではないでしょう。
だからこそチャンスです。
「楽しい、面白い」と感じるうちに、火がついているうちにそれをやり続け、どんどん深めておくことです。
楽しく面白く感じているうちに触れていたほうが、人生は豊かです。
どんどんのめり込むことで、多くの知識を身につけられ、スキルもアップして、世界も広がっていくでしょう。
難しいことも「難しいけど楽しい!」で乗り越えられるはずです。
つまり「一気に深められるチャンス」なのです。
突然火がついたということは、突然火が消えることもあります。
いったん興味をなくしたあと、再び同じチャンスが巡ってくるとは限りません。
いつまでハマり続けられるかわかりませんが、少なくとも今ハマっているのは間違いありません。
やる気や興味の火がついている今のうちに、行けるところまで突き進んでいきましょう。
ハマっているときには、その対象に触れているだけで幸せを感じます。
それに触れている間は、ずっと楽しく、面白く、有意義な時間を過ごせます。
自分でも驚くほどの集中力を発揮し、やめられなくなるのです。
これほど幸せなことはありません。
お金はかかるかもしれませんが、経済事情が許すなら、それも大切な投資です。
好きを深めるためにお金を使うことは悪いことではありません。
楽しい時間や幸せな時間を過ごせているのですから、きちんと意味があり、それだけの恩恵も受けています。
無理のない範囲であれば、ほかの出費を抑えてでも、それに使うのもありです。
好きなことをしている時間は、最高に幸せな時間です。
好きなことをするために、人生があります。
気づけば、専門家レベルにまで達していることもあるはずです。
ハマった先には素晴らしい未来が待っています。
「ハマったことがある」という経験が、人生を大きく変えてくれるのです。
自分に言い聞かせようと、前向きな言葉を口にすることがあるものです。
たとえば、気合を入れたいとき「よし、頑張ろう!」と口に出すことがあるでしょう。
踏ん張りたいとき「まだまだこれから!」と口にすることがあるかもしれません。
それはいいのです。
自分に言い聞かせることは悪いことではありません。
前向きな言葉を自分に言い聞かせることで、元気が出たり、気持ちが奮い立ったりする効果があります。
自分で自分の背中を押すということです。
しかし、自分に言い聞かせるとはいえ、いつでも何でも口にすればいいというわけではありません。
時と場に応じて、注意が必要になることもあります。
たとえば、相手の言動に対して、いらいらする場面があるとします。
その直後、自分を落ち着かせるつもりで「我慢、我慢」と口にしたとします。
これを相手が聞いたら、どう感じるでしょう。
「私のことで怒っているんだな。感情を抑えようとしているんだな」と思い、強いストレスを感じるでしょう。
自分に言い聞かせるとはいえ、相手のいるところで「我慢、我慢」と口にすると、聞こえよがしに言っているようで悪印象です。
悪気はなくても、相手からすると、嫌みに聞こえます。
ますます空気が険悪になり、これはこれでトラブルに発展しかねないのです。
こうしたときは、心の中で言い聞かせるのが得策です。
口に出さなければいいのです。
心の中なら、どれだけ言い聞かせても、相手の耳には届きません。
きちんと口に出したいときもあるでしょう。
声に出すなら、相手のいないところですることです。
いったんその場を離れ、1人になれる場所に移動しましょう。
相手のいないところで、独り言のようにつぶやくなら問題ありません。
自分に言い聞かせるなら、相手に聞こえないようにする配慮が必要なのです。
勉強ができるかできないか。
ダンスができるかできないか。
ダイエットができるかできないか。
就職ができるかできないか。
「できるかできないか」にとらわれていませんか。
何かができるようになるためには、能力や才能、運やチャンスが必要だと思われます。
いいえ、それは誤解です。
本当に大切なのは、そこではありません。
「できるかできないか」ではなく「やるかやらないか」の問題です。
「できるかできないか」と悩んでいる人は、そもそもやっていないことが多いのです。
「私には才能がない、お金もない、時間がない。無理に決まっている」
そんな言い訳を並べて、結局やりません。
何もやらなければ、結果はゼロです。
現実は何も変わりません。
昨日と同じ今日が延々と続くだけになります。
まず一歩踏み出してみることです。
小さなことでもいいのです。
実際にやってみれば、何らかの結果が出ます。
勉強も、できるかできないかと悩み続けるより、まずやればいいのです。
人によって理解力や記憶力の差はあるかもしれませんが、大切なことは継続です。
とにかく着手して、こつこつ続けていれば、積み重ねが生まれます。
最初は知識がなくても、やっていれば、少しずつ身につき、良い成績を収められるようになります。
どんどん目標とする試験への合格に近づいていけるのです。
ダンスも、できるかできないかではなく、やるかやらないかです。
最初は下手でも、練習を積み重ねていけば、だんだんうまくなっていきます。
自分よりうまい人がいても気にせず、自分に集中します。
そうすれば、いつしか自分でも驚くほどうまくなっているのです。
ダイエットも、できるかできないかではなく、やるかやらないかです。
思っているだけでは何も変わりません。
無理のない範囲で、運動や食事管理に取り組めば、少しずつ結果が出ます。
ダイエットに、能力や才能は必要ないのです。
就職も、できるかできないかではなく、やるかやらないかです。
1社目に落ちたら、2社目に行けばいい。
2社目もダメなら、3社目に行けばいい。
高望みをせず、分相応を心がけて就職活動に取り組めば、内定に近づいていけます。
能力の差はあっても、その差は行動によって縮められます。
未来を切り開くためには「能力の差」より「行動の差」のほうが大きいからです。
社会で結果を出している人は、もともと能力があったというより、早く取りかかり、どんどん行動を続けてきたのです。
結果に近づけるかどうかは、やるかやらないかの差でしかありません。
「プロを目指す」「世界一になる」という話なら別ですが、普通に結果を出すだけなら、やるだけでいいのです。
能力があるように見える人は、結局「やっている」のです。
しっかり行動しているから、結果が出ています。
失敗しても、そこで終わりません。
失敗を糧に再チャレンジして「やり続けている」のです。
時間がかかってもいいのです。
「千里の道も一歩から」という言葉もあります。
今からやれることもあるはずです。
今日から始めれば、それだけ早くゴールに近づけます。
さあ、やりましょう。
あなたにとって「良い思い出」は何ですか。
あなたがこれまで生きてきたなかで、良い思い出と呼べる出来事がいくつもあるのではないでしょうか。
良い思い出は、何度も思い出しましょう。
思い出すたびに幸せ気持ちがよみがえります。
元気、やる気、パワーが湧いてきます。
「また良い思い出をつくろう!」と思え、前向きな気持ちになれるのです。
すぐ思い出せないときは、日記や写真が便利です。
そのときの日記や写真があれば、見返しましょう。
「そうそう、こういうことがあったね!」と良い思い出とともに、幸せな感情がこみ上げてきます。
芋づる式に前後の出来事も思い出されます。
良い思い出は、遠い昔のことでも、昨日のことのように思えるものです。
自然と表情が緩んで、にやにやしますね。
良い思い出は心の宝物です。
心に保存して、ことあるごとに思い出し、幸せになってください。
何度思い出しても減るものではないのですから、どんどん思い出せばいいのです。
良いことがあったときは、忘れないよう残しておくこともおすすめです。
残すことは大切です。
写真・日記・ノートなどの形で残しておけば、あとから簡単に何度でも振り返れます。
さて、大切なのはこれだけではありません。
嫌な思い出は、すぐ忘れましょう。
わざわざ思い出すようなことはしません。
嫌な思い出には、負の感情がくっついています。
思い出すと、そのときの不快感がよみがえってきます。
ネガティブな気持ちになるだけで良いことはありません。
嫌な思い出を思い出さなければ、心は平穏を保てます。
嫌なことがあったら、その日のうちに忘れるようにしましょう。
嫌なことはさっさと忘れるのがいちばん。
もともと私たちには「忘れる」という素晴らしい能力が備わっているのですから、こういうときこそフル活用です。
さっさと忘れて、二度と思い出さないくらいにしておきましょう。
失敗や挫折など、嫌な思い出もあるでしょう。
大きな失敗や挫折があっても、忘れてしまえば、乗り越えていけます。
意識的に思い出すことが大切なら、意識的に思い出さないことも大切です。
「忘れること」「思い出さないこと」は、挫折を乗り越えるスキルなのです。
プロとアマチュアの違いはどこにあるのでしょうか。
その1つが「見えないところをどうするか」です。
アマチュアは、見えるところだけやります。
見えるところは目につき、評価されやすいところなので、丁寧にやります。
裏側より表側のほうが見えやすく、中身より外側のほうが目につくものです。
一方、見えないところは手を抜きます。
「どうせ誰も気づかない」「やるだけ時間と体力の無駄」「丁寧にやっても意味がない」と思って、ほどほどで終わらせます。
しかし、見えないところの手抜きは、見る人が見ればわかるのです。
ばれないようで、意外とばれるものです。
出来上がった成果物が、見た目は立派でも、中身や細部がいいかげんということがあります。
たとえば、商品や作品であれば、内側や裏側の作りに表れます。
表向きはきれいにできていても、中身や裏側が雑だと、すぐ壊れたり長持ちしなかったりするのです。
見る人が見れば「手を抜いたな」と気づきます。
仕事に対する姿勢は、見えるところより、むしろ見えないところでわかります。
見えないところで手抜きされていると、仕事に対する不誠実さがかいま見えるのです。
一方、プロは、見えるところはもちろん、見えないところも丁寧にやります。
見えないから意味がないと思いがちですが、プロは仕事に対して誠実です。
そのため、見えないところも手を抜かず、きちんと責任を持って取り組むのです。
成果物の完成度は、表だけでなく、中身によっても決まります。
見えないかもしれませんが、中身や裏側も丁寧に仕上げることで、全体の完成度が上がります。
たとえ内側が一切見えないとしても「丈夫」「長持ち」といった点に現れるのです。
いい仕事かどうかは「見えないところがどうなっているか」でわかります。
見えないところまできちんとやるのがプロであり、それこそが「いい仕事」なのです。
人から悪口や噂話を聞かされることがあります。
ふいに相手から話をされて、耳に入ることがあるでしょう。
「知りたくないのに知ってしまう」という状況があるもの。
相手がぺらぺら話してくることがあり、ちょっと困ってしまうことがあるのではないでしょうか。
悪口や噂話が耳に入ったとき、注意したいことがあります。
リレーしないようにしてください。
自分のところで遮断しましょう。
悪口や噂話を聞いてしまうと「こんな話を聞きましたよ」と、誰かに話したい衝動に駆られるかもしれません。
誰かに話したくてうずうずしても、ぐっと抑えることが大切です。
うっかり別の人に話してしまうと、今度はあなたが「悪口や噂話をした人」となり、共犯者になってしまいます。
変に誤解されてはたまったものではありません。
変な争い事に巻き込まれる可能性もゼロではありません。
たとえ誤解されなかったとしても、悪口や噂話をしたことで、あなた自身のイメージも悪くなってしまいます。
褒め言葉の場合、どんどん人に話して広めてOKですが、悪口や噂話の場合、告げ口はNGです。
悪い話を広める役にならないことです。
当事者から「○○さんは私の悪口を言っていましたか、何か聞きましたか」と質問されても「知りません」と答えましょう。
相手から「何か聞いているはずです」と詰め寄られても「何も聞いていません」と突き通すのが賢明です。
知らぬ存ぜぬを貫くことで、変な争い事に巻き込まれないで済みます。
耳にした悪口や噂話は、さっさと忘れてしまいましょう。
覚えていても仕方ありません。
記憶から削除です。
聞いた瞬間に忘れるくらいでちょうどいいのです。
「忙しくて運動する時間がない」と言う人がいます。
そう言いながら、日常では階段を避けていないでしょうか。
エレベーターやエスカレーターばかりを使って、階段の存在が頭からすっぽり抜け落ちています。
そもそも見向きもしません。
「階段を使うのは疲れる。エレベーターやエスカレーターを使ったほうが便利」と考えています。
これはもったいないことです。
たしかに階段は足腰を使うので疲れます。
裏を返せば、それがいいのです。
すべての階段は、運動の機会です。
積極的に階段を使うことで、自然な形で日常に運動を取り込めます。
アパートの2階に住んでいるなら、エレベーターではなく、階段を使いましょう。
職場が3階なら、エレベーターではなく、階段を使いましょう。
デパートで買い物をするときは、エスカレーター・エレベーターではなく、階段を使いましょう。
あえて階段を使う機会を増やしてみるのもアイデアです。
たとえば、トイレに行くとき、あえて別のフロアのトイレまで階段で行くのもいいでしょう。
階段は、私たちの日常に点在します。
自宅や職場、駅やデパートにもあるものです。
あらためて日常を振り返ってみると、たくさんの階段があるのではないでしょうか。
もちろん何フロアも移動の場合、階段を使うのは大変ですが、1、2フロア程度の移動なら、無理なく階段を使えるでしょう。
全身の筋肉の3分の2は下半身に集中しているので、階段を使うことは良い運動になります。
「いい運動になるなあ」「ダイエットにもつながるね」と心の中でつぶやけば、きっと足取りも軽く感じられるはずです。
一つひとつは小さな運動でも、1日トータルで見ると、まとまった運動量になります。
積極的に階段を使うことで、運動不足の解消につながるのです。
「ロケットの打ち上げに失敗した」
「30億円投じたアプリがサービスを終了することになった」
「起業したものの、赤字が続き、廃業することになった」
そんな失敗を目にしたとき、笑う人がいます。
「かっこ悪い」
「ばかだなあ」
「無駄なお金を使った」
「いい年した大人が恥ずかしい」
「どうせ失敗すると思っていた」
ここぞとばかりに叩く人がいるものです。
人の失敗を笑わないことです。
挑戦には、失敗がつきものです。
人の失敗を笑うと、自分が挑戦できなくなります。
「私も挑戦して失敗したら、笑われるに違いない」と思うようになります。
人の失敗を笑えば笑うほど、挑戦に対して強い抵抗が生まれます。
いざ自分が挑戦しようとしても、できなくなるのです。
挑戦したという行動そのものに、価値があります。
実際に行動に移したからです。
多くの人が「言うだけ」「思うだけ」「計画するだけ」で終わるところを、その人はきちんとアクションを起こしたのです。
挑戦して失敗した人がいても、温かい声をかけることです。
「素晴らしいチャレンジだった!」
「きちんと行動に移したことがすごい」
「失敗にも、きっと収穫がある」
「また次があるよ」
温かい声をかけると、自分の中にも挑戦する勇気が湧いてきます。
「よし、失敗してもいい。私も挑戦しよう!」と思えるようになるのです。
人にかける言葉は、自分にも返ってくるのです。
服がきれいに洗濯されているかチェックするとき、まず服の表面に目が向きます。
服の表面に汚れがなければ、きれいに洗濯されていて、清潔感にも問題ないと思いがちです。
もちろんそこも大切ですが、見落としがちなのは襟元と袖口です。
服の表面はきれいなのに、襟元や袖口が黒ずんでいる人がいます。
あかや皮脂で汚れているのです。
これが不衛生な印象を与える原因です。
襟元は、意外と目につくところです。
顔の近くなので、相手と話をしているとき、自然と視線が襟元に向かいやすくなります。
袖口も同様です。
たとえば、握手や物の受け渡しで相手の手を見るとき、自然と袖口に視線が向かいやすいのです。
どちらも一見目立たないようで、意外と視線が向きやすく、人目につきやすいところです。
襟元や袖口があかで汚れていると、相手はぎょっとするのです。
服の表面だけで清潔感を判断しないことです。
服の表面がきれいだから清潔感は問題ないと思っても、襟元や袖口が汚れていては台無しです。
知らないうちに相手に悪印象を与えることもあるのです。
襟元と袖口の汚れは、洗濯機に入れて回すだけでは、なかなかきれいに落ちません。
あらかじめ部分洗いをしておくといいでしょう。
ひと手間がかかりますが、このひと手間が、清潔感の差につながります。
どうしても汚れが落ちない場合は、クリーニングを利用するのも1つの手です。
今あなたが着ている服は大丈夫でしょうか。
清潔感の差は、襟元・袖口に出るのです。
人は、周りの人の行動に釣られることがあります。
たとえば、1人が拍手すると、周りの人も釣られて拍手を始めます。
1人が掃除を始めると、それを見た人は釣られて一緒に掃除を始めます。
学生時代、隣の人が勉強を始めると「じゃあ、自分も勉強をしよう」となったことがあるでしょう。
人には、誰かが何かを始めると、その姿に影響を受け、同じように行動したくなる心理があります。
これは、あなたの行動にもいえることです。
たとえば、あなたがデスク周りを掃除すれば、それを見た人は「じゃあ、私も掃除しよう」となるでしょう。
あなたが熱心に仕事に打ち込んでいると、それを見た人は「じゃあ、私も仕事を頑張ろう」という気持ちになるでしょう。
こちらから「やれ」と言わなくても、あなたの行動に刺激を受け、自発的に動き始めるのです。
人を動かすのは難しいものです。
言葉で説得しても、なかなか動いてくれないことがあるでしょう。
まず自分が動けばいいのです。
一生懸命取り組む姿を見せることで、周りの人は刺激を受けます。
「頑張ってるなあ。じゃあ、私もやろう」という気持ちが芽生え、自発的に動くのです。
言葉で説得するより行動で示すほうが、大きな影響を与えられることがあるのです。
誰かを動かしたいなら、まず自分が動きましょう。
1人で始めることを恐れないことです。
誰かが動き始めるのを待つのではなく、自分から動き始めることです。
あなたの姿を見た人は、その影響を受け、釣られて動き始めるでしょう。
やがて仲間も増えていくのです。
勉強、スポーツ、仕事、趣味、そして人生。
ジャンルは違えど、あるとき、壁にぶつかることがあるものです。
目標に向かって順調に進んでいましたが、ある難題にぶつかって、それ以上進めなくなります。
あるいは、自分の能力の限界を感じて、プラトーの状態に入ることもあるでしょう。
壁にぶつかると、上に行こうにも行けず、前に進もうにも進めず、停滞します。
心の中で「もうダメかな」「この辺で終わりかな」という弱音が出て、諦めそうになるのです。
しかし、ここが正念場です。
諦めたら、そこで完全に止まることになります。
これまで積み重ねてきた努力が途切れます。
水の泡となることもあるでしょう。
自分を裏切ることになり、周りをがっかりさせてしまうこともあるかもしれません。
ここであなたに、あるパワーフレーズをご紹介します。
壁にぶつかって諦めそうになったとき、次の言葉をつぶやいてください。
「ここからが本当の勝負の始まり」と。
下を向いていた気持ちが、前を向くようになるでしょう。
そして心の奥から力がみなぎってきて、驚くほどの底力が発揮されるでしょう。
自分の限界を突破できるチャンスも得られるのです。
スタートラインはどこにあるのでしょうか。
始めたところからではありません。
諦めかけたところにあるのです。
諦めそうになったからといって、本当にダメと決まったわけではありません。
壁にぶつかって「もうダメかもしれない」と思ったところが、本当のスタートラインと考えましょう。
「自分にはまだ眠っている力がある」と信じることです。
「ここからが本当の勝負の始まり」とつぶやけば「まだまだいける!」という気がしてくるはずです。
言葉の力で自分を奮い立たせましょう。
「カチン」とスイッチが入って、あなたの中に眠っていた底力が目覚めるのです。
親から小言を言われます。
人から注意を受けます。
そんなとき、反射的に「うるさい」と突っぱねる人がいます。
たしかに嫌なことを言われると、誰でもむっとしますし、うるさいと言いたくもなるでしょう。
感情のまま反応するのは、一見自然なことに思えます。
しかし、ちょっと待ってください。
それは本当に「嫌なこと」なのでしょうか。
「うるさい」と言いそうになったら、ぐっと飲み込んで、じっくり考えてみてください。
嫌なことを言われたように思えますが、本当にそうでしょうか。
嫌なことではなく、実は大切なアドバイスかもしれません。
落ち着いて考えると「一理ある」「たしかにそのとおり」と思えることがあるかもしれません。
「忠言耳に逆らう」という言葉もあるように、耳の痛いことを言われると、ストレスを感じ、不快になるのです。
相手の言い方が悪いと、つい反発を感じるものですが、言われた内容自体は正しいことがあります。
自分の悪いところは、なかなか自分で気づけません。
人に言われて初めて気づくことがあります。
注意されなければ、今も間違ったままだったでしょう。
貴重なアドバイスも「うるさい」と突っぱねたら、吸収できません。
気づかないうちに、恥をかき続けていたかもしれないのです。
「うるさい」をぐっと飲み込んで、じっくり考えると、大切なことを吸収できます。
感情のまま反応するのではなく、少し振り返る時間を設けてみてください。
自分の悪いところに気づくことで、言動を改善できます。
「うるさい」と言いそうになったとき、成長のチャンスがあるのです。
あなたには「前からやってみたかったこと」はあるでしょうか。
前からやってみたかったことが、誰にでも1つはあるものです。
ところが、前からやってみたかったことは、放置されがちです。
機会がないからです。
「いつか読もう」「いつか見よう」「いつか食べよう」と、いつも思うだけで終わっていました。
なかなか機会がないのです。
「いつか」と思っているうちに、すっかり月日も流れているでしょう。
そうしていまだにやっていないのです。
だから、今日やるのです。
ベストタイミングは、今です。
前から読んでみたかった本も、今日から読んでみましょう。
今すぐ書店に足を運び、買ったその日から読み始めればいいのです。
電子書籍であれば、購入してすぐ読み始められます。
前から見てみたかった映画があるなら、今日見てみましょう。
夜遅くまで上映している映画館もあります。
旧作であれば、サブスクで視聴することもできます。
前から食べてみたかった料理があれば、今日食べてみましょう。
少し高級だとしても、たまには奮発することも大切です。
会社帰りに立ち寄ってみるのも悪くありません。
機会がなければ、機会をつくりましょう。
それが「今日」です。
急な話に思えるかもしれませんが、その気になれば、できるのではないでしょうか。
「もうこれ以上先延ばしはしない。思うだけで終わってはいけない。だから今日やる!」
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせてください。
「前からやってみたかった」が延々と続く日々は、もう終わりです。
前からやってみたかったことを今日やれば、小さな夢が叶うのです。
人から注意を受けることがあるでしょう。
「それはマナー違反ですよ」
「やめたほうがいいですよ」
「正しくはこうですよ」
時には厳しく言われることもあるかもしれません。
もちろん悪気はなく、単に知らなかったために、マナー違反をしてしまうことがあるものです。
このとき、素直に受け止め、きちんと改善できたら、自分を褒めていいのです。
「どこに褒めるところがあるの? 悪いことじゃないの?」と思うかもしれません。
たしかに注意を受けたら、普通は落ち込むところでしょう。
自分にマナー違反があったということは、自分に非があるということです。
「気づかなかったなあ」「悪いことをしたなあ」と、自分が恥ずかしくなり、反省するところでしょう。
しかし、素直に注意を受け止め、改善できたのなら、褒めていいのです。
私たちは注意を受けると、自分の行為や、違反をした自分自身に意識が向き、落ち込みがちです。
ここで視点を変えてください。
たしかに注意を受けたことは褒められることではありません。
一方で、注意を無視することも言い返すこともなく、素直に受け止められたことは立派です。
残念ながら世の中には、注意されても素直に受け止められない人がいます。
言い訳をしたり逆ギレしたりして、自分を正当化する人もいます。
素直に注意を受け止めるのは簡単そうに見えて、意外と難しいのです。
だからこそ、自分の非を素直に認め、丁寧に謝り、きちんと振る舞いを改められたことに価値があります。
振る舞いに問題はあったかもしれませんが、その後の対応は、大人だったのです。
注意を受けたことに落ち込むのではありません。
素直に受け止め、きちんと改善できた自分を褒めましょう。
「注意は受けたけど、丁寧に謝った。きちんと反省し、改善もできた。私は素直だなあ」と。
自分がひとつ成長できた瞬間です。
その素直さをこれからも大切にしていきましょう。
小さな改善を繰り返していくことで、少しずつ振る舞いが良くなっていくのです。
会社では評価をされます。
「自分の仕事ぶりを振り返って、どうだったか」です。
一般的には客観的な評価が大切といわれています。
自己評価だけでは、主観的で独りよがりになりがちです。
他者から評価によって、自分の正しい評価がわかります。
しかし、客観的な評価も大切ですが、やはり主観的な評価も大切です。
失敗があってもいい。
結果や成果が出ていなくてもいい。
自分としてベストを尽くしているなら、自分を認めましょう。
「自分なりにベストを尽くした。100%出し切った。やるべきことはやった」と。
客観的な評価だけがすべてではありません。
自分なりにベストを尽くしたのなら、それは素晴らしいことです。
そこに「頑張った自分」がいるのは間違いありません。
主観的な評価は無意味だと笑う人もいますが、意味はあります。
自分の一生懸命は、自分がいちばんよくわかっています。
「主観的な評価は意味がない」という人がいても、気にすることはありません。
「ベストを尽くした」という事実があることに違いありません。
客観的な評価に振り回されず、主観的な評価も大切にしてください。
「自分なりに頑張った! ベストを尽くした!」と自分に言い聞かせると、元気が出ます。
自己肯定感も上がるのです。
客観的な評価も大切ですが、主観的な評価も十分大切です。