あなたのこだわりは何ですか。
「仕事は、必ずこうしないといけない」
「スマホは、必ずこのブランドじゃないといけない」
毎日を明るく過ごすためにはどうすればいいのでしょうか。
「考えすぎないこと」が大切です。
もちろん考えるのが悪いわけではありません。
「頭がごちゃごちゃする」と悩む人がいます。
そんな人は、難しく考えすぎているのかもしれません。
簡単なことをわざわざ難しくしています。
子どものころ、宿題を忘れて焦ることがあるものです。
登校してから、宿題のことを思い出します。
「あっ、そういえば、宿題を忘れた」と焦ります。
英単語を100語覚えなければいけない状況があるとします。
ふと心の中で「こんなに覚えなければいけないの」とつぶやくことがあるでしょう。
100語はまとまった数なので、覚えるのが大変そうに感じるものです。
電車では時折、遅延が発生することがあります。
特に朝の通勤ラッシュなど、急いでいるときに遅延が発生すると、困ってしまうものですね。
「急いでいるのに!」
日常では、ちょっとした災難に見舞われることがあります。
通りかかった車に水たまりの泥水をはねられ、服が汚れてしまった。
飛行機が突然欠航になって、空港で一夜を明かすことになった。
今、本屋がどんどん減っています。
インターネットやスマートフォンの普及によって、紙の出版市場は減少傾向にあります。
そして紙の本の代わりに台頭しているのが、電子書籍です。
人生では、嫌なことが重なる日があるものです。
1つだけならまだしも、2つも3つも重なると、落ち込んでしまうものです。
「どうしてこんなに悪いことが重なるのだろう」
日常では「どちらも嫌だな」と思うことがあるものです。
「Aも嫌だが、Bも嫌だ」
どちらの選択肢にも魅力を感じないどころか、強い抵抗があって、選びにくいことがあるでしょう。
ゲームに負けて不機嫌になる人がいます。
スポーツに負けて不機嫌になる人がいます。
勝ったら喜ぶのですが、負けるとむっとするのです。
人の幸せを、素直に喜べないときもあるものです。
たとえば、友人から結婚報告を受けることがあります。
そんなとき、素直に喜べない自分がいるかもしれません。
人間関係の不満は、時に「わかってくれるはず」から始まります。
認められたい気持ちは、誰にでもあるものです。
頑張っていることがあれば、その努力をわかってもらいたいものです。
「わかり合えない」と悩んでいる人がいます。
わかり合えなくてもいいのではないでしょうか。
私たちは「わかり合わなければいけない」と思いがちです。
あなたの日常に「変な人」はいませんか。
変わった性格だったり、変わった考えを持っていたり、変わった習慣を持っていたり。
時には自分には理解できない行動を取ることもあるでしょう。
「あなたのためを思って」
そんな言葉をかけてくる人はいませんか。
「あなたのためを思って」という一言を前置きとして「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」と言ってきます。
「私のほうが上だ」
「私のほうがすごい」
「私のほうがいいものを持っている」
あなたは相手から「それって言い訳ですよね」と言われました。
こちらの発言に対して、言い訳だと言われると、むっとするかもしれません。
「違います! 言い訳ではありません!」と、つい言い返したくなる場面ですが、ちょっと待ってください。
仲のいい人が、実は陰で自分の悪口を言っていることを知ってしまう。
そんなことがあるかもしれません。
知らない人から陰で悪口を言われるならまだしも、仲のいい人から悪口を言われていることを知れば、ショックもひとしおです。
世の中には、すごく嫌な人がいるものです。
性格に難があったり、マナーが悪かったり、態度や言葉遣いに問題があったり。
接するたびにいらいらさせられ、ストレスを感じることもあるでしょう。
あなたには、憎い人がいますか。
「あの人が憎い。困らせてやりたい。何とか邪魔してやりたい。不幸になればいいのに」
そんな人がいるかもしれません。
SNSでは、人気者が興味深い発信をして、たくさんの「いいね」を集めています。
動画サイトでは、人気者が面白い企画を披露して、多くの再生回数を集めています。
そしてますます人気者になっているのです。
「1人で行動するのは寂しい」と言う人がいます。
なかには1人でいるのが恥ずかしく、いつも誰かと一緒でないと行動できない人もいるでしょう。
そんな人は、周りの目を気にしすぎているのかもしれません。
人脈は、むやみに広げるものではありません。
たまたま縁に恵まれ、結果として広がるならいいのです。
仕事を通して知り合ったり、人の紹介を通してたまたま仲良くなったりすることがあるでしょう。
人と疎遠になることがあったとき「悪いことをしたのかな」と思う人がいます。
日常を過ごしていると、新しく出会う人がいる一方で、離ればなれになり、連絡を取らなくなる人もいます。
仲の良かった相手だったのに、住む場所が離れ、だんだん連絡を取らなくなると、相手に悪いことをしたようで悩むのです。
連絡しようと思っているうちに、時間が空くことがあります。
数カ月たってしまうことがあるでしょう。
時には1年以上連絡しないこともあるかもしれません。
自分のことを嫌う人がいるとします。
嫌われて嬉しい人はいません。
誰かに嫌われていると、つい気になるものです。
人生では、どうしようもないことがあります。
「対処法がない」「何をやっても見込みがない」ということです。
どうしようもないことは、どうすればいいか。
「力をつけよう、体を鍛えよう」
「メンタルを強くしよう、強い心を手に入れよう」
「弱さを克服しよう」
「先が見えない」と不安になる人がいます。
先が見えなくてもいいのではないでしょうか。
たしかに先が見えないと不安になるものですが、一方で「先がはっきり見える」という状況もなかなかありません。
あなたのこだわりは何ですか。
「仕事は、必ずこうしないといけない」
「スマホは、必ずこのブランドじゃないといけない」
大切にしているルールや、特別な思い入れのあるものがあるのではないでしょうか。
「これだけは譲れない」ということもあるかもしれません。
もちろんこだわりは大切です。
こだわりには、自分にとって大事な価値観が表れています。
こだわりがあることで仕事の効率が良くなったり、落ち着けたり、快適な生活につながったりするでしょう。
しかし、いま一度、本当にそのこだわりは必要なのか考えてみてください。
一度考えをリセットして、ゼロベースで考えてみましょう。
あらためて考えると、昔からの習慣や思い込みが関係していて「実はそれほどでもない」ということがあります。
「これだけは譲れない」と思うこだわりであっても、本当にそうなのか、一度考えてみる価値があります。
たとえば「仕事は、必ずこうしないといけない」というこだわりがあるかもしれません。
いま一度、自分自身に「このこだわりは本当に必要なのだろうか」と問いかけてみてください。
実は昔の成功体験を引きずっているだけかもしれません。
自分に合っていると思い込んでいるだけかもしれません。
1つの手段にこだわっていると、もっと良い手段があっても、目に入らなくなります。
結果として、いつの間にか仕事に支障を来していることがあるのです。
「スマホは、必ずこのブランドじゃないといけない」というこだわりがあるかもしれません。
自分のこだわりを一度疑ってみるのです。
「よくよく考えると、別にそこまでこだわっているわけではないなあ」と気づくかもしれません。
ほかのブランドのほうが安くて機能的で、自分に合っていることもあるかもしれません。
使い慣れているせいで「これしかない」という思い込みにとらわれていることもあるのです。
あらためて考えると「昔はそうだったけど、今は違う」というケースもあるでしょう。
こだわりの棚卸しをすると、新しい選択肢が見えてくるかもしれません。
毎日を明るく過ごすためにはどうすればいいのでしょうか。
「考えすぎないこと」が大切です。
もちろん考えるのが悪いわけではありません。
旅行なら計画を立てることが必要です。
新しいチャレンジをするときも、時間やお金のことを計算することは欠かせません。
時には将来について真剣に考えることも大切なことです。
無計画でいくと、痛い目に遭ったり後悔につながったりすることもあるでしょう。
しかしそれでも「考えすぎる」のは要注意です。
考えれば考えるほど、頭がごちゃごちゃしてきます。
思考が複雑になるにつれてストレスも感じるようになり、明るい気持ちが妨げられるのです。
考えすぎると、たいてい悪い方向に傾きます。
細かい点まで目が向くようになるため、不安要素も目につくようになります。
「ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう、万一のことがあったらどうしよう」が延々と続き、止まらなくなります。
悪い妄想が膨らんでいき、気持ちが沈んでいくのです。
考えることはあっても、考えすぎないことです。
考えるなら、目安や区切りを設けるなどして、余計なことまで考えないようにしましょう。
たとえば、旅行の計画を立てるなら「大まかな計画で済ませ、細かいところはその場で考える」といった工夫があるでしょう。
何かあれば「そのときはそのとき」でいくことも大切です。
たいていのことは、臨機応変に対処すれば、何とかなるものです。
「シンプル・イズ・ベスト」という言葉もあります。
あまり考えすぎず、シンプルにいくのがいちばんいいのです。
「頭がごちゃごちゃする」と悩む人がいます。
そんな人は、難しく考えすぎているのかもしれません。
簡単なことをわざわざ難しくしています。
シンプルなことをわざわざ複雑にしています。
もともと単純なことを、わざわざややこしくしています。
これでは頭がごちゃごちゃするのも当然です。
熟考を重ねているうちに考えがさまざまな方向に広がり、いつの間にか思考が複雑化することがあります。
「もっと良い答えはないだろうか」
「別の方法はないだろうか」
「ほかのパターンはどうだろうか」
そんなふうに考えているうちに、いつしか頭がこんがらがることがあるものです。
複雑に考えたからといって、良い答えが出るとは限りません。
たしかに熟考は大切なことですが、だからといって複雑に考えすぎると、もつれた糸のように思考が絡まってしまいます。
考えれば考えるほど脳が疲れてしまい、良いアイデアも出にくくなります。
考えを整理しにくくなり、かえって答えが見えにくくなることもあるのです。
頭がごちゃごちゃするときは、複雑に考えていないか振り返ってみてください。
心当たりがあれば「もっとシンプルに考えよう」と言い聞かせましょう。
「シンプル・イズ・ベスト」という言葉があるように、実はシンプルに考えるのが最適解になることがあります。
時には直感に頼るのも悪くありません。
シンプルに考えてみると、答えが出やすくなり、ストレスも減るのです。
子どものころ、宿題を忘れて焦ることがあるものです。
登校してから、宿題のことを思い出します。
「あっ、そういえば、宿題を忘れた」と焦ります。
そもそも宿題があったことに気づいていないケースもあるでしょう。
一瞬頭が真っ白になります。
こっぴどく先生に叱られそうでびくびくするのです。
しかし、今になって考えると、なんてことはありません。
「宿題を忘れました」と正直に言えばいいだけです。
罪を犯したわけでもありません。
罰金があるわけでもありません。
もちろん先生には注意されるでしょうが、それだけのことです。
忘れた宿題は、あらためてその日にやっても間に合うでしょう。
自宅に置いているなら、次の日持ってくればいいだけです。
子どものころは宿題を忘れただけで「大変だ」と慌てたものですが、冷静に考えてみると、大したことではありません。
悪いことをしたように思えますが、よくよく考えると、わざとやったわけではありません。
誰にでも一度は起こりうることです。
今になって思えば「かわいいうっかり」です。
あなたは今「大変なことになった」と感じる出来事に直面しているかもしれません。
「やばいことになった」と、頭を抱えて絶望を感じているかもしれません。
こんなときこそ、一度冷静に振り返ってみてください。
自分の中で大げさに捉えているだけではないでしょうか。
つい大げさに物事を捉える癖があるということもあるでしょう。
一度冷静に考えてみると「それほど大したことないね」と気づくこともあるかもしれません。
あまり大げさに考えないでください。
宿題を忘れたときのように、実際には「思っているほどではない」ということがあります。
少し注意を受けたり、ちょっと対応が必要になったりするかもしれませんが、それだけのことです。
あまり深刻に捉えないほうが、落ち着いて対処できるのです。
英単語を100語覚えなければいけない状況があるとします。
ふと心の中で「こんなに覚えなければいけないの」とつぶやくことがあるでしょう。
100語はまとまった数なので、覚えるのが大変そうに感じるものです。
取り組む前から重たい気持ちになることもあるかもしれません。
こんなとき、ちょっとした工夫があります。
心の声を変えてみましょう。
「こんなに」を「これだけ」と言い換えてみるのです。
「英単語100語。これだけでいいんだ」
難しそうに思えたことが、簡単そうに感じるでしょう。
多いと感じていたことが、少ないと感じるでしょう。
不思議と前向きになり、取り組みやすくなるはずです。
結果として、勉強がはかどるのです。
人間は、不思議な生き物です。
英単語100語であることは変わらなくても、心の声を変えるだけで、感じ方まで変わるのです。
英単語に限ったことではありません。
本を100ページ読むときも「こんなに」ではなく「これだけ」と思ってみましょう。
ランニングで5キロ走るときも「こんなに」ではなく「これだけ」と思ってみましょう。
問題集を30問解くときも「こんなに」ではなく「これだけ」と思ってみましょう。
そう思えない状況もあるかもしれませんが、自分に言い聞かせるつもりでかまいません。
心のつぶやきを言い換えるだけでいいのです。
重たい気持ちが吹き飛び、心が軽くなります。
「こんなに」を「これだけ」と言い換えるだけで、感じ方はがらりと変わるのです。
電車では時折、遅延が発生することがあります。
特に朝の通勤ラッシュなど、急いでいるときに遅延が発生すると、困ってしまうものですね。
「急いでいるのに!」
「早く動き出してほしい!」
「よりによってなんでこんなときに!」
そんなことを考える人も多いのではないでしょうか。
これがいらいらを強くする原因です。
そのまま「遅延」として受け止めると、いらいらしやすくなります。
無駄に時間が奪われているように感じられ、ストレスもたまるばかりです。
止まっている電車がもどかしく感じられ、ますますいらいらしてしまうのです。
こんなとき、いらいらを和らげる方法があります。
「捉え方を変える」という方法です。
電車が遅れているとき「遅延している」ではなく「安全確認をしている」と考えましょう。
「今、安全確認をしているんだな。係員の方々がしっかりチェックをしているところなのだろう」
そう思えば、すっといらいらが収まるでしょう。
「遅延」と思えば、ただ時間を奪われているように感じます。
一方「安全のための確認や対応」と思えば、電車が止まっていることに大切な意味があると感じます。
遅延が長引いているなら、それだけ安全のための確認や対応に時間がかかっているのかもしれません。
係員の方々が、安全な運行のために対応に当たっている様子を思い浮かべれば、少しは落ち着いてくるでしょう。
捉え方を変えることで、いらいらも和らぐのです。
日常では、ちょっとした災難に見舞われることがあります。
通りかかった車に水たまりの泥水をはねられ、服が汚れてしまった。
飛行機が突然欠航になって、空港で一夜を明かすことになった。
オーバーブッキングで、ホテルに宿泊できなかった。
深刻な被害を受けるほどではないものの、ちょっとした災難に遭うことがあるものですね。
こんなとき、多くの人は「トラブルに遭った」と思うでしょう。
たしかに嫌な出来事かもしれませんが、ちょっとした災難であれば、考え方を変えてみることも大切です。
「珍しい経験ができた」と考えてみましょう。
ちょっとした災難は、考えようによっては、珍しい経験と捉え直せます。
通りかかった車に水たまりの泥水をはねられ、服が汚れてしまうことも、珍しい経験です。
飛行機が欠航になって空港で一夜を過ごすことも、オーバーブッキングでホテルに宿泊できなくなることも、珍しい経験です。
そう頻繁にあることではありません。
話に聞くことはあっても、実際に自分が経験することは、意外と少ないものです。
一度も経験したことがない人も大勢います。
だからこそ「珍しい経験」と考えてみるのです。
珍しい経験だと思えば、前向きになれます。
起こってしまったことは仕方ありません。
「まあ、たまにはこういう経験も悪くないか」
落ち込みも和らぎ、受け入れられるのです。
話のネタになることにも注目してください。
珍しい経験であればあるほど、面白い話のネタになります。
誰かにその経験を笑い話として話せば、きっと笑ってくれるでしょう。
重大な災難であれば笑えませんが、ちょっとした災難なら、意外と笑えるものです。
自分も笑えて、相手も笑ってくれれば、嫌な出来事も少しは報われます。
小さな災難が、小さな幸福を呼び込んでくれるのです。
今、本屋がどんどん減っています。
インターネットやスマートフォンの普及によって、紙の出版市場は減少傾向にあります。
そして紙の本の代わりに台頭しているのが、電子書籍です。
紙の本は、本屋に行って買わないと読めませんが、電子書籍であれば、買ってすぐ読めます。
紙の本とは違い、電子書籍はデータなので、重量がありません。
紙の本は、保管場所が必要ですが、電子書籍であれば、不要です。
検索ができたり文字の拡大もできたりする機能もあります。
こうした利便性もあり、電子書籍の利用は広がる一方、紙の本はどんどん減っているのです。
時代の流れには逆らえません。
街から本屋が消えていくのは、文化が消滅しているように感じられます。
本屋は、店内をぶらぶらするだけでも楽しいものですが、それすらできなくなりつつあります。
「私の街から本屋が消えた。本屋が好きなのになあ。本屋が消えていくのは悲しいなあ」
そう感じる人も多いのではないでしょうか。
「どんどん減っている」と思うと、落ち込むものですね。
いつの日か「本といえば電子書籍」という認識が当たり前になる日もやってくるかもしれません。
しかし、ここで発想を変えてみてください。
「減っていても、まだ残っている」と考えるのです。
たしかに本屋は減っています。
それでも、まだ残っています。
紙より電子のほうが便利な点が多くあるものの、それでも紙の本は、一定の需要があります。
「やっぱり読むなら、紙の本がいい」という人も大勢いるものです。
世の中からすべての本屋がなくなる未来は、なかなか想像しにくいものです。
隣町まで行く必要はあるかもしれませんが、逆に言えば、隣町まで足を延ばせば、本屋が見つかることもあるでしょう。
仮に本屋がなくなったとしても、図書館もあります。
これは本屋に限ったことではありません。
電話ボックスも、どんどん減っています。
レンタルビデオ店やゲームセンターも、どんどん減っています。
しかし、減っている状況であっても、世の中を見渡せば、まだ残っているのです。
また、紙の新聞もどんどん減っています。
現金を使う機会も、手紙やはがきを送る機会も、どんどん減っています。
それでも今も残っていて、使われています。
今すぐ世の中からなくなるとは考えにくいでしょう。
「どんどん減っている」と思うから、落ち込みます。
「減っていても、まだ残っている」と考えれば、希望を持てます。
減っていることばかりに目を向けるのではなく、今も残っていることに目を向けましょう。
人生では、嫌なことが重なる日があるものです。
1つだけならまだしも、2つも3つも重なると、落ち込んでしまうものです。
「どうしてこんなに悪いことが重なるのだろう」
「貧乏神に取りつかれているのではないか」
「おはらいが必要なのかな」
不吉な感じすらしてくるのです。
しかし、悪いことばかりではありません。
あらためて振り返ると、逆にいいことが重なる日もあったのではないでしょうか。
大きな契約が取れた、抽選に当選した、たまたま街で旧友と出会った、欲しかったものが思いがけず安く手に入った。
立て続けにいいことが起こり「今日は何かとついてる!」と思うことがあったでしょう。
悪いことが重なる日ばかりではありません。
悪いことが重なったら「今日はそういう日なのだな」と思えばいいのです。
あまり深く気にせず、落ち込みを引きずらず、気持ちを切り替えましょう。
気にしないことが、今できるいちばんのおはらいです。
長い人生で見れば、悪いことが重なる日だけでなく、いいことが重なる日もあります。
「明日は明日の風が吹く」という言葉もあるように、明日になれば、また状況は変わっているでしょう。
いいことが重なる日を期待しましょう。
日常では「どちらも嫌だな」と思うことがあるものです。
「Aも嫌だが、Bも嫌だ」
どちらの選択肢にも魅力を感じないどころか、強い抵抗があって、選びにくいことがあるでしょう。
なかなか難しい場面に思われますが、こんなときの判断はシンプルです。
「どちらも嫌だな」と思ったら、どちらも選ばないのです。
選択肢が2つあると、一方を選ばなければいけないような気がしますが、誤解です。
無理に選ぶ必要はありません。
嫌なものを無理に選んでも仕方ありません。
「やめておきます」「遠慮しておきます」「今回は見送ります」と言って、どちらも見送ればいいのです。
見送ってもペナルティーはないでしょう。
どちらも嫌なら、どちらも選ばないのが正解です。
たとえば、服を買いに行き、2着まで候補を絞ったものの「どちらもいまいち」と思ったら、何も買わずに帰るのもいいでしょう。
一方、逆のパターンもあります。
AとBの2つの選択肢があり、どちらにも魅力を感じることがあるでしょう。
「どちらもいいな」と思うと、選ぶのに迷ってしまい、なかなか決められないことがあるものですね。
こんなときの判断も、やはりシンプルです。
予算や状況の都合がつくなら、両方選んでしまいましょう。
「予算や状況の都合がつくなら」という条件付きですが、両方選んでも問題ないこともあるでしょう。
選択肢が2つあると、一方を選ばなければいけないような気がしますが、そうとは限りません。
両方に魅力を感じ、状況も許されるなら、両方選ぶのが正解です。
たとえば、レストランでおいしそうな料理が2つあって「どちらもいいな」と思うのなら、両方注文してもいいでしょう。
難しく考える必要はありません。
自分の素直な感覚を大切にしましょう。
「どちらも嫌だな」と思ったら、どちらも選びません。
「どちらもいいな」と思ったら、どちらも選びましょう。
なんてシンプルなのでしょう。
結果として、それがいちばん幸せにつながる選択になるのです。
ゲームに負けて不機嫌になる人がいます。
スポーツに負けて不機嫌になる人がいます。
勝ったら喜ぶのですが、負けるとむっとするのです。
時には怒りを見せることもあります。
そういう人は、勝つことに意識が向きすぎているのです。
「やるからには勝ちたい」「勝たなければ意味がない」「必ず結果を出す」という結果重視の考えになっています。
勝つことばかりを考えているから、負けたとき、強い不快感を覚え、不機嫌になるのです。
もちろん勝ちを目指すのはいいのですが、そればかりではいけません。
大切なのは「楽しむ姿勢」です。
心の中で音符が跳ねていることが大切です。
たとえば、みんなとバスケをするときは、楽しむことに集中しましょう。
ドリブルを楽しみ、パスを楽しみ、シュートを楽しみます。
そして負けたときは、悔しさも含めて楽しみましょう。
楽しむことに集中していれば、結果にかかわらず、充実感を得られます。
充実していれば、それで十分満足できるのです。
「本気で取り組むからには楽しんでいる場合ではない」と思うかもしれません。
いいえ、本気のときでもやはり楽しむことは大切です。
「勝ちたい」と「楽しむ」は両立できます。
勝つことを諦めるのではありません。
勝つことを意識しつつも、楽しむことを忘れないのです。
あなたは今、楽しめていますか。
仕事や勉強、趣味や習い事、家事や育児など、日々のあらゆることを楽しみましょう。
楽しむことは、人生を豊かにするうえで大切なことの1つです。
人の幸せを、素直に喜べないときもあるものです。
たとえば、友人から結婚報告を受けることがあります。
そんなとき、素直に喜べない自分がいるかもしれません。
心の中では「先を越された」と思う。
嫉妬を感じたり、劣等感を覚えたり、心が苦しくなったりするのです。
人の幸せを素直に喜べないときもあっていいのです。
自分に嘘をつく必要はありません。
素直にそう思うのなら、それでもいいのです。
「私は今、素直に喜べないなあ」と思ったのなら、その気持ちをそのまま受け止めてください。
どう思い、どう感じるのか、本音は自由です。
悪いことだと思う必要はありません。
本音は本音として大切にしましょう。
ただし、表向きは気持ちよく接するのがマナーです。
嫌な顔を見せたり、嫌みなことを言ったり、陰口を叩いたりしません。
「おめでとう」「良かったね」「すごいね」と、明るい声をかけるのがマナーです。
「本音と建前」という言葉もあります。
形だけでもいいのです。
気持ちよく接していれば、良好な人間関係を保てます。
人間関係の不満は、時に「わかってくれるはず」から始まります。
認められたい気持ちは、誰にでもあるものです。
頑張っていることがあれば、その努力をわかってもらいたいものです。
「すごいね」「頑張っているね」といった声をかけられたいと思うのは自然なことです。
トラブルがあって落ち込んだとき、その気持ちを理解してもらいたいと思うでしょう。
共感の言葉をかけてくれるだけでも、心は軽くなるものです。
しかし「わかってくれるはず」と思っていても、なかなかそうはいきません。
みんな忙しくて、自分のことで精いっぱいです。
相手のことを考えたくても、その余裕がないこともあります。
「わかってくれるはず」と思っていると、わかってくれなかったとき、不満が生まれます。
「どうして私のことをわかってくれないの?」となり、ストレスを感じます。
期待することが、かえって苦しくなることもあります。
落ち込むこともあれば、時には怒りを覚えることすらあるのです。
そこで考え方を変えてください。
「わかってくれたらラッキー」と思うようにするのです。
わかってもらうことを当然だと思わなければ、わかってくれなくても、それほど気になりません。
余計なことで悩まなくなります。
落ち込んだり、怒りを覚えたりすることも減るのです。
ときどき、こちらの気持ちをわかってくれる人もいます。
そんなときは、ラッキーと喜べばいいのです。
相手に期待しすぎないことで、不満が生まれることも少なくなります。
人間関係は「わかってくれたらラッキー」と思うくらいでちょうどいいのです。
「わかり合えない」と悩んでいる人がいます。
わかり合えなくてもいいのではないでしょうか。
私たちは「わかり合わなければいけない」と思いがちです。
そんなことはありません。
わかり合えなくてもいいのです。
わかり合えないこともあるものです。
相手とは生まれも育ちも違い、考えも価値観も違います。
仲のいい友達であっても、すべてをわかり合うのは難しいでしょう。
たとえ夫婦であっても、何から何までわかり合うのは難しいことです。
「わかり合えない」と聞くと、悪いことのように思えますが、そうではありません。
よくあることで、むしろ当たり前のことです。
もっと言えば、自分のことですらよくわからないところもあるはずです。
自分のことですらわからないところがあるのですから、他人とわかり合えないことがあるのも当然といえるでしょう。
「わかり合えない」と悩む人は「すべてわかり合う必要がある」という完璧主義的な考えになっているのかもしれません。
大切なことは、すべてをわかり合うことではありません。
わかり合えないところがあっても、お互いがその違いを認め、尊重できていればいいのです。
「私にはわからないけど、あなたはそうなんだね」という考え方でいきましょう。
わかり合えなくても、相手への感謝や尊重があれば、良好な関係を保つことはできます。
「わかり合えなくてもいい」と思ったほうが、人間関係は楽になります。
あなたの日常に「変な人」はいませんか。
変わった性格だったり、変わった考えを持っていたり、変わった習慣を持っていたり。
時には自分には理解できない行動を取ることもあるでしょう。
自分にとって大きな違和感があると、つい「変な人」と言いたくなるものですが、ここは注意したい場面です。
ストレートな言い方ではありますが、大切なのは、相手がどう感じるかです。
相手を否定するような響きがあります。
本人が聞けば、あまりいい気はしないでしょう。
面と向かって「変な人だね」といえば、失礼に聞こえてしまい、相手は傷ついてしまうかもしれません。
悪気はないにしても、誤解を招きやすい表現なのです。
自分にとっては変に感じるだけで、相手にとっては普通だということがあるでしょう。
「変な人」と思うと、自分の中で、それだけ違和感が大きくなります。
自然と抵抗感まで強くなってしまい「嫌いな人」に変わってしまうかもしれません。
もし身近に変な人がいれば、こう考えてみてください。
「こういう人もいるんだな」と。
世の中にはいろいろな人がいます。
変に感じるからといって、否定するのではありません。
自分が理解できないからといって、批判するのではありません。
「こういう人もいるんだな」と思えばいいのです。
好きになれなくてもいいし、肯定しなくてもいいのです。
その人のありのままを受け入れてみます。
「世の中にはいろいろな人がいる」という理解がいっそう深まります。
前向きに受け止めることで、新しい価値観を知ることができるのです。
少し考え方を変えるだけで、相手に対する違和感も小さくなるのです。
機会があれば、実際に接してみて、コミュニケーションを取ってみるといいでしょう。
その人には、自分にはない価値観があるかもしれません。
詳しく話を聞いてみると「なるほど」と思えることもあるはずです。
「そういう価値観なんだね」「そういう楽しみがあるんだね」と思えることもあるかもしれません。
人に対する理解を深める機会にもなり、自分の成長にもプラスとなるのです。
「あなたのためを思って」
そんな言葉をかけてくる人はいませんか。
「あなたのためを思って」という一言を前置きとして「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」と言ってきます。
こちらが「教えてほしい」とお願いしていないにもかかわらず、いろいろなアドバイスをしてくることも少なくありません。
一見、親切な人のように思えますが、実際はどうでしょうか。
むしろこういう人には注意してください。
「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」と言いつつ、自分の思いどおりにコントロールしようとしている場合があるからです。
「あなたのためを思って」と言いながらも、そうとは限りません。
実際は「自分のため」になっていることも少なくありません。
自分の希望を押し付けているだけの場合があります。
自分に都合のいいように、相手を変えようとしているのです。
「感謝の押し付け」というケースも見られます。
「こんなに良いアドバイスをしたのだから、私に感謝しなさい」と遠回しに言っているように感じることもあるでしょう。
感謝を強要しているようにも感じられ、良い印象を受けないのです。
こういう人と関わっていると、いつの間にか自由が奪われ、相手の考えに振り回されてしまうでしょう。
「あなたのためを思って」と言ってくる人がいれば、あまり深く関わらず、距離を置くのがおすすめです。
本当に相手を思いやる人は、むやみに自分の考えを押し付けません。
優しい目で見守ります。
相手のやり方に文句は言わず、相手の意思を尊重します。
どうしてもアドバイスをしたくなることもあるかもしれません。
そんなときでも「あなたのためを思って」という言い方はしません。
自分の考えを押し付けるような言い方はせず、やんわりと提案するような言い方をします。
「こういう方法もありますよ」
「私はこんなふうにしていますよ」
「もし良かったらいかがですか」
相手に選択を委ねる言い方をすれば、悪い印象を与えにくいでしょう。
相手は「なるほど」と思ってもらいやすくなるのです。
「私のほうが上だ」
「私のほうがすごい」
「私のほうがいいものを持っている」
そう言わんばかりに話してくる人がいるものです。
いわゆるマウンティングです。
日常でいろいろな人と接していると、マウントを取られることがあるものです。
こちらの何気ない発言に反応して、相手からマウントを仕掛けられることもあるでしょう。
たとえば、こちらが「週に1冊は本を読んでる」と何気なく話すと、相手は「私は週に2冊読んでる」と言ってくるのです。
相手がマウントを取ってきたときは、どうするか。
まともに応じないのが得策です。
むきにならないことです。
あまりいい気はしないものですが、そこで自分も負けじと張り合ってしまうと、マウント合戦が始まります。
お互いが張り合う形となり、体力的にも精神的にも消耗します。
そこから人間関係のトラブルに発展する可能性もゼロではありません。
マウントを取ってくる人は、自分のほうが上だと示したくてうずうずしています。
認められたい気持ちが強いのです。
相手が優位に立ちたがっていても、こちらまで無理に張り合う必要はありません。
相手がマウントを取ってきたら、まともに応じず、軽い返事で済ませましょう。
「へえ、すごいですね」
「さすがですねえ」
「○○さんにはかないませんね」
軽く受け流せばいいのです。
「上に立ちたいなら、どうぞお好きに」という姿勢でいくのがコツです。
余計なトラブルを起こさないためにも、まともに相手にしないのが得策です。
軽く相手を立てれば、相手は「自分のすごさが認められた」と満足し、それ以上張り合ってこなくなるでしょう。
軽く受け流すことも、コミュニケーションスキルなのです。
あなたは相手から「それって言い訳ですよね」と言われました。
こちらの発言に対して、言い訳だと言われると、むっとするかもしれません。
「違います! 言い訳ではありません!」と、つい言い返したくなる場面ですが、ちょっと待ってください。
そこで言い返すと、雰囲気が悪くなります。
ヒートアップして、話がこじれるでしょう。
口喧嘩に発展することにもなりかねないのです。
ここはひとつ、落ち着いていきましょう。
冷静に自分の発言を振り返ってみるのです。
遅刻をしたとき「電車が遅れていたんです」と言っていたのかもしれません。
約束を守れなかったとき「時間がなかったんです」と言っていたのかもしれません。
連絡が遅れたとき「仕事が立て込んでいて、つい忘れていました」と言っていたのかもしれません。
自分では正直に言ったつもりでも、冷静に振り返ってみると、言い訳になっているかもしれません。
あるいは、言い訳がましく聞こえることもあるでしょう。
「たしかにそうかもしれない」と思えるところがあれば、言い返すのはよくありません。
こんなときの対応はシンプルです。
「そうですね。言い訳でした。申し訳ございません」と素直に謝るのです。
相手の指摘を受け入れれば、そこで話は収まります。
言い訳は、知らず知らずのうちにしてしまうことが少なくありません。
頭では「言い訳は良くない」とわかっていても、つい口にしてしまうことがあります。
せっかく相手が気づかせてくれたのです。
「それって言い訳ですよね」は、貴重な指摘です。
うっかり言い訳をしていた自分にも気づき、今後の自己改善にもつなげられるのです。
仲のいい人が、実は陰で自分の悪口を言っていることを知ってしまう。
そんなことがあるかもしれません。
知らない人から陰で悪口を言われるならまだしも、仲のいい人から悪口を言われていることを知れば、ショックもひとしおです。
目の前が真っ暗になるような感覚に襲われるでしょう。
「えっ、そういう人だったんだ。信頼していたのにどうして?」
仲が良かっただけに、大きく裏切られたような気持ちになるのです。
しかし、こんな場面でも、前向きに考えられることがあります。
「気づけて良かった」と考えましょう。
その人の、今まで知らなかった一面がわかったのです。
自分が思っていた関係とは、少し違っていました。
そのことに気づかないまま付き合い続けるより、今気づけて良かったと考えましょう。
人は見かけではわからないものです。
「ああ、こういう一面もある人だったんだね。残念」と冷静に捉えると、落ち込みも和らぐでしょう。
今回の出来事は「人間関係の良い勉強になった」と考えましょう。
なかなかつらいところですが、今回の経験を今後に生かしていけばいいのです。
今後はその人と距離を置けばいいのです。
もちろん相手が悪口を言っていたからといって、こちらまで悪口で対抗しないことが大切です。
くよくよした気持ちを引きずらず、前向きにいきましょう。
世の中には、すごく嫌な人がいるものです。
性格に難があったり、マナーが悪かったり、態度や言葉遣いに問題があったり。
接するたびにいらいらさせられ、ストレスを感じることもあるでしょう。
嫌な人がいて、いらいらさせられると、仕返しをしたくなるかもしれませんが、ここは注意したい場面です。
もしすごく嫌な人がいれば、こう考えましょう。
「気の毒な人」と。
仕返しは不要です。
こちらまで嫌な人になる必要はありません。
気にせず、ほうっておけばいいのです。
そういう人は日頃から言動に問題があるので、人との摩擦が生じやすく、何かと問題も起こりやすくなります。
衝突が増え、思うようにいかないことも多くなるでしょう。
嫌われやすくなり、人も離れていくでしょう。
人から距離を置かれるようになれば、いざというときに助けてもらいにくくなります。
この先の人生でも、何かと苦労することが増えるでしょう。
そもそもこちらが何かしなくても、自分で自分を苦しめることになります。
すごく嫌な人がいれば、相手にしないのがいちばん。
気の毒な人だと思って、ほうっておきましょう。
世の中には「自分の行いは、自分に返ってくる」という流れがあります。
良い行いをすれば良い結果につながりやすくなり、悪い行いをすれば悪い結果につながりやすいものです。
「自分の行いは、自分に返ってくる。気の毒な人」と思えば、腹も立ちにくくなるのです。
あなたには、憎い人がいますか。
「あの人が憎い。困らせてやりたい。何とか邪魔してやりたい。不幸になればいいのに」
そんな人がいるかもしれません。
「とにかく憎い」という人がいると、恨みたくなる気持ちも出てくるでしょう。
相手の足を引っ張るようなことを考えたくなるかもしれません。
しかし、それはやめておくことです。
人の邪魔をすれば、巡り巡って、自分にも悪い形で返ってくるでしょう。
人を恨むと、ストレスがたまり、自分が苦しむことになります。
人の邪魔をしようとすると、それだけ時間やエネルギーが奪われ、自分のことがおろそかになります。
「人を呪わば穴二つ」という言葉もあります。
「他人を呪い殺そうとして墓穴を掘る者は、自分の墓穴まで掘らなくてはならなくなる」という意味です。
人の不幸を願い続けることは、自分自身を苦しめることにもつながるのです。
憎い人がいても、邪魔するようなことはしないのがいちばんです。
仕返しをしたくても、ぐっとこらえるのが賢明です。
人の邪魔をする暇があれば、自分の人生に集中しましょう。
あなたには、もっとやるべきことがあるはずです。
自分の人生は一度きりなのですから、余計なことに時間を使わないことです。
SNSでは、人気者が興味深い発信をして、たくさんの「いいね」を集めています。
動画サイトでは、人気者が面白い企画を披露して、多くの再生回数を集めています。
そしてますます人気者になっているのです。
人気があるということは、多くの人から支持されているということです。
人気者のきらきらした生活に憧れを感じることがあるでしょう。
話や行動が面白くて、見ているだけで元気をもらえたり、思わず笑ったりします。
きっとあなたも、お気に入りの人気者をフォローしたり、チャンネル登録したりしているでしょう。
そうした人気者の活躍ぶりを見ていると「自分もあのくらい人気者にならないといけないのかな」と思うかもしれません。
「人気者でなければ価値がない」という錯覚に陥ることすらあるかもしれません。
しかし、これは違うのです。
無理して人気者になる必要はありません。
もちろん人気者になりたい人は目指せばいいですが、誰もが目指す必要はありません。
生き方は、人それぞれだからです。
人気者には、人を引きつける才能があります。
人にはそれぞれ得意不得意があるように、人を引きつけるのが得意な人もいれば、そうでない人もいます。
あなたの学校にも、自然と人が集まる人気者がいたのではないでしょうか。
人気者に憧れることはあっても、無理して目指すものではありません。
そもそも人気者にならなくても、生きていけます。
世の中の大半の人は、人気者ではありません。
人気者でなくても、人生を楽しんでいる人は大勢います。
口下手でも内向的でも、充実した日々を過ごし、幸せに生きている人はいます。
きらきらした生活を送る必要もないし、人気がなくてもいいのです。
人気者と自分を比べる必要はありません。
むしろ比べないほうがいいのです。
自分の人生ですから、生きたいように生きればいいのです。
自分らしい生き方を大切にしましょう。
「1人で行動するのは寂しい」と言う人がいます。
なかには1人でいるのが恥ずかしく、いつも誰かと一緒でないと行動できない人もいるでしょう。
そんな人は、周りの目を気にしすぎているのかもしれません。
周りから自分がどう思われているかを気にしていると、1人でいることに寂しさを感じてしまいます。
特にカップルや家族連れに囲まれていると、1人でいる自分が浮いているように感じられます。
「1人でいるのを変に思われているのではないか」
「寂しい人だと思われているのではないか」
自分が取り残されているような錯覚を覚えます。
どう思われているのか気にしてしまうと、ますます寂しい気持ちが強くなるのです。
人からどう思われるかは、気にしすぎないことです。
周りの目より、自分がどう過ごしたいかを大切にしましょう。
1人の時間を楽しむのです。
目の前のことだけを見ましょう。
楽しむことに集中してください。
レストランや映画館では、1人で来ている人がいます。
なかには人目を気にせず、ひたすら楽しむことに集中している人もいます。
そうした人は、レストランでは食事に集中し、映画館では映画に集中しています。
周りの目を気にする暇がないほど、目の前のことに没頭しているのです。
ディズニーランドでも、1人で来ているお客さんがいるものです。
1人でアトラクションに乗ったり、ショーやパレードを見たりします。
人目を気にせず、楽しんでいる人もいるでしょう。
楽しむことに集中しているので、もはや寂しいと感じる暇はないのです。
楽しむことに集中することが大切です。
心の中で音符が跳ねていると、おのずと人目を気にする暇はなくなります。
寂しさが和らぐうえ、充実した時間も過ごせるでしょう。
素晴らしい1人時間を満喫しましょう。
人脈は、むやみに広げるものではありません。
たまたま縁に恵まれ、結果として広がるならいいのです。
仕事を通して知り合ったり、人の紹介を通してたまたま仲良くなったりすることがあるでしょう。
自然と人間関係の輪が広がっていくのは、すてきなことです。
しかし、わざわざ頑張ってまで人脈を広げる必要はありません。
人脈は、広がるにつれて浅い関係になりやすいからです。
知り合いが増えるにつれて、その分、連絡を取り合う負担も増えます。
知り合いが10人増えたら、連絡を取り合う負担も10人分増えるのです。
これはなかなか大変です。
連絡を取り合うのが大変になるので、十分なコミュニケーションが取りにくくなります。
だんだん「広く浅く」になっていき、中途半端な関係になるのです。
顔と名前が一致せず、前回会ったときの話も覚えていないという状態になるでしょう。
人間関係は、人生の質に関わる要素の1つです。
せっかくの人間関係も、薄っぺらくては意味がありません。
人脈を広げる時間と労力があるなら、まず身近な人との関係を大切にしましょう。
家族、友人、趣味の仲間、職場の人。
すでにつながっている人や、すでに仲のいい人がいるでしょう。
限りある時間や労力は、そうした人たちとの関係を深めることに使ったほうが有意義です。
さらに仲を深めるため、少しでもたくさんコミュニケーションを取り、できるだけたくさん思い出をつくりましょう。
人間関係には、優先順位があるのです。
人脈は、むやみに広げるものではありません。
人脈を広げることを頑張るより、まず目の前にいる人との関係を大切にすることです。
人間関係は「量」より「質」なのです。
人と疎遠になることがあったとき「悪いことをしたのかな」と思う人がいます。
日常を過ごしていると、新しく出会う人がいる一方で、離ればなれになり、連絡を取らなくなる人もいます。
仲の良かった相手だったのに、住む場所が離れ、だんだん連絡を取らなくなると、相手に悪いことをしたようで悩むのです。
しかし、自然と疎遠になるのは、悪いことではありません。
誰にでも起こりうることであって、ごく普通のことです。
自分の人生を振り返ってみてください。
進学したとき、新しく出会う人がいた一方で、自然と疎遠になった人がいるでしょう。
就職したときも、新しく出会う人がいた一方で、自然と疎遠になった人がいるでしょう。
転職をしたときも、引っ越しをしたときも、同じだったはずです。
人とのつながりが変化するのは、誰にでもあることです。
昔から変わらず続いている人間関係がある一方、どんどん変わる人間関係もあります。
仕事や職場が変われば人間関係も変わり、住む場所や環境が変われば人間関係も変わります。
人間関係は、人生のステージに応じて変わるものです。
人生のステージが変われば、新しく出会う人がいる一方で、自然と疎遠になる人もいるものです。
相手と会う機会が減ったりなくなったりすると、連絡する機会もなくなり、自然と疎遠になります。
「会うは別れの始め」という言葉もあります。
人間関係は、時間とともに形を変えていくものです。
連絡を取らなくなることは、悪いことだと思わず、自然なことだと考えましょう。
人間関係に使える時間や気力には、限りがあります。
すべての人と、ずっと連絡を取り合い続けることはできません。
連絡を取りたいなら取ってもいいですが、無理に取る必要もありません。
これも人生の自然な変化の1つだと考えましょう。
連絡しようと思っているうちに、時間が空くことがあります。
数カ月たってしまうことがあるでしょう。
時には1年以上連絡しないこともあるかもしれません。
忙しかったり、タイミングがなかったりすると、しばらく連絡できなくなることがあります。
「また連絡するね」と言ったものの、その「また」がなかなか訪れないのです。
しばらく連絡していないと、連絡を取りにくくなるものです。
連絡を取らないまま長く月日がたつと「今さら連絡を取るのはおかしいかな」と思ってしまいます。
連絡を取るのに勇気が必要だったり、なぜか少し照れくさく感じたりもします。
「相手から連絡が来ないということは、ご縁がなかったということなのかな」と思うこともあるかもしれません。
そしてだんだん「もう連絡してはいけないのかな」とまで考えるようになるのです。
いいえ、そんなことはありません。
今さら連絡するのはおかしいかなと思うかもしれませんが、それは思い込みです。
久しぶりに連絡するのは、おかしなことではありません。
実は相手も自分と同じように「今さら連絡をするのはおかしいかな」と思い、連絡しそびれていることがあります。
しばらく連絡していないからといって、連絡してはいけないわけではありません。
しばらく時間が空いていても大丈夫です。
たとえば、次のような言葉を使えば、自然な形で連絡が取れるでしょう。
「お久しぶりです。お元気ですか」
「すっかりご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか」
「しばらく連絡ができていなくてごめんなさい。○○さんをふと思い出して連絡してみました。お元気ですか」
こうした一言から始めれば、長く連絡を取っていなくても、自然に話を切り出せます。
久しぶりに連絡を取ってみると、再び関係がつながるきっかけになります。
相手に何か変わったことがあって、思いがけない話が聞けるかもしれません。
連絡を取りたいなら、相手から連絡が来るのを待つのではなく、こちらから思いきって連絡してみましょう。
しばらく連絡を取っていなくても、関係が途切れたとは限らないのです。
自分のことを嫌う人がいるとします。
嫌われて嬉しい人はいません。
誰かに嫌われていると、つい気になるものです。
「嫌われたままではいけない」「少しでも自分のことを好きになってもらいたい」と思い、頑張ることがあるかもしれません。
挨拶をしたり、積極的に話しかけたり、頑張って笑顔を見せたり、何か面白い話をしたり。
ところが、なかなかうまくいかないことも多いものです。
自分を嫌う人に好かれるのは難しいものです。
挨拶をしても無視され、話しかけても冷たい態度をされると、精神的にも落ち込みます。
自分は相手のことを好きでも、相手にとって自分は、相性の合わない存在なのかもしれません。
自分を嫌う人に好きになってもらうには、大きなエネルギーが必要です。
好かれようと頑張っても、報われずに終わることも多いものです。
自分のことを嫌う人がいれば、そのままにしておきましょう。
もちろん自分に非や誤解があるなら、できる範囲で関係を修復することも必要です。
それでも、何とか好かれようと無理に頑張る必要はありません。
最低限の挨拶とやりとりで済ませるだけでいいのです。
「嫌われたものは仕方ない」で済ませるのも悪くありません。
そもそもすべての人に好かれるのは不可能です。
その代わり、仲のいい人との時間を大切にするのです。
あなたには、すでに仲のいい人がいるでしょう。
仲のいい人とは、楽しく過ごせます。
一緒にいて楽で、いつも自然体でいられ、ストレスも少ないでしょう。
コミュニケーションもスムーズで、話も自然と盛り上がるものです。
普通に会って話すだけでも、良い時間を過ごせるものです。
仲のいい人と過ごすと、良い思い出も増え、ますます仲が深まります。
それが結果として、豊かな人間関係にもつながるのです。
時間やエネルギーは、有効に活用しましょう。
時間もエネルギーも限られた資源です。
自分を嫌う人に好かれようと頑張るより、仲のいい人との時間を大切にしたほうがいいのです。
人生では、どうしようもないことがあります。
「対処法がない」「何をやっても見込みがない」ということです。
どうしようもないことは、どうすればいいか。
そのままにしておきましょう。
見切りをつけるのです。
悩む必要はありません。
対処法がないのですから、そのままにすればいいのです。
もちろんやれることがあるなら、やってみる必要はあるでしょう。
しかし、やれるだけのことをやって、それでもうまくいかないなら、そのままにしておくのがいちばんです。
それ以上頑張っても、無駄に終わるでしょう。
時間やエネルギーを失うばかりで、もったいないです。
かえって状況が悪化するかもしれません。
どうしようもないことに悩んでいても仕方ありません。
「いつか何とかなるのではないか」と期待したくなるかもしれませんが、現実を見る必要もあります。
今まで費やした時間や労力を思うと、惜しい気持ちも生まれますが、それ以上続けても仕方ないこともあります。
ずっとそこで足止めされてしまい、もがき続けることになります。
前にも進めなくなるのです。
あまり深刻に考えず、気持ちを切り替えましょう。
「どうしようもないなあ。もうそのままにしておこう」でいいのです。
やるだけのことをやったのなら、見切りをつけることも肝心です。
どうしようもないことはそのままにして、次に向かいましょう。
「力をつけよう、体を鍛えよう」
「メンタルを強くしよう、強い心を手に入れよう」
「弱さを克服しよう」
世間では「強くなろう」「強くあるべきだ」といった声がたくさん聞かれます。
身も心も鍛え、強くなることが推奨される傾向があります。
そうした声を聞いていると、あたかも強くなければいけないような気がするものです。
弱いままではいけないような気がするものです。
しかし、本当にそうでしょうか。
弱いまま生きることもあっていいのではないでしょうか。
世の中には「強くなりたいわけじゃない。弱いままでいい」という人もいます。
強くなりたくない人は、弱いまま生きればいいのです。
「弱いと生きていけない」と思われがちですが、そんなことはありません。
弱くても、生きていけます。
運動が嫌いという人もいます。
事情があって、運動ができないという人もいるでしょう。
力や体力に自信がなくても、自分に合った生き方はあります。
世の中には、さまざまな仕事があります。
力や体力に自信がないなら、力や体力をあまり必要としない仕事を選ぶこともできます。
収入を得ることも、充実感を持って仕事をすることもできるでしょう。
今は便利な世の中です。
力や体力をサポートするツールはたくさんあります。
たとえば、電動アシスト自転車を利用すれば、小さな力でもすいすい進めます。
車を使えば、ほとんど力を必要とせず、遠くまで行けます。
力や体力がなくても、意外と普通に生きていくことはできるのです。
メンタルが弱くてもいいのです。
メンタルが弱いからといって、生きていけないわけではありません。
メンタルに自信がないなら、強いメンタルを必要としない選択をすればいいだけです。
苦手な人とは距離を置き、仲のいい人との関係を大切にしましょう。
強いストレスを感じることは、あえて選択肢から外しましょう。
私たちには、生き方の自由があります。
山があるからといって、無理に登る必要はありません。
回り道をして進むのもいい。
もちろんそのまま引き返すのもいいでしょう。
メンタルが弱いなら、無理にストレスに立ち向かう必要はありません。
ストレスを避けて通る選択肢もあります。
意外とそういう道のほうが、結果として近道になることもあるのです。
「弱い」と聞くと、問題があるように思えますが、実は問題ありません。
少しネガティブな響きがあるので悪いことのように聞こえますが、弱さそのものが悪いわけではありません。
無理に弱さを克服しなくてもかまいません。
弱くても、意外と普通に生きていけるものです。
心も体も弱いままでいい。
弱いなら、弱いなりの生き方があります。
「弱い」という言葉の響きに惑わされず、世間の声にも惑わされず、自分に合った生き方をしましょう。
弱いまま生きるのも、素晴らしい生き方です。
「先が見えない」と不安になる人がいます。
先が見えなくてもいいのではないでしょうか。
たしかに先が見えないと不安になるものですが、一方で「先がはっきり見える」という状況もなかなかありません。
「こうなるだろう」と思っても、実際そのときになってみると、思っていたのと違う状況になるのはよくあることです。
未来には不確定な要素がたくさんあります。
実際そのときになってみないと、わかりません。
いくら考えてもわからないのですから、考えすぎても仕方ありません。
先のことは誰にもわかりません。
先が見えないのは、ごく普通のことです。
あらゆる未来が考えられますが、どれだけ考えても、完全な答えは見つからないのです。
先のことばかり考えていると、かえって今がおそろかになります。
時間や労力が奪われてしまうこともあるでしょう。
暗い未来を考えてしまうと、元気まで奪われてしまいかねません。
先のことを考えるのもいいですが、ほどほどにしておくのが得策なのです。
大切なのは「今に集中すること」です。
私たちが生きているのは、今しかありません。
あなたには今やるべきことがあるでしょう。
目の前にある仕事に打ち込んで、きちんと今を生きましょう。
やるべきことをやり、今を楽しみ、今日を精いっぱい生きるのです。
未来のことは「なるようになる」「そのときはそのとき」でいきましょう。
少し予想と違っていれば、臨機応変に対応すればいいのです。
人生は、1日の積み重ねです。
先が見えなくても、いずれそのときになれば、自然とわかります。
先のことが見えないからこそ、今に集中するのです。
ベストを尽くして今を生きれば、おのずと良い未来もやってくるのです。