服のファッションは、時代や流行に左右されます。
今はやっているファッションは、数年後には廃れているかもしれません。
体形が変わっていて、将来着られなくなっている可能性もあるでしょう。
「おはよう」
「こんにちは」
「こんばんは」
病院で診察を受けるとき、無言のままになっていませんか。
美容院で髪を切ってもらうとき、無言のままになっていませんか。
こうした場面で大切なのは「お願いします」の一言です。
きちんとお礼を言ったのに、相手にきちんと伝わっていないことがあります。
そんなときは、お礼の言葉が崩れているのかもしれません。
自分ではきちんとお礼を言ったつもりでも、実際にはきちんと言っていないことがあります。
日常で手紙を書く機会があるでしょう。
ビジネスでもプライベートでも手紙は身近な存在で、今でも活用されています。
手紙を書くとき「書かなければいけない」と思うことがあるものです。
日常会話でよく登場する言葉の1つが「ちょっと」です。
「ちょっと大変」
「ちょっと疲れた」
「死ぬほど頑張ります」と言う人がいます。
死ぬほど頑張らなくていいのです。
死ぬほど頑張るということは、まさに「命がけ」ということです。
あなたは自分を振り返り「言いすぎてしまうことが多い」と感じることはありますか。
・言うつもりはなかったのに、つい勢いで言ってしまう
・人と話しているとき、つい余計なことまでしゃべってしまう
きれいな言葉を使うことは大切です。
品のある言葉や知的な言葉など、きれいな言葉を使うことで、相手に良い印象を与えられるでしょう。
自分の印象も良くなります。
息をするかのように、悪口を口にする人がいます。
雑談のとき、平気な顔で人の悪口を言います。
人や物事を取り上げては、その評価を落とすようなことを言うのです。
「○○のくせに」という言い方をする人がいます。
「男のくせに」
「女のくせに」
「仕事を選んでいる場合ではないので、トイレ掃除でも何でもやります」という人がいます。
言わんとしていることはわかります。
経済的に厳しい状況なので、どんな仕事でもやりますという意味なのでしょう。
九州出身の人と知り合い、その人が情に厚い人だったとします。
そんなとき「九州の人って情に厚いですね」という言い方をする人がいます。
何気なく口にしがちな一言です。
血液型を理由に、自分の性格を話す人がいます。
「私はA型なので神経質なんです」
「私はB型なので短気なんです」
相手が知らないからといって、非常識だと思い込むのはよくありません。
「そんなの当たり前でしょ」と言いそうになったとき、意識しておきたいことがあります。
「自分の当たり前は、相手の当たり前ではないかもしれない」ということです。
新人さんの仕事を見ていると「簡単なことなのにできない」という場面に遭遇することがあるでしょう。
そんなとき、つい「そんなこともできないの?」と言ってしまいがちです。
これは注意したい一言です。
習い事を続けていくにつれて、どんどん上手になります。
最初はたどたどしくても、ある程度慣れてくると、スムーズにできるようになるでしょう。
練習や経験を重ねるにつれて、どんどんスキルアップします。
ある男性が、初のフルマラソンを完走しました。
初めての42.195キロは、やはり大変でした。
フィニッシュ直後は達成感がありつつも、疲労困憊で、歩くのもやっとでした。
友人や職場の同僚から、2人目や3人目の妊娠報告を受けることがあるでしょう。
1人目のときは、すっと祝いの言葉が出るのです。
ところが2人目や3人目となると、祝福より先に心配の言葉をかける人がいます。
AさんがBさんを褒めるシーンがあるとします。
かっこ悪い人は、AさんがBさんを褒めたとき、とっさに難癖をつけます。
たとえば「Bさんはいつも仕事が速いよね」と褒めると「でも、ミスも多いよ」と言うのです。
相手に問題があってトラブルが起こったら、相手が悪いと考えがちです。
「トラブルの原因が相手にあるのだから、非があるのも相手。責任を取るのも相手」と考えるのは当然のことに思えます。
ここに盲点があります。
あるとき「ごめんなさい」と謝るのを忘れました。
そのときは、ぼうっとしていました。
しばらくたってから、謝るのを忘れていたことに気づいたのです。
「謝っているのに、なんで許してくれないの?」と言う人がいます。
頭を下げて、しっかり謝っているのでしょう。
にもかかわらず、相手は許してくれないのでしょう。
挨拶をしました。
ところが相手から無視されました。
「聞こえなかっただけなのかな?」と思い、別のタイミングで挨拶しましたが、やはり無視されました。
電話で話をしていて、納得できないことがあると、だんだんいらいらしてきます。
いらいらしているときは、電話の切り方が乱暴になりがちです。
・まだ話をしている最中なのに、断りを入れず、一方的に切る
ネイルをしようと、ネイルサロンに行ったとしましょう。
凝ったアートネイルをしようと思い、金額を尋ねると「1万円程度はかかります」との返事がありました。
手持ちのお金ではちょっと足りません。
突然ですが、あなたに質問です。
借りたまま返し忘れているものはありませんか。
ほんの1分でいいので、生活を振り返ってみてください。
宅配便では、荷物の配達時間帯を指定できるサービスがあります。
たとえば、配達時間帯を「14時から16時」に指定したとします。
指定の時間帯、自宅で荷物が届くのをずっと待っているのですが、なかなか配達員さんがやってこないことがあるでしょう。
人と知り合う中で「この人は実際のところ、どんな人なのだろう?」と思うことがあるでしょう。
相手の本質を知りたいなら「言葉」より「行動」を見ましょう。
言葉を信じたくなるものですが、うのみにするのは要注意です。
前を歩いている人が何かを落とし、それに気づいた人がすぐ拾い「落としましたよ」と声をかける。
そして相手は「あっ、ありがとうございます」とお礼を言う。
そんなシーンを見かけることはありませんか。
服のファッションは、時代や流行に左右されます。
今はやっているファッションは、数年後には廃れているかもしれません。
体形が変わっていて、将来着られなくなっている可能性もあるでしょう。
服は消耗品でもあります。
何度も洗っているうちに、だんだん生地が薄くなり、経年劣化も避けられません。
お気に入りの服であっても、一生着続けるのはなかなか難しいのです。
しかし、言葉遣いは違います。
言葉遣いは、ファッションほど時代や流行に左右されません。
一度身につければ、10年後も20年後も、長く使えます。
使っても減ることはなく、経年劣化の心配もありません。
もちろんクリーニング代もかかりません。
ずっと役立ち、一生の財産にもなります。
言葉遣いは、一生ものなのです。
たとえば「美術館に行く」という表現を「美術館に足を運ぶ」と言い換えてみてください。
意味は同じですが、少し上品な響きに変わります。
「まずい」という表現を「変わった味」「独特な味」と言い換えてみてください。
相手を傷つけにくい、柔らかな表現に変わります。
「男」「女」ではなく「男性」「女性」と言い換えてみましょう。
より丁寧で、改まった言い方に変わります。
「やばい」という表現を「すてき」「素晴らしい」「印象的」など、場面に合った表現に言い換えてください。
感じたことを具体的に表現することで、言葉のセンスが磨かれ、感性も豊かになります。
「年を取る」という表現を「年齢を重ねる」と言い換えてみましょう。
老いることが前向きに感じられるようになります。
クッション言葉を意識することも大切です。
「恐れ入りますが」
「もしよろしければ」
「差し支えなければ」
「お忙しいところ恐れ入りますが」
「お手数をおかけしますが」
ちょっとした一言があるだけで丁寧な印象になり、後に続く言葉を受け入れてもらいやすくなります。
言葉遣いを意識すると、相手に与える印象が良くなります。
丁寧な言葉を使えば、丁寧な雰囲気が生まれ、美しい言葉遣いを使えば、品のある雰囲気が生まれます。
それは服のファッションと同じように、自分をより良く見せる効果があるのです。
自分で発した言葉は自分の耳に入り、心にも影響を与えます。
明るい言葉を使えば、自分の気持ちも明るくなり、前向きな言葉を使えば、自分の心も前向きになるのです。
言葉を口にする前に「もう少し良い言い方はないだろうか」と考えるだけでも違います。
ファッションセンスを磨くことも大切ですが、言葉遣いを磨くことも意識してみてください。
言葉遣いは、言葉のファッションなのです。
「おはよう」
「こんにちは」
「こんばんは」
これら3つの挨拶の中で、あなたがいちばんよく口にする言葉はどれでしょうか。
おそらく「おはよう」ではないでしょうか。
朝は1日の始まりです。
朝、登校したら友人に「おはよう」と声をかけ、出社したら職場の人に「おはようございます」と声をかけるでしょう。
「おはよう」から始まる1日は、気持ちがいいものですね。
人と会うタイミングは朝が多いので「おはよう」を口にする機会が自然と多くなるものです。
一方で「こんにちは」と「こんばんは」は、少し出番が少なめです。
なかなか口にする機会がなかったり、うっかり言い忘れたりすることもあるでしょう。
昼や夜は、朝に比べて決まったタイミングで人と顔を合わせることが少ないので、口にする機会も少なくなりがちなのです。
「おはよう」だけでなく「こんにちは」「こんばんは」も大切な挨拶です。
気持ちのいい挨拶を増やすためにも、もっと意識して口にしましょう。
昼、なじみのお店に行ったときは「こんにちは」と声をかけましょう。
夜、友人宅を訪ねたときは「こんばんは」と声をかけましょう。
挨拶は、人間関係の潤滑油です。
「おはよう」だけでなく「こんにちは」「こんばんは」にも言えることです。
普段出番の少ない挨拶の言葉だからこそ、より意識して口にしたい。
気持ちのいい挨拶を交わす機会が増えれば、円滑な人間関係を築くことにもつながるのです。
病院で診察を受けるとき、無言のままになっていませんか。
美容院で髪を切ってもらうとき、無言のままになっていませんか。
こうした場面で大切なのは「お願いします」の一言です。
「ありがとうございました」ときちんと言う人でも「お願いします」は意外と忘れがちです。
感謝の言葉も大切ですが、お願いの言葉も大切です。
もちろん無言のままでもマナー違反ではありません。
病院ならそのまま診察が始まり、美容院なら希望の髪型を伝えれば、カットが始まるでしょう。
言わなくてもいい言葉に思うかもしれませんが、ここがポイントです。
そこにあるのは「人と人とのやりとり」です。
これからお世話になるのですから、無言のままより「お願いします」と口にしたほうが、感じが良いものです。
人とのやりとりは、ちょっとした一言で気持ちのいいものになります。
そのちょっとした一言の1つが「お願いします」です。
病院で診察を受けるときも「お願いします」と伝えましょう。
美容院で髪を切ってもらうときも「お願いします」と伝えましょう。
飲食店で注文するときやタクシーに乗ったときも同様です。
「お願いします」の一言があるだけで、相手に与える印象が良くなります。
日頃から口にする習慣をつけておくと、自然と口から出るようになります。
こちらが丁寧な言葉を口にすれば、相手とのやりとりも気持ちのいいものになるのです。
きちんとお礼を言ったのに、相手にきちんと伝わっていないことがあります。
そんなときは、お礼の言葉が崩れているのかもしれません。
自分ではきちんとお礼を言ったつもりでも、実際にはきちんと言っていないことがあります。
「あざっす」
「あざ~す」
「あんがと」
「サンクス」
「サンキュー」
「どうも」
どれも感謝を表す言葉ではあります。
しかし、くだけた言葉になっています。
本来の言い方から崩れていて、聞く側からすると、感謝を軽く済ませたように感じ、中途半端な印象を受けます。
言い方によっては、失礼に聞こえることもあるでしょう。
ここで、お互いの認識にずれが生まれます。
自分は伝えたつもりでも、相手には感謝が十分伝わっていないことがあるのです。
コミュニケーションで大切なのは「いかに伝えたか」ではなく「いかに伝わったか」です。
せっかくお礼を言っても、相手に感謝が伝わらなければ、もったいないことです。
「ありがとうございます」は少し長いため、つい言葉を削ってしまうことがあります。
特に親しい相手には、言葉が大きく崩れがちです。
感謝を伝えるときは、言葉を崩さず略さず、はっきり伝えましょう。
「ありがとうございます」
頭を下げながら、語尾まではっきり言うことが大切です。
親しい相手なら「サンクス」「サンキュー」を使うのもいいですが、きちんとお礼を伝えたいなら、日本語で伝えたほうが丁寧です。
「ありがとうございます」は、シンプルで当たり前の言葉ですが、だからこそお礼の気持ちがまっすぐ伝わります。
丁寧に伝えることで、感謝の気持ちがしっかり届くのです。
日常で手紙を書く機会があるでしょう。
ビジネスでもプライベートでも手紙は身近な存在で、今でも活用されています。
手紙を書くとき「書かなければいけない」と思うことがあるものです。
しかし「書かなければいけない」というMUSTの発想になると、おっくうな気持ちが生まれ、義務感にもつながります。
義務感があると、前向きな気持ちで手紙を書きにくくなります。
義務感で手紙を書くのは、なかなかつらいものです。
こんなとき、手紙を書きたくなるコツがあります。
その人にお世話になったことを思い出してみましょう。
仕事を手伝ってくれたこと、親切にしてくれたこと、相談に乗ってくれたこと、励ましてくれたこと、贈り物を頂いたこと。
過去のやりとりを振り返ると「そういえばあのときお世話になったな」と思うことがあるでしょう。
1つだけではなく、たくさん浮かんでくることもあるはずです。
そうした出来事を思い出すと、自然と感謝の気持ちが湧いてきます。
そして「書かなければいけない」から「書きたい」に変わるのです。
面白いもので、お世話になったことを思い出すと、自然と言葉も浮かんでくるようになります。
「○○ではお世話になりました」
「○○のときは、力を貸していただき助かりました」
「親切にしていただき、感謝しております」
「あのときの励ましの言葉が力になりました」
「先日頂いた○○はおいしかったです」
堅苦しく考えず、肩の力を抜いて書きましょう。
「きれいに書こう」「立派なことを書こう」と身構える必要はありません。
感謝の気持ちを、そのまま言葉にすればいいのです。
お世話になったことを思い出せば、言葉が次々と浮かんで、あっという間に手紙を書けてしまうのです。
手紙を書きたくなるコツは、感謝にあるのです。
日常会話でよく登場する言葉の1つが「ちょっと」です。
「ちょっと大変」
「ちょっと疲れた」
「ちょっと気になる」
「ちょっと」は、日常で使いやすい言葉ですね。
言いやすくて柔らかい雰囲気もあります。
その言いやすさから、何にでも「ちょっと」をつけてしまう人もいるでしょう。
無意識に使ううちに、口癖になっている人も多いのではないでしょうか。
もちろん「ちょっと」を口にするのはいいのですが、注意したいこともあります。
「ちょっと」が口癖になっていると、本当は「ちょっと」ではないのに、言葉どおりに受け取られることがあります。
たとえば、へとへとに疲れて苦しいときがあるとします。
そんなとき、いつもの口癖で「ちょっと疲れた」と言ってしまうと、相手はどう感じるでしょうか。
言葉のとおり「ちょっとだけ疲れているんだね」と受け取ってしまうでしょう。
「それほど疲れていないんだね」と誤解されてしまうこともあるかもしれません。
映画館で映画を見て、とても面白かったとします。
人から「どうだった?」と感想を聞かれたとき、いつもの口癖で「ちょっと面白かった」と言ってしまうと、軽い感じに聞こえます。
「まあまあだった」という意味に聞こえるでしょう。
「あまり面白くなかったのかな」と思われることもあるかもしれません。
口癖は怖いものです。
無意識に口にしていると、気づかないうちに、自分の意図とは違って伝わってしまうことがあります。
日常では「ちょっと」では表せない場面もたくさんあります。
きちんと伝えたいときには、程度を具体的に表現しましょう。
本当に疲れているときは「ちょっと疲れた」より「へとへとに疲れた」「もう動けない」のほうがきちんと伝わります。
とても面白かったときは「ちょっと面白かった」より「すごく面白かった」「最高に面白かった」のほうがきちんと伝わります。
「ちょっと」は便利な一言ですが、使わないほうがいいときもあるのです。
「死ぬほど頑張ります」と言う人がいます。
死ぬほど頑張らなくていいのです。
死ぬほど頑張るということは、まさに「命がけ」ということです。
無理をしてしまうかもしれません。
体を壊してしまうかもしれません。
本当に死んでしまうかもしれません。
もちろん「一生懸命頑張る」という意味で言っているのはわかるのですが、それにしてもオーバーな表現です。
誇張が強すぎるので、ビジネスシーンで使うのもためらわれます。
頑張ることを強調したいとはいえ「死ぬほど」という表現には注意が必要です。
「死んでしまったら元も子もないよ」と突っ込みたくなるのです。
普通に言えばいいのです。
おすすめの表現は「ベストを尽くします」です。
この一言で「一生懸命頑張る」という意味は十分伝わります。
「ベストを尽くす」とは「全力で取り組む」「自分にできる限りのことをする」という意味です。
自分にできる限りのことをしているなら、それで十分です。
ベストを尽くすことは、必ずしも無理をすることではありません。
体を壊さないように頑張ってこそ意味があります。
ベストを尽くしたのであれば「やるだけのことはやった」と胸を張れます。
たとえ結果が出なくても、悔いは残らないでしょう。
「ベストを尽くす」は、ビジネスシーンでも問題なく使えます。
「死ぬほど頑張る」より「ベストを尽くす」のほうが、落ち着いた表現なのです。
あなたは自分を振り返り「言いすぎてしまうことが多い」と感じることはありますか。
相手にきちんと伝えようと思うと、つい言葉数が多くなりがちです。
話した後「しまった、言いすぎた!」と悔やみます。
何でも思ったことを口にすればいいというものでもありません。
余計なことまでしゃべってしまったせいで、相手を傷つけてしまうこともあるでしょう。
「後から撤回すればいい」と思いますが、なかなかうまくいかないこともあります。
言葉は取り消せても、口にした事実は取り消せません。
後から言いすぎたことを謝れば、相手は許してくれるかもしれませんが、心の傷はなかなか癒えないこともあるのです。
自分を振り返り「言いすぎることがよくある」と思うのなら「とりあえず黙っておく」という習慣をおすすめします。
余計なことは言わないのです。
言いたいことがあるときほど、とりあえず黙っておきましょう。
うんうんと相槌を打ちながら、相手の話を聞くだけに集中します。
それだけでも会話は十分成立するものです。
とりあえず黙っておけば、言いすぎる心配はありません。
「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉もあります。
何かを言うより、何も言わないほうが良いこともあるのです。
きれいな言葉を使うことは大切です。
品のある言葉や知的な言葉など、きれいな言葉を使うことで、相手に良い印象を与えられるでしょう。
自分の印象も良くなります。
言葉遣いをよくすることがスムーズな人間関係を築くうえで大切なのは、あなたもよくご存じでしょう。
ここにちょっとした盲点があります。
きれいな言葉を使っていても、同時に汚い言葉も使っていては意味がないのです。
プラスマイナスでゼロになりそうですが、そうではありません。
プラスマイナスでマイナスです。
普段きれいな言葉を使っていても、ときどき汚い言葉を使っていると、悪い印象のほうが残ります。
汚い言葉のほうが、耳につきやすくインパクトもあるため、記憶に残りやすくなります。
100のきれいな言葉も、1の汚い言葉で台無しになるのです。
優先順位があります。
まず汚い言葉を使うことをやめることです。
きれいな言葉を使うことより、まず汚い言葉を使わないことのほうがはるかに大切です。
「プラスを目指すより、マイナスを避ける」という考え方でいきましょう。
極端に言えば、きれいな言葉を使わなくても、汚い言葉を避けるだけで、印象はずいぶんよくなります。
きれいな言葉を意識する前に、徹底的に汚い言葉を避けることです。
まず汚い言葉を使わないことを心がけ、そのうえできれいな言葉を使うようにするのが正しい順番です。
息をするかのように、悪口を口にする人がいます。
雑談のとき、平気な顔で人の悪口を言います。
人や物事を取り上げては、その評価を落とすようなことを言うのです。
日常会話だけでなく、匿名のSNSや掲示板でも、人の悪口が飛び交っています。
人の悪口は、盛り上がりやすい話題なのでしょう。
特にネットの世界では匿名性が高いため、悪口のオンパレードになっていることも少なくありません。
そもそも悪口は「悪いこと」なのでしょうか。
もちろん悪いことです。
一瞬でも迷うなら、悪口を言うのが日常化し、普通の感覚になっているのかもしれません。
日常で人の悪口を見聞きする機会が多いためか「悪口は普通のこと」と思いがちです。
いつの間にか悪いことだという感覚が薄れていることがあります。
「悪口を言うことは、悪いことをしている」という自覚が必要です。
あまりに悪口の内容がひどいと、誹謗中傷となり、侮辱や名誉毀損として法的責任を問われる可能性もあります。
こうなると、もはや笑い事ではないのです。
うっかり悪口を口にすることがあれば「自分は今、悪いことをしている」と考えましょう。
いま一度、初心に返り、当たり前の感覚を取り戻すことです。
話を盛り上げるために悪口を言うこともあるかもしれません。
話を盛り上げるなら、別の話題もあります。
好きなことの話や、最近あった面白い出来事について話せばいいのです。
わざわざ人の悪口を言う必要はありません。
そもそも悪いことなので、言わないほうがいいのです。
いま一度「悪口は悪いこと」という当たり前の認識を持つことが大切なのです。
「○○のくせに」という言い方をする人がいます。
「男のくせに」
「女のくせに」
「年下のくせに」
「高卒のくせに」
「田舎者のくせに」
あなたの身近にも「○○のくせに」という言い方をする人がいるかもしれません。
この言い方には注意が必要です。
「○○のくせに」と言われて嬉しい人はいません。
相手を見下すような響きがあります。
たった一言でも、相手を不快にさせてしまいます。
「○○のくせに」という口癖があると、知らず知らずのうちに相手を傷つけることになるでしょう。
人間関係の摩擦につながり、トラブルの原因になることも少なくありません。
まさに「百害あって一利なし」の言葉です。
自分では何気なく言ったつもりでも、相手がどう感じるかを考えることが大切です。
心の中でそう思っていたとしても、口に出すのはよくありません。
「○○のくせに」という口癖があるなら、今すぐやめて、禁句にすることをおすすめします。
円滑な人間関係を築くうえで、使う必要のない言い方なのです。
「仕事を選んでいる場合ではないので、トイレ掃除でも何でもやります」という人がいます。
言わんとしていることはわかります。
経済的に厳しい状況なので、どんな仕事でもやりますという意味なのでしょう。
しかし、この発言をトイレ清掃員が聞くと、心を痛めるでしょう。
職業を軽視するニュアンスが含まれています。
デパートや商業ビルなどは、トイレ清掃員のおかげで、いつもぴかぴかになっています。
一生懸命働いているおかげで、私たちは気持ちよくトイレを利用できています。
汚い仕事に思えるかもしれませんが、そうではありません。
きれいにする仕事です。
トイレ掃除も、誇りを持てる立派な仕事です。
「せっかく大学を出たのに、警備員なんてやりたくない」と言う人がいます。
この発言も、警備員に失礼です。
何気ない言葉ですが、警備員の仕事を軽視するニュアンスがあります。
立っているだけの仕事のように思えますが、きちんと緊張感を持って取り組んでいます。
警備員がいるおかげで、安全な環境が保たれています。
たしかに大学卒業が必須ではない仕事なのかもしれませんが、職業の選択は個人の自由です。
「いざとなれば、配達員の仕事でもできますよ」という人もいます。
何気なく口にしがちですが、この発言も要注意です。
配達員が聞けば、いい気はしないでしょう。
「いざとなれば」の一言に、配達員という仕事を軽視するニュアンスが含まれています。
暑い日も寒い日も頑張って働いています。
一見地味に思える仕事かもしれませんが、体力が必要です。
配達員は、物流を支える大切な存在です。
何気ない発言に、職業を軽視するニュアンスが含まれることがあります。
仕事に貴賤はありません。
たとえ3Kと呼ばれる仕事であっても、社会に欠かせない重要な仕事です。
それに携わっている人がいるおかげで、私たちの生活が成り立っています。
悪気がないにしても、その発言を聞いた相手がどう感じるのか想像することが大切です。
職業を軽視する発言には気をつけましょう。
九州出身の人と知り合い、その人が情に厚い人だったとします。
そんなとき「九州の人って情に厚いですね」という言い方をする人がいます。
何気なく口にしがちな一言です。
相手を褒める内容なので、一見良いことのように思えるかもしれませんが、実は注意が必要です。
まず「九州の人はみんな情に厚い」というふうに聞こえます。
もちろん情に厚い人もいるでしょうが、そうでない人もいるでしょう。
「九州の人は情に厚い」とひとくくりにする言い方になっていて、少し違和感を覚えるのです。
そもそも「九州の人」という言い方は、主語が大きいです。
相手のことを「個人」ではなく「九州の人」という大きな枠で見ています。
相手のことを褒めているのではなく、九州の人全体を褒めていることになります。
せっかくの褒め言葉も、大きな主語で話すと、きちんと相手に届きません。
人によっては「九州の人ではなく、きちんと私自身を見てほしい」と思い、ちょっと残念に感じるかもしれません。
こういうときは、どう言えばいいのでしょうか。
「○○さんは情に厚いね」と伝えましょう。
きちんと名前を入れるのがポイントです。
大きな主語ではなく、相手個人を主語にして話すことが大切です。
相手は「私のことを見てくれているんだな」「私のことを言っているんだな」と感じるでしょう。
名前を入れることで、余計な誤解も生まれにくくなります。
褒め言葉も、きちんと相手に伝わるのです。
血液型を理由に、自分の性格を話す人がいます。
「私はA型なので神経質なんです」
「私はB型なので短気なんです」
「私はO型なので大ざっぱなんです」
「私はAB型なので人に合わせるのが苦手なんです」
あなたも口にすることがあるかもしれません。
ちまたでも「血液型診断」を見かけることがあり、人気があります。
ときどき聞かれるセリフではありますが、こうしたセリフには注意が必要です。
血液型で自分をカテゴライズすることになるからです。
「当たっているからいいではないか」と思うかもしれませんが、そうとは限りません。
「性格の決めつけ」が生まれ、思わぬところで成長の足を引っ張ることがあるからです。
たとえば「私はA型なので神経質」という口癖があるとします。
たしかに神経質なのかもしれませんが、この先もずっと神経質とは限りません。
人は、年齢や経験を重ねるうちに、性格が変わることがあります。
もともと神経質な人であっても、年齢や経験を重ねることで、穏やかな性格に変わっていくことは十分あり得ます。
血液型は基本的に、生涯変わることはありません。
「私はA型なので神経質」という口癖があると、そういう思い込みが生まれます。
血液型でカテゴライズすると、その思い込みにとらわれ、成長の妨げになる恐れがあるのです。
そもそも血液型によって性格が決まるという、確かな科学的根拠は示されていません。
世界的に見ても、血液型と性格に明確な関連性があるとは認められていません。
つまり、血液型だけを根拠に性格を決めつけることはできないのです。
「私はA型なので○○」という口癖があるなら、要注意です。
何気なく口にしている人も多いのですが、科学的根拠はないため当てにならず、成長の妨げにもなります。
余計なステレオタイプも生まれます。
人に対しても、血液型でカテゴライズするのはやめておきましょう。
「A型=神経質」「B型=短気」「AB型=変わり者」などの思い込みがあると、相手の血液型によって余計な偏見が生まれます。
血液型によるカテゴライズをしていると、いつの間にか人間関係に悪影響を及ぼすこともあるのです。
血液型でカテゴライズしないことです。
血液型は抜きにして、自分を見つめるようにしてください。
あなたはどんな性格ですか。
「私は私」と考えるのがいいのです。
相手が知らないからといって、非常識だと思い込むのはよくありません。
「そんなの当たり前でしょ」と言いそうになったとき、意識しておきたいことがあります。
「自分の当たり前は、相手の当たり前ではないかもしれない」ということです。
世の中にはいろいろな人がいます。
生まれも違えば、育ちも違います。
性格も違えば、価値観も違います。
自分が当たり前だと思っているからといって、相手も同じように当たり前だと思っているとは限りません。
自分の常識が、相手にとっては非常識ということもあるからです。
「そんなの当たり前でしょ」と言ってしまうと、相手は「ばかにされた」「価値観を押し付けられた」と感じるかもしれません。
自分は何気ない発言のつもりでも、相手は不快な言葉として受け止め、傷ついてしまうことがあるのです。
それが元でトラブルになることもゼロではありません。
特に初対面では、相手がまだどんな人かわかりません。
逆のパターンもあります。
自分が当たり前だと思っていることは、世間から見ると、実は当たり前ではなかったり、マナー違反だったりすることもあるでしょう。
「実は自分のほうが無知なのかもしれない」「自分のほうが間違えているのかもしれない」と考えてみることも大切です。
「そんなの当たり前でしょ」と言いそうになったときは、ぐっと飲み込み、相手の立場になって考えてみてください。
そして「相手は当たり前だと思っていないかもしれない」と考える余裕を持ってみてください。
できるだけ相手を理解する姿勢を持ってほしいのです。
そして、認識を確かめる声をかけてみましょう。
「私の理解が間違っていたらごめんなさい」
「もしかするとお互いの認識に少し違いがあるのかもしれませんね」
「こういう理解でいいですか」
一呼吸置いて考えを巡らしてみるだけでも違ってきます。
自分が間違っているのかもしれないと前置きしたうえで声をかければ、相手も優しく受け止めてくれるでしょう。
初対面では、いったん「当たり前」という前提を外し、認識を一つひとつすり合わせていくことが大切です。
新人さんの仕事を見ていると「簡単なことなのにできない」という場面に遭遇することがあるでしょう。
そんなとき、つい「そんなこともできないの?」と言ってしまいがちです。
これは注意したい一言です。
自分にとっては簡単なことでも、新人さんにとっては難しく感じることがあるものです。
特に初めての仕事は、新人さんにとってはわからないことだらけです。
初めての仕事は自転車に乗るようなものであり、できる人にとっては朝飯前でも、初めての人にとっては難しく感じるもの。
何気なく口にした一言かもしれませんが「相手を責める一言」として受け取られることがあります。
うっかり口にした言葉で、相手を深く傷つけてしまうこともあるでしょう。
新人さんは落ち込み、仕事への意欲を失ってしまうかもしれないのです。
「そんなこともできないの?」は、禁句にしましょう。
言いそうになっても、ぐっと飲み込むのが得策です。
心で思うことはあっても、口に出さないことが大切なのです。
「そんなこともできないの?」と言いそうになったときこそ、丁寧に教えるのです。
「こういうときは、こうするんですよ」と教えればいいことです。
相手の立場を想像すれば、自然と優しい言葉が出てきます。
一度教えてダメなら、もう一度教えましょう。
仕事は、何度も繰り返しながら少しずつ習得していくものです。
習い事を続けていくにつれて、どんどん上手になります。
最初はたどたどしくても、ある程度慣れてくると、スムーズにできるようになるでしょう。
練習や経験を重ねるにつれて、どんどんスキルアップします。
最初は意識しないとできなかったことでも、慣れてしまえば、自然と体が動くようになるのです。
そんなとき、自分より下手な人に対して冷たい言葉をかける人がいます。
「それくらい簡単でしょ」
「そんなこともできないの?」
「まだまだだね」
うまくなった自分にとっては、初心者が下手に見えるのです。
これは良くない発言です。
冷たい言葉をかけられた相手は、悲しい気持ちになるでしょう。
最初から上手な人はいません。
自分も一度通ってきた道です。
自分のほうがうまいと、悪気はなくても、つい偉そうなことを言ってしまいがちです。
自分のほうがうまくても、優しい声をかけるのがいいのです。
自分が始めたばかりのころを思い出しましょう。
「誰でも最初は初心者ですよ」
「私も始めたばかりのころは全然できませんでしたから」
「習い始めたころの私より上手ですよ」
「大丈夫ですよ。すぐできるようになりますよ」
「最初は難しく感じるけど、慣れればできるようになりますよ」
そんな声をかけてもらえると、相手はほっとするでしょう。
相手に寄り添った声をかけるのがいいのです。
「そうだよね。誰でも最初は初心者だよね。練習すればいいよね」
相手は前向きな気持ちになり、習い事を続けやすくなります。
さらには、そんな優しい声をかけてくれる人に対しても、好印象を持つでしょう。
たとえ自分が教える立場になったとしても、優しい声をかけるのがいいのです。
ある男性が、初のフルマラソンを完走しました。
初めての42.195キロは、やはり大変でした。
フィニッシュ直後は達成感がありつつも、疲労困憊で、歩くのもやっとでした。
そんなとき、ベテランランナーからこう言われました。
「1回目ならまだまだ。最低でも3回は出なきゃね。もっと頑張らないとね」と。
ある女性が、壮絶な難産を経験しました。
出産はなかなかスムーズに進みませんでした。
手術で体にメスが入り、1リットル以上の出血もあり、痛みと苦しみに耐えました。
初めての出産で、体はぼろぼろです。
壮絶な出産を経た翌日、3人の子どもを育てる女性からこう言われました。
「1人目ならまだまだ。最低でももう1人は産まなきゃね。一人っ子だとかわいそうね」と。
この会話に違和感を覚えたのなら、あなたはまともな感覚の持ち主です。
「最初にかける言葉は、そうじゃないでしょ」と思うのです。
たしかに経験者から見ると、1回目は「まだまだ」と思えるのかもしれません。
そうだとしても、頑張って乗り越えた後にかける言葉は大切です。
経験を重ねると、つい上から目線でものを言いがちです。
「もっと頑張らないとね」と言われる筋合いはありません。
「一人っ子だとかわいそう」というのも価値観の押し付けです。
「まだまだ」という言葉をかけると、相手は上から目線だと感じ、いい気がしないでしょう。
本人は、ようやく1回目を経験したのです。
わからないことや慣れないことも多く、不安でいっぱいだったでしょう。
フルマラソンにせよ出産にせよ、頑張って乗り越えたこと自体がすごいことです。
そもそも1回の経験だけでも十分です。
頑張って乗り越えた人には、まず温かい言葉をかけることが大切です。
「おめでとう」
「素晴らしいですね」
「すごいですね」
シンプルな一言でいいのです。
温かい言葉をかけると、相手は「頑張ったかいがあった」と感じるでしょう。
自分の頑張りが認められたと感じ、嬉しくなるのです。
友人や職場の同僚から、2人目や3人目の妊娠報告を受けることがあるでしょう。
1人目のときは、すっと祝いの言葉が出るのです。
ところが2人目や3人目となると、祝福より先に心配の言葉をかける人がいます。
「この前も産んだばかりじゃない?」
「お金は大丈夫なの?」
「きちんと育てられるの?」
「仕事、続けられるの?」
祝福より心配が先に立つのです。
特に親しい間柄だと、つい率直な言葉をかけてしまうことがあります。
ここはデリケートな場面です。
妊娠報告を受けたら「おめでとう!」と祝いの声をかけましょう。
「子に過ぎたる宝なし」という言葉があるように、子どもは何より大切な宝物です。
せっかくの妊娠報告なのですから、何人目であっても、素直に祝いの言葉を伝えるのがマナーです。
2人目や3人目となると、相手の経済的な負担が心配になるかもしれませんが、そのタイミングで口にすることではありません。
そこであれこれ心配を口にするのは、野暮というものです。
将来のことがいろいろ気になることもあるかもしれませんが、そうしたことは相手もわかっているでしょう。
少なくともそのタイミングで言うことではありません。
妊娠報告を受けたときは、祝いの言葉だけを伝えるのがいいのです。
AさんがBさんを褒めるシーンがあるとします。
かっこ悪い人は、AさんがBさんを褒めたとき、とっさに難癖をつけます。
たとえば「Bさんはいつも仕事が速いよね」と褒めると「でも、ミスも多いよ」と言うのです。
Bさんが褒められるのが気に入りません。
余計な難癖をつけて、褒め言葉を打ち消そうとします。
「ここで素直に認めると、自分が負けることになる」と思っているのです。
ささいなことかもしれませんが、ここは注意したい場面です。
会話の流れが悪くなるだけではありません。
こういう場面で自分の評価も落ちるのです。
人の良いところを素直に認められないのは、かっこ悪いことです。
余計な難癖をつけて、人の褒め言葉を打ち消そうとするのは、相手の言葉を否定しているのと同じです。
相手の株を下げようとすると、かえって自分の株を下げることにつながります。
こうした会話パターンは意外と多く見られます。
一方、かっこいい人は、AさんがBさんを褒めたとき、肯定します。
そしてさらに褒め言葉を加えます。
「Bさんはいつも仕事が速いよね」と褒めると「そうだね。毎朝出勤も早いし、遅刻もないよね」と言うのです。
会話の流れも良くなり、その場も盛り上がります。
Bさんの株が上がるだけではありません。
Bさんの良さをきちんと認めている人の株も上がるのです。
相手に問題があってトラブルが起こったら、相手が悪いと考えがちです。
「トラブルの原因が相手にあるのだから、非があるのも相手。責任を取るのも相手」と考えるのは当然のことに思えます。
ここに盲点があります。
「自分にも非があるかもしれない」という視点です。
「すべて相手が悪い」というケースは、意外と少ないものです。
じっくり考えると、自分にも少しは非があるものです。
「あなたが悪い」と責任を押し付けるような言い方をすれば、相手は萎縮してしまうでしょう。
言い方によっては、ますますトラブルが大きくなってしまいかねません。
たとえば、レストランで注文をしたところ、間違った料理が運ばれてきました。
店員さんに非があるように思えますが、そうとは限りません。
あらためて考えると、わかりにくい注文の仕方をした自分にも非があるかもしれません。
資料作成をお願いしたところ、指示どおりできていませんでした。
相手が悪いように思えますが、そうとは限りません。
わかりにくい指示を出した自分にも非があるかもしれません。
すべての責任を相手に押し付けるのではありません。
少しでも自分に非があれば、謙虚になって、自分も素直に謝るのがいいのです。
「私の注文がわかりにくかったですね。ごめんなさい」
「私の指示の仕方が良くなかったかもしれないですね。ごめんなさい」
そう言って謝れば、余計な波は立たず、トラブルが収まるのも早くなります。
自分にも改善できそうな点があるなら、腰を低くして、一言謝っておくとスムーズです。
反省することで「次からもっとわかりやすく具体的に伝えよう」という意識も高まり、自己改善にもつながるのです。
あるとき「ごめんなさい」と謝るのを忘れました。
そのときは、ぼうっとしていました。
しばらくたってから、謝るのを忘れていたことに気づいたのです。
「そういえば、まだ謝っていない!」と。
そんなときは、追いかけてでも謝りに行きましょう。
もたもたしていると、相手はどんどん遠ざかります。
時間がたつと、謝りにくくなります。
タイミングを逃したら、相手と連絡を取りにくくなるかもしれません。
謝らないままだと心にしこりが残り、悔やむことになります。
こういう後悔は、意外とずるずる引きずるものです。
「あのとき謝っておくべきだった」と、もやもやが残るのです。
今、きちんと謝っておけば、少なくとも後悔を1つ減らせます。
近くにいるなら、まだ大丈夫です。
走って追いかければ、きっと間に合うでしょう。
謝るなら「後から」より「今」です。
きちんと謝れば、余計なしこりを残さずに済むのです。
「謝っているのに、なんで許してくれないの?」と言う人がいます。
頭を下げて、しっかり謝っているのでしょう。
にもかかわらず、相手は許してくれないのでしょう。
許してくれない相手が悪いように聞こえますが、そうではありません。
許してくれるかどうかは、自分が決めることではなく、相手が決めることです。
「謝っているのに、なんで許してくれないの?」と言う人は「謝れば、許してくれる」と思っています。
この考え方は良くありません。
トラブルがあってこちらに非があるとき、丁寧に謝れば、相手が許してくれることも多いものです。
しかし「必ず」ではありません。
本当にひどいことをしたり、取り返しのつかないことをしたりすれば、謝っても、相手が許してくれないこともあります。
そういうことも十分あり得ます。
「許してくれないなんてひどい」と思うかもしれません。
それを言うと「逆ギレ」になり、ますます感じが悪くなります。
「許してくれるとは限らない」ということを頭に入れておくことです。
そういう姿勢で謝れば「謝っているのに、なんで許してくれないの?」というセリフは口から出てこないのです。
挨拶をしました。
ところが相手から無視されました。
「聞こえなかっただけなのかな?」と思い、別のタイミングで挨拶しましたが、やはり無視されました。
心が傷つくのは、ひどいことを言われたときだけではありません。
無視されたときも傷つきます。
無視は、悪口と同じくらい心を深く傷つけます。
相手は「無視しただけ」と思っているのかもしれませんが、無視された側は、ひどく心が傷つくものです。
無視は、無言の悪口です。
一言も発してはいませんが、悪口と同じか、それ以上に相手の心を傷つける行為です。
相手から嫌われているように感じ、とても悲しい気持ちになります。
無視されて嫌な思いをしたことがあるのではないでしょうか。
だからあなたは無視しないのです。
あなたには嫌いな人がいるかもしれません。
憎い人がいるかもしれません。
たとえそういう人がいても、きちんと挨拶しましょう。
また、そういう人から挨拶されたときも、きちんと挨拶を返しましょう。
無視はしないのです。
無視をしないあなたは、優しいのです。
電話で話をしていて、納得できないことがあると、だんだんいらいらしてきます。
いらいらしているときは、電話の切り方が乱暴になりがちです。
いわゆる、がちゃ切りです。
相手にいらいらした気持ちをぶつけるのように、乱暴な切り方をする人がいるものです。
がちゃ切りをされたことがある人ならわかると思いますが、されたほうは、不快な印象を受けます。
耳元で「がちゃん」という大きな音が鳴り響き、ストレスを感じます。
中途半端な感じで会話を終えることになり、もやもやするのです。
「もうこの人とは話がしたくない」と思うでしょう。
電話の切り方が悪いと、その人との縁も切れてしまいかねません。
電話でのやりとりでいらいらすることがあっても、受話器は丁寧に置くことが大切です。
むしろいらいらしているときこそ、丁寧な切り方を心がけます。
自分の意見が通らなかったり、少し口論になったりしたとしても、心を落ち着けましょう。
「それでは失礼します」の一言で会話を終え、丁寧に受話器を置くだけのことです。
丁寧な切り方ができれば、縁も続くのです。
ネイルをしようと、ネイルサロンに行ったとしましょう。
凝ったアートネイルをしようと思い、金額を尋ねると「1万円程度はかかります」との返事がありました。
手持ちのお金ではちょっと足りません。
そこで近くのATMでお金を下ろそうと、いったんお店を離れます。
「ちょっとお金が足りないので、ATMでお金を下ろしてきます」
ところがお店を離れた後、気が変わり、キャンセルしたくなったとしましょう。
このときあなたなら、どうしますか。
ひとつ言えるのは「無断でキャンセルしないこと」です。
「施術をしないのだから連絡は不要」「戻ると約束したわけではない」と思うかもしれません。
そういう話ではないのです。
お店の人はずっと待っている可能性があります。
個人でやっているお店であれば、待っている間、ほかのお客さんを受け入れにくくなり、売上に影響することもあるでしょう。
お店に迷惑をかけることになるのです。
気が変わってやめたくなったら、きちんとキャンセルの連絡を入れましょう。
「キャンセルしたらお店の人に怒られるのではないか」と不安になるかもしれませんが、問題になることは少ないでしょう。
気が変わってやめたくなるのはよくあることです。
「気が変わったのでキャンセルさせてください。申し訳ございません」
丁寧に一言伝えれば、すんなり了承してくれるでしょう。
それだけのことです。
きちんと事情を伝えれば、話はきちんと通るはずです。
「またのお越しをお待ちしております」という流れになるでしょう。
無断でキャンセルしないのは、大切なマナーなのです。
突然ですが、あなたに質問です。
借りたまま返し忘れているものはありませんか。
ほんの1分でいいので、生活を振り返ってみてください。
もちろん心当たりがなければいいのです。
日頃から借りたものはきちんと返せているということです。
その一方で「あっ、そういえば!」と思うものがあるかもしれません。
悪気はなくても、うっかり返し忘れることがあるものです。
借りてからかなり時間がたっていたり、すでに期限を過ぎていたりするものもあるかもしれません。
しかし、そのまま放置しておくのはよくありません。
借りたままになっているものがあれば、返しましょう。
借りているものは、きちんと返すのがマナーです。
しばらく時間がたっていると「今さら」と思うかもしれませんが、やはり返さないままでいるのはよくありません。
たとえ小さなものでも、借りたものはきちんと返すことが大切です。
相手から何も言われないから大丈夫だと思うかもしれません。
何も言われないからといって、返さなくていいわけではありません。
相手は言い出せずにいることもあるでしょう。
返すのが遅くなったのなら「返すのが遅くなってごめんなさい」「申し訳ございませんでした」などの一言を添えましょう。
気まずくて返しにくいこともあるかもしれませんが、勇気を出したいところです。
借りたものを返せば、気がかりが1つ減り、生活がすっきりします。
心が軽くなり、明るい気持ちでいられるのです。
宅配便では、荷物の配達時間帯を指定できるサービスがあります。
たとえば、配達時間帯を「14時から16時」に指定したとします。
指定の時間帯、自宅で荷物が届くのをずっと待っているのですが、なかなか配達員さんがやってこないことがあるでしょう。
結局、16時5分に荷物が届いたとします。
指定の時間帯をわずかに過ぎています。
このとき、どんな声をかけるかです。
指定の時間帯を過ぎているうえ、長く待たされたように感じるので、文句の一言も言いたくなるかもしれません。
しかし、こういうときこそ、おおらかな気持ちで受け止めたいところです。
「お疲れさまです。いつもありがとうございます」
責めるようなことは言いません。
むしろねぎらいの声をかけましょう。
配達員さんは、悪気があって遅れたわけではありません。
運ぶ荷物が多かったり、道路が混雑したりすると、時間に間に合わないこともあるでしょう。
わざわざこちらから言わなくても、配達員さんも、遅れたことをわかっているはずです。
申し訳なく思っているかもしれません。
そうした事情を察することが大切です。
もちろん大幅に遅れていたり、荷物が届かなかったりするなら別ですが、今回はほんの少し遅れただけのことです。
ほんの少しの遅れなら、おおらかな気持ちで受け止めたいものです。
あなたのねぎらいの一言に、配達員さんは救われるでしょう。
人と知り合う中で「この人は実際のところ、どんな人なのだろう?」と思うことがあるでしょう。
相手の本質を知りたいなら「言葉」より「行動」を見ましょう。
言葉を信じたくなるものですが、うのみにするのは要注意です。
本当に言葉どおりかどうかはわかりません。
言葉は何とでも言えるからです。
口では「遅刻はしません」と言っていても、実際は遅刻が多いなら、その人は「遅刻をよくする人」ということになります。
口では「約束を守ります」と言っていても、実際は約束を破ることが多いなら、その人は「約束を破る人」ということになります。
口では「優しい性格です」と言っていても、実際は乱暴なところが目立つなら、その人は「優しくない人」ということになります。
言うのは簡単です。
何とでも言えます。
嘘をつくこともできます。
「口では大阪の城も建つ」という言葉もあるように、口だけなら、どんな大きなことでも言えるのです。
だからこそ、相手の本質を知りたいなら、言葉より行動を見るほうがいいのです。
行動は、現実に起こったことです。
口では「私はあまり優しくない」と言っていても、実際はいつも優しい態度なら、その人は「優しい人」ということになります。
口では「私は努力ができない」と言っていても、実際はいつも努力しているなら、その人は「努力家」ということになります。
口では「私は行動力がない」と言っていても、実際はいつも動き回っているなら、その人は「行動力のある人」ということになります。
もちろん行動だけですべてがわかるとは限りませんが、言葉だけを信じるよりは、その人の実像をつかみやすいでしょう。
信用できる人は、余計なことは言わず、行動で示します。
行動こそがすべてです。
人の本質は、言葉より行動に表れるのです。
前を歩いている人が何かを落とし、それに気づいた人がすぐ拾い「落としましたよ」と声をかける。
そして相手は「あっ、ありがとうございます」とお礼を言う。
そんなシーンを見かけることはありませんか。
自分が親切にされたわけではありません。
人が人に親切をしている場面を見かけただけなのですが、なぜか不思議と温かい気持ちになるものですね。
「親切だなあ。いいなあ。かっこいいなあ。自分もあんなふうに振る舞いたいなあ」
親切をしている姿は、不思議とかっこよく見えるでしょう。
ということは、これはあなたにもいえることなのです。
あなたが誰かに親切をしたとします。
たとえば、前を歩いている人が何かを落とし、それに気づいたあなたはすぐ拾い「落としましたよ」と声をかけたとします。
相手を温かい気持ちにするだけではありません。
それを見た人も、温かい気持ちになるでしょう。
そして「私もこんなふうに振る舞いたい。私も機会があれば、ぜひ親切をしてみよう」と思ってくれるかもしれません。
親切をしている様子を見かけると、それをお手本に、自分も真似をしたくなるものです。
自分の何気ない親切が、いつの間にか誰かを温かい気持ちにして、しかも誰かの親切を促すことにもつながっています。
親切の輪は、こうやって広がっていくのです。
機会があれば、誰かに親切をしてみましょう。
小さなことでかまいません。
電車で席を譲る、急ぐ人に順番を譲る、落とし物を拾って渡す、年配者の荷物を持つ、エレベーターの「開」ボタンを押して待つ。
親切は、相手を温かい気持ちにするだけではありません。
それを見た人も温かい気持ちにするのです。