「奇跡が起きないかな」
「大きな奇跡に巡り会ったことがない」
なかなか奇跡に恵まれなくて、嘆いている人がいます。
「腹八分目」という言葉があります。
腹八分目ということは、2割は余裕を残しておくということです。
満腹になるまで食べると、げっぷが出たり、気分が悪くなったり、肥満につながったりします。
書類をデータ化するとき「PDFで保存」と「画像で保存」で迷うことがあります。
書類をPDFにするときも「白黒モード」と「グレーモード」で迷うことがあります。
このときの迷い時間は、なかなか無視できません。
「何かいいことないかな」とつぶやく人がいます。
「最近面白いことがない。毎日同じことの繰り返し。何かいいことないかな」と。
自然といいことが起こるのをじっと待っているのです。
「あの人に親切をしても何も返ってこない」
そう言って悲しむ人がいます。
いいえ、これは誤解です。
「今日は天気がいい」
そう聞いてまず思い浮かべるのは、昼の青空ではないでしょうか。
雲がなく、美しい青空が広がっていると「天気がいい」と言えるでしょう。
忙しい生活を送っていると、なかなか好きなことをする時間が取れないものです。
仕事で残業が多いと、なおさら自由な時間を確保するのが難しいでしょう。
「好きなことをしたい」
お中元やお歳暮などで、自分の苦手な食べ物をいただくことがありませんか。
たとえば、チーズが嫌いなのにチーズをいただいたり、プリンが苦手なのにプリンをいただいたりです。
もちろん相手に悪気はありません。
財布を落としたとき、仕事で大失敗をしたとき、失恋をしたとき。
そんな一大事が起こったとき「人生が終わった」と嘆く人がいます。
たしかにその人にとっては大事件で、人生が終わったように感じるのでしょう。
「話が続かない」と言う人がいます。
そうした人は、無意識にネガティブな話し方をしているのかもしれません。
「この前、○○の映画、見に行ったよ」
飲食店で温かい光景を見かけることがあります。
配膳ロボットに向かって「ありがとう」と感謝する人です。
もちろんロボットに感情はありません。
古代ローマの詩人ホラティウスは「カルペ・ディエム」という言葉を残しました。
「今を楽しみ、今日を生きよう」という意味です。
未来を案じすぎず、過去にもとらわれず、今という時間を楽しみ、今日を生きようというメッセージです。
ばかにする人は、その経験がないからです。
同じ立場になったことがないのです。
経験がないから、その苦労や大変さを理解できません。
まだ何もやっていないのに「やりがいがない」と言う人がいます。
これはおかしいです。
やりがいは、実際にやってみて感じるものです。
テレビ番組で、あるユニークな検証を見かけました。
「恐ろしい状況を想像させると、人はどうなるか」という内容です。
まず低い平均台を用意します。
有名な観光地では、バスツアーが開催されています。
またシーズンになると、イベントを案内するバスツアーが開催されるのが恒例です。
たとえば、桜のシーズンにはお花見のバスツアーがあり、紅葉シーズンには紅葉狩りのバスツアーがあります。
チャンスを逃したと気づく人には、チャンスがあります。
「どういうこと? チャンスを逃したらダメなんじゃないの?」
そう思うかもしれませんが、実は救いがあります。
「冒険」と聞くと、どんなイメージを持ちますか。
どこか遠くの場所へ行くことをイメージしていないでしょうか。
しっかり計画を立て、大きなお金も必要で、時には大きな危険を伴う。
イメージアップの強い味方。
それは「加工アプリ」です。
スマホのアプリが進化によって、自撮りの加工は定番となりました。
「ぐずぐずするな。早くやれ」という言葉は、たいてい人から言われるものです。
もたもたしていると、親から「ぐずぐずするな。早くやれ」と叱られることがあるでしょう。
厳しい上司から「ぐずぐずするな。早くやれ」と言われることもあり、むっとすることもあるかもしれません。
調子は、突然悪くなることがあります。
午前中は、調子が良いからといって、午後も調子が良いとは限りません。
午後になると急に調子が悪くなり、がくんとスピードダウンすることがあります。
「応援」と聞いたとき、どんな様子をイメージするでしょうか。
「頑張れ」「大丈夫だよ」「絶対うまくいくよ」といった言葉のある応援を思い浮かべるのではないでしょうか。
もちろんそれも応援です。
「幽霊には足がない」
そんな幽霊のイメージを広めたのは、円山応挙といわれています。
応挙の幽霊画を見ると、足がはっきり描かれていません。
幸せな時間は、身近なところにあります。
その1つは「お風呂の時間」です。
温かいお湯に浸かってのんびりしているときは、至福の時間です。
交番や警察署の前で「昨日の交通事故」という掲示板を見かけることがあります。
その名のとおり、昨日発生した交通事故の件数のほか、死亡者数・負傷者数が表示されています。
曖昧な数字でぼかさず、具体的な数字で示されているのが特徴です。
まだ熟していないフルーツをいただくことがあるでしょう。
スーパーで食べ頃前のフルーツを買うこともあるでしょう。
食べるにはまだ早すぎるので、数日置いて、熟すのを待つことになるはずです。
私は先日、ある事実に気づき、はっとしました。
「まだジンギスカンを食べたことがない!」と気づいたのです。
何かの拍子に「ジンギスカンはどんな味だったかな?」と思うことがあったのですが、味や食感を思い出せません。
「仕事が趣味」と答える人がいました。
「趣味は何ですか」と聞かれると「仕事」と即答したのです。
しかも嬉しそうな表情を浮かべながら答えているのが印象的でした。
就寝前、おすすめの習慣があります。
「今日いちばん嬉しかったことを思い出すこと」です。
1日を振り返り「今日いちばん嬉しかったことは何だろうか」と思い出してみてください。
私たちが見落としがちな、幸せな瞬間があります。
「たっぷり睡眠が取れた朝の目覚め」です。
たっぷり睡眠を取れた朝の目覚めほど気持ちいいものはありません。
「奇跡が起きないかな」
「大きな奇跡に巡り会ったことがない」
なかなか奇跡に恵まれなくて、嘆いている人がいます。
そんな人は、大きな奇跡を見落としています。
自分にとっては当たり前すぎることで、普段気に留めることがなく、すっかり見過ごしているのです。
それは「自分がこの世に生まれてきたこと」です。
生物学的に見ると「自分が生まれてきたこと」という事実には、膨大な数の偶然が重なっています。
両親や祖父母がいるおかげもありますが、もっとはるか昔までさかのぼって考えられます。
地球の誕生は、およそ46億年前といわれています。
およそ40億年前、海で原始的な生命が誕生した後、長い歳月をかけ、生命はさまざまな形へと進化を遂げてきました。
人類の歴史は、およそ700万年前までさかのぼるといわれています。
その間、地球上では大変動があったり、激しい生存競争もあったりしました。
そうした困難を、私たちの祖先はすべて乗り越えてきました。
途方もなく長い歳月の中、命のバトンリレーが一度も途切れることなく続いてきた結果、あなたは今、ここにいるのです。
これは奇跡としか言いようがありません。
この世に生まれてきたことは当たり前すぎて、私たちは普段、気に留めることがありません。
しかし、これこそが人生最大の奇跡です。
生まれた瞬間に、人生最大の奇跡に巡り会っています。
そういう意味では、世の中にいるすべての人は、素晴らしい奇跡を一度は経験しているのです。
すでに自分の身に起こった奇跡に気づいてください。
この事実に気づけば、今ある人生が、少し違って見えてくるはずです。
自分自身が奇跡の存在なのです。
「腹八分目」という言葉があります。
腹八分目ということは、2割は余裕を残しておくということです。
満腹になるまで食べると、げっぷが出たり、気分が悪くなったり、肥満につながったりします。
食後に血糖値スパイクが起こると、強い眠気が生じることもあります。
食事は腹八分目にして、2割は余裕を残しておくのが、健康にも良いとされています。
食事では、腹八分目を心がけましょう。
収納も、ぎゅうぎゅう詰めにしないことです。
本棚でも押し入れでも、隙間がないと、出し入れが難しくなります。
見た目も詰まった感じがあってよくありません。
たくさん入れるにしても、2割は余裕を残しておきましょう。
2割の余裕があれば、出し入れしやすくなり、使いやすくなります。
仕事でも、2割の余裕を大切にしましょう。
全力で取り組むのは良いように思えますが、実際は大変です。
普段から全力で取り組むと、すぐ息切れしてしまい、長続きしません。
楽しむ余裕もありません。
無理をすると、燃え尽きてしまいます。
仕事は、2割くらいの余裕を持ったほうが、楽しく取り組めるし、長続きもするのです。
お金も、できれば手取りの2割は貯蓄に回しましょう。
稼いだお金をすべて使い切るのではなく、将来のためにも、先取り貯蓄は重要です。
もちろん無理をしないことが前提ですが、手取りの2割を1つの目安にすると、計画的に貯蓄を進めやすくなるでしょう。
スケジュールも、2割は余裕を残しておきましょう。
スケジュールには、急な予定変更がつきものです。
隙間なく予定を詰め込んでいると、急な変更に対応できません。
2割の余裕をつくっておけば、急な予定変更にも対応できるので安心です。
食事、収納、仕事、お金、スケジュール。
余裕は、さまざまな場面で大切です。
もちろん厳密に2割である必要はありません。
大切なのは、限界まで詰め込まないことです。
ほどよい余裕をつくるためにも「2割」を目安にしてみましょう。
生活に余裕を持たせることで、心にも余裕が生まれます。
2割の余裕は、幸せの近道なのです。
書類をデータ化するとき「PDFで保存」と「画像で保存」で迷うことがあります。
書類をPDFにするときも「白黒モード」と「グレーモード」で迷うことがあります。
このときの迷い時間は、なかなか無視できません。
先のことを考え、どちらにすべきかじっくり考えるのですが、はっきりわからないこともあります。
メリットとデメリットが半々くらいだと、特に悩まされます。
考えれば考えるほど、どちらも良さそうに思えるのです。
どちらにしようか迷っていると、どんどん時間が過ぎます。
気づくと、すっかり時間がたっているのです。
こんなとき、おすすめの仕事術があります。
「迷ったら両方」でいきましょう。
「両方選んでも、手間や費用は変わらない。増えるとしても少しだけ」というケースがあるでしょう。
追加の手間や費用がわずかで済むなら、両方選べばいいのです。
これで迷い時間を解消できます。
後から「こちらのデータは不要だった」とわかれば、そのとき削除・処分すればいいのです。
多少の手間や追加費用がかかることもありますが、迷い時間がなくなる分、結果として仕事が速くなります。
データ量が増えるにしても、ほとんど気にならない程度でしょう。
なにより保険が利きます。
後から「しまった」と悔やむことがなくなります。
両方選ぶことで外れを引くこともなくなり、安心して仕事を進められるのです。
「何かいいことないかな」とつぶやく人がいます。
「最近面白いことがない。毎日同じことの繰り返し。何かいいことないかな」と。
自然といいことが起こるのをじっと待っているのです。
待つ必要はありません。
自分でいいことをつくればいいのです。
受け身で待つのではなく、自ら行動を起こすことが大切です。
レストランに行って、おいしい料理を味わってみるのもいいことです。
アパレルショップに行って、気に入った服を買ってみるのもいいことです。
ウォーキングやランニングで気持ちのいい汗を流すこともいいことです。
筋トレに励んで、体を鍛えるのもいいことです。
趣味に打ち込むのもいいことだし、興味のあることを勉強するのもいいことです。
いいことは、意外と簡単につくれます。
その気になれば、今すぐにでもできるでしょう。
予算が厳しいなら、無理のない範囲で楽しめばいいのです。
あなたにとって、いいことは何ですか。
大きなことではなく、小さなことでかまいません。
1つといわず、2つや3つでもかまいません。
自然といいことが起こるのを待つ必要はありません。
さあ、今から自分の手で、いいことをつくりましょう。
「あの人に親切をしても何も返ってこない」
そう言って悲しむ人がいます。
いいえ、これは誤解です。
きちんと返ってきています。
それに気づいていないだけです。
親切の法則は「別の人から、別のタイミングで返ってくること」です。
あなたがAさんに親切をします。
すると、別のタイミングで、Bさんから親切を受けます。
あなたがBさんに親切をします。
すると、別のタイミングで、Aさんから親切を受けます。
親切をすれば、その人から返ってくると思われがちですが、そうとは限りません。
これが人間関係の不思議なところです。
同じ人から親切が返ってくるものと思わないことです。
親切をした本人から返ってきたら、ラッキーというだけです。
実際は、別の人から返ってくることも多く、しかもタイムラグがあります。
別のタイミングで、別の人から返ってきているからわかりにくいのであって、実際には返ってきているのです。
親切には「波及効果」があります。
あなたがAさんに親切をすると、温かい気持ちになったAさんはBさんに優しくなります。
優しくされたBさんは温かい気持ちになり、あなたのところに返ってくるのです。
もっと大きな循環になることもあります。
「あなた→Aさん→Bさん→Cさん→あなた」というケースもあれば、もっと多くの人を経由することもあります。
人から人へと伝わっていき、巡り巡って自分の元に返ってくるのです。
この仕組みに気づけば、親切をした人から何も返ってこなくても、落ち込むことはなくなります。
見返りを気にせず、快く親切ができるようになります。
「いつか別の人から返ってくる」
そう思い、どんどん親切をしていきましょう。
「今日は天気がいい」
そう聞いてまず思い浮かべるのは、昼の青空ではないでしょうか。
雲がなく、美しい青空が広がっていると「天気がいい」と言えるでしょう。
まさに快晴です。
見ているだけで癒やされ、不思議と元気もみなぎってくるものです。
しかし「天気がいい」は、昼の話だけではありません。
雲がなければ、夜に対しても「天気がいい」と言えます。
雲のない夜は、美しい星空と出会えるでしょう。
月が出ているなら、その姿もきれいに見え、お月見を楽しめるでしょう。
タイミングが良ければ、流れ星を見られることもあります。
青空が広がる昼間と同様、星が輝く夜空も、見ているだけで癒やされるものです。
雲のない空が広がっているなら、夜に対しても「天気がいい」と言ってみてください。
あなたの日常に「空を見上げる時間」はあるでしょうか。
スマホの利用時間が長いと、うつむく時間が増えてしまいがちです。
どれだけ美しい青空や夜空が広がっていようと、上を向くことがなければ、その美しさに気づけません。
たまには上を向き、空を眺める時間もつくってみてください。
「天気がいい」と思いながら眺める青空や夜空も、味わい深いのです。
忙しい生活を送っていると、なかなか好きなことをする時間が取れないものです。
仕事で残業が多いと、なおさら自由な時間を確保するのが難しいでしょう。
「好きなことをしたい」
「毎日仕事ばかりで、全然好きなことができていない」
そう思っている人は、こう考えてみてはいかがでしょうか。
「実はもう好きなことをしているのかもしれない」と。
「そんなことはない」と思うかもしれませんが、いま一度、生活を振り返ってみてください。
たまに本を買って読むことはないでしょうか。
ときどき映画館に行って、新作を楽しむことはないでしょうか。
普段はコンビニ弁当でも、週末に料理をすることはないでしょうか。
もしそんな心当たりがあれば、きっとそれこそがあなたの好きなことです。
「毎日」である必要はありません。
「たまに」「ときどき」「週末だけ」でいいのです。
じっくり振り返ってみると「あっ、実はもう好きなことをしていたんだ!」と気づくことがあるかもしれません。
私たちは無意識のうちに、生活のどこかで「好きなこと」をしているものです。
頻度が少ないせいで、あまり自覚がないのです。
あとは、その頻度を少し増やせばいいのです。
たまに本を買って読むのなら、もう少し頻度を上げてみましょう。
月に1冊読んでいるなら、月に2冊くらいに増やしても、無理なく楽しめるのではないでしょうか。
ときどき映画館に行って、新作を楽しむことがあるなら、もう少し頻度を増やしてみましょう。
夜遅くまで映画を上映している映画館も多いものです。
もちろんサブスクで旧作を楽しむのもいいでしょう。
週末に料理をしているなら、平日にも時間を作って楽しんでみるのもいいでしょう。
短時間で手軽にできる料理もたくさんあります。
もちろん予算や時間の都合もあるでしょうが、無理のない範囲で、楽しむ頻度を増やしてみてください。
好きなことをする頻度を増やしていけば、それだけ日常が豊かになり、ストレス解消にもつながるのです。
好きなことをしていないように思えても、実はもう好きなことをしているのです。
お中元やお歳暮などで、自分の苦手な食べ物をいただくことがありませんか。
たとえば、チーズが嫌いなのにチーズをいただいたり、プリンが苦手なのにプリンをいただいたりです。
もちろん相手に悪気はありません。
単にこちらが苦手であることを知らず、贈ってくれたのでしょう。
贈り物の定番であっても、苦手だという人は意外といるものです。
贈り物のやりとりでは、時折あることですね。
さて、こんなとき、どうするかです。
食べられないので、人に譲ることもあるでしょう。
一口も口にすることなく、処分することもあるかもしれません。
もちろんそれも悪いことではありません。
ただ、体調やアレルギーなどの問題がなく、少し試してみようと思えるなら、食べてみてはいかがでしょうか。
理由は大きく2つあります。
1つ目の理由は「頂き物だから」です。
せっかく相手から頂いたものなので、まったく口をつけないのも申し訳ない気がするでしょう。
贈り物には「喜んでもらいたい」という純粋な気持ちがあります。
時間をかけて選んだものかもしれません。
高価な商品ということもあるでしょう。
全部を食べられなくても、一口や二口くらいなら試してみることはできるかもしれません。
2つ目の理由は「意外とおいしいかもしれないから」です。
頂き物には、普段はなかなか買わない上質なものも多いです。
頂いたチーズやプリンをよく見ると「高級チーズ」「上質なプリン」ということがあります。
実際に食べてみると、上質なものだけあって、味・香り・食感が普段のものと違うことがあります。
「おいしい!」「意外といける!」「これなら食べられる!」となるかもしれません。
苦手だった印象が吹き飛ぶ可能性もあるのです。
もちろん苦手なものを無理して食べる必要はなく、人に譲ってもいいのです。
しかし、少しでも試してみようという気持ちがあるなら、せっかくなので、一口でも食べてみてはいかがでしょうか。
「これも1つのチャレンジ」と思ってみるのです。
「物は試し」という精神は大事です。
贈り物をきっかけに苦手意識がなくなり、好きなものに変わることもあるかもしれません。
「そういう展開があるかもしれない」という可能性にかけてみる価値はあるのです。
財布を落としたとき、仕事で大失敗をしたとき、失恋をしたとき。
そんな一大事が起こったとき「人生が終わった」と嘆く人がいます。
たしかにその人にとっては大事件で、人生が終わったように感じるのでしょう。
しかし、その人のその後を見てください。
「人生が終わった」とあれほど嘆いていた割に、意外と普通に生きているでしょう。
どっと落ち込んだり、大きな損失があったりするのでしょうが、本当に人生そのものが終わるわけではありません。
少なくとも命まで失ったわけではないはずです。
一時的に落ち込んだとしても、立ち直ります。
普段と変わらず、けろっとしていることもあるはずです。
「人生が終わった」と思うことがあっても、実際は終わらないことがほとんどです。
その人は「人生が終わった」と、大げさに受け止めているのです。
物事を大げさに受け止めていると、動揺が激しくなり、落ち込みやすくもなります。
「人生が終わった」と言いそうになったら、次のように言い直してください。
「これで人生は終わらない」と。
たとえば、財布を落としたら「人生が終わった」ではなく「これで人生は終わらない」と言ってみましょう。
たしかに大ごとかもしれませんが、人生が終わるほどではありません。
財布にはお金やカードが入っていたのかもしれません。
それでも、全財産を失ったわけではないでしょう。
すぐさまカード会社に利用停止の連絡を入れれば、被害を最小限に食い止められます。
警察署に行って遺失届を提出すれば、戻ってくる可能性もあるでしょう。
仕事で大失敗をしたとき「人生が終わった」ではなく「これで人生は終わらない」と言ってみてください。
迷惑をかけたら、誠意を持って謝ります。
間違いがあれば、きちんと修正します。
こっぴどく叱られたり、評価がぐっと落ちたりするかもしれません。
それでも、生きていくことはできます。
仮に職を失ったとしても、再就職を目指したり、別の道を探したりすることもできます。
失恋をしても「人生が終わった」ではなく「これで人生は終わらない」と言い直しましょう。
別れの悲しみは、すぐには消えないかもしれません。
それでも、命までは失っていないはずです。
泣くだけ泣いたころには、少しは気持ちが落ち着いているでしょう。
見方を変えれば、失恋は新しい恋愛のスタートともいえます。
世の中にはまだまだ多くの人がいます。
元気を取り戻したら、また新しい人に目を向けることもできます。
「人生が終わった」と思うと、目線が下に向きます。
「これで人生は終わらない」と思えば、目線が前を向きます。
「これで人生は終わらない」を口癖にすれば、必要以上に落ち込まなくなり、前に踏み出せるのです。
「話が続かない」と言う人がいます。
そうした人は、無意識にネガティブな話し方をしているのかもしれません。
「この前、○○の映画、見に行ったよ」
「どうだった?」
「あんまり面白くなかった」
まず悪いところを取り上げます。
良いところがあっても後回しにするか、そもそも取り上げません。
「最近○○を始めました」と話したときは「でも、お金がかかるんでしょ」と、ネガティブな反応を返します。
何かと悪いところを取り上げます。
ネガティブに話すと、なかなか盛り上がりません。
会話のトーンが下がります。
ネガティブに話すときは、自然と表情も悪くなっています。
眉間にしわが寄り、口角も下がり、声のトーンも低くなっているものです。
話が続かない人はネガティブに話すことが癖になっていて、自分で気づいていないこともあります。
自分は普通に話しているだけと思っています。
「そうですか、それは残念でしたね」ということで、会話のトーンが下がってしまい、続かないのです。
大切なことは、ポジティブに話すことです。
感想を聞かれたときは、できるだけポジティブに答えましょう。
「この前、○○の映画、見に行ったよ」
「どうだった?」
「映像がきれいだったよ。○○の演技も良かった」
こういう流れが大切です。
「最近○○を始めました」と話したときは「いいですね。楽しそうですね」と笑顔で返事をします。
まずポジティブに話すのです。
悪いところや不満なところもあったとしても、それは後の話であり、わざわざ最初から前面に出す必要はありません。
会話は、まず良いところから話し始めるのがベストです。
良いところがゼロということはありません。
どんなことでも、きちんと探せば、1つは見つかります。
映画の物語が陳腐だったとしても、映像がきれいだったり、演技が素晴らしかったりなど、何かしら良いところがあるものです。
ポジティブに話すとき、お互い自然と笑顔になるものです。
まず良かったところから話せば、自然と明るい雰囲気が漂います。
そうすれば、相手は「ぜひ私も見てみたい、私もやってみたい」となります。
もっと話を聞きたくなる雰囲気になるので、自然と盛り上がり、話も続いていくのです。
「まず良かったところから話すこと」を癖にしましょう。
飲食店で温かい光景を見かけることがあります。
配膳ロボットに向かって「ありがとう」と感謝する人です。
もちろんロボットに感情はありません。
ロボットは、指示どおり動いただけです。
「ありがとう」と伝えたところで、ロボット相手なら、意味のない言葉のように思えます。
しかし、あらためて考えてみると、はっとさせられる光景です。
相手が人かロボットかの違いで「ありがとう」を言うか言わないかを分けるのも、おかしな話ではないでしょうか。
人なら「ありがとう」と言い、ロボットなら「ありがとう」と言わないのは「相手によって態度を変えている」ともいえます。
料理を運んでくれたことに対して、感謝の気持ちを持つことは大切です。
相手がロボットだからといって、感謝の気持ちが無駄になるわけではないのです。
その人は「ロボットがかわいい」と言っていました。
ロボットの頭もなでています。
ロボットを、単なる機械ではなく、親しみのある存在として見ているのでしょう。
配膳ロボットにも「ありがとう」と言える人は、普段の生活でも「ありがとう」と言う習慣があるに違いありません。
感謝を伝える習慣が定着しているからこそ、ロボットにも感謝の言葉が口から出るのです。
相手によって態度を変えるのではありません。
何かをしてもらったら、相手にかかわらず、感謝を伝えることが大切です。
たとえ相手がロボットであっても、感謝の気持ちを持つことには意味があります。
口から出た言葉は、自分の耳で聞くことにもなります。
感謝の言葉を口にすることで、自分の心も温かくなるのです。
さらには、周りで聞いている人も、温かい気持ちになるでしょう。
ロボットにも「ありがとう」と言えるようになりたいですね。
配膳ロボットにも感謝の気持ちを持つことは、無駄ではないのです。
古代ローマの詩人ホラティウスは「カルペ・ディエム」という言葉を残しました。
「今を楽しみ、今日を生きよう」という意味です。
未来を案じすぎず、過去にもとらわれず、今という時間を楽しみ、今日を生きようというメッセージです。
カルペ・ディエムの「今を楽しみ、今日を生きよう」という精神は、今の時代にも通じます。
古代ローマの時代から、世の中は大きく変わりました。
新しい商品やサービスが増え、街の風景も変わり、世の中の常識やルールも変わりました。
しかし「人生が有限であること」は、今も昔も変わりません。
今という時間も、今日という日も、過ぎ去ったら、もう二度と取り戻せないのです。
いま一度、自分の日常を振り返ってみてください。
今という時間に集中できているでしょうか。
今日1日を楽しんでいるでしょうか。
特別なことをする必要はありません。
平凡な日常の一つひとつを、丁寧に味わうのです。
どれも何気ないことですが、楽しむことが大切です。
「今を楽しみ、今日を生きよう」を実践しましょう。
そしてまた明日になれば「今を楽しみ、今日を生きよう」を実践し、それを繰り返していきましょう。
人生は、1日の積み重ねです。
小さな幸せを積み上げていくことで、大きな幸せにつながります。
カルペ・ディエムの精神を毎日の暮らしに取り入れることで、幸せな人生へとつながっていくのです。
ばかにする人は、その経験がないからです。
同じ立場になったことがないのです。
経験がないから、その苦労や大変さを理解できません。
一生懸命な姿がこっけいな姿に見えてしまい、無理解の言葉が口から出るのです。
真面目に勉強する人をばかにする人は、真面目に勉強したことがありません。
「勉強なんてダサい」「ガリ勉はかっこ悪い」と冷やかします。
わざわざ相手のやる気を奪うような言葉を口にするのです。
一度でも同じ立場を経験したことがあるなら、ばかにしません。
昔の自分を思い出し、そのときの感情もよみがえります。
どれだけ大変かよく理解できるので、優しい気持ちになり、励ましや応援の声をかけるのです。
夢に向かって頑張る人をばかにする人は、夢に向かって頑張ったことがありません。
だから当事者の心情が理解できず、冷たいことを言います。
「叶うわけがない」「そんな努力は意味がない」と、批判的なことを口にします。
もし一度でも夢に向かって頑張ったことがあるなら、ばかにしません。
自分も同じ経験があるからです。
夢に向かって頑張ったことがある人なら、かっこいい姿に見えます。
「頑張っても思うようにいかない」「努力が報われるとは限らない」という現実を知っています。
昔の自分を重ねるので、自然と優しい気持ちになれます。
「頑張ってね」「うまくいきますように」と応援するのです。
たとえ相手が失敗しても「元気出して」「またチャンスがあるよ」と前向きな声をかけます。
自分にも同じ経験があれば、その苦しみや大変さを理解できるので、自然と優しい言葉が出るのです。
残念ながら、世の中には努力する人をばかにする人が少なからず存在します。
それは仕方ありません。
ゼロになってほしいところですが、経験には個人差があります。
生まれも育ちも人それぞれなので、物事に対する理解の深さにも違いがあります。
ばかにする人がいれば「同じ経験をしたことがないんだな。だから無理解なんだな」と思えばいいのです。
ばかにされても、言い返しません。
真に受けず、さらりと流しましょう。
経験がないから理解がないだけのことです。
ばかにされても平常心を保ち、自分がやるべきことに打ち込むことが大切です。
まだ何もやっていないのに「やりがいがない」と言う人がいます。
これはおかしいです。
やりがいは、実際にやってみて感じるものです。
まだ一度もやっていないなら、手応えも何もないのですから、やりがいがあるかどうかもまだわかりません。
やったことがないうちから「やりがいがない」と決めつけてはいけないのです。
そもそもやりがいは、やっているうちに出てくるものです。
いざ取り組んでみて、最初はぴんとこなくても、とにかく続けてみます。
すると面白いもので、しばらく続けているうちに「おやっ」と思う発見があります。
「こうすれば効率が良くなる」「こうすれば楽しくなる」「こうすれば喜んでもらえる」と、手応えを感じるようになります。
そうしてやりがいが出てくるのです。
気づくと、すっかり夢中になっていることもあります。
たとえば、部屋の整理整頓です。
最初はやりがいを感じられなくても、とりあえず始めてみることです。
やっていくうちに「こうすればきれいに見える」「こうすれば取り出しやすくなる」という発見があるでしょう。
結果が目に見えるので、小さな達成感もあります。
最初はだるく感じられても、だんだん楽しくなってきて、やりがいも出てくるのです。
こうしたことは仕事でもいえることです。
まだ取り組んでもいないのに「やりがいがない」なんて言わないことです。
「やりがいがない」は、実際にやった人だけが言えるセリフです。
実際にやってみると、思いがけずやりがいが出てくることもあるのです。
テレビ番組で、あるユニークな検証を見かけました。
「恐ろしい状況を想像させると、人はどうなるか」という内容です。
まず低い平均台を用意します。
平均台の高さは、地面からわずか30センチ。
もちろん大けがをするような高さではありません。
被験者には目隠しをしてもらい、案内役に誘導されながら、その低い平均台の上をゆっくり歩かせます。
そして案内役は、わざと被験者を怖がらせるようなことを言います。
「今から細い道を歩きます。下は断崖です。落ちたら大変なことになります。絶対落ちないでください」と。
それを聞いた被験者は、本当に断崖の上を歩いていると思い込みます。
だんだん足が震え始め、恐怖のあまり、途中から前に進めなくなってしまうのです。
さて、次に目隠しを外して、種明かしをします。
被験者は、自分が立っていたのは崖ではなく、実は低い平均台の上だったのだとわかります。
安全な場所だったことに気づくと、ほっとして、笑顔になります。
その瞬間、震えはぴたりと止まります。
目隠しを外し、実際の状況をきちんと確認すれば、恐怖も震えもなく、平均台の上を普通に歩けるのです。
実は私たちも、これと似たような状況に陥っていることがあります。
人から恐ろしいことを言われることがあるかもしれません。
「間違えたらけがをするぞ。失敗をしたら大変なことになるぞ。落ちたら、人生が終わるかもしれないぞ」
そんなことを言われたら、誰でも恐怖を感じ、びくびくするものです。
「そうなのかな」と思い込んでしまうでしょう。
悪い想像がどんどん膨らみ、恐怖も必要以上に大きくなるでしょう。
足がぶるぶる震え、いずれ怖くて前に進めなくなるはずです。
この状況は、いわば、目隠しをしながら低い平均台を歩いているようなものです。
心の目隠しを外してみるのです。
そして本当に危ない場所かどうか、きちんと確認してみてください。
よく見ると、思っているほど危ない場所ではないことがあります。
崖の上と思い込んでいただけで、実は低い平均台の上なのかもしれません。
安全な場所であるとわかれば、震えはぴたりと止まります。
そして、再び前に進めるようになるのです。
心の目隠しを外しましょう。
有名な観光地では、バスツアーが開催されています。
またシーズンになると、イベントを案内するバスツアーが開催されるのが恒例です。
たとえば、桜のシーズンにはお花見のバスツアーがあり、紅葉シーズンには紅葉狩りのバスツアーがあります。
お祭りやイルミネーションの季節になると、それらを目的としたバスツアーも登場します。
バスツアーは楽です。
現地まで乗せていってくれ、ガイドさんが案内してくれたり、豪華な食事もついていたりします。
ツアーによっては、特別な見学をさせてもらえることもあります。
観光やイベントを楽しむ際、バスツアーを利用して出かける人も多いのではないでしょうか。
ここがポイントです。
「観光=バスツアーを利用するもの」という固定観念になっていないでしょうか。
「節約」という点で考えるなら「公共交通機関」によるアクセスも検討してみてください。
近場であれば、バスツアーより公共交通機関を使ったほうが、たいてい安上がりです。
遠方になったとしても、公共交通機関のほうが安いケースは少なくありません。
たとえば、桜や紅葉のシーズンになると、都内から各地へ向かうバスツアーが出ています。
近場に住んでいるなら、バスツアーを利用するより、公共交通機関を利用して見に行くほうが、費用面では安く済むはずです。
県外の距離でも、公共交通機関を使えば、意外と出費は抑えられます。
移動に手間と時間はかかりますが、読書やスマホなどで暇つぶしをすればあっという間なのです。
もちろんバスツアーならではのメリットがあるのも事実です。
移動が楽で、ガイドさんの案内があり、豪華な食事がつく点は大きな魅力でしょう。
その一方で、移動は公共交通機関で十分で、案内ガイドや豪華な食事などは不要というケースもあるでしょう。
行き先までのルートは、路線検索やナビアプリを使えば簡単です。
「少しだけ面倒」という点を引き受けることで、大幅な節約ができます。
道中に気になるところを見つけたら、ちょっとした寄り道もできて、ますます好都合なのです。
私は入間の航空祭を見に行くとき、バスツアーは利用せず、公共交通機関だけで行きました。
秩父夜祭を見に行ったとき同様に、バスツアーではなく、公共交通機関を使いました。
費用はバスツアーの半額以下で済んだうえ、移動時間にはたっぷり読書もでき、一石二鳥だったのです。
チャンスを逃したと気づく人には、チャンスがあります。
「どういうこと? チャンスを逃したらダメなんじゃないの?」
そう思うかもしれませんが、実は救いがあります。
「チャンスを逃した」と気づいているからです。
チャンスを逃したと気づけば「しまった!」と悔やみます。
悔やむからこそ「次こそは必ずつかむ!」という決意が生まれます。
再び似たようなチャンスが巡ってきたとき、しっかりつかめるのです。
怖いのは、チャンスを逃したと気づかない人です。
これが一番怖いのです。
チャンスを逃したことに気づかなければ、悔やむこともなく、次に向けた意識も生まれません。
意識が変わらなければ、再びチャンスがやってきても、やはり見過ごしてしまうのです。
たしかに一度はチャンスを逃してしまいました。
しかし、チャンスは一度だけとは限りません。
また巡ってくることもあります。
形を変えて巡ってくることもあるかもしれません。
「今度こそ」の精神で、そのときしっかりつかめばいいのです。
「チャンスを逃したことに気づけただけ良かった。次のチャンスをつかめばいい」と考えましょう。
チャンスは逃しましたが、意識は変わりました。
意識が変われば、未来が変わります。
チャンスを逃したと気づく人には、チャンスがあるのです。
「冒険」と聞くと、どんなイメージを持ちますか。
どこか遠くの場所へ行くことをイメージしていないでしょうか。
しっかり計画を立て、大きなお金も必要で、時には大きな危険を伴う。
そんなイメージを持つ人もいるかもしれません。
もちろん大きな冒険となると大変ですが、小さな冒険であれば、実は日常で簡単に実現できます。
ポイントは、バスや電車です。
通勤や通学など、あなたが普段バスや電車の利用で乗り降りするところは、だいたいいつも決まっているのではないでしょうか。
ここがポイントです。
時間に余裕があるとき、たまには普段降りない駅やバス停で降りてみてください。
そして、周辺をぶらぶら散策してみましょう。
一度も降りたことのない場所には、新しい景色が広がっています。
初めて見る町並み、おしゃれなお店、きれいな公園、面白そうな娯楽施設。
「これは何のお店だろう?」と不思議に思うような、ユニークなお店を発見できることもあるかもしれません。
これもれっきとした冒険のひとつです。
スマホのGPS機能を使えば、道に迷っても、現在地を確認できるので安心です。
この方法なら、入念な計画は不要で、お金もほとんどかからず、大きな危険が伴うこともほぼありません。
にもかかわらず、小さな冒険を楽しめるのです。
時間に余裕のあるタイミングがあれば、気軽にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
冒険は、意外と身近なところで実現できるのです。
イメージアップの強い味方。
それは「加工アプリ」です。
スマホのアプリが進化によって、自撮りの加工は定番となりました。
顔色を明るくできたり、肌につやを与えたり、目の下のくまを隠せたりできます。
シンプルな操作で簡単に盛れます。
やればやるほど、どんどん自分が魅力的になっていくので面白い。
ほくろを消したり顔の輪郭を変えたりするといったことまでできるのですから、すごいとしか言いようがありません。
公に写真を公開するときは、自撮りの加工は欠かせません。
ブログやSNSで自撮り写真をアップする際、加工が当たり前になっている人も多いのではないでしょうか。
そんな自撮り加工を楽しむのはいいのですが、注意しておきたいことがあります。
くれぐれも「やりすぎ」に気をつけましょう。
自撮りの加工は、メイクのように熱が入りやすい傾向があります。
やればやるほど自分が魅力的になっていくので「もっともっと」となります。
顔にはバランスがあります。
1つのパーツを盛れば、ほかのパーツも盛りたくなって止まりません。
顔色を明るくすれば目元も直したくなり、目元を直せば鼻筋も整えたくなり、鼻筋も整えればまた次へと続いていきます。
自撮りの加工は、やりすぎると、別人になります。
実際に会ったとき、がっかりされます。
「原型がない」「別人ではないか」「写真詐欺だ」などと思われても仕方ないのです。
自撮りの加工をやりすぎたせいで、あとから痛い目に遭うアイドルや芸能人は少なくありません。
笑ってしまう話ですが、意外と多いのです。
これは、婚活やマッチングアプリの写真にも言えることです。
魅力的に盛っていた分だけ、会ったときのイメージダウンが大きくなります。
時にマイナスイメージになってしまうことも少なくありません。
自分を魅力的に見せるつもりの自撮り加工が、かえって自分の首を絞めることになるのです。
自撮りの加工はメイクと同じで、やりすぎると逆効果になります。
自撮りを加工するなら、ほどほどを心がけましょう。
目安としては「不自然にならない程度」です。
適当に加工することが、いちばん適当なのです。
「ぐずぐずするな。早くやれ」という言葉は、たいてい人から言われるものです。
もたもたしていると、親から「ぐずぐずするな。早くやれ」と叱られることがあるでしょう。
厳しい上司から「ぐずぐずするな。早くやれ」と言われることもあり、むっとすることもあるかもしれません。
厳しい言葉なので、できれば言われたくないものです。
しかし、この言葉は、人に言われるだけのものではありません。
ここぞというとき、自分で自分に言ってみてください。
なかなか行動に移せないときは、自分に「ぐずぐずするな。早くやれ」と一喝してみましょう。
心の中で言ってもいいし、声に出してもいいのです。
気持ちがびしっと引き締まり、重い腰が上がり、やる気もぐっと高まります。
人に言われてむっとする言葉でも、自分で自分に言うなら、不思議と抵抗を感じません。
自分の意思で言う言葉なので、素直に受け入れられます。
そして上手に自分を奮い立たせることができるのです。
ここぞというときには、自分で自分を一喝しましょう。
厳しい言葉に感じられますが、その厳しさが、自分を奮い立たせる力になります。
「ぐずぐずするな。早くやれ」と自分を一喝すると、行動力が出るのです。
調子は、突然悪くなることがあります。
午前中は、調子が良いからといって、午後も調子が良いとは限りません。
午後になると急に調子が悪くなり、がくんとスピードダウンすることがあります。
今日はとんとん拍子に進んだからといって、明日もとんとん拍子に進むとは限りません。
明日になると、急に調子が悪くなっていて、急ブレーキがかかることがあります。
理由はさまざまです。
体調を崩したため、緊張の糸が切れたため、急に電話が増えたため、緊急の依頼に対応しなければいけなくかったためなど。
不運による失速もあれば、不可抗力による失速もあります。
前半のリードが、後半の失速で台無しです。
全体で見ると「普段と変わらなかった」ということがあります。
時には「普段より仕事ができなかった」ということもよくある話です。
急に調子が悪くなるのを完全に避ける方法はありません。
調子の良しあしは、自己管理を徹底していても、外部要因が絡んでいるため、読めないことがあります。
今は調子が良くても、1時間後はどうなっているかわからない。
今日は調子が良くても、明日はどうなっているかわからないのです。
あなたも何度か経験があるのではないでしょうか。
どれだけ調子が良くても、油断は禁物です。
体の調子が急に悪くなることがあるように、仕事の調子も急に悪くなることがあります。
「昨日も今日も調子が良いから、明日もあさっても続くだろう」とのんびり構えていると、思わぬ急ブレーキに慌てます。
「こんなはずではなかった」という事態に見舞われ、悔やむことになるでしょう。
大切なことは「調子が良いときには、進められるだけ進めておく」ということです。
調子が良いことも、1つのチャンスです。
「今がチャンス」の気持ちで事に当たること。
調子が良いときとは、いわばパチンコのフィーバータイムのようなものです。
いつ終わるかわからないのですから、フィーバータイムが続いているうちに、どんどん仕事を進めておきましょう。
調子が長く続けば、それはそれでいいのです。
明日もあさっても快調が続けば、ラッキーと考えるくらいでちょうどいい。
チャンスを十分生かせば、一気に仕事の駒を進められます。
「応援」と聞いたとき、どんな様子をイメージするでしょうか。
「頑張れ」「大丈夫だよ」「絶対うまくいくよ」といった言葉のある応援を思い浮かべるのではないでしょうか。
もちろんそれも応援です。
しかし、それだけではありません。
応援には、2種類あります。
応援といえば、私たちは「言葉による応援」をイメージしがちですが「言葉のない応援」もあります。
受験勉強のとき、親はあまり口うるさく言わないものです。
無関心だからではありません。
黙って応援しているのです。
受験はデリケートな時期なので、言葉で応援するにも、親は注意を払います。
言い方によっては、子どもにとってプレッシャーになるかもしれません。
余計な一言が、子どもを落ち込ませてしまうかもしれません。
どう声をかけていいかわからないときもあります。
そこで親は「静かな環境を作ったほうが本人のためになる」と思い、黙ってそっと見守っているのです。
言葉をかけられないおかげで、子どもは目の前の勉強に集中しやすくなります。
こうしたシチュエーションはほかにもあります。
部下のプレゼンを黙って聞く上司がいます。
余計な口を挟まず、部下を信頼して黙って見守ることが、力強い応援になっています。
試合の観客席で息を飲むサポーターがいます。
大事な場面であえて声を出さず、固唾をのんで見守ることも立派な応援です。
病気で苦しんでいる人を、そばで見守る家族や友人がいます。
「頑張って」とは言わず、ただ一緒に過ごしたり、そっと生活を支えたりすることも立派な応援です。
「どうして応援してくれないの?」と思うかもしれませんが、言葉だけが応援ではありません。
言葉はなくても、しっかり応援されているのです。
そこに気づくかどうかで、感謝も変わります。
言葉による応援もありがたいですが、言葉のない応援もありがたいのです。
「幽霊には足がない」
そんな幽霊のイメージを広めたのは、円山応挙といわれています。
応挙の幽霊画を見ると、足がはっきり描かれていません。
最初に顔に視線が向き、次に全身を見ると、足がないことに気づきます。
足がないことで、地面に立っているのではなく、宙に浮いているように見えます。
見た人は違和感を覚えます。
「何だか変だ。これは人ではない。この世の存在ではない」と感じ、ぞくっとするのです。
きれいな顔をした女性でも、足がないことで、不気味に見えるのです。
美術の表現といえば、描くことをイメージしがちです。
描かなければ、表現のしようがないように思えます。
しかし、応挙のように、描かないことでできる表現もあるのです。
「絵で表現するには描かなければいけない」と思いがちですが、その限りではありません。
あえて描かないことで、何かを表現できないか考えてみてください。
「余白をつくる」
「省略する」
「すべてを説明しない」
そうすることで、見る人の想像力が働きます。
「すべてを描く必要がある」「100%説明しなければいけない」と思いがちですが、余白や省略が効果的に働く場面もあります。
こうした表現は、美術に限ったことではありません。
文学では「行間を読む」「余韻を味わう」という言葉もあります。
描かないことで、できる表現もあるのです。
幸せな時間は、身近なところにあります。
その1つは「お風呂の時間」です。
温かいお湯に浸かってのんびりしているときは、至福の時間です。
全身がお湯に包まれ「気持ちがいいなあ」と思うでしょう。
日中の緊張が解け、心も体もリラックスできます。
しばらくすると、全身から汗が噴き出してきます。
1日の疲れが、汗とともに流れます。
お風呂から出るころには、体が軽くなっているのです。
日常の何気ないバスタイムですが、心から幸せを感じるでしょう。
忙しい日々を送っている人は、ささっとシャワーで済ませることが多いでしょう。
もちろん「時短」という点ではシャワーが便利ですが、いつもシャワーばかりでは要注意です。
シャワーの場合、体の汚れは取ることはできても、なかなか疲れまでは取れません。
きちんと体が温まらず、しっかり汗もかけません。
なにより幸せを感じる機会も減ってしまいます。
毎日シャワーを浴びている人も、たまには湯船に浸かってのんびりしましょう。
ぬるま湯で半身浴をするのも良し。
のんびり湯船に浸かりながら「ああ、幸せだなあ」と思うだけでいいのです。
幸せを感じる機会が増え、元気も出てくるでしょう。
日常の何気ないバスタイムですが、同時にハッピータイムにもなっていることに気づいてください。
湯船に浸かるバスタイムは、贅沢なハッピータイムなのです。
交番や警察署の前で「昨日の交通事故」という掲示板を見かけることがあります。
その名のとおり、昨日発生した交通事故の件数のほか、死亡者数・負傷者数が表示されています。
曖昧な数字でぼかさず、具体的な数字で示されているのが特徴です。
デジタル式もありますが、数字札を差し替えるアナログ式も多く見かけます。
あの掲示板を見て、あなたは何を思うでしょうか。
普段見過ごしがちな掲示板かもしれません。
深く考えることなく「へえ、そうなんだ」と見て終わっているだけなら、もったいないことです。
あの掲示板は、もちろんただの飾りではありません。
私たちへの「注意喚起」の意味があります。
「昨日はこれだけの交通事故が発生しました。けがをしたり命を落としたりする人もいます。あなたも十分気をつけてください」
そういったメッセージが込められているのです。
わざわざ具体的な数字を見せているのは、言葉だけで注意するより、事故の危険性が伝わりやすいからです。
「1」という数字であっても、実際に事故に遭った人がいるのです。
ただ見て終わりにするのではありません。
掲示板の数字を見て、安全運転への意識を高めましょう。
「こんなに事故が発生しているのか。私も気をつけよう!」
そう思うだけでも、びしっと気持ちが引き締まります。
たとえ死亡者がゼロであっても油断はできません。
昨日はゼロでも、今日もゼロとは限らないのです。
日頃から車の運転をする人も多いでしょう。
交通量の多い場所や時間帯に運転することもあるかもしれません。
ちょっとした気の緩みが、交通事故につながることもあります。
たった一瞬の油断が、大事故につながることもあるのです。
交番の前を通ることがあれば、ぜひ掲示板に目を向け、安全運転への意識を高めるきっかけにしてください。
まだ熟していないフルーツをいただくことがあるでしょう。
スーパーで食べ頃前のフルーツを買うこともあるでしょう。
食べるにはまだ早すぎるので、数日置いて、熟すのを待つことになるはずです。
1日ごとに色が濃くなっていき、雰囲気も変わります。
数日後、ようやく食べ頃を迎えるのですが、ここでよくある失敗があります。
いざそのときになると、うっかり食べるのを忘れていることがあるのです。
「明日食べよう」と思っていても、明日になると、うっかり忘れてしまいます。
「後から食べよう」と思いつつ、そのまま忘れることもあります。
特に仕事でばたばたしている時期だと、フルーツの存在がすっかり頭から抜けていることもあり、油断できません。
人間は忘れる生き物であり、うっかりすることも多いのです。
フルーツの食べ頃は短いです。
ほんの数日しかないものもあります。
もたもたしていると、あっという間に食べ頃が過ぎてしまいます。
どれだけおいしいフルーツも、食べ頃を過ぎると、せっかくの味が落ちてしまいます。
高級なフルーツであっても、例外ではありません。
あまり時間を置きすぎると、腐ってしまうこともあります。
そうなると、さすがに無理して食べるわけにはいかず、処分するしかなくなります。
これほど残念なことはありません。
食べ頃になったら、すぐ食べましょう。
明日といわず、できれば今日食べるのがベストです。
量が多かったり大きなフルーツだったりすると、一度では食べきれないこともあるので、なおさら早めに食べ始めるのが賢明です。
食べ頃のフルーツに待ったなし。
さっそく今日の食事のデザートとしていただきましょう。
私は先日、ある事実に気づき、はっとしました。
「まだジンギスカンを食べたことがない!」と気づいたのです。
何かの拍子に「ジンギスカンはどんな味だったかな?」と思うことがあったのですが、味や食感を思い出せません。
なぜ思い出せないのだろうと不思議に思っていたら、そもそもまだ一度も食べたことがないことに気づいたのです。
自分でも驚きました。
てっきり食べたことがあると思っていました。
日頃から肉は食べますし、焼き肉屋にも数え切れないほど行ったことがあります。
さまざまな種類の肉を食べてきました。
そうした経験から「ジンギスカンも食べたことがある」と思い込んでいたのです。
これは自分にとって意外な発見でした。
あなたの日常にも、そんなことはないでしょうか。
食べたことがあると思っていても、あらためて振り返ると、実はまだ食べたことがないものがあるかもしれません。
思い込みは、いつの間にか生まれます。
特に見た目が似ている食べ物は、一方を食べたことがあると、もう一方も食べたことがあると思いやすいものです。
またテレビでよく見かける食べ物も、なんとなく自分も食べたことがあるという錯覚を引き起こします。
たとえば、そうめんを食べたことはあっても、きしめんはまだ食べたことがないという人もいるでしょう。
食パンを食べたことはあっても、フランスパンはまだ食べたことがないという人もいるでしょう。
ピーナツを食べたことはあっても、カシューナッツはまだ食べたことがないという人もいるでしょう。
ジャポニカ米を食べたことはあっても、インディカ米はまだ食べたことがないという人もいるでしょう。
見た目は似ていますが、味や食感は異なります。
味や食感を思い出してみましょう。
思い出せなければ、実はまだ食べたことがないのかもしれません。
意外な発見は、意外と身近にあるのです。
「仕事が趣味」と答える人がいました。
「趣味は何ですか」と聞かれると「仕事」と即答したのです。
しかも嬉しそうな表情を浮かべながら答えているのが印象的でした。
かっこいいと感じました。
「仕事人間だ」「仕事の鬼だ」「仕事が趣味だなんてどうかしてる」と思うかもしれません。
いいえ、そうとは限りません。
何を趣味にしようと自由です。
もちろん仕事を趣味にすることもできます。
少なくとも、仕事が嫌いな人や、嫌々仕事をしている人が「仕事が趣味」と口にすることはありません。
「仕事が趣味」と口にできるのは、本当に仕事が好きだからこそです。
その人は社長という立場で、労働時間も長いのですが、疲れた様子がありません。
それどころか、にこにこしながら仕事をしていました。
疲れているのを隠しているというより、本当に疲れていなさそうなのです。
心から仕事が好きで、仕事を楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。
心から仕事が好きな人は、仕事が趣味になります。
もちろん休憩やリフレッシュの時間も大切です。
人の気力や体力には限界があります。
働き過ぎが健康に良くないことは、ほとんどの人に言えることでしょう。
その一方で、仕事が本当に好きな人にとっては、仕事そのものが気分転換やストレス解消になっていることもあるでしょう。
仕事の疲れを仕事で癒やすことも、一部の人には可能です。
その人は、仕事が趣味だからこそ「仕事の疲れは仕事で取る」という働き方ができているのでしょう。
「仕事が趣味」と言う人は、目が輝いているのです。
就寝前、おすすめの習慣があります。
「今日いちばん嬉しかったことを思い出すこと」です。
1日を振り返り「今日いちばん嬉しかったことは何だろうか」と思い出してみてください。
いつもと変わらない平凡な1日だったかもしれませんが、いろいろなことがあったでしょう。
小さなことでもいいのです。
「そういえば、あれが嬉しかったな」
ふと思い当たることがあるのではないでしょうか。
嬉しかったことがないように思える1日だとしても、丁寧に振り返ってみると、小さな嬉しさが見つかるものです。
もちろん嬉しいことがいくつもあれば、それぞれ思い出してみましょう。
今日いちばん嬉しかったことを思い出すと、その瞬間、もう一度嬉しい気持ちになれます。
そのときの光景が脳裏によみがえることで、嬉しい感情もよみがえってくるのです。
つまり「嬉しい気持ちを二度味わえる」ということです。
嬉しい気持ちが広がると、前向きな気持ちになり、穏やかな気持ちで1日を締めくくれます。
寝る前の心持ちも良くなることで、寝つきも良くなるでしょう。
穏やかな気持ちで眠りにつけば、嬉しい夢が見られるかもしれません。
あなたが今日いちばん嬉しかったことは何ですか。
私たちが見落としがちな、幸せな瞬間があります。
「たっぷり睡眠が取れた朝の目覚め」です。
たっぷり睡眠を取れた朝の目覚めほど気持ちいいものはありません。
充電が100%完了している状態です。
頭も体もすっきりしていて、朝から気分が最高です。
肌の調子も良くて、気持ちも明るい。
充電100%の状態なので、とにかく元気が出るし、力も入ります。
不思議なことに、見える景色まできらきら輝いているように感じます。
たっぷり睡眠を取った日は頭も体もよく働くので、何でもハイパフォーマンスを発揮できるという、嬉しいおまけ付きです。
朝から幸福感に包まれるのです。
日常には幸せな瞬間はたくさんありますが、たっぷり睡眠を取れた朝の目覚めもその1つです。
お金は一切かかりません。
その気になれば、毎日できますね。
睡眠は人にとって欠かせないもの。
睡眠を大切にしてもしすぎることはありません。
日中にしっかり体を動かすと、夜の寝付きが良くなります。
平日が忙しいなら、せめて週末だけでもいかがでしょうか。
目覚ましを使わず、自然に目覚めるまでたっぷり睡眠を取ります。
幸せな瞬間を味わいたいなら、十分な睡眠を心がけましょう。
気持ちのいい目覚めが待っています。
朝から素晴らしい幸せを楽しめるのです。