「昨日はいいことがなかった」
「今日もいいことがなかった」
「最近、何もいいことがない」
「今日は何もなかったな」
「いいことが1つもなかった」
「特に変わったこともなく、平凡な1日だった」
今すぐいいことを起こす方法があります。
とても簡単であるうえ、とてもおいしい方法です。
それは「おいしいものを食べる」という方法です。
人生を楽しみたいなら、着目点は「好きなこと」にあります。
人生を楽しみたいなら、好きなことにお金をかけましょう。
お金をかければかけるほど、充実感と満足感が得られます。
1週間に1回は流したいものが3つあります。
「汗」「涙」「嫌なこと」です。
流せば流すほどいいものです。
元気を出すために本を読むことがあるでしょう。
へこんだり悩んだりして心の火が消えかかっているときは、元気になれそうな本を読みたくなるものです。
たとえば、自己啓発書です。
運を高めたいなら、次のことを心に決めてください。
「サービスの悪いお店には行かない」と。
たまに行ったり付き合いで行ったりする程度ならいいです。
「神様からのご利益がない」と嘆いている人がいます。
「きちんと拝んでいるのに、ご利益がない」
「毎日欠かさず拝んでいるのに、ご利益がない」
朝起きるのが遅くなり、電車に乗り遅れた。
電車の中で足を踏まれた。
遅刻してしまい、上司に叱られた。
1人の行動に慣れている人がいます。
主体性があって精神的に自立している人は、いろいろなところに1人で出かけることができます。
・1人でカフェに行く
生活を楽しむヒントは「あなたの頭」にあります。
髪の毛ではありません。
髪の毛が伸びることです。
私たちが生きる社会には「はやり」があります。
・流行の音楽
・話題になっている映画
あるとき人から「何か面白いことはない?」と聞かれることがあるでしょう。
だるそうな表情で聞かれることが大半です。
どうやら刺激のない毎日で、飽き飽きしているようです。
「運の悪いことが多いなあ」
「最近ついてないんだよね」
「どうして私はこんなに運が悪いのだろう?」
「なぜか挨拶をされない」
「あまり声をかけてもらえない」
「周りから無視されているような気がする」
珍しい経験ができるなら、ぜひそれにチャレンジしてみましょう。
珍しいかどうかは自己判断でOKです。
あなたが「珍しい」と思うなら、何でもかまいません。
人生を楽しむために必要な時間があります。
それは「ぼんやりした時間」です。
真面目で頑張っているあなたは、きっと忙しい日々を送っているでしょう。
「最近面白いことがない」と言う人がいます。
代わり映えのない毎日で、どきどきわくわくすることもなく、淡々と時間が過ぎるばかり。
面白いことのない日が続くと、日常が色あせて見えるでしょう。
電車に乗ったら何をしていますか。
空席があれば、そのまま座る人もいるでしょう。
目的地に着くまでぼんやりしている人もいるでしょう。
幸運体質になりたいなら「あること」を考えながら出かけましょう。
「今日は何かアクシデントがある」です。
どんなアクシデントなのかはわかりませんが、何らかのアクシデントがあると考えます。
あなたに問題です。
この世で最もお金のかかる趣味は何でしょうか。
ゴルフでしょうか。
誰とも話さない日はあっていいのでしょうか。
もちろん「あっていい」です。
何ら問題ありません。
「細かいことはどうでもいい」
「もう終わりだからどうでもいい」
「結果さえ出れば、プロセスはどうでもいい」
いいことをするのは意外と簡単です。
次のことを心がけてください。
「嫌なことがあったとき、暗い表情にならず、明るい表情でいる」
「何もなかった」
そう思うことがあるなら、表現を変えてください。
「すこぶる調子が良かった」です。
外出しない日はありませんか。
特に外出の用事がないと、部屋で1日中ごろごろする日があるものです。
食事も、出前を頼んだり冷蔵庫の中のもので自炊したりすれば、外出しなくて済みます。
1日の終わりに疲れを取る時間。
そうです、バスタイムです。
あなたはシャワー派ですか、それとも湯船派ですか。
毎年、健康診断を受ける人も多いでしょう。
会社員として働いているなら、年に1回は受けるはずです。
自営業を営んでいるなら、自分で申し込んで受けることになるでしょう。
「今日は何もいいことがなかった」
そう思ったとき、時計を見てください。
まだ日付が変わる前ではありませんか。
「普通の1日だった」
「何もいいこともなかった」
「イベントも何もなく、平凡な1日だった」
「昨日はいいことがなかった」
「今日もいいことがなかった」
「最近、何もいいことがない」
そう思うなら誤解です。
本当に何もいいことがないのでしょうか。
いいえ、違います。
私たちの身の回りでは、いいことがたくさん起こっています。
もちろんあなたにも、すでにいいことが起こっています。
しかもたくさん起こっています。
「常にいいことが起こっている」と言っても過言ではありません。
「いいことがない」は勘違いです。
今この瞬間も、いいことが起こっている最中です。
なぜいいことがないと感じるでしょうか。
気づいていないからです。
「悪いことは気づきやすく、いいことは気づきにくい」という心の傾向があります。
悪いことは痛みが伴う一方、いいことはそれがないため、なかなか気づきにくい。
いいことは「あるのが普通」「それがあって当たり前」という感覚があります。
いいことがあっても、気づかなければ「ない」と解釈してしまいます。
心のセンサーが鈍感になっていて、あるのに「ない」と勘違いしています。
幸運や幸福に恵まれていても、それに気づいていません。
まず鈍感な自分に気づきましょう。
いま一度、五感を研ぎ澄ませましょう。
視野を広げつつ、心の解像度を上げてください。
精神を集中させ、心のアンテナの感度を高めましょう。
大きなことばかりに注目するのではなく、小さなことにも注目しましょう。
当たり前の大切さを見直して、あらためて感謝しましょう。
そうすれば、いいことが起こっていることに気づけます。
「ここにいいことがあるね。おや、ここにもいいことがあるね。あそこにもたくさんある!」
世界の見え方が変われば、いいことがたくさん見つかって驚くはずです。
あなたは、今日もいいことが起こっています。
今この瞬間も、いいことが起こっている最中です。
あなたは毎日、いいことに囲まれて生きているのです。
あなたは今、とんでもなく恵まれているのです。
「今日は何もなかったな」
「いいことが1つもなかった」
「特に変わったこともなく、平凡な1日だった」
そんな1日があるでしょう。
何もない日があります。
嬉しいこともラッキーなこともない。
特に変わったことがない1日があるものです。
何もなかった日は、どことなくもの寂しい気がします。
刺激が乏しいと、ほとんど変化もありません。
無機質に時間が過ぎ、何も成長がなかったような印象を受けるでしょう。
しかし、気づいてください。
表向きは何事もなかったように思えますが、これは喜ばしいことです。
「トラブルが起きなかった日」だからです。
事故に遭いませんでした。
風邪も引きませんでした。
けがや体調不良もありませんでした。
仕事でミスもありませんでした。
けんかをすることもありませんでした。
怒ったり怒られたりすることもありませんでした。
にわか雨に襲われることもありませんでした。
犬の糞を踏むことも、鳥の糞が直撃することもありませんでした。
変な人に絡まれることもありませんでした。
火事や泥棒に遭うこともありませんでした。
食中毒に当たることもありませんでした。
身内に不幸が訪れることもありませんでした。
何もなかった日というのは、こうしたトラブルの可能性をすべて回避できた状態です。
何もなかったといいますが、実に素晴らしいことです。
運が悪いのではありません。
運がいいのです。
何もなかった日は、ガッツポーズで喜んでください。
両手を挙げて喜んでもいいくらいです。
今日何もなかったおかげで、安心して寝ることができ、気持ちよく明日を迎えられます。
何もなかった日は、トラブルが起きなかった日です。
素晴らしい平和を実現できた1日です。
今すぐいいことを起こす方法があります。
とても簡単であるうえ、とてもおいしい方法です。
それは「おいしいものを食べる」という方法です。
食べることは、人にとって欠かせない基本行為です。
食欲は、3大欲求の1つです。
おいしいものを食べることで、食欲をたっぷり満たせます。
しかも幸福感でいっぱいに満たせます。
これを「いいこと」と言わずして何と言うのでしょう。
とても幸せなことであり、恵まれたことです。
当たり前のことと思うかもしれませんが、だからこそ見落としがちです。
あなたの大好物は何ですか。
それを食べるだけでいいのです。
おいしいものを食べるだけですから簡単にできますね。
難しくもなんともありませんが、これぞまさしく「いいこと」の代表例です。
おいしいものを食べてください。
コンビニに行って、大好物を買って食べるのも良し。
パンでもお菓子でも飲み物でもかまいません。
レストランに行って、好きな料理を注文して食べるのも良し。
値段は気にせず、とにかく食べたいものを食べましょう。
もちろん自分の手で食事をつくってもかまいません。
自分が作ったものなら、何でもおいしく感じるでしょう。
食べているときは、味に集中しましょう。
目をつぶって食べてみると、より味に集中しやすくなります。
「なんておいしいのだろう!」と感動してください。
感動はすればするほどいいものです。
おいしいものを食べられることに感謝しましょう。
おいしいものを食べれば、テンションも上がり、心も元気になります。
少しくらい値段が高くてもいいのです。
おいしいものを楽しめるのですから安いものです。
私たちは幸せな時代に生きています。
自由においしいものを食べられる時代に生きています。
普通に食欲を満たすのもいいですが、せっかく食べるなら大好物を食べましょう。
朝食・昼食・夕食の3回ともおいしいものを食べれば、いいことが3回起こったことになります。
おいしいものを食べるだけで、いいことになるのです。
人生を楽しみたいなら、着目点は「好きなこと」にあります。
人生を楽しみたいなら、好きなことにお金をかけましょう。
お金をかければかけるほど、充実感と満足感が得られます。
好きなことにお金をかけると、造詣が深まってもっと好きになれます。
愛も深まって、ますます愛せます。
好きな範囲が広がって「楽しい」「面白い」「幸せ」と感じる場面が増えます。
好きなことにお金をかければかけるほど、わくわくした毎日を送れます。
好きなことにはどんどんお金をかけていきましょう。
「好きなことにお金をかける=人生を楽しむ」です。
節約も大事ですが、好きなことだけは財布のひもを緩めてOKです。
「節約は大事なこと」
これは間違いありません。
だからといって、何でも節約一辺倒が正しいわけではありません。
節約のために好きなことまで削ろうとする人がいますが、慎重になったほうがいいでしょう。
たしかに節約は大切ですが、好きなことまで削るのは良くありません。
好きなことを削ることは、人生の楽しみを削ることになります。
好きなことは人生の楽しみとつながっていて相関関係があります。
お金が貯まっても、充実感と満足感が減ってしまっては意味がありません。
好きなことを我慢するのは、自分をいじめる行為に相当します。
世間には「無駄遣いは避けるべき」という風潮があります。
たしかに無計画な借金はよくありませんが、許される例外があります。
好きなことです。
好きなことであれば、借金も許されます。
好きなことを極めていけば、自然と仕事につながります。
好きなことだからこそ、スキルの上達も情報の吸収も早くなります。
好きなことなので、自然と集中できてしまい、ストレスにも強くなります。
好きなことから得た知識やスキルが仕事に生かされ、そのまま仕事力に直結します。
突き詰めていった結果、好きなことが仕事になってしまうことも少なくありません。
好きなことが仕事に生かされると、おのずと収入が増えるため、借金をしてもきちんと返せます。
好きなことなら無駄遣いもOKです。
むしろ好きなことで無駄遣いをしましょう。
無駄遣いをしたということは「プラスアルファを楽しめた」ということになります。
好きなことのプラスアルファを楽しめたのですから、無駄になっていません。
人生の可能性を120%引き出したことになります。
これが「人生を満喫する」ということです。
お金がない不幸は、まだ我慢できます。
貧乏生活でも、その中から希望や楽しみを見いだすことは可能です。
節約が意外と楽しいときもあります。
ゲーム感覚になると、節約の苦しみも快感に変わります。
一方、好きなことができない不幸は絶望的です。
「何のために生きているのだろう」「ただ生きているだけの毎日」と感じてしまい、絶望につながります。
好きなことができない不幸は、お金がない不幸より、苦しいのです。
好きなことにどんどんお金をかけていきましょう。
お金をかけた分だけ人生を楽しめます。
好きなことをするからこそ、生きている実感が得られます。
「節約しようかな」と迷ったとき、好きなことであればゴーサインです。
私たちの人生は、1回しかありません。
好きなことをしても一生ですが、嫌いなことをしても一生です。
どうせ生きるなら好きなことをしたい。
「好きなことをするべきだった」と後悔することはあっても「好きなことをしないほうが良かった」と後悔することはありません。
人生とは、暇つぶしです。
好きなことをしないと生きている意味がありません。
一度しかない壮大な暇つぶしなのですから、好きなことをやりましょう。
生活を好きなことで100%に満たすのは難しくても、100%を目指す心がけは大切です。
少しでも好きなことの比重を増やし、生活を好きなことで染めていくことが大切です。
好きなことの比重が高くなるにつれて、幸福感も高まります。
1週間に1回は流したいものが3つあります。
「汗」「涙」「嫌なこと」です。
流せば流すほどいいものです。
私たちは大人になるにつれ、これら3つのことを流し忘れやすくなります。
毎日流すのは難しいですが、週に1回であれば取り組みやすいでしょう。
それぞれを流すことで、すっきり爽快な気分になれ、心も軽くなれます。
普段から意識して、定期的に流すようにしましょう。
1週間に1回は、たっぷり体を動かしましょう。
たっぷり体を動かすと、気持ちのいい汗をかけます。
体を動かすことは、健康習慣の基本です。
運動不足だけでなく、リフレッシュやストレス解消にも役立ちます。
「体を動かすと疲れる」という人もいるでしょうが、誤解です。
実際は逆です。
じっとしているほうが疲れます。
じっとしていると血液の流れが悪くなり、なかなか疲れが取れません。
老廃物の排出が滞って、倦怠感に悩むことになります。
だからこそ、汗を流してください。
運動で汗をかく人は、誰もが輝いています。
汗で光が反射してきらきら輝き、素晴らしい時間を過ごせます。
1週間に1回は、汗をかく習慣をつくりましょう。
帰り道の途中、一駅手前で降りて早歩きで帰るだけでも、気持ちのいい汗をかけます。
1週間に1回は、涙を流す機会をつくりましょう。
最も効果的なのは、素晴らしい映画を見て、感動の涙を流すことです。
素晴らしい映画を見ると心が震え、涙が流れます。
感動ほど美しいものはありません。
感動とは、心を喜ばせる行為です。
私たちは大人になるにつれ、涙を流す機会が減るため、意識的に涙を流す機会をつくっていくことが大切です。
涙を流すと心が一新してすっきりした気持ちになれます。
「また頑張ろう」という気持ちにさせてくれるのです。
1週間に1回は、嫌なことを流しましょう。
「積極的に嫌なことを忘れていく」ということです。
ショックな言葉で傷つくこともあるでしょう。
腹立たしい出来事で、いらいらすることもあるでしょう。
中には許せないと言うこともあるかもしれません。
しかし、つまらないことにこだわっていても仕方ありません。
執着したところで、自分が苦しむだけです。
嫌な一言もショッキングな出来事も、執着したところで何の意味もありません。
負の感情は心をむしばみます。
だから、流してしまうのです。
1つずつ嫌なことを許して、忘れていきましょう。
いきなり嫌なことすべてを忘れるのは難しくても、1週間に1つくらいならできるはずです。
昔のことは時効にします。
心を自由に解放させてください。
「許す」「忘れる」「気にしない」です。
嫌なことを流すことで、心が軽くなります。
心が軽くなるとやる気や元気が湧いてきて、次に向かうパワーが生まれてきます。
元気を出すために本を読むことがあるでしょう。
へこんだり悩んだりして心の火が消えかかっているときは、元気になれそうな本を読みたくなるものです。
たとえば、自己啓発書です。
前向きな内容で明るい言葉が並んでいて、読んでいるだけで元気が出てきます。
「元気になれそうな本はないかな」と頼りを求める気分で、本屋の中をぶらぶら見て歩くことがあるでしょう。
あなたなら、元気になりたいとき、どんな本を読みますか。
もちろん読みたい本を読むのがいちばんですが、念頭に置いておきたい選び方があります。
元気を出すために本を読むなら、活字が大きくて、文字数が少ないものがおすすめです。
「元気を出す」という点において、最も効果的だからです。
想像してみてください。
本を開いた瞬間、1ページに小さな字がぎっしり詰まっていると、どんな印象を受けるでしょうか。
字の大きさが小さいので、読みにくく感じるでしょう。
たくさん字が詰まっているので、読むのに時間もかかるでしょう。
1ページあたりの文字数が多いため、なかなかページが進まず、いらいらするでしょう。
元気を出したくて本を読んでいるのに、ますます元気が奪われ疲れてしまいます。
ベストセラーであろうとロングセラーであろうと、逆効果になっては意味がありません。
元気を出すために本を読むなら、活字が大きくて、文字数が少ないものを選びましょう。
目安としては「すらすら読めそうだな」と思えるかどうかです。
自己判断でOKです。
本屋で本を開いた瞬間「すらすら読めそうだな」と思えば、レジに持っていきましょう。
元気がないときに読む本は、力を抜いても読めることが重要です。
活字が大きくて文字数の少ない本は、力を抜いた状態でも読めるので内容を吸収しやすくなります。
ページをめくる早さも速くなり、前に進んでいる感覚が得られるので達成感が得られます。
読み終えるころには、元気を取り戻しているでしょう。
自然とポジティブな気持ちに包まれ、行動したくなっているのです。
運を高めたいなら、次のことを心に決めてください。
「サービスの悪いお店には行かない」と。
たまに行ったり付き合いで行ったりする程度ならいいです。
何気なく入ったお店が、たまたま評判の悪いところということもあるはずです。
「いいお店があるよ」と人の付き添いで入ったものの、偶然うるさい客と居合わせ、残念になることもあります。
「知らなかった」「うっかりしていた」「不可抗力」といったことはあるもの。
しかし「サービスの悪いお店」とわかっていながら、わざわざそこに行くのはおすすめしません。
なぜサービスの悪いお店に行かないのか。
それは、運を奪い取られるお店だからです。
サービスの悪いお店には、あなたの運を下げる要素が多数存在しています。
給仕の接客態度が悪く、不快な気分になります。
客層が悪く、おいしく食事をいただけません。
店内の雰囲気が悪く、元気を奪われます。
食事が出てくるのが遅く、いらいらさせられます。
お会計の間違いも多く、損をすることが多くなります。
それらは、あなたの運を下げているのと同じことになります。
サービスが悪いお店は「お客さまに喜んでいただこう」という気持ちが欠けている証拠です。
サービス精神に欠けています。
つまり「本当にお客さまのことを考えて営業していない」といえるのです。
あなたがサービスの悪いお店に行く理由は何でしょうか。
「安いから」
「近所だから」
「行きつけのお店だから」
それなりの理由があるのかもしれませんが注意してください。
自分の運気に関わることですから慎重に判断したい。
言い方は少し悪くなりますが、サービスの悪いお店は「危険地帯」です。
サービスの悪いお店は、ただそこにいるだけで運を奪われてしまいます。
運を考えるなら「サービスの悪いお店には行かない」と心に決めることです。
サービスのいいお店があります。
「たまたまサービスがいいのだろう」と思うかもしれませんが、そうではありません。
素晴らしいサービスの実現には、意図的な工夫と努力が必要です。
サービスがいいお店には何があるのか。
サービスがいいのは「本気」があります。
サービスを通して店主の誠実な気持ちが伝わってきます。
「お客さまに喜んでいただこう」という気持ちにあふれている証拠です。
「品質を上げよう」「より良いものをつくっていこう」という向上心も感じられます。
そうした雰囲気に包まれることで影響を受け、自分の運もよくなります。
運を高めたいなら、サービスのいいお店に行きましょう。
サービスのいいお店には、素晴らしいサービスが充実しています。
接客態度がよく、嬉しい気持ちにさせてくれます。
明るい雰囲気があって、心まで明るくさせてくれます。
客層も上品で、上流貴族のような気分を味わわせてもらえます。
それらは、間接的に運を分け与えてもらえるのと同じこと。
お店を出るころには、すがすがしい気持ちになっていることでしょう。
サービスのいいお店から運を分け与えてもらえ、あなたの運も高まっていくのです。
どうせお金を払うなら、サービスのいいお店で使いたい。
高級店の値段には、運が高まる料金も含まれていると考えてください。
せっかくお店に行くのなら、できるだけサービスのいいお店に行きたい。
サービスのいいお店は「運を分け与えてもらえるお店」と言い換えてみてください。
「どうせ行くなら、値段が少々高くても、サービスのいいお店にしよう」と思えるはずです。
「神様からのご利益がない」と嘆いている人がいます。
「きちんと拝んでいるのに、ご利益がない」
「毎日欠かさず拝んでいるのに、ご利益がない」
「時間をかけて拝んでいるのに、ご利益がない」
「おさい銭をたくさん投げているのに、ご利益がない」
一生懸命拝んでいるにもかかわらず、ご利益がないと「本当に神様はいるのかな」と疑いたくなるところでしょう。
「おさい銭を返せ」「神様に祈っても仕方ない」など考える人もいるかもしれません。
しかし、ここに大きな誤解があります。
「神様からのご利益がない」と嘆く人は、神様からのご利益を誤解しています。
恋愛の成就、仕事の成功、宝くじの当選といった恩恵のことをご利益だと思っています。
もちろんそうした形のご利益もありますが、その限りではありません。
神様からのご利益の多くは「無事」「平和」「平穏」といった形で実現されます。
すべて神様からのご利益です。
平凡で当たり前のことに思うかもしれませんが、どれも素晴らしいご利益です。
きちんと神様からのご利益を受け取っています。
ご利益がないのではありません。
ご利益に気づいていないだけです。
神様からのご利益があるから、あなたは生きることができています。
神様からのご利益に気づきましょう。
無事に日々を過ごせているだけで喜ばしいことです。
今日も無事平穏に生きられているのは、神様からのご利益のおかげです。
恩恵があることもご利益ですが、トラブルがないこともご利益です。
朝起きるのが遅くなり、電車に乗り遅れた。
電車の中で足を踏まれた。
遅刻してしまい、上司に叱られた。
仕事でミスをして、また上司に叱られた。
頭痛がしてきて気持ち悪くなった。
メールの送信先を間違えてしまった。
帰ろうとしたら、急な残業が入った。
残業のせいで、見ようとしていた映画が見られなくなった。
ストレスがたまっていたせいで、無駄遣いをしてしまった。
落ち込んで歩いていたら、道ばたの石につまずいて転び、けがをしてしまった。
踏んだり蹴ったりの1日とは、まさにこのことです。
最悪の1日だと感じます。
あってほしくありませんが、人生ではひどい経験が重なる1日があるもの。
立て続けに嫌なことばかりが起こると、気持ちもめいります。
成功の連鎖があるように、失敗の連鎖もあります。
「今日は悪いことばかりだった。不運の出来事が多かった。踏んだり蹴ったりの1日だった」
踏んだり蹴ったりの1日があると、つらくて嘆いてしまいます。
あまりに悪いことばかりが重なると、悪霊に取りつかれているのではないかと心配してしまうでしょう。
ここで大切なことがあります。
気づいてください。
立て続けに嫌なことが起こっているせいで、考え方がネガティブになり、嫌なことばかり見るようになっています。
目線も考え方も悪い方向を向いていると、さらに悪いことを引き寄せてしまいます。
目線を変えてください。
立て続けに嫌なことがあったときこそ、いいことに注目しましょう。
いいことが1つもない1日はありません。
どんな日でも、必ず1つはいいことがあります。
不運や災難が続いた1日でも、それだけではないはずです。
たとえ踏んだり蹴ったりの1日でも、必ず1つはいいことがあります。
踏んだり蹴ったりの1日のときこそ、いいことに注目しましょう。
1つあればいいのです。
1つあれば十分です。
ポジティブな要素を発見することが大切です。
「今日は不運な出来事が重なって最悪だったけど、こんないいこともあったよね」
いいことが見つかれば、素直に喜び、感謝しましょう。
いいことに着目すれば、元気が出ます。
心に明るい気持ちがぱっと広がるのです。
1人の行動に慣れている人がいます。
主体性があって精神的に自立している人は、いろいろなところに1人で出かけることができます。
団体より個人のほうが、動きやすくて自由があります。
孤独に強い人は、どんどん1人で行動していけます。
普段から1人で行動することが多く、それが普通になっている人も多いでしょう。
そんな1人の行動に慣れている人でもためらってしまう、特別な場所があります。
「高級レストラン」です。
1人の行動に慣れている人でも、高級レストランだけは特別感が強く、恥ずかしく感じるものです。
高級レストランは、特別な場所です。
落ち着いた音楽が流れ、荘厳な雰囲気が漂っています。
大人だけが許される聖域です。
しかも上品な紳士淑女ばかりです。
1人のお客さんはほとんど見られません。
1人で旅行やカラオケに行くことはできても、1人で高級レストランに行くのだけは難しく感じるもの。
孤独に強くて1人の行動に慣れている人でも、高級レストランだけは強い抵抗感を覚えるのです。
ここで、1人で高級レストランに行く抵抗感をなくす方法があります。
「自分にとって大切な記念日に行く」という方法です。
高級レストランには、自分にとって大切な記念日に行きます。
入店の際も「自分にとって大切な記念日を祝うために来た」と思うようにします。
するとどうでしょう。
大義名分をつくることで心の整理ができるようになり、抵抗感が小さくなります。
「自分にとって大切な記念日」というのは、あくまで個人的なことです。
個人的なことですから「1人で楽しむのが普通」と思えるようになります。
高級レストランに1人で来ることが自然に感じるようになるのです。
1人で高級レストランに行くのが恥ずかしく感じるのは「カップルや団体で行くもの」という意識があるからです。
そこで意識改革です。
「個人的なこと」と思うことです。
個人的な意味があれば、高級レストランに1人で行くことが自然に感じるようになります。
むしろ「1人で行くべきだ」という考え方になるでしょう。
結局のところ、意識の問題です。
意識の問題ですから、意識が変われば感じ方も変わります。
周りからの視線があっても「私の記念日」と思えば、平気になれます。
恥ずかしさがなくなり、堂々としていられるのです。
食事をする際は、その記念に関する出来事を思い出すといいでしょう。
記念日らしく節目を感じるのも良し。
涙ぐましい努力を思い出すのも良し。
これまでのお世話になった人への感謝を思い出すのも良し。
いい気分に浸りながら食事を楽しめば、より有意義な時間を過ごせます。
記念らしいことを思い出しながら、しばし心地よいひとときを過ごしましょう。
努力した自分に酔いつつ、ワインを飲んで、また心地よく酔えるのです。
念を押したいのであれば、予約の際「私の○○の記念を祝いたいため、予約させていただきます」と伝えるといいでしょう。
気の利いたレストランであれば、記念であることを伝えることで、特別な演出を用意してくれることもあります。
生活を楽しむヒントは「あなたの頭」にあります。
髪の毛ではありません。
髪の毛が伸びることです。
自然と生える髪の毛ですが、気づいておきたい大切なことがあります。
髪は1日にどのくらい伸びるかご存じでしょうか。
「0.3ミリ」です。
髪は1日に0.3ミリずつ伸びます。
ざっくり言うと、3日で1ミリ、7日で2ミリ、10日で3ミリです。
ここである事実に気づきます。
昨日と同じ髪型にしたとします。
まったく同じ髪型にしたつもりでも、実はよく見ると違います。
昨日より髪が0.3ミリは伸びています。
0.3ミリ伸びているということは、0.3ミリ分の違いが生まれているということです。
わずかな違いですが、違いは違いです。
つまり、毎日違った髪型を楽しめるということです。
この小さな変化に気づき、楽しむことが大切です。
毎日同じ髪型をしようとしても、実はできません。
何の努力も苦労もなく、毎日あなたの髪は毎日0.3ミリずつ髪が伸びてきます。
毎日少しずつ髪が伸びているということは、毎日違った髪型を楽しめるということです。
なんて面白いことなのでしょう。
自分から変化を求めなくても、実は自然と変化が生まれています。
0.3ミリずつ伸びていることに気づけば、髪の毛が生き物のように感じるでしょう。
髪が伸びることに感謝しましょう。
そして自然と髪が伸びることに奇跡を感じてください。
髪が伸びるということは、奇跡が起こっているということです。
雨の日も風の日も、苦しいときも悲しいときも、毎日0.3ミリずつ伸びてくれます。
腹が減っているときも、風邪をひいて寝込んでいるときでも、毎日0.3ミリずつ伸びています。
どんなときでも髪の毛は文句も言わず、毎日きちんと0.3ミリずつ伸びています。
働き者の頭皮に感謝しましょう。
あなたの髪は、昨日より0.3ミリ伸びています。
明日は、さらに0.3ミリ伸びているでしょう。
たかが0.3ミリ、されど0.3ミリ。
あなたの頭では、毎日「0.3ミリの奇跡」が起こっているのです。
私たちが生きる社会には「はやり」があります。
世の中は、はやりの連続です。
新しいはやりが生まれては消え、また新しいはやりが生まれては消えます。
はやっていることは、雑誌で特集が組まれたりニュースで大々的に流れたりして頻繁に目にします。
今も何かが世間ではやり、話題になっているでしょう。
ところが、はやっていることにうがった見方をする人がいます。
「ミーハーにはなりたくない」
「はやりの乗っかるのは負けた気がする」
「私は流行に惑わされる人間ではない」
「今ははやっていても、どうせすぐ廃れていくよ」
はやりに騒いでいる人たちがいても、同調せず、少し離れたところから冷めた目で見ています。
たしかに安易に飛びつく様子もあり、抵抗感を持つ人もいるでしょう。
流されやすいイメージがあるのは否めません。
だからといって、やみくもに否定するのも良くありません。
「はやりに流されてたまるものか」と否定する気持ちがあると、刺激を制限してしまい、変化と成長の妨げになります。
意地を張ってはやりを否定していると、時代後れの人間になってしまいます。
はやりには、素直に乗っかってみましょう。
抵抗があるなら「素直になるトレーニング」と考えてください。
はやっていることがあれば、素直に飛び込んでいきましょう。
「乗っかっていいのかな」ではなく「さあ、乗っかろう」でいきましょう。
実際に体験してみることで「時代の今」を感じることができます。
日常に新鮮な刺激をもたらし、新しい変化が得られ、心も若返ります。
はやっているにも理由があります。
メディアによる影響もあるとはいえ、はやっているのは事実です。
はやっているということは「時代の流れに合っている」「人の心をつかんでいる」ということです。
はやりに乗っかることで時代の流れを感じることができるでしょう。
仕事につながるアイデアがひらめくことがあります。
ミーハーな感じがするかもしれませんが、気にすることはありません。
はやりに乗っかることは、痛々しい行動ではありません。
若々しい行動です。
若返りの王道でもあります。
ミーハーは悪いことではありません。
笑う人がいれば、ストレートに「私はミーハーです」と言えばいいだけです。
違法でも不自然でも非常識でもないのですから、堂々としていればいいのです。
「流されやすい」と考えるのではありません。
「時代の変化に素直」と考えてください。
はやりを試すことでお金がかかっても無駄ではありません。
はやっていることに飛び込めば、話ネタにもなります。
人を引きつけるネタができる時点で元は取れています。
話ネタができたり新鮮な刺激が得られたりするので、十分な意味があります。
あるとき人から「何か面白いことはない?」と聞かれることがあるでしょう。
だるそうな表情で聞かれることが大半です。
どうやら刺激のない毎日で、飽き飽きしているようです。
最近わくわくすることがなく、つまらない毎日を送っているようです。
楽しいことや興味を引かれることがないと、周りの人に「何か面白いことはない?」と聞きたくなるものです。
しかし「何か面白いことはない?」と聞かれたときの返事は単純です。
「面白いことだらけだよ」と答えましょう。
このセリフの意味は2つあります。
「相手を諭す意味」と「自戒の意味」です。
世の中は、面白いことだらけです。
視点や考え方を変えれば、世の中には面白いことがたくさんあります。
何を見ても、何を聞いても、何をしても、すべてが面白く感じます。
あなたの目の前に、車があるとします。
車体の色やデザインに注目すれば、面白く感じるでしょう。
車の走る様子が生き物のように見えてくれば、さらに面白く感じるでしょう。
バスや電車の移動中、車内広告を見つけたとします。
広告で使われているキーワードやレイアウトに注目すれば、何かユニークな点が見つかり、面白く感じるでしょう。
広告から「時代の今」を感じることもできるはずです。
いい天気で青空が広がっているとします。
あらためて考えると、空が青いのは面白いことです。
「空が青い」という自然の神秘に気づき、面白く感じるでしょう。
空に浮かぶ雲に注目すれば、人や動物などいろいろな形に見えてきて、ますます面白く感じるでしょう。
結局のところ、本人しだいです。
面白いことがないのではありません。
面白いと感じていないだけです。
私たちの日常には、面白いことで満たされています。
24時間365日、常に面白いことが起こっています。
面白いことが次々起こっている状態です。
「面白いことしかない」と言っても過言ではありません。
それに気づくことが大切です。
「何か面白いことはない?」と聞かれたら「面白いことだらけだよ」と答えましょう。
理由を聞かれたら、ここで説明した内容で答えてください。
お互いが前向きになり、啓発意識が向上します。
「面白いことだらけだよ」というセリフには、相手を諭す意味だけでなく、自戒の意味も込められています。
「運の悪いことが多いなあ」
「最近ついてないんだよね」
「どうして私はこんなに運が悪いのだろう?」
運が悪くて嘆いている人がいませんか。
思うようにいかないことが多いと気持ちが落ち込んでしまい、ため息をついてしまいます。
自分の運の悪さに嫌気が差しているかもしれません。
しかし、誤解しないでください。
あなたはまったく運が悪くありません。
むしろ運がいいのです。
誰が何と言おうと、あなたは100%運がいい。
飽食の時代に生まれただけで、あなたはすでに運がいいのです。
食が豊かになったのは、実はごく最近の話です。
人類が誕生して20万年ですが、ほんの100年前までは、食の貧しい時期が続いていました。
食べるものはあるにはありましたが、選択肢は限られたものでした。
歴史を振り返ると、飽食どころか貧しい食事が大半を占めています。
特に戦乱の時代やファシズムの時代は、その日の食事すら満足にできない状況でした。
一方、今は飽食の時代です。
今ほど外食産業が発達した時代は、歴史のどこを探してもありません。
お金さえあれば、世界中の料理を堪能できます。
珍しい食材や貴重な食べ物も、注文すれば、世界中から取り寄せることが可能です。
もはや手に入らないものはない時代です。
もし少しでも生まれた時代がずれていれば、今ほど豊かな食は享受できなかったでしょう。
この素晴らしい恩恵に気づくことが大切です。
せっかく飽食の時代に生まれたのですから、この恵まれた環境を生かそうではありませんか。
ダイエットで食制限をするのもいいですが、幸いにも飽食の時代に生まれたのですから、いろいろな食を楽しみたい。
一昔前では実現できなかった豊かな食を、今の時代なら簡単に実現できます。
自分がつくれなくても、外食を利用すれば世界各国の料理を楽しめます。
世の中には、珍しい食べ物・不思議な食べ物・面白い食べ物など、さまざまあります。
あなたの目の前には、食のワンダーランドが広がっています。
こんな素晴らしい環境を生かさなくては損です。
美容やダイエットで食事を制限している人もいるかもしれませんが、やりすぎには注意してください。
限度を超えて食事制限をしていると、飽食の時代に生まれた意味がありません。
「それでは私は食べるのを我慢する」という人はそれでもいいですが、頑固になっていると人生を楽しめません。
ストレスが増えてしまいます。
せっかく飽食時代に生まれたのですから、その恩恵を素直に享受したほうがいいでしょう。
飽食の時代に生まれたあなたは本当に幸運です。
自分の幸運に気づいてください。
素晴らしい食の世界が広がっていることに気づいてください。
生まれた瞬間から一生涯のラッキーが確定しています。
飽食の時代に生まれただけで、あなたはすでに運がいいのです。
「なぜか挨拶をされない」
「あまり声をかけてもらえない」
「周りから無視されているような気がする」
挨拶をされないという人にありがちなパターンがあります。
自分が挨拶をしていないのです。
自分から挨拶をしない一方で「挨拶をされない」と文句を言っています。
挨拶されるのを待っています。
なかなか自分から挨拶することはありません。
「挨拶されたら挨拶をする」という状態になっています。
これでは挨拶をされないのも当然です。
挨拶に消極的であり、受け身の姿勢になっています。
挨拶をされない原因は、本人にあるのです。
受け身の挨拶は、立場の高い人によくありがちです。
地位や肩書ができて立場が高くなると、上下関係を意識し始めます。
「挨拶は立場の低い人からするもの」という考え方になり、受け身の姿勢になることが多い。
「自分から挨拶をしたら負け」という、つまらないプライドにこだわっていることも少なくありません。
相手から挨拶してこないと「失礼な人だ」と考えるようになります。
これは良くありません。
挨拶に立場の上下は関係ありません。
挨拶は、上下関係にかかわらず、気づいたらするものです。
「挨拶は立場の低い人からするもの」という誤った考え方を持つと、受け身の姿勢になります。
自分から挨拶をしないでいると「気安く声をかけるな」という偉そうな雰囲気が出ます。
周りの人はそれを察知して、挨拶しなくなります。
周りから距離を置かれてしまい、だんだん孤立していくのです。
挨拶は、されてからするものではありません。
自ら進んでしていくものです。
挨拶はコミュニケーションの基本です。
自分から進んで挨拶をしていくと、オープンな雰囲気が漂います。
「あなたを歓迎します」「もっと仲良くなりたいです」「よろしくお願いします」といったメッセージが伝わります。
親しくなるきっかけが生まれ、コミュニケーションの活性化につながります。
自分から進んで挨拶をしましょう。
仲のいい人だけでなく、仲の悪い人にも挨拶をしたい。
少し抵抗があるかもしれませんが、勇気を出してください。
仲の悪い人に挨拶をすることで、改善修復のきっかけが得られます。
こちらから挨拶すると、相手も挨拶を返してくれるようになります。
普段から進んで挨拶をしていると、相手からも挨拶されるようになります。
気づけば「挨拶をし合う関係」になっています。
相手がいることに気づかなくても、挨拶をし合う関係になっているので、相手から挨拶をしてくれるようになります。
よく挨拶される人は、よく挨拶している人なのです。
珍しい経験ができるなら、ぜひそれにチャレンジしてみましょう。
珍しいかどうかは自己判断でOKです。
あなたが「珍しい」と思うなら、何でもかまいません。
たとえお金が必要だとしても、珍しいことにはチャレンジしたほうがいい。
「珍しい」というだけで、お金を払う価値があるからです。
恥ずかしい経験でも、まずい味がしてもいいのです。
不快な気持ちになることでもいい。
恐怖でぶるぶる震えてもいい。
痛みがあっても、小さくて我慢できるなら許容範囲です。
少々の痛みは、笑ってしまえば吹き飛びます。
珍しい経験をするために、お金を払う価値があります。
珍しい経験は、普段なかなかできることではありません。
普通に過ごしていれば、普通の経験しかできません。
私たちは、繰り返しの毎日に陥りがちです。
特に社会人になってからは、刺激が単調になっている人も多いでしょう。
自宅と会社の往復ばかりで、なかなか非日常が起きることが少ないものです。
そんな中、一定額を支払うだけで珍しい経験ができるなら安いものです。
経験が増えることで視野も広がって成長にもつながります。
話のネタにもなるのですから一石二鳥です。
経験が増えたり話のネタになったりした時点で、お金の元は取れています。
元をとっているどころか、おつりが返ってきます。
なかなか勇気が出ないなら、珍しい経験に呼び方を変えてください。
珍しい経験は「エンターテインメント」と呼んでみましょう。
童心がよみがえり、遊び心が生まれ、取り組みやすくなるでしょう。
珍しい経験はユニークなことですから、それだけで十分なエンターテインメントになります。
この考え方は、ビジネスだけでなくプライベートでも同じです。
経験がないからやらないのではありません。
経験がないからやってみるのです。
珍しいことを経験すると、あなたの頭の中で新しい神経細胞ネットワークが構築されます。
このことで視野が広がったり斬新なアイデアが生まれやすくなったりして、少し賢くなれます。
これが「成長する」ということです。
「珍しい経験をするだけで少し賢くなれる」と思えば、お金を払ってでもやってみたい気持ちが湧いてくるはずです。
人生を楽しむために必要な時間があります。
それは「ぼんやりした時間」です。
真面目で頑張っているあなたは、きっと忙しい日々を送っているでしょう。
効率を徹底して、生産的な時間を過ごすよう心がけていることでしょう。
1分1秒を無駄にしてはいけないと思っているに違いありません。
息をつく暇もない毎日を送っているのではないでしょうか。
ぼんやりした時間をつくるどころか、むしろなくそうとしているかもしれません。
もちろん効率の良い生き方も悪くありませんが、そればかりではいけません。
忙しい毎日ばかりでは、息をつく暇もありません。
多忙の毎日は、目が回って、大切なものが見えなくなったり感じられなくなったりします。
人生を楽しみたいなら、何もしない時間をつくってください。
すなわち「ぼんやりした時間」です。
「そんな無駄な時間はつくっていられない!」
顔を真っ赤にしながら反論するかもしれませんが、その性急な考えが良くありません。
たしかに表向きは非生産的な時間に見えるかもしれません。
ぼんやりした時間は無駄で不毛な時間に思えるでしょう。
しかし、ここに誤解があります。
ぼんやりした時間は、リラックスの時間です。
人生に充実感を与える時間です。
ぼうっとした時間をつくることで、緊張から解放されます。
現実がつらくても、そのときだけは忘れることができます。
本来の自分を取り戻す時間になります。
空白の時間は大切です。
空白の時間には、大切な意味があります。
ぼんやりする時間があるからこそ、心身が整い、エネルギーが充電されます。
そして、次に向かうパワーが生まれるのです。
ぼうっとしながら、散歩をするのも良し。
湯船に浸かりながらぼんやりするのも良し。
ぼんやりしているときは、頭を空っぽにして何も考えないようにするといいでしょう。
すると、不思議なことが起こります。
ぼんやりしているうちに、なぜか満たされた気持ちになります。
嬉しい出来事が起こったわけでもないのに、幸福感が湧き上がってきます。
充実感と満足感が生まれ、心が元気になります。
心に余裕が生まれるからです。
心に余裕が生まれることで、心身のバランスが整い、今まで感じなかったことを感じられるようになります。
心が平穏になると、聞こえなかったことが聞こえるようになり、見えなかったものが見えるようになります。
結果として、生きることの素晴らしさを実感でき、もっと人生が楽しくなります。
ぼんやりした時間をつくりましょう。
1日10分でいいのです。
10分が難しければ、3分でもかまいません。
意図的にぼんやりした時間をつくって楽しんでください。
ぼんやりした時間を楽しむことができれば、あなたは幸せになれます。
「最近面白いことがない」と言う人がいます。
代わり映えのない毎日で、どきどきわくわくすることもなく、淡々と時間が過ぎるばかり。
面白いことのない日が続くと、日常が色あせて見えるでしょう。
「最近面白いことがない」と感じているなら、今すぐ本屋に駆け込んでください。
本屋にはあらゆるジャンルの本がめじろ押しです。
時を忘れさせてくれる小説から知的好奇心を満たしてくれる実用書まで、さまざまな本が並んでいます。
あなたをどきどきわくわくさせてくれる本が見つかること間違いなし。
本の選び方は自由です。
数万、数十万という本があって、面白い本が1冊も見つからないというのはあり得ません。
表紙や背表紙を見て、アンテナがぴんと反応したものを買えばいいのです。
もちろん漫画でもかまいません。
漫画もれっきとした本であり、日本を代表する文化の1つです。
漫画とはいえ、ためになるものがたくさんあります。
登場人物の細かな心情が描かれていたり、自分とは違う疑似体験させてくれたり、勉強になるものがあったりです。
漫画はビジュアルが中心なので、ちょっと疲れているときでもすらすら読めるでしょう。
本の値段が高いという人がいますが、誤解です。
実際は安すぎるほどです。
本を読むことは、著者から直接話を聞くことと同じです。
1冊の本ができるまでには、膨大な手間暇がかかっています。
著者の考えが詰まった、血と汗の結晶を、ほんの1,000円程度で購入できるのですから、これほどありがたいことはありません。
それでも値段が高いというなら、古本屋に行けばいいことです。
気になった本が見つかれば、さっそくレジでお会計です。
買ったらできるだけ早く読み始めましょう。
本は、買った日がいちばんよく吸収できます。
ページをめくるたびに心を奪われ、どきどきわくわくさせてくれます。
日頃から本屋に足を運び、本を買う習慣があれば「最近面白いことがない」というセリフとは無縁になります。
電車に乗ったら何をしていますか。
空席があれば、そのまま座る人もいるでしょう。
目的地に着くまでぼんやりしている人もいるでしょう。
カバンの中から本を取り出して、電車で読書を楽しむ人もいるはずです。
スマートフォンで、ゲームを楽しんだりニュースを読んだりして、暇つぶしをする人もいるのではないでしょうか。
もちろん電車の中の過ごし方は自由です。
しかし、せっかく電車に乗っているなら、もっと有意義なことに時間を使いませんか。
電車に乗っているときしか楽しめない、有意義な過ごし方があります。
それは「車窓から景色を楽しむこと」です。
景色を眺めても仕方ないと思うかもしれませんが、誤解です。
車窓から見える景色には、風情があります。
電車の動きとともに移り変わっていく景色は、電車に乗っているときしか楽しめません。
歩いているときや走っているときの景色でもなければ、自転車に乗っているときの景色とも違います。
椅子に座ったり、スマートフォンでゲームを楽しんだりするのは、別のタイミングでもできることです。
特別疲れていなければ、立ったまま外の景色を眺めましょう。
「ガタンゴトン」という音とともに移り変わる景色には、最上の風情があります。
車窓から景色を眺めることには、メリットがあります。
まず気分転換です。
短時間でいろいろなものが視界に飛び込んできます。
人、看板、建物、モニュメント、川、公園、緑、街並み。
ぼんやり眺めているだけで、心が和らいでストレスが軽くなります。
かっこいい男性やかわいい女性を見つけ、目の保養になるかもしれません。
普段から乗っている電車でも、注意深く眺めていれば「こんなところにこんなものがあったのだね」と驚くことがあるでしょう。
仕事に役立つヒントが見つかることもあります。
視界に飛び込んできたものから、ひらめきが生まれるのはよくあること。
短時間で偶然の出会いをたくさん可能にします。
車窓の向こうには「仕事のタネ」があります。
問題意識を持って眺めていれば、注意力が高まってヒントを見つけやすくなります。
普通に景色を眺めている時間ではありません。
ヒント探しに集中すれば、車窓から景色を眺めるとはいえ、生産的な時間になります。
ヒントから着想を得て、アイデアに発展させましょう。
車窓からの景色は、電車に乗っているときしか楽しめません。
電車が登場する前の時代では、楽しめなかったエンターテインメントです。
車窓から眺めるだけでいいのです。
貴重な奇跡、素晴らしい感動に出会えるかもしれません。
車窓からの景色は、電車が存在する現代だから楽しめる贅沢です。
幸運体質になりたいなら「あること」を考えながら出かけましょう。
「今日は何かアクシデントがある」です。
どんなアクシデントなのかはわかりませんが、何らかのアクシデントがあると考えます。
縁起が悪く不吉に感じるかもしれませんが、これがいいのです。
その日、何もないだけでラッキーと喜べるからです。
もし何もアクシデントがなければ、幸運を感じることができるようになります。
「結局今日は、何もアクシデントがなかった。ラッキーだ。なんて運がいいのだろう」
何もないだけで喜べます。
何もないだけで幸運を感じることができるのですから、これほど簡単なことはありません。
何もないことが、すでにラッキーです。
「今日は何かアクシデントがある」と思えば、態度や振る舞いが慎重になるため、トラブルの防止に役立ちます。
くだらないと思うかもしれませんが、こういう発想をしたほうが楽しく生きられます。
時には本当にアクシデントが起こることもあるでしょう。
アクシデントが起こっても心の準備ができているため、冷静な対処がしやすくなります。
「やはりアクシデントが起こったね。予想していたとおり。さっさと解決させてしまおう」と前向きになれます。
アクシデントが起こっても起こらなくても、メリットがあるのです。
あなたに問題です。
この世で最もお金のかかる趣味は何でしょうか。
ゴルフでしょうか。
ゴルフは、お金のかかるスポーツとして有名です。
1コースを回るのに数万円かかることも珍しくありません。
絵画収集でしょうか。
たしかに絵画の中には高額のものもあり、中には簡単に手が出せないものもあります。
絵画にはまると、膨大なお金がかかって大変なことになるでしょう。
海外旅行でしょうか。
海外旅行もお金がかかるでしょう。
1回の旅行で大金が飛んでいきます。
どれもお金がかかるのは間違いありませんが、残念ながら違います。
お金がかかるといっても、まだかわいいほうです。
では、この世で最もお金がかかる趣味とは何か。
いつの間にかあなたも、その趣味にはまっているかもしれません。
正解は「貯金」なのです。
貯金を趣味にしていると、無限にお金がかかります。
100万円貯まろうと1000万円貯まろうと、終わりがありません。
1億円や10億円の貯金ができても「まだ足りたい」「もっと欲しい」となります。
たとえ100億円の貯金ができても、貯金に満足することはありません。
世間では「貯金が趣味です」というセリフを聞くことがありますが、注意が必要です。
貯金をするなら、何もしないのがいちばんです。
「貯金が趣味です」は、生きる目的のない人が言うセリフです。
貯金が趣味という人は「夢がありません」「消極的な人生を送っています」ということになります。
「趣味は貯金です」という口癖があるならイエローカードです。
無難なことに思えますが、これほど危険なことはありません。
「私はお金のかかる趣味を持っています」と言っているのと同じです。
貯金は、ギャンブルではありません。
ギャンブルではありませんが、お金がかかる点では、ギャンブルと同じ「底なし」であり、共通するところがあります。
この恐ろしさに気づくことです。
貯金を趣味にしてはいけません。
いくら貯めても満足できず「まだまだ」「もっともっと」となります。
ギャンブルと同じ「底なし」に苦しめられます。
いくら貯金しても、不安から逃れられなくなります。
不安から逃れられないため、一生幸せにもなれません。
死ぬ間際になって「貯金ばかりの人生だった」と後悔することになるでしょう。
これほど愚かなことはありません。
「お金はあるのに、心はむなしい」という状態になります。
貯金を趣味にしているかぎり、幸せになれません。
貯金を趣味にしているなら、今すぐやめることです。
「貯金が趣味」というセリフは響きがいいだけに、多くの人が落とし穴に気づいていません。
貯金が禁止というわけではありません。
蓄えは、万一に備えて必要です。
お金があればあるほど、不自由から解放してくれます。
貯金をするなら、上限金額を設定してください。
無制限の貯金から解放されます。
目安としては「年収」です。
年収300万円の人なら300万円、年収600万円の人なら600万円を上限に設定します。
自営業など、年収が変動しやすい立場なら、平均値で考えましょう。
上限を超えたお金は、すべて自己投資に回すようにしましょう。
投資先は「自分」であり「頭脳」です。
貯金に上限を設定することで、底なし地獄から抜けられます。
「貯金に上限を設け、上限を超えたお金は自己投資に回す」というルールをつくっておきましょう。
誰とも話さない日はあっていいのでしょうか。
もちろん「あっていい」です。
何ら問題ありません。
世間では「誰とも話さないのはよくない」という風潮がありますが、それに流されないことです。
大きなお世話です。
誰とも話さない日があると、世間から隔離され、社会から追放されているような錯覚を覚えるかもしれません。
「いけないことをしている」という感覚があって、不安な気持ちになるかもしれません。
しかし、それは考えすぎです。
まったく自分を責める必要はありません。
一人暮らしで休日に外出することがなければ、誰とも話さない日もあるでしょう。
別に特別なことではなく、日常よくあることです。
もともと人と接するのが苦手で、あまり人と関わりたくないという人もいるはずです。
落ち込んでいて誰とも話したくないときは、1日ずっと部屋にいて、人との関わりを避けることがあるもの。
自営業者で職場が自宅であれば、1日ずっと部屋にいることになるため、誰とも話さない日があるのは珍しくありません。
1人の時間を大切にしたくて、孤独の環境を作った結果、誰とも話さない日ができることもあるでしょう。
人生では誰とも話さない日もあります。
生き方は人それぞれです。
誰とも話さない日は、たっぷり1人の時間を楽しめる素晴らしい1日です。
自分が納得しているなら、有意義な過ごし方になるでしょう。
誰とも話さない日も、日常であることに変わりはなく、れっきとした人生です。
ただし、注意点があります。
誰とも話さない日はあっていいのですが、長期にならないよう注意してください。
数日程度ならいいですが、何週間・数カ月にわたって誰とも話さない状態が続くのは良くありません。
「声帯が衰える」「コミュニケーション能力が失われる」といった悪影響もありますが、それ以上に重要な理由があります。
それは「アイデンティティーの喪失」です。
人は、人間関係の中で自分のアイデンティティーを確認する生き物です。
人と接しない時間が長くなるにつれて、自分の存在や価値の認識が薄らぎます。
自分が自分でなくなってしまうような感覚を覚えてきます。
だんだん生きた心地がしなくなってきて、結果として、自分のアイデンティティーが失われてしまうのです。
誰とも話さない日はあっていいですが、なるべく一時的・短期的で済ませましょう。
直接会うのが難しければ、電話やチャットだけでもかまいません。
何らかの形で人と接触して、コミュニケーションを取るようにしましょう。
「細かいことはどうでもいい」
「もう終わりだからどうでもいい」
「結果さえ出れば、プロセスはどうでもいい」
「どうでもいい」という言葉は、価値が感じられず、深く気にしないときに使う言葉です。
日常会話でもよく聞かれるフレーズです。
あなたも何気なく軽い気持ちで「どうでもいい」と言うことがあるかもしれません。
しかし、日常で聞かれる言葉とはいえ「どうでもいい」というセリフには注意が必要です。
「どうでもいい」は、思考停止を促す言葉だからです。
「どうでもいい」という口癖は無礼で乱暴な印象を与えます。
話を投げ捨てたような、ぶっきらぼうな印象があります。
「どうでもいい」と言った瞬間、それ以上深く考えることもなくなります。
そこで話が完結して、強制終了になります。
結果として思考停止を促すことになるのです。
「どうでもいい」と言いそうになったとき、振り返ってみてください。
それは本当にどうでもいいのでしょうか。
突き詰めて考えれば、何らかの意味や価値があるのではないでしょうか。
「細かいことなんてどうでもいい」と言わないことです。
細かいことにも意味があります。
完成度は細部に現れます。
いい仕事や素晴らしい芸術作品には「細部にこだわっている」という特徴があります。
本質を決定するのは、こだわった細部です。
細かいことまできちんと仕上げることで、完成を高く評価されます。
「もう終わりだからどうでもいい」という発言も良くありません。
終了が決まっていても、丁寧な終わり方を意識することです。
終わりは、余韻に関係します。
きれいな終わり方をするからこそ、きれいに区切りをつけることができます。
きれいに区切りをつけることができるから、切り替えがうまくいき、次のステップもスムーズに歩めます。
「結果さえ出れば、プロセスはどうでもいい」という考え方にも注意が必要です。
結果があるのは、プロセスがあってこそです。
プロセスを手抜きすると、結果にも悪影響が及びます。
プロセスを大事にすることで、より素晴らしい結果も発揮できます。
「どうでもいい」という一言は禁句にしましょう。
「どうでもいい」という口癖があるなら、今日から改善に取りかかってください。
たとえ本当にどうでもいいことだとしても、もっと別の丁寧な言い方があるはずです。
たとえば「評価に値しない」「価値が認められない」「納得できるところが見当たらない」などです。
「どうでもいい」という一言の大半は口癖です。
口癖になっていると、ことあるたびにいつの間にか言ってしまいます。
「どうでもいい」という口癖に心当たりがあるなら、注意してください。
深く考える機会が奪われ、思考停止が習慣になってしまいます。
意味を考える癖をつけることで、人生を楽しめます。
いいことをするのは意外と簡単です。
次のことを心がけてください。
「嫌なことがあったとき、暗い表情にならず、明るい表情でいる」
これだけでいいのです。
嫌なことがあったときは、暗い表情になりがちです。
悲しいときは、元気のない表情になります。
いらいらしたときは、しかめ面になります。
心が傷ついたときは、暗い表情になるでしょう。
元気を失えば、無表情になるでしょう。
嫌なことがあって心がダメージを受けたのですから、表情が悪くなるのも当たり前のことに思えます。
ここに「いいこと」を増やすポイントがあります。
嫌なことがあったとき、暗い表情にならず、明るい表情でいましょう。
明るい表情でいるだけで「いいことをした」ということになるからです。
「いいこと」というのは、奉仕活動や貢献活動だけを指すのではありません。
善良な行い全体を指すのであって、スケールの大きさは関係ありません。
嫌なことがあったとき、明るい表情でいることも、れっきとした「善良な行い」の1つです。
「嫌なことがあったにもかかわらず、明るい表情を維持できた」ということです。
これは素晴らしいことです。
不機嫌な表情にならずに済みました。
心は暗くなっても、表情は明るく保てました。
感情に流されることなく、自分をコントロールできました。
なかなか普通の人ができないことを達成できました。
だから「いいことをした」ということになるのです。
実際はいらいらしていてもいいのです。
心の中は不機嫌でも、表情だけは笑顔でいましょう。
「そんなことはできない」と思うかもしれませんが、気力を振り絞って明るい表情でいてください。
明るい表情でいれば、立ち直りも早くなります。
嫌なことがあったとき笑顔でいるだけですから、あなたの心がけしだいで今すぐできます。
腹が立っても心が傷ついていても悲しくてつらくても、笑顔を振りまきましょう。
嫌なことがあって表情が悪くなりそうでも、自分を律して明るい表情でいることです。
にこにこした笑顔を絶やさず、常に明るく振る舞うことです。
小さなことに感じるかもしれませんが、素晴らしいことであり、善良な行いの1つです。
嫌なことがあったとき、笑顔でいるだけで、いいことをしたことになるのです。
「何もなかった」
そう思うことがあるなら、表現を変えてください。
「すこぶる調子が良かった」です。
「何もなかった」という言い方は、少し暗い印象があります。
プラスやポジティブが感じられません。
悪いことであるかのような印象すら受けます。
「何もなかった」は正直に思うことかもしれませんが、注意したい一言です。
ここで試してみてほしいことがあります。
「何もなかった」を「すこぶる順調だった」と言い換えてみましょう。
明るい感じ方に一変するはずです。
「何もなかった」という言葉には、暗い響きがありますが誤解です。
「何もなかった」というのは素晴らしいことです。
ミスもなく失敗もなく叱られることもなく、すべてがスムーズだったということです。
「何もなかった」ということは「すこぶる順調だった」ということです。
これほど幸せなことはありません。
平和ぼけをしているせいで、その素晴らしさを実感しにくくなっているだけです。
「何もなかった」ではなく「すこぶる順調だった」といえば、平凡な1日が明るく変わります。
特別何も達成していなくても、不思議と妙な達成感が出てくるでしょう。
たったこれだけです。
口癖を変えるだけですから、今すぐ取り組めます。
「何もなかった」を「すこぶる順調だった」と言い換えましょう。
ちょっと口癖を変えるだけです。
「口癖=考え方」です。
口癖を変えただけで人生が変わります。
何もなかった1日は、すこぶる順調だった1日です。
一瞬で見える景色が明るく変わります。
何もないことが幸せなことに感じるようになります。
外出しない日はありませんか。
特に外出の用事がないと、部屋で1日中ごろごろする日があるものです。
食事も、出前を頼んだり冷蔵庫の中のもので自炊したりすれば、外出しなくて済みます。
自営業の場合、自宅の仕事がメインであれば、外出することが少なくなりがちです。
「本当に1歩も外に出ない」という日もあるのではないでしょうか。
外出しない日は、ほとんど汗をかきません。
室内はエアコンが効いていて快適です。
外出しないと運動することもなく汗もかかないので、お風呂に入る必要性を感じません。
「汗をかいていないから、入浴は必要ないよね」
「今日は外出していないから、お風呂に入らなくてもいいだろう」
そんな日もあるのではないでしょうか。
しかし、外出していなくても油断は禁物です。
きちんとお風呂を入りましょう。
外出していなくても、意外と汗をかいているからです。
汗をかいた感覚はなくても、実際はわずかに汗をかいています。
外出しなくても体温調整のため、1日に200~500ミリリットルほどの汗をかきます。
胸や背中だけでなく、足の裏からも汗をかいています。
寒い冬でも同じです。
室内がエアコンで暖房になっているため、やはり体温調整で汗をかきます。
室内に限って言えば、夏より冬のほうが汗をかくというケースも少なくありません。
しっかり暖房が効いていると、暖かい空気に包まれ、それだけ発汗も多くなります。
これはなかなか自分では気づけません。
汗をかいているということは、汗臭いにおいも出てくるということです。
お風呂に入らず1日たてば、汗臭いにおいも出てくるでしょう。
人の鼻は順応しやすいため、自分では自分の体臭を感じにくいですが、実際は体臭が発生している可能性があります。
窓を開けず締め切っていると、汗のにおいが部屋の中に充満するでしょう。
外出していなくても、きちんとお風呂に入っておくのがいいでしょう。
お風呂は毎日入るものです。
少なくとも「外出していないから汗をかいてない」という考えは改めたほうがいいでしょう。
どうしてもお風呂に入るのが手間であれば、シャワーでさっと汗を流すだけでもかまいません。
お風呂は気分転換にもなります。
1日ずっと室内にいると気持ちもふさぎ込みやすいため、なおさら湯船に浸かって気分転換をしておくほうがいいでしょう。
外出する日もしない日も、きちんとお風呂に入りましょう。
1日の終わりに疲れを取る時間。
そうです、バスタイムです。
あなたはシャワー派ですか、それとも湯船派ですか。
シャワーで汗をさっと流すのもいいですが、きちんと湯船に浸かったほうが、体の芯から温まって疲れも取れます。
疲労物質である乳酸が、汗と一緒に排出されます。
疲労回復の点では、シャワーより湯船のほうが効果的であることが証明されています。
さて、湯船に浸かるときがポイントです。
何も考えずぼうっと湯船に浸かるのもいいですが、小さな工夫でもっとバスタイムを楽しめます。
方法は簡単です。
こういうときこそ、想像力の出番です。
湯船に浸かっているとき、目をつぶりながら「自分は今、極楽にいる」と想像しましょう。
一瞬でその場が極楽に変わります。
実際は湯船に浸かっているだけですが、想像力を働かせることで極楽気分を味わえます。
湯船に浸かったら「極楽、極楽」とつぶやいてみましょう。
実感が増して効果的です。
自己暗示になって、本当にその気になれます。
体中が温かさに包まれ、のんびりリラックスを楽しんでいる状態は、まさしく極楽です。
極楽にいると思うことで、バスタイムがパラダイスタイムに変わります。
私たちは、生きながらにして極楽に行けます。
毎日のバスタイムは、極楽に行く時間です。
シャワーで汗をさっと流すのもいいですが、せっかく極楽を楽しむチャンスがあるのですから、湯船に浸かったほうがいい。
今日も極楽に行きましょう。
普段シャワーで済ませているなら、今日は湯船に浸かってみるといいでしょう。
極楽は、バスタイムにあるのです。
毎年、健康診断を受ける人も多いでしょう。
会社員として働いているなら、年に1回は受けるはずです。
自営業を営んでいるなら、自分で申し込んで受けることになるでしょう。
病院に行くにも、手間と時間がかかります。
健康診断には、病院や専門施設に行って行うのが一般的です。
お金も時間も必要です。
注射で血液を抜かれたり胃の検査でバリウムを飲んだりして、少なからず痛みや不快感が伴うもの。
健康診断を受けた結果、何も悪いところが見つからないことがあります。
すべてA判定。
診断結果のコメントも「異常は見つかりませんでした」というシンプルな一言のみ。
こんなときどう思うかです。
「異常がなかったのなら健康診断を受けた意味はなかったね。時間とお金の無駄だったね。痛い思いをしたのにな」
そう思っているなら誤解です。
健康診断の結果が「異常なし」でも、受診した意味があります。
安心が手に入るからです。
異常が見つからなくても、お金と手間暇をかけて健康診断を受けた意味はあります。
異常がないことがわかったおかげで、安心して生活を送れます。
健康に問題ないというのは、幸せなことです。
健康を心配しなくていいというのは、なんて楽なことなのでしょう。
余計な気苦労がないおかげで、心が軽くなります。
健康に問題がないとわかれば、全力で仕事に打ち込めます。
自然と集中しやすくなり、やる気も生まれ、仕事の結果にも表れます。
健康診断の「異常なし」という結果のおかげです。
健康診断を受診して異常が見つからなくても、仕事にプラスの影響があります。
健康診断に1万円がかかり、結果が「異常なし」でも、それだけの価値はあります。
きちんと年に1回は健康診断を受けましょう。
健康診断を受けることも仕事の一環です。
受診の結果、異常が見つからなくても意味はあります。
安心が手に入り、仕事やプライベートに全力で打ち込め、生活上の集中力が増します。
健康診断で悪いところが見つからなくても、受診した意味はあるのです。
「今日は何もいいことがなかった」
そう思ったとき、時計を見てください。
まだ日付が変わる前ではありませんか。
今が22時であれば、日付が変わるまで2時間残っています。
今が23時であれば、日付が変わるまで1時間残っています。
まだ今日は終わっていないなら諦めてはいけません。
「今日は何もいいことがなかった」と断言するのはまだ早い。
希望を捨ててはいけません。
日付が変わる前なら間に合うかもしれません。
ぎりぎりかもしれませんが、時間が残っているなら、いいことが起こる可能性も残っているということです。
受け身になるのは良くありません。
自分から積極的に動きましょう。
今すぐ「いいこと」に取りかかってください。
自分にとっていいことなら何でもかまいません。
夜にできることは限られますが、だからといってゼロではないはずです。
何かいいことができるよう、できる範囲でトライしてみてください。
たとえば、星空です。
窓を開けて、雲がなければ、美しい星空を楽しめるでしょう。
美しい星を楽しむことも「いいこと」です。
タイミングがよければ、美しい満月も見えるかもしれません。
読みかけていた本があるなら、続きを読み始めましょう。
途中まで読み進めているなら、残りのページ数は少ないでしょう。
完読できれば「いいこと」になります。
ずっと後回しにしている仕事があるなら、それに取りかかってください。
いざ取りかかってみると、意外とあっさり片付くこともあるでしょう。
保留していた仕事が片付くと心労がひとつ減ったことになるので、これだけで「いいこと」になります。
瞑想をするのもおすすめです。
3分であれば十分楽しめるでしょう。
瞑想は静かに行うことなので、夜でも支障はありません。
心を落ち着かせることができ、睡眠導入にも役立ちます。
23時55分でも諦めないことです。
5分あれば、5分の範囲でできることをしましょう。
たとえ23時59分でも諦めないことです。
1分あれば、星空を眺めるくらいできるではありませんか。
今すぐ動き始めれば、ぎりぎり間に合います。
日付が変わるまで諦めてはいけないのです。
「普通の1日だった」
「何もいいこともなかった」
「イベントも何もなく、平凡な1日だった」
おめでとうございます。
何もなかった日の夜は、感謝の言葉で1日を締めくくりましょう。
天に向かって次の感謝を述べてください。
「今日も平和な1日をありがとうございます」と。
感謝することはないと思いますが、あります。
何もなかったということは、平和であったということです。
大きなトラブルがありませんでした。
スムーズな1日でした。
大きなけがも病気もしませんでした。
まったくもって普通の1日でした。
これ以上の平和がどこにあるでしょうか。
運が悪いのではありません。
すでに運がいいのです。
「運が良くなりたい」と願う人がいますが、そもそもすでに運がいいことに気づいてください。
運がいいから、今日1日を平和に過ごせました。
何もなく平凡な1日を喜んでください。
これほど素晴らしいことはありません。
1日の終わりは感謝の言葉で締めくくりましょう。
無心無言で眠りにつくのもいいですが、感謝の言葉を述べるのはもっといい。
感謝の気持ちで1日を締めくくるほうが、気持ちのいい余韻を楽しめます。
特別なことは何もなくていいのです。
何もなかった1日こそベストです。
たった一言でいいのです。
天の神様に向かって「今日も平和な1日をありがとうございます」と感謝しましょう。
一瞬で心に幸福感が広がります。
心地よい余韻が感じられ、穏やかな安心感に包まれます。
気持ちのいい眠りにつけ、幸せな夢を見られるでしょう。
「終わりよければすべてよし」です。
嫌なことがある日もあるでしょう。
嫌なことがあっても、ちょっとしたことなら目をつぶりたい。
緩い条件にして「何もなかった」ということにしたい。
許容範囲を広げたほうが、いい1日のカウントが増えて、感謝の言葉を述べる機会も増えます。
感謝できる人は、天の神様も味方してくれます。
「きちんと感謝できて素晴らしい」とほほ笑んでくれるでしょう。
きっと明日も素晴らしい平和な1日になるでしょう。
幸運の日々が連鎖していくのです。