「用意、スタート!」
スタートの号砲とともに、私たちは夢に向かって走り始めます。
夢を叶えるには、夢に向かって走り続けることが大切です。
心に火がつくのを待っていませんか。
自然とやる気や元気が出るまで待つ。
自然とパワーが湧いてくるまで待つ。
才能を「最初から輝いている能力」と思っているなら誤解です。
才能を「最初から何の努力もなく発揮できるもの」と思っているなら、もっと大きな誤解です。
才能の初期段階は輝いておらず、大した能力もありません。
やりたいことがたくさんあると、急いだ生き方になりがちです。
「少しでも人生を満喫したい」
「あれもしたい。これもしたい」
本番で結果を出したければ、準備を大切にしてください。
準備をしないで本番で結果を出そうとするのは、甘い話です。
うまい話はありません。
「同じ毎日の繰り返しになっている」
「今日も昨日と同じ1日を過ごしている」
「人生にマンネリを感じる」
突然ですが、あなたに質問です。
あなたの好きな色は何ですか。
難しく考えず、普通に答えてみてください。
「私は成熟した人間です」
そう思っていると、成長が止まります。
たしかに経験も実績も豊富で、成功体験も多いなら、自分に自信が持てるでしょう。
好奇心のない人はいません。
どんな人にも、好奇心があります。
ただし、心の奥で眠らせている人もいれば、フル活用している人もいます。
相手ににこにこしてもらうにはどうすればいいでしょうか。
ユーモアを言って笑わせる。
面白い話をして楽しませる。
あなたは幸せになりたいですか。
誰もが「もちろん」と即答することでしょう。
幸せになりたくない人はいません。
人と接しているとき、親近感が湧く場面があります。
まだなじみが浅い相手でも、年齢や出身地が自分と同じとわかれば、親近感が湧きます。
相手の趣味や好み、考え方や生き方が自分と同じときも、親近感が湧くでしょう。
「かっこつける生き方」と「かっこいい生き方」。
この2つの言葉を聞いて、どう感じるでしょうか。
それぞれ響きが似ているため、意味も同じように感じます。
うっとりした気分にさせるアルコールの飲み物。
それは、お酒です。
適度なお酒は、ストレス発散に有効です。
なぜ親は、余計な一言を言ってくるのでしょう。
どうして親の小言は、あれほどいらいらしてしまうのでしょう。
親と接していると、小言を言われることがあります。
運を引き寄せる、魔法の言葉を紹介します。
「すべてうまくいっている」という一言です。
シンプルな一言ですが、運を引き寄せる力は絶大です。
私たちは誰もが順風満帆な人生を送りたいと願っています。
失敗もトラブルもない。
悩みも痛みも苦しみもない。
「怖い、恐ろしい、身がすくむ!」
あるとき、怖いことに直面することがあります。
怖いことに直面すると、身がすくんで、手足が震え、その場から逃げたくなります。
ため息をつくのは良くありません。
ため息はネガティブな行為。
ため息をつくと、暗い雰囲気が漂い、ますます体がだるく感じます。
「不運が続いている」
「立て続けに不幸が起こっている」
「ああ、なんて私はついてないのだろう!」
一定期間、1日も休まず出勤・出席した人をたたえる賞があります。
「皆勤賞」です。
皆勤賞は自慢になります。
ある2つの選択肢があります。
(1)「今すぐ得する選択肢」
(2)「今すぐ得しない選択肢」
あなたには人を喜ばす力があります。
「私にそんな力はない」と思ったあなた。
それは誤解です。
最悪の状況になったとき、ぜひやってみてほしいことがあります。
大泣きではありません。
大笑いです。
感謝と幸福感を高める考え方があります。
あなたが好きなことをしているとき、どう考えますか。
「好きなことをしている」と普通に考えることが多いのではないでしょうか。
特別な日は、ハッピーになれます。
「幸せいっぱいの1日」ということです。
趣味を満喫できる休日。
「私は積極的な人間です!」
「何事も積極的に行動します!」
「積極的に人生を生きていきます!」
偉そうにしている人がいると「きっとあの人は偉いに違いない」と思います。
自慢話が多い。
人を見下す発言が目立つ。
混雑した銀行や郵便局では「順番待ち」があります。
すんなり窓口に行けることもありますが、スムーズにいかないことも多い。
特に混み合う時間帯は、順番待ちが当たり前で、しばらく待たされることになるでしょう。
年に幾度か、贈り物をする機会があります。
お中元、お歳暮。
バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマス。
「用意、スタート!」
スタートの号砲とともに、私たちは夢に向かって走り始めます。
夢を叶えるには、夢に向かって走り続けることが大切です。
「千里の道も1歩から」という言葉があるように、1歩ずつ走るから前に進み、前に進むから夢に近づけます。
夢を叶えるために大切な要素の1つは「運」です。
勉強・人脈・行動力などが代表的ですが「運」も大切なポイントです。
運が大きい人ほど夢を叶えやすくなり、運が小さい人ほど、夢を叶えるのが難しくなります。
運は、非科学的で神秘的なものですが、成功には欠かせない要素。
「運に助けられる」「運のおかげでうまくいった」ということが、現実としてあります。
夢に向かって走り始めた当初、私たちの運の大きさは同じです。
誰もが米粒くらいの運であり、大きさは平等です。
ところが走り続けているうちに、運が大きくなる人もいれば小さくなる人もいて、個人差が生まれます。
なぜ人によって運の大きさが違うのか。
それは「走り続けているかどうか」にあります。
走り続けていると、どんどん運が大きくなります。
走るのを諦めかけると、運が小さくなります。
走るのをやめた人は、運が消えてしまいます。
つまり、運を大きくするには、走り続けることが大切です。
では、なぜ走り続けると、運が大きくなるのでしょうか。
みんなが一斉に走り始めますが、途中で「もうやめよう」と諦める人が出てきます。
1人が諦め、また別の1人が諦め、脱落者が続出します。
走るのをやめた人の運は消えてしまいますが、ここが重要なポイントです。
走るのをやめた人の運はどこにいくのか。
完全に消滅するわけではありません。
走り続ける人のところにいくのです。
走り続ける人は、走るのをやめた人の運をもらって、ますます運が良くなります。
だから、走り続ける人は、どんどん運が大きくなっていくのです。
運を良くしたいなら、とにかく走り続けることです。
ペースは遅くてもかまいません。
カメのように遅くてもいい。
カメより遅くてもいい。
1歩ずつでいいので、前に進みましょう。
走って、走って、走り続けましょう。
走るのに疲れたら途中で歩いてもいいので、前に進み続けることが大切です。
無理をせず、適度に休憩を入れながら走れば、延々と走り続けることができます。
最初は小さな運でも、走り続けているうちに運が大きくなります。
走るのをやめた人の運が自分のところに巡ってきて、どんどん運が大きくなっていくからです。
長期戦になりますが、夢を叶えるには多くの時間が必要です。
脱落者が増えるにつれて、ますます運が大きくなり、有利になります。
最後まで走り続けた人が、最も大きな運を手に入れます。
最後に残った1人は、参加者全員分の運をすべてもらうことになります。
最も大きな運を手に入れたら、必ず成功するのです。
心に火がつくのを待っていませんか。
自然とやる気や元気が出るまで待つ。
自然とパワーが湧いてくるまで待つ。
誰かに励ましてもらえるまで待つ。
もちろん自然と心に火がつくこともあります。
たまたま友人から応援されて、やる気が出てくることもあるでしょう。
偶然見たテレビ番組に触発されて、心に火がつくこともあるでしょう。
たっぷり睡眠を取って、翌日の天気もよければ、それだけでうきうきした気分になるでしょう。
運のいい出来事がたまたま立て続けに起これば、不思議な巡り合わせを感じて、嬉しい気持ちになるでしょう。
しかし、心に火をつけるとは本来、積極的な姿勢が必要です。
待ってばかりの姿勢ではいけません。
そもそも心に火がつくのを待つことは、消極的な姿勢です。
消極的な姿勢になっていると、火がつくものもつかなくなります。
火がつきかけていても、消極的になっていては、すぐ消えてしまうでしょう。
非生産的な時間が過ぎていき、だらしない生き方になってしまいます。
積極的になるから、心に火がつくのであって、じっと受け身で待つものではないのです。
ろうそくを思い出してください。
突然ろうそくの火がつくことはありません。
火を近づけるからろうそくに火がつくのであって、能動的なアクションが必要です。
私たちの心も同じです。
じっとしたままでは、何も起こらないでしょう。
火をつけるには、能動的なアクションが必要です。
では、心に火をつけるのは誰か。
他人ではありません。
自分です。
自分の心の火は、自分でつけましょう。
たとえば、深呼吸と握り拳です。
大きく息を吸って、ぎゅっと握り拳をつくるだけでも変化があります。
気合が入ることで、気持ちが引き締まり、自然とパワーが出てきます。
明るい未来をイメージすることも効果的です。
明るい未来をイメージすると、自然とわくわくした気持ちになって、元気が出てきます。
夢を叶えたい気持ちは、心に響き、気持ちを盛り上げます。
本を読むだけでもかまいません。
知識を得ることは、前進すること。
知識のシャワーを浴びることで、脳に刺激が加わって、モチベーションも高まってきます。
自己暗示の力も有効です。
「自分はできる人間だ!」「自分は価値のある人間だ!」と言い聞かせてみましょう。
自分の可能性を信じていると、嬉しい気持ちになってテンションも上がり、心に火がつきます。
心に火がつくのを待つのはやめましょう。
あれこれいろいろな方法を試してみてください。
試した結果、うまく心に火がつかなくても、何も失うものはありません。
積極的になると、熱が生まれるので、心に火をつけるのもスムーズになります。
下手でも不器用でもいいので、自分なりの方法で心に火をつけてください。
あなたの心に火をつけるのは、誰かではなく、あなたです。
才能を「最初から輝いている能力」と思っているなら誤解です。
才能を「最初から何の努力もなく発揮できるもの」と思っているなら、もっと大きな誤解です。
才能の初期段階は輝いておらず、大した能力もありません。
実力も、人より少しうまくできる程度。
「比較的スムーズにできる」「得意かもしれない」「自分に合っている気がする」という程度の実感しかありません。
どんな才能も、最初は「原石」の状態です。
原石ですから、まだ輝きはなく、普通の石ころに見えます。
その辺に転がっている石ころと同じで、ほとんど見分けがつきません。
宝石の原石はしっかり磨くことで輝くように、才能の原石もしっかり鍛錬を積み重ねることで輝いていきます。
才能の原石を見つけたら「思ったほど大したことない」と軽視しがちですが、ここは大切なところです。
そもそも才能の初期段階は大したことありません。
最初から、一流の能力を発揮しているわけではありません。
才能の原石は、磨いてこそ輝くもの。
しっかり磨いてこそ伸びていき、輝いていき、花を咲かせ始めます。
才能があれば、苦労も努力も必要ないと思っているなら誤解です。
才能があるからこそ、苦労も努力も必要です。
しっかり発揮するためには、むしろ人の何十倍・何百倍の努力と苦労を重ねる必要がある。
その結果として「才能の原石」から「本物の才能」に変わります。
現在、才能を発揮している人を思い出してください。
映画の天才、料理の天才、野球の天才、囲碁の天才、将棋の天才、演劇の天才、投資の天才、発明の天才。
どんな天才も才能を発揮する前には、すさまじい努力と苦労を積み重ねているはずです。
人の見えないところで、信じられないほど頑張っています。
命を削るような苦労と努力を経験しています。
その分野について、人の何十倍・何百倍も頑張っています。
最初から輝いているのではありません。
磨くから輝くのです。
才能があっても、花を咲かせるには努力と苦労が欠かせません。
才能を発揮している天才たちは、すべて苦労人であり、努力家です。
集中力があって、根気も強くて、負けず嫌いです。
苦労に苦労を重ね、努力に努力を積み重ねた結果、才能の花が開き、立派に活躍できます。
やりたいことがたくさんあると、急いだ生き方になりがちです。
「少しでも人生を満喫したい」
「あれもしたい。これもしたい」
「少しでも人生を楽しみたいから、それぞれ急ぎながら楽しんでいく」
そんな生き方をしている人もいるでしょう。
一生は短い期間であるかのように、忙しく活動している。
少しでも人生を楽しもうと、スケジュールはぎっしり詰め込んで、空白の時間をなくそうとする。
あれもこれも着手して、いつも忙しく動き回る。
少しでも起きている時間を増やそうと、睡眠時間を削ることで、活動時間を捻出する。
急ぎ足で活動量を増やせば、それだけ経験や出会いの数も増えるのは間違いありません。
効率とスピードを追求しつつ睡眠時間を削って活動量を増やせば、それだけ経験や出会いの数も増えるのは間違いありません。
たっぷり人生を楽しむことができるように思えます。
少しでも人生を満喫するために、生き急ぐ生き方になっている人も多いのではないでしょうか。
しかし、生き急ぐ生き方には注意が必要です。
少しでも人生を楽しむ姿勢は素晴らしいですが、あまり忙しくなるのは良くありません。
生き急ぐことは、死に急ぐことになるからです。
少しでも生き急ごうとすると、焦ることが多くなります。
スピード重視になったり、厳しいスケジュールになったり、心の余裕がなくなったりします。
緊張することが増え、興奮気味になり、心拍数も上がってしまいます。
心拍数と寿命には、相関関係があります。
ほ乳類の生涯の心拍数は「およそ20億回」ということが確認されていて「ほ乳類の心拍数一定の法則」といいます。
これは、ネズミもゾウも人も同じです。
ネズミは心拍数が早いため寿命が短くなり、ゾウは心拍数が遅いため長生きします。
人の心拍数も、およそ20億回です。
生き急ぐと、焦ったり慌てたりすることが多くなります。
余計に心拍数を増やすことになるため、寿命にも影響します。
結果として、生き急ぐことは、死に急ぐことになるのです。
急ぎ足でたくさん楽しむことができても、寿命が短くなれば本末転倒です。
では、生き急ぐのでなければ、どう過ごしていけばいいのか。
のびのび楽しむのです。
幸せを1つずつ丁寧に噛み締めながら、じっくり味わっていきます。
どれだけ多く幸せを得るかではありません。
どれだけ深く幸せを感じるかです。
幸せは、量ではなく、質が大切です。
幸せの数は少なくとも、じっくり深く感じることができれば、十分豊かです。
幸せの数は減るかもしれませんが、感じられる幸せは深まります。
のびのび楽しめば、焦ったり慌てたりすることも減ります。
不安や緊張も減って、穏やかでリラックスした時間が長くなります。
幸せをじっくり噛み締めることができるようになるので、心が豊かな時間を過ごせるようになります。
生き急ぐのではなく、のびのび楽しみましょう。
「少し生き急いでいるかな」と思ったら、ブレーキを踏んで、ペースやスピードを調整しましょう。
のびのび楽しむことが、結果として、最も幸せを感じる生き方になります。
本番で結果を出したければ、準備を大切にしてください。
準備をしないで本番で結果を出そうとするのは、甘い話です。
うまい話はありません。
つくり話の世界ではあり得るかもしれませんが、現実ではあり得ません。
現実は、とことん合理的です。
試験の結果は、どれだけ勉強してきたかで決まります。
勉強をサボれば本番では結果を出せませんが、しっかり勉強すれば、それだけ良い結果を出せます。
準備が十分であれば、予想以上の結果を出せることもあります。
試合の結果も、どれだけ練習を積み重ねてきたかで決まります。
練習をサボれば、本番では結果を出せませんが、しっかり練習すれば、きちんと結果を出せます。
120%集中することで、本番で自己最高得点を残すこともあります。
仕事の結果も、どれだけ準備をしてきたかで決まります。
営業、プレゼン、プロジェクト。
準備が不十分なら本番はあたふたしますが、しっかり準備ができていればスムーズに進められます。
残した結果が、次の仕事へつながっていくのです。
本番がうまくいかなかったとき、運のせいにしてはいけません。
運のせいにすると、きちんと反省しなくなるため、ますます本番で結果を出せなくなります。
運の神様もがっかりして逃げてしまい、ますます運気が下がってしまいます。
結果が出なかったのは、運のせいではなく、準備が足りなかっただけのことです。
どうか準備を大切にしてください。
「準備が面倒くさい」「準備なんて必要ない」と軽く考えている人は、どこかで失敗します。
準備を手抜きすることは、負けに行くようなもの。
準備をサボったら、その結果が返ってくるだけです。
本番は、今まで準備した結果を出す場面にすぎません。
本番が始まる時点で、結果のほとんどが決まっています。
準備に華やかさを求めないことです。
そもそも準備とは、華やかさとは対極的です。
地味で地道で泥臭いことの連続になりますが、準備とは本来そういうものです。
本番で結果を出したいなら、地味で地道で泥臭いことを受け入れ、しっかり準備をしておきましょう。
しっかり本番で結果を出したいなら、準備こそ重要です。
当たり前の事実ですが、世の中の不変の法則です。
本番も大切ですが、準備はもっと大切です。
準備をしてもしすぎることはありません。
特に人生を左右する重要な場面であれば「十分な準備」ではなく「十二分な準備」を心がけるのがいいでしょう。
「準備をしすぎた」と思うくらい準備ができれば、本番では良い結果を出せるでしょう。
何事も、勝負の大半は、準備で決まるのです。
「同じ毎日の繰り返しになっている」
「今日も昨日と同じ1日を過ごしている」
「人生にマンネリを感じる」
入社した当初は、学ぶことが多くて変化に富んだ毎日でしたが、慣れてくると同じ毎日の繰り返しに思えてきます。
会社と自宅の往復の日々で、特別な変化もない。
マンネリを感じて、だるくなり、飽き飽きしてくるのです。
しかし、ここに誤解があります。
「同じ毎日」と感じるのは誤解です。
大ざっぱに見ているから、同じ毎日に感じるだけです。
厳密に言えば、完全に同じ日は1日もありません。
同じ毎日に思えても、細かく見てみると、小さな違いがたくさんあるでしょう。
同じ仕事をしているように思えても、工夫や取り組み方など、小さな違いがあるはずです。
同じ景色を見ているように思えても、町の景色・人の行き交いなど、小さな違いがあるはずです。
同じ過ごし方をしているように思えても、日によって時間や気持ちなど、小さな違いがあるはずです。
言葉も違えば、会話も違います。
違った経験があり、違った出会いがあります。
吸収した情報も違えば、頭で考えたことも違います。
どれだけ小さくても、違いは違いです。
人生を80年とすれば、およそ30000日です。
30000日とはいえ、完全に同じ日は1日もありません。
毎日どこかに何らかの違いが生じています。
長生きをして100歳まで生きたとしても、36500日です。
36500日でも、やはり完全に同じ日は1日もありません。
「同じ日を繰り返している」と不満を漏らすのではありません。
「同じ日を繰り返している」と感じてしまうほど、鈍感になっている自分に気づくのです。
そして、細かいところに注意が行き届かなくなっている自分に危機感を持つことです。
ざっくりした見方しかできないのは良くありません。
いつの間にか心の若さと柔軟性が失われ、老化に向かっています。
小さな違いや変化に目を向け、心の若さと柔軟性を取り戻しましょう。
「昨日と今日の間違い探しゲーム」と考えてみてください。
完全一致ということはありません。
同じ毎日に思えても、今日は昨日とどこか違っているはずです。
五感を研ぎ澄ませて、感性を働かせれば、必ず違いが見つかります。
「昨日とはここが違うね」
「少し違うね」
「新しい変化があったね」
小さな違いが見つかれば、素直に喜びましょう。
細かいところに注意を向ければ、変化に富んだ毎日を送っていることに気づけます。
同じ毎日に思えても、昨日と今日は少しだけ違いがあるでしょう。
そうすれば、毎日間違い探しゲームを楽しめます。
同じ毎日の繰り返しに思えても、細かいところに注意を向けて、違う毎日を送っていることに気づくことです。
完全に同じ日は、人生に1日もないのです。
突然ですが、あなたに質問です。
あなたの好きな色は何ですか。
難しく考えず、普通に答えてみてください。
時間をかけず、さっと答えていただきたい。
ここがポジティブと超ポジティブを分ける大事なポイントです。
大切なのは「何色を選ぶか」ではありません。
「いくつ答えるか」です。
無意識のうちに「1つだけ」という答え方をしていませんか。
「好きな色を1つだけ答えてください」と言われたならわかります。
「1つだけ」という条件があるなら、1つだけ答えることになります。
しかし「好きな色は何ですか」という質問に、数の指定はありません。
つまり、好きな色をいくつ答えてもいいのです。
好きな色が2つあれば、2つ答えましょう。
「好きな色は、赤と青です」
好きな色が3つあれば、3つ答えましょう。
「好きな色は、赤と青と白です」
これでいいのです。
少なくとも2つ以上は好きな色をつくっておきたい。
1つだけよりたくさんあるほうが、ポジティブ感が増すので、それだけ人生も楽しめます。
私たちはいつの間にか「1つでなければいけない」という思い込みがあります。
学校の教育による「一問一答」がすり込まれているせいか、1つに絞ることが当たり前になっています。
1つである必要はありません。
人生の答えは、いくつあってもいいのです。
「1つに絞る」ということは「好きな範囲を狭める」ということです。
好きな色を考えるとき、1つに絞りがちです。
趣味も食べ物も、1つに絞りがちです。
これは良くありません。
無意識のうちに好きの可能性を制限している状態です。
好きなものは1つである必要はありません。
2つあっても3つあってもいい。
5つや6つ、もっとたくさんあってもかまいません。
欲張っていいのです。
好きなことはあくまで個人的なことですから、常識にとらわれる必要はありません。
むしろ常識は無視して、大胆に設定することです。
人生は一度しかないのですから、もっと好きなことを増やし、もっと好きな範囲を広げましょう。
「好きなことはたくさんあればあるほどいい」
この考え方は、人生のあらゆることに通じます。
好きな趣味は、1つではなく、たくさんつくりましょう。
「趣味は何ですか」と聞かれたときも、たくさん答えられるようにしておきたい。
「読書」と1つ答えるのもいいですが「読書、散歩、映画鑑賞」とたくさん答えるのはもっといい。
好きな食べ物も、1つではなく、たくさんつくりましょう。
「好きな食べ物は何?」と聞かれたら、たくさん答えるようにしておきたい。
「カレー」と1つ答えるのもいいですが「カレー、オムライス、ハンバーグ」とたくさん答えるのはもっといい。
もし1つしか答えられない状況なら、今すぐたくさん答えられるようにしてください。
好きなことはたくさんつくりましょう。
それが「人生をもっと楽しむ」ということです。
好きなことを増やすことは、人生の楽しみを増やすことになります。
超ポジティブな生き方なのです。
「私は成熟した人間です」
そう思っていると、成長が止まります。
たしかに経験も実績も豊富で、成功体験も多いなら、自分に自信が持てるでしょう。
立派な地位や肩書があるのかもしれません。
お金も人脈も肩書もあって、大きな名誉や勲章も得ているのかもしれません。
「十分成長できているならいいではないか」
そう思うかもしれませんが、ここが落とし穴です。
成熟とは、成長しきった状態です。
「私は成熟している」と思っていると、成長の余地がないことを認めることになるため、それ以上努力しなくなります。
「もう十分だよね」「これ以上は頑張らなくていいね」と思うようになる。
また「私は成熟している」と思っていると、慢心が生まれ、油断します。
マンネリが生まれ、気持ちもたるんできます。
油断すると、瞬く間に腐っていきます。
果物が完熟すると、後は腐るしかないのと同じです。
成熟すれば、後は腐っていくしかありません。
人はいったん気持ちが緩むと、能力の低下はあっと言う間です。
成長を続けたいなら、謙虚な考え方を持ちましょう。
キーワードは「未熟」です。
いつまでも成長を続けたいなら「まだまだ未熟」と考えることです。
「まだまだ未熟」と考える人は「まだ伸びしろがある」「まだ成長できる余地がある」ということになります。
結果や実力に対して謙虚になれるため、慢心することがありません。
また、目線が上向きでいられ、飽くなき挑戦を続けられます。
どれだけ経験や実力を積もうと、どれだけ立派な地位や肩書があろうと、自分は未熟と考えているかぎり、まだまだ前進できます。
たとえ周りからプロや一流と認められても、未熟であることを貫くことです。
自分が未熟かどうかは、周りが決めることではなく、自分が決めることです。
「まだまだ未熟者です。これからも精進を続けます」
謙虚な姿勢で高見を目指していれば、成長が停滞することなく、どんどん伸びていくのです。
これからも成長を続けたいなら「自分は未熟」と思うことです。
表向きだけ思うのではなく、本当に心から「自分は未熟」と思うことが大切です。
「自分はまだまだ未熟」と思いながら上を目指しているかぎり、まだまだ成長していけるのです。
好奇心のない人はいません。
どんな人にも、好奇心があります。
ただし、心の奥で眠らせている人もいれば、フル活用している人もいます。
もちろんあなたにも、素晴らしい好奇心があります。
ところが私たちは大人になるにつれて、好奇心を抑えたり隠したりしがちです。
好奇心にあふれた様子には、幼くて子どものようなイメージがあります。
「好奇心が旺盛な人=子どもっぽい人」という固定観念があります。
そのため大人になるにつれて、好奇心を控える人が少なくありません。
素晴らしい好奇心があるにもかかわらず、いつの間にか心の奥にしまい込んでいませんか。
もちろん大人になれば落ち着きは必要ですが、だからといって好奇心まで抑え込む必要はありません。
いま一度、純粋な好奇心を取り戻してください。
せっかく素晴らしい好奇心があるのですから、もっと素直に表現したほうがいい。
心の奥で眠らせている好奇心を目覚めさせ、表に引っ張り出しましょう。
「何だろう」
「気になる」
「面白そう」
好奇心が反応したら、ゴーサインです。
素直に近づいて、チャレンジしてみましょう。
触れるものなら、実際に触ってみましょう。
食べるものなら、実際に食べてみましょう。
聴けるものなら、実際に聴いてみましょう。
「これは何だろう」「気になる」「面白そう」という心の声を大切にすること。
子どもっぽいと思う必要はありません。
怖がらず恥ずかしがらず、飛び込んでいきましょう。
体験できるものなら、何でも体験してみることが大切です。
なぜ子どもたちは、いつも目を輝かせているのか。
それは、好奇心を大切にしているからです。
目薬なんて必要ありません。
好奇心を持つようになると、自然と目がきらきら輝くようになります。
わくわくどきどきする機会だけでなく、感動する機会も増えます。
興味のあることに飛びつくから、刺激的で楽しい毎日を送れるようになります。
好奇心は、子どもだけでなく、大人になってからも大切な心です。
好奇心を大事にして生きると、必ずわくわくした人生になります。
好奇心は、脳を活性化させる働きがあるため、よく覚えられ、身につきやすい特徴があります。
また、積極的に刺激を吸収することになるため、いつまでも若々しく生きられます。
好奇心は、心のアンテナです。
好奇心を大切にして生きると、刺激と変化が増え、もっと日常が楽しくなります。
心の奥にしまい込んでいる好奇心を引っ張り出して、思いきり表現しようではありませんか。
あなたには、素晴らしい好奇心があります。
心の奥にしまい込んだ好奇心を引っ張り出しましょう。
好奇心は、隠すものではなく、出していくものなのです。
相手ににこにこしてもらうにはどうすればいいでしょうか。
ユーモアを言って笑わせる。
面白い話をして楽しませる。
おいしい料理を味わってもらう。
どれも良い方法ですが、少し手間暇がかかります。
お金がかかる方法も少なくありません。
それほど難しく考えなくても、もっと簡単で基本的な方法があります。
まず自分がにこにこするだけでいいのです。
ユーモアも面白い話も不要です。
一言も言葉を発する必要もありません。
もちろんお金も不要です。
あなたが人と接するときを思い出してください。
相手がにこにこしていると、その明るい笑顔につられて、自分までにこにこするのではないでしょうか。
「もらい泣き」という言葉がありますが、このことを例えるなら「もらい笑顔」と言っていいでしょう。
相手が笑顔になっていると、明るい雰囲気が自分にも伝わってきて、気持ちが和らいで表情がほころびます。
あなたがそうであるように、相手もそうなのです。
あなたがにこにこしていれば、相手はあなたの明るい表情につられてにこにこしてくれるでしょう。
これこそ非言語コミュニケーションのパワー。
ユーモアや面白い話も大切なポイントですが、まず基本は「笑顔」です。
一言も言葉を発しなくても、相手を笑顔にできます。
何事も笑顔から始めましょう。
あなたがにこにこするだけでいい。
すると相手もにこにこした笑顔を返してくれます。
相手の表情は、あなたを映す鏡です。
話をしてからにこにこするのではなく、話をする前からにこにこしましょう。
なぜか暗い話題をするのは気が引け、明るい話題をしたくなるから不思議です。
明るい話題しか話してはいけないような雰囲気すら出来上がります。
もし相手がにこにこしてくれなくても、根気よく笑顔を続けてみてください。
悪い習慣ではないのですから、堂々とにこにこを貫くことです。
いずれ相手は心を開いて、にこにこしてくれるようになります。
にこにこしていると、幸せの神様が振り向いてくれ、近づいてきます。
幸せの神様は、にこにこしている人が大好きです。
「いい表情をしているな。笑顔の人には幸せが似合っている。今日は運をプレゼントしてあげよう」と奮発してくれます。
にこにこしているだけで、不思議と運と幸運に恵まれるのです。
もっと肩の力を抜きましょう。
難しく考える必要はありません。
準備も構えも必要ありません。
楽しいことを考えていると、自然と明るい気持ちになって、にこにこしやすくなります。
あなたは幸せになりたいですか。
誰もが「もちろん」と即答することでしょう。
幸せになりたくない人はいません。
今の生活に不満があれば「どうすれば幸せになれるだろうか」と考えるもの。
すでに幸せな人でも「もっと幸せになりたい」と願うことがあるでしょう。
私たちにとって、人生最大の目標であり、目的です。
すべての人が「幸せになりたい」と願っているはずです。
幸せは、努力によって得ることが可能です。
仕事、勉強、恋愛、結婚、成功。
きちんと努力をすれば、結果が出て、夢も叶いやすくなります。
幸せを目指して、日々こつこつ励んでいる人も多いのではないでしょうか。
ここで注意しておきたいことがあります。
幸せを目指すのはいいですが、追いかけ回さないように注意してください。
これでは、幸せを追いかけ回しているのと同じこと。
必死で幸せを追いかけ回すのは良くありません。
幸せは、追いかけられるのが苦手です。
しつこく幸せを追いかけ回すのは、もはやストーカーと同じです。
私たちは、誰かに追いかけられると不安や恐怖を感じて逃げたくなりますが、それは幸せも同じです。
幸せを追いかけ回すと、がつがつした雰囲気が出てしまいます。
不安や恐怖を感じた幸せは「この人に近づきたくない」と逃げていきます。
好かれるどころか嫌われてしまいます。
そのため幸せを追いかけ回せば回すほど、不幸せな雰囲気が出てしまいます。
運やチャンスを呼び込むどころか、逆に閉め出すことになる。
あまりに幸せのことばかり考えていると、現実もおろそかになります。
幸せを追いかけ回すと、かえって不幸になってしまうのです。
自分の胸に手を当て、誓いを立ててください。
「幸せを目指すことはあっても、追いかけ回さないようにする」と。
もし幸せを追いかけ回している自分に気づいたら、ブレーキを踏むことです。
停止する必要はありませんが、速度を落としてください。
心がけるなら、幸せを目指すまでにするのがマナーです。
人と接しているとき、親近感が湧く場面があります。
まだなじみが浅い相手でも、年齢や出身地が自分と同じとわかれば、親近感が湧きます。
相手の趣味や好み、考え方や生き方が自分と同じときも、親近感が湧くでしょう。
お互いに共通点があると「仲間意識」が芽生えて、心の距離が近づきます。
いったん親近感が湧くと、古くからの関係であるかのように仲良くなれ、親しい雰囲気が出てきます。
自然と笑顔が増えたり、もっと話したくなったりするのです。
親近感が湧くかどうかは、偶然や成り行きに任せている人が多いのではないでしょうか。
もちろん偶然や成り行きに任せるのもいいですが、それでは受け身です。
親近感が湧くかどうかは、運や偶然が関係しているように思えますが、誤解です。
お互いの共通点が見つかるかどうかです。
積極的に共通点を見つけていけば、自発的に親しみの感情を生むことができるようになります。
つまり、親近感とはいえ、自分の裁量でコントロールが可能です。
相手に親近感が湧くよう積極的に働きかけましょう。
ポイントは「共通点を見つけること」にあります。
何でもいいので、相手と自分との共通点を見つけてください。
観察力を働かせ、感覚を研ぎ澄ませましょう。
さまざまな角度から相手を見ていき、1つでもいいので共通点を見つけていきましょう。
完全一致であればベストですが、だいたい一致でもOKです。
許容範囲を広げたほうが、それだけ親近感が湧くチャンスも増えます。
「共通点を見つけるのは難しい」
そう思うかもしれませんが誤解です。
実際のところ、共通点が1つもない人を探すほうが難しい。
人を構成する要素は、数多く存在するため、本気になれば、嫌でも1つくらいは共通点が見つかります。
ゲーム感覚で「共通点探し」に取り組んでみましょう。
観察力を駆使して、いろいろな角度から相手を見れば「同じ」「似ている」と感じるところが1つくらいはあるはずです。
共通点を見つけるのが上手になれば、ほぼすべての人に、親近感を覚えることができるようになります。
1つ見つかれば、自然と親近感が出てきます。
2つ見つかれば、もっと親近感が出てきます。
3つも見つかれば、運命を感じるでしょう。
共通点が見つかれば見つかるほど、強い親近感を覚えるようになります。
親近感を持てば、自然と笑顔が増え、友好的な接し方になります。
あなたの柔和な態度に相手も心を開いていき、自然と仲良くなります。
仲良くなるから親近感が湧くのではありません。
親近感が湧くから仲良くなるのです。
たとえ相手があなたを嫌っていても、あなたは相手に親近感を持つことです。
親近感は、一方的に持っていいものです。
親近感は、偶然のたまものではなく、あなたの心がけしだいです。
あなたの心はあなたのもの。
あなたが相手をどう思おうと、自由です。
親近感を持てば、仲良くなるのは時間の問題なのです。
「かっこつける生き方」と「かっこいい生き方」。
この2つの言葉を聞いて、どう感じるでしょうか。
それぞれ響きが似ているため、意味も同じように感じます。
どちらも「体裁を整える」「見栄えを良くする」という点は同じですが、ここが注意ポイントです。
「かっこつける生き方」と「かっこいい生き方」は、響きはそっくりでも、似て非なるもの。
実際は大きな違いがあるため、混同せず、それぞれ区別しましょう。
かっこつける生き方は、見栄や体裁にこだわる生き方のことをいいます。
弱みは隠して、見栄を張る。
「すごいだろ」と自慢をする。
実力がないのに、あるふりをする。
体裁を整えるために、ランクの高い衣類を身につける。
外見を良くすることに注意が向いて、内面を磨くことがおろそかになる。
かっこつける人には、虚栄心があって、周りからよく思われたい気持ちがあります。
人目を気にしているので、なかなか自由に生きられません。
見栄を気にしているので、余計な出費も多くなり、なかなかお金も貯まりません。
人前では頑張りますが、人のいないところではサボります。
無理にかっこつけたところで、見る人が見れば、その不自然な様子からすぐ見抜かれます。
かっこつける生き方をしていると、一時的にはよくても、いずれかっこ悪くなってしまいます。
かっこいい生き方とは、倫理や道徳を大切にした生き方のことをいいます。
人道に反したことはしません。
正しい倫理観を持って、人として踏むべき道を大切にしています。
礼儀やマナーも大切にします。
守るべきことはきちんと守り、相手を不快にさせるような振る舞いは避けます。
大人や社会人としての振る舞いがあり、洗練されています。
愛情や思いやりを大切にして、人と接します。
納得できない意見でも、相手の意見を尊重して、できる限り受け入れます。
困っている人がいれば、できる範囲で助けます。
常に勉強をしていて、自分を高めることをしています。
できないことがあっても、できる方法を考えます。
うまくいかないことがあっても、簡単には諦めず、粘り強く取り組みます。
新しいことに挑戦するときは、弱気の心を吹き飛ばし、強気の心で立ち向かいます。
叶えたい夢があって、実現に向けて毎日こつこつ努力しています。
誘惑があっても理性で振り切り、つらいことがあっても根気で乗り越え、夢の実現に向かっています。
人の迷惑になるようなことは避け、心地よい人間関係の実現を心がけています。
たとえ合法でも、倫理や道徳に反することはしません。
これが「倫理や道徳を大切にする」ということです。
そういう姿は、自然とかっこよくなります。
人間味にあふれる様子があるので、周りの人はほれぼれします。
かっこつけるつもりはなくても、正しい生き方を貫く姿勢があるため、結果としてかっこよくなっているのです。
あなたはどちらの生き方ですか。
かっこつける生き方ではなく、かっこいい生き方をすることです。
見栄や虚栄心のために動くのではなく、倫理や道徳を大切にした生き方をしましょう。
節度と良識のある行動を取って、人としての正しい生き方を貫くことが大切です。
うっとりした気分にさせるアルコールの飲み物。
それは、お酒です。
適度なお酒は、ストレス発散に有効です。
嫌なことも苦しいことも、お酒を飲めば忘れられます。
肉体的な疲れも精神的な疲れも、お酒を飲めば和らぎます。
アルコールの力によって緊張が和らぎ、ふわふわした感じになり、幸せな気分に浸れます。
もちろん飲みすぎには注意が必要ですが、適度な飲酒は悪くありません。
晩酌が習慣になっている人も多いことでしょう。
さて、お酒をおいしく飲む方法をご存じでしょうか。
とても簡単な方法です。
お酒をおいしく飲む方法は、日中の仕事に精を出すことです。
日中の仕事は、一切手抜きをせず、全力で打ち込みます。
頭を動かし、額に汗をかき、できることはすべてやります。
しっかり集中して、難しいことがあっても根気で乗り越え、ベストを尽くします。
必死で仕事を頑張れば、たっぷり疲れますが、それがいいのです。
疲れとともに、心地よい達成感が得られます。
「今日も1日よく頑張った」という気持ちに浸りながら飲むお酒は最高においしい。
まさしく今日1日頑張った自分へのご褒美です。
日中に仕事を頑張ったからこそ、おいしいお酒がよりおいしくなります。
「お酒がご褒美」の役目を果たし、1日の終わりをきれいに締めくくれるでしょう。
単純な方法ではありますが、お酒をおいしく飲むための最良の方法です。
お酒をおいしく飲みたいなら、日中に仕事を頑張りましょう。
「夜にはお酒が待っている」と思えば、きゅっと身が引き締まって気合が入り、ますます日中の仕事を頑張れるでしょう。
難しいことがあっても、根気よく打ち込めます。
使命感を持って仕事に打ち込みましょう。
しっかり集中して、根気よく打ち込み、ベストを尽くしましょう。
日中の仕事を頑張れば頑張るほど、夜のお酒が、よりおいしく感じられるようになります。
日中の仕事は、おいしいお酒をよりおいしくする、最高のアルコールなのです。
なぜ親は、余計な一言を言ってくるのでしょう。
どうして親の小言は、あれほどいらいらしてしまうのでしょう。
親と接していると、小言を言われることがあります。
「もっとしっかりしなさい」
「ここをこうしなさい。あそこをこうしなさい」
「もっと○○したほうがいいんじゃない?」
子どもの時期ならまだ小言を言うのもわかりますが、成人を迎えてからも、あれこれ言ってきます。
親は、余計な一言を言ってきます。
むっとして「うるさいな」と思うでしょう。
もちろん親が完全に間違っていることもあるでしょう。
親も神様ではありません。
人生の先輩とはいえ、間違いや勘違いをすることもあります。
しかし、親の小言は、完全に無駄と言い切れるのでしょうか。
親から「薄情だな」と言われたとき、むっとしながら心の中で「そんなことはない!」と反発しますが、本当にそうでしょうか。
ストレートな一言ですが、親が客観的に感じた、正直な意見でもあります。
落ち着いて考えてみると「そうかもしれない」と思う余地が、少しくらいあるかもしれない。
親の意見に同意するところがあるかもしれない。
親が99%間違っていても、1%くらい正しいときもあるでしょう。
友人や知り合いは、あなたを傷つけないよう、当たり障りのない一言を言ってくれます。
ありがたいですが、少し悲しいことでもあります。
自分の悪いところを指摘されなければ、自分の悪いところも改善するのが難しくなります。
一方、親は違います。
親は、ほかの人が言わないストレートな一言をはっきり言ってきます。
1%でも納得できる余地があるなら、むっとしつつも「一理ある」と受け入れてみてください。
99%は無視してもいいので、1%くらいは「そうかもしれない」と思って受け入れてみる。
ほかの人が言ってくれない一言かもしれません。
その一言を自分の生き方を見直す材料にすればいいことです。
貴重な意見は、不快感が伴うもの。
貴重な意見であればあるほど、不快感も大きくなります。
「うるさいけど貴重な意見」と考えると、受け入れやすくなるでしょう。
うるさく感じる感情部分だけ切り捨て、意見部分だけ取り出してみてください。
うるさい親の小言も、いずれ聞けなくなる日がやってきます。
親がこの世からいなくなれば、あれほどうるさい小言が、今度は一言も聞けなくなります。
どんなに大金を積んでも、どんなに努力しても、どれだけ天に祈ろうと、小言を一切聞けなくなります。
親がいなくなれば、あなたの悪いところを指摘する人はほとんどいなくなってしまいます。
親の小言が聞けるのも、今のうちだけなのです。
運を引き寄せる、魔法の言葉を紹介します。
「すべてうまくいっている」という一言です。
シンプルな一言ですが、運を引き寄せる力は絶大です。
うまくいっているときだけ唱えるのではありません。
うまくいっていないときでも「すべてうまくいっている」と唱えてください。
つらいとき・苦しいときも「すべてうまくいっている」と唱えましょう。
寂しいとき・悲しいときも「すべてうまくいっている」と唱えましょう。
雨の日・風の日・嵐の日も「すべてうまくいっている」と唱えましょう。
たとえ不幸のどん底で苦しんでいるときでも「すべてうまくいっている」と唱えたい。
いつでも、どこでも、どんなときでも「すべてうまくいっている」と唱えます。
この一言を唱えた瞬間、プラス思考のスイッチが入り、心のベクトルがポジティブな方向に向かいます。
そして、本当にすべてうまくいっているように思えてくるのです。
物事の善しあしは、受け止め方によって変わります。
「悪い」と受け止めると悪くなりますが「良い」と受け止めると良くなります。
「すべてうまくいっている」と思えば、ネガティブなこともポジティブなことに思えてきます。
ぱっと視界が開け「これでいい」「これで良かったんだよね」と思えてきます。
「すべてうまくいっている」
この一言を唱えた瞬間、幸せの神様が振り向きます。
「いい言葉が聞こえてきた」
「あなたは素晴らしい考え方を持っていますね」
「人生の本質に気づきましたね」
前向きな言葉に引かれて、あなたに近づいてくるのです。
「すべてうまくいっている」という一言は、幸せの神様が大好きな言葉だからです。
幸せの神様を味方につけましょう。
人生に起こることは、すべて必然です。
トラブルもハプニングも必然であり、素晴らしい出来事。
しかもすべてベストタイミングで起こっています。
失敗も間違いも何もかも「すべてうまくいっている」と考えましょう。
今はつらく感じる出来事も、後になってから「意味のある出来事だった」と気づけるでしょう。
忘れてしまいそうなら、紙に書いて、壁に貼っておくのもおすすめです。
「すべてうまくいっている」と唱えるだけで、運を引き寄せることができるのですから、これほど楽なことはありません。
1日1回唱える習慣があれば、必ずあなたの人生は明るくなります。
人生がバラ色に変わるのです。
私たちは誰もが順風満帆な人生を送りたいと願っています。
失敗もトラブルもない。
悩みも痛みも苦しみもない。
平和でスムーズな人生は、さぞ快適でしょう。
ストレスがなければ、静かで穏やかな日々を送れるはずです。
順風満帆な人生は、まさしく「理想的な人生」と思えるでしょう。
しかし、ここに見落としがちなポイントがあります。
順風満帆な人生には「意外な現実」が待っています。
それは「得ることが少ない」という現実です。
スムーズにいくということは、行き詰まることがないということです。
行き詰まることがないということは、悩んだり考え抜いたりする機会が減るということになります。
つまり、学びを得ることが少なくなり、成長の妨げになるのです。
順調な人生は、スムーズで快適な様子とは裏腹に、さぞつまらない人生になるでしょう。
順風満帆であればあるほど、得るものも減っていきます。
まっすぐの道の高速道路を、淡々と進んでいるようなものです。
スムーズに進むのは快適ですが、刺激も変化もないため、眠くなってぼんやりするでしょう。
ぬるま湯に浸かりながら、どうやって強くなっていけるのでしょう。
あまりに平和すぎると、平和ぼけに陥り、たるんだ生き方になります。
順風満帆なのはいいですが、得るものが少ないのは、それはそれで悲しい現実なのです。
得るものが多い人生にするためにはどうすればいいか。
前途多難な人生がいいのです。
前途多難な人生は、ストレスが多い人生になるでしょうが、これはこれで面白い人生です。
考えたり悩んだりすることが増えるため、得ることも多くなります。
ストレスが多いですが、だからこそメンタルが鍛えられます。
「前途多難な人生」は「イベントが豊富な人生」と言い換えることもできます。
「前途多難な人生」と聞くと、響きが悪く聞こえますが「イベントが豊富な人生」と聞くと、前向きな感じがするでしょう。
イベントの多い人生のほうが、泣いたり笑ったりすることも増えるため、得ることも多くなるでしょう。
前途多難な人生を歓迎しましょう。
「自分の人生は前途多難」と思うなら、両手を挙げて喜んでください。
得るものが多く、刺激的で楽しい人生が待っているでしょう。
すでに順風満帆な人生を送っていて、物足りなさを感じているなら、自分から困難をつくって飛び込んでいきましょう。
無理のない範囲で、自分から困難をつくり出してみます。
2択があれば、あえて難しいほうを選んでみます。
仕事に慣れてきたら、もう少し難しい仕事に挑戦したり、まったく新しい仕事に挑戦してみたりします。
転職をすることで、不慣れな環境に飛び込んでみるのも悪くありません。
自発的に困難を増やすなら、積極性が伴っているので、アクティブに取り組めるでしょう。
人生を楽しく面白くしたいなら、順風満帆な人生より前途多難な人生のほうが絶対有利です。
順風満帆な人生より、前途多難な人生のほうが、得るものが多いのです。
「怖い、恐ろしい、身がすくむ!」
あるとき、怖いことに直面することがあります。
怖いことに直面すると、身がすくんで、手足が震え、その場から逃げたくなります。
怖いことに立ち向かわなければいけないとき、どうすればいいのでしょうか。
恐怖対策は、単純です。
怖ければ、目をつぶりましょう。
見るから怖いのです。
見なくなれば怖くなくなります。
目をつぶってしまえば、見えなくなるので、怖くなくなります。
目をつぶって、後は前に進んでいきましょう。
目をつぶれば、お化け屋敷も怖くなくなります。
どんなに恐ろしいお化けであろうと何だろうと、目をつぶってしまえば何かわかりません。
目をつぶりながら前に進んでいるうちに、恐怖が過ぎ去っているでしょう。
「恥ずかしい。照れくさい。穴があったら入りたい!」
あるとき私たちは、恥ずかしい場面に直面することがあります。
恥ずかしいと、赤面したり変な汗が出たりして動揺してしまいます。
恥ずかしさを乗り越えるにはどうすればいいのでしょうか。
恥ずかしさを乗り越える方法は単純です。
開き直ればいいのです。
覚悟を決めて、堂々とした態度になりましょう。
恥ずかしくておどおどするくらいなら、思いきって開き直ったほうが、まだ格好がつきます。
覚悟を決めてしまうと、気合が入り、身が引き締まり、心が強くなります。
顔色は普通に戻り、汗も震えも止まります。
一瞬で恥ずかしさが吹き飛びます。
気づけば、恥ずかしいことを乗り越えられているでしょう。
「臆病者で勇気が出ない。どうしたらいいだろうか」
勇気が出ないと安全な道ばかり選んでしまい、なかなか成長できません。
挑戦したくても、つい逃げてしまいます。
勇気が出なくて困ったときの対策があります。
勇気が出なければ、スピードを出しましょう。
歩くスピード・仕事のスピード・考えるスピードなど、全体的にスピードを上げます。
少しスピードを上げるだけでいいのです。
スピードを上げると、次から次へと場面が移り変わるため、不安や恐怖を感じる暇がなくなります。
また、ほどよく脳が興奮するため、テンションが上がります。
不思議と強気の気持ちが湧いてきて、打たれ強くなります。
結果として、勇気が出てくるのです。
もともと臆病な性格なら、普段からスピードを意識するといいでしょう。
スピードを出せば出すほど、心が強くなります。
調子に乗って、自然と勇気のある行動もしやすくなります。
怖ければ、目をつぶりましょう。
恥ずかしければ、開き直りましょう。
勇気が出なければ、スピードを出しましょう。
シンプルな方法ですが、即効性があります。
誰でも簡単に実行でき、リスクや副作用もありません。
忘れそうなら、紙に書いて目立つところに貼っておくといいでしょう。
この3つの知恵を心がけると、今日からあなたは生まれ変わります。
ため息をつくのは良くありません。
ため息はネガティブな行為。
ため息をつくと、暗い雰囲気が漂い、ますます体がだるく感じます。
「だるくて疲れている」という自覚を促すため、余計に体がだるく感じます。
周りに人がいると、迷惑にもなります。
ため息をつくと、声は出なくても、息を吐く音がある。
人のため息を聞かされると、自分にもだるい雰囲気が伝わってきて、やる気や元気が奪われてしまいます。
露骨なため息は、もはやマナー違反といっていいでしょう。
悪口ではありませんが、悪口に匹敵するほどの悪影響があります。
ため息をつくくらいなら、深呼吸をするほうがいい。
ため息はネガティブな行為ですが、深呼吸はポジティブな行為です。
深呼吸をすれば、たっぷり酸素を取り込むことができ、思考が明瞭になります。
気合が入って、適度な緊張感が生まれ、脳も心も元気が出てきます。
大きく息を吸ってゆっくり吐けば、ため息になりません。
できるだけため息は避けつつ、深呼吸を心がけることが大切です。
しかし、これがなかなか難しい。
ため息をつかないように意識していても、気持ちが緩んだとき、うっかりため息が出てしまうことがあります。
完全に防ぐのは難しい。
人間ですから、時には油断することもあります。
「しまった。ため息をついてしまった」と自分を責めそうですが、まだ挽回のチャンスはあります。
うっかりため息をついてしまったら、すぐ深呼吸をしましょう。
ため息をついても、すぐ深呼吸をすれば、ぎりぎりセーフです。
ため息が、深呼吸をするときの動作の一部になるため、悪い印象がありません。
最後を深呼吸で締めくくることになるので、ポジティブになります。
ため息をついた後の深呼吸は「さあ、これから頑張るぞ!」という前向きな様子に見えます。
気合が入り、体も引き締まる。
最後をポジティブで締めくくれるので、印象が良くなるのです。
「不運が続いている」
「立て続けに不幸が起こっている」
「ああ、なんて私はついてないのだろう!」
人生では、不運や不幸が続くことがあります。
たまに不運や不幸が起こるならまだ耐えられますが、立て続けに不運や不幸が起こるのは不自然です。
「調子が悪い」「何かがおかしい」と思い始め、だんだん不安や心配が大きくなっていく。
運に恵まれない自分の人生を恨んだり、嘆いたりするかもしれません。
「悪い霊か何かに取りつかれているのではないか」と、あらぬ方向に考えが及ぶこともあるでしょう。
しかし、不運や不幸が続いていても、どうか希望を持ってください。
ずっと不運や不幸が続くことはありません。
人生では、幸運や幸福が立て続けに起こることがあるように、不運や不幸が続くこともあります。
もし不運や不幸が続いているときは「厄払いの集中期間」と考えましょう。
今までためてきた厄を取り除いている最中です。
今のうちにたっぷり苦しんでおきましょう。
涙を流して、悔しがっておきましょう。
しっかり厄を取り除いておけば、身も心もきれいになり、あとからいいことがたくさん起こります。
不運や不幸が続いても、前向きになれます。
わざわざ神社に行って厄払いをしなくて済むので、これはこれでラッキーです。
「今は厄払いの集中期間だね。もっと厄を取り除いてやる!」
前向きに考えていれば、不思議なことに不運や不幸も収まります。
不運・不幸が続いたぶんだけ、今度は幸運・幸福が続けて訪れるでしょう。
幸せの神様がほほ笑んでくれるのです。
一定期間、1日も休まず出勤・出席した人をたたえる賞があります。
「皆勤賞」です。
皆勤賞は自慢になります。
体が丈夫で、自己管理もできている証拠。
皆勤賞は資格ではありませんが、面接では「丈夫な体と真面目の証し」になるため、強力なアピールになります。
実際のところ、皆勤賞の人は大変少ないのが現実です。
全校生徒の多い学校でも、ほんの数人しかいません。
実際に皆勤賞の人がいれば、周りから「すごい」「素晴らしい」「立派だね」と褒められるでしょう。
1日も休まず出席・出勤するのは、そのくらい大変なこと。
真面目な性格でなければいけません。
肉体的にも精神的にも強くなければいけません。
学校から皆勤賞の賞状があれば、国家資格並みのアピールポイントになるでしょう。
皆勤賞を目指して頑張っている人も多いのではないでしょうか。
もちろん皆勤賞を目指すのはいいですが、ここで注意したいことがあります。
皆勤賞を目指すのはいいですが、執着しないように注意してください。
皆勤賞に執着すると、本当に体調が悪いとき、休みたくても休めなくなるからです。
皆勤賞に執着すると、ろくなことになりません。
休むことに強い罪悪感が生まれます。
「休むこと=悪いこと」という考え方になり、後ろめたい気持ちに縛られます。
「絶対休まない!」
「意地でも休まない!」
「どんなことがあろうと休まない!」
エスカレートすると「死んでも休まない」という考え方になるかもしれません。
「死んでも休まない」という考え方は、あまりに愚かです。
規則正しい生活を送った結果として、皆勤賞をもらうのはいいですが、執着するのは良くありません。
皆勤賞に執着した結果、無理をすると、かえって体を壊してしまいます。
皆勤賞に執着して意地を張ると、あとから大きな代償を払うことになるでしょう。
自分に厳しくなるのはいいですが、健康を害するほど無理をするのは、誤った厳しさです。
健康が第一です。
健康ほど大切なことはありません。
健康を失ったら何もできなくなります。
きちんと休むことも、体調管理の1つです。
有給があるなら、きちんと消化しましょう。
有給休暇は、ためるものではなく、消化するもの。
たまには休みを取って、バカンスを満喫することも大切です。
体調が悪いときは、無理をせず、素直に休みましょう。
休むべきときに休んでおかないと、治るものも治りません。
きちんと休んで養生に専念したほうが、体調不良も早く回復します。
素直に休めば、遅れが出たとしても、最小限に抑えることができるでしょう。
体調が悪い自分を認めることも大切です。
けがや病気のときは、きちんと自分を休ませることも大切です。
体調を崩したということは、生活のどこかに問題があるのかもしれません。
体調が悪くなって休む時間は、自分を省みたり生活を振り返ったりする良い機会になります。
休むことが愚かなのではありません。
体調不良にもかかわらず無理をするほうが、はるかに愚かです。
皆勤賞は、あくまで結果です。
目的にしてはいけないのです。
ある2つの選択肢があります。
あなたなら、どちらを選びますか。
普通に考えれば、今すぐ得するほうを選んだほうが良いように思えます。
「できるだけ早く得したい」という考え、今すぐ得するほうを選びたくなるでしょう。
利益は早く手に入れたいと思うもの。
先延ばしする理由もありません。
おなかがすいているとき、目の前においしい食事があれば、とっさに飛びつくでしょう。
当たり前の行動パターンですが、ここが運命の分かれ道です。
あまり知られていませんが、運には「単利・複利の効果」があります。
単利・複利といえば、預金や投資信託で登場する用語ですが、運にも当てはまります。
今すぐ得するほうを選ぶと、単利の運になります。
今すぐ得を得られますが、運も単利のままになります。
一方、今すぐ得をしないほうを選ぶと、複利の運になります。
得を得る時期を延ばせば延ばすほど、複利効果によって運が大きく膨らみます。
本当に得を得たいなら、時間はかかりますが「今すぐ得しない選択肢」をおすすめします。
後になればなるほど、複利効果によって運が膨らむからです。
我慢が必要であり、忍耐力も必要です。
今すぐ得が得られないため、不安との戦いになります。
もどかしい気持ちになって、落ち着かない時間を過ごすでしょう。
せっかちな人にとっては、ストレスを感じる選択ですが、大切な正念場です。
ぜひ人生を変えるつもりで取り組んでみてください。
もどかしい気持ちになったら「運を預けている」と考えましょう。
あくまで運を預けているだけであり、失うわけではありません。
今すぐ得は得られませんが、時間が経過するにつれて、複利効果によって運が大きくなります。
数カ月後・数年後、あなたは大きく膨らんだ運を手に入れ、ますます人生が良くなります。
待てる人になりましょう。
我慢できる人になりましょう。
目先の損得に惑わされないことです。
今すぐ得をしないほうを選べば、複利の運が手に入ります。
あなたには人を喜ばす力があります。
「私にそんな力はない」と思ったあなた。
それは誤解です。
実はあなたに限らず、誰でも人を喜ばせる力があります。
とても簡単な方法です。
相手の名前を呼ぶだけでいいのです。
名前を呼ぶことには、相手の存在を認め、尊重する意味があります。
名前を呼ぶだけで、さまざまな重要なメッセージを伝えることができます。
「あなたを大事に思っています」
「あなたと仲良くなりたいです」
「あなたには素晴らしい価値があります」
相手は「自分の存在を認められた」と感じて、嬉しく感じるでしょう。
相手の名前を呼ぶだけで、そうしたポジティブなメッセージを伝えることができます。
積極的に名前を呼びましょう。
名字でも名前でもかまいません。
愛称やニックネームでもかまいません。
すでに親しい関係なら、呼び捨てでもOKです。
大切なことは、相手の存在を認め、尊重することです。
相手の存在を認め、尊重するためには、名前を呼ぶだけでいいのです。
「おはようございます」より「○○さん、おはようございます」です。
「ありがとう」より「○○さん、ありがとうございます」です。
「お元気ですか」より「○○さん、お元気ですか」です。
面白い話をする必要はありません。
ギャグやユーモアも必要ありません。
相手の名前を呼ぶだけでいいのです。
日常会話に名前を織り交ぜるだけですから簡単ですね。
自分に人を喜ばせる力があると思えば、わくわくしてきませんか。
魔法使いになったつもりで、どんどん積極的に名前を呼んで、多くの人を喜ばせていきましょう。
にこにこしながら名前を呼べば、100点満点です。
にっこりほほ笑みを返してくれるはずです。
あなたには、人を喜ばせる力があるのです。
最悪の状況になったとき、ぜひやってみてほしいことがあります。
大泣きではありません。
大笑いです。
くすくすという笑い方ではいけません。
きちんと声に出して「わはは」と大きく笑ってみましょう。
周りに人がいて恥ずかしいなら、人がいないところに移動して、大笑いしてみてください。
心に余裕がなくて笑いにくいシチュエーションですが、開き直って大笑いすることが大切です。
もちろん笑ったところで、急に光が差し込んで、最悪の状況から抜け出せるわけではありません。
行動を起こさないかぎり現実に変化はありません。
「大笑いしたところで何も変わらない」と思いますが、大きな誤解です。
メンタルが変わります。
最悪の状況で大切なのは「メンタル」です。
大笑いにはメンタルを強化させる効果があります。
大笑いすれば、ポジティブのスイッチが入り、気持ちが明るくなります。
心が軽くなって、やる気も元気も出てきます。
大笑いする理由は何でもかまいません。
開き直って「あまりにひどすぎる」「どうしようもないね」「ここまでひどいとかえって面白い」と最悪の状況を笑ってみます。
あまりにもひどいと、最悪を通り越して笑えてくるもの。
「フィクションでも、これほどひどいシナリオはない!」と客観的に眺めると、こっけいな感じがして愉快に感じるでしょう。
最悪の状況から抜け出すのは「涙」ではなく「笑い」です。
映画を思い出してください。
最悪の場面に直面したとき、主人公は大笑いしています。
「よくこんな状況で笑っていられるな」と思いますが、そこがポイントです。
大笑いすることで、ネガティブをはねのけ、ポジティブを引き寄せているのです。
心が軽くなり、気持ちが明るくなれば、最悪の状況から抜け出すきっかけをつかみやすくなります。
最悪の状況から抜け出せたから、大笑いするのではありません。
大笑いするから、最悪の状況から抜け出せるのです。
「こんなの絶対無理」と思いながら「わはは」と笑ってみると、不思議と元気が出てきます。
最悪の状況になったら、声を出して大笑いしましょう。
笑うことこそ、最悪から抜け出す近道です。
感謝と幸福感を高める考え方があります。
あなたが好きなことをしているとき、どう考えますか。
「好きなことをしている」と普通に考えることが多いのではないでしょうか。
もちろん悪くない考え方ですが、少し表現を工夫することで、感謝と幸福感をもっと高めることができます。
それは「好きなことをさせてもらっている」という考え方です。
「させてもらっている」という表現はおかしく思えますが、誤解です。
好きなことをしているとき、客観的に状況を振り返ってみてください。
自分だけでなく、多くの人のおかげで実現できていることに気づけるはずです。
たとえば、好きな本を読んで楽しむ場面があるとします。
貴重なコンテンツを楽しめるのは、それを書いてくれた著者のおかげです。
読書をする時間があるのは、誰かが時間を提供してくれたおかげです。
静かに本を読めるのは、静かな場所があるおかげです。
本を読むことを許してくれる環境があります。
また、映画館で映画鑑賞を楽しむ状況があるとします。
素晴らしい映画を楽しめるのは、素晴らしい俳優が存在して、映画を制作した人たちがいるおかげです。
大画面で見ることができるのは、立派な映画館があるおかげです。
映画が流通しているのは、流通業者がいるおかげです。
その映画に巡り会えたのは、今の時代に生まれたおかげです。
人のおかげだけでなく、運やタイミングが関係していることもあります。
自分勝手に好きなことをさせてもらえるのは、それだけで恵まれた環境です。
さまざまな好条件に恵まれた結果、自分は今、好きなことを楽しむことができているとわかります。
だから「好きなことをさせてもらっている」と考えるのです。
あらためて考えると、恵まれた状態によって実現していることに気づけるでしょう。
あなたが好きなことは何ですか。
今日好きなことをするとき、謙虚な気持ちで「好きなことをさせてもらっている」と考えてみてください。
「なんてラッキーなのだろう。なんて恵まれているのだろう。こんなに好きなことをさせてもらってありがたい!」
好きなことができる自分の幸運に気づけます。
感謝と幸福感に包まれ、優しい気持ちになれます。
好きなことをさせてもらえて、本当に今日もラッキーです。
「好きなことをさせてもらっている」と考えれば、感謝と幸福感が湧き、ますます好きなことを楽しめるようになります。
特別な日は、ハッピーになれます。
「幸せいっぱいの1日」ということです。
趣味を満喫できる休日。
好きな人とデートを楽しむ1日。
気分転換で楽しむ日帰り旅行。
年に一度の自分の誕生日。
新鮮な刺激に満ちた海外旅行。
自由があったり好きなことができたりする1日は、豊かな時間が送れ、心が幸せで満たされるでしょう。
もちろん特別な日にハッピーになるのもいいですが、それが理想かというと、少し違うのです。
「特別な日だけハッピーになる」ということは、裏を返せば「普段はハッピーでない」ということになります。
「幸せというわけでもなければ、不幸せでもない」という中間の状態もあるでしょう。
特別な日にハッピーになるのもいいですが、特別な日に限定されるのは少し寂しいですね。
別に特別な日に限定しなくてもいいはずです。
いつの間にか私たちは「ハッピーは特別な日に限定されるもの」という先入観で生きていることが少なくありません。
ここで意識改革をしましょう。
特別な日だけハッピーになるのではありません。
普段からハッピーを目指しましょう。
「そんなことができるのか」と思いますが、もちろんできます。
しかも時間がかかることではありません。
あなたの意識しだいでは、今すぐ実現可能です。
家族がいること、友人がいることに感謝します。
仕事があること、仕事ができることに感謝します。
歩けること、走れることにも感謝します。
着るもの、食べるもの、住むところがあることに感謝します。
水があること、空気があること、光があることなど、普段気にしないことにも意識を向けて感謝したい。
つまり、生活におけるすべての恵みに感謝するのです。
難しいことではなく、簡単なことです。
あなたの意識しだいです。
あなたの心にある「幸せセンサー」を働かせましょう。
自分に与えられた多くの豊かさに気づけば、普段からハッピーになれます。
恵まれた状態に気づき、1つずつありがたく感謝していけば、心が幸福感で満たされます。
穏やかで温かい気持ちになり、言い表しようのない豊かさを実感できるでしょう。
せっかく生きているのなら、人生全体をハッピーにしようではありませんか。
24時間365日、いつもハッピーでいることを目指したい。
「ずっと幸せを感じ続けるのは申し訳ない」と罪悪感を持つ必要はありません。
一度しかない人生ですから、ずっと幸せを感じ続ける人生を目指しましょう。
時間があるときに心がけようとするのではなく、さっそく今から心がけてみてください。
「特別な日だけハッピー」より「普段からハッピー」を目指しましょう。
「私は積極的な人間です!」
「何事も積極的に行動します!」
「積極的に人生を生きていきます!」
積極的な生き方を心がけているのは素晴らしいことです。
少なくとも消極的より積極的に生きるほうが、行動の数が増えるため、望んだ人生を送れるでしょう。
人生は、自分で切り開くものです。
何かが起こるのを待つのではなく、自分からアクションを起こすことで、道ができ、未来が切り開けます。
積極的に生きることをモットーとしている人も多いのではないでしょうか。
さて、ここで振り返ってほしいことがあります。
積極的に生きると言いつつ、優しくされるのを待っていないでしょうか。
口では「積極的に生きる」と言いつつ、実際は優しくされるのを待っていることがあります。
口ではどうとでも言えます。
優しくされるのを待っているなら、残念ながら受け身の状態です。
自分では積極的のつもりでも、実際は消極的になっています。
厄介なことに、自分でも気づいていないことが少なくありません。
自分の癖は自分では気づきにくいように、意識と行動のギャップも自分では気づきにくい。
自分のことは、近すぎるゆえに、かえって見えにくくなっていることがあります。
「自分ではできている」と思っていながら、実際はできていないことが珍しくありません。
「相手が優しくしてくれたら、自分も優しくなろう」という受け身の態度になっているなら注意したい。
積極的に生きると言いつつ優しくされるのを待っている自分に気づいたら、今すぐ振る舞いを見直しましょう。
優しくされてから優しくするのではありません。
まず自分から優しくなりましょう。
積極的な人生を送りたいなら、自分から優しくなることです。
相手からアクションが来るのを待つのではなく、自分からアクションを起こしにいくことが大切です。
これが「積極的」ということです。
あなたが優しく接していれば、相手も心を開いて、優しくなってくれるでしょう。
立場も肩書も関係ありません。
余計な見栄やプライドにこだわらず、自分から優しくなっていきましょう。
積極的になりたいなら、自分から優しくなりましょう。
優しくする人は、優しくされます。
応援する人は、応援されます。
助ける人は、助けられます。
意識と行動にギャップがあるなら、きちんと一致させていきましょう。
優しくなっているつもりになるのではなく、本当に優しくなることが大切です。
偉そうにしている人がいると「きっとあの人は偉いに違いない」と思います。
自慢話が多い。
人を見下す発言が目立つ。
態度から慢心がにじみ出ている。
自分は偉大な人間であるように振る舞っている。
まだ結果を出している人ならいいのです。
結果を出せたのは、それだけの努力と苦労を重ねてきた証拠です。
もちろん偉そうな態度はよくありませんが、少なくとも結果が出ているなら「立派」と言えます。
しかし、結果を出していないのにもかかわらず、態度だけ偉そうなのは良くありません。
偉そうにしている人がいると「あの人は偉いのかな」と思いそうになりますが、要注意ポイントです。
残念ながら偉そうにしている人は、本当に偉い人とは言えません。
偉そうにしているのは、自分は尊大と思っている証拠です。
自己肯定感は大切ですが、露骨なアピールは下品です。
気持ちに油断があります。
周りを見下す気持ちがあるのは、性格にゆがみが生じつつあります。
偉そうにしている人は「これから私は下降線です」と公言しているようなものです。
隙があり、油断があり、慢心があります。
偉そうにしていると、いつか大きな落とし穴にはまるでしょう。
慢心という邪悪な心によって、痛い目に遭うことになるのです。
だから、偉そうにしている人は偉くありません。
態度や外見に惑わされないことです。
偉く見えるだけで、本当は偉くないのです。
本当に偉い人はどんな人なのでしょうか。
それは「結果を出しているのに控えめでいる人」です。
しっかり結果を出しているにもかかわらず、態度は謙虚です。
結果を出していても、露骨な自慢はしません。
試験や面接といった評価される場面を除いて、自分から結果をアピールしません。
聞かれたら答える程度。
大きな結果を出せたのは、自分だけの力ではなく、多くの人のおかげであることを自覚しています。
そのため「皆さんのおかげです」「感謝の気持ちでいっぱいです」といった感謝やねぎらいの言葉を口にします。
物腰が低くて、言葉遣いも丁寧です。
結果を出せても、向上心が強いため、常に目線は上向きです。
まだまだ上を目指そうとしています。
自分は未熟者という自覚があります。
そもそも上には上がいて、世の中にはもっとすごい人がいることも自覚しています。
厳しい現実をわかっていれば、とても偉そうな態度はできず、謙虚な態度でいたくなります。
そのため「まだまだ未熟者です」「少し運が良かっただけです」といった謙虚な言葉を口にします。
だから偉いのです。
「その人が本当に偉いかどうかは、結果と態度を見ればわかる」と言っても過言ではありません。
慢心か向上心かの違いです。
偉そうにしている人が、偉いのではありません。
結果を出しているのに控えめでいる人が、偉いのです。
混雑した銀行や郵便局では「順番待ち」があります。
すんなり窓口に行けることもありますが、スムーズにいかないことも多い。
特に混み合う時間帯は、順番待ちが当たり前で、しばらく待たされることになるでしょう。
順番待ちをする人が多ければ多いほど、長く待たされることになります。
発券機から整理券を取って、自分の番になるまで待ちます。
発券機を見ると「○○人待ち」という表示があります。
このとき、順番待ちをする人が多いと、待たされる時間も長くなるので、げんなりします。
たとえば「ただ今10人待ちです」という表示があると「これは時間がかかりそうだな」と思うはずです。
ところが、しばらく待っていると「あること」に気づきます。
番号を呼ばれても、現れない人がいるのです。
どうやら整理券だけ取って、途中で帰ってしまった人がいるようです。
呼ばれて現れない理由は不明です。
整理券を取ったものの、不要の要件だと気づいたのかもしれません。
急ぎの用事を思い出し、そちらを優先したのかもしれません。
急におなかの調子が悪くなり、トイレに駆け込んでいるのかもしれません。
いずれにせよ、自分の出番が意外と早く回ってきます。
少し早めに順番が回ると「ラッキー」と思い、得をしたような気持ちになります。
10人待ちでも、実際は「7人待ち」「8人待ち」と少なめで済むことが珍しくないのです。
これは、人生でも同じことです。
人生では、順番待ちをしなければいけない場面があります。
旅行の申し込み、入居の申し込み、イベントの申し込み。
「○○人待ちです」と言われると「待つのは嫌だな」と思い、諦めようか迷うところでしょう。
しかも順番待ちをする人がたくさんいると、ますますげんなりするでしょう。
しかし、順番待ちの人が大勢いても、どうか諦めないでください。
せっかくチャンスがあるにもかかわらず「順番を待つ人が多い」という理由だけで諦めるのはもったいないことです。
銀行や郵便局で整理券を取ったままいなくなる人がいるように、途中で早く自分の出番が回ってくることがあります。
たとえば、10人待ちなら、そのまま10人待ちと考えるのではなく、7人待ち・8人待ちなど少なめに見積もっていいでしょう。
100人待ちなら、75人待ちや85人待ちくらいになるかもしれません。
つまり「実際はそれより少ない」ということです。
このことを前もってわかっているかどうかで、生き方はずいぶん変わります。
じっと待たなければいけないと思っているなら誤解です。
人生の順番待ちは、銀行や郵便局の順番待ちとは違い、じっと待つ必要はありません。
別の仕事をしながら待っていれば、すぐ時間が過ぎるでしょう。
順番待ちで待ち時間がたっぷりあるなら、一仕事を終えることもできるはずです。
上手に暇をつぶしながら待っていれば、数日・数週間は、あっと言う間です。
自分の番が呼ばれたとき、仕事を中断すれば、スムーズにいけるでしょう。
根気よく待てる人になりましょう。
待つときには待たないと、得られるチャンスも得られません。
運は、待てる人に巡ってきます。
きちんと待てる人には、意外と早く自分の番が回ってくるのです。
年に幾度か、贈り物をする機会があります。
お中元、お歳暮。
バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマス。
そして、誕生日のプレゼント。
また、卒業式や成人式、結婚や出産で祝い金を贈ることもあるでしょう。
贈り物をするときによくあるのが「ケチりたい気持ち」です。
プレゼント選びでは、プレゼントだけでなく、値段も気になるところ。
プレゼントを贈るのは、お金をあげるようなもの。
余計な出費は避けたい。
無駄遣いはしたくありません。
プレゼントの内容によっては、大きめの出費になることもあります。
節約志向の強い人なら、プレゼントを選ぶ際、値札が気になって仕方ないでしょう。
お金に執着していると、ケチりたい気持ちが出てきます。
「少しケチってもいいよね」
「少しくらい安くていいよね」
出し惜しみをしたい気持ちに駆られます。
もちろん浅い関係ならまだいいのです。
浅い関係なら、浅い関係に見合った贈り物で十分でしょう。
最低限のことをしているので、お互いの関係に傷つくわけでもありません。
しかし、深いつながりのある相手なら、大切な瞬間です。
贈り物の印象は、たった1割で変わります。
ほとんど同じに思えますが、1割で価値が変わります。
1割ケチると、安っぽい印象になります。
「ケチ」と思われ、がっかりされ、マイナスの評価になります。
1割ケチってもばれないと思いますが、意外とばれます。
商品名さえわかれば、インターネットで商品の値段をすぐ確認できます。
相手はこっそり商品の価格を確認している可能性もゼロではありません。
もらったものの値段が安くて、がっかりするのではありません。
軽く見られたことにがっかりしてしまうのです。
「私はこの程度にしか思われていないのね」と思われるでしょう。
逆のパターンもあります。
1割奮発すると、高級な印象になります。
「太っ腹」と思われ、プラスの評価になります。
たった1割なのに、たっぷり感謝されることも少なくありません。
1割ケチるか奮発するかで、印象が大きく変わります。
贈り物を贈るときは、奮発しましょう。
やりすぎには注意が必要ですが、相場より1割多い程度なら、ぎりぎり許容範囲でしょう。
無駄遣いではありません。
人付き合いの運を高めるためのお金です。
特に相手が特別な人なら、なおさらです。
「人付き合いの運を上げるための投資」と思えば、惜しみなく1割の奮発ができるようになるでしょう。
相手の幸せと成功を祈って、1割奮発しましょう。
きっと相手は笑顔で「ありがとう!」と喜んでくれるはずです。
1割奮発するだけで、プレゼントの好印象が大幅に割り増しされるのですからお得です。
運を運んでくるのは、人です。
人を喜ばせることで、運にも恵まれるようになるのです。
「たかが贈り物くらいで判断されたくない」
そう思うかもしれませんが、実際には判断されることが多い世の中です。
贈り物の善しあしは、どれだけ相手を大切に思っているか反映されるところの1つです。
たかが1割、されど1割。
1割の違いで、いい人と悪い人と思われる現実があります。
大切な相手には、ケチるより奮発です。
1割出し惜しむと「ケチ」と思われ、運に逃げられます。
1割奮発すると「太っ腹」と喜ばれ、運に恵まれるのです。