朝起きたら、こう思いましょう。
「生きていて良かった。幸せなことだ」と。
地平線から太陽が顔を出し、外が明るくなれば、自然と目が覚めます。
「達成感を得たい」
そう思ったとき、何をイメージしますか。
・プロジェクトを問題なく終えたとき。
洋服ダンスを開けましょう。
クローゼットを開けましょう。
いちばんお気に入りの服はどれですか。
嘘には、2種類あります。
「自覚の嘘」と「無自覚の嘘」です。
どちらも「嘘をつく行為」という点は同じですが、意識の質が違います。
親しい友人と電話をするなら、時間帯に注意しましょう。
時間さえあれば、いつでもいいように思えますが、油断は禁物です。
同じ話題でも、日中と夜中とでは、話の成り行きに影響するからです。
「自分にも責任があるのではないか」
そう思うあなたは、優しい人です。
「そんなことはない。自分は優しくない」
結論のあるコミュニケーションは良いものです。
コミュニケーションに明確な目的があると、話し方もスマートになります。
無駄な雑談が減ります。
たまには靴の労をねぎらいましょう。
毎日あなたに踏まれている靴は、文句の1つも言わず、一生懸命仕事をしています。
夏は熱い地面に耐え、冬は冷たい地面に耐えています。
「早起きは苦手」
「早起きがつらい」
「早起きなんて無理」
人生では、ベストタイミングを逃すことがあります。
約束の時間にかなり早く到着したら「早すぎた」と思うかもしれません。
「もう少しゆっくりしても良かった」と思うこともあるでしょう。
あなたは、満足しやすい性格でしょうか。
それとも満足しにくい性格でしょうか。
もし普段から小さなことに満足できる性格なら、きっとすでにあなたは幸せでしょう。
「私の人生は失敗ばかり」
「過去を振り返っても、失敗しか思い浮かばない」
「失敗の多い私の人生は、不幸なのだろうか」
厳しい上司だと大変です。
「ああしろ、こうしろ」と、小言がうるさい。
仕事に厳しく、細かいところまで確認されます。
「自己管理」と聞いて、どんなイメージがあるでしょうか。
食事・運動・睡眠など、生活習慣を中心としたイメージが多いのではないでしょうか。
仕事の計画や予定など、スケジュール管理をイメージする人もいるかもしれません。
きっとあなたは今、多忙な日々を送っているでしょう。
「あれもしないといけない、これもしないといけない」と、猫の手も借りたい毎日を送っているでしょう。
山ほどある仕事に追われ、自分を振り返る余裕がない。
日常が豊かになるチャンスは、どこにあるのか。
それは、日常の決まり文句にあります。
私たちは1日のうち何度か、決まり文句を言っています。
洋服ダンスやクローゼットを開けて、持っている衣類を眺めてみましょう。
おしゃれなあなたは、きっとたくさんの衣類を持っているでしょう。
できるだけ同じ服がかぶらないよう、上手に服の種類をずらしながら買いそろえているはずです。
「海を思い浮かべてください」
きっとあなたは今、青空の広がる海をイメージしたのではないでしょうか。
きれいな青空に、白い雲がぷかぷか浮かび、太陽からの日光がさんさんと降り注ぐ。
あるところに、盲目の女性がいました。
先天的な視神経の障害があり、生まれてから一度も見ることを経験したことがありませんでした。
真っ暗な世界の中で、触覚や聴覚だけを頼りに毎日を生きていました。
会話中に第三者の褒め言葉が登場することがあります。
たとえば、あなたの友人が、別の友人を褒める場面があるでしょう。
「彼は、頭の回転が速いよね」
心を押しつぶす見えない敵。
それは、プレッシャーです。
プレッシャーを感じると、心にストレスが生まれ、心拍数が上がります。
冷たい飲み物や温かい飲み物を、もっと味わい深くするコツがあります。
それは、温度の違いに集中して飲むことです。
冷たい飲み物は、時間がたつにつれて少しずつぬるくなります。
相手の考えや気持ちが、自分と同じだとわかるときがあります。
相手の思考や感情を、自分のもののように感じ取れます。
「自分と同じ考えだ。自分と同じ気持ちだ」と思うと、少し嬉しい気持ちになるでしょう。
あなたの日常は、忙しいですか。
それとも暇ですか。
スケジュール帳に空白があると、不安になってきます。
あなたにおすすめの趣味があります。
それは「人を喜ばせる」という趣味です。
趣味といえば、読書・音楽鑑賞・スポーツなどが代表的ですが、それだけではありません。
日記は、いわばタイムマシン。
日記があると、一瞬でタイムスリップができ、過去を振り返りやすくなります。
過去を懐かしんだり、失敗の反省を促したりするのも容易になります。
「大変なことになった。最悪だ!」
「もう無理。不可能。最悪だ!」
「本当に最悪で死にそう」
人は本当に感動したとき、涙を流します。
素晴らしい映画に感動して、大粒の涙を流すこともあるでしょう。
あまりに嬉しい出来事があって、感動の涙を流すこともあるでしょう。
文句ばかり言っていませんか。
「あの人の態度が気に入らない」
「ここのブランドは、手抜きが多い」
世の中には、さまざまな人がいます。
自分と価値観が合う人もいれば、合わない人もいるでしょう。
人によって生まれや育ちが違うので、価値観もそれぞれ異なります。
朝起きたら、こう思いましょう。
「生きていて良かった。幸せなことだ」と。
地平線から太陽が顔を出し、外が明るくなれば、自然と目が覚めます。
夜が明ければ、新しい1日の始まりです。
朝起きるのは平凡なことであり、普通と思うかもしれません。
眠りから目覚めることは、特別喜ぶほどのことではないように思えるでしょう。
しかし、あらためて考えてみたい。
必ず無事に朝を迎えられる保証はどこにもありません。
睡眠中に、うつぶせで窒息死していたかもしれません。
体調不良で、突然死することもあるかもしれません。
特に睡眠時無呼吸症候群の人は、要注意です。
睡眠時の呼吸は軽視できません。
睡眠時無呼吸症候群の人は、睡眠中に呼吸が止まって、そのまま窒息死するケースがあります。
1人暮らしの人は、自分が睡眠時無呼吸症候群であることに気づいていないケースもあります。
睡眠障害がなければ安心とも限りません。
健康な人でも、寝返りで首をひねって、そのまま亡くなることもあるでしょう。
年間死亡者のデータを見ると、睡眠中に亡くなっている人がいます。
持病があって亡くなる人もいれば、持病もないのに亡くなる人もいます。
睡眠中に泥棒に襲われ、急に殺される可能性もゼロとは言い切れないでしょう。
睡眠中に亡くなることは、可能性は低いですが、現実としてあり得ることです。
ですから朝、眠りから目覚めることができるのは、喜ぶべきことです。
朝、眠りから無事に目覚めることができれば「生きていて良かった」と感謝したい。
無事に朝を迎えられただけで幸せです。
毎朝、眠りから目覚めるのは当たり前と思っていると、命に対する感謝を忘れます。
毎朝、眠りから目覚めるたびに感謝しましょう。
「生きている。無事で良かった。今日も新しい1日を向かえることができて幸せだ」と。
あなたが生きている1日は、誰かが生きたかった1日です。
1日の始まりは感謝から始めましょう。
命があること、元気であること、新しい1日が始まることを喜びましょう。
朝いちばんから感謝ができ、幸せな気分になれます。
「達成感を得たい」
そう思ったとき、何をイメージしますか。
「達成感」という響きが立派なためでしょうか。
大きなことを成し遂げたときに得られる快感を思われがちです。
もちろんそれぞれ達成感を得られる瞬間ですが、あまり難しく考えないでください。
達成感を得るチャンスは、もっと身近にあります。
食事を完食するだけでいいのです。
私たちは、1日3回の食事をします。
朝食、昼食、夕食。
夜遅くまで残業をする人なら、夜食を食べる人もいるでしょう。
それぞれ食事をするタイミングは、ちょっとした挑戦をする機会です。
「残さず、すべて食べきる」
これも1つの達成です。
小さなことかもしれませんが、仕事の大小は関係ありません。
もちろん体調を無視して無理に食べる必要はありませんが、できるだけ残さず食べきる努力をしたほうがいいでしょう。
苦手な野菜が出ても「これを食べたら達成感が得られる」と思えば、食べやすくなります。
食事の機会は1日3回あるので、少なくとも1日3回は、達成感を得られるチャンスがあるということです。
今まで気にすることなく見過ごしていたかもしれませんが、次の食事から意識してみてください。
これだけで達成感を得る機会が増えます。
洋服ダンスを開けましょう。
クローゼットを開けましょう。
いちばんお気に入りの服はどれですか。
すでにお気に入りの服はたくさんあると思いますが、中でもいちばんお気に入りの服に注目です。
最後にいちばんお気に入りの服を着たのはいつですか。
いちばんお気に入りの服にもかかわらず、意外と着る頻度は少ないのではないでしょうか。
「今日は着なくてもいいよね」
大事にしたい気持ちもあるでしょう。
「今、着るのはもったいない」
惜しい気持ちもあるでしょう。
「勝負服として取っておこう」
着る場面を選ぶこともあるでしょう。
いちばんお気に入りの服だからこそ、扱い方も特別慎重になります。
しかし、服にも寿命があることに気づいてください。
食べ物には消費期限があるように、服にも消費期限があります。
経年劣化は避けられません。
使わなくても、時間がたつにつれて、だんだん古くなります。
「いつか読もう」と思っている本はなかなか読まないように「いつか着よう」と思っている服もなかなか着ません。
「今度着よう、いつか着よう」と後回しにしているうちに、だんだんお気に入りの服が古くなります。
そうこうしているうちに、ほとんど出番がないまま、すっかり古くなってしまうのです。
本来なら、いちばんお気に入りの服はいちばんよく着たいところ。
高いお金を出して買ったなら、ためらわず、何度も着ましょう。
もう余計な後回しはしません。
今日は、いちばんお気に入りの服を着て出かけましょう。
「着るのはもったいない」と思うかもしれませんが、今日着るのがいちばんです。
いちばんお気に入りの服を着ることに、罪悪感を持つ必要もありません。
どうせ古くなるなら、何度も着ることで使い古すほうが実用的です。
せっかくお金を出して買ったのですから、何度も着ておくほうが服も喜びます。
遊びに出かけるなら、いつもよりうきうきした気分になれるでしょう。
職場に着ていけば、いつもより明るい気持ちで仕事ができるでしょう。
出無精でも、いちばんお気に入りの服を着れば、心が躍りだして、自然と外出したくなります。
今日は、いちばんお気に入りの服を着る、最高の日です。
嘘には、2種類あります。
「自覚の嘘」と「無自覚の嘘」です。
どちらも「嘘をつく行為」という点は同じですが、意識の質が違います。
日常では、ときどき嘘をついてしまう場面があります。
自分がついている嘘はどちらに当たるのか、きちんと分けて考えておくことが大切です。
自覚の嘘とは「自分は嘘をついている」という意識がはっきりある嘘のことをいいます。
嘘は、相手を騙す行為であり、人を傷つけたり落ち込ませたりします。
嘘の内容によっては、精神的ダメージだけでなく、経済的なダメージを与えることもあります。
しかし、自覚の嘘はまだ救いがあります。
もちろん好ましくない行為ではあるものの、少なくとも「自分は嘘をついている」「よくない行為」という意識があります。
自覚の嘘は、あくまで本人が気づいているので、罪悪感と良心の痛みがあります。
よくない行為なので、できるだけ最小限に抑える努力をしようとします。
できるだけ嘘を最小限に抑える努力もするでしょう。
相手に迷惑がかかれば、あとから謝ることもできます。
また、すべての嘘が悪いとも限りません。
人を元気づけたり勇気づけたりする嘘もあります。
未来につながる明るい嘘なら、悪影響はありません。
人の役に立つ言葉なら、たとえ嘘でも喜ばれます。
自覚の嘘以上に怖いのが、無自覚の嘘です。
無自覚の嘘とは、自分が嘘をついていることに気づいていない嘘のことをいいます。
上記の行為に心当たりがあるなら、無自覚の嘘が発生している可能性があります。
最初は自覚のあった嘘も、習慣化されて当たり前の行為になると、無自覚になることがあります。
もはや本人は嘘をついている意識がなくなります。
これがいちばん怖い。
無自覚の嘘は、本人が意識していないので、頻繁に繰り返されます。
平然と嘘をつくため、いつの間にか周りに迷惑をかけます。
無自覚なので、罪悪感も良心の痛みもありません。
嘘をついた責任を果たすこともありません。
知らず知らずに、人を悲しませたり落ち込ませたりするリスクが潜んでいます。
無自覚の嘘は、本人が気づかないかぎり、改善されることはありません。
むしろどんどんエスカレートして、無自覚の嘘が増えることもあります。
この状態を「虚言癖」とも言います。
虚言癖は、必ず人間関係のトラブルを招きます。
無自覚の嘘である「虚言癖」に心当たりがあるなら、改善が必要です。
特に人から嘘つき呼ばわりされることが多いなら、自分に無自覚の嘘がないか疑ってみるといいでしょう。
「発言と行動が一致しているか」という点で、客観的に自分を振り返ってみます。
一貫性のない言動が目立つなら赤信号です。
自分の発言をメモに書き記すと、客観視がしやすくなって判断が容易になります。
もし自分をよく知る友人がいるなら、自分に虚言癖の傾向がないか、直接聞いてみるのも1つの方法です。
親しい友人なら、正直に話してくれるはずです。
発言と行動が一致しないことは誰でもまれにありますが、限度を超えているなら、虚言癖の可能性が高いと考えていいでしょう。
いま一度、自分の発言を振り返り、発言と行動が一致しているか振り返ってみてください。
自覚の嘘も怖いですが、無自覚の嘘はもっと怖い。
無自覚の嘘は人間関係に悪影響を及ぼすため、心当たりがあるなら、意識的な改善をおすすめします。
親しい友人と電話をするなら、時間帯に注意しましょう。
時間さえあれば、いつでもいいように思えますが、油断は禁物です。
同じ話題でも、日中と夜中とでは、話の成り行きに影響するからです。
まず気をつけたいのは、夕方以降の電話です。
夕方以降のほうが、時間に余裕があって周りも静かなので、電話もしやすいように思うかもしれません。
たしかに日中に学校や仕事があれば、夕方以降が都合の良いタイミングでしょう。
時間に余裕があれば、長電話もたっぷりできます。
日付が変わるまで、思う存分話をするのも悪くありません。
時間とスケジュールの都合で仕方ない場面もありますが、できるだけ夕方以降の電話には注意したほうがいいでしょう。
夕方以降の電話は、会話や雰囲気がだらけやすいからです。
ゆっくり話はできるかもしれませんが、気持ちがたるんで、きちんとした会話がしにくい。
まったりした雰囲気を通り越して、だらだらします。
なかなかテンションが上がらず、もやもやしながら話をすることになるでしょう。
なにより暗い話題になりがちです。
夜は、悲観的になりやすい時間帯です。
外は暗くて疲れもたまっているので、話す内容も自然と暗くなります。
「このままではまずい」「もうダメだ」「希望がない」という方向に話が傾いていくでしょう。
だらだらした話になるうえ、会話内容も暗くなりやすいのです。
特に注意したいのは深夜の電話です。
深夜の電話で約束したことは、ほとんど守られません。
お互い寝ぼけながら話をしています。
「じゃあ○○するね」と約束しても、次の日になると「ごめんごめん、忘れてた」となります。
寝ぼけながらする約束は、本気なのか冗談なのか、よくわからないのです。
友人と電話をするなら、日中に電話をしましょう。
外が明るいうちに電話をすること。
友人ともっと仲良くなりたいなら、なおさら日中がおすすめです。
日中の電話ならだらだらしません。
思考が明瞭なので、きびきびした会話ができます。
自然と明るいテーマで話ができます。
声のトーンは明るく、テンションも高く、会話のテンポもよくなります。
日中は外が明るいので、自然と明るいことを話しやすいのです。
建設的でポジティブな会話ができるでしょう。
明るい話をすると、友人との関係もますますよくなります。
悩み事の相談も、日中がおすすめです。
お互いの思考が明瞭なので、しっかり話を聞いてもらえ、きちんとしたアドバイスがもらえるでしょう。
単なる連絡程度なら夜中でもいいですが、プライベートに関する深い話をするなら、日中こそおすすめです。
同じ電話でも、日中と夜中とでは、そのくらい会話の成り行きが変わるのです。
「自分にも責任があるのではないか」
そう思うあなたは、優しい人です。
「そんなことはない。自分は優しくない」
そんな謙虚な思いがあるなら、ますます優しい証拠です。
もし優しくないなら、もっと普通の発言をするでしょう。
「自分に責任はない」
「悪いのはあの人」
「きちんと責任を取ってもらいたい」
普通に相手を責めたり、責任を取ってもらおうとしたりするはずです。
自分に過失がなく、すべて相手が悪いなら「相手が悪い」と思って当然です。
にもかかわらず、あなたは「自分にも責任があるのではないか」と考えました。
これはなかなかできないことです。
「自分にも責任があるのではないか」と思うことも反省です。
自分を振り返る習慣のある人は、必ず成長します。
「自分のここがよくなかった」「次から気をつけよう」と思えるので、今回は悪くても、次回から改善できているでしょう。
もし自分に悪いところが見つかっても、反省ができれば、後はきれいさっぱり忘れるようにしましょう。
忘れることで心が軽くなります。
不必要に相手をがみがみ責めないで済みます。
「私にも責任があったのかもしれません」という一言があると、相手はほっと救われます。
相手に責任があっても「お互いに責任がある」と思っておくほうが、お互いとも穏やかになれます。
人間関係のトラブルが減って、いらいらすることも減ります。
人間とは不完全な生き物です。
自分も不完全なら、相手も不完全です。
許し合っていくほうが、楽に生きられます。
小さなことなら目をつぶることも大切です。
どうか自分の優しさに気づいてください。
「自分にも責任があるのではないか」と振り返る人に、悪い人はいないのです。
結論のあるコミュニケーションは良いものです。
コミュニケーションに明確な目的があると、話し方もスマートになります。
無駄な雑談が減ります。
判断も決断も早くなります。
結論を目指したコミュニケーションは、スピード感が出て、効率よくなるでしょう。
考え抜いて知恵を出し合えば、より良い結論を出しやすくなります。
特にビジネスでは、結論のあるコミュニケーションが欠かせません。
時間は有限です。
限られた時間内で、結論を出さなければいけません。
できるだけ無駄な雑談を避け、スマートに話をする必要があるでしょう。
会話に無駄がないのは素晴らしい。
コミュニケーションでは、結論を求める習慣がある人も多いのではないでしょうか。
しかし、結論のあるコミュニケーションもいいですが「結論のあるコミュニケーションしかできない」となると、要注意です。
結論のあるコミュニケーションしかできなくなると、話題が制限されることで、話も広がりにくくなります。
プライベートな話がしにくくなり、親睦を深めにくくなります。
何でも結論を求めようとすると、結論がない会話がストレスになります。
日常では、目的のないコミュニケーションもあります。
たとえば、プライベートな話です。
家族の話、出身地の話、将来の話。
恥ずかしい失敗談、面白い体験談。
悩みやコンプレックスの話。
くだらない話もあるでしょう。
プライベートな話に結論はありませんが、面白みや遊び心があります。
無駄な雑談も、親睦を深めるのに役立ちます。
結論がないからこそ、楽しい時間を過ごせます。
たとえビジネスでも、歓送迎会で、結論のないコミュニケーションを楽しむことがあります。
結論のないコミュニケーションは、人間関係を深めるためには欠かせません。
心地よい時間が流れ、深い話・くだらない話・個人的な話もしやすくなります。
結論のあるコミュニケーションも大切ですが、結論のないコミュニケーションも楽しむようになりましょう。
結論を求めない。
結論がなくてもいらいらしない。
話のテーマを決めず、自然の流れのまま、雑談を楽しむようにします。
話がそれても元に戻しません。
話の脱線をしても、そのまま突き進むようにします。
結論を求めなくなると、そのときの話題に集中できます。
どんどん話が脱線していくと、思わぬ話題に発展しやすくなるでしょう。
たとえ会話が噛み合わなくても、噛み合わないことを楽しめばいいのです。
自分のコミュニケーションを振り返ってみてください。
コミュニケーションに結論を求める傾向が強いなら、少し意識を変えてみるといいでしょう。
結論がなくても、コミュニケーションは楽しむことが可能です。
たまには靴の労をねぎらいましょう。
毎日あなたに踏まれている靴は、文句の1つも言わず、一生懸命仕事をしています。
夏は熱い地面に耐え、冬は冷たい地面に耐えています。
雨の日でも、ぬれながら頑張っています。
靴は、あなたと地面の仲介役です。
あなたと地面が直接接すると摩擦が大きいので、靴が仲介役になり、摩擦を和らげています。
地面に金属片やガラス片が落ちていても、スムーズに歩けます。
おかげで、足にけがをしないで済んでいます。
靴の履き心地が快適なのは、それだけ靴がしっかり仕事をしている証拠です。
靴は、履けば履くほど、足になじむのが特徴です。
靴があなたに合わせてくれているのです。
少しでも足の違和感やストレスを減らそうと、靴は自分の身を削りながら使命を全うしようとしています。
靴は、私たちのいちばん下にあるので目立ちにくいですが、靴がなかったら外出が難しくなり、生活に不便が生じます。
靴のおかげで、今日も快適に歩けます。
なぜ靴磨きをするのか。
それは、毎日頑張っている靴の労をねぎらうためです。
靴は、あなたのために毎日黙々と頑張っているのですから、あなたもたまには靴のために頑張りましょう。
定期的に靴の手入れをするだけでいいのです。
ビジネス向けの革靴だけではありません。
スニーカー・パンプス・ブーツ・ハイヒール・サンダルなど、靴ならすべて対象です。
ほこりや汚れがあるなら、ティッシュで拭き取る。
革靴なら、ブラシとクリーナーを使って、きちんと磨く。
靴を手入れすれば、再び輝きを取り戻し、靴も喜びます。
「いつもありがとう」と感謝しながら手入れをすれば、ますます靴も喜ぶでしょう。
靴の洗濯も、定期的に行うことが大切です。
洋服の洗濯をすることはあっても、靴の洗濯を見落としている人は多いのではないでしょうか。
靴は、使用頻度が高いのですから、部屋より汚れやすいと考えてください。
靴がにおい始めたら、洗濯のサインです。
靴は一般の洗濯機でも洗えますが、靴が洗えるコインランドリーもあるので、近場にあれば検討してみてください。
自分で洗濯するのが手間なら、クリーニング店でも対応しているので、相談してみるといいでしょう。
靴の手入れに時間やお金がかかっても、毎日頑張っている靴の労に比べれば、大したことはありません。
きちんと靴を手入れすると長持ちするので、結果として節約につながり経済的です。
靴がきれいになれば、外を歩きたくなる気分にもなります。
靴に感謝をするあなたは、靴からも感謝されます。
「早起きは苦手」
「早起きがつらい」
「早起きなんて無理」
そう嘆く人がいます。
理由を聞くと「眠くて起きられない」と言います。
たしかに眠気が強いと、なかなか起きられません。
まぶたに重りがついているかのように、自然とうとうとしてしまいます。
勉強や仕事を頑張るために早起きしても、眠気が強いと体はだるくて、頭も働きません。
無理やり早起きしても、眠気に耐えきれず、結局二度寝をすることになるでしょう。
これでは早起きの意味がありません。
眠くて起きられないのは仕方ないように思えますが、じっくり話を聞いてみると、定番のオチがあります。
そもそも就寝時間が遅いのです。
就寝時間が夜遅く、日付を超えています。
就寝時間が遅いと、睡眠不足の状態で早起きをすることになります。
睡眠時間が3時間や4時間しかありません。
睡眠不足なら、眠くて起きられないのも当然です。
睡眠欲は、人間の3大欲求の1つです。
人の体は、一定の睡眠時間を欲しようとしています。
眠気は、体が睡眠を求めるサインです。
睡眠は命に関わることなので、睡眠不足の場合、体は「睡魔」というサインで睡眠を促そうとします。
眠気が強烈なら、体が睡眠を求める声も強烈ということです。
一時的に睡眠不足を我慢できても、長期間にわたると、心身に悪影響を及ぼします。
気合で早起きを心がけようとすると、ストレスがたまり続け、どこかで限界がきます。
早起きがつらいなら、まず早寝を心がけましょう。
気合で早起きをする必要はありません。
そもそも気合で早起きをすることが不自然であり危険です。
早起きをしたいなら、まず早寝から始めましょう。
人の適切な睡眠時間は「7時間半から8時間程度」といわれています。
もし睡眠時間が7時間未満なら、要チェックです。
睡眠不足の傾向があると判断して、改善に努めましょう。
睡眠時間が6時間未満は、レッドカードです。
さっそく今日から早寝を心がけ、不足している睡眠時間を取り戻してください。
就寝時間が9時や10時でもかまいません。
「寝るには早すぎる」と思うかもしれませんが、十分な睡眠時間を確保するには、就寝時間も早くする必要があります。
まだ早い時間かもしれませんが、早起きを楽にするには、このくらいの前倒しをしたほうがいいでしょう。
睡眠時間は軽視せず、重視するのが正解です。
早く寝る行為を「子どもっぽい」と思う必要はありません。
9時や10時に寝るのは幼いことではありません。
変なプライドを持っていると、ますます早寝早起きを妨げます。
早起きは、十分な睡眠時間があって初めてできること。
早寝をして睡眠時間を十分取れば、早起きも楽になります。
気合を入れなくても、自然と早起きができるのです。
人生では、ベストタイミングを逃すことがあります。
約束の時間にかなり早く到着したら「早すぎた」と思うかもしれません。
「もう少しゆっくりしても良かった」と思うこともあるでしょう。
年齢を重ねてから習い事を始めたとき「遅すぎた」と思うかもしれません。
「もっと早く始めれば良かった」と後悔することもあるでしょう。
ベストタイミングを意識すると「早すぎた」「遅すぎた」と思うことがあります。
しかし、ここに誤解があります。
人生には、遅すぎることもなければ早すぎることもありません。
あなたが「ちょうどいい」と思えば、ちょうどいいのです。
何かをしたい気持ちになれば、そのときに行動するのがベストタイミングです。
たとえ時期やタイミングが悪くても「ちょうどいい」と考えましょう。
常に今をベストタイミングにする努力をすることです。
ベストタイミングにする努力をすれば、何でもベストタイミングに変わります。
たとえば、約束の時間に早く到着してしまったとします。
「早すぎたかな」と思いそうになっても「ちょうどいい」と考えるようにしましょう。
「身だしなみを整える準備ができた」
「少し本を読む時間ができた」
「気持ちを整える時間ができた」
「ちょうどいい」と思うことで、物事の見方がベストに調整され、だんだんちょうどよく感じてきます。
逆の遅すぎるパターンも同じです。
習い事を始めるとき「遅すぎた」と考えそうになっても「ちょうどいい」と考えましょう。
「今こそ新しいことを始めるベストタイミング」
「年齢を重ねている今のほうが楽しめる」
「人生経験を生かすには、今がちょうどいいタイミング」
「ちょうどいい」と思うことで、心がプラスの方向に向いて、だんだん本当にそう思えてくるようになります。
「遅すぎた」「早すぎた」とくよくよしていると、本当に後悔してしまいます。
小さなことをためらって、何も行動しなくなるほうが、はるかに悪影響です。
夢を追いかけることに、早すぎることもなければ遅すぎることもありません。
「始めよう」と思ったときが、ベストタイミングです。
周りがなんと言おうと、自分の中で「ちょうどいい」という声を貫くことです。
ベストタイミングでなくても、考え方や受け止め方を変えて、ベストタイミングにする努力をすることです。
「早すぎた」と思うことは「ちょうどいい」と考えましょう。
「遅すぎた」と思うことも「ちょうどいい」と考えましょう。
ベストタイミングは、すでに決められていることではなく、自分が決めていくものなのです。
あなたは、満足しやすい性格でしょうか。
それとも満足しにくい性格でしょうか。
もし普段から小さなことに満足できる性格なら、きっとすでにあなたは幸せでしょう。
ささいなことにも喜び、感謝をして、毎日を楽しく生きているはずです。
もし満足しにくい性格なら、少し注意したほうがいいでしょう。
幸せを感じにくい人生になる可能性が高いからです。
もちろん満足の基準に決まりはありません。
満足の基準は、人それぞれ。
安物の衣服で満足する人もいれば、高級ブランドの衣服でなければ満足できない人もいるでしょう。
質素な食事で満足する人もいれば、豪華なフルコースディナーでなければ満足できない人もいるでしょう。
安いボロアパートで満足する人もいれば、立派な一戸建てを持たなければ満足できない人もいるでしょう。
満足の基準は人それぞれでいいのですが「これだけはやめたほうがいい」という基準があります。
それは「満足の基準が高すぎる」という状態です。
幸せになれないのが約束されたのも同然だからです。
満足と幸せには、密接なつながりがあります。
幸せとは、なるものではなく、感じるものです。
何を感じるかというと、満足を感じるかどうかにあります。
もし満足の基準が高くなりすぎると、めったに満足できなくなります。
つまり「物質的には豊かでも、精神的には貧しくなる」ということです。
先進国であるにもかかわらず、幸せを感じる人が少ないのは、満足の基準が高いからです。
環境も整い、高品質の品物があふれ、教育水準も高くなると、比較の世界がエスカレートします。
高級な車でなければいけない。
立派な家でなければいけない。
たくさんお金を稼いで、貯金を増やさなければいけない。
どんどん満足する基準が高くなるため、なかなか幸せを感じにくくなるのです。
物質的には豊かでも、精神的には貧しくなる理由は「満足」にあるのです。
幸せになるためには、どうすればいいか。
満足の基準を上げるのではありません。
逆に下げるのです。
ささいなことに喜びを感じ、満足するようにしましょう。
そして日常の当たり前に感謝することが大切です。
すると、ささいなことに幸せを感じることができます。
小さなことにも満足を感じることが大切です。
小さくても、心を満たすことは可能です。
安物の衣類でも、質素な食事でも、ボロアパートでも、満足を感じることは可能です。
あなたは今すぐ幸せになれます。
満足の重要性に気づき、意識を変えるだけでいいのです。
満足の基準を下げて、小さなことに満足を感じるようになれば、すぐ幸せになれます。
満足の基準は、上げるのではなく下げるのが、幸せの近道です。
「私の人生は失敗ばかり」
「過去を振り返っても、失敗しか思い浮かばない」
「失敗の多い私の人生は、不幸なのだろうか」
失敗の多い人生に悩んでいませんか。
たしかに失敗ばかりの人生だと、不幸であるように感じるでしょう。
できれば、失敗より成功の多い人生であったほうが良かったと思うはずです。
あまり失敗が多いと、自分の人生は呪われているのではないかと不安になります。
時には自分の人生を憎むこともあるかもしれません。
平凡でもいいので、穏やかで平和な1日が少しでも多くあればいいなと思う。
しかし、失敗の多い人生だから不幸とは限りません。
失敗の量と幸せは、無関係です。
もし失敗の量と幸せが比例しているなら、失敗を繰り返す幼い子どもたちは不幸ということになります。
発明で失敗ばかりしたエジソンも、大変不幸ということになります。
失敗と幸せは、関係があるように思えますが、実は無関係です。
失敗の多い人生は、まったく不幸ではありません。
いちばん不幸なのは、何もない人生です。
何もない人生がいちばんつらい。
何もない人生は、本当に何もないからです。
嬉しいこともなければ、悲しいこともない。
別れることもなければ、出会うこともない。
プラスになることもなければ、マイナスになることもない。
変化も刺激も何もない。
何もない人生は、年齢を重ねるだけになります。
「何もない人生でなくて良かった」と思うことです。
失敗の多い人生でも、何もない人生に比べれば、はるかに幸せです。
見方を変えれば、失敗の多い人生は、恵まれた人生とも言えます。
失敗する機会は、精神力を鍛える機会にもなります。
おかげであなたは今、メンタルが強くなっているはずです。
失敗経験が多い分だけ、話のネタも増えたでしょう。
大変な人生を歩んでいるなら、それだけユニークな話ができます。
失敗には、成功に役立つヒントが隠されています。
過去に失敗が多いと言うことは、成功に役立つヒントも多いということ。
失敗を嘆くのではなく、生かせば、成功の近道になるでしょう。
過去の失敗を生かした生き方をすれば、これからの成功を増やしていけるでしょう。
たくさん失敗があるなら、大成功につながるチャンスがあります。
失敗の多い人生を憎むのではありません。
むしろ失敗の多い人生に感謝をしてもいいくらいです。
過去の失敗をプラスに変えましょう。
過去の失敗は、これからの人生を良くする材料であり、踏み台です。
きちんと過去の失敗を生かせられるなら、失敗の多い人生が誇らしくなります。
厳しい上司だと大変です。
「ああしろ、こうしろ」と、小言がうるさい。
仕事に厳しく、細かいところまで確認されます。
厳しい上司と接するたびにいらいらする。
よりによって、自分だけ特別厳しく接してくると、ますます嫌になるでしょう。
「私は上司のお抱え運転手ではない」と言いたくなる。
厳しい上司がいると、毎日叱られるために出社しているようなもの。
精神的につらくなり、ストレスが多くなるでしょう。
厳しい上司に当たると、人生の不運を恨むかもしれません。
上司に恨みや憎しみが湧いて、殺意すら覚える。
「早くいなくなってほしい」と祈るばかりの毎日。
わら人形をつくってやりたい衝動に駆られるかもしれません。
しかし、上司を恨みそうになったとき、厳しさの真実に気づいてください。
厳しくされているのではありません。
期待されているのです。
もしあなたのことを「無能な人間」と思っているなら、厳しく接しません。
何も仕事を依頼しなくなります。
目も合わしてくれなくなります。
無視されて、空気のように扱われるでしょう。
上司から何も言われなくなったら終わりです。
「期待に値しない人間」と評価されたことになります。
厳しいのもつらいですが、無視されるのはもっとつらい。
「ダメ人間」のレッテルを貼られているのと同じことになるのです。
厳しく接するのも体力を使います。
手間暇もかかり、なかなか面倒な仕事です。
時間や体力を使ってまで厳しく接しているのは、それだけあなたを期待している証拠です。
上司から「この人はできる」と認められています。
「この人なら吸収できる、成長できる、やり遂げてくれる」と期待されています。
表向きは厳しく見えるかもしれませんが、実は期待の裏返しです。
良い意味で、上司から注目されている状態です。
あなたの成長を期待しているから、自然と気持ちに熱が入り、態度や言葉遣いも粗くなってしまいます。
厳しい上司を恨むのではありません。
期待してくれている上司を感謝するのです。
厳しい上司がおとなしくなるくらい仕事のできる人間になってやりましょう。
上司の考えを先回りしようではありませんか。
期待は、応えるだけでなく、超えていきたい。
上司から厳しくされたら、期待を超える結果を出して、見返してやりましょう。
上司からの期待を追い風にすれば、仕事の加速力がつきます。
あなたが成長していけば、厳しい上司はだんだん教えることがなくなって、穏やかになります。
「自己管理」と聞いて、どんなイメージがあるでしょうか。
食事・運動・睡眠など、生活習慣を中心としたイメージが多いのではないでしょうか。
仕事の計画や予定など、スケジュール管理をイメージする人もいるかもしれません。
物事がスムーズに進むよう、自分の体調や行動を確認して、規律正しい生活を目指します。
もちろんどれも自己管理ですが、見落としがちな自己管理がもっと手元にあります。
爪なのです。
爪の手入れも、自己管理の一環です。
爪は、最も身近であるため、気づきにくい傾向があります。
特に男性は、爪に無頓着な人が多い。
爪が伸びていると、爪の隙間に垢がたまりやすくなり、不衛生です。
伸びた爪で、うっかり引っかいたり傷つけたりすることもあるでしょう。
自分の手を手入れできない人が、どうやって仕事や生活の手入れができるのでしょうか。
爪の手入れは、身だしなみの一環であると同時に、自己管理の一環です。
きちんと爪にも目を向けましょう。
「爪が伸びたら、短く切る」
これだけです。
もし余裕があれば、爪を切った後、やすりで磨くといいでしょう。
切った直後の爪は、刃物のように鋭くなっています。
ケアがされていないと、爪が割れる原因にもなります。
やすりで磨けば、爪の先端が滑らかになるので、ますます見た目がきれいになります。
あなたの爪は今、どうなっていますか。
伸びているなら、さっそく短く切りましょう。
爪の手入れは、1週間に1回はしておきたいところです。
爪が1日に伸びる長さは、およそ0.1ミリ。
10日経てば、1ミリも伸びることになります。
もっと入念を心がけるなら「6日に1回」「5日に1回」でもいいでしょう。
深爪に注意さえすれば、短い間隔でも大丈夫です。
伸びたことに気づいてから切るのではなく、定期的に切るほうが間違いありません。
ビジネスでもプライベートでも、少なからず爪で人を判断されることがあります。
「爪なんて見られない」と思いますが、意外と見られています。
特に女性は、ほぼ全員、相手の爪に注目しています。
ビジネスで、直接影響はしないものの、間接的に影響するのが爪です。
「たかが爪」と軽視せず、自己管理の一貫として、定期的にお手入れをするのがいいでしょう。
小さな爪を大切にできる人は、大きなことも大切にできます。
「爪の手入れも、自己管理の1つ」と考える人が、仕事でも成功するのです。
きっとあなたは今、多忙な日々を送っているでしょう。
「あれもしないといけない、これもしないといけない」と、猫の手も借りたい毎日を送っているでしょう。
山ほどある仕事に追われ、自分を振り返る余裕がない。
「なぜ1日は24時間しかないのだろう」と不満に思っているはずです。
忙しい日々も、限度を超えると、地獄になります。
いらいらしやすくなったり、疲れがたまりやすくなったりして、自分を見失うのです。
しかし、諦めてはいけません。
あなたはもっと時間を増やせます。
しなくてもいい仕事をやめるだけでいいのです。
時間を増やすには「しなくてもいい仕事をやめること」が必要不可欠です。
見栄や世間体を気にして、あれもこれも対応していると、いくら時間があっても足りません。
たとえ1日30時間あろうと「時間がない」と嘆くはずです。
しなくてもいい仕事を見つけましょう。
抱えている仕事を1つずつ振り返って「本当に必要な仕事だろうか」と、じっくり見直して考えてみることです。
しなくてもいい仕事は、一見すると、必要な仕事に見えるので厄介です。
「自分がしなければいけない」と思うのは幻想です。
自分が「しなければいけない」と思い込んでいるだけ。
試しにやめてみても、特に問題なく進み、拍子抜けするでしょう。
先入観や固定観念にとらわれず、柔らかい頭で考えてみてください。
たとえば、定例の仕事です。
昔から続く慣習でやっているだけかもしれません。
SNSも本当に必要でしょうか。
周りに流されて、自分もしているだけかもしれません。
人間関係の中にも、余計な人付き合いがあるかもしれません。
愚痴や批判ばかりの不毛な飲み会なら、欠席したほうがいいでしょう。
冷静に振り返ると、意外としなくてもいい仕事をたくさんしていることに気づくでしょう。
意味がないなら、さっさとやめてしまうのが得策です。
しなくてもいい仕事をやめたぶんだけ、時間ができます。
しなくてもいい仕事をやめるのは、厄払いと同じです。
自分を清め、悩みや苦しみから解き放つ力があります。
「もっと時間を増やせる」と信じて、しなくてもいい仕事をやめていきましょう。
「あるはずがない」と思うのではなく「きっとどこかにある」と思うことが大切です。
もし他人にお願いできる仕事なら、素直に頼むのが得策です。
部下に仕事を任せれば、部下の教育にもなって一石二鳥です。
すべての仕事をお願いするのが難しければ、仕事の一部だけでもいいでしょう。
しなくてもいい仕事をどんどん減らしていけば、本当に必要な仕事に集中しやすくなります。
日常が豊かになるチャンスは、どこにあるのか。
それは、日常の決まり文句にあります。
私たちは1日のうち何度か、決まり文句を言っています。
決まり文句の種類は、挨拶・相槌・社交辞令など、さまざまです。
「おはようございます」
「お疲れさまです」
「よろしくお願いします」
「失礼しました」
「なるほど」
「そうですね」
「感謝します」
「ありがとうございます」
どの一言も、1日のうち何度か口にしているでしょう。
決まり文句は、コミュニケーションをスムーズにする働きがあります。
もちろん平凡に使うのもいいですが、面白みがありません。
シンプルですが、会話の広がりに乏しい。
決まり文句だけになると、会話が決まり文句だけで終わります。
もちろん普通に決まり文句を言うのも悪くないですが、ここに工夫の余地があります。
日常を豊かにしたいなら、決まり文句に一言を付け加えましょう。
付け加える一言は何でもいいですが、ネガティブよりポジティブな言葉のほうがいいでしょう。
できるだけ明るくて響きのいい言葉のほうが、相手の心を動かせます。
「おはようございます。今日はいい天気ですね」
「お疲れさまです。体調はいかがですか」
「よろしくお願いします。期待しています」
「失礼しました。今後は注意します」
「なるほど。わかりやすいです」
「そうですね。私も同感です」
「感謝します。本当に助かりました」
「ありがとうございます。○○さんがいてくれて良かったです」
一言付け加えるだけで、決まり文句の印象がずいぶんよくなります。
平凡な挨拶が、印象的な挨拶に変わります。
簡素な相槌が、丁寧な相槌に変わります。
うわべの社交辞令が、心のこもった社交辞令に変わります。
一言を付け加えることで、会話も広がりやすくなるでしょう。
たった一言でも、相手はどきっとするでしょう。
好意や興味関心をアピールできるので、相手の心を動かせます。
会話量が増えることで、コミュニケーションが豊かになり、親しくなるきっかけにもなります。
「どんな一言を付け加えようかな」と考えることも楽しんでください。
あなたの一言によって相手がにこっとする様子を思い浮かべると、楽しむ気持ちも倍増します。
付け加える一言のバリエーションが豊かになると、ますます人と接するのが楽しくなります。
長い言葉は必要ありません。
たった一言付け加えるだけでいい。
決まり文句に一言付け加えるだけで、日常が豊かになるのです。
洋服ダンスやクローゼットを開けて、持っている衣類を眺めてみましょう。
おしゃれなあなたは、きっとたくさんの衣類を持っているでしょう。
できるだけ同じ服がかぶらないよう、上手に服の種類をずらしながら買いそろえているはずです。
安物の服の中には、きっと少し高価な服も混じっていることでしょう。
服の種類が多いと、組み合わせも増え、より幅広いおしゃれが楽しめます。
しかし、よく見ると、どれも似たような服ばかりではないでしょうか。
いろいろな服がたくさんあっても、実際は色や柄が少し違う程度で、どれも似たり寄ったりのはずです。
好みの偏りに気づくはずです。
人の好みは、変わるようでなかなか変わらない。
「新しい服を見つけた」と思って買っても、やはり似たような服になります。
新しい自分に生まれ変わるつもりでも、保守的な気持ちがあって、無難な服を選んでしまいがちです。
そこで、たまには自分らしくない服を買ってみませんか。
イメージチェンジです。
自分らしさを表現するためのファッションもいいですが、それだけではありません。
自分らしくない服を買って、イメージチェンジを楽しんでみるのもファッションです。
着てみると、意外と似合うかもしれません。
最初は違和感があっても、何度か着ているうちにだんだん慣れてくることもあります。
自分らしくないと思っていても、思い込んでいるだけで、実際は意外と似合うこともあるでしょう。
似合わなくても、自分がそう思っているだけで、周りからは好評かもしれません。
イメージチェンジをするつもりで、思いきって自分らしくない服を買ってみませんか。
たとえば、大人風の服ばかりなら、若者風の服を買ってみます。
落ち着いた色や柄ばかりなら、派手な色や柄にも挑戦してみましょう。
今風の服ばかりを持っているなら、あえて昔風の服も悪くありません。
イメージチェンジは、大胆に変えることがポイントです。
普段の自分なら、絶対買わないような服をわざと選んでみましょう。
冒険をするつもりでチャレンジです。
初めての土地に行くのは冒険ですが、初めてのテイストに挑戦するのも冒険です。
1人で海外旅行に行くのとは違い、ファッションで冒険する程度なら安全です。
違和感があって大いに結構。
中途半端なイメージチェンジでは面白くありません。
イメージチェンジをするには、大胆になることが大切です。
自分らしくない服を買ってこそ、イメージチェンジです。
別人と見間違えてしまうくらいでちょうどいい。
イメージチェンジは、自分らしくない服を買ってこそ、意味があります。
「海を思い浮かべてください」
きっとあなたは今、青空の広がる海をイメージしたのではないでしょうか。
きれいな青空に、白い雲がぷかぷか浮かび、太陽からの日光がさんさんと降り注ぐ。
リズムよく波の音が聞こえ、ときどき鳥たちが鳴く声も聞こえる。
海辺には、カップルや親子連れが仲よさそうに歩いている。
もちろん晴れている日の海でもいいのです。
青空が広がる海は最高に美しい。
爽やかな青空に、透き通った青い海は、代表的な海のイメージでしょう。
しかし、海の表情は、晴れの日だけではありません。
雨や曇りの日の海は、晴れの日とは少し違った表情があります。
海には、表情があります。
人には、さまざまな表情があるように、海にもさまざまな表情があります。
海は、それぞれの天候によってずいぶん表情が変わります。
雨の日の海は、悲しんでいるような表情に見えるでしょう。
曇りの日の海は、物思いにふけっているような表情に見えるでしょう。
雪の日の海は、何かに耐えているような表情に見えるかもしれません。
もちろんこれらは一例です。
海の表情は、そのときの心の状態によって見え方が変わります。
海を見に行く日を、晴れの日に限定しないことです。
晴れの日に限定してしまうと、さまざまな天候の日の海を見るチャンスがなくなります。
「美しい=きれい」という固定観念を外してください。
「美しい=風情」です。
つまり、風情があるものはすべて美しい。
雨や曇りの日だから、海を見に行くのもいい。
雪が降っている日だって、海を見に行く絶好のチャンスです。
さっそく今日、海を見に行きませんか。
天気は関係ありません。
どんな表情をしている海も風情があります。
あるところに、盲目の女性がいました。
先天的な視神経の障害があり、生まれてから一度も見ることを経験したことがありませんでした。
真っ暗な世界の中で、触覚や聴覚だけを頼りに毎日を生きていました。
「見ることができればどれだけ幸せだろう……」
そう思いつつも「そんな夢が叶うわけない」と諦めていました。
あるとき、とあるメーカーが、医療の最先端を結集した視力障害者用のメガネを開発しました。
カメラから見える映像を視覚刺激に変換して、脳に送る装置です。
この装置を使えば、弱い視力ではありますが「見る」という行為が可能になります。
最初その女性は、半信半疑でした。
生まれてから一度も、見ることを経験したことがなく「できるわけがない」と思っていました。
その装置を装着して、スイッチを入れた瞬間、世界が一変しました。
初めて風景を見ました。
初めて自分の顔を見ました。
初めて自分の母を見ました。
ただ見えるだけで、あまりに嬉しく、泣いて感動したのです。
「見える! 素晴らしい! ありがとうございます!」
感謝と感動の言葉を何度も口にして、ぼろぼろ大粒の涙を流しました。
私たちは今、普通に見ることができています。
人を見たり、文章を読んだり、街の風景を眺めたりしているでしょう。
盲目の人にとっては見る行為は「夢」と呼ぶほど感動的なことです。
あなたが見ているその光景は、盲目の人にとっては、泣くほど感動的な光景です。
感動するために、感動的な光景は必要ありません。
ただ見えるだけでいいのです。
空間を認識できる。
色や形を識別できる。
動きや遠近感まで把握できる。
何を見ようと、それは素晴らしい光景です。
ただ見えることに感謝するのです。
見えるだけで素晴らしいこと。
見えることに感謝して、見ることを楽しみましょう。
視覚は、基本的な五感の1つですが、世の中には、それが叶えられない人もいます。
見ることができるだけで、十分幸せなことなのです。
会話中に第三者の褒め言葉が登場することがあります。
たとえば、あなたの友人が、別の友人を褒める場面があるでしょう。
「彼は、頭の回転が速いよね」
「彼女は、いつもおしゃれだよね」
「あの人は、話し上手だよね」
会話中に第三者の褒め言葉が登場すれば、ぜひ本人に伝えてあげましょう。
「○○さんがあなたのことを、こう褒めていたよ」
本人に悪口を伝えるのはよくありませんが、褒め言葉ならどんどん伝えてOKです。
間接的に伝える褒め言葉は、直接伝える以上に相手を喜ばせる効果があります。
「自分には無関係」
「自分にメリットがない」
「いちいち伝えるのが面倒」
そう思うかもしれませんが、もう少し心を大きくしてみませんか。
せっかく人を喜ばせる機会があるのですから、ぜひチャンスを生かしましょう。
間接的に褒められると「本音の言葉」とわかるので、よりいっそう喜ばせることができるでしょう。
人には「第三者の評価を信じやすい」という心理があります。
これを心理学では「ウィンザー効果」と言います。
名前の由来は、ミステリー小説『伯爵夫人はスパイ』で登場する、ウィンザー伯爵にあります。
ウィンザー伯爵が「第三者の褒め言葉が、どんなときにもいちばん効果がある」というセリフがあり、この名前がつきました。
いわば「遠回りのコミュニケーション」と呼んでもいいでしょう。
あなたは、人の仲を深める仲介役になれます。
もし異性同士なら、恋のキューピッドになれるかもしれません。
褒め言葉は、伝えるためにあります。
第三者の褒め言葉は、聞いて終わりにするのではなく、ぜひ本人に伝えてあげてください。
本人に良い知らせを伝えることができれば、相手を喜ばせることができるでしょう。
たまたま相手が落ち込んでいるときなら、元気づけることができます。
それだけで、あなたは良い行いをしたことになります。
心を押しつぶす見えない敵。
それは、プレッシャーです。
プレッシャーを感じると、心にストレスが生まれ、心拍数が上がります。
プレッシャーは、仕事のやる気を高めたり効率を上げたりする効果がある一方、ストレスとして悪影響があるのも事実。
プレッシャーが長期的に続くと、いずれ限界に達して、心の病を引き起こす恐れもあります。
プレッシャーを与えている犯人は誰でしょうか。
たとえば、周りから応援されると「期待」というプレッシャーを感じます。
「プレッシャーを与える犯人は、周りの人だ」と思うかもしれません。
重要な仕事に取り組んでいるときには「責任」というプレッシャーを感じます。
「プレッシャーを与える犯人は、大きな仕事だ」と思うでしょう。
締め切りのある仕事なら「時間」というプレッシャーを感じます。
「締め切りのせいで、タイムプレッシャーを感じる」と思うでしょう。
それぞれプレッシャーを与える犯人は明白に思えますが、誤解があります。
プレッシャーを与えている本当の犯人は、自分です。
プレッシャーとは、自分で勝手につくり出している心的ストレスです。
自分が「プレッシャー」と認識するから、プレッシャーになります。
自分の心の中で勝手にプレッシャーをつくり出し、自分で自分を苦しめています。
そのため、プレッシャーがあっても、気にしなければなくなります。
たとえ外部から圧力を加えられても、自分がプレッシャーを無視すれば、プレッシャーにはなりません。
天然ぼけの人がいつも穏やかでいられるのは、プレッシャーを認識していないからです。
鈍感になると、プレッシャーがあることに気づかないので、ストレスにも強くなります。
もしプレッシャーに苦しんでいるなら、自分の心をコントロールすることです。
プレッシャーを与える本当の犯人は自分であることに気づき、自分の心を戒めましょう。
プレッシャーがあっても、気にしないよう、心をコントロールするのです。
むやみに考えすぎず、深掘りもしない。
あえて無視する勇気を持ちましょう。
たとえば、やるべき仕事に集中して、余計なことは考えないようにします。
仕事のことだけ考えていれば、プレッシャーを考える余地がなくなります。
タイムプレッシャーが気になるなら、視界から時計やカレンダーをなくすのもアイデアです。
時間を気にする要素がなくなれば、今に集中しやすくなります。
「気にするな。無視しよう」と自分に言い聞かせ、プレッシャーから目をそらすのも良いアイデアです。
自分で心をコントロールすることで、プレッシャーの認識率が下がり、ストレスを減らせます。
プレッシャーの認識率をゼロにすることはできなくても、減らすことならできるはずです。
上手に心をコントロールできれば、プレッシャーによるストレスにも強くなるのです。
冷たい飲み物や温かい飲み物を、もっと味わい深くするコツがあります。
それは、温度の違いに集中して飲むことです。
冷たい飲み物は、時間がたつにつれて少しずつぬるくなります。
最初はよく冷えていても、常温の中なら、だんだんぬるくなります。
温かい飲み物も同じです。
最初は熱々でも、常温の中なら、時間がたつにつれてぬるくなります。
この瞬間に隠れた、大事な価値に気づいてください。
つまり、冷たい飲み物も温かい飲み物も、1秒ごとに味わいが変わっています。
1℃未満のわずかな違い。
冷たい飲み物は少しずつぬるくなり、温かい飲み物は少しずつ冷めています。
本当にわずかな変化ですが、ゆるやかに温度が変わっています。
最終的に常温になるまで、このわずかな変化が続くのです。
一口飲んでほっと一息ついたら、また一口飲みましょう。
さっきとは少し温度が変わっているので、違った味わいを楽しめます。
1分経てば、味わいが変わっているでしょう。
10分も経てば、はっきりわかるほど味わいが変わっています。
舌先に集中して、わずかな違いを感じ取りましょう。
ぜひ、小さな変化に幸せを感じてください。
冷たい飲み物もよし。
温かい飲み物もよし。
飲み物の味わいがますます豊かに感じられるはずです。
わずかな変化を感じ取りながら飲むと、飲み物の楽しみ方が広がります。
相手の考えや気持ちが、自分と同じだとわかるときがあります。
相手の思考や感情を、自分のもののように感じ取れます。
「自分と同じ考えだ。自分と同じ気持ちだ」と思うと、少し嬉しい気持ちになるでしょう。
共感できると、心が朗らかになります。
もちろん心の中で思うのはいいですが、思うだけで終わらせるのはもったいない。
相手の考えや気持ちが、自分と同じだとわかったら、お互いの心が通じ合うチャンス。
心が通じ合うチャンスがあるなら、その可能性をしっかり引き出すことが大切です。
きちんと相手に伝えましょう。
「私も同感です」
「私も同じ考えです」
「私も同じ気持ちです」
思うだけでなく、きちんと言葉に出して言うことがポイントです。
きちんと言葉に出して言うから、しっかり相手に伝わります。
相手は「きちんと理解してもらえた」とわかると安心するでしょう。
共感によって相手に元気を与えることもできます。
心が通じ合うと、仲間意識が生まれます。
お互いの心が満たされ、幸せな気持ちになります。
会話が盛り上がり、どんどん話が進むでしょう。
ますます親しくなるきっかけになるのです。
黙ったままではいけません。
黙ったままでも、態度や雰囲気で伝わることもありますが、不安定です。
面倒くさがって言葉を省略していると、仲良くなるチャンスを逃します。
「いちいち言わなくてもわかるだろう」という油断があると、思わぬ誤解やすれ違いを生むこともあります。
以心伝心に頼りすぎないこと。
以心伝心にも限界があります。
発言を面倒くさがっていては、言葉の力を生かせません。
私たちには、高度なコミュニケーション能力があるのですから、しっかり活用することが大切です。
相手と仲良くなるのに、特別なネタは不要です。
「共感もネタの1つ」と考えてください。
「私も同じ考えです、気持ちです」と言うだけでも、話のネタになります。
あなたの日常は、忙しいですか。
それとも暇ですか。
スケジュール帳に空白があると、不安になってきます。
予定がなくてもわざわざ予定をつくり、できるだけ暇な時間をなくそうとしている人も多いでしょう。
「予定が多い=良いこと」と考えている人もいるかもしれません。
もちろん忙しい日常もいい。
スケジュール帳に予定がびっしり詰まっていると、見栄えがいいでしょう。
緻密に組み合わさったパズルのように、たくさんの予定が詰め込まれているのは、なかなかいい眺めです。
人生を無駄なく過ごすことができています。
予定が多いと、充実感や満足感をたっぷり得られるでしょう。
自分が必要とされているように感じて嬉しくなります。
たくさんの仕事をこなせ、成長も経験も増えるでしょう。
思わぬ出会いもあるかもしれません。
ストレスは多いですが、充実感と満足感は最高です。
朝から晩まで予定に追われ、忙しい時間を過ごすのも、有意義な過ごし方の1つです。
しかし素晴らしいのは、忙しい日常だけではありません。
暇な日常も素晴らしい。
「暇」という言葉に悪いイメージを持つかもしれませんが、誤解です。
暇とは「余裕」です。
「暇な日常」は「余裕のある日常」と言い換えても差し支えありません。
スケジュール帳を開いて空白が目立つと、寂しい気持ちになるかもしれませんが、考え方を変えてください。
「予定がない」という予定を楽しんでいることになります。
予定がなくて暇なら、自分の好きなように行動できます。
趣味を楽しむのも良し。
好きなことをするのも良し。
ぼんやり過ごすのも良し。
余裕のある時間をたっぷり楽しめます。
「そのときの気分に任せる」という過ごし方もすてきです。
その日の予定はそのときの気分に任せるのも、なかなか粋な過ごし方ではありませんか。
これはこれで、充実した時間を過ごしていることになります。
気分に合わせた過ごし方になるので、充実感や満足感も得やすくなります。
忙しさにとらわれてはいけません。
「暇な日常はよくない。忙しい日常が素晴らしい」というのは先入観です。
暇な時間があるからこそ、心に余裕が生まれます。
のんびりした時間のおかげで、私たちの生活に潤いがもたらされ、豊かになります。
暇な日常もあっていい。
暇な日が何日か続くのもいい。
忙しい時間も大切ですが、のんびりした時間も大切にしてください。
忙しい日常と暇な日常を交互に楽しむと、バランスが良くなります。
日常に「緩急」が生まれ、張りと潤いにつながります。
時には、トラブルに見舞われ、暇な日常を送らざるを得ないこともあるでしょう。
たとえば、失業や入院です。
暇な日常が続くと、もやもやするかもしれませんが、暇だからこそできることもあります。
自分と向き合う時間になるでしょう。
人生について考える時間にもなるでしょう。
生きる意味について考える時間にもなるでしょう。
暇な日常を生かせば、生き方を向上させるきっかけに変えることができます。
忙しい日常ばかりではいけません。
ぜひ暇な日常もつくりましょう。
スケジュール帳に空白があると、何か予定を詰め込みたくなるかもしれませんが、ぜひ暇な日常も楽しんでください。
そして生かしてください。
忙しい日常もいいですが、暇な日常もいいのです。
あなたにおすすめの趣味があります。
それは「人を喜ばせる」という趣味です。
趣味といえば、読書・音楽鑑賞・スポーツなどが代表的ですが、それだけではありません。
趣味に決まりはありません。
人を喜ばせることも立派な趣味になります。
聞き慣れないユニークな趣味かもしれませんが、実は人生を幸せに導く趣味でもあります。
「相手を喜ばせる」と聞くと、何かをプレゼントしなければいけないと思われがちです。
もちろん贈りたいものがあればプレゼントも有効ですが、その限りではありません。
相手を喜ばせる方法は、プレゼント以外にもたくさんあります。
たとえば、明るい言葉です。
応援の言葉、励ましの言葉、元気や勇気を与える言葉。
相手が喜ぶような言葉をかけてあげてください。
相手は明るい気持ちに包まれ、笑顔になってくれるでしょう。
手助けも、喜ばせる方法の1つです。
大きな仕事でなくても、小さな仕事でいいのです。
相手が忙しそうにしているとき、仕事の一部を手助けすると「ありがとう」と喜んでもらえるでしょう。
配慮や気遣いも、喜ばせることができます。
相手のおなかが鳴って空腹の様子なら、そっとお菓子を差し出すと、喜んでくれるでしょう。
相手が鼻づまりで苦しんでいるとき、ティッシュをそっと差し出すと、喜んでくれるでしょう。
お金のかからない方法なら、惜しみなく行動できます。
喜ばせる趣味は、脳のトレーニングにもなります。
相手の立場や気持ちを考えるためには、脳を広範囲に使うことになります。
思考力・観察力・想像力・発想力・判断力など、多く鍛える機会になるでしょう。
手紙を書いてみるのもグッドアイデアです。
普段から感謝している気持ちを手紙にしたためてみます。
文字にして手紙で伝えると、しっかり感謝の気持ちが伝わり、温かい気持ちになってくれるでしょう。
相手にとって喜ぶことなら、何でもOKです。
手間暇のかかる方法もあれば、手間暇のかからない方法もあります。
お金がかかる方法もありますが、お金がかからない方法もあります。
人を喜ばせる方法は無限にあります。
誰かを喜ばせる趣味は、ビジネスでもプライベートだけでも役立ちます。
相手を喜ばせる趣味があれば、必ず人間関係がスムーズになります。
相手が喜んでくれることを、自分の喜びとしましょう。
そうすれば、相手が喜んでくれればくれるほど、自分も喜べるようになります。
相手を喜ばせる趣味は、自分を喜ばせる趣味でもあります。
誰かを喜ばせる趣味を持てば、自然と笑顔も増え、日常が華やかになります。
生きることが楽しくなり、必ず人生が生き生きします。
「課題」と考えると堅苦しいですが「趣味」と思えば、気軽に取り組めるはずです。
1日1回は、誰かを喜ばせましょう。
さっそく今から誰かを喜ばせに行きませんか。
喜ばせる方法は自由です。
喜ばせる相手は誰でもかまいません。
相手を喜ばせる趣味は、人生を幸せにするのです。
日記は、いわばタイムマシン。
日記があると、一瞬でタイムスリップができ、過去を振り返りやすくなります。
過去を懐かしんだり、失敗の反省を促したりするのも容易になります。
日記を書くといえば、どんな作業をイメージしますか。
分厚い日記帳に、今日の出来事を文章形式で書くイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。
今日あった出来事を、わかりやすく簡潔に文章でまとめます。
カラーのボールペンを使って装飾で強調したり絵を加えたりなど、カラフルにすることもあるでしょう。
日記を書くには手を動かす必要があります。
きちんと日記を書こうとすると、なかなか一苦労です。
文章を書くのが苦手な人は「日記を書くなんてとんでもない」と思うでしょう。
日記は手間暇がかかるので、嫌がる人も多いのではないでしょうか。
しかし、日記はもっと簡単に書けます。
日付を付けるだけでいいのです。
たとえば、仕事が終わったら、成果物のどこかに日付を付けましょう。
アナログでもデジタルでもいいので、日付を付けることが重要です。
たとえば、資料作成をしたなら、小さな字でいいのでどこかに日付を書きます。
すると、あとから仕事を見直したとき、日付を通してその仕事をしたことがわかります。
日付を見た瞬間、ぱっとその日の様子が思い出されます。
「こんなことをしたな。そういえば、あんなこともあったな」と一瞬で過去に戻れるでしょう。
うまくいけば、その仕事の前後の流れも、芋づる式で思い出せることもあるでしょう。
つまり、日記の代わりになるのです。
日記はその日の様子を思い出すことが重要ですから、日付さえあれば、最低限の役割は果たせます。
文章を書くのが苦手でも、日付を書くくらいならできるでしょう。
普通に書くなら、5秒程度。
ゆっくり書いても、せいぜい10秒程度です。
仕事が終わったら、片っ端から日付を付けていきましょう。
もし邪魔になったら、あとから消せばいいだけです。
日付があると、あとから振り返るときの時系列にもなって役立ちます。
日記を難しく考えず、もっと楽に考えてください。
日付を付けるだけで、日記を書いたことになるのです。
「大変なことになった。最悪だ!」
「もう無理。不可能。最悪だ!」
「本当に最悪で死にそう」
ときどき「最悪」と騒いでいる人を見かけます。
悪いことばかりが続いて、踏んだり蹴ったりなのでしょう。
不幸なトラブルが続いて、困り果てた状態になったのでしょう。
希望や可能性がすべて失われたら「最悪」と嘆くのも仕方ないように思えます。
最悪なら、諦めてギブアップしかないように思うかもしれません。
しかし、ここに誤解があります。
「最悪」と騒いでいるなら、まだ最悪ではありません。
本当の最悪に直面したとき、私たちは無口になります。
話す気力すらありません。
あらゆる希望を奪われ、すべての可能性が閉ざされると、目の前が真っ暗になります。
周りは明るくても、頭の中は闇になります。
完全な絶望に直面すると、私たちは体から魂が抜けたかのような状態になります。
本当の最悪なら、無言のまま、ぼうぜんと立ち尽くすだけになるのです。
「最悪」と騒いでいるなら、まだ最悪ではないと言えます。
少なくとも「最悪」と騒ぐだけの体力と時間があります。
むしろ元気です。
テンションも高めです。
最悪と言っている割に、それほど困った顔をしていないでしょう。
最悪ではないにもかかわらず、最悪と思い込むと、本当に希望が失われます。
せっかく取り返せるチャンスがあっても、つかめなくなるでしょう。
自分が最悪だと勘違いしていることに気づくことです。
ちょっとした口癖で「最悪」と言っているだけです。
自分から希望を捨てないことです。
小さなことですぐ「最悪」と嘆いていると、諦めやすい性格になります。
「最悪」と騒ぐ元気があるなら「まだまだこれから!」と言ったほうが未来的です。
「最悪」と騒いでいるうちは、好転できる可能性は十分あるのです。
人は本当に感動したとき、涙を流します。
素晴らしい映画に感動して、大粒の涙を流すこともあるでしょう。
あまりに嬉しい出来事があって、感動の涙を流すこともあるでしょう。
感動が大きければ大きいほど、流れる涙も大粒です。
感動して大泣きするのは、心を強く揺さぶられた瞬間です。
つらく悲しいことがあって流す涙とは違い、感動して流す涙は、特別な価値があります。
言葉で言い表せないほど、すがすがしい気持ちにさせてくれます。
爽快な気持ちがあると同時に、物事の考え方が変わります。
しっかり感動して大泣きすると、必ず人生が変わります。
思いきり心が揺さぶられると、その刺激は心の芯まで伝わって響き渡り、価値観や考え方を大きく変えてくれます。
感動して大泣きできることほど、贅沢な経験はないのです。
最近、感動して大泣きしたのはいつですか。
悲しいことがあって大泣きすることはあっても、感動して大泣きする経験となると、少ないのではないでしょうか。
感動して涙ぐむくらいならあっても、ぼろぼろ涙を流して大泣きする経験は本当に限られます。
大人になるにつれて、泣く経験が減っていきます。
成長するにつれて体は大きくなり、忍耐力も精神力も強くなるので、ますます泣きにくくなります。
慣れることも増えるため、ますます感動して泣く経験がなくなります。
ここ最近、まったく泣いていない人も多いはずです。
感動による大泣きは、演技ではできません。
単なる泣き真似とは違うのです。
本当に心を揺さぶられる場面でないと、大粒の涙はこぼれません。
しっかり心が震えることで、初めてできる行為です。
しかし、感動して大泣きする経験がもう二度とできないわけではありません。
自分から感動を探しに行けばいいのです。
受け身のままでは、なかなか機会は巡ってきません。
自分から感動を探し、体験しに行く姿勢が大切です。
感動的な映画を見て、涙をするのも良し。
ヒューマンドラマを見て、わんわん泣くのも良し。
素晴らしいミュージカルを見て、たっぷり感情移入をして泣くのも良し。
子どもを持つ親なら、わが子の健やかな成長に喜んで泣くことも大切です。
自分から泣きに行こうと思うくらいでちょうどいいのです。
感動して泣いても、失われるものはありません。
感動で大泣きできる経験があれば、その贅沢な経験をしっかり味わってください。
「感動で泣く」という感覚を思い出すでしょう。
心の中で、何らかの価値観が大きく変わるはずです。
忘れかけていた何かを思い出せるかもしれません。
感動は、人生で大切な経験です。
感動で大泣きできる経験は、人生最高の贅沢なのです。
文句ばかり言っていませんか。
「あの人の態度が気に入らない」
「ここのブランドは、手抜きが多い」
「あのレストランは、サービスが行き届いていない」
不満があると、文句の一言も言いたくなるでしょう。
不満が限界に達すると、我慢しきれず、攻撃的な発言をしてしまうことがあります。
もちろん文句が役立つこともあります。
事実に基づいた文句は、立派な苦情です。
きちんとした苦情なら、ユーザーの貴重な声になり、商品・サービスの改善を促せます。
人の悪いところを指摘することで、相手に気づきを促し、行いを正すきっかけになるでしょう。
苦情が役立てば、逆に感謝されることもあります。
だからとはいえ、いつも文句ばかり言うのは注意したほうがいいでしょう。
「悪いところを指摘して何が悪い」と思うかもしれませんが、限度があります。
「これはダメ。それも悪い。あれもよくない」と文句ばかり言っていると、周りから煙たがられます。
プライベートの人付き合いでは「いちいちうるさい人」と思われるでしょう。
お店からは「モンスタークレーマー」と呼ばれるようになるでしょう。
ぶつくさ文句ばかり並べ立てる様子は、お世辞にも上品とは言えません。
「細かいことにうるさい人」「あまり近寄りたくない」「できるだけ接触を避けたい」と陰で言われるようになるでしょう。
最終的に、文句ばかり言う人こそ、陰で文句を言われるようになるのです。
過剰な文句は、快適な人間関係の妨げになります。
客観的に自分を見たとき、文句ばかり言っている様子が目立つなら、注意したほうがいいでしょう。
文句は、少なからず相手にストレスを与える行為です。
文句を言うなら、できるだけ必要最小限に抑えるのが得策です。
気になることがあっても、ぐっと我慢したほうがいい場面もあります。
雰囲気や協調性を保つため、あえて文句を言わないことも大切です。
小さなことなら、いちいち気にしないほうがいいでしょう。
少しくらい偉そうな態度をされても、さらりと受け流す余裕を持ちたい。
小さなことには目をつぶる勇気も必要です。
どうしても文句が言いたいなら、態度と言葉に十分注意するのが得策です。
文句を言うときこそ、余裕と礼儀作法を大切にしましょう。
早口でまくし立てるような言い方は避け、優しく諭すような言い方が好まれます。
相手の心証を害さないよう謙虚な態度で伝えると、相手も好意的に受け止めやすくなります。
世の中には、さまざまな人がいます。
自分と価値観が合う人もいれば、合わない人もいるでしょう。
人によって生まれや育ちが違うので、価値観もそれぞれ異なります。
価値観が同じ人とは、自然と話が合うので、心地よく過ごせるでしょう。
話に共感できたり納得できたりするので、一緒にいるだけで楽しいはずです。
お互いの心が共鳴すれば、元気も出てきます。
共通の趣味があれば、ますます話も盛り上がりやすい。
自然体で接することができるので、自然と仲良くなれます。
価値観が同じであればあるほど、親しい友人になりやすく、親友に発展する可能性も高くなります。
では、価値観が違っていれば悪いかというと、そうではありません。
価値観が違うのもいいのです。
価値観が違う人とは「新鮮な価値観」を楽しめます。
新鮮な価値観とは、新しい世界に触れているのと同じこと。
「自分と合わない」と、むっとするのではありません。
大切なことは、素直に受け入れる姿勢です。
価値観が違っていても、拒むのではなく、受け止める姿勢を大切にしましょう。
「なるほど。そういう考え方もあるのだね」と言えば、自分と違った価値観でも、スムーズに吸収できます。
違和感のある考え方でも「面白い考え方だね」と言いながらうなずくのがいいでしょう。
相手に対する尊重と敬意を大切にすれば、対立やけんかが起こることはありません。
価値観が違う相手でも、友人になれます。
価値観が違うから親しくなった例は、まったく珍しくありません。
たとえ価値観が正反対の人とでも、受け入れる姿勢さえあれば、友人になるのは簡単です。
もちろん親友になることも可能です。
人生に無駄な出会いは1つもありません。
価値観が同じでも違っていても、刺激があり、学ぶことがあります。
視野や価値観を広げたり、理解力を高めたりできます。
つまり「出会いはすべて素晴らしい」ということです。
地球には80億人がいます。
地球の人口全体で考えれば、知っている価値観より、知らない価値観のほうがはるかに多い。
自分の知らない価値観に囲まれて生きているようなものです。
新しい価値観を通して、旅行をしなくても、新しい世界を楽しめます。
人生とは、何と素晴らしいことなのでしょう。
わくわくしながら出会いに行きましょう。
価値観が同じなのもいいですが、違うのもいい。
出会いはすべて素晴らしいのです。