子どもか大人かどうかを決めるのは、年齢ではありません。
年齢は、生まれてから経過した年数にすぎません。
一般には成人すると大人と見なされますが、だからといって「成人=大人」とは単純に考えるのは注意が必要です。
第1段階を実行できないのは、深く考えすぎているからです。
深く考えると、ネガティブな考えに偏るのが定番です。
「やめたほうがいいのでは」と思い始めます。
期待と不安は、交互にやってくるものです。
期待だけがずっと続けばいいのですが、そんな都合のいい話はありません。
しばらくすれば、不安がやってくるでしょう。
想定するなら、最高より最悪です。
最高を想定していると、うまくいかなかったときの失望感が大きくなります。
最高が高ければ高いほど、うまくいかなかったとき、ひどく落ち込むことでしょう。
やる気は「出そう」と思えば思うほど、出なくなる性質があります。
やる気を無理やり出そうとさせるのは、強制です。
人間は、強制が大嫌いです。
本当に自分が頑張っているのか、確かめるテストがあります。
「達成感のある疲れ」を感じているかどうかです。
疲れは、体でも心でもかまいません。
リスクを取りたくないと思えば、リスクを取ることです。
矛盾しているようですが、現実はそうです。
戦法とは、勝つための計画です。
大差で負けて、まだ良かったのです。
「完全に負けた」という状況は、意外に気持ちいいものです。
完全に力の差があり、どうしようもありません。
いらいらは、どこにぶつけるかが大切です。
いらいらしたとき、暴力や破壊にぶつけるのは良くありません。
他人に八つ当たりをすれば、けんかになるでしょう。
気合を入れたいときに、椅子の背に寄りかかる姿はふさわしくありません。
椅子の背に寄りかかると、リラックスしてしまい、気合が抜けてしまいます。
友人と歓談するときにはいいのですが、気合を入れる場では不便を招きます。
いらいらしている状態を例えるなら、心の中で火が燃えているような状態です。
大きな炎が、めらめら燃えています。
火は、燃え移る性質があります。
経験を繰り返しても、なかなか自分が変わらないことがあります。
経験すれば、自分にも変化が現れるはずですが、実際は変化がありません。
「行動しても無駄ではないか」と思いますが、ちょっと待ってください。
恥ずかしさを感じることは、本来、素晴らしいことです。
恥ずかしさとは、自分の動作や態度に不備があり、引け目を感じることです。
顔が赤くなったり、心臓の鼓動が早くなったりします。
落ち込んでいるときは、どうしますか。
じっとしているのもいいですが、あまり建設的な解決法ではありません。
じっとしていると、変化がないため、落ち込みから回復するまでに時間がかかります。
あなたの心は、扉が閉まっています。
その心の扉には鍵もかかっていて、自由に開けることができません。
しかも扉は、1つだけではなく、たくさんの扉があります。
感情を爆発させると、必ず後悔します。
感情を爆発させているときはわれを失っていますが、頭が冷えてから振り返ると、猛烈な後悔の念が押し寄せます。
「あんなことしなければ良かった」
以前失敗したことに再挑戦するとき、また失敗するとは限りません。
以前失敗したときは、うまくいくだけの余裕がありませんでした。
知識、体力、技術など、余裕がなかったため、うまくいかなかっただけです。
失敗の最大の効用は、教訓が得られることです。
弱点を改善するには、失敗するのが近道です。
失敗するから「なぜ失敗したのか」と考えることができます。
失敗するのはいいのです。
人間は不完全な生き物ですから、失敗もして当然です。
しかし、同じ失敗を繰り返すのは良くありません。
最も心に突き刺さる言葉を言ってくれるのは、誰でしょうか。
親でも、友人でも、先生でもありません。
自分です。
あなたが勝てないのは、かっこよく勝とうとしているからです。
勝つときは、かっこよく勝ちたいと思うでしょう。
スポットライトを浴びて、きらびやかな栄光を手にしたいと思うものです。
負け方がかっこ悪いのは、本気を出していないからです。
どうせ負けるなら、かっこよく負けようと思います。
少しでもぶざまな姿を見られないように、試合中から試合後のことを考え、そわそわします。
体調が悪いにもかかわらず、無理に仕事を進めるのはプロでありません。
根性を見せれば、プロらしく見えますが、誤解です。
体力勝負で無理やり勧めようとするのは、なおさら体調管理が不十分です。
怒りを感じたときは、何かにぶつかりたい気持ちがあるでしょう。
問題は、怒りをぶつける方向です。
人にぶつければ、けんかになり、人間関係にひびが入ります。
すべてを理解されようとしないことです。
すべてを理解されても、面白くありません。
「それはわかっている」「知っている」「見たことがある」ばかりでは、白けます。
人生は、答えのないことばかりです。
学校の勉強とは違い、人生では、あらかじめ答えが用意されていません。
どんなに大型の書店でも、あなたに関する本はありません。
「感情が高ぶって仕方ない! 早く落ち着きを取り戻したい!」
そんなときは、一度その場所から離れましょう。
同じ場所でじっとしていると、なかなか気持ちが切り替わりません。
「もう我慢できない!」
コントロールができないほど激しい怒りを感じたときはどうすればいいのでしょうか。
「心の引き出し」に収めましょう。
今は、情報社会といわれています。
インターネットができたおかげで、世界中の情報が手に入るようになりました。
携帯電話ができたおかげで、どこでも情報が入手できるようになりました。
本は、気力の塊です。
作家の気持ちがたくさん込められています。
本を読むと、作家の訴えが伝わるため、胸が熱くなったりやる気が出たりするのです。
子どもか大人かどうかを決めるのは、年齢ではありません。
年齢は、生まれてから経過した年数にすぎません。
一般には成人すると大人と見なされますが、だからといって「成人=大人」とは単純に考えるのは注意が必要です。
「成人=大人」とは限らないからです。
では、子どもと大人はどこで決まるのでしょうか。
「感情のコントロール」です。
感情のコントロールが弱ければ弱いほど、子どもです。
感情のコントロールが強ければ強いほど、大人です。
私たち霊長類にとって感情のコントロールは脳の高次機能のため、その人の成長具合が如実に表れるのです。
不快な出来事があったとき、すぐ感情的になるのは子どもです。
感情を抑制できず、すぐ声を荒らげたり暴言を吐いたりなど、不快感のままに騒ぎ立てるのは子どものすることです。
脳の高次機能の1つである、前頭葉の発達が未熟です。
ちょっとしたことですぐ感情的になるのは子どもと言わざるを得ません。
「もともと怒りっぽい性格」と言う人がいます。
ときどき聞かれるセリフですが、性格の問題で済ませないことです。
すぐ怒ることを正当化させたいだけのセリフです。
「怒りっぽい性格なら仕方ないね」はありません。
性格の問題は免罪符になりません。
たしかに怒りっぽい性格かもしれませんが、改善は可能であり、改善が必要です。
感情のコントロールは脳の前頭葉が発達することで、誰でも可能となります。
性格の問題で前頭葉の発達を先送りしていると、いつか大ごとに発展する可能性があります。
特に成人年齢に達してからは、感情のコントロールが欠かせません。
感情のコントロールが未熟なまま成人年齢を迎えると、大きなトラブルを招く可能性があります。
成人年齢になってからキレることがあれば、迷惑をかけたり信用を失ったりします。
場合によっては会社にいられなくなることもあります。
程度によっては警察沙汰になり、刑務所で服役が必要になる可能性もゼロではありません。
大人として認められるためには、感情のコントロールができるようになってください。
社会で仕事をしていると、ストレスと不快感の嵐です。
社会で仕事をするためには感情コントロールが欠かせません。
感情のコントロールは、すべて人にとって必要なソーシャルスキルです。
大人は、不快なことがあっても、感情を抑えながら対応ができます。
大人になりたければ、きちんと感情をコントロールできるようになっておくことです。
はらわたが煮えくりかえるほど不快なことがあっても、理性で感情を抑えられるのが大人です。
第1段階を実行できないのは、深く考えすぎているからです。
深く考えると、ネガティブな考えに偏るのが定番です。
「やめたほうがいいのでは」と思い始めます。
第1段階から、完璧を考えていると、かえって行動しにくくなります。
第1段階を深く考えすぎると、第2段階や第3段階が思いやられます。
第1段階を始める前に「失敗したら大変だ。やめたほうがいいな」と思い、疲れてしまうでしょう。
無意識のうちに、行動しない理由を考えます。
そうならないようにするために、第1段階は、徹底的に軽くするのです。
軽くするから、体力面や精神面への負担が小さくなり、始めやすくなります。
サイコロを転がすようなイメージです。
サイコロを軽く転がせば、自動的にゲームがスタートします。
微調整は、始めてから考えればいいことです。
そもそも微調整も、始めてみないとわかりません。
手応えが得られないと、調整のしようもありません。
多少の間違いやミスがあっても、よしとしましょう。
第1段階ですから、小さなミスを許容しておくほうが、スムーズに進みます。
軽く始めるほうが、実現も早くなるのです。
期待と不安は、交互にやってくるものです。
期待だけがずっと続けばいいのですが、そんな都合のいい話はありません。
しばらくすれば、不安がやってくるでしょう。
期待をすればするほど「もしうまくいかなかったらどうしよう」という不安も生まれるからです。
ただし、不安で落ち込んでいても、ずっと続くわけではありません。
しばらくすれば不安が消え、期待がやってくるでしょう。
不安をかき消すように行動すれば、おのずと期待も生まれるからです。
期待と不安は、交互にやってくるものです。
期待と不安は、表裏一体なのです。
こう考えましょう。
「期待と不安は、セットであると」と。
海の波のようなものです。
上がったり下がったりして、一定のリズムを打っています。
人生では、期待と不安の両方が必要です。
期待があるから、明るくなれます。
不安があるから、緊張感を保てます。
どちらか一方では不安定です。
どちらか一方だけを求めるのではなく、どちらも大切にしましょう。
期待と不安の両方を大切にすることで、明るさと緊張感のバランスの取れた生活を送れます。
リズムと思えばいいのです。
想定するなら、最高より最悪です。
最高を想定していると、うまくいかなかったときの失望感が大きくなります。
最高が高ければ高いほど、うまくいかなかったとき、ひどく落ち込むことでしょう。
いつも最高ばかり考えていると、事あるたびに失望し、落ち込みやすい体質になります。
期待値が大きすぎるのも、考えものです。
また、最高の状態ばかり想定していると、緊張感が緩みやすくなる弊害もあります。
仕事の詰めが甘くなり、思わぬ失態を招く恐れがあるのです。
想定するなら、最高より最悪です。
「無事で良かった」「命拾いをした「まだ可能性が残っている」と思い、ほっとします。
最悪を避けられただけでありがたく感じ、安心や希望を見いだしやすくなります。
また、最悪を想定しておけば、予防策を考えられるため、結果として最悪が避けられるはずです。
最高を目指すのではなく、最悪を避けるのです。
あなたが今の状況において、最悪を想定してください。
その最悪を避けるために今できることは、何でしょうか。
最悪を想定し、今のうちに予防策を立てておきましょう。
それが今、あなたがすべきことです。
やる気は「出そう」と思えば思うほど、出なくなる性質があります。
やる気を無理やり出そうとさせるのは、強制です。
人間は、強制が大嫌いです。
たとえ強制が、自分の意思によるものでも、強引な進め方は、気持ちいいことではありません。
強制されると、純粋な気持ちが阻害され、純粋なやる気が出にくくなるのです。
やる気は「出なくていい」と思うのがポイントです。
「出なくていい」と思うと、やる気が出始めます。
自然体になれるからです。
義務も強制も命令もないと、自分の素直な気持ちが沸き出すようになり、かえってやる気が出てくるのです。
その瞬間に行動です。
やる気が出ているときに行動すると、パワーがよく出るのです。
本当に自分が頑張っているのか、確かめるテストがあります。
「達成感のある疲れ」を感じているかどうかです。
疲れは、体でも心でもかまいません。
「よし。頑張ったぞ」という達成感のある疲れを感じているなら、大丈夫です。
本来疲れるのは、いいことです。
頭を使っているなら、精神的な疲れを感じます。
体を使っているなら、肉体的な疲れを感じます。
よく行動しているから達成感のある疲れを感じるのであって、きちんと頑張っている証拠です。
その調子で、今後も前に進み続けましょう。
しかし、頭や体に疲れがあっても、達成感がないなら、要注意です。
「頑張ろう」という気持ちが、空回りしているのではないでしょうか。
「頑張ろう」と繰り返し思うのも、体力や精神力を消耗します。
不安を感じるだけでは、結果が出ません。
その結果、達成感のない疲れだけ、感じるのです。
病気でやむを得ない場合を除き、不安を打ち消すなら、なおさら行動することです。
全力で行動して忙しくなれば、不安を感じる時間すらなくなります。
行動し終わった後、達成感のある疲れをどっと感じます。
「やるだけのことはやった」という気持ちのいい疲れです。
それが「本当に頑張っている」という状態です。
リスクを取りたくないと思えば、リスクを取ることです。
矛盾しているようですが、現実はそうです。
戦法とは、勝つための計画です。
今の戦法が、明日も通用するとは限りません。
戦術とは、勝つための手段です。
今の戦術が、明日も通用するとは限りません。
「今のやり方は永遠に通用する」と思いたいですが、それはありません。
普遍的な戦法や戦術は、たしかに存在します。
しかし、戦法や戦術は変わらなくても、世の中が変わります。
世の中は刻一刻と変化していますから、その状況に適した戦法も戦術も、刻一刻と変わります。
変化する世の中を考えながら、戦法も戦術も変化させ、最適化させることが必要です。
現状に甘んじて変化から逃げると、どんどん時代から取り残されます。
じっとしているのは、確実にリスクです。
変化する世の中から逃げていることになるため、確実に悪い方向へ傾きます。
リスクを取らないことが、最大のリスクになるのです。
変化する世の中を考えながら、ベストな戦法と戦術を変えていくことが大切です。
変化した結果、以前より悪くなれば「この方向性は違うのか」とわかります。
次から方向性を改善すれば、いいだけです。
変化しているからこそ、得られる手応えです。
変化しないと、その手応えさえつかめません。
早く変化した分、早く立て直せるでしょう。
常に変化しつづけないと、いけないのです。
大差で負けて、まだ良かったのです。
「完全に負けた」という状況は、意外に気持ちいいものです。
完全に力の差があり、どうしようもありません。
悪あがきすら、まったく効果なしです。
意外に苦しむのは、僅差で負けたときです。
「あと少しで勝てたのに……」
「あのとき、こうしておけば良かった……」
「やり直したい……」
僅差で負けたときほど、強い悔しさが残ります。
くよくよ考えてしまい、気持ちがなかなか切り替えられません。
だから、大差で負けて良かった。
潔く諦めようではありませんか。
大差で負けてしまったものは仕方ありません。
力の差を素直に認め、次に切り替えましょう。
大差で勝ったときだけでなく、大差で負けたときも「気持ちいい」と叫ぶべきです。
大差で負ければ、晴れ晴れします。
さっと切り替えができるのです。
なんなら帰りにケーキでも買って、食べるといいでしょう。
大敗した日は、ケーキの日です。
うまいものを食べると、元気が出ます。
さっと気持ちを切り替え、しっかり元気を出すことです。
気持ちの切り替えがうまくできれば、次の試合では、力がうまく発揮できるでしょう。
いらいらは、どこにぶつけるかが大切です。
いらいらしたとき、暴力や破壊にぶつけるのは良くありません。
他人に八つ当たりをすれば、けんかになるでしょう。
人間関係にひびが入ると、得られる協力が得られなくなります。
ごみ箱を蹴れば、壊れるでしょう。
壊れると、買い直さなければならなくなり、余分な出費が増えます。
いらいらの吐き出す先を間違えれば、問題は解決どころか、余計に大きくなります。
余計にいらいらが増える、という悪循環です。
いらいらしてもいいのです。
人間ですから、当然、いらいらすることはあります。
大切なのは、いらいらを吐き出す先です。
いらいらをぶつけるなら、社会的に価値のある行動にぶつけましょう。
仕事、芸術、スポーツなどです。
いらいらは、底力になります。
いらいらを、社会的に価値のある行動に向けてぶつければ、いつもより強い力を発揮できるでしょう。
この取り組みを、心理学では「昇華」と呼びます。
感情を吐き出す先さえ間違えなければ、仕事の質を高めるきっかけになるのです。
気合を入れたいときに、椅子の背に寄りかかる姿はふさわしくありません。
椅子の背に寄りかかると、リラックスしてしまい、気合が抜けてしまいます。
友人と歓談するときにはいいのですが、気合を入れる場では不便を招きます。
背もたれに寄りかかりながら勉強をすると、眠くなるでしょう。
背もたれに寄りかかりながら仕事をすると、集中力が低下するでしょう。
気合を入れたければ、あえて椅子の背に寄りかかりません。
腰に力を入れて、背筋を伸ばします。
背筋を伸ばすことで、気持ちまで引き締まるのです。
背もたれのある椅子でも、気合を入れたいときは、寄りかからないほうがいいでしょう。
どうしても寄りかかる癖があるなら、背もたれのない椅子を選ぶことをおすすめします。
いらいらしている状態を例えるなら、心の中で火が燃えているような状態です。
大きな炎が、めらめら燃えています。
火は、燃え移る性質があります。
ささいなことでいらいらすれば、関係のないことまで、不愉快に見え始めます。
火が燃え移っているのです。
しかし、そんな火にも弱点があります。
火は水に弱い。
いらいらしたときは、冷たい飲み物を飲んでみましょう。
温かいコーヒーより、アイスコーヒー。
温かい紅茶より、アイスティー。
温かいお茶より、冷たいお茶です。
冷たい飲み物を飲むことで、冷却刺激が、体の内側から全身に向けて伝わります。
興奮が次第に収まっていくでしょう。
寒い季節で、冷たい飲み物が飲みにくければ、常温でも効果があります。
ただし、飲みすぎると体を冷やすため、量には注意です。
経験を繰り返しても、なかなか自分が変わらないことがあります。
経験すれば、自分にも変化が現れるはずですが、実際は変化がありません。
「行動しても無駄ではないか」と思いますが、ちょっと待ってください。
そもそもレベルアップは、頻繁に起こるものではありません。
ロールプレーイングゲームを思い出してください。
主人公は、敵をたくさん倒して、経験値を積んでいきます。
経験値が一定量にたまったとき、レベルアップします。
今のあなたも同じなのです。
「人生」という舞台で、あなたはロールプレーイングゲームの主人公です。
さまざまな困難の一つひとつが、敵です。
逃げることもできますが、できるかぎり立ち向かい、勝利しましょう。
たくさん経験をしながら、経験値が一定量に達したとき、レベルアップします。
そのためには時間もかかりますし、努力も必要です。
レベルアップの成長曲線は、なめらかな右肩上がりではなく、階段のような形を描きます。
しかも、成長曲線が右上になるにつれて段差が大きくなるという、いびつな形をしています。
経験値をためているつもりで、繰り返し経験し続けることです。
経験値が一定量に達したとき、レベルアップします。
レベルアップをした後は、今までより少し難しい困難に立ち向かいましょう。
次のレベルアップには、さらに多くの経験値が必要になるからです。
レベルに応じて困難のレベルも上げていけば、経験値を効率よくためることができます。
レベルアップがスムーズになるのです。
恥ずかしさを感じることは、本来、素晴らしいことです。
恥ずかしさとは、自分の動作や態度に不備があり、引け目を感じることです。
顔が赤くなったり、心臓の鼓動が早くなったりします。
恥ずかしさは、感じないより、感じたほうがいいのです。
恥ずかしさを感じなくなれば、終わりです。
マナーの悪い人を見てください。
マナーの悪い人は、マナーが悪くても、恥ずかしさを感じていません。
マナーの悪いことをしても、知らないふりです。
「悪いことだ」と思っても、恥ずかしさを感じていないから、改善しようとしません。
態度は悪くなる一方なのです。
この状態が悪化すると、マナーの悪い中高年の完成です。
一方、マナーのいい人は、恥ずかしさを感じる感性があります。
マナー違反をしたとき「恥ずかしい」と思って赤面するから「改善しよう」「気をつけよう」という行動が促されます。
恥ずかしさを感じれば、次から気をつけて行動するだけです。
発言、態度、礼儀が、どんどん磨かれていきます。
恥ずかしく思えるおかげです。
恥ずかしさは、邪魔と思わず、むしろ大切にしてください。
恥ずかしさを感じるあなたは、素晴らしくなる可能性を秘めているのです。
落ち込んでいるときは、どうしますか。
じっとしているのもいいですが、あまり建設的な解決法ではありません。
じっとしていると、変化がないため、落ち込みから回復するまでに時間がかかります。
落ち込んでいるときは、落ち込んでもできることをしましょう。
できることは少ないかもしれませんが、何かをすることで、気分が変化する機会になります。
たとえば、散歩です。
散歩とはいえ、立派な運動です。
移り変わる風景を見ながら散歩をしているうちに、気分が爽快になり、テンションも上がってくるでしょう。
映画を見るのもいいでしょう。
映画は、人生の肥やしになります。
見ているうちに気分転換になり、前向きな考えになるでしょう。
音楽を聴くのもいい方法です。
音楽は、感動を呼びます。
聞いているうちに、気持ちが明るくなるでしょう。
外食に行くのもいいでしょう。
食事は、元気の源です。
おいしい料理を食べて腹を満たせば、元気も出てくるでしょう。
落ち込んでいるときは、落ち込んでもできることをしてください。
何かをして動いていたほうが、変化が生まれるため、回復が早くなります。
あなたの心は、扉が閉まっています。
その心の扉には鍵もかかっていて、自由に開けることができません。
しかも扉は、1つだけではなく、たくさんの扉があります。
扉が閉まっているせいで、可能性を生かしきれていません。
この扉は特殊です。
合言葉が、鍵の代わりになるのです。
その合言葉を、こっそりあなたに教えましょう。
「できる」です。
困難に直面したときは「できる」と唱えてください。
すると、鍵が解除され、心の扉が開きます。
「そんな言葉なら、今まで何度も口にしたことがあるよ」と思っているのでしょう。
いいえ、よく聞いてください。
あなたが思う「できる」とは「きっとできる」「できるだろう」「できるかもしれない」ではありませんか。
推定の言葉は、余分です。
推定の言葉が混じると、心の扉は開きません。
「できる」と断言するのです。
はっきり言い切ることが大切です。
そのとき、心の扉が開きます。
「できる」とたくさん言えば言うほど、重なった扉が次々開かれていきます。
合言葉はたくさん唱えましょう。
「できる」「できる」「できる」です。
心がどんどん開くことで、あなたの潜在的な力がみなぎってきます。
勇気が出てきたり、明るい気持ちになったり、やる気が出てきたりするのです。
感情を爆発させると、必ず後悔します。
感情を爆発させているときはわれを失っていますが、頭が冷えてから振り返ると、猛烈な後悔の念が押し寄せます。
「あんなことしなければ良かった」
「あんなこと言わなければ良かった」
取り乱した自分が恥ずかしくなります。
未熟な自分が情けなくなり、穴があれば入りたくなります。
罪悪感や自責の念に苦しめられるでしょう。
感情を爆発させると、修復不可能な傷を作ったり取り返しのつかないトラブルに発展したりすることが多い。
感情を爆発させると後悔するのは人生の法則です。
では、感情を爆発させた経験はすべて無駄になるかというと、そうではありません。
「感情を爆発させると後悔する」ということを身に染みて実感しました。
実際に身をもって痛い目に遭うと、本当によくわかります。
もう終わったことです。
しっかり謝って許してもらうことはできても、感情を爆発させた過去は消せません。
過去に戻ってやり直すのは不可能です。
できるだけ人生の後悔は少ないほうがいいのですが、だからといってゼロにするのは不可能です。
誰でも後悔の1つや2つはあります。
感情を爆発させてしまったことは悔やまされますが、少なくとも一度は「感情を爆発させて後悔する」という痛い経験ができました。
身をもって理解できたことは、不幸中の幸いです。
感情を爆発させて後悔することがあれば「貴重な勉強になった」と考えることです。
身をもって痛い目に遭うことで「知識による理解」から「経験による理解」に深まりました。
「感情を爆発されると後悔する」という言葉が、今までより心に響くようになり、より重く感じられるようになったはずです。
これを成長と捉えることです。
感情コントロールの重要性の理解が深まれば、完全に無駄とは言えません。
後悔によって理解力が深まれば、その失敗にも価値が生まれます。
感情的になって後悔することがあれば、今度の生き方に役立ててください。
「二度と同じ過ちを繰り返さない」と心に誓うことです。
後悔によって今後の生き方が改善されれば、その過ちも報われます。
感情的になって後悔することも、1つの勉強なのです。
以前失敗したことに再挑戦するとき、また失敗するとは限りません。
以前失敗したときは、うまくいくだけの余裕がありませんでした。
知識、体力、技術など、余裕がなかったため、うまくいかなかっただけです。
道具が足りなかったり、考えが甘かったりなどの理由もあるでしょう。
しかし、今のあなたは違います。
今のあなたは、以前とは違い、余裕があるでしょう。
数々の人生経験を通して、知識・体力・技術が向上しました。
以前より道具も増え、考えも深くなりました。
以前より、レベルアップしているのです。
以前失敗したことでも、再挑戦してみましょう。
今のあなたは、以前よりレベルが高いのですから、うまくいく可能性があります。
雪辱を果たすチャンスです。
もしうまくいかなかったとしても、数年後に再挑戦です。
そのころになれば、さらにレベルアップしているはずですから、うまくいく可能性はさらに高いでしょう。
「過去の失敗を再び挑戦し、うまくいかせること」
それを「過去を乗り越える」と言います。
失敗の最大の効用は、教訓が得られることです。
弱点を改善するには、失敗するのが近道です。
失敗するから「なぜ失敗したのか」と考えることができます。
失敗によって原因の場所がわかり、ピンポイントで改善できます。
失敗による被害はありますが、改善がピンポイントになるため、必要最小限で済みます。
しかし、中途半端な失敗の場合、原因究明が難しくなります。
中途半端な失敗は、状態も中途半端であるため、どこに原因があるのかわかりにくいからです。
原因が曖昧になれば、改善すべきポイントも曖昧になります。
ピンポイントの改善ができません。
もしかすると、正常なところを問題と見なして、誤って改善してしまうかもしれません。
改悪になる可能性があるのです。
だからこそ、失敗するなら、中途半端より完全にしたほうがいい。
完全に失敗すれば、それだけ痛みも被害も大きくなりますが「悪いのはここだ」と、はっきりわかります。
白黒はっきりさせたほうが、後の処理が簡単なのです。
失敗は大きくても、失敗の数を最小限に抑えられます。
失敗するのはいいのです。
人間は不完全な生き物ですから、失敗もして当然です。
しかし、同じ失敗を繰り返すのは良くありません。
改善されていない証拠だからです。
本当に大切なのは「失敗の後、何をするか」です。
失敗して悔し涙を流して終わりにするのは、賢明ではありません。
不愉快になって、ごみ箱に八つ当たりすることでもありません。
失敗の後、すべきことは、改善です。
失敗した原因を探り、改善しましょう。
改善することが、失敗する本当の意味です。
悔しい気持ちが残っているうちに行動したほうがいいです。
悔しい気持ちは、爆発的な行動力を生み出します。
時間、お金、手間をかけてでもいいですから、同じ失敗が再び起こらないように対策を立てましょう。
「時間やお金がもったいない」と思いますが、改善に時間やお金を使わないほうが、もったいないです。
改善しなければ再び失敗して、余分な時間とお金を失うでしょう。
きちんと改善ができれば、もう同じ失敗が繰り返されることはありません。
面倒をすることで、安心できるのです。
最も心に突き刺さる言葉を言ってくれるのは、誰でしょうか。
親でも、友人でも、先生でもありません。
自分です。
自分が自分に「もっと頑張ろう」と言い聞かせるとき、その言葉が最も突き刺さります。
自分が発した言葉だから、自分が最も真剣に聞こうとします。
自分が自分に向けて発する言葉は、すべて心に突き刺さると考えることです。
自分が考える言葉や発する言葉は大切です。
マイナスの言葉を考えていると、暗い言葉ばかりが心に突き刺さり、気分も暗くなります。
プラスの言葉を考えていると、明るい言葉ばかりが心に突き刺さり、気分も明るくなります。
自分で自分に語りかけるのです。
できるだけプラスになるような言葉を考えたり発したりしましょう。
「自分ならできる」
「難しいな。さあ、面白くなってきたぞ」
「もう少しやってみないか」
心で思うだけでもいいですが、声に出したほうが効果的です。
自分にたくさんの言葉を語りかけ、心に突き刺していきましょう。
プラスの言葉をたくさん浴びせて、人生観を変えるのです。
あなたが勝てないのは、かっこよく勝とうとしているからです。
勝つときは、かっこよく勝ちたいと思うでしょう。
スポットライトを浴びて、きらびやかな栄光を手にしたいと思うものです。
しかし、かっこよく勝とうとしているなら、要注意です。
かっこよく勝とうとするのは、見栄があります。
人の目を気にして、表面をきれいに繕うことを考えています。
そういう余分なことを考えているから、集中力が散漫になり、勝てないのです。
かっこよく勝とうと考えるほど、負けやすくなります。
かっこよく勝つ必要なんてありません。
ただ、勝てばいいのです。
勝負は、勝ちさえすれば、自然とかっこよくなります。
「勝った」という事実が、最もかっこいいのです。
勝ちさえすれば、泣いていても笑っていても、さまになります。
無傷でも負傷でも、いい姿になります。
勝負中は、勝負だけに集中しましょう。
かっこ悪くてもいいから、とにかく勝つことに全力を集中です。
負け方がかっこ悪いのは、本気を出していないからです。
どうせ負けるなら、かっこよく負けようと思います。
少しでもぶざまな姿を見られないように、試合中から試合後のことを考え、そわそわします。
それは試合に集中できていません。
中途半端な姿勢は、見ていてもわかります。
本気になっていないから、かっこ悪い姿を見られるのです。
負け方をかっこよくするなら、本気を出すことです。
負けるとわかっていても、本気を出します。
目の前のことに本気になれば、たとえ負けても、必ず負け方がかっこよくなります。
本気を出し切ったとき、悔いのない表情になります。
その表情がかっこいいのです。
本人は、悔いがないため、爽快感が表れます。
見ている人にも「やるだけのことはやった」という気持ちは、雰囲気や表情でわかります。
かっこよく負けるなら、全力を出すのがいちばんです。
目の前のことに集中すれば「負けたところもかっこいいよ」と言われるでしょう。
本気になっている姿は、勝負の結果にかかわらず、かっこいいのです。
体調が悪いにもかかわらず、無理に仕事を進めるのはプロでありません。
根性を見せれば、プロらしく見えますが、誤解です。
体力勝負で無理やり勧めようとするのは、なおさら体調管理が不十分です。
健康を犠牲にした仕事の進め方を、美化しないことです。
健康を犠牲にした仕事の進め方をするのは、プロではなく、アマチュアの姿勢です。
頑張っているところを見せて「さすがですね」と言われたいだけです。
プロは、体調を崩したとき、素直に休みます。
プロのスポーツ選手が、体調が悪いとき、試合の欠場を発表する会見を見かけたことはありませんか。
体調が悪いとき、無理に出場しても、余計に体調を悪化させるだけです。
仮に出場したとしても、ひどい結果しか出せないとわかっています。
欠場することで、体調回復に専念しているのです。
スポーツだけでなく、ビジネスでも同じです。
体調が悪いときに、無理やり仕事をしても、いい結果が出せません。
頭も体もふらふらの状態で、いい仕事ができるはずがありません。
ミスが増えたり、出来栄えが不十分だったりするのです。
いくら仕事が間に合っても、仕事の出来栄えが悪ければ、評価は落ちるでしょう。
体調が悪いときには、素直に休んで回復に専念しましょう。
「体調がよくないため休ませてください」という言い分は、わかる人にはわかってくれます。
早く休めば、それだけ回復も早くなります。
回復して体調が整ってから、仕事をするから、いい仕事もできます。
体調が悪いとき、素直に休めるのがプロなのです。
怒りを感じたときは、何かにぶつかりたい気持ちがあるでしょう。
問題は、怒りをぶつける方向です。
人にぶつければ、けんかになり、人間関係にひびが入ります。
物にぶつければ、破壊になり、買い換えにお金もかかります。
だからとはいえ、体をじっとさせるのも、またストレスになる。
そんなとき、被害を出すことなく、簡単に怒りを発散させる方法があります。
紙を破ることです。
たとえば、いらなくなった新聞紙を、思いきり破ってみましょう。
新聞の束を、全身の力を込めて、思いきり破るのです。
紙などの裂ける音が、爽快です。
破るときの手応えも、いい体の運動になります。
むかむかした気持ちをぶつけるイメージで破ると、怒りの発散に効果的です。
1束で足りなければ、2束でも3束でも破りましょう。
いらなくなった新聞紙や雑誌などを使えば、お金もかかりません。
自分の部屋ですれば、誰の迷惑にもなりません。
気が済むまで、破って、破って、破りまくるのです。
しばらくやっていると、額から汗が出てくるでしょう。
軽い運動になります。
破り終わった紙をごみ箱に捨てれば、後片付けは一瞬で終了です。
怒りをうまく発散できるのです。
すべてを理解されようとしないことです。
すべてを理解されても、面白くありません。
「それはわかっている」「知っている」「見たことがある」ばかりでは、白けます。
理解してもらおうとすると、疲れます。
理解されないことがあったほうがいいのです。
「あなたのことが理解できません」と言われることを、喜ぶことです。
理解されていないということは、その人の考え方を超越しているということです。
理解されないことを、自分だけが理解して楽しんでいるのは、素晴らしいことではありませんか。
「自分は今、他人に理解されないことをやっているぞ」という孤独の快感に気づくことです。
すべてを理解してもらうのを、諦めましょう。
「理解してもらわなくていい」と思ったほうが、かえって楽になります。
理解されないからこそ、邪魔されず、孤独の世界に浸れます。
自由に創作活動に専念でき、人生を生きることができるのです。
人生は、答えのないことばかりです。
学校の勉強とは違い、人生では、あらかじめ答えが用意されていません。
どんなに大型の書店でも、あなたに関する本はありません。
答えがないから、迷います。
「どういう考えなのか」と意見を求められたとき、返事に迷います。
「どういう生き方がしたいのか」と考えを問われたとき、返事に悩みます。
会話の返事は、多種多様です。
あなたの未来も、多種多様です。
選択肢が多すぎて、決めにくいでしょう。
しかし、難しいようで、実は簡単なのです。
人生の答えは、どこにあるのかというと、あなたの中です。
「答えがない」ということは、自分の都合で答えを設定すればいいのです。
「自分の好きに選んでいい」ということです。
正しい答えがないのですから「間違っている」と怒られることもありません。
「間違っている」と言われても「自分にとっては正しい」と言い返せばいいのです。
「私の考えです」「私の好みです」と堂々と発言すれば、まかり通ります。
自分が決断した答えなのですから、正しいのです。
答えがなくて迷うこともありますが「最終的には自分が人生の答えをつくる」という意識が大切です。
人生の答えは、探すのではなく、つくっていくものです。
たくさんの答えをつくっていきましょう。
自分が選んだ答えなのですから、正しいのです。
あなたは人生をつくる芸術家なのです。
「感情が高ぶって仕方ない! 早く落ち着きを取り戻したい!」
そんなときは、一度その場所から離れましょう。
同じ場所でじっとしていると、なかなか気持ちが切り替わりません。
場所を変えることで気分が変わります。
人と対面中であれば、中座の理由は適当でかまいません。
何かを思い出したふりをすればいいことです。
「ちょっと用事を思い出したので失礼します」と言えば、自然な形で離れることができるでしょう。
もたもたしないで、1分1秒でも早く離れるのが賢明です。
相手から「逃げた」と思われることがあるとしても、気にしないでください。
行動のコントロールも、感情のコントロールの1つです。
自己抑制が不可能になる前に対処です。
感情を爆発させてトラブルになるくらいなら、潔くその場を離れるほうがはるかに賢明です。
その場から離れたら、しばらく別の場所でのんびりしましょう。
お手洗い、廊下、屋外階段、カフェ、公園、休憩室。
場所はどこでもいいですが、できるだけリラックスできるところに一時避難するのがおすすめです。
廊下を適当に歩き回るのも良し。
外に飲み物を買いに行くのも良し。
カフェやレストランに行って、食事や飲み物を楽しむのも良し。
近所の公園に足を運んで、ベンチに座ってぼんやり過ごすのも良し。
利用が許されているなら、屋上や屋外階段も選択肢です。
外の空気に触れたり空を眺めたりすれば、だんだん感情が落ち着いてきて余裕が戻ってきます。
解放感のあふれるところに行けば、開放的な気分になること間違いなし。
一度その場から離れることで、心がリセットされ、すぐ落ち着きを取り戻せるのです。
「もう我慢できない!」
コントロールができないほど激しい怒りを感じたときはどうすればいいのでしょうか。
「心の引き出し」に収めましょう。
あなたの心には感情を収める引き出しがあります。
コントロールできないとき、無理は禁物です。
無理に向き合おうことも無理に頑張ることもしません。
積極的にクールダウンするのはやめて、ひとまず心の引き出しに入れましょう。
暴れ回って中から飛び出してきそうなら、鍵をかければいい。
保留することになりますが、それでいいのです。
心の引き出しに入れておけば、いったん忘れることができ、冷却期間をつくれます。
トラブルは、保留しても変わらなかったり逆に悪化したりしますが、感情においてはプラスに働きます。
心の引き出しに入れて保留すると、ゆっくり解決に向かっていきます。
だんだん怒りの感情が静まっていき、心が落ち着いていき、そして普段の自分を取り戻せるのです。
また心の引き出しに入れることで、しばらく感情と向き合う必要もなくなり、気持ちの切り替えもスムーズになります。
再び心の引き出しを開けたとき、あれほど強かった怒りの感情が、魔法のように消えてなくなっているのです。
今は、情報社会といわれています。
インターネットができたおかげで、世界中の情報が手に入るようになりました。
携帯電話ができたおかげで、どこでも情報が入手できるようになりました。
ブログが発達したおかげで、誰でも情報を発信できるようになりました。
どこに行っても、情報だらけです。
情報は今も、爆発的に増え続けています。
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これも1つの出会いと思いませんか。
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この文章だけでなく、あなたが生活で目にする情報すべて、貴重だと思うのです。
雑誌で立ち読みした文章も、新聞で読んだ文章も、出会いです。
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残念ながら、その文章を読んだ後、今後一生、読むことはないでしょう。
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あなたが読んで、もう二度と読むことのない文章かもしれないのです。
貴重であると思いながら、じっくり読んでください。
情報の一期一会に感謝すると、記憶力が上がった状態で文章が読めるようになります。
情報が氾濫する今の時代、触れる文章すべてが、一期一会です。
おそらくこの文章も、最初で最後の可能性が大変高いでしょう。
だから、読んだらどうか忘れないでほしい。
さっき出会いましたが、もうお別れの時間です。
ありがとうございました。
本は、気力の塊です。
作家の気持ちがたくさん込められています。
本を読むと、作家の訴えが伝わるため、胸が熱くなったりやる気が出たりするのです。
さて、本を読んでやる気が出たときが大切です。
本を読んでやる気が出れば、すぐ実行してほしい。
明日でもいいですが、できれば今すぐです。
本を読み終わってからと言わず、読んでいる途中でもいいですから、行動に移しましょう。
「明日から行動しよう」と思っても、明日になると、やる気が失われているでしょう。
やる気は生ものです。
「思ったより失われやすい」と考えたほうがいいでしょう。
行動は、気持ちが熱いうちにするのが正解です。
やる気は、出た瞬間がいちばん熱い状態です。
いつもできないことが、今ならできるはずです。
その瞬間を、大事にしてほしいのです。
何事も、第一歩がいちばん大変です。
第一歩は、やる気が起こった瞬間に行動すれば、うまく踏み出せます。
一度経験ができれば、2回目や3回目の行動もしやすくなります。
勢いがあるうちに行動を繰り返し、体に染みつかせ、習慣にさせていきましょう。
読者の生活を改善させ、幸せに導くのが作家の仕事です。
そうなれるように、今日も私は頑張っています。