マナーや言葉遣いが悪い人は、必ずどこかでつまずきます。
芸能界で長く活躍している人たちは、必ずマナーと言葉遣いを身につけています。
マナーや言葉遣いが悪い人がいれば、遅かれ早かれ消えるのが運命です。
ある芸能人が、SNSで暴言を投稿したため、炎上することになりました。
もちろん暴言は誰にでもあることですが、その暴言が一発アウトの一言だったのです。
後日釈明文を出しましたが、そこにも致命的な誤りがありました。
嫌いな人はいてもいいのです。
人間ですから、嫌いな人がいるのは自然なことです。
まったく相性が合わない人もいれば、生理的に受け付けない人もいるでしょう。
相手の話にかぶせて話す癖がある人を見かけることがあります。
こちらはまだ話している途中なのに、相手が話をかぶせて話し始めるのです。
少なくとも良い印象は受けません。
学校行事で大勢の子どもたちがテーマパークに行く様子を見たとき「学徒出陣」と表現する人がいます。
言わんとしていることはわかるのです。
教職員のもと、児童や学生が集団で参加している様子は、勇ましく出陣する光景に見えなくもありません。
家事や子育てに協力しているにもかかわらず、妻から嫌われてしまう夫がいます。
「きちんと家事に協力しています。子育てにも参加しています。なのに、なぜか妻がいつも怒っているのです」
そんな夫の多くは「言い方」に問題があるのです。
グループでおしゃべりを楽しむときに注意したいのは「内輪ネタ」です。
内輪ネタは、事情を知っている人同士であれば盛り上がります。
「ああ、あれね」とすぐわかり、どっと笑いが生まれるのです。
相手から同じ話を聞くことがあります。
同じことを繰り返されると、おやっと思います。
そんなとき「それ、前にも聞いたよ」と言っていませんか。
人と食事に行っているのに、スマホに夢中になっているグループを見かけます。
注文するときはメニューを見るのですが、問題はその後です。
料理が来るのを待っている間、スマホを触り続けます。
レストランで足を組みながら、食事をしている人がいます。
たしかに楽な姿勢になりたいときは、つい足を組みたくなるものです。
緊張がほぐれたり、リラックスできたりしていいかもしれませんが、レストランでは注意が必要です。
独り言は言ってもいいのです。
独り言を言うのは気持ちがいいものです。
相手がいなくても、しゃべれます。
日常で耳にイヤホンを装着することがあるでしょう。
イヤホンがあれば、運動中でも移動中でも音楽を楽しめます。
周囲の音が消え、音楽の世界に入り込めるのです。
「初めてビジネスクラスに乗ったよ」と嬉しそうに話す人がいました。
今まで飛行機はエコノミークラスしか乗ったことがなかったようで、ついに人生初のビジネスクラスを体験したようです。
「座席が広くて快適だった」「乗り心地も最高だった」「サービスも良かった」と、にこにこしながら話しています。
バスや電車では、乗ってすぐ立ち止まる人がいます。
これはぎりぎりで乗車できた人によく見られます。
乗りたいのは自分だけではありません。
冬場の電車で、ときどき気になる乗客を見かけます。
コートの裾を広げて座っている乗客です。
所定の位置に座ってはいるのですが、コートの裾が横にはみ出ているのです。
肯定・理解・同意の言葉を「二度」繰り返す人がいます。
「はい、はい」
「わかった、わかった」
過去の失敗を武勇伝のように話す人がいます。
「私は学生時代、反抗的な生徒だった。先生からよく叱られていた。学内では『問題児』と呼ばれていた」
「新人時代の自分は、自意識過剰で偉そうだった。いつも上司を困らせていた。トラブルメーカーと思われていたに違いない」
飲食店で、荷物入れがあるにもかかわらず、隣の席に荷物を置く人がいます。
荷物入れがなくて隣の席に荷物を置くなら、まだわかるのです。
ほかに置くところがありません。
ビジネスにおいて遅刻が厳禁なのは言うまでもありません。
約束の時間に遅れるのは、相手を待たせることになり、大きな減点となります。
「時間にルーズな人」「約束を守れない人」といった印象を与え、信用を失うことにもつながります。
まだ出発していないのに「今向かっています」と言う人がいます。
実際はまだ家にいます。
寝坊をして、準備が遅くなりました。
むっとしたとき、舌打ちをする人がいます。
一瞬の音で響き続けるではありません。
小さな音でうるさいわけでもありません。
相手を呼ぶとき、相手の体にタッチする人がいます。
よく見かけるのは、肩をとんとん叩いて気づかせるというものです。
もちろん打ち解けた関係であればいいのです。
クレームは言っていいのです。
言ったほうがいいのです。
気になる点があれば「ちょっとおかしんじゃない?」と一言言いたくなるもの。
狭い路地で人混みに遭遇することがあります。
人混みを避けるのが難しく、前に進みたいので道をあけてほしいときがあります。
このとき「どいて」という言い方をする人がいます。
美術館に行くと、シンプルな絵や抽象画を目にすることがあります。
そうした絵を見て「これくらい誰でも描ける」と言わないことです。
これは配慮に欠けた発言です。
イメージアップの強い味方。
それは「加工アプリ」です。
スマホのアプリが進化によって、自撮りの加工は定番となりました。
お願いです。
多目的トイレを掃除するときでも「清掃中」の札を立てるか、鍵を閉めるかしてほしいのです。
レストランによっては多目的トイレが設置されています。
品性に影響するポイントの1つ。
それが「くしゃみ」です。
あなたはどんなくしゃみをしていますか。
こちらが見送りを断っているにもかかわらず、強引に見送ろうとする人がいます。
「お見送りは結構です。本当に大丈夫ですから」と言うのですが、なかなか聞き入れてもらえません。
「いえいえ、せっかく来ていただいたのでお見送りします!」と、表まで見送ろうとするのです。
私たちは、能力や身体的な特徴を親から遺伝します。
肌質、髪の毛、目の色、体質、性格などいろいろあります。
嬉しい遺伝ばかりではなく、なかには気に入らない遺伝があるでしょう。
マナーや言葉遣いが悪い人は、必ずどこかでつまずきます。
芸能界で長く活躍している人たちは、必ずマナーと言葉遣いを身につけています。
マナーや言葉遣いが悪い人がいれば、遅かれ早かれ消えるのが運命です。
最初は個性的な人物として取り上げられていても、しばらくすると消えてしまいます。
周りから「一緒に仕事をしたくない」と思われ、マイナスの力学が働くのです。
舞台や映画の世界でもそうです。
演技やルックスが良くても、マナーと言葉遣いが悪いとアウトです。
長く活躍し続けている俳優さんは、どの人もマナーと言葉遣いを身につけています。
活躍しているからマナーや言葉遣いが良くなったのではありません
マナーや言葉遣いが良いから活躍できているのです。
マナーや言葉遣いは、人間関係の基本であり、潤滑油です。
マナーや言葉遣いが良い人は、一緒にいて快適で安心できるので「ぜひ今後も仕事をお願いしたい」となります。
マナーや言葉遣いが悪い人は、一緒にいて不快で安心できないので「もう一緒に仕事をしたくない」となります。
ビジネスの世界でも、マナーや言葉遣いは欠かせません。
マナーや言葉遣いが悪いと、職場の人間関係は悪くなります。
顧客や取引先との関係にもひびが入ります。
「マナーがなくても生きていける。言葉遣いが悪くてもコミュニケーションは取れる」と思っているなら誤解です。
むしろマナーや言葉遣いほど大切なことはありません。
マナーや言葉遣いは、学歴以上に大切なものです。
完璧なマナーや言葉遣いとなると大変ですが、少なくとも最低限のマナーと言葉遣いは身につけておいて損はありません。
社会は人間関係で成り立っています。
円滑な人間関係を構築するためにも、マナーや言葉遣いは欠かせません。
人間関係では、一にも二にも、マナーと言葉遣いがものを言うのです。
ある芸能人が、SNSで暴言を投稿したため、炎上することになりました。
もちろん暴言は誰にでもあることですが、その暴言が一発アウトの一言だったのです。
後日釈明文を出しましたが、そこにも致命的な誤りがありました。
謝罪文に苦しい言い訳が含まれていました。
謝罪するときは、言い訳をしないのが鉄則です。
ただでさえ言い訳はNGですが、そこに取って付けたような下手な言い訳があり誠実さが見られず、火に油を注ぐこととなりました。
大炎上が止まらず、結局その人は、芸能界活動を休止することとなったのです。
謝罪するときには、余計な言い訳はせず、全力で「ごめんなさい」をすることに尽きます。
素直に謝罪をして、自分の非を認めるだけにするのが得策です。
言い訳をすると、保身の印象を与えてしまい、火に油を注ぐことになりかねません。
取って付けたような言い訳をしたところで、相手に嘘と見抜かれ、ますます悪印象となるのです。
自分は大丈夫と思っていても油断はできません。
遅刻をしたとき「遅くなってすみません。電車が遅れてて……」と言い訳をする人。
忘れ物をしたとき「すみません。寝不足で朝ばたばたしてまして……」と言い訳をする人。
仕事でミスがあったとき「申し訳ございません。ちょっと疲れがたまっていて……」と言い訳をする人。
心当たりを感じる人も多いのではないでしょうか。
頭ではわかっていても、いざ謝罪の場となると、つい言い訳をしていることがあるものです。
口癖になっていたり油断があったりなど、気づかないうちに言っていることがあります。
トラブルのときは気が動転して、いっぱいいっぱいになっていることが多いもの。
振り返ってみることが大切です。
謝罪文を提出しなければいけないこともあるでしょう。
書いてすぐ提出するのではなく、一晩置くのが得策です。
夜に書いたり興奮した状態だったりすると、冷静に内容をチェックできないことが多い。
一晩置いて頭を冷やすと、違和感のあるところに気づけます。
また提出前、信頼できる人にチェックしてもらうことも有効です。
ほかの人にチェックしてもらうことは大事です。
余計な文言が含まれているなら、指摘してもらえます。
冷静に判断できる自信がないなら、冷静に判断できる人にお願いすれば、ダブルチェックとなってミスの防止につながるのです。
嫌いな人はいてもいいのです。
人間ですから、嫌いな人がいるのは自然なことです。
まったく相性が合わない人もいれば、生理的に受け付けない人もいるでしょう。
心から苦手で仕方ない人がいるものです。
それは仕方ありません。
もちろん好ましくないのは事実ですが、だからといって無理やり好きになるのは難しい。
嫌いな人がいることは、悪いことでもマナー違反でもありません。
「どうしても仲良くするのは無理」という人がいるのは、自然なことであり仕方のないことです。
嫌いな人を無理やり好きになる必要もありません。
無理やり好きになろうとしてもストレスがたまるだけ。
嫌いな人が少ないに越したことはありませんが、だからといってゼロにしなければいけないわけではありません。
嫌いな人はいてもいいし、何人いてもかまいません。
では、何がいけないのか。
嫌いな人の悪口を言うのがいけないのです。
嫌いな人がいるのはかまいません。
ただし、嫌いな人の悪口は言うのはNGです。
それぞれ似ていますが、意味は全然違います。
悪口を言うと、相手を攻撃したことになります。
これは良くありません。
悪口を聞いた人は、本人であれ第三者であれ、不快に感じます。
相手の耳に入れば、ますます険悪な関係となります。
本人の耳には入らないと思うかもしれませんが、実際はわかりません。
思わぬルートから人づてで伝わることは少なくありません。
悪口を言うと、自分のイメージも下げてしまいます。
「悪口を言う人」として認定され「油断すると、私も悪口を言われるのではないか」と警戒されるでしょう。
悪口の言えば言うほど、見苦しい姿をさらすことになり、自分のイメージが悪くなります。
近づきがたい雰囲気が出て、どんどん人が去っていくでしょう。
悪口を言うと、自分の心も表情も悪くなります。
自分の口から発した汚い言葉を自分が聞くことになり、心に悪影響を与え、醜い表情が染みつきます。
「嫌いな人がいること」と「嫌いな人の悪口を言うこと」は大きく意味が異なっていて、天と地ほどの差があります。
嫌いな人がいるのは仕方ありませんが、口から発する言葉は自分でコントロールできることです。
嫌いな人はいてもいいですが、嫌いな人の悪口だけは言わないように注意しましょう。
相手の話にかぶせて話す癖がある人を見かけることがあります。
こちらはまだ話している途中なのに、相手が話をかぶせて話し始めるのです。
少なくとも良い印象は受けません。
意外と偉い人でも、話にかぶせて話す人を見かけます。
癖になっていて、本人も気づいていないのです。
誰でも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
相手の話にかぶせて話す癖は、なかなか人から指摘されません。
なかなか指摘されないから、いつまでも続けてしまいます。
いつの間にか人に不快感を与えてしまい、相手から距離を置かれるのです。
相手の話にかぶせて話す癖があるなら、今すぐ直すことをおすすめします。
悪印象はあっても、好印象はありません。
自分の話し方を振り返ってみて、思い当たる節があるなら今すぐ改善です。
話の途中で相手の言いたいことがわかって、早く返事したいこともあるかもしれません。
結論を先読みするのが得意な人もいれば、せっかちな性格で「さっさと会話を前に進めたい」ということもあるでしょう。
そうだとしても、相手の話が終わってから話し始めるのがいいのです。
相手の話がぐだぐだしていてなかなか終わらないときもあるかもしれません。
それでも根気よく傾聴を貫くほうがいい。
きちんと相手が話し終わってから話し始めるのが得策です。
相手の話にかぶせて話すのはやめ、相手の話を聞き終えてから自分の話をします。
このとき心がけたいプラスアルファの工夫があります。
できれば、一呼吸置いてから自分の話を話し始めると、なお好印象です。
相手が話し終わってすぐ返事をするより、一呼吸置いてから返事をします。
こうすることで会話に適度な落ち着きが生まれ、穏やかな会話を実現できます。
これが聞き上手の話し方です。
議論や討論をするときは特に有効です。
会話は気持ちよく進めたいものです。
学校行事で大勢の子どもたちがテーマパークに行く様子を見たとき「学徒出陣」と表現する人がいます。
言わんとしていることはわかるのです。
教職員のもと、児童や学生が集団で参加している様子は、勇ましく出陣する光景に見えなくもありません。
しかし「学徒出陣」という言葉を軽々しく使うのは要注意です。
もともと学徒出陣という言葉は、太平洋戦争の時代、大学生や専門学校の学生が兵役に繰り入れられたときの言葉です。
戦局の悪化に伴って、それまで学生に許されていた徴兵猶予が停止され、ついに子どもたちまで戦争に駆り立てた過去があります。
そこにポジティブなニュアンスはありません。
兵役に就かされただけでなく、命を落とした学生も大勢いるのです。
言葉が生まれた背景を理解していれば、学徒出陣という言葉は安易に使ってはいけないとわかります。
うかつに使うと、下品に聞こえたり道徳心が欠けた印象を与えたりするでしょう。
人からむっとされ、不要なトラブルを招くこともあります。
「飯テロ」という言葉があります。
第三者の食欲を刺激する行為として使われるスラング表現です。
こちらも言わんとしていることはわかります。
食べるのを我慢している人の前で、おいしそうな料理の写真や動画が現れると、食欲が無性に刺激されるでしょう。
空腹やダイエット中の人からすると、我慢が特別苦しく感じられ「やめてくれ!」と叫びたくなるもの。
しかしこの「飯テロ」という言葉も、揶揄するとはいえ、軽々しく使うのは要注意です。
テロという言葉は「テロリズム」の略語です。
テロリズムとは、政治目的のために、暗殺・暴力・破壊活動などの恐怖手段に訴えることをいいます。
つまり、犯罪行為を意味する言葉です。
世界では戦争や紛争が絶えません。
今テロに苦しむ人もいれば、テロで亡くなった人も大勢います。
そうした事情を知っていれば、何かを揶揄するとはいえ、軽々しく使うのはやめておくほうが良いとわかります。
テロという言葉を軽く使っていると、周りから引かれてしまうことがあるのです。
「そんなつもりで言ったわけではない」と弁解しても、口にした後では手遅れというケースがあります。
何かを揶揄するために使いたい言葉があるとき、本当に使っていい言葉なのか考えることです。
「下品ではないか」「不謹慎ではないか」「道徳心に欠けているのではないか」と考えてみましょう。
危ないかなと思ったら、口に出さないのが賢明です。
家事や子育てに協力しているにもかかわらず、妻から嫌われてしまう夫がいます。
「きちんと家事に協力しています。子育てにも参加しています。なのに、なぜか妻がいつも怒っているのです」
そんな夫の多くは「言い方」に問題があるのです。
よく耳にするのが「手伝ってあげる」「何か手伝ってあげようか」といった言い方です。
この一言に、妻はかちんとくるのです。
他人事のような響きがあるからです。
「家事や育児は妻がやるもの。夫はあくまで補佐にすぎない」といったニュアンスが感じられます。
さらには「俺は気が利くだろ」「手伝う俺は優しいだろ」「俺はイクメンだろ」といった押し付けがましさまで漂います。
家事や子育ては本来、夫婦で協力して行うものです。
共働きの家庭であれば、家事は夫婦共通の仕事です。
子育ても、自分の子どもなのですから、協力することが必要です。
それにもかかわらず、他人事のような物言いをされれば、妻は腹を立てるのも当然です。
「手伝ってあげる」という言い方はおかしいのです。
せっかく協力していても、言い方ひとつで、妻を不機嫌にさせてしまうのです。
では、どうすればいいのでしょうか。
答えは簡単です。
気づいたら、何も言わず、さっと動くことです。
洗い物があるなら、さっと動いて、自分がやります。
洗濯物が乾いているなら、取り込んで畳みます。
子どもが泣き始めたら、すぐあやします。
その自然な行動がいちばん伝わります。
何か一言言うにしても「○○してあげよう」という言い方はせず「○○する」という言い方をします。
「僕がお皿を洗うよ」
「洗濯物を取り込んでおくよ。畳んでおくよ」
「これから買い物に行くけど、ついでに買っておくものはある?」
そのうえで感謝や労いの一言も忘れません。
「いつも頑張ってくれてありがとう。おかげで助かっているよ」
こうした言い方をすれば、妻が不機嫌になることはありません。
夫の協力を素直に喜んでくれるのです。
グループでおしゃべりを楽しむときに注意したいのは「内輪ネタ」です。
内輪ネタは、事情を知っている人同士であれば盛り上がります。
「ああ、あれね」とすぐわかり、どっと笑いが生まれるのです。
しかし、それを知らない人にとっては意味がわかりません。
頭にクエスチョンマークが点滅するばかりとなります。
内輪ネタは、禁句ではありませんが、会話では注意が必要なのです。
会話下手な人は、周りに誰がいようとお構いなく、内輪ネタを話します。
自分たちは話も盛り上がっているし、雰囲気も明るいから、それで良いと思っています。
「自分たちさえ楽しければ良い」という考えになっているのです。
しかし、事情を知らない人からすると、疎外感を覚えます。
内輪ネタは、それを知らない人にとってはちんぷんかんぷんで、話についていけません。
置いてけぼりにされたような感覚になります。
知っている人同士は話が盛り上がって楽しいですが、知らない人は面白くも何ともありません。
むしろ仲間外れにされているような気がして、寂しい気持ちになるのです。
一方、会話上手な人は、内輪ネタに注意します。
グルーブで会話するとき、できるだけ内輪ネタは話しません。
もし話すのなら、事情を知らない人のために補足説明を添えます。
「こういう事情があってね」「こういう背景があってね」と補足説明があれば、知らない人でも話についていけます。
仲間外れにされている感覚もありません。
内輪ネタでもうなずけるようになり、みんなで笑いを共有できるのです。
相手から同じ話を聞くことがあります。
同じことを繰り返されると、おやっと思います。
そんなとき「それ、前にも聞いたよ」と言っていませんか。
たしかに間違ってはいません。
前にも聞いた話だから「前にも聞いた」と当たり前に言っているだけで、普通のリアクションです。
同じ話を繰り返されると、時間の無駄のように感じることがあるもの。
相手の話を遮るように、ぴしゃりと言うのです。
しかし「それ、前にも聞いたよ」と言うと、相手はあまり良い気分がしません。
「何度も同じ話をしないでほしい」というニュアンスに聞こえます。
「前に話したことを覚えていないの?」と、記憶力の悪さを責められているように聞こえます。
少なくとも良い印象はない一言です。
悪気はなくても、むっとしているような印象を与えてしまい、相手は萎縮します。
「それ、前も聞いたよ」と言うと、相手はストレスを感じてしまい、嫌な空気が漂うのです。
相手は悪気があって、同じ話を繰り返しているわけではありません。
以前に話したことを忘れているだけかもしれません。
人間ですから、うっかり忘れることはあります。
年配者の方であればなおさらで、誰でも年をとれば記憶力が低下するのは当然です。
あるいは、単に同じ話をもう一度聞いてもらいたいのかもしれません。
嬉しい話は何度も話したくなるものです。
あなたも、以前に話したという認識はあっても、もう一度話したくなることがあるでしょう。
だから話を遮るようなことは言わないのです。
コミュニケーションの空気は、一言で変わります。
「それ、前にも聞いたよ」の一言は、事実でも、言わないほうがいいセリフです。
では、どう答えるのがいいのでしょうか。
基本は、普通の返事を心がけることです。
「なるほど」
「そうなんですね」
「教えてくれてありがとう」
あたかも初めて聞く話であるかのような受け答えがベストです。
話を遮らず、うんうんうなずきながら聞きます。
そうすれば、話はスムーズに進みます。
これは、同じ話をされるのが3回目4回目でも同じです。
少し根気はいるかもしれませんが、難しいことはないはずです。
相手は悪気があって、繰り返し言っているわけではありません。
確認のために言ってくれていると思えばいいことです。
同じ話をしていることを、さりげなく相手に気づかせたいこともあるでしょう。
そんなときは「前にお話しくださった○○のことですね。△△になったんですよね」とすでに知っていることを優しく言ってみます。
言い方に注意しながら、話の展開を先回りして話してみると「そうそう、それそれ」となるでしょう。
相手は「すでに話したことでしたね」と気づいてくれ、上手に話の流れを変えられます。
これが、気持ちの良いコミュニケーションです。
場の空気を壊すことなく、相手と気持ちよく話を続けられるのです。
人と食事に行っているのに、スマホに夢中になっているグループを見かけます。
注文するときはメニューを見るのですが、問題はその後です。
料理が来るのを待っている間、スマホを触り続けます。
食事中もスマホから手を離しません。
スマホとにらめっこの状態で、終始会話がありません。
SNSやゲームに没頭しているのです。
1人で食事に行っているなら、スマホを触るのもまだわかります。
料理が来るまで手持ち無沙汰なので、時間つぶしでスマホを触ることもあるでしょう。
しかし、せっかく人と食事に行っているのに、会話もせず、スマホばかり触っているのは考えものです。
それでは人と食事に行っている意味がありません。
まず相手に失礼です。
目の前の人を無視していることになります。
「あなたと会話するより、スマホと向き合っているほうがましだ。スマホのほうが楽しい」と言っているようなものです。
友人と食事に行ったとき、まったく会話がなく、相手がスマホばかり触っていると、よそよそしい時間が過ぎます。
デートのとき、恋人が食事中ずっとスマホを触っていて会話がないと、興ざめです。
「私たち、一緒にいる意味がないね」となり、やがてそのカップルは破局を迎えるでしょう。
楽しく会話しながら2人でつくる未来が描けないのです。
人と食事に行くときの楽しみは何でしょうか。
半分は「料理を楽しむこと」にあります。
もう半分は「会話を楽しむこと」にあります。
会話をしながら食事をすることで、料理はますますおいしくなります。
一緒に食事をすると打ち解けた雰囲気になり、会話が弾みやすくなります。
楽しい時間を共有することで、お互いの関係が深まっていくのです。
一緒に食事をすればいいというものではありません。
会話をしながら食事を楽しむことに意味があるのです。
黙々と食べたいなら、1人で食事に行くことです。
人と食事に行っているときくらいは、できるだけスマホは控え、会話を楽しむことが大切です。
スマホが気になっても、あえて触らないようにしましょう。
料理を楽しむのはもちろんですが、会話も楽しみましょう。
それが人と食事に行くときのマナーです。
たわいもない会話でかまいません。
一緒に「おいしいね」と言い合うのがいいのです。
食事をしながらだと会話を弾みやすくなるうえ、目の前の料理も、よりおいしく感じられるのです。
レストランで足を組みながら、食事をしている人がいます。
たしかに楽な姿勢になりたいときは、つい足を組みたくなるものです。
緊張がほぐれたり、リラックスできたりしていいかもしれませんが、レストランでは注意が必要です。
食事の際は、足を組まないのがマナーです。
「態度が悪い」「品がない」という問題もありますが、それだけではありません。
レストランでは、周りに他のお客さんもいます。
テーブルの下とはいえ、他のお客さんからはよく見えるものです。
靴の裏は泥や汚れが付着していて、不衛生な部分です。
そんな靴の裏が、足を組んだとき目に入ると、誰でも気分が良くありません。
ちらっと見えるだけでも、悪印象となります。
自分は足が楽になっていいかもしれませんが、他のお客さんからは自然と目に入り、せっかくのおいしい食事が台無しになるのです。
レストランで食事をするとき、足を組むのは控えておくのがいいでしょう。
他者への配慮を忘れないようにしたい。
日頃から足を組む癖がある人は、食事のときもつい出やすいため、要注意です。
きちんと両足をつけて食事をするのが、最も態度が良く、上品です。
姿勢が美しく見えるうえ、落ち着いた印象も与えるのです。
独り言は言ってもいいのです。
独り言を言うのは気持ちがいいものです。
相手がいなくても、しゃべれます。
誰でも声を出したいときがあるもの。
ふと思ったことを口に出すことで、不安を吐き出せたり、頭の中が整理できたりする効果があるのも事実です。
口に出すことで意識が高まり、ど忘れの防止にも役立ちます。
独り言を言うのはいいのです。
独り言を言うこと自体は、マナー違反ではありません。
ただし、独り言を言うなら、心がけておきたいことがあります。
周りに人がいない場所を選びましょう。
周りに人がいる場所で、ぶつぶつ独り言をつぶやくのは、イエローカードです。
周りの人は、そばで声がすると、そちらに注意が向いて気になってしまい、集中力が奪われます。
特に「ネガティブな独り言」は、負の感情が含まれているため、聞いていて気持ちのいいものではありません。
「なんで?」
「むかつくなあ」
「勘弁してよ」
「何だよ、これ」
「ああ、いらいらする」
周りの人は「私に言っているのかな? 何か悪いことをしたかなあ?」と不安になります。
言う人は気持ちいいかもしれませんが、聞かされるほうはストレスです。
ネガティブな独り言にはとげがあるので、聞かされているほうは、自分のことでないとわかっていても、精神を削られます。
独り言は、心の声が口に出た言葉です。
心の声だからこそ、周りの人が聞くとどきっとします。
何気ない自分の独り言が、いつの間にか周りに迷惑をかけていることがあるのです。
独り言は言ってもいいのですが、周りに人がいない場所を選ぶのが最低限の配慮です。
驚き・喜び・感動で思わず口から漏れることがあるのは別として、人前での露骨な独り言は避けるのがマナーです。
日常で耳にイヤホンを装着することがあるでしょう。
イヤホンがあれば、運動中でも移動中でも音楽を楽しめます。
周囲の音が消え、音楽の世界に入り込めるのです。
そんなイヤホンですが、気になる光景を目にすることがあります。
イヤホンをしたまま、レジの前に立つお客さんがいます。
レジでは、できるだけイヤホンを外すようにしましょう。
両方を外すのが手間なら、片方を外すだけでもかまいません。
店員さんは、イヤホンをしたままのお客さんにストレスを感じています。
店員さんが「レジ袋はどうなさいますか」と聞くと、たいていお客さんは「えっ?!」という反応を返します。
イヤホンをしているので、きちんと声を聞き取れないのです。
そのたびに店員さんはもう一度言わなければならず、二度手間になってストレスを感じます。
「イヤホンをしたままのお客さんに、店員さんの7割以上がストレスを感じている」というデータもあります。
レジ袋のことを聞かれるのはわかっているから、うまく返事をすればいいと思うこともあるかもしれません。
ここも落とし穴です。
声がけの内容は、レジ袋に関することとは限りません。
お箸をつけるか聞かれることもあるでしょう。
ポイントカードを持っているか聞いているのかもしれません。
お金が足りないことを伝えているのかもしれません。
イヤホンをしているお客さんの場合、やはりうまく聞き取れません。
「えっ、何ですか?」と聞き返され、やりとりがスムーズにいかないことが多くなるのです。
「店員の声が聞こえていれば問題ない」と思うこともあるかもしれません。
イヤホンによっては、耳をふさがないタイプや、外音を取り込めるタイプもあります。
周囲の音を聞き取れるので外さなくてもいいだろうと思う人もいるでしょう。
それでもできるだけ外すようにしたい。
イヤホンを外すことは「あなたの話を聞いています」という意思表示になります。
店員さんを人として認識し、きちんとコミュニケーションの姿勢を見せることになるのです。
決められたルールではありませんが、できるだけ店員さんの立場で考えるようにしましょう。
どうしてもイヤホンをしたままでいたいなら、セルフレジを利用しましょう。
有人レジの場合、周囲の音が聞こえていたとしても、イヤホンを外すのがマナーです。
「初めてビジネスクラスに乗ったよ」と嬉しそうに話す人がいました。
今まで飛行機はエコノミークラスしか乗ったことがなかったようで、ついに人生初のビジネスクラスを体験したようです。
「座席が広くて快適だった」「乗り心地も最高だった」「サービスも良かった」と、にこにこしながら話しています。
ところが、その場にいた1人が「ある一言」を発したことで、場の空気が変わりました。
「でもまだファーストクラスには乗ったことがないんでしょ?」とツッコミを入れるのです。
この一言で、せっかくの雰囲気がぶち壊しです。
初めてビジネスクラスに乗ったのですから、ファーストクラスに乗ったことはあるはずがありません。
その人は今、初めてビジネスクラスに乗ったことを話したいのです。
ちょっと自慢したいのです。
今は「初めてビジネスクラスに乗った」という話で盛り上がっています。
ビジネスクラスに初めて乗った話なので、それで終始すればいいことです。
「でもまだファーストクラスには乗ったことないんでしょ?」と突っ込まれると「まだ乗ったことがない」となります。
「あなたの体験は大したことない。まだ上がありますよ」と言われているような感覚になり、場の空気が悪くなります。
嬉しそうに話す人に余計な水を差さないことです。
これは気づかないうちにやっていることがあります。
嬉しいことや自慢したいことがあって、誰かに話を聞いてもらいたいときがあります。
リッチな体験や非日常的な体験をしたときは、誰かに話を聞いてもらいたいし、ちょっと自慢もしたいもの。
そういうことは誰にでもあります。
「聞いてよ、聞いてよ」と言いたくなるのです。
そんなとき、自分が体験したことより上位の話を持ち出されると、比較されることになり、会話のテンションが下がるのです。
「2級に合格したよ」という話のとき「でもまだ1級は持ってないんでしょ」と言うのも同じです。
「2つ星レストランに行ったよ」という話のとき「でもまだ3つ星レストランには行ったことないんでしょ」と言うのも同じです。
「4つ星のホテルに泊まったよ」という話のとき「でもまだ5つ星のホテルに泊まったことはないんでしょ」と言うのも同じです。
上位の話を持ち出されると、今話していることが低く見えます。
上位の話を出すと、今の話が相対的に低くなります。
やぼなツッコミはしないのが賢明なのです。
うらやましがるようなリアクションを普通にすればいいのです。
「すごいね」「良かったね」「うらやましいなあ」といったリアクションでOK。
上位があるとしても、その話題には触れません。
相手が出した話題に集中して、一緒に喜んであげるのがいちばんなのです。
バスや電車では、乗ってすぐ立ち止まる人がいます。
これはぎりぎりで乗車できた人によく見られます。
乗りたいのは自分だけではありません。
自分の後ろには、ほかにも乗りたい人がいます。
入ってすぐ立ち止まると、後ろにいる人は乗車できません。
自分は乗車できてほっとしているかもしれませんが、後ろにはまだ乗ろうとしている人がいることに気づく必要があります。
ぎりぎりで乗車できたとしても、まだ乗ろうとしている人のことを考え、車内の少し奥まで進むのがマナーです。
スペースが空けば、後ろの人もすっと乗車できるのです。
逆のシチュエーションもあります。
バスや電車から降りたときも、すぐ立ち止まる人がいます。
たとえば、下車直前、スマホに通知があると「おやっ」となり、そちらに気を取られるでしょう。
チェックをしようと下車してすぐ立ち止まります。
これも困るのです。
ドアの前をふさぐことになります。
降りようとしている人がスムーズに降りられません。
スマホをチェックするなら、下車して少し離れた場所に移動してからするのがマナーです。
バスや電車では多くの人が乗り降りします。
公共交通機関では、乗るときも降りるときも、ドア付近で立ち止まらないよう心がけたい。
乗り降りの際は、きちんと人の流れを考えて行動することが大切です。
冬場の電車で、ときどき気になる乗客を見かけます。
コートの裾を広げて座っている乗客です。
所定の位置に座ってはいるのですが、コートの裾が横にはみ出ているのです。
本人は平然としていて、コートがはみ出ていることに気づいていません。
コートの裾が広がっていると、1.3人分くらいの幅を取っていることになります。
これが何とも座りにくいのです。
座るとき、悪気はなくても、お尻で人のコートを踏まざるを得ない状況なのです。
仕方なく座ると、コートの裾をお尻で踏むことになります。
座ってから、迷惑そうにコートを引っ張るしぐさをされると、ストレスを感じます。
「だったらコートの裾を広げて座らないでほしい」と思い、もやもやした感覚になるのです。
長椅子に座るときは、コートが横にはみ出ていないか、注意を向けることが大切です。
電車では、隣にほかの乗客が座ることがあります。
電車の長椅子に座るときは、コートが横に広がらないよう、上手に束ねるようにしましょう。
肯定・理解・同意の言葉を「二度」繰り返す人がいます。
「はい、はい」
「わかった、わかった」
「なるほど、なるほど」
意味は通じます。
しっかり納得したことを伝えたいと、同じ言葉を繰り返すことがあります。
しかし、違和感があることにお気づきでしょうか。
同じ言葉を二度繰り返すことで、軽く受け止めているように聞こえます。
言い方によっては失礼な響きにも聞こえるでしょう。
これが言葉の難しさです。
「はい」は好印象ですが「はい、はい」は悪印象です。
「わかった」は普通に聞こえますが「わかった、わかった」は嫌がっているように聞こえます。
「なるほど」は丁寧に聞こえますが「なるほど、なるほど」は雑に聞こえます。
心当たりのある人も多いのではないでしょうか。
肯定・理解・同意の言葉は、二度繰り返すと、失礼になります。
誤解を招きやすく、相手に不快感を与える可能性があります。
「いつの間にか相手を怒らせていた」ということになりかねません。
言われる側は嫌な印象を受けても、言う側はなかなか気づきにくいもの。
本人に悪気はなくても、聞く側にとっては嫌な感じに聞こえるため、十分な注意が必要です。
同じ言葉を二度繰り返さないことです。
言葉を強調したいと、同じ言葉を二度繰り返したくなりますが、ぐっとこらえましょう。
強調したいなら、一度だけはっきり口にするのが効果的です。
相手の言葉を肯定するときは、一度だけ「はい」と答えます。
相手の言葉を理解したときは、一度だけ「わかった」と答えます。
相手の言葉に同意するときは、一度だけ「なるほど」と深くうなずきます。
最初のうちは物足りなく聞こえるかもしれませんが、慣れることです。
言葉遣いは、あなたの権威と信頼に影響するポイントです。
無駄な言葉がないので、スマートな印象を与えます。
普段から意識して、言葉遣いを直していきましょう。
過去の失敗を武勇伝のように話す人がいます。
「私は学生時代、反抗的な生徒だった。先生からよく叱られていた。学内では『問題児』と呼ばれていた」
「新人時代の自分は、自意識過剰で偉そうだった。いつも上司を困らせていた。トラブルメーカーと思われていたに違いない」
過去の失敗を話すのはいいのです。
失敗のない人はいません。
過ちを犯すことは誰にでもあります。
特に若い時期は、分別のない行動を取ることが目立つでしょう。
若気の至りを経験して大人になっていくものです。
うっかりマナーやモラルに反したことをしてしまい、お叱りを受けることがあるもの。
学生時代や新人時代は未熟な部分が多く、つまらないミスや恥ずかしい失敗をしてしまうことがあるのは仕方ありません。
失敗談は人を引きつけるネタになるので、多くの人に興味を持って聞いてもらえるはずです。
しかし、武勇伝のように話すのは要注意です。
失敗は失敗です。
自慢にはなることではないので、鬼の首を取ったように話すことではありません。
表向きは笑ってくれるかもしれませんが、心では不快に感じているでしょう。
武勇伝のように話すと「この人はまだ反省していない」と判断されます。
冷めた目で見られてしまい、周囲から距離を置かれることになるでしょう。
過去の失敗を、武勇伝のように話すことほど恥ずかしいことはありません。
過去の失敗を話すなら、謙遜しながら話すことです。
失敗は失敗ですから、最低限の羞恥心は必要です。
あくまで失敗ですから、そのことを忘れてはなりません。
素直に過ちを認め、未熟だった過去の自分を恥ずかしいものとして表現します。
そうすれば、過去の失敗でも、笑ってもらえたり、楽しんで聞いてもらえたりできます。
失敗を話すときにも、マナーがあるのです。
飲食店で、荷物入れがあるにもかかわらず、隣の席に荷物を置く人がいます。
荷物入れがなくて隣の席に荷物を置くなら、まだわかるのです。
ほかに置くところがありません。
直接地べたに置くのも抵抗があります。
荷物入れがないなら、隣の席に荷物を置くのもありでしょう。
しかし、荷物入れがあるにもかかわらず、わざわざ隣の席に荷物を置くのは不思議な行動です。
隣の椅子のほうが荷物を置きやすかったり、なんとなく荷物入れが気に入らなかったりするのかもしれません。
荷物入れがあるなら、隣の席が空いていても、きちんと荷物入れを使うほうがいいのです。
お店側が丁寧に用意してくださっています。
荷物入れがあるのは、お店からの「どうぞお荷物はこちらにお入れください」というメッセージです。
荷物入れを用意するにもコストがかかっています。
わざわざ荷物入れがあるのは、それだけお客さんのことを考えている証拠です。
人によっては、椅子の上に荷物を置くことを気にする人もいます。
荷物に荷物入れを入れたほうが、食事にも集中しやすくなるのです。
ビジネスにおいて遅刻が厳禁なのは言うまでもありません。
約束の時間に遅れるのは、相手を待たせることになり、大きな減点となります。
「時間にルーズな人」「約束を守れない人」といった印象を与え、信用を失うことにもつながります。
その後のビジネスにマイナスの影響を与える可能性もあるのです。
遅刻は、社会人として最も注意すべきことの1つです。
では「早い訪問」なら良いのかというと、そうとも言い切れません。
「早すぎる訪問」にも注意が必要です。
たとえば、取引先との打ち合わせを「14時」に予定していたとします。
「早いほうがいいだろう」と思って「13時」に訪問すると、取引先に迷惑をかける可能性があります。
まだ準備ができていないかもしれません。
別の仕事の対応中かもしれません。
準備ができていたとしても、昼休みが終わった直後でタイミングが悪い場合もあるでしょう。
自分の都合だけでなく、相手の都合も考えることが大切です。
「早いほうがいい」と思われがちですが、ビジネスマナーの観点では、早すぎる訪問も配慮が欠けているとされます。
一般的には、約束の30分以上前に訪問するのはマナー違反と判断されます。
早すぎる訪問も、遅刻と同様「時間を守っていないこと」となり、結果的に相手の迷惑となってしまうのです。
では、どのくらいを目安に訪問するのが良いのでしょうか。
一般的には「5~10分前」を心がけるのがベストです。
時間通りの訪問という印象を与えられます。
もし大幅に早く着いてしまったときは、近場のカフェや書店などで時間を調整するのが良いでしょう。
リラックスしているうちに時間を忘れてしまうこともあるので、アラームをセットしておけば安心です。
このマナーは、ビジネスだけでなくプライベートでも意識しておくと良いでしょう。
訪問が早すぎると、相手に迷惑をかけてしまう点は、プライベートでも同じです。
知人宅や親戚宅など、訪問時間を約束している場合は、ビジネスと同様「5~10分前」を心がけるのが理想的です。
ビジネスほど厳密に守る必要はありませんが、意識しておくに越したことはありません。
まだ出発していないのに「今向かっています」と言う人がいます。
実際はまだ家にいます。
寝坊をして、準備が遅くなりました。
「まだ家にいます。今から出発します」と正直に言うと、相手から叱られそうなので、嘘をつくのです。
相手はこちらの様子が見えないので、嘘をついてもばれません。
「今向かっています」と言えば、相手は「じゃあ、もうすぐ着くだろう」と思い、あまり文句を言われません。
もちろん人間なので、つい嘘を言いたくなるときもあるでしょう。
その気持ちはわからなくもありませんが、ここは大切な場面です。
やはり嘘は良くありません。
相手は延々と待たされることになります。
ただでさえ待たせているところを、余計に待たせてしまうことになります。
保身の嘘は、相手のためではなく、自分のためが前提になっています。
こちらの様子は見えないのでばれないように思われますが、誤解です。
保身の嘘は、意外とばれるものです。
「今向かっています」と言ったわりに到着が遅いので、その不自然さから「実はまだ家にいたんだろう」と気づかれるのです。
こういう人は到着するやいなや、言い訳をするのがお決まりです。
「渋滞に遭って」「電車遅延があって」「体調が悪くて」と、謝るより先に言い訳をします。
そして信用を失っていくのです。
日頃から保身の嘘をつくのが習慣になっていると、いずれ大きな失敗を犯します。
そのときはうまくやり過ごせても、いつか仕事のどこかで取り返しのつかない失敗をして、痛い目に遭うのです。
保身の嘘はやめて、正直に言うのがいちばんです。
うまく取り繕いたくなる気持ちもわかりますが、嘘をついてしまうと、ますます相手に迷惑をかけることになります。
寝坊をしたなら「寝坊をした」と正直に伝えるほうが、まだ誠実です。
寝坊は誰でも経験があることなので、必要以上に叱られることはありません。
「今から家を出ます。急いで向かいます」と言えば、相手は時間をつぶす方法を考えられます。
お叱りの言葉は、遅刻した自分へのペナルティーと考えます。
正直に言ってきちんと叱られたほうが、信用が落ちたとしても、傷は浅く済むのです。
むっとしたとき、舌打ちをする人がいます。
一瞬の音で響き続けるではありません。
小さな音でうるさいわけでもありません。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音でしょう。
だからといって油断は禁物です。
舌打ちほど不快な音はありません。
舌打ちの癖があるなら、今すぐやめるようにしましょう。
舌打ちをされて喜ぶ人は1人もいないからです。
舌打ちを好む人は1人もいません。
舌打ちをする本人は、すかっとして気持ちいいかもしれませんが、本人だけです。
舌打ちをすれば、周りに不快感を与えるのは確実です。
周りの人はむっとして不快な気持ちになります。
「舌打ちをする人は苦手」という人はいても「舌打ちをする人が好き」という人はいません。
「チッ」という舌打ちは、音は小さくても不快感は絶大です。
「ばかにされた」「否定された」「見下された」といったネガティブなニュアンスがあり、周りの人を不快にさせます。
たった1回の舌打ちで相手を怒らせ、トラブルを招くことも少なくありません。
舌打ちの癖があると、人とのトラブルを招きやすくなります。
舌打ちをする人は、癖になっていることが大半です。
癖はなかなか自分では気づけません。
過信は禁物です。
自分は大丈夫と思う人でも、一度振り返ってみてください。
「ほとんど舌打ちをすることはない」というケースでも、イエローカードです。
「ほとんどすることはない」ということは「ときどきすることがある」ということです。
舌打ちは、回数が少なければいいという問題ではありません。
舌打ちに許容範囲ではありません。
舌打ちは、1回でもあればNGです。
癖になっていると、勝手に口元が動いて舌打ちをしがちです。
だからこそ意識的に直したい。
舌打ちは、やめたがほういい癖の1つです。
人に好かれたいなら、舌打ちはやめるべきです。
舌打ちほど、人から嫌われる癖はないと言っても過言ではありません。
心当たりがあれば、今すぐ改善が必要です。
明日からと言わず、今から舌打ちをやめましょう。
舌打ちをやめるだけで、確実にトラブルが減ります。
相手を呼ぶとき、相手の体にタッチする人がいます。
よく見かけるのは、肩をとんとん叩いて気づかせるというものです。
もちろん打ち解けた関係であればいいのです。
お互いをよく知っている者同士で気遣いが不要という関係なら、肩を叩いても普通に感じ、嫌な印象もありません。
しかし、初対面の人や関係の浅い人には注意が必要です。
相手が女性なら、不快に感じることがあります。
悪気はなくても、セクハラになる可能性があります。
こちらはそんなつもりはなくても、相手にそう思われることがあります。
気持ちの悪いスキンシップと思われ、嫌がられてしまいます。
マナーは時代によって変わります。
昔はセーフだったことも、今ではアウトということもあります。
今はセクハラに厳しい時代なので、慎重になっておくに越したことはありません。
相手が男性でも油断はできません。
突然体に触れられるとびくっとして、いい気がしません。
直接相手の体に触れるのは、誰でもストレスがあります。
「タッチだからいいだろう」「体に触れたほうがわかりやすい」と思いますが、今の時代ではリスクがあります。
「そんなつもりではなかった」と思っても、相手がどう感じるかが大切です。
相手に気づいてもらいたいときは、声で呼ぶのがマナーです。
相手の名前を知っているなら「○○さん」と言えばいいことです。
名前を知らない人であれば「すみません」の一言を言えば、相手は「私のことかな?」と振り向いてくれます。
なかなか気づいてくれないときは、大きめの声で2度呼べば、たいていは気づいてもらえます。
できるだけ相手にタッチしない方法で気づいてもらうのがスマートです。
クレームは言っていいのです。
言ったほうがいいのです。
気になる点があれば「ちょっとおかしんじゃない?」と一言言いたくなるもの。
「嫌な客と思われそう」「悪質クレーマーと思われそう」と思い、目をつぶることもあるかもしれません。
言いたい気持ちはあるものの、ぐっと我慢することもあるかもしれません。
あまりクレームを言うのも相手に悪いと思ってしまいます。
しかし、クレームだからといって、すべてが嫌な客や悪質クレーマーにつながるわけではありません。
企業にとってクレームは「改善の材料」です。
大いに歓迎されます。
クレームのおかげで商品やサービスの悪い点に気づけ、改善につながるのです。
では、クレームの何がいけないのかというと「言い方」なのです。
クレームを言う場面は、不満があるということもあり、ストレスを感じているタイミングであることが多い。
いらいらが募っていて、時には強い怒りを感じていることも少なくありません。
つい感情が先走って、乱暴な言葉遣いになりやすいのです。
これが良くないのです。
相手も人間です。
いくら相手に非があるとしても、乱暴な言い方が目立つと、相手は反感を覚えるでしょう。
むっとしたり落ち込んだりするものです。
入ったばかりの新人の場合、急に大声でクレームを言われると、大きなショックを受けるはずです。
それはそれでトラブルにつながることがあります。
相手も悪気があってそうしたわけではありません。
気づかないうちにそうなったこともあります。
だからこそ、クレームを言うときは、いっそうの慎重さが求められます。
クレームを伝えるときは、丁寧な態度と言葉遣いを心がけたい。
「少し気になることがあるのですが」
「ちょっとお伝えしたいことがあるのですが」
「ちょっとご相談があるのですがよろしいでしょうか」
まず丁寧な枕ことばから始めます。
そしてできるだけ角の立たないような言い方を心がけるのが得策です。
腰を低くしながら、丁寧にクレームを伝えるのです。
丁寧な態度と言葉遣いがあれば、相手もすんなり受け止められます。
アンケートボックスがあって、クレームを伝えたいこともあるでしょう。
そんなときでも、角が立たないような書き方を心がけることが大切です。
丁寧な文面なら、読んだ人も「なるほど」と受け止めてくれ、すぐ改善してくれます。
狭い路地で人混みに遭遇することがあります。
人混みを避けるのが難しく、前に進みたいので道をあけてほしいときがあります。
このとき「どいて」という言い方をする人がいます。
少し気になる言葉遣いです。
あまり響きのいい言い方ではありません。
若い人が使っていることもあれば、意外と大人が使っているのを見かけることがあります。
「どいて」という言い方は「邪魔です」というニュアンスが含まれます。
悪気はないにしても、少々言い方にとげがあります。
相手は気分を害して、トラブルになる可能性もあるのです。
「どいて」という言い方はトラブルを招きやすいため、控えたほうがいい。
言いそうになっても、喉元でぐっと抑えるのが賢明です。
では、道をあけてほしいとき、どう言えばいいのでしょうか。
「すみません」と一言で十分です。
相手は「道をあけてほしいのだな」とわかってくれます。
こちらに非があるわけではありませんが「すみません」と断りの一言を使ったほうが穏便です。
「すみません」で伝わらなければ「道をあけていただけませんか」「前を通らせてください」という言い方もできます。
人混みにいらいらしていても、丁寧な言い方を心がけましょう。
丁寧な言い方を心がければ、トラブルになることはないのです。
美術館に行くと、シンプルな絵や抽象画を目にすることがあります。
そうした絵を見て「これくらい誰でも描ける」と言わないことです。
これは配慮に欠けた発言です。
その一言は、画家に対してリスペクトがありません。
「私は美術鑑賞に向いていない人間です」と無知をさらしているようなものです。
美術館に収蔵されているからには、それ相応の意味や理由があります。
シンプルな絵や抽象画でも、実は貴重なもので、高額で取引されています。
短時間で仕上げられたように思えても、そこに至るまでには、画家の長い経験と努力の積み重ねが反映されています。
画家の人生が投影されていることも少なくありません。
疑問に思うことはあっても、絵を非難するような発言は控えておくのが賢明です。
誰でも描けると思うなら、自分が描けばいいことです。
いざ描こうとしても、思うようなタッチができません。
もちろん高く評価されることも、高額で売れることもありません。
画家は、その絵を描くことに努力をしています。
繊細な美的センスによって描いています。
表面的には簡単そうに見えても、実際に表現するのは難しい。
シンプルな絵でも抽象画でも、その中に「特有の美」が宿っているのです。
絵の良さを理解できないのなら、余計なことは言いません。
静かに鑑賞するのが、美術鑑賞のマナーです。
イメージアップの強い味方。
それは「加工アプリ」です。
スマホのアプリが進化によって、自撮りの加工は定番となりました。
顔色を明るくできたり、肌につやを与えたり、目の下のくまを隠せたりできます。
シンプルな操作で簡単に盛れます。
やればやるほど、どんどん自分が魅力的になっていくので面白い。
ほくろを消したり顔の輪郭を変えたりするといったことまでできるのですから、すごいとしか言いようがありません。
公に写真を公開するときは、自撮りの加工は欠かせません。
ブログやSNSで自撮り写真をアップする際、加工が当たり前になっている人も多いのではないでしょうか。
そんな自撮り加工を楽しむのはいいのですが、注意しておきたいことがあります。
くれぐれも「やりすぎ」に気をつけましょう。
自撮りの加工は、メイクのように熱が入りやすい傾向があります。
やればやるほど自分が魅力的になっていくので「もっともっと」となります。
顔にはバランスがあります。
1つのパーツを盛れば、ほかのパーツも盛りたくなって止まりません。
顔色を明るくすれば目元も直したくなり、目元を直せば鼻筋も整えたくなり、鼻筋も整えればまた次へと続いていきます。
自撮りの加工は、やりすぎると、別人になります。
実際に会ったとき、がっかりされます。
「原型がない」「別人ではないか」「写真詐欺だ」などと思われても仕方ないのです。
自撮りの加工をやりすぎたせいで、あとから痛い目に遭うアイドルや芸能人は少なくありません。
笑ってしまう話ですが、意外と多いのです。
これは、婚活やマッチングアプリの写真にも言えることです。
魅力的に盛っていた分だけ、会ったときのイメージダウンが大きくなります。
時にマイナスイメージになってしまうことも少なくありません。
自分を魅力的に見せるつもりの自撮り加工が、かえって自分の首を絞めることになるのです。
自撮りの加工はメイクと同じで、やりすぎると逆効果になります。
自撮りを加工するなら、ほどほどを心がけましょう。
目安としては「不自然にならない程度」です。
適当に加工することが、いちばん適当なのです。
お願いです。
多目的トイレを掃除するときでも「清掃中」の札を立てるか、鍵を閉めるかしてほしいのです。
レストランによっては多目的トイレが設置されています。
従業員は、トイレを清掃するとき、男性トイレ・女性トイレのほか、多目的トイレも掃除します。
多目的トイレを掃除するとき「清掃中」の札も立てず鍵も閉めず、そのまま清掃をする人がいます。
用を済ませるわけではないから、別に見られてもいいと思っているのかもしれません。
単なる掃除だし、鍵を閉めるのが面倒と思って鍵を閉めないのかもしれません。
鍵を閉めるのも小さな手間といえるでしょう。
しかし、いくらトイレ掃除で見られてもいいとはいえ、鍵を閉めないのはいかがなものでしょうか。
鍵を閉めておかないと、たまたま入った人は驚きます。
「清掃中」の札がないと、掃除中であることがわからず、鍵が空いたままだと、普通にドアを開けられます。
ドアを開けた瞬間、中に人がいると、どきっとします。
用を足している人を見てしまったと思う人もいるかもしれません。
反射的に「すみません」と謝ってしまいます。
別に見られてもいいとはいえ、たまたま入った人を驚かせてしまうのです。
多目的トイレを掃除するときでも、きちんと鍵を閉めます。
鍵をかけないなら、せめてトイレの扉の前に「清掃中」の札を立ててほしい。
別に見られてもいいという問題ではありません。
人を驚かせないためのマナーなのです。
品性に影響するポイントの1つ。
それが「くしゃみ」です。
あなたはどんなくしゃみをしていますか。
生理現象のため、むずむずした違和感に任せてくしゃみをする人も多いもの。
だからこそ注意が必要です。
むずむずをした違和感に任せるとはいえ、できるだけ周りの迷惑にならない配慮が必要です。
くしゃみには個人差があります。
手で口元を押さえながら「くしゅん」という小さなくしゃみならいいのです。
くしゃみとはいえ、うるさいほどではありません。
口元を押さえる様子から、できるだけ迷惑にならない配慮も感じられます。
「くしゅん」という小さなくしゃみは「かわいい」と思ってもらえることさえあります。
「くしゅん」というくしゃみの場合はいいのです。
問題は「はくしょん」という大きなくしゃみをする場合です。
「はくしょん!」
むずむずした違和感を発散させようとしているのでしょうか。
「これでもか」というくらい、大きなくしゃみをしている人がいます。
口元を手で押さえることもありません。
口から唾液のしぶきが飛び散っています。
あまりに大きなくしゃみで「わざと大声を出しているのではないか」と思ってしまうほどのボリュームです。
「生理現象だから、大きなくしゃみでも許してもらえるだろう」という油断もあるのかもしれません。
しかし、いくら生理現象とはいえ、これは良くありません。
どんなに上品な人でも、大きなくしゃみをすると台無しです。
うるさいくしゃみは、周りの迷惑になります。
大きなくしゃみは爆弾の爆発音さながらです。
不用意に周りの人を驚かせてしまいます。
周りの人は、不潔な印象を受けてさっと離れていくでしょう。
映画館で大きなくしゃみをされると、観客からひんしゅくを買うのは確実です。
フォーマルなレストランで大きなくしゃみをされると、ロマンチックなムードが壊れます。
「生理現象なのだから仕方ない」ではありません。
「生理現象だからこそ配慮する」が正解です。
もちろんくしゃみは生理現象のため、完全に我慢するのは難しいでしょう。
しかし、くしゃみを我慢できなくても、くしゃみの音を小さくすることなら配慮できるはずです。
くしゃみの音は、小さければ小さいほどいい。
自然に任せてくしゃみをするのではありません。
少しでも小さな音になるよう、くしゃみのしぐさを工夫しましょう。
たとえば、手で口元を抑えたり少しうつむいたりするだけでも、くしゃみの音は小さくなります。
手で口元を押さえていれば、配慮している様子が伝わって、周りから許してもらえるでしょう。
そういう点に気づけるか、そういう配慮ができるかです。
こちらが見送りを断っているにもかかわらず、強引に見送ろうとする人がいます。
「お見送りは結構です。本当に大丈夫ですから」と言うのですが、なかなか聞き入れてもらえません。
「いえいえ、せっかく来ていただいたのでお見送りします!」と、表まで見送ろうとするのです。
たしかに訪問客が帰る際は、見送るのがマナーです。
わざわざ遠いところから足を運んでくれました。
感謝の気持ちを表すためにも、表まで見送るのは望ましいことです。
ただし、例外もあります。
相手から「お見送りは結構です」と言われたときは、そのリクエストを尊重することが大切です。
相手は次の予定があって、急いでいるのかもしれません。
次の新幹線に乗りたくて、小走りをしたいのかもしれません。
強引に見送ろうとすると、それに手間を取られ、動きが遅くなります。
親切のつもりが、かえって相手の迷惑になります。
「見送るのはいいことだ」「見送らないと相手に失礼」という思い込みがあると、こういうことが起こるのです。
「訪問客が帰る際は見送るのがマナー」は、ひとつの原則です。
ただしケース・バイ・ケースであり、絶対ではありません。
マナーも、状況に応じて、マナー違反になることがあります。
自分は善意のつもりだとしても、実際は逆効果になっていることがあります。
相手から「お見送りは結構です」と言われたら、見送りたくても、そのリクエストを尊重しましょう。
私たちは、能力や身体的な特徴を親から遺伝します。
肌質、髪の毛、目の色、体質、性格などいろいろあります。
嬉しい遺伝ばかりではなく、なかには気に入らない遺伝があるでしょう。
病気の遺伝もあるかもしれません。
「遺伝だから親を恨む」と言う人がいます。
嫌な部分が遺伝して、親を恨むことがあるかもしれません。
しかし、これはおかしな話です。
遺伝はどうしようもありません。
親を恨むといいますが、親も好きでその遺伝を持ったわけではありません。
親も、自分の親から遺伝を受け継いでいます。
遺伝は、先祖から受け継いだものです。
自分の意思で自由に変化させたり獲得できたりするものではなく、ランダムな突然変異によるものとされています。
親に責任があるわけではないのです。
気に入らない遺伝でも、親を恨まないことです。
むしろその遺伝と上手に付き合っていくことが大切です。
大切なのは「個性」という考え方です。
肌質も髪の毛も体質も、個性として受け入れると、前向きになれます。
自分ではネガティブだと思っていても、気にしているのは自分だけで、周りは何も思っていないこともあります。
むしろその遺伝を生かすのです。
たとえば、弱い体質であれば、健康管理にしっかり気を配るようになるでしょう。
食生活や運動を心がけることで、結果として長寿につながる可能性もあります。
肌質に悩みがあるなら、スキンケアや生活習慣に力を入れることで、普通の人よりきれいな肌を手に入れる可能性もあります。
また同じ悩みを持つ人の力にもなれるでしょう。
性格が気に入らなくて、悩むこともあるかもしれません。
どんな短所も、裏を返せば、長所になります。
たとえば、神経質な性格は「小さなことに気づける性格」として生かせば、大きな失敗を回避できます。
鈍感な性格であれば「小さなことにこだわらない性格」と思えばいいのです。
人付き合いが苦手なら「1人で行動するのが得意」と思えば、そこから人生を切り開いていけるでしょう。
遺伝は変えられませんが、受け止め方や生かし方を変えることならできます。
親を責めるのではありません。
遺伝をどう生かしていくかに意識を向けましょう。
親から受け継いだ遺伝を否定するのではなく、受け入れて上手に生かすことこそ、賢い生き方です。