昔見た映画でも、今見れば、違う印象を受けることがあります。
物語の展開や結末を知っていても、そのときの立場や年齢が変われば、視点も変わるからです。
『火垂るの墓』という映画があります。
この映画には、14歳の清太と、4歳の節子が登場します。
時代は、太平洋戦争の末期。
2人は、空襲で母親を亡くした後、親戚のおばさんの家に身を寄せて生活をします。
おばさんは、清太や節子に厳しい態度で接します。
小学生のころに鑑賞した私は、おばさんは意地悪だと感じ、清太と節子がかわいそうに思えました。
おばさんの厳しい態度や表情、そして清太と節子の困っている様子から、当時の私はそういう印象を受けたのです。
しかし、年齢を重ねてから再び鑑賞すると、違った印象を受けるようになりました。
「清太は少しわがままじゃないか。プライドが高すぎるのではないか」と思うようになります。
2回目以降の鑑賞のとき気づいたのですが、清太は家事の手伝いをしません。
洗い物をしなかったり、部屋で漫画を読んだり、のんきにオルガンを弾いたりなど、少し自己中心的な振る舞いに気づきます。
周りはお国のために必死で働いていて、生活を切り詰めている時代です。
そんな状況なので、清太たちの自分勝手な振る舞いは少し気になりました。
一方、意地悪に見えた親戚のおばさんも「当時の状況を思えば、厳しい態度になるのも無理はない」と思うようになったのです。
おばさんなりに「清太や節子には立派に育ってほしい」という気持ちがあったからこその厳しさだったのかもしれません。
そして5回目以降の鑑賞となると、さらに違った印象を受けるようになりました。
清太も節子もまだ子どもです。
しっかりしようにも、父は出兵でそばにおらず、母は戦争で亡くして、すでに心は深く傷付いている状態です。
そもそも子どもが子どもらしく振る舞うのは当然のこと。
よくよく考えてみると、清太は14歳で、まさに思春期のど真ん中です。
反抗期を迎えているだろうし、プライドが邪魔して素直な行動ができないのも不思議ではありません。
鑑賞を重ねながらそうした点に気づくうちに、やがて「最終的に一番悪いのは戦争だ」と考えに至ったのです。
そもそも戦争さえなければ、あの悲劇は起きませんでした。
戦争経験者たちが口をそろえて言う「戦争をしてはいけない」という真理はここにあるのです。
立場や年齢が変われば、映画の受け止め方も変わります。
部下を持ったり、親になったり、子を持ったりすれば、感情移入の仕方も変わります。
そして、そこから学べることも変わるのです。
鑑賞したことがある映画でも、年齢を重ねてから再び鑑賞してみる価値があるのです。