現代はネット社会です。
そしてスマホ社会でもあります。
すっかりインターネットが浸透して久しい昨今です。
ネット社会になって久しい昨今です。
ネット社会では、いろいろな情報に一瞬でアクセスできて便利です。
「集合知」という言葉があるように、1人の知識には限界はあっても、多くの人の知識の蓄積によって、より賢く生きられます。
インターネットの特徴の1つは「情報の伝わるスピードが桁違いに速い」ということです。
一言で言えば「一瞬で世界中」なのです。
リアル世界で情報を伝えるなら、口頭手段が一般的です。
SNSで発信することがあるでしょう。
掲示板で書き込みをすることがあるでしょう。
ネットで投稿するときは「二度と消えない」という意識を持つことが大切です。
「ネットは匿名の世界」
そう思っているなら、いま一度考え直したほうがいいでしょう。
ネットの特徴の1つとしてよく挙げられるのは「匿名性」です。
SNSではさまざまなポストが飛び交っています。
「そうそう、そのとおり!」と思ったポストは、反応したくなるものですね。
共感を覚えたポストは「いいね」をしたり、リプライでコミュニケーションを取りたくなったりします。
みんなが「いいね」と褒めたたえるものがあります。
みんなが「いいね」という本や映画、みんなが「いいね」という商品やサービス。
みんなが「いいね」と言っていると、自分も同じことを言わなければいけないような気がするものです。
あなたが保護者の立場なら、ファミリールールをつくって子どもと共有しておきましょう。
「スマホもゲームも子どもに任せる」という考え方もあります。
実際に経験させながら、使い方を覚えていくものという考えも一理あります。
「ネット上で知り合った人と会ってはいけない」という文言を見かけることがあります。
もちろん未成年であれば、まさしくこのとおりです。
未成年は、まだ物事の判断がまだきちんとできない年ごろです。
アプリの課金で、お金を使いすぎてしまうことがあります。
使いすぎていることがわかっていても、なかなかやめられないという人もいます。
無料のゲームならいいのです。
ネットは玉石混交の世界です。
ネットに書かれているからといって、嘘偽りなく正しいとは限りません。
少なからず嘘やフェイクが紛れている可能性も大いにあり得ます。
「エコーチェンバー現象」という言葉をご存じですか。
SNSを楽しんでいると、自分と似た価値観の人とつながることが多くなりがちです。
同じ価値観の人と交流すると、快適で気持ちがいいもの。
情報の価値は、人によって異なることを頭に入れておきましょう。
「これくらい大丈夫だよね」「自分はOKだから、きっと相手もOKだろう」と思っても、実際はどうでしょうか。
自分にとっては大したことない情報でも、他の人にとっては大切な情報・価値のある情報ということがあります。
安易に自分の情報を教えないことです。
名前、生年月日、住所、連絡先。
どれも重要な個人情報です。
情報化社会では、情報が簡単に手に入ります。
なんて素晴らしい時代なのでしょう。
手持ちのスマホから、あらゆる情報を入手できるのは素晴らしいことです。
ふいに他人のIDとパスワードを知ることがあります。
友人や恋人など、親しい人とは距離が近いため、あるタイミングでログイン情報を知ることがあるもの。
ぱっと視界に入って、知りたくなくても知ってしまうことがあります。
ネットとの上手な付き合い方は、どうすればいいのでしょうか。
自由な使い方でいいではないかと思いますが、ベストとは限りません。
自由に任せていると、歯止めが利かなくなり、ついネットをやりすぎてしまいます。
テレビや新聞では、ネットトラブルのニュースを目にします。
そんなとき「どうしてこんな単純なことに引っかかったのだろう?」と思うかもしれません。
なかには小学生でもわかるような単純な被害ケースもあります。
ネットでは、アプリをダウンロードすることがあります。
このとき、信頼できるサイトからダウンロードすることが重要です。
信頼できないサイトの場合、アプリも怪しい可能性があります。
ネットのコミュニケーションは、基本的に「文字」が中心です。
メールでもSNSでも、文字でやりとりを行うことが多います。
この文字に注意が必要です。
ネットのトラブルに遭ったとき、どうしますか。
なんとか自分で解決しようとする人もいるでしょう。
ネットトラブルの中には、相談するのが恥ずかしいトラブルもあるかもしれません。
現代社会では「ネット炎上」をよく目にします。
ネット炎上がニュースになることもあります。
きっと今もどこかで何らかのネット炎上が発生しているに違いありません。
SNSでのある写真投稿が大きな問題となりました。
ある美容医師が、海外で行われた解剖研修の場を撮影し、モザイクをかけたうえでSNSにアップしました。
これが大きな問題となったのです。
スマホは私たちにとって欠かせないツールになっています。
SNS、動画鑑賞、買い物、ゲーム、ニュース閲覧。
スマホを使っていると、あっという間に時間が過ぎますね。
ネット依存やスマホ依存になっている人がいます。
1日中SNSをしていたり、スマホゲーム・オンラインゲームに多くの時間を費やしていたり。
1日の大半をネットやスマホに割いていて、日常生活が困難に支障を来すレベルにまで達しています。
「スマホの使い方は普通です」
「特にやりすぎていません」
「ネット中毒にもゲーム中毒にもなっていません」
情報疲れになっている人は「スマホから離れる時間」をつくってみてはいかがでしょうか。
情報疲れになっている人は、いつもスマホの画面に食い入っています。
「暇さえあればスマホ」という状態になっていて、SNS・動画・ゲーム・ニュースの閲覧に大忙しです。
ネット社会では、会わなくてもコミュニケーションが可能です。
メールやSNSは非同期なので、都合のいいときにメッセージを読み、返信できます。
忙しい現代人にとって、都合の良いコミュニケーションツールです。
未成年なら、心に留めておきたい大切なことがあります。
「ネットのリスクから身を守るのは、自分自身」ということです。
ネット社会が一般化して、小学校低学年からスマホを利用する人が増えました。
「メディアリテラシー」という言葉を聞いたことはありますか。
大きく2つの意味があります。
1つ目の意味は「インターネットなどの先端的な情報通信機器を使いこなせる能力」です。
現代はネット社会です。
そしてスマホ社会でもあります。
すっかりインターネットが浸透して久しい昨今です。
自宅のパソコンや手持ちのスマホから、誰もが手軽に世界中の情報にアクセスできるようになりました。
調べ物もネット、コミュニケーションもネット、映画や音楽もネット、サービスの手続きもネット、あれもこれもネット……。
多くのことがネットでできるようになりました。
ネットさえあれば、ほとんど何でもできるといっても過言ではありません。
「ネットなしでは生きてはいけない」という声が聞かれます。
これは半分は誤りですが、半分は正解です。
まずネットなしでも生きていくことは可能です。
そもそも昔はネットがありませんでした。
目的地に行くとき、紙の地図帳で頑張っていました。
調べ物があるときは、本や図書館を活用していました。
映画を楽しむとき、昔はDVDだったし、それ以前はVHSでした。
音楽を楽しむとき、昔はCDだったし、それ以前はカセットテープでした。
ネットがない時代を生きていた人がいるのですから、現代を生きる私たちも、ネットなしで生きていくことは可能です。
しかし、現代はどうでしょうか。
ネットがなければ、大きな不便が生じます。
地図アプリがないと、現在地がわからず、右往左往するでしょう。
路線検索をするときも、最短ルートがわからず四苦八苦するでしょう。
調べ物をするにも、今ではネットがなければ大きな不便が生じるはずです。
書店や図書館に行って調べることもできますが、なかなか手間がかかって現実的ではありません。
映画や音楽も、ネットなしで楽しむのは、少々ハードルがあります。
映画館と音楽フェスだけは今も昔も変わらず、といったところでしょうか。
ネットなしで生きてはいけるものの、社会がネット利用が前提と変化したため、ネットがないと不便が生じます。
そのため、今やネットもスマホも、生活に欠かせないものとなりました。
現代人にとって、もはや当たり前のツールです。
少なくともスムーズに生きるためには必要なツールとなっているのは間違いありません。
ネットやスマホの知識も、生活に欠かせないものとなっています。
私たちはあらためてネット社会を生きる心構えが求められます。
適当な使い方をしていると、ネットに振り回されることが増えます。
ネットの世界には、現実同様、大きな落とし穴も多数存在します。
「ネットに使われる」のではなく「ネットを使う」ためにも、きちんと心構えを身につけておく必要があるのです。
ネット社会になって久しい昨今です。
ネット社会では、いろいろな情報に一瞬でアクセスできて便利です。
「集合知」という言葉があるように、1人の知識には限界はあっても、多くの人の知識の蓄積によって、より賢く生きられます。
世界の裏側の出来事も、SNSがあれば一瞬で知ることができるし、リプライすることも可能です。
これまでの歴史を振り返り、これほど自由に情報にアクセスできる時代はありません。
その反面、デメリットがあるのも事実です。
いろいろな情報にアクセスできる一方で、情報の海に溺れやすくなります。
大量の情報に触れられる一方で、不要な情報にも触れてしまい、ストレスを感じやすくなります。
価値観の同じ人とつながれる一方で、価値観の違う人から、言われなき批判を受けることも増えるのです。
特にSNSでは「すごい人」「きらきらした人」を見ることも増えます。
自分と比べてしまうことで「私なんて大したことがない」と落ち込み、心身に不調を来す人が少なくありません。
「ネット社会は危険だ。ネット社会を避けるべきだ」という人はいますが、それは違います。
今さら「ネットを世の中からなくそう」というのは不可能です。
これだけネットが広く浸透した今、世の中からインターネットやSNSをなくすことはできません。
山奥にこもってネットのない生活をするなら別ですが、それは非現実です。
ネット社会を避けるのではありません。
ネット社会との付き合い方を学び、身につけることが大切です。
私たちに必要なのは「ネット社会との付き合い方」です。
人間関係では付き合い方が大切であるように、ネットでも付き合い方が大切です。
上手な付き合い方を身につけ、きちんと自制できれば、ネット社会は怖くありません。
むしろ私たちにとってインターネットとは「素晴らしい道具」となり「人生の質を高めるパートナー」となります。
インターネットの特徴の1つは「情報の伝わるスピードが桁違いに速い」ということです。
一言で言えば「一瞬で世界中」なのです。
リアル世界で情報を伝えるなら、口頭手段が一般的です。
「こんな情報があるよ」「こんな方法があるよ」と、人から人へと口頭で情報が伝わります。
しかし、インターネットの場合、リアル世界とは比べものにならないほど、広がるスピードが速いのです。
物理的な距離は関係ありません。
どんな情報も、ネットの世界では、あっという間に広まります。
地球の裏側でも、わずか数秒で広がるという驚異的なスピードがあるのです。
もちろんこの超スピードが大いに役立つ面もあります。
地震情報や津波情報など、速報性の高い情報であれば、伝わるスピードが速ければ速いほど良いといえます。
しかし、悪口や誹謗中傷といった情報であればどうでしょうか。
良い情報であれば速く広がっても問題ありませんが、悪い情報であれば大変です。
悪ふざけで投稿した記事や画像が一瞬で広がり、収拾が付かなくなることがあります。
あっという間に広まって、炎上につながる可能性があります。
リアル世界のような感覚で考えていると「しまった!」と、顔面蒼白の事態になりかねません。
一瞬の過ちがデジタルタトゥーとして半永久的に残ってしまうこともあります。
悪い情報が一瞬で広がることは、考えるだけでも恐ろしいことです。
芸能界では、SNSのたった一言の誤爆が引退につながったケースもあります。
インターネットで情報発信をする際は、広まるスピードが速いことを念頭に置いたうえで利用することが大切です。
SNSやブログで情報を発信する際は、十分慎重になってなりすぎることはないのです。
SNSで発信することがあるでしょう。
掲示板で書き込みをすることがあるでしょう。
ネットで投稿するときは「二度と消えない」という意識を持つことが大切です。
リアルの世界であれば、情報を受け取った相手が忘れるということはあります。
人は忘れる生き物です。
そのときは覚えていても、時間がたつにつれて記憶が薄れていくことはよくあることです。
悪口や暴言を吐いても、あとから謝って許してもらえることもあるでしょう。
しかし、ネットは違います。
掲示板やSNSへの投稿は、自分が消したりサービスが終了したりしないかぎり、半永久的に残り続けます。
「削除機能があるから大丈夫」「悪口を発信しても後で削除すればいい」と思うかもしれませんが、そう単純な話ではありません。
ネットは拡散しやすい特徴があります。
しかも悪いことほどすぐ広まる傾向が顕著です。
悪口を投稿してすぐ削除したとします。
自分の投稿は削除できても、投稿した瞬間に画面をキャプチャされ、拡散されたら終わりです。
あっという間に広まってしまい、収拾が付きません。
拡散が拡散を呼び、短時間で爆発的に広まることもあります。
SNSでは、拡散が日常茶飯事に行われています。
今この瞬間にも、どこかで拡散が行われているでしょう。
ひとたびネットで拡散されると、完全に情報を消すことは不可能になるのです。
こうした拡散リスクを考えると、冗談や悪ふざけでも、悪口や誹謗中傷を書き込んではいけないとわかるはずです。
ネットで発信や書き込みなどをする際は「二度と消えない」という意識が大切です。
少々大げさに感じるかもしれませんが、そのくらいの強い意識を持っておいて損はありません。
何でもすぐ投稿するのは要注意。
投稿前に一度時間を置くのが得策です。
言葉を一言一言、慎重に選びます。
冷静になる時間をつくることで、一つひとつの投稿が丁寧になり、誤った発信を防止できます。
特にネガティブな投稿は、極めて慎重になるのがいいでしょう。
いくら腹が立っているとはいえ、勢いで投稿すると、ろくなことになりません。
どれだけ時間を置くかはケース・バイ・ケースですが、少なくとも気持ちが落ち着くまでは時間を置くのが賢明です。
「ネット上の投稿は二度と消えない」と思うくらいでちょうどいいのです。
「ネットは匿名の世界」
そう思っているなら、いま一度考え直したほうがいいでしょう。
ネットの特徴の1つとしてよく挙げられるのは「匿名性」です。
つまり、自分の名前を隠すことが可能ということです。
匿名であれば、どこの誰だかわかりません。
名前を伏せた状態で、自由にコメントを投稿できると思われます。
悪口や誹謗中傷を書き込んでも、匿名であるゆえに本人を突き止められないように思えるのです。
しかし、ここが落とし穴です。
よく誤解されがちですが、ネットに匿名は存在しないと思ってください。
たしかに表向きは匿名ですが、完全な匿名ではありません。
手続きを取れば、個人を特定することが可能だからです。
ネットの利用は「IPアドレス」というものを使ってサイトにアクセスされます。
IPアドレスとは、インターネットに接続されたコンピューターの識別番号です。
数字だけで構成された無味乾燥な文字列ですが、これが重要です。
匿名でも「発信者情報開示請求」という手続きを行えば、IPアドレスから個人を特定できてしまうのです。
誰でも使える公衆無線LANを使用すれば、IPアドレスからの個人特定は困難に思えますが、これも誤解です。
絶対不可能とは言い切れません。
利用店舗の名簿や監視カメラなどから、やはり個人の特定が可能になります。
結局のところ、ネットに匿名は存在しないと思ったほうがいいのです。
あくまで匿名に近いというだけであって、完全な匿名ではありません。
表向きは特定でも、その気になれば、個人の特定が可能です。
この理解があれば、掲示板への書き込みも慎重になります。
ネットに匿名は存在しないと思えば、悪口や誹謗中傷の書き込みは控えるべきだとわかるでしょう。
言うまでもなく、ネット炎上に参加することもNGです。
「匿名だから何を書き込んでもいい」と安易に考えていると、後悔することになります。
ネットの世界は、匿名のように思え、そうではないのです。
SNSではさまざまなポストが飛び交っています。
「そうそう、そのとおり!」と思ったポストは、反応したくなるものですね。
共感を覚えたポストは「いいね」をしたり、リプライでコミュニケーションを取りたくなったりします。
時には拡散させたくなるポストを目にすることも少なくありません。
「この情報を広めたい」「他の人にも知らせたい」と思ったことなら、リポストで拡散したくなります。
重要性や緊急性の高いことなら、善意や正義感からリポストしたい気持ちも大きくなるもの。
「これのポストは拡散されるべきだ!」
そう思って、とっさにリポストで拡散を試みようとしますが、早まった行動には要注意です。
目にしたポストが、実はフェイクや誤情報という可能性があるからです。
目にしたポストが、正しいもの・正確なものとは限りません。
SNSは誰でもポストができるため、間違った情報である可能性もあります。
SNSは速報性が高く、テレビを上回ります。
「重要な情報はすぐ広まる」という正の側面がある一方で「嘘の情報も広まりやすい」という負の側面もあります。
特にネガティブなポストほど、拡散されやすい傾向があります。
善意や正義感からうかつに信じて拡散すると、デマの拡散に加担するリスクが生じます。
そうして拡散された情報は、インターネットを通じて瞬く間に広がります。
良かれと思ってしたことが、逆効果を招くことがあります。
いつの間にか自分がデマの拡散に加担していることがあるのです。
2016年の熊本地震の際「動物園からライオンが逃げた」という画像付きの投稿がありました。
多くの人がリポストして拡散された結果、世間で大きく取り沙汰されることになりました。
ところが後にこれは事実ではなく、デマであることが判明したのです。
投稿した張本人は、嘘の投稿を行ったとして逮捕されることとなりました。
こういうケースがあることからも、安易な拡散は控えておくのが賢明でしょう。
必要なのは「いったん時間を置くこと」です。
情報に強い人は、時間を置きます。
拡散させたい情報があっても、デマやフェイクである可能性を考慮し、いったん時間を置きます。
時間を置けば、きちんと取材したメディアから「実はデマだった」「偏向的な内容だった」という確定情報が流れてきます。
また本人の口から「事実とは異なる」という発言もあるかもしれません。
いったん時間を置けば、誤った拡散を防止できます。
正確な情報かどうか判断が難しい状況もありますが、ソースが不明な状況は要注意と考えるのがいいでしょう。
事実とは異なる可能性があるため、安易な拡散は控えるのが賢明です。
みんなが「いいね」と褒めたたえるものがあります。
みんなが「いいね」という本や映画、みんなが「いいね」という商品やサービス。
みんなが「いいね」と言っていると、自分も同じことを言わなければいけないような気がするものです。
別の意見・逆の意見を言おうものなら、冷ややかな目で見られたり、距離を置かれたりしそうな不安があります。
これは知らず知らずのうちに起こります。
本人が意識しているとは限りません。
「嫌われたくない」「輪を大切にしたい」といった意識が強いと、自然と周りに合わせた同調意見を述べることがあるのです。
しかし、ここが大切なポイントです。
みんなが「いいね」と言っているからといって、同じ意見を言わなければいけないわけではありません。
周りに合わせると、自分がどう感じるかより、周りがどう感じるかが優先されます。
自分の気持ちにふたをすることになり、正直な気持ちを表現できなくなる。
だんだん本当の自分が見えなくなってしまうのです。
周りに合わせて自分の意見を曲げると「私は正直になっていない」という違和感を抱え続けることになります。
自分に嘘をつくのは、最初は良くても、いずれつらくなります。
心の摩擦は、ちびちび自分を痛めつけます。
周りの意見に合わせると、自分らしく生きられないのです。
そもそもみんなが「いいね」と言っていること自体が不自然です。
価値観も感じ方も人それぞれだというのに、みんなが「いいね」と言っているのはおかしな話です。
大切なことは「自分がどう感じたか」です。
自分に嘘をつくのはもうやめよう。
自分に正直になって、自分の意見を言うのが良い。
みんなが「いいね」と言っていても、実際に自分が経験して、異なる感覚を覚えたのなら、堂々と話すことです。
同調圧力に負けません。
集団心理に流されません。
周りの目を気にしないことです。
これが「自分の心に正直になる」ということです。
正直に言うことで、冷ややかな目で見られたり、距離を置かれたりすることもあるかもしれません。
たとえそうだとしても、正直でいることのほうが大切です。
いま一度、自分の言動を振り返ってみることです。
みんなが「いいね」と言っているかどうかは関係ありません。
自分がどう感じたかが重要なのです。
あなたが保護者の立場なら、ファミリールールをつくって子どもと共有しておきましょう。
「スマホもゲームも子どもに任せる」という考え方もあります。
実際に経験させながら、使い方を覚えていくものという考えも一理あります。
しかし、スマホの理解や使い方にまだまだ不慣れな子どもに、すべて任せるのは大きなリスクが伴います。
「ゲームはほどほどに」「夜遅くまでゲームをしないこと」といった言い方では、線引きがはっきりしません。
「夜遅く」という表現も、人によって解釈が異なるでしょう。
「正しく使いなさい」と言っても、何が正しく使い方なのか、まだわからないところがあります。
そこで保護者の立場としては、やはりファミリールールをつくっておくほうが安心です。
ルールを明確にしたほうが、子どもにとっても「どこまでOKで、どこからNGなのか」がはっきりするので遊びやすくなります。
一般的なファミリールールは「時間」「場所」「お金」の3つが挙げられます。
お金のルールは特に大切なので、もう少し細かくルールを設けておくのも悪くありません。
「スマホゲームは課金しないものだけにすること」「課金したいときは必ず親に相談すること」といったルールもありでしょう。
また「ルールを破ったときのペナルティー」も、あらかじめ決めておくとスムーズです。
口で叱るだけではなかなか改善しないことがあります。
ルールは家庭によってさまざまですが、少なくとも何らかのルールをつくっておくに越したことはありません。
スマホのやりすぎで子どもの生活リズムが崩れない程度にしておくことが大切です。
ルーターによっては「ペアレンタル・コントロール」と呼ばれる機能が搭載されていることもあります。
インターネット上のウェブサイトやコンテンツに対し、URLや時間帯など、利用制限を設ける機能です。
子どもに利用を任せるだけでは不十分ということがあります。
大本のルーターで、制限をかければ、健全な利用をしやすくなります。
子どもを持つ親にとっては便利な機能といえるでしょう。
ルーターの購入や買い換えを検討しているなら、ペアレンタルコントロール機能ありのものをチェックするといいかもしれません。
「ネット上で知り合った人と会ってはいけない」という文言を見かけることがあります。
もちろん未成年であれば、まさしくこのとおりです。
未成年は、まだ物事の判断がまだきちんとできない年ごろです。
まだ自活ができず、親から監督される立場であれば、ネットで安易に知り合うのは要注意でしょう。
どうしても会いに行くなら、親から許可が必要です。
親から許可を得たうえで会いに行くなら、大きな問題にはならないはずです。
しかし、すでに成人しているなら話は別です。
これだけ社会にネットが浸透しているというのに、ネットで知り合った人とは会わない・会ってはいけないというのは酷な話です。
かえって非現実といえます。
現実を見れば、ネットで知り合った人とリアルで会って、友人に発展するケースはよくあることです。
ネットで同じ趣味の人と知り合い、リアルで共通の趣味を楽しむという話はよく耳にします。
ネットで知り合った人と結婚したケースも珍しいことではなくなりました。
保護者がまだ幼い子どもに注意するならわかりますが、すでに成人しているなら、ネットの出会いは普通のこと。
今の時代「ネット上で知り合った人と会ってはいけない」というルールは現実的ではないといえます。
では、ネットで知り合った人と誰でも会ってOKかというと、そうではありません。
もちろん安易な出会いは避けることです。
不用心に会うのは大きなリスクがあります。
「ネットで出会ってすぐ会う」という流れは、昔も今も要注意です。
お互いのことをよく知ったうえで会うのであればいいのです。
たくさんコミュニケーションを交わし、時間をかけてお互いの理解を深めます。
信頼関係を築いたうえでリアルで会うという流れなら、何も問題はありません。
リアルの出会いと同じか、それ以上に良い出会いができるでしょう。
アプリの課金で、お金を使いすぎてしまうことがあります。
使いすぎていることがわかっていても、なかなかやめられないという人もいます。
無料のゲームならいいのです。
いくら遊んでも、お金は一切かかりません。
もちろんゲームのやりすぎには要注意ですが、やりすぎたからといって大金を失うことはありません。
しかし、ゲームの中には課金が必要なものがあり、これはトラブルの元になっています。
「いつの間にか子どもが高額な課金をしていた」「課金のしすぎで生活費が火の車」といった話は枚挙にいとまがありません。
子どもだけでなく、大人でもよく聞かれるトラブル事例です。
オンラインゲームで課金が止まらなくなり、気づけば高額に達していたというケースがあります。
少額の課金が積み重なると、総額がわからなくなります。
「普通にやめればいいのに」と思いますが、なかなか目の前の誘惑には勝てません。
昭和の流行歌『スーダラ節』の「わかっちゃいるけどやめられない」というフレーズのごとく、つい課金がしすぎるのです。
なぜ課金ゲームは、やればやるほど、やめられなくなるのか。
簡単にやめられるだろうと思うのですが、そう単純ではありません。
最初は少し楽しむつもりでも、やればやるほどゲームの楽しさにはまり、課金も増えます。
課金をすればするほどやめにくくなり、課金沼から抜け出せなくなる
これを心理学で「サンクコスト効果」といいます。
課金額が大きくなると「こんなにたくさんお金を使ったのだから、ここでやめるのはもったいない」という心理となります。
「ここでやめたら何も残らない」という恐怖感にも襲われます。
やめることに強い抵抗感が覚え、やめるにやめられなくなります。
そうしてどんどん課金を続けてしまい、気づけば、大金を失っているのです。
課金がやめられなくなったら、サンクコスト効果のことを思い出してください。
そういう心理があると知っておくだけでも、抑止が働きます。
「自分は今、サンクコスト効果に惑わされているな」と思うと、はっとわれに返り、目が覚めます。
自分を滑稽な目で見ることも必要です。
自分を客観視できるようになり、冷静な思考を取り戻せるのです。
やめるときはすぱっとやめることです。
「使ったお金はすべて無駄になるが、それで良い」という強い覚悟を持つことが大切です。
アプリを再インストールできなくさせる方法もあるので、興味のある方は検討してみてもいいでしょう。
やめてしまうと、今まで費やした時間とお金を捨てることになりますが、まったく悪いことではありません。
今やめておけば、今後の無駄を最小限に抑えられます。
長い人生から考えると、まだまだ取り返しがつきます。
「高い授業料になった」と思えば、同じ過ちを二度と繰り返さなくなるのです。
ネットは玉石混交の世界です。
ネットに書かれているからといって、嘘偽りなく正しいとは限りません。
少なからず嘘やフェイクが紛れている可能性も大いにあり得ます。
ネットにある情報をすべてうのみにするのは注意したほうがいいでしょう。
ネットの百科事典があります。
たとえば、世界的に有名なものとして「ウィキペディア」があります。
無料で利用できるし、掲載数も非常に多く、いろいろな言葉と出会えます。
ただし百科事典だからとはいえ、内容すべてが正確とは限りません。
ウィキペディアは誰でも自由に編集が可能なので、正しくない情報も含まれていることがあります。
その気になれば、わざと嘘の情報を載せることも可能です。
ウィキペディアを利用するのはいいのですが、書かれていることをすべてうのみにしないことが求められます。
あくまで参考情報として活用するのが賢明です。
ネットではSNSが大人気です。
SNSで「動物園からライオンが逃げ出した」という情報を目にしたとします。
「これは大変だ! 拡散しなければ!」と思いますが、一度冷静になる時間を設けることが大切です。
大手メディアからの公式発表ならまだしも、一般市民による噂レベルの情報なら、疑ってみる必要があります。
その人のつくり話かもしれません。
フェイクである可能性もあります。
良かれと思って拡散すると、世の中の混乱に加担することになりかねません。
嘘の情報に惑わされないためには、次の2点が大切です。
まずきちんと信頼できる情報源であることを確認します。
情報源が法人として運営されているか、大手企業であるかどうかなどが挙げられます。
また1つの情報源だけで判断するのではなく、複数の情報源と併せて確認することも欠かせません。
複数の情報源で同じことが書かれているなら、それだけ信用度が高いと判断できます。
正しい内容だと判断するには、一手間も二手間もかかりますが、その手間がネット社会を生きる力に変わります。
きちんと調べる習慣をつけて、賢いネット利用者になっていきましょう。
「エコーチェンバー現象」という言葉をご存じですか。
SNSを楽しんでいると、自分と似た価値観の人とつながることが多くなりがちです。
同じ価値観の人と交流すると、快適で気持ちがいいもの。
共感が起こりやすく、意気投合もしやすく、スムーズなコミュニケーションが実現できます。
あることに賛成している人は、賛成している人同士でつるんだほうが快適です。
もちろん自分と似ている人と交流するのはいいのですが、それだけでは良くありません。
「みんな賛成しているね」「みんなAの意見なんだ」「この考えが世の中の大多数」という錯覚を引き起こします。
賛成の人は賛成の人同士で集まり、反対の人は反対の人同士で集まります。
価値観の似た者同士で交流することで、特定の意見や思想が増幅される現象があるのです。
狭い部屋で声が反響する様子に似ていることから、これを「エコーチェンバー現象」と呼びます。
考えが偏っているだけであればまだしも、そのことで誤情報が広まったり、攻撃的な意見が増えたりすることがあるのです。
もうひとつ気をつけたいのは「フィルターバブル現象」です。
インターネットでは、ユーザー属性に合わせたコンテンツが自動的に表示される仕組みがあります。
たとえば動画サイトを見ていると、自分好みの動画がどんどんおすすめされます。
書店サイトでは、自分好みの本がおすすめ表示され、映画サイトでも自分好みの作品がおすすめ表示されます。
ちょうど今見ているものと関連しているので、興味を引かれ、ついチェックしてしまいます。
その一方で、自分好みではない情報には接しにくくなるのです。
自分好みの情報が優先され、好みでない情報から遠ざけられる状態があるのです。
ネットの世界では、いつの間にか同じ価値観の世界に入り込んでいて、限られた世界から抜け出せなくなっている状況があります。
「いつの間にか」という点が怖いところです。
泡の膜に包まれている状態に似ていることから「フィルターバブル現象」と名付けられました。
「エコーチェンバー現象」「フィルターバブル現象」に惑わされないためにはどうすればいいのでしょうか。
あえて「反対の意見」「ほかの意見」もチェックしてみることです。
時折足を止めて「自分好みの情報に偏っているないか」と振り返ってみたい。
たとえば、自分が賛成派なら、反対派の意見をチェックしてみます。
自分がAの意見を持っているなら、A以外の意見もチェックしてみます。
読書でも、賛成派・反対派の両意見をチェックします。
相反する意見をチェックしてみることが有効です。
そしてできるだけ幅広い意見を吸収していくことで「そういう考えもあるのか」「新しい発見があった」と気づかされます。
インターネットの世界では、エコーチェンバー現象・フィルターバブル現象が頻繁に起こっています。
そのため自分から意識的に異なる意見・異なる世界にアプローチしてみることが大切です。
さまざまな価値観を受け入れることで、狭い世界・偏った世界から抜け出すきっかけが得られるのです。
情報の価値は、人によって異なることを頭に入れておきましょう。
「これくらい大丈夫だよね」「自分はOKだから、きっと相手もOKだろう」と思っても、実際はどうでしょうか。
自分にとっては大したことない情報でも、他の人にとっては大切な情報・価値のある情報ということがあります。
安易な油断が、思わぬトラブルを引き起こすのです。
たとえば、友人と一緒に撮った写真をSNSにアップするとします。
このとき無断でアップするのは避けたほうがいいでしょう。
顔も個人情報の1つです。
自分は平気でも、友人は抵抗を感じることがあります。
SNSにアップするなら、必ず本人の承諾を得ておくことが必要です。
あるいは、友人のみで楽しむ鍵付きアカウントを利用する方法もあります。
バイト先のレストランに有名人が来店しました。
このときわっと舞い上がって、SNSにアップする人がいます。
有名人が来店したら、誰かに聞いてもらいたい、知ってもらいたいという心理になります。
しかし、これもやはりNGです。
自分では嬉しい情報発信のつもりでも、その有名人にとってはプライベートな情報です。
その有名人は、お忍びで来店しているかもしません。
知られたくない情報である可能性も考えられます。
プライバシーの侵害ということで、SNS上で批判される恐れもあります。
有名人が来店しても、SNSへの投稿は控えるのがマナーです。
インターネット上の炎上は、情報の価値を軽く見たことから発生するケースが少なくありません。
情報の価値を甘く見ていると、思わぬトラブルに発展する恐れがあります。
ひとたびネットで拡散すると、完全に削除するのは不可能です。
特に個人情報の扱いは、慎重になってなりすぎることはありません。
情報の価値は、人によって異なることをあらためて理解しておくことが必要なのです。
安易に自分の情報を教えないことです。
名前、生年月日、住所、連絡先。
どれも重要な個人情報です。
あけすけに自分の情報を教えるのは危険です。
たとえば、SNSで知り合って間もない人に自分の本名や住所など教えるのは大きなリスクが伴います。
良かれと思って相手に教えると、悪用される恐れがあります。
「この人なら大丈夫」と思っていても、出会ってすぐならやめておくのが得策です。
自分がそう思い込んでいるだけかもしれません。
トラブルに巻き込まれてからでは手遅れになることもあるのです。
自分の情報を教えるなら、まず十分な時間とコミュニケーションが必須です。
コミュニケーションをたくさん交わし、時間をかけてお互いの理解を深め、少しずつ信頼関係を構築します。
自分の情報を教えるのは、限られた相手だけにするのが得策です。
「この人は信用できる」と判断してから教えても遅くはありません。
個人情報に関しては、注意をしてもしすぎることはないのです。
情報化社会では、情報が簡単に手に入ります。
なんて素晴らしい時代なのでしょう。
手持ちのスマホから、あらゆる情報を入手できるのは素晴らしいことです。
直接現地に行かなくても、動画で世界中の映像も見られ、旅行気分が味わえます。
テーブルマナーも魚のさばき方も、動画を通して学べる時代です。
だからといって、ネットの情報だけでわかった気にならないことです。
ネットの情報は、あくまで参考情報です。
真実の情報だけではなく、嘘の情報が混じっていることもあり、玉石混交の世界です。
そこで大切にしたいのが「リアルな生の体験」です。
ネット時代の今だからこそ、リアルな生の体験がますます重要になります。
リアルな生の体験には、五感を通した刺激があります。
味覚、嗅覚、触覚、聴覚、聴覚。
自分が体験したことは、エピソード記憶として脳に刻まれます。
エピソード記憶は、覚えやすく、忘れにくいのが特徴です。
実際に自分が体験したことなら、実際どうだったのか具体的に話せます。
動画で世界中の映像も見られ、旅行気分が味わえても、結局リアルにはかないません。
ネットの情報では「私はこんな経験をした」という体験談ができないのです。
テーブルマナーも魚のさばき方も、動画を見るだけでは身につきません。
実際に身をもって経験し、体得することが必要です。
ネットだけの情報と、実際に自分が体験するのとは、天と地の差があります。
リアルな生の体験には、嘘がありません。
実際に自分が身をもって体験したことは、すべてが正解です。
インターネットが浸透して、情報化社会と言われて久しいですが、こういう時代だからこそリアルな生の体験が大切になるのです。
ネットの情報も大切ですが、体験することはもっと大切です。
いつまでも部屋の中にいないで、外に飛び出ましょう。
ふいに他人のIDとパスワードを知ることがあります。
友人や恋人など、親しい人とは距離が近いため、あるタイミングでログイン情報を知ることがあるもの。
ぱっと視界に入って、知りたくなくても知ってしまうことがあります。
他人のIDとパスワードを知ったとき、軽い気持ちで「ログインしてみようかな」と思うかもしれません。
これは絶対NGです。
無断でログインした場合「不正アクセス禁止法」に接触します。
不正アクセスを行った場合「3年以下の懲役、または100万円以下の罰金」が科せられます。
悪気がなくても関係ありません。
ログインしただけでも、れっきとした違法になるのです。
親しい関係だから許されるだろうと思いますが、その油断が命取りです。
本人に無断であれば、やはりNGです。
違法であることに変わりはなく、厳しくなっておくに越したことはありません。
ばれないだろうと思いますが、ログイン時刻やIPアドレスなど、しっかりログイン情報が残ります。
ウェブサイトには不正ログインを検知する仕組みもあって、それで発覚することもあります。
友人や恋人との関係にひびが入るだけでなく、罪に問われる可能性もあるのです。
他人のIDとパスワードを覚えていてもいいことはありません。
心に魔が差す原因となります。
他人のIDとパスワードを知ることがあれば、積極的に「忘れる努力」をするのが得策です。
ネットとの上手な付き合い方は、どうすればいいのでしょうか。
自由な使い方でいいではないかと思いますが、ベストとは限りません。
自由に任せていると、歯止めが利かなくなり、ついネットをやりすぎてしまいます。
生活リズムも狂ってしまい、日常生活にも悪影響です。
エスカレートすると、ネット中毒に陥る可能性もあります。
気づけば「ネットを使う」ではなく「使われている」になっているのです。
そこで役立つのが「ネットの利用ルールを決めておくこと」です。
ルールがあれば自制が働きます。
誰かに言われて決めるより、自分の意思で決めたい。
自分で決めたルールは、積極性が高まり、実行に移しやすくなります。
ルールを決める際も、できるだけ明確にして、はっきりした数字や時間を含めた決め方のほうが安心です。
「ここまではOK、これ以上はNG」とはっきり判断でき、注意がしやすくなるのです。
たとえば「夜はネットの利用を控える」というルールを設けるとします。
自分なりにルールを設けておけば、一定の自制が働くようになります。
もちろんルールがあるだけまだいいのですが、もう少し具体的な決め方がおすすめです。
「夜10時以降はネットの利用を控える」と、具体的な時間でルールを決めます。
「夜10時以降」という具体的な数字を使うことで、はっきりした行動に移せます。
「1日のスマホ利用時間は、3時間以内に抑える」というルールもおすすめです。
こちらも「3時間以内」という具体的な数字を使うことで、はっきりした行動に移せます。
1日の利用時間がわからないという人は、スマホの「スクリーンタイム」という機能を使えばすぐわかります。
実際に自分がどのくらいスマホを利用しているのか、具体的な数字で表示してくれます。
「勉強中は通知をオフにする」「食事中やデート中はスマホの利用を控える」というルールもありでしょう。
余計なことをしていると、目の前のことに集中できません。
勉強中は、通知をオフにして邪魔が入らないようにすると、集中しやすくなります。
食事中は食事に集中して、デート中はデートに集中するのが良い。
目の前のことに集中するためにも、スマホの利用を控えたほうがいい場面もあります。
ルールの決め方は、人それぞれ千差万別です。
少なくともネット中毒にならない程度のルールを設けておくことは必要でしょう。
ネットに使われるのではなく、ネットを使うためにも、ルールつくりは有効なのです。
テレビや新聞では、ネットトラブルのニュースを目にします。
そんなとき「どうしてこんな単純なことに引っかかったのだろう?」と思うかもしれません。
なかには小学生でもわかるような単純な被害ケースもあります。
しかし、そうだとしても笑ってはいけません。
笑うことは「ばかにしている」「油断している」ということです。
迷惑メールを開いて、ウイルス感染したケースもあります。
うっかりは誰にでも起こりうることです。
高齢者であれば、ネット知識に疎いケースが少なくありません。
自分もいつか年齢を重ねて高齢者になると思えば、笑えないはずです。
年齢を重ねると、思考力や判断力が低下からは免れません。
一目で迷惑メールだとわからないケースも多数あります。
迷惑メールも進化していて、タイトルだけでは判別できないほど巧妙なものもあるのです。
怪しい儲け話の詐欺に引っかかるというネットトラブルもあります。
SNSで儲け話を見かけ、最初は怪しいと思いつつも、つい話に乗ってしまったのです。
そういうときはお金に困っていて、いっぱいいっぱいだったのかもしれません。
「貧すれば鈍する」という言葉もあります。
お金がないときは、判断力が低下して、普段ならわかることでもわからなくなることがあります。
人それぞれ事情があります。
「絶対大丈夫」はありません。
笑ってしまうと、油断が生じます。
「自分には関係ない」と思って、学ぶこともできなくなるのです。
あらゆるネットトラブルは、自分の身に起こる可能性があります。
巧妙な手口の場合、自分が最初の被害者になっていた可能性もゼロではありません。
車の運転と同じで「自分は大丈夫」「自分に限ってあり得ない」と思って油断すると、危ないのです。
ネットトラブルのニュースを目にしたときは、襟を正して聞くことが大切です。
どんなネットトラブルも笑いません。
むしろ自分事として真剣に聞くようにするのが得策です。
「なるほど、こういうケースがあるのか。自分も気をつけよう」と思えば、注意喚起ができます。
すでに熟知しているトラブルケースなら「自分も油断しているときは危ないかもしれないなあ」と思えばいいことです。
「次は自分の番かもしれない」と思うくらいでちょうどいい。
自分事として真剣に聞くことが、ネットトラブルの防止につながるのです。
ネットでは、アプリをダウンロードすることがあります。
このとき、信頼できるサイトからダウンロードすることが重要です。
信頼できないサイトの場合、アプリも怪しい可能性があります。
たとえ便利そうなアプリでも要注意。
アプリに巧妙な仕掛けが組み込まれている可能性があります。
表向きは普通に見えても、マルウェアが仕込まれているアプリもあるのです。
怪しいサイトからダウンロードしたアプリを使ったことで、トラブルになったケースは数多くあります。
ウイルスに感染したり、個人情報を抜かれたり、スマホを乗っ取られて第三者に被害を与えたりです。
多額の被害に遭ったケースも少なくありません。
ネットからアプリをダウンロードする際は、信頼できるサイトであることを確認する必要があります。
信頼できるサイトかどうかは、主に次の3つあります。
上記3点だけでなく、サイトの文言やデザインに注目することも大事なポイントです。
怪しいサイトには、文言やデザインに違和感が多い傾向があります。
そして、常にブラウザーを最新バージョンにしておくことも大事なポイントです。
最新ブラウザーであれば、怪しいサイトにアクセスしたとき、警告を表示して、被害を未然に防いでくれます。
海外旅行の際、怪しい場所には近寄らないことが大切であるように、ウェブサイトも怪しいサイトにアクセスしないことが大切です。
そもそも怪しいサイトにアクセスすることを控えるのが得策です。
サイトを開いただけで、ウイルスに感染するリスクがあります。
アプリをダウンロードする際は、必ず信頼できるサイトから行いましょう。
ネットのコミュニケーションは、基本的に「文字」が中心です。
メールでもSNSでも、文字でやりとりを行うことが多います。
この文字に注意が必要です。
文字だけの場合、態度や表情がありません。
はっきりしない曖昧なところがあって、それゆえに誤解を招くことがあるのです。
たとえば、友人から「次の日曜、一緒にランチはどう?」という誘いのメッセージが来て「いいよ」とだけ返事したとします。
この場合、イエスという意味の「いいよ」なのか、ノーという意味の「いいよ」なのか、はっきりしません。
どちらの意味にも受け止められます。
同じ言葉でも、両方の意味に受け止められ、誤解を招きやすいのです。
リアルの場合、相手が目の前にいるので、態度や表情から正確に意味を読み取れますが、ネットの場合そうはいきません。
相手の態度や表情が見えず、文字によるやりとりが中心なので、きちんとニュアンスが伝わらないことがあります。
意図しない誤解を生むことがないよう、ネットでは具体的な伝え方が求められます。
イエスであれば「いいよ、ぜひ行きたい。何時にする?」という言い方なら誤解がないでしょう。
ノーであれば「ちょっと時間がないから今回は遠慮してもいい? ごめんね」といった言い方がいいでしょう。
メッセージを一言付け加えることで、イエスなのかノーなのか、きちんと判別できるようになります。
絵文字やスタンプを使って、気持ちや感情を伝える工夫をするのもおすすめです。
かわいい絵文字やスタンプがあることで、柔らかいニュアンスになって、コミュニケーションがスムーズになります。
同じコミュニケーションでも、リアルとネットでは違います。
ちょっとした一言が誤解を招き、トラブルに発展するケースがあるのがネットの特徴です。
ネットのコミュニケーションはリアル以上に難しいので、いっそう配慮が必要になるのです。
ネットのトラブルに遭ったとき、どうしますか。
なんとか自分で解決しようとする人もいるでしょう。
ネットトラブルの中には、相談するのが恥ずかしいトラブルもあるかもしれません。
自分のことは自分でするという考えはありますが、ネットトラブルの場合、それがベストとは限りません。
たとえば、怪しいサイトにアクセスして、パソコンの挙動がおかしくなったとき、自分で対処しようとします。
素人が頑張ると、かえって被害を拡大させることがあります。
ウイルスやマルウエアに感染しているかもしれません。
ネットトラブルは経験や専門知識を必要することが多く、なかなか一筋縄ではいきません。
正しい対処法を知っていて、自分ができる範囲であればいいのですが、そうでなければ専門家に相談しましょう。
多少手数料がかかったとしても、大きな被害と比べれば小さくて済みます。
未成年の場合は、迷わずすぐ親に相談です。
相談をためらっていると、手遅れになる可能性が高くなります。
恥ずかしい相談だとしても、もたもたしないことです。
たいてい親のほうがネットに詳しいはずなので、頼りになるでしょう。
親でも手に負えない内容なら、やはり潔く専門家に相談するのがいちばん。
親に相談すれば、何かしら手を打ってくれます。
早めに相談することで、スムーズな解決が可能になるのです。
現代社会では「ネット炎上」をよく目にします。
ネット炎上がニュースになることもあります。
きっと今もどこかで何らかのネット炎上が発生しているに違いありません。
ネット炎上を見かけたときに注意したいのは「加担しないこと」です。
炎上の内容によっては、腹立たしくて、いても立ってもいられないこともあるかもしれません。
感情を揺さぶられ「制裁を加えてやりたい」「私も一緒に叩いてやろう」という気持ちになることもあるでしょう。
しかし、強い衝動が湧き起こっても、しっかりブレーキをかけてください。
叩いたところでいいことはありません。
そのネット炎上は自分に関係ありません。
他者に制裁を加えたところで、ただの時間の無駄です。
自分に何か得やメリットがあるわけでもありません。
みんなが叩いているから自分も一緒になって叩いてやろうというのはNGです。
ネット炎上に加担することは、加害者になる可能性があるということです。
誹謗中傷に対する法的措置として刑事告訴に発展するケースもあります。
制裁を加えてすかっとしたいかもしれませんが、すかっとする方法ならほかにもたくさんあるはずです。
趣味や好きなことを楽しめばいいことです。
どれだけネット炎上で盛り上がっていようと、自分には関係ありません。
ネット炎上を見かけても、関わらないのがいちばん。
気にせず、スルーしましょう。
世の中がネット炎上で盛り上がっていても、自分はスルーを貫くことです。
そして自分のやるべきことに集中しましょう。
自分にはやらなければいけないことがたくさんあり、ネット炎上に加担する暇はないはずです。
自分のやるべきことに集中していれば、それだけ人生が前に進むのです。
SNSでのある写真投稿が大きな問題となりました。
ある美容医師が、海外で行われた解剖研修の場を撮影し、モザイクをかけたうえでSNSにアップしました。
これが大きな問題となったのです。
SNSでは大炎上。
本人はモザイクが一部外れた献体写真があったと謝罪し、投稿記事はすぐ削除されました。
しかし、問題はそこではありません。
たとえすべて完全にモザイクがかかっていたとしても、炎上は免れなかったでしょう。
献体を冒瀆する行為だからです。
献体は、純粋な善意によって提供されたものです。
そこには「自分の死後、医学・医療の発展に役立ちたい」というご本人の生前のご意思と、ご家族の理解と協力があります。
生前のご意思には感謝と尊敬の念を覚えます。
にもかかわらず、篤志家によって提供された献体を軽い気持ちで撮影し、SNSにアップしたことが問題です。
あたかも献体を「見せ物」であるかのように扱うことは極めて失礼なことであり、倫理にもとる行為。
ご遺体を捧げたご本人やご家族を愚弄するような行為といえます。
そもそも解剖研修の場では、スマホ撮影は厳禁のはずです。
倫理観は、常に忘れてはならないものなのです。
ある美容医師による炎上トラブルですが、私たちにとっても人ごとではありません。
世の中には「カメラを向けてはいけないもの」があります。
「モザイクをかけても投稿してはいけない写真」があります。
事故現場、災害現場、深い悲しみに暮れる人々。
大けがをした人や、ご遺体を目にすることもあるかもしれません。
平和な日常を送っていても、ふいにそういう場が訪れる可能性はあります。
とっさにカメラを向けたくなりますが、そういうときこそ冷静になり、倫理観を思い出すことです。
「自分がやろうとしていることは倫理に背いていないか」と、客観的に見ることが大切です。
スマホが広く普及し、気軽に写真をSNSにアップできるようになりました。
「1億総カメラマン」ともいえる時代です。
カメラの性能も高くなり、動画撮影も簡単にできるようになりました。
こういう時代だからこそ、逆に倫理観が求められ、SNSに上げてはいけないものに慎重になることが必要です。
スマホは私たちにとって欠かせないツールになっています。
SNS、動画鑑賞、買い物、ゲーム、ニュース閲覧。
スマホを使っていると、あっという間に時間が過ぎますね。
特にSNSとゲームは、時間を忘れて没頭することが多いもの。
始めるとなかなか止まらなくて「もっともっと」となるのです。
親から「いいかげんにしなさい」と言われます。
スマホに触れているのが1日に2時間以上という人も多いのではないでしょうか。
1日に2時間スマホをしている人に気づいてほしいことがあります。
「1年に換算すると、1カ月スマホをしていることになる」という事実です。
2時間に365をかけると「720時間」という計算になります。
これはちょうど1カ月です。
1日たった2時間と思いますが、ちりも積もれば山となります。
1カ月間ずっとスマホをしている自分を想像してみてください。
衝撃の事実であり、ぞっとするのではないでしょうか。
1日3時間なら「1年で1カ月半」という計算になり、1日4時間なら「1年で2カ月」という計算になります。
もはや笑いごとではありません。
「スマホを使っている」というより「スマホに使われている」という状態です。
便利はスマホは手に取りやすく、面白くてつい時間を忘れて楽しんでしまいます。
だからこそ注意が必要です。
スマホは便利なツールである一方、可処分時間を奪うツールでもあります。
油断していると、時間がどんどん奪われていくのです。
「時間がない!」と言う人に限って、よくスマホをいじっています。
気づかないうちに時間がスマホに奪われているのです。
スマホをしている1カ月を自分の夢や目標のため使えば、どれだけ有意義な時間を過ごせるでしょう。
1カ月も時間があれば、大きなことも成し遂げられるはずです。
人生の駒も、かなり前に進められるでしょう。
スマホの時間をゼロにすることはできなくても、減らすことならできるはずです。
スマホをする時間を減らし、その分夢や目標に向かう時間を増やしましょう。
どうしてもスマホに触れてしまうなら、箱の中や鍵付きの引き出しなど、触れられない工夫をしてください。
少なくとも1日2時間以上使っているなら、黄信号が点灯していると考えてください。
一度しかない人生を後悔しないためにも、スマホの利用には要注意なのです。
ネット依存やスマホ依存になっている人がいます。
1日中SNSをしていたり、スマホゲーム・オンラインゲームに多くの時間を費やしていたり。
1日の大半をネットやスマホに割いていて、日常生活が困難に支障を来すレベルにまで達しています。
「私はネット依存になっている。スマホ依存になっている」
そう感じているなら、幸いなことです。
どこが幸いなのかというと、気づいているからです。
気づいていれば、救いがあります。
「良くないよね」「このままではいけないよね」という自覚があります。
「なんとかしたほうがいいよね」という前向きな考えもあります。
そういう人は、きちんとアクションを起こします。
利用時間を制限したり、ネットから離れる機会を設けたり、別の趣味を見つけたりなど、改善のアクションが取れます。
ネット依存・スマホ依存になっていると気づいているだけ、幸いなことなのです。
問題なのは、依存していることに気づいていない人です。
何十時間もSNSやゲームをしているにもかかわらず、それに気づいていないと、改善のしようがありません。
自覚がない人は、延々とSNSやゲームをしてしまい、ストップできません。
依存状態が続くだけでなく、ますますエスカレートしていき、抜け出せなくなるのです。
世界保健機関(WHO)では、ゲームのやりすぎで日常生活が困難に陥っている状態を「ゲーム障害」として正式に認定しています。
れっきとした病気の1つですから、改善が必要です。
依存していることが問題なのではありません。
依存に気づいていないことが問題なのです。
ネット依存やスマホ依存の自覚があれば、改善を試みてください。
SNSやゲームの時間を少し減らしてみましょう。
思いきって「スマホに触れない日」「SNSやゲームをしない時間」をつくってみましょう。
気づいていなければ、改善できません。
気づいているからこそ、改善ができます。
気づいているのは、幸いなことなのです。
「スマホの使い方は普通です」
「特にやりすぎていません」
「ネット中毒にもゲーム中毒にもなっていません」
そんな人でも、スマホが原因で生活リズムが崩れているなら、黄信号と思ってください。
すでに危険域に達しています。
自分では「大丈夫」「大したことない」「普通の使い方」と思っていても油断はできません。
見るべきポイントは、普段の生活リズムです。
まだネット中毒やゲーム中毒になっていなくても、生活リズムが崩れているなら、すでに生活に支障が出ている状態といえます。
たかが生活リズムと思うかもしれませんが、軽視はできません。
生活リズムは、生活の基底をなすものです。
生活リズムが崩れているなら、就寝時間は遅くなっていて、慢性的な睡眠不足に陥っているはずです。
日中はぼうっとして、頭の回転が鈍くなっているでしょう。
目の前のことに集中しにくく、パフォーマンスが低下しているはずです。
勉強であれば頭に入らず、仕事であればミスが増えます。
車の運転であれば、事故を起こす可能性もあります。
睡眠不足は食欲が増し、過食や肥満につながるという研究もあります。
こうなると完全に黄信号状態であり、待ったなしの改善が求められます。
スマホの健全な使い方ができているかどうか、利用時間の長さで判断されがちですが、それだけではありません。
たとえスマホの利用時間が短くても、生活リズムが崩れているなら、黄信号といえます。
心当たりがあれば、今すぐ対策を立て、改善に取りかかりましょう。
情報疲れになっている人は「スマホから離れる時間」をつくってみてはいかがでしょうか。
情報疲れになっている人は、いつもスマホの画面に食い入っています。
「暇さえあればスマホ」という状態になっていて、SNS・動画・ゲーム・ニュースの閲覧に大忙しです。
待ち時間や移動時間にも、スマホの画面に食い入っていて、目を離そうとしません。
特にSNSは無限に楽しめます。
時間が無限に溶けていくような感覚があり、注意が必要です。
次から次へとタイムラインが流れていき、いろいろな情報が飛び込んできます。
次から次へと情報が入ってくれば、脳は疲れるし、混乱もしてきます。
「なるほど」「面白い」と思うだけではありません。
人と自分とを比べて、焦ったり、落ち込んだり、いろいろ考えさせられたりするのです。
「いいな」「うらやましいな」と思うたびに、劣等感を覚え、感情が刺激されるのです。
「少しでも暇があると、ついSNSを見てしまう。動画やニュースを見てしまう」
そんな人が多いのではないでしょうか。
こういうときこそ、スマホから離れてみるのが有効です。
一時的にスマホの利用を控えます。
スマホが気になっても、ぐっと我慢して触れないようにするのです。
どうしてもスマホの利用が必要なら、一定の制限を設けてみるのもおすすめです。
特定のタイミングだけスマホ禁止のルールを決めるのアイデアです。
その間はスマホ関連のすべてをNGとし、通知もオフにしておくといいでしょう。
SNSはすぐ返事をしないと思いますが、気のせいです。
ちょっとした強迫観念にとらわれているだけのこと。
少しくらい遅くなっても、まったく問題ありません。
前もって「ときどき返信が遅くなるけどごめんね」と言っておけば、相手もわかってくれます。
「SNSでメンタルが不安定になっているな」と思う人なら、なおさら有効な試みとなるでしょう。
SNSをチェックしない代わりに、趣味で楽しみます。
本を読んだり、映画を見たり、スポーツを楽しんだりします。
散歩に出かけるのも良し。
1人でカフェに行き、まったりした時間を過ごすのも良し。
ひたすらのんびり過ごすのも良し。
スマホを使わない範囲で、好きなことを楽しんでください。
スマホがなくても、有意義な時間を過ごすことは十分可能です。
状況が許すなら、丸1日スマホから離れてみるのも良いチャレンジです。
1日が難しいなら、半日でもかまいません。
誰かに言われて仕方なくルールを設けるのではなく、自分自身でルールを設けることが大切です。
スマホから離れる時間をつくると、心穏やかな時間を過ごせます。
情報を遮断することで、それだけ脳が休まります。
スマホから離れる時間があると、感情が刺激されたり、余計な情報に振り回されたりすることが減るのです。
ネット社会では、会わなくてもコミュニケーションが可能です。
メールやSNSは非同期なので、都合のいいときにメッセージを読み、返信できます。
忙しい現代人にとって、都合の良いコミュニケーションツールです。
インターネットは距離を超越します。
相手との距離が遠く離れていても、ネットであればすぐ情報を届けられます。
画像や動画を送ることも可能です。
ネット上で人とのつながりを増やすことも人の輪を広げることも可能です。
ここまで便利になると、もはやわざわざ会って話す必要はないと思うことがあっても不思議ではありません。
しかしだからといって、コミュニケーションすべてをネットだけに頼るのは要注意です。
ネットだけで完結できるケースもありますが、そうでないケースもあります。
メールやSNSのやりとりには「メッセージの往復に時間がかかる」というデメリットがあります。
こちらがメッセージを送ってすぐ返事があるわけではありません。
しばらく時間を置いてから返事があり、それに応じてこちらもメッセージを返す、という流れです。
すぐ返事が返ってくることもありますが、基本的には待ち時間があります。
リアルの会話に比べて、言葉のキャッチボールが遅くなりがちです。
これでは効率がいいのか悪いのかわかりません。
会って話せばすぐ終わる話も、メールやSNSとなると、長い時間がかかることがあるのです。
ネット社会では「会って話したほうが早い」ということが往々にしてあります。
直接会ったほうが、会話のキャッチボールが軽快に行えます。
こちらから発した言葉に対してすぐ返答があるので、話がスムーズに進んでいくのです。
目の前に相手がいるので、表情がわかったり場の雰囲気に応じた反応ができたりすることも大切なポイントといえるでしょう。
直接会いに行くことのメリットとして「信頼関係を結びやすくなる」という点も見逃せません。
ビジネスにおいて、足を運ぶ行為には、相手に対する敬意や感謝を伝える意味があります。
わざわざ足を運ぶことは、手間暇がかかるデメリットがある一方、信頼関係を構築しやすいメリットがあります。
こうしたことから、すべてのやりとりをネットだけで完結させようとしているなら、一度立ち止まって考えてみることが必要です。
便利な面もある一方、不便な面もあります。
何でもメールやSNSで済ませばいいわけではありません。
ケース・バイ・ケースであり、臨機応変に対応することが求められます。
ネット社会だからこそ、会って話すことの重要性が、以前に増して高まっているのです。
未成年なら、心に留めておきたい大切なことがあります。
「ネットのリスクから身を守るのは、自分自身」ということです。
ネット社会が一般化して、小学校低学年からスマホを利用する人が増えました。
スマホのおかげで、いつでもどこでもネットに触れることが可能になりました。
気づかないうちにネットを利用している状況が格段に増えています。
問題なのは、ネットリスクにどう対処するかです。
幼いころであれば、親がネットのリスクから守ってくれます。
フィルタリングの設定をしてくれます。
課金しても親が払ってくれます。
万一ネットでトラブルが起こっても、親が解決してくれます。
親から厳しく叱られますが、経済的なダメージはありません。
しかし、いつまでも親がネットのリスクから守ってくれるわけではありません。
一定の年齢になったら「最終的にネットのリスクから身を守るのは、自分自身」という意識が必要です。
ネットで何かトラブルがあれば、跳ね返ってくるのは自分です。
ネット被害に遭ったときも、スマホのやりすぎで生活リズムが崩れたときも、苦しむのは自分です。
いつまでも親は守ってくれませんし、頼ってもいられません。
ネット社会を生きていけるよう、ネットの知識やスキル、ノウハウや防犯対策を学び、ネットリテラシーを高める必要があります。
「スマホのやりすぎだな」と思ったら、自分からネットの利用を制限したり、あえてスマホを遠ざけたりすることも大切です。
ネットのスキルやノウハウを勉強して、しっかり身につける必要があるのです。
「メディアリテラシー」という言葉を聞いたことはありますか。
大きく2つの意味があります。
1つ目の意味は「インターネットなどの先端的な情報通信機器を使いこなせる能力」です。
情報通信機器は、スマホやインターネットはもちろん、パソコンやタブレット端末も含まれます。
2つ目の意味は「メディアが伝える情報をうのみにせず、主体的に分析できる能力」です。
たとえば、スマホでいうと「いかにスマホを使いこなせるか」「どれだけネット情報を正しく理解・評価し、活用できるか」です。
どちらも大切であり、どちらもメディアリテラシーといえます。
メディアリテラシーは、低くて困ることはあっても、高くて困ることはありません。
インターネット社会に生きる今、すべての人にメディアリテラシーが求められます。
ネットは「これだけ知っておけば絶対安心」ということはありません。
ネットの世界は刻々と変化を遂げています。
新しい通信機器が増え、新しいネットサービスが増え、新しいルールも増えています。
そして、それだけ新しいネットトラブルも増えているということです。
残念ながらこの流れを止めることはできません。
そのためネットの世界は、常に知識のアップデートが必要になります。
日頃からネットの最新情報を集めるようにしておきましょう。
知識は武器になります。
ネットトラブルに遭わないため、積極的に情報収集をして、メディアリテラシーを高めておくことが大切です。
ネットを使った新しい犯罪手口もあります。
年々巧妙になる一方で、どんどん新しい手口が登場しています。
ネットのトラブルについて情報収集をしておけば「こういうケースがあるのか。私も気をつけよう」と注意ができるのです。
ある程度知っているだけでも、ネットトラブルの防止につながります。
日頃から正しいネットの知識を身につけ、メディアリテラシーを高めておくに越したことはないのです。