ピンチに陥ったとき、嘆く人がいます。
驚いたり、叫んだり、怒りを感じたりして、わあわあ嘆きます。
泣いたり落ち込んだりする人も少なくありません。
ピンチがやってきたら、こうつぶやきましょう。
「いい波がやってきた」と。
「ピンチ=いい波」です。
ピンチのとき「乗り越えたい」と思ってはいけません。
「どこがいけないの?」「前向きでいいじゃないか」と思うかもしれませんが、良くないのです。
「乗り越えたい」は希望です。
「嫌なタイミングでピンチがやってきた」
「最悪のタイミングでピンチがやってきた」
「よりによってどうしてこんなときにピンチがやってくるの?」
ピンチは、突然やってくるのが特徴です。
何の前触れもありません。
音も気配もありません。
ピンチのときは、お先真っ暗に思えます。
絶望的なときは何も見えません。
目の前が真っ暗、未来も真っ暗という状況で、闇の中にいるように感じられます。
「ピンチを乗り越えられない」と言う人がいます。
もはや施す手段が1つもなく、どうすることもできないと嘆いています。
それは誤解です。
私たちはピンチを大げさに捉えすぎています。
「最悪のピンチだ!」「絶体絶命のピンチだ!」「人生最大のピンチ!」とばたばた騒ぎ立てます。
そのほとんどが、実は誤解です。
人の本性は普段、現れません。
普段はトラブルも何もないので、落ち着いていて、余裕があります。
余裕があるので、かっこよく振る舞えます。
ピンチの原因を探ったとき、よくあるケースがあります。
ピンチの原因のほとんどは「先延ばししたツケ」です。
仕事の先延ばし、宿題の先延ばし、決断の先延ばし、治療の先延ばし、修理の先延ばし、損切りの先延ばし。
ピンチになったとき、周りから笑われることがあります。
「ばかだなあ」と嘲笑されたり「ざまあ見ろ」とののしられたりです。
目の前で露骨に笑われるのではなく、陰でくすくす笑われたり冷たい視線を向けられたりすることも少なくありません。
ピンチになったとき、ずっと考えてばかりの人がいます。
原因が見つかっても「まだほかにあるのではないか」とずっと考えています。
解決策を立てても「何か物足りない」とずっと考えています。
ピンチのとき、自分が悪くなくても謝らなければいけない場面があります。
会社の顔として、あるいは組織の代表として、頭を深々下げなければいけないときがあるのです。
これは学生時代にはなかったことです。
ピンチのとき「やばい、やばい」と言っていませんか。
深く考えることなく、さらっと口にします。
ピンチのときに良く聞かれるセリフです。
ピンチのとき、不安や恐怖に押しつぶされる人には共通点があります。
ピンチから逃げているのです。
不安や恐怖は、ピンチから逃げれば逃げるほど大きくなります。
ピンチのとき、誰かに責任を取ってもらおうとする人がいます。
できるだけ責任を負わない方法を考えたり、自分は責任を取りたくないので、代わりにやってくれる人を探したりです。
「会議でみんなと決めたら、責任が分散する」
「万策が尽きた」と思ったら、次の言葉を続けてください。
「と感じているだけ」と。
万策が尽きたと思ったら、もうそれ以上考えることはありません。
ピンチのとき「時間がない」と言う人がいます。
それは本当でしょうか。
いいえ、違います。
ピンチになったとき、神頼みをする人がいます。
「早くピンチが解決しますように」
「うまくピンチを乗り越えられますように」
傷つくことを恐れないでください。
傷つくことを恐れると、行動範囲が制限されます。
傷つかないチャレンジはありません。
アニメ『ドラゴンボール』の主人公の孫悟空は、ピンチになると、スーパーサイヤ人に変身します。
黒髪から金髪に変わって、全身から金色のオーラがほとばしります。
体格が一回り大きくなって筋骨隆々となり、大幅に戦闘力が上昇です。
ピンチのとき「相談できない」と言う人がいます。
「困っているのですが、どうしても相談できません」と嘆いています。
それは嘘です。
どうすればピンチに立ち向かう力が湧いてくるのでしょうか。
ピンチに立ち向かうことを「限界への挑戦」と言い換えてみてください。
ピンチに立ち向かうとき、限界を感じることがしばしばあります。
「ピンチはピンチでしかない。ピンチをチャンスに変えるのはきれい事だ」と言う人がいます。
たしかにどうしようもないピンチのときもあります。
チャンスに変えるどころか、乗り越えることすら不可能に思える状況があるでしょう。
ピンチのとき、奇跡を信じることです。
最悪のピンチや絶体絶命のピンチもあるかもしれません。
「もうダメだ」「万事休す」「完全に終わった」というピンチもあるかもしれません。
ピンチのとき、神様が現れます。
友人が助けてくれます。
同僚が手伝ってくれます。
力を貸してほしいと声をかけたとき、2通りの人に分かれます。
「さっと離れる人」と「快く力を貸してくれる人」です。
普段親しくしている人であれば、快く力を貸してくれるでしょう。
人生で一度くらい「大ピンチ」を経験しておきましょう。
そしてしっかり乗り越えましょう。
普通のピンチではありません。
「ピンチを乗り越えられなかったら、後がない!」と騒ぎ立てる人がいます。
ピンチを乗り越えられなければ、人生も何もかもすべてが終わると考えているのです。
大ピンチに見舞われたとき、よく聞かれるセリフです。
あなたは今までピンチを乗り越えられなかったことはありますか。
一度でもあるなら、幸せです。
残念ながら、ピンチに立ち向かうも、失敗に終わることがあります。
ピンチに陥ったとき、嘆く人がいます。
驚いたり、叫んだり、怒りを感じたりして、わあわあ嘆きます。
泣いたり落ち込んだりする人も少なくありません。
ピンチのときは時間も余裕もなく、まさに危機的状況です。
ネガティブな反応をするのは当然のことのように思えます。
ところが、そんなネガティブな反応をする人たちばかりではありません。
しかし、世の中は面白いもので、そうしたネガティブな反応をする人ばかりではありません。
ピンチに陥ったとき、逆に燃える人がいます。
「面白いイベントが始まった。よし、うまく対処して、必ず乗り越えてみせる!」
「腕の見せ所だ! 私の底力を見せてあげよう!」
「うまくチャンスに変えて、人生を変えるぞ! 素晴らしい未来につなげるぞ!」
ピンチに嘆くどころか、元気になります。
涙を見せるどころか、笑顔を見せます。
テンションが下がるどころか、ぐっと上がるのです。
ピンチであればあるほど燃え上がります。
ピンチを前向きに受け止め、積極的に立ち向かう人がいるのです。
両者は、結果にも差があります。
ピンチに燃える人は、嘆く人と比べて、はるかに対処が上手で、解決も早いのが特徴です。
積極的な人のほうがゲームで高得点を取れるものですが、それはピンチのときも同じです。
スマートな対応でピンチを切り抜け、賢いアイデアでチャンスに変え、大きな飛躍に変えてしまうのです。
あなたはどちらでしょうか。
願わくは、ピンチに嘆く人より、燃える人になりたい。
やりがいのあるゲームが始まったと思えばいいのです。
襟を正し、腕まくりをして取り組もうではありませんか。
少々難しいかもしれませんが、それだけの面白さがあります。
難しいからこそ、達成したときに得られるものも大きい。
ピンチに対する反応の時点で、すでに未来が決まっているのです。
ピンチがやってきたら、こうつぶやきましょう。
「いい波がやってきた」と。
「ピンチ=いい波」です。
ピンチがやってくるのは、いい波がやってくるのと同じです。
そのまま波にぶつかるだけだと、何も楽しくありません。
びしょびしょになって、さんざんな目に遭います。
波を捉えればいいのです。
「うわあ、大きなピンチがやってきた!」と驚くかもしれませんが、大切なのは「波乗り」のイメージです。
大きな波でも、しっかり捉えて安定すればいいのです。
大きなピンチであればあるほど、いい波です。
波に乗ってすいすい進めば、気持ちのいいサーフィンを楽しめます。
経験を増やしたり、スキルやテクニックを磨いたりする機会にもなります。
ピンチがやってきたら、サーファーになったつもりで立ち向かいましょう。
大きくて迫力はありますが、そう見えるだけです。
実はいい波です。
波との出会いは一期一会であるように、ピンチとの出会いも一期一会です。
たっぷり波乗りを楽しんで、経験も成長も手に入れましょう。
楽しむ気持ちを持てば、これほどエキサイティングなことはないのです。
ピンチのとき「乗り越えたい」と思ってはいけません。
「どこがいけないの?」「前向きでいいじゃないか」と思うかもしれませんが、良くないのです。
「乗り越えたい」は希望です。
「できればうまくいってほしい」という曖昧で中途半端な感じがあります。
前向きな考えではあるものの、ふわっとした感じが残っています。
まだどこかに消極性があり、決意が固まっていない状態があるのです。
言葉を濁すと、決意も濁ります。
大切なのは「乗り越える」です。
言葉を濁しません。
「乗り越える」と断言するのです。
はっきり言い切ることで、決意が固まります。
決意が固まるからこそ、本気にもなれます。
本気になるから100%の姿勢で立ち向かえ、全力を発揮できるのです。
意識のうえでも現実のうえでも、乗り越えざるを得ない状態に持っていくことです。
ピンチに強くなりたいなら「乗り越えたい」ではなく「乗り越える」と言い切りましょう。
口に出す言葉はもちろん、心で思う言葉も「乗り越える」と言い切るのが良い。
ちょっとした言葉の違いですが、決意には大きな違いがあります。
「乗り越えると言っておきながら失敗で終わったらかっこ悪いじゃないか」と思う人もいるかもしれません。
そのときはそのときです。
うまくいかなかったときのことは考えなくていいのです。
悪い未来を想像すると、ブレーキがかかってしまい、本気を出せなくなります。
乗り越えると断言して自分に発破をかけたほうが、ピンチに強くなります。
底力も諦めない力も、乗り越えることに集中するからこそ発揮されるのです。
「嫌なタイミングでピンチがやってきた」
「最悪のタイミングでピンチがやってきた」
「よりによってどうしてこんなときにピンチがやってくるの?」
ピンチのタイミングに文句を言う人がいます。
忙しかったり金欠だったり体調が悪かったりなど、余裕がないときに限ってピンチがやって来ると、最悪のタイミングと思えます。
トラブルを抱えている最中にピンチが襲ってきて「弱り目にたたり目」の状況になることも少なくありません。
難しい仕事が重なると、それだけ対応も難しくなります。
バッドタイミングでピンチがやってくると、神様に文句の一言も言いたくなるかもしれません。
しかし、これは違うのです。
ピンチは、常にグッドタイミングでやってきます。
忙しいときや余裕がないときに限ってピンチがやってきますが、実はグッドタイミングです。
ピンチは、神様からのプレゼントです。
神様は、常に絶妙なタイミングで選んでピンチを与えます。
タイミングの意味に気づいてください。
たっぷり余裕があるときにピンチがやってきたら、それはもはやピンチではなくなります。
普通の仕事です。
特別なことではなくなります。
ピンチは、余裕がないときにやってくるから意味があります。
忙しいときや余裕がないときだからこそ、自分の力が試されます。
はらはらどきどきもするし、良い成長にもつながるのです。
バッドタイミングに思えますが、長い目で見ると、実はちょうど良いタイミングです。
そのときはバッドタイミングに思えても、後になって振り返ると、感じ方が変わります。
「よくよく考えてみると、グッドタイミングだった。ちょうど良いタイミングだった」と気づくのです。
タイミングの意味に気づけば、自分を成長させる好機と捉えられるでしょう。
チャンスに変えるアイデアも浮かんできます。
グッドタイミングでやってきたピンチに喜び、感謝して、元気良く取り組みましょう。
ピンチのタイミングを喜べば、道が開けるのです。
ピンチは、突然やってくるのが特徴です。
何の前触れもありません。
音も気配もありません。
突然ぱっと目の前に現れるのです。
もはやサプライズの演出と同じです。
「どうして急にやってくるのだろう?」「来るなら来るって言ってほしい」と思いますが、そもそもピンチはそういうものです。
ピンチは、突然やってくるから面白いのです。
ピンチがやってくる日時がわかると、白けます。
「10月25日の午後14時にピンチがやってきます。何卒よろしくお願いいたします」と予告されたら、サプライズになりません。
普通のスケジュールです。
予定調和の感じがあります。
面白さが半減するのです。
突然やってくるピンチを歓迎しましょう。
にこにこしながら「うわあ、びっくりしたなあ」と面白がってください。
「この突然やってくる感じがたまらないね」と思えるようになりたい。
サプライズとして楽しめば、ピンチは最高にエキサイティングなイベントなのです。
ピンチのときは、お先真っ暗に思えます。
絶望的なときは何も見えません。
目の前が真っ暗、未来も真っ暗という状況で、闇の中にいるように感じられます。
大丈夫です。
それは気のせいです。
しばらく時間がたつのを待ちましょう。
だんだん目が慣れてきます。
停電のようなものです。
夜、突然停電に襲われると、最初真っ暗で何も見えません。
ところがしばらくすると、視覚の感じ方が変わります。
だんだん目が慣れてきて、少しずつ周囲が見えてくるようになります。
小さな光を捉えられるようになり、部屋の輪郭が見えてきます。
やがて普通に歩けたり本が読めたりするくらいの明るさに感じられるのです。
月明かりがまぶしく感じられるようになることも少なくありません。
突然ピンチに襲われたときも、これと同じです。
真っ暗は気のせいです。
まだ目が慣れていないだけです。
しばらく時間がたつのを待ちましょう。
あれほど真っ暗で何も見えなかったはずが、見えてくるようになります。
見えてくれば、次にやるべきことも見えてきます。
小さな希望の光が見えてくるようになるのです。
「ピンチを乗り越えられない」と言う人がいます。
もはや施す手段が1つもなく、どうすることもできないと嘆いています。
それは誤解です。
どんなピンチも、乗り越えられます。
「ピンチを乗り越えられない」という人は、誤解をしています。
乗り越えられないのではありません。
乗り越え方がわからないだけです。
方法さえわかれば「なんだ、こうすればいいのか。大したことないじゃないか」と拍子抜けするでしょう。
大人になるにつれてピンチの対応がうまくなります。
それは人生経験が増えるにつれて、ピンチの乗り越え方を習得するからです。
最初から「乗り越えられない」と諦めないことです。
諦めると、それ以上努力することも考えることもなくなります。
行動停止・思考停止に陥ると、あらゆる可能性が消えて、乗り越えられるピンチも乗り越えられなくなるのです。
「乗り越える方法は必ずある」と信じることです。
どれだけ難しい問題でも、必ず解決策があります。
数学の難問のようなものです。
難しい問題でも、必ず解き方があります。
解き方さえわかれば、あっさり答えが出るのです。
乗り越え方さえわかれば、その手順に沿って粛々と取り組んでいくだけです。
そうすれば、あっさりピンチを乗り越えられます。
「乗り越えられない」と言うのではなく「乗り越え方がまだわからない」と言いましょう。
私たちはピンチを大げさに捉えすぎています。
「最悪のピンチだ!」「絶体絶命のピンチだ!」「人生最大のピンチ!」とばたばた騒ぎ立てます。
そのほとんどが、実は誤解です。
たいてい大げさに捉えているだけです。
「本当のピンチ」は、1つしかありません。
「命に関わるピンチ」です。
命に関わるピンチ以外、大したことはありません。
ピンチを乗り越えられなかったとき、命を失うことになるのであれば、それは本当にピンチです。
まさに最悪のピンチ、絶体絶命のピンチ、人生最大のピンチと言っていいでしょう。
しかし、命に関係しないピンチであれば、大したことはありません。
お金を失ったら、また稼げばいいだけです。
仕事を首になったら、別の会社に就職すればいいだけです。
失恋したら、新しい人を見つければいいだけです。
借金を背負うことになれば、こつこつ返していけばいいだけです。
家が燃えたら、被災保険金を使って新しい家を建てればいいことです。
もちろん大きなダメージを負うことにはなりますが、手段があります。
命があれば、やり直しはいくらでもできます。
だから、あまり難しく考えないことです。
くよくよしないで楽観的にいきましょう。
「ピンチ、ピンチ」と言いますが、万一乗り越えられなかったとしても、命に別条はありません。
ひどい目に遭うことになったとしても、きちんと代償を払った後は、普通に生活していけます。
このことに気づけば、ピンチというものの、実は大したことではないことに気づくはずです。
今あなたが直面しているピンチは、命に関係することでしょうか。
命に関わらなければ、大したことありません。
「命までは奪われない」と思うことです。
「大したことないね」「小さなピンチにすぎないね」と一蹴すればいいのです。
肩の力が抜け、落ち着いた行動もしやすくなります。
人の本性は普段、現れません。
普段はトラブルも何もないので、落ち着いていて、余裕があります。
余裕があるので、かっこよく振る舞えます。
少々疲れていても、笑顔を見せたり元気なふりをしたりすることもできます。
見られたくないところがあっても、うわべを繕ったり欠点を隠したりして、自分を偽ることも可能です。
余裕があるときは、上手に自分を演じられるのです。
では、人の本性はいつ現れるのか。
ピンチのときに現れるのです。
ミカンを手でぎゅっと握ると、果肉や果汁が外に出てきます。
これは人も同じです。
ピンチのときは、四方八方から大きなストレスに襲われます。
外から強いストレスがかかったとき、ぎゅっと押しつぶされたような状態となり、本性である中身が外に出てくるのです。
だからこそ、ピンチのときは、いつも以上に大人の振る舞いを見せたい。
ピンチのとき、荒々しい態度を見せる人なのか、落ち着いた態度を見せる人なのか。
ネガティブで消極的になる人なのか、ポジティブで積極的になる人なのか。
ベストを尽くす人なのか、必要最小限で済ませる人なのか。
あるいは、まったくいつもと変わらない態度を見せる人なのか。
ピンチのとき、大人げない態度や下品な振る舞いを見せると、周りの人は「これがこの人の本性」と察知してさっと引きます。
ピンチのときは、態度も言葉遣いも、いま一度慎重を心がけましょう。
ぎりぎりの状況だとしても、マナーや礼儀作法を大切にしたい。
自分の本性が現れる瞬間ですから、一言一句、一挙手一投足に神経を向けてください。
焦りやすい場面だからこそ、理性と自制心を強く持ち、しっかり自分を保ちましょう。
ピンチのときだからこそ、いつも以上に大人の対応を心がけることが大切なのです。
ピンチの原因を探ったとき、よくあるケースがあります。
ピンチの原因のほとんどは「先延ばししたツケ」です。
仕事の先延ばし、宿題の先延ばし、決断の先延ばし、治療の先延ばし、修理の先延ばし、損切りの先延ばし。
先延ばしの悪影響がどんどん大きくなっていきます。
「まだ大丈夫だよね。あとからやればいいよね。少しくらい遅くなってもいいよね」が何度も繰り返されます。
先延ばしの悪影響は、すぐ現れるわけではありません。
風船のようにじわじわ大きくなっていき、ぱんと破裂します。
「まだ大丈夫。我慢すればなんとかなる」という状況が危ないのです。
あるとき限界を超え、そのツケを払うことになるのです。
大きなピンチが押し寄せ「大変なことになった!」とばたばた大慌てをすることになるのです。
先延ばしをすればするほど、ピンチ到来のカウントダウンが始まっていると考えてください。
日頃から先延ばしをすることが多いという人は、イエローカードです。
先延ばしの癖に心当たりがあるなら、できるだけ早めに直しておくことをおすすめします。
時には、つい先延ばしをしてしまうこともあるでしょう。
人間ですから心が緩んだり惰性が働いたりすることもあります。
あるいは、すぐ着手したくても、先約や優先順位があって、先延ばしせざるをえないときもあるはずです。
そんなときは、きちんと期限を決めておくことをおすすめします。
忘れそうなら、手帳やカレンダーに書き込みましょう。
きちんと期限を決めておけば、だらだら先延ばしすることを防止できます。
先延ばしをやめれば、ピンチの可能性はぐっと下がるのです。
ピンチになったとき、周りから笑われることがあります。
「ばかだなあ」と嘲笑されたり「ざまあ見ろ」とののしられたりです。
目の前で露骨に笑われるのではなく、陰でくすくす笑われたり冷たい視線を向けられたりすることも少なくありません。
周りから笑われたら、幸いです。
笑われたら、その悔しさをバネに変えましょう。
強力なバネに変えて、ピンチをしっかり乗り越え、大きな飛躍を果たせばいいのです。
「このままでは終わらない!」
「見返してやる!」
「今に見ていろ!」
そう思えば、底力が湧いてきます。
マイナスとして受け止めるから落ち込むのであって、プラスとして受け止めればパワーが生まれます。
笑われれば笑われるほど、強いパワーが生まれることになります。
メディアして活躍しているバンドはメジャーデビュー前、笑われたりしたりやじを飛ばされたり経験があります。
売れないころ、ライブで笑われたり冷たい視線を向けられたりした経験をしましたが、それをバネにして頑張りました。
だから周りが音楽をやめていくなか、続けられました。
ぐいぐい実力を伸ばし、今メディアで活躍できているのです。
笑われたら、へこむのではなく、バネに変えて飛躍しましょう。
ピンチという大きな山も、バネの力が強ければ、乗り越えられます。
笑われた経験は、財産になります。
笑われた経験が、人を強くします。
笑われたことをバネに変える人が、ピンチを乗り越えるのです。
ピンチになったとき、ずっと考えてばかりの人がいます。
原因が見つかっても「まだほかにあるのではないか」とずっと考えています。
解決策を立てても「何か物足りない」とずっと考えています。
チャンスに変えるアイデアがひらめいても「もっと良いアイデアがあるのではないか」とずっと考えています。
もちろん考えることは大切です。
無為無策のままピンチに体当たりしたところで、玉砕に終わるのは目に見えています。
解決策やアイデアを考えることは欠かせないことであり、丁寧に時間をかける必要があります。
しかし、本当に大切なのは「行動」です。
ピンチを乗り切る良策があっても、実行に移さなければ意味がありません。
チャンスに変えるアイデアがひらめいても、実行に移さなければ、ないも同然です。
考えることに終始しないことです。
考えているばかりでは、ピンチは乗り越えられません。
いくら考えたところで、行動がゼロなら、結果もゼロです。
きちんと実行に移してこそ、ピンチを乗り越えられます。
やるべきことが定まれば、後は実行あるのみ。
一心不乱に突き進み、全力投球で立ち向かいましょう。
なかなか重い腰が上がらないときは、次の言葉を自分に言い聞かせてください。
「いつまで考えているんだ。さっさと動け!」と。
動いて、動いて、動きまくる。
解決の扉が開き、未来につながる道が切り開かれます。
ピンチという名の、大きな山を乗り越えられるのです。
ピンチのとき、自分が悪くなくても謝らなければいけない場面があります。
会社の顔として、あるいは組織の代表として、頭を深々下げなければいけないときがあるのです。
これは学生時代にはなかったことです。
学生時代は「自分に非がなければ謝らなくて良い」で通用しましたが、会社に属して働いているといるとそうもいきません。
社会では、自分が悪くなくても謝らなければいけないときがあります。
社会に出て間もない新人のころは、強い違和感があって抵抗を感じるのです。
こんなとき、ぶつぶつ文句を言う人がいます。
「私は何も悪いことをしていない。どうして私が謝らなきゃいけないの?」と。
たしかに納得しがたい現実ではあります。
誰が見ても「どう考えてもおかしい」と思うところです。
自分に非があって謝るならまだしも、非がないのに頭を下げなければいけないのは不条理に感じられるのも当然です。
しかし、そこで謝るのを拒んでいると、いつまで経ってもピンチが解決しません。
お客さまの立場からすると、新人であろうと誰であろうと関係なく、会社の人として見えています。
会社に属しているなら、代表としてお叱りやクレームを受けなければいけないときがあるもの。
納得していなくても、ここはひとつ、社会人らしい対応を見せたい場面です。
謝るだけでピンチを乗り越えられるなら、小さなことです。
本音では「どうして私が?」と思いつつも、頭を下げることで、心が強くなっていきます。
相手も「本当はあなたが悪いわけではない」とわかりながら叱っています。
さっと謝ることで、相手の怒りも早く静まり、話が前に進むようになるのです。
ピンチのとき「やばい、やばい」と言っていませんか。
深く考えることなく、さらっと口にします。
ピンチのときに良く聞かれるセリフです。
差し迫った状況なのでやばいと言いたくなるもの当然に思えますが、ここは注意したいところです。
「やばい」は、焦りを助長させる言葉です。
「やばい、やばい」は「焦ろ、焦ろ」と自分に言い聞かせているのと同じです。
「やばい、やばい」と言っているうちは、なかなか気持ちが落ち着きません。
むしろますます動揺が激しくなります。
余計なストレスを感じてしまい、全身が硬直します。
ネガティブな自己暗示もかかってしまい、建設的な未来を想像できなくなるのです。
「やばい、やばい」と言いそうになったら、喉のところでぐっと止めてください。
代わりに「大丈夫、大丈夫」と言いましょう。
「大丈夫」は、気持ちを落ち着かせる言葉です。
「大丈夫、大丈夫」は「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせているのと同じです。
「大丈夫、大丈夫」と言っていると、だんだん気持ちが落ち着きます。
少しずつ心に余裕も生まれてきます。
ポジティブな自己暗示がかかり、建設的な未来も想像できるようになるのです。
「やばい」と「大丈夫」とでは、天と地の差があります。
ピンチのときに口にする言葉で、未来が変わるのです。
ピンチのとき、不安や恐怖に押しつぶされる人には共通点があります。
ピンチから逃げているのです。
不安や恐怖は、ピンチから逃げれば逃げるほど大きくなります。
逃げても逃げても後ろから追いかけてきて、なかなか振り切れません。
振り切ったと思ったら、別のところからぱっと現れます。
背後霊のようにずっと後をついて回ってくるうえ、どんどん大きくなっていきます。
もはやホラー映画さながらです。
だからますます怖くなって逃げるのがやめられないという悪循環に陥るのです。
逆に立ち向かうのです。
ピンチに立ち向かえば、不安や恐怖が小さくなります。
不安や恐怖は「積極的な姿勢に弱い」という特徴があります。
こちらから立ち向かえば、不安や恐怖がどんどん小さくなります。
心はびくびくしていてもいいので、表向きは胸を張って堂々とすることです。
虚勢を張ることも大切です。
気づくと、不安や恐怖は見えないくらい小さくなっていて、ないも当然になるのです。
ピンチのとき、誰かに責任を取ってもらおうとする人がいます。
できるだけ責任を負わない方法を考えたり、自分は責任を取りたくないので、代わりにやってくれる人を探したりです。
「会議でみんなと決めたら、責任が分散する」
「人に決めてもらったら、失敗しても、その人のせいにできる」
どうすれば責任から逃れられるか、あるいは自分の責任が小さくなるか、アイデアを絞りだそうとします。
これを「責任逃れの姿勢」といいます。
たしかに誰でも責任は取りたくないもの。
責任という言葉には、重い響きがあります。
「責任を負いたいですか」と聞かれれば、ほとんどの人が「ノー」という返事となるはずです。
失敗したときの保険を用意して、なんとか責任から逃れようとする人も多いのではないでしょうか。
しかし責任逃れの姿勢でいるかぎり、ピンチを乗り切ることは困難です。
わざわざ会議を開いて、みんなの意見を伺わなければいけません。
メンバー全員がそろわないと、会議すら開けません。
誰かに責任を取ってもらう姿勢では、行動が遅くなります。
余計な悪知恵が働くようになります。
誰かに責任を取ってもらえないなら、怖くて何もできなくなります。
ピンチのときに大切なのは「自己責任の姿勢」です。
自分が行動の責任を取るということです。
自己責任になれば、すべて自己都合・自己判断で良くなります。
わざわざ会議を開いて、みんなの意見を伺う必要はありません。
自分が「こうしよう」と思えば、ゴーサインです。
自分が決めたら、それでOKとなるので、圧倒的なスピードが生まれます。
決断も行動も格段に早くなるのです。
また自己責任になると、失敗したくないので、より真剣に考えるようになります。
ピンチを乗り越える方法も、自己責任だからこそ真剣に考えるようになり、結果として良い解決策・良いアイデアがひらめくのです。
何かあったとき「私が決めました」「私がやりました」「私の責任です」と言えるようになることです。
もちろん失敗したときは自分が責任を取らなければなりませんが、最初からわかっていることなのですんなり受け入れられます。
自己責任の姿勢になれば、ピンチを乗り切れるのです。
「万策が尽きた」と思ったら、次の言葉を続けてください。
「と感じているだけ」と。
万策が尽きたと思ったら、もうそれ以上考えることはありません。
知恵を振り絞ることも、それ以上努力することもなくなります。
何もかもそこで終わりです。
諦めるだけとなります。
このとき、ピンチに飲み込まれ、正真正銘のゲームオーバーとなります。
万策が尽きたと思うから、万策が尽きるのです。
万策は、尽きていません。
尽きたと感じているだけです。
今の段階で結論を出すには早すぎます。
考えるのではなく、考え抜くのです。
常識や固定観念にとらわれず、自由に考えてみると、まだできることがあります。
もっと頭をひねれば、何らかの方法が見つかるはずです。
思いきった発想や逆転の発想にもチャレンジしてみてください。
「万策が尽きた」と思えば、絶望です。
「万策が尽きたと感じているだけ」と思えば、希望です。
「まだできることがあるかもしれない」という前向きな気持ちになります。
心のつぶやきに一言加えるだけで、感じ方が絶望から希望へと180度変わります。
ピンチに強くなるため、大切な心の習慣なのです。
ピンチのとき「時間がない」と言う人がいます。
それは本当でしょうか。
いいえ、違います。
大げさに言っているだけです。
時間がないからといって、本当にゼロというわけではないはずです。
残り時間が少ないことを「時間がない」と大げさに言っているにすぎません。
「時間がない」と言っていると、本当に時間がゼロだという錯覚を引き起こします。
数日なり数週間なり、少ないながらも時間があるはずです。
3日あれば、3日なりにできることがあるでしょう。
「3日しかない」と考えるのではなく「3日もある」と考えましょう。
3日は72時間です。
72時間あれば、多くのことができます。
残り時間がわずかしかない状況もあるかもしれません。
たとえ残り時間が3時間だとしても、3時間でできることがあるはずです。
「3時間しかない」と考えるのではなく「3時間もある」と考えましょう。
3時間は、180分です。
180分あれば、仕事の1つや2つは片付けられます。
残り時間がわずかしかない状況でも、その中でできることがあるはずです。
あると思えば、あるのです。
ないと思えば、後ろ向きになりますが、あると思えば、前向きになれます。
限られた時間でも、最大限に集中力を発揮すれば、多くのことができるのです。
ピンチになったとき、神頼みをする人がいます。
「早くピンチが解決しますように」
「うまくピンチを乗り越えられますように」
普段は不信心で神様の存在を信じない人も、ピンチに遭って困ったときは、ここぞとばかりに祈りをささげ、神仏に助けを求めます。
天に向かって祈ったり神社に足を運んだりと熱心です。
たしかに「苦しいときの神頼み」という言葉もあります。
神様に祈ることで、奇跡や素晴らしい偶然が起こって、ピンチを乗り越えられることもあるかもしれません。
しかし、やるべきこともやらず、ただひたすら神頼みするばかりではNGです。
やるべきことをやらないで「ピンチが解決しますように」と祈るだけでは何も変わりません。
そもそも何もやっていないのですから「うまくいきますように」と祈るのもおかしいのです。
何もしなければ何も変わりません。
解決どころか、未解決のままです。
やがてピンチに飲み込まれ、痛い目に遭い、アウトの結末を迎えることになります。
神頼みは、やるべきことをやった後にすることです。
自分に非があれば、きちんと謝ります。
仕事にミスや誤りがあれば、きちんと修正します。
やるべきことをやり尽くしたうえで神頼みをするなら、神頼みも有効です。
神様も力を貸してくれます。
祈りが天に届き、奇跡が起こる可能性も高くなるのです。
傷つくことを恐れないでください。
傷つくことを恐れると、行動範囲が制限されます。
傷つかないチャレンジはありません。
どんなチャレンジも、大なり小なり、傷つくリスクがあります。
1つも傷つかないようにすると、著しく行動範囲が制限されます。
慣れたことや安全なことしかできなくなり、何もチャレンジできなくなります。
代わり映えのない毎日を繰り返すことになる。
傷つくことを恐れていると、新しい人生を開拓できなくなるのです。
傷つくことを恐れているなら、今すぐ心を入れ替えましょう。
「傷つきたくない」から「傷ついてもいい」に切り替えてください。
傷ついても大丈夫です。
傷ついても、時間がたてば、治るからです。
時間は、万能の特効薬です。
すべての傷を癒やす力があります。
小さな傷なら、すぐ治ります。
大きな傷は治るまでに時間がかかりますが、最終的には治ります。
体の傷も心の傷も、時間がたてば、自然と回復するのです。
「傷ついても治せばいいよね」と気楽に考えましょう。
傷つくことを受け入れれば、行動範囲がぐっと広がります。
怖いものが減って、勇気が出て、チャレンジ精神がみなぎってきます。
時には「一生の傷」ができることもあるかもしれません。
一生の傷ができたら「思い出の傷」として前向きに捉えればいい。
少しくらい傷があったほうが、貫禄が生まれ、人としての味になります。
傷つくことを受け入れた瞬間、封印されていた力が覚醒します。
あなたの中で「自分改革」が起こるのです。
アニメ『ドラゴンボール』の主人公の孫悟空は、ピンチになると、スーパーサイヤ人に変身します。
黒髪から金髪に変わって、全身から金色のオーラがほとばしります。
体格が一回り大きくなって筋骨隆々となり、大幅に戦闘力が上昇です。
弱々しかった孫悟空が、パワーもスピードも段違いにアップして、そこから逆転劇が始まります。
見事敵をやっつけ、ピンチを切り抜けるのです。
この話から学べることがあります。
私たちもピンチになったとき、スーパーサイヤ人のように強く変身するのです。
「あれは漫画の話であって、現実にはあり得ない」と思うかもしれませんが、誤解です。
現実にも通じるところがあります。
私たちの中には、本気モードのスイッチがあります。
人間に「火事場のばか力」が備わっていることは、すでにご存じでしょう。
本気モードは普段スイッチがオフになっていて、使われていない状態です。
サイヤ人に変身形態があるように、人間にも変身形態があるのです。
ピンチになったときは、強く変身しましょう。
本気モードのスイッチを入れるのです。
「さあ、今から本気モードだ!」と強く自分に言い聞かせると、心の中で「カチッ」と音がします。
本気モードを強く意識すれば、普段眠っている力が呼び起こされます。
疲れや眠気は吹き飛ぶだけではありません。
心も体もがらって変わり、人が変わったかのように変身できます。
ぐっと気合が入って、体力も集中力も、すさまじい力を発揮できるようになる。
自分でも信じられないような、底力を発揮できるようになるのです。
本気モードはすべての人に備わっています。
もちろんあなたの中にも、本気モードが備わっています。
それを生かすか生かさないかです。
ピンチのときは、スーパーサイヤ人になったつもりで、変身してください。
潜在的な力を発揮させれば、ピンチを切り抜けられるのです。
本気モードになって、奇跡が起こしましょう。
ピンチのとき「相談できない」と言う人がいます。
「困っているのですが、どうしても相談できません」と嘆いています。
それは嘘です。
相談ができないのではありません。
相談をしないだけです。
「できない」と「しない」と混同しないことです。
「できない」と「しない」は似て非なるものであり、まったく別物です。
相談できないと言う人のほとんどが、実際はしないだけの状態になっています。
恥ずかしさがあったり、申し訳ない気持ちがあったり、見栄やプライドがあったりして、そもそも相談を試みていないのです。
その気になれば、相談はできます。
普通に声をかけるだけです。
事情を話して、頭を下げるだけです。
プライベートやプライバシーに関わる部分があって言いにくいなら、そこだけ伏せて相談すればOK。
尊敬できる人に相談すれば、知恵やアイデアが得られます。
自分一人で考えることには限界がありますが、人の知恵を借りれば、限界はありません。
2人で解決策を考えると、面白い化学反応が起きて、思わぬアイデアが飛び出ることもあります。
相談すると「じゃあ力になるよ」と言ってくれる人も少なくありません。
早く相談すれば、それだけ早く解決します。
スピード相談、スピード解決です。
長く悩んでいることも、人に相談すると、あっさり解決することがあります。
「あの悩んでいた時間は何だったのだろう」と拍子抜けするのです。
知恵もアイデアも得られず、普通に話をして終わりになることもあるかもしれません。
それでもいいのです。
話を聞いてもらえるだけでも、ほっと心が軽くなり、元気が出るものです。
吐き出すだけでも意味があるのです。
「できない」と「しない」を区別することです。
相手に迷惑がられたら、そのときはさっと身を引けばいいことです。
「相談できない」と言いそうになったら、一拍置いて「相談できないのではなく、しないだけではないのか」と自問してください。
悪い思い込みをしているなら、さっさと目を覚ましましょう。
どうすればピンチに立ち向かう力が湧いてくるのでしょうか。
ピンチに立ち向かうことを「限界への挑戦」と言い換えてみてください。
ピンチに立ち向かうとき、限界を感じることがしばしばあります。
能力の限界、時間の限界、体力の限界、精神力の限界。
限界が感じられると「これはダメだろう」「さすがに無理だろう」と諦めの念が強くなります。
しかし、ピンチに立ち向かうことを「限界への挑戦」と言い換えると、どうでしょうか。
限界への挑戦と思えば、チャレンジ精神が刺激されます。
限界を感じることがあっても「ぎりぎりで当然」「可能性が低くて当然」という意識となります。
「大変で苦しいけど、これは限界への挑戦だからベストを尽くそう」という考えになり、大きなパワーや根性が発揮されるのです。
多くの人は、持っている力を出し惜しみしています。
私たちの中にはストッパーがあり、これが全力の発揮を妨げています。
無意識にブレーキを踏んでいて、余力を残した状態でやめています。
本人はそのことに気づいていません。
本当はできるのに、すべての力を出し切れていない状態なのです。
ピンチに立ち向かうときは「限界への挑戦!」と自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせましょう。
限界への挑戦と思えば、取り組む価値が生まれます。
ピンチがぎりぎりの場面なら、自分もぎりぎりまで頑張ってみる価値があります。
見事ピンチを乗り越えたら、素晴らしい達成と大きな成長が手に入ります。
ピンチは、限界に挑戦できる絶好の機会なのです。
「ピンチはピンチでしかない。ピンチをチャンスに変えるのはきれい事だ」と言う人がいます。
たしかにどうしようもないピンチのときもあります。
チャンスに変えるどころか、乗り越えることすら不可能に思える状況があるでしょう。
そんなとき、チャンスに変えるというのはきれい事に聞こえてしまいます。
疑わしく思うのも無理はありません。
しかし、きれい事だと思う人は、最初から努力を怠っているのです。
きれい事だと思った瞬間、すべてそこでストップします。
「どうせ頑張るだけ無駄」という努力放棄の思考になってしまい、ピンチに対して積極的になれません。
考えることも、行動することも、粘ることもなくなります。
ピンチをチャンスに変えることをきれい事だと思っているから、うまくいかないのです。
大切なのは「チャンスだと信じ込むこと」です。
ピンチでしかないときもあるかもしれません。
たとえそうだとしても「これはチャンスなんだ!」と100%信じて行動することが大切です。
自分を洗脳させるかのごとく、ピンチはチャンスと信じて頑張るしかないのです。
そうすれば、心に火がつきます。
考えることも、行動することも、粘ることもできるようになります。
「思考は現実化する」という言葉があるように、思いが強ければ強いほど、その願望が実現します。
結果として、奇跡が起きるのです。
ピンチのとき、奇跡を信じることです。
最悪のピンチや絶体絶命のピンチもあるかもしれません。
「もうダメだ」「万事休す」「完全に終わった」というピンチもあるかもしれません。
しかし、本当に可能性はゼロなのでしょうか。
乗り越えられる可能性がわずかでもあるなら、奇跡はあり得ます。
1%でもいいのです。
0と1は、天と地の差です。
0%なら絶望しかありませんが、1%なら希望があります。
1%なら奇跡が起こる可能性があるといえるのです。
スピリチュアルな話ではありません。
結局のところ「行動するかしないか」です。
奇跡を信じない人は「どうせ無理」と最初からさじを投げ、何も行動しません。
奇跡を信じる人は「もしかしたら」と思うので、行動します。
ダメ元でやってみることも、無理を承知でアタックしてみることも、大切です。
行動しなければゼロですが、行動すれば可能性はあります。
最初は可能性が低くても、行動していくうちにどんどん道が切り開かれ、可能性が上がっていくこともあります。
行動するから、奇跡も起こるのです。
これが、奇跡を信じる人と信じない人の違いです。
奇跡を信じない人に、奇跡はやってきません。
奇跡は、信じる人のところにやってきます。
どれだけ厳しいピンチを迎えたとしても、奇跡を信じることが大切なのです。
ピンチのとき、神様が現れます。
友人が助けてくれます。
同僚が手伝ってくれます。
知り合いが味方になって援護してくれます。
「力になります」「お手伝いさせてください」「私はいつでも味方です」と言ってくれ、献身的に尽くしてくれるのです。
時には自分の身を削ってまで助けてくれることもあります。
これほどありがたいことはありません。
涙が出てきます。
自分が困っている場面で、逃げるどころか、助けの手を差し伸べてくれる人がいるものです。
この瞬間、その人の見え方が変わります。
今まで「普通の友人」「普通の同僚」「普通の知り合い」と思っていた人が、神様に見えるのです。
「ああ、この人は神様だったのか!」と驚かされます。
神様は遠くにいるのではありません。
近くにいるのです。
本当は以前から身近にいたのですが、気づいていないだけでした。
神様は、普通の人に化けて、あなたの前に現れます。
ピンチのとき、どんな神様が現れるか楽しみにしておきましょう。
力を貸してほしいと声をかけたとき、2通りの人に分かれます。
「さっと離れる人」と「快く力を貸してくれる人」です。
普段親しくしている人であれば、快く力を貸してくれるでしょう。
一方、不仲だったり面識がなかったりするなら、声をかけても、断られる可能性が高いと思われます。
実際にそうなるケースが多いのですが、すべてがそうとは限りません。
時に意外な反応をされることがあります。
普段仲良くしている人でも、力を貸してほしいと声をかけたとき、急に冷たくなって、そっぽを向くことがあります。
「私には関係ない」「ほかに用事があって」「今ちょっと余裕がなくて」など言って、さっと離れます。
親しい関係だと思っていた人でも、露骨に距離を置かれたり、逃げるように離れていったりすることがあるものです。
逆のケースもあります。
浅い関係であるにもかかわらず、力を貸してくれたりする人もいます。
さほど仲が良いわけでもないのに、親身になって相談に乗ってくれる人がいます。
「大丈夫ですか」「力になります」「私にできることなら何でも」と、親身に力を貸してくれるのです。
普段は怖い人・冷たい人・憎たらしい人でも、急に優しくなって、手助けしてくれることもあります。
ピンチのとき、思いのほか冷たくされることもあるかもしれません。
助けてくれるに違いないと思っていたにもかかわらず、断られたり距離を置かれたりすると、ショックを受けるところでしょう。
しかし、助けてくれなかったとしても、憎まないことです。
腹を立てたり恨んだりもしません。
ひどい人・冷たい人というわけではありません。
「その程度の関係だった」ということです。
相手にも相手の事情があります。
自分が勝手に親しい人だと思い込んでいただけなのかもしれません。
ピンチとは、人間関係を見極めるタイミングです。
人間関係の見直しと整理整頓ができる、良い機会でもあります。
困ったときに助けてくれた人こそ、本当の人間関係です。
相手の年齢や性別は関係ありません。
快く力を貸してくれた人とは今後も関係を持ち続け、仲良くお付き合いをしましょう。
ピンチを通して、本当の人間関係がわかるのです。
人生で一度くらい「大ピンチ」を経験しておきましょう。
そしてしっかり乗り越えましょう。
普通のピンチではありません。
これでもかというほどの大ピンチです。
人生を長く生きていると、ある日とんでもない大ピンチに見舞われることがあります。
映画になってもおかしくないくらいの大ピンチです。
そんなときは「もうダメだ。万事休す。人生が終わった」と息をのみます。
「家族や友人を失うかもしれない。お金も仕事も失うかもしれない」と絶望の嘆声を上げます。
「何もかも捨てて、どこか遠いところに逃げようか」と思うくらいのときもあるかもしれません。
不穏な考えが頭をよぎるほど、大ピンチを経験することがあります。
そんな大ピンチを一度でも経験し、見事乗り越えられたら、必ず人は変わります。
あとから振り返ったとき「あのときは本当に大変だった!」「あのときは本当によくやった!」と誇らしく思えます。
「神様を見た!」「奇跡を経験した!」と思えます。
そして、再びピンチに見舞われたとき、感じ方が変わります。
「あのときの大ピンチに比べれば、今回のピンチはかわいいものだ」と思えるのです。
過去の大ピンチのおかげで、メンタルが鍛えられ、肝が据わります。
少々のピンチでは動じなくなり、どっしり構えられる。
いつの間にか器が大きくなっているのです。
人生で一度くらい大ピンチを経験しておくのも悪くありません。
大ピンチなんて経験したくないものですが、あったらあったで「人生の肥やしになる」と考えましょう。
一度でもいいので大ピンチを経験し、しっかり乗り越えられれば、一生の財産になります。
ピンチであればあるほど、あとから印象深い思い出に変わります。
素晴らしい武勇伝になり、ものすごい自信にもつながります。
大ピンチを経験したとき、あなたの器は大きくなるのです。
「ピンチを乗り越えられなかったら、後がない!」と騒ぎ立てる人がいます。
ピンチを乗り越えられなければ、人生も何もかもすべてが終わると考えているのです。
大ピンチに見舞われたとき、よく聞かれるセリフです。
それは大げさに考えすぎです。
本当に最悪のピンチとは、命に関わるピンチのみです。
それ以外のピンチは、大したことのように感じるだけで、実際は大したことではありません。
ピンチのときは、目の前のことに意識が向くあまり視野が狭くなっていて、極端な考えに走りがちです。
そのため、ピンチを乗り越えられなかったら後がないと感じてしまうのです。
これは大きな誤解です。
乗り越えられなかったからといって、人生が終わるわけではありません。
もちろんひどい目に遭うことにはなるでしょうが、それだけのことです。
ピンチを乗り越えられなかったからといって、人生が終わるわけでも時間が止まるわけでもありません。
普通に明日がやって来るし、太陽も昇ります。
まだまだ人生は続き、未来も続きます。
楽しい毎日を送ることもできるし、幸せな人生にすることもできます。
ピンチを乗り越えられなくても、後はあるのです。
だからあまり深く考えすぎないことです。
大変かもしれませんが、楽しく気楽にいきましょう。
肩の力を抜いたほうがうまくいきます。
乗り越えられなくても、命までは取られないのです。
あなたは今までピンチを乗り越えられなかったことはありますか。
一度でもあるなら、幸せです。
残念ながら、ピンチに立ち向かうも、失敗に終わることがあります。
結果を出せず、努力が報われないこともあります。
ピンチといえば、乗り越えることばかりが大切と思われがちです。
乗り越えることが良いことであり、乗り越えられなければ悪いことだと思われています。
しかし、そうとは限りません。
乗り越えられなかった経験も大切です。
もちろんひどい目に遭います。
ピンチを乗り切れないと、大きな痛みや苦しみを味わうことになります。
お金・仕事・信頼・人間関係の面で、深刻なダメージを被ることになるでしょう。
借金を背負う、仕事を首になる、信頼を大きく損ねる、大切な人を失う。
時には取り返しのつかない結末を迎えることもあります。
辱めを受けて、奈落の底まで落ち込みます。
乗り越えられなかったからといって、マイナスばかりではありません。
話のネタができて、最高の失敗談として紹介ができます。
「ピンチを乗り越えられなかったことがある」と言えば「それって何?」と周りの人は興味津々に耳を傾けてくれるでしょう。
ピンチで地獄を味わった話ほど、人を引きつけるものはありません。
痛い目に遭ったからこそ、弱点や課題が判明します。
今度そこを改善していけば、レベルアップします。
しっかり反省することで、習慣を見直したり、心を入れ替えて真面目に頑張るようになったりします。
きちんと弱点や問題点を改善して、克服できれば、一回り強い自分と出会えるのです。
ピンチを乗り越えられなかった人の気持ちも理解できます。
ピンチで苦しむ人がいれば、共感や同情ができたり「大丈夫ですか」と優しい声をかけられたりできます。
人生で一度くらい、ピンチを乗り越えられなかった経験をしておくことです。
つらい出来事も、後になれば、笑い話になります。
挫折を味わったことがある人には魅力があります。
「ピンチを乗り越えたことがある」という人も魅力的ですが「ピンチを乗り越えられなかったことがある」という人も魅力的です。
プラスの経験とマイナスの経験があるのではありません。
プラスの経験に変える人と、マイナスの経験のままにする人がいるだけです。
一見マイナスに思える経験でも、プラスの経験と思えば、そうなります。
ピンチを乗り越えられなかった経験も、あっていいのです。
大切な人生経験です。
「ピンチを乗り越えられなかったことがある」という経験が、いつか大きな財産になります。