手っ取り早く人生を変えるにはどうすればいいのでしょうか。
ベストな方法は「引っ越し」です。
引っ越しをすれば、環境ががらりと変わって大きな変化をつくり出せます。
人生では、自分の道に迷うことがあります。
「やりたいことがなく、どう生きていけばいいかわからない」という人もいるでしょう。
「やりたいことがあっても、実現の可能性がない」という人もいるでしょう。
人の内面を変えるには、時間がかかります。
たとえば、性格です。
性格を変えるのは難しい。
「自分は本当に弱い人間だ」
「気力も体力も精神力も、弱くて困っている」
「弱い自分が嫌いだ」
会話中、相手にきちんと伝わっていないと気づくことがあります。
優しい心、楽しい心、魅力的な心。
悲しい気持ち、悔しい気持ち、諦めたくない気持ち。
かっこよく生きようとしていませんか。
「スマートなところを見せたい」
「人を引き付ける魅力を出したい」
私たちは、まず享受者・傍観者の立場から始まります。
質の高い商品やサービスを受け取って、楽しみます。
スポーツ選手の素晴らしいプレイを見て、興奮と感動を楽しみます。
忘れることを悪いことだと思っていませんか。
たしかに「忘れる」という言葉には、ネガティブな印象があるでしょう。
物覚えは、悪いよりいいほうが役立ちます。
失敗は成功のもとになります。
失敗は、成功に役立つヒントの宝庫。
失敗したなら、何か悪いところがある証拠です。
自分の手を見てみましょう。
その手には何がありますか。
手のひらには何もない。
「恋愛をしたい!」
そう思ったときに思い浮かべるのは「熱い恋愛」でしょう。
燃えるように熱い恋愛をして、とことん親密になりたい。
仕事をするときは、情熱が大切です。
情熱を持って仕事をすると、スピードと集中力が生まれます。
情熱は、モチベーションを高めます。
直感の妨げになるもの。
それは、計画です。
仕事に取り組む前、計画を立てることがあるでしょう。
大切なのは、経験を増やすことです。
経験は、成功・失敗に関係なく、心の財産になります。
挑戦した結果、うまくいったとします。
自分を見失う原因になるもの。
それは、見栄と体裁です。
どちらも人生に悪影響を与えるもの。
年齢を重ねるごとに若返りましょう。
「若返るのは不可能」
そう思ったあなた。
決断は苦しい。
決断には、ストレスが伴います。
小さな決断ならまだ楽ですが、大きな決断となると簡単にはいきません。
決断力を鍛えるにはどうすればいいでしょうか。
答えはシンプルです。
決断力を鍛えるには、実際に決断をしていく方法がベストです。
焦っているとき、どんな表情をするか。
ここがポイントです。
焦っているときは、焦った表情をするのが普通でしょう。
「命をかける」という表現を使う人がいます。
「命がけでやります!」
「命をかけて頑張ります!」
交流会に出席する場面があります。
新人や新入社員を歓迎する歓迎会。
友情や友好を深める親睦会。
私たちはときどき「自信」という言葉を使います。
「自信がある」
「自信がついてきた」
自分で考えた提案にもかかわらず、自信を持てないことがあります。
「こんな提案は意味があるのだろうか」
「これくらいなら誰でも考えることができる」
あなたが嫌いな歌は何ですか。
好きな歌ならいいのです。
好きな歌なら、聞いているだけで癒やされたり励まされたりします。
行き詰まったとき、どうすればいいか。
人に相談することでしょうか。
がむしゃらに頑張ることでしょうか。
問題の答えは、どこにあるのでしょうか。
私たちが問題の答えを見つけようとするとき、問題の「周辺」に目を向ける傾向があります。
ヒューマンエラーが発生したら「仕事を担当した人に問題がある」と考える。
あなたは今、扉の鍵を探しているでしょう。
扉が閉まっていて、開けるには鍵が必要です。
「きっとどこかに扉の鍵があるはず」
疲れたときに出やすいのが、ため息です。
心や体に疲れがたまると、だるさをどうにかしたくて、大きなため息をつきたくなるでしょう。
かすかに声を出しながら、大きく息を吐く。
新しい行動をパターン化させるとき「習慣にする」という表現を使います。
「節約の習慣」
「運動をする習慣」
寄付をしたことはありますか。
もし一度も寄付をしたことがないなら、貴重な機会を逃しています。
寄付とは何か。
手っ取り早く人生を変えるにはどうすればいいのでしょうか。
ベストな方法は「引っ越し」です。
引っ越しをすれば、環境ががらりと変わって大きな変化をつくり出せます。
部屋も変わり、住む地域も変わります。
通勤ルートも変わり、すれ違う人も変わるでしょう。
買い物に行くお店も変わり、行きつけのカフェも変わるでしょう。
近所の人付き合いも変わり、人間関係も変わるでしょう。
引っ越しをするだけで、さまざまな要素を一変させることができます。
がらっと身の回りが変わることになり、人生に大きな変化をもたらします。
引っ越しに一苦労はありますが、それだけの価値はあります。
あなたの人生にとって大きなインパクトになるのは間違いありません。
日常から受ける刺激が大幅に変わり、あなたに新しい成長をもたらしてくれるでしょう。
引っ越しにはお金がかかります。
「人生を変えるための出費」と思えばいいでしょう。
引っ越し費用は高いように思えますが、あらためて考えるとそうでもありません。
引っ越しだけで、身の回りの環境を一度に変えることができます。
しかも大きな変化をもたらします。
「人生を変えるための費用対効果」という点で考えると、高いどころかむしろ安いと言えるでしょう。
引っ越しには費用がかかりますが、知恵を凝らせば抑えることも可能です。
たとえば、仲介手数料のない業者を通したり、敷金礼金が不要な物件を選んだりです。
引っ越し作業も、業者に依頼するのではなく、自分の車で済ませる方法があります。
車を持っていなければ、車を持っている知人友人に手伝ってもらい、謝礼を渡せばいいでしょう。
知恵を凝らして工夫すれば、引っ越し費用を大幅に抑えることが可能になります。
引っ越しによって家賃を低く抑えることができれば、節約もできて一石二鳥です。
安い物件に引っ越したおかげで固定費が下がり、お金が貯まるようになった話は珍しくありません。
自由に使えるお金が増えれば、我慢していたこともできるようになり、より自分らしい人生を実現できるでしょう。
引っ越しの波及効果は無限大です。
もちろんお金と手間暇はかかりますが、引っ越しほど人生を変える効果的な方法はありません。
お金と手間暇はかかりますが、必ず人生が変わります。
人生では、自分の道に迷うことがあります。
「やりたいことがなく、どう生きていけばいいかわからない」という人もいるでしょう。
「やりたいことがあっても、実現の可能性がない」という人もいるでしょう。
道がないなら進みようがありません。
「道がなければ進めない。道がないから諦めよう」
そう考える人も多いはずです。
義務教育では自然と進学できたので、自分の夢・仕事・生き方も、自然と見つかるだろうと思いがちです。
しかし、ここに誤解があります。
そもそも自分の道は、最初からあるものではありません。
自分の道は、切り開いていくものです。
「勝手に道ができるだろう」
「誰かが導いてくれるだろう」
「自然と道が見えてくるだろう」
そんな淡い期待を抱いていると、いつまで経っても道はできません。
ふらふらした日々を過ごすことになり、生き方が不安定になるでしょう。
自分らしくない生き方になるでしょう。
何もできず、何も果たせず、何者にもなれないでしょう。
「道は最初からあるもの」と思い込んでいると、人生の迷子になってしまうのです。
「自分の道は、最初からあるものではなく、切り開いていくもの」という認識を持ってください。
あなたは、人生の開拓者です。
目の前には、大草原が果てしなく広がっています。
まだ道はありません。
どこをどう進むかは、すべてあなたしだいです。
草が生い茂っていますが、そこに道をつくるのがあなたの仕事です。
草をかき分け、刈り取り、自分が進む道をつくっていきましょう。
「道がなくて困った」ではありません。
「さあ、道を切り開こう」と考えるのです。
そもそも自分の道は切り開いていくものですから、道がなくて当然です。
道がなくて諦めるのではなく、切り開いていきましょう。
「やりたいことがなくて、どう生きていけばいいかわからない」という人もいるでしょう。
やりたいことや生き方がわからないなら、わかるまで考えましょう。
自然と見つかることを期待しないことです。
挑戦してみないとわからないことなら、挑戦してみます。
適性や相性は、実際に試してみないとわかりません。
途中で「違う」とわかれば、やめればいいことです。
三日坊主で大いに結構。
挑戦を繰り返すことで、手応えがつかめます。
自分の得意や長所をヒントにすると、自分らしい生き方が見えてくるはずです。
「やりたいことがあっても、実現の可能性がない」という人もいるでしょう。
可能性が低いなら、可能性を高める方法を考えましょう。
可能性がないとはいえ、0%ではないはずです。
1%でも可能性があるなら、知恵と工夫で可能性を高め、実現に結びつけてください。
まず道を切り開くアクションを起こしましょう。
自分の道を切り開くためには、試行錯誤する必要があります。
積極的に行動する必要があります。
失敗と挫折を重ねる必要もあります。
「自分の道がない」と、くよくよしないことです。
「自分の道は切り開いていくもの」と考え、積極的になることが大切です。
人の内面を変えるには、時間がかかります。
たとえば、性格です。
性格を変えるのは難しい。
性格は、先天的な性質と後天的な影響の両方が関係しているため、今すぐ変えるのは困難です。
不可能ではありませんが、長い時間がかかります。
油断すると、性格改善に失敗することも多々あります。
習慣を変えるにも時間がかかります。
健康や美容のために、新しい習慣を心がける人も多いでしょう。
新しい習慣を身につけるには、最低でも3週間は必要といわれています。
習慣は、ライフスタイルの変化が伴うため、どうしても一定期間が必要になります。
油断すると、三日坊主で終わることも少なくありません。
しかし、内面に関することの中でも、すぐ変えられる例外があります。
「意識」「価値観」「考え方」です。
意識・価値観・考え方を変えるのに、時間はかかりません。
その気になれば、一瞬で変えることも可能です。
意識・価値観・考え方を変える基本は「気づき」です。
本を読んだり人の話を聞いたりして気づきが得られた瞬間、意識・価値観・考え方がぱっと変わります。
「なるほど!」と納得した瞬間、頭の中にびびっと電流のような衝撃が走ります。
気づきによる内面の変化に時間はかかりません。
たった1つの気づきによって、意識が180度変わることもあります。
暗闇に光が差したかのように、一瞬で見え方が変わります。
たとえば「今日は、これからの人生の、最初の日」という言葉があるとします。
この一言によって気づきが得られると、一瞬で意識が変わります。
意識が変わることで、心が変わり、生き方にも影響を及ぼすでしょう。
プライドも捨てようと思えば、一瞬で捨てられます。
時間がかかりそうですが、本人の心しだいです。
「プライドにこだわることが頑固の原因」と気づけば、価値観が一変します。
強くこだわっていたことも、価値観さえ変われば、一瞬で手放せます。
「人生は、たった30000日しかない」という一言で、はっとすることもあるでしょう。
今まで無限のように感じていた人生が、実は30000日という有限に気づけば、人生に対する考え方が変わります。
1日1日を大切に過ごそうと変わるでしょう。
そして悔いのない人生を送ろうと思うでしょう。
意識・価値観・考え方は、一瞬で変えられるのです。
たくさん本を読みましょう。
たくさん人の話を聞きましょう。
どんどん気づきを得て、どんどん意識・価値観・考え方を変えてください。
気づきによって、意識・価値観・考え方が変わった瞬間、現実の見え方が変わります。
同じ場所にいながらにして、別世界に変えることが可能です。
1日10の気づきを得るのは難しくても、1日1つの気づきなら実現しやすいでしょう。
1日1つの気づきなら、1年で365の気づきが得られます。
1つの変化は小さくても、積み重なれば大きくなります。
気づきによって変化が一定まで達成できれば、内面の改革です。
「生まれ変わった」と言っていいほど、自分が大きく変わります。
実用書でも自己啓発書でもかまいません。
毎日何らかの気づきを得るためにも、読書の習慣は効果的です。
一度しかない人生を後悔しないために、自分を良い方向に変えていってください。
今日も何か1つ気づきを得て、自分を変えましょう。
「自分は本当に弱い人間だ」
「気力も体力も精神力も、弱くて困っている」
「弱い自分が嫌いだ」
弱い自分を嘆いていませんか。
たしかに気力・体力・精神力が弱いと、なかなか行動に結びつきません。
弱々しい自分に気づくと、自分が嫌になることもあるでしょう。
気力も体力も精神力も、できれば強くて豊富にあるほうが、強い行動力を発揮できます。
大きな仕事や難しい仕事も、強さがあれば、容易になるでしょう。
しかし「弱い=悪」と誤解していないでしょうか。
「弱いことは悪いこと」という先入観があるなら要注意です。
弱い自分がいるのは、悪いことではありません。
弱い自分はいていいのです。
どんな人にも弱いところがあります。
気力がみなぎり、体力にあふれ、強い精神力を持っている人は、ごく少数です。
弱さを克服できるチャンスがあるなら取り組むのもいいですが、わざわざ無理に取り組む必要はありません。
「自分は弱いから何もできない」と思い込み、何もしないのがいちばん良くありません。
可能性を秘めた自分を生かしていません。
何もしないと行動もゼロになり、行動がゼロになると明るい未来を導けません。
難しいことは、得意な人に任せておけばいい。
気力も体力も精神力も、弱くていい。
心が繊細で、臆病でもかまいません。
別におかしなことではなく、普通のこと。
弱いところは、あなたの個性でもあります。
弱いところを克服してしまうと、あなたの魅力がなくなってしまいます。
弱い自分でも大丈夫。
弱いなら、弱いまま前進しましょう。
弱いからすべてが不可能ではないはずです。
弱いなら、弱いなりにできることがあるはずです。
気力が出ないなら、気力がなくてもできることをすればいい。
体力がないなら、体力がなくてもできることをすればいい。
精神力が弱いなら、精神力が弱くてもできることをすればいい。
たとえそれが誰でもできるような簡単な仕事でもいいのです。
大切なのは「前進している」という結果です。
ペースは遅いかもしれませんが、未来につながる道を切り開いている状態です。
前進さえあれば、少なくともプラスにつながっています。
小さなプラスを重ねれば、大きなプラスにできます。
「こんなに弱くても、これだけできた!」と喜ぶ自分と出会えるはずです。
弱くても、弱いなりに前進する人が偉い。
弱くてもいいので、一歩でも前進しましょう。
弱い人でも、偉業を達成することは十分可能です。
会話中、相手にきちんと伝わっていないと気づくことがあります。
優しい心、楽しい心、魅力的な心。
悲しい気持ち、悔しい気持ち、諦めたくない気持ち。
「聞き流されていた」
「真剣に話を聞いていなかった」
話したことが相手に伝わっていないことがわかると、残念な気持ちになります。
「きちんと聞いていなかったでしょう」「もっと真面目に話を聞いてほしい」と言いたくなる。
人によっては、不快になったり、怒りを感じたりする人もいるでしょう。
うまく話が伝わっていないことはよくある状況です。
しかし、小さなことにかっかしないことです。
完全なコミュニケーションを実現するのは無理があります。
自分と相手は、物理的に別々の存在です。
物理的に別々ですから、想像や共感はできても、完全な理解は難しい。
頭の中で思い描いた内容を、漏れなく100%、相手に伝えたい。
完全なコミュニケーションが実現できれば理想的ですが、現実ではなかなか難しいこともあります。
特に心や気持ちは、デリケートです。
心や気持ちは、絵や文字とは違って、具体的に表現するのが困難です。
「悲しい」という気持ちにも、幅があります。
少し悲しいのか、ひどく悲しいのか、違いがあります。
本人でないとわからない気持ちがあります。
本人でも自分の気持ちがよくわからないことも少なくありません。
気持ちを100%相手に伝えるには、言葉や表現を駆使する必要があり、大変難しい作業です。
もともと心や気持ちは無形で曖昧なので、具体的に表現して伝えるのは難しい。
言語化はできても、うまく伝わらないのは日常茶飯事です。
もっと寛大になりましょう。
特に注意したいのは「前にも言った」という口癖がある人です。
心のどこかで完全に伝えようとする気持ちがある証拠です。
「どうして理解してくれないの?」と、いらいらすることが増えるでしょう。
完全に伝えようとするから苦しくなります。
完全に伝えようとするのではありません。
半分伝わってよしと考えましょう。
自分の気持ちがすべて伝わることを期待しないこと。
自分の気持ちがすべて理解されなくても、かっかしません。
10を話して、半分が伝わればよしとしましょう。
言葉による高度なコミュニケーションは、地球上で、私たち人間だけに与えられた特殊能力です。
コミュニケーションができるだけでありがたいのですから、半分が伝われば十分です。
伝わらなかったことは、別の機会にあらためて話せばいいことです。
少しずつ100に近づけていけばいいのです。
少しコミュニケーション量は増えますが、接触する機会が増え、人間関係は深まります。
半分伝わってよしとすれば、楽になります。
かっこよく生きようとしていませんか。
「スマートなところを見せたい」
「人を引き付ける魅力を出したい」
「多くの人を魅了して、ほれさせたい」
たしかにスマートなところを見せれば、かっこいいでしょう。
モデルや俳優のようなかっこいい生き方には憧れます。
落ち着きがあって、無駄な動きがなく、スマートです。
かっこいいと、魅力と人気が高まり、モテる力もアップします。
かっこ良い生き方を意識している人も多いのではないでしょうか。
しかし、かっこよく生きようとするのはよくても、思わぬ落とし穴が待っています。
それは、大きなストレスです。
かっこよく生きるのは、言うのは簡単でも、実現は困難です。
いつも立派な自分を演じなければいけません。
刻々と変化する流行を追い続けなければいけません。
人にどう見られているか、いつも気にしなければいけません。
相手の好みを考慮して、ニーズを満たさなければいけません。
いつでも好印象を与えられるよう、あらゆる準備をしておかなければいけません。
かっこよく生きようとすると、不安や心配の気持ちが出てきます。
四六時中、人目を気にしていることになります。
表向きはかっこよく見えても、心の中では「かっこよく見えているだろうか」という不安で落ち着かないでしょう。
気の休まる暇がない。
「かっこいい」という価値観も、人それぞれです。
かっこよく生きようとするのは、見栄と体裁を気にした生き方です。
見栄と体裁を気にした生き方は、すべての人から好かれようとするようなものであり、実現が困難です。
人や世間に振り回されるたびに自分の軸がぶれ、ちぐはぐな生き方になるでしょう。
自分に自信がない人ほど、心の穴を埋めるため、かっこいい生き方を求める傾向があります。
表向きはかっこよく見えても、心の内は「嫌われたくない」という不安と恐怖でいっぱいです。
かっこよく生きようとするのは、人目に振り回されているにすぎません。
かっこよく生きようとする人は、かっこ悪いのです。
かっこよく生きようとするのではありません。
かっこ悪くてもよしと考えましょう。
嫌われてもかまわない。
変な人だと思われてもかまわない。
自分がどう思われようとかまわない。
周りの迷惑にならないよう注意できれば、何でもOKです。
自分らしさを貫けば、必ずどこかで「かっこ悪い部分」が出てきます。
大切なのは、満足と幸福を感じているかどうかです。
表向きはかっこ悪く見えても、本人が満足と幸福を感じていれば、かっこいいことです。
かっこ悪くてもいいと開き直れば、見栄や体裁が消えます。
自分の信念に集中でき、軸が生まれ、ぶれない生き方を実現できます。
自分らしさを貫こうとすると、必ずきらきらします。
表情が明るくなり、行動が活発になり、態度が生き生きします。
周りに流されず、自分らしさを貫けるのは、なんと素晴らしいのでしょう。
かっこ悪くてもよしとすると、かっこよくなるのです。
私たちは、まず享受者・傍観者の立場から始まります。
質の高い商品やサービスを受け取って、楽しみます。
スポーツ選手の素晴らしいプレイを見て、興奮と感動を楽しみます。
芸術家の素晴らしい作品に触れて、ポジティブな影響を受けることもあるはずです。
享受者・傍観者は、楽で快適です。
しっかり楽しむだけでいい。
しっかり遊ぶだけでいい。
わくわくしたり、面白がったり、感動の涙を流したりするだけでいい。
多くの価値を享受すれば、成長や向上に役立ったり、豊かな心につながったりするでしょう。
やる気が出てきたり、生きる元気をもらったりします。
もちろん享受者・傍観者になるのはいいですが、その後がポイントです。
享受者・傍観者になっても、そこで終わらないことが大切です。
享受者・傍観者になって満足したら、次は提供者・貢献者になりましょう。
しっかり価値を受け取れば、心の中が満たされるでしょう。
本を読んで楽しんだら、学んだことがあるでしょう。
サービスを楽しんだら、成長できたことがあるでしょう。
芸術を楽しんだら、心の中から吹き上げるマグマがあるでしょう。
「自分にできることはない」と思っても、ゼロではないはずです。
下手でも未熟でもいいので、何かできることがあるはずです。
つたなくてもいいので、相手より上回っていればいいことです。
中学生が小学生に勉強を教えるように、あなたも相手より上手で得意なことがあれば、十分生かせます。
好きなことが得意なこととは限りませんが、関係性はあります。
好きなことなら時間を忘れて夢中になれるので、上達も早くなり、得意になる可能性が高い。
絵が得意なら、美術作品として仕上げ、ぜひ世の中に発表しましょう。
それを見た人が癒やされると、社会に貢献したことになります。
音楽を聴くばかりではなく、作ったり演奏したりする側になってみましょう。
自分で生み出した音楽は、どんなものでも素晴らしい。
そのメロディーを聴いて、元気を出したり癒やされたりする人がいるでしょう。
たくさん本を読んで楽しんだなら、頭の中に多くの知識がインプットされます。
豊富な知識があるなら、それを教える側になるでしょう。
先生として教える立場になれば、立派な人材育成です。
人を育てる仕事になり、未来につながります。
ITリテラシーが高いなら、インターネットを活用してもいいでしょう。
インターネットを通してわかりやすく説明できれば、世界に向けた情報発信ができます。
あなたにとって無価値に思えても、それを価値と感じてくれる人がいます。
価値と感じてくれる人が1人でもいれば、それを提供する意味があります。
提供者・貢献者になれば、ユーザーからの反応もあります。
「面白い」「楽しい」「ありがとう」と言われることが増えます。
喜ばれると疲れも吹き飛び、ますますやる気が出てきます。
自分を生かした仕事が、世の中に役立つことほど嬉しいことはありません。
表現方法は自由です。
仕事の種類も問いません。
何らかの形を通して、世の中に価値を提供して、発展に貢献することが大切です。
享受者・傍観者になっても、そこで終わらないことです。
提供者・貢献者になって、世の中に価値を提供しましょう。
忘れることを悪いことだと思っていませんか。
たしかに「忘れる」という言葉には、ネガティブな印象があるでしょう。
物覚えは、悪いよりいいほうが役立ちます。
物覚えがいいと、試験でも、良い成績を取りやすくなります。
仕事でも人付き合いでも、高い記憶力は役立ちます。
人の顔や過去の出来事も覚えやすくなると、コミュニケーションもスムーズです。
記憶力が悪いのは、由々しきことであると思いがちです。
記憶力に自信のない人の中には、わざわざ記憶力のトレーニングをしている人もいるかもしれません。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
忘れることが悪いことと決めつけるのは早計です。
忘れることがマイナスに働くこともありますが、プラスに働くこともたくさんあります。
もし完全にすべてを記憶して、まったく忘れることがなくなればどうなるか、想像してみてください。
楽しくて面白い出来事・明るくて幸せな出来事をすべて覚えることになるでしょう。
つらくて苦しい出来事・暗くて不幸な出来事をすべて覚えることになるでしょう。
生きる時間が長くなるにつれて、ポジティブな記憶もネガティブな記憶もごちゃまぜに増えます。
いろいろな記憶が顕在意識に表れ、ごちゃごちゃした状態になるでしょう。
一度に喜怒哀楽を感じることになり、複雑な感情になるでしょう。
頭の中が複雑になっていくと、きっと発狂してしまうに違いありません。
なぜ、人間に忘れるという能力が備わっているのか。
それは、常に新鮮な気持ちでいるためです。
良いことも悪いことも、どんどん忘れていくから、過去を引きずることがなくなり、常に新鮮な気持ちでいられます。
結果として、明るく元気でいられます。
私たち人間にとって、忘れることは新鮮な気持ちで生きていくために欠かせない能力です。
嫌なことはさっさと忘れましょう。
記憶力が悪くても、どうか落ち込まないでください。
記憶力が悪くて良いのです。
特に嫌な出来事は、積極的に忘れていきましょう。
反省が終われば、すぐ忘れてしまうのがいちばん。
早く忘れることで、過去にとらわれず、前を向けます。
たとえポジティブな過去でも、こだわるのはやめて、できるだけ忘れるのがいいでしょう。
そうすれば、自慢話や武勇伝で相手を困らせることもなくなります。
せっかく忘れる能力が備わっているのです。
上手に活用して、新鮮な気持ちを取り戻しましょう。
「忘れることが得意」という自覚があるなら、いつも新鮮な気持ちでいられます。
忘れることを恐れないでください。
「忘れる」というのは、素晴らしい能力です。
忘れるおかげで、常に新鮮な気持ちでいられるのです。
失敗は成功のもとになります。
失敗は、成功に役立つヒントの宝庫。
失敗したなら、何か悪いところがある証拠です。
きちんと失敗に向き合い、現実を直視することが大切です。
悪いところは改善して、間違っているところは改めます。
反省すべきところをきちんと反省する。
素直に自分の誤りを認めることで、スムーズに改善できるでしょう。
失敗すれば「これで成功に近づける!」と喜んでもいいでしょう。
失敗で湧き出た悔しさを反動力にすれば、大きな飛躍につなげることができます。
失敗すればするほど、成功に近づけます。
きちんと失敗を生かせば、まさしく「失敗は成功のもと」という言葉のとおりになります。
しかし、ここに注意したい落とし穴があります。
失敗は成功のもとだけではありません。
成功は失敗のもとでもあるのです。
「終わった」
「達成した」
「満足した」
そう思った瞬間、油断します。
大きなことを達成したら、一気に緊張感が緩みます。
成功して次の目標を見失うと、やる気が失われ、惰性が働きます。
成功して「自分は尊大」と勘違いして、慢心する人もいるでしょう。
気持ちが緩む。
言葉が乱暴になる。
態度が横柄になる。
「自分は価値のある人間」と自信を持つのはいいですが「自分は尊大」と思い上がるのは良くありません。
せっかく成功できても、その後の行いが悪ければ、停滞と堕落の始まりです。
成長曲線が右上がりどころか、右下がりになります。
まさしく成功が失敗のもとになってしまうのです。
成功したら、その後が大切です。
終わったのではなく、新たなスタートが始まったと思うこと。
「成功した。さあ、新しいステージの始まりだ」と思うくらいがいいでしょう。
成功しても油断しません。
緊張感を保って、流れと勢いを維持します。
成功してもおごらず、謙虚な言葉を自分に言い聞かせましょう。
「少し運が良かっただけ」
「周りの人に助けてもらったおかげ」
「まだまだ自分は未熟」
「今回の成功は、まだ夢の始まりにすぎない」
「むしろこれからが本番」
「成功は失敗のもと」という言葉を心に留め、成功した後こそ心を引き締めることが大切です。
忘れてはならないのは、成功の後の反省です。
成功したとはいえ、すべてが完璧ではないでしょう。
何らかの反省点があるはずです。
どんな成功も、じっくり深くまで観察すれば、反省点や改善点を見いだせます。
成功の後も緊張感を保てれば、引き続き、右上がりの成長曲線を維持できます。
幸運と良縁を引き寄せることができます。
さらなる成功を導けるのです。
自分の手を見てみましょう。
その手には何がありますか。
手のひらには何もない。
何かを持っているわけでもない。
特別な手をしているわけでもない。
ただ自分の手があるだけで、変わったところがないように見えるでしょう。
しかし、何も持っていないように見えますが、実は重大なものを持っています。
それは、未来を切り開く可能性なのです。
その手があれば、多くのことを実現できます。
物をつかんだり、投げたりできる。
歯を磨いたり、顔を洗ったりできる。
字を書いたり、消したりできる。
鼻をかんだり、涙を拭いたりできる。
ひもを結んだり、ほどいたりできる。
触ったり、なでたりできる。
握ったり、さすったりできる。
着替えたり、お化粧をしたりできる。
握手をしたり、手を振ったりできる。
手を合わせたり、祈ったりできる。
部屋の掃除ができたり、片付けたりできる。
お金を支払ったり、プレゼントを贈ったりできる。
手をつないだり、握りしめたりできる。
ペットをなでたり、かわいがったりできる。
スプーンやフォークを持ったり、箸を使ったりできます。
書類を作ったり、整えたり、片付けたりできる。
本を取り出したり、ページをめくったり、付箋をつけたりできる。
その手があるおかげで、どれだけのことが実現できるでしょうか。
できることはまだまだたくさんあって、すべてを挙げきれません。
その手があれば、何でもできます。
その手でできることは無限にあります。
生まれてから今まで、その手にずいぶん助けられたでしょう。
そしてこれからもずっと、その手にずいぶんお世話になるでしょう。
あらゆることを実現できる万能の道具こそ、あなたの手です。
自分の手を大切にしましょう。
手を優しくいたわってください。
自分の手にもっと敬意を払ってもいいくらいです。
生まれてから普通にあるので、特に意識していないかもしれませんが、手があるおかげで多くを実現できています。
何の変哲もない5本指の手ですが、あらゆる未来を切り開く可能性を秘めているのです。
「恋愛をしたい!」
そう思ったときに思い浮かべるのは「熱い恋愛」でしょう。
燃えるように熱い恋愛をして、とことん親密になりたい。
好きな人と興奮した時間を過ごしたい。
その人だけを見つめ、最高の幸せを感じたい。
たくさん思い出をつくって、どんどん愛と絆を深めていきたい。
もちろん悪いことではありません。
情熱と興奮は、初期の恋愛ならどんなカップルにも存在するでしょう。
愛する気持ちが強ければ、自然と情熱が生まれます。
好きな人と一緒にいれば、興奮するのも当たり前。
しかし、情熱と興奮があるのはいいですが、それしかない恋愛は要注意です。
情熱と興奮しかない恋愛は、いずれ燃え尽きるのが運命だからです。
残念ですが、情熱と興奮しかない恋愛は、そう長く続きません。
人の感情は、時間がたてば、いずれ冷めるようになっています。
情熱と興奮が続いているうちはいいのです。
怖いのは、情熱と興奮が冷めた後。
情熱と興奮が強い恋愛であればあるほど、冷めたときのギャップが激しくなります。
「あなたは変わった」
「もはや別人」
「昔のあなたに戻ってほしい」
情熱の炎が消え、心のときめきが失われ、マンネリが生まれる。
あれほど華やいでいた世界が、色あせて見えるようになる。
幻滅が大きいと、破局に向かって一直線です。
情熱と興奮が悪いのではありません。
情熱と興奮しかないのが悪いのです。
情熱と興奮が強くなるほど、周りが見えなくなり、破滅的な結果をもたらします。
熱すぎる恋愛は、燃え尽きるのも早くなります。
短くて数週間。
長く持って数年です。
情熱と興奮だけの恋愛は、いずれ燃え尽きてしまうのです。
堅実な恋愛をするなら、大切なポイントが2つがあります。
それは、理性と愛着です。
きちんと理性を保ち、愛着を生み出す恋愛をします。
理性とは何か。
理性とは、過ちを防ぐストッパーです。
浮気心が湧いても、理性があれば、賢明な判断ができます。
たとえ恋で盲目になっても、理性さえあれば、破滅的な結末だけは避けられます。
愛着とは何か。
愛着とは、2人をつなげる強力な結びつきです。
愛着があれば、情熱と興奮が冷めても、相手に対する好意と愛情は続きます。
いずれ結婚することになっても、愛着さえあれば、良好な関係を続けることができます。
恋愛で何を大切にするかです。
情熱と興奮しかない恋愛なら、そこに理性と愛着を加えてください。
理性と愛着が伴った恋愛は、炎が小さくなることはあっても、燃え尽きることはありません。
理性と愛着が伴った恋愛は、ずっと長続きするのです。
仕事をするときは、情熱が大切です。
情熱を持って仕事をすると、スピードと集中力が生まれます。
情熱は、モチベーションを高めます。
「全力で頑張ろう!」
「必ずやり遂げる!」
「最後まで諦めない!」
熱い情熱は、頑張る力に変換されます。
情熱的に仕事をすると、根気と集中力も出て、底力も発揮できるでしょう。
情熱があれば、すべてうまくいくとは限りませんが、少なくともプラスに働くのはたしかです。
しかし、情熱があるのはいいですが、熱いだけの情熱は良くありません。
熱いだけの情熱は、空回りしやすいからです。
「頑張ります!」
「一生懸命やります!」
「根性でなんとかします!」
熱いだけの情熱は、精神論に傾きがちです。
熱意と意欲は素晴らしいですが、具体的な方法が伴っていません。
感情が高ぶりすぎているため、大局的な見方が乏しく、安易な判断をする傾向があります。
計画性が乏しく、浅はかな行動が増え、ミスを招きます。
スピードを出しすぎた車は、いつか事故を起こします。
とにかくアクセルを踏んでスピードを出しすぎてしまい、思わぬ結果を招くことも少なくありません。
熱いだけの情熱は、本能がむき出しになって、がつがつした感じが出ます。
コミュニケーションが一方的で威圧的になります。
相手にストレスを与え、怖がられるでしょう。
思わぬ誤解を招くことも少なくありません。
熱いだけの情熱は、空回りで終わってしまうのです。
情熱が悪いのではありません。
熱いだけの情熱が悪いのです。
大切なのは、冷静な情熱です。
情熱を大切にしつつ、冷静を保つことです。
熱い心と冷たい心の両方を持つことで、心のバランスが整います。
冷静な情熱になれば、精神論ではなく、方法論に頼った言動が増えます。
「こういう方法で解決します」
「もしトラブルが起きたときは、こうします」
「こういう理由があって、こういう対策を立てています」
具体性が伴った方法なら、仕事の解決につながります。
情熱があっても、冷静さえあれば、大局的な見方ができるようになります。
コミュニケーションでも、冷静だからこそ、相手の立場や気持ちを考えた発言ができるようになります。
話し方が落ち着き、きちんとした会話のキャッチボールが実現できます。
仕事でも、冷静な情熱は有効です。
冷静な情熱があれば、勢いとスピードを保ちながら的確な判断ができるので、仕事のミスも減ります。
熱い心を持ちつつ、冷たい心も秘めておくことです。
冷静な情熱は、建設的な結果を生み出すのです。
直感の妨げになるもの。
それは、計画です。
仕事に取り組む前、計画を立てることがあるでしょう。
もちろん計画を立てるのは良いことです。
計画を立てるから、無駄が減って段取りが良くなり、仕事がスムーズになります。
きちんと仕事を達成させたいなら、きちんと計画を立てることが必要でしょう。
特に緊急の要件や重大な仕事なら、計画は欠かせません。
仕事の重要性が高いなら、計画を重視しながら最優先にするのが正解です。
しかし、何でも計画を立てすぎると、直感の妨げになります。
残念ながら計画は、直感に悪影響を及ぼす要因になります。
計画を立てると、計画どおり進めることに意識が向きます。
例外を許さず、計画どおりに進めることが目的になります。
計画の順守で頭がいっぱいになるので、直感が働きにくくなります。
顕在意識に注意が向き、潜在意識がおろそかになります。
計画の進行中に直感が働くことがあっても「計画の妨げになる」と思って無視してしまいます。
計画を立てると「計画の順守が第一」という考え方になるため、直感が働いても上手に生かせなくなるのです。
直感を大切にするなら、計画には注意したほうがいいでしょう。
計画を立てないで仕事をするのは難しいこともありますが、支障のない範囲で取り組んでみてください。
計画をゼロにできなくても、程度や範囲を減らすことならできるはずです。
たとえば、計画を立てないで自由に過ごせる時間を増やすといいでしょう。
ビジネスで難しいなら、プライベートでもかまいません。
あえて計画を決めず、その場の気持ちや雰囲気で決めるようにします。
計画を立てないで自由に過ごしていると、自分の心の声が聞こえやすくなります。
計画を立てずに過ごす時間があれば、直感が働きやすくなったり生かしやすくなったりします。
計画のない時間が増えるにつれて、直感力が向上します。
自由に過ごしているとき、直感が働くことがあれば、予定や計画を考えず、その方向に向けて進むことができます。
そして、興味関心を引くことがあれば、素直に近づいてみることが大切です。
「なんとなく」という気持ちも大切です。
直感とは、潜在意識であり素直な気持ちです。
直感に従って行動すると、その先には不思議な出会いが待っているでしょう。
思わぬ発見かもしれません。
わくわくする出来事かもしれません。
計画を立てない。
計画を考えない。
計画を無視して行動すると、直感力が向上するのです。
大切なのは、経験を増やすことです。
経験は、成功・失敗に関係なく、心の財産になります。
挑戦した結果、うまくいったとします。
成功からは、成功のコツが学べます。
実績ができると、前例として経験に残ります。
自信がついて、自己肯定感が高まります。
自尊心が育って、行動力もつきます。
挑戦した結果、失敗したとします。
失敗を通して反省点・改善点が見つかれば、成功に生かせます。
「こうすると失敗した。次からこうしたほうがいい」という教訓が得られます。
「次からは注意しよう」という気持ちになり、観察力や注意力が高まります。
悔しさや対抗心が湧いて、モチベーションが上がります。
つらい経験を通して、メンタルも鍛えられます。
私たちは成功を求め、失敗を避ける傾向がありますが、えり好みは良くありません。
普通の感覚としては「成功はプラスに働く。失敗はマイナスに働く」というイメージがあるかもしれません。
しかし「経験」という観点から考えれば、成功と失敗に区別はありません。
成功をすれば「成功した」という経験が残ります。
失敗をすれば「失敗した」という経験が残ります。
つまり、何か行動すれば、必ず何らかの経験が蓄積されるのです。
プラスとマイナスがあるのではありません。
経験の世界では、プラスしかないのです。
行動すればするほど、何らかの経験が残ります。
一度経験したことは、心の財産として残り続け、一生消えることはありません。
何年・何十年経っても消えることはありません。
あなたも、遠い昔の経験でも、意外とよく覚えているでしょう。
忘れたように思っていても、人の話がきっかけで芋づる式に思い出すことがあるはずです。
顕在意識では覚えていなくても、潜在意識では覚えています。
「なんとなく」という気持ちは心の声です。
潜在意識で眠っている、過去の膨大な経験が、あるとき顕在意識として顔を出した瞬間です。
勘や直感として「なんとなくこうしたほうがいい」という気持ちとして表れるはずです。
経験が消えることはありません。
じっとしているのはいちばんよくない。
じっとしているくらいなら、何か行動したほうがましです。
行動するべきか迷ったら、失敗しても恥をかいてもいいので、とりあえず行動しておくのが正解です。
人生の経験量を増やしましょう。
ロールプレーイングゲームでは、経験値を上げるにつれてレベルアップができます。
人生でも、経験値を上げるにつれてレベルアップができます。
レベルアップをしたいなら、とにかくどんどん行動して、人生経験を積んでいくことが大切です。
1つの経験に偏らず、さまざまな経験をしましょう。
豊富な経験があると、人間性にも深みが出てきて、よりプラスに働きます。
経験量が増えるにつれて、思考に必要な判断材料が増えます。
重要な決定をする際、より正確な判断を下せるようになります。
物事を考えるときも、より大局的な考え方ができるようになります。
経験値が増えるにつれて、想像力・発想力・理解力・観察力・思考力、さらには直感力まで高まります。
あらゆる経験は、レベルアップなのです。
成功したら「やった」と喜びましょう。
失敗しても「やった」と喜びましょう。
あらゆる行動は経験値になります。
そして、あなたのレベルアップにつながるのです。
自分を見失う原因になるもの。
それは、見栄と体裁です。
どちらも人生に悪影響を与えるもの。
見栄を張ると、人目が気になって、自分らしく生きにくくなります。
自分らしくない行動をすると、不本意な人生を招きやすくなります。
見栄や体裁を気にして、自分を立派に見せようとすると、最初は快感でも、後で苦しくなります。
周りからの評価に応えるために、自分を演じ続けなければいけなくなります。
自分のイメージを守るため、余計な行動・買い物・人付き合いが増えます。
実際以上に自分を素晴らしく見せようとすると、自分らしくない言動が増え、そのギャップが心のストレスになります。
見栄や体裁があると、本音を言いにくくなります。
結果として、人生を踏み外してしまう恐れが出てきます。
できるだけ見栄や体裁は気にしない生き方をすることで、人生はスムーズになります。
ところが、これがなかなか難しい。
人前に出ると、どうしても見栄や体裁を気にしてしまう人もいるでしょう。
頭で「よくない」とわかっていても、人前に出ると、自然とかっこつけたい気持ちが湧く人もいるでしょう。
無意識のうちにかっこつけてしまう人もいるでしょう。
長年染みついた思考パターン・行動パターンは、簡単に変わるものではありません。
また急に態度を変えようと思っても、今までの自分のイメージがあって難しいこともあります。
周りから期待されると、期待に応えたい気持ちが湧くのは当然のこと。
見栄や体裁は、本人のイメージと関係しているため、立場や環境の都合ですぐ変えるのが難しいこともあります。
人前に出ると、どうしても見栄や体裁を気にしてしまうなら、どうするか。
簡単な解決策があります。
いっそのこと人前に出なければいいのです。
どうしても人前に出なければいけないとはいえ、24時間365日というわけではないはずです。
人前に出る機会や時間を、ゼロにできなくても、減らすことならできるのではないでしょうか。
人前に出ないで仕事ができる方法はありませんか。
すべてではなくても、一部でもかまいません。
誰かといる時間を減らし、1人でいる時間を増やします。
人前に出る時間を減らせば、そのときは見栄や体裁を気にせず、自分らしく生きることができます。
「不可能」「できない」と思っているだけでは、何も解決しません。
仕事や立場の都合で難しいかもしれませんが、少しでもチャンスを見つけ、挑戦してみてください。
見栄や体裁を気にしなくなると、心が軽くなり、今すぐ自分らしく行動できます。
年齢を重ねるごとに若返りましょう。
「若返るのは不可能」
そう思ったあなた。
きっとそれは「体の年齢」を指しているのでしょう。
たしかに体は、時間の経過とともに老いていきます。
しわや白髪は増え、しみやたるみができ、視力や体力は衰えます。
記憶力や集中力は落ち、免疫力や運動能力は低下します。
ある程度維持することは可能ですが、時の流れには逆らえません。
健康的な生活とアンチエイジングを通して老化を遅らせることはできても、完全に止めることは不可能です。
肉体には「寿命」という時限爆弾が存在しています。
肉体を持つ生き物は、最終的に死を迎えるのが宿命です。
しかし、心は違います。
心の年齢は、時間の経過と無関係です。
時間の経過とともに老いることもあれば、逆に若返ることもあります。
心の若返りを目指すのです。
不可能な目標ではなく、十分可能な目標です。
「そんなことはできない」「夢物語に決まっている」と思ったら、要チェックです。
その卑屈な考えこそ、心の老いを加速させる原因です。
ネガティブ思考は、心の老いを進行させます。
何事もポジティブに考えることが大切です。
「きっとできる。簡単なこと。もっと若返ってみせる!」
前向きな気持ちを持てば、時間に逆行して、心を若返らせることができます。
あなたは、どんどん若返ることができます。
若返るために必要なポイントは、2つあります。
「好奇心」と「新しい挑戦」です。
好奇心を大切にして、わくわくすることを見つけましょう。
わくわくすることを見つけたら、見栄や体裁を気にせず、勇気を出して挑戦してみましょう。
新しい挑戦をすれば、新鮮な刺激と新しい体験が得られます。
心に潤いが戻り、若返っていくのです。
人生にふてくされてはいけません。
どんなにつらいことがあってもふてくされず、人生に夢と希望を持って生きることが大切です。
そうすれば、時間に逆行して、心が若返っていきます。
年齢を重ねるにつれて若返っていくのが自分でもわかるでしょう。
青春とは、人生のある時期を指すのではありません。
青春とは、若々しい心の時代を指すのです。
好奇心と新しい挑戦さえ大切にして生きていけば、一生青春を送ることも可能です。
青春は、自然とやって来るものではなく、自分からつくっていくものです。
積極的に心を若々しくする努力をしていきましょう。
「100歳の若者」も夢ではないのです。
決断は苦しい。
決断には、ストレスが伴います。
小さな決断ならまだ楽ですが、大きな決断となると簡単にはいきません。
重大な決断であればあるほど、広範囲に考えなければいけません。
方法、計画、タイミング、リスク、万一の対処。
決めるだけとはいえ、高度な思考力が要求されます。
大きな決断なら、考えることもたくさんあって、頭がパンクしそうになるでしょう。
決断が大きくなるにつれて、ストレスも大きくなります。
決断には、責任も伴います。
人生にインパクトが大きな決断であればあるほど、大きな責任が伴います。
自分が決めたからには、その責任は自分が負わなければいけません。
もしうまくいかなければ、自分のイメージが悪くなったり、評価に傷がついたり、信用を失ったりするかもしれません。
経済的な損失がある場合も少なくありません。
ギャンブルではありませんが、ギャンブル的な要素もあります。
決断は苦しい。
大きな決断ほど、胸が押しつぶされるほど苦しい。
「自分で決断したくない。責任を取れない。できれば人に決断してもらいたい」
つい誰かに決断を委ねたくなるかもしれません。
しかし、どんなに決断が苦しくても、やはり自分で決断することが大切です。
決断には、それだけの価値があるからです。
決断の価値とは何か。
それは「自分の意思で未来を切り開く」という価値です。
自分の意思で未来を切り開くには、自分で決断する以外に手段はありません。
人に決断してもらっては意味がないのです。
人に決断してもらうと、人に未来を切り開いてもらったことになります。
道はできても、自分が進むべき道とは限りません。
責任がなくて楽かもしれませんが、緊張感がないため、なかなか本気になれないでしょう。
もし失敗したら、責任転嫁をしそうになるでしょう。
自分の意思で未来を切り開くには、自分で決断するしかありません。
自分で決断ができるだけ恵まれていると思うことです。
世の中には、自分で決断できない人も多くいます。
家庭や仕事の仕方ない事情で、人に決断してもらうしかない状況があります。
そんな不遇な状況がある中、自分で決断できるのは恵まれています。
人生は決断の連続ですが、歓迎することです。
自分で決断すれば、自分の意思で人生をコントロールできます。
大変かもしれませんが、楽しくて面白くて、わくわくするでしょう。
苦しい決断でも、それだけの魅力と刺激があります。
決断を繰り返すことで、どんどん自分らしい道を歩めます。
決断は苦しくても、それだけの価値があるのです。
決断力を鍛えるにはどうすればいいでしょうか。
答えはシンプルです。
決断力を鍛えるには、実際に決断をしていく方法がベストです。
決断しないで決断力を鍛えられるなら楽ですが、残念ながら、そうした方法はありません。
決断することなくして、決断力を鍛えることは不可能。
筋肉を鍛えるときはバーベルの負荷に耐えることが必要であるように、決断力を鍛えるときも、心の負荷に耐えることが必要です。
決断力を鍛えるには、実際に決断をすることが欠かせません。
決断するときには「思いきり」があります。
不安や恐怖を振り切って、心の中で「えいや!」と叫び、一歩前に踏み出します。
自分の考えをきっぱり決めることも、メンタルを強くするトレーニングであり、慣れることが大切です。
決断を繰り返していくにつれてメンタルが強くなり、決断力が鍛えられていきます。
「決断するのに慣れていなくて大変」から「決断するのはいつものこと」に変わります。
決断力を鍛えるなら、普段から決断を繰り返しながらメンタルを鍛えていくことが大切です。
特に子どものころから、親があれこれ決めてくれて育ってきた人は要注意です。
決断する機会を、親から奪われている状態です。
親に決めてもらった人は、決断する機会が一般より少ないため、決断力も弱い傾向があります。
決断する機会が少ないまま育つと、いつの間にか決断力の弱い大人になってしまうのです。
決断に慣れていないなら、小さな決断から始めましょう。
いきなり大きな決断は大変でも、小さな決断なら無理なくできるはずです。
たとえば、本屋で本を買ってみます。
本を買うときも決断の1つです。
本を買うときは、心の中で「えいや!」と叫んでいるでしょう。
小さなことでも、決断は決断です。
慣れてくれば、わざと読み慣れていないジャンルの本を買ってみます。
今までより少し大きな決断が必要になるので、トレーニング効果もアップします。
小さな決断に慣れていくにつれて決断のスケールを大きくしてけば、スムーズに決断力が鍛えられます。
小さな決断に慣れていけば、メンタルが鍛えられ、大きな決断もしやすくなります。
焦っているとき、どんな表情をするか。
ここがポイントです。
焦っているときは、焦った表情をするのが普通でしょう。
唇を噛み締める。
眉間にしわを寄せる。
まばたきの回数が増える。
額から脂汗がにじみ出る。
呼吸が荒くなる。
余裕がなくなり、切羽詰まった状況になれば、焦りの表情になります。
いらいらした雰囲気が出ることも少なくありません。
焦っているのですから、焦った表情になるのも当然に思えます。
しかし、ここに改善ポイントがあります。
焦っているときに焦った表情を見せているのは、良いことではありません。
焦った表情をしていると「余裕がない。追い込まれている」という自覚を促します。
呼吸が浅くなると、酸素が欠乏して、ますます焦ってきます。
表情筋から脳に信号が伝わると、脳がストレス物質を分泌して、ネガティブな感情を生み出します。
心の余裕がどんどん失われ、焦りがエスカレートするのです。
対人関係にも悪影響があります。
焦った表情を見せていると、相手まで不安にさせてしまうでしょう。
「つらそうだ」「大丈夫だろうか」と心配させ、一緒にいる相手まで焦りが出てくるでしょう。
焦っているときこそ、焦った表情を見せないこと。
では、どんな表情がふさわしいのか。
焦っているときこそ、落ち着いた表情をしましょう。
問題が発生していても、焦った表情は見せず、平気な顔をします。
もちろん演技でかまいません。
心の中ははらはらしていても、表向きは平然を装います。
心臓の鼓動は高鳴っていても、表向きはあくまで落ち着いた表情を見せましょう。
そんな余裕はないかもしれませんが、騙されたと思って試してみてください。
落ち着いた表情をすると、だんだん心に変化が出てきます。
落ち着いた表情をしていると「自分は今落ち着いている」という暗示の力が働きます。
不安定だった心が安定して、冷静と平常心を取り戻しやすくなる。
結果として、余裕を取り戻すのも早くなります。
どうしても表情に力が入るなら、口元の広角を少し上げ、軽くほほ笑む表情を意識するといいでしょう。
落ち着いた表情になるので、自然と余裕のあるような表情に見えてきます。
表情筋も緩むので、リラックスもしやすくなります。
心が乱れているときほど、落ち着いた表情は難しいかもしれませんが、できるかぎり心がけてください。
普段の習慣として身につけておくのがいいでしょう。
落ち着くから、落ち着いた表情になるのではありません。
落ち着いた表情をするから、落ち着いてきます。
焦っているときこそ、落ち着いた表情が最適なのです。
「命をかける」という表現を使う人がいます。
「命がけでやります!」
「命をかけて頑張ります!」
「この仕事に命をかけています!」
本人は本気を強調するつもりで言っているのでしょう。
たしかに真剣な気持ちはよく伝わります。
「命までかけるなんてすごい」
「命を捧げて取り組んでいるのだな」
「命がけで取り組んでいるのだな」
力強い表現なら、しっかり本気も伝わるでしょう。
真剣な表情で言えば、説得力もアピールも抜群に思えるでしょう。
本気を強調するなら、これ以上ない最上級の表現に思えます。
しかし、ここが落とし穴です。
結論から言うと「命をかける」という表現は気安く使わないのが得策です。
薄っぺらく聞こえやすいからです。
極端な表現は、単なる口癖に聞こえ、説得力が不十分です。
うそや冗談のようにも聞こえ、信頼性がありません。
あまり強い言葉を使うと、かえって弱く聞こえます。
自信がない様子を極端な表現でごまかし、取り繕っているように聞こえます。
「命をかける」と言ったからには、万一うまくいかなかったとき、死ななければいけなくなります。
もちろん許されるはずがありません。
命は、人生で最も大切なもの。
命より大切なものはありません。
大切な命を気安く捧げるのは、あまりに安易と言えるでしょう。
口癖で言いたくなっても、喉のところでぐっと止めておくのがいいでしょう。
「命をかける」という表現を使うなら「人生をかける」と言い直したほうが、まだ説得力があります。
「命をかける」という表現は、できるだけ使わないのが得策です。
本気を強調したいなら、シンプルな表現のほうが有効です。
わざわざ極端な表現を使わなくても、代わりになる表現はたくさんあります。
「全力で頑張ります」
「ベストを尽くします」
「目の前の仕事に集中します」
「最大限の力を発揮します」
「最後まで諦めません」
シンプルな言葉のほうが、頭にすっと入ってきて、理解しやすくなります。
短い一言でも、強調と説得力は十分です。
人生で命をかける場面は、本当に限られます。
人生で「命をかける」と言える場面は、ほとんどありません。
普段から口癖になっているなら、早めに直しておくほうがいいでしょう。
本気を強調するなら、言葉より、仕事で見せるのがいちばんです。
仕事の態度や結果を通して本気を見せるのが、最も説得力があります。
仕事でしっかり結果を出しているなら、言葉はなくても本気が伝わります。
交流会に出席する場面があります。
新人や新入社員を歓迎する歓迎会。
友情や友好を深める親睦会。
カジュアルに楽しめる立食形式のパーティー。
時には、さまざまな職種の人が集う異業種交流会もあります。
もちろん交流会に参加して、存分に交流を楽しむのもいいでしょう。
人との出会いがあり、親睦を深めることができます。
普段は交流のない部署や立場の人とも、知り合うチャンスです。
新しい人との出会いは、新しい未来の可能性です。
さまざまな人と交流することで、思わぬ人とつながりができることもあります。
その出会いが人脈に変わり、フレンドシップに変わることもあれば、ビジネスチャンスにつながることもあります。
たとえ人脈を広げられなくても、コミュニケーション能力を磨いたり、情報交換ができたりする機会になります。
異性との出会いもあるかもしれません。
まったく期待せず参加した交流会で、運命の出会いがある可能性もゼロではないのです。
交流会への参加は、必須ではありませんが、多くのメリットがあるのも事実。
さまざまな期待を膨らませて、交流会に参加する人も多いのではないでしょうか。
しかし、交流会に参加するのもいいですが、それだけで満足するのは早い。
参加者は、あくまで参加者です。
多くの人と出会えますが、参加者全員と挨拶できるとは限りません。
一般的に交流会では、時間制限があります。
参加者が多くなるにつれて、すべての人と挨拶するのは難しくなるでしょう。
ましてや親交を深めたり連絡先を交換したりするのはもっと難しくなります。
参加者の立場では、どうしても効率が悪く、メリットが制限されるのです。
実は、参加者よりさらに得する立場があります。
それは、主催者です。
主催者という立場は、責任もストレスも多く、嫌がる人も多いですが、悪いことばかりではありません。
主催者になれば、立場上、全員と挨拶できます。
こちらから挨拶に行かなくても、相手から挨拶に来ることもあるでしょう。
また主催者は立場上、全員と連絡先を交換できます。
すべての人と一気に連絡先を交換できるのは、大きなメリットでしょう。
主催者は、感謝をされやすい立場でもあります。
交流会の中心的人物なので、参加者から「ありがとう」と言われる機会が多くなるでしょう。
リーダーシップを発揮して、周りに仕事力をアピールするチャンスにもなります。
参加者は、あくまで参加者でしかありませんが、主催者は、主催者であると同時に参加者にもなれます。
主催者という経験を通して、人をまとめるスキルを磨いたり、仕事力を鍛えたりするチャンスにもなるでしょう。
交流会で最も得をするのは、参加者ではなく、実は主催者です。
交流会では、参加者になるのもいいですが、主催者になるのはもっといい。
出会い・人脈・ビジネスチャンス・スキルアップなど、あらゆるチャンスが主催者に集まります。
したがって、最大限に交流会の価値を引き出すなら、参加者より主催者になるのが得策です。
もし主催者になるチャンスがあれば、積極的に引き受けてみましょう。
機会やチャンスがあれば、自分から主催者に立候補するのも悪くありません。
主催者は、最も大変な立場ですが、それだけの価値はあるのです。
私たちはときどき「自信」という言葉を使います。
「自信がある」
「自信がついてきた」
「成し遂げる自信がある」
自信について語るとき「自信」というひとくくりで考えるのは注意したほうがいいでしょう。
自信は、大きく分けて2種類あるからです。
「根拠のある自信」と「根拠のない自信」です。
どちらも自信に変わりありませんが、特徴や性質が違うため、区別して考える必要があります。
根拠のある自信とは何か。
一言で言えば「本当の自信」です。
根拠のある自信は「自信の理由をきちんと説明ができる」という特徴があります。
「自信がある」と言える理由を、実績や証拠を使って説明できます。
根拠のある自信は、客観的な裏付けがあるため説得力があります。
実力と実績が伴っているので、確実性が高く、安定しています。
ただし、根拠のある自信には「身につけるのに時間がかかる」というデメリットがあります。
実力や実績を積み上げるのは容易ではありません。
長い時間がかかり、長期戦になるでしょう。
こつこつ努力を積み上げながら実力を身につけ、初めて達成できます。
根拠のある自信を一言で説明すると「時間はかかるが、強固で安定している」と言えるでしょう。
根拠のない自信とは何か。
一言で言えば「偽りの自信」です。
根拠のない自信は「自信の理由を説明するのが難しい」という特徴があります。
たとえば、強気の態度を見せて、自信があるように見せるシーンです。
初めて挑戦することなら、根拠のない自信を持って挑まなければいけません。
実績はないが「自分はできる」と思い込むことで、湧き出てくる自信があります。
もちろんこれも自信の一種ですが、具体的な根拠がありません。
自信をきちんと説明できる、客観的な裏付けがありません。
そのため、トラブル対応や実力を試される場面では注意が必要です。
あくまで偽りの自信なので、きちんと実力や実績があるわけではありません。
強気の姿勢になることで、うまくいく場合もありますが、うまくいかない場合もあります。
自信があるふりをした結果、失敗すれば、自尊心や自己肯定感を失うこともあります。
ただし、根拠のない自信は「身につけるのに時間がかからない」というメリットがあります。
本人が「自信がある」と思い込めばいいだけなので、時間も努力も不要です。
自己暗示によって士気とモチベーションを高めれば、すぐ自信をつけることが可能です。
根拠のない自信を一言で説明すると「時間はかからないが、もろくて不安定」と言えるでしょう。
あなたの自信はどちらに該当しますか。
どちらの自信も、一長一短があります。
根拠のない自信が悪いとは限りません。
理想は、根拠のある自信を身につけることですが、人生では根拠のない自信も必要になる場面もあります。
根拠のある自信なら、実力と実績をもっと積み上げ、より強い自信につなげていくといいでしょう。
根拠のない自信なら、実力と実績をこつこつ積み上げ、根拠のある自信に変えていくといいでしょう。
2つの自信を区別しておくと、場面に応じて適切な対処がしやすくなります。
自分で考えた提案にもかかわらず、自信を持てないことがあります。
「こんな提案は意味があるのだろうか」
「これくらいなら誰でも考えることができる」
「自分はばかだから、この程度の提案しかできない」
「ほかの人のほうが、もっと素晴らしい提案ができるのではないか」
「適当な提案だから、きっとどこかに間違いがあるはずだ」
自分で考えた提案にもかかわらず、いまいち自信が持てない。
何か心に引っかかるものがあり、根拠のない不安に包まれることがあります。
特に、もともと自分に自信がない人は顕著です。
どんな提案を思いついても自信が持てず、自分の提案の価値を低く見積もる傾向があります。
時間をかけて考えた提案でも「大したことない」「どうせ間違っているだろう」と決めつけ、不採用にしようとします。
しかし、せっかく考えた提案でも、自分が疑っていると生かせません。
どんな提案でも、自分が考えたことは事実です。
そこで余計なことを考えないことです。
「笑われるかな」「恥をかくかな」「ばかにされるかな」と思っていると、せっかくの提案を生かせません。
ばかなら、ばかなりに考えた提案です。
自分が考えた提案は、まず自分が信じましょう。
「これは自分が考えた提案だ!」
自分が考えた提案は、内容にかかわらず、とにかく自信を持つことが大切です。
知能が劣っていたとしても、きちんと自分で考えた提案なのは事実です。
自分の頭脳に自信がなくても、少なくとも自分の頭から生み出した提案であるのは間違いありません。
自分の頭で考えたことなのですから、自信を持ちましょう。
どんな提案も、公表しないと意味がありません。
自分は「つまらない」と感じても、相手は「面白い」と感じてくれるかもしれません。
自分が「無価値」と思う提案でも、相手にとっては「価値がある」と評価してくれる可能性もあるでしょう。
独断と偏見で、提案の良しあしを決めないことです。
たとえその提案に不足や欠点があってもいいのです。
提案におかしな点があるなら、誰かに指摘してもらえます。
指摘してもらえるのも、自信を持って発表してこそです。
不足や欠点があったなら、きちんと認め、補完すればいいだけです。
誠実に指摘を受け止めれば、知識と知恵に変わります。
自分が考えた提案は、まず自分が信じましょう。
自分が考えた提案は、自分がいちばんの推薦者になるのが理想です。
あなたが嫌いな歌は何ですか。
好きな歌ならいいのです。
好きな歌なら、聞いているだけで癒やされたり励まされたりします。
ポジティブな感情が湧いて、心地よいひとときを過ごせるでしょう。
一方、嫌いな歌は、聞いているだけでストレスを感じるでしょう。
むかむかしてきて、耳をふさぎたくなる。
飲食店でバックミュージックに嫌いな歌が流れ始めると、お店から出たくなるかもしれません。
実は、そんな嫌いな歌でも、好きになる方法があります。
嫌いな歌の「歌詞」に注目してみてください。
嫌いな歌は、歌手やメロディーに注意が向き、苦手意識が働いている場合が目立ちます。
歌手やメロディーが自分の価値観に合わないので、反射的に嫌っている。
その証拠に、実は嫌いな理由の説明を求められても、抽象的にしか答えられないでしょう。
きちんと歌詞に注目すると、感じ方が変わります。
いったん歌手やメロディーは無視して、歌詞に注目してみてください。
どんな言葉が並んでいるのか、どんなことを歌っているのか、じっくり確認します。
意味もなく、歌詞が並んでいることはありません。
どんな歌でも、何らかの「主張」があって歌詞があります。
「心に響くフレーズだな」
「意外と真面目な歌詞だな」
「きちんと言葉が選ばれている」
「元気が出てくるフレーズが並んでいる」
歌詞に注目すると、意味深い言葉が並んでいることに気づくでしょう。
ばかばかしい歌詞に思えても、決めつけるのは早計です。
歌詞に含まれるメッセージに注意を向けると、きっと感じ方が変わるはずです。
「1、2、3」「シェイク、シェイク」のような意味不明な歌詞でも、じっくり意味を考えてみてください。
その歌詞の裏に隠された意味に気づいた瞬間、歌の感じ方が変わります。
嫌いな歌の嫌悪感が消えているはずです。
さっきまで嫌いな歌が、一転して好きになってしまうことも少なくありません。
この方法は、どんな音楽のジャンルでも有効です。
たとえば演歌が苦手でも、きちんと歌詞に注目すると、感じ方が変わるでしょう。
「年配者向け」というイメージを持っているかもしれませんが、いったん先入観や固定観念は無視して、歌詞に注目してください。
さっきまで感じていた苦手意識がなくなり「なかなか味わい深い」と思うようになっているでしょう。
たとえ生理的に受け付けない歌でも、感じ方が変わる可能性は十分あります。
歌の表面だけを聴いて、価値を判断しないことです。
どんなに嫌いな歌も、歌詞に注目すると、感じ方が変わります。
行き詰まったとき、どうすればいいか。
人に相談することでしょうか。
がむしゃらに頑張ることでしょうか。
悪あがきをしてみることでしょうか。
もちろんどれも大切なポイントですが、もっと大切なポイントがあります。
「初心」なのです。
行き詰まったら、初心を思い出しましょう。
往々にして行き詰まったときは、初心を忘れている状態です。
初心とは何か。
初心とは、原点であり、出発点です。
物語の始まりであり、いちばん大切な瞬間です。
基本であり、土台でもあります。
初心があってこそ、正しい方向に向けて、正しい手段で進めていけます。
ところが、物事に専念していると、だんだん方向がずれていき、初心を忘れてしまっていることが少なくありません。
学ぶ楽しさを追求する勉強のつもりが、点数重視・偏差値重視の勉強になっている。
お客さまに喜びを与える仕事のつもりが、成果重視・利益重視の仕事になっている。
自立を促す子育てのつもりが、怒ってばかりの子育てになっている。
目先のことにとらわれてしまい、初心が二の次になっています。
応用や発展ばかりに注意が向き、大切な基本もおろそかになっている。
これでは、行き詰まるのも当然です。
目先のことにとらわれ、大切な初心を忘れていないでしょうか。
何事も、初心を忘れたら終わりです。
すべての原点は、初心にあると言っても過言ではありません。
初心には、物語の大事なエッセンスがぎゅっと凝縮されています。
どれだけ成長しても、どれだけ前に進んでも、初心だけは忘れないようにしたい。
初心を思い出したからといって、必ずうまくいくとは限りませんが、初心を忘れてしまえば、必ず歯車が狂い始めます。
行き詰まったときこそ、初心を思い出してください。
勉強に行き詰まったら、勉強の初心を思い出す。
仕事に行き詰まったら、仕事の初心を思い出す。
子育てに行き詰まったら、子育ての初心を思い出す。
夢の途中なら、夢を抱いたころの初心を思い出す。
なかなか初心が思い出せないなら、当時の写真を見返したり日記を読み返したりするといいでしょう。
具体的な材料があれば、芋づる式に当時のことを思い出せるはずです。
初心を思い出すことで、見落としていた問題点に気づけるでしょう。
そして、行き詰まった窮地から抜け出すヒントが見つかるはずです。
問題の答えは、どこにあるのでしょうか。
私たちが問題の答えを見つけようとするとき、問題の「周辺」に目を向ける傾向があります。
ヒューマンエラーが発生したら「仕事を担当した人に問題がある」と考える。
体調を崩したら「職場に問題がある」「ストレスの多い環境に問題がある」と考える。
問題は、あくまで問題です。
そのため問題の解決策も、問題の周辺にあるだろうと考える傾向があります。
もちろん問題の周辺に答えがあることもありますが、その限りではありません。
いくら考えても答えが見つからないなら、視点を変えてみましょう。
問題の「周辺」ではなく「中」に目を向けるのです。
「答えは問題の周辺にある」と思い込んでいる場合、問題の中の確認を見落としていることが少なくありません。
たとえば、ヒューマンエラーの対策です。
業務中にヒューマンエラーが発生すれば、改善が必要です。
「ヒューマンエラー」という名前のとおり「人」に問題があるように思えます。
人を交代させたり、教育を強化したりすれば解決するだろうと考えますが、ここが落とし穴です。
いくら人を交代させても、人であるかぎり、うっかり間違えることがあるでしょう。
いくら教育を強化させても、時間がたてば忘れるでしょう。
人であるかぎり、不注意が起こるのは必然の法則です。
もちろん人や教育に問題がある可能性もありますが、その限りではありません。
視点を、問題の周辺ではなく、中に向けてみます。
間違いやすいプロセスがあるのかもしれません。
見落としやすいシステムだったのかもしれません。
ヒューマンエラーを起こしやすいシステムなら、ヒューマンエラーが起こって当然です。
人や教育の改善より、システムを見直すほうが、根本的な改善につながります。
そうすれば、人や教育に関係なく、確実にヒューマンエラーを防げます。
体調を崩したときも同じです。
体調を崩したら「職場に問題がある」「ストレスの多い環境に問題がある」と考える傾向があります。
もちろん職場や過剰なストレスに問題がある場合もありますが、その限りではありません。
そもそも本人の健康意識が低く、生活習慣が悪くなっている可能性もあるでしょう。
暴飲暴食が多い生活なのかもしれません。
運動が嫌いで、運動不足になっているのかもしれません。
毎日夜遅くまでゲームをして、睡眠不足になっているのかもしれません。
食事・運動・睡眠に無関心で、不摂生な生活を送っているなら、体調を崩しやすいのも当然です。
健康意識を高め、生活習慣を改めます。
有酸素運動や無酸素運動で体を鍛え、栄養バランスの取れた食生活を心がけ、睡眠時間を十分に取ります。
食事・運動・睡眠を整えることで、体調不良の根本的な改善につながるでしょう。
答えを探すとき、問題の周辺ばかり見ないことです。
問題の周辺を探しても答えが見つからないなら、視点を変えて、問題の中を見ることが大切です。
問題の中に、答えがあるのです。
あなたは今、扉の鍵を探しているでしょう。
扉が閉まっていて、開けるには鍵が必要です。
「きっとどこかに扉の鍵があるはず」
そう思いながら、当たり周辺をくまなく探しています。
もう何日も探し続けました。
心当たりのあるところもすべて探しました。
時には知り合いにお願いして、鍵探しを手伝ってもらいました。
しかし、一向に見つかる気配がありません。
「もうダメだ。どうしても鍵が見つからない」
探すのを諦めそうになりますが、ちょっと待ってください。
もっと扉をよく見てみましょう。
そもそもその扉は、最初から鍵がかかっていません。
鍵のない扉なら、いくら鍵を探したところで見つからないのは当然です。
「さっき開けようとしても、扉は開かなかった」
それはきっと扉がさび付いていて、スムーズに開かなかっただけです。
長く閉まり続けている扉が、部分的にさびているのはよくあること。
もう少し力を入れると、さびが取れ、普通に扉が開くでしょう。
「思いきり力を出してみたが、それでも開かない」
それはきっと押して開けるのではなく、引いて開ける扉なのです。
力を入れる方向を逆にすれば、普通に扉が開くでしょう。
簡単に扉が開くと「今まで鍵を探し回っていた苦労は何だったのか」と思います。
「扉には鍵がかかっている」と思い込んでいないでしょうか。
分厚い扉なら「鍵もかかっている」と最初から決めつける傾向があります。
それは先入観です。
思い込みとは怖い。
思い込んでいると、ないものも、あるように錯覚してしまいます。
鍵が見つからないのではありません。
そもそも最初から鍵のかかっていない扉です。
もう鍵を探すのはやめましょう。
鍵なんて最初から必要ありません。
一度思い込みをなくして、そのまま扉を開けてみましょう。
あっさり扉が開くはずです。
疲れたときに出やすいのが、ため息です。
心や体に疲れがたまると、だるさをどうにかしたくて、大きなため息をつきたくなるでしょう。
かすかに声を出しながら、大きく息を吐く。
ため息をついた瞬間、少しストレスが軽くなるような気がします。
もちろんため息に罪はありませんが、少し注意が必要です。
ため息は、少なくとも気持ちのいい行為ではありません。
ため息をつくと、ため息を自分が聞くことになります。
「自分は疲れています」と自己暗示をかけているのと同じことになり、ますます気持ちが落ち込みます。
何度もため息をついていると「自分はかわいそう」という雰囲気も出ます。
気持ちも雰囲気もますます暗くなってしまい、ネガティブ思考がエスカレートするのです。
悪影響はそれだけではありません。
想像してみてください。
人のため息を聞いたとき、どんな気持ちになるでしょうか。
たとえば、目の前にいる人が大きなため息をつくと、自分まで暗い気持ちが伝わってくるのではないでしょうか。
不機嫌でなくても、不機嫌の様子が出るでしょう。
「疲れている」「もう嫌だ」と言っていなくても、そう言っているような雰囲気があります。
相手に悪気はないでしょうが、少なくともいい気分はしないはずです。
相手がため息をつくと、自分まで元気がなくなります。
あなたがそう感じるように、相手もそう感じるのです。
ため息は、ウイルスのように伝染する作用があります。
できるだけため息を避けておくのが得策です。
ため息はネガティブなのです。
ため息をつきたくなったら、代わりに心がけたいことがあります。
深呼吸です。
大きく息を吸った後、鼻からゆっくり息を吐きましょう。
息を吸うより吐くのに時間をかけるのがポイントです。
深呼吸をすると、大きく息を吸うことになるので、酸素が吸収されて元気になります。
冷静を取り戻しやすくなり、疲れから解放されます。
酸素が脳に供給されることで、頭の回転もよくなります。
心を落ち着かせたいときにも、深呼吸は有効です。
深呼吸は、自律神経を安定させる作用があるため、気持ちがいらいらしているときに役立ちます。
仕事に行き詰まったとき深呼吸をすれば、発想力と想像力が高まり、いいアイデアも浮かびやすくなります。
何度か深呼吸を繰り返すと、心が安定して、ポジティブ思考に向かっていくでしょう。
深呼吸には、不快感がありません。
一緒にいる人は「気合を入れようとしているのかな」と思うでしょう。
たくさん空気を吸い込む様子は、気持ちを引き締めて頑張ろうとしている様子に見えます。
ため息も深呼吸も動作は似ていますが、効果も印象もまったく違います。
ため息はネガティブですが、深呼吸はポジティブなのです。
新しい行動をパターン化させるとき「習慣にする」という表現を使います。
「節約の習慣」
「運動をする習慣」
「早寝早起きの習慣」
「習慣」という言葉は、私たちの日常会話でもよく使われるキーワードです。
新しいことを始めたとき、慣れないうちは抵抗を感じますが、ひとたび習慣になると、無理なく自然に体が動き始めます。
完全に習慣化すれば、それをしないと体がうずうずして、落ち着かなくなります。
代表的な例としては、歯磨きの習慣です。
完全に歯磨きが習慣になれば、眠くても勝手に体が動き始めます。
サボるほうが大変に感じるから不思議です。
しかし、ほんの数日しか続いていないのに「習慣になった」と言う人がいます。
これは勘違いです。
数日程度の継続では、まだ習慣になったとは言えません。
残念ながら、短期間の継続ではまだ習慣化できない。
続いていたとしても、油断すると、また以前の様子に戻ってしまいます。
習慣とは、繰り返し行う、決まった動作を言います。
そのため、一定期間は続けることが必要です。
もし1週間続けてやめたなら、習慣になる前に挫折したことになります。
では、新しい習慣を身につけるには、どのくらいの期間が必要でしょうか。
目安としては「3週間」です。
「3」という単位は、習慣化させるときの基本となる数字です。
何かを習慣にすることは、最低でも3週間は続けること。
何か新しいことを習慣化させるなら、まず3週間を目標にしてください。
3週間の継続を達成できれば、習慣と呼べる最低限のラインをクリアできたと言えます。
3週間が長く感じるなら「1週間を3回繰り返すだけ」と言い換えると、印象が変わるでしょう。
まず3週間を目標に挑戦しましょう。
節約の習慣、運動をする習慣、早寝早起きの習慣。
大変なのは最初だけです。
後になればなるほど、習慣が生活に定着していくので、抵抗感が小さくなります。
3週間後には、抵抗感も半減しているでしょう。
習慣化されている自分をイメージしながら行動すると、モチベーションを維持しやすくなります。
もちろん3週間では、あくまで最低ラインです。
習慣として完全に定着させるには、3カ月・半年・1年という段階を経て、長期的に続けていくことが大切です。
3週間続いたとしても、油断しないこと。
3週間がクリアできれば、次は3カ月を目標に頑張ればいいでしょう。
長く続けるにつれて、習慣が定着していきます。
3カ月後には、無意識に体が動くようになっているでしょう。
そして3年後には、もはや人生の一部になっているはずです。
寄付をしたことはありますか。
もし一度も寄付をしたことがないなら、貴重な機会を逃しています。
寄付とは何か。
一般的な意味としては「金品を贈ること」をいいます。
もちろん表向きの意味としてはこのとおりですが、もっと奥深い意味があります。
寄付とは、直接手伝えない人が、経済的な形を通して支援する仕組みです。
本当は現場に赴いて直接手助けを行いたいが、それができない人が、経済的な形を通して支援します。
寄付は、社会活動に参加する機会の1つです。
寄付金は、支援を必要とするところに届いて、そのお金を使って、関係者があなたの代わりに働いてくれます。
そして困っている人たちが救われます。
寄付をすることで、少なからずその活動に参加することになる。
つまり、寄付とは、社会貢献につながるお金の使い方です。
寄付を「もったいない」と感じる人は、少し誤解しています。
お金を捨てるわけではありません。
社会貢献に活用される前提で差し出すお金ですから、もったいないと感じる必要はありません。
むしろ「上手な使い方ができた」と喜ぶことです。
お金が困っている人や段階のところに行き渡り、1円まで役立つように使われるからです。
まったく寄付をしたことがないなら、ぜひ一度寄付をしてみてください。
「もったいない」という気持ちで寄付をするのではありません。
惜しむ気持ちで寄付をすると、心に複雑な気持ちが広がって、寄付の快感が半減します。
「どうぞ差し上げます。ぜひお使いください」という奉仕の気持ちで寄付しましょう。
自分のお金が社会に役立つのですから、これほど嬉しいことはありません。
「自分は今、素晴らしいことをした!」
堂々と胸を張ることができます。
「正しく使われるかわからない」という不安があるなら、正しく使われることを信じましょう。
疑ってばかりいては、一生寄付ができません。
疑い始めると、何もできなくなります。
寄付の機会とは、信じる気持ちを養う機会でもあります。
どうしても疑いの気持ちが晴れないなら、国や県から認定を受けた組織や団体を選べばいいでしょう。
厳しい審査を通過した組織や団体なら、ある程度の信用を置けるはずです。
どこから寄付を初めていいかわからないなら「応援したい気持ち」を大切にしてみてください。
ふるさとを応援したいなら、ふるさとに寄付するといいでしょう。
難民を助けたい気持ちがあるなら、難民を支援する団体に寄付するといいでしょう。
犬や猫の保護に関心があるなら、動物愛護センターに寄付するといいでしょう。
応援したい気持ちを大切にすると、前向きな気持ちが働いて、寄付への抵抗感も小さくなるはずです。
大きな金額でなくてもいいのです。
たとえ小さな金額でも、支援したのは事実です。
寄付をとがめる人は1人もいません。
大切なのは「応援したい」という奉仕の気持ちです。
余裕がないなら、わずかでもかまいません。
直接協力ができないなら、寄付という形で社会活動に参加できます。
自分からお金を手放すことで、お金に対する執着も軽減されます。
執着心が取り除かれ、心が軽くなり、晴れ晴れした気持ちになれます。
寄付をすると、心の広い人になれるのです。