勝負に負けたとき、負け惜しみを言う人がいます。
「運がなかっただけ」
「ちょっとタイミングが悪かっただけ」
「今日はたまたま調子が出なかっただけ」
「天候に恵まれなかったせい」
「けがの回復が完全ではなかったから」
素直に負けを認めようとしません。
それらしく聞こえる言い訳をして、少しでも体裁を保とうとします。
しかし、負け惜しみを言うことほどかっこ悪いことはありません。
負け惜しみは、素直に現実を受け止められていないということです。
それは、プロらしくありません。
プロ意識に反します。
勝負の美学に反します。
負け惜しみはスマートではありません。
負け惜しみを言うと、未練がましい感じが出ます。
恋愛で別れを切り出され、未練がましく追いかける人のようです。
負け惜しみを言えば言うほど、みっともない印象が出て、痴態をさらすことになります。
負け惜しみを言うことは恥ずかしいことであると気づくことです。
完敗であろうと最下位であろうと、負け惜しみは厳禁です。
「一言くらいいいよね」と思いますが、よくありません。
ここが正念場です。
負け惜しみは一言でもNGです。
言いたくなっても、喉のところで止めておくのが賢明です。
なぜ負け惜しみを言うのがいけないのか。
反省の機会を失うからです。
負け惜しみを言うと、そこで自分を正当化させてしまいます。
「自分は悪くない」「仕方のないこと」と思うため、反省しなくなります。
反省しないと、成長もできません。
悔しさも惨めさも消えてなくなり、バネに変えることもできなくなります。
負けることも、貴重な学びの機会です。
自分を正当化させると、貴重な学びの機会を生かせなくなります。
勝負に負けたときは、素直に負けを認めることです。
負け惜しみを言いたくても言いません。
たとえ負け惜しみの内容が事実であっても、ぐっとこらえることです。
プロは、勝負に負けたとき、負け惜しみを言いません。
「私の負けです」
「実力不足でした」
「力が及びませんでした」
素直に負けを認め、言い訳はしません。
素直に負けを認めるから反省ができ、反省ができるから成長できます。
潔く現実を受け止めることができるからプロです。
強い人とは、素直に負けを認められる人のことをいいます。
きちんと現実を受け止められるのは、心が強くないとできません。
素直に負けを認めることで、心の強さが感じられ、かっこよく映ります。
勝負に負けたとき、負け惜しみは禁句です。
負けは負けです。
たとえ受け入れがたい結果であっても、事実として受け止めることです。
素直に負けを認めることです。
潔い心で素直に負けを認めたほうがスマートです。
きちんと結果を認めるから、負けた悔しさをバネに変えることができます。
バネに変えるから、大きく飛躍のチャンスをつかめます。
素直に負けを認めたほうがかっこいいのです。