あれこれ考えすぎていないでしょうか。
・成り行きを考えすぎている
・計画や方法を考えすぎている
無難なことばかり選んでいませんか。
余計な危険を冒したくないときは、無難なことを選びたくなります。
・無難な料理をつくる
他人が断った仕事があったとき、どうするか。
よくある場面ですが、見逃してはいけません。
ここは、あなたの仕事運を左右する瞬間の1つです。
世間では「縁起が悪い」とされることがあります。
・北枕で寝る
・箸をご飯に立てる
自分の生き方を振り返ってみてください。
挑戦する前から「どうせ無理」と諦めていませんか。
過去に挑戦した経験があり、努力を尽くした結果、挫折した経験があるならまだわかります。
「気力がなくて体がだるいです。動きたくありません。何もやる気が起きません」
気力がなくて嘆いている人がいます。
どれだけ体力があっても、気力がないと体は思うように動きません。
初めての挑戦は怖い。
「どんなものなのか、どうすればいいかわからない」
「間違っていたら、恥をかいたらどうしよう」
「なんだか今日は機嫌がいいな!」
そう思ったら、新しいことにチャレンジしてみましょう。
一見すると「機嫌がいい」という理由は、曖昧で中途半端に思えます。
恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすにはどうすればいいのでしょうか。
恥ずかしい気持ちを吹き飛ばしたいなら「スピード」を意識してください。
恥ずかしがる暇すらなくなるくらい、速くすればいいのです。
厄介なことが起こったとき、私たちはこう思います。
「トラブルが起こった」と。
もちろん何も間違ってはいません。
必ずうまくいくことばかり挑戦していませんか。
無駄な失敗はしたくありません。
余計な苦労もしたくありません。
「勇気がないから行動できない!」
行動するには、大きな勇気が必要と思っていないでしょうか。
たしかに危険なことや恥ずかしいことには、勇気が必要です。
「挑戦」と聞くと、どんなイメージがありますか。
「難しい」
「疲れる」
人生では「あと○○しかない」という場面があります。
試験日、納品日、締め切り日。
そんなときには「あと○○しかない」という言葉が頭の中をよぎります。
野球では、すでにストライクゾーンが決まっています。
一般的なストライクゾーンは、本塁上の空間で、打者の胸から膝までの高さの部分です。
国によってストライクゾーンに違いはありますが、基本的な範囲はおおむね同じです。
「心が重く感じる」
「心が曇っている」
「なかなか元気が出ない」
あなたの周りに自分のことを「大物」という人はいませんか。
「私は大物だ」
「自分は大きな影響力を持っている」
上司から面倒な頼まれごとをされたとき、どんなリアクションをするかです。
やりがいのある仕事であればいいのですが、ちょっとした雑用を頼まれることがあるでしょう。
誰でもできるような簡単な仕事をお願いされることも少なくありません。
成功を成し遂げるのはどんな人でしょうか。
一言で言えば「強い人」と考える人が多いのではないでしょうか。
気力・体力・精神力があって、スキルも高い。
戦いに挑むことを私たちは「挑戦」と呼びます。
「次の課題に挑戦する」
「難しい仕事に挑戦する」
元気を出すのはいいことです。
落ち込むくらいなら、元気であるほうがいいのは間違いありません。
私たちは幼いころから元気になることを勧められてきました。
成長のためには、時に実力以上のことに挑戦することが必要です。
つまり「背伸び」です。
簡単なことばかり繰り返しては、レベルアップができません。
休日は、たっぷり趣味を楽しみましょう。
思いきり好きなことをして、心から楽しみたい。
ひたすら楽しむことに集中しましょう。
「くだらない本だね」
「くだらない仕事だね」
「くだらないイベントだね」
あなたはあるとき、面白いことを思いつきました。
自分でも「なかなか悪くないアイデア」と思って、自信満々です。
突然ひらめいたアイデアに限って斬新です。
あなたは何を追いかけていますか。
追いかけるものを間違えると、思わぬ落とし穴に落ちます。
ゴールとは逆の方向に走ってしまうことも少なくありません。
あなたには諦めていたことがありますか。
過去に何らかの事情があって、諦めたことがあるのではないでしょうか。
・諦めていた語学
挑戦して失敗した人をげらげら笑う人がいます。
たしかに大きなことを言って挑戦したものの、かっこ悪い失敗で終われば、みっともない姿をさらすことになります。
そこには、滑稽に見えるところもあるのかもしれません。
大人になってから遊ぶときは「制限」をつくっておきましょう。
なぜ制限が大切なのか。
大人になってから遊びで失敗すると、一発で重大な事態に発展する可能性があるからです。
昨日と今日の自分は、少し違っていることに気づいてください。
たしかに顔も名前も同じであり、変わったところは何もないように思えます。
見た目も中身も同じでしょう。
あれこれ考えすぎていないでしょうか。
どれも取り越し苦労です。
考えるのはいいですが、考えすぎるのは良くありません。
考えすぎると、深みにはまって抜け出せなくなります。
考えるのも疲れます。
妄想の世界に入り込み、抜け出せなくなる。
ますます不安があおられ、考えることが余計に増えていき、エネルギーを増やします。
動く前から、すっかり疲れてしまうのです。
もうあれこれ考えるのはやめましょう。
とにかく動くのです。
とにかく動かないと、何も始まりません。
じっとしているだけで、人間関係が広がったり、チャンスが降ってきたり、夢が叶ったりすることはありません。
じっとしていなければ、何もないのが現実です。
遅くてもかまいません。
下手でも不器用でもかまいません。
とにかく動けば、何かが変わります。
失敗しても、動いていれば、落ち込みが半減します。
忙しくしていれば、いちいち落ち込んでいる暇がなくなるため、テンションの高い状態を保てます。
たとえ落ち込んだとしても、スピードを出していれば、落ち込みの立ち直りが早くなります。
やる気や元気がなくても、動いていればだんだん気力が出てきます。
筋肉は、気力を生み出す工場です。
最初は無気力でも、動いているうちにエンジンがかかってきて、やる気も元気も出てきます。
勉強してから動き始めるなんて気の長い話です。
勉強しているうちに、チャンスを逃します。
どんどん時間が過ぎていき、気がつくと「今さら遅い」となります。
頭が悪くてもいいので、とにかく動くことです。
ばかは、短所ではなく長所です。
無知だからこそ、常識にとらわれることがなくなり、圧倒的な行動力を発揮できるでしょう。
考えなければいけないことがあるなら、ひとまず動き始めましょう。
考えてから動くのではなく、動きながら考えるのです。
フライングスタートでOK。
夢を叶える人は、考えるより先に動く人です。
普段から考えすぎる癖があるなら、なおさら動くことです。
特に心配性の人は、余計なことまで細かく考えすぎる傾向があるため、注意が必要です。
じっとして失敗するくらいなら、動きすぎて失敗したほうが、まだ幸いです。
動いていて失敗したほうが、筋力とメンタルを鍛えることができます。
1ミリでも前に出ましょう。
動いて、動いて、動きまくる。
手を動かし、足を動かし、頭を動かします。
とにかく動いたものが偉い。
もう考えるのはやめて、今すぐ動き始めましょう。
あれこれ考えないこと。
とにかく動くことが大切なのです。
無難なことばかり選んでいませんか。
余計な危険を冒したくないときは、無難なことを選びたくなります。
もちろん安全で安定した結果を出したいなら、無難なことを選ぶのがいいでしょう。
無難なことは、慣れや知識があります。
素早くスムーズにこなせ、安定した結果を発揮できるでしょう。
無難な選択だけすれば、スムーズな人生を送れるに違いありません。
しかし、無難なことばかり選んでいると「ある問題」が発生します。
無難なことを選ぶことが当たり前になるにつれて、だんだん心が弱って臆病になっていくのです。
人間は、慣れる生き物です。
体を鍛えていないと筋肉が衰えるように、心も鍛えていないとメンタルが衰えます。
無難ばかり選んでいると、緊張する機会が減っていきます。
はらはらどきどきする経験も減ります。
だんだん心が弱くなるにつれて、勇気が出にくくなる。
最終的に臆病になるのです。
もともと心が強くて勇敢な人でも、無難なことばかり選んでいると、いずれ臆病者になる可能性があるため油断できません。
無難なことばかり選んでいると、あなた自身が「つまらない人間」になってしまいます。
良かれと思って無難なことばかり選んでいると、どんどん心が弱くなっていくのです。
ここで大切な心がけがあります。
たまにはあえて危険なことを選んでみましょう。
もちろん危険なこととはいえ、重大なリスクがあることを選ぶ必要はありません。
少しストレスを感じるチャレンジでいいのです。
リスクの小さなことなら、比較的軽い気持ちで挑戦できるでしょう。
「恥をかきに行こう」
「少しくらい損があってもいいよね」
「たまには苦しむこともあっていいよね」
痛い目に遭ったとしても、ちょっと小さな恥や損がある程度で済むなら、許容範囲でしょう。
恥ずかしいなら、笑ってごまかすのもありです。
いくらかお金を失って損をすることがあれば「心を鍛えるための授業料」と思えばいい。
誰かに無理やり強制されるとおっくうですが、自分の意思で危険なことをするならやる気が出るでしょう。
無理のない範囲で危険なことをしてみると、はらはらどきどきしたイベントになるので、積極的に楽しめます。
心が弱って臆病にならないよう、ときどき心に適度なストレスを与えましょう。
リスクに飛び込んでいくのも、なかなか面白い経験になるはずです。
たまには危険なことを選ぶことでメンタルが鍛えられ、強い心を維持できるのです。
他人が断った仕事があったとき、どうするか。
よくある場面ですが、見逃してはいけません。
ここは、あなたの仕事運を左右する瞬間の1つです。
ビジネスではあるとき、他人が断った仕事と遭遇することがあります。
わざわざ断ったくらいですから、大変で難しい仕事なのでしょう。
みんなが嫌がる仕事なのでしょう。
「あの人にできないなら、自分にできるわけがない」
弱気の心が生まれ、後ずさりしそうになりますが、本当にそうでしょうか。
実際に取り組んだ結果、できなかったならまだわかります。
しかし、まだ取り組んでもいないのに「できるわけがない」と思うのは良くありません。
自分の可能性を勝手な思い込みで制限している状態です。
難しくて断ったとは限りません。
その人は、時間がなくて断っただけかもしれません。
難しいから断ったとしても、希望はあります。
人によって得意分野が異なります。
その人にとって難しいことでも、あなたにとっては簡単なことかもしれません。
みんなが嫌がる仕事だから、自分も嫌だと感じるとも限りません。
特別なポジティブな受け止め方があれば、みんなが嫌がる仕事を楽しいと感じることも可能です。
人が断った仕事だからといって、ひるむ必要はないのです。
他人が断った仕事があれば、すかさず手を挙げましょう。
他人が断った仕事は、あなたが引き受けるチャンスです。
きょろきょろ周りを見て、様子見をしてから挙手するのではありません。
周りを見ないで、ゼロ秒で挙手しましょう。
他人が断った仕事はフリーの状態になっているので、すぐ挙手をすれば、スムーズにやらせてもらえるでしょう。
嬉しいことがもう1つあります。
「他人が断った仕事は、普段より評価されやすくなっている」ということです。
助っ人が現れたような印象になって、頼もしく感じられるからです。
仕事を発注する側にとっても、断られた直後に引き受けてくれる人がいれば、かっこよく目立ちます。
せっかく仕事を引き受けるチャンスが巡ってきたのですから、生かさない手はありません。
仕事を引き受けてから「さてどうする」と考えましょう。
引き受けてから対処法を考えても、間に合うことがほとんどです。
少し背伸びをして、強気に振る舞うことも必要です。
知らないことは、仕事を引き受けてから勉強すればいい。
できないことは、仕事を引き受けてからできるようになればいい。
どうしても自分の限界を感じるなら「人の力を借りる」という選択肢を使いましょう。
わからないことなら知っている人に聞き、できないことならできる人に方法を聞きます。
学校でカンニングは不正ですが、社会でカンニングは容認されています。
「自分一人で処理しなければいけない」という固定観念をなくしましょう。
「人の力を借りる」という選択肢を生かせば、可能範囲が広がって、不可能も可能にできます。
他人が断った仕事は、あなたが引き受けるチャンスなのです。
世間では「縁起が悪い」とされることがあります。
どれも縁起の悪いこととして有名です。
これらは「死」「死者」に関する意味があり、避けるべき行為とされています。
親の前ですれば「やめなさい!」「行儀が悪い」「縁起が悪い」と叱られるでしょう。
行儀が悪く、下品であり、ひんしゅくを買うのは確実です。
しかし、縁起の悪いことは、本当に実生活に影響があるのでしょうか。
いいえ、実生活への影響はありません。
あくまで迷信です。
人がつくり出した幻想にすぎません。
嘘だと思うなら、わざと縁起の悪いことをやってみてください。
少し怖いかもしれませんが「ものは試し」と考え、トライしてみましょう。
わざと北枕で寝てみます。
わざと箸をご飯に立ててみます。
わざと新しい靴を履いたまま玄関に下りてみます。
するとどうでしょう。
意外と何でもないことに気づくはずです。
急に悪魔や幽霊が出てくることはありません。
不運や災難が襲ってくるわけでもなければ、突然不幸になるわけでもありません。
まったく何も起こらないはずです。
普段と変わらない日常を過ごせるでしょう。
わざと縁起の悪いことをやってみて、実際は無害であることに身をもって実感することです。
縁起の悪いこととはいえ、人が作った幻想にすぎません。
道理に合わない言い伝えを、頑固に信じるのもばかばかしいことです。
「何も起こらないではないか。単なる迷信だね」と気づくことが大切です。
なぜ、わざわざ縁起の悪いことをやってみるのか。
これには現在社会を生きるための重要な意味があります。
それは「悪徳業者に騙されないための対策」です。
本気で非科学的なことを信じていると、悪徳業者に騙されます。
「あなたは悪霊に取りつかれています。この壺を買わないと、ひどい目に遭います」
悪徳業者の営業トークを盲信してしまい、役立たない高額商品を買わされてしまうのです。
頑張って働いて稼いだお金を、こんなことで失うことほど愚かなことはありません。
お金を稼ぐのは大変ですが、失うのは一瞬です。
迷信にせよ、ジンクスにせよ、縁起の悪いことにせよ、すべて科学的根拠がありません。
実害・実影響がないことを身をもって実感するためのトレーニングです。
つまり、悪徳業者に騙されないためのメンタルトレーニングなのです。
もちろん露骨に人前ですると不作法なので、誰もいないところでこっそりやってみましょう。
北枕で寝て、箸をご飯に立ててみて、新しい靴を履いたまま玄関に下りてみます。
「もし何かあったらどうしよう」と不安を感じるかもしれませんが、無用の心配です。
何も起こらないので心配しないでください。
トラブルはなく、普通の日々を送ることができます。
もしトラブルや不幸があったとしても、気のせいです。
実際のトラブルと縁起の悪いこととの因果関係はありません。
完全に無関係。
縁起の悪いことは、迷信であり、幻想にすぎないと気づくことです。
縁起の悪いことが無意味だとわかったとしても、露骨に人前でするのは注意したほうがいいでしょう。
非常識と思われ、嫌がられます。
そのため表向きは縁起の悪いことを嫌がる演技はしつつも、本音では「実生活に影響はない」と思うことです。
もしあなたの目の前に、縁起の悪い出来事が起こっても、動じなくなります。
悪徳業者から営業トークに遭っても「そんなことはあり得ない」と断れるようになります。
私たちは縁起の悪いことを信じすぎないことです。
縁起の悪いことを信じないことも、生きる強さの1つです。
自分の生き方を振り返ってみてください。
挑戦する前から「どうせ無理」と諦めていませんか。
過去に挑戦した経験があり、努力を尽くした結果、挫折した経験があるならまだわかります。
著しい能力不足を感じたなら「どうせ無理」と考えるのも自然です。
大きな壁を感じたり不可能と判明したりしたなら、2回目であろうと「どうせ無理」と思いたくなる心理になるでしょう。
しかし、一度も経験したことがないのに「どうせ無理」と思っているなら要注意です。
それはもったいないことです。
特に普段から「どうせ無理」が口癖になっている人は注意したほうがいいでしょう。
「どうせ無理」が口癖になっていると、諦め癖に変わります。
諦め癖が習慣になると、人生の機会損失が習慣になります。
何事も着手する前から諦めと絶望を感じるようになり、いつの間にか人生の多くの機会やチャンスを逃してしまうのです。
気づけば、いつも同じような選択ばかりしている自分がいるのです。
「どうせ無理」が口癖になっていると、素晴らしい人生を送ることができません。
金運も仕事運も恋愛運も下げることになります。
自分から、成長のチャンスや幸運に恵まれる機会を捨てることになるからです。
大きな機会損失をしていることに気づいてください。
何も挑戦をしなくなり、同じ毎日を繰り返すだけの、平凡な人生になってしまいます。
本当に無理かどうかは、実際にやってみないとわかりません。
難しそうに見えるだけで、実際に挑戦してみると、意外と簡単かもしれません。
つまらなさそうに見えるだけで、実際に挑戦してみると、面白いかもしれません。
自分に合っていないように思えるだけで、実際に挑戦してみると、意外と相性がいいかもしれません。
たとえ失敗したとしても、あとからその経験が生かされます。
苦い経験ほど、人生のスパイスです。
話のネタになったり、インスピレーションを刺激したり、アイデアのヒントになったりします。
単に気分転換としても役目を果たすはずです。
「負ける」「失敗する」「恥をかく」とわかっていても、勇気を出して、あえて挑戦してみるのもいいでしょう。
それが本当の「挑戦精神」です。
見栄やプライドを捨ててしまえば、純粋な気持ちで楽しめます。
恐怖も不安も気のせいです。
自分の中で、過剰に膨らませているだけ。
「どうせ無理」と思っていることの先には、新しい世界が広がっています。
どんな世界なのかは、実際に挑戦してからのお楽しみ。
素晴らしい人生にするために「どうせ無理」は禁句です。
「気力がなくて体がだるいです。動きたくありません。何もやる気が起きません」
気力がなくて嘆いている人がいます。
どれだけ体力があっても、気力がないと体は思うように動きません。
体を動かしていないにもかかわらず、だるさや疲れを感じます。
気力がなければ、意欲が湧きません。
何事にも興味が持てなくなってしまい、日常が色あせて見えてきます。
あまりに気力がないと引きこもりの状態となってしまい、日常生活に支障が出ることも少なくありません。
あまりに気力がないと、病気を疑うこともあるかもしれません。
しかし、ここに誤解があります。
なぜ気力がないのか。
体を動かしていないからです。
最初に気力があるのではありません。
実際は体を動かすことで出てくるものです。
筋肉は、気力の発電機です。
筋肉を動かすから、気力が生まれてきます。
筋肉を動かせば動かすほど、気力もたくさん生まれてきます。
自転車のダイナモライトと同じように、動かないと発電されずライトが点灯しませんが、動けば動くほど明るく点灯します。
気力がなくて悩んでいるなら、筋トレでも有酸素運動でもいいので、まず体を動かしてください。
体を動かしてしばらくすると、むくむく気力が湧いてきます。
筋肉を動かすことで、気力が生まれたからです。
ほとんど気力がなくて、限りなくゼロに近いときもあるでしょう。
無気力のときは体をちょっと動かすだけでも大変ですが、なけなしの力を振り絞って動いてください。
大変なのは最初だけです。
掃除でも散歩でもいいので、何らかの形で体を動かしましょう。
軽い運動で十分です。
だらだらしていてもいいのです。
だんだん気力が生まれてきて、テンションも上がってくるはずです。
気力がなくて動きたくないといいますが、気力がないからこそ動きましょう。
筋肉は気力の発電機ですから、何でもいいので体を動かしていれば、だんだん気力が湧いてくるのです。
初めての挑戦は怖い。
「どんなものなのか、どうすればいいかわからない」
「間違っていたら、恥をかいたらどうしよう」
「変なトラブルに巻き込まれると困るな」
初めての挑戦は、嫌な妄想が膨らんで、おっくうな気持ちが出てきます。
抵抗感が強く、ストレスを感じます。
不安と恐怖で足がすくみ、ぶるぶる体が震えます。
思いきって飛び込んでいけばいいだけのことですが、心理的な抵抗感が強いと、妙に難しく感じられます。
もし初めての経験で足がすくんだら、恐怖を吹き飛ばす、面白いコツがあります。
「以前に経験したことがある」と思いましょう。
まだ一度も経験したことがなくてもいいのです。
過去の記憶を塗り替えるかのように、心のスイッチを切り替えて「以前に経験したことがある」と思ってみます。
遊び半分でふざけて思うのではなく、本気で真剣に思い込むのがポイントです。
すると、どうでしょう。
じわじわポジティブな錯覚が生まれてくるでしょう。
「以前に経験したことがある」と思えば、本当に以前に経験したことがあるように感じてくるでしょう。
すると、恐怖が半減して、勇気が湧いてきます。
「以前に経験したことがあるから大したことないよね」と思えてきます。
以前に経験した様子を頭の中で思い浮かべると、なお効果的です。
自分なりに想像力をたっぷり働かせて、そのときの様子をイメージしてみましょう。
ますます経験したような気になってきて、現実味を帯びてくるでしょう。
もちろん錯覚にすぎませんが、効果があるのはたしかです。
思い込みは、悪いイメージを持たれがちですが、使い方しだいです。
悪い思い込みはNGですが、いい思い込みならOK。
いい思い込みによって、ポジティブな錯覚を引き起こし、明るい未来を切り開いていきましょう。
日常生活に役立つ錯覚なら、大いに利用していきましょう。
私たちには「想像力」という素晴らしい能力があるのですから、もっと生かすべきです。
私たち人間だけに与えられた、素晴らしい力。
いい思い込みをして、ポジティブな錯覚を引き起こしましょう。
「以前に経験したことがある」と思えば、恐怖が半減するのです。
「なんだか今日は機嫌がいいな!」
そう思ったら、新しいことにチャレンジしてみましょう。
一見すると「機嫌がいい」という理由は、曖昧で中途半端に思えます。
具体的な意味が伴っているわけではありません。
気持ちが上向いている状態であり、あくまで一時的な状態にすぎません。
「気分で行動するのはいかがなものだろう」と疑問に思う人もいるでしょう。
しかし、曖昧で中途半端な動機に思えますが、誤解です。
「機嫌がいいから」という理由で始めることもあっていい。
「機嫌がいいから」という理由も、れっきとした動機だからです。
機嫌がいいときは、心が元気とパワーに満ちあふれている状態です。
心のエンジンが高速で回転していて、ポジティブ思考になっている状態です。
そのタイミングで新しいことを始めれば、きっとうまくいくでしょう。
難しいことがあっても、機嫌がいいときなら勢いがあるのでうまくいきやすい。
なかなかうまくいかないことがあっても、パワーがみなぎっているので、いつもより頑張れます。
不快なことがあっても、快く許せてしまうでしょう。
機嫌がいいときなら、普段より寛大になれるので、にこにこしながら許せます。
機嫌がいいときは、調子がいいときです。
心も体も普段より調子がいいので、何をやってもうまくいきます。
不思議なことに、機嫌がいいときは、運のいいことも起こりやすい。
神様がにこにこほほ笑んでいるので、物事がとんとん拍子でうまくいきやすいのです。
だからこそ、機嫌がいいときは、新しいことを始めるベストタイミングです。
普段どおりに過ごすのもいいですが、せっかくのチャンスですから、上手に生かしたほうがいいでしょう。
前からやりたかったことがあるなら、今こそ取り組んでみましょう。
勇気が出なくて逃げていたことがあるなら、今こそ立ち向かってみましょう。
「機嫌がいいだけで始めるのはおかしいよ」という人がいても、無視してOKです。
自分の人生なのですから、動機は自己都合でいいのです。
「なんだか今日は機嫌がいいな!」
そう思ったら、新しいことを始めるサインなのです。
恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすにはどうすればいいのでしょうか。
恥ずかしい気持ちを吹き飛ばしたいなら「スピード」を意識してください。
恥ずかしがる暇すらなくなるくらい、速くすればいいのです。
スピードを出すと、次から次へと場面が移り変わります。
スピードに意識が向いて、いい意味で、心がいっぱいいっぱいになります。
いちいち恥ずかしく感じる暇がなくなり、羞恥心が吹き飛ぶのです。
語学を学びたいなら、スピード感です。
言い間違えようと、文法を間違えようと、気にせず話すことです。
スピードを意識して、テンポを大事にしながら話しまくります。
言い間違えたら、笑い飛ばせばいい。
次々テンポよく話していったほうが、いちいち恥ずかしがっていられなくなります。
スピードを出すことで量もこなすことができるため、上達も速くなり、一石二鳥です。
営業の電話が恥ずかしいときも、スピードを意識してください。
電話で断られるたびにいちいち落ち込むのではありません。
余計な時間を置かず、さっと次の電話をかけます。
短時間で電話の量をこなせば、いちいち落ち込んでいられなくなり、恥ずかしい気持ちも吹き飛んでいきます。
スピードを出してもまだ恥ずかしいなら、まだ遅い証拠です。
もっとスピードを出しましょう。
できる範囲でかまわないので、なるべくスピードを意識してください。
徹底的にスピードを出せば、恥ずかしさを感じるほうが難しくなります。
「恥ずかしがり屋」という自覚があるなら、なおさらスピードを意識しましょう。
スピードを出すことは、仕事ができる人になることにもつながります。
遅くて迷惑になることはあっても、速くて迷惑になることはありません。
仕事は、のろのろしているよりてきぱきしているほうが評価されます。
恥ずかしいなら、恥ずかしがる暇がなくなるくらい、スピードを出せばいいのです。
厄介なことが起こったとき、私たちはこう思います。
「トラブルが起こった」と。
もちろん何も間違ってはいません。
ストレートな言い方であり、嘘をついているわけでもありません。
それ以上、それ以下でもありません。
普通で当たり前の呼び方ですが、ここにちょっとした悪影響が隠れています。
「トラブル」という呼び方は、いかにも悪そうな感じがします。
「大変なこと」「悪い出来事」「不幸の前兆」といったニュアンスがあって、気持ちが暗くなります。
トラブルと聞くだけでそわそわしてくる。
「トラブルが起こりました」と言えば「不幸へのカウントダウンが始まりました」と聞こえます。
「トラブル」と呼ぶから、苦しく感じるのです。
呼び方を工夫しましょう。
トラブルは「イベント」と言い換えてみてください。
たったこれだけで、感じ方が変わります。
イベントという言葉には、ポジティブなイメージがあります。
「楽しい行事」「面白い催し物」「わくわくすること」といったニュアンスがあって、気持ちが明るくなるでしょう。
私たちが「イベント」という言葉を使うとき、楽しいことが伴うことが多いので、明るい印象があります。
「イベントが起こりました」と言えば「これから楽しいことが待っていますよ」と聞こえます。
ゲーム感覚が生まれてきて、わくわくしながら取り組めるようになります。
そのイベントをクリアできれば、レベルアップできたり物語が進んだりするでしょう。
難しいことも、集中して取り組めるようになるでしょう。
なかなかうまくいかなくても、根気で乗り越えられるでしょう。
厳しい現実があるとはいえ、受け止め方しだいです。
ネガティブな受け止め方をすれば、暗く感じます。
ポジティブな受け止め方をすれば、明るく感じます。
受け止め方がポジティブになれば、半分成功したも同然です。
トラブルではなく、イベントと考えましょう。
「トラブルが起こった」と言いそうになれば、喉のところで止めて「イベントが起こった」と言い換えればOKです。
慣れないうちは、つい言ってしまいますが、普段から意識しているうちに癖がついてきます。
目の前に立ちはだかった壁を、わくわく楽しみながらクリアしていきましょう。
トラブルを「イベント」と言い換えるだけで、楽しく感じるのです。
必ずうまくいくことばかり挑戦していませんか。
無駄な失敗はしたくありません。
余計な苦労もしたくありません。
どうせ取り組むなら、100%うまくいくことに取り組みたいでしょう。
必ずうまくいくことなら、安心安全で、ストレスもありません。
しかし、ここに注意点があります。
必ずうまくいくことばかりをするとなると「慣れたこと」「簡単なこと」が中心になります。
慣れたこと・簡単なことばかりでは、刺激や変化に乏しくなり、大きな成果も成長も見込めません。
「行き詰まる」「困難に直面する」という経験もないでしょう。
同じことの単調な繰り返しでは、むしろ成長が後退する可能性もゼロではありません。
また、必ずうまくいくことばかり挑戦していると、緊張感がありません。
「簡単だね」「楽勝だね」「誰でもできるね」と油断してしまいます。
だらだら気持ちが緩んでいる姿は、お世辞にもかっこいいとは言えないでしょう。
成果・成長は得られても、小さな成果・成長しか得られなくなります。
そもそも必ずうまくいくことなら「挑戦」とは言えません。
挑戦は、リスクや困難が伴うことに対して使う言葉です。
必ずうまくいくことばかりなら、挑戦のない日常になってしまいます。
保守的な生き方になり、自分の殻を破っていくことができないのです。
では、かっこいい生き方をするには、どうすればいいか。
うまくいくとは限らないことに挑戦しましょう。
うまくいかない可能性が高くてもいいのです。
うまくいかない可能性が70%なら、うまくいく可能性は30%ということになります。
「30%しかない」ではなく「30%もある」と思えば、希望の光が感じられるでしょう。
たとえうまくいかない可能性が99%だとしても、うまくいく可能性は1%あるということになります。
人生では、困難に挑戦しなければいけない場面があります。
うまくいくとは限らないことに挑戦しなければ、人生を前に進めることはできません。
「うまくいくとは限らないが、少ない可能性に賭けたい」
そんな人生がかっこいいのです。
リスクが大きければ大きいほど、うまくいったときのリターンも大きくなります。
人類は、リスクを取って挑戦したから進化してきました。
うまくいくとは限らないことに挑戦しなければ、進化することもなくなります。
リスクを取って挑戦すれば、たとえ失敗しても、経験や教訓など得られることがあります。
うまくいくとは限らないことに挑戦するのがかっこいいのです。
「勇気がないから行動できない!」
行動するには、大きな勇気が必要と思っていないでしょうか。
たしかに危険なことや恥ずかしいことには、勇気が必要です。
自分の殻を破るような挑戦には、それなりの覚悟と勇気が必要になるでしょう。
特別恥ずかしいことであれば、それだけ大きな勇気が必要になります。
もちろん大きな勇気があればベストですが、ここに思い込みがあります。
「勇気が出ない」と言いますが、本当でしょうか。
勇気が出ないとはいえ「完全なゼロ」というわけではないでしょう。
本当に勇気が1ミリもないなら、もはや生きることすらできていないはずです。
今あなたが生きているなら、少なからず勇気がある証拠。
たとえ折り紙付きの臆病者であろうと、小さな勇気ならあるはずです。
あなたは「勇気がない」と思い込んでいます。
「勇気が出ない」というフレーズが口癖になっていて、小さな勇気を見逃しています。
つまらない口癖のせいで自分の可能性に気づけないのはもったいないことです。
大きな勇気はなくても、小さな勇気ならあるのではないでしょうか。
米粒くらいの勇気でかまいません。
米粒より小さな勇気でもかまいません。
少なくともゼロでなければいい。
小さな勇気しか出ないから、小さな勇気でできることから始めましょう。
何もしないでじっとしているくらいなら、1歩でも1ミリでもいいので、何かをしたほうがいい。
びくびく震えながらでかまいません。
怖くて体が震えるなら、震えながら行動すればいいのです。
「小さな勇気のままでは、できることも限られる」
そう思うかもしれませんが、ここで気づいてほしいことがあります。
小さな勇気は、あとから少しずつ大きくしていけばいいのです。
人は慣れる生き物です。
小さな勇気でできることから始めると、あとから変化が生まれます。
だんだん危険に慣れてきます。
メンタルが鍛えられるにつれて、恥ずかしいことも平気になります。
最初は手順や方法がわからなくてぎこちなくても、慣れてくれば、スムーズにできるようになるでしょう。
少しずつ勇気が上積みされていきます。
最初は小さな勇気でも、いつの間にか大きな勇気に成長しているのです。
だから、小さな勇気を大切にしてください。
大きな勇気は必要ありません。
小さな勇気で十分。
小さな勇気でも、立派な勇気です。
小さな勇気でできることから取り組んでみることで、あなたの未来を切り開けるのです。
「挑戦」と聞くと、どんなイメージがありますか。
「難しい」
「疲れる」
「つらい」
「面倒くさい」
「ストレスが多い」
「怖い、苦しい、恥ずかしい」
挑戦というくらいですから、ネガティブなイメージがあるかもしれません。
たとえば、嫌いなことに取り組んだり、難しいことに立ち向かったりなどです。
もちろんストレスの多い課題に取り組むことも挑戦です。
簡単で平凡なことに取り組んでも、挑戦にはなりません。
自分にとってストレスを感じることだからこそ、挑戦といえます。
しかし、ここでよくある誤解があります。
苦手や困難に取り組むだけが挑戦ではありません。
娯楽や興味関心に取り組むことも、挑戦の1つです。
たとえば、好きなことや楽しいこと、面白いことや気になることも、挑戦になる可能性があります。
挑戦の意味を誤解していませんか。
辞書で「挑戦」の意味を確認してみてください。
挑戦の本来の意味とは「戦いに挑むこと」をいいます。
つまり、苦手や困難だけでなく、娯楽や興味関心でも、それが自分にとって「戦い」なら、挑戦になるのです。
挑戦の幅は広い。
好きなことや楽しいことに取り組んでみるのも良し。
面白いことや気になることに立ち向かってみるのも良し。
それが自分にとって戦いなら、立派な挑戦になります。
好きな本を読んだり、好きな人に話しかけたりするのも、挑戦の1つです。
挑戦にはネガティブなイメージがありますが誤解です。
挑戦には本来、明るくポジティブなイメージがあります。
わくわくしながら挑戦することも、現実として可能です。
自分から進んで戦いに挑みましょう。
挑戦には、刺激と変化がたっぷり詰まっています。
経験を通して成長できます。
達成できれば、充実感と達成感が得られます。
挑戦を通して、新しい出会いもあるかもしれません。
挑戦することに挑戦しましょう。
にこにこしながら「挑戦を始めよう!」と自分に言い聞かせれば、後は1歩を踏み出すだけです。
さあ、今日はどんな挑戦をしますか。
苦手や困難に取り組むだけが挑戦ではありません。
娯楽や興味関心に取り組むことも挑戦の1つなのです。
人生では「あと○○しかない」という場面があります。
試験日、納品日、締め切り日。
そんなときには「あと○○しかない」という言葉が頭の中をよぎります。
「あと2つしかない」
「あと3時間しかない」
「あと5回しかない」
ほとんど余裕のない状況があるでしょう。
余裕がないと、可能性まで限られているように感じてきます。
焦りとプレッシャーが生まれ、苦しくなってくる。
あまりに追い詰められていると「どうせ頑張っても無理だろう」と、努力する前から諦めがちになるでしょう。
たしかに余裕は少ない状況なのかもしれませんが、ちょっと待ってください。
そもそも「あと○○しかない」という言い方が良くありません。
誤解を生む表現です。
ネガティブなニュアンスが強い。
悪印象が伴う言い方です。
まだ可能性が残っているにもかかわらず「不可能」「絶望的」と言っているように聞こえます。
諦める気持ちを助長させる言葉に聞こえます。
普段からよく聞く言葉ですが、やる気を奪う言葉でもあるのです。
もし今あなたが「あと○○しかない」と思うことがあれば、次の表現に言い換えてみてください。
「まだ○○もある」です。
少し表現を変えるだけですが、感じ方がまったく変わるはずです。
「あと○○しかない」と聞くと、絶望を感じます。
「まだ○○もある」と聞くと、希望を感じます。
なかなかそう思えない状況かもしれませんが、騙されたと思って、一度本気で考えてみてください。
「あと2つしかない」という状況なら「まだ2つもある」と考えます。
「あと3時間しかない」という状況なら「まだ3時間もある」と考えます。
「あと5回しかない」という状況なら「まだ5回もある」と考えます。
「あと○○しかない」という状況は、見方・考え方によっては「まだ○○もある」と言えるでしょう。
物事は、考え方1つで、変わるのです。
「まだ終わったわけではない。力を振り絞って頑張ってやろう!」
心に火がつき、前向きな気概が生まれ、行動力が出てくるでしょう。
可能性を信じることで、根気が生まれます。
希望を信じることで、底力を発揮しやすくなります。
「あと○○しかない」を「まだ○○もある」と言い換えるだけで、可能性が見えてくるのです。
野球では、すでにストライクゾーンが決まっています。
一般的なストライクゾーンは、本塁上の空間で、打者の胸から膝までの高さの部分です。
国によってストライクゾーンに違いはありますが、基本的な範囲はおおむね同じです。
野球のストライクゾーンは変えることができません。
ルールとして、厳密に定められているため、従うしかありません。
その厳しさが野球の面白さでもあります。
決められたルールの中でベストを尽くし、勝利を目指して最高のパフォーマンスを発揮するのが、ゲームの面白さ。
ピッチャーは、ストライクゾーンのぎりぎりを狙ってボールを投げます。
コントロールの優れたピッチャーほど、成績もよくなります。
ストライクゾーンのぎりぎりを投げることで、打ちにくいボールになり、バッターから三振を奪えます。
一方、あなたにもストライクゾーンがあります。
仕事の範囲。
人間関係の範囲。
恋愛対象の範囲。
好き嫌いの範囲。
興味関心の範囲。
さまざまなストライクゾーンがあります。
あなたのストライクゾーンは誰が決めるのか。
あなたが決めるのです。
あなた自身がルールブック。
あなた独自のストライクゾーンをつくりましょう。
どんなストライクゾーンも自由ですから、自分の好きに決めてOKです。
正方形でも楕円形でもOK。
いびつな形をしたストライクゾーンでもOKです。
ストライクゾーンは、狭くするより広くしたほうがいいでしょう。
ストライクゾーンを広げると、可能性と許容範囲が広がって、楽しみが増えます。
あらゆるボールを受け止めるのは難しくても、少しでもストライクゾーンを広げるくらいならできるでしょう。
一度ルールを決めた後でも、都合が悪ければ、自由に書き換えることもできます。
あなたのストライクゾーンも、個性の1つです。
「心が重く感じる」
「心が曇っている」
「なかなか元気が出ない」
重い心に悩んでいませんか。
元気が出ないのは、心が重くなっているせいかもしれません。
いつの間にか私たちは、心の中に「余計な重り」を詰め込んでしまっていることがあります。
自分より優れた人に対して抱く「嫉妬心」
強く心を引かれて、それに強くとらわれる「執着心」。
人に頼って、それをやめられなくなる「依存心」。
見栄を張りたい気持ち。
見返りを求める気持ち。
かまってもらいたい気持ち。
これらはすべて、心を重くさせてしまう原因です。
1つや2つくらいではあまり変わりありませんが、こうした気持ちが積み重なることで、どんどん心の重量が増えています。
気づけば、すっかり心が重たくなっているのです。
余計な気持ちを取り払いましょう。
嫉妬心を捨てましょう。
誰かを妬んだところで、疲れるのは自分だけ。
嫉妬心がなくなれば、自分の仕事に集中できるようになります。
執着心も捨てましょう。
こだわりは大切ですが、1つのことに強く心を引かれるあまり、周りが見えなくなるのは良くありません。
生活に支障が出るほどエスカレートしているなら、少しずつ執着心をなくしていくことが大切です。
依存心を捨てましょう。
人に頼ってばかりではなく、自立する気持ちを養いましょう。
なるべく自分のことは自分でなんとかします。
見栄を張りたい気持ちも捨てましょう。
見返りを求める気持ちも捨てましょう。
かまってもらいたい気持ちも捨てましょう。
ゼロにすることはできなくても、減らすことならできるはずです。
すると、どうでしょう。
宙に浮かぶ風船のように、ふわふわ心が軽くなるでしょう。
心が軽くなると、気力も出やすくなります。
心の中が澄み切った状態になると、透明感が出てきて、純粋な心を取り戻せます。
純粋な心になると、やる気や元気も出やすくなります。
面白いことに心が軽くなると、体まで軽くなります。
フットワークが軽くなり、行動力まで出てくるようになり、いいことずくめです。
余計な心から解き放たれると、別人のようになり、新しく生まれ変われます。
余計な気持ちは捨ててしまい、心を軽くしていきましょう。
心のダイエットです。
「私にはできない」と思うのは良くありません。
「できない」と思っていると、できることもできなくなります。
「できる」と思ってください。
「できる」と思うから、できるようになります。
余計な気持ちを捨てるだけでいいのです。
あなたの心はもっと軽くなります。
心が軽くなるだけで、新しい自分に生まれ変われます。
あなたの周りに自分のことを「大物」という人はいませんか。
「私は大物だ」
「自分は大きな影響力を持っている」
「大物とは、私のことを言うのだ」
また、直接「大物」というキーワードが出なくても、大物を意味するニュアンスがあれば、同じと考えます。
たとえば「私を誰だと思っているのだ」というセリフは、自分を大物と思っている発言として考えていいでしょう。
「大物」というキーワードは出ていなくても、自分で自分のことを「大物」と言っているのと同じことになります。
もちろん周りから「大物」と言われるならいいのです。
仕事ができて、実際に結果を出していて、影響力のある人なら、周りの人たちは「あの人は大物だ」と称賛するでしょう。
他者評価は客観的なので、信頼できる情報の1つと言えるでしょう。
しかし、人に言われるならよくても、自分で自分を大物と呼ぶのは良くありません。
もし自分のことを「大物」と言っている人がいれば、確実に1つ言えることがあります。
自分のことを「大物」と言う人に、大物はいないということです。
自分で自分のことを大物と呼ぶのは、大物にふさわしくない態度です。
大きな存在に見られたいため、強く見せようと吠えているだけ。
地位・キャリア・経済力はあるのかもしれませんが、それはあくまで表面的な話です。
たとえ素晴らしいキャリアがあったとしても、そこから油断が生まれます。
いずれ向上心が失われ、スキルも低下して、じわじわ衰退していくでしょう。
もしくは、大きな失敗によって失脚することになる可能性もあります。
積み上げてきた栄光は大きくても、失うのは一瞬です。
その人の仕事術や生き方を参考にするのはいいですが、人間的な振る舞いは真似しないのが正解です。
大物に必要な条件とは何か。
それは「人間性」なのです。
本当に大物であれば、地位・キャリア・経済力だけでなく、必ず人間性も優れています。
人間性は、数字で表せるものではありませんが、本物の大物には欠かせない要素です。
謙虚であり、温和な性格で、思いやりがあります。
言葉遣いはきれいで、礼儀作法もあります。
向上心と好奇心にあふれていて、行動力があります。
心遣いと気遣いがあり、心の器も大きい。
人間性があってこそ、大物と呼べる条件が整います。
自分で自分のことを「大物」と言うのは、横柄である証拠です。
そのため、自分のことを「大物」という人に、大物はいないのです。
もし自分のことを「大物」という人がいれば、注意しておきましょう。
その人は大物ではありません。
大物に見える小物です。
上司から面倒な頼まれごとをされたとき、どんなリアクションをするかです。
やりがいのある仕事であればいいのですが、ちょっとした雑用を頼まれることがあるでしょう。
誰でもできるような簡単な仕事をお願いされることも少なくありません。
「コンビニでこれを買ってきてくれ」
「お店の予約をしておいてくれ」
「この資料を総務課に届けておいてくれ」
「これを郵便ポストに入れておいてくれ」
「会議室を掃除しておいてくれ」
しょっちゅう面倒な頼まれごとをされます。
特に新入社員のころは、面倒な頼まれごとの連続となるはずです。
時には仕事とは関係ない頼まれごとをされることもあるかもしれません。
「このジグソーパズルを完成させておいてくれ」という頼まれごとも現実にはあり得ます。
大卒の人間が子どもできるような仕事をお願いされると、複雑な気持ちになります。
「よりによってどうして私に頼むのだろう。ほかにも暇そうな人がいるじゃないか。私はお使いをするために入社したのではない」
不満を感じるかもしれませんが、むっとしてはいけません。
上司は「この人はどのくらい仕事ができる人だろうか」と試しています。
わざと面倒な雑用をお願いして、反応や仕事ぶりを見ています。
ほかに暇そうな新人がいるにもかかわらず、頼まれごとがあなたに集中することもあるでしょう。
不満に感じるかもしれませんが、早合点です。
どれだけあなたが素直に引き受けてくれるか、確認しようとしています。
また、あなたには「仕事を頼みやすい雰囲気がある」と認められている可能性があります。
頼みやすい新人もいれば、そうでない新人もいます。
「この人ならすぐやってくれそうだ。きちんとやってくれそうだ」という期待もあります。
裏を返せば「上司から目をかけられている」ということ。
簡単な仕事であれ面倒な雑用であれ、自分が求められることはありがたいことです。
面倒な頼まれごとをしても評価されないと考えているなら誤解です。
面倒な頼まれごとも評価対象です。
面倒な頼まれごとをされたら「評価につながるチャンス」と思ってください。
面倒なそぶりを見せず、にこにこしながら対応していきましょう。
面倒な頼まれごとも、1つの仕事と思うことです。
どんな雑用であろうと、真面目に対応して、丁寧に仕上げましょう。
スピード感を持って取り組み、少しでも立派に仕上げてください。
面倒な頼まれごとをきちんとできる人は、必ず評価されます。
上司から「この人に雑用ばかりさせるのはもったいない」と判断され、大きな仕事を与えられるようになります。
頼まれごとは、試されごとなのです。
成功を成し遂げるのはどんな人でしょうか。
一言で言えば「強い人」と考える人が多いのではないでしょうか。
気力・体力・精神力があって、スキルも高い。
体力があれば、長時間の仕事にも耐えられるでしょう。
気力があれば、根気や集中力も出やすくなるでしょう。
精神力があれば、困難も乗り越えられるでしょう。
さらに学歴が高くて、賢い特徴があります。
頭がいいと、問題解決能力も高くなるため、ますます仕事がスムーズになるでしょう。
強い人は、普通の人より仕事ができて、成功しやすいように思われます。
ところがここに、思わぬ落とし穴があります。
強い人は「自分は強い」と思っているゆえに、何でも1人でこなそうとします。
有能なので、幅広く仕事をこなしますが、しょせん1人です。
1人には限界があります。
体は1つしかありません。
1日は24時間という点も変わりません。
どれだけ学歴が高かろうと、どれだけ有能であろうと、1人には限界があります。
必ずどこかで1人の限界にぶち当たる。
機械化・自動化を駆使すれば、1人でも可能性を広げられますが、それでも何でもできるわけではなく、限界があります。
強い人は、力任せでがつがつ前に進めますが、そこそこの成功しかできないのです。
本当に成功をする人はどんな人か。
強い人ではありません。
弱い人です。
弱い人は「自分は弱い」という自覚があります。
自分の弱さを自覚しているため、何でも1人でやろうとしません。
そもそも1人でしようとしてもできません。
そのため、積極的に人の力を借りようとします。
「自分は弱い人間。だから人の力を借りよう」と考えます。
人の力を借りれば、どれだけ弱くても関係ありません。
自分にできないこともできるようになります。
個人の力がどれだけ強かろうと、100人の束にはかないません。
人の力を借りるにつれて、大きな力と圧倒的なスピードを手に入れられます。
結果として、大きな成功を収めることができるのです。
自分の弱さを自覚していると謙虚にもなるので、ますます成功しやすくなる。
「能力」という点では、強い人のほうが有利ですが「成功」という点では、弱い人のほうが有利です。
どれだけ個人の力が強くても、集団の力にはかないません。
「自分は弱いから成功できない」と諦めないでください。
「個人の力」に限界があっても大丈夫です。
むしろ弱いことに誇りを持ってもいいくらいです。
弱いからこそ、大きな可能性を秘めています。
弱い人には「人の力を借りる」というアプローチがあるからです。
偉業を収めた偉人たちを思い出してください。
生まれつき体が弱い人でも、大きな成功を収めた人は多くいます。
自分の限界を自覚して、素直に人の力を借りたから大きな成功を収めました。
上手に人の力を借りて「集団による総合力」で勝負しましょう。
人の力を借りたいなら「謙虚」になっておくのが賢明です。
謙虚になると、人の力を借りやすくなるからです。
変な見栄やつまらないプライドがあるなら、さっさと捨ててしまいましょう。
人との衝突が減るだけでなく、人の力も借りやすくなります。
丁寧な言葉遣いと礼儀正しいマナーを心がけましょう。
謙虚に加えて人望と人徳があれば、引き寄せられるように人が集まってくるでしょう。
上手に人の力を借りる人になることです。
上手に人の力を借りながら仕事を進めていくことで、夢に向かう力が加速します。
弱い人こそ、大きな成功を成し遂げるのです。
戦いに挑むことを私たちは「挑戦」と呼びます。
「次の課題に挑戦する」
「難しい仕事に挑戦する」
「新しいテーマに挑戦する」
挑戦という言葉には、ポジティブな印象がありますね。
チャレンジ精神にあふれ、勇敢で積極的な印象もあります。
「さあ、やるぞ!」と気合が入って、やる気が湧くでしょう。
一方で「挑戦」という響きには、少し恐怖感があります。
「これから大変なことが待っている」
「痛い目に遭うかもしれない」
「予想以上のストレスかもしれない」
リスクに飛び込んでいくようなイメージが湧くと、恐怖で足がすくんだり、体が震えたりするかもしれません。
「挑戦」という呼び方も悪くありませんが、少しストレスを感じるのではないでしょうか。
もし「挑戦」と呼ぶ場面があれば、別の表現に言い換えてみてください。
「挑戦」を「冒険」と言い換えてみましょう。
挑戦も冒険も「勇敢に立ち向かう」という点は同じであり、似たような意味ですが、わくわく感が違います。
冒険という言葉のほうが、ゲーム感覚や遊び心がプラスされます。
恐怖が半減して、わくわく感が倍増するのです。
言い方を少し変えるだけで、世の中の見方が変わります。
「新しい仕事に挑戦する」というときは「新しい仕事を冒険する」と言い換えてみましょう。
「難しい問題に挑戦する」というときは「難しい問題を冒険する」と言い換えてみましょう。
それ自体を大きなイベントとして捉えてみるのがポイントです。
あなたは冒険者です。
冒険者になったつもりで、勇敢な1歩を踏み出しましょう。
そこには新しい世界があり、新鮮な刺激が待っているでしょう。
意外な出来事があり、サプライズを楽しめるかもしれません。
何らかの気づきと発見があり、あなたの成長にもつながるでしょう。
仕事をするなら、少しでもわくわくしたほうが楽しめます。
楽しむと、潜在的な力を発揮しやすくなり、ますます仕事がうまくいきます。
元気を出すのはいいことです。
落ち込むくらいなら、元気であるほうがいいのは間違いありません。
私たちは幼いころから元気になることを勧められてきました。
「元気を出しましょう」
「元気な毎日を送りましょう」
「元気いっぱいになりましょう」
元気になると、明るい日常が待っています。
元気であれば生き生きでき、パワーを発揮できます。
明るい雰囲気が漂うようになり、幸せを引き寄せることができるでしょう。
しかし、元気を出すとき、注意したいことがあります。
元気を出すのはいいですが、出しすぎてはいけません。
「元気を出して何が悪い」と思いますが、元気の出しすぎには落とし穴があります。
元気を出すにも、気力や体力を使います。
元気を出しすぎると、短時間で気力や体力を使い果たしてしまい、エンストを起こしてしまいます。
せっかく元気でも、短時間しか続きません。
元気を出しすぎると、その後どっと疲れが襲ってきます。
躁とうつの状態が繰り返されることになる。
往々にして元気を出しすぎると、うるさくなります。
わあわあがやがや騒ぎすぎると、周りの迷惑になります。
かんかんと照りつける真夏の直射日光のように、熱くなりすぎてしまいます。
力の加減を誤ってしまうことも少なくありません。
周りが見えなくなったり、勢いやスピードを出しすぎてしまったりします。
場合によっては、自制心を失ってしまい、ミスや間違いを増やす可能性もあります。
良かれと思って元気を出しすぎると、あとから代償を払うことになるのです。
元気を出すなら、適度がいちばんです。
目安は「7割前後」です。
人生は長丁場ですから、元気が長続きするようなコントロールが適切です。
車の運転では、アクセルだけでなくブレーキが大切であるように、元気を出すときも、アクセルだけでなくブレーキが大切です。
「元気を出しすぎているかな」と思ったら、少しブレーキを踏んで、勢いを調整するといいでしょう。
元気の制限速度を守りましょう。
そのほうが元気が安定して、長続きもします。
成長のためには、時に実力以上のことに挑戦することが必要です。
つまり「背伸び」です。
簡単なことばかり繰り返しては、レベルアップができません。
できることばかりを繰り返していては成長が停滞したままになります。
成長するどころか衰えていくことも少なくありません。
スムーズに成長するためには「背伸び」が必要です。
あえて実力以上のことに挑戦することで、自分に適度な負荷をかけます。
適度な負荷によって、自分の限界を超えていけ、少しずつ成長していけます。
しかし、一言で「背伸び」と言っても、大きく分けると2種類あります。
「安全な背伸び」と「無理な背伸び」です。
どちらも背伸びに変わりありませんが、実際は「別物」と考えておくほうがいいでしょう。
それぞれきちんと区別しておくことが大切です。
安全な背伸びとは、達成可能を前提とした背伸びのことをいいます。
たとえば、実力が100とすると、110や120あたりを目安に取り組もうとします。
そもそも達成可能を前提としているため、度が過ぎることはありません。
少し頑張ればできます。
無理がないため、挫折も少ない。
「少し頑張ればできる」ということに取り組むと、少し大変ではあるものの、自分の限界を超えていけます。
挫折することなく、着実にレベルアップしていけます。
無理な背伸びとは、自分の許容範囲を超えた背伸びのことをいいます。
たとえば、実力が100とすると、200や300の難題に挑戦しようとします。
積極的な姿勢は立派ですが、あまりに実情を大きく越えるのは良くありません。
これは、勇敢というより、無謀です。
大幅に限界を超えた背伸びは、自分から失敗に飛び込んでいくようなもの。
あまりに自分を大きく見せすぎると、こっけいです。
背伸びをしすぎると、自分の実力を大きく越えているため、ミスや失敗するのも当然です。
「無理をしすぎた。こんな挑戦をするべきではなかった」と後悔することになるでしょう。
アニメや漫画の世界では、限界を超えていくシーンを見かけますが、現実の世界ではそう単純にうまくいくものではありません。
無理な背伸びは、100%挫折を招くことになるのです。
背伸びをするときは、しっかり許容範囲は見極めておきましょう。
それは「無理な背伸び」でしょうか。
それとも「安全な背伸び」でしょうか。
安全な背伸びであればOKですが、無理な背伸びはNGです。
背伸びをするのはいいですが、あくまで無理のない範囲が大切です。
無理のない背伸びだからこそ、無理のない成長ができるのです。
休日は、たっぷり趣味を楽しみましょう。
思いきり好きなことをして、心から楽しみたい。
ひたすら楽しむことに集中しましょう。
せっかくの休日なのですから、楽しまなければ損です。
1日中、本を読むのも良し。
立て続けに映画を鑑賞するのも良し。
趣味のお料理を楽しむのも良し。
フィットネスクラブで気持ちのいい汗をかくのも良し。
友人と飲食店でたくさんおしゃべりを楽しむのもいいでしょう。
朝から晩まで思いきり趣味に没頭したい。
時間を忘れ、周りも気にしません。
趣味を楽しむときだけは、現実を忘れてもOKです。
現実を忘れると、ますます趣味の世界に入り込めます。
「これでもか!」というくらい徹底的に趣味を楽しむことに集中したい。
すると、夜には疲労感がたまっているでしょう。
趣味とはいえ、本気で取り組むとやはり疲れを感じます。
昼過ぎから疲れがたまり始め、夜にはぐったり疲れているのです。
これでいいのです。
たっぷり趣味を楽しんで疲れた日のことを何と呼ぶか。
「充実した1日」と呼ぶのです。
たっぷり趣味を楽しんでぐったり疲れているのは、本当に充実できた証拠です。
趣味一色で染まった1日ほど、贅沢な日はありません。
「せっかくの休日なのに疲れるなんてもったいない」と思うかもしれませんが、逆です。
充実しているのですから、素晴らしい1日であり、喜ぶべきことです。
「完全に1日を楽しみきった」と言えます。
疲れるとはいえ、気持ちのいい疲労感です。
体は疲れていても、心は喜んでいます。
趣味を楽しむ姿は地味でも、心はぴょんぴょん弾んでいます。
あっと言う間に時間が過ぎるのは、それだけ充実している証拠です。
良い休日を過ごせたのですから、心置きなく安心してください。
平日はしっかり仕事を頑張っているのですから、休日くらいは思いきり趣味を楽しみましょう。
思いきり趣味を楽しむから、ストレス発散ができ、身も心も充電できます。
気持ちのいい解放感や達成感も得られ、充実した時間を過ごせるのです。
積極的に「趣味の日」をつくり、夢のような時間を実現しましょう。
「今日は趣味ばかり楽しんで、本当に疲れた」という夜を迎えたい。
就寝前には「今日は充実した1日だったな」と自分を褒め称えましょう。
たっぷり趣味で遊んでぐったり疲れたら、夜もぐっすり眠れます。
そして、いい夢を見られるのです。
「くだらない本だね」
「くだらない仕事だね」
「くだらないイベントだね」
「くだらない」という口癖に心当たりがあるなら要注意です。
「くだらない」という一言は、不運と不幸を引き寄せる言葉だからです。
もちろん世の中には、くだらないこともあるでしょう。
無益・無意味・無価値なことなら、正直な意見として「くだらない」と言いたくなるでしょう。
しかし「くだらない」と感じることはあっても、口に出して言わないことです。
口に出したら、くだらないことが確定します。
「くだらない」と言った瞬間、ネガティブのスイッチが入ります。
「くだらない」というのは「無駄」「意味がない」「価値がない」という意味になります。
日常が色あせて見えるようになり、テンションも下がります。
あれもこれも「くだらない」と言えば、あれもこれも色あせて見えるようになります。
やる気も元気も奪っていきます。
くだらないことを、どう楽しみ、どう頑張れるのでしょうか。
「くだらない」という口癖がある人は、ことあるたびに「くだらない」と言ってしまいます。
たとえ面白いことでも「くだらない」と言ってしまうと、ネガティブな思い込みが生まれ、不快に感じてきます。
「くだらない」という口癖があると、何でも嫌になるのです。
「くだらない」という口癖は禁句にしましょう。
害があるだけで、役立つことは1つもありません。
「くだらない」という口癖は禁句にする代わりに、ぜひ心がけたい口癖があります。
「面白い」です。
普段から「面白い」という口癖を身につけておくことです。
どんなことでも、楽しいことや面白いことが必ず1つはあります。
「面白い」という口癖があると、ポジティブのスイッチが入ります。
「面白い」と言った瞬間、楽しさや面白さを発見する力が高まり、意義や価値を見いだしやすくなります。
「面白い」と思いながら仕事に取り組めば、つまらない仕事も面白く感じてくるでしょう。
難しい仕事でも、面白がる気持ちがあれば、簡単に感じるはずです。
たとえつまらない仕事でも、嘘でもいいので「面白い」と言いながら取り組めば、本当に面白くなってきます。
口癖とはいえ、日常の感じ方に関わる重要なポイントです。
「くだらない」という口癖は禁句にしましょう。
代わりに「面白い」という口癖を心がけましょう。
「面白い」という口癖があると、何でも楽しくなるのです。
あなたはあるとき、面白いことを思いつきました。
自分でも「なかなか悪くないアイデア」と思って、自信満々です。
突然ひらめいたアイデアに限って斬新です。
アイデアがひらめいたときは、急に未来が開けたように感じて嬉しくなります。
さっそく人に話を持ちかけましたが、残念な返事が返ってきました。
「うまくいった試しがない」と。
すでに多くの前例があるものの、すべて失敗で終わっているとのこと。
前例がなければ、どうとでも言えますが、すでに多くの前例があって、すべて失敗で終わっているなら、次もダメに思えます。
悪いことは繰り返し起こりやすいため、注意しなければなりません。
「うまくいった試しがない」という一言には強い説得力が感じられ「それなら無理ですね」と諦めそうになる。
しかし、相手の言葉に飲み込まれてはいけません。
そこで簡単に引き下がっては何も新しいことに挑戦できなくなります。
「うまくいった試しがない」という一言に説得力を感じますが、永遠に不可能とは言い切れません。
本当に実現させたいなら、こう切り返しましょう。
「じゃあ、次はうまくいかせます」と。
もちろん単なる強気の言葉ではいけません。
言うだけなら誰でもできます。
やみくもに同じことを繰り返すだけでは成長がありません。
失敗が改善されなければ、同じ結果が待っているだけです。
同じことを繰り返したところで、同じ失敗を繰り返すのが明らかです。
ここで大切なことがあります。
それは「失敗の芽をつぶす」ということです。
これまでの前例を振り返り、失敗した原因を見つけ、その対策を立てます。
つまり、前例と同じ失敗を繰り返さないようにするのです。
きちんと対策ができているなら「次の挑戦でうまくいく可能性は十分ある」と言えるでしょう。
きちんと対策を立て、失敗の芽をすべてつぶせば、相手も「絶対不可能」とは言い切れなくなるはずです。
簡単に諦めないことです。
大切なことは「可能性に挑戦する」ということです。
10回の失敗があっても、11回目で成功する可能性があります。
たとえ100回の失敗があっても、丹念に失敗の原因をつぶしていけば、101回目で成功する可能性があります。
「同じ失敗を繰り返さない」ということは「成功に近づいている」と言い換えることができます。
少しでも希望があるなら、挑戦する価値があるのです。
あなたは何を追いかけていますか。
追いかけるものを間違えると、思わぬ落とし穴に落ちます。
ゴールとは逆の方向に走ってしまうことも少なくありません。
人生を正しく生きるためには、追いかけるものを見極めることが大切です。
「お金が欲しい」
「もっとお金が欲しい」
「大金持ちになりたい」
お金を追いかけていませんか。
もちろんお金を欲しがるのは悪いことではありません。
お金がないと私たちは生きていけません。
着るもの・食べるもの・住むところには、最低限のお金が必要です。
欲しいものを手に入れるためにも、お金は必要です。
お金があるから、自由が手に入ります。
しかし、必要以上のお金は不要です。
お金ばかり追いかけていると、すべて損得勘定で考えることになります。
得をするか、損をするか。
儲かるか、儲からないか。
人と接するときも、品定めをするような目つきになります。
仕事も遊びも人付き合いも何もかも、すべて損得勘定で判断することになる。
お金ばかり追いかけていると、大事なものまで見落とします。
家族、親友、健康です。
お金のことしか考えていないため、家族や親友や健康が見えなくなり、ケアがおろそかになります。
お金ばかり追いかけていると、いつか大事なことを失うことになるのです。
「お金=幸せ」と思っているなら大きな誤解です。
お金はあくまで道具にすぎません。
交換するための手段であり、それ以上それ以下でもありません。
お金持ちが自殺をするニュースからわかるように、お金が人を幸せにするわけではありません。
お金を追いかけて生きていると、いつか大きな落とし穴にはまることになるのです。
実はお金より追いかけたいものがあります。
それが「夢」です。
夢は、生きる目的です。
自己実現であり、憧れの象徴であり、貴い生きがいです。
夢があるから希望に満ちた日々になります。
心に活力が生まれ「今日も頑張ろう」と思えます。
夢があることで苦しいことも増えますが、嬉しいことや楽しいことも増えます。
お金も大切ですが、夢はもっと大切です。
お金より夢を追いかけましょう。
夢があるから、私たちは生かされ、強く生きていくことができます。
流行を追いかけていませんか。
もちろん流行を追いかけるのが一概に悪いわけではありません。
最新・最先端を知ることで、新しい刺激を受けるでしょう。
時代に追いついたり、世の中の変化に対応したりするためにも、流行を追いかけることにも一定の意義があります。
しかし流行は、時間とともに変化します。
流行は、時代とともに「生まれは消える」を繰り返します。
刻々と変化する流行を追いかけていると、時間やお金がいくらあっても足りません。
そのときは満足できても一時的です。
しばらくたてば「時代遅れになってきた」と焦り始め、再び流行が気になり始めます。
消費・消耗することが多い割に、心から満足できません。
資本家にとって、いいカモになります。
流行を追いかけていると、流行に振り回されることになるのです。
流行より追いかけたいものがあります。
それが「自分らしさ」です。
自分らしいことは、自分に合っていることなので、抵抗もストレスも少なく、小さな力ですいすい進めます。
自分の使命や役割に気づき、人生を有意義に生きることができます。
花は、自分らしく咲いているから美しい。
人も同じです。
自分らしく生きて、自分の花を咲かせることが、最も美しい生き方です。
自分らしさを追いかけていけば、どんどん幸せになれます。
人生における満足と幸福は、何を追いかけるかで決まります。
お金より夢を追いかけましょう。
流行より自分らしさを追いかけましょう。
これが幸せになる法則です。
あなたには諦めていたことがありますか。
過去に何らかの事情があって、諦めたことがあるのではないでしょうか。
挫折によって諦めたこともあれば、そもそも一度も取り組むことなく諦めたこともあるでしょう。
諦めたことはなかなか完全に忘れきれません。
大人になってからも、ときどき諦めたことを思い出してしまうことがあるのではないでしょうか。
もし諦めていることがあるなら、今からでも遅くありません。
諦めていたことに、もう一度挑戦してみましょう。
心の奥に封印していた夢を思い出しましょう。
年を重ねた今、始めてみることです。
諦めたから、完全に終わりというわけではありません。
以前諦めていたことを、年を重ねた今、もう一度思い出し、再び挑戦してみることです。
諦められない気持ちが残っているのは、心のどこかにやってみたい気持ちがある証拠です。
諦められない気持ちが残っているなら、再挑戦するのが正解です。
人生は一度しかありません。
一度しかない人生ですから、後悔がないよう、今のうちにできることをしておくことです。
死ぬ間際になってから「取り組んでおけば良かった」と悔やんでも手遅れです。
別にうまくできなくてもいいのです。
プロを目指すわけでもなければ、世界一になる必要もありません。
諦めていたことを思い出し、再び挑戦してみることが素晴らしいのです。
過去に挫折したことでもOKです。
年を重ねた今だからこそ、ベストタイミングです。
今なら昔と違って、お金も時間もあって人生経験も豊かでしょう。
体力や記憶力は低下したかもしれませんが、その代わり知恵がついているはずです。
当時は挫折しても、今取り組めば、昔とは違った楽しみ方ができるに違いありません。
「もう若くないから」
「もう年を取りすぎている」
「今から始めても遅すぎる」
どれも考えすぎであり、誤った思い込みです。
若さは関係ありません。
取り組むことに年齢は関係なし。
何事も遅すぎることはありません。
「遅すぎる」と言いそうになったら「遅すぎることはない」と言い換えてください。
下向きになっている心を、上向きに変えること。
諦めていたことに再び火をともし、もう一度挑戦してみましょう。
これからの人生を考えたとき、今日は最も若いのですから、今すぐ始めるのがベストです。
「諦めていたけど、もう一度挑戦してみたい」
そう思ったら、ゴーサインです。
諦めていたことに取り組めば、最高に楽しい時間を過ごせるでしょう。
再び青春の風が吹き始め、心も体も若返り、新しい人生が始まります。
諦めていたのではありません。
大人になるまで、楽しみを取っておいたのです。
諦めていたことは、大人になるまで取っておいた楽しみだったのです。
挑戦して失敗した人をげらげら笑う人がいます。
たしかに大きなことを言って挑戦したものの、かっこ悪い失敗で終われば、みっともない姿をさらすことになります。
そこには、滑稽に見えるところもあるのかもしれません。
だからといって、挑戦して失敗した人を笑うのはやめておくほうがいい。
笑いたくなっても、ぐっとこらえるのが得策です。
笑うと、今度は自分が挑戦ができなくなるからです。
挑戦したくても「失敗したらどうしよう」という不安に襲われ、挑戦する力が弱くなります。
人にしたことは、自分に跳ね返ってくるのが人生です。
人は、挑戦ができなくなったら終わりです。
思いきったアクションを起こせなくなります。
新しい人生を切り開けなくなります。
進歩も成長もできなくなり、現状維持の運命が待ち受けています。
成功を保証されたことしかできなくなり、可能性の幅が大幅に制限されるのです。
「失敗するくらいなら何もしないほうがいい」と思う人もいるかもしれません。
それは誤解です。
失敗を恐れて何もしない人より、挑戦して失敗した人のほうが、何倍も勇敢です。
そして何倍も偉いのです。
リスクを承知のうえで挑戦したことに意味があります。
結果は失敗に終わっても、少なくとも挑戦をしたことは評価に値します。
挑戦して失敗した人がいれば、笑うのではなく、認めましょう。
失敗したことではなく、勇敢に挑戦したことを高く評価して、称賛の拍手を送るのです。
挑戦したことに価値があります。
挑戦した人に称賛の声が届けば、勇気づけらます。
失敗して落ち込んでいても、あなたの一言で勇気づけられたり励まされたりするでしょう。
そして、自分も挑戦をしやすくなります。
失敗に対する恐怖心が小さくなります。
「挑戦して失敗しても貴い」という価値観がインプットされるからです。
「失敗してもいい。挑戦することが大切」と思えれば、新しい一歩を踏み出しやすくなります。
人生を切り開くためには、挑戦と失敗を繰り返さなければいけません。
「トライアンドエラー」という言葉があるように、挑戦と失敗はワンセットです。
挑戦によって道が切り開かれ、失敗から学びが得られます。
トライアンドエラーを繰り返すことで、PDCAサイクルを回してください。
挑戦して失敗した人を評価する人になりましょう。
失敗を歓迎する人には、素晴らし未来がやってくるのです。
大人になってから遊ぶときは「制限」をつくっておきましょう。
なぜ制限が大切なのか。
大人になってから遊びで失敗すると、一発で重大な事態に発展する可能性があるからです。
未成年の場合、遊びたくても、制限の壁があります。
そもそも年齢制限が設けられているため、遊びたくても限界があります。
借金したくても、未成年は断られます。
クレジットカードをつくりたくてもつくれなかったり、大人のお店に行きたくても入店を断られます。
持っているお金も限られているため、遊ぼうにも、小規模な遊びしかできないことが多い。
失敗しても、軽傷で済んだりやり直す機会が与えられたりすることがあります。
同じ失敗でも、刑罰が大人より軽く済むことが少なくありません。
万一、遊びでトラブルがあっても、未成年は責任能力が未熟と判断され、寛大な処分で済む場合が多い。
身を滅ぼすまで遊びたくても、法律やシステムが壁になって限界があります。
子ども扱いされることが、時には役立つこともあるのです。
ところが大人の場合は違います。
成人を迎えた大人の場合、制限がありません。
遊ぼうと思えば、いくらでも遊べます。
「大人だからわかっていますね」「大人だからできて責任を取れますね」という目で見られます。
すべて自己責任であり、自己負担です。
うっかり度が過ぎることがあっても、その責任を負わなければいけません。
趣味、ゲーム、飲み会、ギャンブル、男女の色恋。
大人の失敗は、自己責任の分だけダメージも大きい。
「大人だからコントロールができて当たり前」と思いますが、そうとも限りません。
大人でも、自己管理に失敗するのはよくあること。
不運と悪条件が重なれば、理性や自制心を失うことは、大人でも珍しくありません。
適度を守るつもりでも、実際に遊び始めるとヒートアップして、適度を越えることが少なくありません。
単なる遊びとはいえ、その気になれば、身を滅ぼすまで遊ぶことも十分可能です。
のめり込んでしまうと、どんどん深みにはまっていき、抜け出せなくなる。
気づけば、致命的なダメージになっている可能性もあるのです。
ましてやお酒が入っていると、あっさり理性と自制心が失われ、未熟な子どものようになってしまいます。
酔いが覚めてから、大変な事態に気づき、顔が真っ青になる。
「無制限」は、楽で自由に聞こえますが、これほど恐ろしいものはないのです。
ここで役立つのが「制限」です。
「お酒は1日に1缶まで」
「交際費は月に2万円まで」
「ゲームは1日3時間まで」
「趣味は、収入の20%まで」
「ランニングは、1回10キロまで」
許容範囲を決めて、ルール化しておきます。
遊びの内容に応じて、適切な制限を設けておくほうがいいでしょう。
制限の適度は、対象によって変わるため、一概には言えません。
大切なことは「遊びに制限を設ける」ということです。
「遊びだから無制限でいいよね」と軽視するのではありません。
「遊びだからこそ制限を設けよう」と考えるのが正解です。
コントロールする自信がなければ「しない」という賢明な選択です。
すでに始めていることなら「やめる」という決断も悪くありません。
「自分は大丈夫」
そう思う人がいれば、要注意です。
「自分は大丈夫」と思っているのは、油断している証拠です。
「自分は大丈夫」と思っている人ほど、制限を設けたほうがいいでしょう。
制限を設けることで少し不便に感じるかもしれませんが、その不便さがあなたを救います。
昨日と今日の自分は、少し違っていることに気づいてください。
たしかに顔も名前も同じであり、変わったところは何もないように思えます。
見た目も中身も同じでしょう。
考え方も価値観も同じでしょう。
1年単位なら変化もはっきりわかりますが、1日単位ではなかなか変化がわかりません。
しかし、完全に同じではありません。
大きく変わったところはなくても、小さく変わったところならあるはずです。
昨日と今日の自分は、少しだけ違っています。
昨日の勉強によって知識や経験が増え、少し賢くなっているでしょう。
昨日の練習によって慣れたり技術が磨かれたりして、少し上達しているでしょう。
昨日の経験によって考え方や価値観が深まって、少し大人になっているでしょう。
わずかではあるものの、成長は成長です。
とても小さな変化なので気づきにくく実感もしにくいですが、わずかな成長に気づいてください。
そして、その成長を心から喜んでください。
今日の自分を作ったのはいつか。
今日の自分は、昨日の結果です。
昨日頑張った結果、今日の自分が今ここにいます。
では、明日の自分をつくるのはいつか。
それは、今日です。
今日頑張れば、その結果が明日の自分に反映されるでしょう。
原因があるから結果があります。
今日のあなたは、昨日頑張った結果です。
人生は、原因と結果の連続です。
今日サボったなら、その結果が明日に反映されます。
今日頑張ったなら、その結果が明日に反映されます。
昨日の結果が今日に反映され、今日の結果が明日に反映されます。
これが1週間・1カ月・1年と積み重なっていき、大きな違いをもたらします。
明日素晴らしい自分に出会いたいなら、しっかり今日を生きましょう。
できる範囲で全力を尽くします。
怠けたくなっても、一踏ん張りすることです。
後悔をすることがないよう、常に最善を尽くします。
嫌なことでも、それが大切なことであれば、誠実に立ち向かいます。
1日ごとに、あなたは生まれ変わっています。
つらいことも苦しいことも、素晴らしい自分に出会うためのトレーニングです。
肉体的にも精神的にも大変ですが、そのストレスがあるおかげで自分を高めていけます。
全力で今日を生きれば、それだけ成長も前進もでき、明日は素晴らしい自分に出会えます。
あなたは今、明日の自分をつくっているのです。