私たちは、1日を「過ごす」と表現します。
特に変わったところのない、普通の表現ですね。
よく使われる表現であり、聞き慣れていることでしょう。
いいことをするのは難しくありません。
にこにこ明るく話すだけでいいのです。
明るく話すだけとはいえ、素晴らしいパワーとプラスの影響力があります。
小さなことから始めてください。
小さなことだから始める価値があります。
それが運命を変える第一歩になるからです。
ある日、駅のホームで立っていると、不思議な光景を目にしました。
携帯電話を持ちながら、必死に謝っている男性です。
「すみませんでした。申し訳ございませんでした」と、何度も言っています。
「1つのことが長続きしない」
「始めてもすぐ飽きてしまう」
「最初は興味があっても、すぐ冷めてしまう」
要望が通らないとわかったとき、去り際に悪態をつく人がいます。
お願いするときは態度がいいのです。
「お願いします」
楽しみにしていたことが、急きょ中止やキャンセルになることがあります。
たとえば、旅行の際、交通渋滞に遭って時間がなくなり、予定の観光地の1つをスキップすることがあるでしょう。
フードイベントを楽しみにしていたものの、天候の都合でイベントの一部が中止になることがあるでしょう。
長く部屋に住んでいると、だんだん物が増えてきます。
本を買えば買うほど、本棚の空きスペースが減っていきます。
服を買えば買うほど、クローゼットの空きスペースも足りなくなるでしょう。
私たちの日常では「粗品」をもらう場面があります。
銀行で手続きをすると、窓口で粗品をもらうことがあるでしょう。
業者から訪問営業を受けると、資料と一緒に粗品をもらうことがあるでしょう。
あなたは今、努力をしていますか。
人生を真面目に生きているあなたなら、すでに自分なりの努力をしているでしょう。
夢や目標に向かって日々努力を積み重ねているに違いありません。
未熟なうちは「自分は未熟者」と思っておくことです。
そして素直に公言しておくほうがいい。
見栄や体裁は気にしません。
思い出してほしいことがあります。
最後にお墓参りをしたのはいつですか。
定期的に行っている人もいるでしょうが、そうでない人もいるでしょう。
元気がないときこそ、散歩をしましょう。
散歩といえば、健康習慣の1つとして取り組んでいる人も多いでしょう。
リフレッシュやストレス解消として効果的ですが、その限りではありません。
あなたはまだ本当の自分に気づいていません。
本当のあなたは、もっと素晴らしいのです。
素晴らしいにもかかわらず、その魅力をまだ十分に発揮できていません。
仕事の後に楽しい予定があると「早く仕事終わらないかな」と思います。
時計を見ては「早く仕事が終わらないかな」とため息をつく。
しばらくしてまた時計を見ては「早く仕事が終わらないかな」と繰り返す。
「読書をするなら今だ」
「ダイエットをするなら今だ」
「旅行をするなら今だ」
金運を上げるためには、寄付を習慣にしておくことです。
「寄付」と聞いて、大げさなイメージを持っていないでしょうか。
「俳優の○○さんが1000万円の寄付を発表」
「あなたは、当たりはずれがあるね」
そう言われたとき、どう思うかです。
仕事の結果が一定ではなく、成功と失敗の差が激しいという意味です。
私たちは、1日3回の食事があります。
「朝食」「昼食」「夕食」です。
このほかに「おやつ」「夜食」を加える人もいるでしょう。
真面目とは何か。
嘘やいい加減なところがなく、一生懸命に取り組もうとすることをいいます。
ときどき真面目をばかにする人がいます。
私たちが最も注意を向けるのは、1位です。
最上位であり、それより上がありません。
とにかく1位は目立ち、きらきら輝きます。
自分の体調には素直に従いましょう。
心がけることはシンプルです。
「体調が悪いときは、無理をせず、きちんと休む」です。
頑張れば、才能の花が咲くとは限りません。
もともと才能がないなら、頑張ったところで限界があります。
ある程度上達しても、仕事にできるほどではなく、それで食べていくのは難しいこともあるでしょう。
本屋で立ち読みをしていると、不思議な体験をします。
いつもより本をすらすら読めてしまいます。
椅子に座って読むときと比べ、読むスピードが1.2倍から1.5倍ほど速くなっているでしょう。
今すぐ「今日も元気だ」と言ってください。
声に出すのが恥ずかしいなら、思うだけでもかまいません。
するとどうでしょう。
今日はいいことがなくて、1日の大半が無表情でした。
嬉しいことや楽しいことが1つもありませんでした。
ラッキーなこともありませんでした。
あなたには、マイルールとして決めたことがあるでしょう。
「人の悪口は言わない」
「お金の貸し借りはしない」
面倒くさい仕事は、本当に面倒くさいですね。
単純作業、ルーティンワーク、つまらない雑用、興味のない作業。
やる前からため息が出ます。
どんな生き方がいちばん幸せなのでしょうか。
あなたが幸せになるためには、どうすればいいのでしょうか。
自分らしい生き方がいちばん幸せなのです。
いい1日にするために、朝起きたらすぐ意識したい言葉があります。
「今日もいい1日にしよう」です。
「今日もいい1日にしよう」と言った瞬間、心のスイッチが入ります。
私たちは、1日を「過ごす」と表現します。
特に変わったところのない、普通の表現ですね。
よく使われる表現であり、聞き慣れていることでしょう。
「いい1日を過ごしたい」「今日もいい1日を過ごそう」といったセリフで心を奮い立たせている人もいるでしょう。
もちろん過ごすという表現もいいのですが、ここに工夫の余地があります。
表現をちょっと変えて、さらに日常意識を高めてみませんか。
1日を「過ごす」から「積み重ねる」に言い換えてみてください。
あなたの人生観が変わります。
今のあなたは、突然の結果ではありません。
今のあなたは、過去の積み重ねです。
生まれてから多くの経験を積み重ね、成長を果たし、今のあなたが存在しています。
能力も成長も、地道な積み重ねによって手に入れたものでしょう。
それは1日も同じことです。
私たちは、ただ1日を過ごしているのではありません。
積み重ねています。
自分では意識をしているつもりはありませんが、結果として積み重ねている状態になっています。
「1日」というブロックを1つずつ丁寧に積み重ねている状態です。
「積み重ねる」という表現には建設的なイメージがあります。
「成長」「向上」「レベルアップ」といったポジティブな意味が伴っているため、明るいイメージを持ちやすくなります。
積み重ねるという表現を常用することで、人生を「加算法」で生きる感覚にできるのです。
何事も「積み重ね」が大切です。
人生には本番しかありません。
あなたは1日ごとに、ブロックを高く積み上げています。
1日を一生懸命生きてください。
目の前の仕事を片付け、何事もベストを尽くして、悔いのない1日を積み重ねていきましょう。
そうすれば必ずあなたに素晴らしい未来が訪れます。
丁寧な日々の積み重ねが、素晴らしい人生へとつながります。
過ごすのもいいですが、積み重ねるのはもっといい。
1日の積み重ねが、人生です。
あなたは今「人生」という名の壮大な映画の主人公を演じているのです。
いいことをするのは難しくありません。
にこにこ明るく話すだけでいいのです。
明るく話すだけとはいえ、素晴らしいパワーとプラスの影響力があります。
誰かに話しかけるとき、明るく話をするようにしましょう。
口角を上げながら話しましょう。
話題についても、できるだけ明るくポジティブな内容がいいでしょう。
愚痴・悪口・噂話は避けます。
楽しかったことや感動したこと、褒め言葉や感謝の言葉、夢や希望など、前向きな話題がいいでしょう。
自分が話したい内容より相手が聞きたい内容を意識すると、耳を傾けてしっかり聞いてくれるでしょう。
あなたが明るく話すと、相手も明るい気持ちになってくれるでしょう。
表情には伝染する作用があります。
あなたの笑顔につられて相手も笑顔になってくれるでしょう。
相手はハッピーな気持ちになり、1日を元気に明るく過ごしてくれるに違いありません。
「明るい気持ちにさせてくれてありがとう」と感謝されるでしょう。
あなたが明るく話すだけで、人を明るい気持ちにさせることができるのですから「いいことをした」といえます。
人を明るい気持ちにさせることも十分な社会貢献です。
誰もが明るい気持ちになりたいと願っています。
明るく話すだけのことでも、プラスの影響があるのは間違いありません。
漫才師やお笑い芸人のような、高度な会話テクニックは必要ありません。
ちょっとした日常会話でいいのです。
明るく話すだけならお金も道具も必要ないので、今すぐにでも気軽にトライできますね。
明るく話すことは、相手のためだけでなく、自分のためにもなります。
明るく話していくうちに、自分で自分のテンションを上げることになります。
自分で発した言葉は自分で聞くことにもなるからです。
相手を元気づける言葉は、相手だけでなく、自分を元気づけることにもなります。
また、にこにこ明るく話すことは、明るく振る舞うことの1つであり、幸運を呼び込む力もあります。
あなたの笑顔に人とチャンスが引き寄せられ、運が良くなります。
さあ、身近な人に明るく話しかけ、明るい話を楽しみましょう。
今日はどんな話題にしますか。
にこにこ明るく話すだけで、あなたは「いいこと」をしたことになります。
小さなことから始めてください。
小さなことだから始める価値があります。
それが運命を変える第一歩になるからです。
運命を変える第一歩が、いきなり大きな結果・偉大な達成ということはありません。
運命を変える第一歩は「小さなこと」が定番です。
何でもないような小さな仕事のほうがふさわしい。
「難しくもなんともない」「小さくて仕事のうちに入らない」と思うなら、なおさらOKです。
小さなことだからこそ軽い気持ちで取り組めます。
もはや仕事としてカウントされないような小さなことのほうが好都合です。
運命を変える条件がそろっています。
「こんな小さな仕事はほとんど意味がないよね」
「小さなことだから評価されないよね」
「やっても意味がないよね」
そう思うかもしれませんが誤解です。
小さなことでも、軽視せずきちんと取り組むことです。
そしてまた小さなことが目の前に現れれば、きちんと取り組みましょう。
小さなことを10回繰り返せば、10回分の変化が生まれます。
小さなことを100回繰り返せば、100回分の変化が生まれます。
小さなことを丁寧に繰り返していくことで、変化が積み重なっていき、大きくなっています。
気づけば、大きな変化になっていて、素晴らしい結果を出しています。
結果として運命を変えることになっているのです。
小さなことから始めましょう。
たとえ人から「意味がない」「くだらない」とばかにされようと、こつこつ取り組むだけでいいのです。
気合も必要ありません。
「とりあえずやってみる」の精神を大切にしましょう。
たとえ1ミリでもいいのです。
1ミリでも前に進めば、前進したことになります。
軽い気持ちで取り組んでいいのです。
軽い気持ちのほうがさっと取り組めます。
小さなことでもいいので、とりあえず行動した人が偉い。
地味で地道で泥臭いことかもしれませんが、こつこつ取り組みましょう。
小さなことをばかにする人は、運命を変えることはできません。
小さなことを大切にする人が、運命を変えることができます。
「あのとき何気なく始めたことが、運命を変える第一歩だった」
そう思える日がやってきます。
運命を変える資格があるのは、小さなことを大切にする人です。
ある日、駅のホームで立っていると、不思議な光景を目にしました。
携帯電話を持ちながら、必死に謝っている男性です。
「すみませんでした。申し訳ございませんでした」と、何度も言っています。
ハンカチで額を押さえながら、頭を大きく下げて、謝っていました。
客観的に見ると、不思議な光景です。
携帯電話ですから、頭を下げて謝っても、相手には見えません。
意味がないように思えます。
おそらく本人も、無意識のうちに、そうしているのでしょう。
しかし、やはり頭を下げたほうがいいのです。
頭を下げる様子は、携帯電話で話している相手に見えなくても、伝わります。
実際に体を動かしながら謝罪することで、気持ちがこもりやすくなるからです。
頭を下げたり腰を曲げたりすれば、自然と声のイントネーションに、気持ちが表れます。
聞いている相手も、相手が頭を下げている様子が、目に浮かんでいることでしょう。
不自然な姿ではありますが、人としては、正しいのです。
「1つのことが長続きしない」
「始めてもすぐ飽きてしまう」
「最初は興味があっても、すぐ冷めてしまう」
何をやってもすぐ飽きて、長続きしない性質のことを「飽き性」といいます。
飽き性にはネガティブな印象があります。
飽き性という言葉が登場したら、ネガティブな意味として使われることが大半です。
自分でも飽き性だという自覚があって、悩みのタネになっている人もいるでしょう。
興味のあることを見つけてしばらく熱中するものの、すぐ飽きてしまう。
そしてまた興味のあることを見つけて熱中したと思えば、再び飽きてしまう。
「どうして私はこんなに飽き性なのだろう」
根気のない自分に嫌気が差すこともあるかもしれません。
しかし、ここに大きな誤解があります。
飽き性を悪いことだと思わないでください。
世間では飽き性に批判的ですが、実際は違います。
飽き性は、悪いことではなく、素晴らしいことです。
飽き性は「好奇心旺盛で、どんどん新しいことにチャレンジする精神」と言い換えましょう。
飽き性とは「長続きがしない」という短所ではありません。
「好奇心旺盛で、どんどん新しいことにチャレンジする精神」という長所です。
飽きとは、進化であり、成長です。
日頃から目新しいことに興味があって、新しい刺激や変化を求めています。
気になるだけで終わらせず、きちんと積極的に取り組んでいます。
飽き性を悪いことだと思わないでください。
好奇心が旺盛で、どんどん新しいことにチャレンジする精神があるのですから、素晴らしい長所です。
人に「飽き性だね」と言われても、自分の中で「好奇心が旺盛で、どんどん新しいことにチャレンジする精神」と言い換えましょう。
自己肯定感が高まって、自分に自信がついてきます。
飽き性は、短所として隠すのではなく、長所として生かすのです。
強みとして生かせば、いろいろな刺激を吸収できるため、ぐいぐい成長していけます。
飽き性の人は、心が若々しいことも特徴です。
あなたの身近に飽き性の人がいれば、よく観察してください。
きっとその人は普通の人より心が若々しいのではないでしょうか。
日頃から好奇心が旺盛で、どんどん新しいことにチャレンジしているので、自然と若々しくなるのです。
あなたが飽き性であれば、普通の人より心が若々しいはずです。
飽き性の人には、マルチクリエイティブな才能を発揮している人が多いことも特徴です。
日頃からどんどん新しいことに取り組んでいるので、幅広い分野に詳しくなるため、自然とマルチクリエイティブになります。
脳が若々しいのはもちろん、発想が豊かで考え方も柔軟になります。
一見すると無関係な知識や経験も、あるとき点と点がつながって線になり、意味や価値が生まれます。
非常識な発想や素晴らしいアイデアを思いつきます。
結果として、マルチクリエイティブな才能を発揮することになるのです。
飽き性は、マルチクリエイティブな才能の原動力です。
「飽き性は何でもすぐ飽きてしまう」と思うかもしれませんが、心配は無用です。
世の中のすべてに取り組んでいないのに、最初から「何でもすぐ飽きてしまう」と断言するのは早い。
どんな飽き性な人でも、あれこれチャレンジしていくうちに、あるとき長続きするものに出会います。
「飽き性にもかかわらず、これだけは続けられる」ということに出会います。
それは「適正がある」という証拠です。
そんな出会いはないと言うなら、まだ出会っていないだけです。
飽き性という長所を生かして、どんどんいろいろなことに進んで取り組んでいきましょう。
飽き性を中途半端で終わらせるのではなく、長所として生かして貫いてください。
あるとき、運命の出会いを果たせます。
飽き性である自分を責めるのではありません。
飽き性であることに誇りを持ってください。
飽き性も、素晴らしい才能の1つです。
要望が通らないとわかったとき、去り際に悪態をつく人がいます。
お願いするときは態度がいいのです。
「お願いします」
「そこをなんとかならないでしょうか」
「困っているのでどうにかしてもらえないでしょうか」
なんとか要望を通したいので丁寧な姿勢と言葉遣いです。
ところが無理だとわかった途端、急に態度が急変して悪態をつく人がいます。
「ばかやろう、最低だな。こんなところはつぶれてしまえ!」
乱暴な捨てぜりふを吐きます。
無理とわかれば、これ以上丁寧な態度でいても仕方ないと思っているのでしょう。
自分の要望が通らないことに腹を立て、去り際に悪態をつくのです。
もう会うことはないだろうと思っているのか言いたい放題です。
悪態だけでなく、そばにある椅子を蹴ったり壁を殴ったりする人もいます。
いくら要望が通らないとはいえ、これは良くありません。
大変見苦しい行為です。
相手にも都合があります。
相手も悪気があって断ったわけではありません。
会社の規則やルールで仕方なく断るしかないときもあります。
そうした相手の事情も察することです。
こうしたときに心がけることは「おとなしく引き下がる」です。
余計な悪態をつかず、丁寧な姿勢と言葉遣いで引き下がることです。
「そうですか、わかりました」
「残念ですが、仕方ないので諦めることにします」
おとなしく引き下がることです。
おとなしく引き下がれるのが大人です。
できれば感謝の言葉を述べると、なお好印象です。
「無理を言ってしまい、申し訳ございませんでした」
「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」
一言でもいいので感謝の言葉を伝えておくと、去り際が美しくなります。
要望が通らなかったとはいえ、貴重な時間を割いて対応してくださったのですから感謝の言葉はあってもいいでしょう。
普通におとなしく引き下がるだけでなく、できるだけ上品に引き下がることです。
諦めて帰りかけたところで「ちょっと待ってください。わかりました。なんとかしてみます」となることもあります。
楽しみにしていたことが、急きょ中止やキャンセルになることがあります。
たとえば、旅行の際、交通渋滞に遭って時間がなくなり、予定の観光地の1つをスキップすることがあるでしょう。
フードイベントを楽しみにしていたものの、天候の都合でイベントの一部が中止になることがあるでしょう。
レストランに食べにいったものの、たまたま在庫を切らしていて食べられないことがあるでしょう。
突然の交通渋滞、急な悪天候、不運な品切れなど、何らかの事情で予定どおりにいかないことがあるものです。
そんなとき「残念だなあ」で終わっていませんか。
楽しみにしていればいるほど、中止やキャンセルになったときの失望感も大きくなります。
自分が悪いわけでも誰かが悪いわけでもなく、仕方ない状況があるものです。
たしかに心残りではありますが「残念」の一言だけで終わらせるのは味気ない。
こういうときは未来につながる考え方をしましょう。
都合が悪くなって消化できなかったイベントは「次のお楽しみができた」と考えればいいのです。
未消化のイベントは「次の楽しみ」と考えましょう。
たとえば、旅行の際、時間の都合でスケジュール変更が発生して、観光地の1つをスキップすることになりました。
「残念」だけで終わらせるのではなく「次のお楽しみができた」と考えましょう。
いずれまた別の機会で旅行に行くことがあるでしょう。
「また遊びに来る理由ができたね」と思えば、その土地を再訪問する理由になります。
次の楽しみとして残しておけば、未来につながります。
フードイベントで、楽しみにしていたイベントの1つが悪天候のため中止になりました。
「ついてない」とがっかりするのではなく「次の楽しみができた」と考えましょう。
恒例のフードイベントであれば、また来年も開催されるでしょう。
今年は中止になっても、また来年も遊びに来る理由になります。
未来に楽しみが生まれ、わくわくしながら来年に期待できるでしょう。
レストランに行って食べようとしていたメニューが、たまたま在庫を切らしていて注文できなかったとします。
「がっかり」と落ち込むのではなく「次のお楽しみができた」と前向きに考えましょう。
在庫切れで食べることはできませんでしたが、またそのお店に行く理由ができました。
お楽しみが先延ばしされただけのこと。
「またレストランに来るきっかけができたね。次に来るのが楽しみだね」と思えば、それはそれで良かったと思えるでしょう。
再度チャンスがある確証はなくても「次のお楽しみができた」と言い切りましょう。
悪いほうに考えるのではなく、良いほうに考えること。
「チャンスがあるとは限らない……」と考えるより「チャンスがある!」と考えたほうが希望的です。
前向きに考えることで、あなたの未来も前向きになります。
「次のお楽しみ」という考え方を持てば、都合が悪くなって機会を逃しても、将来に希望を持てるようになります。
楽しみが未来にあれば「長生きしたい」と思えるようにもなり、人生のモチベーションアップにもつながります。
未来に向かう力へと変わるのです。
長く部屋に住んでいると、だんだん物が増えてきます。
本を買えば買うほど、本棚の空きスペースが減っていきます。
服を買えば買うほど、クローゼットの空きスペースも足りなくなるでしょう。
小物や生活用品を買うほど、部屋の置き場所も減っていくでしょう。
いろいろなものを買っているうちに、だんだん部屋がごちゃごちゃしてきます。
気づけば、部屋に物があふれていて、窮屈に感じてくるのです。
「だいぶ部屋が狭くなってきた。そろそろ引っ越しをしたほうがいいかな」
広い部屋への引っ越しを考える人もいるかもしれませんが、ちょっと待ってください。
それは根本的な解決になりません。
広い部屋に引っ越しをしたとしても、どんどん物は増え続けるでしょう。
いずれ物があふれると狭く感じるようになり、再び引っ越しが必要になるでしょう。
どんどん広い部屋が必要になって、引っ越しのたびに家賃も高騰していくことになります。
物が増えて部屋が狭くなったから引っ越しをするなんてナンセンスです。
部屋の引っ越しをする前に大切なことがあります。
まず不要品の処分をすることです。
物が増えて部屋が狭くなったら、引っ越しより不要品を処分してください。
部屋が狭く感じるということは、それだけ種々雑多なものをため込んでいる証拠です。
ごちゃごちゃした部屋は、運気も雰囲気も風通しも悪く、いいことはありません。
心がけたいのは「大胆な処分」です。
心を鬼にして、思いきった処分をしましょう。
いらないと思ったものは、整理整頓するのではなく、処分をしてください。
特に注目したいのは「いつか使うかもしれないもの」です。
いつか使うかもしれないものの9割は、実際に使うことはありません。
「いつか読み返すかもしれない」という本は、一度も読むことはありません。
思いきって処分するか、古本屋に売り払いましょう。
「いつか着るかもしれない」という服も要チェックです。
1年以上一度も着ていないなら、不要と判断して処分してしまいましょう。
処分に抵抗があるなら、人に譲ったり古着屋に売ったりすればいいでしょう。
思い出のものも、強いこだわりがなければ、思いきって処分しましょう。
過去との決別をすれば、部屋がすっきりするだけでなく、心もすっきりするでしょう。
思い出のものがなくなれば、前を向くしかなくなって、未来に向かう力が強くなります。
不要な小物も、どさっと捨ててしまいましょう。
使っていないアクセサリー、ほこりをかぶっている日用雑貨、特に思い入れのないキーホルダー。
高価なものや記念のものもあるかもしれませんが、だからといって生活の妨げになるようなことがあっては本末転倒です。
処分に抵抗があるなら、リサイクルショップに持ち込めばいいでしょう。
うまく売却できれば、ちょっとしたおこづかいになるでしょう。
勢いにのって、どんどん処分することです。
迷ったら処分です。
シンプルな部屋になるまで、処分のアクセルを踏み続けてください。
捨てて、捨てて、捨てまくる。
するとどうでしょう。
狭いと感じていた部屋が、広々と感じるでしょう。
驚くほど部屋がすっきりして、引っ越しする必要もなくなります。
シンプルな部屋になれば、運気も雰囲気も風通しもよくなります。
まもなくあなたにいいことが起こるでしょう。
私たちの日常では「粗品」をもらう場面があります。
銀行で手続きをすると、窓口で粗品をもらうことがあるでしょう。
業者から訪問営業を受けると、資料と一緒に粗品をもらうことがあるでしょう。
献血をした際も、カードと一緒に粗品をもらうことがあるものです。
中には「オリジナルグッズ」と称した立派な粗品も少なくありません。
粗品には「ありがとうございます」「日頃のご愛顧を込めて」「またご利用ください」といった意味があります。
粗品は、いわばプレゼントです。
無料でもらえてラッキーと思うところでしょう。
もちろん必要な粗品であれば、普通にもらっていいのです。
粗品によっては「ちょうど欲しかった」というものもあるはずです。
ありがたく頂戴して、好きに使えばいいでしょう。
しかし、粗品の中には、もらっても仕方ない不必要なものもあるはずです。
必要ないと思ったら、やるべきことはシンプルです。
その場で丁重に粗品を断りましょう。
粗品を断って申し訳なく思う必要はありません。
必要ない粗品をもらっても仕方ありません。
必要ないものは必要ありません。
「使うかもしれない」「役立つかもしれない」と思って念のためもらっても、だいたい使いません。
何でもかんでも必要ない粗品をもらっていると、家の中の物が増え、ごちゃごちゃしてきます。
人には「お返しをしないといけない」という気持ちがあります。
これを心理学で「好意返報性の法則」といいます。
粗品の多くには企業のロゴや広告が入っていることが少なくありません。
安易に粗品をもらってしまうと、企業の戦略にはまってしまうでしょう。
お返しをしないといけない気持ちになり、余計な出費を促すことになりかねません。
粗品は、企業の顧客獲得やイメージアップの一環であり、何でも受け入れる義務はありません。
無料だからといって、何でもかんでももらう必要はないのです。
その場で粗品を断る勇気を持ってください。
必要ない粗品なら、きちんと断ることです。
相手に申し訳ないと思う必要はありません。
「不要です」「必要ありません」「お気持ちは嬉しいのですが結構です」という一言で終わりです。
「ノー」と言うのは勇気のいることですが、必要なときにはきちんと意思表示をすることです。
自分の意思をはっきり提示してください。
自分らしい人生を歩むためには、ノーと言える勇気が必要です。
ノーと言える人が、人生を切り開きます。
あなたは今、努力をしていますか。
人生を真面目に生きているあなたなら、すでに自分なりの努力をしているでしょう。
夢や目標に向かって日々努力を積み重ねているに違いありません。
努力をモットーとしていて、周りから「努力家だね」と言われているかもしれません。
一見すると素晴らしい心がけに思えますが、ここに注意があります。
もし努力をしているなら、残念ですが成功できません。
そこそこスキルは伸びて、そこそこ仕事ができて、そこそこ結果は出るでしょうが、成功の手前で終わるでしょう。
努力していると思うことは、長続きしないからです。
途中でやめれば、成功はできません。
近い将来、それをやめることになるでしょう。
せいぜい3年、長く続いて5年です。
「努力をしている」と思っている時点で、努力を特別なことだと思っています。
「気合を入れる必要」「重い腰を上げることが必要」と思っているでしょう。
自分にむちを打ち、痛みに耐えながら必死に頑張っています。
努力していることは、あるときぱたりとやめてしまうのが定番パターンです。
だから努力して勉強している受験生は、受験が終われば、ぱたっと勉強をやめてしまいます。
努力をしている仕事も、上司がいなくなると、サボり始めます。
成功するためには「長期的な継続」が絶対条件です。
3年・5年という単位ではありません。
10年・20年、あるいは一生という長期的な継続です。
努力を努力と思っているうちは真の努力ではありません。
成功するためには努力を当たり前の状態にしてください。
成功に努力は必要ですが、努力の感覚は不要です。
日々の習慣として、いちいち意識しないくらい普通のことにします。
あなたが毎日している朝の洗顔や就寝前の歯磨きを、努力しているとは言わないはずです。
当たり前と思っているはずです。
だから朝の洗顔や就寝前の歯磨きも、きちんと毎日続けられています。
それは、成功も同じことです。
成功するためには長期的な継続が必要であり、長期的な継続には努力の感覚をなくすことが必要です。
努力を当たり前のこととして習慣化します。
「それをして当然」「それをやるのが当たり前」という状態にします。
二流は「仕事をしている」と言いますが、一流は「仕事をしていない」と言います。
一流は努力が当たり前になっていて仕事の感覚がありません。
努力を当たり前と思うようになれば延々と続けられます。
成長が遅くても、続けられれば、着実に伸びていきます。
延々と続けるかぎり、成長にも終わりがありません。
時間はかかりますが、少しずつ夢に近づいていけます。
なかなか結果が出なくても、続けられれば、いつか実を結びます。
努力だと思わないでください。
当たり前のことだと思ってください。
無意識のレベルまで持っていければ理想的です。
努力を当たり前と思うようになれば、成功するのは時間の問題です。
未熟なうちは「自分は未熟者」と思っておくことです。
そして素直に公言しておくほうがいい。
見栄や体裁は気にしません。
人の目が気になっても、無理に自分を大きく見せないことです。
謙虚で腰の低い姿です。
分相応をわきまえている姿です。
未熟者という自覚があれば、常に一生懸命でいられます。
油断が生まれず、常に緊張感が漂います。
向上意欲の炎が燃え続け、諦めない力を保てます。
若々しい心で真面目に取り組めます。
ゆっくりでもきちんと物事を吸収でき、着実にスキルが上がっていくでしょう。
スキルが上がっていくにつれて振る舞いが洗練されていくでしょう。
では、未熟の域を超えたらもう言わなくていいのかというと、それは違うのです。
たとえスキルが上がって未熟の域を超えたとしても「未熟者です」と言い続けておくほうがいいのです。
未熟なうちはもちろんですが、スキルが上がって上達しても「未熟者です」と思っておくのが賢明です。
「私は熟達している」
「完全にマスターした」
「すべてを知り尽くした」
そう思い始めたら終わりです。
自分は完全完璧と思い始めたら、後は下降線しかありません。
自信に満ちあふれる反面、大きなリスクが生じ始めます。
大切なポイントは「慢心があるかどうか」です。
プロ意識を持つのはいいのですが、そこに慢心があると話が変わります。
初心を忘れて、惰性と油断が生まれます。
「もう学ぶことはないね」となり、勉強意欲や向上意欲の火が消えます。
周りを見下すような態度が出てきます。
積極的に動くことも減っていき、現状維持どころか低下に向かっていくのです。
いつまでも自分は未熟者と思うことです。
普通に思うだけでは不十分です。
嘘偽りなく、心の底から本気で思うことが大切です。
たとえ周りからプロと呼ばれるようになっても調子に乗らないことです。
プロ意識を持ちつつも「まだまだ未熟者」と思い続けておくことです。
矛盾しているようですが「プロ意識」と「未熟者」という2つの心を共存させることです。
いつまでも自分を未熟者と思えば、油断することも慢心することもありません。
勉強意欲や向上意欲の火が消えることもありません。
「まだまだ学ぶことがある」「まだまだスキルを上げることができる」と、ファイティングポーズを取り続けていられます。
未熟というのは青臭く思うかもしれませんが、実際は違います。
青臭いのではなく、若々しく力強いのです。
青春という字は「青い春」と書きます。
未熟なうちが青春です。
一生涯の未熟者になれば、一生涯の青春が続きます。
未熟者と思っているかぎり、成長が止まることはありません。
初心を忘れることがなくなり、若々しい心を維持できます。
成長のスピードが遅くなっても、止まることはなく、少しずつ成長できます。
明らかにプロという人が「まだまだ未熟者です」と慢心しない姿がかっこいいのです。
本当の熟練者ほど「まだまだ未熟者です」と言います。
慢心しない姿勢があるから一流であり、そういう人こそ本物のプロです。
いつまでも自分は未熟者だと思っておくことです。
思い出してほしいことがあります。
最後にお墓参りをしたのはいつですか。
定期的に行っている人もいるでしょうが、そうでない人もいるでしょう。
面倒くさくてなかなか行かない人もいるでしょう。
前回行ったのは何年も前という人もいるかもしれません。
お墓参りには時間と労力がかかります。
花やお供え物を買うのにお金もかかるでしょう。
楽しいことでも面白いことでもありません。
お墓参りをしても無駄と思う人も多いかもしれません。
「意味がない」と思う人も少なくないでしょう。
「大きな石を見に行くだけではないか」という意見があるのもごもっともです。
しかし、今の自分がいるのはご先祖様のおかげです。
そのお墓に眠っている人のおかげです。
すでにこの世には存在しませんが、ご先祖様がいたおかげで、今の自分が存在しています。
たまにはお墓参りをしてください。
頻繁でなくてかまいません。
時間に余裕があるときでいいのです。
実家に帰省するタイミングで十分です。
お盆やお正月、そのほか季節の変わり目などがいいでしょう。
お花見の帰り道にお墓参りもいいですね。
心の中で近状報告をするだけでいいのです。
日頃の感謝と無事に生きていることを伝えましょう。
お墓参りは神聖な時間です。
手を合わせて、静かに目を閉じます。
お墓参りをすると、心の霧が晴れていき、すっきりした気持ちになります。
悩みとストレスが軽くなって、すがすがしい気持ちに包まれるでしょう。
心が浄化されると、新しいパワーが生まれ「よし、また頑張ろう!」と思えるでしょう。
「ご先祖様のおかげで今の自分がいる」
生きている実感と感謝の気持ちを再認識できます。
お墓参りを通してご先祖様に感謝することで、生きる力が得られるのです。
お墓参りの意味とは、ご先祖様への供養が第一ですが、その限りではありません。
お墓参りは、心の区切りとしての役割も果たします。
お墓参りとは、心を浄化する儀式でもあるのです。
忙しいなら短い時間でもいいのです。
忙しい中、時間を割いてお墓参りに行くからいいのです。
どんなに忙しくても、年に1回は行きたい。
天国にいるご先祖様は、あなたが来てくれただけでも喜んでくれます。
お墓参りをすれば、これからも天からあなたを守ってくれるでしょう。
見えないところであなたを支えてくれるに違いありません。
お墓参りをする人に悪い人はいません。
お墓参りとは、ご先祖様を肯定すると同時に、自分を肯定する儀式です。
お墓参りをするあなたは、素晴らしいのです。
お墓参りとは、未来を生きる力です。
元気がないときこそ、散歩をしましょう。
散歩といえば、健康習慣の1つとして取り組んでいる人も多いでしょう。
リフレッシュやストレス解消として効果的ですが、その限りではありません。
元気がないときこそ、散歩がおすすめです。
スピードは遅くてかまいません。
活発なウォーキングもいいですが、マイペースの散歩で十分です。
ぶらぶらした歩き方でいい。
元気がなくても、のんびり歩くだけならできるのではないでしょうか。
ちょっとだけ重い腰を上げる必要はありますが、最初をクリアできれば後は楽になります。
筋肉はパワーの源です。
体を動かしていると、だんだんパワーが生まれ、元気が出てきます。
筋肉を動かせば動かすほど気力が生まれてくるので、元気が出てきます。
全身の筋肉の7割は下半身に集中しているので、散歩をすることで効率よく筋肉を動かすことになります。
ぶらぶらした散歩でも、筋肉を動かすことに変わりありません。
外に出ると、いろいろな刺激が飛び込んできます。
四季折々の草花、行き交う人々、澄み切った青空、風の香り、空を舞う鳥、人の話し声など。
歩くにつれて周りの景色が変わっていくので飽きません。
五感が刺激されて、心をマッサージしてくれます。
歩くたびに気づきや発見もあって、わくわくどきどき心が躍り始めるでしょう。
だんだん気分が高まってきて、気づけばすっかり元気になっているはずです。
元気だけでなく、やる気まで出ていて、何かを始めたい気持ちになっているでしょう。
ちょっと元気が出てきたら、両手を少し大ぶりに振りながら歩いてみましょう。
ますます元気アップの効果が高まって、調子が出てきます。
じっとするのもいいですが、特に体の調子が悪いわけではないなら、少しでもいいので動くほうがいい。
元気がないときこそ、散歩がうってつけです。
元気だから歩くのではなく、歩くから元気が出るのです。
あなたはまだ本当の自分に気づいていません。
本当のあなたは、もっと素晴らしいのです。
素晴らしいにもかかわらず、その魅力をまだ十分に発揮できていません。
個性や能力を発揮できていません。
ふたをして覆っています。
隠したり抑えたりごまかしたりしています。
きちんと能力を発揮していません。
自分を過小評価しています。
恥ずかしがって行動を抑えています。
失敗を恐れて保守的になっています。
自分は大したことがないと誤解しています。
やりたいことがあっても、見栄や世間体を気にして我慢しています。
叶えたい夢や希望があっても、取り組む前から「どうせ無理」と諦めています。
本当のあなたは素晴らしいというのに、それを封印しています。
なんてもったいないことなのでしょう。
どんなに素晴らしい魅力も、それを封印していては、ないも同然です。
素晴らしい自分を封じ込めたままでは、あなただけでなく、社会にとっても大きな不利益です。
もっと素晴らしい自分を引き出してください。
あなたの心には、すでに優しい心があり、すでに大きな愛があります。
あなたの中には、すでに素晴らしい宝物があります。
もともと素晴らしい人間なのですから、ありのままの自分を表現するだけでいいのです。
あなたの個性・魅力・能力を、社会的価値のあることに向けて発揮させてください。
あなたはもっと人の役に立てる人間です。
あなたはもっと社会貢献ができる人間です。
社会はあなたに期待しています。
だからあなたはその期待に応えましょう。
本当の自分を引き出していけば、もっと自分を好きになれます。
「私はこんなに素晴らしい人間だったのだね」と、自分に誇りを持てるようになるでしょう。
恥ずかしいかもしれませんが、勇気を出して表現してください。
抵抗感があるのは最初だけです。
慣れてしまえば普通になり、快適になります。
「これがありのままの私だ!」と堂々とできます。
その魅力を表現することで、喜んでくれる人がいます。
もともとある素晴らしさを表現するだけでいいのです。
心のストッパーを外して、もともとある素晴らしいあなたをもっと表現していきましょう。
本当のあなたは、もっと素晴らしいのです。
仕事の後に楽しい予定があると「早く仕事終わらないかな」と思います。
時計を見ては「早く仕事が終わらないかな」とため息をつく。
しばらくしてまた時計を見ては「早く仕事が終わらないかな」と繰り返す。
仕事の後の予定が楽しみであればあるほど、心の中で「早く仕事が終わらないかな」と祈ることでしょう。
このとき、よくある不思議な現象があります。
「早く仕事終わらないかな」と思えば思うほど、時間の進み方が遅く感じるのです。
5分が10分のように感じ、10分が20分のように感じます。
あたかも時間の流れ方が遅くなったかのようです。
時計が壊れているのではないかと疑ってしまうほど、時間の進み方が異様に遅く感じられる。
「早く仕事終わらないかな」という気持ちとは逆に、どんどん時間の進み方が遅くなってしまうのです。
これは時間を気にしすぎているために起こる現象です。
ちらちら時計を見れば見るほど時間を気にすることになり、かえって時間の進み方が遅く感じられるようになるのです。
時間の進み方は常に一定です。
1時間は1時間です。
時計をにらもうと見つめようと、時間が早く進むわけではありません。
物理的な時間は変えられませんが、体感時間なら変えられます。
「早く仕事終わらないかな」と思ったら、体感時間が短くなる工夫をしましょう。
そんなことができるのかと思いますが、もちろん可能です。
目の前の仕事に集中すればいいのです。
いったん仕事の後の予定は忘れ、目の前の仕事のことだけ考えるようにしましょう。
これでもかと言うほど、しっかり集中します。
時計を見る暇もないくらい、神経のすべてを仕事に集中させましょう。
すると面白い現象が起こります。
時間の進み方が早くなります。
20分が10分のように感じ、10分が5分のように感じます。
あっという間に時間がたち、気づけば終業時間になっています。
「あれ、もうこんな時間だ!」と、未来にタイムスリップしたかのような感覚に驚くはずです。
目の前の仕事に集中することで時間を忘れることになり、結果として体感時間が短くなります。
体感時間が短くなる工夫をしましょう。
目の前の仕事に集中することが「時間を忘れる」という状態になります。
結果として体感時間を短くすることが可能になります。
「早く仕事が終わらないかな」と思うときほど、目の前の仕事に集中して時間を忘れましょう。
集中すればするほど時の感覚が薄れていき、体感時間は短くなります。
目の前の仕事に集中すればスムーズに進むうえ、体感時間も短くなるので一石二鳥です。
にこにこしながら終業後の予定に繰り出せます。
仕事もプライベートも充実するので、ますます人生が輝いていきます。
「読書をするなら今だ」
「ダイエットをするなら今だ」
「旅行をするなら今だ」
日常では時折、チャンスの瞬間を感じることがあります。
チャンスがあるなら、できるだけ生かしたいと思うもの。
普段ならやる気の出ないことでも、貴重なチャンスに恵まれれば、やってみようかなと思うでしょう。
さて「今だ」という表現もいいですが、さらにやる気を高める表現があります。
「今だ」を「今しかない」に言い換えてみてください。
たとえば「読書するなら今だ」という一言なら「読書をするなら今しかない」に言い換えます。
「ダイエットするなら今だ」という一言は「ダイエットするなら今しかない」に言い換えます。
「旅行をするなら今だ」なら「旅行するなら今しかない」に言い換えます。
「今しかない」という表現は大げさに感じるかもしれませんが、実際はどうでしょうか。
再びチャンスが巡ってくる可能性が絶対あるとは言い切れないでしょう。
いつでもチャンスがあると思ったら大間違い。
本当に今回のチャンスが最後になる可能性も、ゼロとは言えないはずです。
チャンスはめったにないことだから、チャンスです。
だから「今しかない」と言い換えましょう。
「今しかない」という表現のほうが、限定感があります。
このチャンスを逃したら、二度と手に入らない印象が強く出てきます。
心に火がついて、行動せずにはいられなくなるはずです。
やる気は、なくて困ることはあっても、あって困ることはありません。
チャンスを生かすことは、今を一生懸命生きることでもあります。
限りあるチャンスをしっかり生かすには、少し表現を変えるだけでいいのです。
金運を上げるためには、寄付を習慣にしておくことです。
「寄付」と聞いて、大げさなイメージを持っていないでしょうか。
「俳優の○○さんが1000万円の寄付を発表」
「ハリウッドスターの○○氏が3億円の寄付を発表」
有名人による巨額の寄付のニュースを見かけることがあるでしょう。
またそうした寄付をする有名人の多くが、経済的に豊かで余裕のある人であることも多い。
「こんなに大金を寄付するなんて素晴らしい!」と驚きと感動を覚えます。
同時に「とても自分には真似できない」と思うこともあるでしょう。
寄付のスケールが大きいので別世界の話のようにも思えます。
そうした大々的なニュースの影響もあってか、私たちは寄付に大げさなイメージを持つことが少なくありません。
「大金でなければいけない」「経済的に余裕のある人がするもの」「少ない金額では申し訳ない」といったイメージがあります。
神社でおさい銭を投げるのは簡単にできても、寄付となると身構える人が多いものです。
これはちょっと違うのです。
たしかに多額の寄付というケースもありますが、その限りではありません。
少額でもいいのです。
少額でも、れっきとした寄付です。
たとえ1円でも、寄付は寄付です。
また経済的に余裕がない人でも、寄付は積極的に行うべき習慣です。
金運と寄付には、密接なつながりがあるからです。
寄付の習慣とは「世のため人のためにお金を使う習慣」でもあります。
「人や社会のために自分のお金を差し出す」という意識が芽生え、社会貢献の精神が高まります。
同時に、寄付を行うことでお金に対する執着心を手放すことになります。
寄付によって心がお金の欲から切り離され、お金に対して冷静な思考ができるようになります。
「必要な買い物か、欲しい買い物か」
「冷静な買い物か、衝動的な買い物か」
「消費なのか、浪費なのか、投資なのか」
客観的な見方ができるようになり、ますますお金の使い方が上手になります。
結果として金運も高まります。
金運が高いから、寄付をするのではありません。
寄付をするから、金運が高くなるのです。
経済的に余裕がないなら、小さな金額でいいのです。
たとえば、コンビニで買い物の際、レジ横に設置された募金箱にお金を入れます。
募金箱であれば、神社でおさい銭を投げるようなイメージで手軽に行えるのではないでしょうか。
返ってきた小銭のおつりをいくらか入れるだけでいいのです。
5円や10円で十分。
もちろん1円でもいいのです。
たった1円でも募金箱に入れれば、寄付したことになります。
「小銭だと数えるのが大変で迷惑にならないか」と思うかもしれませんが、心配は無用です。
「コインカウンター」と呼ばれる小銭を計算する機械があって、そこに小銭を入れれば一瞬で計算が完了します。
「あなたは、当たりはずれがあるね」
そう言われたとき、どう思うかです。
仕事の結果が一定ではなく、成功と失敗の差が激しいという意味です。
「常に当たりを出せるようにしよう」「常に質の高い結果を出そう」と思うかもしれません。
「当たりはずれがある」と言われると、叱られている気がするかもしれません。
仕事の結果が不安定でネガティブに受け止め、ちょっと落ち込んでしまう人も多いでしょう。
ここに誤解があります。
「当たりはずれがある」と言われたら、100%褒め言葉として受け止めてください。
両手を上げて喜んでいいのです。
気づいてほしいことがあります。
当たりはずれがあるという一言は、当たりを出せる人しか言われません。
実力がある人しか言われないセリフです。
外れや失敗ばかりであれば、当たりはずれがあるとは言われません。
「全然ダメだね」「まったく使えないね」と言われるでしょう。
あるいは「明日からもう来なくていいよ」と戦力外通告をされるかもしれません。
「当たりはずれがある」という一言は「少なくとも当たりを出すだけの実力はある」と認められている証拠です。
「当たったときは本当に素晴らしい」という意味も含まれています。
きちんと実力を認められているのですから、両手を上げて笑顔で喜んでください。
常に当たりを出したいところですが、実際は難しいのが現実です。
思い出してください。
プロ野球の世界では、優秀と呼ばれるバッターでさえ打率は3割程度です。
当たるときもあれば、外れるときもあります。
打率10割を実現したいところですが、夢物語と考えたほうがいいでしょう。
つまり、優秀と呼ばれるバッターでさえ、当たりはずれが普通の状態です。
「当たりはずれがある」は「優秀」という意味なのです。
「当たりはずれがある」の意味を誤解しないでください。
褒め言葉として受け止め、モチベーションに変えていきましょう。
これからもその調子で仕事に突き進んでください。
「当たりはずれがある」と言われる人には、実力と可能性があります。
自分の「伸びしろ」に気づいてください。
すでに当たりを出せるだけの実力があるのですから、さらに鍛錬を積み重ね、もっと大きな当たりを出せるようにしてください。
80点で満足するのではなく、90点・95点を目指していきましょう。
すでに100点であれば、110点・120点を目指していきましょう。
ますます注目されるようになり、人気を博することになります。
私たちは、1日3回の食事があります。
「朝食」「昼食」「夕食」です。
このほかに「おやつ」「夜食」を加える人もいるでしょう。
食べることは私たちの人生の基本です。
私たちは食べることでエネルギーを生み出します。
では、1日の中で最も大切な食事は何か。
「朝食」なのです。
朝食を軽視して、どうやって人生を楽しむのでしょう。
人生を楽しみたいなら、朝食を大切にすることが必要不可欠です。
1日の中で最も大切な食事は、朝食です。
にもかかわらず、多くの人が朝食を軽視しています。
「たかが朝の食事」という程度に思っていて重視していません。
ときどき朝食を抜いている人がいますが、良いことではありません。
朝食を抜くとエネルギーが不足してガス欠状態になり、パワーが出ません。
頭の回転も悪くなり、記憶力・集中力が低下します。
元気もやる気も出にくくなります。
脳のエネルギー源はブドウ糖です。
ブドウ糖を取り込むには、しっかりした朝食が必要です。
朝食を抜くと朝からパワー不足になり、ガス欠の状態で1日をスタートすることになります。
1日のスタートでつまずくと1日全体の流れも悪くなり、ろくなことになりません。
朝食を抜くだけで生活の質が低下するのですから注意が必要です。
「朝は食欲がない」という人にありがちなパターンがあります。
夕食を食べすぎているのです。
夕食の量が多かったり、就寝直前に夜食を食べていたりします。
夜に食べすぎると、胃に残業をさせることになります。
就寝中は体を動かさないので、夜に食べると、そのまま脂肪として蓄積されます。
睡眠中に消化と吸収活動が行われますが、血中に糖分が残っているため、朝になっても空腹を感じないのです。
朝に空腹を感じたいなら、夕食を控えめにしましょう。
朝食は多めに食べる代わりに、夕食は控えめにしましょう。
就寝の4時間前からは食事をとらないようにすることも大切な心がけです。
朝には自然な空腹が感じられるようになり、朝食をおいしく食べられるようになります。
肥満体型を改善するため、カロリー制限をしている人もいるでしょう。
そんな人は、朝食をたくさん食べる代わりに夕食の量を減らしましょう。
食べる量はトータルで同じでも、食べるタイミングをずらすだけで痩せられます。
ダイエットの基本は「夜に食べない。朝に食べる」です。
朝の食事を抜くのはNGですが、夜の食事を抜くのはOKです。
朝食は、カロリーを気にしなくてかまいません。
ダイエットをしている人の中で朝食を抜くケースが目立ちますが、無用の心配です。
朝にたくさん食べても、日中に頭や体を動かすので脂肪になりません。
むしろ朝食をとることでパワーが出るので、仕事も勉強も集中して取り組めるようになります。
勝負所でも踏ん張れます。
すべては朝食から始まります。
あえて朝食に贅沢な食事をしてみるのも悪くありません。
朝を迎えるのが楽しみになり、ますます素晴らしい1日にできるでしょう
真面目とは何か。
嘘やいい加減なところがなく、一生懸命に取り組もうとすることをいいます。
ときどき真面目をばかにする人がいます。
「真面目なんてダサいよね」
「良い子ぶってかっこ悪い」
「真面目にやったところで報われるとは限らないよ」
こつこつ地道に頑張る姿は地味で目立ちません。
真面目な様子が滑稽に見えることもあるのでしょう。
特にやんちゃな人は、真面目をばかにしたり見下したりする傾向があります。
しかし、真面目をばかにしてはいけません。
私たちが夢を叶えるとき、真面目は欠かせない要素です。
もし真面目をばかにする考えがあるなら、即刻改めることです。
真面目をばかにしていると、その言葉が自分に跳ね返ってきます。
真面目をばかにする人は、夢も希望も叶えられません。
夢や希望を叶えるためには「真面目」が必要不可欠です。
真面目に練習したり勉強をしたりするからこそ、夢や希望を叶えることができます。
真面目をばかにすると、建設的な行動ができなくなります。
真面目の逆は、不真面目です。
真面目をばかにすればするほど不真面目な行動を取ることになり、反社会的になってしまいます。
夢や希望を叶えるどころか、かえって遠ざかります。
そればかりか踏んだり蹴ったりの状況にさいなまれ、惨めな人生を送ることになります。
真面目をかっこ悪いと思うのは誤解です。
実際は逆です。
真面目ほどかっこいい姿はありません。
「真面目に生きると損する」という声もあるでしょう。
それは「真面目すぎること」が問題であって、普通の真面目は何ら問題なく、むしろ大切です。
素晴らしい人生を送るためには真面目が欠かせません。
何事も真面目が大切です。
真面目に勉強するから成績が上がります。
真面目に仕事をするから結果が得られます。
真面目に練習するからこそ、上達していき実力が身につきます。
真面目に生きるからこそ、夢や希望を叶えることができ、素晴らしい人生を送れます。
真面目であれば、たとえ負けたり失敗したりすることがあっても悔いが残りません。
「ベストを尽くした。真面目にやった結果なのだから悔いはない」
すがすがしい気持ちになれます。
悔いが残らず、心の切り替えもうまくいきます。
社会に対して顔向けができ、胸を張って生きていけます。
何事も真面目に取り組みましょう。
真面目を愛し、真面目に生きましょう。
真面目を大切にする人が、夢も希望も叶えていくのです。
私たちが最も注意を向けるのは、1位です。
最上位であり、それより上がありません。
とにかく1位は目立ち、きらきら輝きます。
1位はスポットライトが当たって目立つ一方、2位以下は影に隠れて注意が向きにくい傾向があります。
「まさか」と思いますが、これは無意識のうちに起こります。
たとえば、日本で最も高い山といえば何でしょうか。
そうです、富士山ですね。
日本人なら、とっさに聞かれても答えられる人がほとんどでしょう。
では、2位・3位の山は答えられるでしょうか。
スムーズに答えられる人は少ないことでしょう。
日本で最も長い川といえば何でしょうか。
そうです、信濃川ですね。
では、2位・3位の川は答えられるでしょうか。
やはり2位・3位となると、答えられる人が少なくなるはずです。
私たちは知らず知らずのうちに2位以下をスルーする傾向があります。
注意が向かないと、なかなか覚えることもありません。
無自覚に起こることですが、そうした意識の偏り傾向があることに気づいてください。
さて、本題はここからです。
「へえ、なるほど」と思ったあなた。
納得して終わりにしてはいけません。
1位を見るのはいいですが、2位以下が視界に入っていません。
結果として、視野が狭くなっています。
この「無自覚の注意の偏り」が、いつの間にかあなたの心の視野狭窄を引き起こしています。
これは良くありません。
1位は素晴らしいですが、その限りではありません。
2位・3位も素晴らしいことに変わりありません。
きちんと意識を働かせ、2位以下を見るようにしてください。
もちろんすべてを見るのは大変ですが、トップスリーは入れておいて損はないでしょう。
1位だけ注意を向けるのではなく、2位・3位にも注意を向けましょう。
日本で標高1位は富士山、標高は3776メートルです。
日本で標高2位は北岳、標高は3193メートルです。
日本で標高3位は奥穂高岳と間ノ岳、標高は3190メートルです。
日本で最も長い川は信濃川、367キロです。
日本で2番目に長い川は利根川であり、322キロです。
日本で3番目に長い川は石狩川、268キロです。
1位も素晴らしいですが、2位・3位も十分素晴らしいことがわかりますね。
オリンピックでは、金メダルの人に注目が集まりますが、銀メダル・銅メダルの人にも注意を向けて拍手を送りましょう。
わずかに手が届かなかっただけのことであり、銀メダル・銅メダルの選手も大変素晴らしい成績です。
知らず知らずのうちに自分の視野が偏っていることに気づいてください。
1位に注目するのはもちろんですが、意識して2位や3位にも注目しましょう。
これが、心の視野狭窄の改善です。
1位だけ見る癖があると、視野が狭くなります。
2位以下にも注目すると、視野が広くなります。
2位以下に注目するのは、視野を広げる習慣です。
自分の体調には素直に従いましょう。
心がけることはシンプルです。
「体調が悪いときは、無理をせず、きちんと休む」です。
もちろん休みたくても難しい状況があるでしょう。
責任があって休みにくいこともあるでしょう。
自分が休むと、ほかの人に迷惑がかかって抵抗を感じることもあるでしょう。
すでに遅れている仕事なら「これ以上仕事を遅らせることはできない」と、無理をしたくなる気持ちもわかります。
休んだほうがいいとわかっていても、なかなか休めない状況もあるはずです。
心意気や責任感は素晴らしいですが、体調が悪いにもかかわらず無理をするのは良くありません。
体調の問題は「体のどこかに悪いところがある」ということです。
悪いところがあるにもかかわらず、見て見ぬふりをして放置するのは良くありません。
体調が悪いときに無理をすると、ますます体調が悪化するでしょう。
体にむちを打って頑張りたいかもしれませんが、これほど痛々しいことはありません。
無理をするのは、自分をいじめているのと同じことです。
自分で自分をいじめないでください。
一時的に効果はあっても、限界に達するのは時間の問題です。
「以前体調が悪かったとき、無理をしてなんとかなった」というケースもあるかもしれません。
前例があるからといって油断は禁物です。
それは運が良かっただけです。
自分の健康を運任せにしないでください。
同じ幸運が何度も続くことはありません。
「あのときは大変なことになっていたかもしれない」とひやりとすることです。
体調が悪いときに無理やり仕事をしたところで集中できず、いい仕事はできません。
注意力が低下してミスをしてしまい、重大なトラブルを引き起こす可能性もあります。
無理をしていれば、なかなか回復できず、体調不良が長引くことになるでしょう。
体調が悪いときは、素直に休みましょう。
心苦しいかもしれませんが、勇気を出して休んでください。
体調が悪いとき、素直に休むことも勇気です。
無理をせず休養を取り、自分を大切にしてください。
たとえ仕事が遅れることになってもいいのです。
仕事より健康のほうが大切だからです。
健康は、人生で最も大切なことの1つです。
立ったり歩いたりできるのも、健康があるおかげです。
遊びに出かけたりスポーツを楽しんだりできるのも、健康のおかげです。
体調が悪いときにきちんと休むことができれば、誇りを持って自分を褒めてあげてください。
健康さえあれば、仕事は続けられます。
健康があっての人生です。
頑張れば、才能の花が咲くとは限りません。
もともと才能がないなら、頑張ったところで限界があります。
ある程度上達しても、仕事にできるほどではなく、それで食べていくのは難しいこともあるでしょう。
努力が報われるとは限りません。
努力をして能力を伸ばしても、もともと才能のある人には叶わないのが現実です。
残念ながら、取り組んでみた結果、才能がないことに気づくことがあるのも事実です。
現実に気づいてしまい、大きなショックを受け、目の前が真っ暗になるでしょう。
ところが、才能がないとわかったとたん完全にやめてしまう人がいます。
「仕事にできないなら続けても意味がない。これで食べてはいけない。もうやめてしまおう」
もちろんつまらないことだったり嫌なことだったりするなら、やめるのもわかります。
楽しくないことを無理に続けたところでストレスになるだけです。
やめたことで肩の荷が下りて、ほっとできるでしょう。
嫌いな練習や面倒なトレーニングから解放され、自由を満喫できるでしょう。
しかし、才能はなくても楽しいことであれば、やめるのはもったいない。
楽しいものは、楽しいのです。
才能はなくても楽しいと感じることなら、完全にやめるのは早計です。
才能がなくても、楽しいことなら方向転換しましょう。
「趣味」にするのです。
趣味として続ければいいのです。
趣味にすれば、遊びや楽しみとして続けることができます。
時には気分転換になったりストレス解消になったりするでしょう。
友人にちょっと自慢できる特技にもなるはずです。
趣味だからといって活躍できないとも限りません。
人より上手にできるなら、初心者に教えることができるはずです。
教えることができれば、収入が得られる可能性もゼロではありません。
プロにはなれないかもしれませんが、セミプロくらいであればなれる可能性があります。
セミプロでも、活躍できたり人気者になれたりするでしょう。
楽しみとしての価値があるなら、才能の有無は関係ありません。
才能はなくても、楽しいことなら、やめる必要はありません。
仕事にできないなら、趣味として楽しむようにしましょう。
「才能はないが、自分には素晴らしい趣味がある」とわかっただけでも良かったと考えてください。
趣味は、人生を素晴らしくするエンターテインメントです。
あなたの人生を彩る、素晴らしいものとなります。
才能はなくても、純粋に楽しいなら、それだけで素晴らしいのです。
本屋で立ち読みをしていると、不思議な体験をします。
いつもより本をすらすら読めてしまいます。
椅子に座って読むときと比べ、読むスピードが1.2倍から1.5倍ほど速くなっているでしょう。
時には2倍以上速く読めることもあります。
特に意識をしてもいないのに自然と速読状態になってしまいます。
普段より速く読めるだけでなく、内容もしっかり頭に入ってくるから不思議です。
なぜこういう現象が起こるか。
立ちながら読んでいるからです。
「立つ」という行為は下半身に力を入れなければいけません。
じっと立っているだけでも運動神経を働かせていることになり、全身の血流量も高まります。
また起立姿勢は気持ちを引き締め、適度な緊張感をもたらし、脳が活性化されます。
立ちながら読むと頭がさえた状態になるため、自然と読むスピードが速くなるのです。
本屋で起こる不思議な体験ですね。
速く読める上に内容もしっかり入ってくるなら最高です。
「いつも自宅でもこのくらい速く読めればいいのになあ!」
そう思ったあなたに朗報です。
自宅でも簡単に実践できる方法があります。
本屋と同じように、自宅でも立ちながら読めばいいのです。
私たちは学校で座学をたっぷり経験してきました。
本を読むときも勉強するときも、座って行うのが基本です。
そのため私たちはいつの間にか「読書も勉強も座って行うもの」という考えが染み付いています。
「本は座って読むもの」という固定観念をなくしてください。
読むスピードを上げたいときは、立てばいいのです。
自宅でも読むスピードを上げたいときは、立ちながら読んでみてください。
目の前に椅子があっても座らないようにします。
部屋の中であれば、立ちながら読んでも周りから変な目で見られません。
足がちょっと疲れやすくなるのが難点ですが、代わりに速読を実現できます。
部屋の中をゆっくり歩きながら読めば、さらに気合を入れて読めるでしょう。
本を読むスピードを上げたいとき、速読術を学ぶのもいいですが、小難しい方法は不要です。
シンプルに立ち読みをしてください。
この方法は「読む」という行為なら、何でも通用します。
教科書はもちろん、小説やビジネス書でも効果があります。
仕事の資料チェックの際も、立ちながら読むと普段よりスピーディーにこなせるでしょう。
立つ行為には、脳を活性化させる働きがあるため、注意力や記憶力を高めます。
また覚醒効果の効果もあるので、うとうと眠くなったときも、立ってみるといいでしょう。
嘘だと思うなら実際に試してみるとわかります。
その効果を身をもってひしひし実感できるでしょう。
座りながら読むより立ちながら読んだほうが、読むスピードや吸収力がアップしているとわかるはずです。
今すぐ「今日も元気だ」と言ってください。
声に出すのが恥ずかしいなら、思うだけでもかまいません。
するとどうでしょう。
本当に元気になってきます。
すでに元気なときであれば「今日も元気だ」の一言で自覚を促すことになり、ますます元気になります。
元気とは、心の問題であり、気持ちの問題です。
自分が「今日も元気だ」と思えば、本当に元気になります。
心に火がついて、熱が生まれ、エネルギーが湧いてきます。
これが「自分で自分のテンションを上げる」ということです。
元気がないときもあるでしょう。
つらいことがあって心が沈んでいるときもあるでしょう。
悲しい出来事があって、涙が止まらないときもあるでしょう。
そんなときでも「今日も元気だ」と言ってください。
言い切ってしまうのです。
元気でもないのに口にできないと思うのは良くありません。
元気かどうかは、自分が決めることです。
いつも明るい気持ちでいるためにも、日頃から口癖にしておくことです。
嘘でも虚勢でもいいのです。
自己暗示をかけることになります。
嘘でもそう思えば、心に光が差し込み、本当に明るくなります。
最初は嘘でも、結果として元気になれば、真実になります。
元気になるのは簡単です。
どんなときでも「今日も元気だ」と思えばいいのです。
自己暗示であろうとマインドコントロールであろうと、とにかく元気になれば目的達成です。
結果がよければ、すべてよし。
今すぐ「今日も元気だ」と思ってください。
晴れの日も雨の日も台風の日も「今日も元気だ」と言いましょう。
大けがをして入院しているときでも「今日も元気だ」を貫き通しましょう。
元気だから「今日も元気だ」と言うのではありません。
「今日も元気だ」と言うから、元気になるのです。
今日はいいことがなくて、1日の大半が無表情でした。
嬉しいことや楽しいことが1つもありませんでした。
ラッキーなこともありませんでした。
つまらない1日で、笑うことがありませんでした。
笑うことが一度もない日もあるでしょう。
今日笑えなければ、なんとなく明日も笑えないような気がするかもしれません。
それは勝手な思い込みです。
今日は笑えなかったからといって、明日も笑えないと決めつけないでください。
ネガティブ思考になっているときは、悪い方向に考えやすいため、暗い未来も想像をしがちです。
明日は、新しい1日です。
今日は今日であり、明日は明日であり、それぞれ別の1日です。
時間の流れはつながっていても、就寝して目が覚めれば、新しい1日です。
明日のことはまだ始まっていないのですから、どうなるかまだわかりません。
明日はまだ起こっていない未来ですから、自分の勝手な妄想で明日の可能性をつぶさないことです。
自由に想像できます。
だから自由に想像してください。
今日笑えなかったからといって、明日も笑えないとは限りません。
「今日は笑えなくても、明日は笑えるかもしれない」と考えましょう。
ネガティブに考えるのではなく、ポジティブに考えましょう。
どうなるかまだわからないことなら、良いほうに考えるほうがいい。
今日笑えないからといって、明日も笑えないとは限りません。
今日は笑えなくても、明日は笑えるかもしれません。
今日笑えなかった分だけ、明日はたくさん笑えるかもしれません。
明るい未来を想像すれば、今すぐにやにやしてくるでしょう。
これが「明日に希望を持つ」ということです。
明日のハッピーを信じることが大切です。
信じる気持ちが天に届けば、幸運を引き寄せ、楽しいことや嬉しいことに恵まれるでしょう。
明るい明日を信じると、明るい明日がやってきます。
あなたには、マイルールとして決めたことがあるでしょう。
「人の悪口は言わない」
「お金の貸し借りはしない」
「守れない約束はしない」
「苦手な人でも、きちんと挨拶をする」
「24時までには就寝する」
「週に1冊は本を読む」
「週に一度はたっぷり体を動かす」
「時間に余裕のない状況でも『忙しい』は禁句にする」
お酒好きの人なら「週に一度は休肝日を設ける」というルールもあるかもしれません。
独自に設けたマイルールが存在するのではないでしょうか。
「わざわざ自分に厳しいルールをつくってどうするの?」と思いますが、マイルールは自分を律するために役立ちます。
自分で決めたことは自分の意思で作ったものなので、自発的に取り組めます。
ところが、ここでよくある残念なパターンがあります。
マイルールを作っただけで満足する人が少なくありません。
マイルールを作ったことに満足して、きちんと守る意識が欠けているのです。
本屋で本を買ったのはいいが、買ったことに満足して読まない状況と似ています。
自分で決めたことですから、ルールを破っても誰も怒りません。
国の法律ではないため、破ったところで罰則も罰金もありません。
自分で決めたことですから「まあいいか」と気持ちの緩みが生まれやすい。
しかし、ペナルティーがなくても、やはり自分で決めたことはきちんと守ることが大切です。
自分で決めたことだからです。
自分で決めたことは、自分が責任を持って守ることが大切です。
上手に自分をコントロールするうえで、マイルールは大切ですが、きちんと守ることはもっと大切です。
どれだけ素晴らしいマイルールを作ったとしても、それを守らなければ意味がありません。
マイルールを守るのが厳しいのであれば、条件を少し緩くしましょう。
ルール変更は、ありです。
ルールをやめるのではなく、内容を緩和させます。
ルールを緩くすれば、難易度が下がって守りやすくなります。
「自分で決めたことは、きちんと守る」
当たり前のことですが、いま一度意識しておきましょう。
小さなことでも、ルールはルールです。
マイルールは、つくることより守ることに価値があります。
「自分で決めたことは、何があっても守り抜く」というくらいの精神を持ちたい。
どれだけきちんと守れるかは、自分しだいです。
自分で決めたことはきちんと守っていくことが自己肯定感を高めることにもつながります。
面倒くさい仕事は、本当に面倒くさいですね。
単純作業、ルーティンワーク、つまらない雑用、興味のない作業。
やる前からため息が出ます。
体が拒否反応をします。
なんとかやらなくていい方法はないかと考えてしまいます。
なかには心底面倒くさくて、ため息が止まらないこともあるでしょう。
面倒くさい仕事が1つもなければ理想的ですが、そうもいかないことがあります。
どうしても避けられず、やらなければいけないことがあるでしょう。
さて、ここであなたに朗報です。
面倒くさい仕事を平気に取り組める方法があります。
面倒くさい仕事をするとき、自分の心を振り返ってみてください。
心の中で「ああ、面倒くさいな」と小さくつぶやいているのではないでしょうか。
このつぶやきがいけないのです。
面倒くさい仕事は「面倒くさい」と思っているから、面倒くさく感じます。
ネガティブな自己暗示が働き、気力が奪われます。
急に地球の重力が増したような錯覚を覚えるでしょう。
すさまじい倦怠感と脱力感に襲われ、暗い気持ちになってしまうでしょう。
まだ何もしていないのに、取り組む前から疲労感を覚えるに違いありません。
「面倒くさい」と思うのは、だらだらするよう自己暗示をかけているのと同じです。
面倒くさく感じるのは、心のつぶやきが原因なのです。
ではどうするか。
心の中で何もつぶやかなければいいのです。
面倒くさい仕事は、心を無にしてみてください。
ロボットになったイメージをしましょう。
心を無にして淡々と取り組んでみてください。
するとどうでしょう。
面倒くさく感じることなく、普通にできてしまうはずです。
仕事が淡々と進んでいき、気づけば、仕事が完了しているでしょう。
これが、心のコントロールです。
面倒くさい仕事は、心を無にして淡々と取り組めばいいのです。
面倒くさい仕事は、心を無にして淡々と取り組みましょう。
ただし、ひとつ注意点があります。
あくまで「一時対処」として活用してください。
心を無にして淡々と取り組むのは、思考停止の一種です。
面倒くさい仕事をするときには効果を発揮しますが、だからといって常に行うものではありません。
長期にわたって続くと、考える力が衰え、主体性が失われます。
あくまで一時的な心のテクニックとして活用するようにしてください。
使い方を正しく守れば、仕事の効率化を促すテクニックになるはずです。
どんな生き方がいちばん幸せなのでしょうか。
あなたが幸せになるためには、どうすればいいのでしょうか。
自分らしい生き方がいちばん幸せなのです。
高級ブランド品を持つことが幸せとは限りません。
庶民的なブランドのほうが自分に似合っていて自然に感じるなら、それが正解です。
高級車を持つことが幸せとは限りません。
自分には軽自動車がぴったりと思うなら、それが正解です。
家を持つことが幸せとは限りません。
賃貸アパートのほうが自分のライフスタイルに合っていると感じるなら、それが幸せです。
結婚することが幸せとは限りません。
独身のほうが自分らしい生き方を実現できると思うなら、それが正解です。
誰かと比べる必要はありません。
比べると、相対評価になります。
相対評価は人の数だけ基準があるため、周りに惑わされて不安定になります。
周りに人から「こうしろ、ああしろ」と言われますが、それはその人の意見であり、価値観です。
比べることはやめ、自分だけの絶対評価をしてください。
絶対評価は自分が決めるものです。
絶対評価は答えが1つだけなので安定します。
メディアの物差しで自分の幸せを計らないでください。
あくまで自分の価値観を大切にしましょう。
メディアでは「○○すべきだ」といった情報で、一定の価値観を吹き込んできます。
「家を持つべきだ」
「スマホを持つべきだ」
「高級ブランド品を持つべきだ」
「結婚すべきだ」
「子どもを産むべきだ」
時には「○○らしさ」といった価値観を強要してくることも少なくありません。
そうした情報に流されそうになりますが、大切なのは「自分らしさ」です。
興味のないことを無理やりしたところで仕方ありません。
自分が価値を感じないことにお金を使っても意味がありません。
世の中にはいろいろな人がいて、人の数だけ「自分らしさ」が存在しています。
何が自分に心地よいのか、何が自分に合っているのか。
その答えを知っているのは自分しかいません。
バラもヒマワリもチューリップも自分らしく生きているから美しいように、人も自分らしく生きるのがいちばん美しいのです。
自分らしく生きることが、唯一の正解であり、いちばん幸せです。
自分の生き方を振り返ってみてください。
あなたは今、どのくらい自分らしい生き方を実現できているでしょうか。
誰かに聞いてわかるものではありません。
あなたらしさはあなたにしかわからないことですから、自分に問いかけ、自分で答えを出すことが大切です。
「ちょっと違うな」と思うことがあれば、どこがどう誤っているのか考え、軌道修正に取り組んでください。
自分らしくない道に進んでいるなら、いったん立ち止まり、道を選び直すことも必要です。
完全な軌道修正ができないなら、部分的でも段階的でもいいので、できる範囲で軌道修正をしていきましょう。
人生の折に触れて、自問自答をしてください。
「これは自分らしい生き方だろうか」と。
迷いの霧が晴れ、自分が進むべき道がおのずと見えてくるでしょう。
あなたの人生は、あなただけのものです。
あなたは奴隷でもなければ、操り人形でもありません。
意思と感情を持った1人の人間です。
幸せになりたいなら、自分らしい生き方を心がけ、貫いてください。
道がないならつくってください。
体裁や世間体を気にする必要はありません。
恥も外聞も忘れてください。
進む道を邪魔するものがいれば、勇気を持って振り切ることです。
難しいことかもしれませんが、全力のパワーをもってすれば、不可能ではないはずです。
自分らしく生きられるかどうかは、生きるか死ぬかと同じくらい重要なことです。
人生でいちばん大切なことは「自分らしく生きること」です。
いい1日にするために、朝起きたらすぐ意識したい言葉があります。
「今日もいい1日にしよう」です。
「今日もいい1日にしよう」と言った瞬間、心のスイッチが入ります。
スムーズに眠気が取れるでしょう。
気持ちがしゃきっとして気合が入るでしょう。
やる気とパワーが出てくるようになるでしょう。
素晴らしい1日になる予感がしてきて、みるみるテンションが上がり、明るい気持ちが広がるでしょう。
「1日を気持ちよく始めるおまじない」と考えてください。
いい1日にしようと宣言することで明確な意識が生まれ、心と体のエンジンがかかります。
結果として、本当にいい1日になります。
さて、いい1日にするために心がけたい言葉はこれで終わりではありません。
1日の終わりにも意識したい言葉があります。
「今日もいい1日だった」です。
就寝前にこうつぶやきましょう。
「今日もいい1日だった」と。
「今日もいい1日だった」と言えば、心の中で安心感が広がるでしょう。
今日も1日頑張った自分を認める感覚が生まれるでしょう。
映画のエンドロールのような、静かで心地いい余韻に浸れるでしょう。
穏やかな気持ちになって寝付きが良くなるはずです。
充実した1日はもちろんのこと、疲れた1日や忙しかった1日のときも「今日もいい1日だった」と締めくくりましょう。
「1日を気持ちよく締めくくるおまじない」です。
トラブルの1日だったとしても「いい1日」と締めくくることです。
そう思えないかもしれませんが、考え方しだいです。
叱られたら「反省点が見つかった」と考えましょう。
失敗したら「改善点が見つかった」と考えましょう。
できないことが見つかったら「伸びしろが見つかった」と考えましょう。
悪い面は見ないようにして、良い面だけ見るようにしてください。
嫌なことや大変なことがあったとしても、気づきや学びが得られた点で言えば、プラスの出来事です。
プラスの考え方やポジティブな受け止め方をして「いい1日」と解釈してください。
起床後は「今日もいい1日にしよう」と思って1日を始めましょう。
就寝前は「今日もいい1日だった」と思って1日を締めくくりましょう。
思うだけですから簡単ですね。
口癖にして日々の習慣にしておきましょう。
声に出して言うのが恥ずかしいなら、心の中で念じるだけでもかまいません。
いい1日は、自然とできるものではなく、自らつくるものです。
この2つのおまじないを日々の習慣にすれば、日々のリズムが良くなって安定します。