幸せな人とはどんな人でしょうか。
それは、おいしさの幅が広い人です。
幸せな人は、何を食べても「おいしい」と言って喜びます。
食の感動体験を待っていませんか。
「どこかにおいしいものはないかな」
「誰かおいしいものをプレゼントしてくれないかな」
食欲は、もともと私たちに備わっている欲求です。
食欲を感じたことがない人はいません。
苦労や努力がなくても、自然と感じることができます。
「これ、すごくおいしい」
「本当においしいね」
「うまい、おいしい、最高!」
将来の貯蓄のために食費を減らそうと励んでいる人も多いでしょう。
もちろん節約は大切なことです。
無駄遣いを省くことは、素晴らしい心がけです。
お店に入るのに、いちいち理由を考えないことです。
いちいち理由を気にしていては、外食に対して心理的な抵抗が生まれます。
お店に入りにくくなり、外食を楽しむ機会が減ってしまいます。
食生活を豊かにするポイントの1つ。
それは「歴史を知ること」です。
歴史と食生活は無関係に思えますが、誤解です。
新しいお店を見つけるとき、注意したい癖があります。
それは、下を向いて歩く癖です。
下を向いてある癖はありませんか。
昼食と夕食の間には、小さな食事があります。
そうです、間食です。
毎日のおやつタイムと言ってもいいでしょう。
運命とは、どんな瞬間をいうのでしょうか。
・将来のパートナーとなる人と出会ったとき
・素晴らしい人と出会って、人生観が変わったとき
カレンダーに外食の予定を書くことはありますか。
カレンダーに書くことといえば、イベント関係が多いでしょう。
記念日や誕生日、打ち合わせや出張、デートや旅行といったイベントが一般的です。
なかなか仕事のやる気が出なくて困ることがあるでしょう。
「仕事のやる気が出なくて、だらだらしてしまう」
そんなとき、今すぐやる気を出す方法があります。
新しいお店は意外なところに隠れています。
隠れているといっても、本当に隠れているわけではありません。
あなたが気づいていないだけです。
あるとき友人から未開のお店に誘われることがあります。
「○○がおいしいお店を見つけたんだけど行ってみない?」
その飲食店には一度も行ったことがありません。
おいしそうに食べている人を見かけることはありませんか。
・大きな口をあんぐり開ける
・にこにこしながら食べる
「おいしいお店をよく知っているね」
お店情報に詳しくて褒められることはありませんか。
おいしいお店を見つけるのが得意という人もいるでしょう。
レストランでは時折「○○風」という料理を見かけることがあります。
「ミラノ風ドリア」
「ロシア風ポテトサラダ」
食べるのが遅いことに悩んでいる人がいます。
「食べるペースが遅いんです」
「早食いができないんです」
「あのお店は人気だね」
「あのお店は有名だよね」
そんなセリフを聞くやいなや、すぐ否定する人がいます。
しっかり仕事をしたいなら、まず腹ごしらえです。
精力的に活動するためには、食事が欠かせません。
食事とは、いわばガソリンです。
毎日同じものばかり食べていませんか。
毎日同じものを食べるのもいいですが、そればかりでは食の楽しみが広がりません。
地球上にある全種類の食べ物を食べるつもりになってください。
まずいからといって「まずい、まずい」と騒がないでください。
「正直に言っているだけ」と思うかもしれませんが、ネガティブな発言を連発するのは良くありません。
その食べ物も、好きでまずくなっているわけではありません。
食べてみたところ「まずい」と感じることがあります。
口の中に嫌な味が広がって不快感を覚えます。
気持ち悪く感じて、眉間にしわが寄り、表情が崩れます。
「年を取ってから脂っこいものが苦手になった」
「若いころのように、脂っこいものをがっつり食べるのはちょっと苦しい」
「年齢を重ねていくにつれて、あっさりした食事を好むようになった」
一度も入ったことのないお店が、あなたを呼んでいます。
普段どおり過ぎてばかりで、ちらっと見る程度です。
そのお店の声に気づいていますか。
おいしいものを食べると、私たちは感動します。
「わあ、なんておいしいのだろう!」
あまりのおいしさに感動の悲鳴を上げるでしょう。
フランス料理のフルコースでは「ドーム型をした銀色のふた」が登場することがあります。
お皿の上にかぶさっていて、中には料理が入っています。
あのふたのことを「クローシュ」と呼びます。
「食べるのが趣味」という人を見かけることがあります。
「趣味は食べることです」
そう聞いたとき、あなたはどんなリアクションをするかです。
人と食事の際、こちらが食事代を全額負担することがあります。
「今日の食事代は、こちらで全部出しますね」
食事の場では、割り勘がふさわしくない場面があります。
食べるという行為は、生きているうちしかできません。
当たり前のことですが、この素晴らしさに気づくことが大切です。
食べるという行為は毎日行うことであり、まったく普通で日常的なことです。
幸せな人とはどんな人でしょうか。
それは、おいしさの幅が広い人です。
幸せな人は、何を食べても「おいしい」と言って喜びます。
水を飲んでも「おいしい」と言ってにっこりします。
キムチを食べても「おいしい」と言ってにっこりします。
ブラックコーヒーを飲んでも「おいしい」と言ってにっこりします。
水は味がなく、キムチは辛く、ブラックコーヒーは苦いものですが、幸せな人はそれらを「おいしい」と喜びます。
無理に思い込んでいるわけではなく、本当においしいと思っています。
幸せな人はおいしさの幅が広いため、普通の人より満足や幸福を感じる機会も多くなります。
何かを食べるたびに「あれもおいしい。これもおいしい」の連続で、食生活が笑顔にあふれています。
世の中がおいしいものだらけに見えるため、結果として幸せな人になっているのです。
幸せな人になりたいなら、おいしさの幅を広げることです。
甘みを感じたときだけ「おいしい」と解釈するのではありません。
辛みや苦み、無味無臭も「おいしい」と解釈しましょう。
おいしさの幅を広げれば、相対的においしいものが増えることになります。
辛いものや苦いものといった刺激物を食べたときも「おいしい」と解釈しましょう。
自分がそれを好意的に受け止めれば、自然とおいしく感じるようになります。
ぴりっとした刺激をポジティブに受け止めれば、満足感が得られ、おいしいものになります。
無味無臭のものを食べたときも「おいしい」と解釈しましょう。
刺激がないことをポジティブに受け止めれば、満足感が得られ、おいしいものになります。
甘みがわずかしかないときも「物足りない」と解釈するのではなく「おいしい」と解釈しましょう。
甘みがわずかしかなくても、甘みがあるのは事実です。
ほんのりとした甘みでも、満足感が得られ、笑顔で「おいしいね」と喜べます。
価値観を広げるだけでいいのです。
おいしいとは、うま味や甘みだけではありません。
苦み、辛み、無味無臭も、本人がそれを快として受け止めれば、おいしいことになります。
おいしさの幅を広げれば広げるほど、どんどんおいしいものが増えます。
自然と世の中がおいしいものだらけに見えるようになります。
これで幸せになれないはずがありません。
食の感動体験を待っていませんか。
「どこかにおいしいものはないかな」
「誰かおいしいものをプレゼントしてくれないかな」
「誰かいいレストランを見つけて紹介してくれないかな」
チャンスが訪れるのをじっと待っている人もいるでしょう。
食の感動体験をしたくて、天に祈っている人もいるかもしれません。
残念ですが、じっと待っていたところで、不毛な時間が過ぎるばかりでしょう。
あったとしても本当にまれです。
食の感動体験は、やってくるものではないからです。
食の感動体験は、やってくるものではありません。
出会いに行くものです。
受動的にならないことです。
食の感動体験がしたいなら、積極的なアクションが大切です。
こちらからアクションを起こしていくほうが早い。
食の感動体験をしたいなら、まず外に出て、繁華街を歩き回りましょう。
パン屋さん、お菓子屋さん、デパートの食品売り場。
いろいろなところを見て回れば、おいしいものと出会える可能性がアップします。
動けば動くほど、食の発見・食の感動体験に恵まれます。
美食を堪能したいなら、評判のいいレストランを探して、実際に行ってみましょう。
運任せではなく、こちらから探し出すことが可能です。
雑誌やインターネットを使えば、すぐ見つけられるでしょう。
玉石混交で信用できる情報とは限りませんが、少なくとも参考にする価値はあるでしょう。
気になるお店があれば、実際に入ってみましょう。
横を通り過ぎたり遠くから眺めたりするだけでは何も始まりません。
勇気を出して入ってみれば、初めて見る光景が広がっているでしょう。
おいしい料理があれば、おいしい食体験ができます。
面白い料理や珍しい料理があって、新しい食体験ができることもあるでしょう。
1人で行くのが恥ずかしいなら、友人を誘えばOKです。
チラシや新聞広告で気になる商品を見かけたら、試しに注文してみるといいでしょう。
「これはどんなものだろう。食べてみたい」
ぴんときたら、熱が冷めないうちにさっそく注文です。
軽いフットワークが重要です。
高価なものなら慎重になるところですが、たいていは安く手に入るものでしょう。
遠くにあって買いに行けなくても、配送してもらえば、すぐ手に入ります。
食の感動体験をしたいなら「こちらから出会いに行く」という意識が大切です。
これが積極的なアクションです。
時にはハズレを引くこともありますが、ご愛嬌です。
少なくとも勇気を出して実際に動いた経験は残ります。
お金がかかってもいいのです。
お金がかかるとしても、食の感動体験ができるのなら有意義な使い方です。
心身の健康につながるだけでなく、サービスを学べたり経験として残ったりアイデアのヒントが得られたりします。
感動体験によってあなたの視野と世界観が広がるでしょう。
成長につながるなら、投資の1つになります。
手や足をしっかり動かしてください。
見るだけで終わらせるのではなく、具体的な行動をすることです。
恥ずかしがらず、勇気を出してください。
こちらからどんどんアクションを起こしていきましょう。
その気になれば、今日中に食の感動体験を実現することも可能です。
食の感動体験はほかに代えることができません。
食欲は、もともと私たちに備わっている欲求です。
食欲を感じたことがない人はいません。
苦労や努力がなくても、自然と感じることができます。
毎日当たり前に感じるものですが、だからといって軽く考えてはいけません。
食欲があることは、素晴らしいことです。
食欲には、生きていくうえで欠かせない、重要な働きがあります。
もし私たちの中から食欲がなくなれば、どうなるでしょうか。
まず食べようという気が起こりません。
空腹状態が続いて、頭がぼうっとしてパフォーマンスが低下します。
食べない日々が続けば、もはや生きていけません。
食欲がなくなると、命の危険に及びます。
食欲は精神面にも影響します。
食欲がないと、明るい気持ちを持てません。
元気が出なくて、寂しい気持ちや悲しい気持ちになります。
ゆくゆく人生に絶望して生きる力を失い、大変なことになるでしょう。
食欲は、味の感じ方にも影響します。
食欲がないまま何かを食べたところで、味気なく感じるでしょう。
砂を食べているように感じ、おいしいと感動できません。
よく味わえるのも、実は食欲があるおかげです。
食欲のない状態が続けば、エネルギー不足・元気不足・栄養不足のため、不健康になるのは時間の問題です。
食欲は普段何気なく感じているものですが、こうした働きに気づくと、生きていくうえで欠かせないものだとわかるはずです。
食欲の素晴らしさに気づいてください。
食欲があることにも感謝しましょう。
食欲があるから「食べる」というアクションを起こします。
食べるから、体を動かすエネルギーを取り込め、生きることができます。
食欲があるおかげで、味覚も研ぎ澄まされ、味わって食べることができます。
「おいしい!」と感動できるのも、食欲があるおかげです。
私たちはいつの間にか食欲のお世話になっています。
今日もあなたは、食欲のお世話になるでしょう。
何気なく食べ物に手が伸びるのは、食欲があるおかげです。
見ることも触れることもできませんが、たしかに自分の中に存在しています。
動くこと・生きること・働くことに役立っています。
素晴らしい食欲に感謝しましょう。
私たちが生きていられるのは、食欲があるおかげです。
「これ、すごくおいしい」
「本当においしいね」
「うまい、おいしい、最高!」
食べたものがおいしいと、大きな喜びを感じますね。
「おいしい=幸せ」です。
心から感動して、ハッピーな気持ちになるでしょう。
おいしければおいしいほど、大きな幸せを感じて喜ぶでしょう。
あまりにおいしいと「生きていて良かった」と思うほどです。
しっかり記憶に残り、思い出になるでしょう。
一方で、ちょっとおいしいときとなるとどうでしょうか。
「まあまあかな」
「こんなものかな」
「普通においしいね」
感動するほどでもないので、軽く流してしまいがちです。
ちょっとおいしいとなると、急に扱いが軽くなります。
特別喜ぶことはないのではないのでしょうか。
これは良くありません。
ちょっとおいしいとはいえ、おいしいことに変わりありません。
ちょっとだけおいしいときも、きちんと喜びましょう。
「うん、おいしい!」
これでいいのです。
おいしさの強弱は関係ありません。
おいしいものはおいしいのです。
ちょっとおいしいときでも、幸せなひとときとしてカウントしましょう。
十分喜ぶに値します。
あなたが心がけるべきは「おいしいの感動屋さん」です。
おいしいの感動屋さんになりましょう。
ちょっとしたおいしさでも、すぐ感動できる人になることです。
「涙もろい人」がいますが「おいしさもろい人」になってください。
精神的にもろい人になるのはNGですが、おいしさにもろい人になるのはOKです。
ちょっとおいしいだけで喜べる人は、感動する機会が増えるので日常が華やかになります。
とてもおいしいときは限定されますが、ちょっとおいしいときなら、普段の食事のほとんどが当てはまるでしょう。
食事をするたびに「おいしい!」と喜べます。
おいしさに喜ぶことは、食に対する感謝の表現になります。
食べる行為とは命をいただく行為ですから、敬意と感謝の念を持つことが欠かせません。
「喜んだら負け」「感動したら負け」といった変なプライドは持たないでください。
素直に喜んで、素直に感動する人が、幸せになります。
ちょっとおいしいときもきちんと喜べる人は、必ず幸せになれます。
将来の貯蓄のために食費を減らそうと励んでいる人も多いでしょう。
もちろん節約は大切なことです。
無駄遣いを省くことは、素晴らしい心がけです。
節約といえば、まず食費から着手することが多い。
食べることは毎日行うことなので、取りかかりやすく、手っ取り早く節約効果を実感できます。
食費は、努力によって大幅に削ることが可能です。
少しでも節約をしようと、1日の食費を極限まで抑えている人もいるでしょう。
あらゆる外食を禁止にして、すべて自炊でまかなえば、食費をぐんと節約できるでしょう。
だからといって食費を削りすぎるのは良くありません。
食費を削りすぎると、餌のような食事になってしまいます。
貧相な食事になって食生活が色あせます。
出る元気も出なくなり、生き生きできなくなります。
頭の回転も悪くなり、集中力も出ません。
ミスや失敗を招いて、余計なトラブルが増えてしまいます。
本来の実力を発揮できなくなり、思いどおりにいかないことが増えます。
食費を削りすぎると、健康を害する元です。
きちんと栄養が取れず、免疫力が低下したり病気になりやすくなったりします。
食費を削りすぎると、不幸な結果を招きます。
体調が悪くなるだけでなく、人生の調子まで悪くなってしまうのです。
食費を削りすぎないでください。
やみくもに食費をかける必要はありませんが、ある程度食費をかけることは大切です。
空腹感を紛らわせれば十分と考えるのは良くありません。
ジャンクフードばかりでなく、きちんと栄養のあるものを取りましょう。
栄養のあるものを食べるためには、きちんとお金をかけることが必要です。
肉や魚などはちょっとお金がかかりますが、良質なタンパク源です。
タンパク質は、3大栄養素の1つであり、体をつくるうえで最も重要な材料です。
多少お金がかかったとしても、良質なタンパク質を取ることは大切なことです。
たまには外食も楽しみましょう。
節約のために外食を禁止するのではなく、たまには外食を楽しんだほうが食生活も豊かになります。
食費にお金をかけると、それだけ食生活も豊かになります。
リッチな気分を楽しめたりストレス発散になったりして、濃い時間を過ごせるでしょう。
いろいろな栄養を取ってこそ、健康を維持できます。
結局のところ、食費にお金をかけることは「自分のため」と考えてください。
栄養面でも精神面でも、自分のためになります。
きちんと食費をかけるから、毎日を明るく楽しく生き生き過ごせます。
パワーを発揮でき、エネルギッシュになれます。
もっと自分を好きになり、もっと自分を愛したいなら、食費にお金をかけるのが正解です。
必要な食費は、れっきとした健康への投資です。
食は、体の健康だけでなく、心の健康にもつながります。
お店に入るのに、いちいち理由を考えないことです。
いちいち理由を気にしていては、外食に対して心理的な抵抗が生まれます。
お店に入りにくくなり、外食を楽しむ機会が減ってしまいます。
「外食は理由がなければいけない」と思い込んでいる人がいます。
特に子ども時代、外食の機会が少なかった人は外食を特別視する傾向が強く、大げさに考える傾向があります。
「お祝いだから」
「記念日だから」
「自分へのご褒美だから」
もちろんそれはそれで悪くありませんが、理由がないと外食を楽しめないことになります。
理由を考えていては外食を楽しむ機会が制限されてしまいます。
変な思い込みで勝手に食の可能性を制限しないことです。
もっと力を抜いて考えてください。
お店に入る理由なんてなくてかまいません。
「なんとなく」でいいのです。
外食をするのに理由はいりません。
理由は、あったらあったでいいですが、なければないでかまいません。
すうっと吸い込まれるように入っていけばいいのです。
「視界に入ったから、ちょっと入ってみた」でもかまいません。
お店の人から「何しに来たのですか」と聞かれることはないのですから安心してください。
心理的抵抗は不要です。
外食のフットワークは、軽ければ軽いほどいい。
自由に外食を楽しむためには、心理的抵抗を小さくして、心を軽くしておくことが大切です。
「なんとなくでよし」とすれば、お店に入りやすくなります。
お店は気軽に入るところです。
気軽に入るところなのですから、気軽に入ってください。
理由はいりません。
許可も登録も不要です。
大げさなことでも特別なことでも何でもありません。
接待であれば予約も必要ですが、そうでないなら予約も不要です。
フォーマルなレストランでないかぎり、ふらっと入ってOKです。
お祝いでなくてもいい。
何かの記念日でもなくてもいい。
自分へのご褒美ですらなくていい。
理由がゼロの状態でお店に入ってみましょう。
「なんとなく入ってみた」
これだけで十分です。
一歩足を踏み入れれば、店員さんが近づいてきて、席に案内してくれます。
食べたいものを注文して、おいしい料理を担当するだけです。
これだけで幸せになれます。
お店を出るころには腹も心も満たされ、にこにこした笑顔になっているでしょう。
食生活を豊かにするポイントの1つ。
それは「歴史を知ること」です。
歴史と食生活は無関係に思えますが、誤解です。
無関係どころか、しっかり関係しています。
どんな食べ物にも必ず歴史があります。
シンプルな食べ物から豪華な料理まで、歴史が存在します。
シンプルな食べ物であればあるほど、基本であるため、長い歴史があります。
たとえば「米」です。
稲はもともと自然に生えていた野生のものであり、次第に変化して、栽培できる形になったとされています。
本格的に稲の栽培が始まったのは、紀元前13世紀頃とされています。
米の起源は諸説がありますが、日本米の場合、起源は中国の福建米とされています。
縄文時代の後期に、台湾や朝鮮半島を経て北九州に伝わってきたといわれています。
肥料を与えなくても勝手に育っていき、また腐りにくく保存がしやすいことから重宝されました。
江戸時代には、お米がお金の代わりとしても用いられた歴史もあります。
コーヒーにも歴史があります。
コーヒーは、西暦800年、エチオピアのヤギ飼いが発見したことから始まりました。
「それを飲むと痛みが和らぎ、生き生きした気分になる」ということで、最初は薬として用いられていました。
その結果、どんどん世界に広まっていき、15世紀頃から薬から嗜好品として発展していった経緯があります。
また世界初のフリーズドライ食品はコーヒーだったことでも知られています。
コーヒーに限らず、何でもそうです。
米も野菜も果物も、それぞれの食べ物には歴史があります。
インターネットで調べてみるといいでしょう。
歴史を知ると「なるほど」と驚かされるでしょう。
長い時間を経てさまざまな経緯を経た結果、今ここにあることがわかるはずです。
ありふれた食べ物でも軽視できません。
シンプルな食べ物であればあるほど歴史が長いもの。
詳細を確認すると膨大な情報量に圧倒されることがほとんどですが、概要をつかむだけで十分です。
もちろん余裕があれば、どんどん詳細を調べて知っておくといいでしょう。
歴史を知ると、教養になるだけでなく、味わい方も向上します。
「普段食べているものにはこんな歴史があるのだね」
しみじみした気持ちでおいしくいただけるでしょう。
歴史がわかって背景を知ると、より味わい深く感じられます。
普段食べているものが涙ぐましい努力の結晶だとわかれば、見る目も変わります。
ありがたく感じて、じっくり味わった食べ方になります。
歴史を知ることは、食生活を豊かにすることになります。
食べ物の歴史を知れば知るほど、あなたの食生活も豊かになります。
私たちは歴史を食べているのです。
新しいお店を見つけるとき、注意したい癖があります。
それは、下を向いて歩く癖です。
下を向いてある癖はありませんか。
昔から下を向いて歩くのが癖になっている人もいるでしょう。
疲れているときは自然と腰が曲がってしまい、いつの間にか下を向いてしまうこともあるでしょう。
もちろん下を向いていたとしても普通に歩けます。
足元に注意できるので、つまずいて転ぶのを防げます。
腰に力を入れなくていいので楽という人もいるでしょう。
道ばたに咲いている草花を見つけるには好都合かもしれません。
だからといってそのままでいいと思わないことです。
下を向いていると、目の前に新しいお店があっても気づけません。
普通に通り過ぎてしまいます。
どれだけ魅力的なお店があっても、視界に入らなければ、ないも同然です。
気づかなければ意味がありません。
特に猫背の人は要注意です。
自分では普通にしているつもりでも、腰が曲がっていると、自然と下を向いた姿勢になりやすい。
下を向いた姿勢で歩いているかぎり、新しいお店を見つけるのは難しい。
素晴らしい出会いをスルーしてしまいます。
いつの間にか新しい発見の妨げになっていることが少なくありません。
歩くときは、きちんと前を向きましょう。
顔だけ前を向けるのではなく、きちんと背筋を伸ばした状態で前を向くことです。
イメージとしては、頭の上から糸で引っ張られている感じです。
背筋が伸びれば、自然と前を向いた姿勢になります。
シルエットが美しくなり、あなたからポジティブな印象が出るようになります。
体の軸がまっすぐになることで、自然と自己肯定感も上がります。
前を向くから前が見えます。
広い視界で見ることができて、近くの景色から遠くの景色まで一目で確認できます。
「あそこにお店があるね!」
すてきなお店の近くを通ったとき、視界に入るのできちんと気づけます。
昼食と夕食の間には、小さな食事があります。
そうです、間食です。
毎日のおやつタイムと言ってもいいでしょう。
間食は、おやつの印象が強いためか、3食の食事に比べて軽視されています。
朝食・昼食・夕食に力を入れることはあっても、間食に力を入れることは少ないでしょう。
あくまで間食という位置づけなので軽く思われがちです。
もちろんなければないで問題ありません。
間食は太る原因になると思っていて、あえて控えている人もいるでしょう。
間食がないからといって、生活に大きな支障が出るわけでもないでしょう。
しかし、間食とはいえ、れっきとした食事の1つです。
栄養価は低いかもしれませんが、おいしさにあふれています。
小腹を満たすことで、リフレッシュや気分転換になるでしょう。
きちんとした食事とはいかなくても「小さな食事」と考えていいでしょう。
3食の食事に比べて量は少なめですが、それでもちょっとした食であることに変わりありません。
食事であるからには、やはりきちんと楽しむことが大切です。
間食は、間食らしく楽しみましょう。
たとえば間食に「クッキー3枚」を食べるとします。
クッキーとはいえ、至福をもたらす力は絶大です。
一口を大切にしながらじっくり味わって食べましょう。
一口一口に集中すれば、しっかり甘みが感じられ、きちんと満足できます。
間食として「板チョコ1枚」を食べるとします。
溝に沿って小さく割って、ひとかけらずつ口に入れます。
噛んで食べるのも良し。
口の中で溶かしながら食べるのも良し。
口の中に甘みが広がると、心の中も幸せが広がります。
間食は、量こそ少ないものの、幸福感は抜群です。
間食とはいえ、食生活を構成する食の1つ。
軽視されがちな間食ですが、価値と存在感は抜群です。
量も時間もわずかですが、だからこそじっくり味わうことです。
しっかり味わえば味わうほど、素晴らしくて有意義なおやつタイムを実現できます。
完食には「糖分補給」という意味合いもあります。
間食で小腹を満たせば、だらけていた脳が再び活発に動き出します。
思考力や集中力が復活して、本来のパフォーマンスが回復して、午後の後半戦もばりばり戦えます。
量は少なくても、少ないなりにゆっくりじっくり味わいましょう。
食べる量も少なく、食べる時間も短いですが、至福の瞬間なのは間違いありません。
味わうことに集中すれば、量は少なくても、十分な満足感が得られるはずです。
たかが間食、されど間食。
食生活を彩る大切な時間です。
おやつタイムは、ハッピータイムです。
運命とは、どんな瞬間をいうのでしょうか。
もちろんどれも運命の瞬間と言えるでしょう。
運命というだけあって、価値観が一変したり人生にインパクトを与えたりする点が共通です。
しかし「運命」という響きのためでしょうか。
少し大げさに考えているところがあるようです。
大きなことに気を取られ、小さなことを見落としています。
実はもっと身近なところに、運命があります。
おいしいものを見つけたときです。
おいしいものを見つけただけで「運命」を感じていい。
れっきとした運命の瞬間です。
運命を大げさに考えないでください。
運命と言えば「大きな出来事」を思い浮かべがちですが、その限りではありません。
「おいしいものとの出会い」も運命の1つです。
口に合う食べ物を発見しました。
思いもよらぬ感動が得られました。
初めて食べて、新鮮な刺激を受けました。
あなたのお気に入りの食べ物が、1つ増えました。
新しい世界を知ることができ、食の可能性が広がりました。
だから運命です。
「運命はそんなことでいいの?」と思いますが、必要条件は十分クリアしています。
価値観が一変したり人生にインパクトを与えたりする出来事に変わりありません。
たまたまおいしいものを見つけることがあるでしょう。
試しに食べてみたところ、意外とおいしくて感激することがあるでしょう。
そんなときは、素直に運命を感じて喜んでください。
「おいしいものを見つけた。これは運命だ!」と。
ささいな瞬間かもしれませんが、100%、運命の瞬間です。
おいしいものとの出会いも、素晴らしい出会いです。
運命を感じると、その出来事がますます美しく輝く瞬間になります。
食の神様に「ありがとう」と感謝しましょう。
おいしいものを食べたおかげで元気がもらえてテンションもアップして、きっとその日はいい1日になるでしょう。
おいしいものを見つけた日は、運命と出会った日です。
カレンダーに外食の予定を書くことはありますか。
カレンダーに書くことといえば、イベント関係が多いでしょう。
記念日や誕生日、打ち合わせや出張、デートや旅行といったイベントが一般的です。
そのほか備忘録として書くこともあるでしょう。
もちろん上手な使い方ですが、カレンダーに書き込むイベントをもうひとつ加えてみませんか。
それが「外食」です。
カレンダーに書くものに、外食の予定も入れてください。
外食は日常的です。
そのためでしょうか。
「食べに行くだけのこと」「わざわざカレンダーに書くほどのことではない」と思う傾向があります。
それは誤解です。
外食も、1つのイベントです。
身近で日常的なことですが、意外と外食が盲点になっていることが少なくありません。
「イベントなのにイベント扱いされていない」という状態です。
わざわざ食べるために出かけるのですから「予定」として考えていいでしょう。
カレンダーに書くだけの価値があります。
外食をする具体的な日にちを決め、カレンダーに書きましょう。
決めていないなら決めましょう。
カレンダーに書くと正式な予定になります。
「この日に外食をするのだね。楽しみ!」
目に見える形になってわくわくできます。
余裕があれば、具体的なお店も決めておくといいでしょう。
前もって行くレストランがわかっていれば、より具体的なイメージが浮かぶでしょう。
さらに余裕があれば、食べる料理も決めておくといいでしょう。
「メインディッシュはこれにしよう。サイドメニューはこれにしよう。デザートはこれを食べよう」
細かく決めておくと、ますますイメージが具体的になって、わくわく感が大きくなります。
1件だけでなく、2件3件と書いてもいいでしょう。
外食の予定がたくさんあれば、それだけモチベーションもアップします。
「毎週日曜は外食」と決めているなら、今から毎週日曜の予定に書いておきましょう。
ルールとして決めていることでも、頭の中だけで済ませるのではなく、きちんとカレンダーに書くほうがいい。
目に見える形になるので実感が湧きやすくなります。
カレンダーに外食の予定を書くと、未来が明るく見えるようになります。
カレンダーを見るたびに「この日に外食をするんだね」とわくわくできるので、未来に希望が持て、期待できます。
わざわざ書くほどではないと思っても、あえて書くことに意義があります。
食欲を刺激する予定があると、私生活の励みとなります。
日々のモチベーションもアップして、仕事や勉強に集中して打ち込みやすくなるでしょう。
外食もれっきとしたイベントですから、カレンダーに予定として書いてください。
もちろんスケジュール帳に書いてもOKです。
きちんと書いた予定は、きちんと実現に向かいます。
待ち遠しくなって、未来が明るく輝いて見えるようになります。
なかなか仕事のやる気が出なくて困ることがあるでしょう。
「仕事のやる気が出なくて、だらだらしてしまう」
そんなとき、今すぐやる気を出す方法があります。
今日の夕食は外食にすると決めてください。
あなたのお気に入りのお店で、大好きな料理を食べると決めてください。
もちろん仮の予定ではなく、本当の予定として決めます。
するとどうでしょう。
今日の夕食は外食と決めた瞬間から、あなたは変わります。
「よし、夕食の外食を楽しむためにしっかり頑張ろう!」
急に頭がさえて、眠気が吹き飛びます。
目が輝いて、集中力が増します。
心臓の鼓動が高鳴り始め、わくわくした気持ちが出てくるでしょう。
全身の細胞が活性化されるような感覚を覚えるでしょう。
心に火がつき、やる気が爆発するのです。
外食は、誰にとってもわくわくするイベントです。
食欲は、人の3大欲求の1つです。
食欲を刺激する報酬を設定すれば、老若男女に関係なく、誰でも必ずやる気が出てきます。
夕食は食べに行くと決めれば、外食が報酬としての役割を果たします。
報酬効果によって脳でドーパミンが分泌され、モチベーションが上がって、やる気が出てきます。
自分の目の前にニンジンをぶら下げる形になって頑張れます。
単純な方法ですが、即効性があって効果は抜群です。
食欲という基本欲求を刺激することで、上手に自分のテンションを上げることができます。
悪い副作用もないので安心です。
余裕があれば、レストランや料理まで決めておくといいでしょう。
少し気が早いように思うかもしれませんが、そんなことはありません。
数時間後の予定ですから、今から決めておいて遅くはありません。
具体性が増してイメージが鮮明になるので、ますますやる気が出てくるでしょう。
外食にお金はかかりますが、余計な出費になるとは限りません。
「お金でやる気を買っている」と思えばいいことです。
やる気を直接買うことはできませんが、外食を報酬として利用すれば、間接的にやる気を買う形になります。
1回の外食で、1日ずっと効果が持続するのですから、総合的に考えて安いと言っても過言ではありません。
今日の夕食は外食にすると決めれば、昼間の仕事も頑張れます。
心に火をつけるには、食欲を刺激すればいい。
食欲は誰にでもある欲求ですから、上手に刺激して、やる気アップのために利用しましょう。
外食は、やる気アップのカンフル剤です。
新しいお店は意外なところに隠れています。
隠れているといっても、本当に隠れているわけではありません。
あなたが気づいていないだけです。
それが「自宅の近所」です。
意外な盲点になっていて「あるのに見えていない」という状態になっています。
自宅の周辺を振り返ってみてください。
あなたの自宅の近所に飲食店はありませんか。
都会であれば、自宅の半径100メートル以内に何らかのお店があるでしょう。
田舎で殺風景なところだとしても、比較的近い距離に何らかのお店があるはずです。
あらためて振り返ると、一度も入ったことがないお店があるのではないでしょうか。
近所のことなら詳しく知っているはずですが、実際そうとは限りません。
身近にあるお店は、身近すぎるゆえに見えていないことが多い。
自分のまつげは近すぎて見えないように、近所のお店も近すぎて見えません。
視界には入っているものの、生活風景と同化して特別意識することが少ない。
毎日そばを通りかかるだけで終わっています。
見慣れた景色の一部になっていて「飲食店」と意識することがほとんどなくなっている状態です。
たとえ意識していたとしても、自宅の近所にあると「いつでも行ける」と思ってスルーしてしまいます。
いまひとつ特別感が薄く、外食の選択肢から外すことが多いもの。
ここに出会いのチャンスが隠れているのです。
いま一度、自宅の近場にあるお店に意識を向けてみてください。
近場にもかかわらず、一度も入ったことがないお店はありませんか。
きっと1軒くらいあるはずです。
自宅から歩いて行ける距離に、一度も入ったことがないお店はあるでしょう。
田舎であれば、車でちょっと行ける範囲に何件かのお店があるはずです。
「そういえば、すぐそこなのに一度も行っていないな」
もし心当たりがあれば、ぜひ行ってみましょう。
自宅の近所にあるお店でも、未開拓のお店なら行ってみる価値があります。
外観は平凡でも、入ってみると、店内は雰囲気がいいかもしれません。
おいしい料理があるかもしれません。
新しいお店は、自宅の近所にあるのです。
あるとき友人から未開のお店に誘われることがあります。
「○○がおいしいお店を見つけたんだけど行ってみない?」
その飲食店には一度も行ったことがありません。
こういうとき、どんな返事をするかです。
「忙しいから……」
「金欠だから……」
「節約中だから……」
「ダイエット中だから……」
「ほかの用事が入っているから……」
後ろ向きな返事をしていませんか。
たしかに都合が悪いときもあるでしょう。
せっかくのお誘いで行きたい気持ちはあっても、不都合があると快諾するのが難しいもの。
しかし、これは貴重なチャンスです。
不都合があるかもしれませんが、できるだけうまくやりくりして快諾しましょう。
おいしい料理のお店は、なかなか自分で見つけるのが難しい。
見つけたとしても、何かきっかけがないと、なかなか行かないことが多いものです。
未開のお店で初めての入店であれば、なおさら勇気も必要です。
そんな中、友人が先にお店を開拓して、あなたを誘ってくれました。
これはチャンスです。
金欠だの節約中だの忙しいだの、ためらっている場合ではありません。
新しいお店を開拓するチャンスです。
新しい味を知るチャンスであり、新しい食の世界を知るチャンスでもあります。
なかなか自分では切り開けない未来を、友人が手助けしてくれている状態です。
貴重なチャンスですから、ぜひ喜んで受け入れましょう。
「○○がおいしいお店を見つけたんだけど行かない?」と誘われたら「行く!」と即答しましょう。
不都合があれば、あとから調整しましょう。
重要な事情でないかぎり、調整すればなんとかなることが多いでしょう。
時間がないなら時間をつくりましょう。
時間は、あるものではなく、つくるものです。
忙しくても、スケジュールを調整したり余計な仕事を断ったりすれば都合がつくでしょう。
節約中やダイエット中でも、こういうときは一時解除です。
節約やダイエットはあとからでもできます。
こういうときは、チャンスは優先させておくのが賢明です。
金欠でも諦めないでください。
金欠とはいえ、ゼロではないでしょう。
お金はあとから稼げばいいことです。
1人で未開のお店に入るのは不安でも、友人と一緒なら勇気も出るでしょう。
「○○がおいしいお店」という特別感もあります。
チャンスに恵まれたときは「スピードが命」と思って飛びつきましょう。
さっと快諾して、さっと動ける人がチャンスをつかみます。
おいしそうに食べている人を見かけることはありませんか。
おいしそうに食べる人には、幸せそうな表情があって魅力的に見えますね。
テレビのコマーシャルでもおいしそうに食べる人の様子が映ることがあるでしょう。
見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってきます。
ここで気づいてほしいことがあります。
おいしそうに食べる人を見て幸せになるということは、あなたもおいしそうに食べれば、周りを幸せにできるということです。
あなたがおいしそうに食べるとします。
大きな口をあんぐり開けます。
にこにこしながら食べます。
口をもぐもぐさせて、幸せそうな表情を見せます。
「おいしいね」と喜びながら食べます。
すると、それを見た人は、きっと幸せな気持ちになるでしょう。
「おいしそうに食べるなあ。幸せそうだね」と思うに違いありません。
あなたがおいしそうに食べるだけで、周りの人を幸せにできるのです。
どんな食べ方でも自由ですが、せっかく食べるのなら、人を幸せにする食べ方のほうがいいですね。
プラスの波及効果があります。
「周りを幸せにさせる」という意味では、おいしそうに食べたほうがいいのです。
おいしそうに食べる人がいれば、その人の様子を参考にしましょう。
「こういうふうに食べるとおいしそうに見えるな」と思えば、自分も真似するだけでOKです。
おいしそうに食べる人は、おいしそうな食べ方を教えてくれる先生です。
口元、表情、振る舞い方、リアクション。
ぜひ参考にして、どんどん真似をしていきましょう。
食事のときは、おいしそうに食べましょう。
「これでもか!」というほど、とびきりおいしそうに食べてください。
それを見た周りの人は、ハッピーな気持ちになるでしょう。
おいしそうに食べたほうが、自分も周りもハッピーにできます。
おいしそうに食べるだけでいいのです。
おいしそうに食べるだけで、世界の幸せに貢献できるのです。
「おいしいお店をよく知っているね」
お店情報に詳しくて褒められることはありませんか。
おいしいお店を見つけるのが得意という人もいるでしょう。
食べることが好きな人は、普段から食のアンテナを張っていて、新しいお店に敏感でしょう。
「おっ。おいしいお店を見つけたぞ。今度誰かに紹介しよう」
おいしいお店を見つけるのが得意なら「おいしいお店をよく知っているね」と褒められることが多いはずです。
自分ではおいしいお店を見つけただけであり、普通のことに思うかもしれませんが、ちょっと待ってください。
あらためて考えると普通のことではありません。
それは優れた能力であり、才能がある証拠です。
おいしいお店を見つけるのは誰でもできそうに思えますが、実際はどうでしょうか。
簡単にできそうですが、なかなかこれが難しい。
リサーチ力が必要です。
普段から食のアンテナを張っておかなければなりません。
入店する勇気が必要です。
味覚が敏感でなければいけません。
舌も肥えていなければいけません。
地道な努力が必要です。
ハズレのお店でも、めげないメンタルが必要です。
このようにいくつもの条件をクリアする必要があり、誰でもできることではありません。
むしろできない人がほとんどです。
いろいろな能力があって初めて実現できること。
おいしいお店を見つけるのも才能です。
たまたまおいしいお店を見つけることもあるでしょう。
「運が良かった」と言いますが、運も実力のうちです。
普通にしている行為かもしれませんが、すでにそれが秀逸な能力です。
自分では「おいしいお店を見つけた」と思うだけかもしれませんが、あらためて自分の優れた能力に気づいてください。
素晴らしい才能があるのですから、どんどん生かしていきましょう。
才能は生かすためにあります。
おいしいお店を見つけたら、誰かに紹介しましょう。
誰かに紹介することは良い評判を広めることになります。
それは、紹介した相手にもお店の人たちにもプラスに働き、社会貢献になります。
自分の才能を社会に役立てたことになります。
「私には才能がある」と自信を持ってください。
あなたの才能をどんどん生かしてください。
自分のためだけでなく、人や社会のためになるのですから、どんどん生かしていくのが正解です。
今日も、おいしいお店を見つけるために出かけましょう。
レストランでは時折「○○風」という料理を見かけることがあります。
「ミラノ風ドリア」
「ロシア風ポテトサラダ」
「ニューヨーク風チーズケーキ」
食べたことがなければ、どんなものなのか気になりますね。
「○○風がついたところで味も中身もほとんど同じだろう」
そう最初から決めつけていませんか。
いいえ、実際はわかりません。
ここに食の可能性が隠れています。
「○○風」とつけば、もはや違った食べ物と考えてください。
似ていますが、違います。
たしかにメインの料理は同じですが、アレンジが加わっています。
アレンジが加われば、もはや別物です。
わずかな違いを楽しんで、そこに価値を見いだしてください。
「○○風」とつけば、もはや違った食べ物と思ってください。
「○○風」というアレンジが施されています。
メインは同じでも、○○風というアレンジが加わっているのですから、別物と考えるのが正解です。
「普通のドリア」と「ミラノ風ドリア」は違います。
「普通のポテトサラダ」と「ロシア風ポテトサラダ」は違います。
「普通のチーズケーキ」と「ニューヨーク風チーズケーキ」は違います。
「○○風」に着目すれば、今まで見えなかった可能性に気づきます。
そう考えると、世の中にはまだまだ新しい料理がたくさんあることに気づくでしょう。
「これも食べたことがない。あれも食べたことがない」と気づけるようになるはずです。
料理を見る目が鋭くなって、食の世界が広がっていくでしょう。
おおむねイメージはつくものの、やはりイメージにすぎません。
「○○風」がつく料理があれば、試しに食べてみましょう。
味の好みはあまり気にせず、新鮮な体験をする気持ちになってください。
「なるほど、こういう感じなのか」
「普通とは、ここが違うね」
舌を通して気づきや学びがあって、新鮮な刺激が得られるでしょう。
新しい食べ物を食べたからには、新しい経験です。
新しい経験として日々の成長にカウントできます。
あなたの視点が鋭くなって、食の視野が広がっていくでしょう。
あなたは食のワンダーランドをさまよっているのです。
食べるのが遅いことに悩んでいる人がいます。
「食べるペースが遅いんです」
「早食いができないんです」
「外食のとき、いつも周りの人を待たせてしまうんです」
申し訳ないような口ぶりで、食べるのが遅いことに悩んでいるようです。
「もっと早く食べるようにならなければいけない」と思っている人もいます。
一般的に遅いことには、ネガティブなイメージがあります。
仕事が遅い人には悪い印象があるように、食事が遅い人にも悪い印象を持つ人が少なくありません。
食べるのが遅いと、引け目を感じる場面もあるでしょう。
みんなで外食をするとき、自分だけ食べるのが遅いと、申し訳ない気持ちになることがあります。
食べるのが遅いせいで、周りをいらいらさせてしまうこともあるかもしれません。
「もう少し早く食べることができればいいのにな」と願うこともあるのではないでしょうか。
しかし、食べるのが遅くてもいいのです。
むしろ食べるのが遅いほうがいいのです。
食べるのが遅いのは、幸せなことだからです。
食べるのが遅いことにはメリットがあります。
「食べるのが遅い」ということは「常にゆっくり食べることができる」ということです。
ゆっくり食べることで一口一口に集中できます。
唾液の分泌が促され、おいしさを十分感じられます。
じっくり味わうことができるため、満足感も幸福感も高まります。
早食いをする人より、ゆっくり食べる人のほうが、よりおいしく味わえるでしょう。
これはこれで幸せなことです。
ゆっくり食べるしかできないことは、食べすぎる心配がありません。
ゆっくり食べるしかできないということは、必然的に噛む回数が増えます。
満腹中枢の刺激が促され、食べすぎを抑止でき、健康面でプラスに働きます。
少ない食事で満足できるので経済的にも優しい。
ゆっくり食べる人は、お金がどんどん貯まっていくでしょう。
一般的に遅いことはマイナスに働きますが、食べることに関しては例外です。
食べることに関しては、食べるのが遅いのはプラスに働きます。
みんなで外食をするとき、周りを待たせることになったとしても、罪悪感を持つ必要はありません。
仕方のないことです。
何も悪いことをしているわけではないので、堂々としていればいいことです。
食べるのが遅いことに引け目を感じる必要はありません。
もちろんコンプレックスを感じる必要もなし。
むしろ誇りを持ってください。
先天的に優れた能力であり「これでいい」と自分を認めてください。
「味を感じやすくなる」「食べすぎを防ぐ」「お金が貯まりやすくなる」といったメリットがたくさんあります。
ラッキーな自分を称賛して、素晴らしい自分の可能性に期待しましょう。
食べるのが遅いことは、幸せなことなのです。
「あのお店は人気だね」
「あのお店は有名だよね」
そんなセリフを聞くやいなや、すぐ否定する人がいます。
「でも味は普通みたいだよ」
「繁盛しているのは今だけだよ」
「キャンペーンの期間が終われば客足が落ちるよ」
「どうせすぐつぶれるよ」
こんなセリフに心当たりがあれば要チェックです。
話を否定する癖のある人は、反射的に否定します。
人気であることに僻みや嫉妬があって、否定的な発言をしているのかもしれません。
とりわけ世の中を斜めに見ている人によく見られる傾向です。
素直に認めるのは悔しいため、変に意地を張ることがあります。
しかし、人気店・有名店だからといって否定しないことです。
なぜ人気店・有名店を否定するのがいけないのか。
それは、自分の食の可能性をつぶすことになるからです。
人気店・有名店を否定すると、そのお店に行けなくなります。
否定しておきながらそのお店に行くのは、発言と矛盾した行動になります。
否定したということは「そのお店には行かない」と言っているようなもの。
心変わりがないとも限りません。
否定をした過去があると、あとから心変わりをしたとき、行きたくなっても行けなくなります。
新しい味との出会いを妨げ、食の可能性の制限につながります。
本来は人気店・有名店ほど体験すべきですが、それを難しくさせるのが否定の発言です。
安易な気持ちで否定すると、行きたくても行けなくなります。
否定の発言は、自分に跳ね返り、自分の首を絞めることになります。
悪影響はそれだけではありません。
否定すると、会話の雰囲気も気まずくなります。
否定されるのは誰でも嬉しくありません。
人から「あのお店は人気だね」と話を振られたとき、ぴしゃりと否定されると会話が尻すぼみになります。
「あ、そうですか」で会話が終わります。
相手は「一緒に行こう」と誘うつもりだったのかもしれません。
話を否定されると「誘っても断られるだろう」と察して誘ってもらえなくなります。
人気店・有名店を否定すると、自分が行けなくなったり誘われなくなったりといった悪影響が生まれます。
人気店・有名店を、否定しないことです。
心がけたいのは、素直に肯定して認めることです。
話を振られたら否定しません。
素直に「そうだね」「気になるよね」「行ってみたいね」と言えばいいこと。
流行であれキャンペーンであれ何であれ、集客に成功しているのは事実なのですから、素直に現実を受け止めましょう。
何事も素直な発言がいちばんです。
発言と行動が矛盾することはありません。
素直に肯定すれば、自分もそこに行きやすくなります。
会話も続きます。
人気店・有名店を肯定すれば「一緒に行ってみよう」と誘ってもらいやすくなります。
食の可能性が広がって、新しい機会を増やすことになります。
しっかり仕事をしたいなら、まず腹ごしらえです。
精力的に活動するためには、食事が欠かせません。
食事とは、いわばガソリンです。
活力の源、元気の源、笑顔の源です。
ガソリンを入れるから車が動くように、食事を取るから心身が動きます。
しっかり食事をすれば、腹も心も満たされ、自然とポジティブ思考になります。
頭がしっかり働いて、集中力も発揮でき、パワー全開で仕事に打ち込めます。
ポジティブ思考ではつらつと活動できます。
しっかり食事を取れば、しっかり仕事に打ち込めます。
しっかり仕事に打ち込めば、へとへとに疲れ、おなかがぺこぺこになります。
おなかがぐうぐう鳴り始めるでしょう。
空腹は、おいしさを高める最高の調味料です。
へとへとに疲れて空腹になれば、それだけおいしく食事ができます。
空腹になったときに食べる食事ほどおいしいものはありません。
食事の時間が、至福の時間に変わります。
しっかり食事ができれば、再び精力的に仕事ができます。
食事と仕事には、相関関係があるのです。
このサイクルは、勉強でも同じです。
しっかり勉強すると、頭を使います。
脳は大食いの臓器であり、カロリー消費が大変激しいところです。
脳の重さは、全体重のおよそ2%しかありません。
にもかかわらず、全カロリーのおよそ20%が脳で消費されています。
「摂取カロリーの5分の1が脳で消費されている」という衝撃の事実を知れば、いかに大食いか実感できるでしょう。
しっかり勉強すれば、しっかり脳を働かせることになるため、さらにカロリー消費も増えます。
しっかり勉強するためにも、しっかり食事をすることが欠かせません。
食事と仕事のサイクルを意識してください。
しっかり食事をするから、しっかり仕事ができます。
しっかり仕事をするから、しっかり食事ができます。
食事と仕事には相関関係があります。
食事と仕事のサイクルが美しい人は、人生もうまくいきます。
毎日同じものばかり食べていませんか。
毎日同じものを食べるのもいいですが、そればかりでは食の楽しみが広がりません。
地球上にある全種類の食べ物を食べるつもりになってください。
つまり「制覇する」というつもりになることです。
実際に達成できるかわからなくても、そういう積極的な意識を持って生きることが大切です。
地球上にある全種類の食べ物を食べるつもりになれば、食への関心が強くなります。
「どこかに新しい食べ物はないかな」と食の観察力が研ぎ澄まされます。
食意識が高まってチャレンジ精神が強くなります。
「いろいろなものを食べよう!」
「試しに食べてみよう!」
「新しいものを見つけよう」
食わず嫌いがなくなって「試しに食べてみよう」という気になるでしょう。
どんな味であろうと「体験の1つ」として食べてみることです。
大切なのは、直接自分の舌で味わってみることです。
テレビや雑誌で写真を見ただけでは味がわかりません。
見るのと食べるのとは大違い。
やはりきちんと自分が直接食べてみることで、五感を通して味がよくわかります。
食べたことがあるものを1種類でも増やしていきましょう。
食べたことがあるものが増える分だけ話題の幅が広がります。
一度でも食べたことがあれば「こういう味だよ」と人に説明できるようになり、コミュニケーションにプラスをもたらします。
もちろんあなたの世界観が広がり、心も大きく成長します。
「地球上にある食べ物をすべて食べきってしまったらどうしよう」
そんな不安があるなら無用の心配です。
地球上は、何万・何十万という膨大な数の食べ物があります。
一生かかってもとうてい食べきれません。
初めての食べ物を毎日1つずつ食べたとしても食べきれません。
安心して、どしどし新しい食べ物にチャレンジしていってください。
私たちは今、食のワンダーランドに生きています。
魚、果物、野菜など、いろいろな食があり、多種多様な味が存在しています。
生で食べることができなければ、調理することで食べることができるようになります。
人生は一度しかありません。
せっかくこの世に生まれて生きているのです。
できるだけいろいろな食べ物を食べて、いろいろな味を知り、食のバラエティーを楽しむのがいい。
食のバラエティーを楽しむことは、人生を満喫することにつながります。
あなたの成長はもちろんのこと、人生もどんどん豊かになります。
まずいからといって「まずい、まずい」と騒がないでください。
「正直に言っているだけ」と思うかもしれませんが、ネガティブな発言を連発するのは良くありません。
その食べ物も、好きでまずくなっているわけではありません。
たとえば、人から「あなたの顔が嫌いです」と言われる状況があるとします。
「顔を嫌い」と言われてもどうしようもありません。
本人に悪意はありません。
自然とその顔になっただけです。
生まれ持ったものであり、整形手術でもしないかぎり変えようがありません。
それは食べ物も同じです。
まずい食べ物の身になって考えてみてください。
あなたが「まずい味だね」と批判したところで、その食べ物はどうしようもありません。
食べ物に悪意はありません。
あなたを嫌がらせようと、その味になったわけでもありません。
自然とその味になっただけです。
最初からその味であり、調理でもしないかぎり変えようがありません。
「まずい、まずい」と批判したところで、その食べ物は「そう言われても仕方ない」と困り果てるでしょう。
まずいからといって、その食べ物に罪はありません。
「まずい、まずい」と騒がないでください。
やいやい責め立てるのは、食べ物に失礼です。
非のない相手を責めているのと同じです。
「まずい」は「変わった味」「面白い味」という表現に言い換えましょう。
ちょっと表現を変えるだけで受ける印象が変わります。
ポジティブな表現に変えれば、好意的に受け入れることになります。
失礼になることもないので安心です。
願わくは、まずい食べ物に感謝したい。
まずい食べ物とはいえ、食の豊かさに貢献している存在です。
世の中、おいしい食べ物ばかりでは味気ない。
まずい食べ物があるおかげで、変化に富んだ食の世界を実現できています。
なにより忘れてはならないのは「大切な命である」ということです。
まずい食べ物であれ、大切な命をいただくことに変わりありません。
肉に限らず、穀物でも植物でも果物でも、れっきとした命です。
あなたが食べるために、命を落とした存在があります。
まずい食べ物でも、存在価値を認め、感謝の気持ちを持つことが大切です。
食べてみたところ「まずい」と感じることがあります。
口の中に嫌な味が広がって不快感を覚えます。
気持ち悪く感じて、眉間にしわが寄り、表情が崩れます。
うがいをしたくなることもあるでしょう。
そんなとき、いらいらしてはいけません。
いらいらしたところでいいことは1つもありません。
「まずい!」と叫びたくなるかもしれませんが、ぐっと我慢です。
不快感を覚えるところですが、だからといって腹を立てても精神を無駄に消耗するだけです。
あなたの度量を広げる大切な瞬間です。
ここで心がけたい姿勢があります。
まずいと感じたら「まだ味覚が育っていないだけ」とどっしり構えていてください。
人に味覚は、年齢によって変化します。
一般的に年齢を重ねるにつれて、食の許容範囲が広がる傾向があります。
昔は苦手に感じていた味が、いつの間にかおいしく感じるようになることがあります。
昔は嫌いで食べられなかったものが、あるときから食べられるようになることも少なくありません。
不思議な話ですが、珍しいことではありません。
味覚が変化して、食の許容範囲が広がります。
あなたの味覚の許容範囲は、毎日少しずつ広がっています。
自分でも気づかないくらい、少しずつ広がっています。
「嫌いな食べ物が好きな食べ物になった」という奇跡のような大変化が起こることもあります。
それを食べておいしく感じなくても諦めないでください。
まずいのではありません。
まだ味覚が育っていないだけです。
今はまずくて味を楽しめなくても、この先はわかりません。
だんだん味覚が育っていき、いつの日かおいしく感じるようになる可能性があります。
1年後、3年後、5年後になるかもしれません。
時には10年以上も先になることもあるでしょう。
「おいしく食べられるなんて絶対あり得ない」と思うこともでも、0%ではありません。
いつになるかはわかりませんが、それをおいしく楽しめる日を待ち望むことです。
年齢を重ねて味覚が育っていけば、にこにこしながらおいしく楽しめる日がやってくる可能性があります。
そういう希望を持って、食の可能性を信じることです。
だからどっしり構えるのです。
「まだ味覚が育っていないだけ」と。
期待すればするほど、おいしく楽しめる可能性が現実的になります。
おいしく楽しめる日も早く近づきます。
「年を取ってから脂っこいものが苦手になった」
「若いころのように、脂っこいものをがっつり食べるのはちょっと苦しい」
「年齢を重ねていくにつれて、あっさりした食事を好むようになった」
そんな声を聞くことがあります。
年を取ると脂っこい食べ物が苦手になることが少なくありません。
これは医学的にも証明されています。
脂っこいものを食べると、多量の脂肪分を摂取することになります。
加齢によって胃の機能が低下すると、脂肪分の消化機能や排泄機能が弱くなり、消化不良を起こしやすくなります。
結果として、それが不快感や胃もたれの原因になってしまうのです。
ひどい場合となると、下痢を起こすことも少なくありません。
年を取って脂っこいものが苦手になるケースは事実であり、医学的にも説明のつく現象です。
さて、年を取って脂っこいものが苦手になったとき、よくあるパターンがあります。
「脂っこいものは絶対無理」という完全否定に変わるケースです。
いったん脂っこいものが苦手になると、思い込みが誇大化して、最初から完全に脂っこいものを避けるケースが少なくありません。
もちろん無難に避けておけば安心ですが、ちょっともったいないのです。
いきなりレッドカードを振り上げている状態です。
食べられるものが減ることになり、食の可能性を狭めることになります。
「もう年だから勉強しても無駄」「もう年だから運動なんて無理」「もう年だから転職できない」と言っているのと同じです。
年齢を言い訳にして最初から諦めないことです。
たしかに脂っこいものは苦手になったかもしれませんが、だからといって「まったく食べられない」は大げさです。
あくまで苦手になっただけのことです。
まったく一口も食べられなくなったわけではありません。
いつの間にか大げさに解釈して「脂っこいものは絶対無理」と思わないことです。
完全に否定すると、食の楽しみが制限されてしまいます。
ここで大切なことがあります。
脂っこい食べ物は「少量」で楽しむようにしましょう。
避けるべきは、あくまで大量摂取です。
年のせいで脂っこいものが苦手になれば、少量の範囲で楽しめば問題ないでしょう。
「少量では意味がない」と思わないでください。
少量でも、きちんと食べることに変わりありません。
「少量では迷惑がかかる」と思う必要もありません。
つくる段階や注文の段階で調整すればいいことです。
ビュッフェであれば、取るタイミングで量を調整すればいいでしょう。
加齢によって胃の機能が低下していても、少量であれば無理なく楽しめるでしょう。
少量ですら無理という場合は仕方ありませんが、少量なら大丈夫という場合も多いはずです。
若いころの半分の量でも十分です。
半分が無理なら、3分の1でもかまいません。
少量でも、よく噛んでゆっくり食べれば、十分おいしく楽しめます。
噛めば噛むほど、唾液の分泌も促され、消化もよくなります。
年のせいで食の可能性を制限しないでください。
おいしいものは、年齢を重ねてもおいしくいただきたいもの。
脂っこいものが苦手になったとはいえ、少量であれば、年を取ってもまだまだ楽しめます。
一度も入ったことのないお店が、あなたを呼んでいます。
普段どおり過ぎてばかりで、ちらっと見る程度です。
そのお店の声に気づいていますか。
お店があなたを呼んで誘っています。
「何も聞こえない」と思うかもしれませんが、それは耳で聞こうとしているからです。
耳で聞くのではありません。
心で聞くのです。
耳を澄ますのではなく、心のアンテナを研ぎ澄ましてください。
「おいで、おいで」という声に気づくことです。
お店は人ではありませんが、だからといってしゃべらないというのは誤解です。
お店も、1つの生き物であり、生命体です。
何の変哲もないお店ですが、人のようにあなたを誘っています。
にもかかわらず、あなたはその声に気づかず通り過ぎています。
うすうすあなたも気にはなっていますが、あまり深く気に留めません。
ちらっと見て、そのままスルーです。
先月も先週も通り過ぎてばかりです。
お店は「今日も入ってくれなかった」と残念がっています。
いま一度お店の声に気づくことです。
新しい世界は、遠くにあるのではありません。
意外と身近なところにあります。
今までずっと入らなかったお店に入るだけでいいのです。
勇気は必要ありません。
「おいで、おいで」と誘われるがままに入っていけばいいのです。
そこには素晴らしい感動とおいしい食体験が待っています。
素晴らしい歓迎を受けるでしょう。
今日のあなたはいつもと少し違います。
この記事を読んだことで、感性が高まって気づけるようになりました。
今まで気づかなかったお店の声に、今日ようやく気づきました。
ほら、また聞こえてきました。
お店があなたを呼んでいます。
せっかくお店から誘われているのですから、ぜひ応えましょう。
今までずっとスルーしていましたが、今日は特別です。
今日初めてそのお店に入るのです。
簡単に新しい未来を切り開けます。
おいしいものを食べると、私たちは感動します。
「わあ、なんておいしいのだろう!」
あまりのおいしさに感動の悲鳴を上げるでしょう。
全身に鳥肌が立つでしょう。
「こんなおいしいものを食べることができて生きていて良かった」と思うでしょう。
大げさではなく、本気でそう思うことがあるはずです。
おいしいものを食べて感動することがあるはずです。
ここで気になることがあります。
「食の感動」といえば、おいしいものばかりイメージしますが、その限りではありません。
目を向けてほしいのは「まずいもの」です。
ぜひ、まずいものにも感動してください。
おいしいものを食べて感動することがあるなら、まずいものを食べて感動することもあっていいはずです。
食の世界は不思議に満ちあふれています。
世の中には多種多様の食べ物が存在して、それぞれにユニークな味があります。
信じられないほどおいしいものが存在するように、信じられないほどまずいものも存在します。
「わあ、なんてまずいのだろう」
まずいものを食べると、めまいがして頭がくらくらします。
本当にまずいものは、口にした瞬間、すぐ吐き出したい衝動に駆られます。
しかし、それが食用として売られているということは、誰かがおいしく食べているということ。
「こんなまずいものを誰が食べるの?」と思いますが、人によって味覚が異なるように、それをおいしく食べる人がいます。
「まずいものに感動できない」
それは固定観念です。
まずいものでも感動できます。
感動とは「心を強く動かされること」をいいます。
心を強く動かされる点では、おいしいものもまずいものも同じです。
あなたの頭の中に「まずいもの=感動」という価値観をインストールしましょう。
おいしいものに感動するように、まずいものにも感動してください。
食の感性が磨かれ、あなたは感動の幅が広がります。
おいしいものを食べて感動しますが、まずいものを食べても感動しましょう。
感動は、たくさんあればあるほどいいものです。
「まずいものにも感動する」という価値観で生きれば、人生の楽しみは2倍に広がります。
フランス料理のフルコースでは「ドーム型をした銀色のふた」が登場することがあります。
お皿の上にかぶさっていて、中には料理が入っています。
あのふたのことを「クローシュ」と呼びます。
ふたがされているので自分でクローシュを開けたくなりますが、ちょっとだけ我慢しましょう。
クローシュは、自分で開けないのがマナーです。
料理がテーブルに運ばれれば、お店の人がすぐ開けてくれるでしょう。
クローシュを開けるのはお店の人の仕事です。
クローシュは料理の鮮度や温度を保つ意味もありますが「演出」としての役目も含まれています。
演出のためにわざわざふたがされているのであって、それを自分で開けては台無しです。
たとえば、4人で食事をしていて、クローシュのついた料理が4人分運ばれてきたとします。
お店の人がアイコンタクトでタイミングを合わせて、同時に4人のクローシュを開けてくれるでしょう。
中からおいしそうな料理が登場して「わあっ!」となるのが演出です。
お店の人からのサービスを受け取ったら、次はあなたがリアクションをする番です。
このとき、笑顔で「わあ、おいしそう」とつぶやけば、お店の人は心の中でガッツポーズをするはずです。
ほんの一瞬の演出ですが、感動的なシーンです。
フルコースの見せ場の1つ。
感動の瞬間を目に焼き付け、しっかり楽しみましょう。
「食べるのが趣味」という人を見かけることがあります。
「趣味は食べることです」
そう聞いたとき、あなたはどんなリアクションをするかです。
「食いしん坊だね」
「子どもみたいだね」
「食欲が旺盛だね」
ちょっと見下すような感じでばかにしていないでしょうか。
「食べること以外に楽しみがない」といったように聞こえ、鼻で笑ってしまいそうですが、ちょっと待ってください。
これは大きな誤解です。
食べるのが趣味という人をばかにしてはいけません。
ばかにするどころか学ぶべきところがあります。
食べることを趣味にするのは悪いことではありません。
基本的欲求に忠実です。
当たり前のことを当たり前に楽しんでいます。
食べるのが趣味をばかにしていると、素直に食べることを楽しめなくなります。
趣味は本来、何でもいいのです。
周りからとやかく言われる筋合いはありません。
趣味の決め方にルールはありません。
読書や映画鑑賞といった定番ばかりが趣味ではありません。
自分がそれに喜びと楽しみを見いだしているなら、どんなことでも趣味になります。
もちろん食べるという普通の行為も、れっきとした趣味になります。
「食べるのが趣味」という人をよく見てください。
きっとその人は、いつも幸せそうな雰囲気を醸し出しているでしょう。
いつもにこにこしていて、明るい笑顔を振りまいているはずです。
ちょっと小太りかもしれませんが、いつも前向きに元気いっぱいで生きているはずです。
なぜ「食べるのが趣味」という人は、いつも幸せそうなのか。
私たちは、毎日何かを食べています。
食べることが趣味ということは、毎日欠かさず趣味を楽しめることになります。
1日3食の人なら「1日3回は趣味を楽しめる」ということです。
わくわくするイベントが数時間ごとにあるということです。
これで幸せにならないわけがありません。
だから「食べるのが趣味」という人は、いつも笑顔と幸福感に満ちあふれています。
私たちは「食べるのが趣味」という人から見習う点があると言えるでしょう。
「食べるのが趣味」という人に不幸な人はいないのです。
「食べるのが趣味」という人をばかにしてはいけません。
むしろ素直に素晴らしいと認めましょう。
あなたもぜひ見習って、食べることを趣味にしてください。
恥ずかしげもなく「食べることが趣味」と言える度胸も見習いたい。
趣味はたくさんあっていい。
趣味の数に制限はありません。
食べることを趣味にすることは、食生活を豊かにすることです。
食べることが趣味になれば、毎日趣味を楽しむことになります。
1日3回食事をするなら、1日3回趣味を楽しむことになります。
今の趣味に加えて食べることも趣味にすれば、楽しみの範囲が広がって、ますます人生が素晴らしくなります。
人と食事の際、こちらが食事代を全額負担することがあります。
「今日の食事代は、こちらで全部出しますね」
食事の場では、割り勘がふさわしくない場面があります。
状況や雰囲気によっては、どちらか一方が食事の全額を負担するほうが会計はスマートということがあるでしょう。
友人や同僚など相手と対等の立場であれば、全額負担をしたり・してもらったりすることがあるものです。
このとき「全額負担の順番は交互でなければいけない」と思っていませんか。
たしかにお金のやりとりは「順番」が大切です。
一般的な順番としては「全額負担してもらったなら、次は全額負担してもらう番」という流れでしょう。
貸し借りのバランスをキープしたいのは当然のこと。
なかなかおごってもらえないと「次はおごってもらう番なのに忘れているのかな?」と首をかしげることがあるかもしれません。
しかし、これはあくまで一般にすぎません。
常識やルールにとらわれないでください。
全額負担の順番は、不規則でもいいのです。
「交互でなければいけない」というのは先入観です。
全額負担の順番は、交互ではなく、ちょっと偏ってもいいのです。
2回続けて全額負担することもあっていい。
相手に貸しを増やすことになりますが、あとから返してもらえばいいだけです。
別の機会でまとめておごってもらうのもいいでしょう。
たとえば、こちら2回続けて全額出したなら、別の機会に相手から2回続けて全額出してもらうようにします。
順番は少し偏ってはいますが、最終的に貸し借りのバランスが整います。
こちらが3回続けて全額負担して、相手から3回続けて全額負担してもらうのもありです。
3回分を、1回の大きな食事代でまとめて返してもらうのもいいでしょう。
最終的に貸し借りのバランスが整えばいいのです。
相手に食事を全額負担してもらって「次はこちらで食事代を出します」ということがあるでしょう。
食事代を出してもらってばかりで回数を忘れそうなら、メモしておくといいでしょう。
直接お金を貸し借りしているわけでないものの、食事を通した貸し借りがあるのは事実です。
日記やスケジュール帳に食事代を出してもらった日をメモしておきます。
どれだけ食事代を出してもらったのか確認しやすくなって、ど忘れを防げるのです。
食べるという行為は、生きているうちしかできません。
当たり前のことですが、この素晴らしさに気づくことが大切です。
食べるという行為は毎日行うことであり、まったく普通で日常的なことです。
あふれた感覚があると、なかなか食べる素晴らしさに気づくのは難しいもの。
どうすれば、食べる素晴らしさに気づけるのか。
ここで、ぜひあなたに試してみてほしいことがあります。
「これが人生最後の食事」と思いながら食べることです。
とある事情があって、あなたは余命が半日の状況だとします。
あと数時間後に死ぬことがわかっています。
延命治療はできず、避けようのない状況です。
目の前にあるのは、人生最後の食事です。
そういう状況を思い浮かべてみてください。
なかなか難しいかもしれませんが、あくまで想像でいいのでイメージしてみてください。
できるだけ本気で思い込んでみることが大切です。
すると、いつもと違った感覚になるでしょう。
「ああ、これが人生最後の食事なのだね。なんていとおしいのだろう。じっくり味わって食べよう」
目の前の食事が貴重なものに感じるでしょう。
平凡な食事が美しく感じるでしょう。
一口一口をじっくり味わって食べようと思うでしょう。
普通の味が、とてもおいしく感じるでしょう。
普段何気なく食べている食事でも、言葉では言い表せないほど感動して、涙腺が緩くなるはずです。
人生最後の食事と思えば、どんな食事でも感慨深くなります。
死んでしまえば、もう食事をしたくてもできません。
食べることはもちろん、味わうこともできなくなります。
おいしいと感じることができなくなります。
甘味・塩味・酸味・苦味・うま味・脂肪味のすべての味覚が感じられなくなります。
そもそも食べること自体が不可能になります。
食べることができるのも生きているうちです。
期間限定なのです。
あなたは今、何気なく食べているかもしれません。
それは生きているからできることです。
平凡で当たり前のことですが「期間限定の楽しみ」です。
食事を楽しめるのは、生きているうちだからできること。
食の感謝を忘れかけたとき「これが人生最後の食事」と思いながら食べてください。
忘れかけていた食への感謝を思い出せます。
どんな食事でも感慨深くなります。
食の感謝をして、しすぎることはありません。