あなたは、自分が幸せになることをためらっています。
幸せになれるチャンスがあっても「なんだか申し訳ない」「ちょっと怖い」「本当にいいのかな」と尻込みをしています。
つまり、幸せのブレーキを踏んでいる状態です。
私たちは学校で山ほど勉強をしてきました。
国語、社会、理科、数学、英語。
何百時間、何千時間と費やしてきました。
あなたの大好物は何ですか。
チョコクレープ、モンブランケーキ、抹茶フラペチーノ、みそラーメン、カレーハンバーグドリア。
「大好きな食べ物」と言えるものがあるでしょう。
今日は何回「ありがとう」と言いましたか。
また一度も口にしていないなら、今すぐにでも機会を見つけて言うようにしましょう。
感謝の言葉を言う機会がないと思っているなら誤解です。
ある日、行きつけのレストランに行きました。
お店の人から「いつもご来店ありがとうございます」と言われました。
そんなときはこう言いましょう。
与えて、減るものと減らないものがあります。
物質的なものは、与えると、自分の分が減ります。
相手が喜ぶ物質的なものといえば、たとえば「お金」です。
「誕生日を祝う」
そう聞いてまず思い浮かべるのは「誕生日プレゼント」でしょう。
誕生日プレゼントを贈るのは、世界共通の習慣です。
私たちの日常には、さまざまなリズムがあります。
仕事のリズム、運動のリズム、生活習慣のリズム。
リズムに乗れば、テンポよくすいすい進みます。
親の手料理、恋人の手料理、シェフの手料理。
食事に満足できたとき、相手に何を言いますか。
そうです「おいしかった」の一言ですね。
夜あまり寝られず、睡眠不足で朝を迎えることがあります。
気持ちのいい朝を迎えたかったのに、それが叶いませんでした。
普段はスムーズに入眠できても、大切な日の前日は、緊張や興奮でどきどきして、寝られにくいことがあるのではないでしょうか。
自慢がいけないわけではありません。
たまには自慢をしてもいいのです。
自慢も会話ネタの1つです。
あなたにとって「大切な存在」は何ですか。
すでにあなたは大切な存在に囲まれて生きているでしょう。
大切な家族、友人、恋人、ペット。
前向きなあなたに、ぜひ身につけていただきたい口癖が2つあります。
「すてき」と「素晴らしい」です。
どちらも魅力を褒めたたえる代表的な言葉。
これからの自分に期待してください。
「期待できることはない」と思うかもしれませんが、小さなことでかまいません。
何か1つでもいいので、期待できることを見つけるのです。
「犠牲にする」とは何か。
ある目的を達成するために、代わりとして大切なものを捧げることをいいます。
好きなことをするには犠牲が必要と思っていないでしょうか。
不幸なことが起こって悲観することがあります。
「不幸なことが起こってつらい」
「つらいことばかり。不幸な人生だ」
いいことをしたいなら、ティッシュ配りに着目してください。
街なかを歩いていると、ティッシュ配りの人を見かけることがあるでしょう。
道行く人に「よろしくお願いします」とティッシュを差し出す姿が印象的です。
いいことがあったら人に話しましょう。
その日のうちに、誰か身近な人に話してください。
いいことが起こったら、その出来事は「話のネタ」になります。
けなされたくないなら、文句や悪口を禁句にしてください。
人はけなすのに、自分はけなされたくないなんて、そんな都合のいい話はありません。
けなされて嬉しい人はいません。
いい話を聞くためにはどうすればいいのでしょうか。
「いい話を聞かせてください!」
ストレートにお願いをすればいいと考える人もいるかもしれませんが、実際はどうでしょうか。
興味を持てるかどうかは、対象によって変わるのが一般的です。
興味のあることなら、自然と積極的になれるでしょう。
たとえば、興味のある本・映画・話題です。
世間では「人生は目的があったほうがいい」といわれています。
親や先生から「目的のない人生はよくない」「目的を持って生きなさい」と諭された人も多いでしょう。
「人生では目的を設定すべきだ」
元気は、自分だけがなればいいというものではありません。
友人も一緒に元気になってもらわないと、本当の元気とは言えないのです。
自分だけが元気でも、友人が悲しくて落ち込んでいたら、こちらも本当に元気になれません。
相手の幸せを願うためにはどうすればいいのでしょうか。
言葉に出して伝えるのも良し。
声に出して願うことで、相手の耳に届くでしょう。
「人のために何かする」
そう聞いたとき「損をするだけ」と考える人がいるようです。
わざわざ時間や労力を割いて、相手のために何かをするのは無駄と思っているようです。
誕生日、バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマス。
プレゼントの主役は、もらう側と贈る側のどちらでしょうか。
おそらくほとんどの人が「もらう側」と答えるはずです。
余裕のある人になりたいなら、ある癖をやめましょう。
それは「詰め込む癖」です。
詰め込む癖は悪い癖です。
あなたが大切な人にプレゼントをする日といえば、どんな日ですか。
プレゼントというくらいですから、特別な日に贈ることが一般的でしょう。
誕生日や記念日、バレンタインデーやホワイトデー、父の日や母の日。
独占したがるのは、悪い癖です。
もちろん独占するのが悪いのではありません。
禁止というわけでもありません。
嬉しいことがあったとき「やった!」と思います。
「嬉しい!」「楽しい!」「幸せだ!」と思い、しばらく感動に浸るでしょう。
感動の余韻を楽しんで勢いに乗っているところで、ぜひ取り組んでほしいことがあります。
あなたは、自分が幸せになることをためらっています。
幸せになれるチャンスがあっても「なんだか申し訳ない」「ちょっと怖い」「本当にいいのかな」と尻込みをしています。
つまり、幸せのブレーキを踏んでいる状態です。
たしかに自分が幸せになることは、ちょっとした葛藤があるものです。
ほかの人を出し抜いたり、追い抜いたりする印象があって、抵抗を感じる人もいるかもしれません。
うらやましがられる一方で、ひがまれたり妬まれたり恨まれたりして、面倒が増える心配をする人もいるでしょう。
「自分だけ幸せになるのはどうなのだろう」と複雑な心境になります。
つい自分から幸せのブレーキを踏んでしまうのです。
ブレーキを踏んでいては、なかなか幸せになれないのも当然です。
ここで気づいてほしいことがあります。
幸せになるといっても、誰かに迷惑をかけるわけではありません。
実際のところ自分だけ幸せになるわけではありません。
ほかの人を幸せにさせることにもつながります。
あなたの幸せは、あなただけの幸せではありません。
ほかの人の幸せでもあるということです。
あなたが幸せになると、自然と笑顔が増えます。
発信する言葉がポジティブになることで、周りを明るく照らします。
あなたの明るいオーラを漂わせることで、幸せな雰囲気を広げていけます。
前向きな言葉や行動が増えることで、周りにプラスの影響を与えることができるようになります。
それは意識的に行われることもあれば、無意識のうちに行われることもあります。
あなたの影響を受けた人が感謝するようになるでしょう。
「パワーをいただきました」
「元気が出てきました」
「私も幸せになれました」
少なくとも1人は、あなたの影響を受けて幸せになる人がいます。
幸せになれなくても、前向きな気持ちになってくれる人がいます。
全員ではなく、1人でいいのです。
1人を幸せにできれば、十分な功績です。
あなたが幸せになることは、人のためになります。
自分が幸せになることは、別の誰かを幸せにするということです。
幸せになることはいいことなのですから、ためらう必要はありません。
しっかり幸せのアクセルを踏んでください。
ためらうことなく、堂々と幸せになりましょう。
幸せになるチャンスがあれば、喜んで飛び込んでいきましょう。
勇気が必要であれば、目をつぶって飛び込んでいけばいいだけです。
あなたの幸せを妬む人もいるかもしれませんが、無視すればいいことです。
あなたの幸せを歓迎してくれる人とだけ付き合いましょう。
幸せのブレーキは踏まず、幸せのアクセルだけ踏みましょう。
ためらうことなく幸せになってください。
あなたが幸せになることは、社会貢献です。
私たちは学校で山ほど勉強をしてきました。
国語、社会、理科、数学、英語。
何百時間、何千時間と費やしてきました。
数え切れないほどの試験を受けてきました。
人との接し方やコミュニケーション能力も学びました。
社会に出てからも、資格や免許を取得するため、別の学校に通うこともあるでしょう。
学校に行けば、カリキュラムに沿って質の高い授業が受けられます。
怠けがちな人でも、学校に行けばやらざるをえない状況になるので取り組みやすくなります。
もちろん学校の勉強は大切ですが、一方で「ある勉強」がぽっかり抜けている状態です。
それが「人生を楽しむ勉強」です。
私たちは、学校の勉強に偏り、人生を楽しむ勉強が抜けています。
楽しく生きる方法がわからなければ、苦労やストレスに振り回されるでしょう。
「一生懸命勉強しているのに何か満たされない」ということになります。
「生きていてもむなしい」「人生をどう楽しめばいいかわからない」と人生の袋小路に迷い込むことも少なくありません。
どれだけ成績がよかろうと、どれだけ学歴が高かろうと、人生を楽しむことができなければ苦痛の毎日になります。
楽しく生きることにも勉強が必要です。
人生を楽しむ勉強は、学校の勉強以上の基本です。
考え方を学んだり生き方を見つめ直したりすることは、人生における重要な取り組みです。
それもそのはずです。
私たちは、人生を楽しむ勉強がぽっかり抜けているからです。
人生を楽しむ勉強をすれば、生きることのストレスが小さくなります。
苦痛や苦労すら快感になります。
前向きに考えることで、日々の日常を明るく生きられるようになります。
私たちは、お金がなくても生きられますが、希望を失っては生きていけません。
人生は楽しむためにあります。
人生は、生まれてから死ぬまで、歩き続ける道のりです。
人生を楽しめなければ、生きている意味がありません。
あなたは人生を楽しむために生まれてきました。
すでに人生を楽しんでいるなら、もっと楽しめるように工夫してください。
学校の勉強はもう十分です。
いったん学校の勉強はお休みをして、人生の基本的な勉強をしましょう。
これからは「人生を楽しむ勉強」に力を入れましょう。
人生を楽しむ勉強は、学校の勉強以上に大切な基本科目です。
あなたの大好物は何ですか。
チョコクレープ、モンブランケーキ、抹茶フラペチーノ、みそラーメン、カレーハンバーグドリア。
「大好きな食べ物」と言えるものがあるでしょう。
落ち込んでいても、大好物を食べるとすぐ元気が出ます。
嫌なことがあっても、一瞬で吹き飛んで癒やされます。
大好物を食べているときは、時間を忘れ、幸せな気持ちに包まれます。
さて、ここで朗報です。
普通に大好物を食べるとき、もっとおいしく食べる方法があります。
誰でもできて今すぐ実行できます。
大好物を食べるとき、次の一言を唱えましょう。
「大好物を食べることができて幸せ!」です。
心の中で静かに唱えましょう。
周りに人がいなければ、声に出して言うのもいいでしょう。
「大好物を食べることができて幸せ!」
するとどうでしょう。
この一言を唱えてから食べると、不思議なことが起こります。
不思議といつもよりおいしく感じることでしょう。
味わいが鮮明になり、おいしさが倍増して、幸福度がアップします。
普段より贅沢なひとときが味わえるはずです。
嘘だと思うなら試してみてください。
「大好物を食べることができて幸せ!」と思ってから食べると、明らかに普段よりおいしく感じられるはずです。
なぜこのような現象が起こるのでしょうか。
「大好物を食べることができて幸せ!」と唱えることで、おいしく食べる集中力が高まるからです。
大好物を食べることに意識を向けると、感覚が研ぎ澄まされ、より深くまで感じられるようになります。
また大好物を食べることができる幸せにも気づけます。
いったん足を止めて、日常の幸せに気づくことで、はっと感動します。
「私は幸せの瞬間を味わっている」という自覚が促され、心に幸福感がじんと響き渡ります。
結果として、ますますおいしく感じるようになるのです。
「単なる気持ちの問題にすぎない」と思う人もいるでしょう。
たしかに気持ちの問題であり、思い込みの一種ですが、効果があるのは事実です。
同じ料理でも、意識によって感じ方が変わります。
せっかく大好物を食べるのですから、できるだけおいしくいただきたいものです。
大好物をじっくり味わう習慣があれば、生活の質が向上して、毎日がもっと明るくなります。
「大好物を食べることができて幸せ!」は、大好物をもっとおいしく食べるおまじないです。
今日は何回「ありがとう」と言いましたか。
また一度も口にしていないなら、今すぐにでも機会を見つけて言うようにしましょう。
感謝の言葉を言う機会がないと思っているなら誤解です。
お店でお会計をするとき、店員さんにお礼を言うタイミングがあるでしょう。
バスから降りるとき、運転手さんにお礼を言うタイミングがあるでしょう。
友人から有益な情報を教えてもらったときも、感謝の言葉を口にできるはずです。
「ありがとう」の回数は、あなたの魅力と比例します。
ことあるたびに感謝の言葉を口にしたほうがいいのです。
心の中で思うだけでなく、きちんと言葉に出して言うことが大切です。
「ありがとう」と1回でも多く口にするためには、気づきの力を高め、小さなことにも感謝することです。
大きな好意や親切があったときだけでなく、小さな好意や親切があったときにも、きちんと口にしてください。
「わざわざお礼を言うほどのことでもない」と思うことにも、きちんとお礼を言ったほうがいいのです。
魅力的な人は、いつも感謝の言葉を口にしているのが特徴です。
ことあるたびに感謝の言葉を口にしているので、いつも明るい雰囲気があって、きらきら輝いています。
感謝ができる人は、人としての魅力にあふれています。
感謝は運やチャンスを引き寄せる力があるため、感謝すればするほど人や仕事が集まってきます。
魅力があるから「ありがとう」と言うのではありません。
「ありがとう」と言うから魅力がアップするのです。
ありがとうを1回でも多く言うようにしてください。
良いことはあっても悪いことはありません。
失うものは何もないのですから、たくさん言ったほうが得です。
感謝の言葉を言えば言うほど魅力がアップするのですから、言わなければ損です。
最低でも1日10回はありがとうと言いたい。
感謝の言葉は、言いすぎることはありません。
「ありがとう」の数は、あなたの魅力と比例するのです。
ある日、行きつけのレストランに行きました。
お店の人から「いつもご来店ありがとうございます」と言われました。
そんなときはこう言いましょう。
「こちらこそ、いつもおいしい料理をありがとうございます」と。
ある日、行きつけの美容院に行きました。
お店の人から「いつもご来店ありがとうございます」と言われました。
そんなときはこう言いましょう。
「こちらこそ、いつも髪を切っていただいてありがとうございます」と。
ある日、行きつけのクリーニング店に行きました。
お店の人から「いつもご来店ありがとうございます」と言われました。
そんなときはこう言いましょう。
「こちらこそ、いつもきれいにしていただいてありがとうございます」と。
一般的に感謝の返事は「どういたしまして」です。
私たちは家でも学校でも、そう教わりました。
もちろん「どういたしても」で正しいのですが、もっと素晴らしい返事があります。
感謝をされたら、感謝で返しましょう。
「こちらこそありがとうございます」と言えるようになりたい。
行きつけのレストランでは、おいしい料理を楽しませてもらっています。
行きつけの美容院では、いつも上手に髪を切ってもらっています。
行きつけのクリーニング店では、いつも衣類をきれいにしてもらっています。
お金を払う立場でも、感謝の言葉を忘れずに伝えたい。
相手から感謝される立場でも、こちらも相手に感謝するところがあるはずです。
お互いに「ありがとう」を言い合う関係でいたいですね。
「ありがとう」の最高の返事は「ありがとう」なのです。
与えて、減るものと減らないものがあります。
物質的なものは、与えると、自分の分が減ります。
相手が喜ぶ物質的なものといえば、たとえば「お金」です。
お金を与えると相手は喜びますが、自分の分が減ります。
「プレゼント」も物質的です。
誕生日プレゼントも、相手はとても喜んでくれます。
もちろん物質的なものを否定しているのではありません。
ただ、物質的なものは有限であり、与える限界があると知っていただきたい。
物質で人を喜ばせることができても、限界があるため適度さが必要です。
しかし、精神的なものなら、いくら与えても、自分の分が減ることはありません。
たとえば「気配り」です。
相手を思いやる気持ちは、いくら与えても減ることはありません。
無限に与えることができるのですから、与えるなら、精神的なものを与えたほうが自分の損がありません。
「励まし」も減ることはありません。
「あなたならできるよ。大丈夫だよ」
励ますなら、いくらでもできるはずです。
そういう減らない精神的な喜びを、どんどん味わうことです。
物質的な喜びには限界がありますが、精神的な喜びには限界がありません。
あなたが差をつけるなら、精神的な喜びを与えることです。
いくら与えても減ることはないのですから、しすぎて破産することはありません。
自分のお金や立場を気にする必要もありません。
「誕生日を祝う」
そう聞いてまず思い浮かべるのは「誕生日プレゼント」でしょう。
誕生日プレゼントを贈るのは、世界共通の習慣です。
気持ちのこもったプレゼントを贈れば、それだけ感動して喜んでもらえるでしょう。
目に見える誕生日プレゼントは認識がしやすく、心に残って思い出になります。
誕生日ケーキや誕生日の花束も素晴らしい。
定番ですが、すてきなものは何度もらっても嬉しいものです。
しかし「誕生日には誕生日プレゼントが必要」と思っているなら、思い込みです。
誕生日を祝う基本は、もっとシンプルです。
お金も時間もかからず、もっと簡単な方法で誕生日を祝うことができます。
誕生日を覚えるだけでいいのです。
誕生日を覚えているだけでも、祝ったことになります。
「誕生日は○○月○○日ですよね。覚えていますよ」
「今日は誕生日ですよね。おめでとうございます!」
自分の誕生日を覚えてくれていると、嬉しいものです。
誕生日当日に言われるのもいいですが、普通の日に言われるのもいい。
誕生日を覚えるのは、意識しないとなかなかできません。
誕生日を覚えてくれたということは「わざわざ意識を向け、時間と労力を割いてくれた」ということです。
ちょっとしたことかもしれませんが、その優しさが相手を喜ばせます。
誕生日プレゼントがなくてもいいのです。
自分にはそれだけの価値があり、認められたということです。
だから誕生日を覚えてもらえるだけで嬉しく感じます。
誕生日を覚えることは、精神的なプレゼントです。
物質的なプレゼントを贈らなくても、誕生日を覚えるだけで祝ったことになります。
誕生日には「今日は誕生日ですよね。おめでとうございます」と祝いの言葉を贈りましょう。
祝いの言葉は目には見えないものですが、素晴らしい精神的なプレゼントです。
大切な人の誕生日を祝うなら、プレゼントも大事ですが、まず誕生日を覚えてください。
誕生日を覚えているだけで、誕生日を祝ったことになります。
祝いの言葉も、れっきとしたプレゼントの1つです。
私たちの日常には、さまざまなリズムがあります。
仕事のリズム、運動のリズム、生活習慣のリズム。
リズムに乗れば、テンポよくすいすい進みます。
自動的に進んでいくような感覚があって面白い。
背中を押されているかのような追い風を感じます。
スムーズに進むにもかかわらず、疲れにくくなり、不思議な感覚です。
気持ちのいい感覚があって、集中力と持続力があります。
リズムが大切なのは、すでにあなたも承知していることでしょう。
リズムは、絶対あったほうがいいのは間違いありません。
ここで気づいてほしいことがあります。
リズムと言えば「自然とできるもの」と思っていないでしょうか。
私たちは「リズムが大切」とわかっていながら、自然任せなところがあります。
「リズムができればいいな」「リズムに乗れるといいね」と思う程度です。
意識的にリズムをつくろうとしていません。
ここに改善すべきポイントがあります。
自然とリズムができることもありますが、それは良くありません。
自然に任せていては、上手にリズムをコントロールできません。
たまたま運よくリズムができればいいですが、そうでないときもあるでしょう。
これでは機会損失につながります。
「リズムができますように」と祈ってばかりでは、不毛な時間が過ぎるばかり。
スムーズに仕事ができるチャンスを、みすみす逃すことになります。
リズムをつくることに、もっと意識を向けましょう。
リズムは、自然とできるものではなく、意識をしてつくるものです。
リズムつくりは、仕事の質だけでなく、精神面にも影響するポイントです。
リズムを作ったほうが、質が向上するだけでなく楽しく快適に仕事ができるのですから、もっと積極的になるべきです。
仕事に取り組むときは、まずリズムをつくることに意識を向けてください。
儀式のような時間をつくるのも良し。
自分なりの方法でリズムに乗るのも良し。
「リズムをつくろう」と意識して、意図的にリズムをつくれるようにしておきましょう。
リズムさえできれば、物事は半分達成できたも同然です。
リズムに乗るのは、波に乗るのと同じです。
いったん波に乗ればすいすい進むように、リズムをつくって乗ることができれば、物事がすいすい進んでいきます。
とんとん拍子に進むようになり、瞬く間に仕事が進んでいくでしょう。
自然任せにしていると、人生をうまくコントロールできません。
リズムつくりにこだわってください。
リズムつくりの達人を目指しましょう。
リズムつくりがうまくなれば、人生のコントロールもうまくなります。
親の手料理、恋人の手料理、シェフの手料理。
食事に満足できたとき、相手に何を言いますか。
そうです「おいしかった」の一言ですね。
「おいしい食事でした」
「素晴らしい料理でした」
「本当においしくて幸せでした」
誰でも褒められると嬉しいものですね。
シンプルな一言ですが、だからこそ気持ちがストレートに伝わります。
おいしかったことを伝えると、それは褒め言葉となり、相手はにっこりほほ笑むでしょう。
「頑張って作ったかいがあった!」「料理の腕をもっと磨こう!」と喜んでくれるに違いありません。
もちろんおいしいことを伝えるのもいいですが、実はここに工夫があって、もっと喜んでもらえる方法があります。
おかわりをすることです。
おいしかったことを伝えるのは「言葉」ですが、おかわりをすることは「行動」です。
言葉は社交辞令が含まれていることがありますが、行動にはそれがありません。
相手に喜んでもらうなら、言葉より行動で示すのがいちばんです。
おかわりは、本当においしく感じている証拠です。
本当においしいとおかわりをしたくなるように、おかわりをすれば、自然と料理を褒めることになります。
相手は「料理に満足してくれている」「本当に喜んでくれている」と実感して、笑顔になってくれるでしょう。
「おいしかった」という一言がなくても、料理がおいしかったことを伝えることができます。
おいしかったことを伝えるのもいいですが、おかわりをするのはもっといい。
おなかに余裕があれば、おかわりをしてみませんか。
おかわりは、最高の褒め言葉です。
夜あまり寝られず、睡眠不足で朝を迎えることがあります。
気持ちのいい朝を迎えたかったのに、それが叶いませんでした。
普段はスムーズに入眠できても、大切な日の前日は、緊張や興奮でどきどきして、寝られにくいことがあるのではないでしょうか。
睡眠不足の朝は心も体もつらいですね。
全身に倦怠感があって、やる気も元気もなかなか出ません。
頭がずきずきして頭痛に悩まされることもあるでしょう。
このとき、睡眠不足になった自分を責めてしまう人がいます。
「また睡眠不足になってしまった。自己管理ができていない。自分が情けない」と。
睡眠不足のときはネガティブ思考にも陥りやすいため、なおさら自分を責めやすい傾向があるのです。
心当たりがあれば要チェックです。
ただでさえ睡眠不足で頭がぼうっとしているのに、そのうえ自分を責めてしまうと、ますます頭の働きが悪くなります。
さらに気分が下がってやる気も元気も失い、まさに最悪の状態となるのです。
睡眠不足になっても、自分を責めないことです。
こういうときは「気にしない」がいちばんです。
睡眠不足になったのは仕方ありません。
終わったことを悔やんだところで、時間が戻るわけではありません。
二度寝ができればいいのですが、会社や学校があって、そうもいかないときがあるでしょう。
時にはスムーズに寝られないときもあります。
睡眠不足の罪悪感が出てきても、振り払ってスルーしましょう。
睡眠不足の朝は、ネガティブになりやすいタイミングですが、あくまで前向きを心がけましょう。
気楽に考えたほうが、睡眠不足のつらさも軽くなるのです。
自慢がいけないわけではありません。
たまには自慢をしてもいいのです。
自慢も会話ネタの1つです。
コミュニケーションの一助になります。
たまには自慢を聞いてほしいことがあるでしょう。
もちろん自慢ばかりでは相手に嫌がられますが、たまには自慢をしてもいい。
自分に強みや長所があれば、アピールしたくなるのは普通です。
承認欲求があるのは普通のことであり、別に悪いことではありません。
自慢話とは、自己アピールの1つです。
上手に自慢すれば、あなたのことが相手に伝わって理解が深まるでしょう。
特に頑張ったことや努力の成果は、思い入れが強くあり、誰かに聞いてもらいたいもの。
「どうしても聞いてもらいたい!」
そんなときは自慢をしてもいいのです。
ただし、自慢をするときには注意があります。
「爽やかな言い方」を心がけましょう。
偉そうな言い方は厳禁です。
嫌みや不快感が出ないよう、できるだけ爽やかな言い方を心がけることが大切です。
では、スマートに自慢するにはどうすればいいのでしょうか。
いきなり自慢を始めるのではありません。
にこにこしながら「ちょっと自慢してもいい?」と許可をもらってから始めればいいのです。
にこにこしながら相手にお願いしてみましょう。
「ちょっと自慢してもいい?」と。
明るくお願いするような言い方なら、相手に威圧感を与えません。
「どんな内容なのだろう?」と興味を持ってくれれば、相手も了承してくれるでしょう。
許可をもらえれば、堂々と自慢ができます。
相手に了承を得てから自慢することになるので、嫌な感じがしません。
「さあ、これから自慢話をされる」とわかります。
相手は心の準備が整うので、不快を感じにくくなります。
相手にとっては「話してもいいですよ」と了承したことになるので、快く受け入れてくれるでしょう。
少しくらい露骨でも、好意的に受け止めてもらいやすくなります。
同じ自慢でも、いきなり始めるのと許可をもらってから始めるのとでは印象が違います。
許可をもらってから始める自慢のほうが、相手に受け入れてもらいやすくなります。
自慢がいけないのではありません。
いきなり始める自慢がいけないのです。
相手に許可をもらえば、堂々と自慢ができます。
また、自慢の内容を話すときも、爽やかな言い方を心がけましょう。
「偉そうな話し方」は避け「謙虚な話し方」を心がけます。
上から目線にならないよう、事実を淡々と述べる話し方をすれば、嫌みがなくなります。
スマートに自慢できる方法は、事前の了承にあるのです。
あなたにとって「大切な存在」は何ですか。
すでにあなたは大切な存在に囲まれて生きているでしょう。
大切な家族、友人、恋人、ペット。
大切な存在は「人」とは限らず「物」ということもあります。
大切なボールペン、スマートフォン、ノートパソコン、ビジネスシューズ、化粧道具。
大切な存在があるのは素晴らしいことです。
大切な存在には親しみと愛着があり、あなたに幸せをもたらしてくれます。
大切な存在に囲まれて生きていると守られているように感じます。
居心地がよくてほっと安心できます。
大切な存在に支えられたり元気をもらったり勇気づけられているでしょう。
大切な存在は、人や物に関係なく、人生の素晴らしいパートナーです。
大切な存在は日頃から大切にしていることでしょう。
人であれば、連絡を取り合ったり一緒に出かけたり食事をしたりしているでしょう。
物であれば、きれいに磨いたりメンテナンスをしたりしているでしょう。
大切な存在はかけがえのない存在ですから、これからも引き続き大切にしていきましょう。
さて、ここでちょっと注意したいことがあります。
大切な存在が幸せをもたらしてくれるなら、大切な存在はたくさんあればあるほどいいと思うかもしれません。
これは違うのです。
大切な存在があるのはいいですが、増やしすぎてはいけません。
たくさんありすぎると、大切にしたくてもできなくなるからです。
人のリソースは有限です。
あなたは世界で1人しかいません。
あなたの時間・お金・労力には限りがあります。
大切な存在には丁寧なケアが必要であり、丁寧なケアにはリソースが必要です。
たくさん存在がたくさんありすぎると、ケアに割くリソースも増えることになります。
いろいろなものを大切にしようとすると、それぞれにきちんと手が回らなくなります。
大切な存在も、必要以上にたくさんあると、生活も人生もごちゃごちゃしてきます。
人生を豊かにするつもりで安易に大切な存在を増やすと、かえって人生が貧しくなるのです。
大切な存在は、安易に増やすのではありません。
絞るのです。
安易に数を増やすのではなく、むしろできるだけ増やさない努力をすること。
大切な存在を減らして絞れば、それぞれに割けるリソースも増えるので、丁寧なケアができるようになります。
数の許容範囲は人によって違いますが、たっぷりケアができる範囲を目安にするといいでしょう。
丁寧なケアができれば、親しみと愛着がさらに深まり、いっそうかけがえのないものになります。
大切な存在が少なくても、本当に深い絆があるなら、たっぷり幸せを感じることができます。
大切な存在は、量より質なのです。
前向きなあなたに、ぜひ身につけていただきたい口癖が2つあります。
「すてき」と「素晴らしい」です。
どちらも魅力を褒めたたえる代表的な言葉。
シンプルな一言ですが、だからこそ称賛と感動をストレートに伝えることができます。
相槌を打つときは「すてきですね」「素晴らしいですね」がおすすめです。
相手は「自分の話をわかってもらえた。認めてもらえた」と感じて、ぱっと明るい笑顔になってくれるでしょう。
明るい雰囲気が広がって、どんどん話が盛り上がっていくでしょう。
美術館で芸術作品を楽しむときは「すてき」「素晴らしい」という感想で十分です。
気の利いた言葉を言わなくても大丈夫です。
絶妙な表現も必要ありません。
シンプルな一言のほうが、感動した気持ちをしっかり表現できます。
相手の意見には「すてき」「素晴らしい」と言って受け入れましょう。
違和感のある意見でも、まずいったん受け入れることが大切です。
前向きに受け入れてから、意味が理解できることも少なくありません。
きちんと相手の話を聞く人は、自分の話も聞いてもらえるようになります。
どうしても反論をしたいなら、いったん受け入れてから言うのがマナーです。
「すてき」「素晴らしい」と褒めたたえる人は「それに反応する心を持っている」ということです。
つまり「すてき」「素晴らしい」と褒めたたえる人は、すてきで素晴らしい心があります。
自分の魅力を高めたいなら、どんどん積極的に使っていきましょう。
心で思うだけでなく、どんどん言葉に出していきましょう。
ビジネスでもプライベートでも活用できるので便利です。
明るい言葉を言う人は、明るい言葉が返ってきます。
「すてき」「素晴らしい」を口癖にすると、今度は「すてき」「素晴らしい」と言われるようになります。
すてきで素晴らしい人になるのです。
これからの自分に期待してください。
「期待できることはない」と思うかもしれませんが、小さなことでかまいません。
何か1つでもいいので、期待できることを見つけるのです。
キャリアアップをした自分、好きな人と結ばれた自分、未来の成長した自分。
念願の国家資格に合格している自分、フルマラソンを完走している自分、仕事の実績が認められている自分。
自分に期待していないで、誰が期待するのでしょう。
自分のいちばんのファンは、自分です。
自分で自分のファンになり、自分に期待しましょう。
これからの自分に期待すれば、わくわくした気持ちになって心が元気になってきます。
「よし、頑張ろう!」
「これからが本番!」
「大変だけど、必ず乗り越えてやろう!」
モチベーションがアップして、自然と気力がみなぎってくるでしょう。
まだ何も起こっていないのに、楽しい気持ちや幸せな気持ちが出てきます。
期待できることが見つかれば、光が感じられ、明るい気持ちになれるからです。
自分に期待することを忘れていては、明るい人生を歩めません。
これからの自分に期待するから、これからの人生も楽しくなってきます。
もちろん期待しても、そのとおりに実現するとは限りません。
残念ながら、努力が報われるとは限りません。
期待外れの未来になることもあるでしょう。
思いどおりにいかず、がっかりすることがあるのも事実です。
期待が大きい分だけ、うまくいかなかったときの落胆も大きくなるでしょう。
しかし、期待して傷ついたり落ち込んだりするのが怖いからといって自分に期待しないでいるのは、もっと良くありません。
脱力して無気力になります。
ぼうっとする時間が増え、人生から活力が奪われてしまいます。
生きているのに、魂を抜かれたような状態になってしまいます。
人生の彩度が低下して、色あせた人生になってしまいます。
ですから、期待が外れる可能性があっても、やはり期待するほうがいい。
「残念」と思って、また別の期待を見つければいいことです。
少しでも人生を明るく生きたければ、これからの自分に期待することが大切です。
期待することも、素晴らしい能力の1つです。
私たち人間は、ほかの動物たちとは違い「期待」という能力があります。
明るい結果を予想して心待ちにすることも、1つの能力です。
小さなことでもいいので、期待できることを見いだして、これからの自分に期待しましょう。
どんどん目標に近づいている自分、どんどんスキルが高まっている自分、念願の夢が叶っている自分。
素晴らしい自分が近づいていることをイメージするのです。
期待するから、人生をわくわく生きられるのです。
「犠牲にする」とは何か。
ある目的を達成するために、代わりとして大切なものを捧げることをいいます。
好きなことをするには犠牲が必要と思っていないでしょうか。
「健康を犠牲にしなければ、好きなことをできない」
「恋愛を犠牲にしなければ、好きなことをできない」
「家族や友人を犠牲にしなければ、好きなことをできない」
「結婚を諦めなければ、好きなことはできない」
大切なことを犠牲にしなければ、好きなことをできないと思っている人がいるようです。
たしかに好きなことをするためには、我慢や制限が必要なこともあります。
好きなことに集中している間は、ほかがおろそかになります。
好きなことに集中すればするほど、手抜きや不注意もひどくなります。
悪気はなくても、自然と犠牲にしてしまう状況があるのも事実です。
いつの間にかわがままを押し通したり自由奔放に振る舞ったりなど、周りに迷惑をかける印象を受けることもあるでしょう。
だからといって「犠牲が必要」というのは大げさです。
犠牲という言葉は、諦めるニュアンスがあって過激です。
過激な考え方をしていると、失敗に終わったときの脱力感が激しくなり、自暴自棄を招くリスクがあります。
そもそも「犠牲」という言葉は使うべきではありません。
不運を招くネガティブワードです。
思っていることはそのとおり実現します。
犠牲が必要と思っているから、悪い結果と暗い未来を引き寄せます。
我慢や制限があるとはいえ一時的です。
大切なことを犠牲にするほどではありません。
好きなことをするためには犠牲が必要と思っているなら、考えを改めましょう。
考え方を変えてください。
「大切なことを犠牲にしなくても、好きなことはできる」と。
可能性の扉が開き、実現する方法が見えてきます。
「犠牲にする必要がある」と思っているから、本当に犠牲を出してしまいます。
「犠牲にする必要はない」と思えば、犠牲にしないで実現する方法を見いだせます。
健康でいながら好きなこともできます。
恋愛を楽しみながら好きなこともできます。
家族や友人を大切にしながら好きなこともできます。
結婚をして幸せな家庭を築きながら好きなこともできます。
犠牲にしなくてもできると思えば、それを実現する方法が見つかります。
何かを犠牲にしなくても、ストイックは実現できます。
あくまで一時的な我慢や制限であって、諦めることではありません。
犠牲を出さなくても、好きなことをできるのです。
どうすれば犠牲を出さずに、好きなことをできるのか。
必要になるのは「知恵」です。
「必ず名案がある」と信じて知恵を振り絞ってください。
頭をひねって知恵が出なければ、2回も3回もひねりましょう。
一度に実現する方法はないでしょうか。
仕事が2つあるなら、1つにまとめることができないか。
1つずつ行うのが無理なら、並列で行う方法はないでしょうか。
集中しなければできないことなら、集中しなくてもできる方法はないか。
自分ができないなら、できる人に頼めないか。
お金がないなら、知恵を出してください。
私たち人間は、地球上で最も頭脳が発達した生き物です。
頭脳には限界がありません。
「いい方法がきっとある」と信じて頭をひねれば、いつか素晴らしいアイデアが浮かびます。
1つのアイデアは、100の力に匹敵します。
大切なことを犠牲にしなくても、好きなことはできるようになります。
不幸なことが起こって悲観することがあります。
「不幸なことが起こってつらい」
「つらいことばかり。不幸な人生だ」
「私はなんて不幸な人間なのだろう」
今はまだ苦しくて光が見えないかもしれません。
不幸を嘆いているなら、ちょっと待ってください。
勘違いしないでください。
あなたが感じている不幸は、実は不幸ではありません。
たしかに表向きは不幸に見えるかもしれません。
心は月食の曇りの晩に停電したよりも真っ暗かもしれません。
ネガティブな気持ちしかなく、未来に不安を感じているのかもしれません。
ここで気づいてほしいことがあります。
自分の身に不幸が起こったら喜びましょう。
幸せのタネを手に入れたからです。
不幸があって「私はかわいそうな人間」で終わらせてはいけません。
不幸を嘆いたところで、ますます不幸がつらくなるだけです。
「身に起こる不幸は、幸せのタネ」と考えてください。
例外は1つもありません。
不幸に見えても、そう見えるだけです。
さまざまな角度から不幸を観察すれば、実は幸せのタネであることに気づくでしょう。
真っ暗だと思っていた未来に、明るい光が差し込みます。
大切なことは「不幸を生かすこと」です。
何もしなければ、不幸が不幸のままで終わります。
不幸があったら、生かすためのアクションを起こしてください。
その不幸があったおかげで、気づきや学びなど、得られたことがあったはずです。
習慣を改めたり行動パターンを変えたりして、進化や成長につなげるのです。
そうすれば「不幸があって良かった」と言える日がやってきます。
不幸を生かすことに成功すれば、大きな飛躍に変わります。
本当の不幸とは何か。
本当の不幸とは、死ぬことをいうのです。
まだ生きているのなら、不幸とはいえ、かすり傷です。
今はじんじん痛むかもしれませんが、時間がたてば治ります。
立て続けに不幸が起こっても、不幸を嘆かないことです。
「私はなんて不幸なのだろう」と嘆くのは不毛です。
あなたは不幸ではありません。
幸せのタネをたくさん持っているのです。
幸せのタネをたくさん持っているのですから、不幸ではなく、むしろラッキーといえます。
大きな不幸であれば、大きな幸せのタネを持っていることになります。
不幸があっても、ふてくされてはいけません。
きちんと生かして、進歩や改善につなげましょう。
やれることをやって、そこから這い上がってください。
なかなかうまくいかないこともありますが、そこをなんとか踏ん張ってください。
身に起こる不幸は、幸せの道しるべです。
不幸を生かせば、新しい道が開かれ、大きな幸せにつながります。
いいことをしたいなら、ティッシュ配りに着目してください。
街なかを歩いていると、ティッシュ配りの人を見かけることがあるでしょう。
道行く人に「よろしくお願いします」とティッシュを差し出す姿が印象的です。
いいことをしたいなら、ティッシュ配りの人からティッシュを受け取ってください。
ティッシュ配りの人と出会ったときは、いいことをするチャンスです。
ティッシュを受け取るだけでいいのです。
「よし、いいことができたぞ!」と喜んでいいのです。
ティッシュ配りの人は、なかなか受け取ってもらえず、いつも苦労しています。
いくらティッシュを差し出しても、スルーされることが大半です。
何十人も何百人もの人から無視され続け、ちびちび精神を削られています。
ティッシュを差し出しても、目を合わせてくれません。
相手からよけられることもしばしば。
頑張って仕事をしているのに、ひたすら無視され続けることほどつらいことはありません。
時には道行く人から暴言を吐かれてしまうこともある。
露骨に自分が避けられているのがわかるので、どんどん落ち込んで病みそうになります。
ティッシュ配りは、体力面だけでなく、精神面も削られる仕事なのです。
いいことをしたいなら、ここにチャンスがあります。
たまにはティッシュを受け取ってください。
受け取るだけで、ティッシュ配りの人は、必ず喜んでくれます。
大きな声で「ありがとうございます!」と感謝してくれるでしょう。
ティッシュをもらえるうえ、いいことをしたことにもなるのですから、一石二鳥です。
これほどお得なことはありません。
ティッシュの広告が気になるなら、受け取ってから抜き取ればいいことです。
受け取ったティッシュの使い道は自由です。
ティッシュは日頃からよく使うものなので、もらっても無駄になることはありません。
すでにティッシュを持っているなら、予備として活用すればいいでしょう。
いいことをするのに、難しいことや特別なことをする必要はありません。
ティッシュ配りの人からティッシュを受け取るだけでいい。
ちなみにティッシュを受け取る際「ありがとうございます」と伝えると、さらに喜ばれます。
ティッシュ配りの立場としては、受け取ってもらえたうえ感謝までされるのは驚きであり、飛び上がるほど嬉しく感じます。
たまには、ティッシュ配りの人からティッシュを受け取りましょう。
ティッシュ配りの人からティッシュを受け取れば、いいことをしたことになるのです。
いいことがあったら人に話しましょう。
その日のうちに、誰か身近な人に話してください。
いいことが起こったら、その出来事は「話のネタ」になります。
絶好のネタとして、身近な人に話しましょう。
「不思議な体験をしたよ」
「こんな面白いことがあったよ」
「今日はこんなラッキーなことがあってね」
「こんないいことがあったよ」
するとどうでしょう。
話のネタとして話すと、その人にとって「いいこと」になります。
「いいことを話してもらえた」という出来事も、いいことの1つです。
つまり、自分にいいことがあったおかげで、ほかの人にもいいことをプレゼントできます。
いいことが起こったら、そのハッピーを分け与えることができます。
なんて素晴らしいことなのでしょう。
幸運と幸福を倍増でき、幸せの輪が広がるのです。
「人に話しても仕方ない」と思うかもしれませんが、誤解です。
ためらう必要はありません。
あくまで明るい話題なのですから、どんどん話していくことです。
「憎まれそう」「ひがまれそう」「自慢に思われそう」という心配は不要です。
誰でも「明るい話を聞きたい」と思います。
にこにこしながら「こんなことがあったよ」と明るく話せば、好印象が伝わります。
嬉しい気持ちとポジティブパワーが伝わって、相手を元気にさせることができます。
いいことがあったら、話のネタとしてどんどん人に話していきましょう。
自分がいいことを経験できるうえ、ほかの人にいいことをプレゼントできます。
1人に限らず、2人でも3人でもたくさん話していきましょう。
誰かにいいことを話すことは、社会を明るくする社会貢献になります。
けなされたくないなら、文句や悪口を禁句にしてください。
人はけなすのに、自分はけなされたくないなんて、そんな都合のいい話はありません。
けなされて嬉しい人はいません。
人の悪いところを見つけては、大きく取り上げて悪く言う癖があるなら、今すぐやめることです。
悪い点を取り上げ、ぶつぶつ文句を言っていると、周りに不快感をまき散らすことになります。
聞いている人は笑っていても、心の中では「いつか私もけなされるかもしれない」と心配でびくびくしているでしょう。
けなすことは、傷つける行為です。
物理的に傷つけていなくても、精神的に傷つけています。
相手に聞こえていないから大丈夫と思っているなら安易な考えです。
タイムラグがあるだけです。
相手に聞こえていなくても、人を介して、いずれ相手の耳に届きます。
文句や悪口を言うことは「私は危険人物です」と公言しているようなもの。
誰かをけなしていると、それを面白がって人が集まってくるかもしれません。
自分は人気者だと錯覚しますが、ここが要注意ポイントです。
集まってきた人は、けなす行為が面白がって寄ってきました。
集まってきた人を引き止め、より満足させようとして悪口がエスカレートします。
しばらくすれば、言いすぎの状態になります。
警戒されると、一転して、さっと人がいなくなります。
けなせばけなすほど、今度は自分がけなされるようになります。
けなす人は、自分の印象が悪くなるだけです。
いずれ周りの人から嫌われます。
結果として、けなす人は、いずれけなされるようになるのです。
けなされたくないなら、けなす行為を禁止にしましょう。
「文句や悪口は禁句にする」と心に誓ってください。
けなす人になるのではありません。
認める人になりましょう。
相手と接しながら、細かい点まで注意を向けます。
何か素晴らしいところが見つかれば、すかさず認めましょう。
相手の長所や才能は、嫉妬せず、きちんと認めることが大切です。
どんな人にも、素晴らしいところが必ず1つはあります。
認める言葉はシンプルでいいのです。
素晴らしいところがあれば「すてきですね」と認めましょう。
圧倒的なことがあれば「すごいですね」と認めましょう。
こつこつ努力していることがあれば「努力家ですね」と認めましょう。
ユニークな個性があれば「素晴らしい魅力ですね」と言うことができるはずです。
いい言葉が浮かばなければ「いいですね」です。
「いいですね」はどんな場面でも使える便利な一言です。
認める人は、相手から喜ばれ、みんなから好かれます。
一緒にいると心地よく、リラックスできます。
好意の返報性も働くようになります。
認める人は、多くの好意と信頼を集めることができるため、いずれ認められるようになるのです。
いい話を聞くためにはどうすればいいのでしょうか。
「いい話を聞かせてください!」
ストレートにお願いをすればいいと考える人もいるかもしれませんが、実際はどうでしょうか。
「はい、わかりました」とすぐ答えてくれることは少ないはずです。
「いきなりだな」と驚かれるでしょう。
「話せ」と命令されているようにも聞こえ、むっとされることもあるでしょう。
不快に感じることも少なくありません。
強引な印象があると相手から反感を持たれ、いい話が聞けなくなってしまいます。
「相手からいい話を引き出すには、話術が必要」と考える人もいるでしょう。
たしかに話術は、ないよりあったほうがいいのは事実です。
話術の卓越した人であれば、上手に笑いを入れたり喜ばせたりできて、うまく相手から情報を引き出せるでしょう。
しかし、そんな小難しいことをごちゃごちゃ考える必要はありません。
相手からいい話を引き出すのは難しくありません。
むしろ単純です。
まず自分からいい話をすればいいのです。
いい話なら何でもかまいません。
まず自分からいい話をしましょう。
役立つ話、面白い話、感動する話。
相手からお願いされなくても、自分から「こんな話があるよ」とネタを紹介しましょう。
すると、相手は心を開いてくれます。
「そういえば私も……」という感じで、話をしてくれるでしょう。
役立つ話をしたら、役立つ話をしてくれるでしょう。
面白い話をしたら、面白い話をしてくれるでしょう。
感動する話をしたら、感動する話をしてくれるでしょう。
私たちの世界には「返報性の原理」が働いています。
「人に施したことはそのまま返ってくる」というルールがあります。
いい話をすると返報性の原理が働き、お返しをしてくれるようになります。
「いい話が聞けて良かった」と満足すると、お返しにいい話をしてくれるようになるのです。
いい話を聞きたければ、まず自分からいい話をしましょう。
面白い話を聞きたければ、まず自分が面白い話をしましょう。
相手からプライベートの話を聞きたければ、まず自分からプライベートを打ち明けましょう。
話しすぎには注意が必要ですが、短くシンプルに話せばOKです。
いい話をすることも、1つのプレゼントです。
興味を持てるかどうかは、対象によって変わるのが一般的です。
興味のあることなら、自然と積極的になれるでしょう。
たとえば、興味のある本・映画・話題です。
もともと興味のあることは特別な関心があるため、前のめりになれます。
自然と集中力や記憶力も自然と高くなります。
興味のあることはいいのです。
問題は、興味のないことです。
興味のないことは、消極的になってしまいます。
たとえば、興味のない本・映画・話題です。
途中で眠くなったりあくびが止まらなかったりして、苦痛を感じるはずです。
退屈なときは、時間が過ぎるのも遅く感じます。
「好き=興味」です。
人生を楽しく過ごすなら好きなことをすることが大切であり、そのためには興味の対象が重要と思われがちです。
しかし、この生き方では、興味の対象が限定されます。
興味のあることしか楽しめないことになります。
人生を楽しむ幅が制限されてしまいます。
人生を楽しむために大切な考え方があります。
興味のある情報を探すのではありません。
興味と結びつける力をつけるのです。
「興味のある情報を探す」ではなく「興味と結びつける力をつける」と考えてください。
興味と結びつける力をつけるには、さまざまな視点から見る工夫が大切です。
真正面から見るのではなく、別の方向から見てください。
見え方が変わると感じ方も変わります。
まったく興味のないことでも、別の視点から見てみると、興味が刺激されるのはよくあることです。
興味のないことでも、入念に探せば、何らかの興味に結びつけられるはずです。
たとえば、絵に興味のない人が、美術館に行くとします。
もともと絵に興味がなければ、美術館に行っても退屈に感じますが、ここで視点の変更です。
その人は絵に興味はありませんが、料理には興味があるとします。
視点を変え「色使い」に注目します。
「こういう色使いは料理にも生かせるね」と思えば、わくわくした気持ちで絵画を鑑賞できるようになります。
積極的に絵を見たくなり、有意義な時間を楽しめます。
このテクニックをマスターすれば、何をやっても楽しくなります。
興味と結びつける力がつくことは、楽しみの幅が広がるということです。
興味のない本でも映画でも話題でも、興味と結びつけることで楽しめるようになります。
興味と結びつけることで、ポジティブな感情が湧き上がります。
自然と積極的になれ、記憶力も集中力も高まります。
結果として人生の可能性も広がります。
世間では「人生は目的があったほうがいい」といわれています。
親や先生から「目的のない人生はよくない」「目的を持って生きなさい」と諭された人も多いでしょう。
「人生では目的を設定すべきだ」
「夢を持つことで、生き方に張りと潤いが生まれる」
「目的があったほうが、希望になって人生が楽しくなる」
たしかに目的があると、進むべき方向が定まります。
人生に目的があれば、張りと潤いが生まれます。
目指す方向が定まれば、自分のリソースを上手に活用できるようになります。
お金も時間も有限です。
素晴らしい目的は、素晴らしい人生をつくります。
目的意識があることで、意識も行動も引き締まります。
「目的があるから、正しい人生を歩める」という考え方があるのも事実です。
自分なりに人生に目的を定めて生きている人も多いのではないでしょうか。
では、目的のない人生はダメかというと、そうではないのです。
一律に「目的のない人生は悪い」というのは早計です。
目的のない人生も悪くありません。
目的のない人生にも、それ相応の素晴らしさがあるからです。
人生に目的がなければ、リラックスした生き方が実現できます。
その場の流れや雰囲気に合わせた生き方もしやすくなります。
「そのとき考えよう」「そのときの流れに乗ろう」という生き方も、本人が納得しているなら悪くありません。
気ままな生き方も魅力的です。
目的に縛られないことで、自分の思うままに振る舞えます。
そもそも目的がなければ、いらいらすることが減ります。
思いどおりにいかなくても「まあいいか」と思えるようになるため、気持ちが安定するのです。
これは目的がないからこそ実現できることです。
人生に目的がないことで、やり直したり回り道になったりすることも増えますが、それも人生の面白さです。
本人がよしとすれば、納得のいく人生になります。
目的のある人生は素晴らしいですが、目的のない人生も素晴らしい。
「目的もなく生きている自分が情けない」と、自分を責める必要はありません。
目的のない生き方のほうが自分に合っているという人もいるでしょう。
自分の人生なのですから、自分の好きな生き方をするのがいちばん。
目的がないことは、それはそれで「素晴らしい生き方」です。
元気は、自分だけがなればいいというものではありません。
友人も一緒に元気になってもらわないと、本当の元気とは言えないのです。
自分だけが元気でも、友人が悲しくて落ち込んでいたら、こちらも本当に元気になれません。
友人がわんわん泣いている横で、元気な様子を見せるのは難しいものです。
自分が本当に元気になるためには、友人にも元気になってもらわないと、本当の元気とはいえないのです。
お互いが元気になることで、前向きになれ、幸せを感じられます。
仲のいい友人であるほど、一緒に元気になってもらわないと、自分も心から元気になれないのです。
友人が落ち込んでいたら、まず友人を元気づけることを優先しましょう。
本当は自分が元気になることを優先したいところでしょうが、友人の元気は実は自分の元気でもあるのです。
これらは私が言うまでもなく、あなたも無意識ではありますがこのことに気づいています。
あなたは友人が落ち込んでいたとき、とっさに元気づけたいと思うでしょう。
それはあなたも無意識に友人に元気になってもらわないと、自分も元気になれないことを知っているからです。
友人が元気になってくれれば、自分も嬉しいなと感じることができることを知っています。
仲のいい友人ほど、落ち込んでいるときは元気づけたいと思うのです。
友人にまず元気になってもらわないと、自分も元気になれず、お互いの幸せにはなりません。
自分の元気と友人の元気がプラスされたとき、お互いの幸せになるのです。
相手の幸せを願うためにはどうすればいいのでしょうか。
言葉に出して伝えるのも良し。
声に出して願うことで、相手の耳に届くでしょう。
手紙に書いて伝えるのも良し。
文字にすることで目に見える形になるうえ、形としても残ります。
それぞれ素晴らしい手段です。
しかし、相手の幸せを願う手段はもっとシンプルでいいのです。
念じるだけでいいのです。
念じるだけで、相手の幸せを願ったことになります。
あなたにとって大切な人は誰ですか。
その人の幸せを祈り、心を込めて願ってください。
声に出したり文字を書いたりしてもいいですが、しなくても大丈夫です。
「念じる」と聞くと、形式的で堅苦しく感じるかもしれませんが、肩の力を抜いてください。
念じただけで相手の幸せを願ったことになるのですから、もっと日常的に考えましょう。
素直な気持ちでどんどん念じていきましょう。
「仕事が成功しますように」
「試験が合格しますように」
「幸せが舞い降りますように」
「次もうまくいきますように」
「ラッキーなことがありますように」
「素晴らしい1年になりますように」
時間としては一瞬かもしれませんが、相手の幸せに集中した時間です。
願ったことは特別なテレパシーとなり、時空を超えて相手の心に届きます。
あなたがその人の幸せを願うことで、実現の可能性が高まるでしょう。
だから素晴らしい
一言でいいのです。
念じただけで、相手の幸せを願ったことになります。
「人のために何かする」
そう聞いたとき「損をするだけ」と考える人がいるようです。
わざわざ時間や労力を割いて、相手のために何かをするのは無駄と思っているようです。
たしかに与える一方であり、疲れる一方です。
「自分には関係ない」「自分に利益がない」などと考える人もいるでしょう。
「人に尽くすだけで、自分には何のメリットもない」と考える人もいるかもしれません。
しかし、違うのです。
ここに誤解があります。
「人のために何かをする」という行為は、無償の愛の表現になります。
人のために何かすることは、ギブ&ギブです。
ギブ&ギブは、無償の愛の表現です。
純粋な気持ちで相手に幸せになってほしいと願うことは、幸せにつながる行為です。
人のために何かすることで、相手の笑顔を見ることができます。
相手が喜んでくれることで「いいことをした」と喜べます。
相手の喜びが自分の喜びになります。
相手が喜ぶ姿を見て、心が元気になります。
心が元気になることでパワフルに生きられるようになり「生きる力」につながっていくのです。
結局のところ、自分が得られているのです。
落ち込んでいる友人を励まして元気になったとき、自分も嬉しく感じた経験があるでしょう。
落ち込んでいる人を励まして元気になれば、自分も元気になれます。
「社会の中で生きる」というのは「人のために何かをする」ということです。
人のために何かをすることで、社会人としての仕事を果たせます。
社会の一員という自覚が得られ、生きている実感を得ることができます。
「生きる元気がない」と嘆く人には、ある特徴があります。
「いつも自分の利益しか考えていない」という点です。
自分に利益があれば頑張る一方で、自分に利益がないことは無関心です。
自分の利益しか関心がないため、人のために何かをする習慣がありません。
人のために何かをする習慣がないと、社会から疎外されます。
自分のことばかり考えれば考えるほど、社会から孤立してしまいます。
人のために何かをする習慣がないと、生きる力が弱くなるのです。
人のために何かをしましょう。
見返りを求めて行うのではなく、純粋な気持ちであることが大切です。
1日に1つでいいのです。
大げさなことである必要はありません。
できることでいいのです。
落ち込んでいる人に、励ましの言葉をかけるだけでもいい。
励ましの言葉をかけることも、人のために何かをする行為の1つです。
祈るだけでもいいのです。
自分の幸せばかり祈るのではなく、人の幸せについても祈ってください。
祈ることもギブ&ギブであり、純粋な気持ちの表現です。
人のために何かをすることは、幸せのタネをまく行為の1つです。
誕生日、バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマス。
プレゼントの主役は、もらう側と贈る側のどちらでしょうか。
おそらくほとんどの人が「もらう側」と答えるはずです。
やはりプレゼントは、もらう側が主役と考えることが多いでしょう。
たしかにもらう側も主役です。
相手にめでたいことや喜ばしいことがあって、気持ちの印・祝いの表現としてプレゼントを贈ります。
しかし「もらう側だけが主役」と思い込んでいるなら考え直したほうがいいでしょう。
プレゼントの主役は、もらう側だけではありません。
贈る側も主役です。
すてきなプレゼントをいただくと嬉しいですが、もらう側だけではありません。
プレゼントを贈る側も、もらう側と同じくらい嬉しさがあります。
喜びと感動があります。
「贈る」という行為は、サービス精神がなければできません。
「相手に喜んでもらいたい」という美しい心の表れです。
サービス精神は、私たち人間にとって最も尊い心の1つ。
贈る行為は、積極的な愛情表現です。
そこには、純粋な愛が表現されています。
プレゼントを贈ることで、サービス精神が磨かれます。
相手が喜ぶ顔を見られます。
人を幸せにできます。
相手を喜ばせることが、自分の喜びになります。
相手が笑顔になると、自分も笑顔になれます。
相手を幸せにさせることが、自分の幸せになります。
贈る側も、もらう側と同じくらい喜びと幸せを味わえるのです。
気づいてください。
プレゼントは、もらう側だけでなく、贈る側も主役です。
贈る側も、もらう側と同じくらい、大きな喜びと幸せを実感できます。
ただし、ここで大切な約束事があります。
あくまで「純粋な気持ち」が条件です。
義理に贈ったり見返りを求めたりするのは良くありません。
義理や見返りがあるのは、純粋とは言えません。
義理や見返りがあると「単なる出費」に思え、無駄遣いに感じられます。
面倒に感じられ、贈る行為が苦痛になります。
心がなかったり不純だったりする贈り物は、無味乾燥なプレゼントになります。
プレゼントを贈るときは「相手を喜ばせよう」というサービス精神が大切です。
サービス精神があれば、プレゼントを贈る側は、受け取る側と同じくらい感動できます。
もらう側より贈る側のほうが、大きな喜びと幸せを感じることもあるのです。
余裕のある人になりたいなら、ある癖をやめましょう。
それは「詰め込む癖」です。
詰め込む癖は悪い癖です。
「詰め込む」ということは、無駄がなくて合理的かつ効率的に感じるかもしれませんが、誤解です。
「詰め込む」ということは「余裕をなくす」ということです。
一見すると理想的に思えますが、余裕という点で言えば最悪です。
突然ですが、自分の部屋のクローゼットを開けてください。
その場にいなければ、思い出すだけでもかまいません。
クローゼットの中が、ぎゅうぎゅうになっていないでしょうか。
隙間がなく詰め込まれている様子は、無駄がなく素晴らしく思えますが、注意が必要です。
それは、余裕のない状態です。
隙間がないと、出し入れのときに大変です。
摩擦が生じて、服の劣化も早くなります。
少しでもたくさん収納しようとすると、ぎゅうぎゅうに詰め込みがちです。
人によっては、100%で満足できず、110%・120%の状態になっていることもあるでしょう。
これは良くありません。
すでに限界を超えている状態です。
収納そのものを痛めてしまう可能性もあります。
余裕をつくりたいなら、100%の収納はやめることです。
詰め込む癖をやめるということです。
収納を普段100%で設定している人は、考え方を改めましょう。
余裕がないから、100%に詰め込むのではありません。
100%に詰め込んでいるから、余裕がなくなるのです。
100%の状態は避け、隙間をつくるようにしてください。
「余白をつくる」と言い換えてもいいでしょう。
余裕のある人になるためには、詰め込む癖をやめることが必要不可欠です。
隙間は、いくらつくればいいのでしょうか。
目安は「20%」です。
20%は、隙間をつくるようにしましょう。
この考え方は、クローゼットに限りません。
本棚・食器棚、冷蔵庫、冷凍庫、机の引き出しなど、収納に関することは全般に言えます。
収納は、80%が上限と考えるのが正解です。
80%を超えることがあったとしても、一時的にとどめておくことです。
20%の余裕があれば、いざというときに役立ちます。
物を入れたり取り出しやすくなったりします。
あなたが大切な人にプレゼントをする日といえば、どんな日ですか。
プレゼントというくらいですから、特別な日に贈ることが一般的でしょう。
誕生日や記念日、バレンタインデーやホワイトデー、父の日や母の日。
もちろん特別な日にプレゼントをするのもいいですが、その限りではありません。
相手に喜んでもらいたいなら、プレゼントに工夫の余地があります。
それは「意外な日に意外なプレゼントをする」ということです。
「意外な日に意外なプレゼントをする」という行為には、2つの「意外」があります。
1つ目の意外は「プレゼントを贈るタイミング」です。
相手はまず意外な日に贈られることに驚くでしょう。
まったく期待していなかったプレゼントなので、普段より驚いて感動してくれるに違いありません。
2つ目の意外は「プレゼントの種類」です。
ユニークなプレゼントを贈ってみましょう。
白いイチゴ、四角いスイカ、おしゃれな装丁をした本。
ユニークなプレゼントは目を引いて、印象深くなります。
面白がってくれたり楽しんでくれたりするでしょう。
ダブルの「意外」を楽しめるので印象的になります。
意外な日にプレゼントできるということは、普段から相手のことを考えている証拠です。
プレゼントを贈る理由は小さなことでかまいません。
「いつもお世話になっているから」
「ちょっと早めの誕生日プレゼント」
「街を歩いていたら面白いものを見つけたから」
「たまたま珍しいものを見つけ、楽しんでもらいたいと思ったから」
「急にあなたの顔が思い浮かんで、贈りたい気持ちになったから」
平凡な理由でOKです。
かしこまった理由より、ささいな理由のほうが、相手も受け取りやすくなります。
普段から頭の片隅であなたのことを考えているというメッセージになります。
「プレゼントは特別な日に贈るもの」というのは思い込みです。
プレゼントを贈るタイミングに決まりはありません。
思い込みをなくし、自由な贈り方をしてみましょう。
意外な日に意外なプレゼントを贈ってみると、新しい生き方が実現します。
特別な日に贈るプレゼントも素晴らしいですが、意外な日に贈るプレゼントも素晴らしい。
意外な日にもらう意外なプレゼントほど、嬉しいプレゼントはありません。
独占したがるのは、悪い癖です。
もちろん独占するのが悪いのではありません。
禁止というわけでもありません。
自分のお金で買ったものなら、所有権は自分にあります。
所有権は自分にあるなら、どうしようと自分の自由です。
だからといって何でも独占したがるのは良くありません。
独占したがるのは、独占欲が強い証拠です。
利己主義であり、エゴイズムです。
「あれもこれも独占したい」と欲張るのは良くありません。
独占は欲張りであり、欲張りは自慢になりません。
何でも独占しようとしていると「欲張りな人」という印象が強くなります。
「私のものだから不用意に近づくな」という暗黙のメッセージを発することになります。
限度を超えた独占は、冷淡な印象を与え、周りから距離を置かれます。
壁ができてしまい、人間関係に悪影響を生み出します。
独占は尊敬されません。
エスカレートすると、むしろ軽蔑されます。
使いにくい状況になるため、社会にも悪影響です。
独占するのではありません。
共有するのです。
人生では共有を心がけましょう。
もちろん「すべてを共有しろ」と言っているわけではありません。
「こだわりのあるものを除いて、できるだけ共有しよう」ということです。
共有は利他主義です。
分かち合いによって、他人の幸せを大きくすることに役立ちます。
自分のお金で買ったもので自分に所有権があるものなら、使い方は自由です。
自分に所有権があっても、共有できることにします。
完全な共有が難しいなら「制限付き」「条件付き」でも悪くありません。
自分のお金で買ったものでも、特にこだわりのないものは共有できることにします。
大きな共有ではなく、小さな共有でかまいません。
心理的に抵抗があって難しいことではありますが、無理のない範囲でいいのです。
共有を許せば交流が生まれ、ハブのような存在になれます。
共有することは、愛を増やすことにつながります。
人生で大切なのは、独占より共有です。
共有を心がけることで、あなたの優しい心が周りに伝わって、多くの人を引きつけます。
多くの人から喜ばれ、感謝されます。
分かち合いが生まれ、コミュニケーションのきっかけが生まれます。
利便性が生まれ、社会の役に立ちます。
ゆくゆくは尊敬されるようになります。
共有は、精神的豊かさを増やすポイントの1つです。
共有は、美しい心であり、美徳の1つ。
共有をすればするほど、あなたの心は豊かになります。
嬉しいことがあったとき「やった!」と思います。
「嬉しい!」「楽しい!」「幸せだ!」と思い、しばらく感動に浸るでしょう。
感動の余韻を楽しんで勢いに乗っているところで、ぜひ取り組んでほしいことがあります。
感動すれば、その感動を生かしてほしいのです。
何に生かすかというと「幸せの連鎖」です。
嬉しいことがあった直後「ついでにもう1つチャンスをつかめないか」と考えてください。
嬉しいことがあった直後は、幸運が間近にある状態です。
上機嫌になっていて、テンションも高くなっています。
このタイミングで新たな挑戦に取り組めば、2つ目の幸運もつかみやすくなるでしょう。
ダブルチャンスが得られるチャンスです。
チャンスがあるうちに、できるだけ多くのチャンスをつかんでおくことです。
ダブルチャンスができれば、さらにトリプルチャンスも狙いましょう。
嬉しいことが起こった勢いを生かせば、次の嬉しい出来事を引き寄せられます。
これが幸せの連鎖です。
幸せの連鎖は、自然に起こるものではなく、意識するものです。
連鎖は自然に起きることもありますが、意識したほうが発生の確率が上がります。
24時間以内に、あなたの身に起こった嬉しい出来事を思い出してください。
嬉しいことなら何でもいいです。
「その出来事を次につなげられないか」と考えてほしい。
嬉しい気持ちが残っているうちに、どんどん勢いに乗ったほうがいい。
手応えがあるうちに、次の行動をしたほうがいい。
幸せの連鎖が生まれやすくなります。