あなたは逆上がりができますか。
小学生のころ、体育の授業で逆上がりをする時間があったことでしょう。
逆上がりは、できる人とできない人にわかれます。
私たちが本を読む目的は何でしょうか。
それは「運命の一言に出会うため」です。
私たちは、運命の一言に出会うことを期待しながら本を読んでいます。
世界一のダイヤモンドは、どこにあるのでしょうか。
銀座の高級宝飾店でしょうか。
アフリカの採掘場でしょうか。
運命の場所はどこにあるのでしょうか。
自分の人生を変えてくれる運命的な場所は、特別なところにあるように思えます。
「自分の人生を変える場所が、どこかにきっとあるに違いない」
日常を面白くする場所は、意外な場所にあります。
それは「階段の踊り場」です。
踊り場とは、階段の途中に設けた、少し広くて平らな足休めの場所をいいます。
最近タクシーを使っていますか。
タクシーはお金がかかるため「贅沢」「無駄遣い」「大げさ」と考える人がいるでしょう。
もちろん安易な利用は要注意です。
「運動が嫌い」
「運動が苦手」
「体を動かすのがおっくう」
私たちは、若いころの後悔を引きずることがあります。
「あのとき、こうしていれば良かった……」
「どうしてあんな愚かなことをしてしまったのだろう……」
「未知との遭遇」
そう聞いてイメージするのは何でしょうか。
スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』が有名です。
真夏の暑い日に食べたいもの。
それは、おいしいアイスクリームです。
甘くて冷たいアイスクリームは、この世で最もおいしい食べ物の1つと言えるでしょう。
ざあざあと雨が降っている様子を、どう思うかが大切です。
雨が降っている様子を見ると、心までどんよりすることがあります。
雨が降っていると、外出には傘が必要です。
あなたは傘を何本持っていますか。
傘にこだわりがある人を除けば、普通は「必要最小限」という人が多いでしょう。
傘とはいえ、場所を取られます。
ふとしたことがきっかけで、大失敗をしてしまいました。
テストで0点を取ったり、仕事で大きなミスをしてしまったりなどです。
ひどく落ち込んで、涙がぼろぼろこぼれます。
世の中には、お日さまを「高級贅沢品」と感じる人がいます。
その人は罪を犯し、獄中生活を送っています。
そこは窓が1つもなく、太陽の当たらない部屋でした。
ときどき日常の中で、虹を見ることがありますね。
にわか雨が降った後は、虹が出やすいタイミングですね。
「わあ、きれいな虹だなあ!」
「幽体離脱」をご存じですか。
幽体離脱とは、肉体から魂だけが抜け出す現象のことをいいます。
心霊体験の一種であり、臨死体験者の話としてよく聞かれます。
世の中には「醜い」と呼ばれる生き物が存在します。
たとえば、ブタやカエルは醜い生き物として知られています。
「ブタは醜い」「カエルは醜い」といった声がよく聞かれます。
大自然の神秘に触れたいときは、夜空の星を眺めましょう。
ぼんやり眺めるだけでいいのです。
忙しい日々を過ごしていて、美しい夜空と、その星々の存在を忘れていないでしょうか。
家具売り場に行くと、組み立て式のものが販売されています。
組み立て式の本棚。
組み立て式のデスク。
靴ひものある靴とない靴。
履きやすさ・脱ぎやすさで考えるなら、靴ひものない靴のほうが楽でしょう。
一方、靴ひものある靴は、履くときも脱ぐときも少し手間がかかります。
メディアでは、多くのニュースが報道されます。
明るいニュースもありますが、実際には暗いニュースのほうが目立ちます。
また暗いニュースのほうが、明るいニュースより時間やページを割いて詳しく説明しているはずです。
ストローは、不思議な力があります。
同じ飲み物でも、ストローで飲むと、少し違った味に感じられるのです。
嘘だと思うなら、実際に試してみるとわかります。
カラーリングは、なりたい自分になれる手段の1つです。
オレンジやブラウンなど温かみのある色に染めて、いつもと違った雰囲気を楽しむこともできますね。
明るい色にすれば、雰囲気もそれだけ明るく変わるものです。
着替えとは何か。
一般的な意味としては「着ている衣服を脱いで、別の衣服を着ること」をいいます。
もちろんこれが本来の意味であり間違っていませんが、これだけでなく、別の意味もあります。
世の中には、友人がいないという人が少なくありません。
知り合いはいても、友人はゼロという人もいます。
友人がいないと寂しい人生を送ってしまうような気がするかもしれません。
あなたは普段、歯を触ることはありますか。
歯を見たり磨いたりすることはあっても、じっくり歯を触ることは少ないのではないでしょうか。
軽く歯に触れるくらいならあるかもしれませんが、意識的に歯を触ることは、意外と少ないはずです。
宇宙の歴史に比べれば、人生は一瞬です。
私たちは、自分たちの寿命を基準にして、時間の長さを考える傾向があります。
しかし、私たちが生まれたときから、人類が始まっているわけではありません。
世の中でも最も不思議な世界は、どこにあるのでしょうか。
異次元をテーマにした、テーマパークのアトラクション。
地球上とは思えない、感動の絶景スポット。
人生には、頼もしいステージライトがあります。
太陽と月です。
無意味に、光っているのではありません。
映画撮影は、映画監督だけがするものではありません。
本来、私たちはみんな、映画監督です。
すべての人が、映画を撮影中です。
あなたは逆上がりができますか。
小学生のころ、体育の授業で逆上がりをする時間があったことでしょう。
逆上がりは、できる人とできない人にわかれます。
なかなか逆上がりができなくて苦労した人も多いのではないでしょうか。
逆上がりができない人は、余計な力を入れているのが原因です。
とにかく力を入れて、勢いで回ろうとしています。
逆上がりができないと「まだ力が足りない。もっと勢いをつけよう」と思い、ますます力を入れてしまう。
しかし、勢いだけで逆上がりをしようとしてもできません。
力が入っているかぎり、10回挑戦しようと100回挑戦しようと、できません。
逆上がりのコツは、力を抜くことにあります。
上手に力を抜くことで、ぐるっと回れるようになります。
逆上がりができた瞬間、見える世界が真逆に見える光景は新鮮です。
今まで意識していたことの逆を心がけることで、あっさり逆上がりができてしまうから面白い。
意外なところに成功のコツがありました。
「なんだ。たったこれだけのことだったのか」と思うのです。
これは人生でも同じです。
人生で大切なのは「心の逆上がり」です。
仕事、勉強、恋愛、人付き合い。
なかなか物事がうまくいかない人は、余計な力が入りすぎています。
うまくいかないとき「きっと力が足りないせいだ」とますます力を入れてしまいがちですが、ほぼ失敗に終わるでしょう。
何でも力を入れて、勢いを出せばいいわけではありません。
力任せ・勢い任せでは、うまくいくこともいかなくなります。
時には、かえって嫌われたり失敗を招いたりなど、逆効果になることも少なくありません。
心の逆上がりをするコツは、力を抜くことにあります。
コミュニケーションなら、ぺらぺら話すより、じっくり聞く側に回ったほうがうまくいきます。
恋愛なら、がつがつしたアプローチより、落ち着いた時間をつくるほうがうまくいきます。
子育ても、がみがみ叱りながら育てるより、にこにこ褒めながら育てるほうがすくすく成長します。
力を抜くと、今までできなかったことが、すんなりできてしまうでしょう。
そして、ぐるっと世の中が変わって見えます。
心の逆上がりができたのです。
「なんだ。たったこれだけだったのか」と思うかもしれませんが、たったこれだけです。
必要な力は入れるべきですが、余計な力は抜いたほうがいい。
心の逆上がりをしましょう。
余計な力を抜くと、世界が変わって見えるのです。
私たちが本を読む目的は何でしょうか。
それは「運命の一言に出会うため」です。
私たちは、運命の一言に出会うことを期待しながら本を読んでいます。
自覚していることもあれば、無自覚ということもあります。
「きっとどこかに私を変えてくれる言葉はあるはず」と期待しながら本を読んでいます。
運命を変える言葉は、意外と短いのが特徴です。
だらだらしたお説教や長々しい言葉ではありません。
往々にして、短い言葉であり、ほんの一言です。
自分の人生を振り返り、価値観や考え方が変わった瞬間を思い出してみてください。
親からの一言、友人からの一言、先生からの一言。
これまでの人生で価値観や考え方が変わった瞬間は、意外と短い言葉だったのではないでしょうか。
一言でも、核心をついた言葉は心に深く突き刺さり、価値観や人生観が一変します。
「人生に1つも無駄はない」
「あなたの人生は、あなたがつくる」
「今日は、これからの人生の、最初の日」
運命の一言は、長い時間がたっても忘れられません。
「一生あなたの味方だから」という応援の一言かもしれません。
「絶対うまくいく。うまくいかせるんだよ!」という励ましの一言かもしれません。
たった一言だから鋭く、ぐさりと心に突き刺さります。
運命の一言の影響は、何年・何十年と続き、ゆくゆく人生や生き方にも影響していきます。
時には一生涯続くこともあります。
これは、本を読むときでも同じです。
ある一言に触れた瞬間、全身に鳥肌が立ち、がつんと頭を殴られたような衝撃を受けることがあります。
あまりの驚きに「うわっ」と声を出しそうになります。
それこそ「運命の一言」です。
たった一言でも、その言葉が心に深く突き刺さったなら、あなたの人生は大きく変わります。
購入した本に一言でも役立つ言葉があれば「読んだかいがあった」といえます。
その本の代金も十分回収できています。
私たちは、運命の一言と出会うために本を読んでいます。
運命の一言は、どの本の、どのページの、どの部分にあるかわかりません。
運命の一言は、自然とやってくるものではなく、自分で探すものです。
たくさん本を読んでいけば、いつかどこかできっと出会えます。
なかなか見つからなくても、諦めないでください。
運命の一言は、なかなか見つからなくて普通です。
「運命」という名がつくくらいですから、簡単には見つからず、根気よく探す必要があります。
運命の一言に出会ったら、すぐわかります。
電流のような衝撃が走り、その言葉が頭から離れなくなるからです。
妙に感動して、全身に鳥肌が立ち、しばらくぼうっとしてしまいます。
価値観・考え方・生き方が変わり、人生が大きな好影響を与えるのです。
さあ、宝探しをするつもりで本を読んでいきましょう。
感性を研ぎ澄ませて、一言ずつ丁寧に触れていきましょう。
積極的に探せば、感性が研ぎ澄まされ、見つけやすくなります。
貪欲に本を読んでいけば、それだけ運命の一言に出会える確率も上がります。
「どこかに私を変えてくれる一言があるはず」と期待しながら読んでいきましょう。
そうすれば、今まで以上にどきどきわくわくしながら本を楽しく読めるようになります。
読書とは「運命の一言を探す旅」なのです。
世界一のダイヤモンドは、どこにあるのでしょうか。
銀座の高級宝飾店でしょうか。
アフリカの採掘場でしょうか。
もちろんどれもダイヤモンドが存在する場所ですが、もっと身近なところにあります。
しかも、すでにあなたは手に入れています。
あなたの頭脳なのです。
知性であり、知恵であり、思考力です。
ダイヤモンドは、奇跡の結晶であり、素晴らしい価値があります。
磨けば磨くほど、美しくなります。
あなたの頭脳も同じです。
あなたの頭脳も、奇跡の結晶であり、素晴らしい価値があります。
磨けば磨くほど、美しくなります。
頭脳というダイヤモンドには、素晴らしい価値を生み出す力があります。
やる気・元気・勇気を生み出せます。
工夫・解決策・アイデアをひねり出せます。
目的・目標・計画を考え出せます。
それらはすべて価値であり、生きるうえで役に立つものばかり。
これを、ダイヤモンドと言わずして何と言うのでしょう。
どうか本当のダイヤモンドに気づいてください。
世界一のダイヤモンドは、探さなくても、すでにあなたは持っているのです。
あなたの頭脳は、未来を切り開く力を生み出すところ。
無限の価値を生み出す希望と可能性を秘めています。
すでにあなたは世界一のダイヤモンドを持っているのですから、その可能性をもっと生かしましょう。
生かさなければ、宝の持ち腐れです。
きちんと生かせば、ダイヤモンドとしての価値を発揮でき、ますます美しくなります。
あなたが美しくなるだけでなく、あなたの人生も美しくなります。
素晴らしい価値を生み出せる力があるのですから、きちんと生かしましょう。
もっとやる気や元気を生み出し、もっと工夫やアイデアをひねり出しましょう。
夢を叶えるために目的を考え、目的を達成するために目標を考え、目標を達成するために計画を考えましょう。
どれだけ価値を生み出せるかは、あなたの努力しだいです。
しっかり脳に汗をかき、いろいろな価値を生み出していってください。
不可能に思えることでも、頭をひねって考え抜けば、そこから何かが生まれます。
世界一のダイヤモンドは、あなたの頭の中にあるのです。
運命の場所はどこにあるのでしょうか。
自分の人生を変えてくれる運命的な場所は、特別なところにあるように思えます。
「自分の人生を変える場所が、どこかにきっとあるに違いない」
そう思って、さまざまなところへ出かける人もいるでしょう。
イベントに参加したり、旅行に行ったり、パワースポットを巡ったりする。
転職や引っ越しで、新しい環境に挑もうとしている人もいるでしょう。
海外留学・ホームステイ・ワーキングホリデーを検討している人もいるでしょう。
さまざまな手段で運命の場所を探しているかもしれません。
もちろん行動力があるのはいいのですが、ここで注意したいことがあります。
運命の場所は、そこに到着してすぐわかるものではありません。
あとから気づくものです。
ずっと後になって「そういえば、あれが人生のターニングポイントだった。あそこは『運命の場所』だったな」と思うもの。
タイムラグが生じます。
しかも比較的長いタイムラグであり、数年後・数十年後に気づくことも少なくありません。
また、運命の場所を探していたとしても、確実に見つかるとは限りません。
時間は瞬く間に過ぎていきます。
運命の場所を探しているうちに、どんどん時間が過ぎていきます。
「運命の場所を探しているうちに人生が終わりました」となっては笑えません。
「運命の場所を探す」という発想は、受け身の姿勢です。
「運命の場所に私を変えてもらう」という考え方では、なかなか運命的な出来事も起こりにくいでしょう。
運命という壮大な響きに惑わされ、かえって運命の場所が見つかりにくくなるのです。
本当に運命の場所を見つけたいなら、発想を切り替えてください。
運命の場所を探すのではありません。
今いるところを運命の場所にするのです。
「運命の場所を探す」という発想から「今いるところを運命の場所にする」という発想に切り替えましょう。
運命の場所は、自分の行いによって、つくり出すことが可能です。
今、目の前にいる人と語り合いましょう。
今、目の前の出来事に集中しましょう。
今、目の前にある仕事に専念しましょう。
すると、価値観や人生観を変えるような出来事が起こります。
人が集まってきて、幸運を引き寄せ、奇跡が起こります。
その結果、今いる場所が運命の場所になるのです。
今に集中することが、今いる場所を運命の場所にするコツです。
「運命の場所」という神々しい響きのせいでしょうか。
運命の場所と聞けば「1つだけでなければいけない」と思いがちですが、誤解です。
運命の場所は、1カ所である必要はなく、複数カ所あってもかまいません。
運命の場所がたくさんあるなんて、なんと素晴らしい人生なのでしょう。
運命の場所は、たくさんあっていいのです。
あなたは今どこにいますか。
特別な場所にいるわけではないかもしれませんが、誤解です。
特別な場所に思えなくても、特別に考えてみてください。
往々にして、運命の場所は平凡に見えます。
あとから運命が感じられ、特別感が湧いてきます。
その場所で奇跡を起こし、運命の場所にしようではありませんか。
目の前の人・仕事・イベントに集中しましょう。
「私は今ここで生まれ変わる」という確固たる気持ちで、しっかり集中することです。
すると、本当にその場所が運命の場所になります。
運命の場所を探すのではなく、今いるところを運命の場所にするのです。
日常を面白くする場所は、意外な場所にあります。
それは「階段の踊り場」です。
踊り場とは、階段の途中に設けた、少し広くて平らな足休めの場所をいいます。
踊り場のない階段もありますが、長い階段はたいてい踊り場が設けられています。
では、踊り場で何をするか。
階段の踊り場まで来れば、ちょっとだけ踊ってみましょう。
「踊り場」という名前のとおり、踊ってみるのです。
ダンサーをイメージしながら軽やかにステップを踏んだり、ぐるっと回ったりしてみます。
風を感じながら、ふわりと踊って宙に浮いてみる。
サンバやタンゴなど、本格的に踊ってもOKです。
踊れないなら「踊りっぽい動き」でもOKです。
軽くスキップをしてみたり、万歳をしながらジャンプしてみたりするだけでも、形になるでしょう。
「ここまで頑張って階段を上った」という自己称賛の意味で、にこにこしながら踊ってみます。
周りに人がいて恥ずかしいなら、人がいないときだけでもかまいません。
周りに人がいなければ、大げさに踊っても恥ずかしくありません。
すると、きっと幸せな気持ちに包まれるでしょう。
幸せな気持ちになるから、踊るのではありません。
踊るから、幸せな気持ちになるのです。
もちろん階段の踊り場は、踊るために設けた場所ではありません。
階段の踊り場は本来「休憩」「危険防止」「方向転換」のためにありますが、堅い話は抜きにしましょう。
第4の意味として「踊り」を加えてみましょう。
本来の3つの役割に加え、新しくマイルールを加えるのです。
ばかばかしいと思うかもしれませんが、頭を柔らかくしようではありませんか。
常識にとらわれず、面白い発想を大切にしてください。
今まで特に意識せず階段の踊り場を通っていたかもしれませんが、今日から少し考え方・行動パターンを変えてみましょう。
ユニークな考え方をすれば「普通の踊り場」が「面白い場所」に変わるから不思議です。
わくわく楽しみながら階段の踊り場を通れるでしょう。
余裕があれば、踊り場用の踊りをつくってみるのも、ユニークが際立ち、面白いでしょう。
新ルールをつくって、日常をもっと面白くしていくことが大切です。
幸せは、階段の途中にあります。
階段の踊り場は、踊るためにあるのです。
最近タクシーを使っていますか。
タクシーはお金がかかるため「贅沢」「無駄遣い」「大げさ」と考える人がいるでしょう。
もちろん安易な利用は要注意です。
惰性で無計画に利用するのは良くありません。
タクシーは、移動距離に応じてお金がかかります。
頻繁にタクシーを利用していると、出費が多くなり「タクシー貧乏」になってしまうでしょう。
だからといって「お金がかかる」という理由だけで、タクシーの利用を控えるべきかというと、そうではありません。
それはなぜか。
タクシーは、チャンスを手に入れる道具になるからです。
賢くタクシーを利用すれば、さまざまなチャンスを手に入れることが可能です。
タクシーの中ではプライベートが守られます。
運転手はいますが、ほぼ個室に近い状態のため、バスや電車の中ではできない会話も、タクシーの中なら可能です。
話し声で周りに迷惑をかけることがありません。
電話でデリケートな話ができます。
電車のように居眠りをして乗り過ごす心配もありません。
目的地に着いたら、運転手が起こしてくれます。
タクシーの移動時間を、睡眠や体力回復の時間に充てることもできます。
移動中は、タクシーの中で仕事ができます。
何でも仕事ができるわけではありませんが、簡単な仕事なら、タクシーの中でも十分可能です。
タクシーの中は広々としているので、書類を広げることもできます。
電車のように乗り継ぎが不要なので、余計なストレスも減らせます。
タクシーとは、単なる移動手段ではありません。
「時間を短縮するツール」「仕事の効率を上げるツール」「チャンスを増やすツール」です。
「タクシーは高い」というだけで選択肢から外すのではなく、便利な道具として上手に利用してください。
便利な道具として上手に利用すれば、お金の元が取れるだけでなく、お金以上の価値を入手できます。
「タクシーは高い」という固定観念に縛られている自分に気づくことです。
タクシーの利用に3,000円かかったとします。
高い金額に思えますが、時間はお金より貴重です。
時間を節約できたりスムーズに仕事を進めたりできるなら、高いどころか、安いと言えます。
年収を上げたいなら、なおさら上手にタクシーを利用したい。
「タクシーを使うのはもったいない」と思って利用を控えるのは、年収アップのチャンスを捨てているのと同じです。
「タクシーを使うのはお金がもったいない」と言いますが、タクシーを使わないでチャンスを逃すほうが、はるかにもったいない。
「失うお金の大きさ」と「得られる価値の大きさ」を比較してください。
失うお金より得られる価値のほうが大きいなら、積極的にタクシーの利用をすべきです。
お金を使って、時間を短縮できたり仕事をスムーズに進めたりチャンスが増えたりするなら、実は「安い」と言えます。
節約のためにタクシーの利用を控えるのではなく、年収アップのためにタクシーを賢く利用しましょう。
大半の人がタクシーに贅沢なイメージを持っていて利用を控えていますが、そこがチャンスです。
タクシーの利用を控えている人が多いからこそ、賢く利用すれば、差をつけることができます。
選択肢の1つとして、上手にタクシーを利用してください。
タクシーの賢い利用は、年収アップの近道です。
「運動が嫌い」
「運動が苦手」
「体を動かすのがおっくう」
運動をすると、汗をかきます。
軽いジョギングでも、10分程度走り続けると、体がぽかぽか温まり、体から汗をかきます。
本来運動による汗は気持ちがいいものですが「汗をかくから運動が嫌い」という人もいるようです。
さて、運動したときの「汗」をどう考えるかが大切です。
汗の本来の役割は、体温調節を助けるためにあります。
運動すると体温が上昇しますが、汗をかくことで体を冷やし、体温を調整します。
汗は、塩分を含んだ水分です。
塩分を含んでいると、蒸発の際より多くの熱を奪うため、体を冷やす効果が高まります。
「汗は汗。少ししょっぱい水。それ以外の何でもない」
そう思うかもしれませんが、もう少しユニークな見方をしてみませんか。
運動で汗をかいたら、こう考えましょう。
「運動でかく汗は、体が喜んで流す嬉し涙」と。
汗をかいているのではありません。
体が嬉し涙を流しているのです。
運動は、体にとって嬉しいことであり、喜んでいる証拠です。
「運動は気持ちいいな!」
「たっぷり体を動かせて嬉しい!」
「体を動かしてくれてありがとう!」
しっかり運動をすることで、体が上機嫌になり、喜びの嬉し涙を流しています。
体が喜んでいる証拠ですから、ネガティブではなく、ポジティブなこと。
運動は、つらくて息苦しくておっくうに感じるかもしれませんが、その適度なストレスがいいのです。
体にとっては、運動はポジティブなこと。
汗で服がぬれてもいいのです。
嬉し涙によってぬれているのですから喜ばしいことです。
この考え方を持つと、汗で体がぬれることに、快感を覚えるようになるでしょう。
汗を流すことは、体にとって喜びです。
体に喜んでもらうために、少し運動をしてみませんか。
「最近、運動不足なんだよね」と思うなら、なおさらです。
つらくても息苦しくても、それでよし。
汗で、服がぬれてもいいのです。
運動によって体が喜んでいる証拠ですから、むしろ汗でびしょびしょになることを自分も喜ぶことです。
「汗でびしょびしょになるまでたっぷり運動してやろう」と思うくらいでちょうどいい。
さあ、運動をしましょう。
たっぷり汗をかきましょう。
激しい運動である必要はなく、軽い運動でも十分です。
苦しみながら運動をするのではなく、楽しみながら運動しましょう。
ますます気持ちのいい汗をかけるようになります。
たっぷり運動して、たっぷり体に喜んでもらおうではありませんか。
体を喜ばせるのは簡単です。
あなたが運動するだけでいいのです。
体を動かすだけで体を喜ばせることができるのですから、大変に思えますが、実はいちばん楽です。
あなたが運動で頑張れば頑張るほど、体は喜んで、嬉し涙を流してくれます。
運動でかく汗は、体が喜んで流す涙なのです。
私たちは、若いころの後悔を引きずることがあります。
「あのとき、こうしていれば良かった……」
「どうしてあんな愚かなことをしてしまったのだろう……」
「あのときの自分は、本当にばかだった……」
後悔が1つもないという人はいないでしょう。
誰にでも、1つや2つの後悔があるもの。
特に若い時期は、未熟で世間知らずのため、後悔することも多くなるでしょう。
大人になってからも忘れられず、悔やむ気持ちを引きずってしまい、心のしこりになります。
しかし、後悔があるからといって人生が終わるわけではありません。
後悔は、完全な無駄ではありません。
後悔にも、価値があります。
それは「健全な人生を送るための道しるべになる」ということです。
たとえば若いころ、無理をしたがために、体を壊した経験があるとします。
「やりすぎてしまった。がつがつしすぎていた。無理をするべきではなかった……」
涙を流すほど後悔しますが、そのおかげで「もうこれからは無理をしない」としっかり反省できます。
考え方が変われば、生き方が変わります。
生き方が変われば、生まれ変われます。
後悔した経験があっても、その痛みが教訓に変わり、人生をより賢く生きられるようになります。
学生時代、若さに任せて無分別な行動をしてしまい、大失敗を犯した経験があるとします。
「あの頃は本当に未熟だった。自分はなんて世間知らずだったのだろう……」
あとから自分の無分別な行動を後悔しますが、そのおかげで性格が円くなり、腰も低くなります。
素直と謙虚が大切であることにも気づけます。
結果として、その後の人生をより賢く生きられるようになります。
過去に後悔があるのは仕方ありません。
もう終わったことですから、くよくよするのは終わりにしましょう。
その代わり、過去の後悔は、健全な人生を送るための教訓として生かしてください。
後悔を生かすことができれば、価値が生まれます。
後悔は、反省するための大切な経験です。
そして、正しい生き方をするための大切な教訓でもあります。
「こうするのはよくないね」「こう生きればいいのだね」と痛感して、記憶に深く刻み込まれます。
大きな後悔であればあるほど、人生を変えるほどの価値があります。
後悔によって反省して、正しい人生を歩むことができるようになれば、成功と言っても過言ではありません。
過ちによって恥や損失があっても、長い人生全体から見れば、小さなこと。
恥や損失があっても、そのおかげで立派な生き方ができるなら、あとから元を取れます。
大きな目を持ち、大きな心で考えてください。
若いころの後悔は、健全な人生を送るための道しるべなのです。
「未知との遭遇」
そう聞いてイメージするのは何でしょうか。
スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』が有名です。
1977年の古い作品ではありますが、映画史に残る名作です。
映画が好きな人なら「未知との遭遇=宇宙人との出会い」と連想する人もいるかもしれません。
しかし、未知との遭遇は身近なところにあります。
もっと肩の力を抜いて考えてください。
それは「知らない言葉に出会ったとき」です。
あるとき、知らない言葉に出会うことがあります。
本を読んでいるとき、映画を見ているとき、テレビを見ているとき。
大人になってからも、知らない言葉と出会うことは多い。
ここで気づいてほしい。
知らない言葉との出会いも、れっきとした未知との遭遇です。
未知との遭遇をするために、遠くに出かける必要はありません。
わざわざ宇宙人と出会う必要もありません。
未知との遭遇は、今いる場所でもできます。
知らない言葉と出会うだけでいいのです。
知らない言葉と出会ったとき、どうするかです。
スルーしていませんか。
「意味がわからないな。まあいいか」
あるいは、話の前あとから適当に推測することもあるでしょう。
それはもったいない。
知らない言葉を見つけたら、きちんと意味を調べてみましょう。
「どんな意味なのだろう」とわくわくする気持ちを楽しんでください。
「知らない言葉と出会った」ということは「成長できるチャンスと出会った」ということです。
調べる手間暇は少しかかりますが、意味がわかれば「なるほど」とうなずけるはずです。
知らない言葉に出会ったら、小まめに調べましょう。
どれだけまめに調べられるかが成長力に関係します。
時間を置いてあとから調べるより、出会った瞬間に調べたほうがスムーズです。
興味関心が強いうちに調べたほうが、吸収力も高いのできちんと身につきます。
意味を調べることは、意味のある行為です。
こつこつ地道な作業かもしれませんが、あなたの成長につながる行為です。
この小さな積み重ねが、あなたの語彙と表現を豊かにします。
視野や思考の広がりに貢献します。
未知との遭遇が、有意義な遭遇に変わるのです。
真夏の暑い日に食べたいもの。
それは、おいしいアイスクリームです。
甘くて冷たいアイスクリームは、この世で最もおいしい食べ物の1つと言えるでしょう。
暑い日であればあるほど、アイスクリームのまろやかな特別感が増して、いっそうおいしく感じます。
おいしい甘みと冷たい食感のおかげで暑さも吹き飛びます。
一方、寒い日はどうでしょうか。
真冬の寒い日では、アイスクリームの魅力も半減するように思えます。
寒い日に冷たいものを食べると、ますます体が冷えそうです。
「体が冷えそう」「風邪をひきそう」と心配して、意識的にアイスクリームを避けることも多いでしょう。
しかし、そんなことはありません。
「寒い日にアイスクリームを食べるのはおかしい」と考えるのはおかしい。
「アイスクリームは、暑い日に食べるもの」というのは思い込みです。
ぜひ寒い日でもアイスクリームを食べてみてください。
おいしいものは、いつ食べてもおいしい。
本当においしいものは、時間も季節も無関係です。
暑いときに食べるアイスクリームとはまた違った感覚があるでしょう。
「寒い、寒い」と言いながら食べるアイスクリームも、特別な感じがあって味わい深いものがあります。
「寒い。冷たい。でも、おいしい!」と思うはずです。
甘みには、人を幸せにする力があります。
口の中に甘みが広がった瞬間、嫌なこともつらいこともすべて忘れられます。
ストレスが消え、体が軽くなっていくのがわかり、なぜか幸せな気持ちになります。
たっぷり甘みを感じると、空腹感も満たされ、元気も出てくるでしょう。
この世で最もおいしい食べ物の力は侮れません。
冷たい食べ物でも、人を幸せな気持ちにする力は抜群です。
この上ない幸福感に包まれ、至福の時間を過ごせることでしょう。
アイスクリームが手軽に食べられる時代に生まれてきて良かった。
アイスクリームがなかった時代もあります。
生まれた時代が少し遅ければ、これほど手軽にアイスクリームを楽しむことはできませんでした。
アイスクリームが食べられるだけで、この時代に生まれてきたことをラッキーと考えていいでしょう。
「アイスクリームは暑い日に食べるもの」という思い込みをなくしてください。
先入観をなくせば、アイスクリームを食べる範囲が広がります。
暑い日に食べるアイスクリームは格別ですが、寒い日に食べるアイスクリームも格別なのです。
ざあざあと雨が降っている様子を、どう思うかが大切です。
雨が降っている様子を見ると、心までどんよりすることがあります。
雨が降っていると、外出には傘が必要です。
できることなら、晴れでいてほしいと思うでしょう。
雨が降っていると、町が汚れるように感じますが、誤解です。
雨が降るから、町が汚れるのではありません。
雨が降るおかげで、町がきれいになります。
雨は、洗車と同じです。
水で車を洗うように、雨で町を洗っています。
神様が、今、町をきれいに洗っているところです。
お掃除の時間です。
天気とは、よくできたものです。
うまい具合に、雨は、ときどきふります。
汚れた町を、雨で洗っているのです。
もうしばらく待ちましょう。
洗った直後の車が最もきれいであるように、雨上がりの町が、最も美しくなります。
もうしばらくすれば、きれいな町に出会えるのです。
きれいな町を想像しながら、雨に感謝しましょう。
「雨さん、ありがとう。おかげで町がきれいになりました」と。
あなたは傘を何本持っていますか。
傘にこだわりがある人を除けば、普通は「必要最小限」という人が多いでしょう。
傘とはいえ、場所を取られます。
傘をたくさん持っていたところで、同時に傘を2つ差すこともありません。
実際のところ、1本で事足りる場合が大半です。
余計な持ち物を増やしたくないのは、誰もが思うことでしょう。
1人暮らしなら、傘を1本しか持っていないことも少なくないはずです。
ここがポイントです。
傘は何のためにあるのでしょうか。
「傘は、雨よけとして使うもの」
そう考える人も多いでしょう。
傘の基本的な使い方であり、認識に間違いありません。
ここにもう一つ、新しい使い方も加えてください。
「傘は、差すためだけでなく、貸すためにある」という考え方です。
「傘は、貸すためにある」という考え方を持てば、傘が1本しかないのは不都合だと気づくはずです。
予備の傘を持っておきましょう。
予備の傘があれば、雨に困っている人がいたとき、さっと貸せます。
気兼ねなく人に貸せるので便利です。
たとえば、友人が自宅に遊びに来たとき、途中から雨が降り始めることがあるでしょう。
友人が傘を持っていなくても、自分の傘をスマートに貸せます。
「どうぞこれを使ってください」と傘を差し出す姿はかっこいい。
困っているときに貸してもらえると、本当に助かります。
「ありがたいな」と感謝されるでしょう。
完全に必要ない傘なら「いらないからあげるよ」と言うこともできます。
「余裕があるなあ」と感心されるでしょう。
予備の傘があると、いざというとき便利です。
傘を貸すだけで人助けできるのですから、これほど楽なことはありません。
予備の傘を選ぶときは、貸すときのことを考えて、奇抜なデザインは避け、シンプルなデザインがいいでしょう。
場所が取られるのが心配なら、折りたたみ式の傘でもかまいません。
予備の傘があれば、心に余裕が生まれ、生活にゆとりが生まれます。
いつ使うかわかりませんが、ないよりあったほうがいいのは間違いありません。
傘は、差すためだけでなく、貸すためにもあるのです。
ふとしたことがきっかけで、大失敗をしてしまいました。
テストで0点を取ったり、仕事で大きなミスをしてしまったりなどです。
ひどく落ち込んで、涙がぼろぼろこぼれます。
大失敗をしたときは、お祝いにケーキを食べましょう。
大失敗は、お祝いです。
大失敗がきっかけで、自分の弱点や改善点を見つけることができました。
おかげで、これからもっと強く太く、生きることができます。
めでたいことです。
おめでとうございます。
ケーキは、大成功のときだけ食べるものではありません。
大失敗のときにも、食べるものです。
大失敗をした自分に、ご褒美を与えましょう。
拍手をしてから食べ始めると、いい雰囲気が出ます。
落ち込んだ気分も、一気に吹き飛びます。
おいしいケーキを食べて、食欲を満たせば、元気も出てきます。
甘いものは、人を幸せにする力があります。
大失敗の日は、ケーキの日なのです。
世の中には、お日さまを「高級贅沢品」と感じる人がいます。
その人は罪を犯し、獄中生活を送っています。
そこは窓が1つもなく、太陽の当たらない部屋でした。
ライトはありますが、自然光ではありません。
あくまでライトであり、人工光です。
その人はこう言います。
「私は犯罪者だからお日さまの光を浴びられない。どれだけ部屋が明るくても、お日さまを見られないので、心の中は真っ暗」と。
刑期は長く、まだまだ当分の間お日さまを見られそうにありません。
世の中にはそういう人もいるということです。
私たちが普段見るお日さまは、本当に当たり前の存在でしょうか。
いいえ、そうではありません。
お日さまは、誰でも見られるものと思いがちです。
私たちにとって普通に見られる存在ですが、普通に見られない人もいます。
世の中にはお日さまを高級贅沢品と感じる人もいるということです。
私たちはお日さまを見られます。
きっと今日もお日さまが出ていて、温かい日光を浴びられるでしょう。
美しい青空、真っ白できれいな雲、空を舞う鳥たちも見られるでしょう。
お日さまを見ると、にこにこできて、元気も出てきますね。
お日さまからの光は、最高の栄養です。
昔から「日光浴は心身の健康に良い」とされています。
古代エジプトでは、太陽は神として崇拝されていました。
日本の天照大神も、太陽を神格化したものとしてあがめられています。
いま一度、お日さまのありがたさを感じましょう。
お日さまを見られることは贅沢なことだと感じながら、今日も幸せを感じてください。
お日さまは、高級贅沢品なのです。
ときどき日常の中で、虹を見ることがありますね。
にわか雨が降った後は、虹が出やすいタイミングですね。
「わあ、きれいな虹だなあ!」
美しい虹を見ると感動します。
現実の世界にひょこっと現れた風景は幻想的で、独特の風情を感じますね。
虹は、七色のバウムクーヘンです。
小さな虹でも、インパクトは十分。
目の保養になり、心を癒やしてくれます。
日常の疲れを忘れさせてくれますね。
しかし、感動するだけではありません。
ここで心に留めておきたいことがあります。
虹は、自然からのサプライズプレゼントです。
虹は、いつでもどこでも見られるものではありません。
いくつかの偶然が重ねったうえで見ることができる、自然現象です。
虹が見られた日は、ラッキーな日です。
「虹鑑賞」という貴重な機会に恵まれました。
虹が見られたら、自然からのサプライズプレゼントに感謝して、たっぷり楽しんでください。
自然が織りなした美しい光景を目に焼き付けましょう。
感謝の気持ちは、笑顔でお返しです。
ますますハッピーな気分が盛り上がります。
日記をつけているなら、今日のネタにもってこいです。
虹が見られただけで、ラッキーな日であることを喜びましょう。
「幽体離脱」をご存じですか。
幽体離脱とは、肉体から魂だけが抜け出す現象のことをいいます。
心霊体験の一種であり、臨死体験者の話としてよく聞かれます。
「幽体離脱なんて信じない。あり得ない」と否定する人もいるでしょう。
現在のところ、幽体離脱には科学的根拠がなく証明されていません。
臨死体験をした人の証言が中心であり、真偽は不明です。
しかし、この幽体離脱の真偽は別として「幽体離脱の考え方」は、私たちにとって役立つ一面があります。
それは「自分を客観視するためのテクニック」です。
自分から思う自分は、あくまで「主観的」です。
客観的に自分を把握することが大切ですが、自分中心で考えるかぎり、なかなか客観的になるのが難しい。
あくまで自分に意識があると、つい自分軸で考えてしまいます。
客観的になろうと思っても、難しいことがあります。
「客観的になったつもり」で終わってしまうことも少なくありません。
主観的になっていると、自分によからぬ点があっても気づきにくいもの。
なんとか自分を客観的に見ることはできないものか。
そんなときに役立つのが、幽体離脱です。
もちろん本物の心理体験をしろというわけではありません。
いわば、疑似の幽体離脱です。
想像でかまいません。
自分の肉体から魂が離れ、少し離れたところから、自分を眺めているところを想像してみましょう。
自分は今、どんな様子なのか。
よからぬ点や変なところはないか。
改善すべきところはないか。
幽体離脱には、自分を、他人のように見ることができる効果があります。
上手に幽体離脱をすれば、もう1人の自分をつくり出せ、客観的に自分を観察できます。
自分では普通に感じていても、客観的に自分を観察することで「不自然な何か」に気づけることがあるでしょう。
たとえば、多忙の日々を送っている自分がいれば「もう少し休んだほうがいいかな」と気づけるかもしれません。
体調が悪いにもかかわらず頑張っていると「そんなに無理しなくてもいいのではないか」と思うかもしれません。
自分では「普通」と思っていても、幽体離脱によって客観的に自分を眺めると、別の姿が見えることがあります。
かっこいいと思っていた自分が、実はかっこ悪く見えるかもしれません。
結果として、生活の改善や人生の軌道修正に生かせるのです。
想像の世界でかまいません。
自分を客観視するためのテクニックとして、たまには幽体離脱をしてみてください。
堅苦しく考えず、遊び心で取り組んでみましょう。
「週に1回の幽体離脱」という趣味があっても面白いでしょう。
抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、人生を楽しむためのユニークな視点として取り入れてみる価値はあるでしょう。
友人から「どうしてぼうっとしているの?」と聞かれたら、こう答えましょう。
「ちょっと幽体離脱をしていたところ」と。
世の中には「醜い」と呼ばれる生き物が存在します。
たとえば、ブタやカエルは醜い生き物として知られています。
「ブタは醜い」「カエルは醜い」といった声がよく聞かれます。
それは本当にそうでしょうか。
ここに「思い込み」が関係しています。
醜いと思っているから、そう見えるだけです。
思い込みとは怖いものです。
一度そう思ってしまうと、色眼鏡がかかります。
先入観が働くようになって、そういうふうにしか見えなくなるのです。
ここで面白い実験があります。
「醜い」を「かわいい」に置き換えてみてください。
「ブタは醜い」ではなく「ブタはかわいい」と思いながら、もう一度見てみましょう。
「カエルは醜い」ではなく「カエルはかわいい」と思いながら、もう一度見てみましょう。
面白いことに、かわいく見えてくるはずです。
さっきまで醜いと感じていたのに、不思議とチャーミングに見えてくるのです。
「かわいいと思うなんて無理」という生き物もいるかもしれません。
それでも「かわいい」と思うのです。
世界一醜いと言われる「ブロブフィッシュ」という生き物がいます。
イギリスで「世界一醜い生き物」という不名誉な称号を与えられた魚です。
「ブロブフィッシュは醜い」ではなく「ブロブフィッシュはかわいい」と思いながら見てみましょう。
やはりかわいく見えてくるはずです。
原因は、心の色眼鏡です。
結局のところ、そう思うからそう見えるだけです。
心の色眼鏡は、一瞬で変わります。
醜い生き物かどうかではありません。
醜い生き物と思うかどうかです。
醜いものをゼロにできなくても、減らすことならできます。
「醜い」を「かわいい」に置き換えて、どんどん世の中から醜い生き物を減らしてください。
醜い生き物かどうかは、自分の心が決めることです。
自分がかわいいと思えば、そう見えます。
とげとげのハリネズミも、鼻の長いテングザルも、変な顔をしたウーパールーパーも「かわいい」と思えば、そう見えてきます。
結局のところ「醜いものがあるのかどうか」ではなく「醜いと感じるかどうか」です。
「醜い」を「かわいい」に置き換えて、どんどん見え方をポジティブに変えていってください。
動物園に行ったとき、すべての動物をかわいいと思いながら見ていくと、すべてかわいく見えるようになります。
「カメはかわいい」
「ゴリラはかわいい」
「カメレオンはかわいい」
動物園が「かわいい生き物の楽園」に変わるでしょう。
自分の顔を見て「醜い」と思うこともあるかもしれません。
それも思い込みです。
そう思っているから、そう見えるだけです。
「私の顔はかわいい」と思えばいいのです。
そう思えば、そう見えてきます。
自分の中でイメージアップ改革が起こしましょう。
その気になれば、世の中から醜いものをゼロにすることも不可能ではありません。
大自然の神秘に触れたいときは、夜空の星を眺めましょう。
ぼんやり眺めるだけでいいのです。
忙しい日々を過ごしていて、美しい夜空と、その星々の存在を忘れていないでしょうか。
人工的なものばかり触れていて、大自然の神秘に触れる時間がなくなっていないでしょうか。
夜になったら、空を見上げましょう。
美しい夜空は、最も神秘的な存在の1つです。
宇宙には「営み」があります。
夜空の星一つひとつは、宇宙がつくり上げた偉大な作品です。
ちりやガスが、長い時間をかけて集まり、1つの星が誕生します。
月・火星・金星を除き、少なくとも肉眼で見えている星はどれも、地球よりはるかに大きな星と考えて間違いありません。
点にしか見えない星でも、実際は超巨大な星です。
夜空に浮かぶ星は、はるかに遠くにあります。
太陽系の外にあったり、銀河系の外にあったりします。
1光年とは、光の速さで1年かかった距離のことをいいます。
距離に直すと、およそ9兆4600億キロです。
はるか遠くにある星の光が、長い時を経て、地球に届いています。
たとえば、500光年の星であれば「光の速さで500年かかる距離にある」ということです。
つまり、500年前の星の姿を見ていることになります。
想像を絶するほど遠い距離にあることも驚きですが、大きなタイムラグがあることにも驚きです。
そんな不思議な存在である星が、夜空いっぱいに埋め尽くされています。
夜空の星は、大自然の神秘を一度に楽しめるところです。
神秘的な存在は、あなたの真上にあります。
1日1回、あなたの真上で神秘的なショーが繰り広げられています。
今夜は天体ショーを楽しんでみませんか。
ありのままの星空を楽しむだけでいいのです。
美しいものに触れていると、心も美しくなります。
緊張がほぐれ、疲れが癒やされ、優しい気持ちを取り戻せるでしょう。
私たちは、大宇宙の中で生きています。
美しい星空を眺めていると、大宇宙の中で生きていることを実感できます。
日常のストレスから解放され、健全な心を取り戻せます。
スケールの大きなものを見ていると、自分が悩んでいることなんて、小さなことに思えてきます。
素晴らしい天体ショーは、あなたの真上にあります。
美しい星空を眺めることは、大自然の神秘を眺めることになるのです。
家具売り場に行くと、組み立て式のものが販売されています。
組み立て式の本棚。
組み立て式のデスク。
組み立て式のロフトベッド。
一般的に組み立て式は、完成品とは違って生産工数が少なくて済む分、低価格が特徴です。
組み立て式の低価格は、予算が厳しい人にとって大きな魅力に感じるでしょう。
一方、組み立てる必要があるため、おっくうに感じる人も多いでしょう。
わずかではありますが、理系的な要素があります。
力や体力に自信のない人は「きちんと組み立てられるだろうか」という不安もあるはずです。
大きさや重さによっては、誰かに手伝ってもらう必要があるかもしれません。
安く買える以外に、特別なメリットがないように思えます。
しかし、組み立てる手間暇は、本当にデメリットでしょうか。
ものは考えようです。
組み立て式の家具には、ほかにも大きなメリットが2つあります。
それは「思い出ができる」「愛着が湧く」です。
たとえば、デスクを組み立てるとします。
デスクとはいえ、ものによっては大きくて重たいので、組み立てるのに時間がかかるでしょう。
1人では組み立てられないと、誰かに手伝ってもらう必要があるかもしれません。
たとえそうだとしても、頑張って組み立てることができれば、それはそれで「思い出」になります。
手伝ってもらった人と「あのときは大変だったよね」となります。
また、苦労して汗を流して組み立てた家具なら、愛着も湧きやすくなるでしょう。
愛着は、目に見えないものですが、目に見えないからこそ大事です。
「組み立て」とは、見方を変えると「愛着を生むきっかけ」です。
手間暇をかけて組み立てた分だけ、心理的な要因が働き、愛着が湧きやすくなる。
手料理は苦労が伴っているからおいしく感じるように、組み立てた家具も苦労が伴っているから特別に感じます。
重くて疲れたなら、素晴らしい思い出になるでしょう。
苦労が伴った思い出になれば、話のネタにもなるはずです。
使うときも、愛着が湧いた分だけ扱い方が丁寧になり、長持ちしやすくなるでしょう。
扱い方が丁寧になった結果、組み立て式のほうが完成品より長持ちすることも少なくありません。
つまり、組み立てる手間暇は、思い出と愛着に役立つのです。
組み立て式は「価格が安い」というメリットだけではありません。
「思い出になる」「愛着が湧く」というメリットもあります。
こうしたメリットに気づけば「組み立て式は、完成品より完成されている」と考えることもできるでしょう。
完成品があっても、あえて組み立て式を選ぶのも悪くありません。
組み立て式には、組み立て式なりの趣と味わいがあるのです。
靴ひものある靴とない靴。
履きやすさ・脱ぎやすさで考えるなら、靴ひものない靴のほうが楽でしょう。
一方、靴ひものある靴は、履くときも脱ぐときも少し手間がかかります。
いちいち靴ひもを結んだりほどいたりする必要があります。
靴ひもを触らずに履くこともできますが、靴にしわが寄ったり履きにくかったりします。
きちんと足にフィットさせるためには、一度かがんで靴ひもを結ぶことが必要です。
結んだりほどいたりするのを繰り返すのは、手間に感じる人が多いでしょう。
靴ひもを結ぶのが面倒に感じるなら、考え方を変えましょう。
「靴ひもを結んでいる」と考えるのではありません。
「気合を入れている」と考えるのです。
きゅっと靴ひもを結ぶ瞬間は、見方によって「気合を入れている」と考えることができます。
靴ひもがきゅっと引き締まる様子は、気持ちがきゅっと引き締まる様子と重なります。
心を引き締めるように靴ひもを結べば、上手に気合を入れられるでしょう。
そういう意味で、靴ひものある靴は「気合の入れやすい靴」と考えることもできます。
靴ひもを結ぶ手間暇がかかるのはデメリットに思えますが、考え方によっては、立派なメリット。
気合を入れたいなら、あえて靴ひものある靴を選ぶのも悪くありません。
さあ、今日も靴ひもを結ぼうではありませんか。
靴を履くときは、きちんと靴ひもを結びましょう。
靴ひもを結んでいるのではありません。
気合を入れているのです。
きれいに結べば、足元も美しくなります。
靴ひもを結んで気合が入れば、力強い足取りで行動できるでしょう。
メディアでは、多くのニュースが報道されます。
明るいニュースもありますが、実際には暗いニュースのほうが目立ちます。
また暗いニュースのほうが、明るいニュースより時間やページを割いて詳しく説明しているはずです。
悲惨な交通事故、政治家による汚職、有名人による不倫。
増え続ける虐待件数、組織的な詐欺事件、悪質なストーカー事件。
天候悪化による不作、年金の未納問題、少子高齢化に伴うさまざまな問題。
暗いニュースばかり見ていると、だんだん気持ちまで暗くなり、悲観的になります。
人は、暗いニュースに注意が向きやすい心理があります。
人は、危険回避の本能があるため、ネガティブな情報には敏感に反応します。
ニュースでも、暗いニュースを流したほうが、集中してみてくれるようになります。
そのため、ニュースでは、ネガティブな情報を中心に構成されています。
こうした状況から、私たちは無意識のうちに、悪い情報のシャワーを浴びている状況があります。
そしてついには「世の中は腐っている」と思うようになる。
「世の中は腐っている。夢も希望もない。こんな世の中に生きていても仕方ない」
暗いニュースのシャワーを浴びた結果、世の中に絶望して、生きる気力を失いそうになるのです。
ここで大切なことがあります。
世の中が腐っているのではありません。
腐っている見方をしているだけです。
暗いニュースを見続けたせいで考え方がネガティブになると、色彩が失われ、世の中が灰色に見えるようになります。
どろどろした印象ばかりが強調され、世の中が腐って見えてくるのです。
どうすれば世界を変えることができるのか。
大切なのは「あなたの思い」です。
「世の中は腐っている」と思えば、本当に腐って見えます。
「世の中は輝いている」と思えば、本当に輝いて見えます。
これだけのことです。
つまり、世の中の見え方は、あなたの気持ちや考え方が反映されているにすぎません。
明るい見方や考え方をして「世の中は輝いている」と考えましょう。
ネガティブなことは無視して、ポジティブなことに注目します。
「自分は満たされていて、とても幸せ」
「世界は今、新しいステージに向かおうとしている」
「世の中は、夢と希望に満ちあふれている」
本当に世界が美しく見えてきて、心が躍ってくるでしょう。
どうしてもネガティブに考えてしまうなら、しばらくニュースを遮断したり、インターネットから離れたりするのがいいでしょう。
ずっと遮断するのではなく、あくまで一時的です。
一時的に情報を遮断すれば、自分の思いどおりに見方や考え方をコントロールしやすくなります。
結局のところ、世界はあなたの思いどおりに変えることができます。
世の中を変えることはできなくても、見方や考え方を変えることならできるはずです。
あなたの見方や考え方をポジティブにすると、今すぐ素晴らしい世界と輝く世の中が手に入ります。
さあ、実際に試してみましょう。
周りの景色を見たとき「なんて美しい光景なのだろう」と感動してみてください。
「いろいろな人たちが面白い」と考えてみましょう。
「素晴らしい商品やサービスに囲まれていて幸せ」とわくわくしましょう。
うわべで思うのではなく、本気で「世の中は輝いている」と思うことが大切です。
「世の中は輝いている」と思えば、本当に輝いて見えるのです。
世の中は、あなたの思いどおりに変えられるのです。
ストローは、不思議な力があります。
同じ飲み物でも、ストローで飲むと、少し違った味に感じられるのです。
嘘だと思うなら、実際に試してみるとわかります。
牛乳を、コップで飲むのと、ストローを使って飲むのとでは、味が少し違います。
コーラも、コップで飲むのと、ストローを使って飲むのとでは、味が少し違います。
リンゴジュースやオレンジジュースも、コップで飲むのと、ストローを使って飲むのとでは、味が少し違います。
味も香りもない水ですから、コップで飲むのと、ストローを使って飲むのとでは違って感じられるから不思議です。
ストローを使うと、いつもと違った飲み方になります。
五感から入ってくる刺激が変わるので、味まで違って感じられるのです。
子どもたちは、ときどきコップとストローとで飲み比べをしています。
あるときは「ストローが欲しい」と言い、またあるときは「ストローはいらない」と言い、飲み方がころころ変わります。
直感的にそれぞれの味が違うことに気づいているのです。
ストローの魔法を利用すると、同じ飲み物でも、2種類の味わいが楽しめて面白くなります。
ストローで飲むことのないお酒やホットコーヒーも、遊び心で試してみてください。
ストローで飲んでみると、いつもと違った風味が感じられて面白い。
大人でも、どしどしストローを利用していきましょう。
ストローは、飲みやすくするためだけでなく、味の変化を楽しむためにも使いたい。
ストローの魔法を取り入れ、楽しむ味の幅を広げましょう。
ストローの魔法なのです。
カラーリングは、なりたい自分になれる手段の1つです。
オレンジやブラウンなど温かみのある色に染めて、いつもと違った雰囲気を楽しむこともできますね。
明るい色にすれば、雰囲気もそれだけ明るく変わるものです。
カラーリングをして気になるが「色落ち」です。
髪を染めると、毎日のバスタイムで髪を洗うごとに少しずつ色が落ちていきます。
色落ちしにくくなる工夫はあるものの、髪を洗うたびに色落ちすることは避けられません。
せっかく染めた髪が色落ちしていくのは悲しく思うかもしれませんが、くよくよしても仕方ありません。
ここはちょっと発想を変えて、ポジティブに捉えましょう。
カラーリングの色落ちに悲しむのではなく、1日ずつ髪の色が変わる様子を楽しむのです。
カラーリングの色落ちは、見方を変えると「少しずつ髪色が変わる様子を楽しめる」といえます。
毎日少しずつ色落ちする様子を、ユニークなこととして楽しんでください。
昨日と今日のあなたは、少し違います。
1日ごとに色落ちするということは、1日ごとに違った髪色を楽しめるということです。
わずかに色が変わっていくのも、面白くて楽しいこと。
根元の白髪が目立つのも、それはそれで独特です。
日々の小さな変化を楽しみましょう。
毎日少しずつ色落ちするのも、すてきなおしゃれなのです。
着替えとは何か。
一般的な意味としては「着ている衣服を脱いで、別の衣服を着ること」をいいます。
もちろんこれが本来の意味であり間違っていませんが、これだけでなく、別の意味もあります。
着替えは、儀式の一種でもあります。
気持ちと生活モードを切り替える効果があるのです。
私たちは身につけている衣類から、無意識のうちに心理的な影響を受けています。
フォーマルな衣服を着ると、気持ちが引き締まって、緊張感が漂うでしょう。
カジュアルな衣服を着ているときは、心が穏やかになり、リラックスした気持ちになるでしょう。
身につけている服の種類によって、気分や気持ちが変化します。
「着替え」という行為が「区切り」となって、生活モードが切り替わるのです。
私たちは、1日のうちに何度か着替える機会があります。
無意識のうちに何度も儀式を行っているのです。
単なる着替えとはいえ、心と生活に影響を与えているのは間違いありません。
たとえば、朝起きたら、パジャマから仕事着に着替えます。
スーツや制服に着替えるだけで、眠気が取れるでしょう。
着替えが儀式となり、睡眠モードから仕事モードに切り替わります。
気持ちにビジネスモードのスイッチが入って、気合が入って、心に火がつきます。
調理の支度をするときは、エプロンを身につけます。
エプロンを身につけると「調理を楽しむぞ」という意識が高まり、調理モードのスイッチが入ります。
調理はエプロンがなくてもできますが、きちんと気持ちを生活モードに切り替えるなら、エプロンを身につけたほうがいいでしょう。
遊びに行くときは、おしゃれな私服に着替えます。
おしゃれな服に着替えるだけで、遊びモードのスイッチが入り、気持ちがうきうきしてくるでしょう。
気持ちが高ぶって、遊びに集中しやすくなります。
寝る前は、きちんとパジャマに着替えましょう。
普段着のままでも寝ることはできますが、きちんとパジャマに着替えたほうがいいでしょう。
パジャマに着替えると、睡眠モードのスイッチが入ります。
自然と眠気がやってきて、スムーズに入眠しやすくなります。
くよくよして元気がないときも、着替えが有効です。
私服から別の私服に着替えるだけでも意味があります。
着替えることで、ネガティブな気持ちが取り払われ、新鮮な気持ちになれるでしょう。
着替えの場面を「儀式」として考えてみると、平凡な着替えにも、大切な意味があることを実感できるでしょう。
わざわざ着替えなくてもいい場面もありますが、じっとしているだけでは、なかなか気持ちが切り替わりません。
気持ちと生活モードを切り替えたいなら、きちんと着替えるのがいいでしょう。
面倒に感じるかもしれませんが、誤解です。
年齢・性別に関係なく、誰でもできます。
難しいルールも堅苦しいマナーもありません。
着替えるだけで気持ちと生活モードが切り替わるのですから、考えようによっては楽な方法です。
気持ちのスイッチを切り替えたいなら、まず着替えましょう。
着替えとは、気持ちと生活モードを切り替える儀式なのです。
世の中には、友人がいないという人が少なくありません。
知り合いはいても、友人はゼロという人もいます。
友人がいないと寂しい人生を送ってしまうような気がするかもしれません。
しかし、方法はあります。
友人がいないなら、本を友人にすればいいのです。
友人という言葉から「人」をイメージするかもしれませんが、それは固定観念です。
友人だからといって「人」である必要はなく「本」でもいいのです。
多くを学び、大きく成長させてくれた本はないでしょうか。
人生を変えてくれた本はないでしょうか。
何度読んでも飽きない本はないでしょうか。
あなたにとって大切な1冊があれば、それを友人にしましょう。
まさしく友人に値します。
世の中にある本は、どれも友人になり得る存在です。
なかでも特別な本もあるかもしれません。
大切な本とまだ出会っていないなら、これから探しましょう。
世の中には膨大な量の本があるので、人生を変えてくれるような素晴らしい本もきっとあるはずです。
1つである必要はありません。
1冊や2冊あってもいい。
たくさんの良書に囲まれているのは、たくさんの友人に囲まれているのと同じことです。
大切な本があれば、抱きしめてください。
あなたの愛情が、本に伝わります。
大切な本があれば、ぜひ一緒に写真を撮るのもアイデアです。
意外と本と写真を撮る人は少ないもの。
大切な家族や友人と一緒に写真に撮ることがあるように、大切な本があれば、一緒に写真を撮るといいでしょう。
本でも、心の支えになります。
本棚に飾って、かっこよく見えるようにするのも良し。
素晴らしい本は、友人と呼べるだけの価値があります。
本は絶対裏切りません。
本を一生の友にすることも可能です。
大切な本を友人にすれば、人生を明るく力強く生きていけるのです。
あなたは普段、歯を触ることはありますか。
歯を見たり磨いたりすることはあっても、じっくり歯を触ることは少ないのではないでしょうか。
軽く歯に触れるくらいならあるかもしれませんが、意識的に歯を触ることは、意外と少ないはずです。
当たり前にあると思われがちですが、あらためて考えると、歯が硬いのはありがたいことです。
ご存じですか。
人の体の中で最も硬いのは、骨と思われがちですが、違います。
人の体の中で最も硬いのは、骨ではなく、歯です。
歯は、骨よりも硬く、水晶や石英と同じ硬さがあります。
硬さは「モース硬度」と呼ばれる尺度で表されます。
1から10までの10段階あって、1が最も柔らかく、10が最も硬いことを意味します。
爪のモース硬度は「2.5」。
骨のモース硬度「5」。
歯のモース硬度は「7」です。
ちなみにダイヤモンドのモース硬度は「10」です。
人の体の中でも、歯が圧倒的に硬いのです。
硬い歯があるおかげで、今日も食べ物を噛め、おいしくいただけます。
私たちは、硬い歯への感謝を忘れています。
歯は硬くて当たり前と思いますが、骨より硬い歯があるおかげで、今日も食事の際、噛んだり噛み砕いたりできます。
たまには歯を触ってみましょう。
触るだけでいいのです。
自分の歯とは長い付き合いだというのに、触ってあげないのはかわいそうです。
前歯だけでなく、奥歯も触ってみましょう。
指先の爪で、こんこん軽く打ってみてください。
硬い歯への感謝を思い出すためです。
「こんなに素晴らしいものが口の中にあったのだね!」と気づけるでしょう。
就寝前の歯磨きの際、一緒に歯も触って感謝すれば、気持ちよく寝られるでしょう。
きちんと歯を磨いてケアをしようという意識も強くなるでしょう。
硬い歯に感謝すると、噛むことにも食べることにもありがたみを感じるようになります。
あなたの歯は「白い宝石」なのです。
宇宙の歴史に比べれば、人生は一瞬です。
私たちは、自分たちの寿命を基準にして、時間の長さを考える傾向があります。
しかし、私たちが生まれたときから、人類が始まっているわけではありません。
自分が生まれたのは親のおかげであり、親が生まれたのは地球のおかげです。
地球が生まれたのは銀河系のおかげです。
私たちの誕生の起源をずっとさかのぼると、最終的には、宇宙の誕生が発端になります。
宇宙の誕生を起点にして時間を考えると、時間感覚は変わります。
最新の研究によると、宇宙の年齢は、138億年と言われます。
わかりやすくするために、宇宙の歴史全体を1年に例えてみましょう。
宇宙の誕生が、1月1日。
銀河系の誕生が、1月11日。
地球の誕生が、8月31日。
人類の誕生が、12月31日23時37分。
キリストの誕生が、12月31日23時59分56秒。
宇宙の歴史から見れば、人類が誕生して、まだ4時間ほどです。
始まったばかりです。
では、人の一生は、どのくらいになるのでしょうか。
なんと、0.1秒です。
人生は80年と言いますが、宇宙の歴史から見ると、一瞬です。
人の一生は長いと言いますが、実は一瞬です。
人生は、短いです。
宇宙から見ると、私たちは、一瞬の中で生きています。
1日1日を大切にするというより、一瞬一瞬を大切にしましょう。
世の中でも最も不思議な世界は、どこにあるのでしょうか。
異次元をテーマにした、テーマパークのアトラクション。
地球上とは思えない、感動の絶景スポット。
秘境のアマゾンや海外の辺境地。
あの世の世界や宇宙の果てをイメージする人もいるかもしれません。
もちろんどれも不思議な世界ですが、もっと身近なところに不思議な世界が存在します。
しかもあなたは毎日、そこに行っています。
あなたの頭の中。
すなわち、夢です。
私たちは毎日、睡眠中、不思議な世界を旅しています。
夜が更け、床に就いて目をつぶると、不思議な世界を旅する冒険の始まりです。
どこに行くかは、目を閉じてからのお楽しみ。
見たことがある世界かもしれない。
見たこともない世界かもしれない。
物語の展開は、始まってみないとわかりません。
待ち受けているイベントも、そのときになってみないとわかりません。
時間感覚もあやふやになります。
友人と話しているかと思えば、急に空を飛び始めるかもしれません。
道を歩いているかと思えば、急に宇宙人がやってくるかもしれません。
言葉を話せないはずのペットと会話ができるかもしれません。
亡くなった祖父や祖母と会えるかもしれません。
猫に生まれ変わったり、遠い銀河を宇宙旅行したりするかもしれません。
あり得ないことも、夢の中ならあり得ます。
夢の中ではどんな冒険をするかわかりません。
不思議な世界であり、物語が面白く進んでいきます。
夢の中こそ、この世で最も不思議な世界。
移動時間は不要です。
パスポートも不要です。
旅行費用すら必要ありません。
床に就いて、目をつぶるだけでいい。
私たちには、不思議な世界にいざなう能力が備わっています。
私たちは毎日寝ています。
つまり、毎日不思議な世界を楽しんでいるのです。
さあ、今日も夢の世界に行きましょう。
寝床は、この世で最も不思議な世界に向かう入り口です。
目をつぶってしばらくすれば、あなたはもう不思議な世界の中を旅しているはずです。
人生には、頼もしいステージライトがあります。
太陽と月です。
無意味に、光っているのではありません。
あなたに向けて、光を当てているのです。
太陽は、朝に東から昇り、夕方になると西に沈んでいます。
なかなか絶妙なアングルです。
主人公であるあなたが、かっこよく輝くように、角度を変えながら光を当てています。
夜になると、月の出番です。
「真っ暗では寂しいだろう」と心配した月が、あなたをほのかに照らしてくれます。
真っ暗な人生を嘆く人がいますが、実際、本当に真っ暗な人生はあり得ません。
昼も夜も、常に、光があります。
主役がいつも明るく輝けるように、一生懸命に光を当ててくれています。
なんと頼もしいのでしょうか。
おかげで、人は、明るく生きていけます。
太陽と月に向かって「ありがとう」と言いましょう。
さあ、今日もスポットライトが当たり始めました。
太陽と月の協力に報いたければ、一生懸命に生きることです。
スポットライトの光に恥じることがないよう、主人公らしく生き生き、活躍しましょう。
映画撮影は、映画監督だけがするものではありません。
本来、私たちはみんな、映画監督です。
すべての人が、映画を撮影中です。
映画のタイトルは「素晴らしき人生」です。
生まれたときがクランクインであり、死ぬときがクランクアップです。
撮影のスケジュールが長いため、映画を撮っていることを、ほとんどの人が忘れています。
いま一度、自分は映画の撮影中である意識を、思い出しましょう。
目は、カメラです。
耳は、マイクです。
体は、カメラとマイクを支える脚立です。
映画を撮影している意識を持ち、感じるすべてを、ありのまま楽しんでみましょう。
「撮影中」という意識を持つと、体全体で感じるすべてが、味わい深くなります。
物を見るときの角度が、いつもより粋であるように感じます。
目に映る動きが、いつもより風情に感じるようになります。
聞こえてくる音が、いつもより刺激的に感じられるようになります。
「楽しもう。楽しくさせよう」という意識があると、あらゆる刺激が感動になります。
撮影中という意識があるおかげで、人生は、より豊かになります。
人生は、壮大な映画撮影です。
撮影した映画は、死んでから楽しめるようになっています。
死んでからのお楽しみです。
できるだけ楽しい映画になるように、活動的な生き方をしましょう。