努力をすれば、報われるとは限りません。
きちんと努力をしても、うまくいかないことがあります。
努力に努力を重ねても、残念ながら、失敗に終わることも少なくありません。
失敗したとき、自分を責めていませんか。
「失敗した自分が許せない」と考えていませんか。
たしかに失敗すると、自分が恥ずかしくなります。
「自分はダメ人間だから幸せになれない」
自分の低い存在価値を嘆いていませんか。
平均より大きく劣っていることがあると、思いどおりにいかないことも多いでしょう。
運動神経が悪くても落ち込まないでください。
ときどき運動神経が悪いことを気にしている人がいます。
「運動神経に自信がありません」
すでにあなたは厳しい競争で1位を取ったことがあります。
それは日本一より厳しい競争であり、しかも命をかけた壮絶な戦いです。
「そんな競争をした覚えはない」と思うかもしれませんが、紛れもない事実です。
「私ってダメ」というセリフを耳にすることがあります。
ミスをしたとき「間違えちゃった。私ってダメね」と口にします。
勉強でうまく覚えられないと「全然覚えられない。私ってダメね」と口にします。
落ち込みから立ち直るためには「高い位置からの客観視」が役立ちます。
落ち込んだときは、高層ビルの上から自分を見下ろしているところをイメージしてみてください。
もう1人の自分がいて、高層ビルの上から地上にいる自分を見下ろしています。
人生では、うっかりつまずくことがあります。
不注意でつまずくこともあれば、ちょっとした障害でつまずくこともあるでしょう。
「つまずく=トラブル」ではありません。
弱い人は、弱くありません。
たしかに表向きは弱く見えるかもしれません。
体が痩せ細っている。
あるとき、自分の長所や得意に気づくことがあります。
「自分の強みがわかった。適性を発見できた。魅力がわかった」ということです。
秀でているところが見つかれば、さぞ嬉しくなるでしょう。
自分だけできないことを嘆いていませんか。
「自分だけ○○ができない」
自分だけできないことがあると、取り残された感じがあり、恥ずかしくなるでしょう。
いきなり大きな自信をつけようとするのは、注意が必要です。
自信は、身につけるプロセスによって、成り行きが大きく変わるからです。
もちろんすぐ大きな自信をつけることが不可能というわけではありません。
コミュニケーションが大の苦手という人がいます。
「昔から会話が苦手で悩んでいる」
「コミュニケーション能力が絶望的」
「才能」と聞くと、どんなイメージを浮かべるでしょうか。
突出したスキル、並外れた運動神経など、特別な能力をイメージするのではないでしょうか。
生まれつき絵や音楽が得意など、先天的な能力をイメージする人もいるでしょう。
「はあ、元気が出ないなあ」
大きなため息をついて、元気がない自分に悩むことがあります。
体がだるく、やる気が出ません。
あなたには、コンプレックスがありますか。
・音痴
・癖毛
誰かが間違ったとき「ばかだね」と笑うのは良くありません。
相手を侮辱することになります。
不快な気持ちにさせてしまいます。
なかなか仕事に取りかかれない原因は、意外な心がけかもしれません。
それは「最初から全力を出そう」という心がけです。
「最初から本気を出そう!」
あなたには弱みがありますか。
短所、弱点、コンプレックス。
平均より劣っていたり弱かったりして、苦手意識を感じることがあるでしょう。
1日の終わりには、今日の反省です。
仕事や人間関係の出来事を振り返り、自分の言動に間違いがなかったかよく考えます。
「今日も良い1日を過ごした」と満足することがあるでしょう。
あなたにとって自慢になることは何ですか。
「自分には強みもない」
「自慢になることなんてない」
あなたは自分の人生が好きですか。
気に入っていますか。
人にも家族にも環境にも恵まれた人生なら、幸福感も大きいでしょうが、中にはそうでない人もいるはずです。
多くの人は、立派に生きようとします。
もちろん立派であることは、素晴らしいことです。
人としての手本となるような生き方をすれば、多くの人から尊敬を集めるでしょう。
「仕事が遅い」
「歩くのが遅い」
「覚えるのが遅い」
夢とは何か。
夢とは、将来実現させたい願望です。
夢は、私たちに生きる力を与えてくれます。
やる気が出ないときは、心の中でぶつぶつ文句を言っています。
「またこの仕事をするのか」
「同じ仕事の繰り返しでつまらない」
トラブルが発生したとき、どう考えるか。
ここは、トラブルの成り行きを決める大事なポイントです。
トラブルが発生すれば、多くの人は慌てるでしょう。
幸せな日々を送るには、毎日笑うことが大切です。
笑顔があふれる日々は、幸せの象徴。
笑顔で挨拶をする。
自分を「最低な人間」と思うこともあるでしょう。
無能な自分に悲観したり、失敗に落ち込んだり、ひどいことをしてしまったりすることもあるでしょう。
しかし、どんなに自信がなくなっても、自分をけなすのは良くありません。
完璧にできなくても落ち込まないでください。
なぜ完璧でなければいけないと思っているのでしょうか。
「完璧でなければいけない」という考え方は幻想です。
努力をすれば、報われるとは限りません。
きちんと努力をしても、うまくいかないことがあります。
努力に努力を重ねても、残念ながら、失敗に終わることも少なくありません。
残念な結果に終わると、残念な気持ちになります。
きちんと努力したにもかかわらず、失敗に終わると、悔しい気持ちもひとしおでしょう。
きちんと結果を出せなければ、自分に低い評価を与えたくなります。
周りに迷惑をかけると心苦しくなって、申し訳ない気持ちになるでしょう。
失敗が連続すると、無能な自分に嫌になり「ダメ人間」のレッテルを貼りたくなるかもしれません。
しかし、失敗した自分を責めるのは要注意です。
自分で自分を責めると、プライドと自尊心が傷つきます。
ネガティブな結果ばかり考えると、どんどん元気が奪われ、自信もなくなります。
反省は必要ですが、責めるのは不要です。
自分を責めたところで自分を傷つける。
誰も喜ばず、何の役にも立ちません。
自己肯定感が低下して、自己嫌悪に陥ってしまいます。
気持ちがマイナス状態まで落ち込むと、うつ状態になってしまい、健康でも立てなくなるのです。
失敗した自分を責める必要はありません。
むしろ褒めてください。
前向きに頑張りました。
全力と最善を尽くしました。
できることは、すべてやりました。
結果にとらわれないことです。
努力したということは「前向きに頑張った」ということです。
全力と最善を尽くしたということは「100%の自分だった」ということです。
自分の持てる力をすべて発揮できたなら、何も悔やむことはありません。
努力をした結果なら、成功・失敗に関係なく、自分を褒めることができます。
努力した自分を褒めましょう。
誰かが褒めてくれるのを待つのではなく、どんどん自分で褒めていい。
自分で自分を褒めるのは、自意識過剰な気がして抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、誤解です。
自分のいちばんの理解者は、自分です。
自分の努力は、自分がいちばんよく理解しています。
自分が自分のいちばんの理解者なのですから、自分で自分を褒めるのはおかしなことではありません。
褒めて、褒めて、褒めまくりましょう。
「よく頑張ったね、自分!」
「偉いぞ、自分!」
「自分は立派だった!」
「きちんと努力したよね。だから自分は素晴らしい!」
失敗した自分を責めるのではありません。
努力を出した自分を褒めましょう。
きちんと努力したなら、結果に関係なく、すべて自分を褒めることができます。
失敗したとき、自分を責めていませんか。
「失敗した自分が許せない」と考えていませんか。
たしかに失敗すると、自分が恥ずかしくなります。
特に簡単なことを失敗したなら、歯がゆい気持ちも倍増するでしょう。
「失敗した自分が許せない」と思うものです。
しかし「失敗した自分が許せない」と思うのは良くありません。
新しい後悔を増やすことになるからです。
不毛な時間が過ぎます。
気力や体力が削られます。
考えれば考えるほど、未練も出てきます。
元気がなくなると、ますます落ち込みから立ち直りにくくなります。
落ち込みがエスカレートして、自信もプライドもなくなって、いいことは1つもありません。
「人間失格」と思い込んで自分を責め続けていると、自己嫌悪に陥り、いつか精神を病んでしまうかもしれません。
「失敗した自分が許せない」と責めるのは、不健全でしかないのです。
「失敗した自分が許せない」と責めるのは、もうやめましょう。
「失敗した自分を許せない」と思うのではありません。
「絶対自分を許す」と思うのです。
「失敗した自分を許せない」と思う気力があるなら、そのパワーを「絶対自分を許す」という方向に向けてください。
失敗したら、失敗した自分を許していきましょう。
「人間だから失敗もあるよね」
「時にはうっかりすることもある」
「失敗することはよくあること」
「もう考えるのはよそう」
「大丈夫。きっとなんとかなる!」
優しく自分を許していきましょう。
あなたのいちばんの理解者はあなたです。
まず自分で自分を許していきましょう。
大きな失敗なら、なかなか自分を許せないかもしれませんが、心を大きくして自分を許してください。
人間は、間違える生き物であり、失敗する生き物です。
間違いが多いなら「かわいい自分」と慰めればいい。
失敗したら「自分は人間なんだ」と安心してもいいくらいです。
失敗が多いなら「人間味にあふれる自分」と言い換えればいい。
許す理由は何でもOKです。
とにかく自分を許しましょう。
何が何でも自分を許しましょう。
とことんポジティブになって、許すことを徹底してください。
「絶対自分を許す」と思うことが大切です。
「自分はダメ人間だから幸せになれない」
自分の低い存在価値を嘆いていませんか。
平均より大きく劣っていることがあると、思いどおりにいかないことも多いでしょう。
知識が少ないと、世の中のことがわからず、苦労することが多くなります。
能力が低いと、周りに迷惑をかけることも多いでしょう。
物覚えが悪いと、仕事で怒られることも増えるでしょう。
コミュニケーション能力が低いと、スムーズな人付き合いが難しくなります。
障害があると、不便が多くなります。
ダメなところがいくつもあると、劣等感やコンプレックスもひとしお大きくなる。
自分に「ダメ人間」というレッテルを貼りたくなるかもしれません。
しかし、ダメ人間だからといって、幸せになれないと決まったわけではありません。
できないことが多いだけのこと。
平均より劣っていることがあるだけのこと。
ダメ人間とはいえ、重大な罪を犯したわけではないはずです。
なぜ、ダメ人間と感じてしまうのか。
それは「人と比べること」にあります。
そもそも人と比べるのが良くありません。
人と比べると、どうしても自分の悪いところが目立って見えるようになります。
「ダメ人間」というレッテルは、他人と比べることで生まれる思い込みにすぎません。
ネガティブなレッテルを自分に貼ったところで、ますます卑屈になるだけで、何の役にも立ちません。
人と比べるのはやめましょう。
人は人であり、自分は自分です。
人の数だけ個性も特徴も存在するため、幸せの道も人それぞれです。
幸せになるために何が必要なのか。
幸せになるために必要なのは「自分らしい生き方」です。
自分の個性と魅力を発揮して、自分らしく輝いて生きることが、幸せにつながる道です。
他人と能力争いをしても、ストレスとやっかみが増えるだけ。
誰かと比較するのではなく、自分らしく生きられればいいだけです。
できないことはできる人に任せましょう。
何でもできる万能人間を目指す必要はありません。
自分にできないことではなく、できることを考えましょう。
劣っているところがあるなら、秀でているところもあるはずです。
不得意を直すより、得意を伸ばしましょう。
不得意は放置して、得意に集中したほうが、効率よく才能を伸ばせます。
コミュニケーション能力が低いなら、コミュニケーションを必要としない仕事をすればいい。
世の中には、オフラインの仕事だけでなく、オンラインの仕事もあります。
話すのが苦手なら書けばいい。
人に会わなくていい仕事もたくさんあります。
知恵を振り絞れば、回避策や代替策はあるはずです。
障害があるから、不幸が決まったわけではありません。
障害は、恨むのではなく、生かしましょう。
障害があって、不便は多いかもしれませんが、不便なりにできることがあるでしょう。
不便なりの生き方もあるはずです。
障害を生かした生き方をすれば「健常者にはできない何か」を達成できるはずです。
ダメ人間だからといって、幸せになれないと決まったわけではありません。
ダメ人間でも、人生を華やかにできます。
ダメ人間でも、幸せになれるのです。
運動神経が悪くても落ち込まないでください。
ときどき運動神経が悪いことを気にしている人がいます。
「運動神経に自信がありません」
「運動神経が悪くて、スポーツも人並みにできません」
「昔から運動神経がなくて、学生時代の体力測定はいつもひどい結果でした」
学生時代、モテて人気者であるのは運動神経の良い人であり、運動神経の悪い人は笑われる対象でした。
運動神経が悪いと、スポーツでチームに迷惑をかけることがあって、申し訳ない気持ちになることがあります。
運動神経が悪いのは問題に思うかもしれませんが、心配には及びません。
ビジネスや実社会で問題になることはありません。
もちろん運動神経はあればあれで助かりますが、なくても問題ありません。
走るのが遅くても泳ぐのが下手でも、ビジネスや実社会では問題ありません。
運動神経で人の優劣が決まるわけではありません。
運動神経は仕事にも収入にも影響しません。
当然のことですが、運動神経が悪いから幸せになれないわけでもありません。
学生時代には運動神経のことで悪く言われることもありますが、社会に出て仕事をすると無関係になります。
仕事で運動神経が必要な場面はほとんどありません。
仕事をするとき「体力」は必要ですが「運動神経」は不要です。
コピー取りもデータ入力も、運動神経は不要です。
書類作成や営業の外回りも、運動神経は不要です。
体力と運動神経を混同しないことです。
特にホワイトカラーの仕事となると、運動神経の出番はほとんどないでしょう。
たとえ運動関係の仕事でも、指導の立場となれば、実際にプレーするわけではないので運動神経は不要です。
仕事に限らず、日々の日常生活でも運動神経が必要な場面はほとんどありません。
運動神経がないから運動ができないというのも誤解です。
散歩やウォーキングであれば、運動神経がゼロでも楽しめます。
フィットネスクラブではフィットネスバイクがあり、運動神経のない人でも楽しめ、気持ちのいい汗を流せます。
運動神経で人気・不人気が決まるのは、学生時代までの話です。
社会に出てしまえば、運動神経がなくても平気です。
運動神経が悪くても落ち込まないことです。
運動神経がゼロでも普通に生きられます。
もちろん豊かに生きることも幸せに生きることもできるのです。
すでにあなたは厳しい競争で1位を取ったことがあります。
それは日本一より厳しい競争であり、しかも命をかけた壮絶な戦いです。
「そんな競争をした覚えはない」と思うかもしれませんが、紛れもない事実です。
実際に1位を取っていなければ、今あなたはここにいません。
その競争とは、あなたが生まれる前にありました。
「受精競争」なのです。
あなたがこの世に生まれる10カ月ほど前のことです。
お父さんから放たれた精子は、お母さんの卵子に向かって突き進んでいきました。
精子の数は、およそ3億です。
膣内のペーハー値は3.8~4.5の酸性であるため、精子は長時間生存できません。
卵子にたどり着くまでには、勢い、スピード、生命力が必要です。
卵子に入り込んだ最初の精子だけが受精することになり、妊娠、出産を経て、この世に誕生することになります。
なんと素晴らしいことなのでしょう。
まずこの事実に驚くことです。
精子が受精できる確率は、3億分の1です。
言い方を変えれば「3億の競争で1位を取ったことがある」ということです。
想像してみればわかりますが、3億の競争で1位を取るのは極めて大変なことです。
全国模試で1位を取るよりはるかに難しいことです。
日本の人口は現在、およそ1億2000万人です。
3億の中で1位を取ったことがあるというのは、日本一よりはるかにすごいことです。
まったく記憶も自覚もないことでしょうが、あなたの過去には事実として、厳しい競争で1位を取ったという勝利実績があるのです。
厳しい競争で1位を取ったご褒美が「命」です。
命があるからこそ、この世に誕生でき、生きることができています。
命はお金より貴重なものであり、人生で最も価値のあるものです。
命があるから人生を生きることができます。
厳しい競争に勝ったご褒美ですから、どうか大切にしてください。
もちろんあなただけでなく、この世に存在する人はすべて、厳しい競争で1位を勝ち取った人ばかりです。
この事実を知ったうえで、世の中を見え方が変わります。
自分に自信を持ってください。
厳しい競争で1位を取ったあなたが素晴らしくないわけがありません。
自分の偉大な勝利に誇りを持ってください。
また、厳しい競争で1位を取った命も大切にしましょう。
与えられた命、素晴らしい命、かけがえのない命に感謝しましょう。
命は有限です。
この世に生まれてきたあなたは、80年から100年ほど生きることになります。
人生とはいわば、期間限定の壮大な旅行です。
限られた時間ですから、どうか素晴らしい人生を楽しんでください。
命があるのは、厳しい競争で1位を取った証拠なのです。
「私ってダメ」というセリフを耳にすることがあります。
ミスをしたとき「間違えちゃった。私ってダメね」と口にします。
勉強でうまく覚えられないと「全然覚えられない。私ってダメね」と口にします。
スムーズに仕事ができないと「自分が嫌になる。私ってダメね」と口にします。
うまくいかないことがあるたびに、決まり文句のように「私ってダメ」というセリフを口にする人がいるものです。
「私ってダメ」と言えば、周りの人は「そんなことはないよ」と優しく励ましてくれるでしょう。
発言を聞くかぎり謙虚なセリフに思うかもしれませんが、大きな誤解です。
これは謙虚でも何でもありません。
ただの自分いじめです。
ささいな一言に思えますが、注意が必要です。
「私ってダメ」というセリフを言った瞬間、自分に「ダメ人間」のレッテルを貼ることになります。
自分をダメ人間と決めつけることになり、悪い自己暗示をかけることになります。
「私ってダメ」というセリフを言えば言うほど、どんどん自己肯定感が下がり、自信がなくなります。
自分で自分をダメと決めつけてしまうと、何をやっても無駄なような気がして、前向きな努力や新しい挑戦を怠るようになります。
自分の長所や強みを見つけようとしなくなります。
いつも自分を卑下していては、できることもできなくなります。
「私ってダメ」と言えば言うほど、腐っていくことになるのです。
「私ってダメ」というセリフは、百害あって一利なしです。
自分をおとしめるパワーがあるので絶対避けてください。
「私ってダメ」というセリフに心当たりがあるなら、今すぐ捨ててください。
自分の可能性をつぶしてしまう言葉なので禁句にしましょう。
謙虚のつもりで言っているなら大きな誤りなので、今すぐ禁句にするのが賢明です。
禁句にするのはもちろん、思うのも良くありません。
「私ってダメ」と思いそうになれば、すぐ原因を探ってください。
大切なのは「建設的な思考」です。
できないことがあれば、できない原因を探して、解決すればいいだけです。
わからないことがあれば、わかりやすい方法を見つけて勉強するだけです。
常に建設的な思考をして、人生を前に進めてください。
できないこともわからないことも、正しい方法が見つかれば、解決します。
できないことがあれば「苦手分野」と思うだけにしておきましょう。
苦手分野は誰にでもあることです。
できないからといってダメ人間というわけではありません。
むしろ苦手分野があるのは人間らしいことです。
苦手分野は「個性」として快く受け入れましょう。
苦手分野に関わらなければいけない状況があるなら、得意な人に代行をお願いしましょう。
反則でも非常識でもなく、普通のことです。
苦手なことは得意な人にお願いすれば、単純に解決します。
人にお願いすると余裕ができるので、自分は自分のできることに専念すればいいことです。
人生に「私ってダメ」というセリフは必要ないのです。
落ち込みから立ち直るためには「高い位置からの客観視」が役立ちます。
落ち込んだときは、高層ビルの上から自分を見下ろしているところをイメージしてみてください。
もう1人の自分がいて、高層ビルの上から地上にいる自分を見下ろしています。
地上にはいろいろな人が歩いているでしょう。
さて、落ち込んでいるあなたと周りの人には、どんな違いがあるでしょうか。
実は、まったく同じです。
国籍・性別・年齢も関係なく、あらゆる人が「点」です。
元気な人もそうでない人も、点です。
アリのような小さな点が動き回っています。
このとき、はっと気づかされることがあり、拍子抜けします。
「こんなに落ち込んでいる自分も、高いところから見るとただの点。小さな点がくよくよしているなんておかしいね」
夢から覚めたような感覚を覚えるに違いありません。
私たち人間は、高いところから見ると、誰もが点に見える現実があります。
ちょっとしたトラブルを誇大解釈しているにすぎません。
落ち込んでいるのは、自分の中で大げさに考えているだけです。
落ち込んでいるときは視野が狭くなっています。
高い位置から見ると、自然と視野が広くなり、自分を客観視できるようになります。
どれだけどん底で絶望を感じていても、そんな自分を高い位置から見て、ただの点だとわかれば拍子抜けです。
このことに気づけば、小さなことを大げさに受け止め、悩んだり落ち込んだりしている自分が滑稽に思えてくるでしょう。
良い意味で、滑稽に思うことです。
どれだけ落ち込んでいようと、小さな点だと思えば、心が楽になります。
人生では、うっかりつまずくことがあります。
不注意でつまずくこともあれば、ちょっとした障害でつまずくこともあるでしょう。
「つまずく=トラブル」ではありません。
つまずいても転ばなければいい。
つまずくことを大げさに考えすぎです。
体が少しよろけるだけです。
ペースやリズムが少し乱れるだけです。
すぐ大失敗につながるわけでもありません。
ペースやリズムが少し乱れるかもしれませんが、転ばなければ、まだまだ前に進めます。
遅れが出たとしても、少し頑張れば、すぐ挽回できます。
もし、つまずいて転んだとします。
「転んだら一大事」と思うかもしれませんが、誤解です。
転んでも大丈夫。
転んでも起き上がればいいことです。
小さなダメージなら、ばんそうこうを貼ればいい。
大きなダメージなら、回復するのを待てばいい。
迷惑をかけてしまったなら、素直に謝ればいい。
時間が解決することもあるでしょう。
肉体的ダメージであれ精神的ダメージであれ、人には自然治癒力が備わっています。
起き上がるのに少し時間はかかるかもしれませんが、しばらくすれば、普通の状態を取り戻せます。
起き上がれば、再びいつもどおり進めるようになります。
万一、起き上がれない状況に陥ったとしましょう。
起き上がれなければ絶望的に思えますが、誤解です。
起き上がれなくても這っていけばいい。
うつぶせになったまま、手足を地面につければ、少しずつ前に進めます。
もちろん前に進めるペースは遅くなりますが、少なくとも前進ができます。
ペースは遅いかもしれませんが、少しずつ前に進めます。
本気を出せば、這ったまま仕事もできるはずです。
起き上がれなくても、簡単に諦めないことです。
「まだ今は起き上がれない」というだけかもしれません。
這いつくばって前に進んでいくうちに、だんだん調子が出てきます。
そのうち奇跡が起こって、何かの拍子で起き上がれるようになる可能性もあるでしょう。
奇跡を起こすためにも、諦めないことが大切です。
とにかく諦めないことです。
「もう終わりだ」と思って諦めたら、本当に終わります。
人は、諦めさえしなければ前に進めます。
つまずいても大丈夫。
転んでも大丈夫。
起き上がれなくても大丈夫。
前に進める可能性はまだまだ残されています。
どんな状況でも、希望を持ちましょう。
1ミリでも前に進む気持ちを大切にしながら努力すれば、必ず良い未来が開けます。
弱い人は、弱くありません。
たしかに表向きは弱く見えるかもしれません。
体が痩せ細っている。
気力が不足している。
精神状態が安定しない。
しかし、弱いところばかりで強いところが1つもないと思っているなら誤解です。
弱い人には、弱い人ならではの強みがあります。
「弱い人ほど、弱い人の気持ちがわかる」という強みです。
一言で「弱さ」と言っても種類はさまざまですが「弱いことに悩んでいる」という点は共通です。
心の弱い人がいるとします。
心配性であること、臆病者であること、恥ずかしがり屋であること。
心が動揺しやすいこと、落ち込みやすいこと、くよくよしやすいこと。
心が弱いなら、心が弱い人の気持ちがわかるようになるでしょう。
弱さの種類が同じなら、自分のことのように思え、共感しながら聞いたり話したりできるはずです。
体が弱い人がいるとします。
体力がないこと、疲れやすいこと、風邪をひきやすいこと。
胃腸が弱いこと、貧血気味であること、体が痩せ細っていること。
体の障害も、種類によっては肉体的な弱さに関係することもあります。
体が弱いなら、体が弱い人の気持ちがわかるようになるでしょう。
弱さの種類は違っても、相通じるところがあります。
弱い人は、弱い人の気持ちにより添いましょう。
弱い人には「弱い人の気持ちが理解できる」という重要な強みがあります。
弱い人だからこそ、弱い人と共感できたり励ましたりできます。
弱い人を癒やせるのは、弱い人の仕事です。
たった一言でも寄り添う言葉をかけると、相手は救われます。
「実は私も同じです」
「気持ちは理解できます」
「大変だったでしょう」
強い人が言うのと弱い人が言うのとでは、言葉の重みも深みも違います。
弱い者同士だからこそ、優しい一言が心によく響くのです。
弱いことばかり嘆くのではありません。
弱い自分にある素晴らしい魅力に気づいてください。
弱い人の気持ちに寄り添って救えるのは、弱い人のほうが圧倒的に有利です。
弱い人の言葉だからこそ、弱い人は救われます。
弱い人を救うのは、弱い人に与えられた使命かもしれません。
あるとき、自分の長所や得意に気づくことがあります。
「自分の強みがわかった。適性を発見できた。魅力がわかった」ということです。
秀でているところが見つかれば、さぞ嬉しくなるでしょう。
強みは魅力に変わりやすい。
適正のあることは、小さな努力で伸びやすい。
中途半端に伸ばすのではなく、徹底的に伸ばしていきましょう。
どんどん能力を伸ばしていけば、大きな強みになり、自信につながります。
長所や得意を伸ばしていけば、いずれ大きな武器として役立つでしょう。
長所や得意は、才能の芽。
トレーニングを重ねることで、ますます強力な武器になるでしょう。
人生を変えるほど、卓越した才能に化ける可能性もゼロではありません。
一方、逆のパターンもあります。
あるとき、自分の短所や苦手に気づくことがあります。
「自分の弱点がわかった。苦手分野を発見した。醜いところがわかった」ということです。
劣っているところが見つかっても、落ち込む必要はありません。
短所や苦手がわかっても喜びましょう。
短所や苦手の発見は、スムーズな人生を送るためのヒントになるからです。
短所や苦手がわかれば、必要な対策を打ちやすくなります。
減らすのも良し。
避けるのも良し。
任せるのも良し。
「自分はこれが不向き」と、はっきり自覚できます。
短所や苦手があると、人生の選択肢は狭くなりますが、悪いことではありません。
マイナス面ではなく、プラス面を見てください。
選択肢が絞られるため「選択しやすくなる」というメリットが得られます。
「うまくできない自分は情けない」と思う必要はありません。
自分だけうまくできないと恥ずかしく思うかもしれませんが、比べる癖は良くありません。
そもそもすべてを完璧にできる人はいません。
自分だけできないことがあっても、別におかしなことではありません。
より自分らしい選択をする材料が見つかったのですから、喜んでいいことなのです。
選択肢はさまざまですが、選択肢がたくさんあったところで、同時にすべては選べません。
時間もお金も限られています。
選択肢を選ぶときは、1つが基本です。
多くても、2つや3つが限界でしょう。
生き方にも同じことが言えます。
人によって生き方はさまざまですが、生きる道がどれだけたくさんあったところで、選ぶ道は1つだけです。
両方の道を選ぶと、どちらも中途半端になり、共倒れになるでしょう。
「選択肢が減る」と考えるのではありません。
「選択がしやすくなる」と考えましょう。
短所や苦手は「減らす」「避ける」「任せる」という方法で乗り越えていけばいいことです。
長所や得意がわかれば喜びましょう。
短所や苦手がわかっても喜びましょう。
どちらも価値のある発見なのです。
自分だけできないことを嘆いていませんか。
「自分だけ○○ができない」
自分だけできないことがあると、取り残された感じがあり、恥ずかしくなるでしょう。
「人と比べてはいけない」と頭でわかっていても、うっかり比べてしまうことがあります。
なかなかできないことを、周りが簡単にこなしていると、劣等感が出てきます。
基本的なことができないと、恥ずかしい気持ちもひとしお大きくなる。
「自分はダメ人間」
「無能な自分が恥ずかしい」
「自分なんていなくてもいいのではないか」
悲観的な考えに駆られ、気持ちが沈んでいきます。
どんどん自分に自信がなくなって、孤立感が出てきます。
自己嫌悪に陥って、自然と涙がこぼれることもあるでしょう。
しかし、自分だけできないことを嘆くのは良くありません。
「自分はダメな人間だ」という自責の念に駆られると、気持ちは沈む一方。
いずれ心が折れてしまい、うつ状態になってしまうでしょう。
自分だけできないことを嘆く暇があるなら、逆のことに注目してください。
それは「自分にしかできないこと」です。
あなたにとって、自分しかできないことは何ですか。
自分だけできないことがあるなら、自分しかできないこともあるはずです。
小さなことでもいいのです。
自分しかできないことを見つけましょう。
「自分しかできないことは1つもない」と思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか。
じっくり自分を振り返ってみてください。
自分だけできないことがあるなら、どこか別のところでパワーが吹き出しているはずです。
能力や技術だけでなく、性格や個性でもかまいません。
どんなダメな人間でも、自分しかできないことが1つはあります。
それは、天が与えてくれた才能です。
オンリーワンは、それだけで素晴らしい。
オンリーワンは、すでにナンバーワンだからです。
自分だけできないことは代わりにできる人が大勢いますが、自分しかできないことは自分しかできません。
自分しかできないことには希少価値があります。
自分しかできないことが見つかれば、自信と誇りを持ちましょう。
自分の武器として、どんどん磨き上げていきましょう。
自分しかできないうえ、その能力が高いなら、ますます強力な武器になります。
いずれ才能として、強力な力を発揮するに違いありません。
自分だけできないことを嘆くより、自分しかできないことを喜びましょう。
自分しかできないことに注目して、上手に生かせば、幸せな人生を送ることは十分可能です。
いきなり大きな自信をつけようとするのは、注意が必要です。
自信は、身につけるプロセスによって、成り行きが大きく変わるからです。
もちろんすぐ大きな自信をつけることが不可能というわけではありません。
たとえば、いきなり高いレベルに挑んで達成できれば、短期間で大きな自信がつくでしょう。
「こんなに難しいことを達成できた」という実績によって自己評価が高まり、自信につながります。
「意外とやればできる」「自分はこんなにすごい人間だ」と思えるようになれば、自然と胸を張れるようになるでしょう。
しかし、実際のところ、いきなり大きな自信をつけるのは難しいのが現実です。
最初から高いレベルに挑むのは、失敗しに行くようなもの。
物事には、適切なレベルがあります。
自分の能力を大きく超えたレベルに挑んだところで、失敗するのは明らか。
よほどの運や偶然が重ならないかぎり、失敗するのが普通です。
むしろ最初から大きな自信を手に入れようとすると、挫折を招きやすくなるため、かえって自信を失いやすくなります。
自信を強化するどころか、喪失になっては笑えません。
では、どうするか。
自信は、少しずつ身につけていくのが最適です。
こつこつ経験を積んでいく。
少しずつ実績を積み重ねていく。
一つひとつ成功体験を積み重ねていく。
高いレベルに挑戦するなら「少し難しい」と感じる程度が適切です。
自信とは、成功体験の積み重ねによって得られるもの。
時間はかかりますが、最も確実に自信をつけていく方法です。
自信とは、小さな成功体験の集合体なのです。
自信は、目に見えないものですが、人生を左右する力があります。
少しずつレベルアップしていけば、不可能であったことも、いずれ達成できるようになっているでしょう。
「できるわけがない」と思っていたことが「できるに決まっている」と思えるようになるから、人間とは不思議です。
いきなり大きな自信をつけようとしないことです。
自信は、あとから身についてきます。
自信とは、小さな成功体験の集合体であることを、忘れないでください。
コミュニケーションが大の苦手という人がいます。
「昔から会話が苦手で悩んでいる」
「コミュニケーション能力が絶望的」
「雑談も何を話していいかわからない」
コミュニケーションが苦手であることを「コミュ障」と言います。
「コミュニケーション障害」の略であり、元はネット用語ですが、普段の日常会話でも使われることが増えました。
あまりにコミュニケーション能力が低いと、日常に支障を来すこともあります。
改善のしようがないほど、根っからのコミュ障という人もいるでしょう。
では、コミュニケーション能力がないと生きていけないかというと、そうではありません。
たしかに日常ではコミュニケーション能力を必要とする場面が散見されますが、その限りではありません。
コミュ障でも生きていける道があります。
直せないことを無理に直す必要はありません。
直せないことは直せません。
苦手なら苦手でいいのです。
どうしようもないほど絶望的なら、いっそのこと開き直って、コミュ障として生きていきましょう。
代替策や回避策に知恵を出し、コミュ障でもやっていける道を進めばいいのです。
「コミュ障では仕事ができない」と思っているなら大きな誤解です。
対面ではなく、メールやチャットでやりとりをすればいいことです。
文字として残るので、確認も便利になります。
人と接しない仕事に就く方法もあります。
世の中には、人と接しないでできる仕事が山ほどがあります。
どうしても対面が必要な場面であれば、コミュニケーションが得意な人に代わってもらえばいいことです。
一般的にコミュ障の人は、別の点で秀でていることがあります。
欠陥した能力があっても、ほかの部分で秀でていることが少なくありません。
突出した能力を最大限に生かして仕事をすれば、普通の人以上に成果を発揮できるでしょう。
自分に合った仕事を見つけ、自分に合った土俵で才能を発揮すれば、大きな成果を残せるはずです。
コミュニケーションが得意な人より、高い成果を残せる可能性もゼロではありません。
「コミュ障では恋愛ができない」と思うのも誤解です。
コミュ障なら「中身」で勝負すればいいのです。
不器用でも話が下手でも、優しさや思いやりがあれば、好かれます。
コミュ障でも、きちんと中身のある人であれば、魅力を感じてもらえます。
最初はメールやSNSのつながりなど非対面から始めていき、少しずつ魅力を伝え、中身を理解してもらえればいいでしょう。
コミュ障でも生きていける場所も仕事もあります。
コミュ障で落ち込む必要はありません。
コミュ障に劣等感を覚えるのは、人と比べるからです。
人と比べるのはやめてください。
比較は、不幸を招く悪習慣です。
人にはそれぞれ得手不得手があり、コミュニケーションが得意な人もいれば、苦手な人もいます。
コミュ障も「自分らしさ」です。
苦手なら苦手と認め、代わりの方法や影響の少ない方法を模索すればいいことです。
コミュ障でも仕事はできます。
コミュ障でも幸せになれるのです。
「才能」と聞くと、どんなイメージを浮かべるでしょうか。
突出したスキル、並外れた運動神経など、特別な能力をイメージするのではないでしょうか。
生まれつき絵や音楽が得意など、先天的な能力をイメージする人もいるでしょう。
もちろん優れた能力や先天的な能力も才能の1つですが、その限りではありません。
平凡なことでもいいのです。
突出したスキルや並外れた運動神経がなくてもいい。
大切なのは「スピード」です。
いかに早くできるかです。
平凡でも圧倒的に早くできることなら、才能に値します。
漫画『ドラえもん』に登場するのび太君は「早く寝ること」が得意です。
横になると「3秒」で寝ることができます。
寝るのは誰でもできることですが、3秒で寝るのは誰でもできることではありません。
非常に難易度が高く、頑張ってできることではありません。
訓練をしても、さすがに3秒は厳しいでしょう。
だから才能です。
のび太君は、悩みやストレスがあっても平気です。
泣いたり落ち込んだりしても「3秒で寝る」という得意技で解決するので、すぐ立ち直れます。
のび太君がいつも元気なのは、3秒で寝ることができるスキルのおかげです。
難しいテクニックばかりではないのです。
複雑なことや難しいことを成し遂げる必要はありません。
自分ができることを振り返ったとき「平凡だけど圧倒的に早くできること」はありませんか。
もしあれば、それは才能です。
世界一の短時間でなくてもかまいません。
平均を大きく上回る早さであれば十分です。
武器として通用するので、堂々と胸を張ることです。
平凡でも圧倒的に早くできることなら、才能に値するのです。
「はあ、元気が出ないなあ」
大きなため息をついて、元気がない自分に悩むことがあります。
体がだるく、やる気が出ません。
よくありがちなことですが、この瞬間こそ、要チェックです。
「元気が出ないなあ」と考えることはあっても、元気でない理由まで考えることは、少ないのではないでしょうか。
多くの人が「はあ、元気が出ないなあ」で、終わらせています。
たまたまそうなったものだと考えて、深く考えることもなく、流してしまいがちです。
しかし、世の中には、原因のない結果はありません。
元気が出ないなら、必ず原因があります。
人間は本来、何もしなくても、元気です。
元気でないなら、生活のどこかで、余計なことをしています。
やらなくてもいいことをやっていたり、悩まなくてもいいことを悩んでいたりなどです。
生活を振り返ってみましょう。
なんとなく体がだるいのかもしれませんが、理由をきちんと考えることが大切です。
生活を振り返ると「これがよくないのかもしれない」と思える心当たりが出てくるはずです。
あらゆる原因を疑ってみましょう。
心当たりがあれば、原因を排除すればいいのです。
もちろん完全になくすことは難しいかもしれませんが、減らすことならできるはずです。
元気を削る原因を取り除くほど、元気を取り戻すことができるのです。
あなたには、コンプレックスがありますか。
「重大」と言うほどではありませんが、小さなコンプレックスになっていることがあるでしょう。
小さなコンプレックスならどうするか。
答えはシンプルです。
小さなコンプレックスは、笑い飛ばしましょう。
「私は最高に音痴ですよ。下手な歌い方なら任せてください!」
「癖毛で本当に手入れが大変ですよ!」
「足が太くて大根みたいですよね!」
「体毛が濃くてコンプレックスです。猿とはすぐ仲良くなれそうです!」
「昔から私は運動神経が鈍くて、スポーツが全然ダメです。笑ってやってください!」
くよくよ気にしたところで仕方ありません。
小さなコンプレックスは、笑い飛ばすのがいちばん。
笑い飛ばしてしまえば、小さなコンプレックスも気にならなくなります。
コンプレックスを話のネタにして、笑い飛ばせば、明るい雰囲気が漂います。
コンプレックスなら、自分から「コンプレックス」と告白してしまうのもいい。
小さなコンプレックスを明るく話すあなたはきっと魅力的に映るでしょう。
不思議なことですが、小さなコンプレックスは役立ちます。
笑い飛ばせば、コンプレックスのおかげで会話が盛り上がり、人付き合いに役立ちます。
笑いのネタになるなら「コンプレックスがあって良かった」と思えるでしょう。
では、大きなコンプレックスならどうするか。
大きなコンプレックスなら、落ち込むしかないように思えますが誤解です。
大きなコンプレックスなら、忘れてしまいましょう。
自意識が過剰なだけです。
大きなコンプレックスは、いくら考えても仕方ないコンプレックスです。
考えても仕方ないコンプレックスにくよくよ悩んだところで、エネルギーが失われるだけ。
元気が失われます。
貴重な時間も過ぎていきます。
自信もなくなってしまいます。
百害あって一利なしです。
「みんな、私を見て笑っている」と思うのは誤解です。
自意識が過剰なだけです。
あなたが考えるほど、周りの人はあなたを見ていません。
みんな、いちばん関心があるのは自分であり、人のことはあまり見ていません。
たとえ気づいたとしても「へえ」と思って終わりです。
解決しようのない大きなコンプレックスなら、もはや考えるだけ無駄です。
だから忘れましょう。
考えるだけ無駄なのですから、忘れてしまうのがいちばん。
さっさと忘れて、自分がするべき仕事に取り組みましょう。
誰かが間違ったとき「ばかだね」と笑うのは良くありません。
相手を侮辱することになります。
不快な気持ちにさせてしまいます。
悪気はなくても、相手は笑われたことに腹を立て、トラブルの原因になることもあるでしょう。
見下すように人の間違いを笑うのは、できるだけ控えておくほうがいいでしょう。
しかし、人の間違いを笑うのはよくありませんが、自分で自分の間違いを笑うならOKです。
自分で自分を笑うなら、どれだけばかにして笑っても大丈夫です。
けなそうと見下そうと、誰にも迷惑はかかりません。
暗い顔で「ばかだな」と言うのではなく、にこにこしながら「ばかだな」と笑うのがポイントです。
うっかり間違えたときは、自分で自分を「ばかだな」と笑ってしまいましょう。
自分で自分の間違いを笑うことで、その瞬間、笑い話に変わります。
「あはは、間違っちゃったよ。ばかだな」
落ち込みそうになっても、自分で自分を笑ってしまえば、救われます。
笑う気分ではないかもしれませんが、だからこそ有効です。
笑うことは、負の感情を昇華させる効果があります。
笑った瞬間、ぱっと明るい光が差し込んで、あなたを包み込みます。
つらい気持ちも吹き飛んでいくでしょう。
無理にでも笑っていると、脳が騙されて楽しい気分になっていくのです。
トラブルの原因になることもないので、気兼ねなく笑えます。
うっかり間違ったときは、笑うべきタイミングです。
素直に笑ってしまうことで、自分が癒やされるのです。
自分を責めるくらいなら、笑ってしまったほうが明るい雰囲気が出ます。
なかなか仕事に取りかかれない原因は、意外な心がけかもしれません。
それは「最初から全力を出そう」という心がけです。
「最初から本気を出そう!」
「最初から全力で頑張ろう!」
「最初から猛スピードで頑張ろう!」
そんな気持ちに心当たりはありませんか。
もちろん全力を出す姿勢は大切です。
スタートダッシュは理想的なスタートです。
全力を出す習慣は、後悔を減らす習慣でもあります。
全力で取り組んで、自分の持てるすべてを出しきれば、最高の結果を発揮できるでしょう。
思うような結果が出なくても、全力を出すことで、悔いのないすっきりした気持ちでいられます。
全力を出すことは、素晴らしい姿勢であるのは間違いありません。
しかし、最初から全力を出す必要はありません。
最初から全力を出す姿勢は素晴らしいですが、実際は大変です。
いきなりエンジンをフル回転させるのは、大きなストレスがかかります。
気合も体力も集中力も必要です。
最初から全力を出さなければいけないと思うと、心理的な抵抗感が大きくなります。
おっくうな気持ちが出てきて、取りかかりにくくなる。
「最初から全力で頑張ろう」と思うと、なかなか始められないのです。
最初から全力を出す必要はありません。
ゆくゆく全力を出せばいいことです。
スタートダッシュは理想的ですが、義務でも必須でもありません。
「スタートダッシュはできればラッキー」という程度でいいでしょう。
最初はもっと気楽に考えましょう。
肩の力も抜いて、リラックスしてください。
「最初から全力を出そう」と思って始めるのではありません。
「まず少し頑張ってみよう」から始めましょう。
「少し」というのがポイントです。
全力ではなく、最初は少し頑張ることから始めます。
小さな力で始めると、心理的な抵抗感が小さくなるので、取りかかりやすくなります。
摩擦もストレスも小さく始めることができるので、スムーズです。
いったん仕事に取りかかれば、後は流れに乗るだけです。
仕事をしていると、刺激と変化が生まれます。
だんだんテンションも高くなり、勢いとスピードが出てきます。
気づけば、心に火がついていて、すっかり本気モードになっているのです。
勉強も仕事もスポーツも、心がけは同じです。
少し頑張ることから始めると、着手のスピードが速くなります。
じわじわ調子を上げていくほうが、心も体も無理がありません。
さあ、今日も1日が始まりました。
まず少し頑張ることから始めましょう。
スピードもテンションも、あとからじわじわ上げていけばいいのです。
「まず少し頑張ろう」と思うと、すぐ始められます。
あなたには弱みがありますか。
短所、弱点、コンプレックス。
平均より劣っていたり弱かったりして、苦手意識を感じることがあるでしょう。
弱みがあれば、とっさに隠したくなるかもしれませんが、その必要はありません。
むしろ弱みはさらけ出してしまいましょう。
話のネタにして、笑ってもらうのです。
あなたの短所・弱点・コンプレックスは、絶好のネタ。
人を楽しませる力があります。
「歌を歌うのが下手で、音痴です」
「私は泳ぐのが苦手です。10メートル泳ぐのもやっとですよ」
「スピーチが苦手。人前に立つと、固まってしまいます」
「私はお酒に弱いです。少し飲むだけで、すぐ顔が赤くなります」
「癖毛がコンプレックスになっています。さらっとしたストレートヘアに憧れています」
会話の自然な流れで話すタイミングがあれば、隠すのではなく、自分から話してしまいます。
笑われるのは恥ずかしく思うかもしれませんが、誤解です。
自分のことを笑ってもらえるのは幸せです。
相手に楽しい時間をプレゼントしたことになります。
あなたの弱みのおかげで、ほほ笑ましい時間を過ごせます。
人の弱みをばかにして笑うのはよくありませんが、自分で自分をネタにして笑うならOKです。
誰も不幸にすることはありません。
むしろ相手を楽しませることができます。
弱みがたくさんあるなら、ますます幸せです。
弱みがたくさんあるということは、笑いのネタがたくさんあるということです。
相手に楽しい時間をプレゼントできるだけではありません。
あなたの弱みには、親しくなる力もあります。
弱みをさらけ出すことは「自己開示」になります。
自分からプライベートな話を紹介することで、相手に好印象を与え、親しくなるきっかけにつながります。
あなたが弱みをさらけ出せば、相手は警戒心が薄れてガードを下げるので、相手も弱みをさらけ出しやすくなるでしょう。
お互いがプライベートな話がしやすくなるので、ますます仲良くなって、関係を深めやすくなるのです。
これらはすべて、あなたの弱みがあるおかげです。
だから、弱みがあるのは幸せです。
弱みには、デメリットもありますが、メリットもあります。
弱みのメリットに気づけば、今まで嫌いだった短所・弱点・コンプレックスが好きになれるでしょう。
卑屈に感じていた短所・弱点・コンプレックスが、誇らしくなるでしょう。
弱みは、あなたの個性であり、魅力でもあります。
弱みは、隠すよりさらけ出して、どんどん笑いに変えていきましょう。
弱みがあるのは幸せです。
あなたの弱みには、楽しませる力だけでなく、親しくなる力もあるのです。
1日の終わりには、今日の反省です。
仕事や人間関係の出来事を振り返り、自分の言動に間違いがなかったかよく考えます。
「今日も良い1日を過ごした」と満足することがあるでしょう。
「あのときこうしておけば良かったな」と残念がることもあるでしょう。
もちろん反省の習慣は大切です。
1日の終わりに今日の出来事を反省すれば、次から生かせます。
深く反省する必要はありませんが、簡単に反省するだけでも違います。
大きなトラブルがあったなら、反省は欠かせません。
原因や改善を考えることで、同じ過ちを防げます。
たとえポジティブな出来事でも、その中に反省すべき点があるかもしれません。
「こうすればもっとよくなっていたかもしれない」と思えることがあるでしょう。
反省する人は、成長する人です。
自分の行為を顧みて、それを次に生かせば、ぐいぐい成長できるでしょう。
完璧を目指す必要はありませんが、人生に健全な向上をもたらすうえでは大切な習慣です。
しかし、1日の終わりに反省するとき、注意したいことがあります。
1日の終わりに反省するのはいいですが、寝る直前に反省するのは良くありません。
寝る直前に反省すると、気になって寝られなくなるからです。
反省の内容によっては、くよくよすることがあります。
悲しい気持ちになったり精神的に落ち込んだりです。
反省すると、自分が恥ずかしくなって、自然とため息が出ます。
一度くよくよし始めると、ネガティブのスイッチが入ってしまい、気になって仕方なくなります。
自分が恥ずかしくなり、だんだん自信がなくなってきます。
気分転換をしようにも、寝る直前ではしようがありません。
歯止めが利かなくなると、悪い妄想に変わり、頭の中がぐちゃぐちゃになります。
暗い夜だからこそ、いったん気持ちが暗くなると、明るい気持ちに戻すのが大変です。
寝る直前の反省は、睡眠不足を促すことになります。
たとえ運よく寝られたとしても、悪夢にうなされるでしょう。
寝る直前に考えたことは、記憶が鮮明なので、睡眠中に見る夢にも影響しやすくなります。
寝る直前の反省は禁止です。
反省をするなら、少なくとも寝る1時間前には終えておきたい。
反省するなら、夕食中や入浴中がいいでしょう。
会社の帰り道にするのも悪くありません。
日記の習慣があるなら、日記と反省を同時に行えばいいでしょう。
反省が終われば、もう振り返らないようにします。
布団の中に入ったら、もう何も考えないこと。
目を閉じて、眠気を感じながら無心でいれば、スムーズに入眠できます。
あなたにとって自慢になることは何ですか。
「自分には強みもない」
「自慢になることなんてない」
「自分は何の取り柄もない人間」
自慢になるような強みがあれば強力な武器になりますが、中には自慢になることが1つもない人もいるでしょう。
人によって個性も違えば、育った環境も違います。
障害を持っている人もいれば、恵まれない環境で育った人もいるでしょう。
短所や欠点はたくさんあっても「自慢になることは1つもない」という人もいるのではないでしょうか。
しかし、大丈夫です。
「自慢することがない」と思ったとしても、それは誤解です。
自慢になるかどうかは、相対的評価が重要だからです。
自分では普通に思えても、ほかの人から見ると、自慢になることがあります。
たとえば、自炊です。
カレーをつくれる、オムライスをつくれる、お味噌汁をつくれる。
自分では「難しくない」「大したことない」と思うかもしれませんが、料理ができない人に対しては自慢になるでしょう。
キーボードを見ないでタイピングできるとします。
本人は「ブラインドタッチができる人なんて山ほどいる」と思いますが、できない人にとっては神業のように感じるでしょう。
毎日3キロのジョギングを習慣にしている人がいるとします。
世の中には、3キロすら走れない人もいます。
3キロ走れない人にとっては驚異的に感じるので、自慢になるでしょう。
世の中にできる人が大勢いることは関係ありません。
一流である必要もありません。
あなたの能力が、相手より上回っていればいいのです。
高校生なら、中学生に勉強を教えることができます。
中学生なら、小学生に勉強を教えることができます。
「自慢にならない」と思っていることでも、誰かの自慢になります。
たとえ部屋に引きこもっている人でも、パソコンを使う能力が高いなら、自慢になります。
極論を言えば、自慢ができない人は、この世に1人も存在しません。
すべての人に、何らかの自慢が存在します。
自分の潜在的な強みに気づいて、自信と生きる力につなげてください。
そして、その能力を何かに生かせないか考えてみることも大切です。
自分の常識・偏見・固定観念を、一度リセットしてみましょう。
平凡な能力かもしれませんが、自分でも気づかなかった潜在的なスキルを発見できるかもしれません。
人や社会の発展に貢献できるチャンスは、すでにあります。
あなたにとって普通のスキルでも、誰かを助けるかもしれないのです。
あなたは自分の人生が好きですか。
気に入っていますか。
人にも家族にも環境にも恵まれた人生なら、幸福感も大きいでしょうが、中にはそうでない人もいるはずです。
「貧乏な家に生まれた」
「特別な才能もない」
「劣悪な環境で、毎日ストレスが多い」
「嬉しいことはなくて、嫌なことばかり」
「不幸が多くて、生きるのがつらい」
「トラブルが多くて、なかなか思いどおりにいかない」
不幸やトラブルが多い人生なら、人生を憎みたくなるかもしれません。
「こんな人生は嫌だ。最悪の人生だ。こんな人生なら生まれてこなければ良かった」と毒を吐いてしまう。
自分の人生が嫌いで、否定したくなることもあるでしょう。
人生に悲観すれば「諦め」という文字が頭をよぎるかもしれません。
しかし、どんなに困難が多くても、人生を否定するのは良くありません。
人生を否定すると、生きることすべてを否定することになるからです。
どんなに人生を否定したところで、何もいいことはありません。
時間が戻るわけでもない。
天からお金が降ってくるわけでもない。
誰かの人生と入れ替われるわけでもない。
急に神様が現れ、あなたを救ってくることもありません。
人生を否定すると、人生もあなたを否定してくるでしょう。
不幸と不運を引き寄せ、ますますどん底に落ちてしまいます。
人生を否定したところで、百害あって一利なし。
自分の人生を否定するにつれて、ますます生きるのが苦しくなるだけなのです。
人生を否定するのではありません。
どんなに不幸な人生でも、肯定してください。
人生が嫌いで憎くてたまらなくても、自分の人生を好きになり、感謝して、全面的に肯定することが大切です。
「この人生で良かった」と思うこと。
「素晴らしい人生でありがたい」と感謝すること。
どんな人生でも、全面的に肯定すること。
失敗の多い人生なら「失敗が多い人生で面白い」と考えます。
不幸が多い人生なら「不幸が多いおかげで精神が鍛えられる」と考えます。
考え方が前向きになることで、人生にポジティブなイメージが出てくるはずです。
「ばかばかしい。くだらない。そうは思えない」と思うかもしれませんが、そう思うしか道がない。
どんな人生でも、生まれたからには前を向いて生きるしかありません。
前を向いて生きなければ、さらに人生から転落する一方です。
自分の人生に感謝をしましょう。
幸も不幸も、受け入れましょう。
そして、自分の人生を愛してください。
全面的に人生を肯定すれば、身に起こった不幸もトラブルも愛らしく見えてきます。
他人の人生と比較するのもやめましょう。
他人は他人であり、自分は自分です。
どんなに他人の人生が恵まれていても無視して、自分の人生に集中します。
「自分の人生が好きだ」と言えるようになってください。
「この人生で良かった。最高の人生を歩んでいる。ありがとう!」と言えるようになってください。
あなたが人生を肯定すると、人生もあなたを肯定するようになります。
人生の風向きが変わるでしょう。
真っ暗闇の人生に希望の光が見えてくるのです。
多くの人は、立派に生きようとします。
もちろん立派であることは、素晴らしいことです。
人としての手本となるような生き方をすれば、多くの人から尊敬を集めるでしょう。
しかし、立派に生きるのは、疲れます。
周りから、どう見られているかを、常に気にしなければいけません。
「常にうまくやり遂げなければいけない」
「かっこ悪い姿を見られてはいけない」
「立派だね」という一言が言われたいために、人はどれほど苦しむのでしょうか。
「立派」という響きは立派ですが、これほど苦しい生き方はありません。
「立派だね」と言われる欲は、捨てることです。
役立ちません。
むしろ、人生を苦しめるだけです。
では、どういう生き方をすればいいのでしょうか。
のびのびする生き方です。
無理をせず、自分らしくのびのび生きることが大切です。
人がどういうときに最も成長するのかというと、のびのびしているときです。
自然界にある植物は、どれものびのび生きています。
のびのび生きているから、花本来の美しさが、十二分に表現されています。
人も同じです。
のびのび生きるとき、その人本来の美しさが十二分に表現されるようになります。
のびのび生きるから、能力も伸びるのです。
眠っていた可能性が表に出て、伸びていきます。
結果として、立派な状態になるのです。
「仕事が遅い」
「歩くのが遅い」
「覚えるのが遅い」
スピードが遅くて悩んでいませんか。
世間では「遅いこと=悪いこと」という風潮があります。
速くて褒められることはあっても、遅くて褒められることはなかなかありません。
あまり遅いと「どうして速くできないの?」と責められることもあるでしょう。
のろのろしている自分に嫌気を起こしている人もいるでしょう。
何もかもが遅いと、自分がカメのように感じるかもしれません。
しかし、遅いことを悪いことと考えるのは早計です。
足が遅いのは仕方ありません。
マイペースは人によって違います。
速いスピードがマイペースの人もいれば、遅いスピードがマイペースという人もいます。
もともと遅いスピードの人が無理に急ぐと、リズムを崩して息切れを起こすでしょう。
先天的な事情で遅い場合もあるでしょう。
先天的なことは変えようがありません。
頑張っても練習してもどうやっても、遅い足を改善するのは難しいときがあります。
足が遅いことは、欠点ではなく、個性と考えたほうがいいでしょう。
足が遅いカメでも希望はあります。
足が遅いカメなら、歩き続けるカメになればいいのです。
仕事のスピードは遅くても、こつこつ続けましょう。
歩くのが遅くても、マイペースで歩き続けます。
覚えるのが遅ければ、人の何倍も努力すればいいこと。
周囲が速くても気にせず、自分は自分のペースを死守します。
たまには休憩もしますが、過度な休憩はしません。
疲れが回復したら、再び歩き始めます。
足が速いから素晴らしいとは限りません。
足が速いウサギは、スピードに慢心して油断します。
スピードは速くても、途中で「飽きた」と言って、競争を放棄するでしょう。
どんなにスピードが速くても、やめたら終わりです。
足が遅い自分を責めないでください。
むしろ足が遅い自分を誇らしく思ってください。
「スピード」も大切ですが、それ以上に大切なのは「継続」です。
足が遅いなら、歩き続けることを目標にしましょう。
足が遅くても、真面目にこつこつ歩き続けるなら、歩行距離を伸ばせます。
歩き続けるカメになれば、たとえ足が遅くても、足の速いウサギに勝つチャンスが生まれます。
時間はかかりますが、少しずつ目標に近づいていけるでしょう。
いずれ偉業を成し遂げることができます。
足が遅いカメなら、歩き続けるカメになればいいのです。
夢とは何か。
夢とは、将来実現させたい願望です。
夢は、私たちに生きる力を与えてくれます。
元気と活力、勇気と希望、そして生きがいを与えてくれます。
夢があるから生活に張りと潤いが出て、日々が明るくなります。
つらいときでも踏ん張れるのは、夢のおかげ。
夢があるから生きる方向が定まり、立ち向かう目標ができ、心と体が生き生きします。
時にはうまくいかないこともありますが、正念場です。
夢を簡単に諦めないことです。
少しうまくいかないだけですぐ諦めるのは、よくない癖です。
簡単に夢を諦めるのは、夢に失礼です。
むしろなかなかうまくいかないことを乗り越えるのが、夢に向かう醍醐味でもあります。
「最初はできなくて当たり前」「なかなかうまくいかなくて普通」と思うくらいがいいでしょう。
「さあ、今回も困難がやってきましたね。今回はどう乗り越えましょうか」
ポジティブに考えることで、困難も乗り越えやすくなります。
夢は、生きがいに直結することですから、使命感を持って最後まで諦めないことが大切です。
自分とは何か。
自分とは、人生の主役です。
自分が人生の主役であることを再認識してください。
時には自分が嫌になることもあるでしょう。
ルックスに恵まれないのかもしれません。
厄介な持病や障害があるのかもしれません。
自分が嫌になって、自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。
しかし、簡単に自分を捨ててはいけません。
人生の主役が腐ってどうするのでしょう。
自分を捨ててしまうと、そこで人生もゲームオーバーになってしまいます。
「自分を変える」「自分を生かす」「自分の魅力を引き出す」といった考え方で、どんどん自分を好きになってください。
長所や短所だけが素晴らしいのではありません。
欠点や短所も、あなたの立派な魅力であり個性です。
良いところだけでなく、悪いところも含めて、自分を好きになりましょう。
自分にできないことは無視して、できることに集中しましょう。
できないことは、できる人に任せばいいことです。
できることに集中すれば、自分の魅力を高めることができます。
どんどん能力が伸び、いずれ素晴らしい才能へと育ちます。
自分のすべてを受け入れて、自分を好きになってください。
自分を好きになることは、人生を好きになることにもつながります。
人生とは何か。
人生とは、あなたが活躍するステージです。
恵まれない家に生まれたのかもしれません。
失敗と困難の連続で、希望を失うこともあるでしょう。
恵まれない環境に生まれ育ち、生活が嫌になることもあるでしょう。
しかし、簡単に人生に絶望してはいけません。
絶望は、命がなくなったときのことをいいます。
命があるかぎり、まだまだ希望はあります。
たくさんの可能性にも恵まれています。
人生は、あなたが活躍するステージなのですから、つらいときこそ踏ん張って、素晴らしい成果を上げましょう。
面白い映画ほど、悲劇から始まります。
自分の人生が悲劇と感じるなら、面白い人生になる可能性があります。
どん底からはい上がって、人生という名の物語を面白くさせましょう。
輝くような生き方をしようではありませんか。
前向きに生きていれば、人生の後半には、素晴らしいクライマックスが待っています。
簡単に夢を諦めないこと。
簡単に自分を捨てないこと。
簡単に人生に絶望しないこと。
夢も自分も人生も、困難を乗り越えていくことに、生きる醍醐味があるのです。
やる気が出ないときは、心の中でぶつぶつ文句を言っています。
「またこの仕事をするのか」
「同じ仕事の繰り返しでつまらない」
「もうすっかり飽きた」
「刺激の少ない仕事でつまらない」
「だるい、面倒くさい、やる気も出ない」
惰性やマンネリの気持ちが湧くと、なかなかやる気が出ません。
楽しさや面白さが乏しいと、刺激も少なく、モチベーションも上がりにくいでしょう。
もしだるい気持ちに悩んだら、自分に次の言葉を語りかけましょう。
「一生続けるわけではない」と。
あなたが面倒に感じているその仕事は、いつまで続ける仕事でしょうか。
「今月まで」「3カ月だけ」「試験日まで」など、期限が設けられていませんか。
いつまで続くか不明だとしても、いずれ終わりが来るのではないでしょうか。
中には一生続ける仕事もありますが、ごく一部でしょう。
大半の仕事は、終了のめどが立っているはずです。
ある程度、終わりのめどが立っているなら「一生続けるわけではない」と考えましょう。
「それもそうだよね。この仕事ができるのも今だけだよね」
面倒なことも、前向きに受け止められるようになるでしょう。
また「一生続けるわけではない」ということは、逆に言うと「今しかできない」という意味にもなります。
「期間限定の仕事」とわかれば「今のうちにしっかり取り組んでおこう」という気持ちになるでしょう。
ポジティブな気持ちが湧いて、自然と元気が出てくる。
自然とモチベーションが上がり、やる気が出るのです。
たとえば、新人教育です。
新人教育が面倒くさく感じたら「一生続けるわけではない」と考えます。
教えることには限りがあるので、いずれ終わりを迎えるでしょう。
人事異動で自分の部署が変われば、今度は教えてもらう立場になることもあるでしょう。
「一生続けるわけではない」と考えることで「今のうちにしっかり教えよう」という気持ちになるでしょう。
子育ても同じです。
子育てが大変でつらく感じても「一生続けるわけではない」と考えます。
手間暇のかかる子育てとはいえ、いずれ成長して、自分が判断・行動できる日がやって来るでしょう。
1人で着替えることができるようになり、1人で入浴ができるようになり、1人で行動できるようになります。
いずれ自立して、親元から巣立つ日がやって来るでしょう。
「一生続けるわけではない」と考えれば「子育てができるのは今だけ」という思いが湧いてくるでしょう。
自然とポジティブな気持ちが湧いてくるようになるでしょう。
「一生続けるわけではない」と考えれば、心の折り合いがつくのです。
トラブルが発生したとき、どう考えるか。
ここは、トラブルの成り行きを決める大事なポイントです。
トラブルが発生すれば、多くの人は慌てるでしょう。
「一大事だ!」
「大変なことが起こった」
「まずいことになったぞ!」
「どうしよう、どうしよう!」
たしかにトラブルは厄介です。
小さなトラブルなら解決も容易ですが、大きなトラブルなら対処に手間暇がかかります。
予定が狂って、スケジュールの再調整も必要になるでしょう。
しかし、大変と騒ぐのは普通に思えますが、要注意ポイントです。
大変と騒いでいると、焦りを助長させます。
大変と思うから、ますます大変になる。
「大変、大変」と騒げば騒ぐほど、心拍数が上がって、余裕がなくなります。
頭が真っ白になって、何をどうしていいのかわからなくなるのです。
もっと肩の力を抜いて、気楽に考えましょう。
トラブルが起こったら「大変だ」と騒ぐのではありません。
「そんなこともあるさ」と気楽に考えましょう。
白けたような言葉ですが、だからこそ効果的です。
「そんなこともあるさ」と思えば、少し高いところから物事を見下ろすような感じになれます。
「この程度のトラブルでは動揺しない」と自分に言い聞かせることができます。
自然と余裕が生まれ、心が落ち着いてくるでしょう。
心の器が広くなって、慌てず冷静に対応できます。
「そんなこともあるさ」という一言は、一瞬で余裕をつくる、魔法の言葉です。
気楽に考えたほうが、問題解決もスムーズになります。
ちょっとした考え方の違いですが、精神状態には大きな違いをもたらします。
「大変だ」と騒ぐのと「そんなこともあるさ」と気楽に考えるのとでは、天と地の差があります。
トラブルに対処するときは、落ち着きが大切です。
「とてもそんな気持ちにはなれない」と思ったときこそ、正念場です。
慌てたところで仕方ありません。
「とてもそんな気持ちにはなれない」と思ったとしても、できるだけ「そんなこともあるさ」と気楽に考えたい。
大変なときこそ、少しでも余裕を作ったほうが、問題解決も早くなります。
口癖にしておくのもおすすめです。
落ち着く口癖があれば、落ち着かずにはいられなくなります。
「そんなこともあるさ」という口癖があれば、想定外のトラブルが起こっても、冷静に対処できるはずです。
幸せな日々を送るには、毎日笑うことが大切です。
笑顔があふれる日々は、幸せの象徴。
笑顔で挨拶をする。
にこにこしながら仕事する。
楽しく話をして、面白いユーモアで人を笑わせる。
楽しいから笑うのではありません。
笑うから楽しくなります。
積極的に笑いに行こうとすれば、明るく楽しい毎日を送れるでしょう。
幸せな雰囲気が漂い、人や幸運を引き寄せることができます。
一方で、笑わない日には、暗くて陰気でネガティブな印象があります。
暗い雰囲気が漂い、不幸の中にいるような気持ちになるでしょう。
笑いのない日常はよくないことだと考えてしまう。
悪いことをしたような感覚を覚えることもあるでしょう。
「もっと笑わなければいけない」と自分をせかすこともあるかもしれません。
しかし、ここに誤解があります。
笑わない日もあっていいのです。
笑いに満ちた毎日を過ごせれば素晴らしいですが、あくまで理想であり、必須ではありません。
人生では「笑うどころではない」というときもあります。
たとえば、勉強に集中するときです。
1日中部屋に閉じこもって勉強していれば、笑わない状況になるでしょう。
黙々と勉強に集中しているときなら、笑いも減って当然です。
特別嫌な出来事がなくても、普通に笑いの少ない状態になります。
しっかり仕事に取り組むときも、やはり笑いが少なくなりがちです。
全神経を集中させているとき、にやにやした表情はありません。
真剣に仕事をしているときは、真剣な顔つきになります。
落ち込むことがあって、1日中、笑わない日もあるでしょう。
大きなショックを受けて心から元気が失われると、しばらく笑顔のない日々を過ごすはずです。
病気で寝込んで療養しているときも、笑うどころではないでしょう。
不安や心配が大きいと、無表情や暗い表情になります。
なかなか落ち着けず、もどかしい時間を過ごすはずです。
笑わない日もあっていいのです。
人生では、笑いのない日もあります。
その代わり、笑わない日があれば、お約束があります。
笑わない日があれば、別の日に笑うようにしましょう。
笑わなかった分を、別の日にたっぷり笑えばいい。
マイナスがあっても、プラスをつくって、ゼロにすればいい。
ため込んだパワーを発散させるかのように、とことん笑っていきましょう。
そうすれば、笑う日と笑わない日のバランスが全体として整います。
自分を「最低な人間」と思うこともあるでしょう。
無能な自分に悲観したり、失敗に落ち込んだり、ひどいことをしてしまったりすることもあるでしょう。
しかし、どんなに自信がなくなっても、自分をけなすのは良くありません。
自分に失礼だからではありません。
親や友人に失礼だからです。
親や友人の立場になって考えてみてください。
「私は最低な人間」
「私には価値がない」
自分をけなしたら、親はどう感じるでしょうか。
「最低な子どもを育てた」と感じ、親を悲しませるでしょう。
「親失格」というレッテルを貼られたような印象を受けるはずです。
険悪な雰囲気が漂い、親子関係にひびを入れるかもしれません。
あなたが自分をけなしたら、友人はどう感じるでしょうか。
友人は、自分に見る目がないような印象を受けるでしょう。
「最低な人と親しくしている」と感じて、複雑な気持ちになるでしょう。
人間関係が悪くなり、友人と距離ができるかもしれません。
自分をけなすと、親や友人をけなすことになるのです。
すねると、周りがかまってくれるので快感かもしれませんが、やめておくことです。
かまってもらいたくて、わざとすねた態度を取りたくなるかもしれませんが、ふてくされても仕方ありません。
すねるのは、未熟な子どもがすること。
大人になれば、すねるのは卒業です。
親や友人のためにも、自分をけなすのは控えておくのがマナーです。
願わくは、自分を認めるようにしましょう。
「自分には価値がある」
「自分は素晴らしい人間だ」
自分を褒めるようになりたい。
自信を持つことは悪いことではありません。
自分を認めることは、親や友人を認めることにもつながるからです。
あなたが自分を認めると、親はどう感じるでしょうか。
親は「素晴らしい子どもを育てた」と誇らしくなるでしょう。
「育て方が間違っていなかった」と安心するでしょう。
自分に自信を持つことは、親に自信を与えることになります。
あなたが自分を認めたら、友人はどう感じるでしょうか。
友人は、自分に見る目があるような印象を受けるでしょう。
「素晴らしい人と親しくしている」と嬉しくなるでしょう。
自分を褒めることは、友人を褒めることにつながります。
自分を認めることは、自分のためだけでなく、親や友人のためにもなるのです。
完璧にできなくても落ち込まないでください。
なぜ完璧でなければいけないと思っているのでしょうか。
「完璧でなければいけない」という考え方は幻想です。
完璧主義で生きていると、いらいらすることが増え、何かとストレスに悩まされます。
何事も100点でなければ気が済まなくなり、疲れやすくなったり感情の波が激しくなったりします。
エスカレートすると、寿命を縮めてしまうのですから笑えません。
一度冷静に考えてみてください。
完璧でなくてもなんとかなります。
完璧な話し方や言葉遣いでなくてもいいのです。
だいたい意味が通じれば問題ありません。
海外旅行に行ったことがある人なら、言葉が通じなくてもなんとかコミュニケーションができたことを経験しているでしょう。
完璧な文章を書けなくてもいいのです。
だいたい内容が伝わっていればOKです。
完璧の文章を目指すと、論文や条文のように堅苦しくなって読みにくくなります。
完璧な仕事ができなくてもいいのです。
仕事は、クオリティーよりスピードです。
最低限がクリアしていればいいことです。
60点の仕事をさっと仕上げるほうが、改善サイクルを回しやすくなって、上司も取引先も安心します。
世の中に、完璧でなければいけないことなど1つもありません。
完璧でなくても生きていけます。
間違えたら直せばいいことです。
迷惑をかけたら謝ればいいことです。
悪いところが見つかったら、今後の課題として取り組めばいいことです。
完璧にできないからといって、病気や大けがをするわけではありません。
完璧でなくても、命を取られる心配もありません。
もちろんプロとして仕事をする以上、与えられた仕事はきちんと仕上げる必要はあります。
だからといって、完璧である必要はありません。
100点満点を達成できなくても問題ありません。
世の中に完璧な人間は1人もいないのですから、完璧な仕事ができる人も1人もいません。
完璧でなくても幸せになれます。
世の中には、完璧でなくても幸せな人がたくさんいます。
あなたの周りにいる幸せな人に注目してみてください。
幸せな人に限ってみんな完璧ではない人のはずです。
間違っても笑い飛ばしているでしょう。
できないことや苦手なことがあっても、あまり気にせず、まあいいかの精神で生きているはずです。
この事実に気づけば「なぜ私は完璧を目指しているのだろう?」とはっと思うはずです。
なんて窮屈で疲れるのでしょう。
疲れやすくなって当然です。
何らかのきっかけで「完璧でなければいけない」と思い込んでいて、完璧主義の思考にとらわれています。
そもそも完璧なくてもいいとわかれば、もっと私たちは気楽に生きられます。
早く悪い思い込みから目を覚ましてください。
もっと肩の力を抜いてください。
完璧でなくても、だいたいできていればいいのです。
完璧でなくてもなんとかなります。
完璧でなくても生きていけます。
完璧でなくても幸せになれるのです。