日本の江戸時代には「士農工商」という身分制度がありました。
武士・農民・職人・商人という明確な上下関係です。
さらに低級な身分もあったと言います。
そうした階級の違いがあったため、生まれつき将来の可能性が限定されていました。
職業の選択が限定されていました。
引っ越しも限定されていました。
藩から藩の移動は認められておらず、無理にしようものなら打ち首でした。
武士と平民は結婚できず、結婚相手も限定されていました。
なにより、今は当たり前にできる勉強も、限られた人のみできることでした。
今でこそ当たり前であるこの「3つの自由」は、当時にはありませんでした。
そもそもそういう社会でした。
初めから、どうしようもない壁があった。
生まれつき「どんなに努力しても超えられない壁」に嘆く人も多かったことでしょう。
しかし、その後、時代は大きく変容を遂げます。
大政奉還によって江戸時代が終わり、社会制度が大きく変わりました。
明治時代には「四民平等」というスローガンのもと、身分制度の差別をなくしていこうという運動も起こりました。
結婚は誰とでもできるようになり、職業も自由に選択できるようになり、引っ越しもどこへでも自由にできるようになりました。
この変化を起こすまでに大勢の人が犠牲になり、命が失われました。
そうした過去の人たちの改善と努力のすえ、今の時代が続いています。
今あなたは、これまでの歴史上、最も恵まれた時代に生きています。
勉強さえすれば、簡単に未来を切り開くことができるからです。
大げさに言ってはいません。
事実です。
実は、これまでの歴史の中で、今ほど「頑張る人ほど報われる」という時代はありません。
「勉強が大変だ」と愚痴をこぼす人がいます。
勉強は、しないほうが大変です。
職業が限定され、収入が限定され、未来が限定されます。
未来を切り開くために、実は勉強ほど楽なことはありません。
「学歴社会」という言葉を否定的に受け止める人がいます。
これも考えようです。
昔は、したくてもできなかった勉強が存分にできます。
しかも、義務教育の間は無償です。(日本国憲法26条)
自由に勉強ができるようになった過去を知れば、おのずから勉強ができるありがたみが湧くのではないでしょうか。
自由に勉強ができる社会ができるまでに、多くの人が犠牲者になっています。
自由に学問ができる社会を作ろうと命を捧げ、血を流した人もたくさんいる。
そういう人がいますから、あなたも命懸けで勉強してほしい。
学歴社会を敵にするのではなく、味方にしましょう。
学歴社会という言葉は「頑張る人が報われる」という意味です。
勉強が大変だと思ったら、勘違いです。
勉強ができるという贅沢を、いま一度気づいて楽しむことです。
これほど恵まれたことはないのです。