最初にこれを書こうと思ったのは、偶然の出来事がきっかけでした。
実は昨日、読者のかたから嬉しいお便りのメールをいただきました。
「もっと早く、せめて10年前にこのサイトに出会えていれば良かった」
不合格となった瞬間に訪れるのは、深い落ち込みです。
「これからどうしよう」
「何もしたくない」
センター試験を受け終わった直後「ああ、ダメだな」と思いました。
手応えで結果がわかり、すぐ浪人生活の準備に入りました。
学校を卒業する前から、浪人生活が始まっていたようなものです。
浪人生活を送るうえで迷うのは、浪人生活のスタイルです。
「予備校に通うスタイル」にするか。
それとも「予備校に通わず、自宅で勉強をやりくりするスタイル」にするか。
自宅浪人では自信がないため、予備校に通う受験生も多いことでしょう。
もちろん予備校に通うことは、悪いことではありません。
予備校には、浪人生に特化したカリキュラムがあります。
浪人生活を送るうえで、いちばん重要なことは何か。
こう聞かれれば、私は自信を持って「モチベーションの維持」と即答します。
浪人生活がうまくいくかどうかは、ひとえに、これだけといっても過言ではありません。
浪人時代、私がいちばん嬉しく感じたのは、好きな時間に好きなことをできる自由でした。
学生時代は、ある程度、時間割が決まっています。
制服があらかじめ決められていました。
浪人になると「このやり方でいいのか。もし、また大学に落ちたらどうしよう」と思います。
不安というのは突然襲ってきます。
もう後がありません。
浪人生は、現役より夜型になりやすくなります。
時間を自由に使えるようになるからです。
実は私も、浪人時代は時間を自由に使えるため、当時は自然と夜型になっていました。
浪人時代に感じる不安には、波があります。
「感情の波は、日中は小さく、夜は大きくなる」
ぜひとも、知っていただきたい法則です。
世間では「友人を大切にする。友情を大切にする」という言葉をよく耳にします。
友人がいれば、楽しさは倍増しますし、つらいことは共有できて半減できます。
友人がいるからこそ、人生が豊かになるのはたしかです。
単調な毎日を送っていると、ふと、おかしなことを考える瞬間があります。
「なぜA大学を目指しているのだろうか」
大学に合格すれば、すべてがうまくいくはず。
勉強のストレスを吹き飛ばすために、ゲームをする人は多いことでしょう。
ゲームをクリアしたときの達成感や満足感は、本当に気持ちがいいですね。
短い時間であるにもかかわらず、ストレス発散の効果はとても大きい。
「昔はよくゲームをやっていたのに、今は完全にやらなくなったな」
ある日、父から言われました。
たしかによくやっていた時期がありました。
浪人中は、大学に進学していった友人からさまざまな話を聞かせてもらいました。
もちろん県内の大学に進学していった人もいますが、大半は県外です。
県外へ進出していき、日本各地の生の大学情報を聞けるのは、刺激的で面白くて、ためになりました。
コロンブスがなぜ新大陸の発見ができたのかというと、意志が強かったからです。
数学者トスカネリらの情報を元に、新大陸があるという確信はすでにありました。
後は勇気です。
周りにいる友人で浪人しているのは、私1人だけでした。
高校のときに仲の良かった友人は、みんな大学へ進学していきました。
県内もいましたが、大半は県外に行ってしまいました。
満員電車の中は、最悪のスペースです。
人目も多くて缶詰め状態。
呼吸すら、ままにできません。
「浪人は人生の肥やしになる」
ときおり、浪人生にとってプラスになる話を耳にします。
「精神的に成長できた」
浪人中のある晩のことです。
夜中にふとテレビを見ていると、大変興味深いドキュメンタリー番組が放送されていました。
受刑者が、罪を報いるために、刑務所で数年間過ごすことになります。
私は現役のときから、狙う大学をはっきりさせ、1つに絞っていました。
滑り止めの大学も考えていませんでした。
希望しない大学に通っても仕方ないし、むしろ空虚感を味わうだけだと思っていました。
1日でいちばん大変なのは「寝起き」です。
止まっているエンジンを動かすときが、いちばん時間がかかりますし、体力も使います。
たしかにつらい寝起きですが、さっと起きることです。
受験では「涙」のシーンが数多く登場します。
試験の結果が悪かったとき。
念願の大学に合格したとき。
悲しみや落ち込みの涙から早く抜け出す方法があります。
思いきって泣いてしまうことです。
我慢をしないのがポイントです。
アルバート・アインシュタインは、物理の問題に頓挫したとき、ピアノやバイオリンをひいたといいます。
アインシュタインといえば、相対性理論を考え出した有名な物理学者です。
それほど高度な物理学の法則を見つけるくらいですから、いつも、物理学についてのことばかり考えていたのだと思われがちです。
大学は、あなたの夢を叶えるための手段です。
しかし、夢がない場合、入学後の進路変更の融通を利かせるため、とりあえず偏差値の高いところを選びます。
もちろんこれはこれでベストな方法です。
現役中になく、浪人中にある独特の悩みがあります。
「気持ちをわかってくれる人が少ない」という悩みです。
友人のほとんどは、合格して大学生活を送ることになります。
浪人中とはいえ、遊んでいけないわけではありません。
むしろ勉強ばかりの毎日は良くありません。
勉強ばかりではストレスがたまり、燃え尽きてしまいます。
モチベーションを維持する方法として「目標を書いた紙を目につく場所に貼る」という方法があります。
騙されたと思って、一度試してみましょう。
お金はかかりませんし、大きな手間もかからないはずです。
「アゲハチョウだ!」
私の実家は、愛媛県の田舎町です。
家は川や畑に囲まれ、幼いころは虫取り用の網を持って、アゲハチョウを追いかけていました。
最初にこれを書こうと思ったのは、偶然の出来事がきっかけでした。
実は昨日、読者のかたから嬉しいお便りのメールをいただきました。
「もっと早く、せめて10年前にこのサイトに出会えていれば良かった」
読者のかたから嬉しいお便りはよくいただきますが、特に嬉しい内容でした。
話を聞くところによると、どうやら読者の方は浪人生の女性でした。
あまり詳しくは書けませんが、浪人として将来の不安や焦りにもがき苦しんでいる様子でした。
そのときです。
実は、私も大学受験に失敗し、浪人を経験した時期があります。
大きな不安を抱えていた時期があり、ふと彼女と自分とが重なりました。
「そういえば、自分が浪人のときも大変だったなあ」
あのときのつらい時期は、今、思い出すだけでも、また胸が痛くなるほどです。
今、いちばん大変だった時期はいつですかと聞かれれば「浪人時代」と即答します。
そのくらい大変でした。
勉強も大変でしたが、いちばん大変だったのは「自分と向き合うこと」でした。
浪人生活とは、実は「自分について深く考える時期」です。
考えざるを得ない時期であり、そういう状況になります。
今まで学校がありました。
自然と囲まれる親・先生・友人がいて、知らず知らずのうちに流されていました。
勝手に授業が進み、出された宿題をこなし、テストも定期的にあります。
特に計画を立てなくても、学校側の言っているとおりにすれば、そのとおりに行きます。
テレビの情報に流されたり、友人の意見に流されたりなど、なかなか自分らしい道を歩めないでいました。
しかし、浪人となるとそう単純な話ではありません。
いきなり野放しにされます。
1人きりです。
浪人生になると、急に多くの時間ができてしまいます。
助けてくれるであろう友人は、みんな、すでに大学生。
親は気持ちをわかってくれない。
頼れるのは自分だけですから、自分のことをいろいろな角度から考えるようになります。
考えざるを得ない状況になります。
それは見たくない自分でもあるし、弱さを自覚しなければいけない時期で、つらい。
「どうすればいい。どうしたらいい……」
不安もあり、焦りもあり、悩みや苦しみばかりの毎日。
不安を抱えながら「自分は何がやりたいのか。今の道でいいのか」など、さまざまなことを自然と考え始めます。
途中、自分の弱さ・性格・特徴など、見たくない自分も見ることになるでしょう。
忙しくしていた学生時代には、気づかなかった本当の自分です。
もちろん志望校の合格に必要な勉強の計画・宿題・模擬試験の申し込みなど、勉強もきちんと進めていかなければならない。
何か急に大きな重りがのしかかる時期です。
浪人生である読者からのメールがきっかけで、ふと、記憶が次々とよみがえりました。
もしかしたら、私の浪人生活の体験談が、現役浪人生の役に立つかもしれません。
胸の苦しみを押さえながら、書こうと思いました。
今まではふたをしていた記憶を、再び確認しようと思います。
大変だった時期だけに、話せば長くなります。
ほんの少しでもお役に立てればと思います。
不合格となった瞬間に訪れるのは、深い落ち込みです。
「これからどうしよう」
「何もしたくない」
「もう1年も勉強するのは嫌だ」
志望していた大学に落ちましたから、ひどく落ち込むのも当然。
谷のどん底に落ちて、何もしたくない時間がやってきます。
落ち込んでいるときには、何もやる気が起きず、ぼうっとする時間がほとんどでしょう。
しかし、この時間は重要です。
不合格になり、浪人生活が決定したなら、さっと気持ちを切り替えること。
落ち込んでいる時間も悲しんでいる時間も、貴重な勉強時間が失われています。
悲しんで何もしない時間が3日間あれば、3日分の遅れになります。
悲しんで何もしない時間が1週間あれば、1週間分の遅れになります。
悲しみに暮れているだけでは合格できません。
悲しみに暮れる時間も、次の試験までの残り時間に入っています。
大切なことは、すぐ勉強を始めることです。
さっと気持ちを切り替えましょう。
がむしゃらに勉強をすれば、落ち込みや悲しみもいつの間にか小さくなっているはずです。
不合格の悲しみから立ち直り、すぐ気持ちを切り替えて勉強に向かう人ほど、合格も早くなります。
センター試験を受け終わった直後「ああ、ダメだな」と思いました。
手応えで結果がわかり、すぐ浪人生活の準備に入りました。
学校を卒業する前から、浪人生活が始まっていたようなものです。
前もって自分の志望校や考え方を担任の先生や両親にも伝えていました。
おかげで卒業式を終えた後は、浪人生活がスムーズに開始できました。
浪人生活が始まる前に、しなければいけない大きな選択があります。
「浪人生としての生活スタイル」です。
私の場合、予備校に通わず、自宅で勉強するスタイルを選びました。
いわゆる「自宅浪人」です。
もともと自己管理をするのが好きでした。
部活が体操部だったのも、団体競技より個人競技に引かれたからです。
好きな時間に、好きな勉強を、好きなだけしたいと思いました。
これは正解でもあり、失敗でもありました。
正解である理由は、自分で自分をコントロールできる機会を十分に与えられるということです。
起きる時間から始まり、どんな科目を、どれくらい勉強するのかを決めます。
もちろん模擬試験も自分で選んで申し込まなければいけません。
なにより大変だったのは「感情のコントロール」でした。
自宅浪人だからこそ、励まし合える友人もいません。
焦ったり不安になったりする気持ちを励ますのは、自分しかいません。
情緒不安定になったり、どうすればいいのか訳がわからなくなったりなど、日常茶飯事でした。
そういうことを浪人生活でたっぷり味わうことになり、勉強以上に苦しめられました。
失敗だった理由は、そこで思ったより大きな時間と労力を取られてしまったことです。
勉強に集中しなければいけませんが、自分ですべてコントロールしなければいけません。
戸惑いましたし、手間を取られました。
自宅だからこそ、落ち込んだときのリカバリーに時間がかかります。
次に何をどのくらい勉強しようかと悩みますが、この悩み時間も、重なれば大きな時間になります。
なにより苦労したのは「勉強をやろう」という気持ちを奮起し続けることでした。
勉強へのやる気さえも、自分でうまい具合に出さなければいけません。
思うようにいかないときがたびたびあって苦労しました。
もし予備校に通うスタイルなら、もう少しスムーズだったかもしれません。
友人ができて、励まし合ったり勇気づけ合ったりしていたでしょう。
勉強の進め方も、予備校の指示に従えば、ある程度スムーズに進められるはずです。
周りの雰囲気に自然と押され、勉強を進めることができたことでしょう。
とはいえ、予備校に通ったとしても「もしまた落ちたらどうしよう」という焦りや不安があるのはたしかです。
人の性格にもよりますが、私は今でも、自宅浪人のスタイルで良かったと思っています。
昔から1人で淡々とするのが好きな性分です。
計画されるより、計画するのが好きです。
最初は勉強計画や自己管理など、うまくいかないこともありましたが、次第にポイントをつかめるようになります。
好きなことだから、楽しんでやってしまいました。
浪人生活を送るうえで迷うのは、浪人生活のスタイルです。
「予備校に通うスタイル」にするか。
それとも「予備校に通わず、自宅で勉強をやりくりするスタイル」にするか。
もちろん自分の性格、家庭の経済事情も含めて考慮しなければいけませんが、参考になるポイントが1つあります。
自分の得意なスポーツです。
スポーツには「団体競技」と「個人競技」の2種類があります。
団体競技といえば、サッカー・バスケットボールなどが代表的です。
個人競技といえば、体操・水泳・マラソンなどが挙げられます。
もし得意なスポーツが団体競技なら、友人と流れに任せてチームワークで進めることに適正があるということです。
したがって、浪人生活は、予備校に通って大勢の友人と一緒に勉強を進める予備校スタイルが合っている可能性が高いと言えます。
一方、もし得意なスポーツが個人競技なら、1人で淡々と自分のペースで進めるほうが向いています。
したがって、浪人生活を送る場合も、自宅で勉強するスタイルが向いている可能性が高い。
私は高校時代、体操部に所属していました。
他人と協力するチームプレーより、個人の実力の結果が反映されるスポーツです。
浪人生活も、1人で進める自宅浪人のスタイルが合っていました。
得意なスポーツから、自分の個性を発見しましょう。
団体競技か個人競技であるかは、1つの目安になります。
自宅浪人では自信がないため、予備校に通う受験生も多いことでしょう。
もちろん予備校に通うことは、悪いことではありません。
予備校には、浪人生に特化したカリキュラムがあります。
予備校が提示する授業をきちんとこなしていれば、学力は上がります。
教室で悩みやつらさを共有できる友人も、魅力の1つです。
しかし、予備校に通うために、わざわざ都会に引っ越しをするとなると、慎重になる必要があります。
「田舎の予備校」より「都会の予備校」のほうが、サービスが充実しているように思えます。
都会の予備校のほうが、講師のレベルが高い場合も多く、充実したサービスを受けられる可能性はありますが、大差はありません。
実家が田舎である場合なら、実家の近くにはそもそも予備校がなく、仕方ない場合もあります。
「近場に予備校がない。どうせ予備校に通うなら、人もサービスも充実している都会のほうがいいだろう」
予備校に通うために、都会に引っ越しをしようとする人がいます。
しかし、よほどの理由がないかぎり、予備校に通うためにわざわざ引っ越しするのは、要注意です。
理由は、3つあります。
新しい環境はわくわくします。
どこにスーパーがあり、どこに本屋があるのかなど、新しい環境に慣れるまで時間がかかります。
場所の確認をしたり環境に慣れたりするまでに時間がかかり、貴重な浪人の時間をロスしてしまいます。
都会には、人・物・サービスが集結しています。
ゲームセンターがたくさんあったり、至る所にコンビニがあったりします。
気になるお店も数多くあるため、つい時間を使ってしまうでしょう。
魅力的な異性も、たくさん見かけることでしょう。
勉強に集中できる環境も多い反面、勉強しにくい環境も多いのが特徴です。
意志の強い人ならいいですが、なかなか誘惑には勝てないのが人間です。
若ければなおさらです。
両親の金銭的負担が大きくなる点も忘れてはなりません。
予備校の費用だけでも大きな金額になります。
さらに、アパートの家賃・交通費・食費・光熱費・家具などのすべての費用を含めると、莫大な金額になるでしょう。
経済的に余裕ながなければ、なかなか厳しい条件です。
最も大切なことは「本人のやる気」です。
田舎の予備校であろうと、都会の予備校であろうと、本人に勉強する意志があれば、同じです。
本人に勉強に対する強い意志があれば、予備校に通わなくても、自宅浪人もできます。
浪人生活を送るうえで、いちばん重要なことは何か。
こう聞かれれば、私は自信を持って「モチベーションの維持」と即答します。
浪人生活がうまくいくかどうかは、ひとえに、これだけといっても過言ではありません。
私が浪人を経験して、ひどく痛感しています。
もちろん勉強法・勉強時間・環境なども重要です。
しかし、それ以上に大切な要因は、やはり「モチベーション」です。
モチベーションのない人は、優れた勉強法、たくさんの勉強時間、どんな環境であろうと、何をやってもダメです。
モチベーションはガソリンです。
ガソリンのない車は、絶対に前に進みません。
しかし、モチベーションさえあれば、何をやってもうまくいきます。
勉強法・勉強時間・環境も、自然とうまくいきます。
本人にやる気があれば、条件の悪さは大したことありません。
予備校に通う場合であろうと、自宅浪人をする場合であろうと、いちばん大切なことはモチベーションの維持です。
浪人生活で判断に迷ったときには「どちらの選択のほうがモチベーションを維持できるか」と自分に問いかけてみましょう。
たとえば「浪人中の友人との付き合い」について、よく論議が交わされています。
浪人中の友人との付き合いは、一長一短です。
友人との付き合いによって悩みを共有できたり寂しさを紛らしたりできます。
一方、友人との付き合いが多くなったため、勉強時間が減ってしまうという問題です。
友人に近づくか、離れるか。
これに明確な答えはありません。
人・場所・状況によって、答えはさまざまです。
そういうときこそ「どちらのほうがモチベーションを維持できるか」です。
友人との付き合いをしたほうがモチベーションを維持できるなら、そうすればいい。
友人とは距離を置いたほうがいいなら、そうすればいい。
どちらが自分にとってモチベーションを維持できる選択であるかです。
この判断基準で進めていけば、おのずから答えは見えてきます。
「予備校か、自宅浪人か」
「部屋で勉強するか、図書館で勉強するか」
「朝型か、夜型か」
その判断は、ひとえに「モチベーションが維持できるかどうか」という基準で決めるべきです。
これが浪人生活を送るうえで、最も重要なポイントなのです。
浪人時代、私がいちばん嬉しく感じたのは、好きな時間に好きなことをできる自由でした。
学生時代は、ある程度、時間割が決まっています。
制服があらかじめ決められていました。
学校が始まる時間と終わる時間、授業の時間割、宿題、締め切りなど、学校側で決められ、従うしかありませんでした。
数学の時間には数学をしないといけないし、国語の時間には国語をしなければいけません。
国語の時間でも、国語ではなく歴史を勉強したいと思うこともあります。
なかなか気分が乗らなくても、なかなか好きな科目を伸ばしにくいです。
しかも、大学受験に全然関係のない授業もあります。
家庭科の授業や音楽の授業も、教養としてはいいですが、やはり大学合格に向けて時間を有効に使いたかった。
その分、浪人生は有利です。
起きる時間、寝る時間、服装は自由です。
勉強をいつ、何をどのくらい勉強してもOKです。
この自由さほど、浪人生の強みはありません。
特に嬉しいのは、得意科目を伸ばしやすくなるということです。
現役時にはできなかった大胆なスケジュールを組むこともできます。
「学校」や「時間割」という制限がなくなるため、好きな時間に好きな科目を好きなだけ勉強できます。
この浪人時代にこそ、自分の得意科目は誰にも負けないくらいの得意科目へと仕上げておきましょう。
好きな勉強なら、調子に乗りやすく、疲れにくい。
それができるという環境がそろっています。
私がいちばん好きなのは、英語でした。
学生時代には、英語の時間に英語の勉強しかできませんでしたが、浪人時代は好きなだけ英語を勉強しました。
そういう好きな科目を伸ばすことが、受験をするうえでの勝負科目になります。
将来就くであろう就職を決める決定打になる可能性は、大いに考えられます。
浪人になると「このやり方でいいのか。もし、また大学に落ちたらどうしよう」と思います。
不安というのは突然襲ってきます。
もう後がありません。
テレビを見ているとき「こんなことしている場合ではない」と不安になります。
食事をしているとき「のんびり食事をしている場合ではない」と思います。
漫画を読んでいると「もっと有効な時間の使い方があるだろう」と自分を責めてしまいます。
いくら浪人生とはいえ、食事はもちろん、テレビも見ますし、たまには漫画を読むこともあります。
何をやっても、常に「また大学に落ちたらどうしよう」と考えてしまい、落ち着きません。
焦ります。
私は、この感情と戦う方法をいろいろ試行錯誤しました。
解決策を模索した結果、たどり着いた方法は、単純な方法でした。
「不安や焦りを勉強に向けて吐き出す」という方法です。
不安になったら勉強すればいい。
難しいことは考えず、ストレートに吐き出します。
不安があるなら、消えるまで、勉強するのがいちばんです。
それしか不安をかき消す方法はありません。
不安はあるから出てきます。
しかし、出せば消えます。
シンプルながら、効果的な方法です。
勉強をしていると、とりあえず罪悪感は消えて、落ち着き、勉強も進みます。
焦りや不安を押さえ込むのではなく、吐き出すかのように勉強へのモチベーションに変えればいいのです。
ストレスの対処は、発散ですね。
ストレスを感じれば、勉強に向けて発散しましょう。
浪人生は、現役より夜型になりやすくなります。
時間を自由に使えるようになるからです。
実は私も、浪人時代は時間を自由に使えるため、当時は自然と夜型になっていました。
夜のほうが静かで、集中できそうな気がします。
外が暗いほうが、勉強しやすい人もいることでしょう。
しかし、浪人生として勉強をスムーズに進めたければ、朝をおすすめします。
夜は、不安定な心の乱れを助長させてしまう時間帯だからです。
浪人生として苦労するのは、感情との戦いです。
「また落ちたらどうしよう」
「勉強が思ったように進んでいない」
「自分はダメな人間なのではないか」
焦り・不安・絶望・いらいら・憂うつ・悲しみ・怒り。
数を挙げれば切りがありません。
もちろん現役時代にも経験する感情ですが、浪人になると、頻度も度合いもさらに強くなります。
一度、大学受験で失敗しているからです。
失敗がトラウマになり、現役生より精神的に不安定になりやすい。
悪いことばかりを考えてしまいます。
しかも、情緒不安定だけならいい。
妄想はさらに暴走し始め、抜け出せなくなってしまいます。
再度大学に落ちて、お金も希望も夢もなく、ついには自殺……。
恐ろしい妄想が膨らんでしまいます。
こうなってしまうと、勉強どころではありません。
泣いてばかりになってしまいます。
こうした悪循環になるのは、決まって夜です。
浪人時代は、こうした感情に結構振り回されます。
勉強はできるかもしれませんが、感情が邪魔をします。
夜は避けたほうが無難です。
感情に振り回されないためです。
浪人生は、夜から逃げてください。
不安や焦りが頭から離れなくなる時間帯なのです。
浪人時代に感じる不安には、波があります。
「感情の波は、日中は小さく、夜は大きくなる」
ぜひとも、知っていただきたい法則です。
夜は、焦りや不安を異常に大きく感じさせ、勉強への集中も妨げられます。
一方、日中は感情の波は穏やかです。
日中という時間帯というより「太陽の光」に助けられます。
太陽の光には、神のような不思議な力があります。
古代から、太陽は、神の化身としてあがめられてきました。
最も有名なところでいえば、古代エジプトの太陽神「ラー」です。
古代エジプトの人々は、ラーは太陽そのものであると信じていました。
朝に東から昇り、夕方に西の地平線へ沈んでいきます。
1日のうちに死と再生を繰り返す不死の存在でもあると信じていました。
そのほか世界各国の宗教には、太陽にまつわる神様が数多く存在します。
日本神話では、有名な「天照大神(あまてらすおおみかみ)」。
インカ帝国では、伝説上の太陽神として「インティ」。
ギリシャ神話では「アポロン」。
火の鳥といわれる「フェニックス」も有名ですね。
宗教観の違いはあれ、言わんとしていることは一緒です。
「太陽には、神なる力が宿っている」ということです。
太陽の光は不思議です。
ただ、世界を明るく照らすというだけの物理的な話ではありません。
その光を浴びれば、あらゆる暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるという精神面に及ぼす力もあります。
気持ちを明るく、前向きにさせてくれ、絶望から救ってくれるという不思議なパワーがあります。
ただ世界を明るく照らすだけでなく、生きとし生けるすべてに生命力を与えることから「太陽は神である」と信じられています。
浪人生も、この太陽の光の恩恵にあやかってください。
元気がないときには、外に出て日光を浴びます。
部屋の中でじっと勉強ばかりではいけません。
元気がなくなり、不安や焦りを感じたら、部屋の外に飛び出て太陽の光を浴びてください。
失恋したときは、両手を大きく広げて、日光を吸い込むように浴びてください。
あらゆる不安、焦りを一掃し、気持ちが明るく前向きになります。
友人のあらゆる励ましの言葉より効き目があります。
日光は、絶望から救ってくれるパートナーとなるでしょう。
世間では「友人を大切にする。友情を大切にする」という言葉をよく耳にします。
友人がいれば、楽しさは倍増しますし、つらいことは共有できて半減できます。
友人がいるからこそ、人生が豊かになるのはたしかです。
しかし、です。
大勢のグループであろうと、小さな単位で見れば、やはり「個人」です。
どれだけ大勢で行動しても、基本は「個人」です。
進学も、買い物も、習い事も、最終的には個人が決め、個人が実行することです。
大学の進路を決めるのも個人です。
勉強するのも個人です。
友人との協力によって行動できることは素晴らしいですが、孤独に耐えられないと、大変です。
勉強も行動も、何もできなくなります。
誰かいないと行動できないのでは、他人に依存しているだけです。
やりたいことがあっても、孤独になれないと、前進できません。
孤独を恐れるのではありません。
孤独に立ち向かい、孤独に耐えられるようになります。
孤独に耐えられる人は、人生を切り開けます。
もちろん団体を否定しているわけではありません。
団体でも行動できるが、1人でも行動できる状態が理想です。
友人がいるいないにかかわらず、行動できる状態です。
他人に依存せずに行動できる人は、強い芯があり、かっこいいことです。
孤独は、浪人生活を乗り越えるために、必要な条件なのです。
単調な毎日を送っていると、ふと、おかしなことを考える瞬間があります。
「なぜA大学を目指しているのだろうか」
大学に合格すれば、すべてがうまくいくはず。
しかし、目指しているゴールを、急に疑ってしまいます。
突然ですが、その大学を目指している理由は何ですか。
「それはつまり……」
きちんと自分で自分の人生・夢・将来設計について、考えを整理してみましょう。
大学は、自分の夢につながる道です。
大学は、夢を果たすための「手段」にすぎません。
「夢があり、夢を果たすために最適な大学を選び、必要な勉強をしている」
もちろん道は「1つ」とは限りません。
道はたくさんあります。
しかし、現役時からずっと「A大学」ばかり考え続けていると、いつの間にか視野が狭くなります。
「A大学しか道がない」「A大学しかあり得ない」と思い、視野が狭くなってしまいます。
「手段」であるはずの大学が「目的化」してしまいます。
本来、夢につながる道は、たくさんあります。
いえ、夢に通じる道は、周りを見渡せば、たくさんあるはず。
山の頂上は1つですが、登るまでの道はいろいろとあります。
「この道でなければいけない!」と1つの手段に執着するのではなく「ほかにも道があるのではないか」と再検討してみましょう。
草の生い茂った道や少し遠回りの道のほうが、実はより安全、より確実であったりします。
少し視野を広くすると、意外な道筋が見えてくることでしょう。
視野を広くしたうえで「やはりA大学しかない」というなら結構です。
しかし「ほかの道のほうがよさそうだ」と気づけば、再検討する勇気も必要です。
親や教師から見ると「今さら進路を変更するなよ」と思います。
逃げ道と受け取られる場合もあることでしょう。
しかし、自分の内面と対話して、あらゆる方法を模索して、いま一度「ベストな道」を検討してみましょう。
頂上への道は、1つとは限らないのです。
勉強のストレスを吹き飛ばすために、ゲームをする人は多いことでしょう。
ゲームをクリアしたときの達成感や満足感は、本当に気持ちがいいですね。
短い時間であるにもかかわらず、ストレス発散の効果はとても大きい。
ゲームをご褒美として、勉強へのやる気につなげている人も多いのではないでしょうか。
ゲームを味方にすれば、単調な勉強を乗り切る見方になります。
しかし、同時に、勉強の最大の敵になる可能性もあります。
一度やり始めると熱中してしまうゲームは、夢中になると抜け出しにくくなります。
あまりの面白さに、時間を忘れます。
「気づけば日が暮れていた」という人も多いことでしょう。
やりすぎは、自分でわかっていても、やめられず止まらなくなります。
私も、はまったことがあります。
ポイントは「どんなジャンルのゲームをするか」です。
「アクション系」や「シューティング系」といった、クリアする単位が短いゲームを選べばいい。
短い時間で、決着をつけやすいからです。
切りがいいところで、中断しやすくなります。
逆に気をつけたいのは「RPG(ロールプレーイングゲーム)」です。
物語があるため、短時間で決着をつけにくく、区切りにくいです。
一度やり始めると、物語の先が気になり、やめにくくなります。
しかもすべてをクリアするまでに大変長い時間がかかります。
ストレス発散でゲームは大いに結構ですが、できればRPGよりアクション系やシューティング系がおすすめなのです。
「昔はよくゲームをやっていたのに、今は完全にやらなくなったな」
ある日、父から言われました。
たしかによくやっていた時期がありました。
1日中やっていました。
私は今、完全にゲームをやらなくなりました。
嫌いだからではありません。
面白すぎるからです。
「夢中になって抜け出せなくなった」という苦い経験があります。
それも浪人中にです。
最後に手を出したゲームは、PCエンジンの『ダンジョンマスター セロンズ・クエスト』という3D型RPGです。
面白いゲームでした。
迷路のような迷宮の中で敵を倒しながら進めていくスタイルのロールプレーイングゲームでした。
このゲームの特徴は、時間経過がリアルタイムである点です。
食事をしないと体力が減ってしまったり、敵が近づくと足音が聞こえたり、持ち物の重さによって行動が制限されたりします。
現実世界のような設定でした。
そうした現実味を帯びた設定に刺激され、現実世界を忘れてしまうほど夢中になってしまいました。
もちろん浪人中の身です。
少しくらいのゲームならストレス発散でいいでしょう。
しかし、一度やり始めたRPG型ゲームに完全に夢中になり、抜け出せなくなりました。
勉強をするためには、ゲームから抜け出さなければいけない。
「ゲームばかりしている場合ではない」というのはわかっていましたが、抜け出せません。
アルコール中毒やカフェイン中毒は、一度なってしまうと抜け出すのに苦労するといいますが、それと同じです。
ゲーム中毒も、一度なってしまうと、抜け出すのに苦労します。
特にRPGは厄介です。
抜け出す方法は何か。
私が決断した方法は、大胆な方法でした。
「いっそのことゲームに集中して、すべてクリアしてしまう」という方法でした。
集中してゲームを終わらせれば、区切りがつき、忘れることができるはずだと思いました。
同時に「クリアしたらもうゲームはやらないぞ!」と強く誓いました。
ゲームに集中した結果、3日でクリアできました。
もちろんこの3日間は、まったく勉強できていなかった期間です。
勉強しなければいけない時期に、ゲームばかりというのは情けない姿でした。
この一件の決着後、私は猛烈に反省しました。
失敗は一度だけにして、もう同じ失敗はしないよう誓いました。
これを最後に、私はRPGを卒業しました。
もちろんゲームを否定しているわけではありません。
ゲームは面白いという反面、危険もあるよという話です。
ゲームの「面白さ」と「怖さ」の両方を味わった一件でした。
抜け出せなくなったら、いっそのこと集中してクリアしてしまえばいい。
その代わり、同じ失敗を二度と繰り返さないことです。
浪人中は、大学に進学していった友人からさまざまな話を聞かせてもらいました。
もちろん県内の大学に進学していった人もいますが、大半は県外です。
県外へ進出していき、日本各地の生の大学情報を聞けるのは、刺激的で面白くて、ためになりました。
浪人時代は、そうした友人と大学についての話に花を咲かせました。
参考になったのは「大学以外の話」でした。
大都会に進出していった大勢の友人から、さまざまな情報を集めました。
初めての一人暮らし、初めての都会生活、初めての男女間のお付き合い。
そうした情報は、面白かったし、うらやましかった。
現役時代は、大学に進学することばかり考えます。
しかし、実際に大学に進学すれば、思っていたこととは違う現実が待っています。
都会での生活でトラブルに遭ったり、初めての一人暮らしに四苦八苦したりなど、大学生活以外で苦労する人が多いです。
あまり大きな声では言えませんが、広島のある大学に進学していったTくんという友人がいます。
Tくんは、角刈りで、メガネをかけて、見るからに田舎からやってきましたという雰囲気が出ている人でした。
広島の都心部にある大学に進学した後、さっそく訪問販売に狙われてしまいました。
「見るだけでもいいですから」と教室まで引っ張っていかれ、何十万もする英会話教材を買わされそうになったようです。
なかなか帰らせてもらえないという強引な勧誘の話でした。
一人暮らしの部屋で「ダンスレボリューション」のゲームをしていたら、下の住人にうるさいと殴られそうになった話もありました。
私は笑っていましたが、本人は切ない様子でした。
ある女友達は、都会に出た勢いで毎日学校より合コンばかりしているという話をします。
付き合った彼氏とうまくいかなくてどうしようかという話へと発展していきました。
また、岡山の大学に進学していった友人もいます。
彼は、キャバクラのボーイとしてアルバイトをしていました。
キャバクラに勤める女性の特徴やらトラブルなど、そうした人たちの裏情報をよく聞かせてもらいました。
そういう話を聞くと、やはり余計に都会に出たくなりました。
勉強以外のさまざまな刺激に触れている人たちがうらやましくて、うずうずしました。
それがまた勉強を頑張らなければというやる気にもつながるのです。
コロンブスがなぜ新大陸の発見ができたのかというと、意志が強かったからです。
数学者トスカネリらの情報を元に、新大陸があるという確信はすでにありました。
後は勇気です。
大西洋、太平洋を横断するのは、まさに命懸けです。
コロンブスは達成してやるという強い意志が大変強かったため、やる気や勇気もありました。
スペイン女王イサベルの援助を得て、見事「新大陸の発見」という偉業を達成しました。
意志が強かったので、道ができました。
エジソンが白熱電球を発明するまでには、6,000回以上も失敗を繰り返しました。
6,000回も失敗しながら、諦めずに続けられたのは「必ずできるはず」という意志が強かったからです。
ついにエジソンは白熱電球に最適なフィラメントを発見し、世界中に明るい夜をもたらします。
諦めない強さの土台は「意志の強さ」です。
意志が強いことで、やる気・根気・勇気・集中力などが生まれます。
山道を思い浮かべてください。
木や草が生い茂る山は、初めから道があるわけではありません。
道がなぜできるのか。
道は、誰かの強い意志によってできます。
誰かが「その先に行きたい」と思い、草を刈り、道を作ったからです。
開拓された新しい道によっては、後世の人々は、その便益を享受できるようになります。
人生も、初めから道があるのではありません。
人生は、開拓します。
大学進学という道も、初めからあるのではありません。
そこには数多くの木や草など、障害物が生い茂り、行く手を阻みます。
しかし「必ず合格するぞ」という意志が強ければ、そこに必ず道ができます。
その意志の強さは、才能とは関係ありません。
大切なのは、どれだけ本気になっているのかという意志の強さです。
本気になっていれば、自然とやる気・根気・集中力も出てきます。
徹底的な意志を貫くことです。
意志が強ければ、必ず道は開けます。
周りにいる友人で浪人しているのは、私1人だけでした。
高校のときに仲の良かった友人は、みんな大学へ進学していきました。
県内もいましたが、大半は県外に行ってしまいました。
浪人生活のとき、大学に行った友人と電話をしました。
キャンパスライフが気になり、いろいろ大学生活について聞かせてもらいました。
印象的だったのは、入学する前と入学した後で感じる「ギャップ」でした。
「大学生活は意外に……」から始まる話が多いことに気づきます。
「入学する前にいろいろな希望を抱いていますが、実際に大学に入学するとどうなのか」という生の情報です。
「大学生になると、思ったより自由な生活になる」
「1人になるのって気持ちいい」
「大学には、面白い人がたくさんいる」
高校時代までは、友人と言えば県内出身者ばかりです。
しかし、大学生になると日本各地からさまざまな人が集まるため、友人の質が一転します。
さまざまな人と触れ合うことで得られるものも多く、いい勉強になるという話がよく出ました。
もちろんいい情報ばかりではありません。
中には、残念な情報もありました。
「大学の授業は、生徒たちの出席率が低い」
「大学生活は、暇が多い」
どちらとも参考になりました。
実際に経験している友人からの情報とでは、やはり質が違います。
大学のさまざまな情報を聞けることは、参考になりました。
浪人中のある日、すでに大学生である坂東君と電話で話していると「今日、授業あるけど一緒に行く?」という話になりました。
「ぜひ行ってみたい!」と即答し、坂東君がわざわざ私の自宅まで迎えに来てくれました。
高校時代までは一緒に遊んでいたはずの坂東君でしたが、別人になっていました。
高校卒業後、車の免許を取得し、自分の車を所有し、車を自由自在に運転していました。
すでに自分よりはるか先に進んでいるように思え、同じ年齢とは思えませんでした。
愛媛県内にある、とある大学に到着して、キャンパス内を案内してもらいました。
オープンキャンパスなので、一般の人でも出入りが自由でした。
高校までの人間関係といえば「男と男」か「女と女」の組み合わせしか見たことがありませんでした。
大学のキャンパス内には「男と女」という組み合わせで、楽しそうに話しているカップルが大勢いました。
学校校舎の大きさも、ひときわ巨大な校舎ばかりでした。
キャンパス内をぐるりと探索し、授業風景をのぞいてみたりもしました。
すべてが、刺激になる時間でした。
やはり実際に経験するのは違います。
本ばかりで得る情報と、実際に自分がキャンパスを歩くことで得られる情報とは質が違います。
自分の将来像を描く助けになりました。
満員電車の中は、最悪のスペースです。
人目も多くて缶詰め状態。
呼吸すら、ままにできません。
私も満員電車に乗ることがありますが、狭くて押しつぶされそうで、骨が折れそうになります。
しかし、ときおり、信じられない光景を目にします。
満員電車の中で、熱心に本を読む人です。
私は、満員電車の中で本を読む人が好きです。
強い意志を感じるからです。
目には見えませんが、何かオーラを感じます。
「こんなところで本を読むなよ」と迷惑を感じる一方で「本当に読みたくてたまらないのだな」と彼の強い意志が強く感じられます。
必死になっている姿が、なぜかかっこよく見えたりもします。
強い意志がないと、満員電車の中で本は読めませんし、読もうとも思いません。
事実、そういう人には「読みたい!」という強い意志があるからできます。
素晴らしいことです。
彼らの懸命な姿に見習う点があります。
受験生で、悪条件を言い訳にする人がいます。
「家庭が貧乏」
「自分の部屋が狭い」
「十分な時間がない」
その悪条件は、絶対に乗り越えられないことでしょうか。
大切なことは「絶対に大学に受かりたい」という意志の強さです。
意志が強ければ、悪条件は全然関係ありません。
そういう人こそ、満員電車の中で本を読む人たちから学ぶ必要があります。
あのくらいに本気にならないといけません。
本気になれば、人目があっても恥ずかしくなくなります。
狭くても本は開けます。
時間がなくても、少しでも文章を読むこともできます。
意志が強い人は、状況や環境の悪さを言い訳にしません。
やろうと思えばできますから、悪条件は言い訳になりません。
もし悪条件を言い訳にしているなら、その程度の弱い意志だということです。
私たちは、満員電車の中で本を読む達人たちから学ぶ必要があるのです。
「浪人は人生の肥やしになる」
ときおり、浪人生にとってプラスになる話を耳にします。
「精神的に成長できた」
「人生について考え直す時間が持てた」
「自分の将来設計について見直す時間ができた」
浪人生を励ます気持ちがあってか、前向きな話をよく耳にします。
たしかに浪人をすれば、勉強だけでなく自己成長ができる良い機会になります。
現役で合格した人にはわからない苦しみを味わい、困難を乗り越えるからこそ、精神的に成長ができるようになります。
つらい気持ちときちんと向き合って、感情のコントロールを学べば、精神的にも成長できます。
浪人は自由な時間がたっぷりできますから、自分を見つめ直すきっかけになるでしょう。
しかし、です。
浪人をした人すべてが、成長できるとは限りません。
きちんと努力を継続した人だけが成長を得られます。
残念ながら、浪人時代に遊んでしまう人がいます。
もちろんきちんと勉強をして、ストレス解消や息抜きとして友人と遊びに出かけるならいいでしょう。
しかし「苦しみからの逃避」になっていると、良くありません。
苦しみを乗り越えるどころか、逃げようとしてしまい、現役のとき以上に遊んでしまう人がいます。
浪人だからこそ、現役のとき以上に大きな苦しみ・焦り・寂しさを感じるようになります。
そうしたマイナスの感情から逃げようとして、毎日友人と遊びに行ってしまいます。
時間は1年もあるし、少しくらい遊んでも問題ないだろうと気を抜いてしまいます。
たっぷりあると思える1年は、あっという間に過ぎてしまいます。
全然勉強もせずに遊びばかりに時間を使うのでは、浪人とはいえ成長できません。
初めは下手でもいいですから勉強を続けるような工夫を継続することです。
自己管理をして、机に向かう工夫をする。
やる気が起きなければ、やる気が起きるような工夫をする。
そういうところに目を向けるのか、避けるのか。
苦しみから逃げるのか、それとも向き合って成長するのか。
ひとえに「本人しだい」です。
「浪人になれば、勉強して大学に受かるぞ」という初心を、どうか貫いてください。
「初志貫徹」
最後まで諦めず、とにかくがむしゃらになり、貫くことです。
その中で、現役のときには気づかなかった自分に出会うことができることでしょう。
自由な時間がたっぷりできますが、どうかその時間を無駄にしないでください。
同じ失敗をまた繰り返さないために。
浪人中のある晩のことです。
夜中にふとテレビを見ていると、大変興味深いドキュメンタリー番組が放送されていました。
受刑者が、罪を報いるために、刑務所で数年間過ごすことになります。
刑期中は、自分について見つめ直し、徹底的に反省しました。
「釈放後は絶対に同じ過ちを繰り返さない」と誓います。
事実、刑期を終えて釈放された後は、別人になったかのように人のために尽くしました。
人に迷惑をかけたからこそ反省し、人のために生きたいと思うようになりました。
その人は、社会になじめない人のサポートをするため、施設を設立して、先生になったのでした。
人のために仕事をして、喜んでもらえるという嬉しさに気づき、釈放後は普通の人以上に素晴らしい人生を送っていました。
その人が悪かった部分もありますが、きちんと自己反省をして、その反省を生かすことができたという点が良かった。
たまたま浪人中に見た番組ですが、大変感銘を受け、はっとしました。
その状況が、なんとなく自分と重なる部分があったからです。
そういうふうになりたいという願いもあったのかもしれません。
失敗があり、反省をして、最後に成功する。
この流れは、私だけでなく、ほかの人も潜在的に求めるサクセスストーリーなのかもしれませんね。
私は大学受験に失敗し、1年間、家の中で勉強ばかりする状態になりました。
罪を犯した犯罪者が、刑務所の中で1年間反省する、という状態に似ています。
罪を犯したわけではありませんが、現役時代に悪かった部分はいくつか思い浮かびました。
一生懸命になっていたつもりでしたが「つもり」になっていた部分もあったのでしょう。
ゲームばかりをしていた時期もありました。
親に反抗して、勉強から目を背けていた時期もありました。
時間に対してルーズだったり、勉強の方法が悪くて結果が出なかったりなどもありました。
そうしたマイナスの面が「不合格」という結果になりました。
本気になっていたはずでしたが、もっと本気になるべきだったと反省しました。
「違う。そんなことはない。勉強ばかりしていた。自分は悪くない」というなら、合格できていたはずです。
反省しないのでは成長がありません。
自分の勘違いに気づく時期です。
勉強法を改めたり、人間関係について考えたり、将来を真剣に考えたりすれば、きっと反省点が見えてくるはずです。
不合格になり、終わったことは仕方ありません。
今さら終わってしまった過去を変えることはできない。
しかし、未来なら変えることができます。
今、徹底的に反省して、悪い点を改めれば、素晴らしい未来につながる踏み台になるでしょう。
浪人が終わった後は、現役生以上に素晴らしい人生を歩めるよう努めることを誓ってください。
失敗を知る人は、必ず強くなります。
そういう気持ちになり、もう1年勉強します。
悪い部分を改めるために、神様から「反省とやり直しの時間」を与えてもらっているのだと思うことです。
私は現役のときから、狙う大学をはっきりさせ、1つに絞っていました。
滑り止めの大学も考えていませんでした。
希望しない大学に通っても仕方ないし、むしろ空虚感を味わうだけだと思っていました。
滑り止めに受かっても嬉しくない。
好きでもない女性と付き合って、結婚するような感じです。
相手にも失礼です。
本当に自分に対して正直な人生を送っていません。
どこかで自分の気持ちをごまかし、本当の個性を見いだせていません。
初めから目標を1つに絞っていたので、それ以外の大学は考えられませんでした。
その考え方は、今になって良かったと思います。
「適当な人生を送らない」という覚悟です。
人生は、たった一度しかないからです。
一度しかないですから精いっぱい素晴らしい人生にしたい思いがありました。
そのためには、代償も払うという決意がありました。
代償とは、1年間の勉強です。
ほかの人より1年間も余分に勉強するのは大変ですが、納得のいく人生が歩めるならと思い、浪人生活を選びました。
もしあのとき、滑り止めの大学に受かり、希望しない大学に通っていたら、今の私はまったく別の人生を歩んでいたことでしょう。
今、私は自分の人生に満足しています。
そう言えるのは、現役のころから「適当な人生を歩まない」という覚悟があったからです。
狙うのは、常にいちばん。
そういう気持ちを持つことは、一度しかない人生を完全に全うすることにつながります。
いちばん自分らしい道を歩み、いちばん好きな仕事で、いちばん満足できる人生を送っています。
今、このサイトもなかったはずです。
私は、浪人生をして頑張っている人は、すべて立派だと思います。
自分の理想を追い求めてもう1年間勉強して、再挑戦するという熱い気持ちがあるからです。
自分の人生に本気になっている、という証拠です。
その気持ちはとても大事です。
現役合格はしませんでしたが、そういう気持ちで浪人を送るなら、いずれ自分の成長に返ってくることでしょう。
1日でいちばん大変なのは「寝起き」です。
止まっているエンジンを動かすときが、いちばん時間がかかりますし、体力も使います。
たしかにつらい寝起きですが、さっと起きることです。
寝起きさえしっかりできれば、1日全体が引き締まります。
寝起きがだらだらすると、その日1日はずっとだらだらになります。
7時に起きるはずが8時になってしまえば、朝食の時間も遅れます。
気合が入っていない状態に加え、午前の勉強も眠気が引きずり、勉強に集中できない。
気持ちの問題です。
そういうだらだらした気持ちは、昼も夕方も夜も続きます。
1日全体のリズムを決めるのは「寝起きの瞬間」です。
寝起きの瞬間だけは気合を入れましょう。
1日全体の調子が良くなります。
眠気が残っていれば、起きてすぐパジャマを脱いで着替えることです。
眠気が残っていれば、温かいお湯ではなく、冷たい水で顔を洗います。
すぐ眠気が吹き飛び、気合が入ります。
きびきびしたスタートを切れば、気合が入ります。
1日の始まりからテンポがよければ、その日全体の調子が良くなります。
朝食をいつもの時間に取ることができ、勉強するときにも気合が入ります。
その調子は、昼も夕方も夜も続きます。
リズムの鍵を握っているのは、寝起きの瞬間です。
充実した1日が、1週間、1カ月となり、1年と積み重なります。
浪人生活の鍵を握っているのは、寝起きなのです。
受験では「涙」のシーンが数多く登場します。
試験の結果が悪かったとき。
念願の大学に合格したとき。
思ったより試験の結果がよくて嬉しかったとき。
情けない単純ミスで自分がいやになってしまったとき。
「嬉し涙」なら、さぞ気持ちいいことでしょう。
一生懸命になったからこそ、出てくる涙です。
しかし、厄介なのは「悔し涙」です。
私も、悔し涙を流したといえば、今でも忘れないあのときです。
それは、高校2年の試験のときでした。
得意な数学で確実に解ける問題が出て、調子を出してしまいました。
試験が終わって高得点を期待していましたが、実際の結果は、とても悪かったです。
原因は、単純なミスでした。
掛け算を間違えていました。
たしか、6×7が42となるところを、なぜか48としてしまいました。
当然、後に続く計算もすべてがおかしくなり、目も当てられない結果になってしまいました。
難しい問題が出て、間違えるならまだわかります。
しかし、回答ができて当たり前の問題で単純なミスをしてしまい、自分が嫌になってしまったことがあります。
大学を受験するような年齢になり、小学生レベルの問題でつまずくのはかっこ悪い。
「なんでこんな基本的なところで間違えるかなあ」
自分が情けなくなり、悔しくて泣いてしまったことがあります。
掛け算を間違えて、悔し涙を流したのは、高校生でも私くらいでしょう。
模擬試験が終わった後、悔しくて泣きながら部室へ向かいました。
もう10年も以上も前の話ですが、今でもはっきり覚えています。
そのくらい悔しかったです。
そうした経験をしたことはありませんか。
間違えるのは難しい問題とは限りません。
簡単な問題こそ、油断をして、間違えてしまいます。
基本こそ手を抜かないという話は、先生たちがよく口にする言葉です。
聞いているだけでは「当たり前だ」くらいにしか思わず、本当に納得していなかった。
しかし、実際に自分が経験して、よくわかりました。
本当に納得できるのは、自分が実際に基本でミスをしたときです。
小学生レベルの基本問題で間違えて、悔し涙を流した経験後、考えを一新しました。
「基本問題こそ手を抜かない」という意味がよくわかりました。
油断をして間違えたときは気持ちを引き締め、今後同じような失敗がないように変えるしかありません。
単純ミスをしたときは「手を抜かないこと」の重要性を感じる機会と考えることです。
終わったことは仕方ありませんから、次から同じようなことがないように気持ちを引き締めるのです。
悲しみや落ち込みの涙から早く抜け出す方法があります。
思いきって泣いてしまうことです。
我慢をしないのがポイントです。
涙を我慢せずに、流せるだけ泣いてしまいます。
鳴き声が出そうなら、人のいないところで鳴き声を出して泣いてしまいます。
恥ずかしいなら、ベッドに潜り込んで泣いてもいいでしょう。
流す涙とはいえ、水分が無限にあるわけではありません。
目の周りがしわしわになり、体の水分を出し切ってしまうかのように、涙をたくさん流してしまいましょう。
涙が出なくなるまで、流しきってしまえばいい。
すると意外や意外、泣いた後は、すっきりするはずです。
なぜか気持ちがすっとして、心が軽くなります。
失恋したときに、立ち直るのは、男性より女性のほうが早いといいます。
女性のほうが涙をたくさん流しているからです。
涙を我慢せずにたくさん流すから、つらい状況から早く立ち直り、次の彼氏を見つけられます。
その点、男性は泣くのが下手です。
泣くことがかっこ悪いことだと思い、涙を我慢します。
だから、いつまでも苦しみや悲しさを吐き出しきることができず、吹っ切れません。
大切なことは我慢をしないことです。
我慢をしていると、いつか爆発します。
ため込まず泣きたいときには思いきり泣けばいい。
落ち込みや悲しみからすぐ立ち直れます。
アルバート・アインシュタインは、物理の問題に頓挫したとき、ピアノやバイオリンをひいたといいます。
アインシュタインといえば、相対性理論を考え出した有名な物理学者です。
それほど高度な物理学の法則を見つけるくらいですから、いつも、物理学についてのことばかり考えていたのだと思われがちです。
しかし、意外なことに、そうではなかったようです。
実は手先が器用で、音楽もかなりうまかったといいます。
おそらくそうした物理学とは関係のない時間があったからこそ、物理学について集中できるようになったのでしょう。
うまく頭を切り替えるために、ときどき違うことをします。
勉強に集中するときには、その勉強とはまったく関係のない時間が必要です。
それが、勉強につながります。
受験に合格するためには、必要な勉強だけに集中するのは基本です。
たしかにそのとおりではありますが、なかなか思うようにいかない。
頭で考えるほど、単純ではありません。
同じ勉強ばかりを続けていると、頭が疲れてぼうっとします。
気分がふさいでくる。
集中力が途切れたり、呼吸が苦しくなったり、やる気がなくなってしまいます。
そこで必要なのが「気分転換」です。
気分転換は、できるだけ勉強とまったく違う分野がおすすめです。
違う分野であるほど、脳をリセットする働きが出て、良い気分転換をもたらします。
受験に合格するには、受験とは関係のない時間をつくりましょう。
リフレッシュも勉強の一環です。
もちろんずっと関係のない時間ばかりではよくありませんが、適度な気分転換は受験では必須です。
散歩・映画・恋人とのデート・おいしい食事・旅行など、何でもかまいません。
アインシュタインのように、ピアノやバイオリンでもいいでしょう。
勉強とは関係のない時間があるからこそ、勉強がうまく進むようになるのです。
大学は、あなたの夢を叶えるための手段です。
しかし、夢がない場合、入学後の進路変更の融通を利かせるため、とりあえず偏差値の高いところを選びます。
もちろんこれはこれでベストな方法です。
若い時期ですから、早くに自分の夢を見つけることができない人も多いことでしょう。
私の場合も、高校時代は「これがやりたい」という夢がない人間でした。
大学を志望するときには、偏差値がいちばん高くて有名な「東京大学」を選んでいました。
そのくらい高い目標のほうが勉強にも身が入りますし、合格した後の未来もうまくいく気がしました。
また、田舎を離れて都会で暮らしたい気持ちも、モチベーションになっていました。
勉強に励みましたが、現役には不合格になり浪人をします。
しかし、この浪人中、思わぬ出来事が起こりました。
自分のやりたいことを見つけてしまいました。
浪人中はさまざまなことを考えて、自分の性格や適正、将来設計などを考えます。
たくさんのことを考えているうち「英語に関係した仕事をしたい」という夢を発見します。
根本的に視野を広げたい欲求がありました。
英語で学ぶことは言葉の幅が広がって新鮮でしたし、アメリカ文化にも興味を引かれました。
人も文化も通貨もすべてが違い、刺激を受けました。
英語を勉強し始めると「日本からの視点」と「アメリカからの視点」という2つの目を持てます。
英語を学ぶことで視野が広がる快感を知ってしまいました。
ある日、この思いが限界点を超え「留学」という文字がぱっと浮かびました。
「英語だけでなく、アメリカの文化もまるごと勉強したい」
田舎を離れて都会で暮らし、しかも自分の夢を叶える道でした。
「これだ!」と直感しました。
事を思い立ったら、行動も早いほうがいいと思い、すぐ進路を留学に変更しました。
10月初旬に気づいて、11月31日には留学先である、アメリカに飛ぶことになります。
そういう急な進路変更も、浪人中はありです。
今でも、あのときの選択は良かったと思っています。
やりたいことを見つけ、できるだけ早く行動し、結果を出すということです。
より自分に合った道が見つかったなら道半ばでも、ベターな進路変更になるはずです。
「浪人中にこういうこともあるのだ」と思ったのでした。
現役中になく、浪人中にある独特の悩みがあります。
「気持ちをわかってくれる人が少ない」という悩みです。
友人のほとんどは、合格して大学生活を送ることになります。
実生活のみならず精神的にも、ほかの人より後れている感があります。
置いてきぼりの浪人生の気持ちは、合格した人には理解が難しく、なかなかわかってもらえません。
先生や両親の励ましの言葉も、何かピントがずれています。
この独特の苦しみは、経験した人でないとわかりません。
すごい孤立感を味わうのが、浪人時代の最大の特徴です。
だからとはいえ、ストレスをため込んでは精神的にもよくありませんね。
共有できる友人が近くにいないとき、何か解決策はないのでしょうか。
そこでおすすめしたいのが「浪人体験記」です。
大学の合格体験記がありますが、同じように浪人を経験して大学に合格した人の体験記があります。
本屋に置いてあれば、ぜひ参考にしてみましょう。
インターネットで調べれば、多種多様な浪人体験談を見つけることができるでしょう。
私も浪人のころは、浪人体験記を読んでは、自分を奮い立たせていました。
浪人した人の話は、自分と共通している部分をたくさん見つけることができます。
やはり境遇が同じ人の話は、ためになり、心にじんと響くものがあります。
浪人中の生活スタイルや勉強法。
どうやってつらい時期を乗り越えたのか。
大変参考になりました。
方法論だけでなく、精神論も参考になります。
なぜ、浪人をする決意をしたのか。
浪人中のストレス、気持ちの管理方法とは。
どうやる気を出していたのか。
方法論・精神論ともに、大変参考になります。
先人の知恵は大いに生かしましょう。
浪人中とはいえ、遊んでいけないわけではありません。
むしろ勉強ばかりの毎日は良くありません。
勉強ばかりではストレスがたまり、燃え尽きてしまいます。
燃え尽きる前に、上手にストレスを発散させることが重要です。
できるだけストレス発散するために、1つアドバイスがあります。
「勉強と息抜きの区切りは、できるだけ『極端』にすること」です。
ときどき、この区切りがあやふやな人がいます。
勉強中にテレビを見たり、音楽を聴いたりする人です。
お風呂に入りながら、勉強をする人もいます。
食事をしながら本を読むという人もいます。
これでは勉強中なのか休憩中なのかよくわかりません。
できるだけ勉強をしたい気持ちはわかりますが、リラックスの時間くらいはリラックスに集中することです。
勉強の時間くらいは、勉強だけに集中することです。
完全に区切って、白黒はっきりさせたほうがいい。
テレビを見るときはテレビを見るし、勉強するときは勉強だけに集中する。
このメリハリが、ストレスの管理をしやすくさせます。
モチベーションを維持する方法として「目標を書いた紙を目につく場所に貼る」という方法があります。
騙されたと思って、一度試してみましょう。
お金はかかりませんし、大きな手間もかからないはずです。
古典的な方法ですが大変効果があります。
自分の志望校を含めて、やる気が出るような言葉を書いてみましょう。
たとえば、次のような力強い言葉がおすすめです。
「○○大学に絶対合格する!」
「だらだらした生活はしない!」
「同じ失敗は繰り返さない!」
「全力を尽くして、後悔しない!」
「今日という日は最初で最後!」
人間はほうっておくと、だらけてしまうほうへと傾いていきます。
その傾きを修正し、やる気を出すために、目につく場所に力強い言葉を貼っておきましょう。
貼る場所は、どこでもOKです。
勉強部屋でもいいです。
毎日向かうトイレもおすすめです。
意外なところでおすすめなのが、ベッド周りです。
朝起きたときに、なかなかベッドから離れられないときがあります。
そういうときに「○○大学に絶対合格する!」という文字が目に飛び込んでくれば、エンジンもかかりやすくなります。
自分を励ますのは、自分なのです。
「アゲハチョウだ!」
私の実家は、愛媛県の田舎町です。
家は川や畑に囲まれ、幼いころは虫取り用の網を持って、アゲハチョウを追いかけていました。
大きくて派手な模様のアゲハチョウを捕まえて、祖父に自慢をしていました。
そんなある日、木にぶら下がっている不思議な生き物を見つけます。
巨大なイモムシが、木にぶら下がっているようです。
気になって近づいてみると「死んでいる虫」のようでした。
捕まえて、祖父に見せると「これはさなぎだ。まだ生きているぞ。もうすぐアゲハチョウになる。逃がしてやれ」と言います。
「え? これがアゲハチョウになるの? とても想像できない!」
アゲハチョウは、派手で激しく動き回ります。
一方、さなぎは地味で動きませんし、死んでいるようです。
見るからにあまりに違いすぎる両者ですが、同じ虫です。
アゲハチョウは、生まれたときからアゲハチョウではありません。
あの派手で美しい段階の前には、地味でみすぼらしい段階があることを初めて知り、驚き感動しました。
成長は、姿形を変えます。
「イモムシ→さなぎ→アゲハチョウ」という成長段階を経て、変容します。
あなたが浪人しているのは、さなぎの時期と同じです。
派手な部分は、一切ありません。
そういうものだと思って、受け入れましょう。
「本当にこれでいいのか」と悲しくなるほど地味な毎日が、淡々と続きます。
外部から見れば、死んでいるかのような地味な生活です。
しかし、意味がないわけではありません。
着実に大学合格へ向けた準備をしています。
じっとしているのも意味があり、地味な毎日が続くのも意味があります。
もうしばらくの辛抱です。
地味なさなぎの時期があるからこそ、試験に合格した後、アゲハチョウへと成長を遂げることができます。
地味でみすぼらしい段階があるから、派手で美しい段階へと成長できるのです。