不安や寂しさは、敵でしょうか、味方でしょうか。
いいえ、不安や寂しさは、敵でも味方でもありません。
こう考えてみましょう、
不安を軽くしたいなら、人に話しましょう。
1人でため込んでいてもストレスで苦しいだけです。
不安を軽くするには、紙に書いて吐き出すことが効果的ですが、人に話して吐き出すことも効果的です。
私たちが心の状態を表現するとき、副詞や形容詞を使うのが一般的です。
たとえば「ちょっと落ち込んでいる」「かなりいらいらしている」「本当に怒っている」などです。
よく聞かれる表現ですが、わかりにくいところもあります。
他人が持っているものをうらやましがっていませんか。
もちろんうらやましく思うのはいいのです。
かっこいい財布やおしゃれなカバンを持っている人がいると、うらやましく感じ、自分も欲しくなるでしょう。
悩みを軽くする方法があります。
しかも即効性があり、今すぐ効果のある方法です。
「悩んでいるのはささいなこと」と思うのです。
世界を変えるにはどうすればいいのでしょうか。
「世界を変える」と聞くと、スケールの大きい印象を受け、誰もが難しいと思うでしょう。
世界を変えるのは一筋縄でいくことではありません。
いらいらするのは、自分の視野が狭くなっている証拠です。
視点が低いため、視野が狭くなっています。
人間関係にいらいらするのも、狭い範囲で考えているからです。
あなたの本音は、ある場面でわかります。
電話を切った直後の一言です。
この場面は、自分を客観的に見るときに役立ちます。
「大丈夫?」
そう聞かれたとき「大丈夫」と返事するのがパターン化されていませんか。
本当に大丈夫のときであればいいのです。
仕事が完了すると「目に見える結果」が残ります。
たとえば、資料、制作物、プログラムなどです。
掃除であれば「見た目がきれいになる」という結果が残ります。
周りの目を気にせず生きる人がいます。
「私は嫌われても平気です。人からどう思われようと陰で何を言われようと気にしません」
もちろん悪いことではありません。
焦っているとき、正常な判断ができなくなります。
落ち着きがないのは、半分われを失っている状態です。
普段の自分なら、難なくできることが、時間や心に余裕がなくなると判断できることもできなくなることがあります。
お酒は「百薬の長」という言葉もありますが、飲みすぎると体に良くありません。
度が過ぎると肝臓に負担がかかり、二日酔いや肝機能が低下につながります。
仕事や日常生活に支障が出ることも少なくありません。
気持ちの切り替えには時間がかかると思っていませんか。
スポーツで点を取られたとき、悔しい気持ちになるでしょう。
上司に叱られれば、くよくよした気持ちを引きずることが多いもの。
私たちの日常では時折、嫌な予感を覚えることがあります。
仕事のこと、家族のこと、友人のこと。
あることで嫌な予感がして、胸騒ぎが起こります。
できないことは「できない」と答えてください。
もちろん頑張ればできそうなことであれば、肯定的な答え方をしてもいいのです。
成長は、少しずつ背伸びをしながらしていくものです。
つまらないが口癖の人がいます。
「仕事がつまらない」
「人生がつまらない」
掃除で不要なものをごみ箱に捨てた直後、惜しい気持ちに襲われることがあります。
「これは必要ない」と思ってごみ箱に捨てました。
ところが捨ててから「やっぱり必要かな」と思うことがあります。
あなたの本性を確認する方法が、1つあります。
運転免許証を持った人に限った方法ですが、シンプルです。
1人で車を運転しているときの自分の発言に注目するのです。
携帯電話は取り出すと、知らない電話番号からの着信履歴に気づきました。
電話帳に登録されていない番号で、まったく身に覚えがありません。
しかも留守番電話が入っています。
気持ちの切り替え力を高めるにはどうすればいいのでしょうか。
自分の中に「モード」を持つことです。
仕事モード、勉強モード、遊びモードです。
あなたを批判する人がいます。
「センスが悪い、態度が悪い、言葉遣いが悪い」
あなたのよくない点や誤っている点を指摘し、ぶつぶつ小言を言ってきます。
ご祈願には種類があります。
厄払いをはじめ、縁結び、商売繁盛、家内安全、交通安全、学業成就、就職成就、夫婦円満など。
神社でご祈願をするとき「どんなお願いをしようかな」と迷うことはありませんか。
自分の体調不良を低気圧のせいだと言う人がいます。
「低気圧のせいかなあ。朝から体がだるいなあ」
「なんか肩が凝るなあ。低気圧のせいかなあ」
共感を得る手軽なツールとして、SNSが人気です。
共感は支持です。
共感は快感です。
普段穏やかな人が、突然荒々しくなって驚かされることがあります。
早口になったり声が大きくなったり言葉遣いが乱暴になったりです。
表情も険しくなっていて、ぴりぴりしている感じのときがあるでしょう。
悪口を言われたとき、どう返事するかが大切です。
もちろん正当な批判には、きちんと対応することが大切です。
クレームには、貴重な改善の手がかりがありますから、よく聞く必要があります。
被害者意識を持っていませんか。
そう聞くと、ほとんどの人が「持っていない」と答えるでしょう。
では、次のようなセリフを口にすることはないでしょうか。
心が疲れたとき、100%リラックスできる方法があります。
海を見に行くことです。
どれだけ落ち込んでいようと、どれだけ心がぼろぼろであろうと、海を見れば必ずリラックスができます。
人生ではあるとき「時代の転換点」に直面することがあります。
いわば、歴史の教科書に載るような出来事です。
歴史の教科書に載るような出来事は、社会的なインパクトが大きい証拠です。
不安や寂しさは、敵でしょうか、味方でしょうか。
いいえ、不安や寂しさは、敵でも味方でもありません。
こう考えてみましょう、
「不安や寂しさと一緒にダンスをする」と。
すなわち、不安や寂しさは、ダンスのパートナーです。
そう考えると、不安や寂しさも感じ方が変わってくるでしょう。
ダンスのスキルは、考えなくても大丈夫です。
誰かに評価されるわけでもなく、個人的に楽しんでいるダンスです。
ただその時間をありのまま受け入れ、ダンスを楽しんでいると考えるだけです。
一緒に仲良くダンスをしていると思えば、苦手意識が和らいでくるでしょう。
むしろ不安や寂しさに対して「さあ、いつでもやってこい」という強気になってくるでしょう。
不安と寂しさは、一緒にダンスをするパートナーなのです。
不安を軽くしたいなら、人に話しましょう。
1人でため込んでいてもストレスで苦しいだけです。
不安を軽くするには、紙に書いて吐き出すことが効果的ですが、人に話して吐き出すことも効果的です。
あなたの身近に聞き上手な人はいませんか。
面識のある人でもない人でもかまいません。
もしいるならラッキーです。
ぜひお願いをして不安を聞いてもらいましょう。
人に言いにくいことなら、きちんと秘密を守ってくれる人に話してもらうといいでしょう。
「聞くだけでいい。慰めもアドバイスもいらないから、ただ聞いてほしい」と頼み込んでみましょう。
聞くだけなら意外とすんなりOKしてくれるはずです。
思う存分話してください。
不安を話すことは、プライベートの告白になります。
あなたが不安を打ち明けると、それに触発され、相手から「私にもこんな不安がある」と打ち明けてくれることがあります。
お互いの距離が近づいて、ますます仲良くなるきっかけになるのは珍しいことではありません。
身近に聞き上手な人がいないなら、占い師やカウンセラーを頼るのもOKです。
地域の相談センターに連絡してみるのも選択肢です。
インターネットでは「傾聴サービス」もあるので検討してみるのもいいでしょう。
少しお金はかかるかもしれませんが、安心してたっぷり話を聞いてもらえるでしょう。
専門としたところであれば守秘義務があるので安心して話せます。
不安は、話をするだけで軽くなります。
話をするだけで吐き出すことになり、心の浮力が戻ってきます。
不安の原因が根本的に解決するわけではありませんが、それでもやってみる価値はあります。
不安が軽くなるだけでも、心の状態はまったく違います。
曇っていた心が少し晴れているでしょう。
慰めやアドバイスがなくても、誰かに話すだけで気持ちが楽になってすっきりします。
たっぷり話を聞いてもらった後は不安が小さくなって、心も軽くなっているはずです。
そして「もうちょっと頑張ってみよう」と前向きになっているのです。
私たちが心の状態を表現するとき、副詞や形容詞を使うのが一般的です。
たとえば「ちょっと落ち込んでいる」「かなりいらいらしている」「本当に怒っている」などです。
よく聞かれる表現ですが、わかりにくいところもあります。
「ちょっと」「かなり」「本当に」という言葉には、幅があります。
人によって感じ方が違ううえ、主観も混じっているため、正確に伝えにくいものです。
こんなときに役立つ表現方法があります。
「心の状態を体温に例える」という方法です。
体温は私たちにとって、最も身近な数字の1つです。
自分の平熱を基準に低い温度や高い温度で言い換えると、わかりやすく表現しやすくなります。
自分の身に置き換えてイメージしやすくなり、良しあしの程度を実感しやすくなります。
体温に例えることのメリットは「数字で表現できる」ということです。
言葉による説明だけでは曖昧で抽象的になりがちですが、数字を使えば、正確かつ具体的に表現できます。
元気がない状態なら、低い体温に例えてみます。
「少し落ち込んでいて元気がない、体温に例えると35度5分くらい」
「35度5分」という数字で表すことで、不調の程度が伝わりやすくなります。
自分の身に置き換えて想像することで、悪寒が感じられるでしょう。
逆にいらいらしているときには、高い温度で表現しましょう。
「少しいらいらしている、体温に例えると、37度5分くらいかな」
「37度5分」は微熱です。
頭に血が上っていて、熱くなっている様子がイメージしやすくなるでしょう。
直感的に、ほてった感じだとわかります。
怒りに震えているなら、さらに高い体温で表現してみます。
「今ものすごくいらいらして、爆発しそう。体温に例えると、39度か40度くらい」
体温で39度や40度は明らかに高熱であり、大変危険な状態です。
死にそうなほど熱くたまらないイメージが湧いてくるでしょう。
トラブルが収まり、心が正常に戻ったなら、平熱で伝えてみます。
「気持ちが落ち着きました。体温に例えると36度5分。まったく普段どおりです」
「普通」という言葉も悪くありませんが、体温を使って数字に例えて表現すると、説得力が増します。
自分の心の状態を伝えるときには、わかりやすく表現する工夫も大切です。
この表現方法を身につけることで、あなたのコミュニケーション能力がアップにつながります。
他人が持っているものをうらやましがっていませんか。
もちろんうらやましく思うのはいいのです。
かっこいい財布やおしゃれなカバンを持っている人がいると、うらやましく感じ、自分も欲しくなるでしょう。
仲のいい友人に恵まれている人がいると、うらやましい気持ちが強くなり、自分も新しい友人を増やしたくなります。
人が持っているものを見て、励まされたり参考になったりすることもあります。
人から影響を受けて、自分の生き方が賢くなることもあります。
しかし、他人が持っているものをうらやましがるのもいいですが、限度があります。
いつも他人が持っているものを欲しがると疲れます。
自分も真似をして購入すれば、物欲を満たせますが、安心はできません。
しばらくすると、再び他人が持っているものが気になって、欲しくなるでしょう。
他人が持っているものは、一段と輝いて見えるから不思議です。
他人が持っているものをうらやましがって追いかけていると、際限がありません。
「この人が持っているものが欲しい。あの人が持っているものも欲しい」
いくらお金があっても足りません。
お金がかかりすぎて、身を滅ぼしてしまいます。
また他人に注意が向くと、自分の生き方を見失います。
他人をうらやましく思うにつれて、自分や自分の身の回りがおろそかになります。
自分の本音や素直な感情が、自分でもわからなくなるのです。
他人が持っているものをうらやましがるのもいいですが、もっと基本的なことがあります。
まず自分が持っているものを大切にしましょう。
財布やカバンを大切にします。
文房具・携帯電話・アクセサリーも大切にします。
すでに大切にしているなら、もっと大切にしましょう。
丁寧に手入れをすれば、長持ちします。
なじみも出てきて、愛着も湧いてきます。
時間の経過とともに古くなりますが、味わいが出てくるでしょう。
人も大事です。
他人の人脈をうらやましがって新しい友人をつくるのもいいですが、交友関係が広がるにつれて、1人当たりのケアがおろそかになります。
まず今の友人を大切にすることから始めましょう。
一生の宝物は、見つけるものではなく、育てるものです。
コミュニケーションを重ねて、親交と友情が深まり、一生の宝物になります。
他人が持っているものをうらやむのではありません。
まず自分が持っているものを大切にしてください。
自分が持っているものを大切にして、余裕ができれば、範囲を広げればいい。
優先順位を間違えないことです。
他人が持っているものをうらやむより、まず自分が持っているものを大切にしましょう。
今あなたが持っているものを大切にすることで、運も未来も開けてきます。
悩みを軽くする方法があります。
しかも即効性があり、今すぐ効果のある方法です。
「悩んでいるのはささいなこと」と思うのです。
大変だと思うから、ストレスも重くのりかかります。
自分の心がずきずきした苦しみを感じます。
ところが「悩んでいるのはささいなこと」と思えば、さほど重要でないように思えます。
考えにくいかもしれませんが、呼吸を整え「悩んでいるのはささいなこと」と思ってみましょう。
子どものころ窓のガラスを割ってしまっただけで「人生が終わった」と大げさに考えているようなものです。
別に死ぬわけではありません。
怒られたり恥をかいたりするかもしれませんが、一時的です。
死ぬこと以外はやり直しができるのですから、ささいなことと考えるのが自然です。
どのくらい苦しみが軽くなるのかは、どれだけ本気で考えられるかです。
悩みを笑い飛ばしましょう。
ささいなことと本気で思えば、心の苦しみは、今すぐ驚くほど軽くなります。
将来が暗いから、苦しむのではありません。
そもそも将来は、まだやってきていません。
将来の不安は、自分が勝手につくり出した妄想です。
「大変」「大きな問題」とネガティブに考えるから、悪い妄想が広がって心が苦しくなります。
心の苦しみは、自分が勝手につくり出しています。
悩んでいるのはささいなことと思えば、今すぐ、心の苦しみから解放されます。
世界を変えるにはどうすればいいのでしょうか。
「世界を変える」と聞くと、スケールの大きい印象を受け、誰もが難しいと思うでしょう。
世界を変えるのは一筋縄でいくことではありません。
一部の偉人や天才が成し遂げることであり、普通の人には無理難題と思うに違いありません。
「できるわけがない」「自分が世界を変えるなんて不可能」と思うのではないでしょうか。
ここに誤解があります。
実というと、世界を変えるのは難しいことではありません。
むしろ簡単です。
自分が変わればいいのです。
「自分も世界の一部」だからです。
世界を変えることを「世界を一変させる」という意味で捉えていないでしょうか。
大げさに捉えすぎです。
たしかに世界を一変させるのも1つの解ですが、世界を少し変えることも1つの解です。
世界にはおよそ80億の人がいて、多くの人から成り立っています。
自分が変われば、80億分の1が変わったことになります。
極めて小さな変化ではありますが、変化があったのは事実です。
80億分の1でも、世界を変えたことになります。
たとえば、あなたが新しいポジティブ習慣を身につけたとします。
それは世界の雰囲気をちょっとだけ変えたことになります。
あるときあなたは困っている人を見かけ、親切に接したとします。
微力ながらも、世界平和に貢献できたことになります。
自分一人の問題に思えますが、自分も世界の一部であることを思い出してください。
新しい習慣を身につけることは「自分の変化」であると同時に「世界の変化」でもあります。
新しい習慣を身につけることは、世界を変えることにつながります。
忘れてはならないのは「波及の可能性」です。
あなたが変わると、それを見た人が「素晴らしい! 私もああなりたい!」と感激して、手本や参考にすることがあります。
1人の変化とはいえ、周りに波及していくことで、より大きな変化をもたらす可能性があるのです。
自分が持つ可能性に気づいてください。
世界を変えたいなら、まず自分が変わりましょう。
自分が変われば、あなたは世界を変えたことになります。
あなたには、世界を変える力があるのです。
いらいらするのは、自分の視野が狭くなっている証拠です。
視点が低いため、視野が狭くなっています。
人間関係にいらいらするのも、狭い範囲で考えているからです。
だいたい人間関係に悩んでいる人は、半径5メートルの人間関係です。
たとえば、会社での人間関係でいらいらするのは、自分の席から半径5メートル以内の人に対してです。
私たちは、半径5メートルという狭い範囲で悩んでいます。
近くにいる存在だから、ささいなことが目につき、大げさに見えます。
一方、社長に対してはあまりいらいらしません。
半径5メートルより離れたところにいます。
社長は、遠い存在のような気がするため、気になりません。
わからない相手に、いらいらすることはありません。
実感があるのは、半径5メートルの人間関係です。
その狭い人間関係の中で、私たちは悩みを持っています。
自分が悩んでいる人間関係も、狭いのではないでしょうか。
たった半径5メートルの人に、いらいらしてしまっているのです。
視野をもっと広げればいい。
たとえば、自分の視点を、もっと高くして見てみましょう。
隣の人は、100メートル上空から見れば、単なる点に見えます。
その点がどうであろうと、大したことはないと考えます。
そんな小さな点の態度、言葉遣いがどうであろうと、大したことではありません。
その事実に気づいて、いらいらなくしてしまいましょう。
あなたの本音は、ある場面でわかります。
電話を切った直後の一言です。
この場面は、自分を客観的に見るときに役立ちます。
電話を切った直後、自分が発している言葉を思い出してください。
「もう最低」
「腹が立つな」
「面倒で嫌になる」
「いらいらするよ」
「もう勘弁してくれよ」
ネガティブな一言を言っていませんか。
それが、あなたの本音です。
緊張の糸が切れた瞬間は、本音がぽろっと出やすい。
電話を切った後は、何を言っても相手に聞こえないため、油断しやすくなります。
しかし、もし周りに人がいるなら大変です。
あなたの本音を聞いて驚き、悪い印象を持つに違いありません。
あなたの本音を聞いた誰かが、本人にこっそり告げ口する可能性もゼロではありません。
電話を切った直後の一言には要注意。
電話を切った直後は油断せず、口元に意識を向けてください。
いらいらして余計な一言を言いそうになっても、丁寧な言葉遣いを心がけましょう。
言葉遣いに迷ったら、無言を貫くのも賢明です。
「大丈夫?」
そう聞かれたとき「大丈夫」と返事するのがパターン化されていませんか。
本当に大丈夫のときであればいいのです。
相手からは大変そうに見えても、実際は平気で何ともないことがあるでしょう。
痛みや違和感が多少あっても、別に問題と言うほどでもなく、ちょっと我慢すればいいこともあるはずです。
本当に大丈夫なときであれば「大丈夫」と正直に答えていいのです。
ところが自分でも気づかないうちに人によっては「大丈夫」と返事するのがパターン化されていることがあります。
大丈夫なときには「大丈夫」と答えますが、大丈夫でないときでも「大丈夫」と答えてしまいます。
限界ぎりぎりで壊れる寸前のときでも「大丈夫」と答えてしまいます。
返事が完全に固定されている状態です。
これは知らず知らずのうちに起こりやすいため、注意したいポイントです。
日頃から「大丈夫」という返事ばかりしていると、だんだんパターン化されます。
悪い言い方をすれば「思考停止」の状態です。
「大丈夫」と返事するのがパターン化されていると、本当に体調が悪いとき、SOSを出せなくなります。
心配の声をかけてくれる人がいても、断ることになります。
どれだけ体調が悪かろうと、倒れる寸前でも「大丈夫」という答えてしまいます。
けがの回復が遅くなります。
時には病気の治療が手遅れになることもあるでしょう。
「余計な心配をかけさせたくない」という気持ちがあるかもしれません。
「人の助けは借りない」というポリシーを持っているのかもしれません。
だからとはいえ無理は禁物です。
人間に限界があるのは事実であり、誰かの助けが必要なときもあります。
意地を張っていると、命に関わる可能性もゼロではありません。
「大丈夫?」と聞かれたとき「大丈夫」と返事するのがパターン化されていないか、自分を振り返ってみてください。
「大丈夫?」と聞かれたときは、反射的に「大丈夫」と返事をするのではありません。
冷静に自分の体調を振り返ってみて、その時々の状況に合わせた返事を心がけましょう。
本当に問題なければ「大丈夫」と答えます。
大丈夫でないときは、正直にSOSを求めます。
人に甘えたり助けを借りたりすることも処世術の1つ。
大丈夫ではないときは、素直に助けを求めるのが正解です。
仕事が完了すると「目に見える結果」が残ります。
たとえば、資料、制作物、プログラムなどです。
掃除であれば「見た目がきれいになる」という結果が残ります。
目で結果を確認できると、やった感があり、程度も確認できます。
仕事の結果が目に見えると一目瞭然となり、人からも「頑張ったのだな」「手間暇がかかっただろう」と理解されるでしょう。
はっきり目で確認できるので仕事の実感が得やすく、モチベーションにもつながります。
さて、問題なのは「感情のコントロール」の場合です。
感情のコントロールは、目に見える結果がありません。
いらいらした感情をぐっと抑えることができても、結果や成果物など残るものがありません。
「感情を抑えた」という結果は、客観的に確認しにくいのが難点です。
頑張ってぐっと感情を抑えても、表向きの様子は「普段どおり」のため、人に気づいてもらえません。
気づいてもらえないから、褒められることも認められることもありません。
感情を抑えることができても、ちょっと寂しい気がするのです。
ここで大切になるのが「自己称賛」です。
感情を抑えることができれば、そのたびに自分を褒めてください。
「よく耐えた!」
「感情のコントロールが成功したね。おめでとう!」
「よし、しっかり感情を抑えることができたね。素晴らしい!」
成果物がないからこそ自己称賛が有効です。
恥ずかしく思う必要はありません。
結果や成果物がなくても1つの達成であり成功ですから、自分の努力を認めることが大切です。
そこには「成長」もあります。
ぐっと感情を抑えることで、脳の前頭葉が鍛えられました。
表には見えませんが、神経細胞のネットワークが密になり、脳が成長したことになります。
前頭葉は感情をコントロールする部分のため、鍛えることで集中力の質も上がります。
成果物はなくても「感情を抑えた」という結果を称賛することです。
感情を抑えることができるたびに自分を褒めてください。
自分の努力に堂々と胸を張っていいのです。
周りの目を気にせず生きる人がいます。
「私は嫌われても平気です。人からどう思われようと陰で何を言われようと気にしません」
もちろん悪いことではありません。
自分の人生は自分のもの。
自分の生き方は自分で決めるものです。
世の中にはさまざまな価値観の人がいます。
自分の生き方が万人に受け入れられるとは限りません。
自分では普通のつもりでも、なぜか人から理解されず、嫌われてしまうことがあるでしょう。
時には面倒なアンチに遭遇することもあるでしょう。
たとえ人から嫌われようと、気にしなければいいことです。
批判されようと何を言われようと、気にしなければ、ノーダメージです。
外野の声を気にせず突き進む姿勢はいいのですが、ここで注意したいことがあります。
自然と嫌われるのはいいのですが、わざと嫌われるのは良くありません。
「嫌われる」という結果は同じでも、そのプロセスが重要です。
「自然と嫌われる」というパターンはいいのです。
そこには悪意も作為もありません。
価値観に合わなかっただけのことです。
相手に受け入れられなかっただけです。
普通に過ごした結果、自然と嫌われるのは仕方ないことですからOKです。
問題なのは「わざと嫌われる」というパターンです。
わざと嫌われるのは「こちらから攻撃を仕掛けている」ということです。
わざと挑発的な態度を取ったり周囲の悪口を言ったりすれば、嫌われて当然です。
そこには悪意や作為があります。
普通に嫌われて終わりではなく、敵やアンチを増やすことになります。
もともとアンチがいるなら、火に油を注ぐことになり、ますますアンチの攻撃が加速するに違いありません。
わざと人から嫌われようとするのは、ただの嫌な人です。
「自然と嫌われる」と「わざと嫌われる」は別物と考えてください。
同じ「嫌われる」でも、天と地ほどの差があります。
自然と嫌われるのは仕方ないことですが、わざと嫌われるのは避けるべきことです。
焦っているとき、正常な判断ができなくなります。
落ち着きがないのは、半分われを失っている状態です。
普段の自分なら、難なくできることが、時間や心に余裕がなくなると判断できることもできなくなることがあります。
「21+38+98は?」と聞かれて、落ち着いていれば、問題に戸惑うことはありません。
しかし「早く早く! 5秒以内に答えて!」とせかされると、焦りが出て、解ける問題も解けなくなります。
計算なら間違えやすく、判断なら誤りやすく、言葉なら失言しやすくなります。
焦りは禁物です。
落ち着く時間をつくれば、こうしたトラブルは未然に防げます。
落ち着く時間がもったいないと言う人は、それ以上にもったいないことを失う危険性があります。
落ち着いた心こそ、本当の自分ですから、その自分が判断することが最も頼りになります。
落ち着いていれば、冷静な判断ができ、無駄な行動も減り、ストレスも減っていきます。
無駄とも思える落ち着きの時間は、無駄どころではなく、実は自分の時間を増やしているのです。
お酒は「百薬の長」という言葉もありますが、飲みすぎると体に良くありません。
度が過ぎると肝臓に負担がかかり、二日酔いや肝機能が低下につながります。
仕事や日常生活に支障が出ることも少なくありません。
ひどくなるとアルコール依存症に陥ってしまい、笑い事では済まなくなります。
健康診断の肝機能で悪い数値が出て、飲酒習慣を見直す人もいるでしょう。
健康のことを考え、禁酒を始める人もいるのではないでしょうか。
ところが、いざ一念発起して禁酒生活を始めたものの、お酒を飲みたい衝動が襲ってきます。
「ああ、つらい! 苦しい! 酒が飲みたい!」
強い衝動が湧き上がり、いても立ってもいられない。
時には禁断症状が出ることもあり、欲求に負けそうなときがあるのではないでしょうか。
そんな人に朗報です。
お酒が飲みたくてたまらないとき、シンプルな解決法があります。
水を飲んでください。
普通に水を飲むのではありません。
「これでもか」というほど、たっぷり飲むのです。
がぶがぶ水を飲めば、胃が水で満たされます。
胃が水で満たされることで、水分全般が受け付けなくなり、同時にお酒も受け付けなくなるのです。
透析治療など水分制限のある人は注意が必要ですが、そうでなければ気軽に取り組むことが可能です。
水なのでたくさん飲んでも無害です。
余計な水分は、しばらくすれば尿とともに体外に排出されます。
水の代わりにミネラルウォーターを飲むのもいいでしょう。
もちろん水なのでカロリーもゼロ。
飲みすぎることで、太ったり脂肪が増えたりすることはありません。
体重が増えてもそれは水の重さであり、実際に脂肪量が増えたわけではないので安心してください。
おなかが冷えるのが心配であれば、温かい水やお茶でもかまいません。
とにかく水分で胃の中を満たしましょう。
喉の渇きが解消され、お酒を飲みたい衝動も消えます。
特別な道具も必要なく、水だけなので非常に安価です
自宅に浄水器があれば、無料です。
手元に水を常備しておき、いつでも飲めるようにしておきましょう。
気持ちの切り替えには時間がかかると思っていませんか。
スポーツで点を取られたとき、悔しい気持ちになるでしょう。
上司に叱られれば、くよくよした気持ちを引きずることが多いもの。
大切にしているものを壊してしまったら、ショックでしばらく寝込んでしまうかもしれません。
「ショックなことがあってつらい。立ち直るのに、何日もかかりそうだ」
心が動揺することがあれば、それだけ気持ちの切り替えにも時間がかかるように思われます。
ここに誤解があります。
気持ちの切り替えに時間がかかるのは思い込みです。
時間がかかると思っているから時間がかかります。
「時間がかかって当然」という先入観があります。
無意識のうちに時間をかける癖がついています。
本気の努力をしなくなるため、自然と長い時間がかかってしまうのです。
気持ちの切り替えに時間はかかりません。
気持ちの切り替えは一瞬できます。
ショックがあろうと動揺が大きかろうと、その気になればすぐ気持ちを切り替えることが可能です。
「そんなことはない。本当にショックが大きいときはどうしても時間がかかるはずだ」
そう思ったあなた。
ほら、それが良くありません。
「時間がかかる」と思っているのです。
自分の思い込みに気づき、封印を解いてください。
プロのスポーツ選手は、気持ちの切り替えがスピーディーです。
点を取られても、さっと気持ちを切り替え、次のプレーに集中します。
試合で惨敗をしても、けろっとした表情で次の試合に向けて挑みます。
プロは「気持ちの切り替えは一瞬でできる」という思考が身についているので、可能性の扉が開かれているのです。
スポーツに限らずビジネスでも同じことが言えます。
職場に仕事のできる人がいれば、その人は気持ちの切り替えが早いでしょう。
契約が取れなくてもプレゼンで企画が通らなくても「さあ、次に行こう!」の精神で、すぐ気持ちを切り替えているはずです。
「気持ちの切り替えには時間がかかる」と思っているなら、今すぐ考え方を改めてください。
気持ちの切り替えは一瞬できます。
どれだけショックを受けようと、どれだけ動揺が大きかろうと、気持ちの切り替えは一瞬できると思うこと。
今まで封印が解かれ、新しい可能性が開かれるのです。
私たちの日常では時折、嫌な予感を覚えることがあります。
仕事のこと、家族のこと、友人のこと。
あることで嫌な予感がして、胸騒ぎが起こります。
心がざわざわして落ち着かない。
なぜ嫌な予感がするのか自分でもよくわかりません。
はっきりした理由や根拠はないにもかかわらず、妙に落ち着かず、そわそわすることがあるもの。
何か悪いことが起こりそうな不安感覚があって心臓の鼓動が突然激しくなります。
嫌な予感がしたときどうするか。
念のため確認を取りましょう。
予感も直感の1つだからです。
もちろん単なる気のせいで終わることもあります。
何もなければ、それはそれでいいのです。
「良かった。気のせいだ」と、ほっと安心できます。
問題ないことを確認できれば、目の前の仕事に集中できるようになります。
何も異常がなかったとしても、コミュニケーションの機会が増えるので無駄にはなりません。
しかし、嫌な予感が的中することも少なくありません。
予感も直感の1つです。
直感は、過去の膨大な記憶から湧き起こる感覚です。
私たちの脳には「高度な検索機能」が備わっています。
ある出来事が起こったとき、脳が過去の記憶を検索します。
過去のトラブルと似た状況と重なると、脳が「同じトラブルが起こるかもしれないから注意しろ!」と警告を発します。
それが、嫌な予感や胸騒ぎとして表に現れるのです。
嫌な予感は、心の叫びです。
放置していると、後悔を生む可能性があります。
「あのとき、嫌な予感に従っていれば良かった」となるかもしれません。
嫌な予感がしたときは、念のため確認を取っておきましょう。
仕事のことで嫌な予感がしたときは、とりあえず現場に急行してみます。
家族や友人のことで嫌な予感がしたときは、とりあえず連絡を取ってみます。
確認を取るだけですから大きな手間ではないはずです。
あとから振り返ってみると、嫌な予感がしたとき、当たっていることが多いもの。
早めに確認を取ることで、未然にトラブルを防げるかもしれません。
それは後悔を減らすことにつながる可能性もあるのです。
できないことは「できない」と答えてください。
もちろん頑張ればできそうなことであれば、肯定的な答え方をしてもいいのです。
成長は、少しずつ背伸びをしながらしていくものです。
ちょっと難しく感じただけで「できない」と否定的に答えていては、できる成長もできなくなります。
安易にノーと断っていると、成長のチャンスを失うばかりか、仕事の依頼も来なくなるでしょう。
自分の成長のためにも今後の仕事のためにも、背伸びが必要なのは間違いありません。
しかし、確実にできないとわかっていることなら迷うことはありません。
できないことは「できない」と正直に答えるのがベストです。
たとえば、身の丈を越えた仕事や、どうやっても納期に間に合わない仕事です。
見栄を張って肯定的な発言をしたり思わせぶりな態度を見せたりするのは良くありません。
相手は「できるのだろう」と解釈して、仕事を依頼してくるでしょう。
うっかり引き受けてしまっては大変です。
無理な仕事を引き受けると、非常に大きなストレスを負うことになり、身も心もいっぱいいっぱいになるでしょう。
無理をすると、健康を害する可能性も出てきます。
できないことを引き受けたところで結果は目に見えています。
できないことを引きつけたところで、できません。
しかもできないという結果だけで終わらず、謝罪の必要も出てきます。
納期直前に不可の連絡を入れると、依頼主に迷惑をかける結果となります。
評価が落ちるのも確実です。
できないことにもかかわらず、安易にできると答えてしまうと、お互いにとって不幸となるのです。
相手に申し訳ない気持ちがあってノーと答えにくいところですが、だからといって嘘をつけばいいわけではありません。
言葉を濁すことも思わせぶりな態度も必要ありません。
できないことは「できない」と正直に答えることです。
あなたが「できない」と答えれば、相手はすぐ別の手段を模索できるようになります。
迷惑をかけることもありません。
ちょっと言いにくいかもしれませんが、勇気を出してノーと伝えてください。
正直にできないことを伝えた結果、評価が下がったり仕事が減ったりする可能性もあるでしょう。
正直に答えた結果ですから、それは仕方ないことです。
自分のためだけでなく、相手のためでもあります。
正直に答えることは恥ずかしいことではありません。
将来のことを考えると、正直に答えるのがいい。
できないことは「できない」と答えるのが正解です。
つまらないが口癖の人がいます。
「仕事がつまらない」
「人生がつまらない」
「毎日がつまらない」
少しでも暇があったり退屈を感じたりすると、ため息をつきながら「つまらない」と口にする。
本人に悪気はなく、思ったことを正直に言っているだけなのでしょう。
しかし、ここに大切なポイントがあります。
「つまらない」と言う人は、いつの間にか損をしているということです。
想像してみてください。
ことあるごとに「つまらない」と言う人がいると、あなたはどんな印象を受けるでしょうか。
元気のない感じがあってネガティブ思考の印象を受けるでしょう。
こちらまで倦怠感が伝わってくるようで小さなストレスを感じるでしょう。
ちょっと暗い雰囲気に包まれていて、パワーを奪われそうな不安もあり、近寄りがたく感じるのではないでしょうか。
一緒にいると何度も「つまらない」と聞かされることになるため、距離を置きたくなるはずです。
いい誘いがあっても話しかけにくくなります。
いい人がいても紹介しにくくなり、いい話があっても声をかけにくくなるでしょう。
日頃から「つまらない」と言っていると、人から距離を置かれ、運を逃し、チャンスを失います。
それはいつの間にか起こることです。
本来得られるはずの運やチャンスが得られなくなります。
自覚症状のないところが「つまらない」という言葉の怖いところです。
本人は思ったことを口に出しているだけかもしれませんが、いつの間にか損を生み出しているため注意が必要です。
つまらないを禁句にすることです。
日常生活では退屈を感じることもあり、生きていればつまらないと思うこともあります。
心で思うだけにして口に出さないのが賢明です。
つまらないを禁句にするだけで、嫌な空気が消えて近づきやすい雰囲気になります。
運気の流れが良くなって運やチャンスにも恵まれやすくなる。
あなたの雰囲気も良くなって、ご縁や出会いにも恵まれやすくなります。
掃除で不要なものをごみ箱に捨てた直後、惜しい気持ちに襲われることがあります。
「これは必要ない」と思ってごみ箱に捨てました。
ところが捨ててから「やっぱり必要かな」と思うことがあります。
気が変わって、ごみ箱の中から拾い上げたくなる。
捨てる前に気づけばいいのですが、意外と捨ててからはっとすることがあるものです。
ごみ箱に捨てた直後ならまだ間に合います。
この瞬間が大切です。
ごみ箱から拾い上げたくなるかもしれませんが、ちょっと待ってください。
いったんごみ箱に捨てたら、できるだけそのままにしておきましょう。
拾い上げる必要はありません。
ごみ箱から拾い上げたところで「やっぱり必要なかった」となるのがオチです。
「やっぱり必要かな」と思うかもしれませんが、たいていの場合は一過性の衝動です。
拾い上げたい衝動がわきますがぐっと抑えましょう。
いったん拾い上げると、癖になってしまいます。
捨てては拾うという行動が増え、掃除の妨げになります。
いったんごみ箱に捨てたということは、最初に「いらない」と判断したからです。
「やっぱり必要かもしれない」と思うかもしれませんが、最初の判断を尊重することです。
たとえそれが直感でも、自分の判断であることに変わりありません。
そのまま完全に破棄しても日常生活に支障はありません。
「きれいに片付いてすっきりした。あのまま捨てておいて良かった」と思うに違いありません。
最初に「いらない」と判断したことは、おおむね正しいのです。
掃除は「捨てる力」が大切です。
捨てる力を鍛えるためにも、いったん捨てて拾い上げたくなっても、できるだけそのままにしておくのが正解です。
ごみ箱から拾い上げたくなっても「こんな衝動には惑わされないぞ」と自分に言い聞かせてください。
強い心で惜しい気持ちを振り切りましょう。
どうしても必要になったら、あとから買い直せばいいことです。
あとから買い直しても、たいてい間に合うはずです。
お金がもったいないと思うかもしれませんが、実際はめったにあることではないので心配は不要です。
処分することは重荷を落としてフットワークを軽くすることですから、大切にしてもしすぎることはありません。
部屋の物が減れば、整理整頓の手間も小さくなります。
処分すればするほど部屋がすっきりして広々と感じるでしょう。
いったん掃除を始めたら、勢いを大切にして、どんどん捨てていきましょう。
掃除は、整理整頓より処分です。
あなたの本性を確認する方法が、1つあります。
運転免許証を持った人に限った方法ですが、シンプルです。
1人で車を運転しているときの自分の発言に注目するのです。
車の中は、本性が最も現れやすい場所の1つです。
私たちは普段、人目があるため、言葉や態度をわきまえて振る舞っています。
これは無意識であるため、なかなか自分でも気づけません。
ところが車の中は違います。
車の中は閉鎖された空間です。
大声を出したり、暴言を吐いたりしても、ほかの車の運転手には聞こえません。
自由で閉鎖的な環境に身を置くと、心のストッパーが外れ、自分の本性が現れやすいのです。
車を運転すると、急に別人のようになる人がいます。
これは「性格が変わった」というより「本来の性格が出た」という状態です。
車の運転中、急に赤信号になったり、強引に横から割り込まれたりしたとき、どんな発言をしていますか。
暴言を吐いているなら、要注意。
それが、あなたの本性です。
心の内側にある本音が、ふっと出る瞬間です。
信じられないような暴言を吐くかもしれませんが、事実なので、重く受け止めることです。
携帯電話は取り出すと、知らない電話番号からの着信履歴に気づきました。
電話帳に登録されていない番号で、まったく身に覚えがありません。
しかも留守番電話が入っています。
このときの留守番電話は、なんとなく怖くて抵抗があるものです。
知らない人からの電話番号ですら抵抗があるのに、留守番電話を聞くのはもっと抵抗があります。
こんなシチュエーションのとき、あなたならどうしますか。
よくあるのが「ちょっと怖いからあとから聞こう」と後回しにするパターンです。
再生ボタンを押すだけのことですが「変なメッセージが入っていたら嫌だなあ」と思い、ちょっとためらいます。
疲れているときや元気のないときであれば、なおさらです。
心理的に抵抗があるので、いったん小休止を入れてから聞こうと思うかもしれません。
しかし、ここは大切な場面です。
抵抗はあるかもしれませんが、知らない電話番号からの留守番電話は、できるだけ早めの確認をおすすめします。
緊急連絡の可能性があるからです。
知らない電話番号で、かつ留守番電話が入っているのは「早めに伝えたい」「どうしても伝えたい」といった意図が感じられます。
身内に緊急事態が起こったのかもしれません。
仕事で緊急事態が発生したのかもしれません。
緊急事態のときは、自分の携帯電話が使えず、人の携帯電話を借りて電話を掛けることがあるでしょう。
悪い想像ばかりが膨らみますが、可能性としてゼロではありません。
だから早めに確認です。
抵抗があるからといって後回しにしていると、留守番電話のことを忘れ、確認が遅くなります。
安易に留守番電話を後回しにすると、手遅れの状態になってしまい、後悔を生むことになるかもしれません。
心理的な抵抗があったとしても、万一を考えると、早めに確認しておくのが安心です。
ささいな用件であれば、それはそれでいいのです。
普通の営業や間違い電話という可能性もあるでしょう。
心配していた分だけ拍子抜けするに違いありませんが、それもまたよし。
早めに確認できれば、早めに不安を取り除けます。
「大した内容でなくて良かった」とほっと安心できます。
知らない電話番号からの留守番電話は、抵抗があっても、早めに確認するのが正解です。
気持ちの切り替え力を高めるにはどうすればいいのでしょうか。
自分の中に「モード」を持つことです。
仕事モード、勉強モード、遊びモードです。
機械の操作ではモード変更の機能があって、必要に応じてオンオフを行うことがあります。
スイッチを入れてモードが切り替えると一瞬で様子が変わりますが、それと同じです。
自分の中で「モード」という概念をつくって、切り替えるイメージをします。
「今から仕事モードに入る」
「勉強モードをオンにしよう」
「遊びモードのスイッチを入れよう」
心の中にモードをつくって、スイッチのオンオフをイメージしましょう。
自分の中にモードの概念をつくって、自己コントロールに役立てましょう。
イメージの力を活用することで、気持ちの切り替えもスムーズに行えるのです。
あなたを批判する人がいます。
「センスが悪い、態度が悪い、言葉遣いが悪い」
あなたのよくない点や誤っている点を指摘し、ぶつぶつ小言を言ってきます。
批判されて嬉しい人はいないでしょう。
自分の悪口を言われたように感じて、むっとするでしょう。
批判をされたとき「悪口を言われた」と感じる人も多いのではないでしょうか。
相手のことを嫌いになるかもしれません。
目障りな存在として、うっとうしく感じることもあるでしょう。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
実際のところ、批判する人は、いちばんあなたをよく見ています。
普通の人が気づかないような細かいところまで見ています。
ほかの人はみんな、自分のことで精いっぱいです。
ほかの人を見る余裕も考える余裕もありません。
そんな中その人は、あなたにしっかり注目してくれました。
細かいところまでじっくり見てくれました。
そのうえで「ここが悪いのではないか」という改善点まで指摘してくれました。
ありがたいことです。
批判する人を恨まないことです。
批判の言葉なので、少しストレスを感じるかもしれませんが、ありがたい言葉です。
誠実に批判を受け止めれば、自分にとっても飛躍のチャンスになるでしょう。
批判する人にも、存在価値があります。
「批判する人なんていなくなればいい」と思うかもしれませんが、実際は1人くらいいてくれたほうが助かります。
批判する人がいてくれるおかげで、気持ちが引き締まり、気合が入ります。
改善点が見つかり、飛躍のチャンスも生まれます。
裏を返せば、批判する人は、あなたに期待しています。
期待しているから、わざわざ手間暇をかけて、助言をしてくれています。
せっかくあなたに注目してくれているのですから、むしろ感謝したほうがいいでしょう。
「お忙しい中、わざわざ私に注目くださり、ありがとうございます。おかげで改善点が見つかりました」
声に出して言うのが恥ずかしいなら、心の中で唱えてもかまいません。
批判する人がいても、恐れることはないのです。
ご祈願には種類があります。
厄払いをはじめ、縁結び、商売繁盛、家内安全、交通安全、学業成就、就職成就、夫婦円満など。
神社でご祈願をするとき「どんなお願いをしようかな」と迷うことはありませんか。
あらかじめ明確な願い事が決まっていればいいのですが、そうでないときは悩むところではないでしょうか。
選択肢がありすぎるとかえって選びにくくなることを、心理学で「ジャムの法則」と呼びますが、まさにその状態です。
神社のご祈願で迷うことがあれば、ぜひおすすめのご祈願があります。
それは「健康祈願」です。
健康は、人生の土台です。
健康があれば、仕事もできます。
仕事ができれば、お金も稼げます。
健康さえあれば、勉強も進学も、趣味や遊びも、出会いや恋愛も、たいていのことはなんとかなります。
仕事も勉強も恋愛も何もかも、健康があってこそ。
健康さえあれば、そのほかのことは個人の努力で未来を切り開けます。
一言で言うと「健康さえあれば、人生はなんとかなる」ということです。
健康は人生の土台ですから、大切にしてもしすぎることはありません。
自分の体は1つしかなく、取り換えることはできません。
体は消耗品ですから、大事に扱えば、それだけ長持ちします。
神社のご祈願で迷ったら、健康祈願をおすすめします。
健康さえあれば、何でもできるのです。
自分の体調不良を低気圧のせいだと言う人がいます。
「低気圧のせいかなあ。朝から体がだるいなあ」
「なんか肩が凝るなあ。低気圧のせいかなあ」
「頭がずきずきするなあ。きっと低気圧のせいだろう」
低気圧とまったく無関係というわけではありません。
実際に低気圧が原因で起こる不調があります。
気圧の変化を受けやすい体質の人の場合、低気圧のせいで頭痛や倦怠感が引き起こされることがあります。
これを「低気圧不調」と呼びます。
気圧の変化を受けやすい体質の人は、毎年梅雨や台風の時期になると、体の不調に悩まされることも多くなるでしょう。
低気圧の影響による不調があるのは間違いありません。
しかし、だからといって何でもかんでも低気圧のせいにしないことです。
低気圧のせいにすると、どんどん癖になり、悪い思い込みが生まれます。
いろいろな不調を低気圧に結びつけてしまい、すべて低気圧のせいに思え始めてきます。
悪い錯覚が引き起こされ、あらゆることを低気圧のせいにする癖がつきます。
「最近つい食べすぎちゃうんだよねえ。低気圧のせいかもしれない」
「午後に眠くなって昼寝しちゃうんだよね。低気圧のせいなのかなあ」
「運の悪いことが続いていてつらいなあ。これもやっぱり低気圧のせいなのかなあ」
あげくには、仕事のミス、日常の失敗、身に起こる不幸など、低気圧と無関係のことまで低気圧のせいにし始めてしまうのです。
低気圧もいい迷惑です。
何でもかんでも低気圧のせいにしないことです。
低気圧は、周囲よりも気圧が低いことだけのことであり、それ以上でもそれ以下でもありません。
低気圧がこの世からなくなることもありません。
低気圧も高気圧も地球の営みであり、地球が自転しているかぎり必ず発生するものです。
低気圧が原因による不調があるのも事実ですが、だからといって何でもかんでも低気圧のせいにしないことです。
食べすぎるのは、低気圧のせいではなく、食欲に負けているだけのことです。
昼に眠くなるのは、低気圧のせいではなく、単に睡眠不足だからです。
運の悪いことが続いていることは、もはや低気圧とは1ミリも関係ありません。
何でもかんでも低気圧のせいにしていると、チャンスや成長の機会を逃します。
低気圧が原因によるものと、そうでないものを、きちんと区別することです。
きちんと現実を見ることで、低気圧に振り回されることがなくなります。
共感を得る手軽なツールとして、SNSが人気です。
共感は支持です。
共感は快感です。
多くの人に共感されると、それだけ多くの支持を受けたことになり、快感を覚えるでしょう。
「わかります!」「共感します!」と言われると、とても気持ちがいいもの。
頑張ってきたことが報われた気がします。
疲れも一気に吹き飛び、承認欲求も満たされます。
共感が多ければ多いほど、自分が人気者になったような感覚を覚えるでしょう。
SNSで発信する際、できるだけ共感されるような言葉を選んでいる人も多いはずです。
もちろん共感されたい気持ちは誰にでもあるものであり、それ自体は悪いことではありません。
しかし、エスカレートすると話は変わります。
共感を求める気持ちが強くなるにつれて、人目を気にすることにつながります。
発言や行動の基準が、自分軸ではなく他人軸になっています。
できるだけ多くの人に共感されようとすると、それだけ多くの人を意識するようになります。
共感を重視すればするほど、周りの目を気にしなければいけなくなってストレスを感じます。
「どんな発言をすると共感されるか」といったことばかり考えるようになり、自分の気持ちが後回しになる。
ここまでくると、もはや共感中毒です。
共感されるために発言や行動を意識することほど愚かなことはありません。
共感を得るために必死になればなるほど、自分の本心が陰に隠れていき、いずれ自分を見失うことになるのです。
共感について大事な心得があります。
共感は、求めるものではありません。
自然と生まれるものです。
積極的になるものではなく、勝手にされるものと考えてください。
わざわざ共感されるために行動しないことです。
発言や行動の際、共感されるかどうか意識する必要はありません。
共感されたらされたで嬉しいですが、共感されなくても気にしないことです。
「共感されたらラッキー」と思うくらいでいいのです。
「自分のやりたいようにやっていたら、いつの間にか共感されていた」というのが理想です。
あなたの好きなようにしてください。
やりたいことも、好きなことも、叶えたい夢も、あくまで自分の気持ちが第一です。
発言も行動も生き方も、自分の意思を尊重して、自分の軸で進めていくことです。
共感されなくても気にしません。
周りからどう思われようと関係なし。
思ったことも感じたことも、素直にありのまま発信することです。
そんな中、意図せず人から共感されることがあります。
それで十分です。
共感は、求めるものではなく、自然と生まれるものなのです。
普段穏やかな人が、突然荒々しくなって驚かされることがあります。
早口になったり声が大きくなったり言葉遣いが乱暴になったりです。
表情も険しくなっていて、ぴりぴりしている感じのときがあるでしょう。
相手に不快な思いをさせた心当たりはありません。
普段穏やかな人が、急に荒々しくなると「どうしたのだろう?」と首をかしげるところでしょう。
これには理由があります。
なぜ態度が悪くなったのか。
何かあって余裕がなくなっているのです。
その人は一時的に余裕がなくなっているのです。
急ぎの仕事を急に頼まれ、時間がないのかもしれません。
何らかの不幸があって、気が動転しているのかもしれません。
プライベートでトラブルがあり、精神的に余裕がないのかもしれません。
何らかの事情があってばたばたしていると、いっぱいいっぱいの状態になって余裕がなくなります。
余裕がなくなると、無意識のうちに態度や言葉遣いにも現れます。
これは仕方ありません。
日頃から余裕を心がけていても、不運やトラブルが重なると、すぐぎりぎりの状態に達します。
あなたも余裕がなくなるときがあるのではないでしょうか。
普段は余裕があっても、不運やトラブルが重なるといっぱいいっぱいになって、一時的に余裕がなくなることがあるでしょう。
あなたがそうであるように、相手もそうです。
人間ですから、いっぱいいっぱいになることはあります。
前もって避けようにも、不可抗力ということもあります。
相手の事情を察することです。
これだけで理解力が高まります。
事情が気になるところですが、しつこく詮索しないのがマナーです。
相手から話してきたならいいのですが、こちらから無理に聞き出そうとすると、不快な思いをさせることがあります。
「どうしたの?」「何かあったの?」と軽く聞くくらいはいいのですが、無理に聞き出そうとするのは控えたほうがいいでしょう。
何かあって、余裕がなくなっていると思えば十分です。
厳しい態度をされて、ちょっとショックを受けるかもしれませんが、あまり深く気にする必要はありません。
たまに態度の悪いときでも「何かあって余裕がないのだろう」と理解して、さらりと流しましょう。
しばらくすれば、また普段の様子に戻っているはずです。
悪口を言われたとき、どう返事するかが大切です。
もちろん正当な批判には、きちんと対応することが大切です。
クレームには、貴重な改善の手がかりがありますから、よく聞く必要があります。
その一方で、まったく意味のない悪口があるのも事実です。
たとえば「ばかやろう」という言葉です。
単にあなたが嫌いで、意味のない悪口を浴びせてきたとします。
「ばかやろう」と言われたとき「ばかやろう」と言い返していませんか。
悪口を言われれば、普通は腹が立つでしょう。
しかし、そこで同じことを言い返すと、相手と同じレベルです。
子どものけんかの始まりです。
あなたが困った顔でリアクションをすると、相手は喜んで、もっとおちょくってきます。
いちばんいい対処は、無視です。
徹底的に無視です。
つまらない言葉にわざわざ言い返して、貴重な体力や時間を使うほうがもったいないことです。
悪口を言う人にとって最もつまらないのが、無反応です。
無反応がいちばん面白くない。
あなたが徹底的に無視を貫けば、相手はぐだぐだ悪口を言う自分が愚かに思え、そのうちやめるはずです。
悪口が気になるなら、心を無にしましょう。
心を無にすれば、とげのある言葉も、不思議とつらく感じません。
単なる悪口だけなら無視で十分です。
被害者意識を持っていませんか。
そう聞くと、ほとんどの人が「持っていない」と答えるでしょう。
では、次のようなセリフを口にすることはないでしょうか。
「生まれつき恵まれていない」
「悪い家庭に生まれたから人生がつらい」
「私だけ割を食っている」
「あのとき私は不当な扱いを受けた」
「あの人のせいで、私は苦しめられている」
「どうして私ばかりひどい目に遭うの?」
「どうしてこの人は私が嫌がることばかりするの?」
まったく同じセリフでなくても、こうしたニュアンスを含んだセリフを言うことはないでしょうか。
心当たりがあるならイエローカードです。
被害者意識を持つ人に共通のセリフです。
自分でも気づかないうちに被害者意識を持っている可能性があります。
もちろん恵まれない状況があるのは事実なのかもしれません。
家庭環境が悪かったり、先天的なハンディがあったり、理不尽なことがあったりなど、大変な現実があるのかもしれません。
自分は何も悪くないのに、不本意なトラブルに見舞われると「私は被害者だ!」と叫びたくなるでしょう。
だからといって被害者意識を振りかざしたところで何もいいことはありません。
ため息が増えて、出る元気も出なくなります。
ますます劣等感や嫌悪感がひどくなり、自己肯定感も下がっていき、なかなか自分のことを好きになれません。
表情もゆがんで美容にも悪影響です。
愚痴や不平不満が増え、感じが悪くなり、悪運まで引き寄せてしまいます。
周囲から距離を置かれ、手伝ってもらったり優しい言葉をかけてもらったりすることがなくなります。
悲劇の主人公を演じたところで、運やチャンスに恵まれることはありません。
被害者意識を持つと、さらなる災いをもたらすことになり、不幸の悪循環を生んでしまいます。
エスカレートするとダークサイドに落ちてしまい、完全に人生が終わってしまいます。
被害者意識に心当たりがある人は、今日から誓いを立ててください
「被害者意識は持たない」と。
「かわいそうな私」「哀れな自分」と考えるのも主張するのも、完全にやめてください。
被害者意識と決別したとき、あなたは生まれ変わります。
印象や雰囲気が柔らかくなります。
本来の運やチャンスが巡ってくるようになるのです。
できないことではなく、できることを考えましょう。
持っていないものより持っているものを見てください。
ないことばかり考えるのではなく、すでにあることを考え、喜ぶのです。
短所がたくさんあったとしても、1つくらい長所があるはずです。
被害者意識を持つのはやめ、自ら人生の舵を取ることです。
人生は、配られたカードで勝負するトランプゲームです。
前向きに生きていれば、人生の波に乗るきっかけが得られます。
被害者意識を持たなくなれば、心の霧が晴れ、光が差し込んでくるのです。
心が疲れたとき、100%リラックスできる方法があります。
海を見に行くことです。
どれだけ落ち込んでいようと、どれだけ心がぼろぼろであろうと、海を見れば必ずリラックスができます。
海は優しい刺激に満ちた場所です。
美しい青、穏やかな波の動き、心地よい波の音、潮の香り、きれいな砂浜、地平線に浮かぶ雲。
どこを見ても、癒やしです。
潮の香りは、癒やしのアロマ。
波のリズムは、呼吸のリズム。
波の音は、海が奏でるヒーリングミュージック。
すべてが心地よくて、優しく心を包み込みます。
海は心地よい刺激にあふれていて、あなたを優しく包み込んでくれます。
ぼんやり海を眺めていると、疲れた心がみるみる癒やされていくでしょう。
潮の香りを楽しみながら大きく深呼吸をしてみるのもおすすめです。
はだしで砂浜を歩いてみるのも良し。
素晴らしいリラックスタイムを満喫できること、間違いなしです。
気がつけばすっかり癒やされていて、心が元気を取り戻しているに違いありません。
「どうしてあんなにへこんでいたのだろう? 落ち込んでいたのだろう?」と不思議に思うに違いありません。
もともと私たち人類は海から生まれました。
人類をさかのぼると、陸の前は海で暮らしていました。
海を見ることは、生まれ故郷を見ることです。
はるか昔の記憶が刺激され、自然と懐かしい気持ちがよみがえり、最高に落ち着くのです。
心が疲れたときは、海を見に行きましょう。
「ちょっと最近、頑張りすぎているな」と思ったときも、海はおすすめです。
海を見て、癒やされない人はいないのです。
人生ではあるとき「時代の転換点」に直面することがあります。
いわば、歴史の教科書に載るような出来事です。
歴史の教科書に載るような出来事は、社会的なインパクトが大きい証拠です。
人類にとって重大な出来事ということです。
社会全体に変化がおよび、全国民に影響があります。
時代の転換点では「急カーブ」を強いられます。
法律が大きく変わったり新しいルールができたりして、生活様式が一変します。
世の中が大きく変わると、新しい時代が始まったような印象を受けるでしょう。
今までと違った生活様式が始まると、最初は誰でも強い違和感を覚え、大きなストレスがあるでしょう。
そんな時代の転換点に直面しても、文句を言わないことです。
「納得がいかない」「今までのほうがいい」「なんとかならないの?」と騒ぐ人がいます。
どうしようもないことです。
大きな流れには身を任せるしかありません。
時代の大きな変化には従うしかありません。
インドでつくられた原始仏教経典に「諸行無常」という言葉があります。
「世の中に存在するものに永久不変なものはなく、常に変化を繰り返す」という意味です。
鎌倉時代の軍記物語『平家物語』の冒頭は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という言葉があります。
祇園精舎の鐘の音は常に響きが変わっていて、それは絶え間なく変化する世の中のようであるということです。
鎌倉時代の書物に諸行無常の記載があるように、時代の変化は大昔から続いている自然の摂理です。
時代の転換点に直面したら、腹を立てるのではなく、まず喜んでください。
歴史の教科書に載るような場面を経験できることは、恵まれたことです。
その大変化が、良いことであれ悪いことであれ、歴史の節目に立ち会えたことは間違いありません。
政治や社会情勢など大きな時代のうねりには、身を任せるのが賢明です。
時代の転換点は大河の流れと同じであり、個人の力では太刀打ちできません。
拒んだり歯向かったりしたところで、無駄にエネルギーを消耗するだけ。
ストレスに苦しめられて人生を生きにくくなります。
時代の大きな変化があれば、いやいや従うではなく、快く迎えましょう。
無理に抵抗するより快く受け入れたほうがスムーズです。
快く迎えれば、大きな変化がやってきてもさっと対応できます。
急カーブがあってもするっと方向転換できます。
ストレスが最小限になり、素早い方向転換を実現できます。
変化を受け入れる人が、成功します。
新しい時代を快く迎えることができるのです。