あなたは、幸せを感じる時間がどのくらいありますか。
「それなりにある」という人もいれば「ほとんどない」という人もいるでしょう。
「幸せを感じるときもあれば、そうでないときもある」と、感じ方に波がある人もいるでしょう。
「幸せになるのは難しい」
「幸せになるには苦労と努力が必要」
「幸せになるためにはお金が必要。地位も必要。成功しなければいけない」
楽観主義者とは「起こった現実をプラスへ受け止める人」のことをいいます。
悲観主義者とは「起こった現実を、マイナスへと受け止める人」のことをいいます。
現実そのものが問題なのではありません。
幸せな人が必ず意識していることがあります。
それは「バランス」です。
幸せな人には、必ず「バランス」があります。
飲食店で注文する際、トッピングに迷うことがあります。
おいしそうなトッピングがあると、心が揺れます。
トッピングをしたくても、お金に余裕がないときは迷うもの。
あなたはどんな趣味を持っていますか。
どんな基準で趣味を選んでいますか。
趣味を選ぶ際、世間体を基準にして決める人がいます。
あなたの品格が決まる瞬間の1つ。
それは「物を置く瞬間」です。
物を置くときの瞬間を振り返ってみてください。
私たちは、評判を気にしながら物事に取り組むことがあります。
作品をつくるときは「評判のいいものをつくりたい」と思うはずです。
会社で行う仕事でも「できるだけ評判が良くなるように仕上げよう」と思うでしょう。
あなたはきれい好きですか。
もしきれい好きであれば、おめでとうございます。
あなたの心はきれいです。
「もらい泣き」という言葉があります。
他人が泣くのに誘われて、自分も一緒に泣くことをいいます。
ときどき私たちは、もらい泣きをすることがあります。
自分の失敗も許せない人は、人の失敗も許せません。
自分が心がけている厳しさを相手に押し付けようとします。
「私はこれだけきちんとしているのだから、あなたも同じようにきちんとしてほしい」と思います。
めでたいことがあったらどうするか。
めでたいことがあれば、花を買いましょう。
誰かに贈ってもらうのではありません。
楽しみにしていることが翌日に控えていると、わくわくして寝られないことがあります。
楽しい遠足、待ちに待った文化祭、名誉ある授賞式、新商品の発売日、好きな人とのデート。
「ついにその日がやってきた!」という感覚があると、自然と胸の鼓動が高鳴ります。
アドバイスで大切なことは何でしょうか。
まず思い浮かべるのは「内容」でしょう。
せっかくアドバイスをしても、肝心の内容が悪ければ役に立ちません。
つくってくれた人を思い浮かべましょう。
つくってくれた人の仕事を想像すると、幸せが倍増します。
たとえば、あなたの身の回りにはどんなものがありますか。
あなたには夢がありますか。
もし「ある」と答えたなら、おめでとうございます。
あなたは幸せです。
あなたには「なんだか苦手だな」という人はいますか。
「露骨な嫌がらせをされている」という人なら別です。
暴言を吐いてきたり不利益を与えたりする相手なら、強い苦手意識が生まれて当然でしょう。
自分に非があるとき「謝らなければいけない」と思います。
そのときは「自分は絶対悪くない」と思っていても、しばらくたって冷静になると、自分にも非があることに気づきます。
そんなとき「自分にも非がある。謝らなければいけない」と心苦しくなるのです。
「寝不足」というキーワードを盾にしている人がいます。
「寝不足のせいで吹き出物ができました」
「表情に元気がないのは寝不足のせいです」
最近「幸せだな」と思ったのは、いつですか。
「昔のことで思い出せない」という人もいるかもしれません。
しかし、幸せになるのを難しく考えすぎているのではないでしょうか。
幸せ体質の人とはどんな人でしょうか。
「幸せ菌」を持っている人です。
もちろん幸せ菌は善玉菌です。
人間関係では、嫌われてしまうことがあります。
相手を怒らせるつもりはなくても、ちょっといざこざがあって嫌われてしまうことがあるもの。
悪気はないのに、相手から一方的に嫌われてしまうこともあります。
幸せ体質の人は「周りの人を元気にする」という特徴があります。
明るい話をして、楽しませようとします。
いつも元気で、パワーにあふれています。
思考力を鍛えたいなら、すぐ検索しないことです。
現代はインターネット社会です。
インターネット上に、巨大な集合知があります。
幼い子どもは、なぜかわいいのでしょうか。
背が低かったり、かわいい表情をしたりなどの理由がありますが、もっと大切なことがあります。
幼い子どもがかわいい本当の理由は、反論をしないからです。
頑張って好きになろうとしていることはありますか。
・頑張って好きになろうとしている人
・頑張って好きになろうとしている趣味
「なかなかうまくいかない」と思うことがあります。
・不慣れのため、スピードが出ない
・スムーズに仕事が進まず、思うような成果が出ない
「○○さんですか!」
街を歩いていると、急に声をかけられて振り返ります。
「あっ、ごめんなさい。人違いでした」
冷静なときは「いらいらしても態度に出さないようにしよう」と思います。
ところが、いざそのときになると思うようにいかないものです。
いらいらしているときは、理性を失いかけているときです。
ポジティブになるためには、どこを見るかです。
ポジティブ思考になるためには、できなかったことよりできたことを見る習慣が大切です。
できなかったことは見ません。
あなたは、幸せを感じる時間がどのくらいありますか。
「それなりにある」という人もいれば「ほとんどない」という人もいるでしょう。
「幸せを感じるときもあれば、そうでないときもある」と、感じ方に波がある人もいるでしょう。
幸せを感じる時間は人によって違います。
1日24時間のうち、幸せを感じる時間がどのくらいあるかです。
幸せを感じる時間を増やしましょう。
1分1秒でも増やしてください。
幸せを感じる時間は、長ければ長いほどいいものです。
短くて困ることはあっても、長くて困ることはありません。
大切なのは「あなたが幸せを感じる」ということです。
幸せは、人に聞くものでもなければ、人が決めるものでもありません。
幸せは、自分の心に聞くものであり、自分が決めるものです。
幸せは、あなたの心が感じるものですから、自分の感覚が頼りです。
自分が幸せを感じるなら、それが正解です。
まとまった時間である必要もありません。
細切れの時間でもいいのです。
幸せを感じる時間は、1分1秒でも多いに越したことはありません。
幸せを感じる時間は、人生の豊かさに直結します。
「幸せを感じるのは申し訳ない」と思う必要もありません。
人は人であり、自分は自分です。
人生の主役はあなたです。
誰もあなたの幸せを邪魔する権利はありません。
周りのことは気にせず、どんどん幸せになっていきましょう。
幸せを感じるよう、工夫してください。
幸せを感じるのを待つのもいいですが、それだけでは不十分です。
自分からアクションを起こして、幸せを感じに行ってください。
幸せを感じる時間は、増えるものではなく、増やしていくものです。
自分から動いて、積極的に働きかけてください。
あなたが幸せを感じることなら何でもかまいません。
シンプルなことで十分です。
一度しかない人生を少しでも豊かに生きるためにも、幸せを感じながら過ごす時間を、1分1秒でも増やしていきましょう。
日常には、幸せを感じるネタがたくさんあふれています。
遊びも仕事も人間関係も、すべて幸せを感じるネタです。
普通のことに思えても、見方や受け止め方を工夫すれば、幸せを感じるきっかけになります。
あなたは幸せになるために生まれてきました。
人生の主役はあなたです。
もっと自分をかわいがってあげてください。
幸せを感じる時間を、1分1秒でも増やすことが大切です。
幸せを感じるだけで「人生の責任」を果たしていることになります。
「幸せになるのは難しい」
「幸せになるには苦労と努力が必要」
「幸せになるためにはお金が必要。地位も必要。成功しなければいけない」
そう思っているなら、残念ですが勘違いです。
「幸せになるのは難しい」と決めつけている人が少なくありません。
「幸せになるのは難しい」と思っていると、余計な遠回りをすることになります。
わざわざ難しい課題をつくって、ストレスを増やしてしまいます。
わざわざ自分から難易度を上げている状態です。
簡単なことを、わざわざ難しくしないでください。
「あえて遠回りをしたい」「わざとややこしくしたい」というなら別ですが、そうでないなら勘違いに気づくことです。
「幸せになるのは難しい」と思っていると、幸せになることが複雑化していき、不必要な手間暇をかけてしまいます。
幸せになるためには、地位もお金も成功も必要ありません。
あってもいいですが、なくても問題ありません。
努力も苦労も不要です。
今すぐ幸せになることも可能です。
わざわざ自分で難易度を上げないでください。
ごちゃごちゃしたことは必要ありません。
少なくとも物質的なものは必要ないと考えて間違いありません。
どうすれば幸せになれるのか。
気づくだけでいいのです。
日常に点在する恵みに気づけば、感謝の念が湧いてきます。
日常に点在する恵みに気づいて、きちんと一つひとつ感謝すれば、それだけで幸せになれます。
心に幸福感があふれてきます。
嫌でも明るい気持ちになってきます。
たったこれだけのことです。
いかに小さな恵みに気づけるかです。
健康があることに感謝します。
健康があるおかげで自由に歩いたり走ったりできます。
仕事ができたり趣味を楽しんだりできます。
健康の素晴らしさに気づけば「なんて幸せなのだろう」としみじみするでしょう。
友人と楽しい話をします。
普通に話をして、楽しい時間を過ごすだけでいいのです。
これだけで豊かな時間を過ごしたことになります。
言葉を交わすことは、心を交わすこと。
お互いに心が通い合うことで、心地よい幸福を感じるのです。
道ばたに咲いている小さな草花を見て「きれいだな」と思うだけでいい。
花を見て感動すれば、心の中にも花が咲きます。
植物はどれも自然の営みであり、自然がつくり出した芸術です。
どれも簡単ですね。
そうです、幸せになるのは簡単なことです。
本来、幸せになるのは簡単なことです。
幸せは、自分の心で感じることです。
誰かに決めてもらうことでもなければ、試験に合格することでもありません。
自分が「幸せだ」と思えば、幸せです。
お金持ちでなくても幸せになれます。
立派な肩書がなくても幸せになれます。
もちろん成功しなくても幸せになれます。
幸せになるために大切なのは「物質的な豊かさ」より「精神的な豊かさ」です。
シンプルにまっすぐ考えましょう。
幸せになるのは簡単なのです。
楽観主義者とは「起こった現実をプラスへ受け止める人」のことをいいます。
悲観主義者とは「起こった現実を、マイナスへと受け止める人」のことをいいます。
現実そのものが問題なのではありません。
両者の違いは、受け止め方だけです。
受け止め方が変われば、見え世界が変わります
感じる幸せの度合いも、表情も、元気も変わってきます。
当然ですが、幸せ体質の人は、楽観主義者です。
現実を明るく受け止めた瞬間から、幸せになっています。
つらい現実も気にせず、明るく前向きに受け止めるから、いつも笑顔でいられます。
幸せ体質になるためには、楽観主義者の受け止め方を学ぶ必要があります。
さっそく今日から、楽観主義的な生き方を意識してみましょう。
幸せな人が必ず意識していることがあります。
それは「バランス」です。
幸せな人には、必ず「バランス」があります。
しかも美しく整っているのが特徴です。
もちろんバランスが絶対悪くなってはいけないわけではありません。
一時的であればいいのです。
たとえば勝負所です。
勝負所では一点に集中しなければいけません。
集中すればするほど、ほかがおろそかになったり視野が狭くなったりして、バランスが悪くなるでしょう。
しかし、それはあくまで勝負所の話です。
バランスが悪くなることはあっても一時的です。
普段からバランスの悪い状態が続くのは良くありません。
家族を犠牲にして仕事ばかりしている人は、幸せではありません。
幸せな人は、仕事をしつつも家族を大切にしています。
効率ばかりを考え、無駄を排除している人は、幸せではありません。
無駄を排除することは、人生から遊びと余裕をなくすことになるため、幸せでなくなることになります。
幸せな人は、効率を考えつつも、たまには無駄なことを楽しんでいます。
無駄なことでも、いつか成長の糧になることを知っているからです。
偏った食事をしている人は、幸せな人ではありません。
幸せな人は、栄養のバランスを考えて食事をしています。
さまざまな食材を食べ、過不足がないよう、バランスを取っています。
私たちの体は、食べたものからできています。
バランスのいい食事をしているから、健全な心と健康的な体ができあがります。
心身の調子もよくなり、パワフルでいられます。
「仕事ばかり」「プライベートばかり」は良くありません。
幸せな人は、仕事とプライベートのバランスが取れています。
仕事をするときは徹底的に集中して、プライベートを楽しむときはたっぷり楽しみます。
仕事とプライベートは相関関係があります。
仕事がたっぷり疲れるからプライベートも充実して、プライベートを楽しむからエネルギーが満たされ、また仕事に打ち込めます。
自分の異変に気づいてください。
完全にバランスを崩してからでは、立て直すのが大変で時間もかかります。
もしくは不可能になります。
少し偏っていると感じたら、いったん足を止めて生活を振り返り、バランスを整えましょう。
少し偏っている程度なら、まだ間に合います。
小さな力で元に戻しやすくなり、バランスのいい状態に立て直せます。
バランスが悪くて困ることはあっても、よくて困ることはありません。
幸せな人になりたいなら、常にバランスを心がけるようにしましょう。
飲食店で注文する際、トッピングに迷うことがあります。
おいしそうなトッピングがあると、心が揺れます。
トッピングをしたくても、お金に余裕がないときは迷うもの。
「おいしそうなトッピングがある。でもお金がかかるな。カロリーも気になるな。どうしよう……」
たいていこういうときは「やっぱりやめよう」となります。
私たち人間には、リスクを回避する本能があります。
迷ったときはリスクの低いほうを選びたくなり、結局トッピングしないことが多いのです。
しかし、こういうときこそ、一歩前に踏み出しましょう。
トッピングは、迷ったら選ぶのが正解です。
あなたの日常の幸福感を高めるヒントは「トッピング」にあります。
たしかにお金はかかります。
トッピングによって、追加費用も大きくなるでしょう。
だからといって、桁外れに大きくなるわけではないはずです。
追加費用といっても、数十円・数百円という程度でしょう。
小さな金額で済むはずです。
トッピングの威力は絶大です。
トッピングが1つあるかないかで、料理の味・見た目・華やかさがまったく違います。
違った料理に早変わりします。
たとえば、同じ牛丼でも、生卵のトッピングがあるかないかで別物です。
幸福感まで変わってくるから侮れません。
トッピングは、どしどし利用するのが正解です。
合計金額は1割増になっても、幸福感は2割増や3割増になるでしょう。
わずかな追加費用でそれ以上の幸せが得られるのですから、お得です。
私たちの食事回数は有限です。
人生が有限ですから、食事の回数にも限りがあります。
限りある食事を少しでも豊かにするためにも、トッピングは積極的になったほうがいい。
生活の質を向上させたいなら、トッピングは有効な手段です。
トッピングは、迷ったら選ぶべきです。
迷うというのは「食べたい!」という心の叫びです。
心の声には正直になったほうがいい。
気になるトッピングがあるなら、抵抗感を振り切ってお願いしましょう。
「トッピングは、迷ったら選ぶ」と覚えておきましょう。
「トッピングしないほうが良かった」と思うこともありますが、無駄ではありません。
少なくとも「決断できた」「積極的になれた」というのは事実です。
決断力と積極性の向上の役に立っています。
カロリーを取り過ぎたら、体を動かして消費しましょう。
トッピングで元気が出た分だけ、やるべきことに集中して打ち込みましょう。
食事は、元気の源です。
1つのトッピングで、味わいが追加されるだけではありません。
元気と幸せが追加されます。
「トッピングができる」ということは「幸福感を高めるチャンスがある」といえます。
せっかくトッピングを楽しめる機会があるなら、どしどし利用するのが正解です。
たかがトッピング、されどトッピング。
日常の幸福感を高めるヒントは、トッピングにあります。
あなたはどんな趣味を持っていますか。
どんな基準で趣味を選んでいますか。
趣味を選ぶ際、世間体を基準にして決める人がいます。
世の中には「評価される趣味」というものが存在します。
たとえば、マラソンです。
マラソンが趣味ということにすれば「健康的ですね」「アクティブですね」「体力があるのですね」と褒められるでしょう。
体力があってポジティブな印象を与えることができるでしょう。
途端にあなたを見る目が変わるでしょう。
楽器演奏も印象の良い趣味として有名です。
「趣味は楽器演奏です」と答えれば「かっこいいですね」「すてきですね」「手先が器用なのですね」と褒められるでしょう。
異性からの評価も上がって、モテやすくなることは間違いありません。
こうした趣味を本当に好きでやっているならいいです。
今までどおり趣味を楽しめばいいことです。
問題は「褒められるためにしている」という場合です。
褒められるためにしているなら要注意です。
褒められるためにしている趣味は、本当の趣味ではありません。
下心が目的になっているからです。
「褒められるから」
「モテそうだから」
「尊敬されたいから」
どれも不純な動機です。
不純な動機でやっている趣味は、仕方なくやっている状態です。
なんて愚かなことなのでしょう。
それは本当の趣味ではありません。
偽物の趣味です。
あくまで評価されるためにしている趣味であり、本当に好きというわけではありません。
褒められるために、好きでもない趣味をしたところで苦痛です。
ストレスを発散するどころか、逆にストレスをためてしまいます。
褒められるためにしていることは、本当の趣味ではないのです。
本当の趣味とは何か。
純粋に楽しく感じることこそ、本当の趣味です。
「これをしていると幸せを感じる。時間を忘れてしまう。本当に楽しくて仕方ない」
そういうものを趣味に選ぶことです。
自分にふさわしい趣味は、人に聞くものではありません。
自分の心に聞くものです。
正解は、あなたの中にあります。
趣味の選び方を間違わないでください。
どんな趣味をすれば楽しくて幸せになれるのか、自分の心に問いかけ、正直に選ぶことです。
趣味に制限はありません。
どんな趣味を選んでも、あなたの自由です。
純粋に楽しく感じることなら何でもOKです。
周りから「おかしい」「かっこ悪い」と言われようと、あなたがそれを楽しく感じるなら、やめる必要はありません。
自分のためにするものですから、他人がどう感じようと関係ありません。
たとえ「みっともない」と笑われようと、堂々と趣味にして、引き続き楽しみましょう。
手抜きをする必要もありません。
楽しいものは楽しいのです。
自分が本当に好きなことなら貫くことです。
趣味は人生を豊かにするものです。
あなたを幸せにする力があります。
人生の幸せに関わることですから、人の価値観ではなく、自分の価値観で選ぶことが大切です。
人目や世間体は気にせず、自分らしい趣味を見つけましょう。
自分の心が基準です。
趣味は、褒められるためにするものではなく、自分が楽しむためにするものです。
純粋に楽しいと感じることこそ、本当の趣味です。
あなたの品格が決まる瞬間の1つ。
それは「物を置く瞬間」です。
物を置くときの瞬間を振り返ってみてください。
特に注目したいのは「動作」です。
乱暴な置き方をしていませんか。
乱暴な置き方はエレガントではありません。
うるさい音が鳴り響いて、がさつな雰囲気が出てしまいます。
置き方が悪いと、ひびが入ったり壊れたりする原因にもなります。
「置くことさえできればいい」と考えるのは良くありません。
「普通に置くだけ」と思うかもしれませんが、だからこそ品格の違いが見られるところです。
どれだけ上品な雰囲気を醸し出していても、物の置き方が悪いとすべて台無しです。
物の置き方は、あなたの品格を決める瞬間の1つですから、特に注意を払いましょう。
物を置く動作は一瞬です。
時間にして、ほんの1秒2秒でしょう。
まさに一瞬です。
一瞬ですが、あなたの印象に関わるポイントですから油断できません。
乱暴な置き方ではなく、丁寧な置き方を心がけましょう。
優しい置き方を心がけましょう。
余計な音が出ないよう、できるだけ静かにすることがポイントです。
物を置いたとき「バサッ」「ドサッ」「ガチャン」と、大きな音が出るのは良くありません。
物を置くときは、ある程度の音が出てしまうのは仕方ありませんが、できるだけ音を小さくする配慮ならできるはずです。
音が出ないように心がけると、自然と丁寧な動きになります。
音が小さくなるような置き方を心がけましょう。
音が小さければ小さいほどいい。
ほとんど音が聞こえない置き方が理想です。
特に注意したいのは、余裕がないときです。
たとえば、いらいらしているときや疲れているときです。
普段は丁寧な置き方ができていても、余裕がないときは油断します。
いらいらしていると、レジでお金を支払うとき、投げるような置き方をしがちです。
大きな買い物袋を持って疲れていると、家に帰ったとき、乱暴な置き方になることが多いでしょう。
心に余裕がないときは、倦怠感に負けて乱暴な動作になりがちですが、ここが正念場です。
余裕がないときでも、心を引き締め、丁寧に置きましょう。
どんなときであろうと、丁寧な置き方を心がけましょう。
一度大きく深呼吸をすれば、わずかに余裕が生まれます。
どんなときでも丁寧な置き方をすることが、上品というものです。
私たちは、評判を気にしながら物事に取り組むことがあります。
作品をつくるときは「評判のいいものをつくりたい」と思うはずです。
会社で行う仕事でも「できるだけ評判が良くなるように仕上げよう」と思うでしょう。
もちろん評判を気にすることが悪いわけではありません。
仕事が終わってから評判を気にするならいいのです。
周りの反応が気になるのは、自然な人間心理です。
仕事が終われば、フィードバックが知りたいところです。
フィードバックは、成長の糧になります。
ユーザーの反応を知ることで、次のアクションに役立ちます。
しかし、仕事が終わっていない段階から評判を気にしているなら要注意です。
評判を気にしている自分は、本当の自分ではないからです。
評判を気にしている自分は、本当の自分ではありません。
しょせん、人目に振り回された自分です。
人目に振り回された自分は、いわば操り人形の状態であり、本当の自分ではありません。
いい人を演じることになり、八方美人になってしまいます。
相手の顔色をうかがうことになり、言動が不自然になります。
八方美人は、仮面をかぶった状態であり、偽りの自分です。
みんなにいい顔をしなければいけなくなり、本来の自分を見失います。
現実とのギャップが生まれ、精神的疲労がたまります。
評判を気にすることで、仕事に力が入りすぎ、自分らしくない結果になってしまいます。
評判は、追いかければ追いかけるほど、逃げていくものです。
評判は気にしないようにしましょう。
少なくとも仕事に取り組んでいる最中は、評判なんて忘れることです。
「評判なんてどうでもいい」というくらいでちょうどいいのです。
「それはきれいごとだ」と言う人もいるでしょう。
たとえば、お金と責任が伴う仕事となると、評判を無視するわけにもいかないでしょう。
たとえそうだとしても、できるだけ評判を気にしないように心がけたい。
まったく気にしないのは難しくても、できるだけ気にしない心がけならできるはずです。
評判を気にすればするほど、意識が外に向かうようになります。
集中が散漫になり、貴重なエネルギーも分散されていき、仕事にも悪影響を及ぼします。
一時的に依頼を引き受けることはできても、どこかでぷっつり切れてしまいます。
評判を気にしないなら、どう仕事に取り組めばいいのか。
最善を尽くすことに専念するだけです。
周りが見えなくなるくらい、目の前の仕事に集中しましょう。
自分のすべてを出し切るつもりで、一心不乱に打ち込みましょう。
悔いの残らないよう、最善を尽くすことに集中します。
最善を尽くした仕事であれば、たとえ評判が悪くても納得できます。
「やるべきことはやった」と心残りがありません。
素直に納得でき、気持ちよく次のステップに進めます。
評判を気にしないから、純粋な気持ちに集中できます。
純粋な気持ちに集中できるから、自由な想像力と発想力が爆発します。
だからこそ素晴らしい結果を発揮できるのです。
評判はあとから付いてきます。
全力を尽くした結果は、高い評判につながります。
たとえ評判につながらなくても、実績と経験が残ります。
誠実な姿勢で仕事に取り組むことで、実績と経験が積み重なっていき、少しずつ評価を上げていけます。
あなたはきれい好きですか。
もしきれい好きであれば、おめでとうございます。
あなたの心はきれいです。
きれい好きな人には、心がきれいな人も多い。
もちろん全員とはいきませんが、高い確率で当てはまります。
なぜきれい好きは、心もきれいなのか。
「きれいにしたい」という気持ちがあることは、すでに心がきれいなことだからです。
もちろんきれい好きとはいえ、限度を超えている場合は話が別です。
過度の潔癖症は神経症の範囲になります。
日常に支障が出て、治療が必要になります。
しかし、あくまで「普通のきれい好き」ということであれば素晴らしいことです。
きれいにしたい気持ちがある時点で心がきれいです。
心がきれいでなければ「きれいにしたい」と思うことすらありません。
掃除をすることもなければ、整理整頓をすることもありません。
汚れていようと散らかっていようと、気にとめず、無視します。
きれいにしたいと思うだけで終わらせず、きちんと行動が伴っています。
掃除、片付け、整理整頓。
周りがなんと言おうと、少なくともきれい好きであることはいいことです。
掃除をして部屋がきれいになれば、すっきりした気持ちになれます。
快適な空間が実現でき、居心地も良くなります。
自分から進んできれいにできるのは素晴らしいことです。
「部屋はきれいだけど、心は汚いです」と言う人もいるかもしれません。
大丈夫です。
安心してください。
そういう人は、これから心がきれいになる可能性を秘めています。
今はまだ心がきれいでなくても「部屋がきれい」という現実が証拠です。
きれい好きの行動を続けていくことで、だんだん心がきれいになります。
まず「部屋はきれいだけど、私の心は汚いです」というへりくつをやめることから始めましょう。
心をきれいにする第一歩は「素直になること」です。
頑固になったところでいいことはありません。
自分に秘めた可能性に気づき、素直な気持ちで行動していきましょう。
きれい好きであることに誇りを持ってください。
素晴らしい長所ですから、もっと自信を持つべきです。
変わった目で見る人もいるかもしれませんが、気にしないことです。
変わった目で見る人のほうが、よほど変わっています。
きれい好きはいいことです。
汚い好きに比べれば、10倍も10倍もましです。
掃除といい片付けといい整理整頓といい、素晴らしい行動ができています。
きれいにしたいと思うだけでなく、きちんと行動が伴っています。
「きれい好きではない」という人もいるでしょう。
きれい好きでなければ、これからきれい好きになりましょう。
心をきれいにしたければ、きれい好きになってください。
遅すぎることはありません。
今からでも十分間に合います。
美を愛し、きれいにする習慣を心がけましょう。
きれい好きになれば、心がどんどんきれいになります。
「もらい泣き」という言葉があります。
他人が泣くのに誘われて、自分も一緒に泣くことをいいます。
ときどき私たちは、もらい泣きをすることがあります。
泣いている友人がいると、自分も涙に誘われて泣いてしまうものです。
テレビで泣いている人が映っていると、自分まで感情が高ぶってきて、涙があふれてきた経験のある人も多いでしょう。
感情移入をすることで、自分のことのように感じることができます。
もらい泣きとはいえ、普通に泣くのと同じです。
涙を流した後は、心がすっきりします。
あなたもきっと一度は経験したことがあるでしょう。
もらい泣きがあるのなら、その逆もあります。
「もらい笑い」です。
幸せ体質になるために心がけたいのは、もらい笑いです。
もらい泣きと同じ要領で、積極的にもらい笑いを心がけましょう。
笑っている人がいれば、その明るい気持ちをいただいて、自分も一緒に笑いましょう。
積極的にもらい笑いをしていけば、あなたの笑顔はもっと増やしていけます。
もらい笑いは、積極的にしていくものです。
自然ともらうのを待つのではなく「もらおう!」という積極的な気持ちになってください。
もらい笑いに、お金も時間もかかりません。
笑っている人を見ながら、自分もハッピーな気持ちになるだけです。
もらうだけですから簡単です。
相手の笑顔を見ながら、明るい気持ちや雰囲気をいただくだけでいいのです。
照れくさく感じる必要はありません。
笑っている人がいれば「明るい気持ちをもらえるチャンスだね」と喜んでください。
「わはは」と笑う人がいれば、あなたも「わはは」と笑いましょう。
あなたが笑うと、今度はあなたの笑顔を見た誰かが、もらい笑いをするでしょう。
こうして笑顔の連鎖が生まれていくのです。
もらい笑いをすればするほど、幸せ体質になります。
自分の失敗も許せない人は、人の失敗も許せません。
自分が心がけている厳しさを相手に押し付けようとします。
「私はこれだけきちんとしているのだから、あなたも同じようにきちんとしてほしい」と思います。
自分の価値観で相手を見てしまいがちです。
自分が完璧にしていると、相手にも完璧を求めようとします。
押し付けることがなくても、そうあってほしいと願います。
これは無意識のうちに行われます。
自分に対して「失敗を許さない」という考え方があると、人に対しても「失敗を許さない」という考え方になります。
そのため、ストレスを感じることが多くなります。
人の失敗を見るたびに、腹立たしく感じて、いらいらします。
「どうして失敗するの!」
「こんなこともできないの?」
「もっとしっかりしてほしい!」
なかなか許せず、苦しむことになるのです。
人の失敗を許すにはどうすればいいか。
まず自分の失敗を許せるようになってください。
完璧主義をやめ、最善主義になります。
許容範囲を広げて、寛大になります。
自分に厳しくしすぎず、優しくなります。
失敗しても、そんな自分をかわいらしく思いましょう。
もちろん自分に非があれば謝らなければいけませんが、過剰な自己嫌悪は不要です。
自責の念を持ちすぎないことです。
「人は間違える生き物だよね」と思えば、すんなり許せます。
自分が失敗したら、反省だけして、後は快く許してください。
「大丈夫。なんとかなる」
「また次がある」
「気にしない、気にしない」
「失敗したのは、きちんと挑戦できた証拠だね」
「今回失敗したおかげで、次はもっとよくなるね」
どんどん自分の失敗を許していきましょう。
罪悪感に悩む必要はありません。
自己嫌悪も自己否定も不要です。
「人は間違える生き物」という前提で考えましょう。
自分の失敗を許せるようになります。
自分の失敗を許せるようになると、人の失敗も許せるようになります。
「私も失敗することがある。あなたも失敗することがあるよね」
失敗する人がいても「人のことは言えない。私も同じ失敗経験がある」と快く許せます。
自分に対して「失敗を許す」という考え方があると、人に対しても「失敗を許す」という考え方になります。
人の失敗に接しても、すんなり許せるようになります。
めでたいことがあったらどうするか。
めでたいことがあれば、花を買いましょう。
誰かに贈ってもらうのではありません。
自分で自分に花を贈るのです。
花といえば、人に贈ったり人から贈られたりするイメージがありますが、その限りではありません。
自分で自分に花を贈ることもあっていいのです。
「自分で自分に花を贈るなんて変だ。寂しい感じがする」
疑問を持つ人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
変なことでも寂しいことでもありません。
自分の努力をいちばんよく知っているのは自分です。
自分は自分のいちばんの理解者ですから、めでたいことがあれば、お祝いとして何かを贈りましょう。
仕事が一区切りついたとき、自分へのご褒美に服やバッグを買うことがありますが、それと同じ感覚です。
めでたいことがあったときも、自分へのご褒美として花を贈りましょう。
堂々と自分で自分に花を贈りましょう。
自分で自分に花を贈ることもあっていいのです。
めでたいことがあれば、花屋さんに行って花を買いましょう。
自分が「いいな」と思う花を直感で選びましょう。
めでたいことであればあるほど、立派で大きな花を買うといいでしょう。
店員さんから「どなた宛てですか」と聞かれたら、堂々と「自分宛てです」と答えましょう。
花を買って帰ったら、部屋に飾りましょう。
立派な花瓶に入れて部屋に飾ると、見栄えも抜群です。
花の香りが漂って、華やかな雰囲気も広がって、部屋の居心地が良くなります。
自分へのご褒美です。
これは上手なお金の使い方です。
自分に対するご褒美として、上手にお金を使えています。
花を買うことで、花からエネルギーをもらえます。
「努力したよね。頑張ったよね。自分は素晴らしい」
大きな花を買って、努力した自分をたたえてください。
めでたいことがあったときは、それらしいことをしたほうが縁起もよくなります。
自分で自分に花を贈ることは、自分で自分の努力を認めることになります。
自分の努力を認めることは、自己肯定感の向上に役立ちます。
きちんと祝うことで、メリハリも生まれます。
達成感が倍増して、気持ちのいい余韻にも浸れるでしょう。
ますます明るい気持ちになることができ、次に向かうモチベーションも高まります。
めでたいことは連鎖させましょう。
連鎖させるには「花」が役立ちます。
花が、次の幸運を引き寄せます。
めでたいことをきちんと祝えば、近い将来、再びめでたいことに恵まれるでしょう。
自分で自分に花を贈ることで、幸せのタネをまくことになるのです。
楽しみにしていることが翌日に控えていると、わくわくして寝られないことがあります。
楽しい遠足、待ちに待った文化祭、名誉ある授賞式、新商品の発売日、好きな人とのデート。
「ついにその日がやってきた!」という感覚があると、自然と胸の鼓動が高鳴ります。
明日が楽しみなら、つい興奮してしまい、なかなか眠れないでしょう。
楽しみにしていることであればあるほど、どきどき大きくなる。
寝ようとして目をつぶっても、つい楽しいイメージを浮かべてしまいます。
わくわくする気持ちも、大きすぎると、もはや睡眠の妨げです。
翌日、睡眠不足になるのです。
さて、こうしたときの睡眠不足に、ユニークな名前を付けてみましょう。
名付けて「幸せな睡眠不足」です。
嫌なことがあって睡眠不足になったわけではありません。
嬉しいことや楽しいことを心待ちにした結果、睡眠不足になりました。
幸せが原因の睡眠不足なら少し苦しいかもしれませんが、たまにはいいではありませんか。
「ああ、眠いな。幸せな睡眠不足だ」
そんなふうに考えれば、多少の睡眠不足も吹き飛ぶでしょう。
「少し睡眠不足のほうが、当日は気合が入る」と考えてみるのもいいですね。
アドバイスで大切なことは何でしょうか。
まず思い浮かべるのは「内容」でしょう。
せっかくアドバイスをしても、肝心の内容が悪ければ役に立ちません。
アドバイスというくらいですから「内容こそ最重要」と考えることでしょう。
素晴らしいアドバイスであればあるほど、相手は喜んでくれるはずです。
もちろん内容が大切なのは間違いありませんが、いちばん大切なことかというと、そうではありません。
もっと大切なことがあります。
ここに私たちが見落としがちなポイントがあります。
「言い方」なのです。
アドバイスは言い方が大切です。
内容も大切ですが、言い方はもっと大切です。
アドバイスの内容が素晴らしくても、言い方が悪いと、聞き入れてもらえません。
注意したいのは、押し付けるような言い方です。
「○○しなさい」
「○○するべきだ」
「○○したほうがいい」
問答無用で無理に従わせるようなニュアンスがあります。
いくら内容がよくても、押し付けるような言い方をされると、素直に受け入れられません。
理屈はわかっても、拒否したい心理が生まれます。
「○○しないと大変なことになる」という言い方にも注意が必要です。
脅迫をほのめかす言い方も、感じが悪い点は同じです。
遠回りに押し付けているようなニュアンスがあって素直になれないのです。
学生時代を思い出してください。
宿題に取りかかろうとしたとき、親から「勉強しなさい」と言われて、急にやる気をなくした経験があるでしょう。
命令や強制をされると、やる気がなくなります。
むしろ反抗したくなります。
これはアドバイスでも同じです。
押し付けがましいアドバイスは嫌われます。
相手のためを思って厳しい言い方をしているのかもしれませんが、逆効果です。
ストレスが生まれ、反発を招き、素直に聞き入れてもらえなくなります。
命令口調はどんな人からも嫌われます。
どんなアドバイスも、言い方が悪ければ、無駄になるのです。
アドバイスは、どんな言い方をすればいいのでしょうか。
おすすめしたいのは「私だったら」という言い方です。
「私だったら○○するよ」
自分に置き換えた話し方なら、押し付けがましくありません。
自然な感じがあり、相手も素直に聞き入れてくれるでしょう。
この言い方は、アドバイスをする側にとっても有益です。
「私だったら」という言い方をすると、当事者意識が生まれ、考え方が洗練されます。
相手に寄り添ったアドバイスがしやすくなるのです。
アドバイスの内容は平凡でも、言い方がよければ、相手に喜ばれます。
内容は当たり前のことでも「再確認」として受け止めてもらえます。
「なるほど。参考にしてみますね。ありがとう!」
あなたの一言に助けられ、喜んでもらえるでしょう。
アドバイスは、内容が大切なのはもちろんですが、言い方にも注意を払ってください。
言い方が良くなれば、アドバイスの効果も倍増するのです。
つくってくれた人を思い浮かべましょう。
つくってくれた人の仕事を想像すると、幸せが倍増します。
たとえば、あなたの身の回りにはどんなものがありますか。
食べているもの・使っているもの・身につけているものを見てみてください。
たとえば、レストランで料理を食べているとします。
おいしい料理を楽しめるのは、つくってくれた人がいるおかげです。
舗装された道路を歩いているとします。
快適に歩けるのは、それをつくってくれた人がいるおかげです。
椅子に座っているとします。
リラックスして椅子に座れるのは、それをつくってくれた人がいるおかげです。
バッグを持っているとします。
すてきなバッグがあるのは、つくってくれた人がいるおかげです。
街角にあるモニュメントも、突然現れたものではありません。
誰かが作ったものです。
誰かが作ったから、そこにあります。
その仕事ぶりを思い浮かべることです。
汗水を垂らしながら、時間と労力をかけて丁寧に作ったことでしょう。
この事実に気づくと、身の回りの大半は誰かがつくってくれたものだとわかるはずです。
このことは、身の回りにある人工物のすべてに当てはまります。
住む家があるのは、つくってくれた人がいるおかげです。
着る服があるのは、つくってくれた人がいるおかげです。
ゲームができるのは、そのゲームを考え、作った人がいるおかげです。
法人が作ったものかもしれませんが、そうだとしても作ったのは人です。
作ったのは「人」ではなく「機械」かもしれません。
工場で自動稼働する機械が作ったものもあるでしょう。
たとえそうだとしても、その機械を作った人がいます。
つくり手をたどっていけば、最終的に行き着くのは「人」です。
顔も名前も知らない人かもしれませんが、感謝することです。
「つくってくださってありがとうございます」と。
今日もあなたは、誰かが作ったもののおかげで、スムーズな日常生活を送れるでしょう。
おいしく味わったり便利に役立ったり笑顔で楽しんだりしているでしょう。
素晴らしいものに囲まれているあなたが、幸せでないはずがありません。
これに気づくことです。
特別なことがなくても、今すぐ感動できます。
つくってくれた人を思い浮かべてください。
感謝の気持ちが湧いて、幸せが倍増します。
あなたには夢がありますか。
もし「ある」と答えたなら、おめでとうございます。
あなたは幸せです。
まだ夢が叶っていなくても、すでにあなたは素晴らしい人生を歩んでいます。
私たちは、夢が叶うかどうかで幸せが決まると考えているところがあります。
「夢が叶えば幸せ。夢が叶わなければ不幸せ」
たしかに夢は人生で最も大切な要素の1つです。
やりがいと生きがいを与えてくれるものであり、それによって人生を豊かにしてくれます。
夢がないよりあるほうが、人生も面白くなるでしょう。
しかし、夢が叶うかどうかで幸せを決めるのは早計です。
ここに誤解があります。
「夢が叶えば幸せ。夢が叶わなければ不幸」というのは短絡的です。
夢が叶ったほうがいいのは間違いありませんが、その限りではありません。
幸せとは目的を達成することではありません。
目的があって目指している時点で、すでに幸せです。
夢が叶わなくてもいいのです。
大切なのは「夢に向かっていること」です。
夢があって、そこに向かって目指していることが、すでに幸せなことです。
この点に気づけるかどうかです。
叶えたい夢があるのは、なんて素晴らしいことなのでしょう。
私たちは夢があるおかげで、さまざまなことを経験できます。
夢があるおかげで、楽しい時間や有意義な時間が増えます。
夢に向かって努力するなかで、多くのことも学べます。
やる気に満ちた日々を送れます。
少しずつ夢が叶っていくプロセスには、喜びと快感があります。
はらはらどきどきする楽しい時間も過ごせます。
夢が生きがいでもあります。
新鮮な刺激が生まれ、気持ちに張りが出て、毎日が生き生きします。
きらきらした目、生き生きした心、若々しい精神をしていられます。
苦痛や苦労もありますが、それも醍醐味です。
大変だからこそ気持ちが引き締まります。
涙を流す機会ができたり、悔しがる機会ができたりします。
夢に苦しむこともありますが、夢に助けられることもあります。
夢に励まされ、夢に支えられ、夢から生きる力をもらえます。
こうしたことを経験できるのは、すべて夢があるおかげなのです。
朝起きたとき、やるべきことがあるのは幸せです。
すべては夢があるおかげです。
「私には夢がある。夢に向かって努力をしている」
そう言える人は幸せです。
夢があるおかげで、人生を120%楽しめるようになります。
幸せになりたいなら夢を持ちましょう。
夢が叶わなくてもいいのです。
叶うかどうかは後の話です。
夢が叶うことが幸せなのではありません。
夢があって、目指していることが幸せです。
夢が叶っても叶わなくても、行き着くところは素晴らしい未来です。
あなたには「なんだか苦手だな」という人はいますか。
「露骨な嫌がらせをされている」という人なら別です。
暴言を吐いてきたり不利益を与えたりする相手なら、強い苦手意識が生まれて当然でしょう。
「この人とは仲良くなれない」と思うのも無理はありません。
根本的に問題のある相手なら、その人とは距離を置こうと思うはずです。
しかし、特に嫌なことをされているわけでもなければ、話は変わります。
特に嫌なことをされたわけでもないのに、その人の見た目や雰囲気から「どことなく苦手」と感じることがあるものです。
「話したことはないが、ちょっと抵抗を感じる」
「なんとなく雰囲気が苦手」
「なんだか自分とはタイプが違っていて、話が合わなさそう」
そういう人がいれば、ぜひ取り組んでみてほしいことがあります。
すでに仲良しのつもりで接してみましょう。
仲のいい友人と会ったときのような、明るい表情を見せましょう。
仲のいい友人とするような話し方をしてみましょう。
「おはようございます」ではなく、明るい声で「あっ、おはようございます!」と声をかけてみましょう。
最初から心を全開にしてみるのです。
するとどうでしょう。
相手は驚いた表情をするかもしれませんが、そのまま続けてみてください。
次第に相手の態度が変わっていくでしょう。
あなたの明るい接し方から影響を受け、心を開いてくれます。
仲良しのつもりで接してみると、相手も仲良しの態度になってくれます。
実際に話してみると、普通にいい人だとわかることが多いものです。
「なんだか嫌だな」という感覚の大半は思い込みです。
勝手に苦手と決めつけているだけだったのです。
なぜ「なんだか苦手だな」と感じてしまうのでしょうか。
それは、過去に出会った人との記憶にあります。
私たちは、過去に出会った人のうち苦手なタイプの人と似ていると、自然と重ねて合わせてしまいます。
「以前会った嫌な人に似ているから、同じような感じの人なのだろう」
無意識のうちに思い込みが生まれ、苦手意識が出てしまうのです。
こちらから心を開くと、相手も心を開いてくれるでしょう。
明るく話しかけてみると、明るい返事が返ってくるでしょう。
にこにこすれば、相手もにこにこしてくれるでしょう。
最初は演技でもいいのです。
すでに仲良しのつもりで接してみると、新しい変化が生まれます。
たとえうまくいかなくてもいいのです。
想像どおり苦手とわかれば、それはそれでいいのです。
「距離を置けばいいね」とわかることも発見であり、人間関係が前進したことになります。
もちろん想像していたのとは違い、意外といい人だとわかることがあります。
その誤解やギャップに気づくことも、人生の醍醐味の1つです。
「人生とは面白い!」と思える瞬間なのです。
人間関係の壁は、思い込みを取り払うことで崩れていきます。
自分に非があるとき「謝らなければいけない」と思います。
そのときは「自分は絶対悪くない」と思っていても、しばらくたって冷静になると、自分にも非があることに気づきます。
そんなとき「自分にも非がある。謝らなければいけない」と心苦しくなるのです。
ところがこれがなかなか難しい。
謝るのは勇気のいることです。
恥を覚悟しなければいけません。
プライドを捨てなければいけません。
自分の非を認めるのは、簡単なようでなかなか難しいもの。
頭では「謝らなければいけない」とわかっていても、それを行動に移すのが難しい。
「謝っていないのはよくないよね」と思って、また自己嫌悪になってしまいます。
自己嫌悪になると、罪の意識が生まれて恥ずかしくなり、ますます謝るのが難しくなる。
せっかく反省できているのに、なかなか前に進めないのです。
ここで気づいてほしいことがあります。
まず「謝らなければいけない」と思っている自分を認めましょう。
「謝らなければいけない」と思うだけでも素晴らしいことです。
まだ謝っていません。
まだ相手から許してもらっていませんが、それでもかまいません。
最初は「謝らなければいけない」と思うだけでいいのです。
「謝らなければいけない」と思うのは「反省している」ということです。
「悪いことをした」と認めることができています。
「謝りたい」という気持ちもあります。
まだ正式な謝罪はしていませんが「謝らない」「謝りたくない」と拒んでいることに比べれば、はるかに誠実です。
「申し訳ないことをした」と思うから、謙虚になれます。
第1段階をクリアしたことになります。
「謝らなければいけない」と思うだけでも素晴らしいことです。
ただし、やはり思うだけで終わるのは良くありません。
最終的にはきちんと行動に移すことが大切です。
「謝らなければいけない」と思うだけでも素晴らしいことがわかりました。
反省ができている自分に気づけました。
後は行動に移すのみです。
「今度謝ろう」「時間があるときに謝ろう」というのは良くありません。
時間がたつと、謝罪の気持ちが冷めてしまい、謝りにくくなります。
あまり時間を置くと、謝ることを忘れてしまいます。
反省の気持ちがあるうちに、きちんと謝っておきましょう。
「謝らなければいけない」と思っている今がベストタイミングです。
「来月より今月」「来週より今週」「明日より今日」です。
第1段階はクリアできているのですから、後はきちんと謝るだけです。
反省の気持ちがある今なら、きっとスムーズにいきます。
「寝不足」というキーワードを盾にしている人がいます。
「寝不足のせいで吹き出物ができました」
「表情に元気がないのは寝不足のせいです」
「頭が回らずミスをしてしまいました。寝不足のせいだと思います」
一般的に「寝不足」と聞けば「頑張っている感」があります。
「私はこれだけ頑張っているのですから許してください」と言わんばかりのニュアンスが感じられます。
寝不足を理由にすれば、相手から同情され、ミスがあっても許してもらえることがあるでしょう。
たしかにもっともらしい一言に聞こえますが注意が必要です。
日常では寝不足になることもありますが、保身で「寝不足」という言葉を使っているなら要注意。
寝不足の大半は「自己責任」です。
睡眠時間が短くなっている原因は自分にあります。
言い訳になっているようで、言い訳になっていないのです。
早く寝なかった責任は、自分にあります。
テレビやインターネットを楽しんで夜更かしをしたせいで、寝不足になっています。
就寝前に紅茶やコーヒーなど、カフェインを含んだ飲み物を飲んでしまったせいもあるでしょう。
いずれも自分に責任があります。
もちろんそれなりの事情もあるでしょう。
夜遅くまで残業があって寝不足になったのかもしれません。
早めの就寝をしたものの、スムーズに寝付けなかったのかもしれません。
加齢による、睡眠の質の変化もあるでしょう。
年齢を重ねるにつれて睡眠が浅くなり、中途覚醒や早朝覚醒が増えることがあります。
睡眠障害で不眠に陥っている事情もあるはずです。
たとえそうだとしても、相手には関係ないことです。
「そうですか。大丈夫ですか。大変ですね。無理は禁物です。お大事に」
同情されて終わりです。
相手にとっては関係のないことなので相手にされません。
保身で使っているつもりはなくても、寝不足を強調していると、保身に聞こえることがあります。
相手から「何かあったの?」と聞かれたときは正直に答えてもいいですが、自分からずけずけ言わないことです。
自分からずけずけ言うと、言い訳がましく聞こえます。
保身で「寝不足」という言葉を使っているなら、今すぐやめることです。
言い訳になっているようでなっていません。
寝不足を盾にして、責任を免れようとしても空回りするだけです。
最近「幸せだな」と思ったのは、いつですか。
「昔のことで思い出せない」という人もいるかもしれません。
しかし、幸せになるのを難しく考えすぎているのではないでしょうか。
もっと単純に考えてもいいことです。
幸せを感じたから「幸せだな」と思うのではありません。
「幸せだな」と思うから、幸せを感じるのです。
「幸せだな」と思った瞬間、いかに自分が恵まれているかに気づけます。
「平凡で何も変わったことがない」と思うかもしれませんが、誤解です。
実は多くの素晴らしい人・物・環境に囲まれていることに気づくことです。
1日3回は「幸せだな」と思う習慣をつくりましょう。
朝・昼・晩の3回です。
たとえば、朝は「おいしいコーヒーが飲めて幸せ」と考える。
昼は「仕事ができて幸せ」と考える。
夜は「温かいお風呂に入れて幸せ」と考える。
こうすれば、1日中幸せを感じることができるでしょう。
少し意識すれば、1日3回は簡単に達成できます。
思うだけでも効果があるので、ぜひ試してみてください。
たとえば今「○○があって幸せだな」と考えてください。
「○○」の部分は何でもいいです。
自分が今、恵まれていることを何でも当てはめてOKです。
「幸せだな」と思った瞬間、ふわっと優しい気持ちに包まれ、本当に幸せを感じるでしょう。
幸せとは、自分の心でつくり出すもの。
自分の心持ちしだいで、いつでもどこでも幸せになれます。
幸せ体質の人とはどんな人でしょうか。
「幸せ菌」を持っている人です。
もちろん幸せ菌は善玉菌です。
「菌」という言葉がありますが、幸せになるために欠かせないものです。
幸福感と自己肯定感に関わるものであり、あればあるほどいいものです。
肉眼で見るものではなく、心で感じるものです。
幸せ体質の人は、明るい雰囲気が漂っています。
ポジティブ思考で生き生きしています。
いつもにこにこ明るくて、引き寄せられる力を感じます。
幸せ菌を持っているからです。
幸せ体質の人は、幸せ菌の保持者です。
幸せ菌をたくさん持っているから、幸せ体質になれました。
幸せ菌は、お店で売っていないため買えません。
幸せ菌を手に入れるには、幸せ菌の保持者から分けてもらうのがいちばんです。
幸せ体質の人から、幸せ菌を分けてもらいましょう。
幸せ体質の人がいれば、素直に近づいてください。
一緒に過ごしたり話をしたりするだけでいいのです。
幸せ菌は、空気感染します。
ビフィズス菌や乳酸菌は腸の中にいますが、幸せ菌は顔の表面にいます。
見ているだけで顔から顔へと伝わっていき、幸せ菌を分けてもらえます。
一緒にいると、幸せ菌を分けてもらえ、あなたも幸せ体質に変わっていきます。
幸せな人を恨んだり妬んだりするのは良くありません。
負の感情を向けていると、幸せ菌をもらうチャンスを失います。
あなたを幸せにする存在なのですから、ありがたく思うことです。
素直に近づいて、幸せ菌を分けてもらいましょう。
身近に幸せ体質の人がいないこともあるでしょう。
直接会うことができないならどうするか。
見ているだけでもいいのです。
幸いなことに幸せ菌は、直接会わなくても、間接的にもらうことができます。
写真を眺めたりスクリーンを通して見たりするだけでも効果があります。
難しく考えず、気軽に取り組んでください。
あなたが幸せ菌の保持者になれば、別の人に分けていきましょう。
幸せ菌をもらった恩返しは、本人より別の人にするほうが適しています。
幸せ菌は、独占するものではなく、拡散させていくものです。
周りの人にどんどん分けて、どんどん広めていきましょう。
幸せ菌に、悪い副作用はないので、安心して広めていけます。
広めれば広めるほど、あなたの周りも幸せな環境になります。
人間関係では、嫌われてしまうことがあります。
相手を怒らせるつもりはなくても、ちょっといざこざがあって嫌われてしまうことがあるもの。
悪気はないのに、相手から一方的に嫌われてしまうこともあります。
好意が空回りして、逆に嫌われてしまうこともあるでしょう。
嫌われてしまったら自分を否定されたように感じます。
人格まで否定されたように感じて、落ち込んでしまうものです。
しかし、嫌われることにもメリットがあります。
「しっかり覚えてもらえる」ということです。
「嫌い」という感情は強烈なインパクトです。
脳は、快より不快を優先します。
不快は人にとってリスクが伴う感情のため、より記憶に残りやすい特徴があります。
相手に嫌われたなら「しっかり覚えてもらえた」ということです。
相手から嫌われたことは残念ですが、覚えてもらえたことは光栄です。
これはこれで良かったといえるのです。
忘れられるくらいなら覚えてもらえるほうがましです。
覚えてもらえなければ、相手にとって存在しなかったのと同じことになります。
少なくとも覚えてさえくれていれば、相手の記憶の中で生き続けることができます。
学生時代の頃を思い出してください。
好きな先生より嫌いな先生のほうが、はっきり覚えているでしょう。
インパクトが強い分だけ記憶にもしっかり残ります。
忘れようにも忘れられません。
卒業して時間がたってから「あのときは嫌いな先生だったけど、今思えばいい先生だった」という考えに変わります。
忘れられるくらいなら、覚えてもらうほうがいい。
いかに相手に覚えてもらえるかです。
嫌われたとしても、あなたのことが印象深く残ることになります。
思いきり嫌われたなら、あなたのことを一生忘れることはないでしょう。
嫌われても、むやみに落ち込まないことです。
相手から嫌われることは悪いことと思いますが、あながちそうとも言えません。
しっかり覚えてもらえました。
少なくとも相手の記憶の中で生き続けることができます。
嫌われたことは残念ですが、落ち込む必要はありません。
相手の記憶に残ることができたのですから、それはそれで良かったのです。
「しっかり覚えてもらえた」という点では意味があります。
「嫌われてしまったね。仕方ないね」
「嫌われちゃったね。でも覚えてもらえたから、まあいいか」
これでいいのです。
くよくよ落ち込まず、前向きに考えましょう。
あっさり考え、嫌なことはさらりと流してしまいましょう。
このくらいの心意気がないと、人生をやっていけません。
嫌われたことに落ち込むのではなく、覚えてもらえたことを喜びましょう。
嫌われたからといって、一生嫌われたままとは限りません。
嫌われても記憶に残っているなら「敗者復活戦」があります。
あるときわだかまりが氷解して、仲を取り戻す可能性もあるでしょう。
大嫌いだった相手が一転して大好きになる可能性もゼロではありません。
「ギャップ=魅力」です。
大嫌いが大好きに変わるのは珍しくありません。
「いつか仲が良くなるかもしれないね」と思ったほうが、前向きでいられます。
幸せ体質の人は「周りの人を元気にする」という特徴があります。
明るい話をして、楽しませようとします。
いつも元気で、パワーにあふれています。
いつも笑顔を振りまいていて、明るい雰囲気を醸し出しています。
落ち込んでいる人がいれば、励ましの言葉で元気づけます。
記念日には手紙付きのプレゼントを贈って、めでたい気持ちを分かち合います。
周りの人が元気になることが、自分の元気につながると考えています。
周りの人を元気にしようとする姿があるため、いつもきらきら輝いています。
「元気になってくれて良かった」と心から喜び、幸福感を高めているのです。
「周りの人を元気にしても仕方ない」という考え方は良くありません。
自分に関係ないと感じるのは、自分のことしか考えていないからです。
「自分を元気にさせてほしい」と考えるばかりでは「かまってちゃん」になってしまいます。
わがままな印象が強くなると、人が離れてしまいます。
幸せ体質になりたいなら、周りの人を元気にしましょう。
周りの人が元気になることを、自分の喜びとしてください。
周りの人を元気にすることが有意義に感じられ、積極的に楽しく取り組めるようになります。
私たちの生きる世界は「鏡の法則」があります。
嫌なことをすると、嫌なことが跳ね返ってきます。
いいことをすると、いいことが跳ね返ってきます。
周りの人を元気にすると、その行為が自分に跳ね返ってきます。
周りの人を元気にするといっても、難しいことではありません。
突き詰めると、3つしかありません。
これら3つを心がければ、自然と周りを明るく元気にできます。
明るい笑顔で、前向きな言葉で話して、親切に接していきましょう。
あなたは太陽のような光り輝く存在になれます。
思考力を鍛えたいなら、すぐ検索しないことです。
現代はインターネット社会です。
インターネット上に、巨大な集合知があります。
手持ちの端末で調べれば、電波の届く範囲であるかぎり、簡単にアクセスできます。
わからないことがあっても、検索で調べれば、ほとんどわかってしまいます。
書店に行く必要もなければ紙の辞書を引く必要もなく、大変楽です。
教科書レベルの基本知識から深い人生哲学の分野まで多種多様です。
インターネットを使えば、国境を越えて調べることも可能です。
地球の裏側にある情報でも、インターネットがあればアクセスできます。
インターネットを駆使すれば、大半のことがわかってしまう世の中です。
だからといって、わからないことがあってすぐ検索するのは注意してください。
すぐ検索する癖があると、思考力の低下を招くからです。
わからないことを調べるとき、すぐ検索するのは良くありません。
すぐ検索する癖があると、自分の頭で考えることがなくなります。
表示された答えを、そのまま信じてしまう状態になります。
これは考える機会を奪っていることになります。
これは一種の機会損失です。
積極的に答えを求めているため能動的に思えますが、実際は受動的な状態です。
便利な時代が、かえって私たちの思考力の低下を招いています。
わからないことを調べるとき、すぐ検索するのをやめることです。
少なくとも「何も考えないまま検索する」という状態だけは避けたい。
もちろん検索が悪いわけではありません。
検索エンジンは便利な道具であり、使い方が重要です。
便利な道具も、使い方を誤ると思考力の低下につながります。
すぐ検索するのではありません。
検索する前に、自分の頭で考える時間を設けてください。
わずかな時間でいいのです。
1分でもかまいません。
頭をひねって考えてみます。
知恵がないなら、ないなりに考えてみることが大切です。
考えるときは、知識と経験を総動員させ、思考のすべてを集中させてください。
集中すればするほど、思考力を鍛える効果が高まります。
そうすれば、頭を使う機会を確保でき、思考力を鍛える機会になります。
検索する行為が、答え合わせの時間になります。
検索で調べた結果、間違っていても、考えたことで思考力が鍛えられています。
「こうではないか」と仮説を立ててみましょう。
思いつきでも当てずっぽうでもかまいません。
当たらなくてもいいのです。
当たらなくてもペナルティーはないのですから、どんどん積極的に考えることです。
大切なのは「頭を使う機会をつくること」です。
検索する前に考えることで、頭を使う機会になります。
そうすれば、検索エンジンと上手に付き合えます。
検索エンジンは便利な道具です。
便利な道具だからこそ、いっそう慎重な使い方が求められます。
幼い子どもは、なぜかわいいのでしょうか。
背が低かったり、かわいい表情をしたりなどの理由がありますが、もっと大切なことがあります。
幼い子どもがかわいい本当の理由は、反論をしないからです。
親からのしつけに反論せず、何でも素直に受け止めるから「かわいいな。いい子だな」と思います。
性格や態度がまっすぐですから「もっと助けてあげたい」という優しい気持ちになれます。
逆の場合はどうでしょうか。
幼い子どもとはいえ、親のしつけに反論していると、まったく印象が変わります。
「脱いだ靴はきちんとそろえましょう」というしつけに対して「嫌だ。面倒くさい」と否定されると、むっとします。
「脱いだ服はきちんとたたみましょう」と言ったとき「お母さんがたたんでおいて」と言い返されると、いらいらします。
少なくとも反論は、喜ばれる行為ではありません。
むしろ喜ばれない行為です。
反論すればするほど「生意気」と思われます。
それは、自分にも当てはまるのです。
人から指摘を受けたとき、反論する癖はありませんか。
「嫌だ」
「面倒くさい」
「それは違うと思う」
言い返したとき、相手から「生意気だ」と思われます。
知識が多くなればなるほど、反論もだんだん多くなります。
もちろん自分の考えを持つことは大切ですが、こだわりすぎると対立の原因になります。
反論が多くなればなるほど、周りから煙たがられ、嫌われる原因になるのです。
いま一度、反論するのではなく、素直に受け止めてみましょう。
言われたことを素直に受け止める姿勢が大切です。
反論しない人ほど、愛されます。
言い返すなら、最初に相手からの意見を受け止めてからにしましょう。
「たしかにそうだと思います。しかし」と言えば、悪い気はしません。
最初に素直に受け止める態度を心がけるだけで、大人でも柔らかい印象になれるのです。
頑張って好きになろうとしていることはありますか。
もしあるなら、残念ですが、人生の真実をお伝えします。
頑張って好きになろうとしていることは、本当の「好き」ではありません。
頑張って好きになったところで、先が見えています。
早々に諦めたほうがいいでしょう。
頑張って好きになろうとするのは、自分の本心に反した行為です。
「本当は好きではないが、無理やり好きになろうとしている」という状態です。
「無理やり」という時点で無理があります。
情があったり思い出があったりするのかもしれません。
好きにならなければいけない事情があるのでしょうが、自分の本音も大切にしてください。
頑張って好きになろうとするのは、自分の本心に反した行為です。
頑張って好きになろうとしている時点で「本当に好きではない」ということです。
好きとは、頑張ってなるものではありません。
自然となってしまうものです。
「いつの間にか好きになっていた」です。
あなたが好きになった人を思い出してください。
自然と好きになったはずです。
あなたが好きな趣味を思い出してください。
気づけば、好きになっていたはずです。
頑張って好きになった状況は、少しもないはずです。
これが本来の流れです。
頑張って好きになろうとしているのは、自分の本心ではないということです。
仮に頑張った結果、好きになれたとします。
無理やり好きになったところで、あくまで無理やりです。
違和感は消えず、ストレスを感じるでしょう。
しばらく経てば、しんどくなるでしょう。
無理なものは無理です。
頑張って好きになったところで「自分の本心に反している」という点は変わりません。
一時的に自分の本音をごまかせるかもしれませんが、長くは続きません。
「やっぱり何か違う」と思い始め、もんもんとします。
最終的に「やっぱり好きではない」という状態に戻ります。
頑張って好きになったところで、明るい未来はありません。
頑張って好きになろうとしている状況があるなら、早めに諦めるのが賢明です。
人生は有限です。
頑張って好きになったことではなく、自然と好きになったことを大切にしましょう。
お金も時間も労力も愛情も、自然と好きになったことに注ぐのがいちばんです。
「なかなかうまくいかない」と思うことがあります。
なかなかうまくいかない状況があると、すっきりした気持ちになれません。
ひどく落ち込むわけではないものの、少しずつ心がへこんでいき、疲れてしまいます。
何かに邪魔されているような感覚を覚えることもあります。
なかなかうまくいかない状況が長く続けば、精神的に参ってくるものです。
「なかなかうまくいかない」と思ったときに気づきたいことがあります。
行ったり来たりを繰り返す。
思ったようにうまくいかないと、ストレスがたまります。
「なかなかうまくいかない」ということは「少しはうまくいっている」ということ。
「少なからずうまくいっているところがある」という状況です。
つまり「それなりにうまくいっている」ということです。
ここに注目するのです。
「なかなかうまくいかない」と思ったら、うまくいっているところに着目してください。
できていないところではなく、できているところに着目するのが、ポジティブ思考の鉄則です。
「良かった。ここがうまくいっているね」と思えば、プラスを実感できて、明るい気持ちになれます。
わずかで小さなことかもしれませんが、少なからずうまくいっていることがあるでしょう。
「3歩進んで2歩下がる」という状況があるとします。
なかなかうまくいかない状況ですが、なんだかんだで1歩は前進できています。
「3歩進んで2歩下がる」という状況を10回繰り返せば、10歩前進することになります。
これでいいのです。
小さな積み重ねが大きな成果につながります。
大きなピラミッドも、小さなブロックの積み重ねです。
少し遠回りをすることになりますが「経験の糧になる」と思えばいいことです。
「なかなかうまくいかない」と嘆くのではありません。
「それなりにうまくいっている」と喜びましょう。
「なかなかうまくいかない」といいますが、そもそも普通のことです。
初めて取り組む仕事は、なかなかうまくいかないのが普通です。
最初はなかなかうまくいかなくても、何度か繰り返すうちに慣れていき、だんだんスムーズになります。
成長には個人差があって、慣れるまでに意外と時間がかかることもあります。
なかなかうまくいかないからといって、ふてくされないでください。
焦らず慌てず諦めず、粘り強く続けていきましょう。
なかなかうまくいかない状況があるとはいえ、永遠に続くとは限りません。
人間は慣れる生き物です。
だんだん慣れてくるでしょう。
だんだんコツをつかめるでしょう。
何かがきっかけで、急にうまくなるのはよくあることです。
あるときブレイクスルーに恵まれ、状況が一気に好転する可能性もあります。
「○○さんですか!」
街を歩いていると、急に声をかけられて振り返ります。
「あっ、ごめんなさい。人違いでした」
どうやら別の人と見間違えたようです。
後ろ姿や歩き方が知り合いに似ている人がいるものです。
もちろん人違いをした人に悪気はなく、単に見間違えただけのことです。
人違いをされることはときどきあるものですね。
あなたもうっかり人違いをしてしまい赤面した経験があるでしょう。
こんなとき、あなたはどんなリアクションを返していますか。
無表情のままになっていないでしょうか。
むっとした表情を返していないでしょうか。
ノーリアクションになっていないでしょうか。
もちろん単なる人違いですから、大げさな会話は必要ありません。
別に迷惑というほどでもないでしょう。
よくあることですから難しく考える必要はありませんが、だからといってぶっきらぼうなリアクションでは無味乾燥です。
こんなときに心がけることは、ただひとつです。
にっこりほほ笑んで軽い会釈を返しましょう。
人違いされたとき、にっこりほほ笑んで軽い会釈を返しましょう。
一瞬の場面ですが、だからこそ大切にしたい。
軽い会釈をすると丁寧な印象になります。
深く頭を下げる必要はなく、軽く頭を下げるだけでいい。
ほほ笑みを返すと、相手はほっとするでしょう。
「気にしないでください。よくあることですから」という非言語メッセージになります。
丁寧なリアクションをすれば、相手の人違いをうまくフォローする形になります。
相手は自分の人違いに赤面しないで済むのです。
冷静なときは「いらいらしても態度に出さないようにしよう」と思います。
ところが、いざそのときになると思うようにいかないものです。
いらいらしているときは、理性を失いかけているときです。
ぎりぎり理性は保たれていますが、余裕がなくて危ない状況です。
いらいらしたときは、言動がとげとげしくなりやすい。
神経が高ぶっているときは、感情のコントロールが難しく、丁寧な振る舞いが難しいもの。
心に余裕がないため、態度が悪くなったり言葉遣いが乱暴になったりします。
態度や言葉遣いが悪くなってしまい、冷静になってから後悔をすることが少なくありません。
ここで、いらいらしていても丁寧に振る舞う方法を紹介します。
シンプルな方法です。
いらいらしたときの対処ルールをあらかじめつくっておけばいいのです。
「あらかじめ」というのがポイントです。
理性が失われかけているときに、対処ルールを考えるのはなかなか難しい。
いらいらしてから、ルールを考えるのでは遅すぎます。
いらいらしているときは、なかなか冷静な思考ができません。
思考に余裕がなくなっていて、いっぱいいっぱいの状態です。
そのため冷静である今のうちにつくっておくことが有効です。
余裕があるため、しっかり頭に叩き込んでおけます。
いらいらしても、あらかじめつくっておいたルールに従って行動するだけです。
ルールがありなしでは、意識が違います。
ルールがあれば、いざというときの行動指針になります。
感情の抑制効果が高まって自覚を促しやすくなります。
あらかじめルールをつくっていてもうまくいかないときもありますが、少なくともつくっていないよりはベターです。
頭の奥まで刻み込んでおきましょう。
夢に出てくるくらい、強く意識しておきましょう。
しっかり意識することで「自分との契約」となります。
いらいらしたときのルールは次のとおりです。
「いらいらしたときは、普段より丁寧に振る舞う」
このルールを頭の中に叩き込んでおきましょう。
シンプル・イズ・ベストです。
「普段より丁寧」というところがポイントです。
いらいらしているときは、丁寧にしたくても雑になりやすいため「普段より丁寧」を意識するくらいでちょうどよくなります。
「いらいらしたときは、普段より丁寧に振る舞う」というルールを、あらかじめ頭に叩き込んでおきましょう。
シンプルなルールですが、だからこそ意識しやすくなり実用的です。
自分との契約として、しっかり胸に刻んでおきましょう。
ポジティブになるためには、どこを見るかです。
ポジティブ思考になるためには、できなかったことよりできたことを見る習慣が大切です。
できなかったことは見ません。
できたことだけ見るようにしましょう。
「ポジティブな結果に着目する」ということです。
たとえば、3回チャレンジして、1回ダメだったとします。
「1回ダメだった」と考えるのではありません。
「2回うまくいった」と考えましょう。
10回チャレンジをして、9回失敗だったとします。
「9回失敗だった」と考えるのではありません。
「1回成功した」と考えましょう。
できなかったことではなく、できたことを見ましょう。
できたことだけ見ていればいいのです。
「たったこれだけでいいの?」と思いますが、これだけでいいのです。
できなかったことは気にしないでください。
深く考えないでください。
無視してOKです。
その代わり、できたところに注目しましょう。
できた部分に注目すると、明るい気持ちになれます。
「上出来だね」
「ありがたいことだ」
「素晴らしいね」
「幸せなことだ」
「なんてラッキーなのだろう」
前に進んだ感覚が得られ、気持ちが明るくなるでしょう。
できたことを喜びましょう。
1つでもできたことがあれば、ガッツポーズができます。
できたことだけ見ましょう。
できたことだけ考えましょう。
みるみる力がみなぎってきて、またチャレンジしたくなります。
できなかったことを振り返ることが禁止というわけではありません。
反省の必要があって振り返ることもあるでしょう。
反省でできなかったことを振り返るなら、なるべく最小限にしてください。
くよくよ考えすぎると、時間やエネルギーを奪われてしまい、いいことはありません。
反省が終われば、すぐ気持ちを切り替えて、前を向くことです。
これは癖です。
できなかったことだけ見るのも癖ですが、できたことだけ見るのも癖です。
できないことばかり見てしまうのは、できないことばかり見る癖がついています。
癖を変えてください。
すでに癖がついているなら、半分成功したのも同然です。
癖の中身を変えるだけですから、難しくありません。
できないことばかり見る癖がついているなら、できることだけ見る癖もつけられるはずです。
ポジティブになるには、できることだけ見る癖が必要不可欠です。