「これは当たり前のことだね」
そう思うことがあったら誤解です。
一見すると私たちの日常は「当たり前」があふれているように見えるかもしれません。
幸せはどこにあるのでしょうか。
すでにあなたの目の前にあります。
今あなたの目の前には何がありますか。
あなたは今、多くの持ち物のお世話になっているでしょう。
カバン、財布、スマートフォン、シャーペン、ボールペン。
女性であれば、ポシェットやメイクセットのお世話になっているでしょう。
週末になったら、やっておきたい儀式があります。
それは「今週いちばん頑張ったことへの表彰式」です。
1週間を振り返って、いちばん頑張ったと思えることを思い出してください。
世間では「成功者になるのは難しい」という認識があります。
成功者とは何か。
成功者とは「高い地位や大きな財産を得て、社会的に認められた人」という意味が一般的です。
あなたには大切な人がいるでしょう。
親、パートナー、わが子、友人、恋人、職場の仲間たち。
大切な人であればあるほど、その人を幸せにしたいですね。
あなたはいつ「命の喜び」を感じていますか。
病気から回復したときに「無事で良かった」と命を感じることもあるでしょう。
病から回復したときは、あらためて健康のありがたさを実感するものです。
どんなときも、常に正直でいることです。
正直は、人生を素晴らしくするために欠かせない要素です。
時には嘘をついてごまかしたくなることがあるでしょう。
人を動かすのは「熱い気持ち」です。
人は、心を持つ生き物です。
心を動かすのは心。
「寝ている時間がもったいない」と言う人がいます。
睡眠時間は、非生産的で無駄な時間という認識でいます。
睡眠時間を短くすれば起きている時間は長くなり、人生を楽しむ時間も増えてお得だと思っています。
日常の中にある「当たり前」に注目してください。
あなたの日常には「当たり前」と思うことがたくさんあるでしょう。
特別感はゼロでかまいません。
世の中には「入場無料の催し物」があります。
・入場無料のコンサート
・入場無料の映画祭
歩いているとき、道ばたを落ちている小石を見つけてください。
単なる小石です。
どこにでもある普通の小石でしょう。
あなたができないことは何ですか。
「運動が苦手で運動センスはゼロ」
「数字を扱うのが苦手で簡単な暗算もダメ」
遠くの人を幸せにしようとしていませんか。
・オンラインで知り合った人
・遠く離れたところに住んでいる友人
突然ですが、時計を見て、時刻を確認してみてください。
腕時計でも壁時計でもかまいません。
もちろんスマホやパソコンに付いている時計でもOKです。
バス停に向かっていると、すでにバスが到着していました。
今にもバスが出発しそうなタイミングです。
「ぎりぎりだ。間に合うかな。間に合ってほしい!」
目覚まし時計が鳴ったら起きる時間です。
ここで気になるのが「眠気」です。
眠気があるとなかなか起きられず、怠けてしまいがちです。
あなたは用事があって、バスや電車に乗るため待っていました。
しばらく待っていたところ、時間ぴったりにやってきました。
時間どおりで遅延はありません。
最後にごみ箱の掃除をしたのはいつですか。
「きちんと思い出せない」
「ごみ箱の掃除はしていない」
あなたがお金を支払うとき、どんな声をかけていますか。
礼儀正しいあなたなら、店員さんに向かって「ありがとう」と感謝の言葉をかけているでしょう。
お金を払う立場でもきちんと感謝の言葉が言えるのは素晴らしいことです。
「おいしくなさそう」と思うことがあるでしょう。
日常でときどきある場面ですが、この何気ない瞬間に注目です。
「おいしくなさそう」と思って食べない人は、ほかの場面でも同じ行動パターンが見られます。
庶民の味方のお店と言えば何でしょうか。
そうです「100円ショップ」です。
たいていの日用品は、100円ショップで手に入る時代になりました。
世の中には「一発屋」の人がいます。
大当たりをしたものの、その後は振るわず、一度きりで終わった人のことをいいます。
世間の心をつかんで人気を博したものの長続きせず、短い人気で終わってしまいました。
不謹慎ですが、大切なことなので申し上げます。
親が生きているうちに、親が亡くなったときのことをイメージしておくことは大切です。
できるだけありあり鮮明にイメージしておくほうがいい。
幸せになりたいなら、今すぐ楽観的になってください。
楽観的とは、物事を良いほうに考えて、あれこれ心配しないことをいいます。
常に明るい見通しをもっていて、何でもポジティブに考えることをいいます。
相手は何やら面白そうな話を始めました。
にやにやしながら話していて「すごいオチがある」と言わんばかりの雰囲気です。
どんな結末になるのだろうと聞いていたところ、中途半端なオチで終わりました。
仕方ない事情が発生して、キャンセルせざるを得ないことがあります。
予約のキャンセルがすべて無料とは限りません。
内容によってはキャンセル料がかかるものもあります。
バスや電車の中で、傘を置き忘れることがあります。
乗車中、ニュースやSNSをチェックしていたりするとき、よくあることです。
ほかのことに気を取られていると、降りる際、傘を置き忘れてしまうことがあるもの。
アンティークを持つときは、自然と扱い方が丁寧になります。
傷ついたら大変です。
落として壊れたら大変です。
「これは当たり前のことだね」
そう思うことがあったら誤解です。
一見すると私たちの日常は「当たり前」があふれているように見えるかもしれません。
いいえ、どれも勘違いです。
当たり前のように思うのは浅い考えです。
日常には当たり前があふれているように思うかもしれませんが、実際は当たり前ではありません。
先人の血と汗と涙のおかげです。
多くの人の助けや支えのおかげです。
あるいは、素晴らしい運や奇跡によるものです。
家があるのは当たり前ではありません。
家があるのはつくってくれた人がいるおかげです。
家を買った親のおかげや家を貸してくれる人のおかげです。
食べるものがあるのも当たり前ではありません。
命を落とした存在がいるおかげです。
あるいは育ててつくってくれた人がいるおかげです。
売っている人や料理をしてくれる人がいるおかげです。
時間どおりにバスや電車が来るのは当たり前ではありません。
バスや電車を作った人がいるおかげです。
安全運転を心がけている運転手のおかげです。
陰で運行を支えている人たちがいるおかげです。
電気があるのは当たり前ではありません。
発電所があるおかげです。
そこで働く人がいるおかげです。
電気を運ぶ線が整備されているおかげです。
生きていることも当たり前ではありません。
あなたのお父さんとお母さんが奇跡的に出会ったおかげです。
あなたのお父さんとお母さんが大事に育ててくれたおかげです。
多くの人から支えられているおかげです。
地球が存在しているのも当たり前ではありません。
太陽があるおかげです。
46億年前、たまたま太陽系のちょうど良い場所に、うず巻くガスやちりの雲があったおかげです。
地球が誕生したのは宇宙の奇跡です。
自分の誤解に気づいてください。
人や社会の助けや支えがあるおかげです。
素晴らしい運や奇跡に恵まれているおかげです。
普通のことに思えますが、陰で支えてくれている人のおかげや素晴らしい奇跡によるものです。
いろいろな巡り合わせの結果、今それがあります。
手に入れていることも、身の回りにあることも、現実にある一つひとつも、すべて当たり前のことではありません。
当たり前に思うことがあれば、あらためて発生原因を突き詰めてみることです。
それが実現している事情について考えてみることです。
じっくり深掘りしていけば、いろいろな巡り合わせが見えてきて、必ず当たり前と言えない現実に気づくはずです。
世の中に当たり前のことは1つもないのです。
幸せはどこにあるのでしょうか。
すでにあなたの目の前にあります。
今あなたの目の前には何がありますか。
目の前に仕事があれば「ああ、仕事ができて幸せだな」と幸福を感じてください。
目の前に本があれば「ああ、勉強ができて幸せだな」と幸福を感じてください。
目の前に食事があれば「ああ、食事ができて幸せだな」と幸福を感じてください。
たっぷり感動するのも良し。
心の中で静かにしみじみ感じるのも良し。
まったく難しくありません。
わざわざ幸せを探す必要はありません。
幸せは、すでにあなたの目の前にあります。
すでにあなたの目の前にあるのですから、それに気づいて感じるだけでいいのです。
仕事でも食事でも、目の前にあるものは何でも幸せです。
目の前にあるものからストレスを感じることもあるでしょう。
嫌な仕事、興味のない本、苦手な食べ物。
「つらい」「面倒くさい」「苦手意識がある」と感じることは幸せに思えないかもしれませんが、誤解です。
ストレスを感じることでも幸せに変わりありません。
頭を柔らかくして見方を変えれば、必ずそこには「恩恵」があることに気づくはずです。
いったん頭を真っ白にして、目の前にあるものを眺めてみてください。
つらくて大変な仕事があるとします。
つらくて大変な仕事かもしれませんが、仕事があるだけ幸せです。
仕事があるからお給料をもらえ、生活していけます。
仕事があるおかげで、自分を社会に役立てることができています。
仕事ができることに喜びを覚えれば、どんな仕事でも、幸福を感じることができます。
嫌いな食べ物があるとします。
嫌いな食べ物があっても、幸福を感じてください。
食事で出されているということは、食べられるもののはずです。
口に合わない食べ物でも、健康に必要な栄養が含まれているはずです。
食べることは命をいただくことです。
食べ物を命と思えば、苦手な食べ物でもありがたい気持ちが出てくるはずです。
目の前に本があるとします。
目の前に本があれば、幸福を感じてください。
勉強ができるのは幸せなことです。
本は、先人が苦労してつくり上げた知恵と知識の結晶です。
1冊の本ができるまでには、多くの時間と労力が費やされています。
本を読んで学ぶことでどんどん視野が広がります。
今までわからなかったことがわかるようになったり、見えなかったものが見えるようになったりするのは素晴らしいことです。
純粋に学ぶことを受け入れれば、幸せな感情が湧いてくるはずです。
いつでもどこでも、まず目の前にあるものから幸せを感じるようにしてください。
幸せを探すのもいいですが、まず目の前のものから幸せを感じるほうが先です。
この姿勢を身につければ、あなたは24時間365日ずっと幸せを感じ続けることができます。
幸福体質になります。
ほら、ちょうど今あなたの目の前にも幸せがあります。
じっくり観察して、幸せを感じてください。
今すぐあなたの日常がぱっと明るくなります。
あなたは今、多くの持ち物のお世話になっているでしょう。
カバン、財布、スマートフォン、シャーペン、ボールペン。
女性であれば、ポシェットやメイクセットのお世話になっているでしょう。
身の回りの持ち物は丁寧に扱いましょう。
丁寧に扱えば、長持ちします。
長く使うにつれて味わい深くなり、愛着も湧いてくるでしょう。
意識の高いあなたなら、身の回りの持ち物を丁寧に扱うのは常識になっていることでしょう。
「そんなことはわかっているよ」と思っているかもしれません。
さて、ここでよくある理想と現実のギャップがあります。
頭ではわかっていても、なかなかうまくいかないことがあります。
毎日使っているものだからこそ、使い方が雑になってしまうのです。
悪気はないのですが、知らず知らずのうちに心が緩んで、雑な扱い方になっていることが少なくありません。
ここが要注意ポイントです。
今すぐ意識改革をしてください。
毎日使っているカバンは「物」と思うのではなく「体の一部」と思うようにしましょう。
毎日使っている財布もスマートフォンも「物」と思うのではなく「体の一部」と思うようにしましょう。
シャーペンやボールペン、ポシェットやメイクセットも「物」と思うのではなく「体の一部」と思うようにしましょう。
軽い気持ちではなく、本気で「体の一部」と思ってみてください。
するとどうでしょう。
おのずと接し方が変わるはずです。
「丁寧に使おう」「大切に扱おう」「定期的に掃除しよう」といった気持ちが芽生え、美意識が高まるでしょう。
意識の問題ですが、その意識こそが大事です。
物理的に別々の存在ではありますが、身の回りの持ち物は体の一部です。
「別々」ではなく「一体」という意識を変えることで見方が変わり、そして接し方が変わります。
見た目は単なる持ち物かもしれませんが、なくてはならないものでしょう。
意識を変えることで、接し方も変わります。
毎日使っているのですから、事実として体の一部です。
体の一部と思えば、自然と丁寧な扱い方になるはずです。
私たちは毎日バスルームで体をきれいに洗いますが、身の回りの持ち物も体の一部ですから、きれいにケアすることが必要です。
優しく触れ、柔らかく持ち、丁寧に扱いましょう。
汚れがついたら、きちんと拭き取りましょう。
定期的な掃除やメンテナンスも必要です。
身の回りの持ち物は体の一部ですから、きちんと意識を向け、それにふさわしい扱い方をしましょう。
身の回りの持ち物をきれいにすることは、自分をきれいにすることになります。
週末になったら、やっておきたい儀式があります。
それは「今週いちばん頑張ったことへの表彰式」です。
1週間を振り返って、いちばん頑張ったと思えることを思い出してください。
いちばん頑張ったことを思い出して、表彰すればいいのです。
表彰式といっても堅苦しく考えないでください。
あくまで個人的でいいのです。
表彰の授与者は、あなた。
表彰の受賞者も、あなた。
表彰式の会場は、あなたの心の中です。
あくまで個人的な儀式ですから、ルールや形式にとらわれず、リラックスして自由に取り組んでみてください。
たとえば、カフェで飲み物を飲みながら今週の出来事を思い出せば、いい時間を過ごせるでしょう。
自分の部屋で、まったりしながら静かに思い出すのも良し。
湯船に浸かりながらでもOKです。
もちろんやらなければいけないものではありませんが、ないよりあったほうがいいものです。
あなたの好きな方法で表彰式授賞式を開催してください。
自分で自分に賞を贈りましょう。
「今週はこれをいちばん頑張りましたね。おめでとう! 素晴らしい! この調子で引き続き頑張りましょう」と。
きちんと表彰することで気持ちに区切りがつきます。
「また来週も頑張ろう!」と思えるようになるでしょう。
賞の名前は「今週いちばん頑張ったこと大賞」です。
賞にきちんと名前を付けることで、それらしくなり、ますます面白くなります。
1週間を振り返る機会にもなると同時に、気持ちのうえでも1週間の良い区切りになります。
また自分を認める行為によって自信がついて、自己肯定感が安定します。
しっかり頑張ったことがなくてもいいのです。
だらだら過ごした1週間でも、まったく何もしていないことはないはずです。
その中からいちばん頑張ったことを思い出してください。
自己判定でいいのです。
あなたの努力はあなたがいちばん知っています。
自分なりにベストを尽くしたことがあるでしょう。
米粒のように小さなことでもいいので、1週間を振り返っていちばん頑張ったことを思い出しましょう。
「自分なりに頑張った」ということがあれば十分です。
たとえ結果が出ていないことでもいいのです。
結果は出ていなくても「自分なりに頑張った」という事実があれば、受賞に値します。
自分に表彰したら、お祝いにごちそうやスイーツを食べるのも良し。
おいしいものをできれば、心も体も元気がチャージされ、また来週も頑張れます。
これを習慣にすれば、週に1回は自分を認めることになるので、自己肯定感が安定します。
明るいイベントとなり、毎週末が楽しみになります。
いいリズムが生まれ、人生がうまくいきます。
世間では「成功者になるのは難しい」という認識があります。
成功者とは何か。
成功者とは「高い地位や大きな財産を得て、社会的に認められた人」という意味が一般的です。
高い地位や大きな財産を得るには、多大な努力と長い時間がかかります。
簡単なことではなく、手間も時間もかかり、誰でも達成できることではないように思えるでしょう。
「成功者は、特別な人の話だから、自分が実現するのは難しい」
成功者になるのは大変難しいため、特別なことであり、夢物語と思われやすい。
大半の人が「自分には無縁」とスルーしがちです。
しかし、ここに誤解があります。
成功者になるのは、難しいようで簡単です。
ものは考えようです。
自分で解釈を広げてしまえばいいのです。
成功者とは「高い地位や大きな財産を得て、社会的に認められた人」という意味ですが、解釈の1つにすぎません。
成功の解釈は、厳密に定められていることではないため、個人が自由に決められます。
成功者になりたいなら、自分で成功者の解釈を広げてください。
自分の都合のいいように、成功者の解釈を広げればいいのです。
たとえば、成功者の解釈を「今日の仕事をやり遂げる人」を追加するのはいかがでしょうか。
今日の仕事をやり遂げることも、見方によっては、れっきとした成功です。
「計画どおりに目標を達成すること」が達成できています。
今日の仕事をやり遂げることなら、あなたの努力しだいで実現できるはずです。
真面目に働き、今日の仕事をきちんとやり遂げたなら、あなたは今すぐ成功者になれます。
成功者の解釈を「自分らしく生きる人」に設定するのもいいでしょう。
自分の好みや考え方を尊重します。
個性を大事にして尊重します。
長所は伸ばして生かします。
そして周りに振り回されず、強い意志を貫きます。
自分らしく生きることなら、あなたの心がけしだいでできるはずです。
自分らしく生きることができれば、人生を満喫していることにもなるため、立派な成功者といえます。
あなたの都合に合わせて成功者の解釈を設定してください。
もちろん簡単すぎることでは意味がないので「少し頑張ればできる」という程度がいいでしょう。
難易度がちょうどいいと、現実味が出るので、モチベーションも高まりやすくなります。
成功者になることを難しく考えないでください。
特別な人の話ではなく、あなたにも関わる話です。
成功者になりたいなら、成功者の解釈を広げればいいだけのこと。
成功者になるのは、意外と簡単なのです。
あなたには大切な人がいるでしょう。
親、パートナー、わが子、友人、恋人、職場の仲間たち。
大切な人であればあるほど、その人を幸せにしたいですね。
では、相手を幸せにするためにどうすればいいのでしょうか。
相手を幸せにするのは大がかりなことに思うかもしれませんが、難しく考えないでください。
実はシンプルで簡単なことです。
相手を笑顔にすればいいのです。
相手を幸せにするとは、笑顔にすることをいいます。
大笑いさせる必要はなく、にっこりさせることができればOKと考えてください。
たとえば、次のようなことで簡単に実現できます。
どれもちょっとしたことですが、相手を笑顔にできますね。
相手を笑顔にできたら、相手を幸せにしたことになります。
相手が笑顔になったということは相手を温かい気持ちにさせた、つまり幸せにさせたということです。
相手を幸せにしたいなら、その人を笑顔にすればいいだけのことです。
何から始めていいかわからないときは、挨拶がおすすめです。
挨拶は、すべての人間関係の基本です。
にこにこしながら挨拶をすれば、あなたの笑顔につられて相手もにこにこしながら挨拶を返してくれるでしょう。
小さなことですが、これで相手を幸せにしたことになります。
難しくもなんともありませんね。
大切な人を笑顔にするのはもちろん、日常で接する人すべてを笑顔にできるようにしていきましょう。
相手を問わず、分け隔てなく笑顔にしていきたい。
相手を笑顔にできれば、あなたは幸せの神様になれます。
あなたはいつ「命の喜び」を感じていますか。
病気から回復したときに「無事で良かった」と命を感じることもあるでしょう。
病から回復したときは、あらためて健康のありがたさを実感するものです。
季節の折、美しい自然を見て「人生は素晴らしい」と感動することもあるでしょう。
美しい自然を楽しめるのは、生きているからこそできることです。
おいしい料理を食べたとき「生きていて良かった!」と実感することがあるでしょう。
おいしい料理には人を幸せにする力があり、人生における喜びの1つですね。
不定期ではあるものの、命の喜びを感じる場面があるものです。
もちろんきちんと実感しているだけでいいのですが、偶然や成り行き任せのところがあります。
命の喜びは、もっと積極的に感じてください。
1分ごとでいいのです。
命の喜びは、1分ごとに感じるようにしてください。
1分がたちました。
おめでとうございます。
この1分間、けがも病気もトラブルもありませんでした。
心臓は正常に動き続けました。
人に襲われて殺されることもありませんでした。
何事もなく生き永らえました。
だから今あなたは元気に生きています。
普通のことと思うかもしれませんが、間違いなく喜ばしいことです。
人は、いつ死ぬかわかりません。
突然の死は、前触れなくやってくることがあります。
急な心臓発作で亡くなっていたかもしれませんが、この1分間、何事もありませんでした。
思わぬ交通事故に遭っていたかもしれませんが、この1分間、何事もありませんでした。
突然誰かに殺されていたかもしれませんが、この1分間、何事もありませんでした。
一切のトラブルがなく、無事平穏に過ごせた1分でした。
だから今、あなたがここにいます。
この1分間の無事平穏を喜んでください。
当たり前のことですから、この当たり前の幸せに気づくことが大切です。
1分ごとにあなたの寿命が1分延びています。
「寿命が1分伸びただけ」と思いますが、生き永らえたのは事実です。
1分ごとに「良かった。無事平穏に生きている!」と幸せを噛み締めてください。
そうすれば、1日中、命の喜びを感じ続けることができます。
命の喜びは、もっと日常的に感じることです。
人生は、生きているうちしか楽しめない壮大な旅行です。
素晴らしい人生旅行は、1分でも長く楽しみたいものですね。
スムーズに生き永らえた1分を喜んでください。
寿命が1分延びたこと、無事平穏な1分だったことを喜んでください。
ほら、また1分がたちました。
命の喜びは、1分ごとに感じて喜びましょう。
どんなときも、常に正直でいることです。
正直は、人生を素晴らしくするために欠かせない要素です。
時には嘘をついてごまかしたくなることがあるでしょう。
自分にとって都合が悪いときは、ばれないように嘘をついて、その場をしのぎたくなるもの。
もちろん誰も傷つけない励ましの嘘ならいいですが、保身の嘘は良くありません。
しかし、いったん嘘をつき始めると大変です。
そのときはうまくやり過ごせても、あとから面倒なことになります。
嘘がばれないようにするために、また別の嘘をつかなければいけなくなります。
「嘘を考える」「嘘がばれないように別の嘘を考える」というストレスが増えてしまいます。
余計なことを考えなければいけなくなり、頭の中がごちゃごちゃしてきます。
同時に余計な疲れもストレスも増えていき、疲れやすい生き方になってしまいます。
そして嘘がばれてしまったときには、信用まで失うという二重苦です。
これほど愚かなことはありません。
嘘をついていると、そのときはうまくやり過ごせても、あとから報いを受けることになります。
常に正直でいることです。
正直でいることで不都合が生じたり自分のイメージが悪くなったりするかもしれませんが、一時的です。
それなりの恥や苦痛もあるかもしれませんが、命までは奪われません。
自分のイメージが悪くなっても、正直であることだけは評価されます。
正直でいると、堂々とした人生を歩めるようになります。
「何もやましいことはない」と胸を張れます。
正直であることは、相手に対してだけでなく、自分に対しても誠実でいることになります。
「何も悪いことはしていない」「人として正しいことをしている」という気持ちでいられるので、自信を持てるようになります。
日頃から正直であれば、心が軽くなって明るい気持ちでいられます。
正直でいるのは大変なようですが、実はいちばん楽です。
ありのままを話したり振る舞ったりするだけでいいので、余計なことを考えなくて済みます。
ひたすら前を向くだけでよくなるので、全力で前に進んでいけます。
必要な責任があれば、きちんと取ることです。
何らかの事情で責任を取ることになり、恥・損害・損失があっても、必要最小限で抑えられるでしょう。
自分に都合の悪いことでも、正直であれば、それ相応の素晴らしい人生がやってくるようになります。
正直な人には正直な人間関係が構築されていき、正直な人生がやってきます。
正直でいることを大切にしてください。
お金はかかりません。
何か物を手に入れるわけでもありません。
あなたの心がけしだいです。
今すぐあなたが、正直でいることを決意して、きちんと実行に移せば、今すぐ実現できます。
正直でいることほど美しい生き方はありません。
正直に生きる人には、必ず道が切り開かれるのです。
人を動かすのは「熱い気持ち」です。
人は、心を持つ生き物です。
心を動かすのは心。
心の火は小さくてもいいのです。
たとえ心の火が弱火でも、それが熱いことに変わりありません。
熱い気持ちを伝えれば、相手は心を動かされるでしょう。
「そこまで言うのなら」「あなたの熱意に押されました」と、相手は心変わりしてくれるかもしれません。
「感動した」と共感され、力を貸してくれるかもしれません。
熱意は説得力に転化します。
相手の心に訴えかけることで、難しい要望を通せることがあります。
熱い気持ちがあるのは素晴らしいことです。
熱い気持ちには、未来を切り開く可能性があります。
人だけでなく、世の中を動かす力まであるのですから侮れません。
しかし、ここでよくある残念なパターンがあります。
熱い気持ちがあるのはいいのですが、持ったままになっている人が多い。
熱い気持ちを持ったままでは意味がないのです。
熱い気持ちを持っていても、それを秘めたままでは無意味です。
熱い気持ちは、伝えて初めて意味があります。
人を動かしたいなら、熱い気持ちを持ったままにするのではありません。
きちんと表現して、しっかり伝えてください。
熱い気持ちは人を動かします。
きちんと表現することで、その熱い気持ちは大きな力を発揮します。
熱ければ熱いほどきちんと人に伝わり、人から人へと広がります。
直接声に出して言うのが恥ずかしいという人もいるでしょう。
ベストは声に出すことですが、どうしても恥ずかしいなら文字で伝えるのもOKです。
メールであれ手紙であれ、正当な手段です。
「表現して伝える」という点では、声でも文字でも同じことです。
内に秘めた熱い気持ちを、持ったままで終わらせるのではなく、きちんと表現して伝えていってください。
「寝ている時間がもったいない」と言う人がいます。
睡眠時間は、非生産的で無駄な時間という認識でいます。
睡眠時間を短くすれば起きている時間は長くなり、人生を楽しむ時間も増えてお得だと思っています。
たしかに寝ている時間は活動ができません。
目を閉じて眠りにつき、気づくと朝です。
実際は長い時間が経過していますが、体感としては一瞬です。
タイムスリップしたかのような錯覚を覚えるでしょう。
睡眠時間は、生産性のない時間に思えます。
できるだけ睡眠時間を削り、覚醒時間を延ばそうとする人がいるものです。
しかし「寝ている時間がもったいない」という人は誤解をしています。
「睡眠時間も、人生の楽しみの1つ」ということです。
睡眠は、人の3大欲求の1つです。
生きていくうえで欠かせない欲求です。
大切な欲求を削ることになるのですから、これほど悪影響なことはありません。
睡眠不足になると、日中はふらふらします。
頭の回転も悪くなり、ろくに集中できません。
覚醒時間が長くても、実際にはぼうっとしている時間が長いだけになります。
生活の質の低下につながり、これが長期的に続くと、人生の質まで下げてしまいます。
睡眠を削ると、大きな代償を払うことになるでしょう。
睡眠中は目をつぶっているだけで何も活動していないように思えますが、誤解です。
寝ているからといって、何もしていないわけではありません。
日中の疲れを取ったり脳の中で情報の整理が行われていたりしています。
睡眠中には、さまざまな夢を楽しんでいます。
現実ではあり得ないようなストーリーを楽しめるのも、夢ならではの特徴です。
睡眠中の夢は記憶に残っていないかもしれませんが、だからといって無駄ではありません。
あくまで記憶に残っていないだけであり、その時間を楽しんでいるのはたしかです。
睡眠時間も、大切な人生の一部です。
睡眠時間も人生を楽しみの1つですから、たっぷり確保しておくのが正解です。
たっぷり寝れば、気持ちのいい目覚めを味わえ、幸せを感じるでしょう。
すっかり疲れが取れ、しっかり充電されているので、朝からスタートダッシュできます。
日中をパワフルに活動でき、充実した時間を過ごせるでしょう。
結果として、寝ている時間も起きている時間も充実することになります。
睡眠を取るのがもったいないと思っているなら、今すぐあらためてください。
睡眠を削ることは愚かなことであり、自分で自分の首を絞めることになります。
睡眠時間は、7時間から8時間半は確保しておきたい。
どんなに忙しいときでも、最低6時間は確保したいところです。
睡眠が長くなったことを悔しがるのではありません。
睡眠が長くなったら大喜びしましょう。
「よし、たっぷり寝ることができたぞ! 最高だ! 得をした気分だ!」と喜んでいいのです。
睡眠時間を短くする努力より、長くする努力をしてください。
睡眠時間も人生を楽しみの1つなのですから、気兼ねなくたっぷり寝ましょう。
たっぷり寝ることは、美容にも健康にもいいことでいっぱいです。
日常の中にある「当たり前」に注目してください。
あなたの日常には「当たり前」と思うことがたくさんあるでしょう。
特別感はゼロでかまいません。
気に留めることすらないほど、当たり前のことに注目しましょう。
どれも当たり前のことですね。
こうした「当たり前」を「ありがたい」と言い換えてみましょう。
するとどうでしょう。
感謝の気持ちがわき上がり、ピンク色の温かい幸福感に満たされるでしょう。
特別なことがなくても、今こうして生きているだけで幸せを感じるはずです。
一つひとつは小さなことでも素晴らしい恩恵です。
幸せを探すのではありません。
幸せに気づくのです。
幸せは、探すものではなく、気づくものです。
幸せに気づくためには、日常にある「当たり前」を「ありがたい」に言い換えましょう。
言い換えた瞬間、物事を見る視点が変わり、見える景色が変わります。
世の中にある「当たり前」を「ありがたい」に言い換えるだけで、日常がぱっと華やかになります。
生きていることが楽しくなります。
あなたは今すぐ幸せになれるのです。
世の中には「入場無料の催し物」があります。
動物園・美術館・博物館などでも「入場無料の日」が設けられていることがあります。
無料ですからまったくお金がかかりません。
財布がなくても楽しめます。
経済的な負担がゼロなので「ちょっと行ってみるか」と気軽に足を運べるでしょう。
無料だからといって価値が低いとは限りません。
無料とは思えないほど貴重な体験ができたり素晴らしい芸術に触れたりできることが少なくありません。
なんて素晴らしいのでしょう。
「ラッキー!」と喜べ、得した気分になるでしょう。
もちろん入場無料は素晴らしいことですが、ここでよくあるケースがあります。
「普通に喜んで終わり」というケースです。
また無料ということもあって、集中力や注意力が低下する傾向もあります。
心の中で「どうせ無料なのだから」と思ってしまい、だらだらした気持ちになりやすい。
もちろん無料に喜ぶのはいいのですが、それで終わりにするのではありません。
大切なのは「感謝の気持ち」です。
入場無料の催し物でも、感謝の気持ちを持つことが大切です。
感謝の気持ちを持てば、気持ちがしゃきっと引き締まります。
注意力や集中力が高まって、一つひとつを丁寧に楽しもうと思えます。
たとえば、入場無料のアート展示会があるとします。
「無料でアートを楽しめるのはありがたい」と思うことです。
感謝の気持ちを持てば、一つひとつを丁寧に鑑賞するようになり、しっかりアートを楽しめるようになります。
入場無料のコンサートでも、感謝の気持ちを持つことです。
「無料で素晴らしい音楽を生で聴けるなんてありがたい」と心の中で手を合わせましょう。
感謝の気持ちを持てば、五感が研ぎ澄まされ、吸収力も高まります。
音楽が心の奥まで響き渡り、きちんと感動できるようになります。
入場無料だからといって、お金のやりとりがゼロというわけではありません。
実際にはお金がかかっていて、誰かがあなたの代わりにお金を出していることが大半です。
スポンサー企業がいることもあれば、主催者が出資しているケースもあります。
表向きは入場無料でも、催し物の舞台裏では、代わりに負担している誰かがいることを知っておくことです。
お金の流れを意識すると「楽しませていただきます」という気持ちになって、積極的に楽しめます。
歩いているとき、道ばたを落ちている小石を見つけてください。
単なる小石です。
どこにでもある普通の小石でしょう。
何も変わったところはないでしょう。
その小石を見たところで「何とも思わない」というところが正直なところでしょう。
特別な感情はなく、感動することもないでしょう。
しかし、思い出してください。
はるか昔、まだあなたが幼いころのことです。
道ばたの小石で遊んでいたことがあったはずです。
当時は小石に興味津々でした。
小石を拾っては、色や形にわくわくしていた時期があったでしょう。
小石を集めたり投げたり積み重ねたりしながら、楽しく遊んでいた時期があったことでしょう。
きれいな小石を見つけて宝物にしていた時期があったかもしれません。
それから時が経ち、あなたはすっかり成長して大きくなりました。
年齢を重ねた結果、すっかり大人の思考と価値観に染まっていることでしょう。
小石を見ても、何も思わなくなってしまいました。
興味があるのは、小石よりお金。
あえて興味のある小石といえば、宝石くらいでしょう。
もちろんお金や宝石も価値のあるものですが、ちょっと昔の自分を思い出してみませんか。
道ばたに落ちている小石を拾って、昔の自分を思い出してください。
昔の自分を思い出すような感覚で、小石をじっくり観察してください。
「この小石は面白い!」と思ってみましょう。
面白くなくても、頭を柔らかくして「面白い」と思ってみてください。
色や形を楽しむのも良し。
ざらざらした感触を楽しむのも良し。
小石に鼻を近づけて、におってみるのもいいでしょう。
「そういえば、こういう小石を喜んでいたよね。こんなふうに遊んでいたなあ。集めた小石を宝物にしていたよね」
昔の自分を思い出すでしょう。
道ばたには、昔の自分を思い出すきっかけがあふれています。
道ばたに落ちている小石は、童心を思い出す材料です。
今日もあなたは、道を歩くでしょう。
道ばたに落ちている小石を通して、昔の自分や初心の心を思い出してみましょう。
「たかが小石」と言ってしまえばそれまでですが、見方によっては「すてきな小石」と言えます。
小石のおかげで元気が出ます。
アイデアが浮かぶかもしれません。
タイムマシンは、道ばたに落ちています。
道ばたに落ちている小石を見て、あなたは童心を思い出すのです。
あなたができないことは何ですか。
「運動が苦手で運動センスはゼロ」
「数字を扱うのが苦手で簡単な暗算もダメ」
「音痴の極みでまともに歌を歌えない」
「機械に弱くて簡単な組み立てすらできない」
「料理が苦手で簡単な調理さえできない」
人間は不完全な生き物です。
すべての人に、何らかの不得意があるでしょう。
不得意の中でも、とりわけ大の苦手でまったくできないこともあるでしょう。
世の中に完全な人間はいません。
できないことがあるというのは、ある意味で「人間らしい」と言えます。
さて、できないことがあるならそれは仕方ありません。
できないことをできるようにしろと言うつもりもありません。
できないものはできません。
短所を克服することに使う労力があるなら、長所を伸ばすことに使うほうが賢明です。
大切なことは「それができる人を尊敬する」ということです。
自分にできないことができる人がいれば、素直に尊敬してください。
たとえば、自分は運動が大の苦手である一方、スポーツ万能な人がいるとします。
「スポーツが上手だね」と普通に思うのではありません。
「すごい! 素晴らしい! かっこいい! 頭が上がりません! 恐れ入りました!」
かしこまるのです。
心から感心して、しっかり敬ってください。
自分にできないことができるのですから、尊敬に値します。
尊敬の念は、スムーズな人間関係に大切な働きをもたらします。
スポーツに限ったことではありません。
あなたがITに弱いなら、ITに強い人を尊敬しましょう。
あなたがピアノを弾けないなら、ピアノが弾ける人を尊敬しましょう。
あなたが人付き合いの苦手な人なら、人付き合いが上手な人を尊敬しましょう。
その人を認めるのはもちろんですが、さらに尊敬するのです。
素直に素晴らしいと褒めたたえ、頭を下げるような気持ちになることです。
年齢も性別も関係ありません。
たとえ年下でも、自分にできないことができる人には尊敬しましょう。
自分にできないことができるのなら、その分野に関しては先生です。
年下でも、尊敬すれば、年上や先輩のように感じるでしょう。
少しくらいできない点やだらしない点があっても「まあいいか」と思えるようになります。
その人に嫌なところがあったとしても、尊敬の念を持てば大丈夫です。
「この人には素晴らしい長所がある」と思えるようになります。
その人に対する嫌悪感や苦手意識が小さくなり、受け入れられるようになります。
尊敬の念は、対人関係を良くするコツなのです。
遠くの人を幸せにしようとしていませんか。
もちろん遠くの人を幸せにすることも大切です。
大切な人が遠くにいて気にかけることがあるでしょう。
物理的に遠く離れていても、連絡を取り合ったり思い合ったりすることで、精神的な距離が近くなります。
相手を笑顔にして幸せにすることで心の結びつきが深まり、ますます関係が深まっていくでしょう。
もちろん遠くの人を幸せにすることも素晴らしいですが、ここでよくある落とし穴があります。
遠くの人ばかり幸せにして、近くの人を見落としていることが少なくありません。
無意識のうちに近くの人をスルーしていることが多い。
近くにいる人は普段から会っているので特別感がありません。
特別感がないと、価値やありがたみが感じにくくなります。
人間関係には「遠くの人は見えやすく、近くの人は見えにくい」という法則があります。
まつげのように「近すぎると見えない」という状況が起こります。
存在しているにもかかわらず、見えているのに見えない状態になってスルーしやすい傾向があります。
これは良くありません。
この順番を間違えると「人生の空振り」が増えてしまいます。
きちんと人付き合いを頑張っているのにうまくいかないことが増えるでしょう。
「遠くの人とは仲がいいのに、近くの人とは不仲」という真逆現象が起こるでしょう。
あなたのリソースは限られています。
時間もお金も体力も、無限にあるわけではなく有限です。
スムーズに人生を生きるためには、限られたリソースは上手に振り分けることが大切です。
幸せにする順番を間違えないでください。
遠くの人を幸せにするのも大切ですが、まず近くの人から幸せにしましょう。
遠くの人を幸せにするのもいいですが、まず近くの人から幸せにしましょう。
物理的な意味として近くにいる人のことであり、毎日あなたと顔を合わせる人たちです。
たとえば、学校の友人、職場の仲間、近所の人たちです。
もちろん近くに家族がいれば、家族も大切にします。
近くにいる人はあなたとの関わりが強い人たちです。
近くにいる人は実利に直結するため、実生活の向上につながります。
あなたとの関わりが強い人から幸せにするほうが正しい優先順位です。
近くにいる人を笑顔にするよう心がけていきましょう。
明るい声をかけたり、近状を報告し合ったりします。
特別な関係であれば、記念日にはプレゼントを贈ることも喜ばれるでしょう。
落ち込んでいるときは優しい言葉で元気づけたり、迷っているときは強い言葉で背中を押したりです。
行動に対する効果・効率が高まり、日々の幸福が高まります。
近くの人を見落とさないでください。
遠くの人を幸せにすることも大切ですが、まず近くの人から幸せにしましょう。
近くにいる人は、あなたの実生活に深く関わっている人ですから、忘れず怠らず幸せにしていくことが大切です。
突然ですが、時計を見て、時刻を確認してみてください。
腕時計でも壁時計でもかまいません。
もちろんスマホやパソコンに付いている時計でもOKです。
時計を見ると、何時何分なのか、正確な時間がわかりましたね。
普通のことであり、特別なことでも何でもありません。
「だから何?」と思うかもしれませんが、ここがポイントです。
時間がわかるというのは、実にありがたいことです。
人類の過去をさかのぼると、時間がわからなかったという時代が存在していたからです。
以前であれば、現在時刻が正確にはわかりませんでした。
昔は日時計が主流であり、太陽の高さで大まかな時間しかわかりませんでした。
もっと大昔までさかのぼれば、もはや時計すら存在していなかった時代があります。
初期の人類は、太陽の高さから、朝・昼・晩という大まかな時間帯しか把握できませんでした。
当然ですが当時はライトも街灯もないため、日が沈んだら寝るしかありませんでした。
人類を振り返ったとき、正確な時間がわかるようになったのは最近のことです。
世界で最初の機械式時計は、13世紀のルネサンスの時代といわれています。
ただし機械式は狂いやすく、1日に何秒もずれてしまうのがネックでした。
機械式時計はゼンマイを使うため、定期的に巻き上げる作業も必要でした。
その後時計技術が進化して、水晶振動子を用いたクオーツ式が登場して、小さくて正確な時計が実現しました。
分単位や秒単位まで、一目で正確に確認できるようになりました。
電気で動くので、電池交換も数年に一度で済みます。
ちょっとしたことかもしれませんが、時計を見て今の時間がわかったら、ありがたいことだと思ってください。
時間がわかることは当たり前のことに感じるかもしれませんが、誤解です。
ありがたいことであり、素晴らしいことです。
今まで特に意識していなかったなら、これから意識をして感謝の気持ちを持つようにしましょう。
時計を見る目・時間を見る目が変わるはずです。
秒針の動く音が聞こえるなら、心に響いて聞こえてくるでしょう。
あなたが見ている時計は、多くの人の汗と涙の結晶です。
人類の英知と技術のたまものです。
簡単に時間を確認できることに感謝しましょう。
今日もあなたは、簡単に時間を確認できました。
時間がわかることは、ありがたいことです。
バス停に向かっていると、すでにバスが到着していました。
今にもバスが出発しそうなタイミングです。
「ぎりぎりだ。間に合うかな。間に合ってほしい!」
そう思いながら小走りで向かっていると、あなたが走って近づいてくる様子に気づいたのでしょう。
バスの運転手さんが扉を開けたまま待ってくれました。
時にはいったん閉めたドアをわざわざ開けてもらえることもあります。
ぎりぎりを助けてもらった状況です。
こういうとき、運転手さんへの感謝の気持ちがひとしおです。
「ああ、助かった。運転手さん、ありがとう!」
こういうときは、バスの運転手さんにありがたい気持ちでいっぱいですね。
一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
さて、ぎりぎりを助けてもらったら、そこで終わりにするのではありません。
ぎりぎりを助けてもらったら、今度はあなたが助ける番です。
バスの運転手ではないのでできないように思えますが、実は状況を変えることで実現することが可能です。
それがエレベーターです。
エレベーターに乗って扉が閉まろうとしたとき、人が小走りでやってきました。
そんなときは「開」のボタンを押して待ってあげましょう。
バスとは異なる場面ですが「ぎりぎり乗れるお手伝いをする」という点は同じです。
あなたが「開」のボタンを押して待つことで、その人はエレベーターに間に合うでしょう。
間に合ったおかげで、その人のスケジュールがスムーズに進むはずです。
1回分のエレベーターに間に合うかどうかは小さなことですが、その人のスムーズな1日をお手伝いすることになります。
もっと言うと「その人の人生・運命を手助けできた」とも言えます。
これが、社会への恩返しです。
小さなことですが、れっきとした人助けであり、社会の役に立っています。
エレベーターに乗る際は、進んでパネルの前に立つことをおすすめします。
形を変えて社会に恩返しをしましょう。
場所や立場は変わっても、社会的行動であるのは事実です。
乗り遅れそうなバスで運転手さんに助けてもらったら、次はあなたが助ける番です。
目覚まし時計が鳴ったら起きる時間です。
ここで気になるのが「眠気」です。
眠気があるとなかなか起きられず、怠けてしまいがちです。
「あと5分だけ」「もう10分だけ」と思いながら寝床でごろごろすることが多いもの。
寝返りを打ったり頭の位置を変えたりしながらごろごろしつつ、自然と眠気が覚めるのを待つことが多い。
しばらく寝床でごろごろするのは気持ちいいですね。
なんとも言えない気持ちよさがあります。
天国にいるような感覚を覚えるでしょう。
「このまま寝続けられたらどんなに気持ちがいいだろう」と考えたことがある人も多いでしょう。
もちろん寝床でごろごろするのは気持ちいいのですが、実はもっと気持ちいいアクションがあります。
目覚ましが鳴るやいなや、さっと起きてすぐ行動しましょう。
眠気を振り払うのはちょっと大変ですが、最初だけです。
さっと起きてすぐ行動すると、体のモードが切り替わり、ぱっと眠気が取れます。
すぐ行動でき、スタートダッシュを実現できます。
頭もぱっと切り替わって、1日を気持ちよくスタートできます。
寝床でごろごろする以上に気持ちいい快感を覚えるはずです。
さっと起きてすぐ行動すると時間の無駄がありません。
ぼうっとしている時間を省略できます。
「ごろごろする5分・10分がなくなる」ということは「5分・10分の余裕ができる」ということ。
「たかが5分、たかが10分」とばかにしないことです。
これを1週間続ければ、35分・70分となります。
これを1カ月30日間続ければ、150分・300分となります。
さらに1年続ければ、1825分・3650分となります。
きちんと数字で確認すると、いかに大きな時間であるかわかるでしょう。
さっと起きてすぐ行動すると、時間を上手に使うことになるため、大きな時間が手に入ることになります。
時間はお金より貴重です。
さっと起きてすぐ行動することは、巨万の価値があるのです。
強い眠気があるときこそ、さっと起きましょう。
あなたの時間を増やすポイントは「寝起き直後」にあります。
明日の朝から「さっと起きてすぐ行動する」を習慣にしてください。
「あと5分」「もう10分」とごろごろしたい気持ちがあっても、気合で振り払ってください。
寝床でごろごろするのは気持ちいいですが、さっと起きてすぐ行動するのはもっと気持ちいいのです。
あなたは用事があって、バスや電車に乗るため待っていました。
しばらく待っていたところ、時間ぴったりにやってきました。
時間どおりで遅延はありません。
時間どおりにバスや電車が来たとき、あなたは何を思いますか。
特別なことではなく、当たり前のことです。
普通のことであり、平凡な光景です。
「バスが来た」「電車が来た」と思って普通に終わるところではないでしょうか。
特別な感情を抱くこともなく普通に終わるところですが、ちょっと待ってください。
実際バスや電車が時間どおりに来ることは、普通のことのようで普通ではありません。
幸いなことであり、素晴らしいことです。
遅延なく運行されていることを喜んでください。
「良かった。時間どおりに到着した。キャンセルもトラブルもない。なんて素晴らしいのだろう」とほっとしましょう。
定刻通りも、良い出来事の1つです。
遅延がないということは、順調に運行できているということです。
大きな渋滞はありませんでした。
事故に遭うこともありませんでした。
不慮のエンストもありませんでした。
特に大きなトラブルはなく、スムーズな運行ができています。
数々の幸運を乗り越えた結果、時間どおりに到着しました。
平和かつ平穏に運行されている証拠です。
時間どおりということは、安全運転もできていることでしょう。
だから喜ぶのです。
「時間どおりの到着だね。なんて素晴らしいのだろう。ありがとう!」と。
「良い出来事だね!」と喜んでいい。
当たり前のことではありません。
ありがたいことです。
大げさに思うかもしれませんが、それくらい素晴らしいことなのは間違いありません。
何も良い出来事が起こっていないように思えますが、定刻通りにやってきたことが良い出来事です。
最後にごみ箱の掃除をしたのはいつですか。
「きちんと思い出せない」
「ごみ箱の掃除はしていない」
「そもそもごみ箱の掃除をしたことがない」
ごみ箱の掃除を忘れていませんか。
そもそもごみ箱の掃除をしたことがなく、眼中にない人も多いのではないでしょうか。
ごみ箱は、ごみを捨てる入れ物です。
ごみを捨てる入れ物という前提があるためでしょうか。
「臭い」「汚い」といった不衛生なイメージがあるかもしれません。
無意識に掃除の対象から外していて、ごみ箱の掃除を忘れていることが多いものです。
また「ごみ箱は汚れるもの」というイメージもあって、そもそも掃除を諦めていることもあるでしょう。
「部屋をきれいに掃除したけど、どこかがまだ不完全」というケースには、ごみ箱の掃除を忘れていることが多い。
部屋を掃除することはあっても、ごみ箱を掃除することは少ないのが現実です。
しかし、ここが見落としがちな盲点です。
ごみ箱も、部屋の一部です。
ごみ箱は、日常に欠かせない存在です。
いくらごみを捨てる入れ物とはいえ、それが大切な日用品であり生活雑貨であることに変わりありません。
使い捨てのものではなく、繰り返し使うものです。
「どうせ汚れるのだし」「しょせんごみ箱だし」という考え方は良くありません。
ごみ箱があるおかげで、ごみを捨てることができます。
ちょっと不衛生なイメージはあるかもしれませんが、生活に欠かせない役割を果たしています。
ごみを1カ所にまとめることができ、部屋にごみが散らからないで済んでいます。
ごみ箱は部屋の一部であることに変わりないのですから、きちんと掃除しましょう。
付着した汚れは、湿らせた布やティッシュを使えばスムーズに取り除けるでしょう。
ごみ箱は、ごみ袋とセットで使うのが基本です。
ごみ箱は素のままで使うのではなく、ごみ袋をつけておき、簡単に取り外しができるようにしておきましょう。
上手にごみ袋をつけておけば、ごみ箱本体が汚れることはほとんどありません。
きちんとごみ箱の掃除まで行き届いていれば、部屋の居心地もますます快適になるでしょう。
ごみ箱に対するイメージもよくなって、心の中もきれいになります。
ごみ箱を掃除する様子は、きちんと神様が見てくれています。
ごみ箱を掃除する人には、まもなく素晴らしい幸運が訪れるでしょう。
あなたがお金を支払うとき、どんな声をかけていますか。
礼儀正しいあなたなら、店員さんに向かって「ありがとう」と感謝の言葉をかけているでしょう。
お金を払う立場でもきちんと感謝の言葉が言えるのは素晴らしいことです。
もちろん感謝の言葉をかけるのは素晴らしいことですが、ここにもうひとつ加えたい心の習慣があります。
お金を払うときは、お金に向かって挨拶しましょう。
挨拶言葉は「いってらっしゃい」です。
出かける人を見送るときの挨拶言葉ですが、お金に対しても使えます。
自分のところから外に向かって出ていくのですから「いってらっしゃい」という一言がぴったりです。
声に出して言う必要はありません。
心の中で挨拶をするだけでいいのです。
心の中で念じるだけでも挨拶したことになります。
お金は経済の血であり、世の中を駆け巡る存在です。
人の血液と同じように、スムーズに回っていくのが健全です。
お金は交換手段にすぎません。
お金そのものには価値はなく、あくまで引き換えるための媒体です。
あなたが持っているお金は、あくまで一時的に手元にあるだけです。
バトンリレーと考えてください。
バトンリレーですから、ずっと持ったままにするのではなく、次に渡していかなければいけません。
「いってらっしゃい」という挨拶をすれば、気持ちよくお金を見送れます。
お金に対する欲や執着心が小さくなり「お金を貯め込む」という発想もなくなっていくでしょう。
電子マネーやクレジットカードで決済することもあるでしょう。
デジタルなので直接お金に触れることはありませんが、挨拶だけはしておくことです。
声に出して言う必要はなく、心の中で念じるだけでいいのです。
さて、お金への挨拶は、払うときだけではありません。
お金が入ったときも、挨拶をしましょう。
お金が入ったときも、払ったときと同じように挨拶をしましょう。
挨拶言葉は「おかえりなさい」です。
帰ってきた人を迎えるときの挨拶言葉ですが、お金に対しても使えます。
世の中をぐるぐる回って一仕事を終えたお金が、あなたのところに戻ってきました。
さぞ、疲れているでしょう。
長旅だったかもしれません。
お金が入ってきたときは「おかえりなさい」という挨拶をすれば、気持ちよくお金を受け取れます。
疲れたお金に休んでもらうためにも、きれいな長財布を準備しておくといいでしょう。
お金は喜んでくれるに違いありません。
「歓迎してくれてありがとう。やっぱりあなたのところがいちばん居心地がいい」と。
「おかえりなさい」と挨拶すると、お金が貯まりやすくなります。
「おいしくなさそう」と思うことがあるでしょう。
日常でときどきある場面ですが、この何気ない瞬間に注目です。
「おいしくなさそう」と思って食べない人は、ほかの場面でも同じ行動パターンが見られます。
「難しそう」と思うことは、第一印象で決めつけ、実際にやることはありません。
「できなさそう」「合わなさそう」と思うことも、最初から早々に諦めます。
見た目だけで判断する癖がついているのです。
これは良くありません。
見た目だけで決めつけるのは悪い癖です。
実際にきちんと試していないのに、見た目だけで判断するのはもったいない。
見た目というのは、五感のうち視覚情報だけを頼りにすることです。
視覚情報だけで判断すると、裏側に運やチャンスが隠れていても、気づかないまま通り過ぎてしまうでしょう。
「おいしくなさそう」と思って食べないとき、見た目だけで判断する癖があることに気づくことです。
「おいしくなさそう」と思ったときが、運命の分かれ道です。
「おいしくなさそうだから食べない」ではなく「おいしくなさそうだからこそ試しに食べてみる」です。
見た目や印象だけで判断せず、実際に確かめてみましょう。
別に死ぬわけではありません。
それが売られているということは、きちんと食べられるものである証拠です。
おいしくなくても「まずい」と思う程度です。
見た目のとおり、おいしくないかもしれません。
見た目とは違って、意外とおいしいかもしれません。
見ているだけでは想像にすぎませんが、実際に食べてみれば正しい現実がわかります。
想像だけではわからない、具体的なことまでわかるのです。
大切なことは、見た目だけで判断せず、実際に試してみる習慣です。
視覚だけを頼りにするのではなく、五感を総動員させてください。
見た目だけで判断せず、実際に試す習慣があると、ほかの場面でも同じ行動を取るようになってプラスに働きます。
「難しそうだけど、とりあえず取りかかってみよう」
「できなさそうだけど、一度やってみよう」
「合わなさそうだけど、念のため試してみよう」
そうした中で「あれ?! 思っていたのと違うぞ!」という発見があります。
予想外のことがあり、運やチャンスをつかんでいけるのです。
おいしくなさそうだから食べないのか、おいしくなさそうだからこそ食べてみるのか。
ささいな場面ですが、ここに運とチャンスが隠れています。
庶民の味方のお店と言えば何でしょうか。
そうです「100円ショップ」です。
たいていの日用品は、100円ショップで手に入る時代になりました。
小物類・文房具類・消耗品はもちろんです。
ちょっとしたカトラリー類やファブリック類まで購入できるから驚きです。
100円ショップに行くことが多く、行きつけになっている人も多いのではないでしょうか。
そんな100円ショップで買ったものに限って、よくある光景があります。
100円ショップで買ったものは乱暴に扱いがちです。
「どうせ安物だから、適当な使い方でいいだろう。壊れてもまた買えばいいだろう」
100円ショップで買ったものは、激安ゆえに価値も乏しいものと思いがちです。
気持ちが緩んで大切に使うことを忘れやすい。
乱暴に持ったりがさつに扱ったり投げるように置いたりすることが多いものです。
たしかに安物なら、壊れてダメになっても経済的ダメージは小さいでしょう。
もともと安いものなので、買い直すとしても金額は知れています。
つくりが弱かったり安定感が悪かったりして、もともと壊れやすいかもしれません。
事実、100円ショップが登場して以来、多くの人は物を大切にしなくなったといわれています。
しかし、いくら安物でも、それが「物」であることに変わりありません。
安物だからといって乱暴に扱うと、もともと壊れやすいものがさらに壊れやすくなります。
「1回使ってダメになる」というケースも少なくありません。
あるいは、使う前に壊れることもあり得ます。
自分もそうなっていないか振り返ってみることが大切です。
100円ショップで買ったものでも大切に扱いましょう。
「どうせ安物だから壊れてもいい」と思うのではありません。
「安物であろうと大切に扱う」です。
安物でも、物としての価値を尊重して大切に扱いましょう。
荒っぽく持つのではなく、優しく持ちます。
投げるように置くのではなく、ゆっくり置きます。
汚れがついたら、布やティッシュできれいに拭き取ります。
たとえ質が低いものであろうと、骨董品に触れるようなイメージで、優しく丁寧に扱うことです。
日頃から人生を真剣に生きているあなたなら、できるはずです。
意識の問題ですから、あなたの心がけしだいです。
つくりが弱くて壊れやすいものでも、丁寧に扱えば長持ちします。
100円ショップで買った小物でも、大切に扱えば、10年以上使えることもあるでしょう。
場合によっては、一生使い続けることも不可能ではありません。
100円ショップで買ったものを丁寧に扱うあなたは、素晴らしいのです。
世の中には「一発屋」の人がいます。
大当たりをしたものの、その後は振るわず、一度きりで終わった人のことをいいます。
世間の心をつかんで人気を博したものの長続きせず、短い人気で終わってしまいました。
芸人、歌手、作家、アイドル、スポーツ選手でよく見られるパターンです。
世間では一発屋をばかにする声が聞かれます。
「もう昔の人だよね」
「すぐ消えてしまったよね」
「結局あの人は、一発屋で終わったね」
一発屋と聞けば、残念な印象を持つ人が少なくありません。
「一発屋=すでに終わった人」という印象があり、否定的な声が聞こえてくるものです。
しかし、一発屋をばかにしてはいけません。
少なくとも一発は当てることができているからです。
一発当てるだけでも、大成功です。
世の中を見渡すと、一発すら当てることができない人が大勢います。
メディアで目にする人物は、競走を勝ち抜いたごく一部の人間です。
99%以上の人が、一発すら当てることなく消えます。
誰かに見られることも世間に知られることもありませんでした。
仕事として形を成すこともなく、食べていけるだけの収入にもなりませんでした。
夢を形にする前に退場です。
そうした人たちに比べれば、少なくとも一発は当てることができているのは名誉なことです。
その一発も、ホームラン級の大当たりです。
一発当てただけでも十分な成功です。
運が良かっただけなのかもしれませんが、運も実力です。
その事実を認め、素直に称賛することです。
一発屋をばかにしている人は、結果も出ることがなく、ますます成功から遠ざかります。
人をばかにする暇があれば、自分のことに集中することです。
一発屋から学ぶこともあります。
一発屋をばかにするのではなく、きちんと敬意を払い、学べる点を見つけてください。
どういった経緯で人気が出るようになったのか、人気中はどんな振る舞いだったのか、一発屋はなぜ一発屋で終わったのか。
一発屋と結果を出し続ける人の違いはどこにあるのか。
一発屋は、当時の世相や風潮を反映していることが少なくありません。
一時的であれ、世間の心をつかんで人気を集めました。
一発屋を研究することで、人の心や世の中に対する理解が深まるでしょう。
飛躍につながるヒントが見つかる可能性は大いにあり得ます。
一発屋は、人生の参考となる存在です。
一発屋を研究すれば、自分が成功するためのヒントが見つかります。
不謹慎ですが、大切なことなので申し上げます。
親が生きているうちに、親が亡くなったときのことをイメージしておくことは大切です。
できるだけありあり鮮明にイメージしておくほうがいい。
「もしお父さんが亡くなったら……」
「もしお母さんが亡くなったら……」
それはいつか現実になるでしょう。
年齢差から考えて、突然の事故や病気でもないかぎり、親から先に亡くなるはずです。
不謹慎なことであって考えたくないかもしれませんが、いつかこの世から親がいなくなるのは紛れもない事実です。
いずれこの世からいなくなり、二度と会えなくなる日がやってきます。
その事実を、早めに自覚しておくことです。
そういう現実が刻一刻と近づいていることを、少しでもいいので実感しておくことです。
実感するにはまだ早いと思うかもしれませんが、早すぎることはありません。
人生の後悔を減らすためには早めの対策が大事です。
会いたくても会えない状況が必ずやってきます。
親が亡くなる前に、すでに亡くなったと仮定して、今のうちに涙を流しておきましょう。
胸が苦しくなって悲しい気持ちになるかもしれませんが、無駄なことではありません。
今すぐ優しい気持ちが湧いてくるでしょう。
今すぐ親に対する接し方が向上するでしょう。
親が亡くなったときのことを考えると、親を見る目が変わり、親に対する接し方が変わります。
親と話せるのも今のうちです。
親の顔が見られるのも今のうちです。
今までよりちょっと優しい接し方ができるに違いありません。
「今のうちにできるだけ親と接しておこう」と思うでしょう。
ただ生きているだけでありがたいと実感できるでしょう。
小言や文句を言われてむっとしても「素直に聞いておくか」と思えるでしょう。
「腹が立つことも言われたけど、まあいいか」と寛大に受け止めることができるようになるでしょう。
親孝行は「早め」が大切であると理解できるはずです。
偶然にも睡眠中、親が亡くなる夢を見ることができれば、不謹慎ですが幸いです。
それは正夢になるでしょう。
夢を通して親がいなくなった状況を実感できました。
はっと気づかされ、親を見る目・接し方が変わります。
いつまでもいるように思えますが、ある日ぽっくり逝ってしまう可能性もゼロではありません。
親が亡くなったときのことを想像すれば、人生の後悔を1つくらいは減らせるはずです。
幸せになりたいなら、今すぐ楽観的になってください。
楽観的とは、物事を良いほうに考えて、あれこれ心配しないことをいいます。
常に明るい見通しをもっていて、何でもポジティブに考えることをいいます。
楽観主義者には「大丈夫」「なんとかなる」「未来は明るい」が口癖です。
幸せには楽観が欠かせません。
幸せな人は、必ず楽観的です。
幸せになるから楽観的になると思われがちですが、ここに誤解があります。
幸せになるから楽観的になるのではありません。
楽観的になるから幸せになるのです。
楽観そのものが、幸せを生み出す原動力だからです。
楽観的になっていると、笑顔の数が増えます。
笑顔とは光です。
自然と明るい雰囲気が出て、自分自身が太陽のような発光体の状態になります。
自分が明るくなれるだけでなく、周りも明るく照らし、幸運を呼び込む力が高まります。
楽観的になっていると、心が明るい状態になるため、いつも元気でいられます。
常に物事を良いほうに考えているので、自然とポジティブな言葉が出てきます。
結果として、本当に幸せになっていくのです。
今すぐ楽観的になりましょう。
「自分は楽観的になれない」と思ったあなた。
それが良くありません。
最初から「自分は楽観的になれない」と諦めるのは楽観に反します。
楽観的になるのに理由も根拠もいりません。
素直に「今すぐ楽観的になろう」と考えましょう。
人生に悲観は不要です。
人生は楽観だけで生きていけます。
悲観的になろうと楽観的になろうと、人生は一度きりです。
一度しかない人生なら、やはり楽観的に生きるほうが明るく楽しい日々になり、なにより幸せでいられます。
楽観的になるのは難しくありません。
準備も時間も不要です。
理由も根拠もいりません。
難しく考えず、あっさり楽観的になってください。
何から始めていいかわからないときは、次の3つの口癖から始めましょう。
「大丈夫」「なんとかなる」「人生は素晴らしい」です。
まもなくあなたに幸せの光が当たり、幸運の風が吹き始めます。
相手は何やら面白そうな話を始めました。
にやにやしながら話していて「すごいオチがある」と言わんばかりの雰囲気です。
どんな結末になるのだろうと聞いていたところ、中途半端なオチで終わりました。
完全にスベっているわけではありませんが、だからといって大笑いするほどでもありません。
インパクトの小さいオチがあるものです。
ここでどうするかです。
中途半端なオチがいちばん困ります。
笑っていいのか真面目な顔をしていいのか迷うところ。
「え? それで終わりなの?」と思ってしまい、リアクションに困ってしまいます。
もちろん相手に悪気はありません。
中途半端なオチと思うところですが、ここでしらけると場が冷めてしまいます。
「こんなことで笑ってたまるか」と意地を張る必要はありません。
ここは、あなたのサービス精神が試されるところです。
話が中途半端なオチで終わったら、次はあなたの出番です。
あなたがするべきことはただひとつです。
きちんと笑うことです。
中途半端なオチでも、きちんと笑いましょう。
中途半端でも、中途半端なりに面白いところがあったはずです。
面白いところがちょっとしかなくても、自分の中で大げさに解釈をして面白くします。
「中途半端だね!」という流れで笑うのも良し。
楽しいから笑うのではありません。
笑うから楽しくなります。
あなたが笑うことで「中途半端」が「完全」に変わります。
「中途半端なオチ+あなたの笑い=完全なオチ」です。
中途半端なオチは、あなたが笑うことで形が整い素晴らしくなります。
少なくともあなたを楽しませようと話してくれたのですから、その気持ちに報いることです。
相手は「場を盛り上げるために笑ってくれたのだな」とあなたの配慮に感謝してくれるでしょう。
何でも楽しめる人になることです。
中途半端なオチでもきちんと笑う人が、愛されます。
仕方ない事情が発生して、キャンセルせざるを得ないことがあります。
予約のキャンセルがすべて無料とは限りません。
内容によってはキャンセル料がかかるものもあります。
宴会のキャンセル料、イベントのキャンセル料、旅行のキャンセル料。
キャンセル料とはいえ、大きな金額を請求されることもあるでしょう。
全額の50%や60%、あるいはそれ以上のキャンセル料を請求されることもあります。
キャンセル料を高いと思ってはいけません。
高いと思ったところで仕方ありません。
キャンセル料を高いと思えば思うほど抵抗感が生まれ、キャンセルしにくくなります。
キャンセルしても、むかむかした気持ちが残ってストレスになります。
キャンセル料を高いと思ってはいけません。
キャンセル料がかかってむっとするのは「キャンセルは無料でできて当然」という思い込みがある証拠です。
何でもキャンセルは無料と思うのは、とんだ思い込みです。
特に直前のキャンセルはお店にとって迷惑です。
準備にかかった時間やお金が無駄になります。
それにかかった人件費も無駄になるでしょう。
「キャンセル料を取るなんてサービスが悪い」などと考えるのは言語道断です。
それは利己主義であり、お店の都合を考えない身勝手な思考です。
特に直前のキャンセルはお店に迷惑がかかるのですから、キャンセル料を請求されて当然です。
キャンセル料は、高いと思うのではありません。
むしろ安いと思ってください。
なかなかそう思えない状況かもしれませんが、ぐっと心を大きくして安いと思ってください。
「キャンセル料が安く済んで良かった」
「たったこれだけの金額でキャンセルできるなんてなんて安いのだろう」
キャンセルによってお店に迷惑をかけることになりますが、キャンセル料を払うことで、お店が被る損害を小さくできます。
お店に対する一定の補償ができ、お客さんとしての義務と責任を果たせます。
きちんとキャンセル料を支払うことで、キャンセルによる罪悪感も小さくなるでしょう。
価値観を切り替えてください。
キャンセル料は、高いと思うのではなく、安いと思ってください。
キャンセルできるだけありがたいと思うことです。
一定の金額でキャンセルを承認してもらえるのですから、感謝することです。
キャンセル料を支払えば、次回予約する際は慎重になろうと思うでしょう。
キャンセル料を安いと思う人は、いいお客さんになれます。
バスや電車の中で、傘を置き忘れることがあります。
乗車中、ニュースやSNSをチェックしていたりするとき、よくあることです。
ほかのことに気を取られていると、降りる際、傘を置き忘れてしまうことがあるもの。
降りてから「何か足りないような気がする」と思い「あっ、傘を置き忘れた!」と気づくのが定番の流れです。
安物の傘であればそのまま諦め、買い直すことが多いでしょう。
人によってはたびたび傘を置き忘れ、傘代がかさんでいる人もいるのではないでしょうか。
さて、傘の置き忘れに気づいたときが大切です。
「うっかりしていた。注意不足だった。自分はダメだなあ」
基本的な不注意で、自分が情けなくなるかもしれません。
自分を責めそうになりますが、ちょっと待ってください。
自分の不注意を責めたくなるかもしれませんが、それは後回しです。
ここは逆に、自分を褒めようではありませんか。
「傘のことを忘れるくらい集中できていた。素晴らしい。私には集中力がある!」と。
まず褒めてください。
傘のことを忘れるくらい集中ができていました。
目の前のことに専念できていました。
現実を忘れるくらいの集中力がある証拠でもあります。
もちろん傘を置き忘れてしまったのは残念ですが、だからといって生命にかかわる重大問題ではありません。
1本分の傘代が無駄になった程度です。
買い直すのに出費はかかりますが仕方ありません。
高価な傘やこだわりのある傘であれば、忘れ物センターの窓口に行けばいいでしょう。
運がよければ、見つかるかもしれません。
見つからなければ、潔く受け入れましょう。
傘の置き忘れも、一概に悪いこととは言えないのです。
自分の不注意を責めるなら、集中力がある自分を褒めてからにしましょう。
「傘のことを忘れるくらい集中できていた。素晴らしい。でも不注意なことだったから次から気をつけよう」
自分を褒めた後であれば、不注意の言葉もすんなり受け入れられます。
ビジネス教育にも言えることですが「いきなり叱る」ではなく「褒めてから叱る」のほうが効果的です。
身に染みるので、しっかり意識できるようになります。
アンティークを持つときは、自然と扱い方が丁寧になります。
傷ついたら大変です。
落として壊れたら大変です。
片手ではなく、両手で包み込むように持つでしょう。
置くときも使うときも、ゆっくりした動作になるでしょう。
貴重なアンティークであればあるほど万一があってはいけないと思い、注意をして扱うようになるでしょう。
大事なものですから当然ですね。
世界に1つしかないアンティークなら、なおさら慎重な扱い方になるはずです。
ところが人間関係となると、これと逆のパターンになることが多い。
貴重な存在にもかかわらず、無遠慮になることが少なくありません。
たとえば、家族や親友です。
「親しいのだから、お礼なんて言わなくてもいいだろう」
「少しくらい言葉遣いが悪くても、許してもらえるだろう」
「長年の付き合いだから、少しくらい約束を破ってもいいだろう」
親しい人間関係となると、態度や言葉遣いが乱暴になることが多い。
約束事についても緩みやすい傾向があります。
世界で唯一であり、貴重な存在という点は、陶器も人間関係も同じです。
家族や親友は、いわばアンティークです。
もちろん親しい関係ですからある程度フランクに接するのは当然ですが、ここで礼節まで失う人がいます。
これはよくないのです。
礼節を失った態度になると、不和の原因になります。
どきっとした人は要注意です。
親密な関係でも、丁寧を意識しましょう。
配慮や心遣いが大切です。
家族や友人もかけがえのない大事な存在なのですから、大事なものを扱うのと同じように、両手で包み込むように接してください。
ちょっとしたことでも心を込めましょう。
特に大切にしたいのは「礼節」です。
どれだけ親しい間柄でも、最低限の礼節は心がけましょう。
会ったときは、笑顔で挨拶をします。
お世話になったときは、きちんとお礼を言います。
自分に非があるときは、素直に非を認め、謝ります。
お願いするときは、頭を下げて「お願いします」と言います。
約束事は、小さなことでもきちんと守ります。
どれも当たり前のことですが、省いたり無視をしたりしないことです。
大切な人は、アンティークだと思うようにしてください。
親しい関係だから、無遠慮になるのではなく、むしろ配慮を心がけましょう。