子どもの習い事には「定番」があります。
たとえば、バスケやサッカーなどのスポーツ系、柔道や剣道などの武道系、ピアノやバイオリンなど音楽系、英会話など語学系です。
子どもは発育が盛んな時期なので「発育を促すもの」を基準に選ばれる傾向があります。
「習い事は子どもがするもの」というイメージを持つ人がいます。
子どものころは、親が子どもに習い事をさせます。
野球、バスケ、サッカー、スイミング、習字、ピアノ。
あなたが子どものころ、やってみたかった習い事はありませんか。
前を通るたびに気になっていた教室。
「気になるなあ。やってみたいなあ。でもお金がないし、時間もない。親にお願いしてもダメって言われるだろうなあ」
習い事を始めようとするとき「今が適齢期だろうか」と気にする人がいます。
「結婚後に料理教室に通うのは遅いかな」
「学生なのにビジネスセミナーに通うのは早すぎるかな」
子育て中の親の場合、自分磨きが後回しになりがちです。
時間やお金は有限です。
時間やお金のほとんどは子どもに向かい、自分が使える時間やお金はわずかになります。
「習い事をしたいけれど、お金がない」という声をよく聞きます。
たしかに習い事は余裕資金で行うのが理想です。
日々の食費や生活費で精いっぱいという状態では「習い事をするお金はない」と感じるのも無理はありません。
多くの人は「習い事=週末にやるもの」というイメージを持っています。
どこの習い事も、週末に混み合うのは定番の光景です。
休日である週末は、時間にも気持ちにも余裕があります。
社会人が習い事をするなら、会社帰りが適したタイミングです。
仕事の後に習い事があることで、それが楽しみになり、モチベーションが高まります。
「仕事の後の習い事が楽しみ!」と思えば、自然と日中の業務に力が入り、集中力も向上するでしょう。
年齢を重ねるにつれて、確実に減っていくものがあります。
それは「叱られること」です。
子どものころは毎日叱られていました。
習い事の場では、若い先生が教えていることもあります。
なかには自分より一回りも若い先生と出会うこともあるでしょう。
習い事をするとき「年下の先生には頭を下げたくない」「若い先生にはちょっと抵抗がある」と言う人がいます。
どこの習い事でも、年下の生徒がいます。
一回りも二回りも年が離れていることは珍しくありません。
そうした年下の生徒の中に、目を見張る実力者がいます。
授業料は、安ければ安いほどいいわけではありません。
授業料が安いと「少しくらい遅刻してもいいか、授業を休んでもいいか、宿題をサボってもいいか」となります。
経済的な負担が軽いのは嬉しいことですが、その反面、気が緩みやすくなりがちです。
マンツーマンでレッスンを受けるときは、目的や目標を伝えておきましょう。
「何のために学んでいるのか」
「どこを目指しているのか」
スクールによっては、一括払い・分割払いを選択できることがあります。
一括払いと分割払いのどちらにするかです。
大きな支払いは貯蓄がぐっと減ってしまうので、少し気が引けるところがあります。
「なぜプロのマンツーマンレッスンは高いのか」
この理解があるかどうかです。
プロによるマンツーマンレッスンを受けるとき「料金が高い」「たった1時間でこんなにかかるの?」と文句を言う人がいます。
私たちは、時に現実が嫌になることがあるものです。
仕事がつらい、家庭もごたごたして大変というときがあります。
そんなときは「現実を見たくない。逃げ出したい」と思うもの。
旅行に行くとき、ツアーを利用する人も多いのではないでしょうか。
ツアーには、安いものと高いものがあります。
安いツアーと高いツアーの違いは「リッチな体験ができるかどうか」と思っている人もいるのではないでしょうか。
「先生の説明はシンプルだなあ」
そう感じることはありませんか。
しっかり話を聞こうと思っていたのに、一言二言の短い説明で終わるときがあります。
仕事では休憩が欠かせません。
休憩の過ごし方は、人それぞれです。
トイレに行ったり、飲み物を飲んだり、ぶらぶら散歩をしたり、空を眺めたりすると、良いリフレッシュになるものですね。
教室に通うことのメリットは、ほかの生徒と一緒に学べる点です。
英会話教室に行けば、前から通い続けている生徒たちがいます。
料理教室や音楽教室、ダンススクールやビジネススクールなどでも、古参の生徒たちがいるものです。
ホテルで働く人がホスピタリティーを学ぶため、一流ホテルに宿泊するのは、自己投資です。
本だけでは学べないことがあります。
文章や写真だけですべて理解できるわけではありません。
セミナーやスクールでは、会社のお金で来ていることを自慢する人がいます。
「経費になりますから」
「会社のお金なので、私の財布は痛くありません」
受けてみたいセミナーがあります。
しかし場所が遠く、交通費がかかります。
受講料より交通費のほうが高い状況です。
会社が負担する研修費に上限が設けられていることがあります。
たとえば「1回3万円まで」「1日1万円まで」など決まりです。
会社が全額を負担してくれるわけではありません。
相手が無趣味とわかるやいなや、否定的なことを言う人がいます。
「趣味がないんですね。それはお寂しいですね」と。
「何でもいいから趣味を持つべき」と強く勧める人もいます。
「先生に叱られた!」
「先生に厳しくされた!」
そう言って、すぐむっとする人がいます。
厳しい上司と接していると、むっとすることばかりです。
あれこれ指導されたり、叱られたりして、ストレスを感じることでしょう。
「細かいなあ」「いちいちうるさいなあ」「腹が立つなあ」と思うことばかり。
社会人になると、仕事をしながら習い事をする人も多いでしょう。
仕事に直結する習い事もあれば、趣味の延長のような習い事もあります。
しかし、仕事と関係ない習い事だからといって、本当にそうとは限りません。
一度でも経験すれば「ない」から「ある」に変わります。
一度でも経験すれば、思い出ができます。
話のネタとして実体験を語れるようになります。
「習い事をしています」と、わざわざ口にする人がいます。
そういう人は、まだ習い事に対して「特別なこと」という意識があるのです。
始めたばかりのころは「さあ、やるぞ! 頑張ろう!」という気持ちが強くあります。
子どもの習い事には「定番」があります。
たとえば、バスケやサッカーなどのスポーツ系、柔道や剣道などの武道系、ピアノやバイオリンなど音楽系、英会話など語学系です。
子どもは発育が盛んな時期なので「発育を促すもの」を基準に選ばれる傾向があります。
習い事を通して多くの刺激を得ることで、子どもはいっそうの成長を遂げていきます。
一方、大人の習い事には、これといった「定番」がありません。
すでに成人を迎えているからこそ、何を選ぶかは完全に自由です。
世の中にあるあらゆる習い事が、その選択肢となります。
スポーツ系、武道系、音楽系、語学系はもちろん、ほかにもまだまだあります。
ヨガ、ピラティス、茶道、華道、書道、手芸、絵画、陶芸、料理教室、話し方教室、ボイストレーニング、パソコン関連など……。
数え切れないほどのジャンルがあります。
大人の習い事は、まさに無限の可能性を秘めているのです。
しかも大人には、ある程度の経済的余裕があります。
自分で稼いだお金だからこそ、使い方は自由自在。
子どものころ、経済的な理由で諦めていた習い事も、大人になった今ならチャレンジできるのではないでしょうか。
大人が習い事をすると、日常に張りや彩りが生まれます。
自宅と会社を往復するだけの毎日では、どうしても単調になりがちです。
そこに習い事という新たな要素が加わることで、自宅でも職場でもない「第三の居場所」ができ、新たな楽しみが生まれます。
新しい刺激が日常に加わることで、脳や体の健康にも良い影響をもたらします。
大人の習い事は、新たな人間関係を築くきっかけにもなります。
「大人になってからは友達ができにくい」とよく言われますが、習い事はその壁を越えるチャンスです。
習い事によって新たな出会いが生まれます。
共通の趣味や目的を通じて自然な会話が生まれて親しくなれば、気の合う仲間となる可能性があります。
そこからプライベートな付き合いに発展する可能性も十分あるのです。
年齢を重ねるにつれ「叱られる」経験が減ります。
親や上司といった立場になると、人から指摘される機会はますます少なくなり、特に中年以降はほとんど皆無となることもあります。
私たちが変わるのは、叱られるような刺激的な経験をしたときです。
そういう意味でも、習い事は絶好の機会を与えてくれます。
先生から厳しく指導を受けるなかで、成長のヒントや自分を見直すきっかけが得られるのです。
世間では「習い事は子どもがするもの」と思われがちですが、誤解です。
むしろ大人になってからの習い事こそ、人生をより豊かにする大きな可能性に満ちています。
成長期は、子どもだけのものではありません。
大人にも「第二の成長期」があります。
「今さら習い事なんて……」と思わず「大人になった今こそ習い事を始めてみよう!」と前向きに考えましょう。
そう、大人こそ、習い事を始めるベストタイミングなのです。
「習い事は子どもがするもの」というイメージを持つ人がいます。
子どものころは、親が子どもに習い事をさせます。
野球、バスケ、サッカー、スイミング、習字、ピアノ。
1つだけでなく、いくつもの習い事を掛け持ちをしていた人もいるでしょう。
習い事は、子どもの発育や能力を伸ばすことに役立ちます。
ところが大人になると、一転して習い事から遠ざかってしまいます。
子どものような急成長の時代は終わりました。
習い事は子どもがするものと思っています。
思春期も終わって成人したら「今さら習い事をしても仕方ない」と思っているのです。
これは誤解です。
「習い事は子どもがするもの」というイメージは、固定観念です。
大人が習い事をするのはまったくおかしくありません。
「興味がある」「学びたい」「やってみたい」という気持ちに、年齢は関係ありません。
世の中にはたくさんの習い事があって、興味が引かれるものもあるはずです。
大人でも、まだまだ成長することはできます。
習い事をすれば、新しい知識やスキルが身につきます。
体を鍛えることもできるし、新しい自分になることもできます。
習い事を通して、新しい人間関係をつくることもできます。
仕事ではなかなか友達ができなくても、習い事なら簡単に友達ができるのです。
大人になってから「学び直したい」と思う人もいるはずです。
そんなときも、やはり習い事が役立ちます。
学生時代に勉強をサボっていたことを、大人になってから悔やんでいる人もいるでしょう。
大人でもまだまだ十分間に合うのです。
サボっていた勉強を、大人になってから学び直しをしてみるのも良いチャレンジです。
大人になってから、学生のように勉強したいと思うのはよくあることです。
大人の場合、ある程度の年齢になると「老い」の問題も出てきます。
習い事をしていれば、頭や体を動かす機会となり、健康の維持・増進に役立ちます。
「習い事は子どもがするもの」というイメージは固定観念です。
むしろ大人こそ習い事が必要です。
習い事は、青春ができる場所です。
向上心を持って新しいチャレンジをしている人は、いつまでも若々しくいられます。
習い事があれば、まだまだ青春を続けていけます。
「習い事は子どもも大人も取り組める」と考えるのが正解なのです。
あなたが子どものころ、やってみたかった習い事はありませんか。
前を通るたびに気になっていた教室。
「気になるなあ。やってみたいなあ。でもお金がないし、時間もない。親にお願いしてもダメって言われるだろうなあ」
そんなふうに思いながらも、仕方なく諦めていた習い事があったかもしれません。
入会をしようとしたものの、親の許可が下りなかったケースもあるでしょう。
興味はあっても「子どもがするような習い事ではない」ということで、断念したケースもあるかもしれません。
子どものころは、何でも自由とはいきません。
習い事をするのは自分でも、その費用を出すのは親です。
自由に使えるお金にも限りがあります。
親にやってみたいとお願いしても、許可が下りなくて、諦めていた習い事があるかもしれません。
どことなく大人びた雰囲気が漂っていて、子どもにとって入りにくい印象の教室もあったかもしれません。
もし心当たりがあれば、チャンスです。
大人になった今こそ、かつての夢を実現するグッドタイミングです。
今のあなたは、成人した大人です。
子どものころとは違い、自由に使えるお金があるでしょう。
自分が働いて稼いだお金なら、何に使おうと自由です。
親に止められる心配もなく、もちろん保護者のサインも不要です。
金銭的にも精神的にも、子どものころより自由度が高いはずです。
昔から気になって習い事があるなら、今こそ始めてみましょう。
日常に新鮮な刺激をもたらすきっかけにもなります。
子どものころに芽生えた興味関心は、そうそう変わるものではありません。
きっと今でも心の奥に「気になる気持ち」が残っているのではないでしょうか。
昔からずっと引っかかっていた習い事があれば、自分の気持ちに正直になって、思いきってチャレンジしてみましょう。
教室の扉は、新しい未来の扉です。
教室の扉を開くことで、新しい未来が開かれるのです。
習い事を始めようとするとき「今が適齢期だろうか」と気にする人がいます。
「結婚後に料理教室に通うのは遅いかな」
「学生なのにビジネスセミナーに通うのは早すぎるかな」
「高齢者が英会話教室に通うのは場違いかな」
年齢やタイミングを気にして、足踏みする人が少なくありません。
しかし、それらはすべて誤解です。
習い事に適齢期は存在しません。
「やってみたい」と思ったときが、ベストタイミングです。
たとえば、料理教室。
結婚前の花嫁修業として通うのが一般的と思われがちですが、そんなことはありません。
料理の腕は、いつ身につけても生活の役に立ちます。
料理の腕を上げることで、食の楽しみを増やしてくれます。
料理は気分転換にもなるし、早く取り組めば、それだけ上達も早くなります。
学生がビジネスセミナーに通うのも早すぎることはありません。
むしろ早いほど有利です。
学生のうちからスキルを磨いておけば、就職活動での強みになります。
社会に出てからの即戦力にもなるのです。
高齢者が英会話教室に通うのも、まったく場違いではありません。
語学学習は脳の活性化に役立ちます。
頭を働かせる機会をつくることで、認知症の予防にもなります。
語学に強くなることで海外旅行の楽しみが広がったり、日々の生活に張りが出たりして、日常に彩りを与えてくれるでしょう。
むしろ高齢だからこそ学ぶ価値が大きいといえます。
適齢期は、あってないようなもの。
「遅すぎるかな」「早すぎるかな」「場違いかな」はありません。
「学びたい」「身につけたい」と思ったときが、ベストタイミングです。
一度しかない人生なのですから、自分の気持ちに正直になって、やりたいことをやりましょう。
習い事は、始めたいと思ったときが適齢期です。
子育て中の親の場合、自分磨きが後回しになりがちです。
時間やお金は有限です。
時間やお金のほとんどは子どもに向かい、自分が使える時間やお金はわずかになります。
自分が使える時間やお金はほとんどゼロに近いという人も少なくありません。
子どもには時間やお金はたっぷりかける一方で、親自身のことは後回しになりがちです。
もちろん「子どもがいちばん」という気持ちはわかります。
「自分のことはどうでもいい」「子どものためならすべてを捧げられる」と考える人もいるでしょう。
それでも親も1人の人間です。
親でも、自分のためのプライベートの時間は必要です。
「理想の自分」「なりたい自分」もあるはずです。
興味のあることがあって、学びたいことや身につけたいこともあるでしょう。
どんどん子どもが成長していくのですから、親も一緒に成長していくことが必要です。
子どももまた、楽しんでいる親、成長している親を見たいと思っています。
「勉強しなさい」と言う親が勉強をしていなければ、説得力もなくなります。
子育ては、子どもだけでなく、親も一緒に成長していく営みです。
子どもにとっても、輝いている親の姿は誇らしく映るはずです。
時間やお金のすべてを子どもに使うのではありません。
少しでもいいので、ぜひ自分のための予算もつくりましょう。
親の立場でも、自分のために時間とお金を使って自分磨きをしていこうではありませんか。
子どもにすべてを捧げるのではなく、親自身の成長にも目を向けてください。
子どもが勉強するように、親も勉強します。
子どもが習い事に行くように、親も習い事に行きます。
自分磨きをする親は、子どもからも尊敬されます。
「子どもと一緒に成長する親」でいるためにも、親の立場でも自分磨きは大切なのです。
「習い事をしたいけれど、お金がない」という声をよく聞きます。
たしかに習い事は余裕資金で行うのが理想です。
日々の食費や生活費で精いっぱいという状態では「習い事をするお金はない」と感じるのも無理はありません。
しかし、それは本当に「お金がない」と言える状態なのでしょうか。
いいえ、きっと思い込みです。
金銭的な余裕は、ほんの少しの工夫でつくれるものです。
習い事の月謝は、食事や飲み会を1回断るだけで捻出できるのです。
友人と食事をすることがあるでしょう。
会社の飲み会に行くことがあるでしょう。
一度の出費は、2,000円から5,000円くらいではないでしょうか。
これは初心者向けの習い事の月謝と、ほぼ同じ金額です。
その1回分のお金があれば、多くの習い事の月謝はまかなえます。
つまり「習い事の費用は、我慢1回分で手に入る」ということです。
会社の飲み会で愚痴や悪口で盛り上がるより、自分のやりたい習い事にお金を使ったほうが有意義だと思いませんか。
習い事は、将来の自分への投資です。
お金は「今の楽しみ」に使うより「未来への投資」として使いたい。
習い事をすると、スキルが身につき、見識が広がり、生活に張りや彩りが生まれます。
新しい出会いが増え、親しい友人ができることもあるでしょう。
単なる「出費」ではなく「未来を切り開くチャンス」といえます。
もちろん友人との食事を断るのは気が引けるかもしれません。
そんなとき「習い事があるから」という理由なら、相手も納得してくれるでしょう。
大人同士なので、そうした前向きな理由は理解されやすいのです。
「お金がない」と思い込む前に、ほんの少しだけ立ち止まって考えてみてください。
ほんの1回、食事や飲み会を我慢するだけで、新しいチャレンジの費用はつくれます。
自分を成長させる習い事のほうが、ずっと価値があるはずです。
多くの人は「習い事=週末にやるもの」というイメージを持っています。
どこの習い事も、週末に混み合うのは定番の光景です。
休日である週末は、時間にも気持ちにも余裕があります。
特に仕事をしていると、なかなか平日に時間を取りにくいにも事実です。
週末はほとんどの人にとって余裕があるタイミングなので、習い事をするのにぴったりのタイミングといえるでしょう。
しかし、その常識が、あなたのチャンスを狭めているかもしれません。
週末は人が多く、ごちゃごちゃしがちです。
習い事の教室にも、どっと人が押し寄せます。
ごみごみしたりごちゃごちゃしたりして、思うように習い事ができないこともあります。
グループレッスンでは、受講者が増える分、先生が1人あたりにかけられる時間やリソースにも限られてしまいます。
人が多さに気を取られ、集中しにくくなることもあるでしょう。
せっかくの学びの場が、思うように生かせないことも少なくありません。
「習い事は週末にするもの」というイメージで考えていると、チャンスを逃すことがあります。
そこでおすすめなのが「平日の習い事」です。
「習い事は週末にするもの」というイメージにとらわれず、ぜひ平日にも目を向けてみてください。
平日なら、週末に比べて空いているでしょう。
がらがらということもあります。
仕事の後でも、人が少ないと、習い事がスムーズにできます。
平日は忙しいから無理だと思っていませんか。
たしかに仕事で少し疲れはあるかもしれません。
そうだとしても、人の少なければ、それだけ授業に集中しやすくなるでしょう。
先生のサポートも手厚くなり、質問や個別のアドバイスも受けやすくなります。
「仕事のストレスを業後の習い事で発散させる」という考え方もありますね。
心身のリフレッシュとして、充実した時間になるかもしれません。
習い事は週末にするものというイメージにとらわれず、ぜひ平日にも目を向けてください。
時間に余裕のある週末より、忙しい平日のほうが、意外と良い授業を受けられるかもしれません。
社会人が習い事をするなら、会社帰りが適したタイミングです。
仕事の後に習い事があることで、それが楽しみになり、モチベーションが高まります。
「仕事の後の習い事が楽しみ!」と思えば、自然と日中の業務に力が入り、集中力も向上するでしょう。
習い事に取り組むことで、心身のリフレッシュにもなります。
何かに没頭する時間は、ストレスや運動不足の解消にもつながります。
仕事や日常から一時的に離れることで、良い意味での現実逃避ができるのも大きなメリットです。
習い事を通じて、ビジネスモードからプライベートモードへと自然に切り替えることができ、生活にメリハリが生まれるのです。
もちろん休日に習い事をするのも悪くありません。
ただし、休日は休日で何かと忙しいもの。
家の用事、友人とのランチ、家族との時間など、別の予定が入っている人も多いでしょう。
その点、平日の仕事終わりに時間と体力の余裕があれば、会社帰りの習い事は大変効果的です。
残業が少ない職場や、定時で帰れる環境であれば、無理なく続けられるでしょう。
余裕があれば、ぜひ会社帰りの習い事を検討してみてください。
ここで一歩進んだアイデアをご紹介します。
それは「曜日ごとに習い事を組み合わせる」という方法です。
たとえば、体力に余裕がある火曜はジムに通い、疲れがたまりやすい木曜はヨガ教室といった組み合わせです。
異なる習い事を曜日ごとに取り入れることで、心身のリズムが整いやすくなり、体調管理にも役立つのです。
「日中は仕事を頑張り、夕方は習い事を楽しむ」
これは充実した毎日を生む良いサイクルです。
一見、忙しそうに思えるかもしれませんが、見方を変えれば「生活が充実している」と言えるのではないでしょうか。
好きな習い事なら、仕事終わりでも楽しく続けられるはずです。
ヨガ教室や体操教室のように、疲れていても無理なくできる習い事もあります。
会社帰りの習い事は、社会人にとって理想的なライフスタイルの一部となるでしょう。
少しでも余裕があれば、ぜひ前向きに検討してみてください。
年齢を重ねるにつれて、確実に減っていくものがあります。
それは「叱られること」です。
子どものころは毎日叱られていました。
ところが大人になると、その機会は驚くほど少なくなります。
年齢を重ねるにつれて、自分より年上が減るからです。
親の立場になったり、職場での立場が高くなったりすると、ますます叱られることが減ります。
中年以降ともなれば、ほぼ皆無です。
間違ったことをしても、誰も注意してくれません。
周りの人は見て見ぬふり。
その一方で、自分はどんどん「叱る側」になります。
そうして知らず知らずのうちに、マナーの悪い大人、配慮のない大人になっていくのです。
自分の間違いに気づくのは、叱られたときです。
人から言われないと、なかなか気づけないことがあります。
叱られることが減るのは、自分の間違いに気づく機会が減ることを意味します。
自分では悪いことをしているつもりはなくても「いつの間にか」ということがある。
自分の間違いに気づけないのは、恐ろしいことです。
マナー違反をしても、誰にも何も言われない。
非常識な行動をしても、誰も指摘してくれない。
それは一見「快適なこと」に思えるかもしれませんが、自分の間違いに気づけないのは危険なことです。
自分のマナー違反や非常識な行動に気づけないままでは、知らず知らずのうちに嫌われ、疎まれる存在になります。
気づかないうちに信頼を失っているのです。
だからこそ叱られる機会を、意識的につくるのです。
叱られることで自分の間違いに気づき、行動を修正できます。
考え方を見直すきっかけにもなります。
それはゆくゆく、人生の軌道修正にもつながることです。
叱られる機会は、年齢を重ねるにつれて減ることだからこそ、対策が必要です。
叱られる機会を増やすにはどうするか。
習い事なのです。
習い事では、自分より上の立場である先生がいます。
「違いますよ、こうですよ」と、先生からびしっと言われる機会が得られます。
時にはあなたの甘さや緩みを見逃さず「もっと真剣にやってください」と叱ってくれることもあるはずです。
習い事を通して叱られる機会を得ることで、自分の間違いに気づけます。
行動や考え方を修正できたり、心や精神を磨いたりできるのです。
叱られることで心も磨かれ、いつまでも柔らかさを保てます。
硬くなりがちな大人の心に、良い刺激をもたらしてくれるのです。
「お金を払ってまで叱られるなんておかしい」と思うかもしれません。
そうでもしないと叱られる機会が得られないのです。
マナー違反をしても誰にも何も言われないし、非常識な行動をしても誰も指摘してくれません。
叱られる機会がないと、自分に悪いところがあっても気づけません。
自分の悪いところに気づけないまま生きるほうが、はるかに大きな損失です。
叱られるのは誰でもストレスですが、必要なストレスです。
叱られる機会は、お金を払ってでも得るものです。
習い事を通して叱られる機会を増やす人は、年齢に関係なく、いつまでも成長します。
行動を正し、心が鍛えられ、視野が広がるからです。
厳しい先生であれば、なおさらラッキーです。
習い事で叱られる機会を増やす人が、成長するのです。
習い事の場では、若い先生が教えていることもあります。
なかには自分より一回りも若い先生と出会うこともあるでしょう。
習い事をするとき「年下の先生には頭を下げたくない」「若い先生にはちょっと抵抗がある」と言う人がいます。
年下から習うのはプライドが許さないというのです。
こうした考え方には要注意です。
年下の先生を拒む姿勢があると、年齢を重ねるごとに自分より年上の先生が減ります。
これは、学びの機会を失うことを意味します。
習い事の選択肢を自ら狭め、学びの可能性をも閉ざしてしまうことになるのです。
会社で働いていると、年下の上司に就くこともあります。
年下から学ぶ姿勢が身についていないと、そうした状況に直面したとき、強いストレスを感じ、働きにくくなります。
最悪の場合、職場を離れざるを得なくなるかもしれません。
先生の年齢にこだわるのはやめましょう。
年上の先生はもちろん、年下の先生からも素直に学べるようになることが大切です。
大人の習い事では、年下の先生に当たることは珍しくありません。
先生に必要なのは、年齢ではなくキャリアです。
若い先生でも、豊富な経験と実績を持っている人も大勢います。
先生の年齢を気にしているなら、そのこだわりは手放しましょう。
つまらないこだわりは、成長の可能性を狭める原因になりかねません。
「プロである以上、年齢は関係ない。年下の先生でも歓迎する」という姿勢でいることが理想です。
どんな分野にも、その道のプロがいます。
その人が、自分より年下ということも当然あるのです。
先生が年下でも、快く受け入れましょう。
年下の先生だからといって、ため口で話すような態度は慎みます。
プロとして敬意を払い、態度や言葉遣いにも配慮しましょう。
教えを請うときは「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げます。
授業の後には「ありがとうございました」の一言も忘れません。
たとえ一回り若い先生でも、相手に敬意を払い、礼を尽くすことが大切です。
年下の先生から学べる人は成長するのです。
どこの習い事でも、年下の生徒がいます。
一回りも二回りも年が離れていることは珍しくありません。
そうした年下の生徒の中に、目を見張る実力者がいます。
すでに豊富な経験を積んでいて、技術も卓越しています。
勝負に挑んでも、まったく歯が立ちません。
圧倒的な実力差があって、こてんぱんに負けてしまいます。
年下でありながら、プロ並に上手なのです。
大人になると、年下に負ける経験は少なくなります。
むしろ勝つほうが増えます。
社会では経験年数が物を言うので、在職年数とともに知識やスキルが向上し、年下より優位に立つ場面が多くなるものです。
しかし、習い事の世界では、事情が異なります。
どの習い事でも、幼少期からやっている人がいます。
たとえ年下でも、幼少期から続けている人は、すでに長いキャリアを積んでいて、大人顔負けの実力を備えています。
自分は始めたばかりの初心者なので、もちろん太刀打ちできません。
そうした経験豊富な年下と勝負して、こてんぱんに打ちのめされると「自分はまだまだだなあ」と痛感します。
恥ずかしさや悔しさを味わうこともあります。
それもまた学びの1つであり、大切な経験です。
年下の生徒に完敗することで、自然と謙虚な姿勢が身につきます。
それもまた、大人の習い事における醍醐味の1つなのです。
授業料は、安ければ安いほどいいわけではありません。
授業料が安いと「少しくらい遅刻してもいいか、授業を休んでもいいか、宿題をサボってもいいか」となります。
経済的な負担が軽いのは嬉しいことですが、その反面、気が緩みやすくなりがちです。
軽い気持ちで遅刻したり休んだりして、そのうちサボり癖がつくのです。
授業料が高いとそうはいきません。
授業料が高くなるにつれて、緊張感と真剣な気持ちが生まれます。
元を取ってやろうと思うので、遅刻したりサボったりしません。
真面目に通うようになります。
授業では、先生の言葉を一字一句漏らすまいと必死になるので、吸収力も高まります。
予習や復習も欠かしません。
わからないことがあれば、放置せず、きちんと質問して解消させます。
授業料が高いと、それだけ本気になるので、結果として本人のためになるのです。
また一般的に授業料が高いものほど、授業の質も高い傾向があるので、それだけ早い成長や大きな成長を期待できます。
授業料が高いのはデメリットと捉えられがちですが、あながちそうでもありません。
考えようによっては、むしろそのほうが自分のためになります。
先生に言われなくても、自分に厳しくなります。
授業料が高いことに感謝しましょう。
集中力が生まれるのも、著しく成長ができるのも、高い授業料のおかげです。
授業料が高いことに感謝する人が、成長するのです。
マンツーマンでレッスンを受けるときは、目的や目標を伝えておきましょう。
「何のために学んでいるのか」
「どこを目指しているのか」
「どんなスタイルで学びたいのか」
こうした自分なりのゴールがあるのではないでしょうか。
高いお金を払ってマンツーマンを選ぶのですから、そのメリットを最大限に生かしましょう。
マンツーマンの良いところは「先生が生徒に合わせてくれること」です。
カリキュラムはあっても、できるだけ生徒の事情や要望に応じて、柔軟に対応してもらえます。
時には少々わがままな要望でも、聞き入れてもらえることも少なくありません。
目的や目標を言うのは少し気恥ずかしいかもしれません。
しかし、それをきちんと伝えることで、先生は生徒の方向性を理解でき、より的確なレッスンを提供できるようになります。
「なるほど、そこを目指しているんですね」と納得したうえで、ゴールに向けた指導がしてくれるのです。
たとえば、英会話を習う場合があるとします。
どれも立派な目的であり目標です。
パーソナルトレーニングを受けるときも同様です。
生徒の目的や目標がわかれば、先生も具体的で的確な指導がしやすくなるのです。
そのほか学習のペースやスタイルに関する要望があるなら、併せて伝えておきましょう。
たとえば「のんびりとやっていきたい」「厳しく追い込んでほしい」といった希望でもかまいません。
マンツーマンですから、小さなことでも遠慮は不要です。
きちんと伝えておけば、先生もそれに合わせた学習のペース・スタイルで対応してくれます。
せっかく高いお金を払って受けるマンツーマンです。
目的や目標、そして将来の夢など、自分の思いを包み隠さずしっかり伝えて、より充実した時間にしていきましょう。
先生は生徒の思いをくみ取りながら、最適なレッスンを提供してくれるはずです。
スクールによっては、一括払い・分割払いを選択できることがあります。
一括払いと分割払いのどちらにするかです。
大きな支払いは貯蓄がぐっと減ってしまうので、少し気が引けるところがあります。
金額が大きくなるにつれて、心理的な抵抗が大きくなる。
一括払いは、一度の出費が大きくなるのがネックです。
一方、分割払いなら、まとまった出費を避けられるので、心理的な抵抗は小さくて済みます。
分割回数が増えるにつれて、1回の出費が小さくなります。
お金の余裕を考えると、分割払いに魅力を感じるのではないでしょうか。
もちろん基本は自分に合った方法を選ぶことですが、学習面・金銭面で考えると、おすすめの選択肢があります。
断然一括払いがおすすめです。
理由は大きく2つあります。
第一に「覚悟が決まるから」です。
一括払いで先に支払いを済ませておくことで「もう後には引けない!」となります。
そして「元を取ってやる!」「必ずものにする!」という大きな意気込みにもつながるのです。
覚悟ができると、吸収力にも差が出ます。
分割払いより一括払いのほうが金銭的な痛みを実感しやすい分、本気度が高まって、真面目に授業を受けるようになります。
自己投資は、本気になればなるほど結果が出やすくなります。
少々つらいことがあっても、諦めにくくなる。
本気になるなら身銭を切るに尽きるし、一括払いのほうが効果的です。
しっかり授業に集中できて身につきやすくなるのです。
一括払いは一度にまとまった出費となりますが、これが「リスクを取る」ということです。
自己投資は、あくまで投資ですから、リスクを取ることが大切です。
逃げ道をなくして勝負に出ることも、時には必要です。
リスクを取ったほうが、結局は自分のためになります。
第二の理由は「金銭面でも得」だからです。
忘れてはならないのは「手数料」です。
分割払いの場合、手数料がかかります。
分割回数が増えるにつれて手数料も増える仕組みです。
手数料だけで、かなりの金額になることも少なくありません。
分割払いは1回の支払いが少なくて済みますが、手数料が取られる分、一括払いより支払総額が割高になるのです。
同じ支払いでも、一括払いと分割払いは、学習面・金銭面で異なるところがあります。
もちろん資金に余裕がない場合はその限りではありませんが、後先のことを考えると、一括払いのほうが有利です。
学習面だけでなく金銭面でも、分割払いより一括払いのほうがお得なのです。
「なぜプロのマンツーマンレッスンは高いのか」
この理解があるかどうかです。
プロによるマンツーマンレッスンを受けるとき「料金が高い」「たった1時間でこんなにかかるの?」と文句を言う人がいます。
プロであればあるほど授業料は高く、マンツーマンになるとさらに高額です。
プロによるダンスレッスンでもゴルフレッスンでも、高額であることは共通しています。
1時間1万円はざら。
それ以上のところもあります。
「プロは高い」と文句を言う人は、表面的なところしか見ていません。
1時間のレッスンを「普通の1時間のレッスン」だと思っています。
そうではないのです。
プロによる1時間の授業は、特別なものと考えるほうが適切です。
なぜプロのマンツーマンレッスンは高額なのか。
それは「先生が人生をかけて築き上げてきたことを学べる」からです。
プロは、どの先生も、人生をかけて取り組んでいます。
若いころからそれに多くの時間とお金を費やしてきて、さまざまな荒波をくぐり抜けてきています。
単なる1時間のレッスンではなく、濃密な1時間です。
本気のレッスンが受けられるので、1分1秒が貴重です。
しかもマンツーマンの場合、先生を独り占めできます。
つまり「先生の人生の一部を、自分のために使ってくれている」ということです。
そのうえ生徒に合ったペースで進めてもらえたり、生徒に合った方法を考えてもらえたりするメリットもあります。
だから授業料が高いのです。
単に独り占めできるからという理由で高額なのではなく、そうしたパーソナルな理由があります。
先生が今までの築き上げてきたことを、自分のために教えてもらえると思えば、1時間が高額である意味が理解できるはずです。
若い先生だからダメということはありません。
若い先生でも、その分野に早くから取り組んでいるなら、長いキャリアを積んでいます。
これはあらゆるプロのマンツーマンレッスンに言える話です。
弁護士への相談料が高額なのも同じ理由です。
弁護士は、長い時間をかけて法律を学んできています。
キャリアの豊富な弁護士であれば、数多くの訴訟を担当してきた実績があります。
その弁護士が人生をかけて築き上げてきたことをもとに、1時間相談に乗ってくれるから高額です。
「先生の人生の一部を、自分のために使ってくれている」という点も同じです。
安い先生なら、探せば見つかります。
そういう先生は、キャリアが浅かったり、もともと資格を持っていなかったりします。
安いには安いだけの理由があり、高いには高いだけの理由があります。
プロのマンツーマンレッスンが高い理由を知っておけば、むしろ安いとすら感じるはずです。
私たちは、時に現実が嫌になることがあるものです。
仕事がつらい、家庭もごたごたして大変というときがあります。
そんなときは「現実を見たくない。逃げ出したい」と思うもの。
「いっそのこと行方不明になりたい」と思うこともあるかもしれません。
仕事のことも家庭のことも忘れて、どこか遠くへ行ってしまいたい。
そんな気持ちになるのは特別なことではありません。
「現実逃避」と聞くと、ネガティブな印象を持つ人もいますが、悪いことではありません。
大変なときは、誰でも自然に湧き起こる感情です。
ある意味、人間らしい感情といえます。
現実逃避にもさまざまな形があります。
何に打ち込むか、どこへ出かけるか、その手段は多岐にわたります。
ただし、ギャンブルのように、お金を浪費するものは良くありません。
本当に行方をくらましてしまうような極端な手段も、やはり健全とは言えません。
周りに迷惑がかかってしまい、好ましい現実逃避とはいえないのです。
そこでおすすめなのが「習い事」です。
習い事は、健全で建設的な現実逃避の手段です。
仕事や家庭のことを一時的に忘れ、自分の「好き」に没頭できる時間は、心に大きな充実をもたらしてくれます。
楽しい時間を過ごせるだけでなく、没頭すればするほど、良い意味で現実を忘れられます。
さらに知識やスキルも身につき、成長の実感も得られるでしょう。
新しい友達と交流することもできるのです。
職場でも家庭でもない「第三の居場所」で、自分を輝かせることができます。
仕事や家庭で居場所が感じられないときでも、習い事という場があれば、心を病まずに済みます。
絶望せずにいられます。
現実逃避できる場所があるのは大切なことです。
会社や家庭でつらいことがあっても「私には習い事がある」と思えるだけで、希望をつなぎ止められます。
習い事は、健全な現実逃避。
心を守る、大切なシェルターになるのです。
旅行に行くとき、ツアーを利用する人も多いのではないでしょうか。
ツアーには、安いものと高いものがあります。
安いツアーと高いツアーの違いは「リッチな体験ができるかどうか」と思っている人もいるのではないでしょうか。
もちろんそれもあります。
たしかに高いツアーのほうが、ランクの高いホテルだったり充実したコースだったりします。
乗車するバスも、座席の前後間隔も広々としていて、車内設備も充実しています。
経験豊富な添乗員とバスガイドがついていて、現地の観光では専用ガイドが案内してくれます。
高いツアーはさすが高いだけあって、細かいところまでサービスが行き届いています。
リッチな傾向があるのは間違いありません。
しかし、リッチな体験にいちばんお金がかかっているかというと、そうではないのです。
本当にお金がかかっているのはそこではありません。
安いツアーでも、ランクの高いホテルだったり、有名な観光地を巡ったりするものがあります。
安いツアーでも、添乗員やバスガイドがついたものがあれば、現地で専用ガイドが案内してくれるものもあります。
リッチな体験をしたいなら、実は安いツアーでも、探せばそれなりにあるのです。
では、高いツアーは、何にいちばんお金がかかっているか。
「安全への取り組み」なのです。
高いツアーは、とにかく安全への取り組みが徹底されています。
宿泊先は、セキュリティーがしっかりしたホテルです。
バスは車体が頑丈なものが使用され、バスの運転手も経験豊富なベテランドライバーです。
バスの座席が広々としているのも、ツアー参加者の体調と安全のためです。
高いツアーのほうが、安いツアーと比べ、ゆったりとしたスケジュールになっています。
余裕を持たせたスケジュールになっているのも、やはりツアー参加者の体調と安全のためです。
コースも、ただ観光地を巡るのではありません。
できるだけトラブルが起きないコースに設計されています。
外国では治安の悪い地域があるので、そこを避けて通るのです。
高いツアーは補償内容も違います。
高いツアーのほうが、万一のときの補償が手厚くなっています。
トラブルがあったとしても、最小限になるような工夫が凝らされているのです。
一見すると高いツアーは、リッチな体験ができるものに見えますが、結局は安全への取り組みが徹底された結果、そうなっています。
「安全はただではない」ということです。
「安全を買う」という表現がありますが、まさにこれです。
高いツアーを選ぶときは「安全を買っている」と思うようにしてください。
またしっかり安全に配慮したいなら、高いツアーを選ぶのが正解です。
高いツアーは、安全を買うと思えば安いものです。
旅行中、命や健康に関わることがあれば、一大事です。
どれだけ楽しい旅行も、命や健康に関わることがあれば、嫌な思い出になってしまいます。
もちろん安いツアーでも安全は考慮されてはいますが、より徹底されているのは、やはり高いツアーです。
安全を徹底すればするほど、指数関数的にお金がかかります。
高いツアーには高いだけの理由があります。
ツアーが高い理由を理解すれば、納得してお金を出せるのです。
「先生の説明はシンプルだなあ」
そう感じることはありませんか。
しっかり話を聞こうと思っていたのに、一言二言の短い説明で終わるときがあります。
あまりに説明があっさりしていて、拍子抜けするかもしれません。
これは、教え方の上手な先生に多く見られる特徴です。
説明が少ないからといって、先生は手を抜いているわけではありません。
シンプルな説明には、意味があります。
生徒にきちんと理解してもらうため、複雑で長々した説明は避け、あえて簡潔で明瞭な説明を心がけているのです。
教え方の上手な先生が最も心がけているのは、生徒にきちんと理解してもらうことです。
どれだけ丁寧な説明でも、一度にたくさん話してしまうと、生徒はなかなかついていけません。
頭の整理が追いつかず、かえって混乱してしまいます。
「こうしましょう、ああしましょう。ここは○○して、次に○○して……」
覚えようとしても、頭がパンクして覚えきれません。
長々した話だと、話を聞いている生徒も疲れてしまいます。
話をたくさん聞いたはずなのに、結局何も頭に残っていなければ意味がありません。
これは、生徒が悪いわけではなく、先生の説明の仕方に問題があるのです。
そこで先生は、生徒にきちんと理解してもらうため、できるだけ簡潔で明瞭な話し方を心がけます。
余計な言葉は削ります。
話す内容は、重要なポイントだけに絞ります。
難しい言葉は使わず、簡単な言葉で伝えます。
その結果、説明がシンプルになるのです。
先生の説明がシンプルなのは、生徒のためを思ってのことです。
簡潔な説明のほうが、生徒はスムーズに理解でき、無理なく覚えられます。
説明が物足りなく感じるかもしれませんが、その簡潔さのおかげで頭にすっと入ってくるのです。
「説明が足りない」「もう少し詳しく聞きたい」と感じることもあるでしょう。
そんなときは、こちらから質問すればいいだけです。
先生は生徒からの質問を歓迎しています。
わからないことはそのままにせず、どんどん質問をしていきましょう。
質問することは、やる気を示すことにもなり、先生からも一目置かれるのです。
仕事では休憩が欠かせません。
休憩の過ごし方は、人それぞれです。
トイレに行ったり、飲み物を飲んだり、ぶらぶら散歩をしたり、空を眺めたりすると、良いリフレッシュになるものですね。
そんな休憩で忘れがちなのは「深呼吸」です。
休憩のとき、深呼吸を忘れていませんか。
せっかく仕事から離れて一休みしているのに、深呼吸をしないのはもったいない。
私たちが集中しているときは、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっています。
脳が酸素不足に陥ることも少なくありません。
酸素不足になると、頭がぼうっとして、脳のパフォーマンスも落ちるのです。
休憩のときは、ぜひ深呼吸も忘れずにしてください。
大きく息を吸い、大きく息を吐きましょう。
3~4秒かけて鼻から大きく吸い、口をすぼめて6~8秒かけてゆっくり吐きます。
「吸う」より「吐く」に時間をかけるのがポイントです。
深呼吸によって新鮮な酸素をたっぷり取り込むことで、より大きなリラックス効果が得られます。
深呼吸には副交感神経を優位にする作用があります。
たっぷり酸素を取り込むことで、末梢の血管が広がって血行が良くなります。
その結果、体の隅々まで酸素や栄養が行き渡るようになり、体の調子も整うのです。
これは医学的にも裏付けられている効果です。
深呼吸を繰り返すと、疲れや倦怠感が和らぎ、体が軽く感じられるのです。
休憩のときは、新鮮な空気をたくさん吸って、たっぷりリラックスしましょう。
休憩の質がぐっと高まるはずです。
教室に通うことのメリットは、ほかの生徒と一緒に学べる点です。
英会話教室に行けば、前から通い続けている生徒たちがいます。
料理教室や音楽教室、ダンススクールやビジネススクールなどでも、古参の生徒たちがいるものです。
なかには何十年も前から通い続けている猛者もいるかもしれません。
他の生徒たちに囲まれると、寂しさも紛れ、やる気ももらえますね。
みんなで一緒に頑張れるところは、教室の良いところの1つです。
ここで気づいてほしいことがあります。
ずっと前から通い続けている生徒たちは、ただの先輩ではありません。
「自己投資の先輩」でもあるのです。
教室は、自ら決断し、自ら積極的に動かないと、通うことはありません。
身銭を切る必要があるし、長く続けるからには高いモチベーションも必要です。
なにより大きな志が必要です。
つまり、そこにいる人は、みんな「決断」した人であり、積極的に「行動」を起こした人だということです。
そうした自己投資の先輩たちは、相当な時間・お金・労力を習い事に費やしています。
長く通い続けている人であればあるほど、費やした時間・お金・労力は大きい。
きちんと「継続」ができていることも素晴らしいといえます。
これはなかなかできることではありません。
自己投資の費用を捻出するために、きっと見えないところで何かを切り詰めているはずです。
話を聞けば、参考になるところや見習う点がきっとあるはずです。
先輩の話を聞くと、自分の中で「これくらい頑張ればいいかな」の基準が上がります。
「えっ?! そこまでやってるんですか。すごい! 私も頑張ろう!」となるのです。
昔から多くの時間・お金・労力を費やしていると思えば、強く勇気づけられ、影響も受けますね。
良い影響はどんどん受けたい。
先輩たちからパワーをもらって、自分の自己投資に生かしてください。
自己投資の先輩を見習うと、自分のモチベーションも上がるのです。
ホテルで働く人がホスピタリティーを学ぶため、一流ホテルに宿泊するのは、自己投資です。
本だけでは学べないことがあります。
文章や写真だけですべて理解できるわけではありません。
一流ホテルには高い格式があり、上品な雰囲気が漂い、洗練された内装には多くのコストがかけられています。
専属のコンシェルジュも24時間常駐していて、宿泊客のあらゆる要望に応えています。
ホテルスタッフの一挙手一投足も洗練されていて、丁寧な言葉遣いや行き届いたサービスがあるのです。
それらは、本を読んだだけではわからないことです。
座学には限界があります。
実際に自分が身をもって体験することで、初めて感じ取れるのです。
「なるほど、これが一流なのか」と実感する機会を得ることは大切です。
実際に一流ホテルに宿泊することで「一流のサービスとは何か」を知ることができます。
レストランで働く人が、一流レストランに食事に行くのも自己投資です。
一流レストランには優れた料理人がいて、クオリティーの高い料理が提供されます。
舌だけでなく、目でも楽しめる料理です。
店内は大人の落ち着いた雰囲気が漂い、雰囲気づくりにも多くの費用がかけられています。
給仕の動きも洗練されていて、料理を運ぶタイミングや料理の説明も素晴らしいものがあります。
幸せな気持ちにさせてくれるものがあるのです。
俳優を目指している人が、一流の舞台を鑑賞しに行くのも自己投資です。
舞台には、生のライブ感があります。
俳優の演技を直接生で鑑賞することで、心が揺さぶられ、ぐっと伝わってくるものがあります。
テレビやビデオで十分と思うかもしれませんが、それだけでは不十分です。
その場の空気は、その場にいないと味わえません。
俳優の演技から発せられるエネルギーも、その場にいるからこそ伝わってきます。
直接演技を見ることで、生々しい気迫が肌で感じられ、ざわざわと鳥肌が立つこともあります。
舞台俳優のパフォーマンスは、観客の反応によって微妙に変わることもしばしばあり、それがまた面白いのです。
結局のところ、自ら体験することが最も大きな学びとなります。
素晴らしいサービスを提供したければ、素晴らしいサービスを受けてみること。
素晴らしい料理を提供したければ、素晴らしい料理を味わってみること。
素晴らしい演技を提供したければ、素晴らしい演技を鑑賞すること。
学校で学ぶことも大切ですが、椅子に座ってばかりではいけません。
サービスでも料理でも演技でも、直接自分がそれを体験することが何より重要です。
体験に勝る学びはありません。
自らそれを体験することで、五感を通じてわかるものがあります。
コストと手間暇をかけて、一流の体験を楽しんでください。
たとえ費用や手間暇がかかっても、それらは良い自己投資となります。
自己投資である以上、むしろどんどん積極的にかけていくことが大切です。
しっかり学んで、大きな成果を挙げられれば、投資した以上のリターンが得られるのです。
セミナーやスクールでは、会社のお金で来ていることを自慢する人がいます。
「経費になりますから」
「会社のお金なので、私の財布は痛くありません」
そう言って、自慢げな笑みを浮かべるのです。
「私は得していますよ」というアピールです。
それはかっこ悪いです。
本当に勉強したくて来ているわけではないのです。
「会社のお金を使えるから来ている」という理由にすぎません。
こういう人は受動的な動機で来ているので、生半可な姿勢が目立ちます。
ろくにノートを取りません。
先生の話をぼうっと聞いたり、授業がサボりがちになったりします。
本気になっていないの、学びに来ていても、きちんと身につかない。
生半可な姿勢では、きちんと学べないのです。
きちんと学ぶためには、身銭を切ることがいちばんです。
セミナーにせよスクールにせよ、本当に学びたいことなら、身銭を切って学ぶのがいちばんです。
身銭を切ると本気になります。
「必ず元を取ってやる!」「絶対ものにする!」となるので、前のめりで必死になります。
きちんとノートを取って、先生の話もすべて聞き漏らすまいと真剣に聞きます。
毎回の授業もきちんと出席します。
経済的な痛みが生じるから、びしっと気合も入るし、本気にもなるのです。
会社のお金で来ていることを自慢するような人ならないことです。
「私はあまりやる気がありません」と言っているようなものなのです。
受けてみたいセミナーがあります。
しかし場所が遠く、交通費がかかります。
受講料より交通費のほうが高い状況です。
地元で開催される予定もありません。
こんなとき、どうするかです。
もちろん興味の程度がそれほど高くないなら、お財布と相談し、見送るのもいいでしょう。
「さすがに高い交通費をかけてまではちょっと」となります。
しかし、自分にとって大切な分野で、心から参加したいセミナーであれば、答えはただ1つです。
高い交通費をかけてでも、セミナーに参加するのです。
高速バス・新幹線・飛行機を使ってでも行く価値はあります。
そのセミナーで人生が変わるかもしれません。
直接講師から対面で学べるのは大きなメリットです。
本の場合「あのとき買っておけば良かった」ということがあっても、あとから注文で取り寄せられます。
しかし、セミナーは一種のライブです。
「あのとき受けておけば良かった」と思ってもどうにもなりません。
交通費がかかるなら「交通費を含めて自己投資」と考えましょう。
お金をかけてセミナーを受講すれば「しっかり吸収するぞ! 一字一句漏らさず聞くぞ!」という気持ちが強くなります。
それだけ情報の定着率も高く、行動力にもつながります。
交通費がかかるのは、デメリットに思えますが、考えようによってはメリットです。
交通費をかけると、総額が高くなります。
総額が高くなって身銭を切る痛みが増すことで、ますます本気度が増し、定着率や行動力も高くなるのです。
会社が負担する研修費に上限が設けられていることがあります。
たとえば「1回3万円まで」「1日1万円まで」など決まりです。
会社が全額を負担してくれるわけではありません。
こうした制限が設けられていると「勉強できる範囲にもかぎりがあるのでは?」と感じてしまうかもしれません。
しかし、突破口はあります。
超過分は、自分の財布から出せばいいのです。
たとえば、受けたいセミナーが3万円で、会社からは1万円しか出ない場合があるとします。
残りの2万円は、自分で支払えばいいのです。
会社が決めた研修費の上限には従っているので、自己負担分に口を出されることは、まずないでしょう。
「あなたの判断で超過分を自分の財布から出すのならどうぞ」となるのが一般的です。
これこそが自己投資です。
超過分を自分で負担するようにすれば、学びの選択肢は大きく広がります。
興味のない研修より、自分が本当に受けたいと思う研修のほうが、はるかに多くの学びが得られるものです。
しかも、自己負担があることで「元を取りたい」という意識も生まれるため、集中力が高まり、吸収力も強くなります。
自己投資は、自分のお金を投じることが大切です。
自分のお金で受けた研修だからこそ、内容を無駄にしたくない意識が強くなり、結果として格段に学びの質が上がるのです。
超過分を自分の財布から出す人が、成長するのです。
相手が無趣味とわかるやいなや、否定的なことを言う人がいます。
「趣味がないんですね。それはお寂しいですね」と。
「何でもいいから趣味を持つべき」と強く勧める人もいます。
本人のいないところで「あの人は無趣味だから」「つまらない人だ」とこそこそ話す人もいます。
趣味を持つ人から見ると、無趣味の人は人生を楽しんでいないように映るのかもしれません。
どことなく寂しい生活を送っていて、人生を損しているように映るのかもしれません。
しかし、無趣味を否定するのは要注意です。
自分では思ったことを口にしているだけかもしれませんが、それこそ余計な一言。
無趣味の人を悪く言っているのと同じです。
本人が「趣味がなくて寂しい」と自分で言うならまだいいのですが、他人が無趣味の人を勝手に寂しいと判断しないことです。
趣味を持つかどうかは、本人しだいです。
趣味は必要ないと思って、あえて趣味をつくらない人もいます。
無趣味でも、楽しい人生を送っている人は大勢います。
仕事や子育てが充実していて、わざわざ趣味をつくる必要のない人もいます。
趣味を持つことが正義と言わんばかりの言い方をしないことです。
趣味は必ず持たなければいけないものではありません。
持ちたいなら持てばいいし、持ちたくないなら持たなくてもいいのです。
どんな趣味を持つのか自由であれば、趣味を持つ・持たないも自由なのです。
「先生に叱られた!」
「先生に厳しくされた!」
そう言って、すぐむっとする人がいます。
厳しいからといって、すぐ先生を嫌いにならないでください。
叱られたからといって、すぐ習い事を辞めないことです。
厳しく接してくれる先生やきちんと叱ってくれる先生は、貴重でありがたいことだからです。
今の世の中、優しい先生であふれかえっています。
ほとんどの先生が、優しく穏やかに教えてくれます。
一方、厳しい先生は非常に少数です。
「絶滅危惧種」と言っても大げさではありません。
なぜ優しい先生が多くて、厳しい先生が少ないのか。
先生にも「生活」があるからです。
叱ったり厳しくしたりすると、生徒が減ります。
クレームの嵐に遭います。
これはどこの習い事でもそうです。
生徒が減ると、収入にも影響します。
特に個人で教室を開いている先生にとっては、生徒の数は収入に直結します。
「厳しい先生」「よく叱る先生」といった噂が広まれば、新しい生徒が集まりにくくなります。
そのため先生は、生徒をつなぎ止めるため、できるだけ優しく接するようにしているのです。
遅刻をしても、叱られません。
宿題や練習をサボっても、注意されません。
授業中、だらしない態度をしても叱りません。
注意するとしても「次から気をつけてくださいね」と軽い一言言うくらいなもの。
本来はしかるべき場面でも、波風を立てないよう優しく穏便に済ませてしまう。
それが今の「当たり前」になりつつあります。
だからこそ今の時代において、厳しい先生、きちんと叱ってくれる先生は貴重です。
遅刻をしたとき、厳しく注意する。
宿題や練習をサボったとき、びしっと叱る。
授業中の態度が悪ければ、きちんと正す。
そうした厳しさの裏には「本気で教えたい」「しっかり成長してほしい」という強い思いがあります。
生徒のために愛情を持って接しているのです。
たとえ嫌われるかもしれないと思っても、たとえ生徒が離れるリスクがあったとしても、厳しく接してくれるのは本気の証しです。
緊張感があってぴりぴりした空気もありますが、その厳しさのおかげで成長が促されるのです。
今「叱られることに慣れていない生徒」が増えています。
「あの先生は厳しいから嫌だ」
「あの先生は叱るから辞めたい」
そう安易に決めつけるのはもったいないことです。
むしろ厳しい先生、きちんと叱ってくれる先生に感謝することです。
先生の「本気の姿勢」を理解すれば、安易に悪く言えません。
厳しい先生、きちんと叱ってくれる先生は、ありがたい存在なのです。
厳しい上司と接していると、むっとすることばかりです。
あれこれ指導されたり、叱られたりして、ストレスを感じることでしょう。
「細かいなあ」「いちいちうるさいなあ」「腹が立つなあ」と思うことばかり。
褒められることもあっても、叱られることのほうが多いものです。
移動願を出したくなったり「辞職」の文字が頭をよぎったりするのです。
しかし、反発するだけなのも益がありません。
ここでもってこいの考え方があります。
上司を「磨き砂」と思ってみてください。
磨き砂とは本来、金属製の器物を磨くときに使う、白い砂のことをいいます。
考えようによっては、上司も一種の磨き砂です。
上司から指導されることで正しい手順や方法がわかり、間違いが修正されます。
上司から叱られることで反省でき、成長ができます。
上司からは手厳しい指摘が相次いだり耳が痛い話もあったりしますが、そのたびに自分が磨かれ、輝きが増しているのです。
上司を磨き砂と思えば、厳しい指導や叱責も、意味があるものとして受け入れられるようになります。
「よしよし、どんどん自分が磨かれている!」
そう思えば、少しは気が楽になり、心も明るくなるはずです。
ましてや厳しい上司なら、それだけ磨き効果も倍増です。
上司を磨き砂だと思えば、感謝や尊敬の気持ちも湧いてきます。
たまったストレスは、趣味や遊びで発散させればいいことです。
今日も上司にしっかり磨いてもらいましょう。
自分を磨いてもらえ、そのうえお金までもらえるのですから、これほどありがたいことはないのです。
社会人になると、仕事をしながら習い事をする人も多いでしょう。
仕事に直結する習い事もあれば、趣味の延長のような習い事もあります。
しかし、仕事と関係ない習い事だからといって、本当にそうとは限りません。
たとえ直接的に仕事と関係はなくても、どこかで、いつか、思いがけない形で、生かされることがあります。
たとえば、生け花です。
生け花で磨かれた美的感覚や精神性は、自然と普段の仕事でも生かされます。
海外でも生け花は人気で、ビジネススクールの授業にも取り入れているケースがあるほどです。
生け花で磨かれた美的センスは、プレゼン資料や商品陳列などに生かされます。
陶芸はどうでしょうか。
陶芸を通して集中力や根気力が鍛えられると、それが業務の継続力や粘り強さに結びつくことがあります。
アップルの創業者スティーブ・ジョブズが、若い頃に熱中したのは「カリグラフィー(書道)」でした。
彼はそれを通して「美しい文字デザイン」を学び、後のマッキントッシュのフォント設計に影響を与えたと語っています。
スポーツ系の習い事なら、体力や持久力が養われ、多忙な仕事を乗り切る基礎体力となるでしょう。
囲碁や将棋といった頭脳系の習い事なら、仕事の意思決定やリスク管理の力を育てるのに役立ちます。
このように習い事そのものは直接仕事に結びつかなくても、そこから得た力や気づきが、回りまわって仕事に好影響を与えるのです。
そのほとんどは「思いがけない形」です。
「仕事のために習い事をしているわけではない」と思っていても、結果的に仕事に役立っている。
これが、大人の習い事の面白さなのです。
あなたが今している習い事は、どんな形で仕事に生かされているでしょうか。
じっくり振り返ってみると、きっと面白い発見があるはずです。
音楽教室で養った「集中力」が、仕事の資料作成で生かされることがあるでしょう。
料理教室で学んだ「段取り力」が、仕事のプロジェクト進行に生かされることがあるでしょう。
あらためて振り返ってみると「そういえば、ここで生かされているね」と気づくことがあるのではないでしょうか。
意識していなくても、いつの間にか生かされていることがあるものです。
仕事とのつながりが見えると、習い事の意義が感じられます。
それが習い事のやる気やモチベーションを高めることにもつながります。
仕事に生かされない習い事はないのです。
一度でも経験すれば「ない」から「ある」に変わります。
一度でも経験すれば、思い出ができます。
話のネタとして実体験を語れるようになります。
具体的な話ができるようになるし、質問にも答えられるようになります。
貴重な経験なら、お金や労力をかける価値があるのです。
もうひとつ忘れてはならないのは「思わぬ形でビジネスに役立つことがある」ということです。
職場での会話で「富士山に登頂したことがある」という話をすれば、周りからすごいと一目置かれます。
「富士山に登ろうとするだけの意欲がある」「富士山に登頂できるだけの体力がある」という印象を与えるでしょう。
それだけで社内の評価が上がってしまうのです。
一度でもフルマラソンを完走したことがあると「フルマラソンを完走したことがある」と言えるようになります。
商談のとき、話の流れでフルマラソン完走の話をします。
「すごい」「体力があるな」「チャレンジャーだな」と思われ、ポジティブな印象を与えるでしょう。
商談相手も同じフルマラソン経験者だと、瞬く間に意気投合して、ビジネスがスムーズに進む可能性があります。
富士山の登頂もフルマラソンの完走も、ビジネスとは関係ありません。
関係ありませんが、間接的に影響することがあります。
プラス評価やポジティブな印象へとつながり、思わぬ形でビジネスに役立つことがあるのです。
貴重な経験であればあるほど、時間・お金・労力をかけるだけの価値があります。
「時間がかかるなあ」「お金がかかるなあ」「かなりの体力がいるなあ」と思いますが、だからこそ良いのです。
大変であればあるほど、経験している人は少なくなるので、それだけ価値が生まれます。
一度の経験にお金や労力がかかっても、ビジネスで役立てば、十分元は取れます。
貴重な経験であればあるほど、人生の素晴らしいお土産となるのです。
「習い事をしています」と、わざわざ口にする人がいます。
そういう人は、まだ習い事に対して「特別なこと」という意識があるのです。
始めたばかりのころは「さあ、やるぞ! 頑張ろう!」という気持ちが強くあります。
通うことに意識が向き、気合も入れなければなりません。
それはまだ特別なことだと思っているからです。
「習い事=非日常的なこと」という感覚があるのです。
習い事の理想はどこにあるのか。
「習い事をしている」という感覚すらなくなることが理想です。
長く習い事を続けていくうちに、特別なことだと思わなくなり、わざわざ意識することもなくなります。
いつもの時間になると、自然と体が動き出す。
そして準備運動もルーティンも、意識せずとも自然とできる。
それは、習い事が完全に日常の一部となった証拠です。
「習い事=日常的なこと」という感覚に変わるのです。
この感覚に至れば、理想の状態です。
後は自然に任せて淡々と続けるだけです。
気づけば、練習量が膨大になっていて、確かなレベルアップを遂げています。
いつの間にか長年のキャリアを積み、ベテランの域に達しているでしょう。
習い事を日常として根付かせるには時間を要しますが、長く続けていれば、必ずいつかその境地に達します。
その境地こそが、習い事の醍醐味の1つです。
習い事が日常の一部になるのが素晴らしいのです。