人生の教科書



プラス思考

前向きな気持ちになる
30の言葉

  • 素晴らしい価値は、
    嫌いなことの裏側にある。
前向きな気持ちになる30の言葉

もくじ

1
★1

素晴らしい価値は、嫌いなことの裏側にある。

素晴らしい価値はどこにあるのでしょうか。 普通に考えるなら「好きなこと」でしょう。 好きなことをすれば、今すぐ楽しい気持ちになれます。 興味関心のあることなら、心が躍り、わくわくした気持ちになれます。 価値があり、快感であり、有意義なこと。 たとえストレスがあっても、好きなことなら、快感に感じるから不思議です。 もちろん好きなことも正解の1つですが、それだけではありません。 素晴らしい価値は、意外な場所にも存在します。 それは「嫌いなことの裏側」なのです。 「嫌いなことには価値がない」と思うかもしれませんが「不毛」と決めつけるのはまだ早い。 表側はストレスと不快感でいっぱいかもしれませんが、ぜひ裏側に着目してください。 逃げたくなるかもしれませんが、いったん落ち着いて、じっくり観察してみましょう。 どんな嫌いなことでも、裏側には「価値につながる何か」が隠れています。 新しい知識かもしれません。 新しい出会いかもしれません。 メンタルの向上かもしれません。 新鮮な世界かもしれません。 生まれ変わるきっかけかもしれません。 人生を変える手がかりかもしれません。 探し求めていたチャンスかもしれません。 嫌いなことの裏側にある価値に気づけば、ストレスや不快感も半減するでしょう。 往々にして私たちは、嫌いなことに直面すると不快感が先に来るため、嫌いなことの裏側を見落としています。 たとえば、嫌いな勉強があるとします。 嫌いな勉強をしてもつまらないかもしれませんが、表向きはそう感じるだけです。 嫌いな勉強の裏側には、たくさんの価値があります。 「集中力を鍛える時間」と思えば有意義に変わるでしょう。 「世界観を広げるきっかけ」と思えば楽しくなるでしょう。 嫌いな人がいるとします。 嫌いな人と一緒にいてもむかむかするだけかもしれませんが、裏側にある価値に気づいてください。 嫌いな人と接することで「忍耐力が鍛える機会」になるでしょう。 嫌いな感情を通して「感情をコントロールする機会」と思えば、有意義に感じるでしょう。 「新しい価値観を学ぶチャンス」にもなるでしょう。 抵抗感があるからこそ、学ぶ価値があるといえます。 嫌いな人と接するのも、悪くないと思えるはずです。 嫌いなことがあっても大丈夫です。 嫌いなことの裏側にある価値を見つけることができれば、有意義に変わるため、不快感が半減します。 宝探しのつもりで考えると、価値を見つける作業がより楽しくなるでしょう。 嫌いなことが、一転して好きになる可能性もゼロでありません。 あなたが嫌いなことは何ですか。 愚直に嫌いなことを避けるのもいいですが、人生の可能性を高めたいなら、嫌いなことの裏側にも注目してください。 嫌いなことから逃げる前に、ちらっと裏側に目を向けてみてください。 より人生の価値を手にするチャンスが隠れているでしょう。 素晴らしい価値は、嫌なことの裏側にあるのです。 嫌なことの裏側にある、素晴らしい価値に気づく。

2
★1

最初の動作が速いと、焦る。
最初の動作がゆっくりだと、焦らない。

焦らないためのコツは「最初の動作」にあります。 時間を無駄にしたくない気持ちがあると、スタートダッシュをする傾向があります。 試験が始まれば、急いで問題用紙を裏返す。 初対面の人と出会ったとき、急いで名刺を出そうとする。 プレゼンが始まれば、急いで1枚目のスライドを表示させようとする。 たしかにスタートダッシュは大切です。 最初から勢いを出して進めたほうが、無駄がなくなり、時間を効率よく使えるようになると思うでしょう。 最初からもたもたしているより、てきぱき動いたほうがスムーズなのは間違いありません。 最初からスピードを出すのが重要になる場面もあります。 しかし、スタートダッシュが不適切な場面があることにも気づいてください。 特に精神状態が重要な場面では、スタートダッシュに要注意です。 最初の動作が速いと、焦りのスイッチが入ってしまうからです。 肉体と精神はつながっています。 最初の動作が速いと、心理的なプレッシャーが生まれ、ストレスを感じます。 ストレスを感じることで心の余裕が失われ、焦りや緊張を促すのです。 落ち着いて行動したいなら、最初の動作がポイントです。 心がけたい最初の動作は「ゆっくり」です。 急ぎたくても、急いで行動しません。 後からスピードを上げることはあっても、最初の動作だけはスローを心がけます。 そうすれば、余計なストレスが生まれないため、平常心を保ったまま、仕事に取り組めるようになります。 たとえば、試験です。 試験が始まるやいなや、無駄な時間を省くため、急いで試験用紙を裏返したくなりますが、よくありません。 焦りと緊張が促され、心の余裕がなくなってしまいます。 試験が始まれば、問題用紙をゆっくり裏返しましょう。 冷静な気持ちを維持しながら、試験問題を解いていけます。 思考も落ち着くので、ミスも減ります。 初対面で人と出会ったときも、慌てて名刺を差し出すのはよくありません。 もちろん名刺交換は先手が基本ですが、名刺を取り出す動作はスローを心がけます。 ゆっくり名刺を取り出して、相手に手渡しましょう。 落ち着いた気持ちを維持しながら、自己紹介ができます。 名刺交換と自己紹介がかっこよく決まれば、引き続き、落ち着いた気持ちで会話ができるようになります。 プレゼンのときも、急いで1枚目のスライドを表示させません。 急いで1枚目のスライドを表示させると、余計な焦りと緊張を生んでしまいます。 急いでプレゼンを進めたい気持ちがあっても、最初の動作はゆっくりしましょう。 自己紹介とユーモアを交えた雑談を終えてから、ゆっくり1枚目のスライドを表示します。 落ち着きを保ちながらプレゼンを進められます。 落ち着いた気持ちを維持したいなら、最初の動作をゆっくりしましょう。 最初の動作がゆっくりだと、焦らないのです。 最初の動作は「ゆっくり」を心がけて、落ち着きを保つ。

3
★1

「一寸先は闇」を信じていると、ネガティブ思考になる。
「一寸先は光」を信じていると、ポジティブ思考になる。

「一寸先」と聞けば、次にどんな言葉を思い浮かべますか。 「闇」という言葉を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 「一寸先は闇」という言葉があるとおり、たしかに未来のことは予測できません。 実際に「一寸先は闇」という現実があるのも事実。 すべてが予想どおりに進むとは限りません。 思わぬ想定外によって奇想天外が起こることもあります。 明日のことは、明日になってみないと分かりません。 未来のことは、未来になってみないと分かりません。 今は希望に満ちていても、ちょっとしたことで、突然絶望に変わることもあるでしょう。 今は幸福であっても、何らかのトラブルで、一気に不幸のどん底に落ちることもあります。 「一寸先は闇」という言葉に偽りはなく、現実に起こりえるのも事実です。 しかし「一瞬先は闇」という言葉は、暗い印象がつきまといます。 せっかく明るく幸せであっても「今だけだ」「絶望が近づいている」「もうすぐ不幸が来るぞ」と脅されている気がします。 なぜわざわざネガティブに考えなければいけないのでしょう。 戒めの言葉としては悪趣味です。 縁起も印象も最悪です。 「一寸先は闇」という言葉を信じていると、ネガティブ思考がエスカレートするのです。 どうせ信じるなら、逆を考えましょう。 すなわち「一寸先は光」です。 今は絶望でも、何かがきっかけで、急に希望がやって来ることがあります。 今は不幸であっても、ある転機によって、突然幸せになれることもあります。 「一寸先は闇」という状況が現実にあるように「一寸先は光」という状況も現実にあります。 私たちは、自由に信条を選ぶ権利があります。 心に留めるなら「一寸先は光」という言葉を信じようではありませんか。 根拠があろうとなかろうと関係ありません。 少なくとも明るい信条を選ぶほうが、わくわくします。 明るい未来を信じたほうが、実現の可能性も高まります。 まだ人生を諦めてはいけません。 今は絶望や不幸であっても、それがずっと続くと確定しているわけではありません。 何かがきっかけで、人生が好転することがあります。 今は最悪の状況でも、何かが転機になり、人生が逆転することもあります。 どんなに暗いトンネルも、いつか出口があり、光があります。 もう少しの辛抱です。 一寸先にあるのは、闇ではありません。 光です。 「一寸先は光」という言葉を信じていると、ポジティブ思考が強化されます。 「一寸先は闇」ではなく「一寸先は光」という言葉を信じる。

4
★0

「ありがとう」と書くだけで、晴れやかな気持ちになれる。

晴れやかな気持ちになる簡単な方法があります。 「ありがとう」と書くだけでいいのです。 さあ、白紙の紙を取り出し「ありがとう」と書いてみましょう。 嬉しいことがあって「ありがとう」と書くのではありません。 嬉しいことがなくても、まず「ありがとう」と書いてみます。 ゆっくり丁寧に書きましょう。 心を込めて書くのがポイントです。 これだけで、心の中に青空が広がるのを実感できるでしょう。 だんだん心が明るくなり、ポジティブな感情が湧いてくるはずです。 この不思議な現象には理由があります。 私たちが「ありがとう」と言う場面は、感謝をする場面が一般的です。 脳の中で「感謝をしたいとき=ありがとう」という関連性が結びついています。 そのため「ありがとう」と書くことで、一緒に感謝の気持ちも思いだし、心にポジティブな感情が広がっていくのです。 誰かに「ありがとう」と言っている場面を想像しながら書くと、現実性が増して、ますます効果が高まります。 「ありがとう」と書いただけで、本当に嬉しい出来事が起こったような錯覚が得られます。 自然と嬉しい気持ちが湧いてきて、気持ちが明るくなっていくはずです。 この方法は、心がむしゃくしゃしているときも有効です。 不愉快なことがあって心が乱れているときも「ありがとう」という字を書いてみてください。 平常心を取り戻し、晴れやかな気持ちになっていくでしょう。 気づけば、むしゃむしゃしていたことすら忘れているはずです。 1回書くだけでも効果はありますが、何回か繰り返すと、ますます効果的です。 どんなにむしゃくしゃしていても、何十回も「ありがとう」と書けば、必ず落ち着きます。 何度も繰り返していると、だんだんテンションが上がってきて、手書きの手紙まで書きたくなってくるでしょう。 平凡な方法ですが、効果は強力です。 晴れやかな気持ちになりたいときは、紙に「ありがとう」という字を書きましょう。 晴れやかな気持ちになりたいときは、紙に「ありがとう」という字を書く。

5
★2

手書きの手紙を書きやすくする方法。

いきなり手紙を書くのは抵抗があります。 現代社会は、アナログからデジタルに移り変わろうとしています。 アナログの字を書く機会が減って、代わりにデジタルの字を書く機会が増えました。 「字を書くこと」より「字を打つこと」のほうが多いでしょう。 久しぶりに手書きの字を書く機会があると、妙に緊張します。 急に字を書こうとすると、1文字目が変な字になってしまうのです。 ボールペンで書いた字なら消せないため、新しい便せんでやり直すことになる。 一度は経験があるのではないでしょうか。 こんなとき、スムーズに手書きの手紙を書きやすくする方法があります。 とても簡単です。 白紙の紙に「ありがとう」という字を何回も書くだけでいいのです。 スポーツ前に行う準備運動と同じです。 スポーツ前には準備運動をするように、手書きの字を書く前も準備運動が有効です。 「ありがとう」と書いているうちに、だんだん手の筋肉がほぐれ、温まっていきます。 やる気も高ぶり、だんだんテンションも上がってきます。 さらに感謝の気持ちも湧いてきて、心が幸せな気持ちに満ちてきます。 心と体のテンションが上がってきたところで便せんを取り出せば、スムーズに取りかかれます。 さあ、白紙の紙を取り出して、何度も「ありがとう」と書いてみてください。 「ありがとう」と書く回数に制限はありません。 「テンションが上がった」と感じるまで、何回も書くといいでしょう。 たったこれだけで、手書きの手紙を書きやすくなります。 手書きの手紙を書く前は、準備運動として、「ありがとう」の字を何回も書いて、心と体のテンションを上げる。

6
★2

絡まったコード。
焦ってほどこうとすると、余計に時間がかかる。
落ち着いてほどこうとすると、すぐほどける。

日常では、ときどきコードが絡まることがあります。 よくあるのがイヤホンのコードです。 ぐちゃぐちゃに絡まっていると、どこからどうほどいていいのか分かりません。 複雑な絡み方をしていると、見た目も悪く、いらいらするでしょう。 特に急いでいるタイミングだと困ります。 「よりによって、どうしてこんなときに絡むのだろう」 嘆きたくなり、いらいらがエスカレートします。 いらいらが最高潮に達すると、引きちぎりたくなる衝動に駆られることもあるでしょう。 誰でも一度は経験があるのではないでしょうか。 ここで不思議な現象があります。 焦ってほどこうとすると、余計に時間がかかるのが定番です。 焦って興奮が高まっていると、手がスムーズに動きません。 心に余裕がないため、冷静にほどき方を深く考えなくなります。 安易なほどき方をすると、余計にもつれてしまうという悪循環が待っているでしょう。 いつの間にか細結びが数カ所できてしまい、ほどくのが難しくなるのです。 絡まったコードを早くほどきたいなら、第一に心がけたいことがあります。 まず落ち着きましょう。 焦る気持ちがあっても、いらいらしていても、まず落ち着くこと。 急いでいるときでも、いったん心を落ち着かせ、冷静を取り戻しましょう。 いらいらが爆発しそうになったときこそ、正念場です。 コードを引きちぎったところで仕方ありません。 コードを買い直さなければいけなくなり、無駄な出費が増えます。 どんなにいらいらしていても、落ち着くことが大切です。 興奮が収まって落ち着きを取り戻せば、コードのほどき方を、冷静に考えることができるようになります。 手の動きもスムーズになる。 結果として、早くほどけるのです。 焦りやいらいらを感じやすい場面だからこそ、落ち着きが大切です。 なかなか落ち着けないなら、深呼吸をするといいでしょう。 大きく息を吸えば、酸素が脳に行き渡り、落ち着きやすくなります。 「深呼吸なんて時間の無駄」と思うかもしれませんが誤解です。 深呼吸の時間は増えますが、早く落ち着けるため、結果としてほどくのも早くなります。 急いでいるときは、落ち着いているどころではないと思うかもしれませんが、焦りは禁物です。 急いでいるからこそ落ち着きが大切です。 コードが絡まって焦りやいらいらを感じ始めたら「自分が試されている瞬間」と思うこと。 理性と自制心を働かせ、落ち着きましょう。 落ち着いてほどこうとすると、すぐほどけるのです。 コードが絡まったときは、いらいらする気持ちを抑え、落ち着いてほどく。

7
★4

「1パーセントしかない」と考えるのではない。
「100回やれば、1回は当たる」と考えよう。

「成功率は、1パーセント」 そう聞いたとき、あなたはどう感じますか。 「低い成功率」 「ほとんどゼロ」 「ほぼ実現不可能」 おそらくネガティブな意見が大半でしょう。 たしかに普通に考えるなら、1パーセントは大変低い確率に思えます。 簡単には成功できず、大きな困難が予想されます。 1パーセントという確率を聞いて、早々に諦め、逃げ出す人も多いでしょう。 絶望的に低い確率を感じるのではないでしょうか。 しかし、1パーセントは本当に低い確率なのでしょうか。 1パーセントという言葉や数字にとらわれてはいけません。 ここで発想の逆転です。 視点を変えてみましょう。 1パーセントではなく、次の表現を聞いたとき。どう感じるでしょうか。 「100回やれば、1回は当たる」 1パーセントを言い換えた表現ですが、印象が変わるのではないでしょうか。 シンプルに「1パーセント」と聞くより、可能性が大きく感じるはずです。 100回やれば、ほぼ確実に1回当たると分かれば、希望を感じるでしょう。 まだ0パーセントでなくてよかった。 0パーセントなら、100回でも1000回でも、可能性は皆無です。 0パーセントと1パーセントは、天と地ほど意味が違います。 0パーセントは絶望ですが、1パーセントは希望です。 私たちは、1パーセントという数字を恐れすぎています。 実際のところ1パーセントは、希望と可能性に満ちた数字です。 「1パーセントしかない」と考えるのではありません。 「100回やれば、1回は当たる」と考えましょう。 1パーセントという数字に絶望するのではなく、希望を持つことが大切です。 「100回やればいいだけだね」と、前向きに考えようではありませんか。 「100回も繰り返す」と考えるのではなく「たった100回でよい」と考えましょう。 ポジティブに考えたほうが、1パーセントの壁を乗り越えられます。 その1パーセントが、最初の1回目に来る可能性も十分あるのです。 1パーセントは「100回やれば、1回は当たる」と言い換える。

8
★0

「適当」「ほどほど」が難しいなら、独自の基準を作ってしまおう。

「適当が分からない」 「ほどほどが難しい」 適当やほどほどに悩んでいませんか。 「適当にしよう」「ほどほどにしておこう」と頭で思っても難しいときがあります。 一言で「適当」「ほどほど」と言っても、幅があります。 具体的な基準がないので、どこまで対応すればいいか分かりません。 その場の感覚に任せると、微調整に苦しむでしょう。 そのときの気分や感情によって、過剰になったり不足したりして、質に幅ができてしまいます。 特に完璧主義者にとっては、適当やほどほどが悩みの種でしょう。 ちょうどよい基準が分かるようで分からず、気づかないうちにやりすぎる傾向があります。 時間もお金も有限です。 ストレス管理にも影響するため軽視できません。 適当やほどほどの程度が分からず、苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。 ここで、適当やほどほどに役立つ対策があります。 それは「独自の基準を作る」という方法です。 あらかじめ基準となる数字を設定しておき、それを目安にするのです。 たとえば、金額なら「2万円程度」と決めておく。 時間なら「20時間程度」と決めておく。 文字数なら「1000字程度」と決めておく。 「多少の上下は許容範囲」というルールにしておけば、大きな失敗は防げるでしょう。 もちろん上記は一例であり、基準の決め方は自由です。 抽象的だった「適当」「ほどほど」という基準が、具体的な基準に変わります。 また、下限や上限を設けるのも有効です。 金額なら「1万円以上、3万円まで」と決めておく。 時間なら「10時間以上、30時間まで」と決めておく。 文字数なら「1000字以上、3000字まで」と決めておく。 こうすれば、不足や過剰を防げます。 一度決めた基準は、ずっと固定するのではなく、定期的に見直すといいでしょう。 都合が悪くなれば基準を下げます。 余裕ができたら基準を上げます。 独自の基準は、仕事の質を確保できるように決めればOKです。 独自の基準を考えるには、手間暇がかかって面倒かもしれませんが、それだけの価値があります。 独自の基準は、消えたり減ったりする性質のものではないので、一度決めればずっと活用できます。 独自の基準ができれば、その数字を目安に仕事をすれば「適当」「ほどほど」が実現できるようになります。 予定を立てやすくなったり、計画を考えやすくなったりします。 独自の基準は「マイルール」として大切にすると、愛着も湧くでしょう。 今まで感覚に頼っていたことに、数字が伴った具体的な基準を作りましょう。 完璧主義者にとっては、余計なストレスから解放される鍵になるはずです。 適当やほどほどの程度に悩んだから、具体的な独自の基準を作る。

9
★3

うまくいく方法を見つけるコツは「うまくいく方法は必ずある」を信じること。

うまくいく方法を見つけるコツは何か。 それは「うまくいく方法は必ずある」を信じることに尽きます。 方法を考えようとするとき、最初から疑いや運任せの気持ちになっていませんか。 「本当にうまくいく方法はあるのだろうか」 「偶然うまくいく方法が見つかるといいな」 「もし解決策が見つからなかったらどうしよう」 不安を抱えながら考える人も多いのではないでしょうか。 もちろんまだ方法が見つかっていない段階ですから、不安な気持ちはあって当然です。 解決策があるかどうか分からないなら、不安が大きくなるため、いまいち本気になれないでしょう。 しかし、ここが落とし穴です。 最初から疑いや運任せの気持ちがあると、考える力が弱くなります。 完全な否定ではないものの、否定の気持ちが混じっています。 最初から弱気で消極的になっていると、思考力も弱くなります。 思考力も弱くなると、考え抜く力も貧弱なり、うまくいく方法があっても見つかりません。 疑いや運任せの気持ちがあると、見つかる答えも見つからなくなる。 考えることを諦めやすくなるのです。 では、どう考えるのがよいのか。 うまくいく方法を見つけるコツがあります。 うまくいく方法を見つけるコツは「うまくいく方法は必ずある」と信じることです。 「必ずある」という部分が大事です。 徹底的な肯定で考えるのです。 「うまくいく方法は必ずある」と信じましょう。 「うまくいく方法は必ずある」という前提で考えると、ポジティブな気持ちが湧いて、答えを探す力が強くなります。 考え方が前向きになり、思考が研ぎ澄まされます。 なかなか答えが見つからなくても「そんなはずない」と思えるようになるので、粘り強くなれます。 「自分の考えが足りないだけ。もっとよく考えれば、うまくいく方法は必ず見つかる」と前向きになれます。 何事も肯定から入ることが大事です。 ポジティブになることで、思考力がますます研ぎ澄まされます。 なかなか方法が見つからなくても、どうか簡単に諦めないでください。 思考力の限界に挑戦しましょう。 今すぐ方法が見つからなくてもかまいません。 時間をかけてじっくり考えればいい。 まだ手がかりが見つかっていなくてもかまいません。 アンテナを張り巡らし、あらゆる可能性を探ってみてください。 「うまくいく方法は必ずある」を信じましょう。 その瞬間、思考力の底力が目覚めます。 信じる力こそ、解決策を見いだす最大のコツです。 「うまくいく方法は必ずある」を信じて、諦めずに、もっとよく考える。

10
★2

恥を覚えているのは、本人だけ。

人生では、恥をかいてしまうことがあります。 恥ずかしい姿を見られたこと。 陳腐な失敗をして、大笑いをされたこと。 大きな誤解や勘違いをして、ばかにされたこと。 恥をかくと、一瞬で体温が上がり、全身から汗が噴き出します。 頭が真っ白になり、めまいがするほどくらくらします。 名誉も面目も丸つぶれ。 その場から逃げ出したい気持ちになります。 特に大恥となると、顔から火が出るほど恥ずかしいでしょう。 恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になります。 死にそうなほど恥ずかしくて、穴があったら入りたい気持ちになります。 「すさまじい生き恥をさらしてしまった。もう生きていけない」と思います。 会社員なら、一瞬会社を辞めようと思うかもしれません。 しかし、ここで気づいてほしいことがあります。 恥を覚えているのは、本人だけです。 恥をかいたときこそ周りの人はげらげら笑いますが、しばらくすると忘れるでしょう。 結局のところ、人ごとです。 みんな、一番関心があるのは自分です。 あなたの恥は自分に関係ないので、すぐ忘れてしまうのです。 いちいち人の恥を覚えているほど暇でもありません。 そもそも恥と思っているのも自分だけです。 他人から見れば、ちょっとした出来事にすぎません。 小さな恥なら、もはや一瞬で忘れられるでしょう。 笑い終わった次の瞬間には、記憶から消えています。 恥をかいた本人は、自分のことなので強く覚えていますが、周りの人は簡単に忘れます。 たとえ死ぬほど恥ずかしい大恥をかいても、必ず忘れられます。 多少時間はかかっても、ゆくゆく忘却のかなたに葬られます。 後になって話題が出ても「そういえばそんなことがあったね」という程度です。 恥をかいたことによる心の傷も、しばらくすれば跡形もなく治ります。 恥をかいても、深刻に考えないことです。 「どうせすぐ忘れるだろう」と気軽に構えようではありませんか。 恥を覚えているのは本人だけと分かれば、恥をかくことも怖くなくなります。 この事実に気づけば、恥をかく恐怖が消え去ります。 どんどん恥をかきに行きましょう。 どうせ忘れられるですから、恥をかくつもりで行動していけばいいのです。 恥を恐れなくなったとき、無敵の行動力を発揮できるのです。 恥をかいても、すぐ忘れられる事実に気づく。

11
★5

失敗の99パーセントは、人生に影響なし。
「人生が終わった」という失敗も、実際は何とかなる。

失敗した瞬間「大変なことをしてしまった!」と慌てます。 上司に叱られるかもしれない。 人に迷惑をかけてしまうかもしれない。 経済的なダメージがあるかもしれない。 失敗が大きくなるにつれて、精神的なダメージがあるでしょう。 大きな失敗をしたときは「人生が終わった」と思うこともあるはずです。 もちろん致命的な失敗も存在しますが、ほとんどの場合、大げさに失敗を考えているだけです。 失敗を大げさに感じてしまう原因は「短期的な考え方」にあります。 短期的に考えていると、視野が狭くなって、小さな失敗を大げさに捉えがちです。 今と起点にして短期的に考えると、小さな失敗も大きく感じてしまうもの。 失敗したとき、こう考えてみてください。 「その失敗は、人生にどんな影響があるのか」と。 人生という大きな枠組みで考えると、ほとんど影響のない失敗のはずです。 心が傷ついたとしても、泣いて終わる程度でしょう。 お金で損をしても、致命的と言うほどではないでしょう。 けがや病気をしたとしても、すぐ回復できる程度でしょう。 今は大変に感じるかもしれませんが、人生全体で考えれば、何の影響も与えません。 遅延や損失といった悪影響はあるかもしれませんが、人生全体で考えると、無視できるほど小さなことでしょう。 もはや限りなくゼロに近い悪影響のはずです。 誤解・勘違いによる小さな失敗なら、もはや笑って済ませられるレベルにすぎません。 あなたは今まで多くの失敗を経験したでしょう。 これまでの人生を振り返ったとき、少なくとも3回以上は「人生が終わった」と思う出来事があったはずです。 それでも何とかなり、今ここで生きています。 今回の失敗も同じです。 少し大げさに感じているだけです。 深刻に考えすぎているだけです。 失敗したら、視点を高くして、長期的に考えてみてください。 失敗の99パーセントは、人生に影響なし。 たとえ「人生が終わった」という失敗も、実際は何とかなります。 あまり深く落ち込まず、さっさと忘れましょう。 失敗したら、さっさと笑い話にして、乗り越えるのが得策です。 失敗で余裕がなくなったときは、視点を高くして、人生全体で考えてみる。

12
★1

不真面目に生きている人は、頑張る人を非難する。
真剣に生きている人は、頑張る人を応援する。

不真面目に生きている人は、頑張る人を非難します。 「どうせ失敗するよ」 「頑張るだけ無駄だよ」 「今すぐやめたほうがいい」 「世の中、そんなに甘くないよ」 「くだらない夢だね。叶うわけがない」 頑張る人を邪魔しようと、あれこれ攻撃を始めます。 根拠の有無にかかわらず、否定する暴言を吐くようになります。 なぜ否定する暴言を吐くのか。 不真面目に生きている自分の仲間を、少しでも増やそうとしているのです。 頑張っている人を羨ましく思いつつ、自分にとってまぶしいので攻撃します。 頑張っている人を否定しないと、不真面目に生きている自分の格好がつかない。 真面目に頑張っている人が憎らしくて、邪魔してやりたい心理が働くようになる。 不真面目に生きていると、自然と頑張る人をけなすことも増えてしまうのです。 不真面目に生きていると、自然と性格まで悪くなるので注意が必要です。 一方、真剣に生きる人は違います。 真剣に生きている人は、頑張る人を応援します。 「かっこいいですね」 「必ず成功します」 「きっと実現しますよ」 「うまくいくことを願っていますね」 自然とポジティブな言葉が出てくるようになります。 頑張る人を応援することは、自分の仲間を増やすことでもあります。 自分も真剣に人生を生きているので、頑張っている人を見ると共感して、応援したくなるのです。 たとえ相手が落ち込んでいても「元気出して」「次はうまくいくよ」「大丈夫だよ」と励まそうとします。 自分も似たような困難や挫折を経験しているため、同情の気持ちが湧いて、励まさずにはいられなくなります。 真剣に生きたほうが、頑張る人に対する接し方が柔らかくなるのです。 性格を改善したいなら、自分が真剣に生きることです。 夢は何でもかまいません。 成功を収める必要はありません。 まだ目標を達成していなくてもかまいません。 真剣に生きるだけでいいのです。 性格がよいから真剣に生きるのではありません。 真剣に生きるから性格がよくなります。 真剣に生きることは、性格を改善する力があります。 真剣に生きるようになると、自然と頑張る人を応援できるようになるのです。 真剣に生きて、性格改善につなげる。

13
★1

「疲れそう」と考えただけで疲れる。

エネルギーの無駄遣いは、無意識に行われていることがあります。 それは「疲れそう」と考える場面です。 ときどき「疲れそう」と考える場面があるでしょう。 日常でよくある平凡な場面ですが、注意が必要です。 「疲れそう」と考えただけで疲れるからです。 たとえば今、苦手な仕事をイメージしながら「疲れそう」と思ってみてください。 きっと「疲れそう」と思った瞬間、わずかではありますが、実際に疲れを感じたのではないでしょうか。 急に気持ちが沈んで、心が暗くなったでしょう。 胸焼けをしているような感覚になり、体がだるくなったでしょう。 「疲れそう」と考えたからです。 疲れるのは、実際に仕事をしたときだけとは限りません。 体は動かさなくても、心の中で「疲れそう」と考えただけで疲れます。 普段から「疲れそう」と考える癖のある人は、普通の人より疲れやすくなります。 疲れそうと考えるたびに貴重なエネルギーが失われ、元気がなくなります。 事あるたびに「疲れそう、疲れそう」という不満を言っていると、どんどん体が重く感じてくるでしょう。 エスカレートすると、めまいや吐き気を引き起こすこともあります。 実際に仕事をして疲れるならいいですが、仕事をしていないのに疲れても意味がありません。 疲れるだけ損です。 エネルギーの無駄遣いです。 「疲れそう」と考えそうになったら、すぐ邪念を振り払いましょう。 余計な妄想です。 どれだけ「疲れそう」と思ったところで、仕事は1つも減りません。 むしろ「疲れそう」と考えれば考えるほど倦怠感がエスカレートするため、相対的に仕事が増えたような錯覚が生まれます。 仕事は「疲れそう」と考える前に取りかかりましょう。 ぐだぐだ文句を言わない。 余計なことは考えず、仕事に取りかかるスピードが大切です。 人の気力・体力・精神力は有限です。 仕事をするかぎり、疲れることは避けられませんが、どこで疲れるかです。 どうせ疲れるなら、不毛なことではなく価値のあることで疲れたほうが生産的です。 エネルギーの有効活用を意識しましょう。 どのみちしなければいけない仕事は、早めに取りかかるのが一番。 早めに取りかかれば、それだけ早く完了できます。 1時間早く取りかかれば、1時間早く片付きます。 仕事は「疲れそう」と考える前に取りかかれば、エネルギーを有効活用できるようになり、生産力が向上します。 仕事は「疲れそう」と考える前に取りかかる。

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★4

はっきり断られることは幸い。
おかげで別のことに打ち込める。

叶えたい希望があってお願いをすることがあります。 「どうかお願いします!」 にもかかわらず、相手からはっきり断られてしまうことがあるでしょう。 「無理です」 「できません」 「断らせていただきます」 ストレートに断られると、がっかりします。 肩の力を落とし、落ち込んでしまうでしょう。 「そこをなんとかお願いします」と粘っても、相手は断じて受け入れてくれません。 「絶対無理」 「断じて受け入れられない」 「考えは変わらない」 100パーセント断れると、完全に可能性がないと分かります。 強い口調で言われると、ますますがっかりするでしょう。 希望の道が絶たれると、悔しくて、泣きそうになることもあるかもしれません。 しかし、ここで気づいてほしいことがあります。 もし相手の断り方が曖昧なら、どうなっていたでしょうか。 「また別の機会ということで」 「ちょっと事情がありまして」 「今回は厳しいような気がします」 OKなのかNGなのか、はっきりしません。 相手の断り方が曖昧になると、こちらのアクションも曖昧になります。 もう少し粘るべきか、潔く諦めるべきか、決断が難しい。 可能性が残っているように感じると、消去法で選択肢を消したくても、ためらいが生じます。 もし可能性があると誤解すれば、期待を膨らませ、無駄な時間を過ごしたり余計な行動を取ったりするのです。 しばらくして「ダメなら、最初からはっきり断ってほしかった」と思うはずです。 だからこそ、はっきり断られることは幸いです。 おかげで別のことに打ち込めるからです。 相手が100パーセント断ってくれたおかげで、100パーセント無理だと分かりました。 100パーセント断ってくれたら、むしろ喜ぶべきことです。 おかげで、こちらも完全に諦めることができます。 強く拒絶されても、むっとしないことです。 強く拒絶されるのは「100パーセント無理」という意思表示です。 「はっきり断ってくれてありがとうございます」と、むしろ相手に感謝をしてもいいくらいです。 「この道はダメなのか。それなら別の道に進もう!」 おかげで素早く気持ちを切り替えることができ、別のことに打ち込めるようになるのです。 諦めるときは、潔く諦めましょう。 無駄な時間や労力を費やさずに済み、人生がスムーズになります。 自分のお金・時間・体力は有限です。 無駄なことに使うより、より建設的なことに使ったほうが有意義でしょう。 あなたには、数多くの選択肢がまだまだあります。 選択肢の1つが消えたくらいで、くよくよしないことです。 前に進むための選択肢は、まだほかにもたくさん残っています。 希望の道は、きちんと別の道として続いています。 はっきり断られたら、新しいスタートの始まりなのです。 断られたら、別のことに打ち込めるチャンスと考える。

15
★2

「そんなことも知らないの」と言われたくらいで、むっとしない。

会話中、ふと自分の無知が相手に伝わることがあります。 そんなとき、言われるショッキングな一言があります。 「そんなことも知らないの?」 不快な一言を言われて心が傷つく人もいるでしょう。 ばかにされたような言い方をされて、腹を立てる人もいるかもしれません。 相手にとっての常識は、自分にとって非常識ということがあります。 誰でも知っているような基本常識を知らないと、恥ずかしくなるのも仕方ありません。 しかし「そんなことも知らないの」と言われたときこそ、大事な場面です。 むっとして言い返すと、場の空気が悪くなります。 「ばかにしているの?」 「知らなくて悪かったね」 「どうせ私はばかですよ」 「別に知らなくてもいいでしょう」 「ほっといてください!」 険悪な雰囲気が漂い、ぎくしゃくするでしょう。 小さなことでいらいらすると、いちいちストレスを感じることになり、自分のためにもなりません。 うっかり厳しい言葉で言い返すと、口論に発展することもあるでしょう。 火に油を注ぐことになり、人間関係の不和につながります。 相手も悪気があって言ったとは限りません。 本気ではなく、軽い気持ちで言っただけかもしれません。 相手はばかにしたとしても、本気ではないでしょう。 言った直後、心の中で「言いすぎたかな」と反省していることもあるでしょう。 「そんなことも知らないの」と言われたくらいで、むっとしないことが大切です。 悔しくて言い返したくなっても、喉のところで抑えておくのが得策です。 不快な気持ちになっても、すぐ気持ちを立て直し、冷静に対応しましょう。 難しくありません。 にこにこしながら謙虚に受け止め、意味を聞けばいいことです。 「無知でごめんなさい。どういう意味でしょうか」 「お恥ずかしいです。どういう意味なんですか」 「失礼しました。詳しく知らないので教えてください」 謙虚なリアクションをすることが大切です。 誰でも知らないことがあるのは普通ですから、相手もそれ以上責めることはできないはずです。 たとえ相手が年下であれ立場の低い人であれ、謙虚な姿勢を心がけるのは共通です。 「どういう意味ですか」と質問すれば、相手は詳しく教えてくれるでしょう。 聞くのは恥ずかしいかもしれませんが、きちんと意味を確認できれば、次から恥をかくことがなくなります。 「そんなことも知らないの」と言われてもむっとしない。 にこにこしながら「無知ですみません。どういう意味ですか」と聞く。

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★3

仕事の出来栄えが悪くても、最善と全力を尽くした結果なら、堂々としていい。

仕事の出来栄えがよくないと、落ち込みます。 うまくできそうに思えても、実際に取り組んでみると、思うようにできないこともあるでしょう。 能力が低いと、仕事の出来栄えも粗悪になるでしょう。 「もっとうまくできればいいのに」 「もっと立派な結果だったらいいのに」 自分の未熟さにがっかりして、くよくよ嘆くこともあるでしょう。 未熟な部分があると、恥ずかしくなって赤面することもあるでしょう。 自分より上手な人がいると、つい比べてしまい、自分が情けなくなるかもしれません。 しかし、下手や未熟が悪いのではありません。 悪いのは、手抜きです。 仕事の出来栄えが悪くても、手抜きをせず、最善と全力を尽くした結果なら、落ち込む必要はありません。 むしろ堂々してもいい。 「最善と全力を尽くした結果です」と言い切れるからです。 最善と全力を尽くした結果なら、誰も文句は言いません。 出来栄えにいたらない点があっても、自分をすべて出しきった結果に間違いない。 それ以上努力のしようがないのですから、誰も責めることはできないのです。 下手や未熟であっても、くよくよする必要はありません。 引き続き、最善と全力を続けましょう。 下手や未熟がずっと続くわけではありません。 人は成長する生き物です。 常に最善と全力を心がけていれば、だんだん慣れてきます。 次第にコツがつかめ、要領もよくなります。 だんだんスピードが出るようになり、質も上がっていきます。 ゆっくりではありますが、着実に実力が向上するのです。 1歩でも前に進みましょう。 日々の努力を怠らず、精進を続けましょう。 今は下手で未熟あっても、いずれ上手で熟達するでしょう。 手抜きをしている人は、途中で成長も止まりますが、真面目にしている人は、成長が伸び続けます。 最初はレベルが低くても、地道な努力と積み重ねることで、レベルを上げていけます。 自分の成長を記録するような工夫をすれば、目に見える形になるため、モチベーションを維持しやすくなります。 たとえスランプに直面しても、永遠に続くわけではありません。 最善と全力を続けていれば、いずれスランプから抜け出せ、再び右上がりの成長になります。 常に最善と全力を尽くしているなら、熟練者を追い抜くのは時間の問題です。 自分よりうまくできていた人を、いずれ追い抜けるのです。 仕事の出来栄えが悪くても、最善と全力を尽くした結果なら、堂々としていいのです。 仕事の出来栄えが悪くても、最善と全力を尽くした結果なら、堂々とする。

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★0

「前向きな気持ち」と「前向きな行動」は別物。

「前向きになろう」 よく聞く言葉ですが、前提として大切なことがあります。 前向きには、2種類あります。 (1)前向きな気持ち (2)前向きな行動 それぞれ同じような意味に思えますが、実際は別物であるため、分けて考える必要があります。 まず大切なのは「前向きな気持ち」です。 前向きな気持ちは、モチベーションを上げる燃料です。 前向きな気持ちがあってこそ、熱意・意欲・元気が湧いて、行動力へと変わります。 前向きな気持ちがなくて困ることはあっても、あって困ることはありません。 ネガティブであるくらいなら、ポジティブであるほうが、はるかに健全です。 しかし、前向きな気持ちがあっても、行動が伴わなければ無意味です。 気持ちはあっても行動がなければ、結果はゼロ。 未来を変えたいと思っていても、じっとしているだけでは意味がありません。 どんなに気持ちが前向きであっても、行動が伴わなければ、現実も変わらないのです。 前向きな気持ちだけで終わっていませんか。 ポジティブなのはいいですが、それだけでは不十分です。 さらに大切なのは「前向きな行動」です。 「まず前向きに気持ちがあって、次に行動が伴い、結果として現実が変わる」という流れです。 現実を変えるのは、行動しかありません。 前向きな気持ちと前向きな行動の両方がそろってこそ、意味があります。 前向きな気持ちがあるのなら、前向きな行動も心がけましょう。 前向きな気持ちだけでなく、前向きな行動も心がける。

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★0

お見舞いに行くときは、暗い雰囲気を出さない。
明るく元気に振る舞うのがマナー。

お見舞いに行くとき、よくありがちなマナー違反があります。 つい暗い雰囲気でお見舞いをしてしまうことです。 もちろんお見舞いをする人に悪気はありません。 入院している人のところに行くのですから、心情として暗い雰囲気になりがちです。 明るく振る舞うと不謹慎ではないかと不安になる。 笑顔も笑いも抑えたほうがいいだろうと思ってしまう。 その結果、暗い雰囲気になりがちです。 しかし、ここに誤解があります。 暗い雰囲気でお見舞いに行くと、相手を気遣わせてしまいます。 暗い表情と低いトーンで「元気ですか」「大丈夫ですか」「治りそうですか」と聞いてしまうと、相手を余計に不安にさせます。 しめやかな空気が流れ、お見舞いがお通夜のような雰囲気になってしまいます。 相手を余計に気遣わせてしまい、かえって悪影響になるのです。 お見舞いの本来の目的は、入院患者を明るく元気付けること。 お見舞いのときは、ただ訪問するのではなく、明るく元気に振る舞ってパワーを分け与えることが大切です。 嘘でもいいので、明るく前向きな声をかけましょう。 「すぐ治りますよ!」 「○○さんなら大丈夫ですよ!」 「職場のみんなが待っていますよ」 「さっさと治してしまいましょう!」 「早く元気になってくださいね!」 明るく元気に振る舞うほうが、相手も心が軽くなり、元気付けられます。 お見舞いだから、明るい話や楽しい会話が禁止というわけではありません。 もちろん露骨な幸せ自慢は控えたほうがいいですが、普通に明るく楽しい話なら、積極的に話していくほうが喜ばれます。 明るい話をしてもいい。 楽しい会話もOKです。 もちろん笑うときには笑ってもいい。 しっかり笑うことは、免疫力の向上とストレス解消に役立ちます。 笑いは、自律神経を整える作用があることも医学的に確認されています。 嘘でも演技でもいいので明るく振る舞うと、相手も「早く退院したい」という希望が強くなります。 希望を持つことは、すべての病気に対してプラスに働きます。 みんなでわいわいしたほうが雰囲気も明るくなり、相手も元気になってくれます。 これが本当のお見舞いなのです。 お見舞いに行くときは、暗い雰囲気を出さず、明るく元気に振る舞う。

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★2

悩みながら前に進もう。
落ち込みながら前に進もう。

悩んだとき、どうするか。 ここは、あなたの人生の成り行きを決める大切な瞬間です。 「答えが分かってから始める」という人もいるでしょう。 「解決策が見つかってから取りかかる」という人もいるでしょう。 答えも解決策も分からないのに行動しても、不毛に思えます。 どうすればいいか分からないとき、とにかく悩みに集中したがほうが、答えや解決策も見つかりやすいように思えます。 もちろん答えや解決策が判明してから行動するのもいいですが、実際は逆です。 本来、行動するからヒントが見つかり、ヒントが見つかるから答えや解決策が見えてきます。 行動しないとヒントが見つかりません。 じっと悩んでいるばかりでは、ヒントが見つからないため、なかなか答えも解決策が見つかりません。 いくら悩んだところで、行動しなければ、実現はゼロ。 どんどん無駄な時間が過ぎていき、仕事も遅れてしまいます。 悩みながら前に進みましょう。 答えや解決策は、前に進みながら考えればいいのです。 さまざまな刺激や変化に触れているうちにヒントが見つかり、答えや解決策を見いだせます。 落ち込んだときも同じです。 落ち込んでいるときは動けないように思えますが、本当にそうでしょうか。 落ち込んでいるから動けないのは思い込みです。 落ち込んでいても、実は動けます。 落ち込んでいても、おなかがすけば、食事のために動けるはずです。 トイレや入浴のために動けるはずです。 大好物が食べられるなら、喜んで外食ができるでしょう。 重大なけがや病気といった緊急事態なら別ですが、普通の落ち込みなら普通に動けるはずです。 落ち込んでいても動けるのですから、前に進みましょう。 元気がないなら、元気がなくてもできる仕事をすればいい。 やる気がないなら、やる気がなくてもできる仕事をすればいい。 落ち込んでいるなら、落ち込んでいてもできる仕事をすればいい。 大きな仕事である必要はなく、小さな仕事でかまいません。 複雑で難しい仕事である必要はなく、単純で簡単な仕事で十分です。 何をしていいか分からないなら、とりあえず部屋の掃除から始めればいいのです。 自然と元気が出るまで待つのもいいですが、何もせずじっとしていると、立ち直りが遅くなります。 もっと積極的に落ち込みから回復したい。 悩みながら前に進みましょう。 落ち込みながら前に進みましょう。 悩みながら動ける人は偉い。 落ち込みながら行動する人は素晴らしい。 どんなときでも前に進もうとする心意気が大切です。 悩んだら、立ち止まるのではなく、悩みながら前に進む。 落ち込んだら、じっとしているのではなく、落ち込みながら前に進む。

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★2

中途半端にできるより、完全にできないほうが幸せ。

完全にできないことがあっても、落ち込む必要はありません。 それは、むしろ幸せなことだからです。 普通に考えたとき、完全にできないことはネガティブ要因に思えます。 明らかな弱点であり、短所です。 完全にできないことがあれば、それを活用した未来も閉ざされるような気がします。 自分にできないことをほかの人が簡単にできていると、自分が情けなくなります。 完全にできないくらいなら、少しでもできたほうがよさそうに思えます。 しかし、ここが落とし穴です。 想像してみてください。 もし中途半端にできることがあれば、どうなるでしょうか。 少しできるなら、もっと頑張ればできそうな気がします。 「もう少し頑張れば、もっと上達するかもしれない」と思う。 「念のため、人並みくらいまでスキルアップをしておこうか」と思うこともあるでしょう。 上達を目指したくなり、時間と労力を割くことになるでしょう。 中途半端にできてしまったばかりに、余計な行動をすることになります。 一方、本来の得意分野も集中しにくくなります。 自分の限りある資源が分散され、本当の強みを深めにくくなる。 結果として、不得意だけでなく、得意まで中途半端になるのです。 なぜ完全にできないと幸せなのか。 それは、潔く諦めることができるからです。 「自分には絶対向いていない」と悟れるのは幸せなことです。 「自分には無理」「完全に不得意」「生理的に受け付けない」という自覚がはっきりしていれば、判断も容易です。 完全にできないことがあれば「無駄な努力をしないで済む」と思って喜べばいい。 完全にできないことがあって諦めたら、実現の道も絶たれるように思えますが、誤解です。 完全にできなければ、できる人にお願いすればいいだけです。 非常識でもルール違反でもなく、社会的にまっとうな方法です。 自分の不得意は、誰かの得意です。 できる人にお願いすれば、時間に余裕が生まれ、自分の得意分野に集中できます。 人に資源には限りがあります。 自分の限りある資源は、自分の適性に集中させたほうがいい。 時間もお金も労力も1つに集中させるから、能力が伸び、才能を磨けます。 結果として、最高の仕事を発揮できるのです。 完全にできないことがあれば「無駄な努力をしないで済む」と思って喜ぶ。

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★2

感動させる作品を作りたければ、感動体験が必要。

世の中には、数多くの創作活動があります。 小説、音楽、絵画、映画、漫画、アニメ、ダンス、演劇、彫刻。 仕事で創作に取り組んでいる人もいれば、趣味として創作を楽しんでいる人もいるでしょう。 創作活動は素晴らしい。 創作の世界では、自分が王様になれます。 自分がルールを作り、色や形を自由に決定できます。 何でも自由に表現できる素晴らしさは、ほかには変えられない価値があります。 現実にあり得ないことも、創作の世界なら表現できます。 そうした創作活動をする人にとって興味関心の1つは「どうすれば感動させる作品を作れるか」です。 感動させる作品を作るのは、簡単そうで難しい。 感動させるためには、人の心をつかみ、揺さぶる必要があります。 自分にも心があるので簡単そうですが、いざ感動させる作品を作ろうと思うと、手が止まります。 「感動させる」という概念が抽象的で、何をどうすればいいか分からないのです。 ここで、感動させる作品を作るための基本をご紹介します。 感動させる作品を作るには、何かが必要なのか。 それは「感動体験」なのです。 創作活動には優れた感性が欠かせません。 名作や傑作といった一流作品に触れ、まず自分が感動を体験することが大切です。 感動を体験することで、感性が磨かれ、豊かになっていきます。 感動できる対象なら何でもかまいません。 自分が関わっている分野を中心に感動を体験しつつ、無関係の分野にも触れて感動することが大切です。 素晴らしい作品に触れ、しっかり感動してください。 「本当にすごい!」 「何て素晴らしいのだろう!」 「涙を抑えることができない!」 ぼろぼろ涙を流しましょう 心が震える時間を過ごしましょう。 全身に鳥肌が立つ作品に触れましょう。 あまりに感動して、ぼうぜんとする体験も素晴らしい。 名作や傑作に触れて深く感動すると、あなたは変わります。 物質的なものを得られるわけではありませんが、感性が磨かれるのです。 名作や傑作に触れることで、五感を通して、素晴らしい知識・技術・文化を吸収できます。 プロ意識や一流の条件を直感的に知ることができます。 そして、感動の本質を知ることができます。 感動した経験は消えてなくなりません。 顕在意識から消えることはあっても、潜在意識の中で眠っています。 たくさん感動する体験をすれば、創作活動の際、発想やひらめきの材料になります。 今まで体験した感動が心の中に浮かぶようになり、あなたの活動をサポートしてくれるのです。 最近、どんな感動をしましたか。 感動が少なくて困ることはあっても、多すぎて困ることはありません。 世の中には、数多くの名作・傑作が存在します。 感動させる作品の作り方が分からないなら、まず感動を体験しに行きましょう。 感動がたくさんある人生のほうが華やかになります。 一流の作品に触れ、たっぷり感動する体験をする。

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★2

つまらない話に笑ってあげるのが優しさ。
くだらない話に突っ込んであげるのも優しさ。

どうすれば会話で優しさを表現できるでしょうか。 会話で優しさを表現したいなら、次の2つを心がけましょう。 それは「つまらない話に笑うこと」と「くだらない話に突っ込むこと」です。 どちらも白けそうな場面ですが、こういうときこそ優しさを表現するチャンスです。 あなたの心の器が試される場面です。 片方を心がけるのもいいですが、できれば両方を心がけるといいでしょう。 ●つまらない話に笑ってあげる ときどき相手がつまらない話をするときがあります。 こんなとき「面白くない」「つまらない」「時間の無駄」と否定すると、場が白け、話も止まります。 たしかに正直な一言かもしれませんが、悪印象が伴います。 話を盛り上げる要素もありません。 「そんなつまらない話に笑うほど、自分は安い人間ではない」 つまらない話に笑うと、自分の価値を下げそうな気がするかもしれません。 「面白いギャグやジョークしか笑わない」というプライドもあるかもしれません。 しかし、変な意地を張っていても話が進展しません。 どんどん場が白けてしまいます。 相手は「少しくらい笑ってくれてもいいのに冷たい人だな」とがっかりするでしょう。 こういうときは、つまらないと感じても笑ってあげましょう。 「わはは、何だか面白いね」 「あはは、笑っちゃうね」 「うふふ、分からないけれど笑ってしまう」 笑うと、場の雰囲気が盛り上がります。 笑ってあげると「自分が話がウケてよかった」と相手もほっとするとでしょう。 楽しいから笑うのではありません。 笑うから楽しくなるのです。 ほほ笑みでも、大笑いでもかまいません。 とにかくにこにこ笑えば、活気が出て、華やかな雰囲気が生まれます。 つまらない話に笑ってあげることで、あなたの優しさが相手に伝わるのです。 ●くだらない話に突っ込んであげる 相手がくだらない話をすると、興ざめの一言を言いたくなるかもしれません。 「くだらない」 「ばかばかしい」 「つまらないよ」 正直な一言かもしれませんが、話が発展しません。 場が白けます。 こういうときに役立つのが、突っ込みです。 相手がくだらない話をしたら、すかさず突っ込んであげましょう。 「それはおかしいよ!」 「何だか話が変だよ!」 「どうしてそうなるの!」 くだらない話に突っ込んであげると、漫才のような雰囲気になります。 オチがなければ「オチがないよ!」という突っ込み方ができるでしょう。 きちんと突っ込んであげると、相手はほっとします。 相手は「スベらなくてよかった。この人の前ならくだらない話もできる」と安心できます。 きちんと突っ込んであげることで、会話のキャッチボールが続きます。 会話のテンポよくなり、コミュニケーションが活性化されていきます。 くだらない話に突っ込んであげるのも優しさなのです。 面白い話には、ためらわず、突っ込みを入れる。 つまらない話には、意地を張らず、笑ってあげる。

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★0

わけの分からない人がいても、根拠のないことは言わない。

わけの分からない人に遭遇することがあります。 何を考えているのか分からず、相手の気持ちを理解するのが難しい人です。 少し言動が怪しい人。 自分の価値観や考え方と合わない人。 自分には理解しがたい趣味を持っている人。 わけの分からない人がいたとき、どんな言葉を言うか。 日常で時折ある場面ですが、大切な瞬間です。 よくありがちなのが、差別的な発言をしてしまうことです。 「あの人は危ない人」 「頭がいかれている」 「頭のネジが緩んでいる」 「変質者だろう」 「変態に違いない」 「精神障害者かもしれない」 「実は犯罪者かもしれない」 言動や外見の怪しさから、軽蔑するようなことを言いそうになるかもしれません。 もちろん自分に攻撃してくる人物なら、まだ分かります。 明らかに危害を加えてくる人なら、自分を守るため、警戒する言葉が出てくるのも当然です。 あまり深入りせず、無言のまま、その場から離れるのがいいでしょう。 しかし、特別な事情がないなら、根拠のないことは言わないほうがいいでしょう。 差別的な言葉が頭に浮かんでも、実際に口に出して言うのはよくありません。 軽い気持ちで言った一言であっても、相手を傷つけてしまうかもしれません。 安易な気持ちで言った一言が引き金になって、相手を怒らせるかもしれません。 特に人格や尊厳を傷つける言葉はすべて厳禁です。 軽い気持ちで言った一言でも、相手の人格や尊厳を傷つけたなら、強い不快感が伴います。 たった一言であっても、トラブルを招く可能性は十分あります。 したがって、わけの分からない人がいても、根拠のないことは言わないのが得策です。 もし何か言うとしても、言葉を十分に選ぶ必要があります。 「私には分からない」「何とも言えない」と言う程度にとどめておくのがいいでしょう。 言葉は、素晴らしい道具ですが、使い方によっては凶器になることもあります。 相手がどんな事情であっても、傷つけるような言葉はすべて不適切。 悪口、陰口、噂話。 不快な言葉や余計な言葉は、すべて慎みます。 わけの分からない人がいても、根拠のないことは言わないのがマナーです。 わけの分からない人がいても、根拠のないは言わないようにする。

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★3

どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組む。

どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組みましょう。 会社で行う仕事の中には、面白くないこともあるでしょう。 ため息しか出ない仕事もあるでしょう。 興味関心がゼロで、まったくやる気が起きないこともあるでしょう。 時には関わりたくない仕事もあるかもしれません。 しかし、それが自分に与えられた仕事なら、きちんと取り組むことが必要です。 やる気の有無は関係ありません。 モチベーションの有無も関係ありません。 学校なら「つまらないからサボる」が通用したかもしれませんが、社会に出て仕事をすることになれば、次元が変わります。 社会では「つまらないならしたくない」は通用しません。 仕事であるからには、給与が発生しています。 金銭と雇用契約が発生しているなら、つまらない仕事でもきちんと取り組むこと。 そして責任を持ってやり遂げることが大切です。 自分と約束してください。 「自分に与えられた仕事は、責任を持ってやり遂げる」と。 これが「職務を全うする」ということです。 気力が出ないなら、無気力のままでもいいので、仕事に取りかかりましょう。 自分に与えられた仕事は「自分に与えられた使命」と言い換えると、やる気が出やすくなるでしょう。 最初は無気力であっても、仕事をしているうちにだんだん気持ちが高ぶってきて、やる気や元気が出てきます。 スピードは遅くてもいいので、自分に与えられた仕事なら、少しずつ進めていきましょう。 慣れていくにつれて、スピードも出てきます。 つまらなくて仕方ないなら、面白くなるような工夫をしてください。 知恵を絞れば、仕事が面白くなるような工夫やアイデアが浮かぶはずです。 工夫とアイデアさえあれば、どんなつまらない仕事も面白くなります。 仕事のメリットを想像しながら取り組むのもよし。 仕事に制限時間を作ってゲーム感覚にするのもよし。 仕事の成果を記録するだけでもかまいません。 記録に残すと目に見える形になるので、やる気の向上につながります。 どうしても仕事を辞めたいなら、今関わっている仕事が一区切りついてからがいいでしょう。 一度受け持った仕事は、責任が発生しています。 仕事の途中で放棄すると、周りに迷惑がかかります。 少し時間はかかっても、責任を持って仕事をやり終えてから辞めるほうがスマートです。 責任を持ってやり遂げることが大切です。 仕事の途中で1人の限界を感じたら、誰かに手伝ってもらうといいでしょう。 仕事量が多くても、手分けをすれば、取り組みやすくなります。 手伝ってもらうのが難しい仕事なら、上司に相談するといいでしょう。 仕事量を減らしてもらえたり、難易度を下げてもらえたりできるかもしれません。 どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組む、責任を持ってやり遂げることが大切です。 どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組み、責任を持ってやり遂げる。

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★2

「一応」という言葉は使わないほうがいい。
不安や違和感を与える原因になる。

日常で注意したい言葉があります。 それは「一応」という言葉です。 私たちの日常では「一応」という言葉に触れることがあります。 「一応」とは「十分ではないが、最低限条件は満たしている」という意味があります。 日常でよく聞かれるキーワードですが、安易な使い方は避けたほうがいいでしょう。 ほとんどの場合、感じが悪くなるからです。 中途半端な意味が伴い、不安や違和感を与える原因になります。 また、誠実に答えていない印象を与え、失礼な印象になることも少なくありません。 たとえば、出身地について聞かれる場面があるとします。 「ご出身はどちらですか」と聞かれたとき「一応、愛媛県出身です」と答えると、すっきりしない印象を与えるでしょう。 愛媛県以外にも出身があるように聞こえます。 本当に愛媛県出身なのか疑わしい気持ちも出てくるでしょう。 きちんと言えない事情があるようにも聞こえ、不安になってきます。 取引先の前で、自社商品についてプレゼンを行う場面があるとします。 「一応、自信のある商品です」という言い方をすると、どう感じるでしょうか。 聞き手は不安を感じ、頼りない印象を受けるでしょう。 「一応」が含まれると「自信がないところもある」という意味にも聞こえます。 上司から資料の確認を依頼され、進み具合について聞かれたとします。 「一応、確認が終わりました」という言い方をすると、上司はけげんな表情をするでしょう。 上司は「少し手抜きをしたのだろうか」「何か不備でもあったのだろうか」ともやもやした印象を受けるはずです。 一応という言葉を使うと、違和感や不安感を与えがちです。 時には不快感や悪印象につながることも少なくありません。 本人に悪気はなくても、少なくとも気持ちのいい言葉ではないため、禁句にしたほうがいいでしょう。 一応という言葉を取り除きましょう。 「一応、愛媛県出身です」という一言なら「愛媛県出身です」と言い換えます。 「一応、自信のある商品です」という一言なら「自信のある商品です」と言い換えます。 「一応、確認が終わりました」という一言なら「確認が終わりました」と言い換えます。 一応を取り除いたほうが、言葉がすっきりする上、堂々とした印象も出ます。 口癖になっている人は、特に注意したほうがいいでしょう。 周りが使っていたとしても、自分は流されず、禁句にしておくのが賢明です。 もし不安要素を伝えたいなら、はっきり言い切った後、補足として加えるといいでしょう。 「確認が終わりました。気になる点を1つ見つけました。それは~」 こうした言い方なら、すっきりした印象を保ちながら不安要素を伝えられます。 一応という言葉を使わなくても、生活に支障はありません。 一応という言葉は禁句でいいのです。 「一応」という言葉を禁句にする。

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★3

悩むことは進化の前触れ。

かつて人類は、火をおこすために悩んでいました。 「火があれば便利。自分たちで火をおこせないだろうか」 悩みながら、さまざまな方法を試した結果、ついに火をおこす方法を見つけました。 その後、火をおこす方法はどんどん進化していき、現在ではボタンを押すだけで火をおこせるようになりました。 悩んでいたおかげで、人類は火を操る能力を得たのです。 薬が発明されたのも、悩んでいたおかげです。 「けがを治したい。病気を治したい。早く治したい。何かよい方法はないだろうか」と悩んだ結果、薬が生まれました。 薬はどんどん進化して、現在では数多くの病に対応できるようになりました。 かつては治療困難とされていた病さえ、現在では薬で治せるようになりました。 便利な道具を発明したのも、悩んでいたおかげです。 「もっと作業を効率的にする道具はないだろうか」と悩んだ結果、道具が発明されました。 道具もどんどん進化していき、便利になっていきました。 かつては海を渡ることすらできなかった人類が、現在では、海を渡り、空を飛び、宇宙にも行けるようになりました。 最初の人類である猿人の脳は、500グラム程度でした。 その後、原人、旧人、新人という段階を経ていき、同時に脳も大きくなっていきました。 脳をたくさん使っていたからです。 生存競争に勝ち、過酷な環境を生き抜くためには、脳をたくさん使う必要がありました。 現在私たち人間の脳は、1500グラムほどです。 最初の猿人のころと比べると、3倍も大きくなっているのです。 悩むことで脳が進化して、多くの解決策を生み出し、生き延びていきました。 私たち人類の歴史は、悩みの連続と言っても過言ではありません。 あなたは今、悩んでいるかもしれません。 それは悪いことではなく、いいことです。 何か答えが見つかるまで、たくさん悩んでください。 悩んで、悩んで、悩み抜き、よい解決策を生み出してください。 解決策を得たとき、あなたは進化します。 悩みが大きいほど、進化も大きくなります。 たとえ解決策が見つからなくても無駄ではありません。 悩むこと自体が、脳にとって進化です。 人は「考える」という特性を持った生き物です。 さまざまな可能性を模索することで、脳の神経ネットワークが密になって、考える力が強くなっています。 表向きには見えなくても、脳の中では進化を遂げているのです。 どうか悩むことを、否定するのではなく、肯定してください。 悩むことは進化することとです。 脳が発達している人間にとって、考えることは重要な行為。 悩むことを楽しみましょう。 悩むことは進化の前触れなのです。 進化をするためにもっと悩む。

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★1

着替えとは、儀式の一種。
気持ちと生活モードを切り替える効果がある。

着替えとは何か。 一般的な意味としては「着ている衣服を脱いで、別の衣服を着ること」をいいます。 もちろんこれが本来の意味であり間違っていませんが、これだけでなく、別の意味もあります。 着替えとは、儀式の一種でもあります。 気持ちと生活モードを切り替える効果があるのです。 私たちは身につけている衣類から、無意識のうちに心理的な影響を受けています。 フォーマルな衣服を着ると、気持ちが引き締まって、緊張感が漂うでしょう。 カジュアルな衣服を着ているときは、心が穏やかになり、リラックスした気持ちになるでしょう。 身につけている服の種類によって、気分や気持ちが変化します。 「着替え」という行為が「区切り」となって、生活モードが切り替わるのです。 私たちは、1日のうちに何度か着替える機会があります。 無意識のうちに何度も儀式を行っているのです。 単なる着替えとはいえ、心と生活に影響を与えているのは間違いありません。 たとえば、朝起きたら、パジャマから仕事着に着替えます。 スーツや制服に着替えるだけで、眠気が取れるでしょう。 着替えが儀式となり、睡眠モードから仕事モードに切り替わります。 気持ちがビジネスモードのスイッチが入って、気合が入って、心に火がつきます。 調理の支度をするときは、エプロンを身につけます。 エプロンを身につけると「調理を楽しむぞ」という意識が高まり、調理モードのスイッチが入ります。 調理はエプロンがなくてもできますが、きちんと気持ちと生活モードの切り替えるなら、エプロンを身につけたほうがいいでしょう。 遊びに行くときは、おしゃれな私服に着替えます。 おしゃれな服に着替えるだけで、遊びモードのスイッチが入り、気持ちがうきうきしてくるでしょう。 気持ちが高ぶって、遊びに集中しやすくなります。 寝る前は、きちんとパジャマに着替えましょう。 普段着のままでも寝ることはできますが、きちんとパジャマに着替えたほうがいいでしょう。 パジャマに着替えると、睡眠モードのスイッチが入ります。 自然と眠気がやってきて、スムーズに入眠しやすくなります。 くよくよして元気がないときも、着替えが有効です。 私服から別の私服に着替えるだけでも意味があります。 着替えることで、ネガティブな気持ちが取り払われ、新鮮な気持ちになれるでしょう。 § 着替えの場面を「儀式」として考えてみると、平凡な着替えにも、大切な意味があることを実感できるでしょう。 わざわざ着替えなくてもいい場面もありますが、じっとしているだけでは、なかなか気持ちが切り替わりません。 気持ちと生活モードを切り替えたいなら、きちんと着替えるのがいいでしょう。 面倒に感じるかもしれませんが、誤解です。 年齢・性別に関係なく、誰でもできます。 難しいルールも堅苦しいマナーもありません。 着替えるだけで気持ちと生活モードが切り替わるのですから、考えようによっては楽な方法です。 気持ちのスイッチを切り替えたいなら、まず着替えましょう。 着替えとは、気持ちと生活モードを切り替える儀式なのです。 気持ちと生活モードを切り替えたいときは、着替える。

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★1

「話せば分かる」と思いつつ、コミュニケーションから逃げていないか。

考え方の違う相手がいても、相互理解が不可能とは限りません。 相互理解ができない原因の1つは「コミュニケーション不足」です。 最初は考え方が違っていても、コミュニケーションを深めることで、考え方を合わせていくことが可能です。 完全な一致はできなくても、お互い妥協しながら調整すれば、中間地点を見つけることができるでしょう。 コミュニケーションは素晴らしい道具です。 お互いの考え方が合わなくても、きちんとコミュニケーションができれば、解決する場面が少なくありません。 こうした場面でよく登場する言葉があります。 「話せば分かる」です。 たしかにきちんと会ってじっくり話せば、お互いの価値観を上手に調整できて、すぐ問題が解決するように思えます。 考え方の合わない相手であっても、じっくり時間をかけて話し合えば、相互理解が可能になると思う。 ところが、実際のところ「話せば分かる」と言う人にかぎって、コミュニケーションから逃げる場合が目立ちます。 「時間が解決するだろう」と、時間任せにする。 「そのうち相手が妥協するだろう」と安易に考える。 「時間があるときに話す」と思いつつ、いつまでも話そうとしない。 「話せば分かる」と思いつつ、実際の行動が伴っていないのです。 結局のところ、コミュニケーションを嫌がっているのです。 コミュニケーションから逃げているかぎり、相互理解を実現するのは困難です。 頭で分かっていながら、行動できないパターンがあります。 話せば分かると言いながら行動しないのも、このパターンの1つです。 「話せば分かる」と言いながら、コミュニケーションから逃げていませんか。 どきっとした人は、今すぐ話し合いに行きましょう。 思っているだけでは意味がありません。 放置しても、溝は埋まりません。 むしろどんどん溝が広がっていくでしょう。 心の距離が離れると、ますますコミュニケーションを取りにくくなり、溝も広がる一方です。 溝が広がるにつれて、埋めるのも難しくなる。 最終的に埋めることができないほど溝が広がり、大きなトラブルに発展する可能性があります。 相互理解が必要なら「話せば分かる」と思ったまま放置するのではなく、早めに行動しましょう。 自分から話をしに行きましょう。 もたもた先延ばしせず、できるだけ早めに話し合うのが得策です。 話し合えば、必ず相互理解ができるとは限りませんが、話し合わないかぎり、相互理解は実現できません。 少なくともコミュニケーションは、解決に向けた前向きな行動です。 きちんと行動が伴ってこそ、相互理解が促されるのです。 相互理解が必要なら「話せば分かる」と思ったまま放置するのではなく、早めに行動する。

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孤独を感じたら、今まで出会った人の顔を思い浮かべよう。

孤独を感じて、寂しい気持ちになることがあります。 人とのつながりが乏しいと、世界で1人きりのような感覚に襲われ、孤独感や虚無感を覚えるでしょう。 孤立しているような錯覚を覚え、時には涙を流すこともあるでしょう。 特に夜は、孤独を感じやすい時間帯です。 闇は、孤独をエスカレートさせます。 暗くて静かな環境に1人でいると、世界から取り残されている感覚がエスカレートするのです。 こんなとき、孤独を紛らわせるよい方法があります。 それは「今まで出会った人の顔を思い浮かべる」という方法です。 今まで出会った人なら誰でもかまいません。 今まで出会った人たちの顔を、できるだけたくさん思い出してください。 深い関係の人だけでなく、浅い関係の人も含めて思い出すのがポイントです。 あなたは、今まで数多くの人と出会ってきたでしょう。 父親、母親、兄弟、姉妹。 親戚、いとこ。 学校でお世話になった数多くの先生。 近所のおじさん、おばさん。 知り合い、友達、仲間。 お店の店員さん、店長さん、お客さん。 会社の上司、同僚、部下。 取引先の人たち。 街角で親切にしてくれた人。 今まで出会った人の数は、膨大な数に上るでしょう。 本が1冊できてしまうくらい、多くの人と出会ってきたはずです。 多くの人の出会いと支えがあって、今ここに生きていることを実感してください。 「あの人にもお世話になった。この人にもお世話になった。たくさんの人にお世話になった」 一人一人の顔を思い出すにつれて、感謝の気持ちも湧いてくるでしょう。 気づけば、孤独が小さくなっているはずです。 孤独と思うのは誤解です。 孤独ではないから、今あなたはここにいます。 多くの人のおかげで、今ここに自分がいると分かれば、もう孤独を感じることはありません。 今まで出会った人の顔は、心のお守りです。 孤独を和らげてくれる力があるのです。 孤独を感じたら、今まで出会った人の顔を思い浮かべて、気持ちを落ち着かせる。

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本当に変更できない選択をする必要があるのか。

変更できない選択には注意が必要です。 変更できない選択は、何をどうやっても変更できません。 泣いても笑っても悪あがきしても、無理なものは無理。 「後から変更が必要になったら、大変なことになる!」 万一のリスクを考えると、なかなか勇気が出ないのも当然です。 不透明な将来を、現在の展望だけで確定させるのは危険です。 一切変更できない状況を作ると、後から面倒な事態に発展する可能性もゼロではありません。 変更できない選択には、魅力や特典がいっぱいあるでしょう。 得が多いと分かれば、迷うこともないように思えます。 しかし、変更できない選択には要注意です。 魅力や特典を得ようとすると「変更できない選択でも大丈夫だろう」という甘い見積もりになりがちです。 魅力や特典に心が引かれるかもしれませんが、後から変更できないのは大きなリスクです。 将来、何が起こるか分かりません。 今は「絶対大丈夫」と思っても、安心はできません。 そもそも人生に「絶対」はありません。 思わぬ想定外があって、後から事情が急変することはよくあること。 目の前の利益ばかり追い求めていると、後から痛い目に遭います。 一度冷静になって、じっくり考えてほしい。 「本当に変更できない選択をする必要があるのか」と。 変更できない選択をするとき、不純な考えが入り交じっていることが多い。 「見栄」「体裁」「世間体」「余計なプライド」「変なこだわり」などです。 不純な考えに惑わされると、視野が狭くなる。 いずれ落とし穴に落ちてしまうのです。 変更できない選択をするしかない状況なら別ですが、じっくり考えれば、後から変更できる選択で済む場合もあるはずです。 変更できる選択なら、後から都合が悪くなっても安心できます。 変更できる選択は魅力や特典に欠けるかもしれませんが、万一のリスクを下げておくことも魅力であり特典です。 選んでからでは遅いのです。 「自分は大丈夫」という人にかぎって、油断が生まれ、ミスを犯します。 目先のメリットだけ考えるのではなく、将来のおけるデメリットも考えてみてください。 最高を目指すのではなく、最悪を避けること。 後から軌道修正ができるなら、選ぶときのストレスも軽くなります。 将来の可能性を残しておくことで、想定外やトラブルがあっても、柔軟に対応できます。 当たり前の話と思うかもしれませんが、あらためて心に留めておきましょう。 変更できない選択をするときは、魅力や特典に惑わされず、冷静になって考える。

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