人生では「前進」と「後退」を繰り返すことがあります。
進めた仕事の一部が、ある事情のため、ダメになることがあります。
効果がなかったり、不採用になったり、やり直しになったりです。
焦らないためのコツは「最初の動作」にあります。
時間を無駄にしたくない気持ちがあると、スタートダッシュをする傾向があります。
試験が始まれば、急いで問題用紙を裏返す。
「一寸先」と聞けば、次にどんな言葉を思い浮かべますか。
「闇」という言葉を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
「一寸先は闇」という言葉があるとおり、たしかに未来のことは予測できません。
晴れやかな気持ちになる簡単な方法があります。
「ありがとう」と書くだけでいいのです。
さあ、白紙の紙を取り出し「ありがとう」と書いてみましょう。
いきなり手紙を書くのは抵抗があります。
現代社会は、アナログからデジタルに移り変わろうとしています。
アナログの字を書く機会が減って、代わりにデジタルの字を書く機会が増えました。
日常では、ときどきコードが絡まることがあります。
よくあるのがイヤホンのコードです。
ぐちゃぐちゃに絡まっていると、どこからどうほどいていいのかわかりません。
「成功率は、1%」
そう聞いたとき、あなたはどう感じますか。
「低い成功率」
「適当がわからない」
「ほどほどが難しい」
適当やほどほどに悩んでいませんか。
うまくいく方法を見つけるコツは何か。
それは「うまくいく方法は必ずある」を信じることに尽きます。
方法を考えようとするとき、最初から疑いや運任せの気持ちになっていませんか。
人生では、恥をかいてしまうことがあります。
恥ずかしい姿を見られたこと。
陳腐な失敗をして、大笑いをされたこと。
失敗した瞬間「大変なことをしてしまった!」と慌てます。
上司に叱られるかもしれない。
人に迷惑をかけてしまうかもしれない。
不真面目に生きている人は、頑張る人を非難します。
「どうせ失敗するよ」
「頑張るだけ無駄だよ」
エネルギーの無駄遣いは、無意識に行われていることがあります。
それは「疲れそう」と考える場面です。
ときどき「疲れそう」と考える場面があるでしょう。
叶えたい希望があってお願いをすることがあります。
「どうかお願いします!」
にもかかわらず、相手からはっきり断られてしまうことがあるでしょう。
会話中、ふと自分の無知が相手に伝わることがあります。
そんなとき、言われるショッキングな一言があります。
「そんなことも知らないの?」
仕事の出来栄えがよくないと、落ち込みます。
うまくできそうに思えても、実際に取り組んでみると、思うようにできないこともあるでしょう。
能力が低いと、仕事の出来栄えも粗悪になるでしょう。
「前向きになろう」
よく聞く言葉ですが、前提として大切なことがあります。
前向きには、2種類あります。
お見舞いに行くとき、よくありがちなマナー違反があります。
つい暗い雰囲気でお見舞いをしてしまうことです。
もちろんお見舞いをする人に悪気はありません。
悩んだとき、どうするか。
ここは、あなたの人生の成り行きを決める大切な瞬間です。
「答えがわかってから始める」という人もいるでしょう。
完全にできないことがあっても、落ち込む必要はありません。
それは、むしろ幸せなことだからです。
普通に考えたとき、完全にできないことはネガティブ要因に思えます。
世の中には、数多くの創作活動があります。
小説、音楽、絵画、映画、漫画、アニメ、ダンス、演劇、彫刻。
仕事で創作に取り組んでいる人もいれば、趣味として創作を楽しんでいる人もいるでしょう。
どうすれば会話で優しさを表現できるでしょうか。
会話で優しさを表現したいなら、次の2つを心がけましょう。
それは「つまらない話に笑うこと」と「くだらない話に突っ込むこと」です。
わけのわからない人に遭遇することがあります。
何を考えているのかわからず、相手の気持ちを理解するのが難しい人です。
少し言動が怪しい人。
どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組みましょう。
会社で行う仕事の中には、面白くないこともあるでしょう。
ため息しか出ない仕事もあるでしょう。
日常で注意したい言葉があります。
それは「一応」という言葉です。
私たちの日常では「一応」という言葉に触れることがあります。
かつて人類は、火をおこすために悩んでいました。
「火があれば便利。自分たちで火をおこせないだろうか」
悩みながら、さまざまな方法を試した結果、ついに火をおこす方法を見つけました。
素晴らしい価値はどこにあるのでしょうか。
普通に考えるなら「好きなこと」でしょう。
好きなことをすれば、今すぐ楽しい気持ちになれます。
考え方の違う相手がいても、相互理解が不可能とは限りません。
相互理解ができない原因の1つは「コミュニケーション不足」です。
最初は考え方が違っていても、コミュニケーションを深めることで、考え方を合わせていくことが可能です。
孤独を感じて、寂しい気持ちになることがあります。
人とのつながりが乏しいと、世界で1人きりのような感覚に襲われ、孤独感や虚無感を覚えるでしょう。
孤立しているような錯覚を覚え、時には涙を流すこともあるでしょう。
変更できない選択には注意が必要です。
変更できない選択は、何をどうやっても変更できません。
泣いても笑っても悪あがきしても、無理なものは無理。
人生では「前進」と「後退」を繰り返すことがあります。
進めた仕事の一部が、ある事情のため、ダメになることがあります。
効果がなかったり、不採用になったり、やり直しになったりです。
いわゆる「3歩進んで2歩下がる」という状態です。
「3歩進んで2歩下がる」という言葉は、ネガティブな意味で使われることが一般的です。
「無駄が生じている」「ほとんど元に戻っている」といった否定的なニュアンスがあります。
実際のところ、仕事で3歩進んで2歩下がる状態が生じると、問題視されることが少なくありません。
無駄が生じていて、うまく効率化されていないため、改善が必要であるように思われます。
手間暇をかけた仕事の一部がダメになるのは、悔しいものです。
非効率で、スピードが遅く、手間暇がかかります。
「こんなに無駄が多いのではやっていられない」
不満が生じたり気力を失ったりすることが多いのではないでしょうか。
「3歩進んで2歩下がる」という仕事は失敗に思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか。
ここで気づいてほしい大切なポイントがあります。
ほとんど元に戻っているとはいえ、完全に戻っているわけではありません。
3歩進んで2歩下がっても、結果として1歩の前進になっています。
この貴重な1歩を大事にしてください。
たった1歩とはいえ、前進は前進です。
「3歩進んで2歩下がる」という仕事を軽視しないことです。
3歩進んで2歩下がることを否定していると行動しなくなり、結局1歩も進めなくなります。
「3歩進んで2歩下がる」でいいのです。
そこにあるのは、立派な1歩。
きちんと前に進めているのですから、紛れもない前進です。
「3歩進んで2歩下がる」を10回繰り返せば、10歩進めることになります。
仕事の進みは遅くなりますが、着実に前に進めます。
「仕事が遅い」と考えるのではなく「仕事が着実に進んでいる」と考えましょう。
「無駄が多い」というデメリットに思えますが、考え方によっては「場数を増やせる」というメリットにもなるでしょう。
素晴らしい偉業も偉大な研究成果も、3歩進んで2歩下がることの繰り返しです。
特に研究分野では、実験と検証の繰り返しになるため「3歩進んで2歩下がることの連続」と言っても過言ではありません。
その回数は、百や千どころではなく、万を超えることも少なくありません。
3歩進んで2歩下がることを繰り返しながら少しずつ前進していき、最終的に大きな成果・偉大な結果を達成します。
3歩進んで2歩下がることを受け入れて、こつこつ前に進んでいきましょう。
焦らないためのコツは「最初の動作」にあります。
時間を無駄にしたくない気持ちがあると、スタートダッシュをする傾向があります。
試験が始まれば、急いで問題用紙を裏返す。
初対面の人と出会ったとき、急いで名刺を出そうとする。
プレゼンが始まれば、急いで1枚目のスライドを表示させようとする。
たしかにスタートダッシュは大切です。
最初から勢いを出して進めたほうが、無駄がなくなり、時間を効率よく使えるようになると思うでしょう。
最初からもたもたしているより、てきぱき動いたほうがスムーズなのは間違いありません。
最初からスピードを出すのが重要になる場面もあります。
しかし、スタートダッシュが不適切な場面があることにも気づいてください。
特に精神状態が重要な場面では、スタートダッシュに要注意です。
最初の動作が速いと、焦りのスイッチが入ってしまうからです。
肉体と精神はつながっています。
最初の動作が速いと、心理的なプレッシャーが生まれ、ストレスを感じます。
ストレスを感じることで心の余裕が失われ、焦りや緊張を促すのです。
落ち着いて行動したいなら、最初の動作がポイントです。
心がけたい最初の動作は「ゆっくり」です。
急ぎたくても、急いで行動しません。
あとからスピードを上げることはあっても、最初の動作だけはスローを心がけます。
そうすれば、余計なストレスが生まれないため、平常心を保ったまま、仕事に取り組めるようになります。
たとえば、試験です。
試験が始まるやいなや、無駄な時間を省くため、急いで試験用紙を裏返したくなりますが、良くありません。
焦りと緊張が促され、心の余裕がなくなってしまいます。
試験が始まれば、問題用紙をゆっくり裏返しましょう。
冷静な気持ちを維持しながら、試験問題を解いていけます。
思考も落ち着くので、ミスも減ります。
初対面で人と出会ったときも、慌てて名刺を差し出すのは良くありません。
もちろん名刺交換は先手が基本ですが、名刺を取り出す動作はスローを心がけます。
ゆっくり名刺を取り出して、相手に手渡しましょう。
落ち着いた気持ちを維持しながら、自己紹介ができます。
名刺交換と自己紹介がかっこよく決まれば、引き続き、落ち着いた気持ちで会話ができるようになります。
プレゼンのときも、急いで1枚目のスライドを表示させません。
急いで1枚目のスライドを表示させると、余計な焦りと緊張を生んでしまいます。
急いでプレゼンを進めたい気持ちがあっても、最初の動作はゆっくりしましょう。
自己紹介とユーモアを交えた雑談を終えてから、ゆっくり1枚目のスライドを表示します。
落ち着きを保ちながらプレゼンを進められます。
落ち着いた気持ちを維持したいなら、最初の動作をゆっくりしましょう。
最初の動作がゆっくりだと、焦らないのです。
「一寸先」と聞けば、次にどんな言葉を思い浮かべますか。
「闇」という言葉を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
「一寸先は闇」という言葉があるとおり、たしかに未来のことは予測できません。
実際に「一寸先は闇」という現実があるのも事実。
すべてが予想どおりに進むとは限りません。
思わぬ想定外によって奇想天外が起こることもあります。
明日のことは、明日になってみないとわかりません。
未来のことは、未来になってみないとわかりません。
今は希望に満ちていても、ちょっとしたことで、突然絶望に変わることもあるでしょう。
今は幸福でも、何らかのトラブルで、一気に不幸のどん底に落ちることもあります。
「一寸先は闇」という言葉に偽りはなく、現実に起こりえるのも事実です。
しかし「一寸先は闇」という言葉は、暗い印象がつきまといます。
せっかく明るく幸せでも「今だけだ」「絶望が近づいている」「もうすぐ不幸が来るぞ」と脅されている気がします。
なぜわざわざネガティブに考えなければいけないのでしょう。
戒めの言葉としては悪趣味です。
縁起も印象も最悪です。
「一寸先は闇」という言葉を信じていると、ネガティブ思考がエスカレートするのです。
どうせ信じるなら、逆を考えましょう。
すなわち「一寸先は光」です。
今は絶望でも、何かがきっかけで、急に希望がやって来ることがあります。
今は不幸でも、ある転機によって、突然幸せになれることもあります。
「一寸先は闇」という状況が現実にあるように「一寸先は光」という状況も現実にあります。
私たちは、自由に信条を選ぶ権利があります。
心に留めるなら「一寸先は光」という言葉を信じようではありませんか。
根拠があろうとなかろうと関係ありません。
少なくとも明るい信条を選ぶほうが、わくわくします。
明るい未来を信じたほうが、実現の可能性も高まります。
まだ人生を諦めてはいけません。
今は絶望や不幸でも、それがずっと続くと確定しているわけではありません。
何かがきっかけで、人生が好転することがあります。
今は最悪の状況でも、何かが転機になり、人生が逆転することもあります。
どんなに暗いトンネルも、いつか出口があり、光があります。
もう少しの辛抱です。
一寸先にあるのは、闇ではありません。
光です。
「一寸先は光」という言葉を信じていると、ポジティブ思考が強化されます。
晴れやかな気持ちになる簡単な方法があります。
「ありがとう」と書くだけでいいのです。
さあ、白紙の紙を取り出し「ありがとう」と書いてみましょう。
嬉しいことがあって「ありがとう」と書くのではありません。
嬉しいことがなくても、まず「ありがとう」と書いてみます。
ゆっくり丁寧に書きましょう。
心を込めて書くのがポイントです。
これだけで、心の中に青空が広がるのを実感できるでしょう。
だんだん心が明るくなり、ポジティブな感情が湧いてくるはずです。
この不思議な現象には理由があります。
私たちが「ありがとう」と言う場面は、感謝をする場面が一般的です。
脳の中で「感謝をしたいとき=ありがとう」という関連性が結びついています。
そのため「ありがとう」と書くことで、一緒に感謝の気持ちも思いだし、心にポジティブな感情が広がっていくのです。
誰かに「ありがとう」と言っている場面を想像しながら書くと、現実性が増して、ますます効果が高まります。
「ありがとう」と書いただけで、本当に嬉しい出来事が起こったような錯覚が得られます。
自然と嬉しい気持ちが湧いてきて、気持ちが明るくなっていくはずです。
この方法は、心がむしゃくしゃしているときも有効です。
不愉快なことがあって心が乱れているときも「ありがとう」という字を書いてみてください。
平常心を取り戻し、晴れやかな気持ちになっていくでしょう。
気づけば、むしゃむしゃしていたことすら忘れているはずです。
1回書くだけでも効果はありますが、何回か繰り返すと、ますます効果的です。
どんなにむしゃくしゃしていても、何十回も「ありがとう」と書けば、必ず落ち着きます。
何度も繰り返していると、だんだんテンションが上がってきて、手書きの手紙まで書きたくなってくるでしょう。
平凡な方法ですが、効果は強力です。
晴れやかな気持ちになりたいときは、紙に「ありがとう」という字を書きましょう。
いきなり手紙を書くのは抵抗があります。
現代社会は、アナログからデジタルに移り変わろうとしています。
アナログの字を書く機会が減って、代わりにデジタルの字を書く機会が増えました。
「字を書くこと」より「字を打つこと」のほうが多いでしょう。
久しぶりに手書きの字を書く機会があると、妙に緊張します。
急に字を書こうとすると、1文字目が変な字になってしまうのです。
ボールペンで書いた字なら消せないため、新しい便せんでやり直すことになる。
一度は経験があるのではないでしょうか。
こんなとき、スムーズに手書きの手紙を書きやすくする方法があります。
とても簡単です。
白紙の紙に「ありがとう」という字を何回も書くだけでいいのです。
スポーツ前に行う準備運動と同じです。
スポーツ前には準備運動をするように、手書きの字を書く前も準備運動が有効です。
「ありがとう」と書いているうちに、だんだん手の筋肉がほぐれ、温まります。
やる気も高ぶり、だんだんテンションも上がってきます。
さらに感謝の気持ちも湧いてきて、心が幸せな気持ちに満ちてきます。
心と体のテンションが上がってきたところで便せんを取り出せば、スムーズに取りかかれます。
さあ、白紙の紙を取り出して、何度も「ありがとう」と書いてみてください。
「ありがとう」と書く回数に制限はありません。
「テンションが上がった」と感じるまで、何回も書くといいでしょう。
たったこれだけで、手書きの手紙を書きやすくなります。
日常では、ときどきコードが絡まることがあります。
よくあるのがイヤホンのコードです。
ぐちゃぐちゃに絡まっていると、どこからどうほどいていいのかわかりません。
複雑な絡み方をしていると、見た目も悪く、いらいらするでしょう。
特に急いでいるタイミングだと困ります。
「よりによって、どうしてこんなときに絡むのだろう」
嘆きたくなり、いらいらがエスカレートします。
いらいらが最高潮に達すると、引きちぎりたくなる衝動に駆られることもあるでしょう。
誰でも一度は経験があるのではないでしょうか。
ここで不思議な現象があります。
焦ってほどこうとすると、余計に時間がかかるのが定番です。
焦って興奮が高まっていると、手がスムーズに動きません。
心に余裕がないため、冷静にほどき方を深く考えなくなります。
安易なほどき方をすると、余計にもつれてしまうという悪循環が待っているでしょう。
いつの間にかこま結びが数カ所できてしまい、ほどくのが難しくなるのです。
絡まったコードを早くほどきたいなら、第一に心がけたいことがあります。
まず落ち着きましょう。
焦る気持ちがあっても、いらいらしていても、まず落ち着くこと。
急いでいるときでも、いったん心を落ち着かせ、冷静を取り戻しましょう。
いらいらが爆発しそうになったときこそ、正念場です。
コードを引きちぎったところで仕方ありません。
コードを買い直さなければいけなくなり、無駄な出費が増えます。
どんなにいらいらしていても、落ち着くことが大切です。
興奮が収まって落ち着きを取り戻せば、コードのほどき方を、冷静に考えることができるようになります。
手の動きもスムーズになる。
結果として、早くほどけるのです。
焦りやいらいらを感じやすい場面だからこそ、落ち着きが大切です。
なかなか落ち着けないなら、深呼吸をするといいでしょう。
大きく息を吸えば、酸素が脳に行き渡り、落ち着きやすくなります。
「深呼吸なんて時間の無駄」と思うかもしれませんが誤解です。
深呼吸の時間は増えますが、早く落ち着けるため、結果としてほどくのも早くなります。
急いでいるときは、落ち着いているどころではないと思うかもしれませんが、焦りは禁物です。
急いでいるからこそ落ち着きが大切です。
コードが絡まって焦りやいらいらを感じ始めたら「自分が試されている瞬間」と思うこと。
理性と自制心を働かせ、落ち着きましょう。
落ち着いてほどこうとすると、すぐほどけるのです。
「成功率は、1%」
そう聞いたとき、あなたはどう感じますか。
「低い成功率」
「ほとんどゼロ」
「ほぼ実現不可能」
おそらくネガティブな意見が大半でしょう。
たしかに普通に考えるなら、1%は大変低い確率に思えます。
簡単には成功できず、大きな困難が予想されます。
1%という確率を聞いて、早々に諦め、逃げ出す人も多いでしょう。
絶望的に低い確率を感じるのではないでしょうか。
しかし、1%は本当に低い確率なのでしょうか。
1%という言葉や数字にとらわれてはいけません。
ここで発想の逆転です。
視点を変えてみましょう。
1%ではなく、次の表現を聞いたとき、どう感じるでしょうか。
「100回やれば、1回は当たる」
1%を言い換えた表現ですが、印象が変わるのではないでしょうか。
シンプルに「1%」と聞くより、可能性が大きく感じるはずです。
100回やれば、ほぼ確実に1回当たるとわかれば、希望を感じるでしょう。
まだ0%でなくて良かった。
0%なら、100回でも1000回でも、可能性は皆無です。
0%と1%は、天と地ほど意味が違います。
0%は絶望ですが、1%は希望です。
私たちは、1%という数字を恐れすぎています。
実際のところ1%は、希望と可能性に満ちた数字です。
「1%しかない」と考えるのではありません。
「100回やれば、1回は当たる」と考えましょう。
1%という数字に絶望するのではなく、希望を持つことが大切です。
「100回やればいいだけだね」と、前向きに考えようではありませんか。
「100回も繰り返す」と考えるのではなく「たった100回で良い」と考えましょう。
ポジティブに考えたほうが、1%の壁を乗り越えられます。
その1%が、最初の1回目に来る可能性も十分あるのです。
「適当がわからない」
「ほどほどが難しい」
適当やほどほどに悩んでいませんか。
「適当にしよう」「ほどほどにしておこう」と頭で思っても難しいときがあります。
一言で「適当」「ほどほど」と言っても、幅があります。
具体的な基準がないので、どこまで対応すればいいかわかりません。
その場の感覚に任せると、微調整に苦しむでしょう。
そのときの気分や感情によって、過剰になったり不足したりして、質に幅ができてしまいます。
特に完璧主義者にとっては、適当やほどほどが悩みの種でしょう。
ちょうど良い基準がわかるようでわからず、気づかないうちにやりすぎる傾向があります。
時間もお金も有限です。
ストレス管理にも影響するため軽視できません。
適当やほどほどの程度がわからず、苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。
ここで、適当やほどほどに役立つ対策があります。
それは「独自の基準をつくる」という方法です。
あらかじめ基準となる数字を設定しておき、それを目安にするのです。
たとえば、金額なら「2万円程度」と決めておく。
時間なら「20時間程度」と決めておく。
文字数なら「1000字程度」と決めておく。
「多少の上下は許容範囲」というルールにしておけば、大きな失敗は防げるでしょう。
もちろん上記は一例であり、基準の決め方は自由です。
抽象的だった「適当」「ほどほど」という基準が、具体的な基準に変わります。
また、下限や上限を設けるのも有効です。
金額なら「1万円以上、3万円まで」と決めておく。
時間なら「10時間以上、30時間まで」と決めておく。
文字数なら「1000字以上、3000字まで」と決めておく。
こうすれば、不足や過剰を防げます。
一度決めた基準は、ずっと固定するのではなく、定期的に見直すといいでしょう。
都合が悪くなれば基準を下げます。
余裕ができたら基準を上げます。
独自の基準は、仕事の質を確保できるように決めればOKです。
独自の基準を考えるには、手間暇がかかって面倒かもしれませんが、それだけの価値があります。
独自の基準は、消えたり減ったりする性質のものではないので、一度決めればずっと活用できます。
独自の基準ができれば、その数字を目安に仕事をすれば「適当」「ほどほど」が実現できるようになります。
予定を立てやすくなったり、計画を考えやすくなったりします。
独自の基準は「マイルール」として大切にすると、愛着も湧くでしょう。
今まで感覚に頼っていたことに、数字が伴った具体的な基準をつくりましょう。
完璧主義者にとっては、余計なストレスから解放される鍵になるはずです。
うまくいく方法を見つけるコツは何か。
それは「うまくいく方法は必ずある」を信じることに尽きます。
方法を考えようとするとき、最初から疑いや運任せの気持ちになっていませんか。
「本当にうまくいく方法はあるのだろうか」
「偶然うまくいく方法が見つかるといいな」
「もし解決策が見つからなかったらどうしよう」
不安を抱えながら考える人も多いのではないでしょうか。
もちろんまだ方法が見つかっていない段階ですから、不安な気持ちはあって当然です。
解決策があるかどうかわからないなら、不安が大きくなるため、いまいち本気になれないでしょう。
しかし、ここが落とし穴です。
最初から疑いや運任せの気持ちがあると、考える力が弱くなります。
完全な否定ではないものの、否定の気持ちが混じっています。
最初から弱気で消極的になっていると、思考力も弱くなります。
思考力も弱くなると、考え抜く力も貧弱になり、うまくいく方法があっても見つかりません。
疑いや運任せの気持ちがあると、見つかる答えも見つからなくなる。
考えることを諦めやすくなるのです。
では、どう考えるのが良いのか。
うまくいく方法を見つけるコツがあります。
うまくいく方法を見つけるコツは「うまくいく方法は必ずある」と信じることです。
「必ずある」という部分が大事です。
徹底的な肯定で考えるのです。
「うまくいく方法は必ずある」と信じましょう。
「うまくいく方法は必ずある」という前提で考えると、ポジティブな気持ちが湧いて、答えを探す力が強くなります。
考え方が前向きになり、思考が研ぎ澄まされます。
なかなか答えが見つからなくても「そんなはずない」と思えるようになるので、粘り強くなれます。
「自分の考えが足りないだけ。もっとよく考えれば、うまくいく方法は必ず見つかる」と前向きになれます。
何事も肯定から入ることが大事です。
ポジティブになることで、思考力がますます研ぎ澄まされます。
なかなか方法が見つからなくても、どうか簡単に諦めないでください。
思考力の限界に挑戦しましょう。
今すぐ方法が見つからなくてもかまいません。
時間をかけてじっくり考えればいい。
まだ手がかりが見つかっていなくてもかまいません。
アンテナを張り巡らし、あらゆる可能性を探ってみてください。
「うまくいく方法は必ずある」を信じましょう。
その瞬間、思考力の底力が目覚めます。
信じる力こそ、解決策を見いだす最大のコツです。
人生では、恥をかいてしまうことがあります。
恥ずかしい姿を見られたこと。
陳腐な失敗をして、大笑いをされたこと。
大きな誤解や勘違いをして、ばかにされたこと。
恥をかくと、一瞬で体温が上がり、全身から汗が噴き出します。
頭が真っ白になり、めまいがするほどくらくらします。
名誉も面目も丸つぶれ。
その場から逃げ出したい気持ちになります。
特に大恥となると、顔から火が出るほど恥ずかしいでしょう。
恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になります。
死にそうなほど恥ずかしくて、穴があったら入りたい気持ちになります。
「すさまじい生き恥をさらしてしまった。もう生きていけない」と思います。
会社員なら、一瞬会社を辞めようと思うかもしれません。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
恥を覚えているのは、本人だけです。
恥をかいたときこそ周りの人はげらげら笑いますが、しばらくすると忘れるでしょう。
結局のところ、人ごとです。
みんな、いちばん関心があるのは自分です。
あなたの恥は自分に関係ないので、すぐ忘れてしまうのです。
いちいち人の恥を覚えているほど暇でもありません。
そもそも恥と思っているのも自分だけです。
他人から見れば、ちょっとした出来事にすぎません。
小さな恥なら、もはや一瞬で忘れられるでしょう。
笑い終わった次の瞬間には、記憶から消えています。
恥をかいた本人は、自分のことなので強く覚えていますが、周りの人は簡単に忘れます。
たとえ死ぬほど恥ずかしい大恥をかいても、必ず忘れられます。
多少時間はかかっても、ゆくゆく忘却のかなたに葬られます。
後になって話題が出ても「そういえばそんなことがあったね」という程度です。
恥をかいたことによる心の傷も、しばらくすれば跡形もなく治ります。
恥をかいても、深刻に考えないことです。
「どうせすぐ忘れるだろう」と気軽に構えようではありませんか。
恥を覚えているのは本人だけとわかれば、恥をかくことも怖くなくなります。
この事実に気づけば、恥をかく恐怖が消え去ります。
どんどん恥をかきに行きましょう。
どうせ忘れられるのですから、恥をかくつもりで行動していけばいいのです。
恥を恐れなくなったとき、無敵の行動力を発揮できるのです。
失敗した瞬間「大変なことをしてしまった!」と慌てます。
上司に叱られるかもしれない。
人に迷惑をかけてしまうかもしれない。
経済的なダメージがあるかもしれない。
失敗が大きくなるにつれて、精神的なダメージがあるでしょう。
大きな失敗をしたときは「人生が終わった」と思うこともあるはずです。
もちろん致命的な失敗も存在しますが、ほとんどの場合、大げさに失敗を考えているだけです。
失敗を大げさに感じてしまう原因は「短期的な考え方」にあります。
短期的に考えていると、視野が狭くなって、小さな失敗を大げさに捉えがちです。
今を起点にして短期的に考えると、小さな失敗も大きく感じてしまうもの。
失敗したとき、こう考えてみてください。
「その失敗は、人生にどんな影響があるのか」と。
人生という大きな枠組みで考えると、ほとんど影響のない失敗のはずです。
心が傷ついたとしても、泣いて終わる程度でしょう。
お金で損をしても、致命的と言うほどではないでしょう。
けがや病気をしたとしても、すぐ回復できる程度でしょう。
今は大変に感じるかもしれませんが、人生全体で考えれば、何の影響も与えません。
遅延や損失といった悪影響はあるかもしれませんが、人生全体で考えると、無視できるほど小さなことでしょう。
もはや限りなくゼロに近い悪影響のはずです。
誤解・勘違いによる小さな失敗なら、もはや笑って済ませられるレベルにすぎません。
あなたは今まで多くの失敗を経験したでしょう。
これまでの人生を振り返ったとき、少なくとも3回以上は「人生が終わった」と思う出来事があったはずです。
それでもなんとかなり、今ここで生きています。
今回の失敗も同じです。
少し大げさに感じているだけです。
深刻に考えすぎているだけです。
失敗したら、視点を高くして、長期的に考えてみてください。
失敗の99%は、人生に影響なし。
たとえ「人生が終わった」という失敗も、実際はなんとかなります。
あまり深く落ち込まず、さっさと忘れましょう。
失敗したら、さっさと笑い話にして、乗り越えるのが得策です。
不真面目に生きている人は、頑張る人を非難します。
「どうせ失敗するよ」
「頑張るだけ無駄だよ」
「今すぐやめたほうがいい」
「世の中、そんなに甘くないよ」
「くだらない夢だね。叶うわけがない」
頑張る人を邪魔しようと、あれこれ攻撃を始めます。
根拠の有無にかかわらず、否定する暴言を吐くようになります。
なぜ否定する暴言を吐くのか。
不真面目に生きている自分の仲間を、少しでも増やそうとしているのです。
頑張っている人をうらやましく思いつつ、自分にとってまぶしいので攻撃します。
頑張っている人を否定しないと、不真面目に生きている自分の格好がつかない。
真面目に頑張っている人が憎らしくて、邪魔してやりたい心理が働くようになる。
不真面目に生きていると、自然と頑張る人をけなすことも増えてしまうのです。
不真面目に生きていると、自然と性格まで悪くなるので注意が必要です。
一方、真剣に生きる人は違います。
真剣に生きている人は、頑張る人を応援します。
「かっこいいですね」
「必ず成功します」
「きっと実現しますよ」
「うまくいくことを願っていますね」
自然とポジティブな言葉が出てくるようになります。
頑張る人を応援することは、自分の仲間を増やすことでもあります。
自分も真剣に人生を生きているので、頑張っている人を見ると共感して、応援したくなるのです。
たとえ相手が落ち込んでいても「元気出して」「次はうまくいくよ」「大丈夫だよ」と励まそうとします。
自分も似たような困難や挫折を経験しているため、同情の気持ちが湧いて、励まさずにはいられなくなります。
真剣に生きたほうが、頑張る人に対する接し方が柔らかくなるのです。
性格を改善したいなら、自分が真剣に生きることです。
夢は何でもかまいません。
成功を収める必要はありません。
まだ目標を達成していなくてもかまいません。
真剣に生きるだけでいいのです。
性格が良いから真剣に生きるのではありません。
真剣に生きるから性格が良くなります。
真剣に生きることは、性格を改善する力があります。
真剣に生きるようになると、自然と頑張る人を応援できるようになるのです。
エネルギーの無駄遣いは、無意識に行われていることがあります。
それは「疲れそう」と考える場面です。
ときどき「疲れそう」と考える場面があるでしょう。
日常でよくある平凡な場面ですが、注意が必要です。
「疲れそう」と考えただけで疲れるからです。
たとえば今、苦手な仕事をイメージしながら「疲れそう」と思ってみてください。
きっと「疲れそう」と思った瞬間、わずかではありますが、実際に疲れを感じたのではないでしょうか。
急に気持ちが沈んで、心が暗くなったでしょう。
胸焼けをしているような感覚になり、体がだるくなったでしょう。
「疲れそう」と考えたからです。
疲れるのは、実際に仕事をしたときだけとは限りません。
体は動かさなくても、心の中で「疲れそう」と考えただけで疲れます。
普段から「疲れそう」と考える癖のある人は、普通の人より疲れやすくなります。
疲れそうと考えるたびに貴重なエネルギーが失われ、元気がなくなります。
事あるたびに「疲れそう、疲れそう」という不満を言っていると、どんどん体が重く感じてくるでしょう。
エスカレートすると、めまいや吐き気を引き起こすこともあります。
実際に仕事をして疲れるならいいですが、仕事をしていないのに疲れても意味がありません。
疲れるだけ損です。
エネルギーの無駄遣いです。
「疲れそう」と考えそうになったら、すぐ邪念を振り払いましょう。
余計な妄想です。
どれだけ「疲れそう」と思ったところで、仕事は1つも減りません。
むしろ「疲れそう」と考えれば考えるほど倦怠感がエスカレートするため、相対的に仕事が増えたような錯覚が生まれます。
仕事は「疲れそう」と考える前に取りかかりましょう。
ぐだぐだ文句を言わない。
余計なことは考えず、仕事に取りかかるスピードが大切です。
人の気力・体力・精神力は有限です。
仕事をするかぎり、疲れることは避けられませんが、どこで疲れるかです。
どうせ疲れるなら、不毛なことではなく価値のあることで疲れたほうが生産的です。
エネルギーの有効活用を意識しましょう。
どのみちしなければいけない仕事は、早めに取りかかるのがいちばん。
早めに取りかかれば、それだけ早く完了できます。
1時間早く取りかかれば、1時間早く片付きます。
仕事は「疲れそう」と考える前に取りかかれば、エネルギーを有効活用できるようになり、生産力が向上します。
叶えたい希望があってお願いをすることがあります。
「どうかお願いします!」
にもかかわらず、相手からはっきり断られてしまうことがあるでしょう。
「無理です」
「できません」
「断らせていただきます」
ストレートに断られると、がっかりします。
肩の力を落とし、落ち込んでしまうでしょう。
「そこをなんとかお願いします」と粘っても、相手は断じて受け入れてくれません。
「絶対無理」
「断じて受け入れられない」
「考えは変わらない」
100%断られると、完全に可能性がないとわかります。
強い口調で言われると、ますますがっかりするでしょう。
希望の道が絶たれると、悔しくて、泣きそうになることもあるかもしれません。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
もし相手の断り方が曖昧なら、どうなっていたでしょうか。
「また別の機会ということで」
「ちょっと事情がありまして」
「今回は厳しいような気がします」
OKなのかNGなのか、はっきりしません。
相手の断り方が曖昧になると、こちらのアクションも曖昧になります。
もう少し粘るべきか、潔く諦めるべきか、決断が難しい。
可能性が残っているように感じると、消去法で選択肢を消したくても、ためらいが生じます。
もし可能性があると誤解すれば、期待を膨らませ、無駄な時間を過ごしたり余計な行動を取ったりするのです。
しばらくして「ダメなら、最初からはっきり断ってほしかった」と思うはずです。
だからこそ、はっきり断られることは幸いです。
おかげで別のことに打ち込めるからです。
相手が100%断ってくれたおかげで、100%無理だとわかりました。
100%断ってくれたら、むしろ喜ぶべきことです。
おかげで、こちらも完全に諦めることができます。
強く拒絶されても、むっとしないことです。
強く拒絶されるのは「100%無理」という意思表示です。
「はっきり断ってくれてありがとうございます」と、むしろ相手に感謝をしてもいいくらいです。
「この道はダメなのか。それなら別の道に進もう!」
おかげで素早く気持ちを切り替えることができ、別のことに打ち込めるようになるのです。
諦めるときは、潔く諦めましょう。
無駄な時間や労力を費やさずに済み、人生がスムーズになります。
自分の時間・お金・体力は有限です。
無駄なことに使うより、より建設的なことに使ったほうが有意義でしょう。
あなたには、数多くの選択肢がまだまだあります。
選択肢の1つが消えたくらいで、くよくよしないことです。
前に進むための選択肢は、まだほかにもたくさん残っています。
希望の道は、きちんと別の道として続いています。
はっきり断られたら、新しいスタートの始まりなのです。
会話中、ふと自分の無知が相手に伝わることがあります。
そんなとき、言われるショッキングな一言があります。
「そんなことも知らないの?」
不快な一言を言われて心が傷つく人もいるでしょう。
ばかにされたような言い方をされて、腹を立てる人もいるかもしれません。
相手にとっての常識は、自分にとって非常識ということがあります。
誰でも知っているような基本常識を知らないと、恥ずかしくなるのも仕方ありません。
しかし「そんなことも知らないの」と言われたときこそ、大事な場面です。
むっとして言い返すと、場の空気が悪くなります。
「ばかにしているの?」
「知らなくて悪かったね」
「どうせ私はばかですよ」
「別に知らなくてもいいでしょう」
「ほっといてください!」
険悪な雰囲気が漂い、ぎくしゃくするでしょう。
小さなことでいらいらすると、いちいちストレスを感じることになり、自分のためにもなりません。
うっかり厳しい言葉で言い返すと、口論に発展することもあるでしょう。
火に油を注ぐことになり、人間関係の不和につながります。
相手も悪気があって言ったとは限りません。
本気ではなく、軽い気持ちで言っただけかもしれません。
相手はばかにしたとしても、本気ではないでしょう。
言った直後、心の中で「言いすぎたかな」と反省していることもあるでしょう。
「そんなことも知らないの」と言われたくらいで、むっとしないことが大切です。
悔しくて言い返したくなっても、喉のところで抑えておくのが得策です。
不快な気持ちになっても、すぐ気持ちを立て直し、冷静に対応しましょう。
難しくありません。
にこにこしながら謙虚に受け止め、意味を聞けばいいことです。
「無知でごめんなさい。どういう意味でしょうか」
「お恥ずかしいです。どういう意味なんですか」
「失礼しました。詳しく知らないので教えてください」
謙虚なリアクションをすることが大切です。
誰でも知らないことがあるのは普通ですから、相手もそれ以上責めることはできないはずです。
たとえ相手が年下であれ立場の低い人であれ、謙虚な姿勢を心がけるのは共通です。
「どういう意味ですか」と質問すれば、相手は詳しく教えてくれるでしょう。
聞くのは恥ずかしいかもしれませんが、きちんと意味を確認できれば、次から恥をかくことがなくなります。
仕事の出来栄えがよくないと、落ち込みます。
うまくできそうに思えても、実際に取り組んでみると、思うようにできないこともあるでしょう。
能力が低いと、仕事の出来栄えも粗悪になるでしょう。
「もっとうまくできればいいのに」
「もっと立派な結果だったらいいのに」
自分の未熟さにがっかりして、くよくよ嘆くこともあるでしょう。
未熟な部分があると、恥ずかしくなって赤面することもあるでしょう。
自分より上手な人がいると、つい比べてしまい、自分が情けなくなるかもしれません。
しかし、下手や未熟が悪いのではありません。
悪いのは、手抜きです。
仕事の出来栄えが悪くても、手抜きをせず、最善と全力を尽くした結果なら、落ち込む必要はありません。
むしろ堂々としてもいい。
「最善と全力を尽くした結果です」と言い切れるからです。
最善と全力を尽くした結果なら、誰も文句は言いません。
出来栄えにいたらない点があっても、自分をすべて出しきった結果に間違いない。
それ以上努力のしようがないのですから、誰も責めることはできないのです。
下手や未熟でも、くよくよする必要はありません。
引き続き、最善と全力を続けましょう。
下手や未熟がずっと続くわけではありません。
人は成長する生き物です。
常に最善と全力を心がけていれば、だんだん慣れてきます。
次第にコツがつかめ、要領もよくなります。
だんだんスピードが出るようになり、質も上がります。
ゆっくりではありますが、着実に実力が向上するのです。
1歩でも前に進みましょう。
日々の努力を怠らず、精進を続けましょう。
今は下手で未熟でも、いずれ上手で熟達もするでしょう。
手抜きをしている人は、途中で成長も止まりますが、真面目にしている人は、成長が伸び続けます。
最初はレベルが低くても、地道な努力を積み重ねることで、レベルを上げていけます。
自分の成長を記録するような工夫をすれば、目に見える形になるため、モチベーションを維持しやすくなります。
たとえスランプに直面しても、永遠に続くわけではありません。
最善と全力を続けていれば、いずれスランプから抜け出せ、再び右上がりの成長になります。
常に最善と全力を尽くしているなら、熟練者を追い抜くのは時間の問題です。
自分よりうまくできていた人を、いずれ追い抜けるのです。
仕事の出来栄えが悪くても、最善と全力を尽くした結果なら、堂々としていいのです。
「前向きになろう」
よく聞く言葉ですが、前提として大切なことがあります。
前向きには、2種類あります。
それぞれ同じような意味に思えますが、実際は別物であるため、分けて考える必要があります。
まず大切なのは「前向きな気持ち」です。
前向きな気持ちは、モチベーションを上げる燃料です。
前向きな気持ちがあってこそ、意欲・熱意・元気が湧いて、行動力へと変わります。
前向きな気持ちがなくて困ることはあっても、あって困ることはありません。
ネガティブであるくらいなら、ポジティブであるほうが、はるかに健全です。
しかし、前向きな気持ちがあっても、行動が伴わなければ無意味です。
気持ちはあっても行動がなければ、結果はゼロ。
未来を変えたいと思っていても、じっとしているだけでは意味がありません。
どんなに気持ちが前向きでも、行動が伴わなければ、現実も変わらないのです。
前向きな気持ちだけで終わっていませんか。
ポジティブなのはいいですが、それだけでは不十分です。
さらに大切なのは「前向きな行動」です。
「まず前向きに気持ちがあって、次に行動が伴い、結果として現実が変わる」という流れです。
現実を変えるのは、行動しかありません。
前向きな気持ちと前向きな行動の両方がそろってこそ、意味があります。
前向きな気持ちがあるのなら、前向きな行動も心がけましょう。
お見舞いに行くとき、よくありがちなマナー違反があります。
つい暗い雰囲気でお見舞いをしてしまうことです。
もちろんお見舞いをする人に悪気はありません。
入院している人のところに行くのですから、心情として暗い雰囲気になりがちです。
明るく振る舞うと不謹慎ではないかと不安になる。
笑顔も笑いも抑えたほうがいいだろうと思ってしまう。
その結果、暗い雰囲気になりがちです。
しかし、ここに誤解があります。
暗い雰囲気でお見舞いに行くと、相手を気遣わせてしまいます。
暗い表情と低いトーンで「元気ですか」「大丈夫ですか」「治りそうですか」と聞いてしまうと、相手を余計に不安にさせます。
しめやかな空気が流れ、お見舞いがお通夜のような雰囲気になってしまいます。
相手を余計に気遣わせてしまい、かえって悪影響になるのです。
お見舞いの本来の目的は、入院患者を明るく元気づけること。
お見舞いのときは、ただ訪問するのではなく、明るく元気に振る舞ってパワーを分け与えることが大切です。
嘘でもいいので、明るく前向きな声をかけましょう。
「すぐ治りますよ!」
「○○さんなら大丈夫ですよ!」
「職場のみんなが待っていますよ」
「さっさと治してしまいましょう!」
「早く元気になってくださいね!」
明るく元気に振る舞うほうが、相手も心が軽くなり、元気づけられます。
お見舞いだから、明るい話や楽しい会話が禁止というわけではありません。
もちろん露骨な幸せ自慢は控えたほうがいいですが、普通に明るく楽しい話なら、積極的に話していくほうが喜ばれます。
明るい話をしてもいい。
楽しい会話もOKです。
もちろん笑うときには笑ってもいい。
しっかり笑うことは、免疫力の向上とストレス解消に役立ちます。
笑いは、自律神経を整える作用があることも医学的に確認されています。
嘘でも演技でもいいので明るく振る舞うと、相手も「早く退院したい」という希望が強くなります。
希望を持つことは、すべての病気に対してプラスに働きます。
みんなでわいわいしたほうが雰囲気も明るくなり、相手も元気になってくれます。
これが本当のお見舞いなのです。
悩んだとき、どうするか。
ここは、あなたの人生の成り行きを決める大切な瞬間です。
「答えがわかってから始める」という人もいるでしょう。
「解決策が見つかってから取りかかる」という人もいるでしょう。
答えも解決策もわからないのに行動しても、不毛に思えます。
どうすればいいかわからないとき、とにかく悩みに集中したほうが、答えや解決策も見つかりやすいように思えます。
もちろん答えや解決策が判明してから行動するのもいいですが、実際は逆です。
本来、行動するからヒントが見つかり、ヒントが見つかるから答えや解決策が見えてきます。
行動しないとヒントが見つかりません。
じっと悩んでいるばかりでは、ヒントが見つからないため、なかなか答えや解決策も見つかりません。
いくら悩んだところで、行動しなければ、実現はゼロ。
どんどん無駄な時間が過ぎていき、仕事も遅れてしまいます。
悩みながら前に進みましょう。
答えや解決策は、前に進みながら考えればいいのです。
さまざまな刺激や変化に触れているうちにヒントが見つかり、答えや解決策を見いだせます。
落ち込んだときも同じです。
落ち込んでいるときは動けないように思えますが、本当にそうでしょうか。
落ち込んでいるから動けないのは思い込みです。
落ち込んでいても、実は動けます。
落ち込んでいても、おなかがすけば、食事のために動けるはずです。
トイレや入浴のために動けるはずです。
大好物が食べられるなら、喜んで外食ができるでしょう。
重大なけがや病気といった緊急事態なら別ですが、普通の落ち込みなら普通に動けるはずです。
落ち込んでいても動けるのですから、前に進みましょう。
元気がないなら、元気がなくてもできる仕事をすればいい。
やる気がないなら、やる気がなくてもできる仕事をすればいい。
落ち込んでいるなら、落ち込んでいてもできる仕事をすればいい。
大きな仕事である必要はなく、小さな仕事でかまいません。
複雑で難しい仕事である必要はなく、単純で簡単な仕事で十分です。
何をしていいかわからないなら、とりあえず部屋の掃除から始めればいいのです。
自然と元気が出るまで待つのもいいですが、何もせずじっとしていると、立ち直りが遅くなります。
もっと積極的に落ち込みから回復したい。
悩みながら前に進みましょう。
落ち込みながら前に進みましょう。
悩みながら動ける人は偉い。
落ち込みながら行動する人は素晴らしい。
どんなときでも前に進もうとする心意気が大切です。
完全にできないことがあっても、落ち込む必要はありません。
それは、むしろ幸せなことだからです。
普通に考えたとき、完全にできないことはネガティブ要因に思えます。
明らかな弱点であり、短所です。
完全にできないことがあれば、それを活用した未来も閉ざされるような気がします。
自分にできないことをほかの人が簡単にできていると、自分が情けなくなります。
完全にできないくらいなら、少しでもできたほうがよさそうに思えます。
しかし、ここが落とし穴です。
想像してみてください。
もし中途半端にできることがあれば、どうなるでしょうか。
少しできるなら、もっと頑張ればできそうな気がします。
「もう少し頑張れば、もっと上達するかもしれない」と思う。
「念のため、人並みくらいまでスキルアップをしておこうか」と思うこともあるでしょう。
上達を目指したくなり、時間と労力を割くことになるでしょう。
中途半端にできてしまったばかりに、余計な行動をすることになります。
一方、本来の得意分野も集中しにくくなります。
自分の限りある資源が分散され、本当の強みを深めにくくなる。
結果として、不得意だけでなく、得意まで中途半端になるのです。
なぜ完全にできないと幸せなのか。
それは、潔く諦めることができるからです。
「自分には絶対向いていない」と悟れるのは幸せなことです。
「自分には無理」「完全に不得意」「生理的に受け付けない」という自覚がはっきりしていれば、判断も容易です。
完全にできないことがあれば「無駄な努力をしないで済む」と思って喜べばいい。
完全にできないことがあって諦めたら、実現の道も絶たれるように思えますが、誤解です。
完全にできなければ、できる人にお願いすればいいだけです。
非常識でもルール違反でもなく、社会的にまっとうな方法です。
自分の不得意は、誰かの得意です。
できる人にお願いすれば、時間に余裕が生まれ、自分の得意分野に集中できます。
人の資源には限りがあります。
自分の限りある資源は、自分の適性に集中させたほうがいい。
時間もお金も労力も1つに集中させるから、能力が伸び、才能を磨けます。
結果として、最高の仕事を発揮できるのです。
世の中には、数多くの創作活動があります。
小説、音楽、絵画、映画、漫画、アニメ、ダンス、演劇、彫刻。
仕事で創作に取り組んでいる人もいれば、趣味として創作を楽しんでいる人もいるでしょう。
創作活動は素晴らしい。
創作の世界では、自分が王様になれます。
自分がルールをつくり、色や形を自由に決定できます。
何でも自由に表現できる素晴らしさは、ほかには変えられない価値があります。
現実にあり得ないことも、創作の世界なら表現できます。
そうした創作活動をする人にとって興味関心の1つは「どうすれば感動させる作品をつくれるか」です。
感動させる作品をつくるのは、簡単そうで難しい。
感動させるためには、人の心をつかみ、揺さぶる必要があります。
自分にも心があるので簡単そうですが、いざ感動させる作品をつくろうと思うと、手が止まります。
「感動させる」という概念が抽象的で、何をどうすればいいかわからないのです。
ここで、感動させる作品をつくるための基本をご紹介します。
感動させる作品をつくるには、何が必要なのか。
それは「感動体験」なのです。
創作活動には優れた感性が欠かせません。
名作や傑作といった一流作品に触れ、まず自分が感動を体験することが大切です。
感動を体験することで、感性が磨かれ、豊かになります。
感動できる対象なら何でもかまいません。
自分が関わっている分野を中心に感動を体験しつつ、無関係の分野にも触れて感動することが大切です。
素晴らしい作品に触れ、しっかり感動してください。
「本当にすごい!」
「何て素晴らしいのだろう!」
「涙を抑えることができない!」
ぼろぼろ涙を流しましょう。
心が震える時間を過ごしましょう。
全身に鳥肌が立つ作品に触れましょう。
あまりに感動して、ぼうぜんとする体験も素晴らしい。
名作や傑作に触れて深く感動すると、あなたは変わります。
物質的なものを得られるわけではありませんが、感性が磨かれるのです。
名作や傑作に触れることで、五感を通して、素晴らしい知識・技術・文化を吸収できます。
プロ意識や一流の条件を直感的に知ることができます。
そして、感動の本質を知ることができます。
感動した経験は消えてなくなりません。
顕在意識から消えることはあっても、潜在意識の中で眠っています。
たくさん感動する体験をすれば、創作活動の際、発想やひらめきの材料になります。
今まで体験した感動が心の中に浮かぶようになり、あなたの活動をサポートしてくれるのです。
最近、どんな感動をしましたか。
感動が少なくて困ることはあっても、多すぎて困ることはありません。
世の中には、数多くの名作・傑作が存在します。
感動させる作品のつくり方がわからないなら、まず感動を体験しに行きましょう。
感動がたくさんある人生のほうが華やかになります。
どうすれば会話で優しさを表現できるでしょうか。
会話で優しさを表現したいなら、次の2つを心がけましょう。
それは「つまらない話に笑うこと」と「くだらない話に突っ込むこと」です。
どちらも白けそうな場面ですが、こういうときこそ優しさを表現するチャンスです。
あなたの心の器が試される場面です。
片方を心がけるのもいいですが、できれば両方を心がけるといいでしょう。
ときどき相手がつまらない話をするときがあります。
こんなとき「面白くない」「つまらない」「時間の無駄」と否定すると、場が白け、話も止まります。
たしかに正直な一言かもしれませんが、悪印象が伴います。
話を盛り上げる要素もありません。
「そんなつまらない話に笑うほど、自分は安い人間ではない」
つまらない話に笑うと、自分の価値を下げそうな気がするかもしれません。
「面白いギャグやジョークしか笑わない」というプライドもあるかもしれません。
しかし、変な意地を張っていても話が進展しません。
どんどん場が白けてしまいます。
相手は「少しくらい笑ってくれてもいいのに冷たい人だな」とがっかりするでしょう。
こういうときは、つまらないと感じても笑ってあげましょう。
「わはは、なんだか面白いね」
「あはは、笑っちゃうね」
「うふふ、わからないけれど笑ってしまう」
笑うと、場の雰囲気が盛り上がります。
笑ってあげると「自分の話がウケて良かった」と相手もほっとするでしょう。
楽しいから笑うのではありません。
笑うから楽しくなるのです。
ほほ笑みでも、大笑いでもかまいません。
とにかくにこにこ笑えば、活気が出て、華やかな雰囲気が生まれます。
つまらない話に笑ってあげることで、あなたの優しさが相手に伝わるのです。
相手がくだらない話をすると、興ざめの一言を言いたくなるかもしれません。
「くだらない」
「ばかばかしい」
「つまらないよ」
正直な一言かもしれませんが、話が発展しません。
場が白けます。
こういうときに役立つのが、突っ込みです。
相手がくだらない話をしたら、すかさず突っ込んであげましょう。
「それはおかしいよ!」
「なんだか話が変だよ!」
「どうしてそうなるの!」
くだらない話に突っ込んであげると、漫才のような雰囲気になります。
オチがなければ「オチがないよ!」という突っ込み方ができるでしょう。
きちんと突っ込んであげると、相手はほっとします。
相手は「スベらなくて良かった。この人の前ならくだらない話もできる」と安心できます。
きちんと突っ込んであげることで、会話のキャッチボールが続きます。
会話がテンポよくなり、コミュニケーションが活性化されていきます。
くだらない話に突っ込んであげるのも優しさなのです。
わけのわからない人に遭遇することがあります。
何を考えているのかわからず、相手の気持ちを理解するのが難しい人です。
少し言動が怪しい人。
自分の価値観や考え方と合わない人。
自分には理解しがたい趣味を持っている人。
わけのわからない人がいたとき、どんな言葉を言うか。
日常で時折ある場面ですが、大切な瞬間です。
よくありがちなのが、差別的な発言をしてしまうことです。
「あの人は危ない人」
「頭がいかれている」
「頭のネジが緩んでいる」
「変質者だろう」
「変態に違いない」
「精神障害者かもしれない」
「実は犯罪者かもしれない」
言動や外見の怪しさから、軽蔑するようなことを言いそうになるかもしれません。
もちろん自分に攻撃してくる人物なら、まだわかります。
明らかに危害を加えてくる人なら、自分を守るため、警戒する言葉が出てくるのも当然です。
あまり深入りせず、無言のまま、その場から離れるのがいいでしょう。
しかし、特別な事情がないなら、根拠のないことは言わないほうがいいでしょう。
差別的な言葉が頭に浮かんでも、実際に口に出して言うのは良くありません。
軽い気持ちで言った一言でも、相手を傷つけてしまうかもしれません。
安易な気持ちで言った一言が引き金になって、相手を怒らせるかもしれません。
特に人格や尊厳を傷つける言葉はすべて厳禁です。
軽い気持ちで言った一言でも、相手の人格や尊厳を傷つけたなら、強い不快感が伴います。
たった一言でも、トラブルを招く可能性は十分あります。
したがって、わけのわからない人がいても、根拠のないことは言わないのが得策です。
もし何か言うとしても、言葉を十分に選ぶ必要があります。
「私にはわからない」「何とも言えない」と言う程度にとどめておくのがいいでしょう。
言葉は、素晴らしい道具ですが、使い方によっては凶器になることもあります。
相手がどんな事情でも、傷つけるような言葉はすべて不適切。
悪口、陰口、噂話。
不快な言葉や余計な言葉は、すべて慎みます。
わけのわからない人がいても、根拠のないことは言わないのがマナーです。
どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組みましょう。
会社で行う仕事の中には、面白くないこともあるでしょう。
ため息しか出ない仕事もあるでしょう。
興味関心がゼロで、まったくやる気が起きないこともあるでしょう。
時には関わりたくない仕事もあるかもしれません。
しかし、それが自分に与えられた仕事なら、きちんと取り組むことが必要です。
やる気の有無は関係ありません。
モチベーションの有無も関係ありません。
学校なら「つまらないからサボる」が通用したかもしれませんが、社会に出て仕事をすることになれば、次元が変わります。
社会では「つまらないならしたくない」は通用しません。
仕事であるからには、給与が発生しています。
金銭と雇用契約が発生しているなら、つまらない仕事でもきちんと取り組むこと。
そして責任を持ってやり遂げることが大切です。
自分と約束してください。
「自分に与えられた仕事は、責任を持ってやり遂げる」と。
これが「職務を全うする」ということです。
気力が出ないなら、無気力のままでもいいので、仕事に取りかかりましょう。
自分に与えられた仕事は「自分に与えられた使命」と言い換えると、やる気が出やすくなるでしょう。
最初は無気力でも、仕事をしているうちにだんだん気持ちが高ぶってきて、やる気や元気が出てきます。
スピードは遅くてもいいので、自分に与えられた仕事なら、少しずつ進めていきましょう。
慣れていくにつれて、スピードも出てきます。
つまらなくて仕方ないなら、面白くなるような工夫をしてください。
知恵を絞れば、仕事が面白くなるような工夫やアイデアが浮かぶはずです。
工夫とアイデアさえあれば、どんなつまらない仕事も面白くなります。
仕事のメリットを想像しながら取り組むのも良し。
仕事に制限時間をつくってゲーム感覚にするのも良し。
仕事の成果を記録するだけでもかまいません。
記録に残すと目に見える形になるので、やる気の向上につながります。
どうしても仕事を辞めたいなら、今関わっている仕事が一区切りついてからがいいでしょう。
一度受け持った仕事は、責任が発生しています。
仕事の途中で放棄すると、周りに迷惑がかかります。
少し時間はかかっても、責任を持って仕事をやり終えてから辞めるほうがスマートです。
責任を持ってやり遂げることが大切です。
仕事の途中で1人の限界を感じたら、誰かに手伝ってもらうといいでしょう。
仕事量が多くても、手分けをすれば、取り組みやすくなります。
手伝ってもらうのが難しい仕事なら、上司に相談するといいでしょう。
仕事量を減らしてもらえたり、難易度を下げてもらえたりできるかもしれません。
どんなにつまらないことでも、仕事ならきちんと取り組み、責任を持ってやり遂げることが大切です。
日常で注意したい言葉があります。
それは「一応」という言葉です。
私たちの日常では「一応」という言葉に触れることがあります。
「一応」とは「十分ではないが、最低限条件は満たしている」という意味があります。
日常でよく聞かれるキーワードですが、安易な使い方は避けたほうがいいでしょう。
ほとんどの場合、感じが悪くなるからです。
中途半端な意味が伴い、不安や違和感を与える原因になります。
また、誠実に答えていない印象を与え、失礼な印象になることも少なくありません。
たとえば、出身地について聞かれる場面があるとします。
「ご出身はどちらですか」と聞かれたとき「一応、愛媛県出身です」と答えると、すっきりしない印象を与えるでしょう。
愛媛県以外にも出身があるように聞こえます。
本当に愛媛県出身なのか疑わしい気持ちも出てくるでしょう。
きちんと言えない事情があるようにも聞こえ、不安になってきます。
取引先の前で、自社商品についてプレゼンを行う場面があるとします。
「一応、自信のある商品です」という言い方をすると、どう感じるでしょうか。
聞き手は不安を感じ、頼りない印象を受けるでしょう。
「一応」が含まれると「自信がないところもある」という意味にも聞こえます。
上司から資料の確認を依頼され、進み具合について聞かれたとします。
「一応、確認が終わりました」という言い方をすると、上司はけげんな表情をするでしょう。
上司は「少し手抜きをしたのだろうか」「何か不備でもあったのだろうか」ともやもやした印象を受けるはずです。
一応という言葉を使うと、違和感や不安感を与えがちです。
時には不快感や悪印象につながることも少なくありません。
本人に悪気はなくても、少なくとも気持ちのいい言葉ではないため、禁句にしたほうがいいでしょう。
一応という言葉を取り除きましょう。
「一応、愛媛県出身です」という一言なら「愛媛県出身です」と言い換えます。
「一応、自信のある商品です」という一言なら「自信のある商品です」と言い換えます。
「一応、確認が終わりました」という一言なら「確認が終わりました」と言い換えます。
一応を取り除いたほうが、言葉がすっきりするうえ、堂々とした印象も出ます。
口癖になっている人は、特に注意したほうがいいでしょう。
周りが使っていたとしても、自分は流されず、禁句にしておくのが賢明です。
もし不安要素を伝えたいなら、はっきり言い切った後、補足として加えるといいでしょう。
「確認が終わりました。気になる点を1つ見つけました。それは~」
こうした言い方なら、すっきりした印象を保ちながら不安要素を伝えられます。
一応という言葉を使わなくても、生活に支障はありません。
一応という言葉は禁句でいいのです。
かつて人類は、火をおこすために悩んでいました。
「火があれば便利。自分たちで火をおこせないだろうか」
悩みながら、さまざまな方法を試した結果、ついに火をおこす方法を見つけました。
その後、火をおこす方法はどんどん進化していき、現在ではボタンを押すだけで火をおこせるようになりました。
悩んでいたおかげで、人類は火を操る能力を得たのです。
薬が発明されたのも、悩んでいたおかげです。
「けがを治したい。病気を治したい。早く治したい。何か良い方法はないだろうか」と悩んだ結果、薬が生まれました。
薬はどんどん進化して、現在では数多くの病に対応できるようになりました。
かつては治療困難とされていた病さえ、現在では薬で治せるようになりました。
便利な道具を発明したのも、悩んでいたおかげです。
「もっと作業を効率的にする道具はないだろうか」と悩んだ結果、道具が発明されました。
道具もどんどん進化していき、便利になっていきました。
かつては海を渡ることすらできなかった人類が、現在では、海を渡り、空を飛び、宇宙にも行けるようになりました。
最初の人類である猿人の脳は、500グラム程度でした。
その後、原人、旧人、新人という段階を経ていき、同時に脳も大きくなっていきました。
脳をたくさん使っていたからです。
生存競争に勝ち、過酷な環境を生き抜くためには、脳をたくさん使う必要がありました。
現在私たち人間の脳は、1500グラムほどです。
最初の猿人のころと比べると、3倍も大きくなっているのです。
悩むことで脳が進化して、多くの解決策を生み出し、生き延びていきました。
私たち人類の歴史は、悩みの連続と言っても過言ではありません。
あなたは今、悩んでいるかもしれません。
それは悪いことではなく、いいことです。
何か答えが見つかるまで、たくさん悩んでください。
悩んで、悩んで、悩み抜き、良い解決策を生み出してください。
解決策を得たとき、あなたは進化します。
悩みが大きいほど、進化も大きくなります。
たとえ解決策が見つからなくても無駄ではありません。
悩むこと自体が、脳にとって進化です。
人は「考える」という特性を持った生き物です。
さまざまな可能性を模索することで、脳の神経ネットワークが密になって、考える力が強くなっています。
表向きには見えなくても、脳の中では進化を遂げているのです。
どうか悩むことを、否定するのではなく、肯定してください。
悩むことは進化することです。
脳が発達している人間にとって、考えることは重要な行為。
悩むことを楽しみましょう。
悩むことは進化の前触れなのです。
素晴らしい価値はどこにあるのでしょうか。
普通に考えるなら「好きなこと」でしょう。
好きなことをすれば、今すぐ楽しい気持ちになれます。
興味関心のあることなら、心が躍り、わくわくした気持ちになれます。
価値があり、快感であり、有意義なこと。
たとえストレスがあっても、好きなことなら、快感になるから不思議です。
もちろん好きなことも正解の1つですが、それだけではありません。
素晴らしい価値は、意外な場所にも存在します。
それは「嫌いなことの裏側」なのです。
「嫌いなことには価値がない」と思うかもしれませんが「不毛」と決めつけるのはまだ早い。
表側はストレスと不快感でいっぱいかもしれませんが、ぜひ裏側に着目してください。
逃げたくなるかもしれませんが、いったん落ち着いて、じっくり観察してみましょう。
どんな嫌いなことでも、裏側には「価値につながる何か」が隠れています。
新しい知識かもしれません。
新しい出会いかもしれません。
メンタルの向上かもしれません。
新鮮な世界かもしれません。
生まれ変わるきっかけかもしれません。
人生を変える手がかりかもしれません。
探し求めていたチャンスかもしれません。
嫌いなことの裏側にある価値に気づけば、ストレスや不快感も半減するでしょう。
往々にして私たちは、嫌いなことに直面すると不快感が先に来るため、嫌いなことの裏側を見落としています。
たとえば、嫌いな勉強があるとします。
嫌いな勉強をしてもつまらないかもしれませんが、表向きはそう感じるだけです。
嫌いな勉強の裏側には、たくさんの価値があります。
「集中力を鍛える時間」と思えば有意義に変わるでしょう。
「世界観を広げるきっかけ」と思えば楽しくなるでしょう。
嫌いな人がいるとします。
嫌いな人と一緒にいてもむかむかするだけかもしれませんが、裏側にある価値に気づいてください。
嫌いな人と接することで「忍耐力を鍛える機会」になるでしょう。
嫌いな感情を通して「感情をコントロールする機会」と思えば、有意義に感じるでしょう。
「新しい価値観を学ぶチャンス」にもなるでしょう。
抵抗感があるからこそ、学ぶ価値があるといえます。
嫌いな人と接するのも、悪くないと思えるはずです。
嫌いなことがあっても大丈夫です。
嫌いなことの裏側にある価値を見つけられれば、有意義に変わるため、不快感が半減します。
宝探しのつもりで考えると、価値を見つける作業がより楽しくなるでしょう。
嫌いなことが、一転して好きになる可能性もゼロではありません。
あなたが嫌いなことは何ですか。
愚直に嫌いなことを避けるのもいいですが、人生の可能性を高めたいなら、嫌いなことの裏側にも注目してください。
嫌いなことから逃げる前に、ちらっと裏側に目を向けてみてください。
より人生の価値を手にするチャンスが隠れているでしょう。
素晴らしい価値は、嫌なことの裏側にあるのです。
考え方の違う相手がいても、相互理解が不可能とは限りません。
相互理解ができない原因の1つは「コミュニケーション不足」です。
最初は考え方が違っていても、コミュニケーションを深めることで、考え方を合わせていくことが可能です。
完全な一致はできなくても、お互い妥協しながら調整すれば、中間地点を見つけることができるでしょう。
コミュニケーションは素晴らしい道具です。
お互いの考え方が合わなくても、きちんとコミュニケーションができれば、解決する場面が少なくありません。
こうした場面でよく登場する言葉があります。
「話せばわかる」です。
たしかにきちんと会ってじっくり話せば、お互いの価値観を上手に調整できて、すぐ問題が解決するように思えます。
考え方の合わない相手でも、じっくり時間をかけて話し合えば、相互理解が可能になると思う。
ところが、実際のところ「話せばわかる」と言う人に限って、コミュニケーションから逃げる場合が目立ちます。
「時間が解決するだろう」と、時間任せにする。
「そのうち相手が妥協するだろう」と安易に考える。
「時間があるときに話す」と思いつつ、いつまでも話そうとしない。
「話せばわかる」と思いつつ、実際の行動が伴っていないのです。
結局のところ、コミュニケーションを嫌がっているのです。
コミュニケーションから逃げているかぎり、相互理解を実現するのは困難です。
頭でわかっていながら、行動できないパターンがあります。
話せばわかると言いながら行動しないのも、このパターンの1つです。
「話せばわかる」と言いながら、コミュニケーションから逃げていませんか。
どきっとした人は、今すぐ話し合いに行きましょう。
思っているだけでは意味がありません。
放置しても、溝は埋まりません。
むしろどんどん溝が広がっていくでしょう。
心の距離が離れると、ますますコミュニケーションを取りにくくなり、溝も広がる一方です。
溝が広がるにつれて、埋めるのも難しくなる。
最終的に埋めることができないほど溝が広がり、大きなトラブルに発展する可能性があります。
相互理解が必要なら「話せばわかる」と思ったまま放置するのではなく、早めに行動しましょう。
自分から話をしに行きましょう。
もたもた先延ばしせず、できるだけ早めに話し合うのが得策です。
話し合えば、必ず相互理解ができるとは限りませんが、話し合わないかぎり、相互理解は実現できません。
少なくともコミュニケーションは、解決に向けた前向きな行動です。
きちんと行動が伴ってこそ、相互理解が促されるのです。
孤独を感じて、寂しい気持ちになることがあります。
人とのつながりが乏しいと、世界で1人きりのような感覚に襲われ、孤独感や虚無感を覚えるでしょう。
孤立しているような錯覚を覚え、時には涙を流すこともあるでしょう。
特に夜は、孤独を感じやすい時間帯です。
闇は、孤独をエスカレートさせます。
暗くて静かな環境に1人でいると、世界から取り残されている感覚がエスカレートするのです。
こんなとき、孤独を紛らわせる良い方法があります。
それは「今まで出会った人の顔を思い浮かべる」という方法です。
今まで出会った人なら誰でもかまいません。
今まで出会った人たちの顔を、できるだけたくさん思い出してください。
深い関係の人だけでなく、浅い関係の人も含めて思い出すのがポイントです。
あなたは、今まで数多くの人と出会ってきたでしょう。
父親、母親、兄弟、姉妹。
親戚、いとこ。
学校でお世話になった数多くの先生。
近所のおじさん、おばさん。
知り合い、友人、仲間。
お店の店員さん、店長さん、お客さん。
会社の上司、同僚、部下。
取引先の人たち。
街角で親切にしてくれた人。
今まで出会った人の数は、膨大な数に上るでしょう。
本が1冊できてしまうくらい、多くの人と出会ってきたはずです。
多くの人の出会いと支えがあって、今ここに生きていることを実感してください。
「あの人にもお世話になった。この人にもお世話になった。たくさんの人にお世話になった」
一人ひとりの顔を思い出すにつれて、感謝の気持ちも湧いてくるでしょう。
気づけば、孤独が小さくなっているはずです。
孤独と思うのは誤解です。
孤独ではないから、今あなたはここにいます。
多くの人のおかげで、今ここに自分がいるとわかれば、もう孤独を感じることはありません。
今まで出会った人の顔は、心のお守りです。
孤独を和らげてくれる力があるのです。
変更できない選択には注意が必要です。
変更できない選択は、何をどうやっても変更できません。
泣いても笑っても悪あがきしても、無理なものは無理。
「あとから変更が必要になったら、大変なことになる!」
万一のリスクを考えると、なかなか勇気が出ないのも当然です。
不透明な将来を、現在の展望だけで確定させるのは危険です。
一切変更できない状況をつくると、あとから面倒な事態に発展する可能性もゼロではありません。
変更できない選択には、魅力や特典がいっぱいあるでしょう。
得が多いとわかれば、迷うこともないように思えます。
しかし、変更できない選択には要注意です。
魅力や特典を得ようとすると「変更できない選択でも大丈夫だろう」という甘い見積もりになりがちです。
魅力や特典に心が引かれるかもしれませんが、あとから変更できないのは大きなリスクです。
将来、何が起こるかわかりません。
今は「絶対大丈夫」と思っても、安心はできません。
そもそも人生に「絶対」はありません。
思わぬ想定外があって、あとから事情が急変することはよくあること。
目の前の利益ばかり追い求めていると、あとから痛い目に遭います。
一度冷静になって、じっくり考えてほしい。
「本当に変更できない選択をする必要があるのか」と。
変更できない選択をするとき、不純な考えが入り交じっていることが多い。
「見栄」「体裁」「世間体」「余計なプライド」「変なこだわり」などです。
不純な考えに惑わされると、視野が狭くなる。
いずれ落とし穴に落ちてしまうのです。
変更できない選択をするしかない状況なら別ですが、じっくり考えれば、あとから変更できる選択で済む場合もあるはずです。
変更できる選択なら、あとから都合が悪くなっても安心できます。
変更できる選択は魅力や特典に欠けるかもしれませんが、万一のリスクを下げておくことも魅力であり特典です。
選んでからでは遅いのです。
「自分は大丈夫」という人に限って、油断が生まれ、ミスを犯します。
目先のメリットだけ考えるのではなく、将来におけるデメリットも考えてみてください。
最高を目指すのではなく、最悪を避けること。
あとから軌道修正ができるなら、選ぶときのストレスも軽くなります。
将来の可能性を残しておくことで、想定外やトラブルがあっても、柔軟に対応できます。
当たり前の話と思うかもしれませんが、あらためて心に留めておきましょう。