60代の一大イベントといえば、やはり定年退職です。
早い人では50代で迎える人もいるようですが、一般的には60代が多いでしょう。
仕事を続けていた生活から、仕事をしなくなる生活へと変わります。
60代は、定義上「年配者」に当たります。
「おじいさん」「おばあさん」になりつつある時期です。
事実、足腰が弱ったり、認知症の兆しがあったりする60代がいるのも、たしかです。
あなたの周りに、定年退職後、慎ましい生活を送っている人はいませんか。
欲を出さず、家でじっとして、テレビや新聞ばかり読んでいる人たちです。
高齢であることを考え、無理がないよう、慎ましい生活を送っています。
生きがいとは、何でしょうか。
生きがいとは、生きていくための支えとなる目標や心の張り合いです。
「生きていて良かったな」と思えることです。
あなたには、我慢していたことがあるはずです。
「我慢をせずに生きてきた」という人は、ほとんどいません。
おしゃれをしたい気持ちがあっても、仕事上の都合で、できませんでした。
「やりたくない」と「興味がない」。
どちらも日常でよく聞かれる言葉ですね。
響きが似ているためか、混在して使っている人も多いのではないでしょうか。
「何もやる気が起きない」
「何も興味がない」
そんな弱音を吐いていませんか。
定年退職後、前に勤めていた会社の名刺を持っていますか。
「記念に持っている」という人も、いるかもしれませんね。
有名な会社であったり、肩書が高かったりすると、捨てにくいものです。
60代の元気は、服装からです。
今、どのような服装ですか。
地味だったり暗かったりする服装が多いのではないでしょうか。
定年退職をすると、平日の印象が変わります。
今まで苦手だった平日が、好きになります。
これまで会社に勤めていたころは、平日は仕事で、週末が休日でした。
70代の足腰は、60代で決まります。
定年退職をしてぼうっとしていませんか。
「暇だ」「やりたいことがない」「興味がない」と言ってぼうっとしていると、あっという間に足腰が弱ります。
60代あたりから、生活リズムに大きな変化が現れます。
自然と、朝早くに目が覚めるようになるのです。
朝が弱い人でも、突然朝に強くなります。
健康維持のためにぜひ取り入れたいのは、ウォーキングです。
60代になれば、体の衰えが目立ち始めるので、日課にすることをおすすめします。
ウォーキングは、体全身の筋肉を効率よく動かす最良の手段です。
「老後をうまくやっていくためには、何が必要か」
そう考えるとき、やはり真っ先に思い浮かべるのは、お金でしょう。
もちろんお金は大切です。
60代は、成功体験をたくさん積み上げていることでしょう。
「こうすればうまくいく」「この方法が自分に合っている」という法則を、たくさん身につけているはずです。
成功体験は、自分の財産です。
60代のうちに経験してほしいことが、2つあります。
「旅行」と「登山」です。
60代の時間の過ごし方は自由ですが、この2つだけは、60代のうちに強くおすすめします。
風呂場で救急車に運ばれるのは、年配者が多いと言います。
年配者は熱い湯を好むうえ、長湯をしやすい傾向があります。
温泉が好きとはいえ、無理な長湯は良くありません。
60代になれば、子どもへの教育方法が少し変わります。
くどくど口うるさく言うのは、もう終わりです。
子どもとはいえ、もう大人です。
60代になると、若いころになかった思いが湧き上がるようになります。
地元への愛情です。
もちろんこれまでも地元のことを考えることはありましたが、軽く考えることが大半でした。
ご近所との付き合いは、どのくらい充実していますか。
会社に勤めていたころは、仕事を通して、いろいろな人と出会えました。
出会うつもりはなくても、強制的に出会える状態であったため、人脈もできました。
60代になれば、新しい友人をつくりましょう。
新しい人と知り合うことで、新しい生き方や思想が学べます。
人生観に、限界はありません。
60代が若い人と接するとき、偉そうになりやすいため要注意です。
「自分のほうが偉い」「自分のほうが正しい」と思いやすいからです。
自分のほうが上である意識があると、見下すような態度になり、つい横柄な態度になります。
60代の仕事は、シンプルです。
孫の遊び相手です。
孫と一緒に散歩をしたり、話し相手になったりするだけでいいのです。
「自分は、教える立場として振る舞わなければいけない」
そうした気持ちに、心当たりはありませんか。
年齢が高くなるということは、年下が増えるということです。
最近、自分が口にした話題を振り返ってみてください。
古い話ばかりを繰り返していませんか。
「会社員のころは、こういう仕事をしていた」
60代になると、基本的に定年退職をします。
仕事を続けたい意思があっても、辞めなければいけません。
定年退職は、法律で定められているため、どうしようもありません。
定年退職をした後は、健康診断を毎年必ず受けましょう。
会社員のころは、毎年会社を通して健康診断があったため、自分から進んで受ける必要はありませんでした。
毎年受けていたおかげで、何か問題が見つかっても、すぐ対処できました。
人は誰でも「自分が正しい」と思います。
「そう思いたい」という傾向もあります。
自分の生き方を否定するのは自分を否定することになるため、正しいと思いたいと思う傾向があります。
人生は、いつ何があるかわかりません。
自分はまだまだ長生きすると思っても、ある日突然、不幸が襲うことがあります。
そのときになって考えればいいと思いますが、そうもいかない場合があります。
あなたは、何歳まで生きたいですか。
そろそろ寿命について、具体的に考える年ごろではないでしょうか。
自分の人生ですから寿命の決め方は自由ですが、1つだけ、心がけてほしい目安があります。
60代の一大イベントといえば、やはり定年退職です。
早い人では50代で迎える人もいるようですが、一般的には60代が多いでしょう。
仕事を続けていた生活から、仕事をしなくなる生活へと変わります。
会社に縛られた生活から、自由の生活へと変わります。
大きなインパクトです。
もう上司に怯えることはありません。
もう首を切られることに、びくびくする必要もありません。
あらためて人生を振り返ると、今までの生活は、常に何かに追われた生き方でした。
学生時代は勉強に追われ、会社に勤めていたころは仕事に追われていました。
常に、精神的プレッシャーを感じる日々でした。
しかし、もう大丈夫です。
今ようやく、あらゆる義務から、解放されたのです。
60代にして、人生で最も自由な時期がやってきました。
子どもも自立して、手がかからなくなります。
肉体的・精神的に、開放感にあふれます。
「もう年だ」と言っている場合ではありません。
むしろ、これからなのです。
スポーツを楽しむのも良し。
趣味を満喫するのも良し。
もう追われることはないのですから、何をやっても自由です。
もちろんまだ仕事をしたければ、再就職をすることもできます。
好きなことをやりましょう。
わがままになりましょう。
やりたいことをやりましょう。
定年退職は、終わりではありません。
始まりです。
第2の人生の、幕開けなのです。
60代は、定義上「年配者」に当たります。
「おじいさん」「おばあさん」になりつつある時期です。
事実、足腰が弱ったり、認知症の兆しがあったりする60代がいるのも、たしかです。
しかし、一部の人を除いて、多くの60代は、元気です。
実際に60代になってみるとわかるのですが、思ったより動けることに、気づくのではないでしょうか。
私たちが若いころ、60歳と言えば、よぼよぼとしたイメージを抱いていました。
つえをついて歩いたり、物覚えが悪くなったり、聴力が弱くなったりなどです。
ところが、いざ自分が60代になると、意外に動けます。
頭も冴えています。
走ることもジャンプすることもできます。
「なんだ。意外に元気じゃないか」と思うのです。
60代は、もっと大変と思っていたが、まだまだ動けます。
もっと記憶力が悪くなると思っていたが、まだまだ物覚えの手応えがあります。
若いときに抱いたイメージなんて、その程度です。
現実の60代は、まだまだ活力にあふれています。
その気になれば、今から再就職して、働くこともできるでしょう。
その気になれば、今から勉強して、資格を取得することもできるでしょう。
世界には、97歳で大学を卒業した男性がいます。
世界には、106歳で世界一周を果たした人がいます。
そうした高齢者から見れば、たかだか60代です。
90歳や100歳の人から見れば、60代は「若造」と見えるに違いありません。
これからは、ありあまる時間や体力をどう使うかが大切です。
可能性が小さいどころか、大きな可能性があるのです。
あなたの周りに、定年退職後、慎ましい生活を送っている人はいませんか。
欲を出さず、家でじっとして、テレビや新聞ばかり読んでいる人たちです。
高齢であることを考え、無理がないよう、慎ましい生活を送っています。
周りに迷惑がかからないよう静かに生きるのも、悪くありません。
しかし、慎ましい生活をすれば長生きできるかというと、そうではありません。
現実として、慎ましい生活を送るほど、早く衰える場合が多く見られます。
人間の頭も体も、使わなければ、どんどん衰えてきます。
年齢を意識して行動を控えていれば、頭や体を鍛える機会が少なくなるため、衰えが加速します。
医療データによると「寝たきりの生活を3日間送ると、全身の筋肉の1%が減少した」という報告があります。
長生きをするつもりで送る慎ましい生活が、かえって身を滅ぼす現実があります。
慎ましい生活をすれば、長生きできるとは限らないのです。
では、長生きするためにどうするのか。
やはり、活発な行動です。
定年退職後、手にした自由を存分に活用して、自由に生き生き行動している人は、元気な状態が長続きします。
もちろん無理をするのはいけませんが、適度な刺激は必要です。
旅行に行ったり、趣味を楽しんだり、スポーツを楽しんだりなどです。
少しくらい、体に負担がかかるくらいでいいのです。
「適度な負担を与える」という姿勢は大切です。
頭と体を鍛える機会になります。
家族の人から「やんちゃ」と呼ばれるくらいでいいのです。
そのくらい意欲を持って行動するから、頭も体も鍛えられます。
結果として、健康な状態が長続きしやすくなるのです。
生きがいとは、何でしょうか。
生きがいとは、生きていくための支えとなる目標や心の張り合いです。
「生きていて良かったな」と思えることです。
60代までは、意識をしなくても、すでに生きがいがありました。
仕事であり、子育てです。
生きがいを持とうと思っても、持たざるを得ない状況で、奮闘する毎日でした。
しかし、60代からは違います。
60代からは、意識をして、生きがいを持つ必要があります。
定年退職して、子どもも自立して親から離れると、急に重荷がなくなります。
軽くなるのはいいのですが、軽くなりすぎるのです。
魂まで抜かれたかのようです。
「もうやることがない。どうやって生きていいのかわからない」と思い、生きがいを見失う人が多いのです。
中には「生きていても仕方ない」という極端な考えに走る人も多いようです。
定年退職をしたとたん、死んでしまうという話さえあるというから、驚きです。
そこで60代からは「新しい生きがい」が必要です。
今までとは違う、新しい、生きがいです。
「生きがい」と呼べるものはありますか。
「そうだな。そんなことは考えたこともないな」と思うなら、今すぐ生きがいを見つけましょう。
趣味やスポーツを生きがいにするのもいいでしょう。
研究や作品など、一生涯を通じて取り組めるライフワークでもいいでしょう。
「生きがいは何ですか」と聞かれたとき、すぐ答えられるようになりましょう。
新しい生きがいが、これからの人生の支えになるのです。
あなたには、我慢していたことがあるはずです。
「我慢をせずに生きてきた」という人は、ほとんどいません。
おしゃれをしたい気持ちがあっても、仕事上の都合で、できませんでした。
旅行に行きたくても、子育てに時間を取られ、行けませんでした。
習い事もスポーツも、興味はあっても、今まで機会を逃していました。
現役で仕事をしているころは、何らかの束縛があるものです。
その束縛が、60代で解き放たれます。
定年退職を迎え、会社による束縛から解放されます。
子どもは社会人になり、子育ての苦労から解放されます。
もう我慢するのをやめましょう。
60代が我慢すると、体に悪いです。
今まで十分我慢し続けてきたのですから、これからは我慢しない生活です。
いま一度、昔から我慢していたことを、思い出しましょう。
「以前から、おしゃれをしてみたかった」
「やりたい習い事があった」
「思いきり旅行を楽しみたかった」
「興味のあるスポーツがあった」
「読書三昧の日々を過ごしてみたかった」
昔から興味があるにもかかわらず我慢していたことが、1つや2つ、あるはずです。
大きな風船ほど大きな音で割れるように、我慢し続けていたことほど、エネルギッシュに挑戦できます。
60代まで挑戦できなかったのは、1つの運命です。
60代から挑戦するために、後回しになっていました。
それを今、楽しむのです。
ベストタイミングだと考えるのです。
「やりたくない」と「興味がない」。
どちらも日常でよく聞かれる言葉ですね。
響きが似ているためか、混在して使っている人も多いのではないでしょうか。
しかし、意味はまったく違います。
同じような意味として考えていると、思わぬチャンスを逃していることがあるため、要注意です。
いま一度、意味を整理してみましょう。
「やりたくない」とは「嫌い」という認識がはっきりしていることです。
以前に経験があり、苦い思い出があったり、不愉快になることがわかっていたりするときに、使います。
たとえ経験がなくても、あらかじめ自分が不愉快になるだろうと予想できるときにも、使います。
やりたくないことは、嫌なのですから、やる必要はありません。
ただ不愉快になるだけです。
無理をしてやっても、余計に嫌いになるだけです。
しかし、興味がないことは、別です。
「興味がない」とは「面白いと思わない。心が引かれない」という意味です。
必ずしも「嫌い」という感情が伴っているわけではありません。
興味がないことは、やってみたほうがいいです。
興味がないのは、まだやったことがないせいかもしれません。
やったことがあるとしても、面白さに気づいていないだけかもしれません。
だから、やってみるのです。
興味がないことをやってみると、意外な面白さに気づいて、新しい世界が開ける可能性があります。
あなたが、それをしない理由は何ですか。
やりたくなければやらなくてもいいですが、興味がないなら、やってみる価値はあります。
興味がないことに、可能性が眠っているのです。
「何もやる気が起きない」
「何も興味がない」
そんな弱音を吐いていませんか。
たしかに何かを行動するときは、興味が必要です。
興味がないことをしても、楽しくありませんし、やる気も起きません。
行動すればいいと頭でわかっていても、興味がないことは、行動しようがありません。
「興味が出ないのは仕方ない」と思いますが、そうではありません。
興味が出ない本当の理由は、行動していないからです。
興味は、急に出てくるものではありません。
行動したときに、出てくるものです。
新しい刺激に触れたとき、感性が触発されて、興味が出てきます。
興味が出てきて行動すれば、さらなる興味が出てきます。
好奇心が、次々と連鎖していくのです。
「興味がない」と思ったら、行動です。
何でもいいのです。
最初だけ苦しいですが、思いきって行動しましょう。
どうしても興味が出なくて困っているなら、本屋に行きましょう。
本屋は、興味の宝庫です。
あらゆるジャンルが、勢ぞろいしています。
本屋の中を一巡りするつもりで、本のタイトルを見ていきましょう。
ぴんと来る1冊が、目にとまるはずです。
あらゆるジャンルがそろっている本屋なら、1つくらい、興味をそそる本があるはずです。
釣り、ガーデニング、編み物、パソコンなど、何でもいいです。
趣味なのですから、得手不得手はまったく関係ありません。
その本を買って、むさぼるように読みましょう。
読み進めるにつれて、さらに興味が出てきます。
興味が興味を生み出し、連鎖して、好循環になるのです。
楽しんでいるうちに、別のジャンルに興味が出てくることもあります。
こうなればしめたものです。
後は勝手に体が動き、もう行動をやめられなくなるのです。
定年退職後、前に勤めていた会社の名刺を持っていますか。
「記念に持っている」という人も、いるかもしれませんね。
有名な会社であったり、肩書が高かったりすると、捨てにくいものです。
恐れ入りますが、その名刺はもう不要です。
きっぱり捨てることを、おすすめします。
前の会社の名刺は、新しい旅立ちの妨げになるからです。
勤めていた会社が大きいほど、名刺の肩書を捨てにくいものです。
課長や部長などの肩書があると、誇らしく思うでしょう。
誇りを持つのは結構ですが、もう過去の話です。
これからは、邪魔になります。
名刺があると、頭の片隅に、当時の肩書が浮かびます。
すると、自然と横柄な態度や偉そうな口調になり、不和の原因になることがあるのです。
過去の自分の功績を認めてもらいたい気持ちは、人間関係の妨げになります。
定年退職をすれば、過去のことは忘れましょう。
「以前はこんなに偉かった」というプライドも、捨てましょう。
きっぱり名刺を捨てることです。
その決断があれば、素晴らしい60代が送れます。
丸裸にされたような気持ちになり、性格が丸くなり、物腰も低くなります。
一から始める気持ちが大切です。
真っ白な心を持つから新しい出会いをしやすくなり、人間関係も円滑に進めやすくなるのです。
60代の元気は、服装からです。
今、どのような服装ですか。
地味だったり暗かったりする服装が多いのではないでしょうか。
「年も年だから、あまり派手な服装は似合わない」と考えがちです。
分相応の身なりを心がけるのもいいですが、冒険心が小さすぎるのではないでしょうか。
似合うかどうかは、着てみなければわかりません。
着る前から似合わないと決め付けていると、ファッションの幅も楽しみも、制限されます。
地味で暗い服装ばかりでは、心まで地味で暗くなります。
そこでおすすめしたいのが、ワントーン、明るい服装です。
明るさが大切です。
服には、人の心に影響を与える力があります。
明るい気持ちだから、明るい服を着るのではありません。
明るい服を着るから、明るい気持ちになれます。
たとえば、顔を洗ってタオルで拭くとき、黒いタオルと白いタオルとでは、どちらが気持ちよく感じるでしょうか。
やはり、白いタオルですね。
明るい布には清潔感があり、触れると、すっと気持ちよくなれます。
服装でも同じです。
最初はそわそわするかもしれませんが、だんだん慣れて、似合うようになります。
明るい服に影響されて心も明るく変化すると、服装と心の状態が一致するからです。
心が明るくなることで、外に出たくなります。
もっと行動したくなる気持ちにもなります。
「似合わない」と決め付けず、ぜひ挑戦してみましょう。
開放感にあふれる60代ですから、明るい服がよく似合います。
定年退職をすると、平日の印象が変わります。
今まで苦手だった平日が、好きになります。
これまで会社に勤めていたころは、平日は仕事で、週末が休日でした。
仕事をしている身として、仕方ありません。
拘束時間が長く、自由が制限されている状態でした。
その結果、平日より休日のほうが、いい印象でした。
ところが定年退職をすると、印象が逆になります。
休日より、平日のほうが好きになるのです。
毎日が自由になると、あらためて休日の人の多さに気づくでしょう。
どこに行っても、人だらけです。
どこに行っても、ざわざわしています。
デパートもレストランも、混みます。
活気があっていいのですが、待たされたり移動がしづらくなったりして、ストレスが増えます。
みんな休日ですから、一斉に同じような行動しているのです。
一方、平日はどこもすいています。
がらがらです。
みんな仕事で、会社に閉じ込められているため、街を歩く人が少ないのです。
デパートもレストランも、平日は人が少なくて、ストレスが小さいです。
人が少ないときに行動できれば、貸し切りのような気分が味わえます。
休日より平日のほうが、いい印象になるのです。
だからこそ、平日は外に出かけましょう。
60代からの平日は、王様気分を味わえるのです。
70代の足腰は、60代で決まります。
定年退職をしてぼうっとしていませんか。
「暇だ」「やりたいことがない」「興味がない」と言ってぼうっとしていると、あっという間に足腰が弱ります。
人間の体は、よくできたものです。
使う筋肉は自然と鍛えられ、使わない筋肉は自然と弱くなります。
60代にぼうっとしていると、どんどん足腰が弱り、70代が大変になります。
70代の足腰を決めるのは、60代の過ごし方です。
60代まで運動をサボっていても、60代から運動を始めれば、十分立て直しができます。
使う筋肉は自然と鍛えられますから、60代でよく体を動かせば、70代も元気でいられます。
60代は、意識をしてしっかり体を動かすようにしましょう。
旅行や趣味を通して体を動かしておけば、足腰が鍛えられ、元気な70代が迎えられます。
まずおすすめするのは、ウォーキングです。
日課として取り入れ、毎日楽しむようにしましょう。
さらに余裕があれば、旅行、登山にも挑戦です。
会社に勤めていたころにできなかった分、意欲的に挑戦してみましょう。
趣味として、スポーツを楽しむのもいいアイデアです。
テニス、バトミントン、社交ダンスなど、何でもいいです。
夫婦で一緒にスポーツをすれば、いい運動になると同時に、夫婦仲も深まります。
買い物をするときも、乗り物に頼りすぎず、意識的に歩く量を増やすように心がけましょう。
こうした60代の心がけで、70代の足腰が決まります。
「もう動きたくない」と思わず、意識をして動く機会を増やすことが大切です。
健康は、財産です。
歩けなくなってから、歩けることの幸せに気づきます。
今、自由に歩けるのも、幸せの1つです。
たくさん体を動かして、自由な時間を楽しみましょう。
60代あたりから、生活リズムに大きな変化が現れます。
自然と、朝早くに目が覚めるようになるのです。
朝が弱い人でも、突然朝に強くなります。
寝るのが遅くても、まだ太陽が昇る前に目が覚めてしまうのです。
もはや目覚まし時計が、いらなくなります。
「病気なのかな」と思いますが、そうではありません。
年を取れば、誰にでも起こる現象です。
加齢に伴うホルモンバランスの変化によって、自然と朝早くに起きてしまうのです。
さて、自然と朝早くに目が覚めたとき、どうするかです。
もう一眠りするのもいいのですが、おそらくうまくいかないでしょう。
すっかり眠気が消え、寝ようとしても寝られないのです。
無理に寝ようとすれば、かえってストレスになります。
こういうときこそ、散歩に出かけましょう。
まだ外は薄暗いですが、のんびり散歩を楽しんでいるうちに、明るくなります。
太陽が昇り始める朝を楽しみながら散歩できれば、いい1日をスタートできるでしょう。
朝の澄み切った空気を吸いながら歩けば、気持ちも晴れやかになります。
もちろん健康にもいいですから、おすすめです。
目覚まし時計がいらない生活なんて、これまであったでしょうか。
年を取ったからこそ味わえる、楽しみ方なのです。
健康維持のためにぜひ取り入れたいのは、ウォーキングです。
60代になれば、体の衰えが目立ち始めるので、日課にすることをおすすめします。
ウォーキングは、体全身の筋肉を効率よく動かす最良の手段です。
体の筋肉の7割は下半身に集中しているため、歩くだけで体の3分の2を同時に鍛えることができます。
またウォーキングは、ぼけ防止にも効果があると確認されています。
だらだら歩くと効果が小さくなるため「1秒に2歩のペース」が効果的です。
健康維持のために、すでにウォーキングを日課にしている人も多いのではないでしょうか。
このときに、さらに加えてほしい習慣があります。
できれば、夫婦で一緒にウォーキングをしましょう。
朝でも夜でもいいですから、できるだけお互いの都合をつけて、一緒に歩くようにするのです。
ウォーキングは、野球やサッカーとは違い、誰でも気軽に楽しめるスポーツです。
得手不得手も関係ありません。
準備も不要です。
若い人からお年寄りまで楽しめるスポーツです。
一生涯夫婦で楽しめるスポーツとして、ウォーキングが最適なのです。
一緒に運動を楽しむ習慣があれば、夫婦の共通点ができ、さらに仲が深まります。
1日たった10分でもいいのです。
ウォーキングをしながら会話を楽しめば、脳が活性化されるだけでなく、夫婦仲も深まります。
毎日が難しければ、週に2回でも3回でもかまいません。
ウォーキングが、健康も幸せももたらすのです。
「老後をうまくやっていくためには、何が必要か」
そう考えるとき、やはり真っ先に思い浮かべるのは、お金でしょう。
もちろんお金は大切です。
お金があるから、衣食住が充実して、生きていけます。
お金がなければ生きていけないのも、事実です。
しかし、お金さえあれば幸せになれるかというと、そうではありません。
お金は、あくまで道具です。
物を購入するときの、金券です。
お金があれば、いろいろな物やサービスを手にできますが、直接幸せを手にすることはできないのです。
これから本当に必要なのは、パートナーとの関係です。
パートナーとの仲は、うまくいっていますか。
残りの人生を楽しめるかどうかは、パートナーとの関係にかかっています。
家族として何十年も一緒にい続ける関係ですから、お互いに十分慣れ親しんだ関係になっているでしょう。
いくらお金があっても、パートナーとの関係が悪ければ、人生は台無しです。
パートナーと仲が悪ければ、家にいるのも苦しくなります。
雰囲気の悪い家庭は、生き地獄です。
いくらお金があって物が豊かでも、人間関係が悪ければ、楽しめません。
いくら大きな家でも、パートナーとの関係が悪ければ、意味がありません。
生きるのも苦しくなり、老後が思いやられます。
人生最高のパートナーであるパートナーと、いかに仲良くできるかです。
パートナーと仲がよければ、人生を生きる力も湧いてきます。
お金を使って手に入れる物も、パートナーとわかち合うから、豊かに感じます。
旅行も、パートナーと行くから、寂しさは半減して、感動が2倍になります。
付き合いが長いと、言い争うこともあるでしょう。
そうでも、きちんと仲直りをして、お互いの考え方を尊重してほしいのです。
残りの人生を楽しめるかどうかは、パートナーとの関係にかかっています。
お金の心配より、パートナーとの関係を心配しましょう。
これまで何十年も一緒に歩んできた関係です。
これからも死ぬまで一緒に歩めるよう、仲良くやっていくのです。
パートナーとの関係が、これからの本当の財産なのです。
60代は、成功体験をたくさん積み上げていることでしょう。
「こうすればうまくいく」「この方法が自分に合っている」という法則を、たくさん身につけているはずです。
成功体験は、自分の財産です。
自信にもつながります。
しかし、定年退職をすれば、今までの成功体験は忘れるようにしましょう。
捨てるわけではありません。
一時的に、忘れるのです。
定年退職を迎えた今、新しいステージに移りました。
今までとは違う、別世界です。
新しい世界では、新しいやり方です。
今までのやり方にこだわっていると、新しい経験に飛び込みにくくなります。
今までは通用したことが、これからは通用しなくなるかもしれません。
今までは通用しなかったことが、これからは通用するかもしれません。
挑戦する前から「こうすればいいに決まっている」と決め付けるのは、トラブルのもとです。
今までの成功体験は忘れて、新鮮な気持ちになることです。
60代は、新しいステージです。
新しいステージですから、今までの成功体験をリセットして、一から始める気持ちが大切です。
成功体験を捨てることで、謙虚にもなれます。
初心を抱くことで、準備も行き届き、トラブル防止にもなります。
もう一度学生に戻った気持ちで、新しいことに挑戦しましょう。
新鮮な気持ちでいると、新しいものに挑戦しやすくなるのです。
60代のうちに経験してほしいことが、2つあります。
「旅行」と「登山」です。
60代の時間の過ごし方は自由ですが、この2つだけは、60代のうちに強くおすすめします。
なぜ60代のうちに経験しておきたいかというと、体力を必要とすることだからです。
体力を必要とすることを楽しめるのは、体力があるうちです。
人によっては、衰えが早く進行して、70代では実現しにくくなることがあります。
体力を必要とすることは、優先順位を上げましょう。
時期が早ければ早いほど、健康に余裕がありますから、楽しみやすくなります。
足腰がしっかりしている今なら、長期の旅行も実現できます。
国内旅行はもちろん、余裕があれば、海外旅行にも挑戦です。
数週間にも及ぶ、大きな旅行も、今ならできます。
登山が楽しめるのも、体がしっかり動く今のうちです。
70代になると、必ずしもできると限りませんから、今がチャンスです。
60代のうちに行きたいところへ行くようにしましょう。
最初は足慣らしのため、近場にある山から登り始めるといいでしょう。
体力に余裕があれば、名峰と呼ばれる山に挑戦するのもいいでしょう。
60代のうちによく体を動かしておけば、足腰が鍛えられ、元気な70代が迎えられます。
60代こそ、旅行と登山のベストタイミングなのです。
風呂場で救急車に運ばれるのは、年配者が多いと言います。
年配者は熱い湯を好むうえ、長湯をしやすい傾向があります。
温泉が好きとはいえ、無理な長湯は良くありません。
「自分はまだまだ若い。まだ大丈夫」という気持ちもあるのかもしれません。
「気持ちのいい湯だな」と思って、ずっと入浴していると、のぼせてしまいます。
場合によっては、命に関わります。
登山で遭難するのも、年配者が多いと言います。
登山をする気持ちが強くても、天候の悪い日に挑戦をするのは、無謀です。
好きなことをするのはいいのですが、周りに迷惑がかかることは、控えましょう。
「危ないからやめたほうがいいよ」と周りから忠告されれば「そうだな。わかった」と言える素直さが必要です。
延期をする勇気も必要です。
あなたはいかがですか。
年を取るにつれて、頑固になりやすいため、要注意です。
好きなことにも、節度があります。
無謀なことは控えることです。
迷惑がかからないように注意しつつ、好きな挑戦なのです。
60代になれば、子どもへの教育方法が少し変わります。
くどくど口うるさく言うのは、もう終わりです。
子どもとはいえ、もう大人です。
大人があれこれ言っても、子どもは口うるさく感じるだけです。
では、どういう教育をするべきかというと、自分が楽しむのです。
自由にある時間を活用して、旅行、趣味、スポーツなど、好きなことを自由に楽しみます。
これだけです。
子どもの教育とまったく関係ないように思えますが、実は関係しています。
子どもは、こういう親の姿を、見習います。
「楽しそうだな」と、うらやましがらせることです。
うらやましく思えば、子どもも真似するようになります。
積極的な親から、積極性を学びます。
大胆に挑戦する親から、勇気を学びます。
楽しそうに生きる親から、人生の楽しさを学びます。
親が人生を楽しむことで、子どもへの手本になるのです。
親は、ただ60代を楽しめばいいのです。
「人生を楽しむには、行動すればいいんだね」というシンプルな人生哲学を、子どもは学びます。
人生を切り開くのは、行動です。
言ってわかることではありません。
行動で見せるのが、いちばんです。
実際に両親が手本を見せて、人生を楽しむのです。
自分が人生を精いっぱい楽しむことが、子どもへの最高の教育なのです。
60代になると、若いころになかった思いが湧き上がるようになります。
地元への愛情です。
もちろんこれまでも地元のことを考えることはありましたが、軽く考えることが大半でした。
若いころは、進学や仕事のことで頭がいっぱいで、地元のことを深く考える余裕がありませんでした。
しかし、60代になって時間に余裕ができると、あらためて地元について考えるようになります。
「ここでよく遊んだ」
「この神社によくお参りしたなあ」
「この池によく来たなあ」
地元で生まれ育った出来事を、次々と思い出します。
数々の出来事を思い出すうちに、自分を育ててくれた地元に、感謝の念が湧き上がってきます。
そう思い出せるような、時間と心の余裕が、60代からできるのです。
さて、ここからが問題です。
感謝の念が湧き上がって終わりでは、良くありません。
地元に感謝したくなれば、地元のために、何か行動しましょう。
地元を活性化させるために、自分ができることを考えるのです。
イベントのサポーターをやってみます。
祭りの実行メンバーとして、活動します。
公園や川の掃除のボランティアをやってみます。
地元のために貢献することが、生まれ育った地元への恩返しです。
土地も、人と同じです。
愛情を持って接すれば接するほど、期待に応えるかのように活性化します。
これまでお世話になった気持ちをそのままにせず、具体的な行動として表現するのです。
ご近所との付き合いは、どのくらい充実していますか。
会社に勤めていたころは、仕事を通して、いろいろな人と出会えました。
出会うつもりはなくても、強制的に出会える状態であったため、人脈もできました。
おかげで、寂しい思いをすることもありませんでした。
しかし、定年退職をしてからは、そうもいきません。
時間に余裕ができても、意外に近所といつも連絡を取り合わないものです。
普段から連絡を取り合う関係は、せいぜい隣近所です。
同じ地域の人たちとはいえ、ほんの3軒ほど離れてしまうと、顔を合わせないため話をすることもありません。
一方で、用事もないのに、ぶらりと立ち寄るわけにもいきません。
定年退職後は、自分から人とつながりに行かないと、つながれないのです。
つながりを持つためには、接点が必要です。
そこで必要なのは、地域イベントです。
地元には季節の変わり目に、イベントがあることでしょう。
祭り、組合、催し物などです。
「面倒」と思わず、積極的に参加しましょう。
地域イベントを通して、人とつながれます。
60代からは、社会とつながりに行く努力が必要です。
人間関係が豊かにならなければ、人生も楽しめません。
地域の人とつながるから、人生の楽しみも豊かになります。
地域イベントという接点を持つことで、自然と人と出会え、仲を深めることができます。
「つながりを持ちたくない」と思わず、積極的に参加しましょう。
余裕があれば、イベントの参加を促す側になることです。
誘われる側より、誘う側です。
参加人数が多いほど、イベントも盛り上がり、自分もみんなも楽しめます。
60代になれば、新しい友人をつくりましょう。
新しい人と知り合うことで、新しい生き方や思想が学べます。
人生観に、限界はありません。
60代とはいえ、人生観はまだまだ広がります。
新しい人と接することで、人の面白さに気づき、元気をもらえるのです。
60代から新しい友人をつくるなんて、素晴らしいではありませんか。
さて、友人をつくるとき、自分と同じような人ばかりと接していても、可能性が限られます。
年下の友人をつくりましょう。
20歳や30歳くらい年下の人です。
一回り若い友人をつくることも、60代の挑戦の1つです。
「年下と話をしても、面白くない」と思うかもしれません。
たしかに自分とは、知識・立場・年齢などの差があり、すれ違うことは多いでしょう。
「自分のほうが偉い」「自分のほうが正しい」と思うから、すれ違うのです。
考え方の善しあしは、抜きにしましょう。
若いからとはいえ、必ずしも間違っているとは限りません。
違いを楽しむ姿勢が大切です。
すべての考え方を尊重です。
「若い考え方を吸収するぞ」という姿勢で向き合えば、違いも楽しく受け入れられます。
若い人と接するいちばんの効果は、やはり若返りです。
若い人が持つ若々しい感覚が伝わり、自分の感覚まで若々しくなれます。
心が若返ると、どんどん元気が出てくるのです。
60代が若い人と接するとき、偉そうになりやすいため要注意です。
「自分のほうが偉い」「自分のほうが正しい」と思いやすいからです。
自分のほうが上である意識があると、見下すような態度になり、つい横柄な態度になります。
その結果「ああしたほうがいい。こうしたほうがいい」など、命令口調になりがちです。
これでは、若い人とうまく接することができません。
相手と壁をつくることになり、新しい出会いを妨げます。
ただの口うるさい中年と思われ、若い人が逃げていくのです。
では、若い人と接するには、どういう切り口がいいのでしょうか。
若い人と接するときは、コツがあります。
「大変ですね」とキーフレーズを含めることです。
あなたが若いころを、思い出してください。
学生なら、勉強で大変だったことでしょう。
社会人になれば、仕事で大変だったことでしょう。
いつも何かに追われ、苦労の連続だったはずです。
あなたがそうであったように、若い人も今、その状態なのです。
「大変ですね」と言われると「自分の気持ちをわかってくれる」と思い、そっと心の扉を開いてくれます。
「共感」を生むことができます。
「そうなんですよ。実はですね」と言って、次々と話を始めてくれるに違いありません。
自分から若者の立場に歩み寄ることが、大切なのです。
60代の仕事は、シンプルです。
孫の遊び相手です。
孫と一緒に散歩をしたり、話し相手になったりするだけでいいのです。
これだけで、孫のためになります。
孫にたくさん愛情を注ぎましょう。
たくさんの愛情を注がれた子どもほど、愛情のある子どもが育ちます。
人を好きになったり好かれたりして、魅力的な人に育ちます。
感情豊かな心を持つことで、人間関係が上手になります。
孫にたくさん話しかけましょう。
たくさん話しかけられた子どもほど、言葉を早く覚えます。
国語の力が強くなり、コミュニケーションも上手になります。
孫と一緒に散歩に出かけましょう。
たくさん運動をした子どもほど、運動神経の発達が良くなります。
体も丈夫になり、病気に強い子どもへと育ちます。
自分にはささいなことでも、孫には大きな刺激です。
孫の遊び相手になるだけでいいのです。
遊ぶことも、いい勉強です。
孫と遊べば遊ぶほど、孫の感受性が豊かになり、すくすく育ちます。
孫の遊び相手も、立派な仕事です。
大げさに言えば、これから国を動かす人材を教育していると言うこともできます。
孫もまた、あなたの存在を必要としています。
今日は孫と、どんな遊びをしますか。
「自分は、教える立場として振る舞わなければいけない」
そうした気持ちに、心当たりはありませんか。
年齢が高くなるということは、年下が増えるということです。
知っていることが増えるということは、教える機会が増えるということです。
「教える立場として振る舞わなければいけない」と思いがちです。
もちろん知っていることを聞かれれば、快く教えましょう。
「さすがですね」と、感謝されるに違いありません。
しかし、常に教える立場でなければいけないかというと、そうではありません。
やはり60代でも、わからないことがあります。
わからないことまで教えるのは、無理があります。
「教える立場でなければいけない」と思うと、プレッシャーもあります。
恥をかくのが怖くなり、新しい挑戦もしづらくなり、フットワークが重くなるのです。
60代が心がけたいのは「教える姿勢」より「教わる姿勢」です。
新しい挑戦には、教わる姿勢が必要です。
教わる姿勢を目標にすると、行動力が上がります。
教わる姿勢があれば、わからないことがあっても、素直に「教えてください」と言えます。
恥をかくことへの恐怖がなくなり、新しい行動をしやすくなります。
「よし。今日も教わりに行こう」と思えば、新しい行動に向かいやすくなります。
素直な興味を表に出せ、次々と行動したくなります。
「教えてください」を口癖にしましょう。
行動力をアップさせる言葉なのです。
最近、自分が口にした話題を振り返ってみてください。
古い話ばかりを繰り返していませんか。
「会社員のころは、こういう仕事をしていた」
「若いころには、こういう音楽がはやっていた」
「20年前の街並みは、こうだった」
昔の思い出は体験談ですから、相手の興味を引く話題になるでしょう。
昔の話をすることで、若い人の役に立つこともあります。
しかし、いつも古い話ばかりに偏るなら、要注意です。
同じ話を繰り返すのは、新しいインプットが足りない状態です。
同じことを繰り返し、刺激の少ない生活に偏っています。
同じ話をしてしまう自分は、あまり前進できていないと考えることです。
新しい挑戦が少ない証拠なのです。
理想は、毎回、新しい話題です。
人と接するたびに、新しい話題を意識しましょう。
難しいと思いますが、日頃から学ぶ姿勢が実行できていれば、簡単にできます。
テレビや新聞を見れば、毎日、新しいニュースがあります。
毎日本を読んでいれば、新しい知識を学べます。
週に1本くらい映画を見れば、新鮮な感動があります。
すると「昨日はこんなことがあったよ」という話題になります。
最近経験したことを話すようにすれば、毎回、新しい話題になります。
意識をして、古い話題を繰り返さないように注意しましょう。
毎回新しい話題を出すように行動を心がけることで、脳も生活も、活性化されるのです。
60代になると、基本的に定年退職をします。
仕事を続けたい意思があっても、辞めなければいけません。
定年退職は、法律で定められているため、どうしようもありません。
時代の変化による法律改正によって、定年退職の時期が変わることもありますが、おおむね60代がターゲットになるでしょう。
たとえ、再就職ができたとしても、60歳を過ぎた人は、なかなか最前線で仕事をさせてもらえません。
本人に仕事をしたい意思があっても、そうできない現実があります。
しかし、最前線で仕事ができる方法が、1つあります。
起業なのです。
個人事業として仕事をするなら、定年はありません。
会社を興して、代表取締役という立場になれば、年齢制限がなくなります。
やる気があれば、何歳でも挑戦できるのです。
60代は、体力は乏しくても、思考力なら若い人に負けません。
理解力、判断力、先見力です。
鋭い思考力と、これまで築いてきた資金や人脈などを使えば、60代からの起業も可能です。
誰もが知っているケンタッキー・フライドチキンの創設者カーネル・サンダースは、64歳で起業しました。
世間から見ればかなり遅い起業ですが、世界的なチェーン店として大成功を収めました。
知力・体力・資金力に余裕があり、仕事をしたい気持ちが強いなら、定年退職後の起業も素晴らしいと考えます。
すべての人に勧めるわけではありませんが、余裕があるときの1つの選択肢として考えておくといいでしょう。
定年退職をした後は、健康診断を毎年必ず受けましょう。
会社員のころは、毎年会社を通して健康診断があったため、自分から進んで受ける必要はありませんでした。
毎年受けていたおかげで、何か問題が見つかっても、すぐ対処できました。
しかし、定年退職をしてからは、自分から健康診断を受けなければなりません。
「まだ健康だから大丈夫」と思って、気を抜いていませんか。
病気になるときは、必ずしも痛みや違和感があるとは限りません。
たとえ痛みや違和感がなくても、体の内側で少しずつ悪化している可能性があります。
たとえば、肝臓に関する病気です。
肝臓は「沈黙の臓器」といわれます。
肝臓は、ほかの臓器とは違い、悪化しても痛みが伴わない特徴があります。
肝臓が病気とわかったときには、すでに手遅れになっているケースがあるのです。
毎日、お酒を大量に飲む習慣がある人は、肝臓へのダメージも蓄積されている可能性があります。
がんにせよ骨粗鬆症にせよ、初期症状は違和感がなく、自分では気づきにくいです。
気づいたときには、手遅れになっている可能性もあります。
体の内側で、どのような老化や病気が進行しているかわかりません。
把握するには、やはり定期的な健康診断です。
60代は、程度の差はありますが、老化が表に出やすい時期です。
定年退職後は、体の状態にかかわらず、健康診断を毎年受けましょう。
人は誰でも「自分が正しい」と思います。
「そう思いたい」という傾向もあります。
自分の生き方を否定するのは自分を否定することになるため、正しいと思いたいと思う傾向があります。
その考えが、自分に向かうだけならいいのですが、時として、他人に向かうことがあります。
わが子です。
たとえば、自分が医者として仕事をしていれば「わが子にも医者になってもらいたい」と思います。
自営業をしていれば「家業を継がせたい」と思います。
特に、定年退職を無事に迎えた親は、そう思いがちです。
「自分がうまくいった生き方だから間違いない」と思い、子どもにも同じ生き方を強要してしまうのです。
しかし、親と同じ生き方が子どもに合うかというと、別問題です。
わが子とはいえ、あくまで別の人間です。
親とは、生まれも育ちも人間関係も違いますから、親とは別の可能性を秘めているでしょう。
自分の生き方を子どもに押し付けるのは、親のわがままです。
子どもは生き方が窮屈になって気力を失い、かえって可能性を失うのです。
親がすべきことは、応援です。
「好きな道を選びなさい」
「自分の信じる道を進みなさい」
生きる道は、子どもに決めさせるのがいちばんです。
子どもには、子どもの人生があります。
親は、子どもの意思を尊重することです。
子どもは、親から応援されることを、なにより喜びます。
「親から愛されている。認められている」と感じるからです。
その気持ちが子どもに伝われば、やる気を出して行動します。
結果として、子どもの人生もうまくいくのです。
人生は、いつ何があるかわかりません。
自分はまだまだ長生きすると思っても、ある日突然、不幸が襲うことがあります。
そのときになって考えればいいと思いますが、そうもいかない場合があります。
意識がなかったり、すでに死んでいたりする場合です。
可能性は低いですが、ゼロではありません。
突然の状況を考えて、前もって話し合っておきたい話題が、2つあります。
急な事故によって、延命治療が必要になることがあります。
たとえば、脳死です。
脳死とは、脳幹を含めた脳全体の機能が完全に失われ、回復ができなくなった状態のことをいいます。
医療機器によって、なんとか命を取り留めている状態です。
医療機器を外せば、死んでしまいます。
脳は一度死んでしまうと、現在の医学では、生き返らせることは不可能です。
脳死になった場合、医師から延命治療を続けるかどうか、相談されます。
本来なら、本人の考えを尊重すべきですが、それすらできない状況です。
これは大きな負担です。
家族が生死の判断をしなければいけません。
いつまでも生きてほしいという気持ちはあるでしょう。
一方、延命治療には多額のお金がかかるため、家族にとって大きな負担になるのもたしかです。
そうした延命治療の話がスムーズに進められるよう、自分が脳死になったときについて、家族と話をしておくのです。
延命治療を望むのか、望まないのかです。
生前に考えを伝えておけば、家族の負担も小さくなります。
臓器移植とは、病気や事故によって損なわれた臓器や組織を、手術によって、ほかの患者へ移植することをいいます。
どうせ自分が死ぬなら、治療を待つほかの患者に臓器を提供して、命の手助けになりたいということです。
臓器を提供するのも、しないのも、自由です。
臓器提供カードで考えを持つのもいいですが、まず家族ときちんと話し合っておくといいでしょう。
もし自分が死んでしまうことがあったとき、臓器をどうするかです。
延命治療にせよ、臓器提供にせよ、不謹慎な話題で言いにくいですが、可能性はゼロではありません。
万が一を考え、家族で話し合っておきましょう。
あなたは、何歳まで生きたいですか。
そろそろ寿命について、具体的に考える年ごろではないでしょうか。
自分の人生ですから寿命の決め方は自由ですが、1つだけ、心がけてほしい目安があります。
親より濃い人生を果たすことです。
親より、長生きしましょう。
親より、大きな社会貢献を目指しましょう。
たとえ、実現できなくてもいいのです。
実現できなくても、親より濃い人生を心がけることが、亡くなった親への親孝行です。
あなたは今、親から素晴らしい宝物を授かっています。
命です。
親がいなくなった今でも、輝き続けている宝物です。
お金で買うことはできません。
親から授かった大切な命は、最大限に生かしきることが大切です。
親はもう亡くなって、親孝行はできないと思いますが、そうではありません。
親が死んでからも、親孝行はできます。
親より濃い生き方をすることが、人生最大の親孝行です。
親からいただいた命を、最大限に生かしきることです。
そのために今できることは、人生を満喫することです。
60代とはいえ、まだまだ元気です。
社会の役に立ったり、人を喜ばせたりする力は、十分残っています。
少しでも長く生きて、人生を楽しむことです。
少しでもよく働き、人や社会のために尽くすことです。
人生を全うし、親より濃い人生を心がけることこそ、人生最大の親孝行です。
一生懸命、日々生きることに励むわが子を、親はあの世から見て、喜んでいるに違いありません。
あなたは今、人生最大の親孝行をしているところなのです。