「自分に合った仕事は何だろう」
「自分に合った結婚相手は誰だろう」
「自分が進むべき道はどれだろう」
嬉しいことが起きるのを待っていませんか。
ラッキーなことが起こるのを待つ。
いい人と出会えるのを待つ。
あるとき、落とし物を拾う場面があります。
お手洗いで誰かがポーチを置き忘れていた。
飲食店の椅子のところに、誰かがコートを置き忘れていた。
「諦めの悪い人」
そう聞いたとき、どんな印象を受けるでしょうか。
「しつこい」
いらいらした表情をしていませんか。
気持ちは表情に表れます。
いらいらした表情をすると、余計にいらいらする出来事が増えます。
「今日はなんだか調子が悪いな」という日があります。
集中しようにも、なかなか集中できない。
ぼうっとする感覚があって、頭の回転が悪い。
不幸に直面したとき、一瞬でポジティブに変える方法があります。
それは「グッド」をつけて呼ぶことです。
不幸は、ネガティブな見方をしているにすぎません。
人の本性が現れるのはどこか。
その1つが、あなたの足元です。
足元は、視界に入りにくく、目立ちにくいところです。
「私らしくない」
そう思う瞬間と巡り合うことがあります。
・なぜか普段はしないことをしてしまう
成功するためには、キーマンが大切と言われます。
キーマンとは、物事の運営・進行に大きな影響力を持つ人のことをいいます。
幅広い人脈があったり、有力な人物とのコネクションがあったり、強い権限を持っていたりします。
「暇なときでも楽しい」
そう言える人は、幸せです。
私たちの日常で「暇」という言葉は、ネガティブな意味で使われることが目立ちます。
調味料を使わなくても、簡単においしさを倍増させる方法があります。
食べるものを工夫するのではありません。
食べ方を工夫するのです。
会議では、積極的な発言を心がけることが大切です。
提案やアイデアがあれば、どんどん発言しましょう。
意見や感想も、意味があるなら、ばんばん発言しましょう。
日常会話では冗談を言うことがあります。
ふざけたことを言って、相手が困ったら「冗談だよ」と言い、どっと笑いが起こります。
冗談は、日常会話を盛り上げるネタとして役立ちます。
人は、地球上で最も知性が発達した生き物です。
脳は小さくても、大きな可能性を秘めています。
私たちは、頭を使ってさまざまなことが可能です。
人生最高のギャンブルとは何でしょうか。
パチンコやスロットでしょうか。
競馬競艇で1回のレースに大金を賭けることでしょうか。
あなたの生きがいは何ですか。
「仕事が生きがいです」
「子どもが生きがいです」
あなたがおしゃれをするのはどんなときですか。
友人と会うとき、デートをするとき、パーティーに出席するとき。
やはり「人と会うとき」が多いのではないでしょうか。
人生には浮き沈みがあります。
大きな願いが叶って、嬉しくてたまらなくて、幸せの絶頂を感じるときもあります。
幸せでいっぱいのときは、笑顔が止まりません。
私たちは、4つの季節の中で生きています。
春夏秋冬です。
それぞれの季節には「旬の食材」があります。
「正義は必ず勝つ」
私たちは子どものころから、そう教えられてきました。
親からも先生からも周りからも「正しい行いをしなさい。正義は勝つ。最後に勝つのは正義」と教えられてきたでしょう。
ときどき人から悩みを聞くことがあります。
仕事の悩み・恋の悩み・進路の悩みなど、軽い悩みから重い悩みまでさまざまです。
悩みの多くは、デリケートです。
成功するために、必要なものがあります。
それは、勉強です。
特定の分野で抜きんでるためには、勉強が欠かせません。
せっかく購入したものの、初期不良になることがあります。
不具合があって、うまく動作しません。
使い方が間違っているのかと思って説明書を見るが、それでも動かない。
なぜ、あなたは成功を目指しているのですか。
大きな財産を得たいため。
社会的に認められたいため。
人生では、激しく後悔する場面があります。
・お酒を飲みすぎて二日酔いになり、周りに迷惑をかけてしまった
・浮気をしてしまい、パートナーを深く悲しませてしまった
精神的な疲労を抱えていませんか。
いわゆる心労です。
仕事の心労、人間関係の心労、子育ての心労。
いくら努力しても報われなくて、困り果てることがあります。
・いくら練習をしても、なかなか上達しない
・いくら頑張っても、スムーズに行えない
友人が困っているときがあります。
疲れて元気がないだけかと思いきや、どうも少し様子が違います。
何か問題を抱えているようで、表情は曇っていて、困っている様子です。
成功は、言い換えると、小鳥のようなものです。
小鳥を思い出してください。
小鳥は体も羽も小さいですが、素晴らしい可能性を秘めています。
「自分に合った仕事は何だろう」
「自分に合った結婚相手は誰だろう」
「自分が進むべき道はどれだろう」
「幸せに生きるための方法は何だろう」
答えを探していませんか。
日頃からたくさん本を読んで、答え探しに精を出している人も多いでしょう。
いろいろ人の話を聞いたり専門家に相談したりして、悩み解決につながる答えを探している人もいるでしょう。
おみくじを引いたり人気の占い師に頼ったりしているかもしれません。
海外旅行で答え探しの旅に出かけている人もいるかもしれません。
「どこかにきっと答えがあるはずだ!」
そう思いながら、あたりをきょろきょろしているでしょう。
早く答えを知りたい気持ちもわかりますが、ここで気づいてほしいことがあります。
残念ですが、答えを見つけようとしてもなかなか見つからないでしょう。
完全な答えは、そうそう見つかるものではありません。
絶対不可能ではありませんが、非常に困難です。
答えは人の数だけ存在します。
世の中は刻々と変化しています。
あなたの状況も刻々と変化しています。
世の中には不確定要素も無数にあります。
変化の多い状況ですから、自分にぴったり合った答えを見つけるのは、なかなか難しいのが現実です。
答えを見つけるのは、大きな砂浜で砂金を見つけるようなもの。
膨大な時間と労力が必要なのはもちろん、運も必要になります。
答えを探すと、長いトンネルが待っているのです。
では、どうするか。
答えを探すのではありません。
ヒントを探しましょう。
ヒントとは、問題を解くための手がかりです。
「完全な答え」ではなく「問題を解くための手がかり」を探しましょう。
ヒントを探す姿勢になれば、対象範囲が広がります。
ヒントはそこら中にあるので、すぐ見つかります。
「これはヒントになるね」と思えば、ガッツポーズです。
ヒントを見つけたら、自分に照らし合わせて解釈します。
不明や不足の部分は、自分の頭で考えてうまく補います。
答えを探すのではなく、ヒントを探してください。
問題を解くための手がかりが見つかれば、大喜びすることです。
ヒントが見つかれば、あとはそれを手がかりにして自分の頭で考えます。
自分の頭で考えることで、考える力も鍛えられます。
たとえば、自分に合った職業を考えるとします。
自分に合った職業は人に聞いたところでわかりません。
本を読んでも答えは見つかりません。
世の中には多種多様な職業があって、数多くの選択肢から正解を探し出すのは膨大な時間と労力がかかるでしょう。
そこで探し方を「答え探し」から「ヒント探し」に切り替えます。
たとえば、尊敬できる人から「好きな道を選びなさい」というアドバイスをいただいたら、ヒントにします。
好きな道であれば自分の頭で考えることができ、職業の方向性が見えてきます。
また、就職と独立の判断もしやすくなるでしょう。
ヒントを手がかりにすれば、人生の選択がうまくいくようになります。
答えを探す人ではなく、ヒントを探す人になってください。
見つける対象を変えるだけなので、すぐできるはずです。
ヒントを探す人は、厳しい世の中をうまく渡り歩けます。
嬉しいことが起きるのを待っていませんか。
ラッキーなことが起こるのを待つ。
いい人と出会えるのを待つ。
昇進・昇給するのを待つ。
運命の出会いがあるのを待つ。
天に向かって「嬉しいことがありますように」と祈ることもあるかもしれません。
しかし、嬉しいことが起きるのを待つ姿勢は良くありません。
受け身の姿勢だからです。
受け身の姿勢では、なかなか嬉しいことは起きません。
たまたま嬉しいことが起きることもありますが、それはあくまで運が良かっただけのこと。
何もしなければ、何も起きないのが人生です。
運に任せてじっと待っているだけでは、むしろ何も起きないことのほうが多いはずです。
普通のことをしていれば、可もなく不可もなく、平凡な日常になるでしょう。
ここで心がけたいことがあります。
嬉しいことが起きるのを待つのではありません。
嬉しいことを起こしにいきましょう。
嬉しいことが起きるよう、実際に体を動かして、自らアクションを起こすのです。
難しそうに思えますが、簡単です。
自分が嬉しく感じることを、自分からしてみるだけです。
大切なのは「自分で未来を切り開く」という心がけです。
たとえば、自分から好きな人に笑顔で挨拶をしてみましょう。
すると、相手も笑顔で挨拶を返してくれるでしょう。
期待を超えるような仕事をして、上司を驚かせましょう。
そうすれば、仕事を評価され、ビジネスチャンスも得やすくなるでしょう。
バスや電車で足腰の弱い人がいれば、席を譲ってあげましょう。
そうすれば「ありがとう」と感謝されるでしょう。
スムーズにいかないこともありますが、少なくとも積極的です。
自ら働きかけているので、受け身の姿勢でいるより、嬉しいことが起きやすくなります。
「最近、嬉しいことがないな」とため息をつく人は、受け身の姿勢で嬉しいことが起きるのを待っています。
運や偶然に頼らないことです。
嬉しいことが起きるのを待つものではなく、起こしにいくものです。
それが「未来を切り開く」「自分で運命をつくっていく」ということです。
運任せや成り行き任せで生きるのは、もう終わりにしましょう。
今日から嬉しいことを起こしにいく人生にしてください。
そうすれば、さっそく今日中に何か嬉しいことが起きます。
あるとき、落とし物を拾う場面があります。
お手洗いで誰かがポーチを置き忘れていた。
飲食店の椅子のところに、誰かがコートを置き忘れていた。
道ばたで、誰かが落としたと思われる貴重品を拾うこともあるでしょう。
落とし物を見つけたとき、あなたならどうしますか。
落とし物の中には高価なものもあり、なかなか見過ごしにくい場面です。
「自分には関係ないよね」
「そのままにしておけばいいだろう」
「別に自分が拾わなくてもいいだろう」
無視してスルーすることもできますが、ここは大切な場面です。
落とし物を拾う場面があれば、こう考えてください。
「100%いいことができる場面」と。
飲食店で落とし物を拾ったら、お店の人に渡して、預かってもらいましょう。
道ばたで落とし物を拾えば、交番に届け出ましょう。
落とし物を見つけたら、届け出るだけでいい。
落とし物を届け出ることは、確実に素晴らしいことです。
誰も非難しません。
間違いなく人として立派な行動です。
すべての人から「良い行い」として認められ「素晴らしい」と感謝されるでしょう。
落とした人は「どこに落としたのだろうか。見つかるだろうか」と、冷や汗をかきながら寿命が縮む思いで困っています。
きちんと届け出ると、あとから持ち主が探しに戻ってきたとき、スムーズに受け取れます。
持ち主は「見つかって良かった!」とほっとします。
貴重で高価なものなら、涙目で喜ぶでしょう。
高価なものであればあるほど、それが見つかったときの喜びもひとしおです。
落とし物を届け出ることを非難する人はいません。
必ずいいことができるのですから、ぜひ届け出ましょう。
魔のささやきが聞こえてきても、しっかり振り払いましょう。
落とし物を見つけたら「自分が試される場面」と考えてください。
悪質な心を持つ人が拾うと盗まれますが、善良な心を持つ人が拾えば、きちんと届け出ることができます。
あなたは、きれいな心を持った人間です。
きれいな心を持った人間ですから、モラルと良心に従った行動をするだけです。
困っている持ち主の顔を思い浮かべながら、拾った持ち物を届け出ましょう。
たとえ感謝されなくてもいいのです。
感謝されなくても、人として「いいこと」をしているのは間違いありません。
落とし物を届け出れば「今日もいいことをできた!」と喜べます。
人として立派な行動ができれば、自分が誇らしく思え、自己肯定感も高まります。
誰から感謝されなくても、神様は感謝しています。
普段から落とし物を届け出る人は、いざ自分が落とし物をしたとき、戻ってきやすくなります。
日頃の行いがいいので、神様が見つかるのを手伝ってくれるのです。
「諦めの悪い人」
そう聞いたとき、どんな印象を受けるでしょうか。
「しつこい」
「面倒くさい」
「素直ではない」
おそらくネガティブな印象があることでしょう。
たしかに諦めが悪いことは、ネガティブな意味として使われることが一般的です。
私たちの日常会話でも、ポジティブな意味で使われることはほとんどありません。
「あなたは諦めが悪いよ」と言われると、問題点を指摘され、改善を促されたように聞こえます。
諦められず粘っていると、周りから「諦めの悪い人だね」と小ばかにされたり注意を受けたりすることがあるでしょう。
あまりに諦めが悪いと、迷惑をかけることもゼロではありません。
しかし、成功したいなら、諦めが悪いことは重要な要素です。
簡単に諦めてしまえばどうなるでしょうか。
簡単な夢も叶いません。
うまくいかないとき「もうダメだ」と簡単に諦めたら、叶う夢も叶いません。
「無理です」と言われて「はい、わかりました」と簡単に引き下がるのは「素直」というより「諦めが早い」といえます。
成功するためには、諦めない心が欠かせません。
諦めが悪いということは、簡単には引き下がらないということです。
成功したり夢を叶えたりするために、簡単に引き下がらないことが必要です。
時には簡単に諦めず、粘り強くなることが大切です。
成功する人はみんな、諦めの悪い人です。
断られても、粘る。
なかなかうまくいかないなら、知恵を絞って、うまくいく方法を考える。
可能性がゼロになるまで、望みを捨てず、粘り続ける。
だから、成功できるのです。
諦めが悪いことも、ほかの人と差をつけるポイントの1つです。
諦めが悪いからといって必ず成功できるとは限りませんが、成功している人はみな、諦めの悪い人ばかりです。
諦めの悪い人になりましょう。
「諦めの悪い人」と言われたら、落ち込むのではなく、喜びましょう。
成功するためには「面倒くさい人だな」と思われなければいけないときもあります。
「しつこい」と言われても「しつこくてすみません!」と粘るくらいでなければいけません。
「諦めの悪い人」と笑われても、それをはねのけるくらいのガッツを身につけたい。
時にはみっともない姿をさらすことになるかもしれませんが、それでも諦めないことです。
かっこ悪く見られようと、人からののしられようと、粘り強くなること。
「諦めが悪い」と注意を受けるくらい粘り強くなれば、成功するのは時間の問題です。
諦めの悪い人が、成功するのです。
いらいらした表情をしていませんか。
気持ちは表情に表れます。
いらいらした表情をすると、余計にいらいらする出来事が増えます。
表情が悪いと、悪い出来事を引き寄せる力があります。
落ち着きは、表情からつくるものです。
いらいらしたときに、思い出したい顔があります。
如来様の顔です。
如来様の表情は、独特です。
これという、特別な表情はありません。
落ち着いて、静かな表情を浮かべています。
だからこそ素晴らしいのです。
平常心を保っている、理想的な表情です。
如来様の顔を思い出しながら、表情を真似しましょう。
如来様の表情をしているうちに、いらいらが落ち着き、平常心が戻ってきます。
如来様の表情を思い出すと、心に神様が宿ります。
神様の表情を真似しているうちに、自分も神様のようになるのです。
「今日はなんだか調子が悪いな」という日があります。
集中しようにも、なかなか集中できない。
ぼうっとする感覚があって、頭の回転が悪い。
スピードを出そうにも、体が重く感じて、なかなかできない。
明らかなパフォーマンスの低下が自分でもよくわかります。
なぜか調子が悪いときがあるものです。
普段どおりに仕事を続けるのも悪くありませんが、注意が必要です。
調子が悪いまま仕事を進めると、普段より不注意が起こりやすくなります。
うっかりミスをしてしまえばリカバリーが必要になって、余計な時間と労力を取られるでしょう。
リカバリーによってストレスがたまれば、ますます調子が悪くなる悪循環です。
1つの判断ミスが、一大事につながることもあります。
場合によっては取り返しのつかないトラブルに発展する可能性もゼロではありません。
調子が悪いときは、無理をしないことが大切です。
「今日は調子が悪いな」と思ったら、調子が悪くてもできる仕事に切り替えましょう。
たとえば、シンプルな事務作業です。
書類の作成、資料の整理、ちょっとした調べ物。
集中力・思考力を要しないシンプルな事務作業であれば、調子が悪くてもできるでしょう。
部屋の掃除をするのも悪くありません。
調子が悪くてだらだらしていてもできる仕事です。
部屋の掃除をしていくうちに気分が乗ってきて、普段の調子を取り戻せることもあります。
仕事を変更が難しい場合は、全部ではなく一部だけでも変更できないか調整してみてください。
都合があって仕事の変更ができない場合もありますが、できる範囲で調整してみるといいでしょう。
会議や打ち合わせなど対面の予定が入っているなら、少し早めに切り上げるだけでも違います。
もちろん特に調子が悪いときは、そのまま仕事を休むことも選択肢です。
休むことも仕事の1つです。
素直に休んだほうが、療養に専念できて体調の回復も早くなるでしょう。
「何が何でも予定どおり進める!」と意地を張るのは良くありません。
仕事は体が資本であり、健康を失ってからでは遅い。
トラブルが起こってからでは手遅れというケースもあるので慎重になりたいところ。
急な予定変更は抵抗を感じるでしょうが、臨機応変に対応することも必要です。
意地を見せるのではなく、勇気を持って臨機応変に対応できる姿勢を身につけてください。
少し予定が遅れてもいいので、調子に合わせて柔軟に仕事を進めていくことが大切です。
「調子が悪い」という自覚があるのは、幸いなことです。
調子が悪いとわかっていれば、必要な対処ができるからです。
トラブルを防止につながって、結果としてスムーズな仕事を実現できます。
不幸に直面したとき、一瞬でポジティブに変える方法があります。
それは「グッド」をつけて呼ぶことです。
不幸は、ネガティブな見方をしているにすぎません。
どんな不幸も、見方を変えれば、ポジティブといえます。
「そんなばかな」と思いますが、嘘のような本当の話です。
不幸に直面しているときは、気持ちが落ち込んでいるため、視野も狭くなりがちです。
視野が狭くなると、マイナス面ばかり見てしまい、どんどん悲観的になってしまいます。
グッドをつけることは、狭くなった視野を広げる力があります。
視野が広がることで、見えていなかったことが見えるようになり、前向きな考え方ができるようになります。
たとえば、仕事で失敗をしてしまったとします。
それを単に「失敗」と呼ぶのではなく「グッドな失敗」と呼んでみましょう。
プラス面に注目できるようになり、狭くなっていた視野が広がります。
「まだ小さな失敗で済んで良かった」
「失敗したおかげで自分の弱点がわかった」
「新しい話のネタができた」
建設的な考え方ができるようになって、暗く感じていた失敗の印象が明るく変わるはずです。
交際相手から別れを告げられたとしましょう。
それを単に「失恋」と呼ぶのではなく「グッドな失恋」と呼んでみましょう。
「失恋したおかげで、自由が手に入る」
「フリーになったから、新しい恋愛をするチャンスもある」
「これからは失恋について堂々と語れるようになる」
一瞬で視野が広がって、ネガティブな見方からポジティブな見方に変わります。
グッドをつけたおかげで、建設的な考え方ができるようになるでしょう。
グッドをつける応用例は、まだまだたくさんあります。
あらゆる不幸にグッドをつけてみてください。
「グッドな間違い」
「グッドな病気」
「グッドなけんか」
「グッドな中退」
「グッドな解雇」
「グッドな離婚」
グッドとは思えない現実かもしれませんが、1つの側面でしか見ていないので、そう感じるだけです。
つらい現実かもしれませんが、悲観したところで仕方ありません。
何事もプラス面に着目することが大切です。
少し強引でもかまわないので、グッドをつけて、前向きな見方をしましょう。
「グッド」をつけるだけで、あらゆる不幸がポジティブに変わるのです。
人の本性が現れるのはどこか。
その1つが、あなたの足元です。
足元は、視界に入りにくく、目立ちにくいところです。
手元に注意を向けている人は多くても、足元に注意を向けている人は少ない。
手元なら視界に入りやすいので注意しますが、足元は視界に入りにくいので油断しやすい部分です。
足元は油断しやすいため、人の本性が現れやすいのです。
「足元は目立ちにくいから、少しくらい乱れていても大丈夫だろう」
そう思うかもしれませんが、油断は禁物です。
たしかに目立ちにくいところに思えますが、それはあくまで自分目線だからです。
主観ではなく、客観を意識しましょう。
自分から見たとき、足元は目立ちにくいですが、周りから見ると、よく目立ちます。
足を広げて座っていませんか。
大胆に足を大きく広げて座ると、下品に見えます。
無理に膝をくっつける必要はありませんが、両足をきちんとそろえて座るようにしましょう。
貧乏ゆすりをしていませんか。
貧乏ゆすりは、ストレスを発散させる様子といわれています。
小刻みに足を動かしていると、自分はリラックスできるかもしれませんが、周りからは落ち着きのない様子に見えます。
足を組んだ座り方も注意が必要です。
もちろん親しい人の前なら、足を組んで座ってリラックスするのも悪くありませんが、ビジネスシーンでは不適切です。
「無礼」「偉そう」といった誤解を与えてしまい、余計な摩擦を生む原因になるでしょう。
見落としがちなのは、靴です。
汚れた靴を履いていませんか。
靴が不衛生になっていませんか。
古い靴はいいですが、不潔な靴は要注意です。
不潔な靴を履いていると、手入れが行き届いていないことがわかります。
相手に不快感を与える原因にもなるため、注意したほうがいいでしょう。
1日に足から出る汗の量は、コップ1杯分といわれています。
靴を洗濯しないでいると、どんどん菌が繁殖して、悪臭を放ち始めます。
拭いても洗っても、汚れや悪臭が取れず目立つようなら、新しく買い換えるのもいいでしょう。
マナーや身だしなみの一環として、足元もしっかり注意を向けておきましょう。
「足元くらいで人を判断されてはたまらない」と思いますが、足元で人間性を判断する世の中があります。
足元がだらしない人は、性格もだらしない。
油断しやすい足元は、あなたの心が映し出されています。
人の本性は「足元」に現れるのです。
「私らしくない」
そう思う瞬間と巡り合うことがあります。
そんなとき「私らしくない」と気づき、違和感を覚えます。
いつもと違った心情といい行動パターンといい、自分でも驚きます。
操り人形のように、誰かが代わりに体を動かしているかのようです。
頻繁にあるわけではないものの、まれに経験することがあるのではないでしょうか。
「私らしくない」と思ったときどうするか。
この瞬間が大切です。
もちろん途中で私らしい道に軌道修正するのもいいですが、ちょっと待ってください。
差し支えなければ、そのまま私らしくない道を進んでみましょう。
難しく考えないでください。
「たまには私らしくないことをしてみるのも面白いね」と思って突き進みましょう。
遊び心を大切にしながら、勢いに乗って楽しんでみてください。
無意識のうちにそうしてしまったのは、何か「わけ」があるのでしょう。
自分の本音が表面化した瞬間かもしれません。
潜在的な興味関心が反応しているのかもしれません。
心の奥底では、やってみたい気持ちがあるのかもしれません。
「心の声」ということもあれば「偶然の成り行き」ということもあるでしょう。
無意識のうちに私らしくないことをしかけているからには、何か理由があるはずです。
せっかく私らしくないことをしかけているなら、それを「チャンス」と捉えましょう。
期待を込めて、わくわくしながら自分らしくないことをしてみようではありませんか。
新しい何かと出会えるかもしれません。
普段と違ったことをすれば、きっと新鮮な出会いが待ち受けているはずです。
意外な自分を知るチャンスであり、新しい自分と出会えるチャンスです。
新しい知見を得たり、新しい体験を増やしたりすれば、自分を成長させるチャンスとも言えます。
もし違和感が大きくなって抵抗が出てくれば、そのとき引き返したり戻したりすればいいだけです。
「自分らしくない」と思った瞬間があれば、ラッキーです。
日常に突如現れた「冒険」なのです。
成功するためには、キーマンが大切と言われます。
キーマンとは、物事の運営・進行に大きな影響力を持つ人のことをいいます。
幅広い人脈があったり、有力な人物とのコネクションがあったり、強い権限を持っていたりします。
キーマンと出会って助けてもらうことで、夢の実現が容易になり、成功へのショートカットが可能です。
キーマンと出会えば、成功までの道のりが加速します。
セミナーや異業種交流会に参加するなどして、日頃からキーマン探しを頑張っている人もいるかもしれません。
しかし、ここに落とし穴があります。
キーマンは、簡単に見つかるものではありません。
ちまたでは「キーマンに出会ったから成功できました」という話をよく聞きますが、過大広告です。
キーマンは重要人物であるため、いつも多忙であちこち動き回っています。
のんびり異業種交流会に出席するほど暇ではありません。
キーマンであるがゆえに、引っ張りだこです。
たとえ出会うチャンスがあったとしても、あなたに何の取り柄もなければ、相手にしてくれないでしょう。
キーマンもボランティアをしているわけではありません。
自分にとってメリットもない人に、貴重な時間を割いて助けることはありません。
ましてや誰かに頼って成功する姿勢は「依存」と同じです。
依存傾向のある人が近寄ってくれば、キーマンは「面倒な人がやってきた」と警戒して、逃げたくなります。
よほど自分にメリットがないかぎり、キーマンは相手にしてくれないでしょう。
そもそもキーマンを探していると、そこで貴重なリソースが消費されます。
キーマン探しをすればするほど、本業がおろそかになります。
実力も実績も不足してしまい、夢に近づくことが困難になる。
場合によっては、かえって遠ざかってしまうことも少なくないのです。
ここで大切なことがあります。
キーマンを探すのではありません。
自分がキーマンになるのです。
自分がキーマンになるヒントは、自分が今取り組んでいる仕事にあります。
キーマンを探すことも大切ですが、まず自分の本業に集中して、しっかり実力をつけていきましょう。
少しでも経験を増やし、少しでもスキルを高め、少しでも実績とキャリアを積み上げます。
また、本業を通して、さまざまな人と出会え、自然と人脈も広がります。
いずれ実績を身につければ、自然と注目をされるようになり、頼られる存在になっているでしょう。
気がつけば、自分がキーマンになっているのです。
結局のところ、本当のキーマンとは自分です。
キーマンを探すのではなく、自分がキーマンになりましょう。
重要人物を探すのではなく、自分が重要人物になるということです。
大変に思えますが、実は最も現実的な手段です。
自分がキーマンになることで、成功へのショートカットが可能になるのです。
「暇なときでも楽しい」
そう言える人は、幸せです。
私たちの日常で「暇」という言葉は、ネガティブな意味で使われることが目立ちます。
「暇だなあ」
「暇で死にそう」
「何もすることがなくて暇だ」
こうしたセリフを口にする人も多いのではないでしょうか。
しかし、暇は本当に悪いことなのでしょうか。
いいえ、暇があることは、悪いことではありません。
暇が悪いというのは先入観です。
暇とは何か。
辞書で引いて、意味を調べてみてください。
暇とは「休む時間」「用事のない時間」「仕事のない時間」といった意味があります。
つまり、時間の余裕なのです。
時間に余裕があることは素晴らしいことです。
暇があるからこそ、私たちは日々の幸せを実感できます。
暇があるから、のんびりした時間を楽しめます。
生きている実感を味わえます。
暇が悪いと思わないことです。
暇なら暇を楽しみましょう。
暇をポジティブな意味として受け入れると、感じ方が変わります。
豊かなことであり、恵まれたことであり、幸せなことであると気づけるでしょう。
趣味は、暇がないとできません。
暇があるから、本を読んだりスポーツを楽しんだり創作活動に打ち込めたりできます。
暇があるから、知的活動・創作活動・精神的活動に打ち込めます。
より自分を磨くことができ、レベルの高い生き方を実現できます。
もちろん、リラックスした癒やしの時間を楽しむこともできます。
暇があるのは、何と素晴らしいことなのでしょう。
「暇で退屈」と言いそうになったら「余裕があって幸せ」と言い換えてください。
暇とは余裕であり、余裕とは幸せなのです。
あなたの生活には、どれだけ「暇」が存在しているでしょうか。
まったく暇がないなら、要注意です。
今すぐ暇をつくりましょう。
忙しいことだけに価値を置く「多忙主義」になっていると、暇の素晴らしさを見落とします。
あなたに足りないのは、暇をつくって楽しむ姿勢です。
忙しくすることも大切ですが、暇をつくることはもっと大切です。
「暇なときでも楽しい」と言えるようになってください。
暇とは、豊かと幸せの象徴です。
「暇なときでも楽しい」と言える人は、幸せなのです。
調味料を使わなくても、簡単においしさを倍増させる方法があります。
食べるものを工夫するのではありません。
食べ方を工夫するのです。
まったく難しくありません。
次の3つのポイントを心がけるだけでいいのです。
よく噛んで食べましょう。
飲み込むような食べ方はいけません。
よく噛むと、唾液の分泌も促されます。
噛む回数の目安としては「一口につき30回以上」です。
噛めば噛むほど消化が良くなり、素材の味がよくわかるようになります。
ゆっくり食べるように心がけましょう。
早食いは良くありません。
わざと食べるペースを落とします。
普段より2倍の時間をかけるつもりで、ゆっくり食べてみてください。
ゆっくり食べると、丁寧においしさを感じることができるようになります。
普段から早食いの癖がある人は、特に意識するようにしましょう。
最後に大切なのは「感謝の気持ち」です。
食べるときは感謝の気持ちを持ちましょう。
食べることは命をいただくこと。
食べることができるから、生き永らえることができます。
植物であれ動物であれ何であれ、生命力をいただくことになります。
ありがたく感じながら食べましょう。
たとえ苦手な食材でも、感謝の気持ちを持つことが大切です。
この3つを意識するだけで、同じものでも、普段よりおいしく感じられるはずです。
「あれ、こんなにおいしかったっけ?!」と驚くに違いありません。
「魔法の調味料」と言ってもいいでしょう。
おいしいものを食べるのもいいですが、おいしく感じる工夫をしてください。
さっそく今日から試してみましょう。
いいことを始めるなら、少しでも早いほうがいい。
手間もお金もかからず、準備も練習も必要ありません。
簡単ですね。
簡単ですが、効果は抜群です。
魔法の調味料を使ったかのような効果が得られ、豊かな体験ができるはずです。
しかも「満腹感・満足感・幸福感が得やすくなる」という特典付きです。
「よく噛む」
「ゆっくり食べる」
「食べることに感謝する」
この3つを心がければ、あなたの食生活はもっと豊かになります。
会議では、積極的な発言を心がけることが大切です。
提案やアイデアがあれば、どんどん発言しましょう。
意見や感想も、意味があるなら、ばんばん発言しましょう。
疑問点・不明点・矛盾点があれば、そのままにせず、きちんと確認しましょう。
なぜ積極的な発言を心がけるのか。
積極的に発言しないと、会議の意味がないからです。
会議は、社員に負荷のかかるイベントです。
会議を開くときには、社員はいったん自分の仕事を中断しなければいけません。
社員を1つの部屋に集め、一定時間、拘束することになります。
この状態を客観的に見ると、重大なインパクトがあります。
たとえば、1時間の会議に10人の社員を出席させるなら、合計10時間分の仕事が中断することになります。
つまり、1時間の会議で10時間分の価値を生み出さなければ、会議を開く意味がないのです。
会議に出席する人数が増えるほど、会議で生み出さなければいけない価値も大きくなります。
会議でそれだけ大きな価値を生み出すには、出席者がしっかり発言することが必要です。
それぞれの出席者が積極的に発言してこそ、会議の価値も高まります。
黙ったまま話を聞いているだけなら、出席の意味がありません。
会議内容を知りたいだけなら、議事録の確認で済ませるほうがスピーディーです。
意見であれアイデアであれ、思っているだけでは意味がありません。
発言してこそ、周りに伝わります。
「新入社員は発言するな」という雰囲気が漂っているなら、直ちに改善が必要です。
新入社員だからこそ斬新でユニークな視点を持っているのですから、積極的に発言してもらわなければいけません。
特定の人だけが発言している会議なら、その人だけが出席して、ほかの社員は出席しないほうがいい。
代表者しか発言できない雰囲気なら、会議の意味がないので、そもそも会議の廃止を検討したほうがいいでしょう。
会議は社員にとって大きな負荷が伴うイベントですから、実施には慎重になっておく必要があります。
「発言内容が変だったらどうしよう」という不安もあるかもしれませんが、それでも発言したほうがいい。
変だとしても、それがユニークなアイデアを生む可能性があります。
自分の保身を考えていると、いい会議ができません。
陳腐な発言でもいいのです。
自分は陳腐に感じても、ほかの人にとっては新鮮と感じるかもしれません。
役立たない発言でもかまいません。
発言すれば、少なくとも会議の雰囲気に活気が生まれます。
会議に活気が出ることで、ほかの出席者も発言がしやすくなり、より会議を盛り上げることができます。
とにかく積極的な発言を心がけること。
体裁や失敗を気にせず、積極的な発言を心がけましょう。
「この人はよく発言するな。少しうるさいかもしれない」
そう思われるくらいでちょうどいいのです。
積極的に発言してこそ、会議に出席する意味があります。
少しうるさいと思われるくらいでちょうどいいのです。
日常会話では冗談を言うことがあります。
ふざけたことを言って、相手が困ったら「冗談だよ」と言い、どっと笑いが起こります。
冗談は、日常会話を盛り上げるネタとして役立ちます。
堅苦しい雰囲気を和らげたり、面白おかしい雰囲気を演出できたりします。
相手を笑わせたくて、わざとふざけた冗談を言うこともあるでしょう。
冗談は、親しくなるきっかけにもなります。
堅苦しい関係でも、うまく冗談を活用すれば、一気に人間関係の距離が縮まります。
人気者は、冗談を言うのが上手な人でもあります。
上手に冗談を活用すると、人を集めることができ、楽しい時間を過ごせます。
冗談を一言も言わない人より、たまには冗談を言う人のほうがモテるのは間違いありません。
しかし、冗談を言うことはあっても、言いすぎには注意してください。
冗談は、少なからず「軽い印象」が伴うからです。
冗談の頻度が多くなると、面白い印象より軽い印象のほうが強くなります。
普段から冗談ばかり言っていると「それが普通」と思われるでしょう。
いざ真面目な話をしようとしても「本気で言っているのか、冗談で言っているのかわからない」と思われることになる。
「今回も冗談なのかな」と誤解され、人間関係に支障を来すことになるでしょう。
冗談ばかり言っていると、相手を不快にさせたり怒らせたりする可能性もゼロではありません。
過度の冗談は、本人の信用に影響するのです。
適度な冗談は有効ですが、過度の冗談は悪影響です。
冗談は「適度」と「過度」のラインを見極めておきましょう。
冗談は、会話を盛り上げるスパイスです。
スパイスだからこそ、量の調整が重要なのです。
人は、地球上で最も知性が発達した生き物です。
脳は小さくても、大きな可能性を秘めています。
私たちは、頭を使ってさまざまなことが可能です。
方法を考える。
計画を立てる。
夢を思い描く。
頭の中だけで、ある程度の仕事が可能です。
常に何かしら考えながら生きていることでしょう。
素晴らしい未来を実現するにはどうすればいいか考えているでしょう。
もちろん考えることは大切です。
あらかじめ方法を考えることで、問題が解決しやすくなります。
計画を立てれば、仕事がスムーズに進むでしょう。
明るい未来を想像することで、やる気や元気が出てきて、モチベーションも上がるでしょう。
「思いは実現する」という言葉があるとおり、素晴らしい未来を実現させるには、素晴らしい思いが欠かせません。
しかし、気づいてください。
思っているだけでは何も変わりません。
どれだけ計画を立てようと、どれだけ解決方法を考えようと、どれだけ夢を思い描こうと、思っているだけでは何も変わらない。
思考は、あくまで思考です。
方法を考えたり計画を立てたりすることは大切ですが、あくまで思っていることにすぎません。
どんなに素晴らしい夢を思い描いていても、何もしなければ、実現はゼロです。
現実を変えるためには何が必要なのか。
行動なのです。
行動するから、頭の中の世界を現実化できます。
行動には、時間や体力が必要で大変ですが、それだけの価値はあります。
現実を変えるインパクトがあるのですから、大変と感じて当然です。
やる気は必要ありません。
やる気がないまま行動すればいい。
元気もなくて大丈夫です。
元気がないまま行動すればいい。
時間やお金が必要とも限りません。
時間やお金がなくてもできることから始めればいいのです。
手段や手順を考えることは大切ですが、考えすぎるのは良くありません。
ある程度めどが付けば、すぐ行動に移しましょう。
くよくよ悩んでいる暇があるなら、とりあえず行動しましょう。
考えてよくわからないなら、とりあえずやってみるほうが建設的です。
とにかく行動すれば、現実は変わります。
頭だけ動かして満足しないこと。
手を動かしましょう。
足を動かしましょう。
恋も仕事も勉強も、実現させたいなら行動です。
練習する、勉強する、仕事をする。
行動、行動、また行動です。
当たり前の事実ですが、行動の重要性をしっかり再認識してください。
思っているだけでは何も変わりません。
現実を変えるのは行動しかないのです。
人生最高のギャンブルとは何でしょうか。
パチンコやスロットでしょうか。
競馬競艇で1回のレースに大金を賭けることでしょうか。
マカオやラスベガスのカジノで、一獲千金を狙うことでしょうか。
もちろんどれも刺激的なギャンブルですが「人生最高のギャンブル」は、もっと身近なところに存在しています。
自分です。
すなわち、自己投資です。
自己投資こそ、人生最高のギャンブルです。
自己投資も、間違えれば、失敗します。
確実に自己投資が成功するとは限りません。
自分という存在は、比較的安全な投資先でありローリスクではあるものの、それでも投資が確実に成功する保証はありません。
使い方と方向性を間違えると、失敗することもあります。
たとえば、本を読む自己投資も、単なるノウハウコレクターで終われば、浪費となって投資も失敗に終わります。
一方、本を読んできちんと行動に移して結果を出せれば、投資も成功になります。
回収に失敗することもあるため、ギャンブル的要素があります。
自己投資でも「損をしないだろうか」と、はらはらどきどきを楽しめます。
本を読んだり映画を見たり旅行に行ったりするのは、すべて自己投資です。
自己投資に失敗すれば、お金を失います。
自己投資に成功すれば、リターンが得られます。
ギャンブルの場合、勝率のコントロールには限界がありますが、自己投資の場合、勝率のコントロールは無限大です。
どんなリターンになるかは自分次第。
どれだけリターンが大きくなるかも自分次第。
はらはらどきどきするではありませんか。
自己投資は、一生涯をかけたギャンブルです。
これ以上、最高のギャンブルはないでしょう。
だから、人生最高のギャンブルです。
お金を使い果たすくらい、自分にお金を使っていこうではありませんか。
独身であれば、怖いものはありません。
20代であれば、自己投資ばかりでかまいません。
有り金を使い果たすくらい、じゃんじゃん自分にお金を賭けていきましょう。
使い方と方向性さえ間違っていなければ、必ず大きなリターンが得られます。
10倍や100倍どころではありません。
1000倍や10000倍も夢ではありません。
もっともっと自分にお金を賭けましょう。
馬でもボートでもなく、自分に賭けるのです。
馬やボートにお金を賭けるのもいいですが、自分にお金を賭けたほうが夢があります。
自分に大金を賭けて、一獲千金を狙おうではありませんか。
「自己投資」という人生最高のギャンブルを楽しんで、最高の勝利を収めましょう。
あなたの生きがいは何ですか。
「仕事が生きがいです」
「子どもが生きがいです」
「お酒が生きがいです」
生きがいの内容は、人によってさまざまでしょう。
もちろん生きがいは、何であろうと自由です。
生きがいの善しあしを、人にとやかく言われる筋合いはありません。
好みや価値観は人それぞれですから、どんな生きがいでも大丈夫です。
少し変わった生きがいでも、本人がそれを大切に思っているなら、立派な生きがいになります。
大切なのは、生きがいの「内容」ではありません。
生きがいの「数」です。
「生きがい」という壮大な響きのせいでしょうか。
無意識のうちに「生きがいは1つだけ」と思い込んでいることがあります。
無意識のうちに「生きがいは1つであるべき」と思い込んでいる人もいるかもしれません。
もちろん生きがいが1つでもいいのですが、ここで注意したいことがあります。
生きがいが1つだけの場合、失ったときのリスクが大きすぎます。
もし生きがいを失ったらどうなるでしょうか。
生きる希望を失い、ぼうぜんとするでしょう。
生きる意味がわからなくなり、途方に暮れてしまうでしょう。
絶望して、生きる気力を失うかもしれません。
人生は何があるかわかりません。
生きがいを失う可能性がゼロという人はいません。
生きがいが死ぬまで続けばいいですが、あるとき何らかの事情で生きがいを失うこともあるでしょう。
会社に長く勤めていても、定年退職を迎えれば、いずれ現役から退くことになるでしょう。
子どもが成長すれば、進学・独立・結婚を機に、いずれ親元を離れることもあるはずです。
お酒が生きがいでも、健康上の理由から、お酒が飲めなくなることも考えられます。
生きがいが1つしかないと、何らかの事情で生きがいを失ったとき、強烈な絶望を感じます。
「生きている意味がない」とため息をつくでしょう。
抜け殻のような状態になり、途方に暮れてしまうでしょう。
無気力になったり自暴自棄になったりするかもしれません。
人生が真っ暗になってしまい、生きる力を失ってしまうのです。
世の中を見てください。
あるとき生きがいを失ったため、無気力や自暴自棄に陥る人が少なくありません。
生きがいが1つしかないと、それを失ったときのリスクが甚大です。
「私から○○を取ったら何も残らない」というセリフは、かっこよく聞こえますが、実際は大変危ないのです。
生きがいを失ったとき、絶望しないためにはどうすればいいのでしょうか。
リスク対策として、生きがいを2つ以上持っておくことをおすすめします。
生きがいが2つあれば、ひとまず安心です。
生きがいが3つあれば、もっと安心です。
生きがいそれぞれの関係も、自由です。
重要度が同じ生きがいを、2つ以上持つのも良し。
「メインの生きがい」「サブの生きがい」というように、優先関係のある生きがいを2つ以上持つのも良し。
生きがいが2つ以上あれば、万一、生きがいを1つ失ったとしても、絶望しなくて済みます。
生きがいの数を制限する必要はありません。
生きがいを2つ以上持つのは、人生のリスク対策に役立ちます。
生きがいを2つ以上にするメリットは、それだけではありません。
生きがいが1つだけより、2つ以上あるほうが、楽しみを感じることが増えるため、人生を豊かに生きることができます。
日常の彩度や明度が高まり、人生がより華やかになります。
生きがいは、生きる力と生きる目的に関係している重要な要素です。
もし生きがいが1つしかないなら、2つ目や3つ目の生きがいをつくりましょう。
生きがいを2つ以上つくることは、あなたの人生に必ず役立ちます。
あなたがおしゃれをするのはどんなときですか。
友人と会うとき、デートをするとき、パーティーに出席するとき。
やはり「人と会うとき」が多いのではないでしょうか。
自分が見られる機会は、少しでも好印象になるよう、おしゃれも頑張りたくなります。
おしゃれを頑張れば、褒めてもらえたり自分の印象が上がったりするでしょう。
特に異性と会うときは、髪型もメイクもファッションなど、おしゃれにもいっそう力が入ることでしょう。
恋愛成就につながる努力と思えば、時間や労力を惜しまず、おしゃれに励むはずです。
おしゃれは「挽回の手段」でもあります。
顔は先天的ですが、おしゃれは後天的です。
生まれつき外見に恵まれない人でも、おしゃれを頑張れば、見違えるほどルックスが良くなります。
おしゃれによって、別人のように生まれ変わることも不可能ではありません。
もちろん人と会うときにおしゃれをするのもいいですが、ここに覆したい常識があります。
「人と会うときにおしゃれをするもの」という常識にとらわれていないでしょうか。
それも1つの答えですが、それでは普通です。
別の答えもあります。
常識を覆してください。
人と会うときだけ、おしゃれをするのではありません。
人と会わないときでも、おしゃれを楽しんでみましょう。
たとえば、1人で部屋にいるときです。
外出することもなく、誰かに見られることがなくても、おしゃれをしてみましょう。
「誰にも見られないなら、おしゃれをしても意味がない」と思うかもしれませんが、意味はあります。
誰かに見られなくても、自分の気持ちが変化します。
おしゃれをすることでセルフイメージが高まり、心がうきうきします。
テンションが上がり、明るい気持ちになれるのです。
明るい気持ちになれるのなら、おしゃれをする意味も価値も出てきます。
見られるためにするおしゃれもいいですが、自分のためにするおしゃれも楽しみたい。
勝負服を着てみるのも良し。
メイクをしてみるのも良し。
香水をつけてみるのも良し。
髪をカールさせてみるのも良し。
腕時計やネックレスを身につけてみるのも良し。
きらきらした宝飾品を身につけるだけでも、心に光が差し込んで、気持ちが明るくなるでしょう。
本格的なおしゃれをする必要はありません。
ちょっとおしゃれをするだけでいいのです。
そうすれば、おしゃれの楽しみ方が2倍に広がります。
人と会うときだけでなく、人と会わないときも、おしゃれを楽しんでみましょう。
あなたの日常が、もっと華やかになります。
人生には浮き沈みがあります。
大きな願いが叶って、嬉しくてたまらなくて、幸せの絶頂を感じるときもあります。
幸せでいっぱいのときは、笑顔が止まりません。
物事がとんとん拍子で前に進み、人生がうまくいっているときは、それがずっと続くような気がするでしょう。
一方、逆のときもあります。
不幸な出来事があって、落ち込んで苦しんで、絶望のどん底に落ちるときもあります。
つらくて悲しいときは、涙が止まりません。
自分の人生は呪われているのではないかと錯覚を起こしそうになります。
人生では、いいこともあれば悪いこともあり、波があります。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
人生の浮き沈みは、あってないようなものです。
「ある」といえばありますが、実はありません。
それは近くで見ているから、浮き沈みに見えるだけです。
もっと遠くから見てみましょう。
双眼鏡が必要なくらい、はるか遠くから見てみてください。
すると、あると思っていた浮き沈みが、平らであることに気づくはずです。
人生は、浮き沈みがあるようで、実は平らなのです。
私たちは、目の前の出来事にとらわれすぎています。
一喜一憂しても疲れます。
いちいち目の前の出来事にとらわれていると、感情の波が激しくなります。
感情の波は、高くなるときも低くなるときも、揺れ動くたびに消耗します。
感情の波が激しいと、余計な精神的消耗を増やす原因になります。
浮き沈みを感じるなら、近視眼的になりすぎているせいかもしれません。
たしかに間近で見ると大きな浮き沈みに見えますが、遠くから見ると、光景が変わることに気づいてください。
もっと視点を高くしてみましょう。
もっと時間軸を引き延ばしましょう。
もっと大局的かつ客観的になってみましょう。
はるか遠くから眺めてみるのです。
人生は、平らな状態です。
人生の真実に気づくと、気持ちが安定して穏やかになります。
幸せの絶頂でも、浮かれないこと。
不幸のどん底でも、自暴自棄にならないこと。
いちいち動揺しているのは、近視眼的になっていて、手前のことにとらわれすぎている証拠です。
もっと遠くから眺め、どっしり構えてください。
手前のことにとらわれず、人生全体というスパンで考えてみてください。
人生はすべて、平らに安定しているのです。
私たちは、4つの季節の中で生きています。
春夏秋冬です。
それぞれの季節には「旬の食材」があります。
春の食材、夏の食材、秋の食材、冬の食材です。
普通に食べたいものを食べるのもいいですが、せっかくなら、季節に応じた食材を食べてみませんか。
なぜ旬の食材を食べるといいのか。
季節が感じられる理由だけではありません。
健康寿命が延びるからです。
旬の食材は、今が食べ頃の食材です。
旬だからこそ、生命力がたっぷり宿っています。
旬の食材を食べることで、活力と生命力を取り入れられ、心身が生き生きします。
食事を食べる際「いただきます」という挨拶言葉を使います。
「いただきます」とは「命をいただきます」という意味です。
私たちは食べることで生きています。
生命力の強いものを食べると、空腹が満たされるだけでなく、心まで生き生き元気になります。
結果として、健康寿命が延びるのです。
今は何の季節ですか。
舌で季節を感じましょう。
味わいに集中して「旬のおいしさ」を感じましょう。
たとえば春なら、イチゴが旬の季節です。
単品でイチゴを楽しむのも良し。
アクセントとして、ヨーグルトに添えてみるのも良し。
工夫しだいでアレンジの幅が広がります。
イチゴケーキを買って、そのまま食べてみるのもアイデアです。
おいしいイチゴを食べることで、生命力をけ、心も体も元気になります。
今日は何を食べますか。
ぜひ季節に応じた旬の食材を食べてみてください。
旬の食材は、少し値段が高めですが、それだけの価値はあります。
季節を感じられるだけでなく、健康寿命も延びるのですから、むしろ安いもの。
おいしいものを食べると、心も体も喜びます。
健康で長生きしている人がいれば、その人の食生活を見てみてください。
日頃から旬の食材を食べる生活を送っているはずです。
質素な食事でも、どこかに旬の食材が混ざっているはずです。
季節のある国に生まれて良かった。
季節のある国だからこそ、旬の食材を食べる機会に恵まれます。
普段から旬の食材をよく食べる人は、健康で長生きができるのです。
「正義は必ず勝つ」
私たちは子どものころから、そう教えられてきました。
親からも先生からも周りからも「正しい行いをしなさい。正義は勝つ。最後に勝つのは正義」と教えられてきたでしょう。
正しい行いをすれば、途中で不幸や不条理があっても、最後は必ず勝って報われると教えられてきました。
ところが大人になるにつれて世の中が見えてくるようになると、だんだん「本当の現実」が見えてくるようになります。
世の中は不条理です。
残念ながら、正義が勝つとは限りません。
正しい行いをした人が損をして、悪い行いをした人が得をする場面があります。
悪い行いをした人が勝つと「おかしい!」「あり得ない!」「間違っている!」と叫びたくなるでしょう。
「最後に勝つのは悪」という信じられない現実を目の当たりにすることも少なくありません。
悪い行いをする人が勝ったり得をしたりするなら、正義に対する責任感が揺らぎます。
「正義を捨てて、悪に染まったほうがいい」と気持ちが揺らいでしまう考え方に変わりそうになるかもしれません。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
正義とは何か。
辞書を引いて、意味を確認してみてください。
正義とは、人として行なうべき正しい筋道のことをいいます。
つまり、正義を忘れたら、その人はもう人ではなくなってしまうということです。
負けることがあったとしても、正義でいることです。
人として正しい行いを貫きました。
誘惑に打ち勝ちました。
正義のために、信念を貫きました。
これを「貴い」と言わずして何というのでしょう。
間違った志で勝つくらいなら、正しい志で負けたほうがいいのです。
勝負では負けたかもしれませんが、志では勝っています。
今は評価されていなくても、時を経てから評価されるでしょう。
人として正しいことをしているのですから、負けたり損したりすることがあっても、堂々とした態度でいられます。
堂々とお日さまの光を浴びることができ、誇りを持って生きていけます。
勝ち負けにこだわるのではありません。
正しい志にこだわりましょう。
たとえ負けることがあったとしても、正義でいることです。
見る人が見れば、わかってくれます。
そして褒めたたえてくれるでしょう。
「負けてしまったね。うまくいかなかったね。でもあなたは素晴らしかった」と。
負けたり損したりすることがあっても、その貴い生きざまが、周りの人を感動させるのです。
すなわち、正義は、曲げるものではなく、貫くものなのです。
私たち人間は、高等な生き物です。
ほかの野生動物とは違って「心」があり「理性」があり「品性」があります。
邪悪な心に染まってはいけません。
道理や道徳にしたがって、正しい行いを心がけることです。
人であれば、人らしく正義に生きるのが正解です。
正しい行いをする人は、時間はかかれど、必ず光が当たります。
正しい行いは、結果にかかわらず、常に正解です。
間違った行いで勝つくらいなら、正しい行いで負けたほうがいいのです。
ときどき人から悩みを聞くことがあります。
仕事の悩み・恋の悩み・進路の悩みなど、軽い悩みから重い悩みまでさまざまです。
悩みの多くは、デリケートです。
相手の秘密やプライベートを知ることになるため、聞く側にも覚悟が求められます。
悩みを聞くとき、大切にしたい心がけがあります。
それは「感情移入」です。
感情移入をしないで悩みを聞いても、つまらない対応しかできなくなります。
相手は「どうして気持ちをわかってくれないの?」と不満を感じ、いらいらするでしょう。
あなたに不信感を抱き始めます。
「話すべきではなかった」と後悔されることも少なくありません。
感情移入ができないなら、そもそも悩みを聞かないほうがましです。
相手の悩みを聞きながら、自分のことのように感情移入をしましょう。
年齢・性別・状況など、お互い別々の存在ですが、細かい話は抜きにして、まず感情移入をすることが大切です。
相手が怒っているときは、自分も怒ります。
相手が悲しんでいるときは、自分も悲しみます。
相手が怖がっているときは、自分も怖がります。
相手の言葉や表情をもとに、その感情や態度を追体験するのです。
相手と一体になって融合を感じ取ることができれば、後は簡単です。
感情移入ができると、一緒に悩むことができるようになります。
そしていかに相手が苦しんでいるか、直感的に理解できるようになります。
相手に寄り添った態度ができるようになります。
相手が言ってほしいフレーズが思い浮かびやすくなります。
相手の立場を想像しやすくなるため、より適切なアドバイスもできるようになります。
たとえ上手にアドバイスができなくてもいいのです。
共感しながらうなずくだけでも、相手は喜んでくれるはずです。
「しんどいね」「つらかったね」「それは大変だよね」と声をかけるだけでも喜ばれます。
「自分の気持ちをわかってくれた」と心が癒やされるのです。
悩みを聞くときは、感情移入を心がけてください。
感情移入がしにくい悩みもあるかもしれませんが、できるだけ相手の気持ちに寄り添うようにしましょう。
感情移入をして、しすぎることはありません。
感情移入ができれば、すてきな聞き上手になれるでしょう。
成功するために、必要なものがあります。
それは、勉強です。
特定の分野で抜きんでるためには、勉強が欠かせません。
世の中は、頭のいい人が、そうでない人からお金を吸い上げるようになっています。
親からの相続といった特殊な例を除いて、自分の力で成り上がった成功者は、例外なく勉強家です。
もちろん勉強したからといって、100%成功できるとは限りません。
勉強したことが役立たないこともあります。
せっかく勉強しても、時間がたてばば忘れてしまうでしょう。
そもそも勉強したとおりにうまくいくとも限りません。
勉強をしても、時代背景や季節的な要因が影響して、想定外になることも少なくありません。
残念ながら勉強しても、成功できないケースがあるのも事実です。
では、勉強しなくていいかというと、そうではないのです。
勉強したからといって成功できるとは限りませんが、成功している人は必ず勉強しています。
成功者の共通点は、日頃から勉強していることです。
普段から学ぶ姿勢があり、あらゆることを吸収していきます。
スムーズに物事を進めるためにも、やはり知識が必要です。
物事をスムーズに進めたいとき、ショートカットを実現したいとき、厄介なトラブルを解決したいとき。
そんなときに役立つのが勉強です。
どの世界でも、知識は武器になります。
勉強するからこそ、未然に失敗を防げるようになり、スムーズに仕事ができるようになります。
勉強によって知識を得ることで、世渡りが上手になります。
難しいことやわからないことがあっても、乗り越えることができます。
時代は刻々と移り変わっています。
どんな移り変わる時代に追いつくためにも勉強が必要です。
勉強するから失敗を避けることができ、余計なトラブルを防げます。
勉強とは、成功へのショートカット。
成功したいなら、しっかり勉強しましょう。
勉強は、成功に欠かせない要素なのです。
勉強とは、本を読むことだけではありません。
もちろん本を読むことが勉強の基本ですが、学ぶことはほかの媒体からもできます。
学ぶことさえできれば、何でもいいのです。
人の話から学びを得ることも勉強です。
体験から気づきを得ることも勉強です。
自分が「役立つ」「有用」「価値がある」と思って吸収することは、すべて正解です。
勉強になることは、媒体を問わず、貪欲に吸収していくことが大切です。
役立たないと思った知識が、思わぬところで生かされることも少なくありません。
もしあなたがもともと勉強好きであれば喜んでください。
勉強好きな人は、もともと成功できる素質があります。
せっかく購入したものの、初期不良になることがあります。
不具合があって、うまく動作しません。
使い方が間違っているのかと思って説明書を見るが、それでも動かない。
そんなとき、むっとしないことです。
わくわく感が、一気に失望感に変わります。
ふつふつと腹立たしい感情がわき上がってくる人もいるかもしれません。
「最初から壊れているなんて運が悪い。腹立たしい。メーカーに文句を言いたい!」
感情的になりそうな場面ですが、心を落ち着かせてください。
たしかに初期不良は残念なことですが、メーカー側もわざと壊れているものを送っているわけではないでしょう。
品質検査が十分行われていても、漏れが起こるもの。
100%完璧に仕上げるのは、なかなか難しいのが現実です。
そもそも初期不良は、それほど重大な事件なのでしょうか。
いいえ、重大な事件でありません。
小さなことです。
何かが盗まれるわけでもありません。
借金を背負うわけでもありません。
大けがをするわけでもなければ、死ぬわけでもありません。
初期不良だけのこと。
保証書があるなら、確実に取り換えてもらえます。
返品・交換の手間暇はかかりますが、無償で応じてくれますから、経済的なダメージはゼロのはずです。
初期不良で返品・交換の際、おわびの気持ちとして、何らかのサービスが加わることも少なくありません。
ここで、おすすめの考え方があります。
もし初期不良があったときは、こう考えましょう。
「交換」「返品」を楽しむ場面と。
「そんなふうに考えられない!」
そう思うかもしれませんが、だからこそ意味があります。
初期不良くらいのことで、いらいらしてしまう、自分の狭い心を恥じたい。
少し時間と労力はかかりますが、だから何なのでしょう。
よくよく考えてみると、初期不良なんて小さなことにすぎません。
交換も返品も、珍しい経験の1つです。
いつでもどこでもできるわけではありません。
「年に1回あるかないか」という程度でしょう。
珍しい経験ができるのですから、それはそれで「ラッキー」とも言えます。
いらいらしながら返品・交換をしようとすると、態度も表情が悪くなるため、余計な手間暇がかかります。
難しいかもしれませんが「珍しい経験を楽しむ」と思って、にこにこしながら返品・交換をしましょう。
「返品交換ができるなんて、珍しい経験ができる!」
「悪い体験ではない。たまにはこういう体験も面白い!」
「せっかくだから思いきり楽しもう。話のネタにもなる!」
初期不良があったときは「交換」「返品」を楽しむ場面と思うのがいちばんです。
どうしても抵抗を感じるなら「自分の器を大きくするためのトレーニング」と思えばいい。
前向きに考えれば、初期不良があっても、かえって機嫌が良くなれます。
初期不良があったときは、にこにこしながら交換・返品を楽しみましょう。
あっと言う間に、返品交換が終わります。
なぜ、あなたは成功を目指しているのですか。
大きな財産を得たいため。
社会的に認められたいため。
一度しかない人生を後悔なく生き抜くため。
親に立派な姿を見せたくて、成功を目指している人もいるかもしれません。
人によって、成功を目指す目的はそれぞれです。
成功を目指す理由は、自由です。
もちろん成功を目指すことは、素晴らしいことです。
人と社会の発展に貢献することですから、意義のあることです。
自分の才能を存分に生かすわけですから、人も社会も潤います。
「人や社会のために命をかけて働きたい」という志があるなら、堂々と成功を目指すべきでしょう。
しかし「幸せになる」という目的で成功を目指しているなら、立ち止まって考えてみる必要があります。
幸せになるために、成功が必要とは限らないからです。
成功とは何か。
成功とは、大きな事業を成し遂げることで、高い地位や大きな財産を得て、社会的に認められることをいいます。
大きな財産があれば、大きな自由が手に入るでしょう。
高い地位を得て、社会的に認められれば、さぞ気持ちがいいでしょう。
ところが現実はどうでしょうか。
名役者・名俳優の自殺。
人気アイドルの自殺。
人気ミュージシャンの自殺。
有名ブランドの創設者の自殺。
世間から「成功者」ともてはやされた人物が、悲しい最期を迎えているケースが少なくありません。
こうした現実から、成功が幸せにつながるとは限らないことが理解できるでしょう。
成功を目指すのは、1人で高い山の頂上に登るようなものです。
高く登れば登るほど、孤独と恐怖が襲いかかるうえ、厳しい環境が待ち受けています。
成功したがゆえに、衆人環視によってプライバシーが失われたり、自由な行動が制限されたりします。
また成功するということは、名声目当て・お金目当てで寄ってくる人も増えるということです。
一見人気者のように思えますが、うわべの人間関係が増えるだけです。
面倒な人間関係が増えることで、ストレスが減るどころか、増えることもあります。
悩まされることが増え、なかなか落ち着く人生を送れません。
「成功者」として称賛されるのは嬉しい反面、成功者らしく振る舞わなければいけないプレッシャーもあります。
「成功者」として周りからの期待に応えなければいけない生活によって、息苦しさを感じることもあるでしょう。
「成功者」というレッテルを貼られたがゆえに、自分らしさを失って、魂の抜けた操り人形のような生き方になる。
成功者は、誰にも言えない悩みを抱えていることも少なくありません。
少しでも評判を落としてはいけないため、悩みがあっても、気安く打ち明けられません。
成功者は、成功しているがゆえに、自分の本当の気持ちをわかってくれる人がいなくて困っています。
成功を目指す先にあるのは、いばらの道です。
成功したがゆえに、かえって不幸になることも現実としてあり得るのです。
幸せに必要な、4大要素があります。
「時間」「お金」「健康」「人間関係」です。
自由な時間があること、生きていけるだけのお金があること、不自由のない健康があること、素晴らしい人間に恵まれること。
気づいてください。
あらためて考えると、これら4つの要素を満たすことは、成功しなくても十分可能です。
「成功=幸せ」ではないことに気づくことです。
成功しなくても、普通に生きることで、時間・お金・健康・人間関係が満たされれば、十分幸せになれます。
そして、幸せな人生を送れます。
成功すれば、幸せになるとは限らないのです。
人生では、激しく後悔する場面があります。
そんなとき、激しく後悔をするとともに「もう二度としない」と誓うことになるでしょう。
痛い目に遭えば、同じことを繰り返したくないと思うもの。
自分の愚かな行いを悔やむとともに「二度としない」と天に誓いを立てるはずです。
ところがここでよくあるパターンがあります。
「もう二度としない」と誓ったことに限って、しばらくたてば、再びやってしまうのです。
人は、油断をする生き物です。
気持ちは、ちょっとした油断で、自然と緩みます。
そのときは「二度としない」と思っても、時間がたてばば気持ちが緩みます。
「二度と浮気をしない」と誓っても、また浮気をしてしまいます。
「二度とギャンブルをしない」と誓っても、またギャンブルをしてしまいます。
「二度と二日酔いをしない」と誓っても、またお酒を飲みすぎてしまい、二日酔いで苦しむことになります。
二度としないと誓っては、また同じことを繰り返し、痛い目に遭う。
十中八九、再発を繰り返します。
もともとだらしない性格の人は、ほぼ確実に同じことを繰り返すことになるでしょう。
どれだけ「二度としない」と強く誓っても、約束を破るのは時間の問題です。
そうして、人生が破滅するまで、何度も再発を繰り返すことになるのです。
大切なのは「二度としない」と誓うことではありません。
二度とできない仕組みをつくることです。
「二度としない」と誓わなくても、二度とできない仕組みがあれば、同じ過ちを抑止できます。
「自分は意志の弱い人間だ」と自覚して、次のアクションを起こしましょう。
反省の気持ちが残っているうちに、二度とできない仕組みをつくりましょう。
クレジットカードの使いすぎでトラブルになったら、クレジットカードを解約します。
お金を使いすぎて歯止めがかからないなら、そもそも少ない現金しか持たないようにします。
消費者金融から借金をしてしまうなら、関係機関に借金できないような手続きを行います。
なかなか難しい場合もありますが、知恵を振り絞って、二度とできない仕組みをつくっておくことです。
そうすれば、気持ちが緩んで再びしたくなっても、できません。
根本的に不可能になる仕組みをつくっておけば、安心です。
「意思」に頼るのではなく「仕組み」に頼ること。
仕組みに頼ることで、本当の改善が実現できるのです。
精神的な疲労を抱えていませんか。
いわゆる心労です。
仕事の心労、人間関係の心労、子育ての心労。
誰でも1つや2つの心労があるもの。
リーダーならではの心労もあれば、親ならではの心労もあるでしょう。
心労がゼロの人はいないといっても過言ではありません。
心労が絶えない毎日に四苦八苦している人も多いのではないでしょうか。
心労は、放ったままで自然と解決することはありません。
心労は、心の中で暴れ回る悪魔です。
減らす努力をしないと、減りません。
ほうっておけば、そのまま心労が続くか、もっと大きくなるかです。
心労は、精神的なストレスに直結します。
「このくらい大丈夫」と思っていても、いつの間にか大きく積み重なります。
心労をそのままにしていると、美容にも健康にも良くありません。
顔がやつれたり、肌が荒れたり、白髪や抜け毛が増えたりして、踏んだり蹴ったりです。
心労が重なり続けて一線を越えると、心の病を引き起こしたり体調不良を招いたりすることがあります。
心の中の事情でも、その異変は心身に影響を及ぼします。
小さな心労も、積み重なり続ければ、命の危険につながるケースもあるのです。
ここで大切なことがあります。
心労を「仕方ない」で終わらせないこと。
心労があるなら、放置せず、きちんと減らす努力をしましょう。
仕方ない状況があったとしても、せめて心労を小さくする手段ならあるはずです。
自分と向き合うことになるため、苦しい作業になるかもしれませんが、悪循環から抜け出すためのには必要です。
たとえば、こじれた人間関係が心労になっているなら、きちんと関係改善に努めます。
けんかをしているなら、仲直りをします。
誤解されているなら、きちんと解きます。
将来の不安があってもやもやしているなら、今できることをしておきます。
不安が小さくなるだけでも、ストレスは小さくなります。
心労は、もやもやしていますが、もやもやしているなりに解決できるはずです。
健康上の心労があるなら、病院に行くなり治療するなりすることです。
病院に行くのを嫌がっていても心労は減りません。
自然と治る場合もありますが、放置した結果、手遅れになることもあります。
きちんと病院に行き、必要な検査や治療を受けることです。
医者に診てもらうだけでも、いくぶん心労が減るでしょう。
自分の心労を紙に書き出して、どうすれば解決できるか考えてみてください。
解決方法が見つかれば、できるだけ早く取り組みましょう。
心労がなくなれば、それだけ心も軽くなります。
心は軽いに越したことはありません。
心労をゼロにすることはできなくても、減らすことならできるはずです。
本来の元気が出るようになり、笑顔になれるのです。
いくら努力しても報われなくて、困り果てることがあります。
もしいくら努力してもうまくいかないなら、言えることはただ1つです。
才能がないのです。
世の中には、才能の存在が確認されています。
才能があれば、小さな努力で大きな結果を出せますが、才能がなければ、努力をしてもなかなか結果が出ません。
いくら努力しても報われないのは、その分野の才能がない証拠です。
そこで意地を張って頑張ったところで、やはり才能が開花することはありません。
頑張りと結果が比例しない。
「努力すれば報われる」という言葉を信じていると、痛い目に遭います。
人生は有限です。
才能のないことに時間と労力を費やし続けていると、貴重な時間を失うことになります。
努力をしているわりに、なかなか結果が出ず、ストレスもたまります。
努力が報われないどころか、貴重な時間を失うことになります。
才能のないことは、いくら努力をしても報われないのが運命です。
個人的な趣味として楽しむぶんにはいいですが、プロを目指すのは、やめておくほうがいいでしょう。
もちろん本業にするのも、やめておくのが無難です。
厳しい現実ですが、諦めることも肝心です。
間違っても「努力不足」と思わないことです。
努力が足りないと勘違いして、さらに努力を重ねたところで、やはり報われません。
貴重な時間が失われます。
ストレスがたまり、精神的に追いやられます。
ストレスがたまり続ければ、いずれ精神疾患に陥る可能性もゼロではありません。
努力不足を勘違いすると、ますます痛い目に遭うのです。
いくら努力してもうまくいかないことは「才能がない」と見切りをつけましょう。
そうすれば、余計な努力をしなくて済みます。
才能がないと認めれば、それ以上自分を責める必要がなくなるので、気持ちが楽になります。
逃げているように思えますが、きちんと努力したうえで見切りをつけるのですから、逃げたことにはなりません。
才能がない分野は、才能がある人に譲るのが正解です。
得意な人に任せたほうが、世の中のバランスも整います。
努力した時間が無駄かというと、そうではありません。
「才能がない」という収穫があったと考えましょう。
わかっただけでも、御の字です。
きっぱり諦めることができ、快く方向転換ができるからです。
才能がないからといって、すべてに才能がないとは限りません。
あくまで「その分野には才能がなかった」というだけのこと。
才能がないとわかれば、さっさと見切りをつけ、別の分野に目を向けましょう。
その分野に才能はなくても、別の分野には才能があるかもしれません。
次の3つのポイントを意識すると、才能を見つけやすくなります。
友人が困っているときがあります。
疲れて元気がないだけかと思いきや、どうも少し様子が違います。
何か問題を抱えているようで、表情は曇っていて、困っている様子です。
ため息が聞こえてきて、ストレスを抱えている。
普段から仲良く接していると、いつもと様子が違うと、すぐわかります。
そんなとき、あなたはどんな対応をするかです。
「別に私には関係ない」
「自分のことは自分でなんとかしてほしい」
「ほうっておけば、なんとかなるでしょう」
見て見ぬふりをしようとする人もいるでしょう。
友人とはいえ、結局のところ他人です。
家族でもなければ、血がつながっているわけでもありません。
別に助ける義務はなく、無視しようと放置しようと勝手です。
自分には関係ないこととして、無視や放置をする人もいるかもしれません。
「余計なことに関わると、面倒な仕事が増える」と考え、見て見ぬふりをする人もいるかもしれません。
しかしこういう場面こそ、あなたの心が試される大事な瞬間です。
その人のことを本当に「友人」と思っているなら、こういうときこそあなたの出番です。
自分にできる範囲でかまわないので、助けの手を差し伸べましょう。
勇気を持って助けることです。
少し大変かもしれませんが、本当に大切な人のためなら、一肌脱ぐのも悪くありません。
1人でできないことも、2人で協力すれば、可能になるでしょう。
物理的・経済的な援助が難しいなら、悩み事を聞くだけでもかまいません。
話を聞くだけでも、精神的な援助になり、相手を助けたことになります。
ストレスが解消され、心が軽くなるからです。
友人が困っているときは、チャンスでもある。
見方を変えると、チャンスでもあります。
あなたが友人を助けることで、友人は笑顔で喜んでくれるでしょう。
困っているときほど、助けてくれる人がありがたく感じます。
「この人は違う」「この人は特別だ」と感じてもらえるでしょう。
友人の中で、あなたの存在が格上げされます。
「友人」から「親友」に昇格できるかもしれません。
もちろん下心を持って助けるのではなく、あくまで純粋な気持ちが大切です。
心から相手のためを思うなら、行動に踏み切るべきです。
親友とは、自然とできるものではありません。
積極的な働きかけによってできるものです。
いつでもどこでも簡単にできるものではなく、努力と配慮が必要です。
誠意と真心を持って助けるからこそ、純粋な心が相手に伝わり、感動してもらえます。
いつかあなたが困ることがあれば、その友人が助けてくれるようになるはずです。
友人が困っているとき、あなたの人間性が試されます。
友人が困っているときこそ、あなたの出番なのです。
成功は、言い換えると、小鳥のようなものです。
小鳥を思い出してください。
小鳥は体も羽も小さいですが、素晴らしい可能性を秘めています。
小鳥がぱたぱた羽ばたくと、小さな体が宙に浮いて、高く遠くへ飛んでいけます。
川を越えるなんて朝飯前。
ビルより高く飛べます。
山を越え、海を越えることもできます。
小さな体に似合わず、信じられないようなパフォーマンスを発揮しているからすごい。
渡り鳥のように、太平洋を横断する鳥まで存在するから驚きです。
「ズグロアメリカムシクイ」という、極小の渡り鳥がいます。
ズグロアメリカムシクイは、体重がわずか12グラムしかありません。
にもかかわらず、ズグロアメリカムシクイは、ノンストップで大西洋を飛行することが確認されています。
その移動距離は、なんと2540キロ。
一般的な渡り鳥は途中で止まりながら進みますが、ズグロアメリカムシクイはノンストップで一気に大西洋を渡ります。
あまりに驚異的で信じがたいことですが、事実です。
小さな体の、小さな羽の、小さな羽ばたきでも、大きなことを達成できてしまうのです。
これは私たちも同じです。
成功とは、小鳥のようなものです。
成功にするためには、大きなことが必要であるように思えますが、誤解です。
小さなことでいいのです。
「小さな羽ばたき」を大切にしてください。
小さな1歩、小さな努力、小さな行動、小さな変化、小さな工夫。
どれも小さなことです。
小さなことですが、こつこつ積み上げていくことで、高く遠くへ飛んでいけます。
そして、目標を達成していき、大きな飛躍を遂げることができます。
結果として、成功できるのです。
小さなことを重視する人は大きなこともできますが、小さなことを軽視する人は大きなこともできません。
成功とは、小さなことの積み重ねなのです。
あなたは今、小さなことをしているのかもしれません。
小さくてもいいので、こつこつ続けていくことです。
誰でもできることでもかまいません。
目に見えないほど小さくてもいいのです。
「こんなに小さなことでいいのかな」と不安になっても、諦めず続けていくことです。
それは「小さな羽ばたき」です。
小鳥が小さな羽をぱたぱた羽ばたかせて空を飛ぶように、小さな羽ばたきを繰り返してください。
「こんなに高く上がることができた」
「こんなに遠くまで来ることができた」
そう思える瞬間に出会えるでしょう。
気づけば、高く遠くへ飛んでいるでしょう。
小さな羽ばたきを繰り返しているうちに、高く遠くへ飛んでいけます。
大西洋を横断する12グラムの小鳥がいるように、信じられないことを実現できるのです。