人生とは何か。
人生は、1時間40分の映画です。
あなたが今、10歳だとしましょう。
昔の楽しい思い出を振り返るのもいいのです。
楽しかった旅行の思い出、楽しかった夏の思い出、楽しかった学校行事の思い出。
楽しかった思い出を振り返ると、タイムスリップしたような気分になります。
今日が無駄に終わったとしても、気を落とす必要はありません。
「ああ、今日が無駄になった。無駄な1日を過ごした」と思うかもしれませんが、大げさに考えすぎです。
実は大したことでも何でもありません。
毎月末に、やってほしいことがあります。
ぜひ今月を振り返ってみてください。
忙しい毎日を過ごしていると、なかなか自分や仕事を振り返る機会がありません。
美しいものを見る機会を、積極的につくっていきましょう。
あなたにとって「美しい」と感じるものなら何でもかまいません。
美しいものには特別な力があり、見ているだけで良い気分にさせてくれます。
あなたの生活には「仕事に役立たないこと」をしていますか。
「趣味でも遊びでも、少しでも仕事に役立つことがいいだろう」と考える人は多い。
本は仕事に関係するものを読み、テレビや映画は仕事に関係するものを視聴して、旅行は仕事に関係している場所に行く。
人は誰でも老いを迎えます。
若いとは言えない年齢に差しかかったとき、自分の年齢に嘆く人がいます。
「もう30だから」
「おや。またしわができた。落ち込むなあ」
しわにお悩みですか。
たしかに顔にしわができるのは、あまり嬉しいことではありません。
旅行の日程を迷うことがあります。
「今年行こうか、来年行こうか。迷うなあ」
旅行はあくまで物見遊山なので、それほど急ぐ必要はないように思われます。
あなたが苦手な食べ物は何ですか。
苦手な野菜もあれば、苦手な料理もあるでしょう。
苦手な食べ物は1つもないという人もいますが、たいていの人は何か苦手な食べ物があるはずです。
チャレンジするのに大きな理由を求めていませんか。
「自己成長のため」
「目標達成のため」
本音で話してくれる人は、嫌われがちです。
人を不快にさせやすいからです。
本音は耳に痛い言葉です。
「健康運を上げたい」と言う人がいます。
神社で健康祈願をする人がいます。
もちろんそれも悪くないのですが、健康運を上げるなら、もっと効果的な方法があります。
ぱっと名前を思い出せないときに便利なのが「あれ」「それ」です。
年齢を重ねてくると「あれ」「それ」が増えます。
「えっと、なんだっけ、あの人だよ」
「老いるのは嫌だ」と言う人がいます。
たしかに老いることを喜ぶ人は少ないのかもしれません。
白髪が増え、しみやしわが増えます。
30代になったら「30代が楽しみ」と考えましょう。
40代になったら「40代が楽しみ」と考えましょう。
50代になったら「50代が楽しみ」と考えましょう。
成長に応じて名前が変わる魚のことを「出世魚」といいます。
出世魚といえば「ブリ」が有名です。
ブリは、生まれたときからブリという名前ではありません。
勉強するために、学校に行くことを検討している人がいます。
「学校に行けば、たくさん勉強できる」
「学校に行けば、勉強仲間もできるだろう」
私たちは年齢を重ねるにつれて、不思議な時間感覚を覚えます。
どんどん時間の進み方が早く感じられるようになるのです。
子どものころは1年が長く感じられましたが、大人になると1年はあっという間です。
「貧しい、貧しい」と嘆かないでください。
貧しく感じるのは、心の贅沢病です。
「貧しい」と嘆く人は、いつの間にか満足の基準が高くなっています。
「あの人は死ぬまで働くらしいよ。あらあら、お気の毒に」と言う人がいます。
「死ぬまで働く」というのは、少々ネガティブな響きに聞こえるかもしれません。
定年後は年金で悠々自適に暮らせるかのと思いきや、現実は想像と違っていることがあります。
「積極的に階段を使いましょう」
「健康のために、どんどん階段を利用しましょう」
健康指導でよく聞かれる言葉ですね。
「美容」と「健康」という2つのテーマがあります。
もちろん理想は、美容と健康の両方を実現することです。
どちらも大切であることに変わりはなく、両方に力を入れられればベストです。
人生100年時代では、健康常識が重要です。
健康常識が古いままになっていないでしょうか。
すでに健康常識を知っているからといって、今も変わらず通用するとは限りません。
伝えたい言葉があるなら、早めに伝えてください。
1年後、あなたはこの世にいないかもしれません。
不慮の事故で急に亡くなるかもしれません。
年齢を重ねると、白髪が増えます。
若白髪で悩む人も少なくありません。
少しでも若々しくいたくて、白髪染めをする人も多いのではないでしょうか。
誇らしげに自分の病気を語る人がいます。
「血圧は普段から150もあってね、私くらい高血圧の人間はいませんよ」
「私なんてこの年で腰痛持ちですよ」
フォービズムの代表的画家アンリ・マティスは、生涯を芸術に捧げました。
フォービズムは、それまでにない、新しい絵画の描き方です。
単純化された構図と豊かな色彩を特色としていて、現代美術に大きな影響を与えたことで知られています。
97歳で大学を卒業した男性がいます。
学位は4つも持っているそうです。
若い人でも簡単にはできません。
若いころは周りから「若いね」言われます。
「若くていいね」
「まだまだ若い」
人生とは何か。
人生は、1時間40分の映画です。
あなたが今、10歳だとしましょう。
映画でいうとオープニングが終了して、最初の10分が経過したところです。
少しずつ時代や場所など取り巻く環境が見えてきています。
始まったばかりであり、登場人物はまだ全員出そろっていないでしょう。
あなたが今、20歳だとしましょう。
映画でいうと、最初の20分が経過したところであり、い良いよこれから面白くなるところです。
何かが起こりそうな雰囲気が漂い始めるところであり、わくわくどきどきするところです。
あなたが今、30歳や40歳だとしましょう。
何らかのイベントが起こって、物語の流れに変化が生まれるタイミングです。
これからどんどん面白くなっていくところであり、目が離せなくなるところです。
あなたが今、50歳や60歳だとしましょう。
映画でいうと、半分程度を過ぎたあたりであり、まだまだ物語が続きます。
「そうきたか」という思わぬ展開が待ち受けているでしょう。
あなたが今、70歳や80歳だとしましょう。
映画でいうと、い良いよ感動のクライマックスに近づいていくところです。
こうした状況を見ると、人生は、1時間40分の映画であることがわかるでしょう。
人生とは映画そのものです。
「もう年だな」と思っていても、30代・40代であれば気のせいです。
映画であれば30分・40分のところですから、まだ序盤です。
ここから面白くなっていくところです。
50代・60代で「大きなトラブルが起こった」と思っていても大丈夫。
映画であれば50分・60分のところであり、ちょうど大きなイベントが発生するタイミングです。
想定外に思えますが、ある意味で予定どおりです。
どうかそのトラブルに立ち向かい、しっかり乗り越えていってください。
たとえ70代・80代でも、まだまだ先の人生は長い。
医療が発達した現代では、どんどん寿命が延びています。
「人生100年時代」が、現実のものになろうとしています。
人生は、1時間40分の映画です。
映画なのですから、スムーズに進むことはありません。
山あり谷ありであり、まさかの連続です。
「さあ、困った。大変だ」ということが起こります。
トラブルがあってどたばたすることがあっても、実は普通のことです。
スムーズに行くときもあれば、思いどおりにいかないこともあります。
変化やトラブルがあっても、映画と思えば「当たり前だね」と理解できるはずです。
予定どおりに発生する、想定外のイベントです。
どっしり構えて、変化やトラブルに向けた心の準備をしておいてください。
何らかの変化やトラブルがあったとき「さあ、来ましたね」と落ち着いて対処できます。
絶望的な人生でも、最後まで諦めてはいけません。
どんでん返しはあり得ます。
諦めることさえなければ、素晴らしい奇跡に恵まれ、どんでん返しを経験できるでしょう。
人生は1時間40分の映画なのですから、長期的に見ていくことが大切です。
昔の楽しい思い出を振り返るのもいいのです。
楽しかった旅行の思い出、楽しかった夏の思い出、楽しかった学校行事の思い出。
楽しかった思い出を振り返ると、タイムスリップしたような気分になります。
幸せな気持ちがよみがえってきて、心地よい気分に包まれるでしょう。
久しぶりに友人と会えば、思い出話で盛り上がり、懐かしさがこみ上げてくるはずです、
もちろん昔の楽しい思い出を振り返るのもいいですが、過度には注意してください。
楽しい思い出とはいえ、過去の話です。
もう終わったことです。
時間は前にしか進みません。
時間もエネルギーも有限です。
昔の楽しい思い出を振り返ってばかりいると、いつの間にか時間が過ぎていて、貴重なリソースを失うことになります。
楽しい思い出を振り返ることには、注意すべき副作用があります。
楽しい思い出を振り返れば振り返るほど、過去が輝く見える反面、現在が色あせて見えるようになります。
「あの頃は楽しかったなあ。それに比べて今は……」
現在がみすぼらしく感じてしまい、ため息が止まらなくなるでしょう。
過去のことばかり考えていると、心のベクトルが後ろ向きになってしまいます。
じわじわ生きる力が奪われ、日常に支障を来してしまうことも少なくありません。
ここであなたに提案です。
貴重なリソースは有効に活用しましょう。
昔の楽しい思い出を振り返るより、これからの楽しい予定を考えましょう。
あなたの未来には、楽しい予定があるはずです。
食べに行く予定、友人と遊ぶ予定、テーマパークに行く予定、ライブコンサートに行く予定、旅行に行く予定。
楽しい予定のことを考えれば、わくわく心が躍って、やる気も湧いてくるようになります。
未来の楽しい予定が励みになって、目の前の仕事も「よし、やるぞ!」と力が入るでしょう。
心のベクトルも前向きになり、元気が湧いてきます。
そうすれば、生きる力も湧いてきます。
未来のことを考えるので、前向きにもなれます。
「何も楽しい予定はない」という人もいるかもしれません。
楽しい予定がないなら、つくればいいのです。
1つでいいのです。
今すぐ予定を立てましょう。
心が躍る予定なら何でもOK。
予約が必要なら、さっそく取りかかりましょう。
チケットが必要なら、今すぐ購入しましょう。
ウェブや電話を使えば、一瞬です。
正式に決められないなら、仮決めでもいいのです。
「こんな未来が来てほしい」と願うなら、その実現に向けて動いてください。
時間は前にしか進まないのですから、過去の思い出を振り返るより、未来のことを考えるほうが健全です。
今日が無駄に終わったとしても、気を落とす必要はありません。
「ああ、今日が無駄になった。無駄な1日を過ごした」と思うかもしれませんが、大げさに考えすぎです。
実は大したことでも何でもありません。
今や人生100年時代です。
今日がダメでも、明日があります。
明日がダメでも、あさってがあります。
あさってがダメでも、しあさってがあります。
人生は、死ぬまで毎日新しい1日がやってくることが約束されています。
短いスパンではなく、長いスパンで考えてください。
長い人生から見れば、1日が無駄になったことなんて小さなことにすぎません。
視線を上げ、前を向き、さっと気持ちを切り替えましょう。
「明日頑張ろう!」でいいのです。
まだまだ時間はたっぷりあるのですから、長い目で考えましょう。
大切なことは「継続」です。
途中でやめてしまえば、うまくいくこともうまくいかなくなってしまいます。
なかなかうまくいかなくても、諦めずに続けてください。
根気よく続ければ、いつか成功する日がやってくるのです。
毎月末に、やってほしいことがあります。
ぜひ今月を振り返ってみてください。
忙しい毎日を過ごしていると、なかなか自分や仕事を振り返る機会がありません。
1日が光のように過ぎ去っていては「気づけば1週間」「気づけば1カ月」となりがちです。
たまには区切りをつくって、仕事や生活を振り返ってみるといいでしょう。
そこでおすすめなのが「月末」です。
月末になれば、少し足を止めて、今月を振り返ってみましょう。
頑張ったこと、達成したこと、やり残したこと、印象深かったことなど。
1カ月とはいえ、いろいろなことがあったに違いありません。
成果があれば、ぜひいま一度、その喜びを噛み締めてください。
「こんな努力をした」
「こんなにたくさん仕事をこなした」
「これだけの結果を出した」
自分の達成を認めれば自信がついて、元気が出てきます。
自分を認めることにつながるので、自己肯定感のアップにもつながります。
時には反省点が見つかることもあるでしょう。
「この仕事では油断してしまったな。今度からチェックシートを使おう」
「あのときの自分の発言は余計だったな。次からはよく考えてから発言しよう」
「最近ストレスをためがちになっている。来月はこまめにストレス解消を心がけよう」
気になるところが見つかれば、反省して、翌月に生かしましょう。
月末に今月を振り返ることで、翌月の目標が見つかります。
やり残していたことややり忘れていたことがあれば、翌月の目標にもってこいです。
日記をつけているなら、日記を通して振り返ってみるのもアイデアです。
文字に起こしてみることで視覚化され、頭の中が整理されます。
毎月末に1カ月を振り返ると、心の整理がつきます。
1年は12カ月ですから、毎月末に行うことで、定期的に振り返ることになります。
特に12月の月末は、1年全体を通した振り返りを行うといいでしょう。
10分程度でいいので、1カ月を振り返る機会をつくってみてください。
忙しいビジネスパーソンでも、月に一度であれば難しくないでしょう。
わずか10分でも、心の整理が実感できるはずです。
心機一転して、気持ちよく新しい翌月を迎えられるのです。
美しいものを見る機会を、積極的につくっていきましょう。
あなたにとって「美しい」と感じるものなら何でもかまいません。
美しいものには特別な力があり、見ているだけで良い気分にさせてくれます。
心が洗われ、過ごすがしい気持ちになるでしょう。
なぜか元気まで出てくるから不思議ですね。
美しいものを見るといえば、美術館が思い浮かびますが、その限りではありません。
美しいものは、美術館に限らず、私たちの身近にたくさん存在しています。
もちろんあなたの身の回りにも、美しいものが点在しています。
緑の観葉植物、壁に掛けられた絵画、洗練されたインテリア、目を引くデザインの数々。
よくよく見てみると、そこには「美」があり、一見の価値があるのではないでしょうか。
意識すれば、まだまだ見つかります。
道端に目を向けると、草花が生えているでしょう。
空に目を向けると、青空が広がっているでしょう。
夜空に目を向けると、星が輝いているでしょう。
これらも、れっきとした美しいものの1つです。
見慣れているものかもしれませんが、それぞれに美があり、鑑賞の価値があります。
すでに私たちは、美しいものに囲まれていると気づかされます。
美しいものを見ていると、心が癒やされ、ストレスが消えます。
美しいものを見つけることはもちろんですが、それだけではありません。
「美しいと感じる力」を高めることも大切です。
たとえば、淹れ立てのホットコーヒーを見てください。
黒の輝きといい、細かな泡立ちといい、立ち上る湯気といい、コーヒーにも美しさがあることに気づかされるでしょう。
毎日食べる白米にも注目です。
白米の1粒1粒は、小さな真珠のように見えます。
特に炊きたての白米は、ふっくらしていてつやもあり、美しく見えるでしょう。
見慣れたものでも「鑑賞」という意識で目を向ければ、美しさを見いだせます。
美しいと感じる力を高めれば、気持ちよく過ごす時間が増え、日常の幸福感も高まります。
生活の豊かさの向上につながります。
美しいものを見る時間は、心が洗われる時間です。
美しいものを見る機会を、どんどんつくっていきましょう。
美しいものと感じる力を高めて、美術鑑賞の目を養いましょう。
美しいものに触れる機会は、自然とできるものではなく、積極的につくっていくことが大切です。
美術鑑賞は、美術館だけでなく、至るところでできます。
カフェでも自宅でも、会社や学校でも、バスや電車の中など。
意識をすれば、あなたが今いる場所で美術鑑賞を楽しむことも可能です。
美しいものに気づき、美しいものを見て、ぜひ美しい心になってください。
生活全体が、大きな美術館です。
あなたの生活には「仕事に役立たないこと」をしていますか。
「趣味でも遊びでも、少しでも仕事に役立つことがいいだろう」と考える人は多い。
本は仕事に関係するものを読み、テレビや映画は仕事に関係するものを視聴して、旅行は仕事に関係している場所に行く。
仕事に関係のないことは、スキル・キャリア・収入にもつながるわけでもなく、無意味に思うかもしれません。
時間やお金の浪費につながるだけであり、時間とお金の無駄になると考える人もいるでしょう。
仕事に役立つかどうかで、する・しないの判断をしている人も多いのではないでしょうか。
もちろん仕事に役立つことのほうが有益に思えますが、ここが落とし穴です。
仕事に役立つことばかりでは、生き方が息苦しくなって退屈になります。
取り組むことに偏りが生まれ、似たり寄ったりになります。
同じような行動パターンが増えたり新しい刺激も少なかったりして、なかなか自分の殻を破れません。
仕事に役立たないことが1つもないということは、生活のすべてが「合理主義」「効率主義」に偏っています。
日常のすべてが想定内や予定調和になってしまい、人生の豊かさを制限することになるのです。
そこで大切なのは「仕事に役立たないこと」です。
人生には役立たないことが必要です。
仕事に何の役にも立たないものはありますか。
仕事に役立つことも素晴らしいですが、その限りではありません。
登山でも、ダンスでも、旅行でもいいのです。
1つくらい仕事に役立たないことをすることです。
仕事に関係ないことだからこそ、仕事を忘れられます。
仕事を忘れられるから、リフレッシュやストレス解消になるのです。
仕事に役立たないことでも、後になって仕事に役立つことも少なくありません。
意外な瞬間、気づきや学びをもたらすことは少なくありません。
点と点がつながって線となり、思いもよらない価値や発見をもたらします。
そこで得た知識や発想力が、仕事のヒントやアイデアにつながることがある。
新しい出会いが生まれ、ご縁につながることもよくあることです。
人生では、仕事に役立たないことが1つくらいは必要です。
取り組む理由は「楽しいから」「面白いから」「興味があるから」でいいのです。
「多様性」という言葉が生まれて久しいですが、自分の中にも「多様性」をつくり出していきましょう。
何の役にも立たないことは、何かの役に立ちます。
仕事に役立たないことが、人生を豊かにするのです。
人は誰でも老いを迎えます。
若いとは言えない年齢に差しかかったとき、自分の年齢に嘆く人がいます。
「もう30だから」
「もう40だから」
「もう50だから」
そんなセリフを吐いて、ため息を漏らすのです。
何かチャレンジしたいことがあっても「今さら遅い」「もう若くない」と不満を口にします。
しわもしみも白髪も目立ち始め、筋力や体力の衰えも気になるところです。
若いとは言えない年齢に差しかかると、自分の年齢に悲観的になっている人が少なくありません。
ここに大きな誤解があります。
「時間がない」というのは大きな誤解です。
今や「人生100年」の時代です。
すでに日本人の平均寿命は、男女ともに80歳を超えています。
一昔前は「人生80年」が主流でしたが、医学や医療の進歩により、今や「人生100年」が現実的になりつつあります。
若いとは言えない年齢かもしれませんが、見方を変えれば、感じ方が変わります。
「もう30になってしまった」と思っても、まだまだ時間はあります。
人生100年時代から見れば「まだ70年もある」と言えます。
まだまだ十分な可能性があり、転職をするにはベストタイミングと言えるでしょう。
「もう40になってしまった」と思っても、時間の余裕はたっぷりあります。
人生100年時代から見れば「まだ60年もある」と言えます。
40代で転職する人は多いですし、会社を辞めて起業する人も少なくありません。
「もう50になってしまった」と思っても、大したことはありません。
人生100年時代から見れば、ようやく折り返し地点に到達したにすぎません。
50代とはいえ、まだまだ体力も時間も有り余っています。
行きたいところがあれば、どしどし旅行をして各地に足を運んでみるのもすてきです。
60歳なら「まだ40年もある」と言え、70歳なら「まだ30年もある」と言えます。
アメリカでは、高齢者の大学生は普通のことで大勢います。
人は、何歳からでも新しいことを始められます。
あなたは今、何歳でしょうか。
100から引いて、残り時間を計算してみてください。
意外とたっぷり時間があることに気づくでしょう。
もちろん100歳まで生きるとは限りません。
人生では「まさか」が起こる可能性もありますが、そのときはそのときで考えましょう。
人生を生きるうえで、将来に明るい希望を持つことが大切です。
ただし時間はたっぷりあっても、時間が過ぎるのは年齢を重ねるにつれて早くなる傾向があります。
ぼうっとしていると、あっという間に1年が過ぎるので要注意。
やりたいことがあるなら、早めに取りかかりましょう。
「いつかやりたい」と思っていることは、できるだけ早く実現させてください。
明日始めようと思うくらいなら、今日から始めたほうがいい。
先延ばしにするくらいなら、前倒しにしましょう。
読みたい本も、見たい映画も、行きたいところも「善は急げ」です。
何かを始めるのに、遅すぎることはないのです。
「おや。またしわができた。落ち込むなあ」
しわにお悩みですか。
たしかに顔にしわができるのは、あまり嬉しいことではありません。
老け込んでいるように見え、自分の価値が目減りしているかのようです。
しかし、しわを悪と考えているなら誤解です。
しわは、年を取れば、誰にでもできるものです。
むしろしわができるのは素晴らしいことです。
よく笑った人生を送っている証拠だからです。
まったく笑うことのない人生を送っていると、年を取ってもしわはできません。
笑顔も笑いもない人生は、豊かとは言えません。
しわがなくてつるつるの顔だとしても、本当に美しいとは言えないのです。
しわは、顔にできる年輪です。
しわがあって、初めて表現できる美しさがあります。
しわのない顔は美しいですが、しわのある顔にも美しさがあります。
「人生を満喫できている」という美しさです。
年輪ができる大木ほど味わい深いように、顔にしわがある人ほど味わい深くなります。
いろいろな人と会話ができ、よく笑っている証しです。
充実した人生でよく笑っている人ほど、しわも多くなります。
日頃からよく笑っている人は、年を取るごとにしわも増えます。
しわから、充実した毎日を送っている様子が見えてくるのです。
しわは、今までどれだけ笑顔でいたか笑ってきたかを表すもの。
充実した人生を送ってきた年配者は、必ずしわがたくさんあります。
しわは、憎むものではなく、喜ぶのです。
日頃からよく笑っている自分を褒めてあげましょう。
旅行の日程を迷うことがあります。
「今年行こうか、来年行こうか。迷うなあ」
旅行はあくまで物見遊山なので、それほど急ぐ必要はないように思われます。
まとまった時間や大きなお金も必要です。
「来年行けばいいではないか」「時間に余裕ができたときでいいだろう」と思うこともあるはずです。
しかし、油断は大敵です。
旅行の時期に迷ったとき、1つ言えることがあります。
海外旅行は「行けるうちに行く」が鉄則です。
たとえば、今年と来年で迷ったら、今年行くのが正解です。
事情がないかぎり、早めに行きましょう。
いざそのときになると、行けない状況になっている可能性があるからです。
大きなけがをしてしまい、身動きが取れなくなっているかもしれません。
親族に不幸があって、旅行自粛の雰囲気になっているかもしれません。
興味関心のベクトルが変わって、旅行に行きたい気持ちが冷めているかもしれません。
仕事を解雇されて金欠になってしまい、旅行どころではなくなっているかもしれません。
「海外」となると、さらに事情が複雑です。
海外は事情が移ろいやすいため、想定外が増えます。
旅行しようと考えていた国で、テロが起きるかもしれません。
何らの感染病が発生するかもしれません。
現地が地震・台風・洪水などの被害で大変なことになっていて、旅行自粛の雰囲気になっていることもあるでしょう。
急に戦争が始まる可能性もゼロではありません。
何らかの事情で、渡航制限がかかることはよくあることです。
いざそのときになると、思いもよらない事情により、行きたくても行けない状況になっていることがあります。
「まさか」が起こるのが人生。
だからこそ旅行は「行けるうちに行く」が正解です。
旅行は「あのとき行っておいて良かった」はあっても「あのとき行かなければ良かった」はありません。
事情があって今年行けないなら別ですが、特に理由がなければ、先延ばししないことです。
「それほど急ぐ必要はないのではないか」と思うかもしれませんが、その油断が後悔のもと。
余計な先延ばしは不要です。
国内旅行であれ海外旅行であれ、善は急げです。
仕事の予定は常に前倒しが基本ですが、旅行の予定についても常に前倒しが基本です。
旅行は、行けるうちに行きましょう。
あなたが苦手な食べ物は何ですか。
苦手な野菜もあれば、苦手な料理もあるでしょう。
苦手な食べ物は1つもないという人もいますが、たいていの人は何か苦手な食べ物があるはずです。
味や食感が受け付けなくて食べられない食べ物があるもの。
苦手どころか、大嫌いという食べ物もあるかもしれません。
「まずい」
「おいしくない」
「口に合わない」
苦手な食べ物には、ネガティブな感想を持っているのではないでしょうか。
ネガティブな感想を持つのも仕方ないように思えますが、実はここに「工夫の余地あり」です。
苦手な食べ物には、次の言葉をかけてください。
「いつかおいしく食べられる日が来るといいな!」と。
「期待」でいいのです。
未来に期待を持つことは大事です。
ずっと苦手なままとは限りません。
人の味覚は、年齢を重ねるにつれて変わることがあります。
今は不快に感じても、いつか味覚が変わって、おいしく感じるときがやってくるかもしれません。
「そんなことはあり得ない」と思うかもしれませんが、実際はないどころか、よくあります。
自分の過去を振り返ってみてください。
「昔食べられなかった食べ物が、いつの間にか普通に食べられるようになった」
「子どものころは食べられなかった食べ物が、大人になってから食べられるようになった」
そんな経験があるのではないではないでしょうか。
しかも1つではなく、いくつもあるでしょう。
「昔は大嫌いだった食べ物が、今では大好物になっている」という真逆の変化もあるかもしれません。
人との味覚は不思議です。
ということは、今後もそういった奇跡が起こり得るということです。
だからこそ、期待の声をかけましょう。
「いつかおいしく食べられる日が来るといいな!」と。
苦手な食べ物に期待が持てるようになり、わくわくしてきます。
明るい期待を持てば、未来が楽しみになります。
ポジティブの力によって、未来に奇跡が起こりやすくなるのです。
チャレンジするのに大きな理由を求めていませんか。
「自己成長のため」
「目標達成のため」
「スキルアップのため」
「キャリア形成のため」
「人生の後悔を減らすため」
チャレンジという響きには、困難に立ち向かうイメージがあります。
勇気を出して、ストレスや緊張が伴うイメージを持つ人もいるでしょう。
立派な理由があればあるほど「よし、やるぞ!」と気合も入るに違いありません。
そうした印象のためでしょうか。
チャレンジをするには大きな理由が必要だと思っている人がいます。
これは誤解です。
もちろん大きな理由でチャレンジするのも悪くありませんが、もっと気楽に考え、肩の力を抜いてください。
チャレンジするのに大きな理由は必要ありません。
「面白そうだから」という理由だけでいいのです。
面白そうな仕事、面白そうな遊び、面白そうな勉強。
「面白そうだな」と思ったら、ゴーサインです。
正直な心の声ですから、素直に従うのが正解です。
面白そうと思うときはすでにわくわくしているので、自然と前のめりで取り組めます。
フットワークは軽いほうがいい。
「面白そうだから」という理由であれば、軽いフットワークでチャレンジできます。
安易な理由に思うかもしれませんが、誤解です。
チャレンジの理由はルールや法律で決まっているものではないのですから、自由です。
大きな理由にとらわれていると、チャレンジの機会を失ってしまうことになります。
「面白そうだから」という理由で、どしどしチャレンジしてください。
続くかどうかも気にする必要はありません。
続いてもよし。
続かなくてもよし。
続かないから悪いということはありません。
どんなチャレンジであれ、経験の1つとなり、学びも得られます。
実際にチャレンジすると、自分との相性もよくわかります。
続かないなら、自分に合っていないことがわかったので、これはこれで収穫が得られたことになります。
チャレンジすることには、結果にかかわらず、必ずプラスがあるのです。
日常で面白そうなことを見つけたら、さっそくチャレンジしてみましょう。
人にチャレンジをする理由を聞かれたら「面白そうだから」とシンプルな返事でOKです。
笑う人がいれば、気にせずほうっておけばいいことです。
行動は、しないよりしたほうがいいのです。
「面白そうだからやってみた!」
これでいいのです。
本音で話してくれる人は、嫌われがちです。
人を不快にさせやすいからです。
本音は耳に痛い言葉です。
厳しい本音に強いショックを受けることも珍しくありません。
「なんてひどいことを言うのだろう!」と憤りを感じ、その人を嫌いになるかもしれません。
しかし本当のことを言うと、本音を言ってくれる人ほど大切にしなければいけません。
そこには「建前」がないからです。
多くの人は、嫌われないように建前で話します。
かわいい嘘が混じった、聞こえの良い言葉を並べます。
あなたがそうであるように、相手もそうです。
社交辞令のオンパレードであり、表向きの言葉ばかり。
友人でも、なかなか本音を話してくれることは少ないものです。
聞こえの良い言葉は良い気分にさせてくれますが、そればかりでは成長できません。
自分の悪いところや足りないところに気づけず、成長ができなくなります。
だからこそ、本音を言ってくれる人は大切です。
稚拙な誹謗中傷ではなく、正直な本音であれば、耳を傾ける価値があります。
本音を言ってくれるのは、悪意があるわけではありません。
本音にむっとするかもしれませんが、悪気があってそうしているわけではないことを理解してください。
むしろあなたのことを真剣に考え、大切に思ってのことです。
親や友人が本音で話してくれるのは、本当にあなたのことを心配しているからです。
特に尊敬できる人からの本音は必聴です。
上司、先輩、師匠など、尊敬できる人からの本音ほどありがたいものはありません。
厳しい本音にびしっと打たれ、背筋がぴんと伸びます。
そして目を背けていた現実をわからせてもらえるのです。
本音を悪口と誤解しないことです。
本音は悪口ではありません。
言われた瞬間はむっとするかもしれませんが、感情を抑え、心を開き、耳を傾けてみてください。
「たしかにそのとおり」と思えるところがあるはずです。
本音は、貴重な助言です。
今の自分にとって必要な言葉であり、ブレイクスルーにつながる言葉です。
なかなか人が言ってくれない貴重な言葉ですから、大切にしなければなりません。
苦い薬のほうが効き目があるように、厳しい本音ほど効き目があります。
本音で話してくれる人を憎んではいけません。
むしろ本音で話してくれる人こそ大切にしましょう。
苦手な人かもしれませんが、きっとあなたのためになります。
苦手なままでもいいので、挨拶くらいの関係を保っておくことです。
人生では、本音を言ってくれる人が必要です。
本音を言ってくれる人を大切にすれば、人生に良い風が吹くのです。
「健康運を上げたい」と言う人がいます。
神社で健康祈願をする人がいます。
もちろんそれも悪くないのですが、健康運を上げるなら、もっと効果的な方法があります。
とにかく歩くことです。
歩くことは健康の基本です。
歩けば歩くほど、健康運が上がります。
筋肉は、上半身より下半身に多くあります。
全身の筋肉のうち3分の2は下半身に集中しているため、歩くことで多くの筋肉を効果的に鍛えられるのです。
心肺機能も鍛えら、体力や免疫力も向上します。
歩くことでさまざまな刺激も飛び込んできて、脳の健康にも有益です。
歩くことのメリットだけで、本が1冊書けてしまうのです。
健康運を上げたいなら、歩きましょう。
朝に散歩の習慣を取り入れるのも良し。
お昼休みに近場をぐるぐる歩いてみるのも良し。
買い物のとき、車を使わず、徒歩で行くのも良し。
帰りの電車やバスは、一駅手前で降りて歩いて帰宅するのも良し。
フィットネスクラブに通っているなら、ウォーキングマシンでテレビや音楽を楽しみながら歩くのもいいですね。
オーディオブックを聞きながら歩けば、勉強しながら運動ができます。
じっとしているだけでは、なかなか健康運を上げることはできません。
とにかく歩けば、自然と足腰や心肺機能が鍛えられ、体力や免疫力も向上します。
カロリー消費もアップして、ダイエットにもつながる効果もあります。
歩くことで、結果として健康運の向上につながります。
これほどおいしい話はありません。
「私は今、健康運を上げている」と思えば、歩くのが楽しくなりますね。
「1日8000歩」を目安に、歩く習慣を心がけましょう。
歩くことは、老若男女、子どもから大人まで、誰でもできる健康法です。
今すぐできて、お金も一切かかりません。
健康を祈る暇があれば、歩きましょう。
歩くことは健康運を上げるうえで重要なことなのです。
ぱっと名前を思い出せないときに便利なのが「あれ」「それ」です。
年齢を重ねてくると「あれ」「それ」が増えます。
「えっと、なんだっけ、あの人だよ」
「それ、取って。それ、それ」
ぱっと人や物の名前が思い出せず、会話に「あれ」「それ」が目立ち始めるのです。
たしかに指示代名詞は便利です。
実際の会話では「あれ」「それ」で問題なく通じてしまう場面が少なくありません。
固有名詞を使わなくても、会話の前後でわかってもらえることが多い。
長年寄り添う夫婦であれば「あれ」「それ」だけで意味が通じ、会話が成立するでしょう。
「あれ」「それ」は大変便利な言葉で、口癖になっている人も多いのではないでしょうか。
しかし、ここに落とし穴があります。
ぱっと名前が思い出せないからといって、安易に「あれ」「それ」に頼るのは要注意です。
指示代名詞が目立ち始めたら、脳の老化が始まっている証拠です。
人は、楽なほうに流れていきます。
脳は「使わない機能は衰えていく」という特徴があります。
日頃から「あれ」「それ」で済ませていると、思い出す力がますます弱くなり、脳の老化が加速します。
自分の言動を振り返ってみましょう。
「あれ」「それ」が目立っていませんか。
指示代名詞は便利ですが、だからといって頼りすぎないことです。
「あれ」「それ」を言いそうになったら、ぐっと喉で止めて、できるだけ固有名詞を使うようにしましょう。
「あの人」ではなく「○○さん」と、きちんと人の名前で言いましょう。
「それ、取って」ではなく「おしょうゆを取って」と物の名前を言いましょう。
これは意識が必要です。
すぐ言葉が出てこないときは、できるだけ思い出す努力をしてください。
思い出せないからといって最初から諦めるのではなく、少しでも努力をすることが大切です。
なかなか言葉が出なくてももどかしいこともありますが、努力をすることならできるでしょう。
記憶を掘り起こすように集中して、思い出す努力をすることです。
目を閉じると思い出しやすくなるので、良ければ試してみてください。
ちょっとコミュニケーションはぎこちなくなりますが、脳の健康には有効なことです。
状況が許すなら、ネットで調べてみるのも悪くありません。
日頃から固有名詞で答える意識を心がけると、脳の健康にも良いのです。
「老いるのは嫌だ」と言う人がいます。
たしかに老いることを喜ぶ人は少ないのかもしれません。
白髪が増え、しみやしわが増えます。
体力は衰えたり、視力が落ちたりして、若い頃のような活発な動きはできなくなるものです。
病気に悩まされることも増えるはずです。
しかし、老いるのは嫌だと考えていると、なかなか明るい気持ちになれません。
年は必ず取るものです。
残念ながら、老いからは逃げられません。
アンチエイジングはできても、完全に老化を止めたり根本から若返ったりすることは、現代の医学では不可能です。
人間であるからには、時間と共に老いていく宿命にあります。
くよくよしたところで仕方ありません。
老いからは、逃げることも隠れることもできません。
老いを嫌がっていると、未来に希望を持つのが難しくなります。
そこで、おすすめの発想の転換があります。
「老いを楽しむ」と考えるのです。
必ず老いるのですから、いっそのこと逆転の発想で老いを楽しもうではありませんか。
生命の自然な流れとして受け止めます。
白髪が増えるのも自然なことです。
髪色が変化することを受け入れれば、それはそれで楽しめます。
しみやしわが増えることを楽しみます。
しみやしわが増えるのも自然なことです。
「新しい自分になっている」と思えばいいのです。
視力の衰えたなら、老眼鏡を楽しみます。
体力の衰えが目立つかもしれませんが、それは日々の運動でカバーしましょう。
老いていくことは悪いことだと思わないことです。
老いを受け入れ、老いを楽しめば、明るい未来が待っています。
老いることはまったく当たり前のことです。
すべての人が老いるのですから、人類全員が仲間です。
老いは人類共通の現象なのですから、寂しいことではありません。
老いを楽しみ、希望を感じなら日々を過ごしていきましょう。
どしどし明るい未来をつくっていきたい。
自分を抑えず、好きなことを惜しみなくやれば、明るい未来を実現できます。
老いを楽しめば「年齢を重ねることは素晴らしい」と感じられるようになります。
そして誕生日を素直に祝えるようになるのです。
老いを楽しめば、明るい未来が待っています。
一度しかない人生ですから、楽しまなければ損です。
老いは、嫌がるものではなく、楽しむものなのです。
30代になったら「30代が楽しみ」と考えましょう。
40代になったら「40代が楽しみ」と考えましょう。
50代になったら「50代が楽しみ」と考えましょう。
代が変わったら、とにかく楽しみと考えるのが良いのです。
29歳と30歳は、1歳しか違いませんが、感じるものはずいぶん変わります。
人生のステージが変わります。
39歳と40歳も、49歳と50歳も、1歳しか違いませんが、そこには大きな節目があります。
たった1歳の差が大きな違いに感じられますね。
「30代です」と言っていたのが、これからは「40代です」というようになる。
たった1歳で、新しいステージの幕開けなのです。
誕生日を迎えるたびに「もうこんな年齢か」「年を取って嫌だな」と感じる人もいるかもしれません。
将来が不安だったり、老いることに恐れを感じたりする人もいるでしょう。
しかし、そういうことは気にしないのです。
代が変わったら「さあ、これからが楽しみだ!」と前向きに考えましょう。
こういうときこそ、視点を変えてみるのです。
新しく始まる10年間には、楽しいこともあれば、大変なこともあるでしょう。
新しい出会いや仕事の変化、大きな環境の変化が待っているかもしれません。
もちろんつらいことや大変なこともあるでしょう。
まだ何が起こるかわかりません。
まったく思いもよらない出来事が待っている可能性もあります。
だからこそ、それらすべてひっくるめて「楽しみ!」と思えたら、人生はずっと鮮やかになります。
楽しみにすると、これからの10年に大きな可能性が感じられます。
未来にも自分にも期待できるようになり、わくわくしてきます。
わくわくすると、やる気も元気も湧いてきて、生きる力がみなぎってくるのです。
「しわが増える」と思うかもしれません。
それすら楽しみにしてください。
しわが増えることは悪いことではありません。
長く生きていれば、誰でもしわが増えます。
長く生きてきた勲章と思えば、それもまたすてきなことです。
「老いる」という表現は使いません。
「年齢を重ねる」という表現を使いましょう。
年齢を重ねることは「レベルアップ」という考え方ができます。
年齢を重ねるたびに、知識や経験が増え、着実に成長しているのです。
それだけ新たな可能性も広がります。
楽しみにしている人には、楽しいことが訪れます。
年齢を重ねることは、実にすてきなことなのです。
成長に応じて名前が変わる魚のことを「出世魚」といいます。
出世魚といえば「ブリ」が有名です。
ブリは、生まれたときからブリという名前ではありません。
ブリという名前になるまでに、何度も名前が変わることで知られています。
関東地方では「ワカシ→イナダ→ワサラ→ブリ」という順で名前が変わっていきます。
「ボラ」も出世魚の1つです。
関西地方では「ハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド」という順で変わっていきます。
少し名前が変わるのではなく、完全に名前が変わるところが面白いですね。
出世魚の名前の変化を知らないと、完全に別の魚だと思ってしまうでしょう。
しかも何度も名前が変わるのですから、ますますユニークです。
この面白さは、ぜひ私たちの人生に取り入れたい工夫です。
私たちも出世魚のように、成長やステージに応じて名前を変えてみませんか。
歴史を振り返ると、武士は江戸時代まで、元服の際に名前を変える風習がありました。
時代の移り変わりとともに武士はいなくなりましたが、名前を変える風習について、個人的に取り入れるのは「あり」でしょう。
1つの名前にとらわれる必要はありません。
「名前は1つでなければいけない」という固定観念です。
名前にはもっと自由度があります。
戸籍上の実名は1つでも、自分でオリジナルの別名を付けることはあっていいのです。
私たちも出世魚のように、成長やステージに応じて新しい名前を付けてみましょう。
常識にとらわれず、もっと自由な発想にチャレンジです。
高校生の自分、大学生の自分、社会人の自分。
独身の自分、既婚の自分。
会社員の自分、自営業の自分。
20代の自分、30代の自分、40代の自分など、成長やステージに応じて新しい名前を付けるのです。
もちろん50代や60代、70代や80代でも同じです。
成長するということは、出世するということです。
人生100年時代ですから、いろいろな名前を楽しんだほうがわくわくできて充実します。
今のあなたには、どんな名前がふさわしいでしょうか。
今の自分をイメージしながら「もう1つのマイネーム」を考えてみましょう。
「自分の名前を自分で名付ける」というチャレンジは、間違いなく新鮮です。
私たちも出世魚のように、成長やステージに応じて名前を変えてみると、出世した気分を楽しめるのです。
勉強するために、学校に行くことを検討している人がいます。
「学校に行けば、たくさん勉強できる」
「学校に行けば、勉強仲間もできるだろう」
たしかに学校は学問をするところです。
学校には、体系的なカリキュラムがあって、効率的な学習を実現できるでしょう。
新しい仲間や友人ができるので、励まし合いながら勉強できるメリットもあります。
わからないことがあれば、先生に直接質問できる。
卒業して資格や学位を取得できれば、履歴書に書けて、就職・転職に有利に働くこともあります。
学校に行くことで、勉強がスムーズに進むのは事実です。
しかし「学校に行かないと勉強できない」と思っているなら、誤解です。
勉強は、学校に行かなくても、できます。
独学すればいいのです。
まず有効なのは、本です。
本は、優れた教材です。
書店に行けば、あらゆるジャンルの本がずらりと並んでいて、より取り見取りです。
知りたいことがあれば、それについて詳しく書かれた本が見つかります。
教科書・参考書・問題集などさまざま。
書店になければ、ネットショップで探せば見つかります。
本は、好きなところで読み始められ、やめたいところでやめられます。
移動中や待ち時間に、本を読むこともできます。
本のレベルを初級・中級・上級と少しずつ上げていけば、挫折することもありません。
最初は無知でも、同じジャンルの本を10冊ほど読めば、学校に匹敵するほど知識が得られているはずです。
動画コンテンツを使った勉強もおすすめです。
インターネットには良質な動画コンテンツが数多くあります。
さまざまな分野の講師がわかりやすい授業を公開していて、学校と同等の授業を自宅でも楽しめます。
学校の先生よりわかりやすい授業というケースも少なくありません。
本や動画コンテンツをフル活用すれば、学校に行かなくても、十分勉強は可能です。
特別な機材や環境を必要としなければ、学校で勉強するより、自分で勉強するほうが安上がりになるはずです。
学校に行けば、たくさん勉強できますが、学校に行かなくても、たくさん勉強できます。
学校に通わなければ勉強できないと思っているなら、この事実に気づくことです。
勉強は、学校に行かなくても、できます。
学校に行かなくても、高度な専門知識を身につけることも可能なのです。
私たちは年齢を重ねるにつれて、不思議な時間感覚を覚えます。
どんどん時間の進み方が早く感じられるようになるのです。
子どものころは1年が長く感じられましたが、大人になると1年はあっという間です。
しかも年齢を重ねるごとに、ますます1年が短く感じられるようになります。
これは季節にも同じことが言えます。
時間の経過が早く感じるということは、季節の移り変わりも早く感じられるということ。
新しい季節がやってきたと思えば、すぐ去って行き、次の季節がやってきます。
暑い季節と思っているとすぐ涼しい季節がやってきて、気がつくと次は寒い季節になっているでしょう。
季節の移り変わりは早い。
「もう終わっちゃった」と驚かされます。
次から次へと季節が移り変わっていきます。
ぼうっとしていると、きちんと季節を楽しまないまま終わってしまうことが少なくありません。
年末になってから「今年も1年が早かった。季節らしい思い出がない」となってしまうのです。
そこで大切なのは「季節らしい思い出をつくる」ということです。
季節らしい遊びやイベントを楽しむだけでいいのです。
季節らしい遊びやイベントを楽しめば、季節の実感が得られて、自然と印象的な思い出となります。
春であれば「春らしい思い出」をつくりましょう。
夏であれば「夏らしい思い出」をつくりましょう。
秋であれば「秋らしい思い出」をつくり、冬であれば「冬らしい思い出」をつくりたい。
たった1つでいいのです。
1つあるだけで、その季節を楽しんだ実感が得られます。
季節感を味わう機会となり、時の流れを実感する区切りとなるでしょう。
1年には4つの季節があります。
季節ごとに季節らしい思い出をつくれば、1年で4つの思い出をつくれます。
年末になれば「春にはこんなことをしたね。夏にはこんなことをしたね」と季節ごとの思い出を思い出せるでしょう。
1年の区切りが明確なって、時の流れを実感しやすくなるのです。
今は何の季節ですか。
1つでいいので、季節らしい思い出をつくってみませんか。
時間やお金が必要になることもありますが、思い出をつくるためなら出す価値は十分あります。
季節らしい思い出をつくることは、一つひとつの季節を丁寧に味わうことになるのです。
「貧しい、貧しい」と嘆かないでください。
貧しく感じるのは、心の贅沢病です。
「貧しい」と嘆く人は、いつの間にか満足の基準が高くなっています。
十分豊かなのに「豊かでない」と勘違いしたまま生きることになります。
自分の生活が貧しく感じたら、100年前と比べてみてください。
食も衣服も住環境も、100年前と比べれば、はるかに豊かです。
100年前は、自宅にお風呂がない家が多く、共同浴場を利用する人が多くいました。
下水道も上水道も、衛生環境が十分でないところも多かった。
バスや鉄道は登場していますが、まだまだ路線は少なく、運賃も高く、今ほどの利便性はありませんでした。
教育も娯楽も治安も交通も、100年前と比べれば、現代のほうが圧倒的に豊かです。
海外旅行なんて夢のまた夢。
国の代表者など一部の人を除いて、海外に行く機会はありませんでした。
スマホやパソコンも、コンピューターやインターネットも、100年前には存在すらしていません。
今では当たり前にあるものも、100年前にはありませんでした。
わずか100年です。
たった1世紀の違いにすぎません。
この100年で、私たちの生活水準は著しく向上しました。
100年前の人が現代の人の暮らしぶりを見れば、さぞうらやましく思うでしょう。
200年前と比べようものなら、もはや別世界です。
「貧しい、貧しい」と不満を漏らす人がいますが、100年前と比べれば、圧倒的に豊かな暮らしや社会が実現しています。
あらゆる点で便利になっています。
貧しく感じるのは、人と比べたり見栄を張ったりしているからです。
隣の芝生は青く見えるもの。
隣の芝生が青く見えるからといって、きょろきょろよそ見ばかりしていると、自分の庭の花に気づけなくなります。
恵まれているのに貧しいと感じることほど悲しいことはありません。
貧しく感じるのは心の錯覚です。
本当は恵まれています。
貧しいと思わないことです。
むしろ恵まれていると思うことが大切です。
隣の芝生を見るのはやめ、自分の庭の花を見つめましょう。
当たり前を当たり前と思わず、いま一度感謝したい。
日々の豊かさに気づき、いかに恵まれているか感謝すれば、貧しい感覚とは無縁になります。
100年前と比べれば、私たちの生活はあらゆる点で豊かになっているのです。
「あの人は死ぬまで働くらしいよ。あらあら、お気の毒に」と言う人がいます。
「死ぬまで働く」というのは、少々ネガティブな響きに聞こえるかもしれません。
定年後は年金で悠々自適に暮らせるかのと思いきや、現実は想像と違っていることがあります。
年金はスズメの涙で、経済的な余裕がないなどの理由から、働かなければいけない人もいます。
しかし、死ぬまで働くことを不幸なことだと決めつけないことです。
死ぬまで働くことは、むしろ幸せなことです。
働くことは社会貢献です。
「役割がある」「やれることがある」「やりたいことがある」というのは素晴らしいことです。
仕事をすることは、社会に役立つことをするということ。
社会のために仕事ができることは嬉しいことです。
社会に立っている実感は、生きがいや自己効力感にもつながります。
仕事をしていると、社会とのつながりを持てます。
仕事を通して人との接点が生まれ、コミュニケーションがあったり、お客さんから「ありがとう」と言われたりします。
定年退職後、することがなくてぼうっとした日々を送るくらいなら、何でもいいので仕事をしているほうが充実した日々を送れます。
体力が衰えていて、若いときほど精力的な仕事はできなくても、無理のない範囲で働けば、素晴らしい社会貢献を果たせるのです。
働いているうちはぼけません。
仕事をしていれば、少なからず頭や体を使うことになるので、現役中はぼけないのです。
仕事を通して学びや発見の機会も得られるので、年齢を重ねてもどんどん成長していけます。
仕事による収入もあるので、欲しいものが買える余裕も生まれます。
ときどき旅行に行くこともできるのです。
仕事が充実している人は「生涯現役」という言葉をよく口にします。
本当に仕事が好きでたまらない人は、仕事を辞めたくないので、死ぬまで仕事をしたくなるのです。
死ぬまで働くことを不幸なことだと考える人は、そもそもいやいや仕事をしている人に多く見受けられます。
仕事が嫌なら、自分に合った仕事をすればいいのです。
たとえば、やりやすい仕事、楽しい仕事、好きな仕事などがあります。
収入が少なくても、自分に合った仕事であれば、楽しく働けるし、長く続けられます。
死ぬまで働く人がいるからといって、不幸なことだと決めつけないことです。
「自分が社会に役立っている」という感覚は、生きる糧になります。
死ぬまで働くことは、むしろ幸せなことなのです。
「積極的に階段を使いましょう」
「健康のために、どんどん階段を利用しましょう」
健康指導でよく聞かれる言葉ですね。
エレベーターやエスカレーターは、現代社会の便利な乗り物です。
すっかり生活に浸透していて、日頃から当たり前に利用している人も多いことでしょう。
しかし同時に「罠」でもあります。
便利なものに頼ってばかりでは、なかなか足腰は鍛えられません。
できるだけ階段を使うことで運動の機会が増えます。
足腰の筋肉や心肺機能が鍛えられ、健康にもつながります。
誰でも今日から始められる健康習慣として、健康本でも定番のアドバイスとなっています。
健康意識の高いあなたなら、きっとすでにご存じのことでしょう。
ここからが本題です。
「積極的に階段を使う」
そう聞いたとき、あなたはどんな様子を思い浮かべますか。
おそらく「階段を上がること」をイメージするのではないでしょうか。
もちろんそれも立派な運動ですが、それだけではありません。
「階段を下りること」も、良い運動になるのです。
実は階段は、上がるときより下りるときのほうが、筋肉や神経をよく使っていることがわかっています。
研究によると、階段を下りる動作は、筋力トレーニングとして非常に効果的であることが明らかになっています。
また下りる動作には、関節と筋肉の協調性が求められるため、脳の神経系に良い刺激を与え、バランス能力を鍛えます。
階段を上がるのは大変に感じますが、実際は下りる動作のほうが筋肉や神経がしっかり使われていてトレーニング効果が高いのです。
「積極的に階段を使う」と聞くと、上がるときも下りるときも使わなければいけないものだと思いがちです。
下りるときだけでもいいのです。
たとえば、疲れていて、階段を上がる気力がないときもあるでしょう。
そんなときは「上がるときはエスカレーター、下りるときは階段」という方法でいきましょう。
これも立派な「階段の活用」です。
上がるのは大変でも、下りるのは比較的楽なので、取り組みやすいはずです。
実際には下りるときのほうがトレーニング効果が高いのですから、これほどうまい話はありません。
長い階段ほど、トレーニング効果も高まります。
下りだけ階段を利用するのも、健康には十分有効なのです。
「美容」と「健康」という2つのテーマがあります。
もちろん理想は、美容と健康の両方を実現することです。
どちらも大切であることに変わりはなく、両方に力を入れられればベストです。
しかし、それが難しい場合もあるでしょう。
時間やお金には限りがあります。
余裕がない人も多く、理想と現実に大きなギャップが生じるのです。
そこで大切なのは「どちらを優先させるか」です。
美容も健康も大切なテーマですが「優先」という観点から意識したいことがあります。
それは「年齢を重ねるにつれて、美容より健康を優先させる」ということです。
美容は寿命に関係ありませんが、健康には寿命に関係します。
美容に力を入れすぎるあまり、健康がおろそかになっている人もいます。
あるいは、健康を犠牲にしている人も少なくありません。
どれだけ見た目は美しくても、健康診断でC判定やD判定を受けていては問題です。
外見は整っていても、体の中はぼろぼろでは、幸せに長生きをするのは難しいでしょう。
無理なダイエットの結果、健康を害することもあります。
たとえスリムな体型になっても、食事を抜くことで健康を害してしまっては本末転倒です。
そもそも健康の上に美容があるのです。
だからこそ、まず健康です。
しみやしわがあると気になるものですが、健康には問題ありません。
年齢を重ねれば誰にでもできるものであり、自然な年の取り方です。
「健康あっての人生」という言葉があるように、健康は人生の土台であり、QOL(人生の質)に直結することです。
年齢を重ねるにつれて、美容より健康を大切にしましょう。
健康を大切にしてもしすぎることはないのです
人生100年時代では、健康常識が重要です。
健康常識が古いままになっていないでしょうか。
すでに健康常識を知っているからといって、今も変わらず通用するとは限りません。
医学研究が進むにつれ、昔は常識とされていたことが、現在は変わっていることがあります。
時には逆になっていることもあるのです。
たとえば、一昔前であれば「お酒は適量であれば健康に良い」とされていました。
しかし、現在は違います。
その後の研究によって、お酒は少量でも体に悪影響があることが判明しています。
もちろんお酒はストレス解消や円滑なコミュニケーションとして有効ですが、健康目的で積極的に飲むのは控えるのが良いでしょう。
健康維持に必要な歩数についても、昔と今とでは変わっています。
昔は「健康のために歩く長さは、1日10000歩が理想的」とされていました。
厚生労働省が2000年に発表した『健康日本21』でも、それを推奨する文言があります。
しかし、その後の研究によって内容が変わりました。
健康維持であれば、1日10000歩も歩く必要はないことが判明したのです。
現在では、1日6000~8000歩の範囲で十分な健康効果があるとされています。
卵のコレステロールについても、昔と今とでは変わっています。
卵はコレステロールが多いため、以前は「1日1個まで」が推奨されていました。
しかし、その後の研究によって、卵には血中コレステロールを下げる成分も含まれていることが判明しました。
そのため、健康な人であれば、卵の制限は不要となりました。
厚生労働省のガイドラインでも「卵の摂取個数に制限を設けない」といった表現がされるようになりました。
「卵は1日1個まで」は現在、古い健康常識となっているのです。
健康常識を身につけているからといって、安心とは限りません。
古い知識のままだと、間違っていたりやりすぎていたり、時には逆効果になっていたりすることもあります。
世の中の常識が変わることがあるように、健康常識も変わることがあります。
年齢を重ねても、健康に関する本や雑誌に目を通すことは大切です。
定期的に健康情報に触れ、健康常識のアップデートを忘れないようにしましょう。
伝えたい言葉があるなら、早めに伝えてください。
1年後、あなたはこの世にいないかもしれません。
不慮の事故で急に亡くなるかもしれません。
突然の病気で命を落とすこともあるかもしれません。
何らかの事件に巻き込まれ、命を奪われる可能性も否定できないでしょう。
不謹慎な話ですが、ゼロではないのです。
人生では「まさか」という出来事が起こり得ます。
医療が発達して平均寿命は延びていますが、残念ながら、突然の事情により命を落とすケースはまだまだ多い。
元気に生きていても、ある日突然の不幸が訪れ、この世からいなくなることがあります。
命を失ってからでは、大切な人に伝えたい言葉があっても、伝えられないのです。
ここで気づいてほしいことがあります。
これは、逆のことも言えます。
つまり「あなた」ではなく「あなたの大切な人」にも言えるのです。
あなたの大切な人は、1年後この世にいないかもしれません。
家族、友人、恋人など、大切な人に突然の不幸が訪れることがあります。
不慮の事故で急に亡くなるかもしれません。
突然の病気で命を落とすこともあるかもしれません。
何らかの事件に巻き込まれ、命を奪われる可能性も否定できないでしょう。
人間はいつ死ぬかわかりません。
自分もそうだし、自分以外の人もそうです。
絶対大丈夫とは誰も言い切れません。
だからこそ、伝えたい言葉があるなら早めに伝えてください。
感謝の言葉も、愛の言葉も、謝罪の言葉も、早めに伝えましょう。
いつか言わなければいけない隠し事があるなら、今のうちに伝えておくことです。
相手が亡くなってからでは遅いのです。
亡くなってから伝えようとしてもできません。
「生前伝えておけば良かった」と後悔することになります。
せいぜいお墓の前で拝むことくらいでしょう。
伝えるのが遅くなって困ることはあっても、早く困ることはありません。
家族、友人、恋人など、大切な人にまだ伝えていない言葉はないでしょうか。
心当たりがあれば、早めに伝えてください。
「善は急げ」です。
緊急ではないかもしれませんが、重要なことです。
大切な人に伝えたい言葉があれば、後回しにせず、早めに伝えましょう。
年齢を重ねると、白髪が増えます。
若白髪で悩む人も少なくありません。
少しでも若々しくいたくて、白髪染めをする人も多いのではないでしょうか。
お店でしてもらえば楽ですが、その分お金がかかります。
節約のため、自分で白髪染めをしている人も多いでしょう。
自分でやれば、カラー剤の費用だけで済むので安上がりです。
セルフカラーなら、自由なタイミングでできるメリットもあります。
ところが、自分でするとなると、やはり手間がかかるのがネックです。
髪の毛は、1日に0.3ミリ、1カ月で1センチ伸びます。
定期的な白髪染めが必要になります。
毎回のこととなると、なかなか手間がかかって「面倒だなあ」と思うことも多いのではないでしょうか。
「白髪染めが面倒」と思ったとき、大切な考え方があります。
白髪染めを楽しむようにしてみてください。
そう思えないかもしれませんが、固定観念をひっくり返すのです。
心を入れ替えるつもりで、そう思ってみることが大切です。
コツは「白髪染めという行為そのものを楽しむこと」です。
白髪染めを楽しめば、わくわくできます。
ブラシにクリームをつけることを楽しみます。
鏡を見ながらムラなく仕上げることを楽しみます。
生え際までしっかり丁寧に染めることを楽しみます。
好きな音楽を聴きながらするのもアイデアです。
いい雰囲気の中で白髪染めを楽しめるでしょう。
もちろん白髪染めの後のシャンプーと後片付けも楽しみたい。
人生100年時代です。
白髪染めをするなら、せっかくなので有意義な時間にしようではありませんか。
口角を上げながら白髪染めをすると、より楽しい気持ちになるはずです。
白髪染めが面倒と思えば、ストレスを感じて暗い気持ちになりますが、楽しいと思えば、わくわくできて明るい気持ちにもなれます。
白髪染めをする時間も人生の一部ですから、楽しまなければ損です。
白髪染めを楽しもうと思えば、時間が一瞬に感じられます。
白髪染めを面倒と思うか、楽しいと思うかで、過ごし方が変わるのです。
誇らしげに自分の病気を語る人がいます。
「血圧は普段から150もあってね、私くらい高血圧の人間はいませんよ」
「私なんてこの年で腰痛持ちですよ」
「この年ですでに手術を3回経験しています。大したものでしょ」
「アルコールの飲み過ぎで、肝臓の数値が悪いんですよ」
「毎日タバコを2箱は吸います。普通の喫煙者には負けません」
自分が病気持ちであることを、勲章と言わんばかりに堂々と語るのです。
時には友人や同僚と「病気自慢の大会」が繰り広げられることもあります。
「私のほうが悪い」「いえいえ、私のほうがもっと悪い」と、不健康で争うのです。
生活改善の話でもあるのかと思いきや、まったくそういう話は出ません。
病気自慢なんてしないことです。
病気自慢は、病気を肯定することになります。
たしかに年を取れば、病気はつきものです。
人間であるかぎり病気は避けて通れませんが、それでもできるだけ病気は避けておきたいもの。
病気は、ないほうが絶対いいものです。
病気自慢が癖になっていると、できるだけ悪い病気でなければいけなくなります。
病気になっても反省しなくなります。
病気の改善意欲がなくなるうえ、自慢ネタをつくるために、ますます不摂生な生活を送るようになります。
これほど愚かなことはありません。
寿命は縮み、医療費も高額になります。
誇らしく語るなら「病気自慢」ではなく「健康自慢」をしましょう。
病気自慢はNGですが、健康自慢はOKです。
健康自慢はどれだけ語ってもかまいません。
むしろ健康自慢ができるようになりたい。
健康自慢をするためには健康でなければいけないので、日頃から健康的な生活を意識するようになります。
健康を維持するためには、日頃からの健康管理が必要です。
食事、運動、睡眠、ストレス解消を、きちんと心がけるようになります。
健康診断の結果で不安なところが見つかれば、A判定が出るように食生活を見直したくなります。
健康自慢ができる仲間がいれば大切にしましょう。
健康な人たちで、健康自慢の大会を開くのも良し。
お互いを励まし合って、健康へのモチベーションを奮い立たせましょう。
健康診断で引っかかっている人でも、まだまだ望みはあります。
これから健康自慢ができるよう、生活を改善していけばいいのです。
「今さら改善しても手遅れ」と思うのではなく「今からでも間に合う」と考えましょう。
何もしないよりは、はるかにましです。
今すぐ改善に取り組む姿勢が大切です。
努力は裏切りません。
早く改善に取りかかれば、結果が出るのも早くなります。
きちんと健康管理を心がければ、オールA判定も夢ではないのです。
フォービズムの代表的画家アンリ・マティスは、生涯を芸術に捧げました。
フォービズムは、それまでにない、新しい絵画の描き方です。
単純化された構図と豊かな色彩を特色としていて、現代美術に大きな影響を与えたことで知られています。
色の可能性を存分に引き出すことに成功したマティスは「色彩の魔術師」とも言われています。
1941年、マティスは72歳のとき、重度の十二指腸がんを患い、長時間の外科手術を受けます。
余命いくばくもないと宣言されながら奇跡的に回復を果たしたもののの、外出もままならなくなります。
その後2年にわたって寝たきりとなり、1日の大半をベッドで過ごす生活となりました。
手術の影響と体力の衰えから、絵筆を十分振るえなくなり、油彩画の制作は限界を感じる状態となりました。
マティスがすごいのはここからです。
油彩画を描けないほど体力を失えば、普通は芸術を諦めます。
「もうダメだ」「できないものは仕方ない」となります。
しかしマティスは創作活動を諦めませんでした。
「体力がなくて油彩画ができないなら、体力がなくてもできる芸術制作をすればいい」と発想の転換をします。
そこでマティスは、あまり体力を必要としない「切り紙絵」という制作手法にチャレンジしたのです。
切り紙絵は、一からのスタートです。
今まで描いていた油彩画とはまったくジャンルが異なり、完全な初心者です。
ベッドであおむけになりながら、はさみを手に取り、紙を切り、介護を受けつつ制作に取り組みました。
フォービズムの特徴である単純化された構図と豊かな色彩を、切り紙絵でうまく表現しました。
そうしてマティスは、油彩画だけでなく、切り紙絵でも素晴らしい作品を残しました。
切り紙絵の作品『ブルーヌード』『王の悲しみ』は、晩年のマティスが制作した傑作として知られています。
高齢のマティスが、限られた体力を振り絞り、ベッドで寝たきりのまま制作した作品というのですから、驚かずにはいられません。
マティスの切り紙絵が素晴らしいのはもちろんですが、彼の諦めないチャレンジ精神にも感服します。
高齢と健康問題が重なった状態でありながらも、新しい表現にチャレンジしたことは、大変注目に値するのです。
私たちは、マティスの諦めないチャレンジ精神から学ぶところがあります。
「もう年だから」「もう体力がないから」という声が聞かれます。
マティスに言わせれば「まだまだ」というレベルでしょう。
中年はもちろん、高齢でも、新しいチャレンジは可能です。
たとえ健康問題に直面していたとしても、本人に熱い情熱があれば、不可能ではありません。
どれだけ年齢を重ねようと、どれだけ体力が衰えようと、本気になれば、新しいチャレンジができるのです。
97歳で大学を卒業した男性がいます。
学位は4つも持っているそうです。
若い人でも簡単にはできません。
「卒業後は何をしたいですか」と聞かれると「ガーデニングをやりたい」と言っていました。
ガーデニングをやりたいと言いながら、ガーデニングの勉強も本格的に始めることでしょう。
専門書を片手にガーデニングを楽しんでいる光景が目に浮かびました。
夢があっていいです。
新しいことを覚えると、楽しみはもっと楽しくなります。
年を取ると記憶力が衰えるといいますが、気のせいです。
本人しだいです。
本人に勉強する意欲があれば、年を取っても、新しいことを覚えられます。
「覚えたい」「覚えよう」という気持ちがあれば、いくつになっても覚えられます。
どんなにお年寄りでも、孫の話は、よく覚えているものです。
「世の中には、すごい人がいるものだ」と驚いて、終わりにするのではありません。
「人はやればできるんだ。自分も負けていられない」という気持ちに転換しましょう。
脳は、体の中で最も老化が遅い部分です。
次はあなたが、新記録を打ち立てる出番です。
前例がなければ、自分が前例をつくればいいのです。
若いころは周りから「若いね」言われます。
「若くていいね」
「まだまだ若い」
「若くてうらやましい」
周りにいる大人たちから「若い、若い」という言葉を言われ、ちやほやされます。
「若い」と言われると、自分が肯定されてる感じがして嬉しいもの。
自分には価値があって、未来があると思えます。
周りから「若い、若い」と言われるおかげもあって、前向きな気持ちになることが多く、身も心も元気でいられます。
ところが成人を迎えたころから、だんだん様子が変わってきます。
年齢を重ねるにつれて「若い」と言われることが減っていきます。
昔は周りから「若い、若い」と言われましたが、ある程度年齢を重ねると、言われることがぱたりと減る。
中年に差しかかるころには、皆無と言っていいほどなくなくなるのです。
たしかにもう子どもの年齢ではありませんが、若いと言われなくなるのも少しさみしく感じるもの。
「若いと言われることがなくなるのは仕方ない」と思うかもしれませんが、諦めてはいけません。
周りから言われなければどうするか。
自分で自分に言うのです。
自分で言うのはおかしなことではありません。
若さの基準なんて、あってないようなもの。
体の年齢は時間に比例しますが、心の年齢は時間に比例しません。
本人が「若い」と思えば、若いのです。
自分で自分のことを「若い」という時点で、心が若い証拠です。
年齢を重ねていても、活力にあふれていたりチャレンジ精神が旺盛だったりすれば、若いと言えるでしょう。
自分で自分に「若い」と語りかけましょう。
「私はまだまだ若い!」
これでいいのです。
自分に若いと言い聞かせていると、本当に心が若返ってきます。
自分に「若い」と語りかけることで、ポジティブな自己暗示がかかり、心も体も元気になります。
事実、長寿の人たちの会話には「若い」というキーワードがよく登場します。
「心はまだまだ若いから!」
「こう見えても内側は若い!」
「若い人に負けてはいられない!」
若さを保つ秘訣は「若い」というキーワードを自分に言い聞かせることにあります。
中年になっても高齢になっても「若い」と言い続けたい。
心の若々しく保つための魔法の言葉です。
自分に「若い」と語りかける人は、いつまでも心が若々しく保たれます。
「若い」と自分に語りかけ、ヤングなアダルトになりましょう。