この数百年間、人類の科学技術は飛躍的に向上しました。
電球を発明し、車を開発し、飛行機をつくりました。
ついにはロケットで月に行くことも達成しました。
悟りを開くためには、2つの視点が必要です。
「死の瞬間から見る視点」と「宇宙全体から見る視点」です。
悟りとは、知識ではありません。
人生で本当に大切なことは、何でしょうか。
死の瞬間から見る視点があると、わかります。
多くの人が、現在から未来に向けて現実を見ますが、理想ではありません。
低い位置からでは、真実はよく見えません。
低いと、たくさんの障害物が視界を邪魔して、遠くまで見えません。
見えなければ、気づけないのです。
「創造主の存在を信じません」という人がいれば、次の問いかけをしてみてください。
「では、あなたはなぜ生まれたのですか」と。
あらゆる「始まり」をきちんと説明しようとすると、必ず最後には「わからない」という状態になります。
世の中で、最も幸運なことは何でしょうか。
宝くじの1等に当たることでしょうか。
世界一周旅行をすることでしょうか。
あなたの体の中には、ご先祖様から受け継いだ宝が眠っています。
「ご先祖様から受け取っている物は1つもない」と思いますが、誤解です。
ご先祖様から受け継いだ物が、あるではありませんか。
性別は、生まれたときから当たり前にあります。
当たり前にあるため、軽く考えてしまいがちですが、もっと強い意識が必要です。
性別は、宝物です。
悟りを開くことについて、完全に物を否定することだと思う人がいますが、違います。
悟りを開くとは、物を完全に手放すことではありません。
私たちは、物質の世界に生きています。
私たちは、周りの価値観に、振り回されがちです。
親、先生、友人のほか、あらゆるマスメディアで、価値に関する情報を伝えます。
「一戸建てに価値がある」
結局のところ、人生で手に入れる物はすべて、最終的に手放すことになります。
手にしているとはいえ「一時的に手元にある」という状態です。
手に入れたお金は、死ぬときには手放します。
本当のことを言えば、あなたの所有物は、あなたのものではありません。
相手の所有物も、相手のものでもありません。
究極の視点から見れば、この世に存在するすべては、人ではなく、宇宙の所有物です。
おそらくあなたは、大金を持っていないでしょう。
プール付きの豪邸もなければ、別荘もないでしょう。
大きな名声や名誉もないでしょう。
多くの人が「幸せになりたい」と考えます。
幸せになるために思う、ごく普通の考えに感じます。
しかし「幸せになろう」と考えるほど、危険な考えはないのです。
たとえ、自分より恵まれている人がいても、憎らしく思うのはやめましょう。
うらやましく思うのはいいのですが、憎らしく思うのはいけません。
相手を憎むと、その気持ちを受け取った相手も、あなたを憎らしく思えます。
私たちの人生は、魚の大群のようなものです。
大きな群れの一部として、前に進んでいます。
生きていくことができるのも、群れのおかげです。
好きな人を愛そうと思うのは、簡単です。
愛そうと思わなくても、自然と愛せます。
難しいのは、嫌いな人に出会ったときです。
娯楽に触れたとき「楽しくない」と感じることがあります。
本を読んだとき、映画を見たとき、お芝居を楽しんだときなどです。
周りは楽しんでいる中、楽しめない自分がいます。
お金は、物と交換できるチケットです。
生きるために仕事は必要ですが、それほど必死になることではありません。
いずれ私たちは、最後に死ぬのです。
人生とは何か。
人生とは、壮大なマラソンです。
生まれてから死ぬまで、命という炎をともしながら、淡々と走り続けます。
手書きの手紙を受け取ると、温かい気持ちになれます。
プリンターで淡々と印刷された文字とは違い、手書きには、人間味にあふれる温かみがあります。
きれいな字もいいですが、下手な字にも味があります。
あのときのつらい経験があるから、今のあなたがいるのです。
あのときの苦しい経験があるから、今のあなたがいるのです。
あのときに悩んだ経験があるから、今のあなたがいるのです。
人生は、明るく振る舞うのが、基本です。
嘘でもいいから、明るく振る舞いましょう。
明るく振る舞うと、あなたは光になります。
人生では、死を連想する瞬間があります。
リストラされたとき、大けがをしたとき、病に倒れたときなどです。
このとき「死にたくない」と思うのは、良くありません。
あなたには「本当に欲しいもの」がありますか。
「できれば欲しい」といった軽い気持ちではありません。
心から強く望んでいて、体がうずくほど本当に欲しくてたまらないものです。
人生では、苦労や困難がたくさんあります。
受験、就職、仕事、結婚、出産などです。
1つ山を乗り越えたと思えば、また山が現れます。
人が亡くなったときは「さようなら」ではなく「行ってらっしゃい」です。
人生における、ある一定の役目を終えたため、先に異なる世界へ向かいました。
今住んでいる世界とは違う、別の世界です。
長期で見れば、すべての人は平等です。
「自分は恵まれていない」と思うのは、偏った見方をしているからです。
メリットばかりを見る一方、デメリットはあまり見ていません。
生きているうちに、死後の世界を考える必要はありません。
「死んだとき、自分はどこへ向かうのだろう」
「死後の世界は、どうなっているのだろう」
あなたの本当の人生は、これから始まると思ってください。
今までの出来事は、すべて準備でした。
何事も、準備が必要です。
この数百年間、人類の科学技術は飛躍的に向上しました。
電球を発明し、車を開発し、飛行機をつくりました。
ついにはロケットで月に行くことも達成しました。
すさまじい進歩です。
人類による科学技術の進歩は、どんどん進化しています。
科学技術は、次の世代に伝える努力をしているからです。
前の世代から科学技術を引き継ぐことで、今の世代はさらに発達させていけます。
伝える努力をしているから、受け継がれ、向上させていくことができるのです。
しかし一方で、心の向上だけは止まったままになっています。
人生論を口にするのは敬遠されがちです。
宗教のようなイメージがあります。
口にすると危ない人として扱われるのではないかと、警戒されます。
そのため、誰もが積極的に口にしません。
耳をふさぎ、口を閉ざし、知らないふりです。
口にしないから、次の世代に伝わりません。
伝えないから、向上もしません。
世代ごとに、リセットされています。
私たちは今、科学技術だけが異常に発達している世界に住んでいます。
これは危険なことです。
幼い子どもが、核兵器を手にしているのと同じです。
つまらないことで感情的になり、争いを始め、人殺しをしています。
心の向上が貧弱であるため、たわいないことで、揉めるのです。
一歩間違えば、地球すら、破壊しかねません。
先人から受け継いだことを、次の世代に伝えないため、心の向上が止まったままになっています。
私たちは、人生論を、もっと意識的に伝えることが必要です。
「人生は、有限である」
「あらゆる物は、死ぬときに手放さなければいけない」
「幸せとは、物質的豊かさではなく、精神的豊かさである」
こうしたことを、もっと積極的に伝えなければ、次の世代は、また一から学び直しになります。
もうこれ以上、リセットを繰り返すのは、ごめんです。
伝える努力をすることで、次の世代が救われます。
科学技術が、誤った使い方をされないためにも、心の向上を伝える必要があるのです。
悟りを開くためには、2つの視点が必要です。
「死の瞬間から見る視点」と「宇宙全体から見る視点」です。
悟りとは、知識ではありません。
そもそも知識は、人間による偏見です。
知識の詰め込みでは、人生を悟ることができません。
人生を悟るために必要なのは、知識ではなく、気づきです。
人間は、不完全な生き物です。
不完全な生き物から見ても、不完全しか見えません。
人間から見る視点では、なかなか世の中の真実に気づけないのです。
では、どうするか。
究極の視点に立てばいいのです。
究極の視点に立つと、究極が見えます。
その究極こそ「死の瞬間から見る視点」と「宇宙全体から見る視点」です。
人生の真実は、この2つの視点から考えると、気づきます。
片方だけでは、不完全です。
両方が、必要です。
その2つの視点に立ったとき、ふと、見える光景があります。
ただ、気づくのです。
ビルの屋上に立つと、遠くまで見渡せ「町の風景はこうだったのか」と、全体が見える瞬間と同じです。
ありのままの真実が見え「そういうことだったのか」と、気づけます。
次から次へと、世の中の真理が見えてきます。
今からその説明をしますので、よく聞いてください。
それに気づけば、今から正しい人生を歩めます。
人生で本当に大切なことは、何でしょうか。
死の瞬間から見る視点があると、わかります。
多くの人が、現在から未来に向けて現実を見ますが、理想ではありません。
理想は、未来から現在に向けた見方です。
人生の究極は、究極の視点から見ないと、わかりません。
人生の究極とは、いつでしょうか。
死の瞬間です。
あなたの人生の最終地点は、死です。
死の瞬間から、今を振り返ります。
あなたは今、100歳と仮定し、あと3時間後に死ぬとしましょう。
死の寸前に過去を振り返り、人生で何が本当に大切なのか、考えてみましょう。
死ぬと、持ち物は、あの世へ持っていけません。
お金も家も土地も、手放さなければいけません。
地位も名誉も肩書も、手放さなければいけません。
「なんだ。生きているときに、命懸けで追い求めていたが、あの世へは持っていけないではないか」と、気づきます。
このことに気づいた瞬間、あなたの欲は、自然と小さくなります。
追い求めても、仕方ないからです。
では、人生で本当に大切なことは、何でしょうか。
愛なのです。
人生で本当に大切なのは、物質的豊かさではなく、精神的豊かさです。
愛は、人生で最も大切なことです。
人と人とを結びつけ、心からの深い喜びと満足が得られます。
愛を大切にするから、友人関係、恋人関係、家族関係が良好になります。
愛情を注がれて育った子どもは、愛にあふれる大人へ育つでしょう。
そうして生まれた子どもに、また愛が注がれ、愛情にあふれる子が育ちます。
あなたが友人に愛を持って接すると、友人にも愛が育まれます。
愛を知った友人は、別の友人と接するときも、愛を持って接するでしょう。
愛は、人から人へ、世代や地域を越えて、連鎖します。
精神的に豊かになれ、人生が本当に豊かになります。
育んだ愛は、自分が死んでからも、後世に受け継がれます。
ですから、いちばん大切なのです。
死の瞬間から見る視点があると、何が大切なことと、そうでないことが、見分けられるようになります。
まだ人生の途中で気づけたあなたは、幸運です。
人生に残り時間がありますから、今なら、やり直しができます。
これからあなたは、正しい道を歩むことができるのです。
低い位置からでは、真実はよく見えません。
低いと、たくさんの障害物が視界を邪魔して、遠くまで見えません。
見えなければ、気づけないのです。
では、どうするか。
高い位置から見るのです。
徹底的に高い位置から見ると、視界を邪魔するあらゆる障害物がなくなり、遠くまで見渡せます。
視点を高くしましょう。
ずっと高くして、空から地上を見下ろします。
さらに高く上がり、宇宙から地球を見下ろします。
まず「地球に国境はない」ということが、わかります。
陸や海の上に、線は見当たりません。
さらに人種も、幻です。
宇宙から見ると「地球にいる生き物」です。
高い視点から見ると、境界線がなくなり、どこも同じです。
しかし、実はこの高さでは、まだ不十分です。
十分高いように思えますが、究極ではありません。
もっともっと、視野を広くしましょう。
あなたは創造主になったと仮定して、宇宙全体からすべてを眺める視点を持ちます。
太陽系も銀河系も、すべて、包括してみます。
これこそが、究極に高い視点です。
すると、今までとは違った光景が見えます。
私も、宇宙の一部です。
星も、宇宙の一部です。
太陽系も銀河系も、宇宙の一部です。
宇宙全体から見れば「あらゆる個は、宇宙の一部でしかない」とわかります。
すなわち、この世にあるのは「宇宙」という1つだけです。
宇宙は、砂場のようなものです。
原子レベルや素粒子レベルから見ると、宇宙はたくさんの粒が埋まっているだけです。
粒の組み合わせによって、物質が生まれます。
物質を識別しやすいように、人間が名前をつけます。
名前をつけると識別しやすく便利ですが、かえって現実をねじ曲げます。
名前をつけるから、個が生まれ、境界線が生まれます。
境界線が生まれるから偏見を持ち、偏見を持つから対立をして、いらいらしてしまうのです。
本当は個さえ、幻です。
個は、人間が名前をつけたから生まれた幻です。
対立も、幻です。
そもそも個が幻なのですから、対立も幻なのです。
悩みすら、幻です。
自分が勝手に思い込んだ偏見で、自分が勝手に悩みを持ち、いらいらしているだけです。
最初から個もなければ、対立もなく、悩みもありません。
世の中にあるのは「宇宙」という1つのみです。
そして、その宇宙を生み出した存在こそ「偉大なる何か」です。
私たちは、ばらばらではなく、最初からすでに1つなのです。
「創造主の存在を信じません」という人がいれば、次の問いかけをしてみてください。
「では、あなたはなぜ生まれたのですか」と。
あらゆる「始まり」をきちんと説明しようとすると、必ず最後には「わからない」という状態になります。
私たちは、なぜ今ここにいるのでしょうか。
昔にさかのぼって、考えてみましょう。
あなたが生まれたのは、親のおかげです。
親が生まれたのは、ご先祖様のおかげです。
ご先祖様が生まれたのは、地球があるおかげです。
地球が生まれたのは、太陽系のおかげです。
太陽系が生まれたのは、銀河系があるおかげであり、銀河系が生まれたのは宇宙のおかげです。
宇宙は、138億年前に、ビッグバンによって生まれたといわれています。
では、そのビッグバンなるものを生み出したのは、誰なのか。
世の中の始まりを究極まで探求すると、ここで行き詰まります。
世の中のあらゆる動植物は、遺伝子からできています。
遺伝子は「アデニン、チミン、グアニン、シトシン」という4つの塩基配列によって、つくられています。
よくできたシステムです。
では、その遺伝子なるシステムを考案したのは、誰なのか。
私たちは、時間の流れの中に生きています。
では、その時間なるものを作ったのは、誰なのか。
時間は、いつから始まったのか。
あらゆることの始まりを突き詰めると、わからないのです。
ノーベル賞を受賞した人でさえ、創造主について聞かれると、言葉に詰まります。
誰にもわかりません。
現実を突き詰めると、必ず最後には、説明できない現実に気づきます。
「わからない」でいいのです。
説明できない状態を、素直に受け入れ、認めることです。
「わからないが、たしかに何かが存在する」ということです。
法則なのか、光なのか、何なのかわかりません。
強いて言えば「偉大なる何か」です。
世界には、数多くの宗教があり、それぞれの創造主をあがめています。
宗教ごとに創造主の姿形に違いはあれ、言いたいのは「偉大なる何かに感謝しよう」ということです。
創造主に対する、大いなる尊敬です。
この世があり、自分が今ここにいることが、創造した偉大なる何かがいる証明です。
結果があるなら、必ず原因があります。
そういう意味で「創造主を信じません」という人こそ、非現実的です。
「何をわけのわからないことを言っているんだ。現実をきちんと見ようよ」と思います。
偉大なる何かは、目に見えませんが、存在を信じざるを得ないのです。
世の中で、最も幸運なことは何でしょうか。
宝くじの1等に当たることでしょうか。
世界一周旅行をすることでしょうか。
大きな豪邸を手にすることでしょうか。
いいえ、どれも違います。
人生における最大の幸運は、生まれてきたことです。
つまり、命です。
生まれた瞬間、あなたは最高で最大の幸運を、手にしています。
生まれてきただけで、とても、幸運です。
「生まれてくるなんて当たり前」と思いますが、違います。
世の中には、生まれてきた人より、生まれてこられなかった人のほうが、はるかにたくさんいます。
生まれてこられなかった人は、この世に存在しないため、実感できないだけです。
私たちは物質の世界にいるため、目に見える物を基準に考えてしまいがちです。
生まれてこられなかった人は、目に見えないだけで、見えないところにとてもたくさんいるのです。
この世に誕生できたことは、天文学的に小さな確率です。
あなたが手にしている命以上に、貴重な物はありません。
世界のどこにも売っていません。
あなたを含めて、生きている人はすべて、幸運なのです。
あなたの体の中には、ご先祖様から受け継いだ宝が眠っています。
「ご先祖様から受け取っている物は1つもない」と思いますが、誤解です。
ご先祖様から受け継いだ物が、あるではありませんか。
家でもなく、土地でもなく、もっと基本的なことです。
遺伝子です。
遺伝子そのものが、ご先祖様から受け継いでいる宝物です。
遺伝子は、体の設計図です。
体のタンパク質をつくるもとです。
遺伝子は「変化する」という特徴があります。
環境に適合するため、世代ごとにゆっくり変化します。
寒いところに住んでいれば、寒さに強い体になります。
暑いところにいれば、暑さに強い体になります。
ご先祖様がさまざまな経験を積んだ結果、遺伝子が磨かれ、今のあなたの体つきが決定されました。
肌の色、髪の色、身長、顔立ちなど、すべてそうです。
あなたの性格すら、受け継いだ物の1つです。
性格もまた、遺伝子を通して、遺伝します。
性格は、脳内にあるニューロンのネットワークの構成によって決まります。
もちろん後天的な要素でネットワークの配列は決まりますが、先天的な要素もあります。
几帳面な人は、ご先祖様に、几帳面にならざるを得ない過去があったのでしょう。
おおらかな人は、ご先祖様に、おおらかにならざるを得ない過去があったのでしょう。
あなたの体や性格も、遺伝子が作った物であり、ご先祖様から受け継いだ物です。
苦労して磨かれた遺伝子を、あなたが今、受け取っています。
その結果できたのが、あなたの体です。
つまり、あなたの体すべて、ご先祖様から受け継いでいる宝物と言えるのです。
私たちの体は、遺伝子を運ぶ船です。
今あなたが一生懸命に生きることで、あなたの遺伝子は、さらに磨きがかかります。
すると、生まれるであろうあなたの子どもに、その磨かれた遺伝子が受け継がれます。
あなたが苦労した分、次の世代が楽をするのです。
たくさん苦労して、遺伝子に磨きをかけましょう。
あなたの体そのものが、宝物なのです。
性別は、生まれたときから当たり前にあります。
当たり前にあるため、軽く考えてしまいがちですが、もっと強い意識が必要です。
性別は、宝物です。
世界のどこにも、性別は売っていません。
それを、すでにあなたは手にしているのです。
人生における、最大の宝の1つです。
男性として生まれてきたことに、感謝しましょう。
女性として生まれてきたことに、感謝しましょう。
男性として生まれてきたから、できることがあります。
男性は生まれつき、力があります。
ひげが生えたり、声が低くなったり、論理的に考えるのが得意であったりします。
だからこそ、できることがあるはずです。
女性として生まれてきたから、できることがあります。
女性は生まれつき、美しさがあります。
話す声が高かったり、洞察力が優れていたり、おしゃべりが得意であったりします。
自分の性別そのものが、長所の1つです。
その性別だから、歩める人生があります。
自分の性別に、意味を感じてください。
男性として生まれたのは、男性としての役目を果たす意味があるからです。
女性として生まれたのは、女性としての役目を果たす意味があるからです。
自分の性別を受け入れ、性別に従い、性別を全うした生き方をしましょう。
自分の性を十二分に生かすことが、自分を最大限に生かすことにつながるのです。
悟りを開くことについて、完全に物を否定することだと思う人がいますが、違います。
悟りを開くとは、物を完全に手放すことではありません。
私たちは、物質の世界に生きています。
物質の世界で生きているかぎり、物を完全に手放すのは、不可能です。
家や服がなければ、雨風に凍え死にます。
食べていかなければ、死んでしまいます。
そもそも、あなたの肉体も、持ち物の1つです。
体を捨てるのは、死を意味します。
物は、死ぬときにすべて手放さなければいけませんが、生きていくためには必要です。
だからとはいえ、たくさん持つのも違います。
たくさん物を持つほど「手放したくない」という執着が増えます。
執着が増えるほど、けんかやいらいらも増えてしまうのです。
まず、物を減らすことです。
いきなりすべてを捨てるのではなく、できる範囲から、減らしていきましょう。
物を減らそうと意識するとき、あなたの中に、一種の悟りが生まれます。
物を捨てることは、欲を捨てることです。
持ち物が減るから、執着が減り、けんかも減ります。
「とにかくたくさん持つ」という意識から「いい物を少なく持つ」という意識へ、転換しましょう。
安物をたくさん持つより、いい物を1つ持つほうが、豊かになれます。
持ち物の量を減らすことができると同時に、物を大切に扱う精神も生まれます。
フットワークと豊かさを、両立できるのです。
私たちは、周りの価値観に、振り回されがちです。
親、先生、友人のほか、あらゆるマスメディアで、価値に関する情報を伝えます。
「一戸建てに価値がある」
「結婚に価値がある」
「高級車に価値がある」
すると、あなたはこう思います。
「一戸建てを持たなければいけない」
「結婚をしなければいけない」
「高級車を持たなければいけない」
「価値のある物を持つのがいいこと」と、錯覚するのです。
価値のある物を手にすれば、価値のある人だと思われやすいからです。
ここで多くの人が、つまずきます。
価値のある人になるために、価値があると言われる物を手にしようと、多くの人が焦ります。
健康を害するほど仕事をしたり、借金をしたりします。
時には、人を傷つけたり、騙したりします。
みんなが納得する価値を手に入れるために、あらゆる手段を使うのです。
しかし、本当に価値があるかどうかは、人によります。
仕事の都合で、しばしば転勤する人にとって、一戸建てはただの足かせです。
「いつまでも1人で自由に生きたい」と思う人にとって、結婚は束縛になります。
交通機関が充実している都会では、高級車は、維持費のかかるおもちゃです。
そればかりではありません。
価値があると言われる古美術品でも、興味がない人には、ただのがらくたです。
価値があると言われている車でも、免許を持っていない人には、意味がありません。
値段の高いワインでも、アルコールを受け付けない人には、無価値です。
価値観は、不安定です。
見方によっては「すべての物は価値がない」とも言える一方「すべてに物は価値がある」とも言えます。
周りが「価値がある」とうたっているから、自分も持たないといけないとは限りません。
大切なことは「あなたが何に価値を見いだすか」です。
周りが決めた価値観ではなく、自分が決めた価値観です。
価値は、自分が決めるものです。
周りの意見に振り回されず、自分が「素晴らしい価値がある」と思える物を見つけることです。
それが、あなたにとって本当の価値です。
自分にとって興味がないと思えば、無視していいのです。
自分にとって価値がある物だけ持つと、持ち物はとても減ります。
シンプルかつ、豊かな人生になるのです。
結局のところ、人生で手に入れる物はすべて、最終的に手放すことになります。
手にしているとはいえ「一時的に手元にある」という状態です。
手に入れたお金は、死ぬときには手放します。
手に入れた家も、死ぬときには手放します。
手に入れた土地も、死ぬときには手放します。
資格も学歴も肩書も、何もかもです。
人生を通して手に入れた物すべて、死ぬときには手放さなければなりません。
それが、この世の定めです。
絶対に逆らえないルールです。
価値は、自分で決めることが大切です。
しかし、どんなに価値があると思っても、最後には手放す覚悟が必要です。
人生で手に入る物はすべて、手放すのが前提です。
そのことを意識しながら、物を手にして、触れ、楽しむのです。
物は、生きている間だけ楽しむ、便利な道具です。
娯楽用の、おもちゃのような物です。
レンタル品です。
手放す事実に気づいた瞬間、欲は小さくなります。
欲の出しようがないのです。
どうせ人生の最後に手放すのですから、必死にならなくなります。
価値ある物を手に入れるのはいいのですが、手放すのを前提で、手に入れることが大切なのです。
本当のことを言えば、あなたの所有物は、あなたのものではありません。
相手の所有物も、相手のものでもありません。
究極の視点から見れば、この世に存在するすべては、人ではなく、宇宙の所有物です。
物を細かく分解すると、原子になります。
原子を細かく分解すると、素粒子になります。
人は、素粒子をゼロからつくることができません。
現実にある物は、すでに宇宙にある素粒子や原子を組み合わせているだけです。
水なら「H2O」です。
鉄なら「Fe」です。
二酸化炭素なら「CO2」です。
存在は異なっていても、構成物質の基本は原子であり、原子は素粒子から成り立っています。
音の正体も、素粒子です。
音とは空気の振動であり、空気の振動は酸素であり、酸素は酸素原子であり、酸素原子は素粒子に分解できます。
この世には、たくさんの光線があります。
ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波などです。
これらも細かく分解すると電磁波であり、電磁波を分解すると素粒子です。
光すら、その正体は、素粒子という粒です。
小さく分解して、物事の基本を追究すると、原子や素粒子が基本とわかります。
私たちの世界は、たくさんの「粒」で埋め尽くされていると言っていいでしょう。
その粒は、宇宙の所有物です。
宇宙が管理し、所有しています。
私たちの体すら、宇宙の一部です。
私たちは、すでに宇宙にある物質を、組み合わせたり組み替えたりしているだけです。
「この世に存在するすべては、宇宙が所有している」と考えるのが合理的です。
宇宙の所有物と思えば、地球上における所有争いは、愚かなことであると気づきます。
宇宙からお借りしている物を「自分の所有物だ。誰にも渡さない」と主張して、不毛な争いを繰り返しています。
「自分の所有物」と主張する以前に、そもそも自分の所有物ではないのです。
真実に気づくことです。
「すべての物は宇宙の所有物」という意識を持つことが大切です。
おそらくあなたは、大金を持っていないでしょう。
プール付きの豪邸もなければ、別荘もないでしょう。
大きな名声や名誉もないでしょう。
テレビ、雑誌、インターネットなどのメディアによる影響で、豊かなことばかりに目がいきます。
他人の豊かな様子を見るたびに、自分と比べてしまい「足りない物事」ばかりが気になります。
だから幸せになれないのです。
ない物を探すのは、不幸になる悪い癖です。
人生は、有限です。
自分にない物を探しているうちに、人生が終わってしまいます。
ない物を探すのではなく、ある物に目を向けましょう。
ない物を探すのは、今日で終わりです。
「自分にはそれほどの物をたくさん持っていない」と思いますが、実はすでに、たくさんの物を手にしています。
まず、命があります。
体があり、顔があり、手足があり、体力があります。
知識があり、知恵があり、思い出があります。
家族がいて、友人がいて、先輩や後輩がいます。
時間があり、未来があり、希望があります。
やる気があり、勇気があり、度胸があり、行動力があります。
ほら、こんなにたくさんの物が、あるのです。
人生を元気よく歩むために、十分の豊かさです。
すでにある物を頼りにして、今すぐ歩み始めましょう。
前に進んでいくうちに、さらに新しい物を手にします。
新しい物を手にすることで、もっと前に進みやすくなるのです。
多くの人が「幸せになりたい」と考えます。
幸せになるために思う、ごく普通の考えに感じます。
しかし「幸せになろう」と考えるほど、危険な考えはないのです。
「幸せになりたい」と思うのは「今は幸せではない」と言っているのと同じです。
今の幸せを、否定しています。
すでに手にしている恵みから目を背け、手にしていない物ばかりに目を向けています。
今よりお金を稼ぐようになっても「もっとお金が欲しい」と言うでしょう。
今より名声を手に入れても「もっと名声を手にしたい」と思うでしょう。
「幸せになりたい」と思うかぎり、今の幸せを否定することになるため、いつまでも幸せにたどり着けないのです。
「幸せになりたい」は、永遠に幸せになれない考え方です。
では、どうすればいいのでしょうか。
今すぐ「自分は何て幸せなんだろう」と思うのです。
すでに手にしている恵みに、気づける考えです。
「今、幸せだ」と思えば、今すぐ幸せになれます。
幸せとは気づきの問題です。
幸せは、手に入れる物ではなく、気づくものです。
気づきの問題ですから、今すぐ気づけば、今すぐ幸せになれます。
あなたに肉体があるだけで、素晴らしい物を手にしているのです。
時間があり、健康があり、自由があります。
すでに自分が手にしている恵みに、気づきましょう。
気づきは、一瞬です。
時間はかかりません。
今から、あなたは、変わるのです。
あなたは、すでに幸せです。
あなたさえその気になれば、今すぐ幸せになれるのです。
たとえ、自分より恵まれている人がいても、憎らしく思うのはやめましょう。
うらやましく思うのはいいのですが、憎らしく思うのはいけません。
相手を憎むと、その気持ちを受け取った相手も、あなたを憎らしく思えます。
自分のことを嫌う人は、自分も嫌いになります。
「相手は恵まれていて憎らしい」と思いますが、大切なことをすっかり見落としています。
「メリットには、必ずデメリットもある」ということです。
相手は有名かもしれませんが、自由がありません。
あなたは無名かもしれませんが、自由があります。
相手は大金持ちかもしれませんが、お金目当ての人ばかりが集まります。
あなたは貧乏かもしれませんが、本当の友人をつくれます。
相手は一戸建てを持っていますが、引っ越しができません。
あなたはアパート暮らしかもしれませんが、いつでも引っ越しができます。
お互い、同じなのです。
偏った見方のため、いいところだけのように思えますが、どんなことにも、恵まれているゆえのデメリットがあります。
相手は恵まれていてうらやましいと思いつつも、実は自分も恵まれていることに気づくことです。
貧しさを裏返せば、豊かさになります。
隠れた恵みに気づき、喜び、大いに楽しむのです。
あなたには、自由があります。
本当の友人をつくれます。
いつでも引っ越しができます。
あなたはすでに、十分恵まれているのです。
私たちの人生は、魚の大群のようなものです。
大きな群れの一部として、前に進んでいます。
生きていくことができるのも、群れのおかげです。
群れの中ですから、時には接触することがあります。
ぶつかったり、ぶつけられたりです。
傷つけたり、傷つけられたりです。
嘘をついたり、嘘をつかれたりです。
笑ったり、笑われたりです。
からかったり、からかわれたりです。
傷つくのが怖いですか。
傷つくのを避けるというより、そもそも傷を避けることが、不可能です。
絶対に傷つかないように生きようと思うなら、群れから離れなければいけません。
群れから離れると、人は生きていけなくなります。
群れの中で生きているかぎり、必ず傷があります。
多少の傷は気にしないことです。
いちいち細かい傷を気にしていると、生きていけません。
誰かをうっかり傷つけてしまうことがあるのですから、自分が傷つけられたときも、深く考えすぎないのです。
もし、傷つけられても、許すことです。
もし、誰かを傷つけてしまったときは、素直に謝ることです。
お互い、多少の傷を受け入れることが、群れの中で生きるルールです。
好きな人を愛そうと思うのは、簡単です。
愛そうと思わなくても、自然と愛せます。
難しいのは、嫌いな人に出会ったときです。
嫌いな人と出会ったときは、憎らしくなるものです。
気分が悪くなり、相手の不幸を願ってしまうものです。
しかし、どんなに憎んだところで、苦しむのは自分だけです。
どんなに憎んでも、いいことは1つもありません。
憎めば憎むほど、かえって自分が苦しくなります。
嫌いな人に直面したときこそ「愛そう」と思うことです。
どんな人にも、いいところが、1つはあります。
ない人なんて、いません。
1つ見つけるだけで、いいのです。
いいところが1つ見つかれば、もう大丈夫です。
その一点だけを見て「素晴らしいな。自分は真似できないな」と思えばいいのです。
心が落ち着き、自然と相手を受け入れられるようになります。
それをするのが、人生における、大切な修行の1つです。
嫌いを、ありのまま受け入れているうちは、まだ子どもです。
意識のレベルが低いです。
「どんな人でも愛そう」と決心することです。
嫌いな人を愛せるようになったとき、あなたに本当の愛が芽生えます。
それが「魂を向上させる」「意識を高める」「大人になる」と言うことです。
嫌いな人も愛してしまえば、この世に、嫌いな人がいなくなります。
生きていながら、この世が天国になるのです。
娯楽に触れたとき「楽しくない」と感じることがあります。
本を読んだとき、映画を見たとき、お芝居を楽しんだときなどです。
周りは楽しんでいる中、楽しめない自分がいます。
「楽しくないな」と思ったとき、どうするかです。
楽しくないから「楽しくない」というのは、正直な答えですが、理想ではありません。
少し返事が早すぎます。
大切なチャンスを、逃しています。
あなたが楽しめないのは、楽しみ方を知らないだけです。
「自分には合わない」と否定する前に、1つ、試してほしいことがあります。
楽しんでいる人に「楽しむポイントは何ですか」と聞いてみましょう。
楽しんでいる人は、楽しみ方を知っている人です。
自分で楽しみ方を発見するのもいいですが、人に聞くのも、1つの方法です。
「ただ理解できない」と否定するのではなく、もう少し理解を深めようと、自分なりに首を突っ込むことが大切です。
楽しんでいる人は、自分にはない見方や考え方があるのかもしれません。
ポイントを教わると「なるほど。そういう見方があったのか」と、視界が開けることがあります。
世の中に、楽しくないことは、1つもありません。
楽しくないと感じるのは、楽しみ方を知らないだけです。
楽しんでいる人がいるからには、楽しい要素が、どこかに必ずあります。
もし、ポイントを聞いてもまだ楽しめなければ、自分はまだ楽しめる感性が身についていないのでしょう。
日をあらためて、また挑戦してみましょう。
そのときには、楽しくなっているかもしれません。
「世の中のすべてのことは楽しい」と考えると、実際にそう思えてきます。
お金は、物と交換できるチケットです。
生きるために仕事は必要ですが、それほど必死になることではありません。
いずれ私たちは、最後に死ぬのです。
仕事とは、お金のためにすることではありません。
節度ある生活を送っていれば、少ないお金で十分に生きることができます。
仕事は、人生の大半を占めています。
仕事が嫌いになると、人生全体が嫌になります。
ただお金のためだけの仕事は、むなしいです。
では、仕事とは何の意味があるのでしょうか。
仕事とは、自分を表現する道具なのです。
仕事をすることで、自分を具体的に表現できます。
作家は、文章を通して、自分を表現します。
料理人は、料理を通して、自分を表現します。
スポーツ選手は、スポーツを通して、自分を表現します。
作曲家は音楽、モデルはスタイル、漫才師は話術、画家は絵画です。
それぞれが、仕事を通して、自分を表現します。
あなたが今している仕事も、自分を表現するための道具です。
仕事は、自分の好きなことをするのが、いちばんです。
自分がした仕事によって、誰かの役に立ち、喜んでもらえます。
自分の喜びであり、他人の喜びです。
これが、最高の生きがいです。
生きている意味です。
一生懸命に仕事をするのは、素晴らしいことです。
仕事は、否定するものではなく、肯定するものです。
嫌がるものではなく、楽しむものです。
一生懸命に仕事をすればするほど、自分を表現できます。
好きな仕事で自分を表現できれば、その時点で、成功者です。
人生とは何か。
人生とは、壮大なマラソンです。
生まれてから死ぬまで、命という炎をともしながら、淡々と走り続けます。
平坦な道ばかりではありません。
坂道もあれば、下り道もあります。
真っすぐの道もあれば、緩やかなカーブや急な曲がり角もあります。
ところどころに給水所があり、軽食が提供されることもあります。
青空が広がる日もあれば、雨の日や風の強い日もあります。
マラソンといえば、長い距離を必死に走る姿が思い浮かびます。
自分の限界に挑戦する姿には、胸を打たれます。
もちろん少しでも速く走れば、それだけ早くフィニッシュできるでしょう。
素晴らしい完走記録が生まれ、自分を誇らしく思えるはずです。
しかし、ここで大切なことがあります。
人間はロボットではありません。
ペースを上げすぎると、途中で息切れを起こし、ばててしまいます。
急に体が重くなり、普通のペースで走ることすら難しくなります。
いくら走るペースが速くても、途中で棄権することになっては本末転倒です。
途中で棄権すると、完走メダルをもらえなくなります。
収容バスに乗せられ、悔いが残る結果となるのです。
大切なのは、速く走ることではありません。
走りきることです。
ペースは遅くてもかまいません。
カメのように遅くてもかまいません。
速く走ることより、走りきることを優先しましょう。
速すぎると思えば、ペースを落としましょう。
楽しいと感じるペースが、ベストなペースであり、最も長続きします。
走るのが大変なら、歩いてもかまいません。
歩いていても、少しずつ前に進めます。
ペースが遅いとかっこ悪く見えるかもしれませんが、気にしないことです。
とにかく無事に完走することを目指して、無理のないペースで走り続けましょう。
疲れたと思ったら、休憩を入れましょう。
走るのがつらくなったら、立ち止まってもかまいません。
まだまだ先は長いのですから、少しくらい休憩が長くなってもかまいません。
生き急ぐ必要はありません。
遅くてもいいので、生ききりましょう。
人生は長旅ですから、無理は禁物です。
人生は、走りきることが素晴らしいのです。
手書きの手紙を受け取ると、温かい気持ちになれます。
プリンターで淡々と印刷された文字とは違い、手書きには、人間味にあふれる温かみがあります。
きれいな字もいいですが、下手な字にも味があります。
あふれる感情のまま、急いで書いたことがわかり、それもまた気持ちがこもっているのです。
きれいな文字しか打てないプリンターには、できないことです。
しかし、自分のところには、なかなか手書きの手紙が送られてこないものです。
理由は単純です。
手書きの手紙を、誰にも送っていないからです。
父でも母でも祖父母でも、いいのです。
「家族に手紙なんて変ではないのか」と思いますが、変ではありません。
父の日、母の日、敬老の日にプレゼントを贈るとき、手書きの手紙を添えればいいのです。
日頃の感謝の気持ちを、手書きで書くと、より喜ばれます。
親しい友人にも、手書きの手紙を送りましょう。
「毎日会っている友人に、手紙を送る機会なんてない」と思いますが、機会はあります。
友人に誕生日プレゼントを贈るとき、一緒に手書きの手紙を添えておけばいいのです。
ほら、手書きの手紙を送る機会はたくさんあるではありませんか。
あなたが手書きの手紙を送ると、相手からも手書きの手紙を受け取れるようになります。
人間味のあふれる、心のやりとりができるのです。
あのときのつらい経験があるから、今のあなたがいるのです。
あのときの苦しい経験があるから、今のあなたがいるのです。
あのときに悩んだ経験があるから、今のあなたがいるのです。
すべての出来事は、自分にとって、役立ちます。
つらいことも、苦しいことも悩んだことも、すべてがあなたにとってプラスです。
人生に、無駄な経験は、1つもありません。
人生に、無駄な出会いも、1つもありません。
今この瞬間も、無駄のない人生を歩んでいるのです。
失敗を恐れず、行動すればいいのです。
失敗という宝が、手に入ります。
失敗から、貴重なことが得られます。
あらゆることが、あなたにとってプラスになります。
どんなプラスがあるのかは、行動してからのお楽しみです。
あなたの歩む道の先には、たくさんの宝箱が並んでいます。
何が入っているのかは、前に進まなければわかりません。
まず行動しましょう。
前に進みましょう。
すると、宝箱を開けることができ、何かを入手できます。
だから人生は、素晴らしいのです。
人生は、明るく振る舞うのが、基本です。
嘘でもいいから、明るく振る舞いましょう。
明るく振る舞うと、あなたは光になります。
発光体です。
明るく振る舞うことは、暗い雰囲気を、ぱっと明るくさせる力があります。
好きなことを徹底的に楽しみ、自分のできることをやります。
あなたが明るく振る舞うことで、その姿を見た人たちが、勇気づけられたり元気づけられたりします。
親孝行になり、家族は喜びます。
友人は笑い、元気になります。
子どもも笑い、明るい子どもが育ちます。
明るさは、人から人へ伝わります。
あなたの明るい影響を受けた人が、他の人と接するとき、さらに明るさが波及します。
水面の上に落ちた水滴のように、一点から全体に波及するのと同じです。
しかも、長く残り続けます。
明るく振る舞った影響を受けた人は、次の世代に伝わります。
10年20年、100年200年と続きます。
物は、この世に残せませんが、影響は残せます。
明るく振る舞った影響は、あなたが死んだ後も、この世に残ります。
後生まで、明るさが伝わるのです。
わずかな影響かもしれませんが、確実にある影響です。
ただ、明るく振る舞いましょう。
明るく振る舞うだけで、社会貢献です。
誰かが喜びます。
誰でも、いつでも、どこでもできます。
数多くの人に、素晴らしい影響を与えるのです。
人生では、死を連想する瞬間があります。
リストラされたとき、大けがをしたとき、病に倒れたときなどです。
このとき「死にたくない」と思うのは、良くありません。
「死にたくない」というフレーズは、人生の禁句です。
死にたいと考えることは、死を考えることです。
「ピンク色の猫を想像しないでください」
そう言われると、ピンク色の猫を想像してしまいますよね。
脳は、否定を理解できません。
否定の言葉を聞いても、肯定として受け取ってしまいます。
つまり「死にたくない」と思うと、死を考えることになるのです。
考えるなら「死にたくない」より「生きたい」です。
「生きたい」と思うから、生きることに意識が向きます。
考え方が前向きになり、明るくなり、活力がみなぎるのです。
さらに理想的なのは「生きたい」と思うより「長生きしたい」です。
より具体的な表現になることで、より強いパワーが生まれます。
病院で患者を励ますときも「長生きしてくださいね」と話しかけるのが、マナーです。
元気が出る言葉ですね。
自分にも「長生きしたい。長生きしよう」と言い聞かせましょう。
ポジティブなパワーがみなぎるのです。
あなたには「本当に欲しいもの」がありますか。
「できれば欲しい」といった軽い気持ちではありません。
心から強く望んでいて、体がうずくほど本当に欲しくてたまらないものです。
本当に欲しいものは、頭から離れません。
時間があると、つい考えてしまいます。
ふと思い出しては「ああ、欲しい!」と叫びたくなります。
夢の中にも出てきて、寝起きには「なんだ、夢だったのか」とがっかりします。
人生は思いどおりにいかないものです。
本当に欲しいものに限って、なかなか手に入りません。
入手に時間や労力がかかります。
大きなお金が必要だったり、厳しい条件をクリアしなければならなかったりなど、大きな壁があります。
数カ月・数年待たされることも少なくありません。
「どうして簡単に手に入らないの?」と不満に思いますが、嘆かないでください。
これでいいのです。
もし簡単に手に入ったらどうなるでしょうか。
ありがたみが半減して、雑な扱い方をするでしょう。
手に入れるまでの苦労が少ないので、なかなか愛着が湧かないでしょう。
すぐ飽きてしまい、ほったらかしにすることもあるかもしれません。
本当に欲しいものが手に入ると、人生の楽しみが減り、喜びも長続きしにくくなります。
部屋の隅で置物になり、ほこりをかぶることになるのです。
大切なことに気づいてください。
本当に欲しいものは、なかなか手に入らないほうがいいのです。
手に入れるのが大変であればあるほど、大きな苦労が伴うため、大事に使おうと思います。
壊さないよう大事に使うでしょう。
ありがたみが湧いて、愛着が生まれるでしょう。
「心の支え」になり「かけがえのない存在」になり「人生の宝物」になるでしょう。
なかなか手に入らなくて、もんもんとしますが、それでいいのです。
本当に欲しいものがなかなか手に入らなくても、よしとしましょう。
大切に扱うためにも、愛情を注ぐためにも、人生で大切なものほど、手に入れるのに苦労したほうがいいのです。
なかなか手に入らなくても、簡単に諦めないでください。
手に入りにくいとはいえ、不可能ではないはずです。
十分な努力をすれば、きっといつか手に入るはずです。
お金が必要なら、貯金を頑張りましょう。
買える金額になるまで、こつこつお金を貯めることです。
時間はかかりますが、貯金を頑張った分だけ、手に入れたときの喜びも大きくなります。
労力が必要なら、喜んで受け入れましょう。
汗をかき、時間をかけ、しっかり手間暇をかけることです。
苦労があっても、手に入れられれば報われます。
苦労があればあるほど、愛着に変わります。
手に入れるまでの苦労は、大変であればあるほどいい。
手に入れるまでのプロセスも、長ければ長いほどいい。
血と汗と涙の結晶をつくるくらい、必死で頑張りましょう。
むしろ本当に欲しいものが、なかなか手に入らない状況を喜びましょう。
本当に欲しいものは、なかなか手に入らないほうがいいのです。
人生では、苦労や困難がたくさんあります。
受験、就職、仕事、結婚、出産などです。
1つ山を乗り越えたと思えば、また山が現れます。
山だらけの人生です。
苦労や困難ばかりで「人生は、厳しいな」と思いますが、誤解です。
本当のことを言えば、人生ほど優しい存在はないのです。
あらゆる困難は、あなたに成長してもらうために存在しています。
人生は、あなたを愛しています。
「もっと強くなってもらいたい、成長してもらいたい」と思うから、次々と苦労や困難が訪れます。
今、直面している苦労や困難も、人生があなたを思ってこそです。
人生なりの、優しさの表現です。
あなたは、生まれてからずっと人生に愛されています。
それに気づくかどうかです。
気づかずに死ぬ人もいれば、若いうちに気づく人もいます。
早く気づいたほうが、早く幸せになれます。
人が亡くなったときは「さようなら」ではなく「行ってらっしゃい」です。
人生における、ある一定の役目を終えたため、先に異なる世界へ向かいました。
今住んでいる世界とは違う、別の世界です。
悲しいことですが、絶望するほどではありません。
永遠の別れではないからです。
あくまで、一時的な別れです。
遅かれ早かれ、あなたも現世で一定の役目を終えたとき、向かうことになるのです。
そのときに、また会えます。
「お疲れさま。しばらく待っていてください。私もそのうち向かいます」と言いながら、お見送りしましょう。
「さようなら」ではなく「行ってらっしゃい」です。
たくさん泣くだけ泣けば、また元気を取り戻し、一生懸命に現実を生きましょう。
あなたが今できることは、全力を持って、人生を生きることです。
つらいことや大変なことがあっても乗り越え、明るい気持ちを持って、前に歩み続けることです。
亡くなった人も、そうした生き方を望んでいます。
生きることに全力を尽くすことが、私たちの役目です。
長期で見れば、すべての人は平等です。
「自分は恵まれていない」と思うのは、偏った見方をしているからです。
メリットばかりを見る一方、デメリットはあまり見ていません。
もっと長期で、視野を広くして見れば、実はみな平等であることがわかります。
男性には、男性なりのメリットとデメリットがあります。
男性として生まれた幸運もあれば、男性だからこその不運もあります。
女性には、女性なりのメリットとデメリットがあります。
女性として生まれた幸運もあれば、女性だからこその不運もあります。
金持ちには、金持ちなりのメリットとデメリットがあります。
貧乏には、貧乏なりのメリットとデメリットがあります。
都会生まれと田舎生まれ。
背の高い人、低い人。
美男美女と、そうではない人。
どんな違いも、プラスとマイナスを合わせると、ゼロになります。
人生で受ける価値は、誰もが同じです。
条件が違うだけです。
不平等を恨むというのは、ナンセンスです。
そもそも不平等はないのです。
ないものを恨んでいるのは、ばかばかしいことです。
「みんな、同じなのだね」と思うことです。
私たちの生きる世界は、いわば、ジグソーパズルです。
出っ張っている部分が、メリットです。
へこんでいる部分が、デメリットです。
いろいろな人のメリットとデメリットをうまく組み合わせながら、この世は一枚の絵になっています。
あなたも、そのジグソーパズルのピースの1つです。
どのピースも、面積は同じです。
私たちの人生はすでに、素晴らしい調和が保たれているのです。
生きているうちに、死後の世界を考える必要はありません。
「死んだとき、自分はどこへ向かうのだろう」
「死後の世界は、どうなっているのだろう」
「魂の正体とは、何だろうか」
お墓参りのときに、少し考えるくらいはいいのですが、夢中になるほど考える必要はありません。
むしろ、普段の生活では、考えないほうがいいです。
仕事の世界のことばかり考えると、非現実的になります。
あまり考えすぎると、現実がおろそかになります。
心が宙に浮いたような感じになり、今やらなければいけないことを忘れるのです。
死後の世界は、生きている人にはわかりません。
死後の世界は、死んだときにわかります。
生きている間に、死後の世界を考えても、仕方ありません。
切りがありません。
終わりがありません。
時間と体力を、無駄に消耗するだけです。
生きているときは、生きていることだけ、考えます。
現実のことだけ考えます。
それで十分なのです。
あなたの本当の人生は、これから始まると思ってください。
今までの出来事は、すべて準備でした。
何事も、準備が必要です。
いろいろありましたが、どれも必要な出来事でした。
これからが、本番です。
これから、本当の人生が始まります。
これまでの経験を踏み台にすれば、これからもっといい人生が歩めます。
そういう意味で、人生は常に上向きなのです。
終わった人生は、悔やむのではなく、踏み台にします。
そして、残りの人生だけに集中します。
前を向くから、前が見えます。
上を向くから、上が見えます。
せっかく生まれてきたのですから、人生を無駄にしないでください。
泣いても笑っても、人生は一度きりです。
自分を最大限に生かして、人と社会の役に立ちましょう。
一生懸命に生きて、悔いのない人生を歩みましょう。
10年後20年後、もっと素晴らしい未来が待っています。
未来を決めるのは、あなたしだいです。
これまでは準備で、これからが本番です。
「自分は今から変わる」と思えば、変われます。
あなたの人生は、これからが本番なのです。