素晴らしい人生を送るために、しっかり自覚してほしいことがあります。
「どんな人も、遅かれ早かれ、最後は死ぬ」ということです。
これには例外がありません。
成功者が語る成功の法則に、よく聞かれる言葉があります。
「努力は必ず報われる」という言葉です。
成功者が口にする定番の決まり文句です。
「これは私にとって好きなことなのだろうか。嫌いなことなのだろうか」
好き嫌いが判断しにくいときはありませんか。
好き嫌いの感覚は自分のことなので、迷わずすぐわかりそうですが、実際はわかりにくいときも多い。
ゲームをプレイしているとき、安易にリセットボタンを押す人がいます。
少しでも気に入らないゲーム展開になったら、すぐリセットボタンに手が伸びます。
「ああ、もう嫌だ。最初からやり直し!」
見栄を張るために頑張っている人がいます。
他人から立派に見えるよう、高級なものを持ったり、派手な暮らしをしていたりです。
時には自慢話に花を咲かせることもあるかもしれません。
世の中には、さまざまな仕事があります。
技術職、営業職、事務職、管理職、設計職など。
仕事のやる気が起きないときは、自分の仕事が社会につながっていることを思い出してください。
人間には2通りのタイプがいます。
「過去に生きる人」と「未来に生きる人」です。
どちらの人になるかで、人生の生き方が大きく変わってきます。
人間には2通りの人しかいません。
「偶然を待つ人」と「偶然をつくる人」です。
偶然とは、何の因果関係もなく、予期しないことが起こることをいいます。
「私は絶対正しい」と思っている人がいます。
特に博識な人や高学歴の人によく見られます。
一生懸命勉強して、自分の知識に自信を持っているのでしょう。
ぬるま湯の環境は、居心地が最高です。
我慢も緊張もない。
悩みや苦しみもなく、疲れやストレスを感じることもない。
人生で最もかけがえのない資産とは何でしょうか。
お金でしょうか。
土地でしょうか。
あるところに、息継ぎに悩んでいる水泳選手がいました。
クロールは群を抜いて速いのですが、息継ぎに癖があって、スムーズに泳げないでいました。
何度練習してもうまくならない。
好きな人がいて、理由を聞くとさまざまな返事が返ってきます。
「かわいいから好き」
「かっこいいから好き」
いつでもどこでも気軽に写真を撮れる時代になりました。
以前であれば、カメラがなければ写真を撮れませんでしたが、今は違います。
スマホや携帯電話にはカメラ機能が標準搭載されているため、わざわざカメラを持たなくても手軽に写真撮影を楽しめます。
フランス生まれのバルビゾン派・写実主義の1人に、ミレーという画家がいます。
『種まく人』『落穂拾い』『晩鐘』など、農民生活を主題とした絵を描いたことで有名です。
そんなミレーには、面白いエピソードがあります。
今日が平和な1日であったことを喜びましょう。
「平和」ということは「トラブルがない」「特別なこともない」ということです。
普通で当たり前のことに思うかもしれませんが、そうではありません。
ある注目のトーナメントで、見事優勝を果たした選手が大粒の涙を流していました。
インタビュアーがマイクを向け、質問します。
「優勝、おめでとうございます。白熱したプレイでしたね。今のお気持ちは?」
「あり得ない」という一言が口癖になっている人がいます。
「絶対あり得ない」
「それはあり得ないね」
運命を変えるのに時間がかかると思っていませんか。
もしそう思っているなら、誤解です。
運命を変えるのに時間はかかりません。
「日本の未来は暗い」と嘆く人がいます。
テレビをオンにすると、暗いニュースが次から次へ飛び込んできます。
少子高齢化、年金問題、経済の悪化、環境問題など、メディアは不安を誘うニュースのオンパレード。
過去に挫折したことを「道が閉ざされた」と考える人がいます。
大きな夢と希望と抱いてチャレンジしたものの、途中でくじけてダメになったことがあるでしょう。
たしかに挫折は苦く苦しい経験です。
学校では、歴史人物の家系図を暗記しなければいけない場面があります。
歴史の試験で問われることがあるので、覚えなければいけません。
・蘇我馬子の息子は蘇我蝦夷、蘇我蝦夷の息子は蘇我入鹿
たまにはつらいことや悲しいこともあったほうがいいのです。
つらいことや悲しいことが1つもなく、嬉しいことや楽しいことばかりだと、どうなるでしょうか。
最高に幸せな人生を送れそうな気がしますが、現実は違います。
ひどい言葉は、言うほうは忘れていても、言われたほうが覚えているものです。
子どものころを思い出してください。
人からひどい言葉を言われて、強烈なショックを受けた経験があるでしょう。
読書やテレビ視聴を楽しんでいるとき、ふと素朴な疑問が湧くことがありませんか。
「なぜ虹はアーチ状なのだろうか?」
「国によって主食が異なるのはなぜだろうか?」
みんなに笑われたことに悩んでいる人がいます。
「試合で負けたので、みんなに笑われました」
「告白して振られたので、みんなに笑われました」
あるところに「もう年だから」と嘆く70代がいました。
何を始めるにも遅すぎるように感じて、今さら新しいことを始める気になれないでいました。
深いしわが目立ち、髪はほぼ白髪。
あなたは今日、ラッキーな出来事に3つ恵まれています。
「幸運なことなんてない」
「3つどころか1つもない」
美容院に行って、髪型を変えました。
雰囲気を変えたくて、がらっと髪型を変えることにしました。
髪はいわば顔の額縁です。
「死」があることを嘆いてはいけません。
死があることは、ありがたいことです。
受験は終わりがあるから集中できるように、人生も終わりがあるから集中できます。
素晴らしい人生を送るために、しっかり自覚してほしいことがあります。
「どんな人も、遅かれ早かれ、最後は死ぬ」ということです。
これには例外がありません。
どれだけお金があっても、最後は死にます。
どれだけ健康でも、最後は死にます。
どれだけ楽な人生でも、最後は死にます。
どれだけ好きなことをしていても、最後は死にます。
どれだけ楽しくても、どれだけ笑っても、どれだけ幸せでも、最後は死ぬのです。
死という現実からは逃げようがありません。
何をやっても、どうあがいても、最後は死ぬことになります。
死は人生の終着駅であり、100%逃れられない宿命です。
若いころは死を意識しないため人生が永遠にあるように思えますが、それは錯覚です。
終わりのないように思える人生ですが、必ず終わりがあります。
いつか命の炎が燃え尽きるときがやってきます。
不死は私たち人類にとって永遠の夢ですが、残念ながら、現在実現することはできません。
死は紛れもなくいつか必ずやってくるものですから、きちんと直視して、受け入れることが大切です。
「どんな人も、遅かれ早かれ、最後は死ぬ」ということを前提に、人生を生きてください。
死を受け入れると、人生観が変わります。
遅かれ早かれ最後は死ぬことを自覚して、完全に受け入れれば、必ず生き方が変わります。
「最後は死ぬのだから自分の好きなように生きよう」という考え方になるでしょう。
それでいいのです。
それが正しい生き方なのです。
何をしようと、どれだけもがこうと、最後は死ぬのですから、好きなことをして生きるのがベストです。
自分の人生は自分だけのものですから、決定権は自分にあります。
家族がいたとしても「自分の人生は自分のもの」という基本は変わりません。
自分を縛っている重い鎖をほどいてください。
今まで我慢していたことがあれば、今すぐにでも取りかかるべきです。
最後は死ぬことが決まっているし、いつ死ぬのかもわからないのですから、取りかかるのは早いほうがいい。
泣いても笑っても一度しかない人生なのですから、もっとわがままに生きましょう。
素晴らしい人生を、自分にプレゼントしてください。
成功者が語る成功の法則に、よく聞かれる言葉があります。
「努力は必ず報われる」という言葉です。
成功者が口にする定番の決まり文句です。
この一言に勇気づけられ、パワーをもらった人も多いでしょう。
努力をすれば必ず報われると思えば、やる気が出てきます。
「努力をすれば必ず報われるのか。自分も諦めないで頑張ろう」と思った人も多いでしょう。
しかし、成功者が語る「努力は報われる」という言葉をそのまま信じるのはやめたほうがいいでしょう。
それは成功した立場だから言えることであり、まだ成功していない人がそのまま信じるのは危険です。
残念ながら、努力は必ず報われるとは限りません。
必死で真剣に努力をしても、報われずに終わるのはよくあること。
100%完璧に努力をしても、報われないこともあります。
努力が必ず報われるなら、誰も苦労しません。
上位を勝ち取れるのは、ほんの一部の人間です。
人数が限られているなら、脱落者が出ます。
競争の世界は、厳しい世界です。
頑張っても、適正がないなら、なかなか成長もできません。
必死で努力をしても、それ以上に努力した人がいると、負けてしまいます。
努力をしても、トラブルや不可抗力によって無駄になることもあります。
世の中には、才能を持つ人もいます。
自分が必死で努力を重ねてきたことも、才能のある人があっさり抜いていきます。
現実では、努力が報われない状況は数多くあります。
悔しいことですが、どうしようもありません。
努力が報われるとは限らないのが、現実における真実なのです。
では、報われなければ、完全に努力が無駄になるかというと、そうではありません。
努力は、報われるとは限りませんが、努力した事実と経験は消えません。
本気になったことなら、努力した分だけ成長できるでしょう。
努力を通して、知識や技術を身につけることができたはずです。
報われなくても、大きな成長が得られます。
また、本気で努力したことなら、成果にかかわらず、思い出になります。
血と汗と涙の結晶は、何であれ美しい。
夢に人生をささげた時間は、必ず素晴らしい思い出に変わります。
だから努力したほうがいい。
努力は必ず報われるわけではありませんが、努力しなければ、実現の可能性はゼロです。
少なくとも努力をすれば、努力した事実と経験は確実に残ります。
一生涯、消えずに残り続けます。
厳しい現実と不条理に気づいても、努力は続けるべきです。
努力をすれば必ず残るものがあるのですから、そういう意味で「努力は裏切らない」と言えます。
「これは私にとって好きなことなのだろうか。嫌いなことなのだろうか」
好き嫌いが判断しにくいときはありませんか。
好き嫌いの感覚は自分のことなので、迷わずすぐわかりそうですが、実際はわかりにくいときも多い。
疲れていたり心が曇っていたりするとき、なかなかスムーズに判断できないときがあるもの。
もやもやした感情があって、なかなか好き嫌いの見分けにくいときがあるでしょう。
「自分のことなのにわからない」という現象は、ときどきあることです。
しかし、ちょっと視点を変えると、好き嫌いの区別がわかりやすくなります。
それに取り組むとき、早く終わらせようとするか、長く続けようとするかの違いです。
嫌いなことは、早く終わらせようとするのが特徴です。
嫌いな仕事、嫌いな勉強、嫌いなイベントなど、嫌いなことは1分1秒でも早く終わらせようとするでしょう。
嫌いなことはストレスや抵抗感があるため、自然と早く終わらせようとする姿勢になるのです。
一方、好きなことの場合はこの逆です。
できるだけ長く続けようとします。
1分1秒でも長く触れ続けようとします。
好きなゲームであれば、できるだけ長くプレイしたいと思うでしょう。
好きな仕事であれば、できるだけ長く働きたいと思うでしょう。
好きな勉強であれば、できるだけ長く学び続けたいと思うでしょう。
好きなことには、楽しみや喜び、癒やしや快感があるからです。
疲れはあっても、気持ちのいい疲労感であり、一晩寝ればすぐ回復します。
自分の好き嫌いに迷うことがあれば、この基準を目安に判断してください。
自分の本音が見えてくるのです。
ゲームをプレイしているとき、安易にリセットボタンを押す人がいます。
少しでも気に入らないゲーム展開になったら、すぐリセットボタンに手が伸びます。
「ああ、もう嫌だ。最初からやり直し!」
プレイを始めたと思えば、すぐまたリセットボタンを押します。
反射的にリセットボタンを押す人も少なからずいるようです。
たしかにリセットボタンを押せば、最初からやり直しができるので便利でしょう。
ボタンひとつで、ごちゃごちゃしていたことがすっきりします
ゼロからやり直せるので、これほど楽なことはありません。
しかし、安易にリセットボタンを押していると、思わぬ落とし穴が待ち受けています。
諦め癖がついてしまうのです。
日頃からゲームでリセットを繰り返していると、そういうパターンが身についてしまい、癖になります。
メンタルの低下を招き、弱い心になっていく。
少しでも気に入らないことがあれば「もうどうにでもなれ!」と自暴自棄になってしまう。
知らず知らずのうちに、諦め癖がついてしまうのです。
リセットボタンを押すのは簡単です。
簡単ですが、安易に押すのは要注意です。
粘り強くやり抜く力が衰え、ここいちばんの踏ん張りが利かなくなり、人生に悪影響を及ぼしてしまいます。
リセットボタンは、打つ手がなくなったときの選択肢です。
やるべきことをすべてやり尽くし「これ以上は無理だ」「完全に行き詰まった」という状況になって初めて押します。
リセットボタンを押す癖がついているなら、今日から改めるのが賢明です。
リセットボタンを押す前に、もう一度よく考えてみてください。
「まだ何かできることはないか」と自問して、あらゆる可能性を探ってみましょう。
大変なことでも、それを乗り越えることに価値があります。
面倒なことや難しいことは、見方を変えれば、自分を成長させるチャンスです。
見栄を張るために頑張っている人がいます。
他人から立派に見えるよう、高級なものを持ったり、派手な暮らしをしていたりです。
時には自慢話に花を咲かせることもあるかもしれません。
周りから認められるのは気持ちがいいもの。
承認欲求が満たされ、自分の評価が上がったように感じる人もいるでしょう。
しかし、どんなに見栄を張ったところで、それが好きなことでなければ意味がありません。
偽りの自分を見せているにすぎない。
「本当の自分」から逸脱していては、幸せとは呼べないのです。
見栄を張るのを頑張るあまり、好きなことができないでいる人がいます。
見栄を張ることには多大なリソースが必要です。
お金も時間も労力もかかり、しかも際限がありません。
一度見栄を張り始めると、イメージ維持のため固定費が底上げされ、余計な出費がかかります。
見栄を張れば張るほど、どんどん貴重なリソースが失われていきます。
見栄を張るために頑張っていると、そこに多くのリソースが費やされるため、好きなことができなくなるのです。
見栄を張ることに頑張る自分がいれば、いま一度立ち止まって考えることです。
いま一度、自分に問いかけてください。
「自分がやりたいのは、見栄を張ることか、好きなことをすることか」と。
好きなことができないのは、余計な見栄を張っているからです。
貴重なリソースを見栄のために消費することほど愚かなことはありません。
好きなことができていれば、周りから褒められなくてもいいはずです。
両方を手に入れたい人もいるかもしれませんが、それは欲張りというもの。
見栄のために頑張っていることがあれば、それは本当に必要なことなのか、一度考え直してみてください。
見栄を張ることが、それほどまで優先させる必要があるのか。
自分の愚かな行動に気づいたら、今すぐ見栄を張るのをやめましょう。
見栄を張るのをやめ、身の丈に合った生活を心がけましょう。
見栄を張るのをやめれば、時間・お金・労力などのリソースに余裕が生まれ、好きなことができるようになります。
急に雰囲気が変わって周りから驚かれるかもしれませんが「今まで見栄を張っていました」と一言言えば済むことです。
周りからのイメージが下がったとしても、自分の好きなことができれば幸せです。
見栄を張るのをやめると、本当の自分を取り戻せます。
限りあるリソースは好きなことに集中させましょう。
これがいちばん幸せなのです。
世の中には、さまざまな仕事があります。
技術職、営業職、事務職、管理職、設計職など。
仕事のやる気が起きないときは、自分の仕事が社会につながっていることを思い出してください。
「大きな仕事は社会につながっていて、雑用や小さな仕事は社会につながっていない」ということはありません。
あらゆる仕事は社会につながっています。
たしかに「ありがとう」と言われることが少ない仕事かもしれません。
重要な仕事でも注目を浴びる仕事でもないかもしれません。
お客さまと直接接する機会が少ない仕事かもしれません。
お客さまの反応が見えにくいと、なかなか社会に役立っていることや社会とつながっている実感は乏しくなるでしょう。
しかし、目の前にある仕事の先には、必ず人がいて、社会とのつながりがあります。
これは雑用についても同じことです。
オフィスの掃除も、来客へのお茶出しも、書類のコピーや整理整頓も、社会につながっています。
自宅で育児をしている主婦もいるでしょう。
賃金が発生しない仕事は、社会とのつながりがないように思えますが、誤解です。
「将来社会で活躍する子どもを育てる」という意味で、社会とつながっています。
社会に対する大きな貢献をしていることになります。
この自覚があるかどうかです。
あらゆる仕事は、突き詰めると、必ず社会とつながっています。
このイメージを持てると、自分の仕事に誇りを持てるようになり、仕事に対するモチベーションも高まります。
目の前にある仕事は、世のため人のためになっています。
大きな仕事や花形の仕事だけ価値があるとするのではなく、小さな仕事の価値にも気づいてください。
今あなたが取り組んでいる仕事も、突き詰めると、必ず社会につながっていて、社会への影響力があります。
あらゆる仕事は社会につながっているのですから、手を抜かず、ベストを尽くすことが大切です。
与えられた仕事を全うすることは、社会人としての使命です。
仕事は、社会に対するプレゼントです。
人間には2通りのタイプがいます。
「過去に生きる人」と「未来に生きる人」です。
どちらの人になるかで、人生の生き方が大きく変わってきます。
過去に生きる人には次のような特徴があります。
一言で言うと、思考が過去に向いているのです。
こういう人は「過去に生きる人」です。
過去に生きる人は、いつも暗い表情をしていて元気がありません。
いつも元気がなく、死んだ魚のような目をしています。
いつの間にか暗い雰囲気を漂わせていて近寄りがたく、人から避けられることも多い。
過去に生きていると、行動のブレーキになってしまい、人生の停滞をもたらします。
未来を求めないで、どうやって素晴らしい未来がやってくるのでしょう。
過去のことばかり考えていては、明るい人生を送るのは困難です。
明るい人生を送りたいなら、過去に生きる人ではなく、未来に生きる人になってください。
未来に生きる人には、次のような特徴があります。
未来に生きる人は、思考が未来を向いていて活力にあふれています。
そのためいつもで元気で目をきらきら輝かせています。
会話のときも、将来の夢や目標について話題が多いので、一緒に話をしていて楽しい。
未来に生きる人は人を引きつける力があるので、自然と周りに人が集まってきます。
明るい人生を送りたいなら、過去に生きる人ではなく、未来に生きる人になってください。
今あなたが過去に生きる人でも手遅れではありません。
大切なのはこれからですから、今すぐ心を入れ替えれば、未来に生きる人になれます。
未来に生きる人になれば、おのずと明るい人生がやってきます。
過去のことを考えるのは必要最小限に抑えましょう。
過ぎ去ったことを悔やんでも仕方ありません。
過去の失敗だけでなく、過去の成功について考えるのもNGです。
成功ならいいではないかと思うかもしれませんが、思考が過去を向いていることに変わりありません。
過去を考える暇があれば、未来について考えましょう。
私たちは未来しかやってこないのですから、いつも未来に目を向けることが大切です。
人間には2通りの人しかいません。
「偶然を待つ人」と「偶然をつくる人」です。
偶然とは、何の因果関係もなく、予期しないことが起こることをいいます。
意図的に偶然をつくることはできないと思っているなら誤解です。
偶然をコントロールできないと思っている人は多いのですが、不可能というわけではありません。
あるシンプルな方法を心がけるだけで、工夫をすればつくり出すことが可能になります。
それは「見当をつけて量をこなす」です。
たとえば、芸能界に興味があって、芸能事務所にスカウトされたい人がいるとします。
きちんと外見を整えた上で、スカウトされやすいスポットを毎日歩いていれば、声がかかる確率を上げることができます。
じっとしたままでは何も変わりませんが、見当をつけて量をこなしていれば、あるとき偶然当たりに恵まれます。
これはほかのことにも言える話です。
評価の高い本を中心にたくさん読んでいれば、偶然、人生を変える良書と出会える確率が上がります。
魅力的な人が集まる交流会にたくさん出席していけば、偶然、運命の人と出会える可能性が上がります。
見込み客に絞って営業をかけていけば、偶然、大きな受注を獲得できる可能性が上がります。
評判の良いレストランにたくさん足を運んでいれば、偶然、人生最高のレストランと出会う確率が上がります。
課題に集中しながらアイデアをたくさん出していけば、偶然、名案を思いつく可能性が上がります。
これが「偶然をつくる」ということです。
魚釣りでは、だいたいの見当をつけてから始めますが、これは普段の生活にもいえること。
だいたいの見当をつけてから始めれば、偶然に恵まれる確率がアップします。
実にシンプルな話です。
100発100中は難しいですが、100発1中なら希望の光が見えてくるでしょう。
やみくもに量をこなすのではなく、見当をつけて量をこなしていけば、それだけ当たりやすくなるのです。
あなたは偶然を待つ人ですか。
それとも偶然をつくる人ですか。
素晴らしい人生にしたいなら「偶然を待つ人」ではなく「偶然をつくる人」になりましょう。
100発100中を狙うからうまくいかないのであって、100発の1つを当てる程度なら可能性は十分あります。
見当をつけて量をこなしていけば、おのずと偶然がつくられていくのです。
「私は絶対正しい」と思っている人がいます。
特に博識な人や高学歴の人によく見られます。
一生懸命勉強して、自分の知識に自信を持っているのでしょう。
たしかに知識は武器です。
知識があれば、頭の中の世界も広がって物事の物事の見通しもよくなります。
トラブルを未然に防止できたり、仕事をスムーズに進めることができたり、自分に見合った賢い選択ができるようになったりします。
自分の知識に自信を持っていれば、私は正しいと思うのも無理はありません。
しかし「私は絶対正しい」と思って生きていると、思わぬ落とし穴が待ち受けています。
自分の考えが正しいと思えば思うほど、そうでない考えを排除することになります。
自分の考えに固執することになるため、新しい価値観を吸収しにくくなり、成長スピードが鈍化します。
また、間違っている話を聞くたびにストレスを感じます。
間違ったことを言っている人がいると「それは違う!」と思うため、いらいらすることが増えてしまいます。
「あなたは間違っている」と、人を裁くことが増えてしまい、なかなか穏やかではいられません。
人付き合いがぎくしゃくして、いずれ衝突することが増えてしまいます。
「私は絶対正しい」という正義感が、時に怒りや暴力につながる可能性もゼロではありません。
狭い世界で生きることになり、結果として、生きづらい人生へとつながっていくのです。
心の声に耳を傾けてみてください。
「私は絶対正しい」と思うことがあれば、今すぐ改めることです。
自分の知識に自信があっても、人の話に耳を傾け、新しい価値観を吸収する姿勢が欠かせません。
自分の知識に自信を持つのはいいのですが、快適な人生を送りたいなら「私は絶対正しい」と思うのはやめておくのが賢明です。
この世に絶対正しいことは存在しません。
「私は絶対正しい」と考えを捨てれば、感情を刺激されることがぐっと減り、余計なストレスから解放されます。
心の安定が高まることで性格も穏やかになっていき、笑顔も増えるのです。
ぬるま湯の環境は、居心地が最高です。
我慢も緊張もない。
悩みや苦しみもなく、疲れやストレスを感じることもない。
努力する必要も、自分を磨く必要もない。
嫌な人はいなくて、みんな良い人ばかり。
「なんて私は恵まれているのだろう!」
「ずっとこのままでいたい!」
この世の極楽に思えて、ありったけの幸せを感じるでしょう。
あまりの居心地の良さに、ずっと居続けたくなるかもしれませんが、長期滞在には要注意です。
ずっとぬるま湯の環境の中にいると、必ず人は衰えます。
筋肉は使わないと衰えますが、それは頭や心も同じこと。
意欲や気力が少しずつ衰えていき、下降線の一途をたどり、退化していきます。
自覚がないほど小さな低下かもしれませんが、少しずつ衰えが進んでいるのは確実です。
ぬるま湯の環境に慣れきってしまうと、大変です。
いざ別の環境に行こうとしたとき、頭も体もすっかり衰えきっていて、新しい環境にうまく適応できません。
右往左往することになります。
まずリハビリから始める必要があり、大きなロスが発生します。
あるいは、リハビリをしても手遅れで、元に戻らない可能性もゼロではありません。
ぬるま湯の環境に居続ければいいと思うかもしれませんが、それが叶わないこともあります。
ぬるま湯の環境が永遠に続くとも限りません。
ある日突然、環境の変化が襲ってきて、逃れられないことがあるでしょう。
そうした事態に直面すると、うまく環境の変化に適応できず、四苦八苦することになります。
ぬるま湯の環境は、気持ちが良くて最高の環境です。
だからといって、無期限で居続けることはないようにしてください。
手遅れになる前にアクションを起こしてください。
どこかで見切りをつけて、ぬるま湯の環境から抜け出すのです。
そして新しい環境に飛び込んでいきましょう。
誰かが背中を押してくれるとは限りません。
「行きなさい」と教えてくれるとも限りません。
自らの意思で一歩を踏み出し、アクションを起こさなければいけないです。
新しい環境にはストレスがあって、今までのように安全・安心・快適とはいきませんが、必ずそれらは成長にプラスとなります。
新しい環境には、新しい刺激や変化に満ちているため、必ず生きる力が強くなります。
自分に一定の負荷を与えることで、心身の増強させることができるのです。
人生で最もかけがえのない資産とは何でしょうか。
お金でしょうか。
土地でしょうか。
不動産でしょうか。
いいえ、どれも資産ではありますが、どれも代わりが利くものです。
「かけがえないのない」という点で考えると、それは1つしかありません。
「健康」です。
Appleの創業者スティーブ・ジョブズは、2011年10月、膵臓がんのため他界しました。
彼は生前、次の言葉を残しました。
「健康を失うと、すべてを失う」
「どれだけお金があっても、自分の代わりに死んでくれる人は見つけられない」
膵臓がんを患って、残り時間が限られていると悟ったときの言葉には重みがあります。
Appleは世界で初めて時価総額1兆ドルを突破した会社として有名です。
スティーブ・ジョブズは、言うまでもなくお金持ちであり、大富豪です。
そんな彼でも健康を失うことで、ビジネスの表舞台から姿を消すこととなりました。
資産といえば、お金・土地・不動産が思い浮かびますが、健康はそれ以上の価値があります。
健康であってこそ、やりたいことができます。
仕事や勉強に打ち込めます。
おいしいものを食べたり、スポーツを楽しめたり、旅行に行けたりします。
大きな失敗があったとしても、健康があればやり直しもできます。
しかし、健康を失ってしまうと、やりたいことがあってもすべてできなくなります。
スティーブジョブズが残した言葉のように「健康を失うと、すべてを失う」となり、どうしようもなくなるのです。
健康の価値は計り知れません。
健康を犠牲にしてまで仕事に打ち込むのは大変危険なことです。
体を酷使して一心不乱に仕事をしていても、肝心の健康を失っては意味がありません。
健康は人生で最もかけがえのない資産ですから、大切にしてもしすぎることはありません。
どれだけ多忙でも、健康だけは大切にしてください。
年に1回は健康診断を受けましょう。
「栄養バランスの取れた食事」「適度な運動」「十分な睡眠」の3つを心がけてください。
忘れてはならないのは「ストレス解消」です。
小さなストレスも、積み重なると大きくなります。
大きなストレスは、健康を害する要因となるため、定期的なストレス解消を心がけましょう。
すでに健康を崩しているのであれば、回復に全力を尽くしてください。
運動や食生活を見直して、少しでも健康を取り戻しましょう。
手遅れになってからでは遅いので、早めに取りかかるのが賢明です。
健康には万全の注意を払ってください。
健康でさえいれば、何でもできます。
健康を大切にすることは、体だけでなく、人生を大切にすることにもなるのです。
あるところに、息継ぎに悩んでいる水泳選手がいました。
クロールは群を抜いて速いのですが、息継ぎに癖があって、スムーズに泳げないでいました。
何度練習してもうまくならない。
息継ぎのせいで体が沈んでしまったりスピードが落ちたりします。
うっかり水を飲んでしまうこともしばしば。
クロールのフォームは美しいのですが、息継ぎがネックになっているせいでスピードが落ち、順位もタイムも悪くなっていました。
競技ではなかなか良い結果を出せないでいました。
「どうしても息継ぎがうまくできない。なんとかうまい方法はないものか?」
悩んでいたある日、ふとユニークな発想が浮かびました。
息継ぎなしで泳ぎ切ることにしたのです。
水泳競技では息継ぎが必須というルールはありません。
今までは「息継ぎはするものだ」という思い込みがありましたが、発想を変えて息継ぎなしで泳いでみることにしたのです。
必要なのは、肺活量のみ。
大会に向けて徹底的に肺活量を鍛えました。
その結果、本番では、50メートルもの距離を息継ぎなしで泳ぎ切りました。
しかも息継ぎをしない分、水の抵抗が減って、見事に1位に輝きました。
それだけではありません。
1位という結果だけでなく、大会新記録まで打ち立てました。
それからというもの、その人は息継ぎなしが自分の競技スタイルになりました。
この話は、私たちにも通じるところがあります。
あなたに苦手や不得意があるとします。
何をどうやってもそれを克服できないなら、いっそのこと「なし」にできないか考えてみてください。
「しなければいけない」「そうするものだ」という思い込みほど怖いものはありません。
頭を柔らかくしましょう。
常識にとらわれず、思い込みや先入観を捨てて、柔軟な発想を取り入れてください。
息継ぎの下手な選手が息継ぎなしで50メートルを泳ぎ切ったように、無理に克服するより、回避できる方法を考えればいい。
克服を諦めることが、突破口になることがあります。
素晴らしいブレイクスルーが生まれるかもしれないのです。
好きな人がいて、理由を聞くとさまざまな返事が返ってきます。
「かわいいから好き」
「かっこいいから好き」
「お金持ちだから好き」
「頭がいいから好き」
「アクティブだから好き」
好きな理由もさまざまです。
「なるほど」と普通に納得するところでしょう。
きちんと好きの理由を把握できているのは、良いことであるように思われます。
あなたにも好意を寄せる対象があって「○○だから好き」というセリフを口にすることがあるかもしれません。
人に理由を聞かれることがあれば、すぐ答えられます。
「○○だから好き」
よく聞かれるセリフですが、実はここに隠れたリスクが潜んでいます。
一言で言うと「条件付きの好き」なのです。
好きに理由があるということは、その理由がなくなれば、好きではなくなるということです。
「○○ができるあなたが好き」ということは「○○ができなくなったあなたは好きではない」ということになります。
嫌いになる可能性もゼロではありません。
条件は変わることがあります。
条件が変わらない保証はどこにもありません。
「かわいいから好き」「かっこいいから好き」と言う人がいます。
人は誰でも年を取り、老いていけば外見も衰えます。
白髪が増え、しみやしわも増え、体力も落ちます。
「かわいいから好き」「かっこいいから好き」ということは、容姿が衰えれば、好きではなくなることになります。
「お金持ちだから好き」と言う人がいます。
そのときはお金持ちでも、今後はわかりません。
あるとき仕事を失うかもしれません。
事情があって、収入が激減するかもしれません。
自分に非はなくても、世の中の景気に左右されたり、会社都合による退職というケースもあったりします。
「お金持ちだから好き」ということは、年収が下がったり仕事を失ったりすれば、好きな気持ちも消滅するでしょう。
「頭がいいから好き」「アクティブだから好き」という人もいるでしょう。
老いを迎えるにつれて、記憶力も体力も衰えます。
ある日、突然病気にかかわり、障害を負う可能性もゼロではありません。
知能や運動神経に影響が出ることがあれば、好きではなくなることになります。
条件付きの好きは、条件が変われば、好きではなくなることになります。
条件付きの好きは、本当の好きではありません。
その条件が好きなだけです。
「かわいいから好き」「かっこいいから好き」という人は「容姿」や「スタイル」という条件が好きです。
「お金持ちだから好き」という人は「資産」や「年収」という条件が好きです。
「頭が良いから好き」「アクティブだから好き」という人は「頭の良さ」「アクティブ」という条件が好きです。
条件が変われば、いとも簡単に崩れてしまう、表面的な好きにすぎないのです。
本当の好きを求めるなら、条件なんて付けないことです。
ベストは「無条件の好き」です。
「すべてが好き」
「好きなものは好き」
「何があっても好き」
これでいいのです。
無条件の好きは無敵です。
年を取ろうと容姿が変わろうと何があろうと、ずっと好きでいることができます。
好きに理由はいりません。
好きに理由はないほうがいいのです。
条件がなくても好きになれる人や事を見つけてください。
無条件の好きがある人は、時代や環境に振り回されることはありません。
「条件付きの好き」より「無条件の好き」のほうが、はるかに強いのです。
いつでもどこでも気軽に写真を撮れる時代になりました。
以前であれば、カメラがなければ写真を撮れませんでしたが、今は違います。
スマホや携帯電話にはカメラ機能が標準搭載されているため、わざわざカメラを持たなくても手軽に写真撮影を楽しめます。
カメラ機能の性能も高く、高精細な写真を撮ることも可能です。
ズーム機能、タイマー機能、連写機能、オートフォーカス機能、HDR機能、手ぶれ補正機能、シーンモード切り替え機能など。
高性能のカメラと遜色ないほど質の良い写真が撮れるようになりました。
写真だけでなく、動画を撮ることもでき、大変便利な時代になりました。
今やほとんどの人がスマホを持っていて「一億総カメラマンの時代」に入ったといえるでしょう。
その反面、私たちは「目に焼き付けること」が減っています。
たしかに写真さえ撮っておけば、あとから何度でも見直せます。
「見るのは後回しでいい。とにかく写真を撮ろう」と、一生懸命写真に撮ることが多いもの。
「撮ることが優先。見ることは後回し」となりがちです。
撮ることに一生懸命で、肉眼で見ることがおろそかになる。
自分の目に焼き付けることを忘れていることが多いのです。
しかし、美しい景色と出会ったとき、まず肉眼で見ることが大切です。
自分の目で見るからこそ、しっかり感動できます。
写真を撮ることはできても、生の感動は、その瞬間しか味わえません。
撮ることばかりに気を取られていると、自分の目で見ることを忘れてしまいます。
感動できることも感動できなくなり、貴重な機会を逃すことになるのです。
いま一度、目に焼き付けることを意識してください。
素晴らしい景色と出会ったときに大切なのは、まず自分の目で見ること。
そして、目に焼き付けることです。
写真を撮ることも大切ですが、目に焼き付けるのはもっと大切です。
大事な一瞬もあるかもしれませんが、できるだけ写真撮影は必要最小限にして、自分の目で見るようにしたい。
目に焼き付け、記憶に焼き付け、心に焼き付けましょう。
自分の肉眼こそ、最高のカメラです。
フランス生まれのバルビゾン派・写実主義の1人に、ミレーという画家がいます。
『種まく人』『落穂拾い』『晩鐘』など、農民生活を主題とした絵を描いたことで有名です。
そんなミレーには、面白いエピソードがあります。
実は彼が結婚式を挙げたのは、とても遅かったのです。
亡くなる17日前でした。
彼が31歳のとき、家政婦をしていたカトリーヌと出会い、付き合いますが、結婚式は挙げていませんでした。
「なぜ結婚式を挙げないのか」と思いますが、そこには難しい事情があります。
30代のミレーは、画業に励んでいるものの、なかなか絵が売れず、非常に収入が少ない状況でした。
一方、彼女の実家も大変貧しく、生活に困窮している状況でした。
そのため双方の家族で結婚に大反対だったのです。
そこで2人は駆け落ちし、パリへ行きます。
カトリーヌと結婚したのは、出会ってから10年がたった、39歳のころです。
しかし、書類上の結婚はできても、教会での結婚式はまだ挙げていませんでした。
信仰心の強いミレーは、そのことがずっと気がかりだったのです。
その後、40代に入ってから少しずつ名前も広まっていき、売れ始めます。
50代に入って、ようやく大きな収入と名声を得られた状態で、まさに「遅咲きの画家」でした。
ところが60歳になったとき、健康状態が急激に悪化します。
死期を悟ったミレーは、長年苦労をかけたカトリーヌや子どもたちのために、教会で結婚式を挙げました。
生きているうちにしなければいけない最後の仕事でした。
ミレーにとって、結婚式は「けじめ」だったのです。
教会で結婚式を挙げたミレーは、その17日後に亡くなりました。
このことから私たちが学べることがあります。
「けじめは生きているうちにつけておく」ということです。
「いつかやらなければ」と思うことは、早めにやっておきましょう。
もたもたしていると、機会を逃します。
けじめをつけたいことがあれば「できるだけ早め」が大切です。
人生でやり残していることなら、なおさらです。
死んでからでは遅いことがあります。
たとえ結婚式のようなイベントでも、心残りであれば、挙げておくほうがいいのです。
人生でやり残したことがあれば、生きているうちにしておくことです。
できるだけ早めにしておくのがベストです。
「今さら遅いかな」と思うことでも、生きているうちなら間に合うのです。
今日が平和な1日であったことを喜びましょう。
「平和」ということは「トラブルがない」「特別なこともない」ということです。
普通で当たり前のことに思うかもしれませんが、そうではありません。
平和であることは実に素晴らしいことです。
特にこれといったことはありませんが、それがいいのです。
刃物で襲われることもない。
銃を向けられることもない。
奴隷にされることもない。
理不尽な暴力を受けることもない。
ミサイルが飛んでくることもない。
理不尽な拷問や迫害を受けることもない。
死の危険にさらされることがないのは、ありがたいこと。
そして恵まれたことです。
なんて幸せなことなのでしょう。
私たちが今こうして平和な日々を送ることができるのは、先人が平和を勝ち取った証拠です。
今日が平和だったから、あなたは今日も穏やかな1日を過ごせました。
平和だからこそ、今こうしてあなたは普通の暮らしを実現できています。
これほどありがたいことはありません。
ちょっとしたトラブルがあったかもしれませんが、大したことではありません。
少々トラブルがあろうと、平和さえあれば、なんとかなります。
平和さえあれば幸せです。
平和があるからこそ、私たちは普通に仕事ができたり、普通に友人とおしゃべりができたり、普通に趣味を楽しめたりできます。
平和を勝ち取ってくれた先人に感謝しましょう。
平和を味わい、平和を楽しみ、平和を喜びましょう。
今日の平和を噛み締めたら、次は明日の平和を願いましょう。
平和さえあれば十分であり、ほかに何も望むことはありません。
平和ほど、幸福なことはないのです。
ある注目のトーナメントで、見事優勝を果たした選手が大粒の涙を流していました。
インタビュアーがマイクを向け、質問します。
「優勝、おめでとうございます。白熱したプレイでしたね。今のお気持ちは?」
てっきり勝利の嬉しさで泣いているのかと思いきや、意外な答えが返ってきました。
「自分のミスが恥ずかしい。あんなつまらないミスをするなんて、われながら情けない」
嬉しさで泣いているのではありませんでした。
悔しさで泣いていたのでした。
試合では優勝できたものの、つまらないミスやエラーが多く、自分のプレイにまったく納得いかない様子でした。
試合中につまらないミスをしてしまったことがあまりに情けなくて、涙が止まりません。
試合では勝てたものの、本人としては「自分に負けた」と感じていたため、悔し涙を流しているのです。
その人は、きっと次の試合でも優秀な成績を収めるでしょう。
結果に甘んじることなく、反省と改善を繰り返し、上を目指す姿勢があるのは素晴らしいことです。
勝利や成功を果たしたからといって、そこで慢心しないことです。
結果に甘んじ、調子に乗っていると、油断を招いて実力の低下につながります。
勝利や成功を果たしても、一から十まですべてパーフェクトとは限りません。
内容を振り返れば、悪い点や改善点があるはずです。
悔し涙を流す勝者のように、うまくいっても調子に乗らず、自分なりに課題を見つけて反省しましょう。
そういう人は、これからも右肩上がりの成長を実現できるのです。
「あり得ない」という一言が口癖になっている人がいます。
「絶対あり得ない」
「それはあり得ないね」
本人は軽い気持ちで口にしているのでしょう。
もちろん本当に可能性がゼロのときであれば、まだいいのです。
死んだ人が生き返るのは、普通に考えてあり得ないことでしょう。
タイムマシンで過去や未来に行くことも、現時点の技術ではあり得ないことです。
可能性がゼロでないとしても、限りなくゼロに等しいと思うことなら「あり得ない」と言うのも納得です。
日常にはあり得ないという発言どおりの場面もあります。
だからといって、日頃から軽い気持ちで口にしているなら注意が必要です。
口癖になっている人は、可能性が少し低い程度で口にします。
ことあるごとに「あり得ない」と言って、相手の発言を一蹴します。
言われた側の気持ちを想像してみてください。
「あり得ない」は完全否定の言葉です。
「あなたの言っていることは100%間違っています」と言っているのと同じこと。
完全否定をされて嬉しい人はいません。
気分的に良い言葉ではないため、ほとんどの人がむっとして、心証を害するはずです。
日頃から軽い気持ちで「あり得ない」を連呼していると、思わぬ不快感を与えかねません。
「あの人はなんだか感じが悪い」
「あの人に話しかけても、すぐ否定されてしまう」
話しかけられなくなったり、大切な情報が回ってこなかったりすることが増え、思わぬ不利益を被ることになるでしょう。
対人関係にひびを入れることになり、いつの間にか周りに大勢の敵をつくることになります。
特にビジネスの場で「あり得ない」を連呼していると、職場の人間関係にひびを入れることになるのは間違いありません。
目上の人に向かって「それはあり得ません!」と否定しようものなら、ひんしゅくを買うのは間違いありません。
遅かれ早かれ干されてしまい、出世の道も閉ざされてしまうでしょう
「あり得ない」が口癖の人は、今すぐ改めることをおすすめします。
運命を変えるのに時間がかかると思っていませんか。
もしそう思っているなら、誤解です。
運命を変えるのに時間はかかりません。
運命が変わるのに時間がかかると思っているから、時間がかかるのです。
「運命」という荘厳な響きのためでしょうか。
運命を変えるのに時間がかかると思っている人が少なくありません。
思い込みとは怖いもので、一度そうだと思ってしまうと、それ以外の可能性を考えることができなります。
ベートーヴェンの名曲『運命』には荘厳な響きがありますが、そうした印象に惑わされないことです。
時間がかかるものだと思い込んでしまうと、新しいチャンスをつかむのに時間がかかってしまいます。
時間がかかる方法もありますが、時間がかからない方法もあります。
今すぐ書店に行って、面白そうな本を買って読んでみてください。
視野が広がり、新しい価値観が得られ、運命が変わるでしょう。
今すぐ社交の場に出かけてください。
新しい出会いが生まれ、それだけで運命が変わるでしょう。
今すぐ名作を呼ばれる映画を鑑賞してください。
今まで味わったことのない世界を疑似体験でき、それだけで運命が変わるでしょう。
今すぐ習い事を始めてください。
新しいスキルが身につき、新しい人間関係も生まれ、運命の変化を実感できるでしょう。
今すぐ引っ越しをしてください。
お金と手間暇はかかりますが、引っ越しをすればがらっと環境が変わるので、運命の扉が開きます。
ほら、運命を変えるのに時間はかからないと気づかされるはずです。
重い腰を上げる必要はありますが、きちんとアクションを起こせば、あなたの運命は変わります。
忘れてはならないことがもうひとつあります。
今あなたはここで「運命を変えるのに時間はかからない」ということを知りました。
このことも、あなたの運命を変える出来事の1つになるはずです。
「運命を変えるのに時間がかかる」という思い込みを捨て、新しい一歩を踏み出しましょう。
そこには今までとは違った毎日が待っています。
「日本の未来は暗い」と嘆く人がいます。
テレビをオンにすると、暗いニュースが次から次へ飛び込んできます。
少子高齢化、年金問題、経済の悪化、環境問題など、メディアは不安を誘うニュースのオンパレード。
たしかに日本の未来には、一定の不安要素があるのは事実です。
日本の技術の海外流出、あるいは企業の海外進出によって「産業の空洞化」が加速しています。
どんどん人口が減少していき、国力の低下が進んでいます。
未婚率の上昇や出生率の低下によって、少子化がさらに加速するのは間違いありません。
少子高齢化の影響で、将来もらえる年金は今より少なくなることが予想されています。
暗いニュースばかり見ていると、日本の未来が暗く感じてしまうのも当然です。
あたかも日本という国が沈没しているような錯覚を覚えるのです。
しかし「日本の未来は暗い」と言う人ばかりではありません。
世の中には「日本の未来は明るい」と言う人がいます。
なぜそう言えるのか。
暗いニュースより明るいニュースに目を向けているからです。
「日本の未来は明るい」と言う人は、ニュースのチェックに工夫があります。
暗いニュースは最低限のチェックだけにして、明るいニュースを集中的にチェックしています。
日本の未来は暗いことばかりかというと、そうではありません。
新しい技術の誕生や発展があるでしょう。
多様性の受容がどんどん広がっているでしょう。
ますます医療が進歩していき、健康寿命が延びていくでしょう。
通信技術が発達して、今より働きやすい環境が広まっていくでしょう。
若手が活躍するニュースに目を向けることも大切です。
マイナス要素だけの状況はありません。
世間のニュースには、暗いものもあれば、明るいものもあります。
「日本の未来は明るい」と言う人は、日頃から明るいニュースを集中的に見ているため、前向きな発言となるのです。
もちろん暗いニュースとはいえ、完全無視というわけにもいきません。
私たちの生活に直結している情報もあるので、必要な情報はキャッチしていく必要があるでしょう。
ただし、暗いニュースのチェックは最小限にとどめ、明るいニュースを重点的にチェックしてください。
大切なことは「どちらに重点を置くか」です。
子育てや人間関係にも言えることですが、ネガティブよりポジティブに目を向けることが大切です。
暗いニュースより明るいニュースをチェックしてください。
「意識的な取捨選択」が必要です。
暗いニュースのチェックは最低限にして、それ以上に明るいニュースをチェックしましょう。
そうすれば「大変なこともあるが、それ以上に素晴らしいことがある」と思えます。
おのずと「日本の未来は明るい」という発言になるのです。
過去に挫折したことを「道が閉ざされた」と考える人がいます。
大きな夢と希望と抱いてチャレンジしたものの、途中でくじけてダメになったことがあるでしょう。
たしかに挫折は苦く苦しい経験です。
「これは自分に合っていないな」とわかります。
挫折には痛烈な敗北感があり、ひどく惨めな気持ちを味わうことになります。
挫折経験は心の傷となり、自分にとって闇歴史となっている人もいるでしょう。
「もう二度と手を出さない!」と考えるのも無理はありません。
しかし、挫折したからといって、その道が完全に閉ざされたとは限りません。
完全に諦めないことです。
「再チャレンジしても、どうせ同じ結果に終わる」と思うところですが、実際はわかりません。
当時と今とでは、状況が違います。
私たちは年齢を重ねるにつれて、知識や経験を積み重ねて成長しています。
昔と比べれば、今は大きな成長を遂げているでしょう。
当時と今とでは、別人のように大きく生まれ変わっているでしょう。
また前回は、条件が整ってなかっただけかもしれません。
前回は条件が悪かったとしても、今回は条件が良いかもしれません。
だからこそ、挫折したこと再チャレンジです。
挫折を挫折のままで終わらせるのではなく、再チャレンジしてください。
「次こそは成功させる!」の精神です。
すでに挫折経験があれば、どのあたりでつまずきやすいのか見当がついているので、準備も対策もしやすいはずです。
あなたが過去に挫折したことは何ですか。
「再チャレンジしても同じ結果で終わる」と考えるのではありません。
「今ならうまくいくかもしれない」と考えてください。
学生時代に挫折したギターを、大人になってから再チャレンジしてみるのもいいでしょう。
20代に挫折したピアノを、30代や40代になってから再チャレンジしてみるのもいいでしょう。
新人時代に挫折した英会話を、海外転勤を機に再チャレンジしてみるのもいいでしょう。
どうか夢と希望を捨てないでください。
人生に「今さら」はありません。
過去に挫折したからといって、次も挫折するからとは限りません。
完全に道が閉ざされたわけでない。
過去に挫折したことでも、年齢と経験を重ねた今チャレンジすると、あっさりクリアできるかもしれません。
挫折したことに再チャレンジするのが面白い。
挫折したことに再チャレンジすることも、人生の楽しみの1つです。
学校では、歴史人物の家系図を暗記しなければいけない場面があります。
歴史の試験で問われることがあるので、覚えなければいけません。
歴史の試験で良い点をとるために、ざっくりとした家系図を覚える必要があり、苦労させられたことがあるでしょう。
その一方で、実家の家系図となるとどうでしょうか。
もちろん実家のことなので、祖父母までの3親等以内であれば、すでに頭に入っているでしょう。
しかし、家系図はそこで終わりではありません。
ここでチャレンジしたいのは「6親等」です。
6親等までの家系図は広範囲に及びます。
日本の民法上、親族は「6親等内の血族」「配偶者」「3親等内の姻族」と定められています。(民法725条)
つまり、親族は、最大6親等まで範囲が及ぶことになります。
6親等の人は遠縁の人に思われがちですが、法律上では親族ですからきちんと頭に入れておくことが大切です。
いま一度、実家の家系図をしっかり頭に入れておきましょう。
自分の血族を理解することになります。
大きな紙に家系図を書いてみれば、すっきりして見やすくなります。
めったに会わない人もいるでしょう。
なかには一度も会ったことのない人もいるかもしれませんが、だからといって自分に無関係な人ではありません。
先に述べたとおり、日本の民法上、6親等までは遠縁ながらも血族です。
これは、歴史人物の家系図を勉強するより重要なことです。
歴史人物の家系図は自分に関係しませんが、実家の家系図は自分に関係します。
家系図を、メモを見ずに記憶だけで書けるようになっておくと理想的です。
漢字で書ければパーフェクトです。
家系図をかけるようになれば、親族関係の整理がつくだけでなく、親族に対する意識も高まるでしょう。
実家の家系図は自分に関係していることなので、頭に入れておいて損はないのです。
たまにはつらいことや悲しいこともあったほうがいいのです。
つらいことや悲しいことが1つもなく、嬉しいことや楽しいことばかりだと、どうなるでしょうか。
最高に幸せな人生を送れそうな気がしますが、現実は違います。
人間は慣れる生き物です。
嬉しいことや楽しいことにも、同じことが繰り返されると、だんだん普通になってきます。
感情が高ぶることが減っていき、最初にあった感動も薄れていく一方。
緊張感が失われ、飽きがエスカレートしていき、当たり前の感覚が麻痺してきます。
いつしか平和ぼけを起こしてしまい、人生が退屈に感じてくるのです。
ここで必要になるのが、つらいことや悲しいことです。
つらいことや悲しいことがあるおかげで、びしっと気合が入り、目が覚めます。
嬉しいことや楽しいことがあったとき、その素晴らしさがよく感じられます。
嬉しさや楽しさがひしひし心に染みる。
そしてその幸せを、しっかり噛み締めることができるようになります。
つらいことや悲しいことは、人生のスパイスです。
ゼロにするのではありません。
ときどきあったほうがいいのです。
つらいことや悲しいことがあれば「神様からの試練」として受け入れてください。
あなたが平和ぼけをしないために、神様があなたにときどき試練を与えます。
ストレスがあってちょっと大変かもしれませんが、人生のスパイスとしてありがたく受け入れましょう。
困難を受け入れると、乗り越えやすくなります。
つらいことや悲しいことがあるおかげで、嬉しいことや楽しいことがあっとき、心の奥まで染みるのです。
ひどい言葉は、言うほうは忘れていても、言われたほうが覚えているものです。
子どものころを思い出してください。
人からひどい言葉を言われて、強烈なショックを受けた経験があるでしょう。
ばかにされた一言、心をえぐるような悪口、悪質な誹謗中傷。
ほんの一言でも、ぐさっと心に突き刺さった言葉は、忘れようにも忘れられません。
子どものころの出来事にもかかわらず、大人になっても覚えているはずです。
ひどい言葉は、感情が激しく揺さぶられるため、記憶に深く刻まれるのです。
言葉は「便利な道具」である反面、使い方を誤れば「鋭い刃物」になります。
ひどい言葉は相手の心にぐさりと突き刺さり、心に傷を負わせます。
体の傷はしっかり休養を取れば比較的スムーズに回復しますが、心の傷は違います。
心の傷は治るのが遅く、体の傷より何倍も何十倍も時間がかかります。
程度によっては一生癒えない傷になることもあるのです。
ところが一方で、ひどい言葉を言った側は覚えていません。
言った瞬間に忘れます。
「あのときこんなひどいことを言ったよね」と問いだしても「そんなこと、言ったっけ?」という反応しか返ってきません。
知らないふりをしているのではなく、本当に覚えていないのです。
言った側には、傷を受けません。
傷を受けるのは、言われた側です。
加害者であるにもかかわらず覚えていないのは納得のいかない話ですが、これが現実です。
誹謗も中傷も、言う側は忘れますが、言われた側はずっと覚えています。
ひどい言葉を言われて心に深い傷を負った側は、ことあるごとに「あのときの一言は忘れられない」と恨むことでしょう。
言う側と言われた側には、記憶の残り方に大きな隔たりがあるのです。
ひどい言葉は、とにかく言わないほうがいいのです。
うっかり口にした一言で、相手の心に深い傷を負わせてしまうかもしれません。
時には一生の傷を負わせてしまうこともあります。
自分の知らないところで、相手から恨まれ続ける可能性もゼロではありません。
しばらくたってから、あとから面倒なトラブルに発展する可能性もあります。
ひどい言葉は、心で思うことはあっても、口に出さないことです。
悪口も誹謗中傷も、傷つく言葉はすべて禁句にするのが賢明です。
ひどい言葉を一切言わないようにすれば、人間関係のトラブルは大幅に減るのです。
読書やテレビ視聴を楽しんでいるとき、ふと素朴な疑問が湧くことがありませんか。
「なぜ虹はアーチ状なのだろうか?」
「国によって主食が異なるのはなぜだろうか?」
「なぜ小麦は、米みたいに、粒のまま食べないのだろうか?」
疑問が湧いたとき「気になるけどまあいいか」とスルーしそうになるかもしれません。
たしかに疑問を放置しても生活には何の影響もしないでしょうが、ここが運命の分かれ道です。
疑問が湧いたら、すぐ調べる癖をつけてください。
私たちには「インターネット」という文明の利器があります。
インターネットは知識の宝庫です。
世の中にあるたいていの疑問は、QAサイトに載っています。
手持ちのスマホで調べれば、よほど珍しい疑問でないかぎり、すぐ解消できるでしょう。
ネットで数分調べれば、すぐ疑問を解消できるのですから、これほどありがたいことはありません。
疑問が湧いたときは、見方を変えれば、賢くなるチャンスです。
湧いた疑問を解消させることで、新しい知識が得られ、少しだけ頭が良くなります。
もやもやしていた疑問がすっきり解明されることで、頭の中の霧が晴れ、世の中の見通しが良くなります。
調べて疑問が解消されたら、話のネタにもなるので、会話を広げるときにも役立ちます。
忘れてはならないのは、小さな疑問です。
大きな疑問が気になるのはもちろんですが、小さな疑問も見逃さないでください。
「まあいいか」とスルーしてしまいそうですが、小さな疑問でも、気になる気持ちがあることに変わりありません。
小まめに調べる癖をつけましょう。
興味関心が湧いているときは、吸収力が高くなっているタイミングです。
気になる気持ちがあるうちに確認すれば、記憶に残りやすくなるうえ、忘れにくくなります。
意味や理由が分かれば「なるほど!」という快感が得られるとともに、どんどん賢くなります。
大切なことは、面倒くさがらず、小まめに一つひとつ調べる習慣をつけましょう。
知らないことを知ることは、とても楽しいこと。
自分の中にある世界を広げていくことになるからです。
疑問が湧いたらすぐ調べる癖をつけることで、新しい自分に近づいていくのです。
みんなに笑われたことに悩んでいる人がいます。
「試合で負けたので、みんなに笑われました」
「告白して振られたので、みんなに笑われました」
「仕事でつまらない失敗してしまい、みんなに笑われました」
思うように結果を出せず、惨めな姿をさらすことになったので、みんなに笑われたと悩んでいます。
しかし、これは大きな誤解です。
「みんな」という言葉で、ひとくくりにしないことです。
「みんな」ということは「100人中100人」ということです。
もっと言うと「地球上のすべての人」ということです。
それはあり得ません。
「みんなに笑われた」は、悪い思い込みです。
みんなに笑われた状況があれば、一度冷静になって、じっくり周囲を見渡してください。
ほとんどの人が笑っているかもしれませんが、なかにはそうでない人もいます。
「わかるよ」と共感してくれる人がいるはずです。
優しいまなざしであなたを見守ってくれる人がいるはずです。
ねぎらいの言葉をかけてくれたり、称賛の拍手を送ったりする人もいるかもしれません。
その人に目を向けることが大切です。
少数かもしれませんが、それでいいのです。
100人中1人いれば十分です。
みんなから好かれ、褒められ、認めてもらう必要はありません。
そもそもそれは不可能です。
世の中にはいろいろな人がいますから、意見も価値観も千差万別です。
あなたの努力をわかっている人は、必ずいます。
どんなに笑われる状況でも、理解者は必ず存在します。
その人に目を向けることが大切です。
笑う人がいれば、笑わせておけばいいだけです。
みんなに笑われていると思うと、完全に自信を喪失してしまいそうですが、そうではありません。
あなたが負けても、振られても、結果を出せなくても、それをわかってくれる人がいます。
自分勝手な思い込みで、可能性をつぶすことほど惜しいことはありません。
笑う人のことはほうっておいて、応援してくれる人に注目してください。
その人と付き合えばいいのです。
理解者が100人のうち1人いれば、御の字です。
あるところに「もう年だから」と嘆く70代がいました。
何を始めるにも遅すぎるように感じて、今さら新しいことを始める気になれないでいました。
深いしわが目立ち、髪はほぼ白髪。
幸い大きな病気はありませんでしたが、足腰は弱っていて、身体機能の衰えが目立っていました。
なかなか前向きな気持ちが持てず、生きる気力も持てないでいました。
あるとき、老人ホームへ入居することになりました。
そこでユニークな体験をすることになります。
入居者は、80代や90代ばかりでした。
なかには100歳を超える人もちらほらいます。
70代のその人は、その老人ホームで最年少でした。
この日を境に、周りの先輩たちから言われます。
「70代なんてまだまだ若い。私たちから見れば、若者ですよ」と。
80代や90代から見れば、70代は「若い」と言えます。
100歳から見れば、子どもに見えるでしょう。
70代のその人は、だんだん心境に変化が生まれてきました。
周りから「若い、若い」と言われ続けたため、だんだん本当にそう思えるようになっていったのです。
それからというもの「もう年だから」という口癖はなくなりました。
自分より年齢が高い人に囲まれていると、とても言えるセリフではありません。
そして、昔からやりたかった絵画を始めるようになりました。
笑顔も増えて「人生はまだまだこれから!」という気持ちも強くなっていったのです。
「もう年だから」と嘆かないでください。
それは気のせいです。
「若さ」の定義なんて、あってないようなもの。
若いと思えば、若いのです。
青春と思えば、青春なのです。
「私は若い」と思うだけで、心に若々しいエネルギーがみなぎってきます。
体の年齢には逆らえませんが、年齢に負けない若々しい生き方なら可能です。
若々しい気持ちさえ心がければ、一生若者でいることも夢ではありません。
あなたは今日、ラッキーな出来事に3つ恵まれています。
「幸運なことなんてない」
「3つどころか1つもない」
そう思うかもしれませんが、誤解です。
じっくり1日を振り返ってみてください。
きっと心当たりがあるはずです。
アンラッキーなことがあったとしても目を向けず、ラッキーなことだけ目を向けてください。
ちょっとしたことに思うかもしれませんが、どれもラッキーな出来事です。
1日を振り返ってみてなかなか見つからないなら、もっと敷居を下げてください。
ラッキーな出来事は、本当にささいなことでいいのです。
じっくり振り返ってみると、3つは見つかります。
3つどころか、4つも5つも見つかることもあるはずです。
なんて素晴らしいのでしょう。
毎日就寝前は、1日を振り返り、ラッキーな出来事を3つ思い出しましょう。
「今日もいい1日だったなあ」と思うことです。
ラッキーな出来事に感謝しながら目をつぶれば、自然な眠気に包まれます。
恵まれていることに気づかされると温かい幸福感に包まれ、スムーズに入眠できるのです。
美容院に行って、髪型を変えました。
雰囲気を変えたくて、がらっと髪型を変えることにしました。
髪はいわば顔の額縁です。
顔の印象の7割はヘアスタイルで決まると言われています。
そんな髪型を変えるのは、勇気のいる大きな決断です。
「友人になんて言われるかなあ? 職場の人になんて言われるかなあ? 何人くらい声をかけてもらえるかな?」
思いきって髪型を変えた次の日は、周りからの反応が楽しみでわくわくします。
ところがです。
思いのほか、周りから何も言われない。
完全にスルーです。
「髪型を変えたのに、誰も何も言ってくれない。気づいてもらえていない」
だんだん不安になります。
気づいていてスルーされているのか、そもそも気づいてもらえていないのか、それもよくわからない。
まったく反応がないと、美容院で時間とお金をかけたかいがありません。
周りからスルーされると、ちょっと寂しい気持ちになることがあるものですね。
髪型を切った次の日、周りからスルーされて、寂しい思いをした経験があるのではないでしょうか。
あなたの身近に髪型を変えた人がいれば、ぜひ声をかけてあげてください。
一言でいいのです。
「髪型、変わったね!」
「髪、切ったんだね!」
「いい感じ。似合ってますよ!」
もちろん肯定の言葉をかけるのがお約束です。
ちょっと髪型がおかしくても、ご愛嬌です。
「いちいち声をかけるほどのことでもない」と思うかもしれませんが、髪を切った本人にとっては思いきった行動です。
そこには時間とお金がかかっています。
勇気を出して、大きな決断をしました。
ささいな一言で喜んでくれます。
「きちんと気づいていますよ」というメッセージになります。
美容院で時間とお金をかけたかいがあったと嬉しくなるのです。
「死」があることを嘆いてはいけません。
死があることは、ありがたいことです。
受験は終わりがあるから集中できるように、人生も終わりがあるから集中できます。
限りがあるとわかっているから頑張れます。
適度なタイムプレッシャーが、集中力と行動力を高めるのです。
一生懸命になれるから、時間が濃密になっていき、楽しさもアップします。
仮に永遠の命を手に入れ、人生が無限に続くとなるとどうなるでしょうか。
不老不死の人生は素晴らしく思えますが、実際は惰性に襲われ、だらだらしてしまうに違いありません。
「時間は無制限にある」と思うと、まったく急ぐ必要がなくなります。
計画も段取りも不要になります。
「別に今やらなくていい」「また今度すればいい」という思考に陥ってしまいます。
何もやる気が起きず、永遠にやらなくなるでしょう。
「死」という概念がなくなれば、緊張感がなくなり、人生はつまらないものになるはずです。
死があるからこそ「今を一生懸命生きよう!」「限りある人生を楽しもう!」となります。
残り時間を意識できるから、高い集中力が生まれます。
そして、すべてのことが楽しくなるのです。
死は、すべての人が迎える、人生の終着駅です。
自分一人だけ迎えるものであれば孤独を感じますが「すべての人が最後に迎えるもの」と思えば、怖いことではなくなります。
一体感や仲間意識が生まれるのです。
死は、いつ訪れるかわかりません。
老衰するとは限りません。
事故や事件で急死することもあります。
いつ訪れるかわからないから「何事も早めにやったほうが良い」という前倒し思考となり、行動力が生まれます。
人生は思いどおりにいかないし、思いもよらないこともたくさん起こります。
時には矛盾にぶつかることもあります。
そうしたことを含めて「楽しい」のです。
「死」というデッドラインがあるおかげで、目の前のことに没頭できます。
泣いても一生、笑っても一生。
死の締め切りに間に合うよう、悔いのない人生を送りましょう。