私は昔、読書をしない人間でした。
100ページ以上もある本を読んでいると、必ず途中で眠くなります。
気づけば、いつもよだれをたらして眠っているという状態でした。
読書をするためのいちばんのコツは「買ってきたその日のうちに読み始めること」です。
1日たりとも、日をあけてはいけません。
レジでお金を払って買った瞬間から、読み始めるのです。
本は、買ってすぐ読み始めるのがいいのです。
買っても、時間を置けば置くほど、読みたい気持ちが冷めてしまいます。
そもそも「後で読もう」と思う本は、買わないほうがいいでしょう。
あなたは読書をするときに、ラインを引くタイプですか。
それとも、まったく引かないタイプですか。
読書をするときに大切なことは、自分が大切だと思うところを、蛍光ペンでラインを引くという作業です。
重要だと思って引いた線は、本当に重要なところでしょうか。
誰にとっても重要と感じる部分でしょうか。
自分だけが重要だと思っている部分かもしれません。
本は、くしゃくしゃにしてこそ、意味があります。
手の垢で汚れ、紙がすり切れるまで使ってこそ、本も喜びます。
本が生かされることほど、本にとって嬉しいことはありません。
真面目な人は、読書をするときに、最初の1ページ目から順番にめくって読んでいきます。
生真面目な人は「最初から1ページずつ読まないといけない」という意識があります。
たしかに読書は読書です。
私は本を書くときには、いきなり途中から読み始めてもわかる内容であるよう心がけています。
一つひとつの項目で始まり、簡潔にまとめています。
最初から順番に読み進める必要のない内容にしています。
本は本でも、自分のお金で買うかどうかで、吸収力に大きな違いがあります。
お金を出して、本を買うかどうかです。
時間やお金を節約したければ、本は自分のお金で買って読むほうが、ためになります。
本は、お金を出して買ったほうが、よく身につきます。
私が、本を読み、本を書く立場の人間ですから、身をもって十分承知しています。
ここで、1つ疑問が湧きます。
読み始めて、思ったより面白くない本があります。
そうした本は、最後まで読み切る必要はありません。
面白そうだから買ったものの、思ったより面白くないときは、途中でやめてOKです。
読書をすることで、自分の中に眠っている潜在的思考が表面化します。
眠っている潜在的な言葉、考え、アイデアが、ふわりと表面に出てきます。
本を読めば読むほど、共感できる文章に出会いやすいからです。
読書をするときには、宝探しと同じです。
どこかに大切なキーワードが隠されています。
どんな本でもそうですが、内容を要約できます。
日常生活の中には「ちょっとした待ち時間」が多くあるものです。
・駅で電車を待っている時間
・バス停でバスを待っている時間
文章というのは、面白いものです。
難しい文章を書く人は、何を書いても難しい文章にしかなりません。
わかりやすい文章を書く人は、何を書いてもわかりやすい文章になります。
文字が小さな本には、当たり外れがあります。
本には、文字が小さな本と大きな本があります。
文字が大きな本には、外れはありません。
本を読むことでいちばん大切なことは、知識を得ることではありません。
意識を変えることです。
意識が変われば、その人の性格が積極的になり、行動が変わります。
つい先日、本屋で次のような会話を耳にしました。
「この本1,000円もするよ。高いな」
その人は、ちょっと文字を読むために1,000円も支払うことが、どうも気に食わないようでした。
私は普段、海外旅行に行くときには、本を持っていきます。
「わざわざ旅行のときくらい、本を持っていかなくても……」
私も最初、そう思っていました。
読書が習慣になると、最初に問題になるのが、金銭面です。
私もそういう時期を経験しました。
暇つぶしに1冊2冊くらいなら問題ないですが、習慣になり10冊20冊と増えると、金額も大きくなります。
読書をした後に忘れてはならないことは「行動すること」です。
本を読んで、著者から元気、やる気、勇気を分けてもらい、精神力を上げます。
読書を読み終わった後は、ささいな高揚感に浸りますね。
読書をするのは「目」だけとは限りません。
「耳」でも、読書ができます。
これを知っている、あるいはすでにしている人は、読書の方法に工夫を凝らしています。
読書をする人にぜひ読んでほしいのは、古典作品です。
何十年にもわたって語り継がれている、超ロングセラーです。
超ロングセラーは、長く語り継がれているだけあって、どれも中身が濃いものばかりです。
私は読書をした際に目にする文章を「一期一会」という気持ちで読んでいます。
今読んで、もう読み返すことはない気持ちで読んでいます。
たくさんの本を読めば読むほど、そういう意識が強くなりました。
読書の魅力は、連鎖させていくことです。
興味や関心を軸にして、次から次へと読書を連鎖させていくところに読書の魅力があります。
読書の連鎖には、次の2種類があります。
あなたは本を読み始めたとき、まずどのページから読み始めていますか。
おそらく大半の人が、こう答えることでしょう。
「1ページ目から読んでいる」
私がアメリカに留学していたころ、面白い光景があったのでご紹介します。
24時間のフィットネスクラブに通っていたときのことです。
仕事帰りのビジネスマンが、ウォーキングマシンでランニングをしながら読書をしている光景を目にしたことがあります。
あなたは本を買うかどうかの基準を、どう設けていますか。
本屋へ行き、気になる本を手に取り、ぱらぱらめくります。
「よさそうな本だけど買おうかどうしようかな」と迷います。
昔は、封建制度で身分や階級の違いがありました。
下級から上級へ這い上がるのは、制度が邪魔をして、難しいことでした。
ましてや、上下が逆転する事態は、歴史の教科書に出てくるほどまれでした。
本を読んで身につけた知識は、まだ本当に理解できている状態ではありません。
「わかったつもり」という状態です。
理解度としては、30%程度です。
私は昔、読書をしない人間でした。
100ページ以上もある本を読んでいると、必ず途中で眠くなります。
気づけば、いつもよだれをたらして眠っているという状態でした。
今思えば、興味のない本を読んでいたことが原因でした。
興味のない本は、頭が回らず、すぐ眠くなります。
しかし、興味のある科学系の本を読んでいると、眠くなることはありませんでした。
わくわくして、むしろ本を読んでいて目が覚めるほどでした。
この違いは、好きかどうかです。
興味があるかないかです。
面白いかどうかです。
これは読書をするうえでは、重要なポイントです。
高校時代、あることがきっかけで読書の楽しみ、読書の仕方を知るようになりました。
そろそろ将来について本気で考え始めた、高校1年の冬でした。
本屋で見かけた、受験テクニックの本がきっかけです。
これから受験を迎えようとしている私にとって、いちばん興味のある内容であり、なおかつ自分のお金で買った本でした。
その本に限っては、眠くならず、すらすら読めるのです。
今でも覚えていますが、買ったその日に読み始めました。
すぐ読みたくて、待っていられませんでした。
今まで、読書ができなかったのは「興味のない本を読んでいるから」という単純な理由がわかりました。
何でも本を読めばいい、というわけではありません。
世間では「いろいろな種類の本をたくさん読もう」といわれています。
たしかにそのとおりです。
しかし、そうは言っても、興味のない本を読んだところで、長続きしません。
無理やり読んでも、字を目で追うだけになり、本当に身につきません。
まず興味のある本から、読み始めることがポイントです。
読書の第一歩は、興味のある本から読み始めることです。
「それでは知識に偏りができるのでは」と思うかたもいることでしょう。
たしかに知識に偏りができます。
しかし、その偏りが、あなたの専門になり、得意になり、強みになります。
そういう分野をつくるためにも、そもそも読書は最初に偏りが必要です。
しかし、不思議なことに1つを突き詰めていくと、だんだんほかの分野に興味を持つようになります。
たとえば、私の場合、受験勉強のテクニックが書かれていた本が読書をするきっかけでした。
わかりやすく、ユーモアが含まれている内容だったので、どんな人が書いたのだろうと著者を確認します。
するとその著者は、ほかに何冊も本を出版しているようでした。
「こんなにわかりやすくて面白い内容を書ける著者が書いた本なら、ほかに書いた本も面白いに違いない」
そう思って、著者が書いたほかの本を読んでみると、やはり予想が的中です。
文章の書き方は、人が変わらないかぎり、そうそう変わりません。
わかりやすくて面白い内容を書く人は、ほかのジャンルの本を書いても、わかりやすくて面白いです。
その著者は、受験勉強の内容だけでなく、お金の話に関する本も書いていました。
お金の話もわかりやすく書かれているので、だんだん興味のある幅が広がります。
お金のことに興味が出ると、またほかの分野にも興味が出始めるという具合でいい。
まず、興味のある本から読書していくことです。
それからだんだん、読むジャンルの幅を広げていけばいいのです。
読書をするためのいちばんのコツは「買ってきたその日のうちに読み始めること」です。
1日たりとも、日をあけてはいけません。
レジでお金を払って買った瞬間から、読み始めるのです。
電車の移動中でも、レストランで食事中でもかまいません。
空いているちょっとした時間に、読み始めます。
すぐ読み始めることに意味があります。
できれば、その日のうちに読み終わるようにしましょう。
これが、いちばん賢い読書術です。
なぜ賢いのかというと「読みたい!」という買った当初の熱い気持ちを、大事にしているからです。
吸収率と持続力が、最も強い状態で読んでいます。
本を読むためには、多少なりとも、パワーが必要です。
「読みたい」という気持ちが、本を読み進めるパワーになります。
読書ができない人は、買ってから数日、時間を置いています。
「お金を払って自分のものになったんだ。時間があるときにゆっくり読もう」
いつでも読めると思い、買った本をほったらかしにします。
しかし、不思議なことに人間は「時間があるときに」と思うほど、いつまでも時間ができません。
時間がたつにつれて「読みたい!」という熱い情熱も冷めてしまいます。
いつの間にか、買った本はほこりをかぶり、インテリアの一部になっているのです。
買った本を、その日のうちに読み始めるのがマナーです。
私は本を買うと、いつも買った瞬間から読み始めるようにしています。
本屋の店員が、本を袋に入れようとするところを「袋は結構です」と言って、そのまま本を受け取ります。
本屋の店員からおつりをもらい、すぐその場で読み始めます。
店員に失礼になりません。
すぐ読み始めるほうが、本も店員も喜びます。
読書をするときの吸収力もよくなります。
そういうときは、自然と本を速読できています。
本も喜びますし、なにより本を読む吸収力が良くなります。
「読みたい!」という気持ちがいちばん熱いときに、読み始めるのがコツなのです。
できれば、一気に最後まで読み切りましょう。
本は、買ってすぐ読み始めるのがいいのです。
買っても、時間を置けば置くほど、読みたい気持ちが冷めてしまいます。
そもそも「後で読もう」と思う本は、買わないほうがいいでしょう。
「後で読もう」と思っていることは、あまり興味がない本です。
「店頭に置かれているから、なんとなく手に取った」
「ベストセラーだから、とりあえず買ってみた」
「今、話題の本だから、とりあえず買ってみた」
本を買う動機が曖昧になりがちです。
「一応、売れているから」という理由で、とりあえず買おうとします。
「売れているから読みたい!」というならOKです。
しかし、読みたいとも思わない本を「とりあえず」と思って購入しても、得られるものは少ないでしょう。
そもそも読まない可能性が高いからです。
「とりあえず買った本」は、読みたい気持ちが小さいため、買ったことに満足しがちです。
どんな本も、読まなければ、意味がないのです。
自分が「これは面白そうだ。今すぐ読みたい!」と思う本を買うのです。
自分本位に考えてかまいません。
そもそも読書は、自分のためにすることです。
自分のために買う本ですから、いちばん読みたい本を買っていいのです。
「今すぐ読みたい。会社に遅刻してもいいから、とにかく読みたい」
こういう本を、自分のお金で買うのです。
たとえば、仕事術の本でもかまいません。
読みたいときに本を読むと、速く読めるだけでなく、実際に仕事で試したくなります。
本を素早く買い、素早く読み始めるという行動力が、仕事に対する行動力へと波及するのです。
あなたは読書をするときに、ラインを引くタイプですか。
それとも、まったく引かないタイプですか。
読書をするときに大切なことは、自分が大切だと思うところを、蛍光ペンでラインを引くという作業です。
積極的に、本に書き込みをする作業です。
これは、実行する人としない人が、わかれるところです。
特に「本を大切にしよう」という思いが強い人は、新品同様にきれいに読み進めようとします。
折り目をつけず、線を引かず、しわをつくらず本を読もうとします。
古本屋に売るときも、本の状態がいいので、高値で売れることでしょう。
しかし、これではいけないのです。
大切な部分は、蛍光ペンでラインを引く作業が必要です。
そうしないと、自分の中にきちんと吸収されないからです。
文章を自分の中に効率よく吸収するためには、線を引く作業が、必要です。
文章を読んでいく中、大切だと思うところを蛍光ペンでラインを引きます。
ラインを引くためには、手を動かしますから、覚えやすくなります。
引いたラインを、もう一度自分の目で確かめることで、再認識できます。
より重要なところが強調されるのです。
2回目に読み返すときには、そのラインが強調されているので、より吸収力や理解力が良くなります。
たくさん、ラインを引いて、体を動かすのです。
読書は、スポーツです。
スポーツは体を動かさないと身につかないように、読書も体を動かさないと身につきません。
もし、気になる部分がページ全体に及ぶときには、ページごと破ってかまいません。
ページを破ってしまえば、メモ帳にメモを書く手間が省けます。
壁に貼っておけば、毎日目にでき、大切なところを復習できます。
本はしわしわになり、ラインがたくさん引かれ、ところどころページが破られているくらいでいいのです。
そうなれば、必ず本は、売れなくなります。
古本屋に売りに行っても「こちらの本は、買い取りできません」と断られます。
そうなるくらい本をぼろぼろにできたとき、あなたは本当に「読書ができた」と言えるのです。
重要だと思って引いた線は、本当に重要なところでしょうか。
誰にとっても重要と感じる部分でしょうか。
自分だけが重要だと思っている部分かもしれません。
こうした勘違いを防ぐために、線を引くときに工夫があります。
「客観的最重要」「客観的重要」「主観的重要」の3種類に分けて、引く線の色も変える方法です。
これらを意識すると、読書のとき「この文章は客観的に重要だろうか。主観的だろうか」と意識をする癖がつきます。
文章を、より深く見つめることができるようになる。
自分が大切だと思っていたことも「分類しよう」と意識すると、独りよがりになって考えていることに気づきます。
「自分だけが重要だと思っている」という勘違いを防げます。
誰にとっても大切な「客観的最重要」を見つけることができ、本の要約が素早くできるようになります。
後で線が引かれている部分だけ読み返すと、よくわかります。
読書をするのは、脳にとってスポーツです。
本には、たくさんの文章があります。
何百ページにも及ぶ大量の文章の中に、著者が主張したいメッセージが含まれています。
それを探すのが、読書です。
宝探しと同じなのです。
本は、くしゃくしゃにしてこそ、意味があります。
手の垢で汚れ、紙がすり切れるまで使ってこそ、本も喜びます。
本が生かされることほど、本にとって嬉しいことはありません。
本は、大胆に使うことです。
蛍光ペンでラインを引いて、書いてあることを積極的に吸収します。
気に入った部分がページ全体に広がるところは、ラインを引くのが面倒なので、ページごと破ってかまいません。
「本に線を引くと、作家に失礼」
「ページを破ると作家に申し訳ない」
優しい気持ちは素晴らしいのですが、優しすぎます。
本は活用してこそ、意味があります。
「使われること」を前提に本は存在するのであって、どんどん「使うこと」が仕事なのです。
私は電車の中で読書をして、よく本を破ります。
びりっと音がして、よく隣の人に驚かれます。
たくさん破いて、大切な部分だけ抜き出すのです。
大切なところだけ、何度も繰り返して読みます。
蛍光ペンでラインを引いたところだけ、復習でもう一度読みます。
そういう作業が、読書には必要です。
本を借りたのでは、こうしたことはできません。
古本屋に売る前提なら、できません。
新品のようにきれいな状態を意識したままでは、本に何も手をつけることができません。
文字を目で追うだけになります。
読書はスポーツですから、もっとたくさん体を動かす必要があるのです。
真面目な人は、読書をするときに、最初の1ページ目から順番にめくって読んでいきます。
生真面目な人は「最初から1ページずつ読まないといけない」という意識があります。
たしかに読書は読書です。
間違ってはいません。
しかし、最初のページがいちばん面白い内容とは限りません。
途中にあるかもしれませんし、最後のページにあるかもしれません。
興味のあるところから、いきなり読んでいいし、そのほうが身につきやすくなります。
歴史の教科書を、初めから真面目に読み始める人は、最後のほうでは息切れしてしまいます。
ちなみに私も、歴史の教科書を最初のページから読み始める人間でした。
私が受験勉強で失敗した原因の1つです。
はじめのページから順番に取り組んでしまったことで、長続きせず、興味や関心が冷めてしまったのです。
今思えば、歴史を苦手にさせる原因でした。
縄文・弥生時代は歴史の授業では、出題率が低いところです。
そのうえ、あまり面白くありません。
歴史の勉強で面白くなるのは、戦国時代や幕末のころです。
歴史がひっくり返る場面です。
またこういうところこそ、テストでも出題率が高くなります。
日常会話でも、この時代の話は頻繁に出てきます。
面白いところから、いきなりページを読み進めたほうがいい。
もし、歴史の本を1ページ目から順番に読み始めると、だんだん疲れてきます。
面白い部分にたどり着く前に、教科書を投げてしまいます。
はじめの1ページ目から真面目に読んでいく人に限って、本の最後のほうでは疲れ、大事なところを見落としてしまいます。
私の場合、そういう失敗を何度もしてきたので、よくわかります。
興味のあるところ、関心のあるところ、面白そうなページを開いて、いきなり読み始めましょう。
読書をするときには、まず目次を見ます。
面白そうだなという項目から、読んでいけばいいのです。
最初から順番に読むのではありません。
初めから順番に読まなければいけないというルールはないし、気にしなくていい。
面白そうなところから、いきなり読めばいいのです。
こういう読み方は、一見効率が悪そうですが、やってみると意外に吸収率が高いことに気づきます。
注意や関心が、焦点に合っているからです。
いきなり途中からでも、内容はわかるものです。
むしろ読書が長続きします。
歴史の勉強で成功する人は、歴史の面白いところからいきなり読み始める人なのです。
私は本を書くときには、いきなり途中から読み始めてもわかる内容であるよう心がけています。
一つひとつの項目で始まり、簡潔にまとめています。
最初から順番に読み進める必要のない内容にしています。
自分のためであり、読者のためです。
読者が必ずしも、1ページ目から読むとは限りません。
どこから読み始めるかわかりません。
1ページごとに、内容は完結させるようにしています。
それは文章を読みやすくわかりやすくするためです。
1ページごとに内容は完結させるように心がけることで、私も文章をシンプルにまとめることができるようになります。
そういう切り口のほうが読みやすく、読んだという達成感があり、読後感が良くなります。
総じて、読者のためにつながります。
途中から読み始めるとわからなくなる内容でしたら、著者の配慮不足です。
「初めから読め」と強制している著者の内容は、それまでです。
物語系の内容でしたら仕方ないのですが、一般的な著書はどこから読み始めてもわかる内容にしておくことが大切です。
本当に読者のことを考えている著者は、そこまで配慮するものです。
読者のために本を書いているのですから、読者がどこから読み始めても内容がわかるようにしておくことが最低限のマナーです。
それが配慮できない作家なら、それまでです。
読者を配慮できない作家ですから、書いている内容も大したことがないに違いありません。
読者のことを配慮せず書いているのですから、内容も難解であり、複雑で、わかりにくいことでしょう。
本当に素晴らしい著者は、読者のために書いており、どこから読み始めてもわかる内容にしています。
1つの項目ごとに完結されています。
読み始めやすく、読みやすく、読後感が良くなります。
私は自分が書く側になったとき、読書をする際も、そういう本を選ぶようになりました。
書く側になると、書く側の心理がよく感じられます。
どこから読み始めてもわかるような本は、著者が一生懸命に読者のことを考えているからだとわかったのです。
自分が読む本も、そういう本を選んで読むようになりました。
本は本でも、自分のお金で買うかどうかで、吸収力に大きな違いがあります。
お金を出して、本を買うかどうかです。
時間やお金を節約したければ、本は自分のお金で買って読むほうが、ためになります。
図書館で本を借りれば、無料ですから、経済的と思われます。
しかし、図書館で借りた本を蛍光ペンでラインを引くわけにもいかず、ページを破るわけにもいきません。
友人から借りた本に関しても、同じです。
借りた本は、きれいな状態を意識して読まなければいけません。
本を貸す側も、きれいな状態で本が戻ってくることを望んでいます。
しかし、きれいな状態で読もうとすると、気を使います。
ページをめくるときに注意して、そのために無駄なエネルギーを消耗してしまいます。
そうなると読書をする効果が薄くなり、文字に目を通すだけの作業になりがちです。
なにより、蛍光ペンでラインを引かないと、自分のためになりません。
読書は、スポーツです。
気になる部分は積極的にラインを引いて、体を動かす読書のほうが吸収力はよくなります。
読書中に思ったことは、ページにそのままコメントを書き込むほうが、理解力、読解力もよくなります。
ページを破ったり、切り取ったりして、自分の好きなように加工していきます。
せっかく時間をかけて読書をするのですから、最短で最高の効果を上げるのがポイントです。
そのためにも、本は、お金を出して買うほうがいいのです。
古本屋でもかまいません。
お金はかかっても、実は安上がりです。
自分のものにして、自分の好きなようにラインを引いたり、ページにコメントを書き込んだりして、自分色に染めてしまいます。
くしゃくしゃになるまで、何度も読み返していくのです。
本は、お金を出して買ったほうが、よく身につきます。
私が、本を読み、本を書く立場の人間ですから、身をもって十分承知しています。
ここで、1つ疑問が湧きます。
なぜ「HAPPY LIFESTYLEは無料で文章を公開しているのか」という点です。
パソコンのウェブサイトのみならず、携帯サイトも無料にしています。
読者から、一切のお金は取りません。
意味がなく、そうしているわけではありません。
身銭を切るほうが読書の効果が高いことを知っていながら、あえて無料にしています。
もちろん以前に、有料化にしようかと考えたことがありました。
しかし、有料化にしない理由のほうが大きいので、やめました。
その「有料化にしない理由」についてお話しします。
まず、HAPPY LIFESTYLEは「悩み解決、幸せ生活向上サイト」です。
恵まれていない人、社会的に弱い立場の人たちを救うのが、本来の役目です。
そういう人は、お金も時間もないものです。
けんか、争い、悩み、人間関係のもつれなど、人生にうまくいっていない人たちです。
もし、HAPPY LIFESTYLEが有料になってしまえば、どうなるでしょうか。
お金のない人たちが見られなくなり、お金のある人だけが見ることができるという状態になりますね。
不幸な人たちはどんどん不幸になり、幸せな人はどんどん幸せになるという二極化になります。
お金のある人は、そもそも初めから人間関係や立場に恵まれている人が多いものです。
本当に助けなければいけない必要があるのは、お金も時間もなく、社会的に弱い立場の人です。
HAPPY LIFESTYLEの携帯版を作ったのも、時間もお金もない人のためです。
パソコンを立ち上げるのは、面倒で時間もかかり、場所も限られます。
携帯なら、ほとんどの人が持っていますから、いつでもどこでも見られます。
そういう人のためにHAPPY LIFESTYLEは「無料」で「いつでもどこでも」読むことができる必要があると思ったのです。
芥川龍之介の作品『クモの糸』のように、天界へ上るためのクモの糸を、一本垂らしている感じです。
幸せになるチャンスを、すべての人に完全無料で与えていると思っています。
それを生かすかどうかは、その人しだいです。
私は文章を書くときには、知っていることを本気で書くようにしています。
気持ちを込めて、熱い思いで書いています。
これを書くために、相当の時間をかけています。
たくさんの経験をして、失敗したことを生かして文章にしています。
多くの本を読み、たくさんの旅行をし、仕事、勉強、恋愛で失敗して気づいたことをもとにして書いています。
あなたが経験する前に、私が失敗をして得た知恵を無料で公開していると思っています。
そもそも私も、自分の失敗が誰かの役に立つことで、失敗が成功になるからそうしているという理由もあります。
誰しも「幸せになるぞ!」という意欲はあります。
その意欲を持って、本をたくさん読み、たくさん行動するのは、個人の問題です。
チャンスを生かすかどうかは、あなたしだいなわけです。
本は、自分のお金で買うほうが効果的であることは、私も知っています。
しかし、お金も時間もない社会的に弱い立場の人の生活が、少しでも向上するように、あえて無料化しています。
社会的に強い立場の人だけでなく、弱い立場の人にも読めるようにすることに意味があります。
意味がなく無料化しているわけではないのです。
無料にすることで、弱い人たちが救われるチャンスになるでしょう。
それが私の使命であり、天命だと思っています。
読み始めて、思ったより面白くない本があります。
そうした本は、最後まで読み切る必要はありません。
面白そうだから買ったものの、思ったより面白くないときは、途中でやめてOKです。
まったく問題ありません。
本を、最後まで読み切らないといけないというルールはありません。
読書をする意味は、自分のためになる文章を見つけ、吸収して、生活や人生に役立てることです。
そういう部分がないと思ったら、無理をせず、途中でやめていいのです。
最後まで続ける必要はありません。
途中棄権をしたほうが、次の読書へとつながります。
マラソンでも「もうダメだ」と思ったときに無理をすると、体を壊してしまい、次の試合に出場できなくなります。
「ダメだ」と思ったときには、潔く途中棄権したほうが、次の試合につながります。
私は面白くないと思った本は、途中で読むのをやめてしまいます。
もちろん最後まで読み切るほうがかっこいいでしょう。
しかし、つまらない本を無理して読んでいると、今度は読書そのものが嫌いになります。
せっかく身についている読書の習慣がなくなることさえ考えられます。
そうなるくらいだったら、切りのいいところで、やめたほうがいいのです。
全部を読み切る必要はないのです。
好きなところから読み始め、面白くないと思ったら、途中でやめていいのです。
読書をすることで、自分の中に眠っている潜在的思考が表面化します。
眠っている潜在的な言葉、考え、アイデアが、ふわりと表面に出てきます。
本を読めば読むほど、共感できる文章に出会いやすいからです。
文章を読んで、共感できるのは、そもそも自分も心の奥で同じことを考えていた証拠です。
作家の言葉に共感できるのは、自分も同じようなことを潜在的に考えていたわけです。
本当に潜在的で言葉として表現していませんが、自分でも気づかないところで、考えています。
そうした読者の潜在的な言葉を引き出すのが、本を読む意味です。
作家の仕事です。
本を読んでいるとき、こういうことを考えたこと、ありませんか。
「この人も同じこと考えているのか。自分に自信が出てきたぞ」
そう思ってもらうために、作家は本を書いています。
作家は、読者の潜在的な共感を引き出す仕事をしています。
潜在的に眠っている力を引き出すお手伝いをしています。
共感を文章としてうまく表現し、読者を励ますのが、作家の役目です。
本を読んで、元気になってもらいたいのです。
「行動しろ」と言っても、なかなか行動できません。
しかし、元気とやる気が出れば、読者が行動するようになります。
行動したくなるのです。
間接的ではありますが、あなたに元気とやる気を与えて、人生をより良い方向へと導くお手伝いをしています。
読書をするときには、宝探しと同じです。
どこかに大切なキーワードが隠されています。
どんな本でもそうですが、内容を要約できます。
要約された文章は、多少なりとも量があります。
さらに要約すると、1行で表現できます。
しかし、1行でもまだ多いのです。
究極は「一言」でまとめることができます。
「キーワード」であり「圧縮語」です。
作家は一言を伝えるために、長い文章で装飾しています。
たった1つの単語の意味、深さ、理解を促進させるために、あれこれと話をしているのです。
読者が本を読むときには、作者が結局何を言いたいのか見つけることです。
読書をするときには、キーワードを見つけるのです。
見つけられれば、その言葉は、あなたの一生の財産になります。
そのキーワードは、何百ページもの文章を一言でまとめた「圧縮語」です。
覚えるのは、一言でかまいません。
しかし、圧縮された言葉ですから、たくさんの意味が含まれていますし、生活のさまざまな場面で役立てることができます。
たとえば、私は以前に「スピード人間になるコツ!」という本を書いたことがあります。
たくさんのページで構成されています。
しかし、結局言いたいのは「スピードをつけると、ほかの人より幸せになれますよ」と言いたいだけです。
さらに究極的に言うと「スピード」という一言のキーワードを伝えるために、たくさん書いているだけです。
言葉の意味や大切さを伝えるために、たくさんの例や物語を使って、わかりやすく表現しています。
すべての本は、そういうつくりになっています。
どんな本でも「単語」で内容をまとめることができます。
そういうことを心がけて、本を読むようにしましょう。
読書とは、言葉探しです。
キーワードという宝物を見つけられれば、一生の財産になります。
キーワードを見つけ、理解し、生活に役立てるのです。
日常生活の中には「ちょっとした待ち時間」が多くあるものです。
どれも、ほんの数分という時間です。
しかし、ほんの数分の時間も1日の全体でかき集めると、長い時間になっています。
ささいな時間ではありますが、何もしないでいるのも、もったいないものですね。
そういうときこそ、本を読むようにすればいいのです。
いつ、どこで、暇な時間ができるかわかりません。
カバンの中に、いつも本を入れておけばいいのです。
待っている時間がなくなります。
待っている時間にいらいらしなくなります。
待っている時間が、短く感じられるようになります。
いらいらしやすい人は、カバンの中に本を入れておくだけでいらいらがなくなります。
やることがなく、ただ無駄な時間が過ぎていると思うから、いらいらしてしまいます。
カバンの中に本を入れておくだけで、1日の中の無駄な時間が一切消えてしまうのです。
待つ時間ができたとき「やった! 勉強する時間ができたぞ」と、いらいらするどころか、嬉しくなります。
本を読む習慣を持っている人は、いらいらがなくなると言われるのは、そういうことです。
待っている時間さえ、成長の時間へと変わるのです。
文章というのは、面白いものです。
難しい文章を書く人は、何を書いても難しい文章にしかなりません。
わかりやすい文章を書く人は、何を書いてもわかりやすい文章になります。
その人の考え方や文章の書き方は、頻繁に変わることはありません。
人格が極端に変わらないかぎりは、1人の著者の「書き方」や「考え方」は変わらないものです。
私は「面白いな。読みやすいな。わかりやすいな」という本を見つけたら、まず著者を確認します。
その著者が書いているすべての作品を注文して、一気にまとめて買ってしまいます。
すると、やはりほかの本も読みやすかったり、わかりやすかったりします。
わかりやすい話をする著者は、ほかの作品もわかりやすく書いています。
理解を深めるために、難しい本をわざわざ読む必要はありません。
理解を少しでも深めるためには、わかりやすく説明できる著者と出会うことが必要です。
そういう文章を書ける著者に出会ったとき、あなたの理解が一気に進みます。
人生が変わります。
難しい話を何度読んでも、難しくてなかなか理解できません。
文字が小さく、専門用語を使い、回りくどい話し方の人は、習慣になっていますからどんな作品を書いてもわかりにくくなります。
しかし、説明が上手な人なら、一度ですぐ理解してしまいます。
文字が大きく、わかりやすい言葉で、ストレートな話し方をするのが習慣になっていると、どんな本を書いても読みやすいのです。
読書とは「著者との出会いを求める旅」と言っても、過言ではないのです。
文字が小さな本には、当たり外れがあります。
本には、文字が小さな本と大きな本があります。
文字が大きな本には、外れはありません。
文字が大きいから読みやすいというのもありますが、もう1つ理由があります。
読者の立場を真剣に考えてつくられている点です。
文字を大きくすると、本全体の文章量が少なくなります。
結果として、大切な言葉をわかりやすく、簡潔にまとめるようになります。
また読者にとって読みやすい本にするために、わざわざ文字を大きくするくらいです。
書く文章は、当然のごとく、わかりやすい表現を使って書かれています。
グラフ、図、写真を使って、目で直感的に理解できるような工夫が施されています。
そういう本に、外れはありません。
文字が大きな本は、すべてあたりです。
文字が大きな本ほど、得るものは大きくなるのです。
私は、ときどき、あえて小学生向けの本を読むことがあります。
すると、文字が小さな大人向けの本より、理解がスムーズに進みます。
文字が大きくわかりやすい表現で構成され、グラフや図が豊富で、目で直感的に理解できるようになっています。
文字が大きく、わかりやすく表現している本には、これまで何度も理解を助けられました。
ポイントは、文字が大きいかどうかです。
そこに著者が、どれだけ読む側のことを考えているかが、見えるのです。
本を読むことでいちばん大切なことは、知識を得ることではありません。
意識を変えることです。
意識が変われば、その人の性格が積極的になり、行動が変わります。
行動が積極的になれば、出会い、経験、体験が増え、結果として知識が増えます。
体験が伴った知識のほうが、覚えやすく、忘れにくく、生活に役立てやすくなります。
まず意識を変えることが、先決です。
マナーの本をいくら読んでも、なかなかマナーはよくなりません。
書いていることを頭で理解しているのは知識かもしれませんが、体験が伴っていないので、どうすればいいのかわからないのです。
それよりまず「マナーを良くすることで人生が変わる」という意識を、本を読むことで得るのです。
知識より、意識を変えます。
技能より、心を変えるほうが重要です。
仕事への意識が変わり、仕事を真剣にするようになり、手本となる先輩を見つけ、真似をします。
実際に自分の体を動かして、マナーを身につけます。
最初は、真似でもかまいません。
体験していくうちに「マナー」というものが本当に身につくのです。
体験が伴ったマナーは覚えやすく、忘れにくく、役立ちやすいものです。
体験が伴わないと、いつまで経っても、知識は生かされないのです。
つい先日、本屋で次のような会話を耳にしました。
「この本1,000円もするよ。高いな」
その人は、ちょっと文字を読むために1,000円も支払うことが、どうも気に食わないようでした。
しかし、次のように考え方を変えると、どうでしょうか。
「10,000円あげるから、1,000円ください」
すると、誰でも1,000円支払うでしょう。
出ていく金額より、入ってくる金額のほうが大きいからです。
1,000円の本を読むことで、仕事に役立ち話題が豊富になり人脈が豊かになれば、いずれ10,000円の価値を生み出します。
本を読むのは、これと同じことなのです。
すべて投資です。
初めに小さな損をして、あとから大きな得を得ることができます。
興味のある本を、自分のお金で買って読むと、自己成長につながります。
自分のためになり、私生活が豊かになるばかりでなく、仕事上で役立ちます。
もちろん話題も豊富になるでしょう。
すると、初めに本代にお金を支払ったとしても、あとから支払った金額以上のお金が返ってくるのです。
本を読むためには、まずお金を払うことが必要です。
お金を使えば使うほど、増えるとはこういうことです。
本を買って読むのは「消費」ではなく「自己投資」ということに気づくことです。
本代がもったいないと思うのは、誤解です。
本代を払わないほうが、もったいないのです。
本代を払って読むほうが、あとから何倍にもなってキャッシュを回収できます。
私は普段、海外旅行に行くときには、本を持っていきます。
「わざわざ旅行のときくらい、本を持っていかなくても……」
私も最初、そう思っていました。
しかし、あなたも海外旅行を経験したことがあると、なんとなく意味がわかるのではないでしょうか。
海外旅行は、本当に「待ち時間」が多いのです。
私は、国際空港まで行くために、まずバスに乗ります。
乗車時間は、1時間以上かかるものです。
何もしないのは時間がもったいないので、空港に着くまでの間、本を読みます。
国際空港に到着して、搭乗手続きが終わります。
飛行機の出発時間まで暇なので、本を読みます。
飛行機に乗って、現地に到着するまでの時間も、暇なので本を読みます。
現地に到着すれば、ホテルに向かうためタクシーやバスを使います。
ホテルに到着するまでの時間も暇なので、本を読みます。
こうした時間をかき集めると、海外旅行先にもよりますが、半日、あるいはそれ以上「待ち時間」ができるのです。
これだけの時間があれば、本は何冊も読めてしまいます。
驚いたことに、これでもまだ「行きだけ」の話です。
まだ「帰り」がありますから、この2倍の時間ができるということです。
1回の海外旅行で、待ち時間があまりに多いと思いませんか。
もちろん現地での旅行中も、バスに乗っている時間やテーマパークの行列で待っている時間など、暇な時間がたくさんあります。
旅先で本を持参していると、さまざまな場面で役立ちます。
私は今まで何度も海外旅行に行きましたが「待ち時間」が多いのです。
海外旅行で2泊3日でも、実は「待ち時間」が大半を占めています。
ある日、この事実に気づき、海外旅行には本を持っていくようになったわけです。
たくさん本を入れているので、初めはカバンが重い状態です。
カバンが重いので、税関で検査されたことがありました。
中を開けると、本ばかり入っているので笑われたことがあります。
初めは本で重いのですが、読み終わった本から捨ててしまうので、旅の帰りにはカバンが軽くなっています。
軽くなったカバンに、お土産を入れて、ちょうどよくなるのです。
読書が習慣になると、最初に問題になるのが、金銭面です。
私もそういう時期を経験しました。
暇つぶしに1冊2冊くらいなら問題ないですが、習慣になり10冊20冊と増えると、金額も大きくなります。
さらに読書が大好きな人は、100冊を超えることもあるでしょう。
私は読書が大好きで、1年で本を500冊以上読んだこともあります。
さすがに何百冊も本を買おうとすると、金額もかなり高くなります。
そこでまず、図書館を利用したり、友人から本を借りたりするのが、一般的な流れです。
本を無料で読むことができ、お得をしているような感じがします。
しかし、本を借りると「きれいに扱わないといけない」という暗黙のルールがあります。
それは当然のことで、本を貸す側は、あなたが本を汚さずに読んでくれることを前提として貸してくれます。
その期待に応えなければならないし、多少なりとも、プレッシャーになります。
本を読むときに「汚さないように気をつけよう」と思うほど、汚してしまいそうになるのが人間です。
注意することにエネルギーを使い、集中力を奪い、手元が震え、余計にコーヒーをこぼしそうになります。
なにより、本に蛍光ペンで線を引いたり、気になるページを破いたりできないので、不便です。
借りて読む本は、吸収力が弱くなります。
私は、図書館や友人から本を借りて読んでいた時期もありました。
しかし、自分のお金で本を買い、読む方法に戻りました。
お金は多少かかっても、そのほうが身につきやすくて扱いやすく、精神的にも楽です。
お金はかかりますが、吸収しやすい方法で本を読んでいれば、いずれ成長して、現金を回収できるようになります。
むしろ、払った以上にお金が戻ってくるようになります。
リターンを得る前には、リスクを伴うのが世のルールです。
ただで本を読むのは、おいしい話です。
本当は、お金を払ってリスクが伴うほうが、長期で見て、自分のためになるのです。
読書をした後に忘れてはならないことは「行動すること」です。
本を読んで、著者から元気、やる気、勇気を分けてもらい、精神力を上げます。
読書を読み終わった後は、ささいな高揚感に浸りますね。
悪いことではありません。
その勢いで、読書をした後に、行動することです。
著者は、あなたの人生を少しでも豊かにするために、本を通じて話をしてくれました。
今度は、その励ましに報いるように、あなたが行動します。
少しでも行動の量を増やし、読書で得た知識を実際の現実で生かします。
家庭、学校、職場など、試す場所はたくさんあります。
知識は頭でわかっているだけでは、本当に身についたとは言えません。
「わかったつもり」になっているだけです。
現実で活用して「わかった」と初めて言えるのです。
試すこと、何でもかまいません。
仕事の効率を上げるために「仕事術」関係の本を読んだら、読み終わった後、すぐ現実世界で試してみます。
恋愛が上手になるために「恋愛術」関係の本を読んだら、読み終わった後、すぐ現実世界で試してみましょう。
学業を向上させるために「勉強術」関係の本を読んだら、読み終わった後、すぐ現実世界で試していい。
それが、失敗でも成功でもかまいません。
失敗すれば「この方法は自分にはあっていないな」ということがわかります。
成功すれば「よし。これからはこの方法を使って人生を豊かにしよう」と思います。
いずれにしても、前進があり、成長があります。
そのためにも、読書をした後に、行動しなければ意味がありません。
本を読んだ後に、ささいな高揚感があると思います。
せっかく著者から頂いた気ですから、十分に活用しましょう。
現実世界で試したとき、必ずあなたの人生が良くなります。
読書をするのは「目」だけとは限りません。
「耳」でも、読書ができます。
これを知っている、あるいはすでにしている人は、読書の方法に工夫を凝らしています。
読書が大好きな人は、ある日「耳で読書ができないか」と考えるようになります。
私がアメリカに留学していたころ「オーディオブック」と言われる、本を音声化したテープが多数販売されていました。
ロングセラーやベストセラーになっている本は、たいてい、本を音声化したオーディオブックがあります。
日本では、まだ一般的ではないようですが、これは画期的な方法です。
「耳は、目より疲れにくい」という特徴があります。
「目が疲れた」とは普段からよく言いますが「耳が疲れた」とはなかなか聞きません。
それほど、耳は疲れにくいということです。
文章を読むときには目で追って読んでいく作業が必要ですが、耳で聞く場合は、声を聞くだけですからストレスが小さくて済みます。
耳を使って読書をすれば、効率よく本を読めます。
私は、もちろん目で読書をしますが、実は耳でも、よく読書をします。
特に古典なら、豊富にオーディオブックが用意されています。
芥川龍之介、夏目漱石、小林多喜二を始め、有名な作家。
また海外の人物でいえば、シェークスピア、ドストエフスキー、カフカなどです。
こうした古い作品でありながら、時代を超えて語り継がれている作品は、オーディオブックが豊富に用意されています。
ぜひ活用しましょう。
耳で聞くことができる読書法なら、難しい内容や数百ページにも及ぶ作品でも、楽に理解していけます。
ちなみに私は、会社まで散歩をして出社していますが、その間にオーディオブックを聞きながら読書しています。
運動になり、かつ、勉強にもなるという一石二鳥です。
読書は椅子に座ってするものという、固定観念をなくしましょう。
実は、読書は、歩きながらできるのです。
この方法を使えば、あなたの読書数は、飛躍的に伸びていきます。
読書をする人にぜひ読んでほしいのは、古典作品です。
何十年にもわたって語り継がれている、超ロングセラーです。
超ロングセラーは、長く語り継がれているだけあって、どれも中身が濃いものばかりです。
私は最初「古典」に対して「古い」「時代遅れ」「暗い」という印象がありました。
難しい内容、難しい表現を使った作品が多いものです。
しかし、試しに古典も読んでみると、その考えは吹き飛びました。
古いといえば古いのですが「コンテンツの濃さ」が違います。
やはり、何十年も語り継がれている作品です。
よく考えて見てみましょう。
長く売れ続けている作品というのは、つまり、時代、世代が変わっても変わらない「普遍的内容」が含まれているということです。
普遍的なことは、あなたの一生涯、役立ち続ける内容です。
「学生時代だけ」「恋愛をしているときだけ」という限定的ではありません。
生き方すべてに影響し、生きている間、ずっと支えになる内容です。
こればかりは、うまく説明ができません。
実際に作品を読んで、驚き、感動しましょう。
私は、古典を読書するようになってから、人生が変わりました。
普遍的な内容を知ることで「人間関係について、人生について、生と死とは」という哲学を、さらに深く考えるようになりました。
ぜひ、あなたの心の栄養として古典を活用しましょう。
私は読書をした際に目にする文章を「一期一会」という気持ちで読んでいます。
今読んで、もう読み返すことはない気持ちで読んでいます。
たくさんの本を読めば読むほど、そういう意識が強くなりました。
もちろん大切な一言は、メモを取ったり、ページを破いたりして、あとから繰り返し読めるでしょう。
実際に、そうしています。
しかし、それは、0.01%の文章であって、残りの99.9%は最初で最後の出会いです。
ほとんどの文章を、二度と読み返すことはありません。
「後で読み返すかもしれない」と思い、本棚にしまうことがあります。
しかし、不思議なことに、後で読み返すことはありません。
いつでも読めるという安心感、読み終わったという記憶、過去の本という古さ。
そうしたことが関係してか、再び手にすることはありません。
すでに読んだ本を読む時間があるなら、新しい本を読みたくなります。
そうした理由があり、ある日から「読書は一期一会」と思うようになりました。
人間の出会いと、さほど変わらないのです。
新しい人と出会って、その瞬間の思い出は、すべて最初で最後です。
同じ時間は、二度と来ることはありません。
そう考えると、すべての出会いが貴重に思えてきます。
読書をするときに目にする文章すべてが、最初で最後です。
本棚にしまっても、どうせ読み返すことはないのですから、読書を一生懸命にするようになります。
人との出会いの貴重さを感じている人は多いのですが、文章との出会いの貴重さを感じている人は少ないのではないでしょうか。
文章も人と同じく、一期一会なのです。
読書の魅力は、連鎖させていくことです。
興味や関心を軸にして、次から次へと読書を連鎖させていくところに読書の魅力があります。
読書の連鎖には、次の2種類があります。
まず(1)の「興味や関心を軸にした連鎖」は、いちばんメジャーな読書のつなげかたです。
もともと人生について興味のある人が、まず人生についての本を読み始めます。
人生に興味関心が深まると同時に、興味関心が波及して、人間についても興味が出てくるようになります。
次に、人間心理についての本を読み始めます。
すると、次は人間が構成する社会について、興味が出てくるようになります。
社会の本を読み始めると、法律に関して興味が出てくるようになります。
法律の本も読み始めるようになります。
そういう興味関心を軸に、次々と読書をするジャンルを広げていきます。
知識や教養の幅が広がると同時に、知識や教養の偏りを防げます。
次に(2)の「著者を軸にした連鎖」です。
1人の著者が出版している本をすべて読み干してしまう、という読み方です。
自分にとってわかりやすい文章を書く著者と出会えば、ジャンルは関係なく、その著者が出版している本すべてを注文して読みます。
たいてい、著者の文章の書き方は、ほかの本を書かせても大きく変わることはありません。
読みやすい文章を書く著者が、ほかの本を書いても、やはり読みやすいです。
文章には、癖、習慣、考え方が大きく左右されるため、人が変わらないかぎり、文章の読みやすさが変化することはありません。
また文章には、著者の経験、体験が盛り込まれているものです。
1人の著者を徹底的に追及して、恩師のようについていきます。
著者のすべてを知ろうというくらいに吸収するほうが、身につくのも速くなります。
「興味や関心を軸にした連鎖」「著者を軸にした連鎖」のどちらでもいい。
そのときの自分の気持ちに合わせて、たくさんの読書をすればいいでしょう。
読書の魅力は、連鎖させていくことです。
オリンピックの聖火をつなげるように、興味関心という心の火を、次の読書へとつなげてください。
火を絶やさず、次へとつなげることに意味があるのです。
あなたは本を読み始めたとき、まずどのページから読み始めていますか。
おそらく大半の人が、こう答えることでしょう。
「1ページ目から読んでいる」
私も昔、そうでした。
1ページ目から順番に読んでいました。
しかし、こういう読書をしていると、疲れませんか。
真面目に思えるこの読み方は、実は損が大きい読み方です。
読書の達人は、1ページからは読みません。
読書の吸収力を高めるには、興味関心を軸に読み進めることです。
1冊の本とはいえ、興味のある部分と、そうでない部分があります。
本の初めから真面目に読み進めていくのではなく、興味関心のあるページからいきなり読み始めるほうが吸収力が良くなります。
これは、私が実際に何度も試し、その効果を体感しています。
では、興味関心のあるページを見つけるためにはどうすればいいのか。
シンプルな方法があります。
まず「目次」を読めばいい。
目次を眺めて「気になるな。面白そうだな」という項目を見つけます。
そのページへ飛んで、読んでいくと読書の効果が高くなります。
貧乏性の抜けない人は、読書を最初から真面目に読み進めていこうとします。
ダメとは言いません。
しかし、そういう人に限って、一字一句丁寧に読もうとします。
するとどうなるでしょうか。
疲れやすくなり、吸収力が悪くなるのです。
人間はロボットのように、すべてを完璧に吸収できるわけではありません。
興味関心のないところまで読むことになりますから、本当に大切な部分に差し掛かったときに、頭に入りにくくなります。
結果として、読書の効果が薄くなります。
貧乏性の抜けない人は、せっかく本代を払ったんだから、しっかり元を取ろうとして、全文章すべてをしっかり読もうとします。
一字一句逃さないように、凝視します。
しかし、その読み方のほうが、実際は損が大きいです。
全部を読み切らないと、元が取れないわけではありません。
本の中で、1つでも自分の人生を変える部分があれば、それで十分に元は取れています。
そういう部分を見つけるために、まず目次を見て、興味関心のあるところからいきなり読み始めるのです。
私がアメリカに留学していたころ、面白い光景があったのでご紹介します。
24時間のフィットネスクラブに通っていたときのことです。
仕事帰りのビジネスマンが、ウォーキングマシンでランニングをしながら読書をしている光景を目にしたことがあります。
忙しい仕事があったというのに、帰りにフィットネスへ行き、体の管理をするところまではいいのです。
さらに加えて、読書をしていたという光景に驚きました。
ウォーキングマシンに乗って読書をしている人が、意外に多くて印象的でした。
事実、アメリカのエグゼクティブほど、自分が忙しいときを利用して読書をしています。
読書をするなら、時間があるときより忙しいときのほうが効果的です。
頭の回転が速くなっているからです。
忙しい仕事をしているときは、一種の興奮状態になり、頭の回転が速く回っています。
頭の回転が速くなっている状態を利用して読書をすれば、いつもより速く読むことができ、吸収力が良くなります。
「仕事を頼むときは忙しい人に頼め」という言葉があります。
原理原則は同じです。
忙しい人ほど、リズムに乗って頭の回転が速くなっているので、仕事をお願いしたほうが短時間で処理してくれます。
暇な人は時間があっても、頭の回転が遅くなっているので、お願いしてもなかなか処理してくれません。
動き始めるまでに時間がかかる新幹線と同じです。
すでに動いている人にお願いしたほうが速い。
あなたは、読書は時間があるときにしようと思っているのではないでしょうか。
忙しくて時間がないときほど、読書のベストタイミング。
すでに頭の回転が速く回っていますから、そういうときこそ読書をする絶好のチャンスです。
あなたは本を買うかどうかの基準を、どう設けていますか。
本屋へ行き、気になる本を手に取り、ぱらぱらめくります。
「よさそうな本だけど買おうかどうしようかな」と迷います。
気に入ったページがたくさんあれば、買おうと判断しますが、あまり気に入らない内容ばかりだとためらってしまいます。
まず数百ページもの本を、ぱらぱらめくりましょう。
「おや。これはいいことが書かれているな」
そう思う言葉は、一言でもあれば、買う価値はあると判断してOKです。
本を買うかどうかの判断基準は「気に入った一言があるかどうか」です。
気に入ったキーワード・キーフレーズが1つでもあれば、元は十分取れています。
人生を変えるのは、言葉との出会いです。
本屋でぱらぱらめくったときに、偶然そういう一言が目に飛び込んできたら、レジへ持っていってかまいません。
すでに、買う価値はあります。
昔は、封建制度で身分や階級の違いがありました。
下級から上級へ這い上がるのは、制度が邪魔をして、難しいことでした。
ましてや、上下が逆転する事態は、歴史の教科書に出てくるほどまれでした。
いわゆる下克上です。
下克上とは、下の者が、上の者をしのぎ倒すことです。
下克上の代表例は、豊臣秀吉やナポレオンが有名です。
豊臣秀吉は、農民という低い身分であるにもかかわらず、日本の天下を勝ち取りました。
ナポレオンは、一般人という身分であるにもかかわらず、将軍になります。
下克上は、今の時代のほうが、実現しやすい環境が整っています。
昔は、身分の違いにより、誰でも自由に勉強できる状態ではありませんでした。
図書館はありませんでした。
本があっても、階級の高い人間しか手にする機会がありませんでした。
しかし、明治維新後、学問の自由が広がりました。
「勉強すれば、人生は豊かになる。権力や階級は関係ないんだ。誰にでも豊かになれるチャンスがある。本を読んで勉強しよう」
これは、福沢諭吉の著書『学問のススメ』のお話です。
私たちは今、誰でも自由に本を読めます。
古本屋では格安で本が売られ、図書館へ行けば、無料で本を読めます。
身分、性別、国籍、お金は関係ありません。
個人が、どれだけやる気になっているかどうかの問題です。
これほど下克上ができる時代はありません。
知識、知恵、賢さを身につければ、小から大を生むことができます。
私たちは、今、誰でも大金持ちになるチャンスがあります。
チャンスは、まず読書することで、つかむのです。
下克上のチャンスが目の前にあるにもかかわらず「本はいつでも読めるから」という理由で、後回しにしていませんか。
自分が豊かになるチャンスを、どこか遠くへ求めていないでしょうか。
本当は、もっと近くにあるのです。
本を読んで身につけた知識は、まだ本当に理解できている状態ではありません。
「わかったつもり」という状態です。
理解度としては、30%程度です。
「わかっていない部分」のほうが、まだ大半を占めています。
自分が本当に理解するためには、経験をして、実際に体験することが必要です。
「わかった」と、初めて言えます。
しかし、それでもまだ浅いのです。
体験できても、まだ理解は、70%程度です。
本を読んで最終的にどうするのかというと、他人に話をする、説明するという「アウトプット」のプロセスが必要です。
アウトプットをするためには、自分の中で消化しなければいけません。
食べたものが体の栄養になるには消化する必要があるように、頭の中に入った知識も消化できて初めて栄養になります。
人に教えるために、まず自分が体験して、しっかり消化します。
あなたが本を読んだことを人に話して教えてあげることで、本当に身についたと言えるのです。
アウトプットは、知識が身についている証拠です。
理解が、90%程度になります。
「読書」という言葉があります。
しかし、これは単体だけで使うべきではありません。
「読書……」というふうに、読書の後に、続く言葉があります。
「読書→経験する→教える」というプロセスです。
さらに具体的に言えば、次のようになります。
「読書(インプット)→経験(消化)→教える(アウトプット)」
読書でインプットした話を「本当かな」という疑いを持って、実際に自分で経験してみます。
経験できたことを自分なりに消化します。
消化できた知識や知恵を、最後に他人にうまく話をしてアウトプットします。
これで1つの「セット」です。
この3段階を経て「身につけた」と初めて言えるのです。
読書だけで終わりにしていませんか。
せっかくインプットしたのですから、アウトプットをしましょう。
アウトプットをする方法は、たくさんあります。
アウトプットをどんどんしましょう。
あなたが吸収したことを、社会に還元するのです。