テレビ、本、友人との雑談、駅の広告……。
昔とは違い、現代では、マルチメディアが発達しました。
部屋にいても、テレビから情報が次々流れます。
多くの情報に溺れないコツは、まず「目的意識を持つこと」です。
目的意識を持てば、流されることはなくなります。
「何のために勉強するのか」
世の中には、多くの物事、現象、情報があふれています。
どれが、大切かどうかは関係ありません。
その人の目的によって、大切なことは変わるからです。
多くの情報の中で「Aがいい」という話もあれば「Bがいい」という話もあります。
どちらが本当かわからないとき、いちばん正しいのは、自分が試してみることです。
おっと、いきなり「購入」のことではありませんよ。
大切なことを見極めるために、目的意識は重要です。
私たち人間と、一般的動物の行動の違いは「意識した行動の目的があるかどうか」です。
目的がない人は、流された行動になりがちです。
世の中は、情報で氾濫していますが、これだけ氾濫していても「変わらないこと」があります。
時代が変わっても、変わらない普遍的なことです。
水、本、新聞は、100年前も200年前もありました。
世界的なものに手を出すと、いいことがあります。
国内だけで展開しているものより、世界規模で展開しているものには、数多くのノウハウが蓄積されています。
もちろん国内だけで展開されていることを否定しているのではありません。
仕事や勉強、人間関係に忙しく余裕がなくなったら、いま一度、してほしいことがあります。
忙しいときほど、忘れがちなことがあります。
深呼吸です。
今まであなたは「失敗しないように」と言われて、これまでやってきました。
できるだけ間違えないように、行動を慎みすぎています。
大切なことを見つけるためには、まず、失敗こそが必要です。
あなたが思いきって行動しようとすると、親や先生たちは「早すぎる」と言って、引き止めようとします。
早すぎるということは、1つもありません。
むしろ、早すぎるほうがいいのです。
あなたは、今まで褒められたい気持ちで行動してきました。
褒められたいので「いい子ちゃん」のふりをしてきました。
人から「いい子だね」と褒められるために、人目を気にして行動していました。
商売上手な人は、消費者を興奮させる技術を使い、合法な手段で判断を誤らせます。
次のような広告を、あなたも見聞きしたことがあるでしょう。
「期間限定」
人間は、感情に流されやすい生き物です。
興奮してしまうと、冷静さを失います。
少しでも消費させ、売り上げに結びつけようと、広告や装飾で消費者を興奮させ、勢いで買わせようとする手法が多く存在します。
自分に合った情報は、自分が体験したうえで決めることです。
この結論は、数多くの失敗をした私だからこそ、自信を持って言えます。
私は中学生のころ、通信販売で、人気のスポーツ用具を購入したことがあります。
人間は、行動した後悔より、行動しなかった後悔のほうが、深く長く残り続けます。
行動をした後の後悔は、成功でも失敗でも、学びがあります。
しかし、行動しなかった後悔には、学びはありません。
テレビは、情報を手軽に手に入れられるマスメディアです。
映像と音声を、無料でいくらでも楽しめます。
嬉しいことですが、怖いことでもあります。
褒められたいために行動すると、良いこともありますが、悪いこともあります。
良いことといえば「人から認められやすい」ということです。
特に、空虚感がある人は、褒められると嬉しくなります。
「友人を大切にしなさい」
一見、何の問題もないように思えます。
あなたは今まで、両親、先生から、何度もこの言葉を耳にタコができるほど、言われてきたことでしょう。
たくさんの情報の中で、唯一、衝動買いが許されるのは、本です。
本を買うときには、ページをぱらぱらめくります。
「面白そうだ」と思えば、買ってよしです。
どの時代でもいちばん強いのは「変化に強い人」です。
変化は、どの時代でも起こる必須の出来事です。
変化に強い人は、どんな場所、どんな時代、どんな人とでも、うまくやっていけます。
「最新」という言葉に、どきどきするのは当然です。
今までにない新しい技術、進化、テクニック、サービスは、人々の注目を集めます。
「最新テクニック」という言葉を聞くと、力強いテクニックであるような気がします。
マスメディアに登場する情報は、すでに時代遅れです。
登場したばかりですから「最新」「最先端」と思われがちです。
しかし、メディアに登場している時点で、人々が購入しやすいように、2次加工されています。
情報は、暗記しても意味がありません。
忘れてしまうからです。
一生懸命に覚えても、忘れてしまえば役に立ちません。
本を読むだけでは、まだゼロです。
本をいくらたくさん読んで情報を詰め込んでも、得られた知識や知恵を、現実の世界で生かさなければ意味がありません。
一生懸命、たくさん本を読むことだけが、目的になっていませんか。
私たちが夢を見る理由は、起きている間にインプットした情報を整理するためといわれています。
夢がいつも支離滅裂な内容になっているのは、情報を整理している過程を見ているからです。
整理整頓中の部屋は一時的に散らかるように、整理整頓中の脳の中も一時的に散らかります。
情報の扱い方を知らない人は、店頭で商品を買います。
単純に手に入れやすいし、かっこいい店員、かわいい店員に話しかけられると、ほいほいとついていきます。
知らないうちに、新商品を買うことになり、無駄なお金を使ってしまうことになります。
多くの情報の中から本質を見つけることができると、宝物を掘り当てたような喜びがあります。
本質は、時代が変化しても、変わることはないからです。
一生物の知恵を見つけると、これから先の人生が楽になります。
いきなりある人から「1万円あげるよ」と言われると、どう感じますか。
「やった」と喜ぶ人は、社会に出てから訪問販売に引っかかり、金銭的に苦しい経験をする人です。
特に社会に出て働いた経験のない学生は、こうした話によく引っかかります。
私は「優しすぎる人」と接していると、痛々しく感じます。
「優しすぎる人」と接していると、かなり我慢しているということが、ひしひし伝わってきます。
人間、誰しも、ストレスの1つや2つはあります。
試験問題を解いていると、間違う問題があります。
ペケ印の付いた問題です。
間違った悔しさから、つい愚痴を言いたくなります。
テレビ、本、友人との雑談、駅の広告……。
昔とは違い、現代では、マルチメディアが発達しました。
部屋にいても、テレビから情報が次々流れます。
駅に立っていても、自然と広告が視界に入ります。
電車の中でさえ、ぶら下がっている広告が、目に飛び込んできます。
いえいえ、こんなものではありません。
昔とは違い、本も、誰もが手に入れることのできる時代となりました。
明治維新前は、本を読むのはお金持ちだけでした。
また、手に入ったとしても、本は限られたジャンルのみで、世界の事情を詳しく説明した本はありませんでした。
それもそのはずです。
飛行機がない時代は、ほかの国に行ったことのある人はいませんから、事情を知る人もいませんでした。
ゆえに本を書く人もいませんでした。
しかし、時は流れます。
封建社会がなくなり、誰にでも平等に学問の自由が与えられます。
飛行機が登場し、ラジオ、テレビ、インターネットが登場します。
驚くべきことに、たいていのマスメディアは無料のものが中心です。
特にラジオやテレビでは、貴重な情報が無料で手に入ります。
知識に飢えていた人は、これほど興奮することはありません。
時代は発展し、インターネットが登場すれば、いつでもどこでも情報は瞬時に手に入るようになります。
今では携帯電話で、世界中のあらゆる情報にアクセスできます。
驚くべき進化ですね。
今では、情報があふれるほどの時代となりました。
これだけ情報にあふれ、私たちは生活が豊かになったのかというと、人によります。
多くの情報に「溺れる人」と「活用する人」とにわかれていったのです。
溺れる人の特徴は、まず、情報に流されます。
「テレビで宣伝していたから」
「本で見かけた」
「雑誌で見かけた」
自分の中に入ってきた情報を整理せず、うのみにしてしまうのです。
今の自分にとって「何がいちばん大切なのか」という核心を見極めていないため、すべての情報に対して、広く浅く反応してしまいます。
情報をうのみにした人は、まず何をするのかというと「必要のない物を買ってしまう」という愚行に走ります。
「見たことある、聞いたことある」という、ささいな理由だけで購入し、部屋の中にはたくさんのものであふれかえります。
「テレビで宣伝していたものだから、素晴らしいに違いない!」
そう思うのは、すでに情報に流されている証拠です。
「本当に大切なものは何か」という本質を見抜くことができていないのです。
こうした人たちも同じです。
すべては情報を処理しきれず、流されているからこうした結果になっています。
右から左へ流れていく情報に、踊らされてしまうと、部屋の中はごみでいっぱいになります。
自分の時間が持てなくなり、どうでもいい飲み会への出席や、無駄な人付き合いが増えます。
情報に溺れて「何が自分にとって本当に大切なことなのか」がわからなくなります。
さて、本題に入ります。
今回は、本質を見抜くための方法にテーマを絞った話をします。
情報に溺れないようにするための、生きる知恵です。
溺れてしまうと死んでしまうのは、海だけの話ではありません。
情報という大きな海も、同じです。
多くの情報に溺れても、その人は死んでしまいます。
命はあっても、お金が貯まらず、自分の時間がなくなっては、死んだも同然です。
溺れたくなければ、泳ぎ方を覚えることです。
それが、現代社会では必要な生き抜くための技術です。
たくさんの情報の中から、大切なことを見極めるというのは、情報の海を泳ぐテクニックなのです。
多くの情報に溺れないコツは、まず「目的意識を持つこと」です。
目的意識を持てば、流されることはなくなります。
「何のために勉強するのか」
「何のためにテレビを見るのか」
「何のために本を読むのか」
こうした「何のために」という課題を、いつも考えることです。
その目的があって、次に目標が決まり、自分が行うべき行動がわかります。
目的さえあれば「この情報は自分にとって必要かどうか」というフィルタリングをかけることができるのです。
その目的は、大きければ大きいほど、生活のみならず、人生も揺るぎないものになります。
たとえば、あなたが本屋に行ったときです。
本屋には、何十万冊という多くの書籍があります。
それほど多くの本の中から、自分に合った本を選べるのは、なぜでしょうか。
「目的」があるからです。
あなたは、買いたい本があって、本屋へ向かいますね。
漫画を買いたい目的があれば、漫画のコーナーへ向かい、探している漫画を手にします。
パソコンの勉強をしたい目的があれば、パソコン関連の書籍コーナーへ向かい、自分のレベルに合った書籍を選べます。
何十万もの書籍の中から、すぐ見つけることができるのは「目的があるからこそ」です。
まず、ここを押さえておきましょう。
では、もしも目的がなく本屋へ入った場合、どうなるでしょうか。
おそらく入り口のところで立ち止まることでしょう。
なぜ、入り口なのか。
本屋の入り口は、今話題の本が山積みになり、目立っているからです。
人間は、本能として、目立つところを気にします。
目的もなくぶらぶら本屋に入った人は、本屋の入り口で目立っている本を、何気なく手に取ります。
気になるから仕方ありません。
ぱらぱらめくりますが、目立っているところに置いてある本なので、なんとなくいいことが書かれているような気がします。
ここが人間の弱いところです。
「1番目立つのだから、素晴らしい本なのだろう」
不純な動機で、本を買ってしまうことになります。
これが「流されている」ということです。
もちろんそういう本が実生活において役立つこともあります。
しかし、目的もなく、ただ目立っていたからという理由だけで買った本が、本当にその人にとって重要かというと、疑問です。
往々にして、買ってから後悔することが多いのです。
1番目立っているものがいちばんいいとは限らないという世の中の真実に、まず気づくことです。
最も意識してほしいことは「何がしたいのか」という目的です。
その目的さえあれば、目に飛び込んでくる情報を、手際よく処理できます。
「英語の勉強をしたいから英語の本を買おう」という目的があれば、その人は情報に溺れることはありません。
たとえ、本屋の入り口に目立つような書籍が並べられていても、見向きもしません。
「それは自分にとって必要ではない。自分が今求めているのは英語の本なのだ!」
強い意志があれば、選択と判断は容易です。
何十万冊もの本があっても、自分に合った本を探せます。
結局「目的意識があるかどうか」です。
目的がなければ「必要かどうか」というフィルターをかけることができないのです。
世の中には、多くの物事、現象、情報があふれています。
どれが、大切かどうかは関係ありません。
その人の目的によって、大切なことは変わるからです。
世の中を、一般的な目で見て、大切なことを見抜く必要はありません。
一般的に大切なものを見つけようとしていることは、人目を気にしているということです。
人からも「それは大切だね。重要だね」と言われ、認められたいから、一般的に重要なことを探そうとしています。
でも、本当は「他人には重要ではないが、自分にとって重要なこと」を見つけることです。
ほかの人とは違い、目的意識があるからこそできる選択です。
自分の都合で重要度を決めていいのです。
人によって目的意識が違うからです。
たとえば、看護をして病の人を救いたい人がいるとします。
そういう人は、英語の勉強には興味を持たないことでしょう。
英語が自分にとって、重要ではないと判断します。
また一方で、英語の勉強をしている人は、医学の勉強に興味を持たないことでしょう。
英語を話して、世界の掛け橋になろうとする人には、医学が自分にとって大切だと感じないからです。
「その人が何を目的にしているか」によって、世の中の大切なことが変わってきます。
世の中で大切なことは「人それぞれ」ということです。
あなたは「一般的に大切なこと」を探してはいないでしょうか。
「平均値」
「一般的」
「客観的」
本当に大切なのは、あなたが何を求めているかです。
目的に応じて、大切なことは変わるのです。
自分本位に好き勝手に決めてかまいません。
いちばん重要なことは「目的を持って行動する」ということです。
自分の行動に目的を持てば、それだけで情報処理の技術を身につけたと言っても過言ではないのです。
多くの情報の中で「Aがいい」という話もあれば「Bがいい」という話もあります。
どちらが本当かわからないとき、いちばん正しいのは、自分が試してみることです。
おっと、いきなり「購入」のことではありませんよ。
「試す」という意味です。
自動車なら、いきなり購入するのではなく、A自動車とB自動車の両方を試乗してみます。
試乗すれば、パンフレットだけではわからない乗り心地、運転の具合、雰囲気が五感を通じて、よくわかります。
気になる化粧品も、いきなり購入するのではありません。
サンプルをもらい、使ってみます。
試供品で十分です。
すると、自分の肌に合うかどうかがわかります。
理系か文系かの進路で迷ったときには、両方の勉強を軽くしてみます。
教科書をぺらぺらとめくり、興味を持った部分でかまいませんから、部分的に読書します。
内容をかじれば「自分に合っているかどうか」という感覚の1つは、得られるはずです。
頭に抵抗なく入る勉強のほうが適正はあります。
そちらを選択すればいいのです。
やはり実際に、自分の体で体感したことは、なにより頼りになる判断基準になります。
世の中には、多くの情報があふれています。
判断できないときは、試せばいいだけです。
お金も時間もかからない程度に試して、その体感を基準に判断しましょう。
五感を通じて得られる情報が、いちばん頼りがいがあるのです。
大切なことを見極めるために、目的意識は重要です。
私たち人間と、一般的動物の行動の違いは「意識した行動の目的があるかどうか」です。
目的がない人は、流された行動になりがちです。
野生動物と同じとまではいきませんが、近い状況があります。
「目立つものが重要」「頻繁に目にするものは安全」という基準で行動するようになります。
動物は、目立つものに反応する生き物です。
人間も動物ですから、目立つものに反応します。
生物は身を守るために、動くものに反応し、注意を向けます。
また毎日、目にすることは安全と判断します。
慣れが生じるため、危険ではないと感じるからです。
人の進化の上で身についた本能ですから、仕方ありません。
「目立つものが重要」「頻繁に目にするものは安全」は、生物が生存するために必要な本能です。
そのため、テレビのCMでよく見かけるものが素晴らしいものと思ってしまう。
「雑誌でよく見かける」という理由だけで、流行の服を買ってしまう。
「目立っていることが重要」「頻繁に目にするものは安全」という判断基準で行動すると、野生動物と同じになります。
賢い資本主義の資本家は、この事実に気づいています。
「目立つものが重要」「頻繁に目にするものは安全」という動物的本能を逆手に利用して、消費を促します。
動物の本能を逆手に利用している資本主義の事実に気づくことです。
一種のわなです。
特に目的意識のない人は、メディアに流されてしまいがちです。
目的がないから、とりあえずメディアを頼りにする。
テレビや雑誌の情報に流されて、必要でもない物を買ってしまう。
お金がなくなり、自分の時間が消えるのです。
本能と言えばそれまでですが、本当に賢い人は、その本能を超越して行動できます。
自分の行動に目的を持ち、必要のあることだけをピックアップするのです。
世の中は、情報で氾濫していますが、これだけ氾濫していても「変わらないこと」があります。
時代が変わっても、変わらない普遍的なことです。
水、本、新聞は、100年前も200年前もありました。
どれも質素で飾り気のない物ですが「本質」であり「基本」になっているということです。
長く続いているというのは、実績と信頼の証しです。
老舗も、長く続いているほうが、技術の蓄積がありますから、品質の高い商品をつくれます。
生き残り続けている老舗は、それだけ人が求めるおいしさにピントを合わせているということです。
「時間」を基準にして物事を見ていると、何が大切でそうでないかが、見えてくるようになります。
長い時を経ても、変わらず存在していることは「普遍的なことが含まれているから」というわけです。
私は、飲み物を飲むときには、まず水を選びます。
水の歴史が、いちばん長いからです。
飲み物には、野菜ジュース、炭酸ジュース、発売されたばかりの新商品など、いろいろな飲み物があります。
コンビニに行けば、何十種類もの飲み物が待ち構えています。
しかし、やはり、水がいちばん基本です。
時代が変わっても、残り続けている水は、時代や人種に関係なく、いちばん大切である証しです。
新商品は衝動的に買わせようと、色やデザインばかりが凝っていて、本当に人のためになるとは限りません。
着色料や香料で、おいしそうに見せかけ、人が衝動的に購入するよう着飾っています。
新商品ほど、店頭店内から消えるのも、あっという間です。
人が求める普遍的要素が含まれていないため、発売当初は売れますが、やがて飽きられます。
判断に迷わないために「時間」という基準で選択すればいい。
古ければ古いほど、いいものです。
いいものでなければ、残ることはできません。
「残り続けているもの」に手を出せば、まず間違いはありません。
それだけ人にとって欠かせない「普遍的要素」が含まれている証拠です。
検索エンジン「Google」の検索結果には「エイジング・フィルター(Aging Filter)」という機能があります。
古いものであるほど、上位に表示させるという機能です。
10日前にできたばかりのウェブサイトは、まだ信用も実績もありませんから、Googleは疑い、上位表示させません。
しかし、10年以上も存在し続けているサイトは、実績があり、長い間、人が求める普遍が含まれている証しになります。
時間を基準にした考え方は、有効な判断基準になります。
迷ったときには「古いもの」を選べばいいのです。
世界的なものに手を出すと、いいことがあります。
国内だけで展開しているものより、世界規模で展開しているものには、数多くのノウハウが蓄積されています。
もちろん国内だけで展開されていることを否定しているのではありません。
しかし、ノウハウの蓄積や実績例の豊富さの点から見ると、世界規模で展開している商品や、サービスが優れているものが多いです。
世界中からのノウハウの収集と蓄積には、かないません。
なにより「世界展開ができている」という実績が、優れている証拠になります。
世界的な英語試験で有名な「TOEIC」は、よくできた試験です。
世界中で行われている英語試験だけのことはあり、良問ばかりです。
癖、偏りが、一切ありません。
世界の多くの人たちにとって、公平に受けられるように、問題も整っています。
また級による階級分けがありません。
独自のスコアで結果も独特です。
10点から990点まで、5点区切りの細かいスコアで、結果がわかります。
驚くべきことに、英語の実力が変わらないかぎり、スコアも大きく変動することはありません。
ペーパーだけの試験で、その人の英語力がスコア表示できるのは、衝撃的です。
テスト結果の正確さも、やはり世界一です。
世界的に展開している自動車会社「トヨタ(TOYOTA)」も、壊れにくいことで有名です。
私がアメリカに留学したとき、トヨタの車ばかりが走っていたので、さすがに驚きました。
もともと、日本国内の自動車でしたが、今では世界規模で販売されています。
世界中から、改良、改善、クレームを収集し、その結果を反映させることで、壊れにくい車、操作しやすい車が実現されています。
世界的なファストフード店「マクドナルド(McDonald)」も、行き届いているファストフード店です。
ファストフード店ではありますが「安くてもサービスは高い」と感じます。
世界で展開しているので大量発注します。
大量発注すれば、高品質の食材でさえ、安く購入できます。
ゆえに、消費者に対しては、低価格、高品質でフードを提供できるのです。
そのうえ、世界展開しているので、世界中から失敗例と改善案が集まります。
改善をマニュアルに反映させるので、よくできたサービスになっています。
安さ、速さ、価格、サービスなど総合すれば、文句なしの世界一です。
これが世界展開している強みです。
迷ったときには、どちらが広範囲で活動をしているか確認してみましょう。
活動範囲、商品、サービス、試験、お店など、広ければ広いほど、間違いはありません。
特に世界展開しているものは、外れがないと言っても過言ではないのです。
仕事や勉強、人間関係に忙しく余裕がなくなったら、いま一度、してほしいことがあります。
忙しいときほど、忘れがちなことがあります。
深呼吸です。
忙しくなればなるほど深呼吸を忘れ、脳に酸素が供給されにくくなります。
酸素が供給されなくなると、さらに脳の活動は鈍くなって余裕がなくなります。
ぼうっとしたり頭が回らなかったりして、当たり前のことが見えなくなります。
これが深呼吸を忘れたときに起こる悪循環です。
「疲れた」と思ったら深呼吸をしてみましょう。
吸うときは鼻から3~4秒かけて、吐くときは6~8秒かけます。
新鮮な酸素をたくさん取り込んで、二酸化炭素を吐き出すのです。
健康に必要なのは、ビタミンやミネラルだけではありません。
酸素も、精神的な健康に欠かせません。
いらいらする人は、タバコより空気を吸うことです。
いらいらしているのは、酸素が不足しているからです。
酸素が足りなくなり、気持ちの余裕がなくなりいらいらしてしまいます。
大きく吸ったとき、ふと余裕が戻ります。
心が落ち着いていらいらがなくなり、今まで忙しくて忘れていたことを思い出します。
冷静な判断には落ち着いた心が必要です。
落ち着いた心を取り戻すためには、深呼吸をすればいいのです。
今まであなたは「失敗しないように」と言われて、これまでやってきました。
できるだけ間違えないように、行動を慎みすぎています。
大切なことを見つけるためには、まず、失敗こそが必要です。
恋愛で好きな人に振られたあなたは、愛の大切さを見つけることができました。
友人とけんかをしたあなたは、大切な友情を見つけることができました。
大学受験に失敗したあなたは、人生の大切さに気づくことができました。
往々にして、大切なことは「失敗したとき」に、体感、体得できるものです。
親や先生たちが言う「失敗しないように」という教えは、嘘です。
本当は、失敗しなければいけないのです。
これまであなたは、失敗しないように生きてきました。
しかし、これからは、できるだけたくさんの失敗をして、生きていけばいい。
大切なことを知るため、気づくため、悟るために失敗をして、見つけるのです。
それが、大切なことに気づくための唯一の方法です。
「できるだけ失敗しないように」ではなく「できるだけ失敗を経験できるように」生きていかなければいけません。
それが、あなたを成長させる起爆剤となります。
どちらか迷ったとき「より難しい選択」をすることです。
「こっちのほうが失敗できそうだな」
そういう選択ができるようになれば、あなたは急成長できます。
そのとき間違え失敗しても、困難を乗り越えたとき、力だけが残り続けます。
初めから成功するような易しい選択をしても、簡単なので力になりません。
失敗するような選択こそが、成功への選択になるのです。
あなたが思いきって行動しようとすると、親や先生たちは「早すぎる」と言って、引き止めようとします。
早すぎるということは、1つもありません。
むしろ、早すぎるほうがいいのです。
ほかの人より早く行動ができるので、いちばんになりやすくなります。
親はあなたが成長して、家から出ていってしまうことが寂しいので「早すぎる」という言葉で引き止めようとします。
先生は、生徒が早く行動すると、自分の指導を聞かなくなるのがしゃくに障るので「早すぎる」と言い、成長を抑制しようとします。
そういう反対を振り切って行動できる人が「その他大勢から抜きんでる人」です。
運動会の100メートル走では、早くスタートすればフライングになりますが、人生では早く行動すれば、成功者になります。
賢い人は、フライングスタートが成功に結びつくことを知っています。
速く成功することを知っているので、自分たちが抜かれないように「早すぎる」と言い聞かせ、抑制しているのです。
親や先生の言うことを聞いているうちは、大きな人になれないと思うことです。
早すぎると言われれば、チャンスです。
その先には、何かすごいものが待っているということです。
あなたは、今まで褒められたい気持ちで行動してきました。
褒められたいので「いい子ちゃん」のふりをしてきました。
人から「いい子だね」と褒められるために、人目を気にして行動していました。
人からすごいと言われるために、立派な大学を選んだり、立派な仕事を選んだりしてきました。
いい子ちゃんのふりをしてきたため、今まで思いきった行動も、大きな失敗もありません。
失敗すると、いい子ではなくなるので「無難なことばかり」で、狭い殻に閉じこもっています。
いい子だけを演じているのは、人からいい子だと思われたいからです。
人目ばかりを気にしてきたので、本当に自分らしい行動をいまだにしていません。
どんな仕事に就くべきか、悩みます。
どんな大学に進学すべきか、悩みます。
自分らしい行動をせず、人目を気にするいい子ちゃんばかりを演じてきたので、自分のことをまだ何もわかっていないのです。
褒められたい、認められたいと思っていると、自分らしい行動は何もできなくなります。
今すぐ、いい子ちゃんをやめてしまうことです。
褒められたい、認められたいと思う気持ちを、手放します。
手放したとき、本当の自分に戻ります。
「この人は、ちょっとおかしいね」と言われ始めたら、自分らしく生きている証拠です。
本来、私たちは、どれも同じということはあり得ません。
「この人、変わっている」と言われなければならないのです。
人それぞれ違っていて、当たり前のことだからです。
みんなと同じように、普通に当たり前のことをしていることは「飼いならされている証拠」です。
商売上手な人は、消費者を興奮させる技術を使い、合法な手段で判断を誤らせます。
次のような広告を、あなたも見聞きしたことがあるでしょう。
「期間限定」
「先着10名様限り」
「サービスタイム(18:00~18:15だけ! )」
どれも「限定」です。
制限時間があると、人間は興奮して焦ってしまい、冷静さを忘れます。
人間は、限定に弱い生き物です。
しかし「人間は限定に弱い生き物だ」という事実を頭に叩き込んでおくことは大切です。
そういう生き物なんだと知っておけば、限定手法を使った広告を目にしたとき、いくぶん冷静になれます。
「また限定で商売している。人間は限定に弱いから注意しないと」
そう思うだけでも、違います。
落ち着いた状態で、静かに考えることが大切です。
冷静になれば、一時的な興奮に踊らされた誤った判断もすることがなくなります。
冷静さこそ、判断をするために大切な姿勢です。
自分が今、冷静さを忘れているなと思えば、時間を空けて考えればいいのです。
そもそも人間は限定に弱い生き物という前提で考え、それでも欲しいかどうかを、自分に問うのです。
冷静でも、それでも本当に欲しいと思うものだけを買うようにしましょう。
「冷静さ」は、多くの情報から、大切な情報を見つけるためのキーワードなのです。
人間は、感情に流されやすい生き物です。
興奮してしまうと、冷静さを失います。
少しでも消費させ、売り上げに結びつけようと、広告や装飾で消費者を興奮させ、勢いで買わせようとする手法が多く存在します。
しかし、どれも合法ですから、ダメとは言えません。
無理やり買わせているのではなくて、合法の範囲内で消費者を興奮させ、判断を誤らせることで購買意欲に結びつける手法です。
広告による興奮を抑えればいいのですが、人間ですから、なかなか難しいものです。
安い商品なら、失敗したときの金銭的ダメージも小さくて済みます。
しかし、高額な商品を衝動買いしたときの後悔は、もはや言葉では言い表せません。
お金が出るばかりではなく、涙も出ます。
私も一時的な興奮により、3万円もする商品を衝動買いしたことがあります。
買った後「失敗した!」と気づき、泣きそうになりました。
そんな失敗経験から編み出した、誰にでも実践できる、冷静に買い物できる知恵を伝授します。
「3日間、時間を空けて考える」という方法です。
買いたいと思ったら、3日間、時間を置くのです。
3日がたち、それでもまだほしい気持ちが継続していれば、本物の気持ちです。
広告を目にすると、一時的に興奮します。
一時的な興奮は、1日も経てば冷めてしまいます。
しかし、3日も続く気持ちは、本当に欲しい気持ちがあるからです。
広告による興奮から衝動的に買おうとしているのではなく、冷静に商品の魅力に引かれてほしいと思っているということです。
特に高額な商品を買うときには、時間を置いて考える習慣を持つことです。
一時的な興奮に惑わされない、情報社会を生きる知恵です。
自分に合った情報は、自分が体験したうえで決めることです。
この結論は、数多くの失敗をした私だからこそ、自信を持って言えます。
私は中学生のころ、通信販売で、人気のスポーツ用具を購入したことがあります。
その通信販売には「10万人もの人が使っています」という宣伝が載っていました。
「えっ。10万人も使っているのか。すごいなあ。これはいいに違いない」
私は利用者の多さに驚き、興奮しました。
「10万人もの人が使っています」という記載があると、自分も買わないと仲間外れであるような気がします。
自分に合うかどうかを確かめもせず「10万人も使っていれば、大丈夫だろう」と軽く考えて、勢いで申し込んでしまったのです。
購入した後、自分には合っていないことがわかりました。
今、そのスポーツ用具は、押し入れの奥でほこりをかぶっています。
失敗に終わった、典型的な話です。
さて、私がお伝えしたいのは「数字のトリック」についてです。
数字とは怖いものです。
よく考えてみましょう。
「10万人」と聞くと「とてもたくさんの人だ」と思います。
しかし、日本の人口が1億人とすれば、10万人は、たったの「0.1%」です。
1%すら、達していないではありませんか。
10万人と聞けば「そんなにたくさん」という感覚になります。
しかし「0.1%」と聞けば「たったこれだけ」という感覚に変わります。
どちらも、数に変わりはありません。
ただ数字の表現方法を変えただけです。
これが数字のトリックです。
世の中に氾濫する数字を、あらゆる角度から見て、真実を見抜くことです。
10万人、100万人とはいえ、全体から見れば、1%にも達していないことがあります。
10万人も使っているから、必ず私にも合うと思うのは、早合点です。
1%しか実績がないのですから、むしろ合わない確率のほうが高いくらいなのです。
人間は、行動した後悔より、行動しなかった後悔のほうが、深く長く残り続けます。
行動をした後の後悔は、成功でも失敗でも、学びがあります。
しかし、行動しなかった後悔には、学びはありません。
学生時代、好きな人に告白した後悔より、告白しなかった後悔のほうが、強いものです。
たとえ振られても、必ず経験が残り、学びがあります。
しかし、告白という行動さえもしなければ、付き合えるチャンスはゼロであり、経験もゼロです。
恋愛経験も、ゼロになります。
私は告白してOKだった経験もありますが、ダメだった経験もあります。
しかし、どちらの経験も今思えば「告白して良かったな」と思います。
後悔してしまうのは、好きだったのに告白しなかった経験です。
「ああ……。あのとき告白していれば、人生は変わっていたかもしれない」
この後悔は、長く引きずってしまうものなのです。
振られても、たかが人生の1ページです。
大人になれば、そういう若いころの失敗は、懐かしく思えてきます。
まず、行動主義になることです。
「成功するか、失敗するか」は、抜きにして考えます。
人間は、行動した後悔より、行動しなかった後悔のほうが強く残り続けてしまうのです。
どうせするなら、行動をした後悔をすることです。
それがかっこいい人の生き方です。
テレビは、情報を手軽に手に入れられるマスメディアです。
映像と音声を、無料でいくらでも楽しめます。
嬉しいことですが、怖いことでもあります。
テレビは見るほど、宣伝に洗脳されてしまい、正しい判断を失ってしまいます。
もちろん番組によっては、教養になる内容もあります。
しかし、受動的になっているため、身につきにくいのです。
テレビは、時代や流行を知るためのツールの1つですが、必須ではありません。
テレビを見なければ、どこで時代を把握すればいいのでしょうか。
自分が、町へ出かければいいのです。
町へ出かければ、今の流行や時代の流れが見えてきます。
そういうことは、肌で感じてこそ、役立ちます。
テレビは、受動的です。
受け身になって情報を受けていると、いつまでも自分の人生を開拓できません。
自分から動いて、見て触れて感じて、時代を体感して感じ取っていくのです。
それが本当の社会勉強です。
テレビを見る暇があれば、町へ出かけてみましょう。
今の流行は、街を歩いている若者のファッションを見れば、よくわかります。
洋服屋の店頭や店内をのぞいたり、気に入ったものは試着したりすれば、時代が肌で感じられます。
本屋に立ち寄れば、今のベストセラーがわかります。
映画館に行けば、新作でにぎわっている様子がわかります。
私は、よく外食をします。
基本的に、毎日外食といってもいいくらいです。
朝、早起きして、近場のファミリーレストランへ行って注文します。
レストランのメニューを見ると、時代と季節を読み取れます。
マンゴーが流行しているときには、マンゴーのデザートメニューが豊富になります。
目で見て楽しんで、触感と舌で味を感じるのです。
また、季節の変化に応じて、メニューも変わりますから、食を通じて季節を体感します。
それは、テレビを見ているだけでは、絶対にわかりません。
テレビは視覚しか刺激しませんが、自分が外へ出かけると、五感を通じて、刺激が飛び込んできます。
時代の流れ、流行、季節感は、肌で感じることです。
テレビのスイッチを消して、町へ出かけましょう。
テレビだけでは得られない具体的な「生の情報」であふれています。
生活に生かすことのできる情報は、まず体感することが大切なのです。
褒められたいために行動すると、良いこともありますが、悪いこともあります。
良いことといえば「人から認められやすい」ということです。
特に、空虚感がある人は、褒められると嬉しくなります。
悪いことといえば「偽りである」ということです。
褒められたいために行動する自分は、自分に嘘をついているということです。
人から褒められるようなことは、人として模範的な行動をしているので「素晴らしい、偉い、すごい」と称賛されます。
自分の特技を生かして、人助けや社会貢献を果たし「素晴らしい、偉い、すごい」と称賛されるなら、まだわかります。
しかし、問題なのは「褒められたいために行動している人」です。
褒められるためにしている行動は、本当の自分ではありません。
残念ながら、褒められたいという、やましい気持ちが裏にあるので、本心ではありません。
本心で行動しているわけではないのに、人から褒められる矛盾があります。
ここの違和感に気づくことです。
自分の心に嘘をつき、褒められたいためにした行動で褒められても、本当の自分ではありませんから「偽り」です。
「人の為」と書いて「偽」と書きます。
それは褒められたいために行動するのは、偽りの人生を歩んでいますよ、ということです。
褒められたいから行動していませんか。
もしそうなら、今すぐやめましょう。
褒められたい気持ちを捨てれば、大切なことが見えてきます。
自分の特技を生かして、人助けや社会貢献を果たし、その結果、褒められます。
本当に大きなことを達成する偉人は、人から褒められるために行動しているわけではありません。
自分の役目、役割を生かしきった結果、人の役に立っているのです。
発明王エジソンは、褒められるために白熱電球を発明したのではありません。
モノづくりが大好きという自分の天命を生かし、手腕を発揮した結果、白熱電球を発明し、人から褒められるようになったのです。
「友人を大切にしなさい」
一見、何の問題もないように思えます。
あなたは今まで、両親、先生から、何度もこの言葉を耳にタコができるほど、言われてきたことでしょう。
事実、大切な親友との交流の時間は、将来への投資につながります。
また、仕事帰りに上司や同僚と一杯飲みに行くくらいなら、人間関係の向上にもつながります。
適度な人との交流は、どの世界でも、人間関係上、必要です。
しかし、交流なら何でもかんでも出席すればいいわけではありません。
人付き合いも、過剰になれば、毒になります。
たとえば、頻繁に行われる飲み会です。
友人から誘われて、たまに飲みに行くくらいならいいでしょう。
ときどきお互いの近況を話し合い、情報交換をすれば、人間関係向上のみならず、仕事に有益な情報も得られることでしょう。
しかし、多くても1週間に1回までです。
週に1回以上は無駄です。
頻繁に開かれる飲み会は「寂しい気持ちを紛らしたい」という人の集まりです。
楽しく騒いで、寂しい自分の心を一時的に紛らわしているのです。
寂しいから集まるのでは、傷のなめ合いになります。
そういう場では、愚痴や不満が話題の中心になります。
それは人間関係への投資ではなく、浪費です。
仕事帰りに、たまに同僚と飲みに行くなら、人間関係の向上になるでしょう。
たまにならいいのですが、頻繁になると、話は変わります。
頻繁になると、たいてい仕事の愚痴になります。
それは無駄な時間です。
仕事の愚痴を言う時間があれば、1冊でも本を読んで、仕事の効率を上げるノウハウを学ぶことです。
そういう投資が、自分の本当の成長になり、仕事を円滑に進め、職場の改善になります。
仕事帰りに同僚と愚痴を言い合うために飲みに行っても、何の解決にもなりません。
二日酔いになり、お金も時間もなくなり、むしろ悪循環です。
その「必要な人間関係への投資」と「無駄な人間関係の投資」をしっかり区別することです。
曖昧にしていると、巻き込まれます。
あなたの中で「週1回以上の飲み会は禁止」というルールを、自分なりにつくっておきましょう。
ちなみに私は「週1回以上は無駄」というルールで区切っています。
もちろん時と場合に応じて例外もありますが、基本ルールをつくっておくと判断に迷わなくなります。
過剰な人付き合いは、無駄であるという事実を知り、あらかじめ自分なりにルールをつくっておきましょう。
たくさんの情報の中で、唯一、衝動買いが許されるのは、本です。
本を買うときには、ページをぱらぱらめくります。
「面白そうだ」と思えば、買ってよしです。
値段を見る必要はありません。
値段を見ると、せっかく楽しい気分に浸っていたのに、急に冷めてしまいます。
「2,000円もする。そんなに高いなら買うのをやめよう」
せっかくの楽しい気持ちが台無しです。
お金のことを最初に考え始めると、行動力が低下します。
もちろん高額の商品を買うときには、その慎重さは必要です。
しかし、本のような教養や学問になることへの投資をケチっては、いつまでも成長ができなくなります。
本に限っては、衝動買いが許されます。
衝動的に面白そうだという本を見つけて買うと、思わぬ出会いになることがあります。
楽しくて自分のためになる投資は、どんどんお金を使ってもかまいません。
本は、たくさん読みすぎても無駄になることはありません。
たくさんの情報を知って、頭が混乱するどころか、逆にさえてきます。
本を書くくらいですから、執筆者はその分野の専門化です。
いろいろな本を読んで、さまざまな専門家の話を聞くことで、複眼的な見方ができるようになります。
たくさんの情報の中から大切なことを見極めるためには、まず手当たりしだいに本を読んでいくことです。
まず、興味のある分野から読み始めます。
その読書の習慣をきっかけにして、今まで手を出したことのない分野の本を読み進めていけばいいでしょう。
たくさんの本を読んでも、人間の脳はよくできたもので、きちんと整理整頓して覚えてくれます。
「大切な情報」は顕在意識に現れ「とりあえずという情報」は、潜在意識にしまい込まれます。
読書には、一切、無駄がありません。
たくさん知るほど、さまざまな見方ができるため、人生の正しい判断ができるようになります。
どの時代でもいちばん強いのは「変化に強い人」です。
変化は、どの時代でも起こる必須の出来事です。
変化に強い人は、どんな場所、どんな時代、どんな人とでも、うまくやっていけます。
すべてものは、変化します。
変化をしないことは、どの時代、どの場所にもありません。
社会では、勉強だと思っていました。
たしかに勉強も必要ですが、勉強より必要なのは、変化に対応できる姿勢です。
変化があれば、今まで勉強していたことは、水の泡になります。
それはどの時代にも起こる、当たり前の出来事です。
変化があったとしても、対応できる姿勢をつくっておくほうが、勉強以上に重要なのです。
変化に対応できるような姿勢を整えておけば、必ず、社会を渡り切れます。
そのためにも、まず謙虚になることです。
謙虚は、変化を受け入れられる姿勢です。
わからないことがあっても「すみませんが教えてください」と言えます。
知らない土地に行っても「ここはどこでしょうか。方向音痴なもので」と、頭を下げることができます。
時代は流れ、変化して、新しいことが出てきても、教えてもらうことで変化に対応できます。
これができれば、怖いものはありません。
謙虚があれば、まず時代の変化を乗り切れます。
横柄になっていないでしょうか。
本当にかっこいい人は、必ず謙虚なのです。
「最新」という言葉に、どきどきするのは当然です。
今までにない新しい技術、進化、テクニック、サービスは、人々の注目を集めます。
「最新テクニック」という言葉を聞くと、力強いテクニックであるような気がします。
最新を手に入れることで、生活は今までより快適になり、豊かになるような気がします。
しかし、人生を長く生きていると「最新」という言葉は、怪しいという勘がさえてくるようになります。
実際は、最新を追いかけていると、生活が快適になるどころか、低下してしまいます。
市場に出たばかりの商品は、実績が少なく、バグも多いため、トラブルに巻き込まれます。
その結果、仕事の効率が良くなるどころか、悪くなるのです。
最新が登場して1年以上すぎ、もはや最新という言葉が似合わなくなったとき、ようやく熟してきます。
コンピューター業界には「枯れた技術こそ安定」という有名な言葉があります。
新しい技術は実績に乏しく、バグも多いため、仕事が効率よくなるどころか、悪くなる場合があります。
それゆえ、仕事をする際には、古いOS、古いソフトウエアばかりを使います。
大企業の安定した職場では、古いソフトウエアばかり使っているものです。
仕事の効率が悪くなるより、安定したソフトウエアのほうがトラブルは少ないため、仕事が安定して進むのです。
古い技術(枯れている技術)は、長年の実績があります。
発売されたときにあったバグやトラブルは、長年の改良と改善を積み重ね、安定した状態にまで到達しています。
枯れた技術こそ、安定しています。
最新という言葉に踊らされ、新しいものを購入すると、不具合のため、仕事の効率が悪くなるので注意が必要です。
2007年初め、マクロソフト社Windowsの新OS「Windows Vista」が登場しました。
そのとき、私も新しいOSとばかりに飛びついて購入し、失敗した1人でした。
出たばかりのOSは、不具合が多く、仕事が効率よくなるどころか、悪くなりました。
突然、画面が真っ暗になったり、固まったりして、作業を中断することがありました。
最新には、不具合が多い。
1つ古いOSであるWindows XPにダウングレードして、ようやく仕事が安定するようになりました。
今でこそ、笑い話になりますが、当時は泣きそうになったものです。
何十万も高いお金を払って、仕事の効率を悪くさせたわけです。
意味がありません。
お金を捨てたようなものです。
なんと愚かなのでしょうか。
そうした経験をして「枯れた技術こそ安定」という言葉の意味を、痛切に感じたのです。
マスメディアに登場する情報は、すでに時代遅れです。
登場したばかりですから「最新」「最先端」と思われがちです。
しかし、メディアに登場している時点で、人々が購入しやすいように、2次加工されています。
取れた魚は新鮮ですが、取れたばかりでは食べにくいので、焼いたり切ったり、缶詰にしたりして「2次加工」します。
メディアに流れている最新情報も「2次加工」と同じ状態です。
新鮮ではありません。
「一歩遅れた情報」ということです。
それは、最新のように思え、実はもうすでに遅れています。
本当の最先端は、まだメディアに出ていない情報です。
私は、今、携帯の会社に勤めています。
社内内部にいるとよくわかるのですが、CMで流れている情報は、だいぶ遅れている内容です。
社内で1年前に話し合った内容が、ようやくテレビCMで流れています。
社内では、もっと進んだサービスや構想が展開しています。
私は今、社会人として仕事をしながら、HAPPY LIFESTYLEを運営しています。
その理由の1つに、一般企業の内部にいると、時代の最先端が見えてくるからです。
企業内部情報をここで公開するのは違法になりますから、これ以上のお話は控えさせていただきます。
1つ言えることは「メディアに出ている情報はすでに遅れている情報」ということです。
それが本当の最新ではないのです。
時代が今、進もうとしている先端は、一部の人間が、陰でこそこそ話し合っています。
こそこそ開発したり、研究していたりすることが、本当の最先端です。
企業の中にいると、そういうこそこそ話を見聞きできるので、参考になります。
時代がこれから進むであろう方向が、見えてくるのです。
情報は、暗記しても意味がありません。
忘れてしまうからです。
一生懸命に覚えても、忘れてしまえば役に立ちません。
「暗記」ではなく「理解」をするのです。
理解を伴ったことは、暗記に比べ、はるかに忘れにくくなります。
話の流れの中で、理解を伴って覚えることは、脳内神経「ニューロン」の結びつきが多くなり、忘れにくくなります。
ネットワーク化された記憶は、忘れにくくなります。
ロボットは暗記が得意ですが、人間は理解が得意です。
人間なのですから、人間が得意とする覚え方をすることです。
暗記はデジタル機器に任せ、人間は理解を仕事にしましょう。
「石油価格が高騰」ということだけを、そのまま暗記するのではありません。
「今、中東の石油が取れにくくなり、石油の価格が高騰している。その高騰が世界中の市場に影響を及ぼしている」
こうした理解で覚えるのです。
「流れ」を理解し「物語」で覚えます。
理解を伴って覚えたことは、忘れません。
受験勉強にしろ、仕事にしろ、覚えるときには「暗記」ではなく「理解」をして覚えましょう。
本を読むだけでは、まだゼロです。
本をいくらたくさん読んで情報を詰め込んでも、得られた知識や知恵を、現実の世界で生かさなければ意味がありません。
一生懸命、たくさん本を読むことだけが、目的になっていませんか。
目的を達成するために、本という手段があるのです。
単なるハードルにすぎません。
読み終わった後に、どれだけ行動するかが大切です。
本を読まなくても、行動できるなら、本は読まなくてもいいと思います。
行動する量が多ければ、本によって得られる情報を、現実の世界で十二分に体感、体得できるからです。
本は「行動するぞ!」というやる気になるために読むものです。
一時的、精神的カンフル剤という部分が大きいです。
やる気になっていれば、もうこれ以上、本を読まなくてもいい。
時間とやる気があるならば、現実の世界で行動するほうに、使いましょう。
成功する人は、たくさん本を読んでいますが、それ以上にたくさん行動しています。
成功できたのは、たくさん行動したからです。
行動したときに、初めて現実となり、結果が返ってきます。
読書だけを目的にしていないでしょうか。
本を読むだけでは意味がないということです。
行動して、初めて意味があるのです。
結果は、行動して初めて出るものなのです。
私たちが夢を見る理由は、起きている間にインプットした情報を整理するためといわれています。
夢がいつも支離滅裂な内容になっているのは、情報を整理している過程を見ているからです。
整理整頓中の部屋は一時的に散らかるように、整理整頓中の脳の中も一時的に散らかります。
だから夢の内容は、いつもめちゃくちゃです。
そんな大切な情報整理の時間である睡眠時間を削ると、記憶の定着も悪くなります。
睡眠不足だと、疲れが取れないどころか、記憶力も悪くなります。
睡眠時間が少ない学生は、学力も低くなる結果があります。
勉強ができない人は、成績が悪いからとはいえ、徹夜をして睡眠時間を削って勉強しようとします。
しかし、徹夜をして睡眠時間を削れば削るほど、さらに成績が落ちていきます。
そもそも睡眠時間を削っていることが、悪循環の始まりなのです。
寝ている時間には何もしないから「無駄な時間」と思っています。
睡眠時間は、無駄な時間ではないのです。
睡眠中は、記憶を整理する時間であり、定着させる時間です。
十分に睡眠時間を取る生活スタイルがあって、初めて情報社会と付き合っていくことができるのです。
たくさんの情報があるから、睡眠時間を削ってインプットしていくのではありません。
覚えなければならない情報がたくさんあるからこそ、十分に寝て、頭の中を整理する時間を設けるのです。
情報の扱い方を知らない人は、店頭で商品を買います。
単純に手に入れやすいし、かっこいい店員、かわいい店員に話しかけられると、ほいほいとついていきます。
知らないうちに、新商品を買うことになり、無駄なお金を使ってしまうことになります。
「自分は流されている」
この事実を認めることです。
恥ずかしい自分の無知さを認識することで、あなたは進化します。
流されていると、時間もお金も貯まりません。
資本主義社会は、消費者に知らないうちにお金を使わせるような仕組みができています。
もちろん合法の範囲内ですから問題はないのですが、私たちは「流されている」という事実に気づくことです。
資本家の甘い誘惑の罠にはまっているということに恥じなければいけません。
自分が意図しないのに購入してしまうような、流された消費活動を恥ずかしく思い、なんとかしたいと改善するのです。
誰でも、一度や二度は、流されて品物を購入することがあります。
失敗は一度までなら許されます。
しかし、一度経験したら、次からは同じ罠にかからないように学ぶことです。
失敗を生かし「なぜ流されてしまったのか」「どうすれば、次から流されないですむか」と改善を考えるのです。
賢くなれば、必ず小から大を生み出せるようになります。
その必ず小から大を生み出せるようになる姿勢は、往々にして「かっこ悪い姿勢」です。
中古、節約、節制、謙虚など、一見すると、貧乏人のような生活になります。
本来、お金持ちほど、けちで節約家です。
小から大を生み出すことに成功したからです。
店頭でアルバムCDを買うと、3,000円します。
しかし、中古屋で買えば、半額、あるいは半額以下で手に入ります。
どちらが得なのか、言うまでもありませんね。
こういう話をして、次のようにいう人がいます。
「中古は嫌だ。新品で手に入れたい。それが私のこだわり」
ほらほら、いけないのです。
そんなところでかっこつけているから、いつまで経っても、お金が貯まりません。
人間は見栄を張りたい生き物です。
その本能をうまく利用して、資本家が新品で買わせようとして、まんまと罠にかかるあなたがいるのです。
新しいものに反応し、つい衝動的に購入してしまうことで、いつの間にかお金が消えている自分の偏った生活に気づくことです。
もっと安く手に入れる手段はいくらでもあります。
賢い消費をすることです。
悪いところが見つかれば、改善して、小から大を生み出すようにします。
多くの情報の中から本質を見つけることができると、宝物を掘り当てたような喜びがあります。
本質は、時代が変化しても、変わることはないからです。
一生物の知恵を見つけると、これから先の人生が楽になります。
たとえば、私が見つけた本質の1つを紹介します。
ここで紹介するのは、特別サービスです。
「『ありがとう。お願いします。ごめんなさい』という基本3言葉は、いつの時代も変わらない」という本質です。
「え、これだけ」と思ったのではないでしょうか。
本質は、往々にして、当たり前のことです。
しかし、この3言葉は、どの時代、どの世界、どの人にとっても、共通する本質です。
この3つの言葉をしっかり言える人は、どの時代、どの世界、どの人ともうまくやっていけます。
この大切さに気づいた、20代前半、私は宝物を掘り当てたような気持ちになりました。
絶対に変わらない普遍的本質を見つけたとき、私は一生物の人生を生き抜く知恵を手に入れたような気がしました。
この基本3言葉の大切さに、気づくことです。
陳腐でありふれた言葉ですが、これこそ時代がどんなに変化しても変わらない本質です。
この挨拶の大切さをしっかり自覚できていれば、朝に「おはようございます」という一言を進んで言えるようになります。
知らない人に話しかけるきっかけをつくることができ、知らない世界に飛び込んでも、友人をつくることができるようになります。
わからないことがあっても「お願いします」と協力を求め、困難を乗り切れます。
知らないことがあっても「お願いします」と頭を下げれば、怖くありません。
どんな分野でも生きていけます。
ミスや間違い、迷惑をかけてしまったときには「ごめんなさい」と謝ることで、許してもらえます。
謝ることができると、人間関係がもつれたときに、上手に解くことができるからです。
「ありがとう。お願いします。ごめんなさい」
この基本3言葉を口にする習慣が一度身につけば、あなたはどの時代、どの世界、誰とでもうまくやっていけます。
当たり前で、陳腐な言葉ですが、時代、世界を超えた普遍の本質です。
時代が変化しても変わらないことを見つけ、その本質を徹底して磨くのです。
いきなりある人から「1万円あげるよ」と言われると、どう感じますか。
「やった」と喜ぶ人は、社会に出てから訪問販売に引っかかり、金銭的に苦しい経験をする人です。
特に社会に出て働いた経験のない学生は、こうした話によく引っかかります。
「怪しいな」と疑う人が、社会に出てから自立でき、世の中の本質を見抜くことができる人です。
社会に出て仕事をしている人は「うますぎる話には何か裏がある」ということを、直感的に気づけます。
「1万円あげるよ」といきなり言われるのは「話がうますぎる」と思うことが大切です。
世の中、そんなうまい話があれば、誰も苦労はしません。
その不自然さは、誰も教えてくれません。
苦労もせずに、大金を手に入れてしまうことに違和感を持つ勘を養うことです。
勘を養うためには、本を読んでも身につきません。
どう身につけるのかというと、自分が一生懸命に働くしかないのです。
自分が一生懸命に働いて「お金を手に入れるためには努力と苦労が伴う」という事実を体感することです。
働く行為が、どんなものでもかまいません。
工事現場で働く「肉体的労働」斬新なアイデアを生み出す「知的生産」、いずれにせよお金を稼ぐには努力、苦労、時間を伴います。
一生懸命に仕事をすることで、ようやくお金を手に入れられます。
これが、お金を稼ぐ、本来の姿です。
一生懸命に働くと「お金を稼ぐとはどういうことなのか」を、体が覚えます。
体が覚えることで、うまい話には「怪しいぞ」という不自然さに気づくことができるようになります。
それを知らない人は、ある日、騙されてしまい、スッカラカンになってしまうのです。
働くことは、お金に対する直感を養う勉強です。
そもそも、現場で一生懸命仕事をしていれば、お金に騙されることはありません。
うますぎる話、出来すぎた話に、必ず「怪しいな」と気づきます。
仕事を通して、生きるための大事なお金の勉強をしているのです。
私は「優しすぎる人」と接していると、痛々しく感じます。
「優しすぎる人」と接していると、かなり我慢しているということが、ひしひし伝わってきます。
人間、誰しも、ストレスの1つや2つはあります。
ストレスのない生活があれば、私のほうこそ、教えてもらいたいくらいです。
社会に出て、仕事や人間関係の中で生きていると、必ずストレスはあります。
いらいらすることもあります。
しかし、優しすぎる人や、丁寧すぎる人を見かけると「何かに我慢をしている姿」に見えます。
お金を稼ぐためのうまい話はこの世にはないように、そんなに出来すぎた人間も、この世の中にはいません。
いれば、本が書けることでしょう。
私にも悩みがありますし、愚痴や不満があります。
しかし、優しすぎる人は、不満や愚痴をこぼすと他人に迷惑がかかると思い、本音を隠します。
優しい自分を演じることで「○○さんは、素晴らしいね。偉いね」と言われることを期待しているのです。
「本当は愚痴があるけど、人から認められたいから、我慢して優しく演じています」という真の本音が見え隠れしています。
そういう人には「そんなに頑張らなくていいんじゃない」と話しかけます。
すると、泣き始めます。
今まで我慢していたものが、一気にあふれ出るからです。
優しい人を演じていると、実は改善にはなりません。
優しい人は「この人は不満がないのだな」と思われ、ほったらかしにされるからです。
むしろ、日頃から愚痴を言ってしまう人のほうが、本当の改善につながります。
本音を出すことで、その人の不満や不安がわかり、改善や対策を立てることができます。
人に言わないと、いつまでも、本音を伝えることができません。
超能力者ではないのですから、本音は、口に出して言うことです。
それが、不満や愚痴であろうと、言ったほうがお互いのためになります。
本当の改善は、本音が必要なのです。
試験問題を解いていると、間違う問題があります。
ペケ印の付いた問題です。
間違った悔しさから、つい愚痴を言いたくなります。
「出た問題が悪かった」
「たまたま」
「重箱の隅をつつくような問題だったから」
試験に弱い人は、間違えた問題を見ようとしません。
だからいつまでも成長できません。
本当は、間違えた問題こそ、あなたが成長するべき本質を映し出しているのです。
模擬試験は、本当のあなたを映し出す鏡です。
自分の得意な分野と不得意な分野が、克明にわかります。
正解した問題より、間違えた問題のほうが、はるかに貴重です。
間違えた部分はどのような内容で間違えたのか、分析することで、本当の成長ができます。
丸印が付いているところは、正解してすでに身についていることですから、復習しても大きな成長はありません。
本当に成長できるのは、ペケ印が付いているところです。
できなかったところを解明し、できるようになるときが、成長です。
間違えた問題を、次から解けるようになるとき「成長あり」と考えることができます。
テストの結果を見て、あなたが見なければならないのは「丸印」ではなく「ペケ印」です。
往々にして私たちは、丸印のほうだけ目を向けてしまいがちです。
ペケ印を見るのは、心が痛み、悲しくなり、ストレスになります。
でも、本当は、間違えた問題があれば喜ぶことです。
自分が成長するべき点が、それだけあるという証しです。
テストを受けた意味は、ペケ印を見つけるためにあるのです。