好きなことでも面倒くさく感じることがあります。
私たちは人間ですから、やる気が出なかったり気が進まなかったりすることは当然あることです。
違いが生まれるのは「面倒くさいと感じたとき」です。
「面倒くさいからやりたくない」と思うことは、好きなことではありません。
好きなことだと思い込んでいるだけです。
一見好きなことに見える「偽りの好き」です。
好きだと思っていることが「面倒くさいからやりたくない」と思うなら、それは本当に好きではないということです。
やりたい気持ちより面倒くさい気持ちのほうが大きいということですから、その程度です。
ちょっとした勘違いをしているだけです。
好きなことならどう思うのか。
本当に好きなことなら「面倒くさいけどやりたい」と思います。
好きなことなら面倒なことも普通に楽しめます。
面倒くさい気持ちよりやりたい気持ちのほうが大きいということです。
面倒なことも、それはそれで楽しさや面白さがあります。
大好きなゲームであれば、難しい場面でも「クリアしてやろう!」とチャレンジの炎が燃えますが、それと同じことです。
面倒くさいことが山ほどあったとしても「なんて面倒くさいのだろう。よし、楽しもう!」となります。
面倒なことも醍醐味の1つに感じるため、難しかろうと大変だろうとわくわくできるのです。
あなたが好きなことを思い出してください。
趣味であれ遊びであれ、心から好きなことであれば「面倒くさいけどやりたい」と思うはずです。
「面倒くさいからやりたくない」と思っているなら、実は好きというわけではなく、好きだと思い込んでいるだけです。
好きなことであれば本来「面倒くさいけどやりたい」と思います。
趣味でも仕事でも何でもそうです。
本音・本心が出るのは、面倒くさく感じたときです。
「面倒くさいけどやりたい」と思うことにどんどん取り組んでいきましょう。
その道の先には、明るい未来が待っているのです。