自分の生き方は誰が決めるのでしょうか。
自分です。
親が決めるものでもありません。
人生の岐路に立ったときは、さまざまな声が聞こえてきます。
親の声、先生の声、友人や恋人の声、上司や先輩の声。
自分から意見を求めることもあれば、相手から言われることもあるはずです。
人生の岐路に立ったとき、正しい選択をするにはどうすればいいのでしょうか。
お金のこと、家族のこと、健康のことなど、さまざまなことを考慮する必要があります。
親の声もあれば、周りからの声に惑わされることもあり、なかなか容易ではありません。
人生の岐路に立ったときは、子どものころの作文を読んでみましょう。
小学生や中学生のころ、将来の夢や仕事について書いた作文があるのではないでしょうか。
たいていは一度書いたきりで、なかなか読み返すことはありません。
休むのが下手な人がいます。
ろくに休暇を取りません。
サボることもなく、いつも真面目で一生懸命。
人生の岐路で避けたいことの1つは「短期的な視点」です。
「今すぐお金が欲しい」
「今すぐ結婚したい」
あなたが才能はどこにあるのでしょうか。
難しい問いに思えますが、実はシンプルな話です。
あなたが才能は「頑張らなくても人よりうまくできること」にあります。
人生の岐路では「人は人、自分は自分」という考え方が大切です。
友人から進路決定の話を聞いたとき、心がそわそわして、少なからず動揺することがあるでしょう。
周りが自分より順調に進んでいたり、自分よりかっこいい道に進もうとしていたりすると、影響を受けます。
人生の岐路に立ったときは、悔いのないよう全力を尽くしてください。
手抜きは一切不要です。
今後の人生を決める、重要な場面だからです。
「忙しくて好きなことができません」と言う人がいます。
たしかに何をするにも、時間は必要です。
時間がなければ、やりたいこともできず、好きなことにも打ち込めないように思えます。
人生の岐路に立ったら「チャンスの塊を得た」と思ってください。
人生の岐路は、さまざまなチャンスに関わる場面でもあるからです。
自己理解を深めるチャンスです。
「お金持ちになりたい」という言葉は、悪い言葉ではありません。
「できるだけお金をたくさん持ちたい」と思うのは、当然の気持ちです。
事実、お金があるほど、さまざまなことが実現可能になります。
あれもこれも欲しがってはいけません。
あれもこれも欲しがるのは、我慢を知らない人のすることです。
欲のままに欲しがると終わりがありません。
計画を立てるときには、今の時間を起点にして考えるより、残り時間で考えるほうがうまくいきます。
残り時間で考えるほうが具体的になるからです。
「残り90日」という日数にして考えるほうが、計画も分けて考えやすくなります。
自分事のことで判断や選択に迷うことがあり、人に意見を求めました。
そんなとき、自分の意見と相手の意見が一致しないことがあります。
「人が正しいというやり方」と「自分が正しいと思うやり方」の2つがあるとします。
多くの人が直線コースの人生を目指しています。
良い大学に進学して、一流企業に就職して、運命の人と結婚する。
幸せな家庭を持ち、子宝に恵まれ、自分の家を持つ。
いい声の人に出会ったら、声を褒めましょう。
外見や性格を褒めることはあっても、声を褒める人は少ない。
声優やアナウンサーのように声で仕事をしている人なら別ですが、そうでなければ声を褒められることは少ないでしょう。
「私にこれは向いていません」「私はこれが向いていると思います」と言う人がいます。
じっくり話を聞いてみると、不自然な点に気づきました。
まだ一度も経験したことがないのです。
人生の岐路に立ったとき「壁にぶつかった」と考える人がいます。
これはよくある勘違いです。
自分でつくり出した幻想であり、ないのに「ある」と思い込んでいます。
なぜ人の話を興味を持って聞けないのか。
それは、自分に関係ない話だと思っているからです。
自分に関係している話なら興味を持って聞けますが、自分に関係ない話は興味が湧かず、退屈に感じます。
世の中には「スーパースター」と言われる人物がいます。
各界には、スーパースターと呼ばれる人物がいるでしょう。
過去のスーパースターもいれば、現在活躍中のスーパースターもいます。
「よくお似合いですよ」
お店で服を選んでいると、店員から声をかけられ、服との相性を褒められました。
お世辞や決まり文句とわかっていても、やはり嬉しい一言に違いありません。
「私は運動不足です」
「オフィスワークが多くてろくに運動をしていない」
「ずっと体を動かしていないのでなんとかしないといけない」
ポジショントークとは、自分の立場を利用して、自分が有利になる発言のことをいいます。
もともと投資業界で使われていた言葉ですが、現在では幅広い業界で使われています。
テレビや雑誌では、専門家たちが自分たちの立場を利用してポジショントークを繰り広げています。
高速道路の運転中、うっかり分岐を間違えるときがありませんか。
「しまった! 間違えた!」と思ったときは時すでに遅し。
高速道路の逆走は厳禁です。
「施設で育った」
「貧乏な家に生まれた」
「親が離婚していて、ひとり親で育てられた」
「井の中の蛙」という言葉があります。
広い海を知らない蛙のように、外に広い世界を知らず、狭い範囲の知識にとらわれることをいいます。
世間では井の中の蛙を非難する風潮があり、外に出て行くことを推奨する言葉が聞かれます。
オーディションで不採用通知を受けたとき、ひどく落ち込む人がいます。
「またダメだった。容姿が悪いせいだろうか。演技力が低いせいだろうか。情けないことだ」
落ち込むだけで終わらず、自分を責めて、自己嫌悪や自己否定をする人さえいます。
どんな道を選ぶかは、重要ではありません。
重要なのは、誰が選んだかです。
他人に選んでもらった道は、残念ですが、すべて要注意です。
「親が許してくれないからできません」と嘆く人がいます。
「親が許してくれないので、結婚できません」
「親が許してくれないので、海外留学ができません」
自分の生き方は誰が決めるのでしょうか。
自分です。
親が決めるものでもありません。
友人や恋人が決めるものでもなければ、先生や上司が決めるものでもありません。
自分の生き方は自分が決めるものです。
誰がなんと言おうと、これは絶対ルールです。
人付き合い、住む場所、進路、職業、趣味、結婚、出産。
それらを決めるのは自分です。
自分に合った生き方は自分がデザインします。
あなたの人生は、あなたが主役です。
あなたの人生は、あなたのものです。
自分の生き方は自分で決めるのが当たり前のことです。
人に言われたからといって流される必要はありません。
人が勧める道と自分の進みたい道が対立したら、まず自分の意思を尊重することです。
人に言われるがままに生きるのではなく、自分が望む人生を生きてください。
妥協が必要になる場面もありますが、最小限に抑える努力ならできるはずです。
周りから理解されない生き方だとしても、自分が望む生き方を尊重しましょう。
理解されるために自分の生き方を曲げたなら、それは周りに流されたことになります。
自分の生き方を、人からとやかく言われる筋合いはありません。
親があれこれ言ってこようと、自分の生き方を決めるのは自分です。
たしかに親はかけがえのない存在です。
これまで育ててくれた恩があります。
無償の愛もたくさん受けてきたので、厳しい意見にも耳を傾ける必要はあるでしょう。
だからといって親の言いなりになる必要はありません。
親の希望は1つの意見であって、服従するものではありません。
あなたは親の所有物でも操り人形でもないのです。
そこで妥協したら、本当に満足のいく人生は歩めません。
言いなりになる生き方は、もはや自分が自分でなくなるということです。
「本当はこの道に進みたかった」「本当はこう生きたかった」という不満がずっと残り続けます。
うまくいかなかったら「あの人のせいだ」と責任転嫁をしてしまうでしょう。
あなたの生き方を阻むものがいれば、全力で立ち向かってください。
どうしても賛同してもらえないなら、振り切る覚悟、そして家を出る覚悟も必要です。
「自分の生き方は、自分で決める」という絶対ルールを思い出し、勇気を持って貫いてください。
自分の生き方は自分が決めるものですから、強い気持ちが必要です。
人生の選択に迷うことがあれば、あらためて基本に立ち返ってください。
自分の生き方は自分で決めるのが、人生の基本です。
自分が切り開く道だからこそ、納得のいく人生が実現するのです。
人生の岐路に立ったときは、さまざまな声が聞こえてきます。
親の声、先生の声、友人や恋人の声、上司や先輩の声。
自分から意見を求めることもあれば、相手から言われることもあるはずです。
いろいろな人の声が耳に入ってくると、頭の中がごちゃごちゃして混乱してきます。
ある人の言うことと別の人の言うことがそれぞれ真逆で、どちらを信じていいのかわからなくなるときもあるでしょう。
しかし、人生の岐路に立ったときの基本は1つだけです。
「自分はどうしたいのか」です。
人生の岐路に立ったときは、自分はどうしたいのか考えることが必要です。
いま一度呼吸を整え、自分はどうしたいのか、しっかり考えてください。
「進学して勉強を続けたいのか、社会に出て仕事をしたいのか」
「地元にいたいのか、都会に出たいのか」
「親と暮らしたいのか、親から離れたいのか」
「良い会社に入りたいのか、やりたい仕事をしたいのか」
「関係を続けたいのか、終わりにしたいのか」
人生の岐路では、お金、家族、健康などさまざまなことを考える必要がありますが、まず自分の希望が第一です。
「自分はどうしたいのか」です。
これは誰かに聞いてわかることではありません。
答えは、自分の中にあります。
周りの声に惑わされず、自分がどうしたいのかじっくり考えることが必要です。
道はたくさんあって、どの道にも可能性があります。
見栄や世間体に惑わされず、自分の本音・本心を探ることです。
1人の時間をつくって、じっくり自分と向き合い、自分の心に集中してください。
すぐわかるとは限りません。
何度も繰り返し考えることで深掘りされていき、だんだん答えが見えてくることもあります。
妥協しなければいけないときもありますが、許容範囲の中でできるだけ理想に近い道を選ぶことです。
さまざまな可能性の中から、自分の道を見つけてください。
一度しかない人生です。
人生を決める重要な選択ですから、時間と労力をかけるだけの価値があります。
自分の希望がわかれば、おのずと選択肢が絞られていき、進むべき道が見えてきます。
進むべき道が見えてくるから、次に必要なアクションも見えてきます。
「自分は何がしたいのか」と繰り返し自問することで、おのずと答えが見えてきます。
「これだ!」という答えが見つかれば、その実現に向けてベストを尽くすのみです。
勇気を持って突き進んでいきましょう。
人生の岐路に立ったとき、正しい選択をするにはどうすればいいのでしょうか。
お金のこと、家族のこと、健康のことなど、さまざまなことを考慮する必要があります。
親の声もあれば、周りからの声に惑わされることもあり、なかなか容易ではありません。
人生の岐路に立ったときには、慎重に考えることが求められます。
苦しい選択を迫られ、心の葛藤に苦しむことがあるでしょう。
しかし、結局のところ、正しい選択をする基準は1つだけです。
「後悔しない道を選ぶ」
これだけなのです。
人生で最も避けたいことは、後悔です。
後悔ほど後味の悪いものはありません。
後悔は死ぬまで一生引きずるものであり、ないに越したことはありません。
だからこそ人生の岐路では「後悔しない道」という基準で考えることが欠かせません。
自分の気持ちを無視したり、親の言いなりになったり、なんとなく周りに流されたりした選び方は良くありません。
安易な選び方をすると「あのときこうしていれば良かった」と悔やむことになるでしょう。
迷いが生じたときは自問してください。
「後悔しないのはどちらの道だろうか」と。
おのずと選択肢が絞られ、進むべき道が見えてきます。
難しい課題に直面するかもしれませんが、安易に妥協しないことです。
妥協は最後の手段です。
まず本当に解決が不可能なのか、何かほかに手段はないかよく考えることです。
不可能なことであれば仕方ありませんが、少しでも可能性があるなら勇気を持って挑戦する価値があります。
お金の問題があるなら「借金」という手段があります。
安易な借金は良くありませんが、どうしてもという場合には選択肢の1つです。
自分が納得して選んだ道であれば、思いきり全力になれます。
最大のパワーや集中力を発揮できます。
たとえつらいことがあっても、耐えられ、乗り越えられるはずです。
「これは私が選んだ道だから」と思えるからです。
仮に挫折しても「良い経験ができた」と笑顔で受け入れられるでしょう。
一度しかない人生です。
後悔しない道を選びましょう。
人生の岐路に立ったときは、子どものころの作文を読んでみましょう。
小学生や中学生のころ、将来の夢や仕事について書いた作文があるのではないでしょうか。
たいていは一度書いたきりで、なかなか読み返すことはありません。
押し入れの奥でタイムカプセルのように眠っていることが多いもの。
これはもったいないことです。
押し入れの奥から引っ張り出して、久しぶりに読んでみてください。
「そういえばこんなことを考えていたね。こんなことをやりたかったね。こんな夢を持っていた。こんな仕事に憧れていた」
作文を読んでみると、昔にタイムスリップできます。
懐かしい気持ちがよみがえってくるだけではありません。
初心に返れたり童心が呼び起こされたりして、昔の自分を思い出すでしょう。
ときどき言葉遣いや漢字の間違いが見つかって、くすっと笑えることもあるかもしれませんね。
子どものころは、まだ世間や社会のことを何も知りません。
だからこそ純粋な自分に触れることができます。
きっと忘れていた何かを思い出せるでしょう。
タイムカプセルを開けるような感覚で、久しぶりに読んでみてください。
子どものころの作文を読んでみることで、人生の岐路に役立つヒントが見つかります。
休むのが下手な人がいます。
ろくに休暇を取りません。
サボることもなく、いつも真面目で一生懸命。
しかも毎日長時間です。
平日だけでなく休日も働きます。
まさに「仕事の鬼」という状態です。
一見立派なことで「社会人の鏡」に思うかもしれませんが、実は注意が必要です。
いざ休養や療養が必要になったとき、思いもよらないことに悩まされるでしょう。
ゆっくり休もうにも休めなくなるのです。
休むことに体が拒否反応を起こします。
気持ちがそわそわして落ち着かず、思うようにリラックスできません。
ベッドで横になっているのに気持ちが休まらない状況となり、休養・療養を妨げてしまいます。
じっとしているのに、ストレスを感じるという不思議な現象に悩まされるでしょう。
これではもはや何のために休んでいるのかわかりません。
休むことに大きな罪悪感を覚え、強いストレスを感じるのです。
特に個人事業主や経営者など、独立して働いている人に多く見られます。
休んだら仕事や収入が止まる状況に置かれている人は、働くことは上手でも、休むことが下手になりやすい。
「休むこと=悪いこと」と思っています。
「休んだら収入が途絶える。周りに迷惑がかかる」という切迫感・強迫観念があります。
休むことに慣れていないと「長期休暇なんて言語道断」という考え方になります。
仕事に一生懸命なのは結構なことですが、だからといって休まないのは要注意です。
休むことなく働き続けたせいで体調を崩したり入院したりすることになってはもっと悲惨なことになります。
回復に長い時間がかかります。
状況によっては手遅れの状況になることもあります。
毎日働きづめになっていると、いざ病気で入院することになったとき落ち着きません。
こうしたことにならないためにも、日頃からきちんと休養を取る習慣をつけておくことです。
旧約聖書の冒頭は「天地創造」から始まります。
神様は6日間かけてこの世をつくり、7日目には休みました。
神様ですら週に1日はきちんと休んだのですから、私たち人間も休むのが自然です。
できれば週に2日は休みたい。
少なくとも週に1日は休みたいところです。
心と体を休める時間をつくりましょう。
読書や映画鑑賞の時間を作ったり、美術館や音楽コンサートに出かけてみたりです。
もちろん旅行に出かけてみるのも良し。
1泊2日の旅行でも素晴らしい思い出ができます。
リフレッシュやストレス解消の時間をつくるのは間違いなく良いことです。
映画や旅行で得られた知見が、思わぬ形で仕事に生かされることもあるでしょう。
休むことは「健康管理」だけでなく「休むことに慣れる」という意味もあります。
きちんと定期的に休んで、休むことに慣れておくことです。
日頃から休暇の習慣をつくっておけば、体調も健康も良好を維持でき、仕事も安定します。
体調を崩して療養が必要になったとしても、抵抗なく受け入れられます。
休養も、仕事の一環なのです。
人生の岐路で避けたいことの1つは「短期的な視点」です。
「今すぐお金が欲しい」
「今すぐ結婚したい」
「一発逆転を実現したい狙いたい」
短期的な視点に立つと、短絡的な思考に陥ります。
目先の楽しみや報酬を優先してしまい、物事の本質や大事なことを見失い、ろくなことになりません。
デメリットやマイナス点があっても見過ごしやすくなり、思わぬ落とし穴にはまります。
「今すぐお金が欲しい」という願望に飛びつくと、適性が無視され、自分に合っていない仕事を選びやすくなるでしょう。
「今すぐ結婚したい」という願望に飛びつくと、相性が無視され、自分に合っていない人を選びやすくなるでしょう。
「一発逆転を狙いたい」という願望に飛びつくと、不注意が増え、詐欺被害に遭いやすくなるでしょう。
後になって「そんなデメリットがあったの? そんなマイナスがあったの?」と慌てるのがオチです。
安易な発想があると、詐欺に騙されることも多くなります。
目先のことにとらわれると「こんな道を選ぶべきではなかった」と後悔することになるのです。
短期的な視点は何でも良くありませんが、特に人生の岐路では絶対避けておきたいことです。
人生の岐路は、人生の方向性を大きく決める場面です。
目先のことにとらわれず、中長期的な視点に立って考えることが欠かせません。
夢や願望があって一刻も早く実現させたい気持ちはあるかもしれませんが、少なくとも冷静な思考が必要です。
1年や2年ではなく、5年や10年、時には人生全体といった長いスパンで考えることが大切です。
長いスパンになればなるほど、さまざまなメリット・デメリットに目を向けることができ、総合的な判断が可能となります。
見落としが減って、納得のいく道を選べるのです。
あなたが才能はどこにあるのでしょうか。
難しい問いに思えますが、実はシンプルな話です。
あなたが才能は「頑張らなくても人よりうまくできること」にあります。
才能と聞くと「日本一」「世界一」「誰にも真似できない」など圧倒的能力をイメージする人がいますが、それは誇大解釈です。
才能とは生まれつきの能力や、もともとある素質によって発揮される力のことをいいます。
自分の過去を振り返ってみてください。
あなたが学生時代、頑張らなくても人よりうまくできたことは何でしょうか。
人から「上手だね」「素晴らしいね」「上達が早いね」とよく褒められたことは何でしょうか。
頑張っていないのに、なぜか上手にできたことはなんでしょうか。
不思議と成長の早い分野があったはずです。
「クラスで1番」「学年で1番」である必要はなく、人よりうまくできることならOKです。
「何もない」という人もいるかもしれませんが、じっくり思い出せば、何か1つくらいあるはずです。
そこに才能の芽があります。
頑張らなくても人よりうまくできることは、言い換えると「素質・適性がある」ということです。
頑張らなくても人よりうまくできるということは、きちんと打ち込めば、もっとうまくできるということです。
本気で打ち込めば、もっともっとうまくできるということです。
頑張らなくてもできるなら、自然体で打ち込めます。
自然体で打ち込めることなら長く続けられます。
長く続けられるからこそ知識やスキルが蓄積されていき、才能に育っていきます。
頑張らなくても人よりうまくできることが見つかったら、そのまま眠らせておくのはもったいない。
その能力を、人や社会の役に立つような形で発揮してください。
作文だけは、頑張っていないにかかわらず人よりうまく書けていたなら、将来は文筆業で活躍できる可能性があります。
自分では普通のつもりなのに「聞き上手だね」と褒められることが多いなら、将来はカウンセラーになれる可能性があります。
昔から天文に興味があり、周りから「詳しいね」とよく褒められていたなら、将来は天文学者として輝ける可能性があります。
頑張らなくても人よりうまくできることがあれば、それを才能と認め、才能を生かした生き方をしましょう。
才能を生かした生き方をすれば、あなたも人生も輝きます。
人生の岐路では「人は人、自分は自分」という考え方が大切です。
友人から進路決定の話を聞いたとき、心がそわそわして、少なからず動揺することがあるでしょう。
周りが自分より順調に進んでいたり、自分よりかっこいい道に進もうとしていたりすると、影響を受けます。
大企業に就職する人、海外留学に向かう人、地元を離れて都会で一人暮らしをする人。
人の生き方は人の数だけ存在します。
夢を叶えるためにハードルの高い道を歩もうとする人もいるはずです。
すでに進むべき道がわかっていて、いち早く準備に取りかかっている人もいるかもしれません。
そんなとき「すごい」「かっこいい」とうらやましくなります。
と同時に、焦りやプレッシャーを感じることも多い。
「それに比べて自分は……」
自分と同じ立場にもかかわらず、自分より順調にいっていると、自分が見劣りします。
一歩も二歩も先に進んでいる人がいるように感じられるのです。
しかし、人の生き方を参考にすることはあっても、惑わされてはいけません。
周りを気にしていると、自分を見失います。
焦りやプレッシャーに惑わされると、純粋な気持ちが見えにくなり、正しい判断ができなくなります。
「人は人、自分は自分」です。
自分に合った道、自分の望む道を選び、突き進むことです。
華やかでなくてもいいのです。
地味で平凡な道かもしれませんが、それでもいい。
どうか自分の道を追求してください。
地味であろうと、かっこ悪い道であろうと、自分の望む道を選ぶのが正解です。
惑わされそうになったら「人は人、自分は自分だ!」と、びしっと自分に言い聞かせてください。
自分に合った道なら、それが正解です。
周りの生き方に惑わされず、自分の生き方を貫く人が幸せになれるのです。
人生の岐路に立ったときは、悔いのないよう全力を尽くしてください。
手抜きは一切不要です。
今後の人生を決める、重要な場面だからです。
人生の岐路は、いわば「大きな駅のホーム」です。
大きな駅にはたくさんの路線があってハブになっています。
どの電車に乗るかで、行き先が大きく変わります。
間違っていればあとからやり直すことも可能ですが、時間やお金が余分にかかってロスが生まれます。
人生のリソースは有限ですから、不要なロスは、ないに越したことはありません。
リサーチが必要であれば、全力でリサーチします。
説得が必要なら、全力で説得します。
お金が必要であれば、全力で集めます。
会うべき人がいるなら、会っておきましょう。
考えることがたくさんあるなら、頭だけで考えるのではなく、ノートに書き出して情報を整理することです。
必死で汗をかき、できるかぎりのことをすることです。
普段のんびりしている人も、人生の岐路ではしっかり気合を入れて取り組んでおくのが賢明です。
やるべきことを尽くしたうえで、最終的に悔いのない判断を下してください。
人生の岐路の選択は、将来に大きな影響を与えます。
安易な選択をすると「あのとき油断すべきでなかった。全力で取り組んでおくべきだった」を後悔することになります。
人生において「岐路」と呼べる場面は、たくさんあるものではなく、数える程度しかありません。
誰にとっても100%大事な場面ですから、緊張感を持って真剣に取り組むことが大切です。
なかなか気合が入らないときは、次の言葉を自分に言い聞かせてください。
「今頑張らなくて、いつ頑張るのか!」と。
人生に関わる大事な場面ですから全力を出すことが必要不可欠です。
夢につながる道、自分らしい道のために、持てる力をすべて発揮しましょう。
全力を尽くせば、素晴らしい未来が切り開けます。
「忙しくて好きなことができません」と言う人がいます。
たしかに何をするにも、時間は必要です。
時間がなければ、やりたいこともできず、好きなことにも打ち込めないように思えます。
たっぷり取り組むなら、まとまった時間が必要になるはずです。
しかし残念ですが、忙しさを言い訳にしているなら、本当に好きなことではありません。
「大好き」ではなく「普通に好き」という程度です。
本当に好きなことは「時間があればやる」ではなく「時間を割いてでもやる!」という考え方になります。
本当に好きなことであれば、なんとか時間をひねり出して楽しもうとします。
短い時間しかないなら、時間がないなりに楽しみます。
もっと言うと「忙しかろうと何だろうと必ずやる!」という考え方になります。
バスや電車などの移動時間に楽しみます。
塾や学校で忙しいなら、昼休みや休憩時間に楽しみます。
仕事で忙しいなら、自宅に帰ってから楽しみます。
うとうとしながらでも楽しみます。
睡眠時間を削ってでもやろうとします。
帰宅が遅くなって平日が無理なら、週末や休日を使って楽しみます。
とにかくありとあらゆる手段を講じます。
好きなことであれば、忙しくても忙しいなりに時間を割いて楽しもうとします。
好きなことだからです。
好きなことであれば、多忙で時間がなかろうと関係ありません。
忙しくて時間がないと言いますが、本気になれば、必ず時間を工面できます。
「忙しくてできない」「時間がないからできない」というセリフが出てくるなら、好きな気持ちもその程度ということです。
本当に好きなことなら、忙しくても時間を割いて打ち込むのが当たり前という感覚になります。
忙しくても時間を割いてしていることが、本当に好きなことなのです。
人生の岐路に立ったら「チャンスの塊を得た」と思ってください。
人生の岐路は、さまざまなチャンスに関わる場面でもあるからです。
自己理解を深めるチャンスです。
夢に近づくチャンスです。
自分らしい人生を叶えるチャンスです。
新しい出会いのチャンスです。
学びのチャンスであり、成長のチャンスです。
過去の自分と決別するチャンスであり、新しい自分に生まれ変わるチャンスです。
環境を変えるチャンスであり、新しいライフスタイルを手に入れるチャンスです。
実家から離れるチャンスという人もいれば、都会に出るチャンスという人もいるでしょう。
人生のショートカットを実現することも不可能ではありません。
たくさんのチャンスがあって数えきれません。
人生の岐路に立ったら「チャンスの塊を得た」と思って、ベストを尽くしてください。
今ここで頑張らなくていつ頑張るのでしょう。
多くのチャンスに関わる場面ですから、ここで手抜きがあってはなりません。
わからないことがあるなら、わかるまで調べてください。
迷っているなら、迷いが消えるまで調べ尽くしてください。
あなたの選択を邪魔するものがいれば、全力で立ち向かうことです。
説得が必要なら、きちんと事前準備をしたうえで説得に取り組みましょう。
目の前にたくさんのチャンスがあるのですから、ここで正しい選択をして、正しい道に進んでください。
チャンスを生かすも殺すも、あなたしだいです。
悩ましくて苦しい時間を過ごすことになるかもしれません。
なかなかスムーズにいかず時間や労力を必要としますが、多くのチャンスに関わる場面ですから、それだけの価値はあります。
逃げも隠れもせず、正々堂々と立ち向かいましょう。
あなたの選択が今後の人生に大きな影響を与えます。
きちんとチャンスを生かせば、素晴らしい未来がやってくるのです。
「お金持ちになりたい」という言葉は、悪い言葉ではありません。
「できるだけお金をたくさん持ちたい」と思うのは、当然の気持ちです。
事実、お金があるほど、さまざまなことが実現可能になります。
心配していることが減り、できることが増えます。
お金に対して前向きなイメージがあると、お金を稼ぐ力が強くなります。
「もっとお金が欲しい」と思うからこそ「たくさん仕事をするぞ」という情熱に燃えます。
「お金をたくさん持ちたい」と思うのは、まっとうな考え方です。
しかし「お金持ちになりたい」という素直な表現に、抵抗を感じている人が多いのもたしかです。
ストレートな表現すぎて、口にするのは抵抗があることでしょう。
お金のことしか頭にないのかと、誤解されることもあります。
良い表現があります。
「お金持ちになりたい」ではなく「経済力を身につけたい」という表現です。
「経済力」という言葉には、お金はだけでなく、幅広い印象が含まれます。
「妻を養いたい」
「子どものために、教育費を稼ぎたい」
「仕事のできる人になりたい」
「大好きな人に、すてきなプレゼントを贈りたい」
「たくさん本を読んだり、旅行をしたりして、人間を磨きたい」
根本的な意味としては、どちらも「お金を稼ぐ力をつけたい」という意味ですが、表現が変わるだけで印象ががらっと変わります。
「お金持ちになりたい」より高尚で、誠実な印象があります。
表現を変えるだけですから、今すぐできるはずです。
お金を前向きに肯定して、稼ごうとする力をつけるのです。
あれもこれも欲しがってはいけません。
あれもこれも欲しがるのは、我慢を知らない人のすることです。
欲のままに欲しがると終わりがありません。
物をたくさん持とうとすると、あなたの部屋は物でいっぱいになります。
人が持てる量には限りがあります。
あなたの体は、1つだけ。
あなたの時間は、24時間だけ。
部屋もタンスも押し入れも、数や広さに限りがあります。
物を持てば持つほど、気にする対象が増え、フットワークが悪くなります。
「安いから欲しい」という理由は、安易です。
安物を買うと品質が悪く、すぐ買い替えなければいけなくなり、かえって支払う金額が大きくなるでしょう。
「あれもこれも欲しい」と欲をむき出しにすれば、部屋はごちゃごちゃになり、整理整頓も難しくなります。
多くを大事にしようとすると、集中が分散され、結局どれも大事にできなくなるのです。
あれもこれも欲しがらないことです。
本当に欲しいものだけ手に入れましょう。
自分の欲を抑える力を持つことで、余分な出費が抑えられます。
「買っても後悔しないだろうか」
自分に何度も問いかけて、欲しい気持ちが収まらないときだけ買うようにします。
よく考えたうえで買えば、買い物の失敗も減り、商品も大事に扱うようになります。
最小限の荷物で済み、フットワークも改善されるのです。
計画を立てるときには、今の時間を起点にして考えるより、残り時間で考えるほうがうまくいきます。
残り時間で考えるほうが具体的になるからです。
「残り90日」という日数にして考えるほうが、計画も分けて考えやすくなります。
試験日がわかっていれば、残り時間を考え、勉強しなければならないことを整理するほうがうまくいきます。
「残り時間」のあるゲームは、一生懸命になりますよね。
その心理と同じです。
「あとこれだけしかない!」と思えると、適度な緊張感が生まれます。
ぐっと気合が入って、モチベーションもアップします。
失敗する人は、常に今の時間から計画を立てて、失敗します。
今の時間を起点にして考えると、時間がたくさんあるような錯覚を起こすのです。
時間がたくさんあるように思えると、見積もりが甘くなります。
「まあ、まだ時間あるし」と思ってしまうのは、今を起点にしていれば当然のことです。
計画倒れになって失敗するというパターンです。
だからこそ、緊迫感のある「残り時間」で考えるほうが真剣になれるのです。
自分事のことで判断や選択に迷うことがあり、人に意見を求めました。
そんなとき、自分の意見と相手の意見が一致しないことがあります。
「人が正しいというやり方」と「自分が正しいと思うやり方」の2つがあるとします。
意見が一致すれば迷うことはありませんが、そうでないときもあります。
人は「A」のやり方が正しいと言う一方、自分は「B」のやり方が正しいと思う。
お互いの意見が相反していると、どちらを選ぶか、どちらを優先するか、迷うことがあるのではないでしょうか。
さて、あなたならどうしますか。
自分事の問題であれば、実はシンプルです。
自分が正しいと思うやり方を優先してください。
自分が正しいと思うやり方は、結果にかかわらず、必ず成長につながるからです。
人が正しいと言うやり方を信じて採用したとします。
うまくいったときはいいのですが、うまくいかなかったときが大変です。
「あの人のせいだ!」と腹を立て、責任転嫁をすることになるでしょう。
「あの人の言葉を信じるべきではなかった!」と後悔するでしょう。
騙されたような感覚を覚え、恨みや憎しみの感情が湧いてくるかもしれません。
人が正しいというやり方でうまくいかなかったら、責任転嫁をしたり負の感情が湧いたりして、成長の機会を失うのです。
そもそも人の意見が正しいとも限りません。
年上の意見だから正しいとは限りません。
人それぞれであり、個性も適性も異なります。
100人いれば、100通りの個性があります。
だからこそ、自分が正しいと思うやり方が第一です。
自分が正しいと思ったやり方には「責任」が伴います。
うまくいかなかったときでも、自己責任のため、人を恨んだり憎んだりすることはありません。
「自分に責任がある」「自分が決めたことだから仕方ない」と納得できるので、心の整理がスムーズになり、素直に反省できます。
きちんと反省できるから、成長もできます。
人の意見に耳を傾けることは大切ですが、あくまで参考です。
流されたり強制されたりすることではありません。
最終的には自分が正しいと思うやり方を優先するのが正解です。
自分が正しいと思ったやり方であれば、うまくいってもいかなくても、成長につながってプラスとなるのです。
多くの人が直線コースの人生を目指しています。
良い大学に進学して、一流企業に就職して、運命の人と結婚する。
幸せな家庭を持ち、子宝に恵まれ、自分の家を持つ。
遅れもトラブルもなく、コースから脱線することもなく、とんとん拍子の人生であってほしい。
たしかに真っすぐの道は気持ちがいいでしょう。
効率がよくて無駄がなく、思いきりスピードを出せて疾走感を楽しめるに違いありません。
真っすぐの道なので、安全運転ができるでしょう。
しかし、直線コースが楽しい人生につながるとは限りません。
むしろ直線コースほどつまらない人生はありません。
直線コースの人生は、直線の道路を走るようなものだからです。
直線の道路を延々と走り続けているところを想像してみてください。
すいすい前に進めますが、淡々と風景が過ぎるだけになって単調でしょう。
ハンドルを切ることもなく、変化や刺激が乏しく、面白みが少なくなるでしょう。
ひたすら直線の道が続いているとあまりに単調で、だんだん眠気が出てくるはずです。
うとうとして事故を起こしそうになるのです。
直線コースだけが正解ではありません。
効率やスピードだけがすべてではありません。
人生は、曲線コースが面白いのです。
効率が悪くてよし。
くねくね曲がる道だから、いろいろな景色を楽しめます。
さまざまな変化が生まれ、いろいろな刺激に恵まれます。
スピードが遅くてもいいのです。
スピードが遅いから心に余裕が生まれ、周りの景色をじっくり眺めることができます。
留年も中退も悪いことではありません。
「遠回りを楽しんでいる」と思えばいいことです。
失恋も離婚も悪いことではありません。
「新しい人生の幕開け」と思えばいいことです。
転職や退職も大いに結構です。
「人生の方向転換」と思えばいいことです。
人生をエキサイティングに生きたいなら、直線コースより曲線コースを選ぶのが正解です。
とんとん拍子の人生より、つまずいたり曲がったり立ち止まったり人生のほうが豊かです。
そこには変化と刺激に富んだ世界が広がっています。
曲がり道の多い人生だから面白いのです。
いい声の人に出会ったら、声を褒めましょう。
外見や性格を褒めることはあっても、声を褒める人は少ない。
声優やアナウンサーのように声で仕事をしている人なら別ですが、そうでなければ声を褒められることは少ないでしょう。
だから、あなたが褒めるのです。
「声を褒めるなんて変かな」「相手に嫌がられるかな」と悩む必要もありません。
声を褒められて嫌な人はいません。
声を褒められると、誰でも嬉しく感じるものです。
ストレートな褒め言葉でいいのです。
「いい声をしていますね」
「すてきな声ですね」
「きれいな声ですね」
個性的な声なら、特徴に応じた褒め方がおすすめです。
難しく考えず、感じたままの言葉で褒めればいいのです。
もちろんポジティブな表現であることがお約束です。
「渋い声ですね」
「優しい声ですね」
「かわいい声ですね」
「張りのある声ですね」
「癒やされる声ですね」
あなたが褒めることで、相手は自分の声に自信がつくでしょう。
もっと声を出したくなって、コミュニケーションが大好きになっていくでしょう。
珍しい褒めポイントなので、あなたのこともより深く印象に残るはずです。
少しでも「いい声だな」と思ったら、ゴーサインです。
声も、褒めるべきポイントの1つです。
「私にこれは向いていません」「私はこれが向いていると思います」と言う人がいます。
じっくり話を聞いてみると、不自然な点に気づきました。
まだ一度も経験したことがないのです。
これはおかしいです。
向き不向きを、印象や雰囲気で判断していることがあります。
それは想像でしかありません。
人生の大事な選択を印象や雰囲気で決めてしまうと「こんなはずではなかった」となるのがオチです。
あとから悔やむ可能性が高くなるのです。
向き不向きを、未経験の状態で判断してはいけません。
仕事でもスポーツでも何でも、向き不向きの判断は、実際に身をもって経験してみるのがベストです。
時間・お金・労力がかかるとしても、実際に経験してみたほうがいい。
向いているように思えても、意外と違和感が多くて、向いていないことが判明することがあります。
向いていないように思えても、意外と相性が良くてスムーズにできることもあるでしょう。
意外な自分の適正を発見できる可能性も大いにあり得ます。
もちろん案の定で終わることもありますが、それはそれでいいのです。
想像が確信に変わり、自分の選択に自信が持てるようになります。
さまざまな経験を積むことは、自分の向き不向きを知るきっかけとなります。
服を買うときは、実際に試着してみるのが賢明であるように、向き不向きを判断も、実際に経験してみることが賢明です。
実際に経験してみることで具体的な手応えが得られ、より正確に自分の向き不向きを判断できるのです。
人生の岐路に立ったとき「壁にぶつかった」と考える人がいます。
これはよくある勘違いです。
自分でつくり出した幻想であり、ないのに「ある」と思い込んでいます。
人生の岐路では目の前にたくさんの選択肢があるため、迷路に迷い込んだような感覚を覚えます。
選択肢が多いと、それだけ考えることも多くなる。
選択肢が多くて悩ましいときは、八方ふさがりの錯覚に陥ります。
どの道に進めばいいかわからず、選ぶことに強いストレスを感じることが少なくありません。
その行き詰まりを「壁」のように感じ、選択行為を断念する状況があるのです。
これを心理学で「ジャムの法則」といいます。
選択肢が多すぎると、選ぶことに強いストレスを覚え、かえって選びにくくなるというものです。
買い物に行くと、欲しいものがたくさんありすぎて、結局何も買わずに帰ったことがある人も多いはずですが、それと同じです。
選択肢がたくさんあって考えることがたくさんあると、じっくり考えることを放棄してしまいます。
進める道も進めなくなり、自分の可能性を制限することになります。
数多くの選択肢は、どれも可能性の塊です。
壁が立ちふさがっていると勘違いすることほど残念なことはありません。
壁だと思って諦めたら、未来を切り開けなくなります。
壁に感じたら、いま一度目を覚ますことです。
壁だと思うなら、体当たりをするつもりで踏み込んでください。
「ぶつかる!」と思った瞬間、するっとすり抜けられます。
壁の正体は幻想です。
壁に見えていただけであり、本当は存在していないのです。
なぜ人の話を興味を持って聞けないのか。
それは、自分に関係ない話だと思っているからです。
自分に関係している話なら興味を持って聞けますが、自分に関係ない話は興味が湧かず、退屈に感じます。
退屈に感じると、時間がたつのも遅く感じられます。
聞いているうちに眠気が襲ってきて、あくびが出そうになる人もいるのではないでしょうか。
しかし、ここに大きな誤解があります。
極論すれば、人の話はすべて自分に関係する話になります。
自分に関係ない話に思えるなら、まだ関係性を見いだせていないだけです。
相手が自分のことばかり一方的に話していて、退屈に感じることがあるでしょう。
たとえば、あなたが野球に興味がない人であれば、人から野球の話を聞かされても退屈に感じるはずです。
そんなときは聞き方を変えてみます。
「野球の面白さを勉強させていただく」という姿勢になれば、自己成長につながります。
自然と興味が湧いてきて、新しい世界を知るきっかけにもなるでしょう。
子育てや介護の苦労話があるとします。
自分に無関係の話だとしても「いつか自分も経験する時期がやってくるかもしれない」と思えばいいのです。
自分に関係する話になって、興味を持って聞けるようになります。
自分に関係ない話は、1つもありません。
人の話はどんな内容でも、突き詰めれば、必ず自分に関係するところが見つかります。
自分に関係のない話に感じるのは、まだ関係が見つかっていないだけです。
いろいろな角度から観察すれば、自分に関係するところが見つかります。
自分に関係していることが見つかれば、誰のどんな話でも、興味を持って楽しく面白く聞けるようになります。
すべての話に「なるほど」という返事ができるのです。
少しでも1つでもいいので、自分に関係していることを見つけてください。
すべての話が貴重な話に思えて、ありがたく感じるようになるのです。
世の中には「スーパースター」と言われる人物がいます。
各界には、スーパースターと呼ばれる人物がいるでしょう。
過去のスーパースターもいれば、現在活躍中のスーパースターもいます。
現役のスーパースターであれば、いつも大活躍していて世間をにぎわしているに違いありません。
「私と同じ年齢のときには何をしていたのだろう」
そう思って調べると、度肝を抜かれるのがお決まりです。
「私の年齢のときには、すでにこんなことをしていたのか!」
「私と同じ年齢のときは、もうこんな偉業を達成していたのか!」
スーパースターはたいてい若いときから頭角を現していて、ばりばり活躍しています。
一般的・平均的な人より、一回りも前を進んでいます。
成長スピードも結果を出すのも驚異的で、同じ年齢の人より秀でているものです。
やることなすことが新記録で、どんどん記録を塗り替えています。
スーパスターの人生を知ると、刺激をもらう思う反面、つい自分と比べてしまう。
焦ったり落ち込んだりことがあるのではないでしょうか。
しかし、スーパスターが自分と同じ年齢のときにしていたことを聞いて、動揺することはありません。
成功者と比べたところで仕方ありません。
スーパスターは「規格外」の存在だからです。
普通と規格外を並べて比較しても仕方ありません。
もともと優れた遺伝子があって、先天的な才能があります。
早くからやるべきことが見つかっています。
運よく能力を発揮できる条件や環境がそろっています。
たまたま生まれた時代が良かったということもあります。
本人の努力もありますが、それだけの努力ができる環境に恵まれていたこともあります。
普通の人が、規格外の存在と比べたところで仕方ありません。
規格内と規格外は似て非なるものであり、同じ尺度で比べるのは無理があります。
自分には自分のペースがあります。
自分のペースを無視したところでトラブルになるのは時間の問題です。
ミスが増えたり途中で息切れしたり余計なストレスに悩まされたりなど、うまくいかないことが増えます。
無理をすると体調を崩して、悩まされる日々に直面するでしょう。
むやみに自分とスーパースターと比べると、自信喪失につながるのは当然のことです。
「自分も頑張ろう!」とパワーをもらって励みにするのはいいのですが、動揺することはありません。
大切なことは「人それぞれの精神」です。
自分の適性を見極め、分相応を大切にして生きることです。
スーパースターを見習ったりパワーをもらったりするのはいいのですが、だからといって自分と比較するのはNGです。
「人それぞれ。人のことは気にしない。自分は自分の道を進む」と考えてください。
焦らない、悩まない、落ち込まない。
誰かと比べて落ち込むのではありません。
自分に集中して分相応で生きることです。
人それぞれの貴重な人生を歩むことが大切です。
「よくお似合いですよ」
お店で服を選んでいると、店員から声をかけられ、服との相性を褒められました。
お世辞や決まり文句とわかっていても、やはり嬉しい一言に違いありません。
ところが、途中で気が変わって買うのをやめたくなりました。
予算オーバーだったり思ったより小ぶりだったり節約習慣を思い出したりなど事情はさまざま。
こうしたとき「やっぱりやめます」の一言が言いにくくて、困ったことはありませんか。
せっかく店員と気持ちよく会話ができ、相性を褒めてもらったり丁寧な接客をしてもらったりしました。
丁寧な接客をしてもらえばもらうほど、断ることに抵抗が生まれて難しくなる。
「やっぱりやめます」と言いにくい雰囲気ができるのです。
しかし、ここが正念場です。
言いにくいでしょうが、きちんと言いましょう。
欲しくない服を買ったところで、着ることはないでしょう。
余計や出費となり、クローゼットを圧迫するだけです。
時にはごみ扱いされることも少なくありません。
「気が変わったので、やっぱりやめます」
シンプルな一言でいいのです。
心苦しくて言いにくいところではありますが、言えるかどうかが大切な分かれ道です。
「勇気を試す場」と考えてください。
接客が不要なら「1人で見させてください」と言いましょう。
ゆっくり見させてもらえるのです。
「私は運動不足です」
「オフィスワークが多くてろくに運動をしていない」
「ずっと体を動かしていないのでなんとかしないといけない」
自分の運動不足に嘆く人がいます。
たしかに運動不足はよくないことですが、1つだけ幸いなことがあります。
「自覚がある」ということです。
運動不足の自覚があるだけでも幸いです。
世の中には運動不足にもかかわらず自覚のない人がいます。
何とも思っていなくて、普通で当たり前だと思っている人が少なくありません。
健康診断で異常値マークが出ても、無視します。
医者から指導を受けても、聞き流します。
自覚がなければ、改善に取り組むことはありません。
体に目立ったトラブルが出て、生活に支障を来すようになってから、ようやく重い腰を上げます。
そのくらい運動不足に鈍感な人が意外と少なくないのです。
「運動不足」という自覚があるだけでも幸いです。
なんとかしなければいけないと思うだけでは改善になりませんが「なんとかしなければいけない」と思うだけでもポジティブです。
運動不足解消の第1ステップはクリアできています。
運動不足の自覚があれば、後は重い腰を上げるだけです。
運動不足の解消にはどうすればいいのでしょうか。
フィットネスクラブに通って本格的に取り組むのもいいですが、もっと気軽な取り組み方でいいのです。
運動不足解消のコツは「習慣」です。
運動を特別なことと考えず、生活の一部にしてください。
運動を生活の一部にすれば、自然と習慣になります。
ひとたび習慣になれば、後は勝手に体が動き始め、自然と運動量も増えます。
生活の中に運動の機会を取り込めば、普通に日常生活を送るだけで運動量が増えます。
ポジショントークとは、自分の立場を利用して、自分が有利になる発言のことをいいます。
もともと投資業界で使われていた言葉ですが、現在では幅広い業界で使われています。
テレビや雑誌では、専門家たちが自分たちの立場を利用してポジショントークを繰り広げています。
作家が「本を読むのはいいことです」と言うのも、書籍の売上を上げるためのポジショントークと言えるでしょう。
世の中にはポジショントークとわかるやいなや、すぐ拒否反応を示す人がいます。
すぐ距離を置いて、ポジショントークの内容を無視したり遮断したりです。
中身を吟味することなく、すぐ否定する人もいます。
「ポジショントークにはろくなものがない」
「なんだ、ポジショントークだったのか。聞いて損をした」
「ポジショントークは大げさな話ばかりで、情報がゆがめられている」
もちろんポジショントークは、発言者にとって有利な状況になる発言なのでしょう。
誇張や偏りが含まれやすい傾向があるのも事実。
だからといってあらゆるポジショントークをスルーするのも考えものです。
ポジショントークを何でも否定していると、良質な情報が入ってこなくなります。
ポジショントークを語る多くは、その道の専門家です。
自分の業界を熟知していて、専門家だからこそ知っている貴重な情報もあるでしょう。
詐欺師でもないかぎり、騙そうとしているわけではなく、自分が知っている真実を語っているだけです。
そのため貴重な話や裏話が聞けたり、意外な情報や役立つ知識が得られたりする可能性があります。
大切なことは「これはポジショントーク」と頭に入れたうえで話を聞くことです。
ポジショントークであることをわかった前提で話を聞けば、誤解や過信が生まれることはありません。
「この人はポジショントークをしているね。誇張や偏りが含まれているかもしれないけど、貴重な情報だから一応聞いておこう」
相手の話に流されず、慎重に情報を確認でき、話に流されることがありません。
自分の軸を保ちながら、冷静な思考で耳を傾けることができます。
あらかじめ注意を払っておけば、ポジショントークも良質な情報となります。
ポジショントークでも、耳を傾ける価値はあるのです。
高速道路の運転中、うっかり分岐を間違えるときがありませんか。
「しまった! 間違えた!」と思ったときは時すでに遅し。
高速道路の逆走は厳禁です。
いったん分岐を進み始めたからには途中で止まるわけにはいかず、完全に通り抜けるしかありません。
ぼんやりしているときはもちろんですが、注意していても初めて通るところでは間違えることがあるものです。
しかし、間違えたからといってどうにもならないわけではありません。
大ごとのように感じますが、そんなことはありません。
事故を起こしたわけでもなければ、交通違反を犯したわけでもありません。
いったん一般道に出てから、ぐるっと回り道をすればいいだけです。
ちょっと余分な距離を走ることになりますが、普通に回り道をすれば、普通に解決できます。
受験とは違って、間違っても、直後にすぐやり直しができます。
しかも何度でもやり直せます。
それだけのことです。
違反切符を切られる心配もなし。
間違えた瞬間は「大変だ!」と焦りますが、よくよく冷静に考えると、大変なことでも何でもないのです。
人生の岐路も、これと同じです。
進路を決めて、進み始めてから「しまった! 間違えた!」と気づくことがあるでしょう。
人生は初めての道ばかりです。
初めての道は、不慣れで当然です。
間違えないよう慎重になっていても、間違いをゼロにはできません。
ぼんやりしているときはもちろんですが、注意して道を選んでも間違えることがあります。
進む道を間違えたとき、目の前が真っ暗になるかもしれませんが、心配には及びません。
高速道路のように回り道をすればいいだけです。
学校の受験とは違って、間違ってもやり直しの機会はあります。
致命傷を負うわけでもなければ、法に触れて捕まるわけでもありません。
地獄に落ちるわけでもなければ、戸籍に傷がつくわけでもありません。
いったん足を止めて、くるっと向きを変えて再び進路を変更すれば、普通に解決できます。
ただそれだけのことです。
自分のミスを大げさに考えないことです。
大げさに感じるだけですが、ちょっとした誇大解釈にすぎません。
「間違えたら回り道をすればいいだけだね。やり直せばいいね」と思えばいいだけです。
しかも何度でもやり直せます。
お金や手間暇がかかりますが、手遅れということはなく、普通にやり直せるのです。
「施設で育った」
「貧乏な家に生まれた」
「親が離婚していて、ひとり親で育てられた」
「生まれつき障害があって、いじめられることが多かった」
「家庭の事情でまともに学校教育を受けられなかった」
自分の境遇を嘆くことがあれば、ぜひしてほしいことがあります。
偉人の伝記を読んでください。
学生で学校にいるなら、図書館に行きましょう。
偉人の伝記を持っていないなら、書店に行けば山ほどたくさんあります。
たくさんの文字を読むことに抵抗があれば、漫画もおすすめです。
できれば1冊ではなく、数冊読んでみてください。
いろいろな偉人の伝記を読んでいると「ある共通点」に気づくでしょう。
偉人の多くは、恵まれない子ども時代を送っていることが特徴的です。
孤児院で育ったり、養子に出されていたり、極貧生活だったり、重い障害に苦しめられていたり、いじめに遭ったりです。
闘病・投獄・戦争など、厳しい境遇を経験している偉人も少なくありません。
にもかかわらず、偉人は這い上がってきて、大きな偉業を達成しています。
リンカーンは、家が貧しかったため、学校教育をほとんど受けていません。
にもかかわらず、努力を重ねて這い上がり、ついにはアメリカ大統領にまでなりました。
ヘレンケラーは、生まれつき目が見えず、耳もほとんど聞こえず、話すこともできませんでした。
にもかかわらず、名門大学に合格して、社会福祉事業家として活躍して、身体障害者の福祉事情に尽力しました。
エジソンも松下幸之助も、小学生を中退していて、まともな学校教育を受けていません。
にもかかわらず、大変な偉業を成し遂げ、社会の発展に大きく貢献しています。
例を挙げれば、切りがありません。
近年で言えば、ココ・シャネルやスティーブ・ジョブズも厳しい境遇で育ったことで有名です。
ココ・シャネルは孤児院で育ち、スティーブ・ジョブズは生後すぐ養子に出されています。
にもかかわらず、偉業によって歴史に名を残したのはご存じのとおりです。
偉人の多くは、厳しい境遇から這い上がっているのが特徴的です。
「なんてすごいのだろう! こんなひどい状態にもかかわらず、努力で這い上がってきたのか!」と思わずにはいられません。
厳しい境遇にもかかわらず、必死の努力で自分の道を切り開いています。
「チャンスがあったから」「周りの助けがあったから」と思うかもしれませんが、そうではありません。
どれだけ周りの助けがあっても、本人が努力しなければ、ゼロです。
偉人の伝記を読めば、自分の置かれた境遇は大したことがないことに気づかされるでしょう。
伝記からパワーをもらって「こうしてはいられない! 私も頑張ろう!」と思うようになります。
どれだけ厳しい境遇でも、本人に必死の努力があれば、這い上がっていくことが可能です。
自分の境遇を嘆くことがあれば、偉人の伝記を手に取りましょう。
偉人の伝記を読み終わったとき、あなたの心は上向きになっているのです。
「井の中の蛙」という言葉があります。
広い海を知らない蛙のように、外に広い世界を知らず、狭い範囲の知識にとらわれることをいいます。
世間では井の中の蛙を非難する風潮があり、外に出て行くことを推奨する言葉が聞かれます。
「狭い場所で満足するな」
「外に飛び出そう!」
「いろいろなところに旅行しよう」
「外には広い世界が広がっている」
「いろいろなものを見て、見識や世界観を広めよう!」
井の中の蛙という言葉はネガティブな意味として使われることが多く、世間知らずの代名詞になっています。
しかし、ここに落とし穴があります。
誰でも広い世界に飛び出ていくのがいいわけではありません。
人によっては事情はさまざまです。
外の世界に興味がなくて、現状に満足している人もいるでしょう。
狭い世界のほうが、住み慣れていてて知り合いも多く、居心地がいい人もいるでしょう。
「冒険したくない」「外の世界に興味がない」「狭くてもいいからここで過ごしたい」という人もいるでしょう。
広い世界に出て行くと、迷子になったり誘惑に振り回されたりする可能性もあります。
「あえて広い世界を知りたくない」というのもいるかもしれません。
生まれ故郷を愛していて、地元で一生を過ごしたい人もいるでしょう。
親や家族を大切にしたいから、実家から離れたくない人もいるはずです。
今の場所・今の環境に満足している人は少なくありません。
そんな人は、井の中の蛙として生きるのもありです。
はっきり自分の生き方が定まっているのは良いことです。
「井の中の蛙=悪いこと」と考えるのは固定観念です。
あくまで広い世界を知らないだけであり、罪でも悪でもありません。
世の中には「井の中の蛙」という生き方が合っている人もいます。
映画『船の上のピアニスト』の主人公ナインティーン・ハンドレッドは、外に出ることなく、船上での一生を選びました。
「知らないほうが幸せ」ということもあります。
生まれ故郷で一生を貫くことも美しい生き方です。
外野からやいやい言われようと、まず自分の希望を尊重することです。
前向きな事情であれ後ろ向きな事情であれ、いちばん重要なのは「自分が納得していること」です。
自分が納得しているなら、その生き方を貫くのがいちばん。
納得しているなら、井の中の蛙として生きるのも、素晴らしい人生です。
オーディションで不採用通知を受けたとき、ひどく落ち込む人がいます。
「またダメだった。容姿が悪いせいだろうか。演技力が低いせいだろうか。情けないことだ」
落ち込むだけで終わらず、自分を責めて、自己嫌悪や自己否定をする人さえいます。
「自分が情けない。自分はダメな人間なのかもしれない。そもそも役者に向いていないのではないか」
自分より若い人やキャリアの浅い人が受かっていると、ますます複雑な気持ちになるでしょう。
ここに誤解があります。
オーディションに受からなくても、落ち込む必要はありません。
自分を責めたり才能を否定したりする必要もありません。
オーディションに受からなかったのは、シンプルな理由です。
「制作サイドが求めているイメージに合っていなかった」
これだけなのです。
オーディションは、制作サイドによって求められているイメージがあります。
主役や脇役でも、敵役やライバル役でも、イメージがあります。
年配者を主人公とした物語であれば、そういうイメージの人が求められるでしょう。
脇役が、世間知らずの青年であれば、そういうイメージの人が求められるでしょう。
舞台によって役柄のイメージは明確に決まっています。
自分にとってはイメージに合っていると思っていても、制作サイド側が「違う」と判断すれば受かりません。
容姿や演技力より、まずイメージです。
どれだけ容姿が整っていようと、どれだけ演技がうまかろうと、制作サイドが求めるイメージに合っていなければ不採用です。
こうした事情を理解すれば、オーディションに受からなくても落ち込む必要はないとわかるはずです。
「制作サイドのイメージに合っていなかったのだろう。仕方ないね」とシンプルに理解すればOK。
気を取り直して、別のオーディションを受けましょう。
自分に合ったイメージがどこかにきっとあります。
いつか必ず自分に合ったオーディションが巡ってきます。
あなたのイメージに合ったオーディションであれば、すんなり合格するのです。
どんな道を選ぶかは、重要ではありません。
重要なのは、誰が選んだかです。
他人に選んでもらった道は、残念ですが、すべて要注意です。
親が選んだ道だから、安心とは限りません。
専門家が選んだ道でも、間違っていることはあります。
たとえ尊敬する人の意見でも「ノー」と言わなければいけないときがあります。
正しいか間違いかは、自分が納得しているかどうかです。
他人に選んでもらった道は、自分が納得しているとは限らないため、後悔する可能性があります。
誰かに命令された職業は、自分がやりたい仕事とは限りません。
誰かに通うように指示された学校も、自分がしたい勉強ができるところとは限りません。
たとえ尊敬する人に選んでもらった道でも、あなたが納得できなければ、間違いです。
自分が納得した道を歩むためには、自分が選ぶしかありません。
自分が進むべき道は、自分しかわかりません。
険しい道でも、自分が選んだ道なら、苦労に耐えられます。
自分が選んだ道なら、たとえ間違えても「いい勉強ができた」とプラスに考えることができます。
たとえ厳しい困難があっても、熱意・根気・集中力が自然と生まれます。
時間はかかりますが、乗り越えられるでしょう。
周りの意見はどれだけ聞いてもかまいませんが、あくまで参考です。
最後に、決めるのは自分です。
特に人生を左右する選択であればあるほど、自分で決めることが必須です。
幸せになりたければ、自分で道を選ぶことです。
自分で選んだ道しか、幸せになれないのです。
「親が許してくれないからできません」と嘆く人がいます。
「親が許してくれないので、結婚できません」
「親が許してくれないので、海外留学ができません」
「親が許してくれないので、好きなことができません」
言い分を聞くかぎり、仕方がないように思うかもしれません。
親が許してくれなければ、諦めるしかないと考える人もいるでしょう。
たしかに親の意見を無視するわけにはいきません。
子どもにとって親は絶対的な存在です。
生まれてからずっと大事に育ててもらった恩があります。
親からたくさんの愛情を注がれ、たくさんの恩恵を受けてきたおかげで、今の自分が存在しています。
親は世界で唯一無二の存在であり、かけがえのない存在であるのは間違いありません。
だからといって、いつまでも親の言いなりにならないことです。
「親が許してくれないからできない」は、誤解です。
できないのは「できない」と思い込んでいるだけのこと。
親が許してくれなくても、できます。
その気になれば、できるのです。
成人を迎えたら、立派な大人です。
独り立ちをして、自分の意思と力で人生を歩みます。
いつまでも親の言いなりになってはいけません。
人生の主役は、自分です。
親が許してくれないからといって道を諦めるのは、非常に惜しいことです。
親が許してくれないからできないと思っているなら、目を覚ましてください。
本当に叶えたいことであれば、一度しかない人生で悔いを残さないためにチャレンジすべきです。
たとえ親が許してくれなくても、周囲から反対されてもです。
「親が許してくれない」という理由で道を諦めたら、ずっと心残りになります。
一生後悔を引きずることにもなりかねません。
「親が許してくれない=できない、諦める」という思考になっているなら、改めることです。
親が許してくれなくても、その気になればできることに気づいてください。
親が許してくれなくても、結婚できます。
親が許してくれなくても、海外留学はできます。
親が許してくれなくても、好きなことはできます。
時間をかけて必死に説得してみてください。
頑固な親でも、本気で説得すれば、うなずいてくれる可能性があります。
どうしても理解が得られないなら、振り切ることも選択肢です。
自分でお金を工面できるなら、親の反対があっても、振り切る覚悟を持ってください。
いばらの道になるかもしれませんが、不可能ではありません。
親子関係がぎくしゃくしたり資金援助が得られなかったりする可能性はありますが、その覚悟があるなら、道は開けています。
「一度しかない人生」「人生の主役は自分」を念頭に置いたうえで、自問自答を繰り返し、後悔しない道を選びましょう。
本気で叶えたいことであれば、親を振り切ることも選択肢です。
自分で選んだ道しか幸せになれません。
自分で選んだ道こそ、幸せにつながる道なのです。