日本では現在、年間およそ82,000冊もの本が出版されています。
1日およそ220冊の本が出版されている計算です。
そんなに多くの新書を見かけないと思うかもしれませんが、目にしていないだけです。
「興味がある」と「やる気がある」は別物です。
興味があるからやる気があるとは限りません。
興味があっても、やる気がないときもあります。
「明日やろう」
そう思うことがあったら、次の言葉に言い換えてください。
「今日やろう」と。
大きな変化をするためにはどうすればいいのでしょうか。
小さな変化を100個積み重ねてください。
小さな変化だからといって軽く考えてはいけません。
成功したいなら、フライングスタートが欠かせません。
フライングスタートに悪いイメージを持っていないでしょうか。
たしかにスポーツ競技であれば、フライングスタートはNGです。
英会話教室に行くと、高齢の生徒がいます。
中国語教室でもフランス語教室でも同じです。
料理教室・音楽教室・パソコン教室でも、やはり高齢の生徒がいます。
私たち人類は「好奇心」によって進化しました。
好奇心によって大きなチャレンジに挑み、数々の進化を遂げてきました。
イタリア生まれの航海者クリストファー・コロンブスは、好奇心に満ちた人物です。
「いいアイデアがひらめいたぞ!」
難しい状況に直面して、解決方法を考えていた中、突然アイデアを思いつくことがあります。
天から一筋の光が差し込んできたようです。
失敗したとき、笑われるのが怖いという人は多い。
見苦しい姿を見られると、なおさら恥ずかしさが大きくなるもの。
いざチャレンジをしたい気持ちはあっても、笑われる恐怖があると足がすくみます。
なかなかメモの習慣が身につかなくて悩んでいる人がいます。
そういう人に共通しているのは、きれいな字で書こうとしている点です。
メモを取るからには、きれいな字で丁寧に書かなければいけないと思っています。
与えられた仕事だけをすればいいと思っている人がいます。
もちろん与えられた仕事がきちんとできていれば、上司は文句を言わないでしょう。
与えられた仕事をそつなくこなしていれば、普通に給料をもらえ、次第に上司からの信頼も勝ち取っていけるはずです。
私たちは本を読んだ後、行動を起こしやすくなっています。
本を読むと、心に火がつきます。
知識やノウハウが得られたり、著者の力強いメッセージに心を動かされたりするため、熱い気持ちになるでしょう。
仕事でいちばん苦労するのはどこでしょうか。
実は「仕事そのもの」ではありません。
「取りかかるまでの一踏ん張り」です。
社会人になって勉強のペースに悩む人が少なくありません。
繁忙期もあれば閑散期もあり、急な残業や休日出勤が入ることもあるでしょう。
どんな勉強をどんなペースで進めていけばいいのか迷うことが多いもの。
心を安定させるために大切なのは「何を見るか」ではありません。
「何を見ないか」です。
心を安定させるためには、何を見ないかが大切です。
人生では「もっと早く知りたかった」と思うことがあります。
効率的な勉強法、人生を変える知恵、長年の肩こりを解消してくれるマッサージ店など。
こうした発見があれば、悔しい気持ちが湧き上がり、思わず叫びたくなるはずです。
「この箱、おしゃれだから取っておこう」
「この紙袋、何かに使うかもしれないから取っておこう」
「このナイロン袋、ごみ袋に使えるから取っておこう」
「私は地獄を見た。私は決してクリミアを忘れない」
「クリミアの天使」「近代看護教育の母」として有名な、フローレンス・ナイチンゲールの言葉です。
ナイチンゲールは看護師として医療改革に尽力した人物として有名ですが、その限りではありません。
初めての経験に直面したとき、不安と恐怖で身がすくみます。
「どうすればいいかわからない。どんな感じかもわからない。もたもたすると恥ずかしい」
初めての経験は「何だろう」とわくわくする気持ちがある一方、どんなものかわからないので警戒する気持ちもあるでしょう。
成長の遅い人は、自分の経験を大切にします。
もちろん実体験は一次情報であり、純度は100%です。
五感を通して得た情報は間違いありません。
1日に1つは「ちょっと難しいこと」にチャレンジしましょう。
私たちは普段、簡単なことばかりをしがちです。
楽なこと、慣れたこと、単純なことなど。
真面目な取り組みが評価され、仕事が認められると、いずれ昇進に機会に恵まれます。
ポジションが上がって、リーダーやマネージャーの立場になるのは実に喜ばしいことです。
立身出世は、上を目指すビジネスパーソンにとって誰もが夢見る目標でしょう。
始めるきっかけは、立派なものでないといけないと考えていませんか。
変なきっかけや不純なきっかけで始めると、格好がつかず、笑われるのではないかと心配する人もいるかもしれません。
しかし、これは大きな誤解です。
勢いを大切にするためにはどうすればいいのでしょうか。
休憩を挟まないことです。
多少の疲れがあるとしても、できるだけ仕事を継続しましょう。
本質的に人は、学ぶことが好きな生き物です。
もちろんあなたも、実は学ぶことが好きな人間です。
「勉強が好きな人なんていない」と言いますが、それは嘘です。
倒れても、立ち上がってください。
また倒れても、立ち上がってください。
10回でも20回でも、立ち上がるのです。
前から気になっている通信教育講座はありませんか。
新聞に通信教育講座の広告が挟まっていて、興味を引かれることがあるでしょう。
一過性の興味なら別ですが、時間がたっても頭から離れないなら、言えることはただ1つ。
「好きなことのストレス」と「嫌いなことのストレス」。
さて、どちらのほうが軽く感じるでしょうか。
「ストレスの大きさが同じなら、感じ方・疲れ方も同じになるはず」と思いがちですが、現実は違います。
将棋では投了の際、よく聞かれるセリフがあります。
これ以上打つ手はないと悟ったとき、棋士は頭を下げなら「負けました」と言います。
見ている人は「ああ、投了したのだな」とわかります。
「私は運が悪いんです」と悩む人がいます。
話を聞くと、いい出会いがなかったり、仕事や人間関係がうまくいってなかったりしているとのこと。
たしかに不運な状況なのは事実かもしれませんが、その人の運を悪くさせる原因は別のところにあります。
日本では現在、年間およそ82,000冊もの本が出版されています。
1日およそ220冊の本が出版されている計算です。
そんなに多くの新書を見かけないと思うかもしれませんが、目にしていないだけです。
私たちが書店で見る範囲は、偏っていることが多い。
興味のあるコーナーは見ますが、そうでないコーナーはなかなか見ません。
興味のあるコーナーだけでなく、ほかのコーナーにも目を向けると、たくさんの新書が並んでいることに気づかされるでしょう。
面白い物語を楽しませてくれる小説、仕事に役立つビジネス書、生活に役立つ実用書など、毎日さまざまな本が出版されています。
書店では最新作やベストセラーが目立ちますが、その限りではありません。
目立たないところにも膨大な本が出版されていています。
今こうしている瞬間にも、書店では新しい本が並べられていることでしょう。
あなたが書店に足を運び、1冊を選んで買うことが、どれだけ確率の低いことがおわかりでしょうか。
目に留まるだけでも、確率が低い。
手に取るのは、もっと確率が低い。
お金を出して買うは、もっともっと確率が低い。
そもそも書店に足を運ぶ人が少ない中、ある1冊を選んで買うことは、いかに低い確率であるかということです。
これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶのでしょう。
本を1冊選んで買うことは、それ自体が奇跡です。
面白い本もあれば、つまらない本もあるでしょう。
どんな本を買おうと、それは間違いなく「奇跡の出会い」です。
自分にとっては何気ない買い物かもしれませんが、実際は素晴らしい瞬間に巡り会っています。
奇跡の出会いを求めているなら、ぜひ書店に足を運んでください。
本との出会いは、すべて奇跡の出会いなのです。
「興味がある」と「やる気がある」は別物です。
興味があるからやる気があるとは限りません。
興味があっても、やる気がないときもあります。
「興味があるけどちょっと……」で終わることが多いもの。
なんとなくだるかったり、面倒な気持ちのほうが勝ったりして、見送ることとなるのです。
しかし「興味がある」なら、やる気がなくても、ぜひやってみてください。
最初はやる気がなくても、しばらくすると、必ずやる気が出ます。
動き始めると、自然とやる気が出るのです。
理由は2つあります。
1つ目の理由は「動けばやる気が出る」というメカニズムが働くからです。
最初はやる気がなくても、動き始めると自然とやる気が出る仕組みが備わっています。
これを「作業興奮の原理」といいます。
体を動かすと、運動神経を通して脳の「側坐核」というところが刺激されます。
即座核が活性化されると、意欲を引き起こすドーパミンという物質が分泌され、結果としてやる気が湧いてくるのです。
これは単純で簡単な作業でも有効です。
人間には、やる気発生の面白いメカニズムがあるのです。
2つ目の理由は、もともと興味があるからです。
実際に調べたり取り組んだりしていると、ますます興味が刺激されます。
「これは何だろう? これはどうするのだろう? もっと知りたい! もっとやってみたい!」となり、わくわくしてきます。
実際に動いてみると、もともとある興味がどんどん刺激されるので、行動に拍車がかかるのです。
この2つの相乗効果によって、爆発的な行動力が生み出されます。
興味があるなら、やる気はなくても、とりあえずやってみましょう。
具体的にアクションを起こすのです。
重い腰を上げるときだけ最初の一歩だけ少し大変かもしれませんが、そこだけなんとか頑張ってください。
ぴしっと自分にむちを打つのです。
いちばん大変なのは最初だけ。
動き始めれば、自然とエンジンがかかります。
動けば動くほどやる気が出てきて、勢いも生まれます。
調子が出たら、後は波に乗って前に進むだけ。
気づいたら、無我夢中になって取り組んでいるのです。
「明日やろう」
そう思うことがあったら、次の言葉に言い換えてください。
「今日やろう」と。
なぜ明日なのでしょうか。
なぜわざわざ明日まで待つのでしょうか。
もちろん理由があるのならいいのです。
「すでにお店が閉まっている」「今日はほかにやることがある」などの理由があるなら、明日まで待つのもわかります。
事情があって、今日やるのは難しいときがあるものです。
タイミングが悪いということもあるでしょう。
今日が難しいなら、明日まで待つしかありません。
しかし、特に事情があるわけでもなく、なんとなく明日やってみようと思っているなら要注意です。
たいていは「切りがいいから明日やってみよう」と思っているだけです。
今日今すぐ始めるのは急な感じがあって抵抗を感じる人もいるでしょう。
日付が変わってから取り組むほうが切りが良くて、スムーズにいくような気がするもの。
ここが運命の分かれ道です。
それは本当に明日でなければいけないのでしょうか。
あらためて考えてみると、わざわざ明日まで待つ必要はないケースもあるはずです。
心の習慣でそうしているにすぎません。
明日やってみようと思うことで、実際は今日できることもあるはずです。
今日やれるなら、わざわざ明日まで待つ必要はありません。
明日まで待っていると、それだけスタートが遅れます。
明日になっていると、事情が変わっているかもしれません。
今日やれることなら今日やってしまったほうが早いのです。
「善は急げ」です。
スタートは早いに越したことはありません。
チャンスは、早いほうがつかみやすくなります。
お店のセールもチケットの予約も、早いほうが良いものをゲットしやすくなります。
早いほうがスムーズにいくこともあります。
印刷しなければいけない資料があるとき「別に今日印刷しなくてもいいか。明日の朝でも間に合うよね」と思って自宅に帰ります。
翌日になって「さあ印刷するぞ」と思ったら、コピー機が故障していて、印刷ができなくなっていることがあります。
1日の違いで、天国と地獄の差です。
社会人が経験する「仕事あるある」です。
「こんなことなら昨日のうちにやっておくんだった」と悔やむのです。
だからこそ明日やってみようと思うことは、今日やってみるのが得策です。
何でも早いに越したことはないのです。
「明日やろう」を「今日やろう」に言い換えて、実行すると、より良い未来が待っているのです。
大きな変化をするためにはどうすればいいのでしょうか。
小さな変化を100個積み重ねてください。
小さな変化だからといって軽く考えてはいけません。
どんなに小さな変化でも、それが100個積み重なると、ばかになりません。
必ず大きくなり、まとまった変化となります。
テニスが下手で、1日1時間の練習をするとします。
1日1時間の練習ではわずかな成長しかできなくても、それを100日続ければ、100時間の練習となります。
自然とテニスがうまくなり、以前とは比べものにならないほど上達した自分と出会えるでしょう。
本を1冊読むと、それだけ賢くなれます。
1冊の読書だけでは小さな変化でも、100冊を読書の本を読めば、100冊分の知識が頭に入って大きな変化となります。
あなたの頭脳は大きな変化を遂げ、世の中の見え方が変わっているはずです。
1日1時間の筋トレに励むとします。
1回の筋トレでは大した変化はありませんが、インターバルを挟みながら100回繰り返せば、まとまったトレーニング量となります。
100回という大台を達成できた日には、見違えるほど体格の良い自分と出会えるでしょう。
変化は、小さくて十分です。
大切なことは「積み重ねること」です。
大きなピラミッドも、近づいて見てみると、小さなブロックの積み重なりです。
小さなことを積み上げていくから、大きな山になります。
小さな変化をこつこつ積み重ねていきましょう。
いきなり大きな変化を遂げるのは難しくても、小さな変化なら今すぐ簡単に取り組めます。
地味で地道で泥臭い繰り返しかもしれませんが、その繰り返しが大切であり、人を成長させます。
小さな変化を積み重ねていくにつれて「新しい自分」に出会えるのです。
成功したいなら、フライングスタートが欠かせません。
フライングスタートに悪いイメージを持っていないでしょうか。
たしかにスポーツ競技であれば、フライングスタートはNGです。
ルール違反になってしまいます。
競技によっては一発で失格になることもあります。
学校の試験でも、始めの合図があってから取りかかるでしょう。
しかし、人生の場合は違います。
人生では、フライングスタートが反則になりません。
面白いことに、許容されているのです。
学校教育にどっぷり浸かった良い子ちゃんは、真面目にピストル音が鳴ってから取りかかろうとします。
学校で成績の良い人ほど、スタートの合図をきちんと守ろうとします。
それが良くないのです。
やりたいことがあれば、わざわざ待つ必要はありません。
みんなで一斉にスタートする必要はないし、スタートの合図を待つ必要もありません。
むしろ待ってはいけないのです。
人生で成功したいなら、スタートの合図がある前に取りかかりましょう。
いざ、フライングスタートです。
早く始めれば、それだけ早く前に進めます。
スポーツ競技の場合、フライングスタートは反則ですが、人生の場合は反則になりません。
反則に見える、正則です。
許される行為なのですから、どしどしフライングスタートをしていきましょう。
やりたいことや好きなことがあれば、今すぐ取りかかりましょう。
叶えたい夢や目標があるなら、今すぐできることに取りかかりましょう。
早く取りかかれば、それだけリードできます。
世の中の成功者たちを見てください。
成功者たちは、早く取りかかった人たちばかりです。
早く取りかかったから、他の人と差をつけることができ、先行者有利の恩恵を享受できました。
独走状態を実現でき、いち早く成功をつかめたのです。
特にビジネスの世界は、競争です。
ビジネスには「ファーストムーバー・トップシェア(First mover, Top share)」という法則があります。
「最初に動いたものが者がトップシェアを握る」という意味です。
競争だからこそ、少しでも早く取りかかることが成否を分けます。
先行者有利の恩恵を受けたいなら、積極的にフライングスタートをするつもりで、とにかく早めに始めることです。
早く取りかかるから、早く成長ができます。
早く取りかかるから早く問題点を発見でき、早く問題点を発見できるから早く改善ができます。
たとえ失敗したとしても、早めに取りかかっていれば、遅れを最小限に抑えられます。
周りが動き始めてから動くようでは成功できません。
周りが動き始める前に動く人が成功します。
フライングスタートは、成功の基本戦略なのです。
英会話教室に行くと、高齢の生徒がいます。
中国語教室でもフランス語教室でも同じです。
料理教室・音楽教室・パソコン教室でも、やはり高齢の生徒がいます。
若い生徒に交じって、真剣に勉強しているのです。
どこの教室でも見かける定番の光景です。
教室に限りません。
図書館に行くと、必ず高齢の人がいて、熱心に読書をしています。
カフェやレストランでも、熱心に本を読んでいる高齢者と出会います。
老眼鏡をかけて読んでいる人を見かけることも少なくありません。
「その年齢で勉強して何になるの?」「今さら勉強しても仕方ないのでは?」と思うかもしれません。
いいえ、違うのです。
人間は本来、いくつになっても勉強できます。
「勉強は若い人がするもの」と思っているなら誤解です。
勉強に年齢は関係ありません。
学びたいと思ったときが適齢期です。
勉強は、年齢に関係なく、すべての人に開かれています。
知らないことを知ることは楽しい。
知識を得ることは快感です。
勉強すればするほど、自分の世界がどんどん広がります。
たとえ高齢でも、勉強すれば、脳が鍛えられます。
最新の研究によると、脳の海馬というところは、新しい神経細胞が生まれることが確認されています。
海馬は、記憶力に関係している部分として有名なところです。
脳には無限の可能性を秘められていて、いくつになっても勉強できる力が備わっているのです。
勉強ほど素晴らしいものはありません。
学びたいなら、年齢に関係なく、学びましょう。
本を買って学ぶのも良し。
教室に通って新しいスキルを身につけるのも良し。
中年になっても高齢になっても、興味があれば、ゴーサインです。
勉強は、一生楽しめる娯楽なのです。
私たち人類は「好奇心」によって進化しました。
好奇心によって大きなチャレンジに挑み、数々の進化を遂げてきました。
イタリア生まれの航海者クリストファー・コロンブスは、好奇心に満ちた人物です。
「海の向こうにはどんな大陸があるのだろう」と好奇心を抑えられず、西回りの航路を決意します。
資金が不足していたため、スペイン皇室のイサベル王女に航海を後援するよう、必死で説得します。
資金援助を受けたコロンブスは、命のリスクがあるにもかかわらず大航海に乗り出し、結果として新大陸の発見につながりました。
天文学者ガリレオ・ガリレイは「月をもっと詳しく見たい」「宇宙のことをもっと知りたい」という好奇心がありました。
もともと彼は技術者でもなく、光やレンズについて研究しているわけでもありませんでしたが、夜空への好奇心は尽きませんでした。
そんななか1608年にオランダで「望遠鏡」というものが発明されたと聞くと、それを独自に改良し、天体用の望遠鏡を開発します。
その結果、月のクレーターや太陽の黒点の発見、さらには地動説を唱えるなど、天文学に大きな足跡を残しました。
人類は「月に行ってみたい」という好奇心がありました。
一人ひとりの知識や技術力は限られていますが、多くの技術者が力を合わせ、知恵を出し合い、結果としてロケットが生まれます。
アポロ計画では、何度も失敗を繰り返し、多大な犠牲を払うこともありましたが、それでも諦めることはありませんでした。
そして1969年、アポロ11号にして念願の月面着陸を成功させました。
好奇心を大切にして生きてください。
好奇心を大切にしてもしすぎることはありません。
人生でいちばん大切なのは、好奇心だからです。
不安や恐怖があっても、好奇心があれば吹き飛びます。
恥ずかしがり屋も、好奇心が強ければ、勇気の一歩を踏み出せます。
大きなリスクがあっても、未知なるものへの好奇心があれば、信じられないような勇気や行動力が出てくるのです。
これまでの人類が好奇心によって進化したように、これからの人類も好奇心によって進化していくでしょう。
あなたの中にも、好奇心があるはずです。
静かに眠らせておくのではもったいない。
今すぐ呼び覚まして、たっぷり発揮させてください。
自分でも信じられないくらいの勇気と行動力を発揮できるでしょう。
好奇心さえあれば、何でもできます。
好奇心ほど、人をわくわくさせ、奮い立たせるものはありません。
未知なるものへの好奇心は、最高のモチベーションなのです。
「いいアイデアがひらめいたぞ!」
難しい状況に直面して、解決方法を考えていた中、突然アイデアを思いつくことがあります。
天から一筋の光が差し込んできたようです。
不可能に思えることでも、1つのアイデアで解決できてしまうことが少なくありません。
アイデアがひらめいた瞬間「これで問題が解決できる!」と笑顔でガッツポーズをするでしょう。
本当に素晴らしいアイデアは、ダイヤモンドに匹敵する価値があると言っても過言ではありません。
しかし、ちょっと違った視点からそのアイデアを確認してください。
もしそのアイデアが「お金のかかること」であれば、残念ですが、本当のアイデアとは言いがたい。
本当のアイデアというより、普通のアイデアといったほうが正確でしょう。
世の中にあるたいていのことは、お金さえあれば実現できてしまうからです。
世の中は、資本主義社会です。
資本主義社会では、お金が物を言う世界です。
お金には不便を解決する力があります。
結局のところ、お金さえあれば、たいていのことは解決できてしまいます。
世の中の99%は、お金で解決できてしまうでしょう。
お金をかけてできるなら、何でもできてしまいます。
いい方法がひらめいても、それがお金のかかることであれば、本当のアイデアとまでは言いません。
お金の力で解決できる、一般的な方法にすぎません。
本当のアイデアとは何か。
お金がかからないことをいうのです。
本当のアイデアは、非常に斬新で、創意工夫が感じられます。
なかなか普通に思いつかず、驚かされる内容です。
だからこそ、お金がかかりません。
お金がかかるとしても、少額です。
言い換えると「元手がかからず利益率が大きい」ということです。
これほど素晴らしいことはありません。
元手がかからないなら、やる気さえあれば実現できてしまいます。
アイデアを思いついたなら「お金のかかることなのか」という基準で再確認してみてください。
お金がかからないアイデアには、未来を切り開く大きな可能性が秘められています。
本当のアイデアをひねり出したいなら「お金をかけない」という方向で考えてみてください。
「お金が必要ない」「必要だとしても少額」という考え方をヒントにしてみましょう。
大変難しいため、しっかり頭をひねって知恵を凝らす必要が出てくるでしょう。
たとえば、お金のない人が世界一周をしたいとします。
普通にお金があれば世界一周は簡単に実現しますが「金欠」という条件で実現できる方法を考えるとします。
「そんなことは無理に決まっている」と思いますが、方法がないわけでもありません。
アイデアの1つとして「クラウドファンディング」があります。
クラウドファンディングでお金を募り、見返りとして旅の様子をレポートや動画と言った形でライブ配信します。
そうすれば、自分はお金をかけずして、世界一周を実現することが可能です。
英語の得意な人が、無料で料理を習いたいとします。
アイデアの1つとして「価値の交換」が挙げられます。
料理が得意な人の中で、英語を習いたい人を募集してみます。
こちらが無料で英語を教える条件として、相手から無料で料理を教えてもらうとします。
お互いの提供できるものを交換すれば、事実上、無料で料理を学べるでしょう。
実際に実行するかどうかは別として、アイデアとしては成り立ちます。
本当のアイデアを出したいなら「お金がかからない」をヒントにして考えてみてください。
「そんなうまい方法があるわけない」と思いますが「絶対ない」とも言い切れないはずです。
頭をひねって、知恵と工夫を結集させてください。
最初から「あり得ない」と可能性を否定するのではありません。
「何かいい方法がある」と可能性を信じて知恵を絞ることです。
なかなかいい方法が見つからなくても、諦めずに考えてみましょう。
可能性を信じて考え続ければ「これだ!」という方法が見つかります。
失敗したとき、笑われるのが怖いという人は多い。
見苦しい姿を見られると、なおさら恥ずかしさが大きくなるもの。
いざチャレンジをしたい気持ちはあっても、笑われる恐怖があると足がすくみます。
しかし、大丈夫です。
笑われる恐怖を取り除く魔法の言葉があります。
チャレンジをする前「失敗したら笑ってください」と伝えておけばいいのです。
先に言っておくことがポイントです。
人間とは不思議なもので、前もって笑ってもいいことを伝えておくと、笑われるのが怖くなくなります。
失敗して笑われても、自分から「笑っていい」と伝えていれば違和感がありません。
不思議と心が強くなり、笑われても平気になります。
「笑われるのが嫌」という意識から「笑われてもいい」という意識に切り替わるからです。
結局のところ、気の持ちようです。
たった一言でがらっと気の持ちようが変わるのですから面白い。
「笑われるのが嫌」と思うから嫌に感じるのであって「笑われてもいい」と思えば平気になります。
笑われるのが怖いときほど、前もって「笑ってもいい」と伝えておきましょう。
笑ってもらえることは幸せなことです。
自分の失敗がネタになるので、笑いのプレゼントができます。
自分の失敗を笑ってもらえば、どっと盛り上がり、楽しい雰囲気にもなります。
普通にうまくいけば、それはそれで良かったといえます。
なかなかメモの習慣が身につかなくて悩んでいる人がいます。
そういう人に共通しているのは、きれいな字で書こうとしている点です。
メモを取るからには、きれいな字で丁寧に書かなければいけないと思っています。
もちろんきれいな字であるに越したことはありません。
きれいな字であるほうが見た目が良くて上品です。
ほかの人にメモを見られることがあっても、きれいな字であれば恥ずかしくありません。
しかし、ここが落とし穴があります。
きれいな字で書こうとするとき、ちょっと構える必要があります。
少し息を整え、指先の動きに注意を向け、1文字ずつ力を入れて書くことになるでしょう。
ほんのわずかなことですが、ここで心理的な抵抗が生まれるのです。
心理的な抵抗が生まれると、面倒な気持ちが強くなります。
メモを取ろうか迷ったとき、おっくうな気持ちが先に来てしまい「まあいいか」となります。
そうして結局、メモの習慣が身につかないのです。
あくまで自分のためのメモであれば、きれいな字で書く必要はありません。
走り書きで十分です。
驚くほど汚い字でもかまいません。
自分のためのメモですから、自分さえ読めれば、どれだけ汚い字でもいいのです。
そうすれば、思い立ったとき、さっとメモを取れます。
息を整える必要も、気合も入れる必要もなくなり、メモの習慣が身につくのです。
与えられた仕事だけをすればいいと思っている人がいます。
もちろん与えられた仕事がきちんとできていれば、上司は文句を言わないでしょう。
与えられた仕事をそつなくこなしていれば、普通に給料をもらえ、次第に上司からの信頼も勝ち取っていけるはずです。
しかし「仕事ができる人」という目標を目指すなら、与えられた仕事をするだけで満足するのは早い。
社会人であれば、与えられた仕事をするのは普通のことであり、特別なことではありません。
では、どうするか。
仕事ができる人になりたいなら、与えられた仕事に付加価値を付けることを意識してください。
付加価値といっても大げさである必要はありません。
ちょっとしたプラスアルファで十分です。
たとえば、会議で配る資料の印刷を依頼されたとします。
普通に印刷して終わりにするのではなく、ページ順を整えたりめくりやすくホチキスで留めたりすれば、付加価値となります。
上司から市場調査の結果報告を依頼されたとします。
シンプルに結果だけ報告するのではなく、先を見据えた分析や具体的な改善策も一緒に提示できれば、付加価値となります。
これは雑用でも同じです。
書類整理を依頼されたとします。
ただ整理して終わりにするのではなく、タグやラベルを貼って見やすくすれば、付加価値として評価されます。
電球や蛍光灯が寿命を迎え、交換を依頼されたとします。
単に交換して終わりではなく、新しく予備を発注したり交換時期のリストを作成したりすれば、立派な付加価値となります。
忘れてはならない付加価値は「スピード」です。
依頼された仕事を期日より早く仕上げることができれば、スピードという付加価値となります。
仕事が遅くて困ることはあっても速くて困ることはありません。
上司は「もうできたの?!」と驚き、評価してくれるでしょう。
与えられた仕事に、何か1つでもいいので、付加価値を付ける工夫をしてみてください。
ここで大切なのは「ゲーム感覚」です。
「ほかに何かできることはないかな」
「今回はどんな付加価値を付けようかな」
「付加価値を付けるゲーム」という考え方になれば、エンターテインメント性が生まれ、考えることが楽しくなります。
仕事に付加価値を付けることが習慣になると、ますます仕事が楽しくなっていき、好循環が生まれます。
そうした積極性を上司は高く評価してくれます。
「なかなか気が利くではないか」と褒められ、認められます。
結果として、出世も早くなるのです。
私たちは本を読んだ後、行動を起こしやすくなっています。
本を読むと、心に火がつきます。
知識やノウハウが得られたり、著者の力強いメッセージに心を動かされたりするため、熱い気持ちになるでしょう。
本には、やる気やモチベーションが上げる効果があります。
そのため本を読んだ後は、新しい行動を起こしやすくなっています。
本を読んだ後、いても立ってもいられなくなり、新しいことにチャレンジしたくなった経験があるのではないでしょうか。
一時的なハイテンションであれ、限定的なモチベーションであれ、心に火がついているのは間違いありません。
本からパワーをもらって行動することで未来を切り開いていけます。
この現象は、本に限ったことではありません。
映画にも言えることです。
映画鑑賞の後は、テンションが高くなっています。
映画には没入感と臨場感があり、非日常を体験できます。
自分と主人公が重なって、不思議な感覚を覚えることがあるでしょう。
映画鑑賞の後は、感動の物語に心が熱くなっていて、いても立ってもいられなくなります。
映画を楽しんで「ああ、楽しかった」で終わらせるのではもったいない。
映画鑑賞の後は、ぜひ新しい行動を起こしてください。
そこで得られたパワーと勢いを大切にするのです。
恋愛映画を見た後は、恋愛モードのスイッチが入っているので、恋愛にチャレンジしやすくなるでしょう。
アクション映画を見た後は、テンションが高くなっていて、いつもよりばりばり仕事に打ち込めるでしょう。
ヒューマンドラマ映画を見た後は、人生観が研ぎ澄まされているはずですから、人生を見直す機会になるでしょう。
パニック映画を見た後はリスクマインドが高まっているはずなので、身の回りの災害対策を見直す機会になるでしょう。
ホラー映画を見た後は、恐怖の余韻が残っているので、平凡な日常がありがたく感じら、平和の価値観を見直す機会になるでしょう。
映画鑑賞の後の勢いを大切にしてください。
しばらく不思議な魔法がかかっています。
映画のジャンルによって、スイッチの入り方もさまざまですが、少なくとも行動を起こしやすくなっているのは間違いありません。
映画鑑賞の後は、新しいチャレンジのゴールデンタイムなのです。
仕事でいちばん苦労するのはどこでしょうか。
実は「仕事そのもの」ではありません。
「取りかかるまでの一踏ん張り」です。
しなければいけない仕事があっても、私たちは何かと言い訳をしてなかなか取りかかりません。
「あとからしよう」
「きりのいいところで始めよう」
「気分が乗ったときに始めよう」
「このテレビを見終わってから始めよう」
「来週から始めよう」
あなたも一度は心当たりのあるセリフではないでしょうか。
ところが面白い現象が起こります。
「あとからしよう」と言いながら、いつまで経っても取りかかりません。
「きりのいいところで始めよう」と思っていると、なかなかベストタイミングが決められず、いつまで経っても始められません。
「気分が乗ったときに始めよう」と思いますが、気分の乗らない時間が過ぎるばかりです。
「この番組を見終わってから始めよう」と思っていると、番組終了と同時に次の番組が始まって、再びくぎ付けになります。
「来週から始めよう」と思い、実際そのときになると、再び「来週にしよう」と延期します。
人生はこの繰り返しです。
なかなか重い腰が上がりません。
何度も延期を繰り返すばかりで、肝心の仕事に取りかかれません。
気づけば、締め切り間近になっています。
「大変だ。間に合わない!」と大慌てになるオチが待っているのです。
いちばん大変なのは、仕事そのものではありません。
仕事に取りかかるまでの一踏ん張りです。
最大の難関は、最初にあります。
大切なのは「まず取りかかること」です。
ひとたび取りかかれば後は早い。
流れと勢いに乗ってすらすら進んでいきます。
慣性の法則が働くため、中断するほうが難しくなります。
あれよあれよと物事が進んでいきます。
気づけば仕事が終わっているのです。
このことから、私たちはある法則に気づきます。
「何事も取りかかった時点で、半分終わっている」ということなのです。
家事、仕事、勉強。
すべて取りかかった時点で半分終わっています。
大げさなことではありません。
実際にそうです。
何事も取りかかった時点で、半分終わっています。
取りかかった時点で「取りかかる」という最も困難な仕事を完了できています。
すでにいちばん大変な山場を越えているのです。
この事実に気づけば、気が楽になるのではないでしょうか。
「時間がかかりそう」と思うことは、そう見えるだけです。
実際に取りかかると、意外と早く終わるでしょう。
「難しそう」と思うことはそう見えるだけ。
実際に取りかかると、意外と簡単だと気づくでしょう。
あなたは今、しなければいけない仕事を放置しているところかもしれません。
思い出してください。
「何事も取りかかった時点で、半分終わっている」という言葉を。
仕事を半分終わらせたいなら、まず取りかかりましょう。
何か言い訳を言いそうになれば、口にチャックをして手足を動かすことです。
実際の仕事を半分終わらせる必要はありません。
まず取りかかるだけでいいのです。
「ちょっとだけやろう」という軽い気持ちでOKです。
取りかかった時点で、仕事が半分終わったことになるのです。
社会人になって勉強のペースに悩む人が少なくありません。
繁忙期もあれば閑散期もあり、急な残業や休日出勤が入ることもあるでしょう。
どんな勉強をどんなペースで進めていけばいいのか迷うことが多いもの。
一定ペースで勉強を進めたくても、忙しさに波があり、なかなか安定しません。
そんな人に、ぴったりの勉強単位があるのでご紹介します。
それは「1年1テーマ」です。
「1年1テーマ」は、社会人にとって使い勝手の良い単位です。
ちょうど切りが良く、大きな勉強をするのにちょうどいい単位といっていいでしょう。
開始時期は、正月の1月1日でもいいし、新年度の4月1日からでもかまいません。
1年を12分割することで勉強の計画が立てやすくなり、ペース配分もしやすくなります。
1年は12カ月あり、365日あります。
繁忙期に勉強ができなくても、閑散期や別のタイミングで遅れた分の勉強を取り戻せばOK。
忙しさに波があっても、1年というスパンで考えると、スケジュール調整がしやすくなります。
どんなテーマを勉強するかはあなたの自由です。
あなたの興味のある分野を決めて勉強するだけでOK。
「今年は会計について勉強しよう。来年は世界史を勉強しよう。再来年は世界遺産を勉強しよう」
仕事に関係したテーマを勉強するのも良し。
もちろん趣味や遊びなど、仕事と無関係の勉強でもかまいません。
「今年はネイルの勉強をしよう。来年は歴史漫画を読破しよう。再来年はヨガ教室に通おう」
好きな勉強なら、どきどきわくわくしながら楽しく取り組めますね。
興味関心のあることなら、勉強というより遊び感覚で学べるでしょう。
とにかく1年1テーマのペースで勉強を進めていくのです。
1年スパンでこつこつ進めていけば、たいていのテーマは一通り学べます。
復習が複数回できることも少なくありません。
毎年このペースでさまざまなテーマの勉強を進めていきましょう。
そうすれば、10年で10テーマの勉強ができます。
10テーマの勉強ができれば、豊富な知識を身に付けることになり「博識」と呼べるレベルに到達します。
100%人生が充実すること間違いありません。
さらに20年続ければ20テーマになり、30年続ければ30テーマになります。
これで人生が素晴らしくならないわけがない。
忙しい社会人でも、1年単位で取り組むなら難しくないでしょう。
「1年1テーマ」は、社会人にぴったりの勉強単位なのです。
心を安定させるために大切なのは「何を見るか」ではありません。
「何を見ないか」です。
心を安定させるためには、何を見ないかが大切です。
避けるべきは「嫌なもの」や「汚いもの」です。
嫌なものや汚いものを見ると、不快な気持ちになります。
ニュースで悲惨なシーンを見たり街なかで汚いものを見たりすると、不快な気持ちになります。
いらいらしたりショックを受けたりして心がストレスを感じます。
ショックが大きければ、しばらく頭から離れず、ネガティブな感情を引きずることになるでしょう。
内容によっては吐き気を催すことも少なくありません。
ここで大切なことがあります。
嫌なものや汚いものは見なければいいのです。
テレビで嫌なものや汚いものが映ったら、さっとチャンネルを変えましょう。
「意図的に避ける」ということです。
すると、どうでしょう。
嫌なものや汚いものは見ないようにするだけで、心はずいぶん安定します。
気分を害する機会が減るということは、心が安定するということです。
ネガティブなニュースを見て気分が悪くなるなら、見なければいいのです。
ポジティブなニュースだけを見れば、落ち込んだりテンションが下がったりすることが減ります。
嫌なものや汚いものは見ないように心がけるだけで、落ち込んだりいらいらしたりすることがずいぶん減ります。
逃げているような印象があるかもしれませんが、誤解です。
弱い自分を認めるような気がするかもしれませんが、気にする必要はありません。
普通に異物を避けるだけのこと。
見ないように心がけることも自己管理です。
私たちは「見る権利」があるように「見ない権利」もあります。
「この先に嫌なものや汚いものがありそうだ」と感じたら、近づかないようにしましょう。
生活上のパターンを繰り返していると、ある程度予想ができるようになるはずです。
「このあたりは危険だな」と思えば、方向転換をおすすめします。
自分の行動が少し制限されることになりますが、気分の安定のためには価値のある行為です。
注意していても、うっかり見てしまうことがあるでしょう。
そんなときは、さっと目をそらし、気分転換をしましょう。
明るいもの・きれいなもの・美しいものを見て、心の状態を整えます。
別のことに集中して、できるだけ早く頭の中から忘れるのがいちばんです。
人生では「もっと早く知りたかった」と思うことがあります。
効率的な勉強法、人生を変える知恵、長年の肩こりを解消してくれるマッサージ店など。
こうした発見があれば、悔しい気持ちが湧き上がり、思わず叫びたくなるはずです。
「もっと早く知りたかった! 早く知っておけば、こんなに苦しまなくて済んだのに! もっと人生がうまくいっていたのに!」
しかし、悔やんだところで仕方ありません。
ここで大切なのは「少なくとも知ることができて良かった」と前向きに考えることです。
効果的な勉強法を知ることができたとします。
高校受験も大学受験もすでに終わっていて、今知ったところで無意味に思うかもしれませんが、だからといって無駄ではありません。
その勉強法は、今後の人生で役立ちます。
きちんと生かせる場があるなら、知るのが遅くなったとしても知った意味あるといえます。
人生を変える知恵も、知ることが遅くなったとしても、手遅れではありません。
まだまだ人生は長い。
知ることが遅くなった悔しさをバネにすれば、大きな飛躍を期待できます。
これからの人生で最大限に生かしていけば、これまでのマイナスを補え、むしろプラスに転じていけるでしょう。
長年の肩こりを治してくれるマッサージ店があるとします。
「もっと早く知っておけば、こんなに苦しまなくて良かったのに」と思うところですが、大切なのはこれからです。
今知ることができたおかげ、今後は苦しみから解放された人生を送れます。
今まではつらい肩こりに悩まされていても、肩こりの悩みから解放され、充実した生活を実現できるでしょう。
いちばん大切なのは「知ることができただけ幸い」ということです。
アクションを起こさなければ、もっと知るのが遅くなっていたかもしれません。
10年後や20年後に知っていたかもしれません。
一生知らないままでいた可能性もあります。
知らないままでいる幸せもありますが、有益なことは、自分のためにも今後のためにも知っておくのが得策です。
「知ることができただけ幸い」と考え、これからの人生を大切にしましょう。
少し知るのが遅くなったとしても、前向きに捉えてください。
むしろ「今知ることができたのはベストタイミング」と考えましょう。
そう思えない現実があったとしても、時間の流れは不可逆ですから、前向きに捉えるのが健全です。
じっくり過去を振り返ってみると、知るのが遅くなったおかげでプラスにつながったところがあるのではないでしょうか。
「そのとき知らなかったおかげで、今の人生がある。今の素晴らしい自分が存在する」と言えることがあるはずです。
「今知ることができたのはベストタイミング」と考えれば「これで良かった」と思えるようになります。
心の折り合いがつき、生きる力が湧いてくるのです。
「この箱、おしゃれだから取っておこう」
「この紙袋、何かに使うかもしれないから取っておこう」
「このナイロン袋、ごみ袋に使えるから取っておこう」
ときどき日常生活では、箱や袋が余ることがありますね。
普通に捨てるのもいいのですが、せっかくなら何かに使えないかと取っておくことがあるのではないでしょうか。
もちろん使う用途があるのなら、取っておくのもいいのです。
必要なときに、さっと取り出せます。
買い物のときにもらったナイロン袋をごみ袋として使うのはよくあることです。
おしゃれな箱であれば、収納やインテリアとして利用することもできるでしょう。
箱や袋は使用用途が広いので、取っておきたくなる心理に駆られることが多いものです。
しかり、ここでよくあるパターンがあります。
必要以上にため込んでしまうのです。
さほど使いもしないのに取っておくと、どんどんたまっていく一方です。
薄くて小さなものでも、ある程度たまると、かさばっていきます。
気づくと、山のような量になっていて、保管に大きなスペースが取られることになります。
ほかの人から見れば「そんなにたくさん取っておいてどうするの?」と笑われるでしょう。
このまま放置していると、整理整頓を妨げ、部屋が散らかる原因にもなるのです。
予備として取っておくなら「上限」を決めておきましょう。
決まりはありませんが、自分の生活に合わせた目安を決めてください。
「箱なら3つまで」「紙袋なら5つまで」「ナイロン袋なら7つまで」など、生活の妨げにならない範囲がいいでしょう。
上限を決めておけば、必要以上にスペースを占有することはありません。
「私は地獄を見た。私は決してクリミアを忘れない」
「クリミアの天使」「近代看護教育の母」として有名な、フローレンス・ナイチンゲールの言葉です。
ナイチンゲールは看護師として医療改革に尽力した人物として有名ですが、その限りではありません。
あまり知られていませんが、彼女は「統計学の先駆者」でもありました。
彼女は以前から「近代統計学の父」と呼ばれるアドルフ・ケトレーを信奉していました。
彼の影響で数字や統計に興味を持つようになり、優秀な家庭教師から学んでいたといわれています。
ナイチンゲールが、クリミア戦争に従軍した際、野戦病院の衛生状態は地獄絵図のような最悪なものでした。
衛生状態が悪ければ、思うような治療ができません。
「このままではいけない」と思った彼女は、上層部に衛生状態の改善を訴えます。
しかし、頭の固い上層部たちは、なかなか素直に彼女の言葉を信じようとしません。
そこには、まだ女性の地位が低い、19世紀の時代背景もありました。
「女性の言っていることだから信用に値しない」という時代の空気があったのです。
そこで彼女は「ある行動」に出ます。
統計学の手法を用いて情報を整理し、客観的データを持ち出しました。
戦死者の数より、野戦病院の死者数が上回っていること。
入院時の患者の症状と推移、病床の配置、病室の環境など、各情報をわかりやすく整理し、一目でわかるグラフも作成しました。
根拠のある客観的データを示すことで、上層部を説得することに成功し、野戦病院の衛生状態が大きく改善されます。
この取り組みが功を奏して、負傷者の生存率の劇的な向上につながったのです。
誰かを説得するときは、言葉ではうまくいかないこともあるでしょう。
相手が頭の固い人であれば、なおさら難しいはずです。
そんなときは、ナイチンゲールのように「根拠のある客観的データ」を使って説得してください。
具体的な事実を示せば、相手は「ノー」と言えなくなります。
データ収集に時間と労力はかかりますが、それだけの恩恵が得られるはずです。
客観的データに勝るものはないのです。
初めての経験に直面したとき、不安と恐怖で身がすくみます。
「どうすればいいかわからない。どんな感じかもわからない。もたもたすると恥ずかしい」
初めての経験は「何だろう」とわくわくする気持ちがある一方、どんなものかわからないので警戒する気持ちもあるでしょう。
不安や恐怖があると、身がすくんでしまい、なかなか勇気の1歩を踏み出せません。
どんなものかわからないので、心の中に不安が広がります。
成功するか失敗するかわかりません。
不安で心拍数が上がるでしょう。
恐怖で体がぶるぶる震え、冷や汗が出るかもしれません。
特に臆病者にとっては、初めての経験は大きなストレスに感じるでしょう。
しかし、こういうときこそ考え方が大切です。
初めての経験で身がすくんだら、ぜひ思い出してほしい言葉があります。
「初めての経験は、人生で1回しかない特別な経験」という言葉です。
この言葉を自分に言い聞かせると、一瞬で心が強くなります。
初めての経験とは、裏を返せば、人生で1回しかない経験です。
2回目からは「初めての経験」とは言えなくなります。
「経験したことがある」「以前にも利用したことがある」になります。
人生で1回しかないのですから、貴重な瞬間です。
たとえば、初めて経験する仕事があるでしょう。
初めて経験するときの新鮮な感覚は、そのときしか味わえません。
第一印象といい、新鮮な刺激といい、すべて貴重な感動です。
新しくできたレストランに初めて入る瞬間があるでしょう。
そのレストランに入ったときの第一印象は、そのときしか味わえません。
2回目からは「見たことがある」「入ったことがある」に変わります。
初めて読む本、初めて聴く音楽、初めて見る映画。
初めて行く美術館、初めて使う道具、初めて旅する土地。
初めて話す人、初めて入るレストラン、初めてする仕事。
初めての経験は、すべて貴重です。
「人生で1回しかない経験だね。貴重だよね」
特別感を意識してみてください。
すると、自然と勇気が出てくるでしょう。
初めての経験をするとき、ストレスを感じることもありますが、それは「快感」と考えましょう。
不安も恐怖も「楽しみの1つ」として考えたい。
人生で1回きりの特別な体験ですから、怖がるのではなく楽しむのが正解です。
そうすれば、心に火がついて、自然と勇気が出てきます。
スムーズにいかなくても大丈夫です。
もたもたしたり失敗したりしたときは、笑い飛ばせばいいことです。
初めてなら、むしろもたもたするのが普通なので、まったくおかしなことではありません。
長く生きている人ほど、初めての経験が貴重です。
長く生きていると、慣れてくることが増える一方、初めて経験することが減っていくからです。
たとえ臆病者でも「人生で1回しかない特別な経験」と言い聞かせると、勇気が出てくるでしょう。
泣いても笑っても、人生で1回しかない貴重な経験です。
希少価値に気づいて、楽しむ気持ちで立ち向かいましょう。
成長の遅い人は、自分の経験を大切にします。
もちろん実体験は一次情報であり、純度は100%です。
五感を通して得た情報は間違いありません。
自分の経験は大切な成長の糧であり、何よりも信頼できます。
痛い目に遭った経験があれば、同じことを繰り返さないよう注意意識が高まり、次からしっかり回避できるようになるでしょう。
経験から得たことは知恵となり、今度の人生に役立つのは間違いありません。
しかし「自分の経験からしか学ばない」となると、話は変わります。
自分一人の経験とはいえ、程度が知れています。
1人の人生は、せいぜい80年から100年です。
長いように思えますが、1人の一生で経験できることは限られています。
そのため、自分の経験しか学ばない人は、学びの範囲が限定されるため成長ペースが遅くなってしまうのです。
成長の早い人は、自分の経験だけでなく、他人の経験からも学びます。
分け隔てなく、できるだけさまざまな人の経験から学ぼうとします。
自分は1人しか存在しませんが、自分以外の他人は無数に存在します。
他人の経験からも学ぶ姿勢があれば、吸収範囲が飛躍的に広がるため、1人ができる経験の限界を突破できる。
著しい成長を遂げることが可能となるのです。
他人の経験を学ぶためにはどうすればいいのでしょうか。
いちばんの基本は「人から直接聞くこと」が挙げられます。
成功談であれ失敗談であれ、人から具体的な話を聞けば、疑似体験が得られ、成長の糧にできます。
特に親や先生、上司や先輩など、年上の方々の話は要チェックです。
世代が違っていて、時代錯誤の話もあるかもしれませんが、聞いておくに越したことはありません。
自分より長く生きている分だけさまざまな経験をしているはずですから貴重な話を聞けるでしょう。
ただし、年上に限定せず、同世代や年下の人からもどしどし吸収してください。
年下でも、自分の知らない世界を経験しているのはよくあることです。
特定分野に関しては、自分よりはるかに詳しいことがあるでしょう。
たとえ一回り年下でも、それは同じです。
若い人からは、若い感性も学べます。
謙虚に耳を傾ける姿勢があれば、成長のチャンスが得られます。
「本」という手段も手っ取り早くておすすめです。
世の中にはさまざまな著者による本が出版されています。
読書とは著者との対話です。
それぞれの本には、著者の経験が詰まっています。
読書を通して専門家の話が聞けたり、貴重な教え学べたりできます。
忘れてはならないのは「ドキュメンタリー番組」です。
ドキュメンタリー番組は脚色がなく、ありのままの様子を見せてくれます。
自分では経験できないような現場を見ることができるので参考になります。
自分がその現場にいるかのような感覚を覚え、生々しい情報が得られるでしょう。
成長の早い人と遅い人の違いは、学ぶ対象に表れます。
「自分の経験からしか学ばない姿勢」と「他人の経験からも学ぶ姿勢」とでは、時間がたつにつれて雲泥の差が生まれます。
すべての人の経験から学ぶ姿勢になれば、必ずあなたは飛躍的に成長します。
1日に1つは「ちょっと難しいこと」にチャレンジしましょう。
私たちは普段、簡単なことばかりをしがちです。
楽なこと、慣れたこと、単純なことなど。
簡単なことには気合も頑張りも必要ありません。
予習も練習も必要ありません。
特に緊張はなく、平気にできてしまうでしょう。
なかには目をつぶりながらできることもあるかもしれません。
無意識に体が動いてしまい、気づいたら終わっているときもあるかもしれません。
しかし、簡単なことばかりでは、なかなか人は成長しません。
ミスすることも失敗することもない。
簡単なことは同じことの繰り返しであり、刺激も変化もありません。
これといった負荷がかからないため、鍛えられるどころか、むしろどんどん衰えてしまいます。
頭や体のトレーニングにならないため、だんだん惰性が強くなっていく一方。
知らず知らずのうちに、チャレンジ精神が衰えていき、どんどん保守的な生き方に陥ってしまいます。
そこで大切になるのが「難しいことへのチャレンジ」です。
たった1つでいいのです。
「ちょっと難しいこと」で十分。
難しいことには取り組みにくくても、ちょっと難しいことであれば、取り組みやすいのではないでしょうか。
「背伸びをすればできそう」「ちょっと頑張ればできそう」と思えることが目安です
ちょっと難しいことでも、成長には十分な要素が備わっています。
適度なストレスがあるので、成長するにはぴったりです。
心に痛みがあれば、それは「成長痛」です。
身長が急に伸びるときは関節に違和感を覚えますが、それは心にも言えること。
心に成長痛があれば、それだけ心がぐいぐい成長している証拠です。
適度なストレスによって痛みを感じることは、心の成長を促すことにつながります。
今日はまだ残り時間があります。
まだチャレンジしていないなら、これからチャレンジすれば間に合います。
「難しそうだからやらない」ではなく「難しそうだからやってみる」という考え方でいきましょう。
この習慣を、1週間、1カ月、1年と続けていけば、必ず大きな成長につながります。
1日に1つは、ちょっと難しいことにチャレンジしていきましょう。
真面目な取り組みが評価され、仕事が認められると、いずれ昇進に機会に恵まれます。
ポジションが上がって、リーダーやマネージャーの立場になるのは実に喜ばしいことです。
立身出世は、上を目指すビジネスパーソンにとって誰もが夢見る目標でしょう。
権限が与えられれば、やりたいことがやれるようになり、ますます仕事が楽しくなります。
ところが、出世をした途端、挨拶のマナーが悪くなる人がいます。
今までとは打って変わって、挨拶が受け身になるのです。
こういう人は「自分のほうが上の立場だから、挨拶は相手からするもの」という考えがあります。
これは大きな誤解です。
挨拶に立場は関係ありません。
「自分のほうが上の立場だから、挨拶は相手からするもの」という考え方は、偉そうな考えになっている証拠です。
挨拶は、立場の上下に関係なく、積極的に行っていくものです。
挨拶はビジネスマナーの基本であり、人間関係の潤滑油でもあるため、立場の上下は無関係です。
挨拶は「常に先手」を心がけるようにしてください。
遠慮なく、どしどし行っていきましょう。
気持ちのいい挨拶が飛び交う職場には、明るい雰囲気が広がります。
立場が高くなるほど、社会人のお手本となる行動が求められるため、挨拶も今まで以上に先手を心がけるのが正解です。
積極的に挨拶ができるリーダーやマネージャーは、部下からも慕われるのです。
たとえ自分が会社の経営層になったとしても、積極的な挨拶は変わらないのです。
始めるきっかけは、立派なものでないといけないと考えていませんか。
変なきっかけや不純なきっかけで始めると、格好がつかず、笑われるのではないかと心配する人もいるかもしれません。
しかし、これは大きな誤解です。
始めるきっかけは人によって千差万別であり、ユニークに富んでいます。
ある人は、モテたいから筋トレを始めたといいます。
ある人は、外国人の恋人をつくりたいから英語を勉強し始めたといいます。
ある人は、子どものころいじめられたことがきっかけで空手を習い始めましたといいます。
ある人は、オリンピックで盛り上がっていたからスケートボードを始めたといいます。
ある人は、漫画を読んだことがきっかけで医者を目指したといいます。
ある人は、詐欺被害に遭ったことがきっかけで弁護士を志すようになったといいます。
「そんな理由で?!」と思うかもしれませんが、れっきとしたきっかけです。
立派なものである必要はありません。
変なきっかけでも不純なきっかけでもいい。
ささいなきっかけで大いに結構。
始めるきっかけは何でもいいのです。
不純なきっかけで始めたところで、長続きしないと思うのは早合点です。
長続きするかどうかは、その人に合っているかどうかです。
変なきっかけであれ不純なきっかけであれ、その人の適正に合致しているなら、問題なく続けられます。
長く続けていけばどんどん実力がついていき、ゆくゆく才能に発展していく可能性も出てくるのです。
人生で大切なのは、とにかく具体的なアクションを起こすこと。
きっかけが何であろうと、それが具体的なアクションにつながったなら、人生を変えたことになります。
立派なきっかけにこだわらないでください。
立派なきっかけにこだわっていると、思考と行動が硬直してしまい、フットワークが悪くなります。
始めるきっかけはこだわらなくなれば、あなたの封印されていた力が解き放たれ、新しい道が切り開くのです。
勢いを大切にするためにはどうすればいいのでしょうか。
休憩を挟まないことです。
多少の疲れがあるとしても、できるだけ仕事を継続しましょう。
もちろんへとへとで疲労困憊の状態であれば、きちんと休むべきです。
疲れがたまっているときは休養が欠かせませんから、無理をせず、素直に休むのが得策です。
しかし「ちょっと疲れている」という程度であれば、その限りではありません。
勢いが出ているとき「ちょっと疲れたから休もうかな」と思いますが、その判断が命取り。
勢いは簡単に衰えます。
むやみに休むと、頭も体もクールダウンしてしまいます。
休憩がブレーキになってしまい、勢いが衰えます。
小まめに休憩を挟んでいると、ますますブレーキがかかってしまい、瞬く間に勢いが失われていくのです。
「勢いが衰えても再び出せばいいではないか」と思うかもしれませんが、簡単にできるとは限りません。
勢いは、出すまでが大変です。
冷めたものを再び熱くするには、時間や労力がかかります。
自動車も新幹線も、動き始めるとき大きなパワーを必要とするように、人も、動き始めるとき大きなパワーを必要とします。
そもそも次のタイミングで再び熱くなれるとも限りません。
時間がたつと条件や環境が変わり、思うように熱くなれない可能性があります。
勢いは貴重です。
いつでも出せるとは限りません。
さまざまな要因が偶然重なったとき、勢いが生まれます。
勢いが出ているときは、むやみに休憩を挟まず、そのまま継続です。
もちろん無理は禁物ですが、ちょっと疲れている程度なら、むやみに休憩を挟まず、進められるだけ進めておくのが賢明です。
あるいは、切りのいいところまで一気に進めるのも1つの手です。
勢いは、いつか衰えます。
限定的なチャンスだからこそ、勢いが出る瞬間に恵まれたら、十二分に生かすことが大切なのです。
本質的に人は、学ぶことが好きな生き物です。
もちろんあなたも、実は学ぶことが好きな人間です。
「勉強が好きな人なんていない」と言いますが、それは嘘です。
ちょっと悪い勘違いをしているだけです。
学生時代、勉強が嫌いだったのは、理由があります。
勉強を強制されていたからです。
試験で悪い点を取るたびに叱られていたからです。
成績を争う環境や、偏差値を重視する環境にいたからです。
嫌な先生がいて、その先生を憎むあまり、その科目まで嫌いになったケースもあるでしょう。
これでは勉強に抵抗感が生まれるのも当然です。
勉強にネガティブな感情が生まれるような出来事があったため「勉強が嫌い」という思い込みが生まれています。
その誤った思い込みが、今も続いているという状態です。
本質的に人は、学ぶことが好きな生き物です。
「勉強が嫌い」というのは勘違いです。
昔の強制体験のせいで、悪い思い込みにとらわれているだけです。
過去にちょっとした強制があり、それに苦しんでいたせいで「勉強が嫌い」と思い込んでいるにすぎません。
勉強が嫌いという人でも、好きな趣味のことならもっと知りたいと思うでしょう。
勉強しろと言われなくても、自分から積極的に学ぼうとするはずです。
もともと科学に興味があるなら、勉強したくてたまらず、いても立ってもいられないはずです。
大人になってから勉強の素晴らしさに気づく人は多い。
それは時間がたつことで、昔のネガティブな記憶が忘却され、本来の欲求を取り戻すからです。
いま一度、悪い思い込みを捨てて、自分の素直な欲求に気づいてください。
競争も偏差値も点数も抜きにして「学ぶことの楽しさと素晴らしさ」に気づけば、勉強したくてたまらなくなります。
学びの欲求を爆発させてください。
自分の興味関心に任せて、どんどん勉強していきましょう。
倒れても、立ち上がってください。
また倒れても、立ち上がってください。
10回でも20回でも、立ち上がるのです。
立ち上がろうにも、体力の限界で立ち上がれないときもあるかもしれません。
いいえ、立ち上がれます。
すべての力を振り絞れば、まだ立ち上がるだけの力が残っています。
相手に打ちのめされたからといって、勝負が決まったわけではありません。
試合が終了したわけでもありません。
ぱたんと倒れても、立ち上がってファイティングポーズを取るかぎり、試合は続きます。
どうか簡単に諦めることだけはないようにしてください。
「絶対負けない! 絶対諦めない!」という鋼の意思を、無限に立ち上がる姿で見せつけましょう。
何度も立ち上がるのはかっこいい。
七転び八起きほど粘り強い姿はありません。
ひたすら立ち上がり続けていれば、次第に状況が変わっていきます。
相手はこちらのほうが形勢が有利であるはずなのに、不可解な気持ち悪さを感じ、不安や恐怖を覚えるようになります。
「この人はただ者ではない。まともに相手をしていると、そのうちこちらが痛い目に遭う」
何度も立ち上がる様子ほど恐ろしいものはありません。
不死鳥のよみがえる姿と重なります。
相手は、その不屈の粘り強さに恐れおののき、しっぽを巻いて逃げていきます。
実力や攻撃力は低くても、相手が逃げれば、あなたは勝ったことになるのです。
前から気になっている通信教育講座はありませんか。
新聞に通信教育講座の広告が挟まっていて、興味を引かれることがあるでしょう。
一過性の興味なら別ですが、時間がたっても頭から離れないなら、言えることはただ1つ。
本当にやってみたい証拠です。
「申し込もうかな、どうしようかな」と思っているだけでは何も変わりません。
前からずっと気になっていて興味が変わらず続いているなら、アクションを起こしてみるのが正解です。
通信教育講座は種類が豊富にあります。
定番は、仕事や就職に役立つ資格や検定ですが、その限りではありません。
趣味に関する通信教育講座も豊富にそろっています。
油絵、水彩画、編み物、ペン字、書道、ヨガ、タロットカード占いなど、数を挙げれば切りがありません。
趣味に関する通信教育講座も素晴らしいチャレンジです。
通信教育講座は、答案やレポートを提出することで学びを進めていく形式です。
申し込むと、定期的に教材が送られてきて、好きな時間に好きな場所で学べます。
自宅で学ぶことはもちろん、カフェや休憩室で学ぶことも可能です。
講義はテキストが基本ですが、講座によっては動画が用意されていて、スマホやパソコンで受講できることもあります。
文字より動画で学ぶほうが合っている人もいるでしょう。
わざわざ学校に出向く必要はなく、自宅で学習したい人にとってはうってつけです。
自由度が高いのは、大きな魅力と言えるでしょう。
通信教育講座では、資格取得やスキルアップが効率よく目指せるカリキュラムが組まれています。
趣味に関する通信講座なら楽しく学んでいけるでしょう。
質問をしたいとき、先生がそばにいないので不安という人もいるかもしれませんが、心配には及びません。
通信教育講座ではサポート体制が充実していて、メールや電話などで質問を受け付けてもらえます。
急に忙しくなって時間が取れなくなったときもあるでしょう。
中断も再開も、電話1本・メール1通でできるので安心です。
時間が空いたときを使って自由に学べます。
働きながら無理なく学んでいけるのは大きなメリットでしょう。
気になっているだけでは何も始まりません。
夢を見るのではなく、夢を叶えてください。
前から気になっている通信教育講座があるなら、思いきって今こそ申し込んでみましょう。
電話やはがきで申し込みをするだけです。
申し込み手続きは3分もあれば済むでしょう。
新しい自分に生まれ変わる第一歩です。
夢や目標の実現も、まず一歩踏み出さないことには始まりません。
申し込みが終われば、そこからあなたの新しい人生が始まります。
趣味を磨くと、ライフスタイルが豊かになり、世界観も広がります。
そして、自分の魅力を高めることにもなります。
人生の新しい扉が開くのです。
「好きなことのストレス」と「嫌いなことのストレス」。
さて、どちらのほうが軽く感じるでしょうか。
「ストレスの大きさが同じなら、感じ方・疲れ方も同じになるはず」と思いがちですが、現実は違います。
軽く感じられるのは、好きなことのストレスです。
ストレスの大きさは同じでも、種類によって、感じ方・疲れ方がまったく変わることを知ってください。
大切なのは「ストレスの強弱」ではなく「ストレスの種類」です。
好きなことのストレスは、あまり疲れません。
好きな仕事、好きな趣味、好きなアクティビティーなど。
もちろん疲れはありますが、それほど苦痛に感じません。
軽い疲れであり、比較的楽に感じられます。
苦痛どころか、喜びや快感と感じてしまうこともあり、いくらでも耐えられるような感覚すら覚えます。
好きなことでストレスを感じても、同時にストレス解消にもなるため、プラスマイナスゼロになります。
好きなことのストレスは、すぐ回復しやすいのが特徴です。
短い休憩で、すぐ元気を取り戻せます。
好きなことのストレスは「良いストレス」に当たります。
ポジティブに感じられるため、疲れや苦痛を感じにくく、回復もしやすいのです。
一方、嫌いなことのストレスは、違います。
ちょっとしたことでも、すぐ疲れを感じます。
「やりたくない」と思っているので、小さなことでも疲れを強く感じやすい。
そして、苦痛に感じられます。
それが嫌いなことであればあるほど、大変な苦痛に感じられるのです。
しっかり休憩を取らないと、きちんと疲れが取れません。
ろくに休まず、毎日嫌いなことばかりしていると、心の病気になってしまうことすらあります。
嫌いなことのストレスは「悪いストレス」に当たります。
ネガティブに感じられるため、ストレスの感じ方も疲れ方も悪いほうに強くなるのです。
好きなことをやればやるほどストレスも増えますが、心配には及びません。
好きなことで感じるストレスは、ゲームに熱中しているときと同じ種類のストレスです。
ゲームに熱中しているときもストレスを感じますが、苦痛とは感じないはずです。
疲れより楽しさのほうが上回っていて、疲れがあっても気になりません。
好きなことをしているときはポジティブに感じるため、ストレスはあっても、その悪影響は小さいのです。
嫌いなことのストレスは、できるだけ減らしたほうがいいですが、好きなことのストレスなら、さほど悩む必要はありません。
好きなことなら、あまり疲れません。
それが大好きことなら、いくらでもストレスに耐えられるでしょう。
好きなことでストレスを感じるのは、幸せなことなのです。
将棋では投了の際、よく聞かれるセリフがあります。
これ以上打つ手はないと悟ったとき、棋士は頭を下げなら「負けました」と言います。
見ている人は「ああ、投了したのだな」とわかります。
投了の意思表示であり、勝負に決着がついたことがわかります。
そのほか「ありません」「参りました」というセリフもよく聞かれます。
何気ない様子に見えるかもしれませんが、このワンシーンには見習いたい礼儀作法があります。
棋士の立場になってみてください。
本当は「負けました」とは言いたくないはずです。
誰でも自分の負けは認めたくないもの。
負けず嫌いの人なら、なおさら口にしたくないでしょう。
頭も下げたくないかもしれません。
多くの人から注目されている一局であれば、なおさら言いにくくて、無言でその場から逃げ出したいかもしれません。
それでも棋士は、きちんと頭を下げながら「負けました」と口に出します。
相手を見て、姿勢を正して、深々と頭を下げる。
タイトル保持者のトップ棋士でも、その礼儀作法は変わりません。
相手の目の前で、きちんと口に出して伝えるところがかっこいい。
言葉と態度で負けを認めている様子から、潔さが伝わってきます。
私たちもこの礼儀作法を見習いたいものです。
プライドが許さないからといって、無言で逃げ出したり、つまらないへりくつを並べたりしないことです。
負けたときには、恥ずかしがらず「負けました」と言えるようになりましょう。
抵抗感があろうと、悔しさや恥ずかしさがあろうと「負けました」の一言だけは言えるようになっておくことが大切です。
口に出すのは情けなくてかっこ悪く感じるかもしれませんが、誤解です。
きちんと負けを認めることができるのは、礼儀正しくてかっこいいことです。
「負けました」の一言が言える人は、必ず成長します。
自分の負けを認めることができるから、しっかり反省できます。
しっかり反省するから、次につながるのです。
「私は運が悪いんです」と悩む人がいます。
話を聞くと、いい出会いがなかったり、仕事や人間関係がうまくいってなかったりしているとのこと。
たしかに不運な状況なのは事実かもしれませんが、その人の運を悪くさせる原因は別のところにあります。
「私は運が悪いんです」というセリフそのものです。
「私は運が悪いんです」は、不運を引き寄せる邪悪の言葉です。
このセリフを口にするたびに、どんどん運が悪くなっていると思ってください。
想像してみてください。
あなたの身近に「運が悪いんです」という口癖の人がいれば、どう感じるでしょうか。
暗い雰囲気を感じたり、不吉なイメージを連想したりするのではないでしょうか。
疫病神に取りつかれているような、ネガティブな印象を受けることもあるかもしれません。
下手に関わっていると、こちらにも不運が伝染してきそうな不安を感じることもあるでしょう。
そのため人から距離を置かれ、人から距離を置かれるからますます運が悪くなるという、負のサイクルをつくり出しているのです。
言葉には言霊の力が宿っています。
「私は運が悪いんです」と嘆く人は、そう言うことで運を悪くさせています。
「私は運が悪いんです」というセリフは、百害あって一利なし。
禁句にしておきましょう。
「私は運が悪いんです」というセリフは禁句にする一方で、口癖にしたいセリフもあります。
「私は運がいいんです」という言葉です。
「私は運が悪いんです」が不運を引き寄せるセリフなら「私は運がいいんです」は運を引き寄せるセリフです。
「運がいいわけでもないのに勝手なことは言えない」と思うかもしれませんが、心配には及びません。
大切なのは「受け止め方」です。
運の良しあしは、解釈によっていかようにも変わります。
交通事故に遭っても「命があって良かった」と思えば「運がいい」と言えるでしょう。
友人に騙されても「人間関係の整理ができた」と思えば「運がいい」と言えるでしょう。
仕事で失敗しても「改善点を見つけることができた」と思えば「運がいい」と言えるでしょう。
運がいいかどうかは、人が決めるものではなく、自分が決めるものです。
物事には2面性があり、マイナス面もあれば、プラス面もあります。
自分の身に起こることを何でもプラスに解釈すれば、自信を持って「私は運がいい」と胸を張れるでしょう。
「私は運がいいんです」と言う人は、ますます運気が上がっていき、さらなる幸運を招くのです。