人生とは、1日の積み重ねです。
80年生きるとすれば、およそ30000日です。
90年生きるとすれば、およそ33000日です。
あなたの過去には、どんな後悔がどのくらいありますか。
後悔のない人はいません。
誰にでも後悔が1つや2つあるものです。
「運がない」と嘆く人は、出会いの素晴らしさに気づいていません。
出会いは、一つひとつが運のいい出来事です。
出会いは日頃からたくさんあって、普通で平凡なことに思うかもしれません。
勇気と行動力を高める魔法の言葉があります。
「失敗してもいいからやってみよう!」です。
何かに初めてチャレンジするとき、私たちは「失敗してはいけない」と思いがちです。
過去には今より若い時期はありました。
しかし、今となって過去に戻ることはできません。
頭の中で思い出すことはできても、もう一度戻ることはできません。
人生には大きく2つのステージが存在します。
「社会から恩恵を受ける時期」と「社会に還元していく時期」です。
大きな境目は、学生と社会人という立場にあります。
試験や試合などの本番の際、苦手意識で悩まされる人がいます。
「なかなか自信を持って取り組めない」
「スムーズにできるかどうか不安がある」
大学受験のときには、入る大学を決めてから、必要な科目がわかります。
「○○大学には、英語と国語と世界史が必要。○○大学には、英語と数学と化学が必要」
志望大学を決めると、勉強が必要な科目もわかってきます。
いつでもできる仕事は、今すぐ取りかかりましょう。
仕事の種類によっては「いつでもできる」というものがあるでしょう。
いつでもできる仕事は、いつでもできます。
「どうせ忘れるからといって覚えません」と言う人がいます。
たしかに記憶は永遠ではありません。
機械の記憶とは違い、人の記憶は不確実で、だんだん忘れるようにできています。
知ったかぶりをする人がいます。
知ったかぶりの口癖は「それなら知っているよ」「そのくらい知っているよ」です。
知っているふりをすれば、周りから「物知りだね! 博識だね! さすがですね!」と褒められます。
人から役立つことを聞くことがあります。
いわゆる「お役立ち情報」です。
税金控除の話、スーパーの安売り情報、役立つウェブサイトの紹介など、偶然いい話を聞くことがあるでしょう。
日常会話の中で「いちばん頑張った瞬間」というフレーズを使うときがあります。
「去年、いちばん頑張った瞬間」「学生時代、いちばん頑張った瞬間」などです。
長いスパンで過去を振り返り「今思えば、あのときいちばん頑張っていたな」と思います。
あなたには「推している人」がいますか。
好きな俳優やアイドルがいると、心の潤いや支えとなるものです。
推しがいて、ファンレターを送ることがあるかもしれません。
人生には、上り坂と下り坂があります。
「苦しい」
「つらいな」
落ち込みは、立ち止まっているときに感じることです。
失敗をして「やっちゃった」と思ったときに、じっと動かずに失敗したことだけを考えるから、落ち込んでしまうのです。
体を動かさないと、人間はどうしてもマイナスの方向へ考えてしまう傾向があります。
円満な人間関係を築くためには、できるだけ嘘を避けることが大切です。
嘘がよくないのは子どもでもわかることであり、言うまでもありませんね。
嘘はトラブルのもとです。
恥は恐れるほど、行動を妨げる大きな障害です。
恥ずかしいと思うことは、誰しも避けたいと思うものです。
かっこよく、美しく、要領よくこなしたいと思います。
運動不足の解消で取り組むことといえばどんなことでしょうか。
ダンベルを使った筋トレや、ジョギングやランニングなどの有酸素運動を浮かべる人が多いでしょう。
フィットネスクラブに行って、本格マシンで筋トレに励んだりエアロビクスで汗を流したりするイメージを浮かべる人もいるでしょう。
「いくら努力しても結果が出ない」
行き詰まっているなら、振り返ってほしいポイントがあります。
「努力の方向性」です。
逃げ癖のある人には「逃げ癖」という言葉がよく登場します。
トラブルがあったとき、安易に「逃げ癖」という言葉で理由を説明します。
「いつもの逃げ癖が出てしまいました」
「小さな仕事だから、多少の手抜きは許されるだろう」
「簡単な仕事から、ちょっとくらい手抜きをしてもいいよね」
心当たりがあればイエローカードです。
疲れは、知らず知らずの間にたまり、蓄積されます。
自分では大丈夫と思っても、頭の回転が鈍くなり、集中力が出なくなります。
ぼうっとし、表情が暗くなり、元気が失われます。
大人になってから学生時代の勉強をやり直したいと思うことはありませんか。
学生時代にサボっていた勉強を、大人になってから急にやり直したくなるときがあります。
国語、歴史、英語、理科、地理、算数、数学。
自分の成長のためには、目的とはまったく関係のない友人を持つことです。
目的を果たすために必要な友人と関係を持つことは、もちろんのことですが、それだけでは成長はできません。
あえて目的とは関係のない友人を持つと、不思議なことに、目的に近づけます。
12月31日の大みそかを終え、1月1日になると、新しい1年が始まります。
正月を迎えてよくするのは「今年の目標設定」です。
新年を迎えた直後はフレッシュにあふれています。
3分の遅刻は叱っていいのです。
3分でも、アウトです。
ぎりぎり間に合いませんでしたが、遅刻は遅刻です。
配慮を心がけていても、最初から完璧にできるわけではありません。
注意をしていても、何でも気づけるとは限らない。
自分では「気が利く人」を心がけていても、いつの間にか相手に不快感を与えていることがあります。
別れの言葉といえば「さようなら」です。
進学や引っ越しで離ればなれになるとき、転職や退職する人を送別するとき、大切な人を亡くして葬儀を行うとき。
そんなとき「さようなら」というセリフが聞かれます。
人生を無限だと思わないことです。
私たちは、いつか死ぬことを知識として知っていても、どこか信じられない感覚があります。
リアルに感じられず、ファンタジーのように感じることが多い。
人生とは、1日の積み重ねです。
80年生きるとすれば、およそ30000日です。
90年生きるとすれば、およそ33000日です。
100年生きるとすれば、およそ36500日です。
「人生」と聞くと、途方もなく長い期間に思えますが、結局のところ1日を繰り返しているにすぎません。
毎日1日が繰り返され、積み重ねられ、人生という名の物語を形成しています。
そしてあなたは今、人生の主人公として毎日を生きています。
1日1日を大事に生きてください。
叶えたい夢があるなら、夢につながる1日を積み重ねていきましょう。
後悔のない人生にしたいなら、後悔のない1日を積み重ねていきましょう。
素晴らしい人生にしたいなら、素晴らしい1日を積み重ねていきましょう。
遠回りをすることもあっても、それが夢につながる道なら胸を張って歩んでください。
時にはつまずいて転ぶこともありますが、また立ち上がって歩み始めればいいことです。
「時間がかかる」ではなく「時間をかけている」と思えば、少々つまずくことがあっても希望が持てて強く生きられます。
素晴らしい人生にしたいなら、まず今日を一生懸命生きてください。
今日という1日は人生の縮図です。
つまり、今日は人生そのものです。
「今日という1日は人生の縮図」とわかったとき、ふと頭に浮かぶことがあります。
「そうか! 今日という1日は人生の縮図なら、毎日全力で生きればいい。毎日100%出し切ればいい」
毎日全力を心がけたいと思うところですが、ここに落とし穴があります。
短距離走をイメージしてください。
全力で生きると、短距離走のようにすぐ息切れを起こしばててしまいます。
パワーもスピードも出ますが、残念ながら長く続くことはなく、燃え尽きるのは時間の問題です。
人生は、今日1日で終わりではありません。
明日もあさってもしあさっても、死ぬまで延々と繰り返されるのですから、長期的に考えることが大切です。
理想としては毎日全力といきたいところですが、現実的ではありません。
マラソンと同じように「ペース配分」を考えることです。
長い人生を生きていくなら「全力を尽くす」より「最善を尽くす」のほうが適切です。
今日はどんな1日を過ごしているでしょうか。
だらだら過ごした怠慢の1日でしょうか。
最善を尽くした一生懸命の1日でしょうか。
どんな過ごし方も自由ですが、今日という1日は人生の縮図であることだけは忘れないでください。
1日を一生懸命生きる人は、素晴らしい人生を実現できます。
あなたの過去には、どんな後悔がどのくらいありますか。
後悔のない人はいません。
誰にでも後悔が1つや2つあるものです。
「あのとき、こうしていれば良かった」
「過去に戻ってやり直したい」
「あの過去さえなければ良かったのに」
過去に大きな過ちがあり、悔やむことがあるのではないでしょうか。
残念ながら、過去の事実を変えることはできません。
タイムマシンがあればいいのですが、それは無理な注文です。
タイムマシンができる未来は不明ですが、少なくともは私たちの存命中は至極困難でしょう。
過去に起こった出来事はどうしようもありません。
どれだけお金があろうと、どれだけ泣き叫ぼうと、過去に戻ることは1秒すら不可能です。
暗い過去があると心の重荷となり、なかなか積極的になれないものです。
では、過去の後悔はどうしようもないかというと、そうではないのです。
過去の「事実」を変えることはできませんが「解釈」を変えることならできます。
嫌な過去や消したい過去は、解釈を変えてください。
嫌な過去や消したい過去でも、成長やプラスにつながったことがあるはずです。
「あの過去のせいで」と考えるのではありません。
「あの過去のおかげで」と考えるのです。
すべての過去に対して「これで良かった」と肯定することが大切です。
あらゆる過去に感謝することです。
「感謝なんてできない!」と思うかもしれませんが、できます。
過去の中から、プラスを見つけてください。
嫌な過去でも消したい過去でも、何かに役立っていることがあるはずです。
良い経験になったり学びや成長につながったりです。
ポジティブに解釈すれば、過去に対する印象が180度変わります。
リバーシゲームで黒から白にひっくり返るように、解釈を変えることで暗い過去が明るい過去へと変わるのです。
悪い面ではなく、良い面を見てください。
「あのトラブルのおかげで今の自分がいる! ありがたい! これで良かった!」
そう思えば、感謝の念も湧いてくるはずです。
あらゆる過去が、黒から白へと変わります。
過去は何のためにあるのか。
あらゆる過去は感謝するためにあります。
ポジティブに解釈していけば、暗い過去をゼロにすることも可能なのです。
「運がない」と嘆く人は、出会いの素晴らしさに気づいていません。
出会いは、一つひとつが運のいい出来事です。
出会いは日頃からたくさんあって、普通で平凡なことに思うかもしれません。
珍しいことでも特別なことでもないように感じるかもしれません。
しかし、それは大きな誤解です。
地球上には今、80億人以上の人が存在していますが、すべての人と出会えるわけではありません。
人生で出会えるのはごくごく一部にすぎません。
誰かと出会ったなら、それは「80億人のうちの1人と出会った」ということです。
少しでも生まれた場所や時代が違っていれば出会えませんでした。
生まれた場所や時代が同じだとしても、機会がなければ出会えませんでした。
多くの偶然が積み重なった結果、その人と出会っています。
出会いの一つひとつは、運のいい出来事です。
仕事を通した出会いもあれば、趣味や遊びを通した出会いもあるでしょう。
友人のつながりによる出会いもあれば、イベントやパーティーによる出会いもあるでしょう。
街なかを歩いていると、人から道を聞かれることがあるでしょう。
わからないことがあって、駅員さんに質問することがあるでしょう。
初めて訪問したところで、受付や案内の人と接することがあるでしょう。
一瞬会って、ちょっと話をするだけの関係かもしれません。
たとえその場限りの接点でもいいのです。
接点が一瞬でも「出会い」としてカウントしてください。
それも素晴らしい出会いであり、運のいい出来事です。
たまたま生まれた場所や時代が同じで、なおかつ機会に恵まれたおかげで、出会えました。
その人と接点を持てたのは、天文学的に低い確率のうえで実現できた奇跡です。
あなたは今日、誰かと出会うでしょう。
その人と出会ったら「運のいい出来事だね」と喜んでください。
事実として、運のいい出来事が起こったのです。
一つひとつの出会いを大切にしてください。
あなたは毎日、素晴らしい奇跡が起こっていて、素晴らしい運に恵まれています。
出会いの価値に気づき、素直に出会いを喜べる人は、幸せな人生を送れます。
勇気と行動力を高める魔法の言葉があります。
「失敗してもいいからやってみよう!」です。
何かに初めてチャレンジするとき、私たちは「失敗してはいけない」と思いがちです。
1回目からスムーズに成功することを期待しがちです。
「上手にこなさなければいけない」「一発で達成しなければいけない」と思って、プレッシャーを感じやすいもの。
無意識に思ってしまうため、なかなか自分でも気づきにくいのが特徴です。
恥をかきたくないし、できるだけ褒められたいので、最初から成功を意識して取り組んでしまうのです。
これが良くありません。
「失敗してはいけない」という考えは、ただの思い込みです。
1回目からスムーズに成功する必要はありません。
1回目からスムーズな成功を意識すると、緊張が走ってプレッシャーが生まれ、足がすくみます。
恥をかきたくないので抵抗感が生まれて取り組みにくくなる。
「失敗したくないからやめておこう」という結論になり、行動ゼロで終わってしまうのです。
勇気と行動力を出すためには、失敗を許容すればいいのです。
そのための言葉が「失敗してもいいからやってみよう!」です。
誰かに言われるのを待つのではなく、自分で自分に言ってください。
何度も自分に言い聞かせ、心の壁を壊して、メンタルブロックを取り払いましょう。
いつでもどこでも使える言葉なので大変便利です。
「そうか、失敗してもいいなら気軽に取り組めるね」と肩の力が抜け、ストレスが消えます。
勇気が出て、行動しやすくなります。
失敗に終わって人から笑われることがありますが、気にしなければいいことです。
むしろ最初は「失敗しに行く」と思うくらいでちょうどいい。
この言葉は、自分だけでなく、周りに対しても使えます。
行動を迷っている友人に「失敗してもいいからやってみよう!」と声をかければ、優しく背中を押せるでしょう。
わが子に「失敗してもいいからやってみよう!」を声をかければ、勇気づけられ、積極的に行動する子に育つでしょう。
勇気と行動力を高める魔法の言葉なので、どしどし使っていきましょう。
過去には今より若い時期はありました。
しかし、今となって過去に戻ることはできません。
頭の中で思い出すことはできても、もう一度戻ることはできません。
たった1秒すら戻ることは不可能です。
すなわち、今のあなたにとって、今ほど若いときはないのです。
いちばん若い今こそ、行動するベストタイミングです。
自己啓発では「今ほど若いときはない」と意識することが大切です。
「いつやろうか」「また今度にしよう」と思っていると、なかなか行動できません。
そんなときに「今がいちばん若いときだ」と理解できると「早くしなければ! よし、今すぐ行動しよう!」と思います。
行動のモチベーションに変わります。
時間は進む一方、年も取る一方です。
生きている間で、今以上に若いときはありません。
今すぐ行動すれば、いちばん早く結果が得られるわけです。
たとえば、私が今この話をしたことで、あなたはこの事実に早く気づけます。
すると、あなたの意識もわずかながら変わることになります。
早め早めに行動していれば、結果も早め早めに得ることができるのです。
人生には大きく2つのステージが存在します。
「社会から恩恵を受ける時期」と「社会に還元していく時期」です。
大きな境目は、学生と社会人という立場にあります。
学生時代は、社会から恩恵を受ける時期です。
幼いころころは、たくさんの補助が受けられます。
多くの医療費が無償です。
出産助成金があります。
ワクチンや予防接種も、赤ちゃんや子どもであれば無償で受けられます。
授業料も教科書も、義務教育の範囲であれば、お金はかかりません。
社会にはさまざまなインフラがあり、知らず知らずのうちにお世話になっています。
橋や道路があるおかげで、快適に移動ができ、どこに行くにも便利です。
上水道・下水道が整備されているおかげで、飲み水やトイレに苦労することはありません。
警察や消防があるおかげで、安心で安全な暮らしが実現できています。
町にはさまざまな公共施設があって、無償、もしくは安価で利用できます。
数多くの会社もあり、それぞれが得意とする製品やサービスを提供しています。
社会から多くの恩恵を受けているおかげで、私たちは便利で快適な生活を享受できていて、これほどありがたいことはありません。
学生時代までは、社会から恩恵を受ける一方でした。
しかし、卒業後は変わります。
学校を卒業して社会人という立場になれば、今後は今まで受けた恩恵を社会に還元していく時期です。
自分ができることや得意なことを通して、社会に役立っていきます。
今まで受けた恩恵を還元していくことです。
自分一人の力は限られているかもしれませんが、微力でもいいのです。
力の大小は関係ありません。
大切なことは「社会に還元していくこと」であり、社会のためになっていることが重要です。
ずっと恩恵を受け続けたいところですが、その考えはできれば避けておきたい。
いつまでも恩恵を受け続ける一方では、受け身の姿勢から抜け出せず、社会への還元が難しくなります。
今まで受けた恩恵を社会に還元していくことで、大人としても社会人としても、ますます成長していくことができます。
そして「かっこいい生き方」を実現できます。
恩恵を還元していくのは大変に思うかもしれません。
もちろん大変なこともありますが、そればかりではなく、楽しいことや素晴らしいこともたくさんあります。
いろいろな人の役に立つことで、自分の存在価値が感じられます。
仕事を通して社会の役に立つことで「ありがとう」と感謝されます。
社会に恩恵を還元すればするほど、たくさんの喜びや充実感が生まれるため、生きることが楽しくなります。
学校を卒業したら、今まで受けた恩恵をどんどん社会に還元していきましょう。
力の大小は関係ありません。
大切なことは「社会に還元していく姿勢」です。
微力でもいいので、社会のためになっていることが重要です。
社会に還元していくことを「人生のミッション」とすれば、おのずと「かっこいい生き方」になります。
なにより生きることが楽しくなり、毎日充実した時間を過ごせるようになります。
受けた以上の恩恵を社会に還元できれば、あなたはいつしか「尊敬される人」になっているはずです。
試験や試合などの本番の際、苦手意識で悩まされる人がいます。
「なかなか自信を持って取り組めない」
「スムーズにできるかどうか不安がある」
「なかなか強気になれず、つい弱気になってしまう」
苦手意識に悩まされる原因のほとんどは「練習不足」にあります。
練習量が「普通」や「必要最低限」で終わっています。
効率の良い方法で楽に終わらせようとしていることも少なくありません。
練習がおろそかになっていると、準備不足のため恐怖心が増大します。
スムーズに体が動かず、たどたどしくなります。
うまくいかなかったときの妄想が膨らんで、心の中で不安と恐怖が暴れ始め、緊張へと発展していくのです。
練習しているとはいえ、普通や必要最低限で済ませていては、苦手意識を克服できないのも当然です。
苦手意識を克服するには、一にも二にも「練習」です。
普通の練習ではありません。
徹底的な練習です。
普通や必要最小限の練習で済ませるのではなく、必要以上の膨大な練習を心がけることです。
「これでもか!」と言うほど、圧倒的な練習をこなしましょう。
スピーチ・プレゼン・スポーツの試合など、苦手意識を克服するなら徹底的な練習が欠かせません。
スピーチであれば、暗記しているのはもちろん、勝手に口が動くくらい練習です。
プレゼンであれば、完全に資料の内容を把握しているのはもちろん、どんな質問をされてもスムーズに回答できるくらい練習です。
スポーツの試合であれば、頭で考えなくても条件反射で動けるまで、何百時間・何千時間の練習量をこなします。
忘れてはならないのは、さまざまな状況に合わせた練習です。
通常パターンの練習だけではなく、さまざまな状況を想定しながら練習をしていきます。
不測の事態が起こっても、できるだけスムーズに対応できるようにしておくことです。
苦手意識を克服するなら、徹底的な練習に取り組んでください。
具体的な量がわからなければ「これだけ練習してたのだから絶対うまくいく!」と思えるレベルを目安とするといいでしょう。
人は慣れる生き物ですから、練習を重ねるにつれてスムーズにできるようになり、苦手意識も消えます。
効率の良い方法や風変わりな方法に頼る必要はありません。
「練習」という王道を徹底するのみです。
苦手意識をゼロにするのは難しくても、ゼロに近づけることは可能です。
練習をすればするほどスムーズにできるようになって自信がつき、不安も恐怖も消えます。
結果として苦手意識が小さくなります。
練習の重要性は当たり前のことです。
当たり前だからこそ、多くの人が軽視して、普通や必要最低限の練習量で終わらせようとします。
あらためて基本に立ち返り、一回りも二回りも練習量を増やしてください。
練習量がある一線を越えると「いつでも来い!」という強気の心理に変わります。
練習の成果を発揮したくなって、もはや本番が楽しみになるのです。
大学受験のときには、入る大学を決めてから、必要な科目がわかります。
「○○大学には、英語と国語と世界史が必要。○○大学には、英語と数学と化学が必要」
志望大学を決めると、勉強が必要な科目もわかってきます。
当然必要のない科目は勉強しません。
必要な科目だけに狙いを定めます。
まさに狙いを絞るから、結果が出せます。
均等にすべての科目を勉強したのでは、良い結果を出すことはできません。
エネルギーも時間も有限ですから、狙いを絞って集中させることが必要なのです。
自己実現も同じく、狙いを定めることが必要です。
実現させたいことを決めれば、そのために必要なことだけに的を絞ります。
絞れば絞るほど、勉強することが少なくて済みますから、うまくいく可能性も高くなります。
すべてを手に入れようとする人は、何も手に入れられなくなります。
すべてを手に入れようとしても、エネルギーも時間も有限ですから強引になるのです。
目的が決まれば、目標を決めます。
目標が決まれば、それに必要なことがわかります。
必要なことがわかれば、それだけに狙いを定めます。
後は、一心不乱に、エネルギーと時間を注ぐことが大切なポイントなのです。
いろいろ勉強しているという言葉は響きよく聞こえるかもしれませんが、実際は何も勉強できていなかったりするのです。
これだけしか勉強していませんという人のほうが、実際は一点豪華主義になっているため、本当に詳しいのです。
いつでもできる仕事は、今すぐ取りかかりましょう。
仕事の種類によっては「いつでもできる」というものがあるでしょう。
いつでもできる仕事は、いつでもできます。
今日でも明日でも、来週でも再来週でもOKです。
ところが、ここでよくある残念なパターンがあります。
「いつでもできる」と思うためでしょうか。
自然と優先度が低くなり、安易に後回しされる傾向があります。
「あとからでもいいよね」
「時間があるときしよう」
「今日こそやろうと思っていたけど、また今度でいいか」
後回しが繰り返されるばかりで一向に着手されません。
もちろんいつでもできる仕事なので大きな問題はありませんが、後回しが繰り返されるゆえになかなか完了しません。
私たち人は忘れる生き物です。
ある程度時間がたつと、今度は「仕事の存在を忘れる」という可能性も出てきます。
気づけば「そういえばそんな仕事もあったね」というオチで締めくくられる。
笑ってしまう話ですが、意外と少なくないのです。
いつでもできる仕事は、急ぎの仕事がないかぎり、今すぐ取りかかりましょう。
もちろん急ぎのある仕事がある場合は別ですが、そうでないなら今すぐ取りかかることです。
いつでもできる仕事だから後回しにするのではありません。
いつでもできる仕事だからこそ今すぐ取りかかりましょう。
遅かれ早かれしなければいけない仕事は、早めに取りかかるのが賢明です。
すぐ終わる仕事であれば、なおさら早めに取りかかるのがいい。
早めに仕事を完了できれば、タスクが1つ減ります。
「いつかやらないといけない」と考えることがなくなって、余計な心労に悩まされることもなくなります。
心がすっきりして精神衛生としても二重丸なのです。
「どうせ忘れるからといって覚えません」と言う人がいます。
たしかに記憶は永遠ではありません。
機械の記憶とは違い、人の記憶は不確実で、だんだん忘れるようにできています。
頑張って覚えたことも、時間がたつにつれて記憶が薄れていき「なかなか思い出せない」と苦しむことになるでしょう。
思い出せそうで思い出せないときは本当にもどかしくてストレスです。
復習も何もしなければ、最終的にはほとんど忘れてしまいます。
せっかく頑張って覚えた努力が無駄になったような気がするかもしれません。
「こんな苦しい思いをするなら最初から覚えなければいい」と考える人もいるかもしれません。
ここによくある誤解があります。
忘れるといっても、完全に忘れるわけではないのです。
厳密には「思い出しにくくなるだけ」です。
忘れたように感じるだけで、100%完全に忘れることはありません。
再び接したとき「おや、見たことがある。聞いたことがある」という感覚になるでしょう。
ちょっとだけ「なじみ」があって、ぼんやり覚えている感覚があります。
忘れているようで実は忘れていません。
頭の片隅に記憶の片鱗が残っているのです。
どうせ忘れるからといって最初から覚えないのは良くありません。
忘れてもいいから積極的に覚えていきましょう。
「覚えるぞ!」という前向きな姿勢は大事です。
何度も繰り返し覚えることで、記憶を維持・強化できます。
最初から覚えなければまったく記憶に残らずゼロですが、一度でも覚えたことがあれば少なからず頭の片隅に記憶が残ります。
覚えることで、脳内神経ネットワークが構築され、覚える回数を重ねるごとに記憶が強化されます。
暗記は回数を重ねるごとに記憶が楽になります。
1回目より2回目のほうが覚えやすく忘れにくくなります。
2回目より3回目のほうが覚えやすく忘れにくくなります。
忘れてもいいので、覚えようとする姿勢が大切です。
好きなことでいいので、どんどん勉強していきましょう。
興味のあることなら、頭にすいすい入りやすくなるはずです。
人生は一生勉強です。
向学心を持って生きることは、人生の質を向上させます。
学問は贅沢な遊びです。
学びは楽しい遊びです。
知識や教養を鍛えることは、生きる力をも鍛えるのです。
知ったかぶりをする人がいます。
知ったかぶりの口癖は「それなら知っているよ」「そのくらい知っているよ」です。
知っているふりをすれば、周りから「物知りだね! 博識だね! さすがですね!」と褒められます。
褒められるのは快感です。
少しでも良い格好をしたいので、日頃から知ったかぶりをする人がいるものです。
「ばかと思われたくない」「博識と思われたい」などの気持ちがあると、つい知ったかぶりをしてしまうもの。
「知らない」と言うのが恥ずかしくて、知っているふりをしてしまうこともあるでしょう。
知ったかぶりはよくあることですが、すればするほど困った問題が出てきます。
知ったかぶりが癖になってしまい「知らない」「わからない」が言えなくなるのです。
自分の博識なイメージを守りたい気持ちが強くなり、安易に質問ができなくなります。
質問をすることに抵抗が生まれ、質問したくてもできなくなります。
最終的には「質問できない人」になってしまいます。
質問できない人になったら大変です。
聞きたいことがあっても、素直に聞けなくなります。
人の話でわからないことがあったとき、放置することになって、新しい知識が入りにくくなります。
頭が固くなってしまい、脳の老化が加速が止まりません。
知ったかぶりは嘘をついているのと同じです。
知ったかぶりは、脳の健康を害する悪習慣です。
もうひとつ忘れてはならないのは「最後は信用を落とす」という弊害です。
知ったかぶりは、遅かれ早かれ露見するのが世の法則です。
あくまで知ったかぶりなので、詳しく突っ込まれたら返事ができません。
一度ばれてしまうと、知ったかぶりをすればするほど白い目で見られ、相手から信用されなくなります。
知ったかぶりで博識に見せたところで、それは一時的なことであり、いずれ大きな損を被ることになります。
知ったかぶりはできるだけ避けるようにしましょう。
知らないことは恥ずかしいことではありません。
知らないことを「知らない」と言えないことが恥ずかしいのです。
「そんなことも知らないの?」と笑う人がいれば、ほうっておけばいいことです。
「はい、知りません。教えてください」と返事をすればいいだけ。
知ったかぶりが癖になっている人は、今すぐ心を入れ替え「知らない」と言う癖をつけましょう。
恥を忍んで質問すれば、相手が詳しく教えてくれます。
知らないことを「知らない」と言えるのは素直で正直であり、まだまだ脳が柔らかい証拠です。
知らないことを「知らない」と正直に言える人が、かっこいいのです。
人から役立つことを聞くことがあります。
いわゆる「お役立ち情報」です。
税金控除の話、スーパーの安売り情報、役立つウェブサイトの紹介など、偶然いい話を聞くことがあるでしょう。
道具の便利な使い方を聞いて「なるほど、知らなかった。いい話を聞いたぞ!」と喜ぶこともあるのではないでしょうか。
こんなときよくあるのが「今度やってみよう」「機会があれば試す」です。
すぐ試すのではなく、いったん時間を置いてから試すパターンです。
よくありがちですが、ここに落とし穴があります。
人は忘れる生き物です。
時間がたつと、話の詳細を忘れて思い出せなくなることが多い。
「えっと、どんな話だったかな?」となります。
のんびり悠長なことを言っていると、たいてい忘れるのがオチです。
どれだけ役立つ話も、忘れてしまえば意味がありません。
そのときは「やってみよう!」「ぜひ試してみよう!」と意気込んでいても、時間がたつとテンションが下がります。
後になればなるほど「まあいいか」となりやすい。
一晩寝たら、ずいぶん熱が冷めていると思ってください。
人から役立つことを聞いたら、すぐ実行に移しましょう。
できれば聞き終わった直後です。
税金控除の話を聞いたら、すぐ必要書類を準備して、役所に行きましょう。
スーパーの安売り情報を聞いたら、話を終えた直後、足を運んでみましょう。
事情があってすぐ実行に移せないなら、メモをとってください。
紙のメモでもスマホのメモでもいい。
きちんとメモに残せば、消えることはありません。
状況が許すなら、話を聞き終わる前に動き始めてください。
話を聞きながらその場で試してみることです。
役立つウェブサイトを教えてもらったら、手持ちのスマホを取り出し、その場でアクセスしてみましょう。
得られたチャンスはきちんと生かすことです。
「今度やろう」は永遠に実現しません。
「今すぐやろう」は今すぐ実現します。
人から役立つ話を聞いたら、すぐ実行に移すのが正解です。
日常会話の中で「いちばん頑張った瞬間」というフレーズを使うときがあります。
「去年、いちばん頑張った瞬間」「学生時代、いちばん頑張った瞬間」などです。
長いスパンで過去を振り返り「今思えば、あのときいちばん頑張っていたな」と思います。
しかし、一方で「今日いちばん頑張る瞬間」とはなかなか言いません。
過去でもなく、スパンも長くないからです。
過去もスパンも、気にしないことです。
特別な瞬間は「ときどき」ではなく「毎日」作ったほうがいい。
毎日「今日いちばん頑張る瞬間」をつくってみましょう。
特別に気合を入れて、全力を尽くす時間です。
短い時間でいいのです。
少し大変かもしれませんが、1日1回、短い時間だけですから、踏ん張りが利くはずです。
短い時間だから思いきって気合を入れられます。
「今日いちばん頑張る瞬間」を毎日心がければ、毎日頑張ることになります。
1日1回だけ本気を出せば、1年で365回も、本気を出せます。
人生も大きく前進するでしょう。
「今日いちばん頑張る瞬間」を心がけることで、人生全体も変わるのです。
あなたには「推している人」がいますか。
好きな俳優やアイドルがいると、心の潤いや支えとなるものです。
推しがいて、ファンレターを送ることがあるかもしれません。
すでに何通も送ったことがあるという人もいるでしょう。
ファンレターを送るとき、大事な心構えがあります。
「返事がある」と思わないことです。
むしろ、思ってはいけないのです。
ファンレターを出しても、返事はありません。
これは何通送っても同じです。
返信用の封筒を入れたところで、結果は同じです。
もちろん相手が冷たいわけではありません。
忙しいからです。
人気のアイドルであればあるほど活動に忙しいため、返事を書く暇がありません。
事務所から返事を禁止されているケースもあります。
相手に時間があっても、事務所から禁止されていれば、どうしようもないのです。
返事を期待してファンレターを出すと、音沙汰がなかったとき、がっかりします。
「こんなに時間をかけて書いたのにどうして返事がないの? そんな人だと思わなかった」となります。
がっかりを通り越して、腹を立てることもある。
勝手に期待して、勝手にがっかりするということになります。
これではファン活動が続きません。
ファンレターを書かないほうがましということになるのです。
ファンレターは、返事がない前提で送るのがマナーです。
「ただ気持ちを伝えたい」「書きたいから書く」でいいのです。
返事がないものと思って出すほうが、待たなくていいので、楽な気持ちでいられます。
自分も相手も、幸せでいられるのです。
ごくまれに奇跡が起こって、返事が返ってくることもあります。
そのときはそのときでいいのです。
「奇跡だ!」と喜べばいい。
額に入れて飾るのも良し。
返事を期待していなかった分、いざ返事が来ると、飛び上がるほど嬉しいのです。
人生には、上り坂と下り坂があります。
「苦しい」
「つらいな」
「なかなかうまくいかない」
大変だなと思っているなら、まだいいのです。
上り坂を上っている途中です。
上り坂を上がるときには、急な斜面のため、上がるのがしんどい。
上るのに時間がかかり、うっかりすると転げ落ちます。
しかし、きちんと上に上がれています。
時間がかかりますが、きちんと向上や成長をしている証拠です。
大変なのはいいのです。
注意したいのは、楽なときです。
それは下り坂です。
「誰でもできる」
「簡単すぎる」
「何の抵抗もない」
するする下り坂を下っているから、楽に感じているだけです。
何かが衰えたり、逆戻りになっていたりしている可能性があります。
天国に感じるかもしれませんが、実際は下がり続けている状態であり、下降線なのです。
自分の人生を振り返ってみてください。
試合の練習といい、受験勉強といい、大変と感じるときのほうが大きな向上があったはずです。
苦しいと思ったときは上り坂。
楽だと思ったら下り坂。
大変と感じているうちが人生の旬です。
大変なときは上り坂だと思って、楽しみながら上っていきましょう。
むしろ自分から苦しい選択に進みましょう。
お金がかかってでも、苦しい体験を求めることです。
落ち込みは、立ち止まっているときに感じることです。
失敗をして「やっちゃった」と思ったときに、じっと動かずに失敗したことだけを考えるから、落ち込んでしまうのです。
体を動かさないと、人間はどうしてもマイナスの方向へ考えてしまう傾向があります。
落ち込んでいる人は、決まって体を動かしていません。
反省しなければとじっとして失敗したことだけを何度も繰り返し考えるから、余計に落ち込みが悪化します。
落ち込んだときほど、それを忘れるかのように体を動かすことです。
落ち込んだときこそ、行動するチャンスです。
一流のスポーツ選手ほど、落ち込んだときは練習に励むといわれています。
野球界で有名な王貞治さんは、現役のころ、落ち込んだときは夜中でもバットを握って素振りの練習をしたという逸話があります。
一心不乱に体を動かしていると、無我夢中の状態となります。
体を動かせば動かすほど、落ち込みを忘れることができる。
気持ちが沈んでいるときに練習することは、落ち込みを忘れ、回復させることに効果があります。
テストで悪い点を取り、落ち込んでしまったときには、涙を流すより真っ先に勉強に励むことです。
体を動かして、不安をかき消すのです。
試合で負ければ、落ち込むより練習に励むことです。
練習をして、落ち込みが通りすぎていくまで、汗を流すことです。
仕事で叱られたときほど、一生懸命に仕事に打ち込むことです。
見返してやる気持ちに変えて、怒りを消してしまいます。
落ち込んだときほど、体を動かすことが大切なのです。
円満な人間関係を築くためには、できるだけ嘘を避けることが大切です。
嘘がよくないのは子どもでもわかることであり、言うまでもありませんね。
嘘はトラブルのもとです。
もちろん時には優しい嘘や建前の嘘も必要ですが、保身のためにつく嘘は良くありません。
嘘をついたところで、あとからばれるものと決まっています。
嘘が多いといずれ相手から信用されなくなり、絆も友情も深めることができません。
日頃から嘘をつかないように心がけているでしょう。
しかし、頭ではわかっていても、日常ではうっかりすることがあります。
嘘に注意して正直を心がけていても、つい魔が差して嘘をついてしまうことがあるでしょう。
見栄を張ることもあれば、かっこつけたくなることもあります。
もちろん悪気はありません。
ちょっと魔が差しただけのこと。
そんなとき「いけない! つい嘘をついてしまった」と焦ってしまいます。
ここでどうするかです。
よくあるのが「あとから嘘を訂正しよう」というパターンです。
いったんその場はやり過ごします。
あとからタイミングのいいときを見計らって正直に話し、嘘を訂正しようとします。
これがそう単純ではありません。
「正直に話そう」「嘘を謝ろう」と思っていても、なかなか言い出せません。
たった一言の訂正が難しく感じます。
場を改めると、嘘の訂正もしやすくなるに違いないと思いますが、実際は逆です。
嘘の訂正は、後になればなるほど心理的な抵抗が増して、正直に言いづらくなるのです。
そうこうしているうちに嘘がばれ、相手から失望されるのがオチです。
「どうして嘘をついたの?」と問い詰められ「正直に言おうと思っていたところだった」と言い合うことになるのです。
ではどうするか。
心がけることはただひとつです。
発言直後にさっと訂正するのです。
うっかり嘘をついてしまったら、すぐ訂正しましょう。
「ごめんなさい。今のは嘘です。つい見栄を張ってしまいました」
これだけでいいのです。
間髪を入れないことがポイントです。
嘘をついた直後であれば、ほとんど抵抗なく言えるでしょう。
嘘の訂正は、直後であれば簡単です。
すぐ訂正すれば、相手もすんなり受け止めてくれるでしょう。
話の流れから「うっかりしちゃったのかな」と好意的に受け止めてくれるはずです。
ちょっとあきれたリアクションをされることもありますが、ご愛嬌です。
うっかり嘘をついてしまうことは誰にでもあるもの。
その場の雰囲気があって、つい見栄や格好を気にして、嘘をついてしまうことはあります。
あとから言いづらくて苦労するくらいなら、早めに訂正しておくのが賢明です。
一瞬の対応ですが、人間関係に影響する大事なことです。
嘘の訂正は一瞬の勝負です。
日頃から意識しておき、うっかりしたとき、さっと動けるようになってください。
恥は恐れるほど、行動を妨げる大きな障害です。
恥ずかしいと思うことは、誰しも避けたいと思うものです。
かっこよく、美しく、要領よくこなしたいと思います。
しかし、恥をかかなければ、人間的な成長は得られません。
恥をかくから「今度から気をつけよう」と心の底から願うようになり、自分の行動がピシッと引き締まるようになります。
「そうは言っても、恥ずかしいことは苦手なんだよ」
そう思うのではないでしょうか。
そういうときは、早めに恥ずかしい目に遭えばいいのです。
考えてはいけません。
何も考えずに、体当たりです。
考えるから、恥ずかしい気持ちが発生して、悪い方向へ考え始めてしまいます。
恥ずかしいことを避けて通ろうとするから、いつまで経ってもびくびくしてしまうのです。
緊張する経験は、一度でもしてしまうと、消えてなくなってしまうものです。
初めて入るお店は、恥ずかしくて緊張してしまいますよね。
しかし、2回目からは、恥ずかしい気持ちも緊張もなく、入ることができるようになります。
恥ずかしいことは、さっさと早めに体験しておくのです。
体当たりです。
次からは驚くほど楽になります。
恥ずかしいことに体当たりする数をこなすほど、成長に変わります。
恥ずかしい経験は、早ければ早いほどいい。
恥ずかしい経験というフィルターを通して、人間的成長に変わるのです。
運動不足の解消で取り組むことといえばどんなことでしょうか。
ダンベルを使った筋トレや、ジョギングやランニングなどの有酸素運動を浮かべる人が多いでしょう。
フィットネスクラブに行って、本格マシンで筋トレに励んだりエアロビクスで汗を流したりするイメージを浮かべる人もいるでしょう。
周りに人がいればやる気やモチベーションも上がって、運動を続けやすいと考える人もいるはずです。
「運動不足の解消」というくらいですから、たっぷり体を動かすイメージがあるのではないでしょうか。
しかし、ちょっと大げさに考えすぎではないでしょうか。
たっぷり運動するのもいいのですが、運動不足の人にとってちょっとハードルが高い。
急に激しく体を動かすと、故障の原因にもなりかねません。
最初はもっとシンプルな運動でいいのです。
「歩くこと」から始めましょう。
歩くだけなら誰でもできますね。
準備運動は不要です。
わざわざフィットネスクラブに行く必要もなければ、スポーツウェアに着替える必要もありません。
いつでもどこでも始められます。
その気になれば、今すぐ始めることもできるでしょう。
10歩でも100歩でもいいので、少しでも歩数を増やし、歩く距離を伸ばしましょう。
歩くだけと思いますが、れっきとした運動です。
汗をかかなければいけないわけではありません。
汗をかかなくても、普段より筋肉を動かしていて運動量が増えています。
私たち人間の筋肉の7割は、下半身に集中しています。
歩くだけで一度に多くの筋肉を動かすことができ、効率の良い運動となります。
買い物や通勤通学など歩く機会があれば、少しでも歩数を増やし、歩く距離を伸ばしてみてください。
近道を使うのもいいですが、たまには遠回りをしてみましょう。
遠回りをした分だけ歩数が増え、歩く距離が伸びます。
真夏で歩きにくいのなら、日陰の道や空調の効いた室内を歩けばいいのです。
暑い中を歩くのは大変でも、日陰の道や空調の効いた室内であれば楽に歩けるでしょう。
甘えているようなイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。
日陰であろうと空調の効いた室内であろうと、運動は運動です。
日頃からバスや電車を利用しているなら、一駅手前の駅で降りて歩いて帰るのもおすすめです。
汗をかくほどの運動でなくていいのです。
早歩きでもいいですが、普通にぶらぶら歩くだけで十分です。
1歩でもいいので歩数を増やし、1メートルでもいいので歩く距離を伸ばしましょう。
歩けば歩くほど「運動不足の解消」という目標にも近づけるのです。
「いくら努力しても結果が出ない」
行き詰まっているなら、振り返ってほしいポイントがあります。
「努力の方向性」です。
その努力は、正しい方向に向けられているでしょうか。
なかなか結果が出ないと「努力が足りないせいだろう」と考え、量を増やしがちです。
「まだ努力が足りない。もっと努力をしなければいけない」
結果が出るまでどんどん量を増やしがちです。
もちろん努力の量が足りないことが原因ということもありますが、その限りではありません。
いくら努力しても結果が出ないなら、別のポイントを疑ったほうがいいでしょう。
それが「努力の方向性」です。
努力の方向性が間違っていると、なかなか結果が出ません。
いくら頑張っても空回りします。
余計な工数が増えるばかりになり、不必要に時間や労力を掛けることになります。
努力の方向性が間違っていると、独りよがりの自己満足にしかなりません。
努力の方向性が間違っていると、夢の実現に近づくどころか、遠ざかることもあります。
これは深刻な問題です。
努力をしないほうがましということになります。
努力の方向性とは何か。
一言で言うと「目的までの道筋」です。
目的までの道筋が間違っていると、余計な遠回りをすることになるため、なかなか結果が出ません。
ゴールに向かうとき、正しい道を通って向かうでしょう。
遠回りは避け、できるだけ最短になるよう、近道を通るはずです。
これは夢の実現でも同じです。
結果を出すときも、有効な努力をすることです。
きちんと夢の実現に近づけるよう、正しい課題・正しい方法に取り組むことが大切です。
たとえば、ランニングで持久力をつけたいなら、上半身の筋トレはほとんど役に立ちません。
上半身のルックスはよくなっても、持久力は変わらないでしょう。
努力の方向性を間違っています。
ランニングでは上半身の筋肉はほとんど使わないため、いくら鍛えたところで持久力は変わりません。
むしろ筋肉が増えることで体重が増加して、かえってタイムが悪くなることもあります。
腕が振りにくくなって、ランニングフォームが悪くなることもあるはずです。
ランニングで持久力をつけたいなら、下半身の筋トレや地道な走行トレーニングをするほうが、よほど有効です。
なかなか結果が出ないときは、一度立ち止まって、努力の方向性を確認してください。
これらの質問を自分に問いかけ、検証してください。
手間や時間がかかっても、確認するだけの価値があります。
努力の無駄遣いをなくし、有効に活用することです。
努力の方向性が正しいからこそ、結果が出て、夢に近づけます。
努力の方向性の確認は「一度確認できれば十分」というわけではありません。
最初は正しくても、途中で軌道がずれていくことがあります。
油断は禁物です。
定期的に努力の方向性を確認する癖をつけてください。
たとえば「数カ月に一度」「区切りのタイミング」です。
忘れそうなら、手帳やカレンダーに予定として書き込んでおくといいでしょう。
逃げ癖のある人には「逃げ癖」という言葉がよく登場します。
トラブルがあったとき、安易に「逃げ癖」という言葉で理由を説明します。
「いつもの逃げ癖が出てしまいました」
「もともと私には逃げ癖があります」
「すぐ仕事を辞めてしまうのは、逃げ癖があるからです」
もっともらしく聞こえますが要注意です。
「逃げ癖」という言葉に逃げているだけです。
逃げ癖という言葉に逃げていると「私には逃げ癖があるからすぐ仕事を辞めても仕方ない」という思考になってしまいます。
これは悪い納得です。
「逃げ癖」という言葉で自己正当化しているにすぎません。
「逃げ癖」という言葉に逃げているかぎり、逃げ癖を改善することはできません。
逃げ癖という口癖がある人は、知らず知らずのうちに「逃げ口」という言葉に逃げています。
安易に逃げ癖という言葉を使っていると、そこで思考が止まってしまいます。
「仕方ない」で終わり、改善に向けたアクションもできなくなります。
逃げ癖という言葉に逃げるのをやめることです。
言いそうになったら、喉のところでぐっと止めます。
そしてなぜそうなったのか、きちんと原因を考えましょう。
逃げ癖という言葉に逃げるのではありません。
きちんと現実を向き合い、原因を考えてください。
すぐ仕事を辞めてしまったのはなぜか。
「深夜業務が多くて体調を崩しやすかったから」
「自分に合っていない仕事だったから」
「人間関係でトラブルを起こしたから」
じっくり突き詰めて考え、原因が判明するから、具体的な改善に向けたアクションを起こせます。
深夜業務が多いなら、次は日中の仕事を探せば良いことがわかります。
自分に合っていない仕事であれば「自分に合った仕事は何だろうか」という考えに発展できるでしょう。
人間関係でトラブルを起こしたのであれば、人間関係やコミュニケーションの勉強が必要だとわかるでしょう。
こうして逃げ癖を少しずつ改善していくのです。
原因がわかるから、改善に向けた取り組みが可能となります。
逃げ癖という言葉に逃げるのではありません。
きちんと原因を探って改善に取り組みましょう。
「小さな仕事だから、多少の手抜きは許されるだろう」
「簡単な仕事から、ちょっとくらい手抜きをしてもいいよね」
心当たりがあればイエローカードです。
人間とは不思議なものです。
小さな仕事や簡単な仕事は、取り組み方が緩く雑になりがちです。
「ちょっとくらい手抜きをしてもいいだろう」という思考に陥る傾向があります。
人は、小さな仕事・簡単な仕事を軽視する嫌いがあり、手抜きが許される思考になりやすい。
しかし、手抜きが許されるように感じているなら、それは大きな誤解です。
仕事の大小は関係ありません。
小さなことであろうと簡単なことであろうと、仕事は仕事です。
小さな仕事・簡単な仕事だからといって、手抜きをしてもいい理由にはなりません。
マイペースで取り組むのはいいのですが、だからといって手抜きがあってはなりません。
肩の力を抜くのはOKですが、仕事の手を抜くのはNGです。
金銭が発生する仕事であるかぎり、きちんと果たす責任があります。
「気づかないだろう」と思っても、見る目が見ればわかることであり、意外と気づかれます。
上司や先輩には鋭い目があり「ここで手抜きをしたね」「気づかれないようにやったね」と見抜きます。
気づかないふりをしながら、次の人事評価で減点マークをつけるのです。
小さな仕事や簡単な仕事でも、きちんと真剣に取り組みましょう。
仕事は仕事です。
仕事で楽をしたいなら、ツールを使ったりプログラムを組んだりなど、質を保ちながら効率化を図る方向に知恵を絞ってください。
小さな仕事であろうと簡単な仕事であろうと、真剣な取り組みが求められます。
疲れは、知らず知らずの間にたまり、蓄積されます。
自分では大丈夫と思っても、頭の回転が鈍くなり、集中力が出なくなります。
ぼうっとし、表情が暗くなり、元気が失われます。
ためるのは、お金と元気だけにして、疲れやストレスはためないようにしましょう。
ストレス解消や疲れを取り除く方法は、さまざまな方法が考えられますが、実際は次の2つを心がけていればほとんどが解決します。
まずはじめの入浴は、シャワーではいけません。
湯船に浸かるお風呂のことです。
シャワーとお風呂では、疲れの取れぐあいがまったく違ってきます。
私は昔、シャワー生活だったときがありました。
仕事で疲れ、シャワーを軽く浴びるまではいいのですが、なかなか疲れが取れなくて困ったことがありました。
ところがある日、何気なく近くの銭湯に行って大きな湯船に浸かると、あっという間に疲れが取れ、驚いたことがあります。
温かいお湯に浸かり、ほんのひととき、ぼうっとするだけでも、肉体的だけでなく、精神的にも癒やされます。
次の睡眠も、欠かすことのできない疲れとストレスの解消法です。
睡眠不足では、疲れを取ることはできないといっても過言ではありません。
睡眠時間は人によって異なりますが、朝起きて眠気が残っていない程度が良いでしょう。
私は、いつも7時間は睡眠を取るようにしています。
7時間を切るくらいなら、次の日の予定を変更してでもなんとか寝ようと心がけています。
自分の健康のためにです。
睡眠は、肉体的な健康だけでなく、精神的な健康にも大きく影響を及ぼします。
睡眠が不足していると、頭の回転が極端に鈍くなり、元気もなくなります。
この2つの入浴と睡眠だけは、疲れとストレスを取り除くために欠かすことのできないポイントです。
ぜひ生活の中に余裕を持って取り入れましょう。
大人になってから学生時代の勉強をやり直したいと思うことはありませんか。
学生時代にサボっていた勉強を、大人になってから急にやり直したくなるときがあります。
国語、歴史、英語、理科、地理、算数、数学。
興味のスイッチが入ったかのように面白く感じてくることがあります。
学生時代は退屈に感じていた勉強が、大人になってから猛烈に興味が出てくる。
無性に勉強のやり直しがしたくてむずむずしてきます。
「学生時代もっと真面目に勉強しておくべきだった」と悔やむことがあるものですね。
学生時代はなんて贅沢な勉強をさせてもらっていたのだろうと、今になってつくづく思います。
学生時代に勉強をサボっていたことを、ちょっと悔やんでしまうこともあるかもしれません。
「学生時代の勉強をやり直したい!」
そう思ったらゴーサインです。
気持ちが熱いうちにさっそく勉強のやり直しに取りかかりましょう。
勉強をやり直したくなったら、その熱い気持ちを大切にしてください。
「知りたい!」という純粋な好奇心を満たしましょう。
「今さら勉強しても仕方ない」と思うことはありません。
勉強のやり直しに遅すぎることはありません。
学びはいつからでも始めることができます。
勉強をやり直したいと思ったときがベストタイミングです。
小学レベルや中学レベルからやり直すのも良し。
見栄を張って、高いレベルから始める必要はありません。
最初から難しい本を選ぶと、スムーズに理解ができず、挫折することになりかねません。
勉強のやり直しは基礎や基本から始めてもいいのです。
簡単な内容でもすっかり忘れていることがあります。
簡単な内容であれば着実にレベルアップができます。
すでに知っている内容は復習になるので無駄にはなりません。
義務教育の学習範囲はどれも基本かつ重要な内容ばかりですから、学び直す価値があります。
小学生や中学生の内容でも、どんどんやり直していきましょう。
書店に行けば、わかりやすい書籍がたくさんあります。
学生向けの参考書コーナーの前に行き、学生に混じって参考書選びをしてみるのもいいでしょう。
学生時代に使っていた教科書を引っ張り出して、久しぶりに読み直してみるのも良し。
懐かしい感覚があったり昔の思い出がよみがえったりするでしょう。
大人になってから勉強のやり直しができる人は心が若い証拠です。
新しい青春の風が吹き始めるのです。
自分の成長のためには、目的とはまったく関係のない友人を持つことです。
目的を果たすために必要な友人と関係を持つことは、もちろんのことですが、それだけでは成長はできません。
あえて目的とは関係のない友人を持つと、不思議なことに、目的に近づけます。
目的とは関係のない友人を持っておくと、考え方や視野を広げるチャンスになるからです。
今まで思いもつかなかったアイデアや、人脈、考え方と触れるチャンスができ、目的への掛け橋になります。
あえて、まったくジャンルの異なる友人、変わった趣味の友人、性格に違いのある友人も、持っておきましょう。
似たような人の集まりは、同じ話、同じ話題、同じ展開にしかなりませんが、変わった人からは変わった話を聞けます。
同じ人同士が集まっているといつも同じ展開にしかなりません。
同じような人が集まっているだけに、性格も似ているためです。
同じということがいけないわけではありません。
自分の成長のためには、自分とは違う人との関わりが必要であるということです。
透明色の水に透明色の水を混ぜても、水の色は変わらないままです。
ですが、黒い水が1滴でも混じると、コップ全体の色が変わります。
自分で自分を変えることはできません。
目的とはまったく関係のない異質の人物と友人になっておくことで、変わった刺激を受け取ることができるのです。
自分の器を広げたり、人間的成長を促したり、新しい視野から見る機会になったり、新たな人との出会いへとつながるのです。
12月31日の大みそかを終え、1月1日になると、新しい1年が始まります。
正月を迎えてよくするのは「今年の目標設定」です。
新年を迎えた直後はフレッシュにあふれています。
正月は新しい1年の始まりなので「今年はこんな1年にしたい」と何か目標を立てることが多いでしょう。
「今年は笑顔のあふれる1年にする」
「今年はダイエットを成功させる」
「今年は歴史の勉強に力を入れる」
「今年は海外旅行に行く」
どんな1年にしたいかわくわくしながら考え、新年らしく今年の目標を立てることが多いのではないでしょうか。
ここでよくあるパターンがあります。
年始に立てた目標は、しばらくたつと、だいたい放置されます。
目を輝かせながら「今年はこんな1年にしよう」と意気込んでいたのもつかの間、すぐ意識されなくなります。
数週間後には忘却のかなたに消えています。
目標の内容どころか、目標を立てたことすら忘れられます。
「年始の目標は立てるだけで終わる」が毎年の恒例行事となっている人も多いのではないでしょうか。
これでは目標を立てた意味がありません。
年始に立てた目標を思い出し、重い腰を上げて取り組んでください。
「今年はダイエットを成功させる」という目標を立てたまま放置されているなら、これからダイエットに取り組みましょう。
「今年は歴史の勉強に力を入れる」という目標を立てただけで終わっていても、これから勉強すれば間に合います。
「今年は笑顔のあふれる1年にする」という目標を立てたなら、今からでいいのできちんと笑顔を心がけましょう。
すでに正月から数カ月が経過していてもいいのです。
今年の残りが半年を切っていてもいい。
気を引き締め、怠け心を吹き飛ばしてください。
数カ月あれば、ダイエットも歴史の勉強も笑顔の毎日も実現できます。
たとえ今年の残りが1カ月しかなくても、諦めてはいけません。
時間が十分になくても、今から急いで取り組めば、ぎりぎり間に合うことがあります。
「海外旅行に行く」という目標は、その気になれば、数日で達成できます。
12月中に申し込み、当月中に旅行すれば、目標達成です。
達成できるかわからなくても、ひとまず取り組むことが大切です。
すぐまた忘れそうなら、紙に書いて、目立つところに貼っておくことをおすすめします。
自然と視界に入る工夫をすれば、意識せざるを得なくなります。
目標は、意識してこそ意味があります。
年始に立てた目標を思い出して、きちんと取り組みましょう。
3分の遅刻は叱っていいのです。
3分でも、アウトです。
ぎりぎり間に合いませんでしたが、遅刻は遅刻です。
3分の遅刻は、ちょっと寝坊をしたり電車遅延を考慮に入れてなかったりしたときに起こります。
時間厳守に対する意識が低く、自己管理を怠っていたということです。
時間は命そのものです。
会議や打ち合わせであれば、相手を待たせることになります。
わずかな遅刻でも、同じことが繰り返されないよう、厳しく叱ることが必要です。
しかし、遅刻がひどくなるにつれて罪が重くなるかというと、そうではありません。
3時間の遅刻となると、話は変わります。
3時間の遅刻は叱っていけません。
大幅な遅刻は「よほどのことがあった」ということです。
事故に遭って、病院に寄ったのかもしれません。
車両の故障や不具合があって、交通機関の大幅な遅延があたったのかもしれません。
何らかの自然災害に見舞われたのかもしれません。
何らかの事件に巻き込まれたという可能性もあります。
それは不可抗力です。
個人の力ではどうしようもありません。
不可抗力は本人に責任がないため、叱ったところで意味がありません。
いくら注意しても防ぎきれないことがあります。
3時間の遅刻は、不可抗力が働いた可能性が高いため、そういうときは叱っていけないのです。
叱るのではなく、むしろ相手に寄り添った声をかけるのがいい。
「大変でしたね」
「おけがはありませんか」
「ちょっとお休みになってください」
相手は、肉体的・精神的に疲弊しているはずですから、優しい言葉をかけるのがベストです。
3分の遅刻は本人の責任ですが、3時間の遅刻は本人に責任がありません。
同じ遅刻でも、3分の遅刻と3時間の遅刻は、まったく別物と考えてください。
3分の遅刻は、厳しい言葉をかけましょう。
3時間の遅刻には、優しい言葉をかけましょう。
3分の遅刻は叱っていいですが、3時間の遅刻は叱っていけないのです。
配慮を心がけていても、最初から完璧にできるわけではありません。
注意をしていても、何でも気づけるとは限らない。
自分では「気が利く人」を心がけていても、いつの間にか相手に不快感を与えていることがあります。
これは誰にでも起こり得ることです。
何気なくしたことが、相手に不快感を与えていることがあります。
時には迷惑をかけていることも少なくありません。
迷惑の感じ方も人によって異なるため、一概に言えないところがあります。
ある人は平気に感じていても、別の人は迷惑に感じることがあるでしょう。
良かれと思ってしたことが、逆効果になるパターンも少なくありません。
悪気はなくても、いつの間にか配慮のない行為をしてしまい、相手に不快感を与えてしまっていることがあります。
相手は言葉で注意してくれるとは限りません。
むしろ注意してくれないほうが多いと考えたほうがいいでしょう。
優しい心の持ち主ほど、言葉で注意することをためらうため、口に出しません。
いつの間にか距離を置かれ、目の前からいなくなるのです。
理由もわからず、人に離れていかれることほど悲しいことはありません。
自分の配慮不足は、どうやって気づけばいいのか。
相手の「非言語情報」に注意を払うことです。
非言語情報とは、しぐさや態度、表情や視線など、言語以外から得られる情報のことをいいます。
困っている様子や嫌がっているそぶりがないか、相手の非言語情報に注意を向けてください。
たとえば、次のような態度が見られたら、相手は不快に感じている可能性があります。
こうしたネガティブな反応が見受けられれば、相手は不快に感じていることがうかがえます。
もちろん1つが当てはまるからといって断定することはできませんが、判断材料として有効です。
当てはまる点が多ければ多いほど、可能性は大。
相手は言葉で「嫌です」と言わなくても、心の中では嫌がっているはずです。
気が利く人になるためには、日頃から非言語情報を読み取る癖をつけておくことが重要です。
相手から言葉で注意がなくても、自分のNG行為に気づけるようになります。
非言語情報から相手が不快に感じていると気づいたら、自分の言動を見直す機会にしましょう。
どんな行為が喜ばれ、どんな行為が喜ばれないのか。
トライアンドエラーを繰り返しながら、だんだん自分の振る舞い方が洗練されていきます。
そして、大人の気遣いができるようになっていくのです。
別れの言葉といえば「さようなら」です。
進学や引っ越しで離ればなれになるとき、転職や退職する人を送別するとき、大切な人を亡くして葬儀を行うとき。
そんなとき「さようなら」というセリフが聞かれます。
別れの場面の定番の一言であり、別に不自然なところはありません。
しかし「さようなら」というセリフには、ちょっと寂しい響きがありませんか。
間違ってはいませんが、もう少し光のあるセリフに言い換えたい。
そこでおすすめしたいのは「また会いましょう」です。
「さようなら」は「また会いましょう」と言い換えることができます。
「さようなら」より「また会いましょう」のほうが明るい響きがあって、光や希望が感じられます。
人生に「さようなら」は必要ありません。
あなたの辞書から「さようなら」という言葉を削除してもかまいません。
再会を果たすとは限りませんが、少なくとも明るい言葉で分かれたほうが感じのいい余韻が続きます。
進学や引っ越しで離ればなれになるときがあるでしょう。
お別れの際は「さようなら」ではなく「また会いましょう」と声をかけましょう。
次に会う予定が決まっていなくてもいいのです。
いつかどこかでまた会うことがあるかもしれません。
転職や退職で職場の人とお別れするときも「さようなら」ではなく「また会いましょう」です。
職場は別々になって離れることとなりますが、何らかの形で再会を果たすこともあるでしょう。
街角でばったり会う可能性もゼロではありません。
大切な人を亡くしたときも「さようなら」ではなく「また会いましょう」です。
いつか自分も死を迎えることになれば、あの世で故人と再会を果たすことになるでしょう。
急ぐ必要はありませんが、今から再会を楽しみにしておくのもいいでしょう。
離別であれ死別であれ、すべてのお別れは「一時的なお別れ」に過ぎず「永遠の別れ」はありません。
別れの場面を少しでもポジティブに変えましょう。
「さようなら」というセリフは「また会いましょう」と言い換え、再会の可能性をつくりましょう。
人生に「さようなら」は必要ないのです。
人生を無限だと思わないことです。
私たちは、いつか死ぬことを知識として知っていても、どこか信じられない感覚があります。
リアルに感じられず、ファンタジーのように感じることが多い。
特に若いころは、時間も健康も可能性もあって、人生は無限にあるような気がします。
未来へ向かう道が無限に続いているように思えるでしょう。
しかしそれは錯覚です。
人生を変えたいなら、人生は有限であることを自覚することが大切です。
普通に知っているだけでは不十分です。
きちんと自覚して、身に染みるほど痛感することです。
人生が有限であることを知っている人は多いのですが、自覚している人は少ない。
人生は有限であることをきちんと自覚するだけで、人生は変わります。
どうすれば人生は有限であることを自覚できるのか。
大切な人が危篤のとき、ぜひ駆けつけてください。
臨終をみとる機会があれば、ぜひ立ち会ってください。
葬儀に出席する機会があれば、ぜひ参加してください。
願わくは、お骨を火葬するところまで立ち会うといいでしょう。
臨終も葬儀もしめやかな雰囲気があって明るいものではありませんが、だからといって不参加はもったいないことです。
人生は有限であることを自覚するには貴重な機会です。
「ああ、人が本当に死を迎えるのか」「人生は有限なのだ」と自覚する機会になります。
大事な人を亡くしたら「命をかけて命の大切さを教えてくれた」と考えてください。
がつんと頭を殴られたような衝撃を受けるはずです。
夢から覚めたような感覚を覚え「人生=有限」であることを痛感するでしょう。
精神的ショックを受けますが、人生に必要な精神的ショックです。
自分の人生をもっと真剣に考えるようになります。
やりたいことをやろうと思うようになります。
好きなことをして生きていこうと思うに違いありません。
ビジネスもプライベートも、できるだけ前倒しを心がけたくなるはずです。
人の悪口を言っている暇などありません。
心の底から「人生は有限である」と自覚すると、人生観が変わります。
そして、生き方が変わるのです。